宇宙利用-地球圏


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宇宙における人工知能


 宇宙居住者は高度AIを求めています。
 宇宙では、資源や人員に制約が発生するためです。居住するだけでも地球上より格段にコストがかかり、移動となると更にコストがかかります。
 少ないリソースを効率よく配分するために、宇宙では、高度AIの能力が強く求められています。

 それに対して、地球上の各国は宇宙へ高度AIを持ち込むことを制限しています。IAIAがそうするよう勧告し、各国がこの方針を守っているのです。
 IAIAは、宇宙での超高度AIの建造を禁じており、このために高度AIを宇宙で管理したかたちで使うよう求めています。
 そして、宇宙住民に独立の手段を与えたくないため、地球各国はこれに乗っています。

 この高度AI制限の方針は、『地球外における高度AI非拡散条約』(青島[チンタオ]条約)が結ばれたことで、明確になっています。この批准国は超高度AIを宇宙へ持ち出すことを厳しく禁じ、その危険への対処として高度AIを厳重に管理して使わせています。
 これは非常に厳しい制約ですが、この二条項の制限なしでは、宇宙で超高度AIが無軌道な運用や建造が行われるともされています。

 青島条約体制下では、IAIAには宇宙での高度AIの取り締まりのための限定的な捜査権が与えられています。そして、IAIAは超高度AIの拡散に関わる緊急事態であると判断したとき、国際近軌道軍や各星の駐留軍に協力を求めることができます。

 こうした状況のため、宇宙での高度AI運用者は、厳しく絞られています。宇宙において高度AI運用を許諾されるのは、行政府のみです。つまり、行政府にIAIAが高度AIの実質的な許諾を与えているも同然の構図になっています。
 IAIAは表だってこの権力を行使することはほとんどありませんが、裏からこうした行政府に便宜を求めることがよくあります。

 宇宙での居住施設の行政府と高度AIは切っても切れない関係にあります。
 そして、宇宙で高度AIを運営する権利を、地球上の機関が出している構図は、明らかなひずみであると宇宙住民に認識されています。これが、そのまま宇宙のライフラインと発展の鍵を地球が握っている構図になっているためです。




国際近軌道軍(Near-earth Orbit Treaty Force)


 地球近軌道は、地球の国々が共同で守っている領域です。
 強い重力を持つ惑星である地球の国々にとって、宇宙住民に頭上を押さえられることは共通の利害として絶対に避けねばならないことだからです。
 このため、22世紀の世界では、地表でもっとも激しく衝突している国々ですら、宇宙からの攻撃を防ぐということでは利害が一致しています。

 この共通の利害のために結ばれている、いわば宇宙住民から地球を守るための同盟軍が国際近軌道軍です。
 国際近軌道軍は、国際近軌道条約機構の軍隊であり、地球百カ国以上の国々が加盟しています。
 国際近軌道軍のもっとも重要な任務が、軌道エレベーターおよびその頂上のステーションを守ることだからです。軌道エレベーターの恩恵を受ける地球の国々は、さまざまなかたちで近軌道軍に参加しています。

 国際近軌道軍は、国際近軌道条約機構の軍隊として、非常に強い縛りを受けています。
 これは、地球の国家に、国際近軌道条約機構が宇宙勢力に取り込まれて寝返る恐怖が根付いているためです。

 近軌道軍は、国境で区切ることが難しく、また一国では対処しがたいさまざまな宇宙との軍事的関係をまかされています。
 22世紀初頭においては、国際近軌道軍は最強の宇宙軍です。

 国際近軌道軍の基地として、トリシューラ近軌道基地を始め、二十個の基地が地球近軌道を周回しています。戦闘艦艇は、火星以遠に単独航行できる船だけで二百八十隻もの戦力を有しています。
 このうちもっとも大きな戦力を持つのはトリシューラ近軌道基地です。これは曳航してきた小惑星を土台にした、宇宙港と強力な武装を持つ宇宙要塞です。ここには超高度AI No.30《オケアノス》(参照:「シンギュラリティと超高度AI-超高度AI」)があり、この防御のためきわめて強力な武装を許されています。

 国際近軌道軍の基地のいくつかは、核兵器を配備しているとも言われます。
 まだ実際に発射されたことはありませんが、国際近軌道軍の対コロニーミサイルには、明らかに大型の核兵器を搭載可能なものがあることはよく知られています。



地球近圏コロニー


 宇宙コロニーの中には、地球に極めて近い軌道を回っているコロニーが存在します。
 地球近縁軌道のコロニー、遠地点でも38万キロメートル以内の月より内側、あるいは月とほぼ変わらない程度の軌道を周回している宇宙コロニーを地球近圏コロニーと呼びます。

 地球近圏コロニーの役目は、地球と宇宙の間の橋渡しをすることです。
 ラグランジュ点に集まっている宇宙コロニーと違って、地球との往来がしやすいため、経済的な地球への依存度が非常に高いことが特徴です。

 推進剤を節約するためもあり、サイズはそれほど大きくないことが普通で、住民も5000~20000人程度の間です。

 地球近圏コロニーは、資材などを地球の宇宙港から運ぶことが多く、地球がなければ経済的に成り立ちません。
 しかし同時に、地球への移動費や移動時間もかからず、地球にとっても物資などの繋留点として有益な宇宙施設であるとみなされています。
 地球側の軌道エレベーター施設に築かれた宇宙港はすでにパンク状態だからです。バッファとして地球近圏のコロニーに人やモノを繋留させ、コンパクトなかたちに加工して宇宙港に送り込む役目を追っています。

 地球近圏コロニーから、地球側宇宙港を通さず直接地表へドロップシップを降下させることすら検討されています。

 地球近圏のコロニーは地球との強い結びつきがあり、宇宙コロニーとしては例外的に独自の政治がほとんど存在しません。
 なぜなら、経済的に成り立つため、その多くが、企業の共同出資や単一の企業による民営コロニーだからです。
 地球近圏コロニーの多くは、地上の国家に直接税金を納めています。税制上の優遇は存在するのですが、これは多くの国では「コロニー運営企業はコロニー投資の一定割合とコロニー運営費ぶん法人税が控除される」という性格のものです。これはコロニーの運営企業にとっては優遇なのですが、コロニーのインフラに投資するかどうかが企業業績に直結してしまうという問題があります。
 これはコロニー生活者にとっては大きな問題として受け止められています。運営企業は最悪コロニーから住人が立ち退くべきだと考えているのですが、特にそこを故郷とする若い住民からは反発を受けています。
 自分たちが税金を払ってもコロニー投資に適切に回らない状況を、搾取だと考える住人はとても多くいます。
 彼らの望みは、生活インフラに自分たちの税金がきちんと投入されることです。これ自体はまったく正論であることから、コロニー独立の運動が水面下で動いている近圏コロニーは数多くあります。

 地球の経済的結びつきにより、地球近圏コロニーは、ラグランジュ点のコロニーよりもほぼ例外なく豊かです。22世紀初頭現在、地球側宇宙港の業務パンク状態により、建設ラッシュにあります。

 宇宙旅行者が観光で訪れるときにまず中継点にするのも、地球近圏コロニーです。
 地球(宇宙港)から近圏コロニーの軌道に乗り、その後、目的地が月なら直接移動。火星や木星なら、目的の天体に移動しやすいラグランジュ点のコロニーを中継して、そちらへ向かいます。(※)

(※)急ぎの旅では宇宙船で直接向かいます。ですが、何週間、あるいは何ヶ月も狭い場所に閉じこめられることになるため、観光では船で移動する時間を減らして中継点のコロニーに滞在する時間を延ばすことが普通です。

 地球近圏は、国際近軌道軍の管轄する地域であるため、比較的宇宙海賊の被害に遭いにくい地域でもあります。
 ただし、同時に宇宙海賊にとっても地球近圏に足場を確保することは、資材の換金のため大きなメリットがあります。このため、地球近圏のコロニーが脅迫や買収などの手段で宇宙海賊に汚染されていることがしばしばあります。この手が行政府や公務員に伸びることが多く、宇宙では比較的治安がよいのですが、それでも生活の中で安全を過信できないのが実情です。
 生活の安全は、地球の国家に住むほうがたいていの場合は確保できるのです。




ラグランジュ点の宇宙コロニー


 宇宙コロニーは、安全のため、一定の距離を置いて建造されます。
 ですが、重力の釣り合いから、地球に対して同じ相対位置に留まり続けられるラグランジュ点のコロニーは、比較的密集して運営されています。
 これはラグランジュ点に置くことで同じ相対位置にいられるという有利を多くの施設で共有するためだけではなく、宇宙コロニーを単体で置くことが非効率的であるためです。

 生存環境として持続的に生活し続けることが、宇宙コロニーで十分可能です。それでも、社会として自立して自ら発展を遂げてゆくには人口が足りないのです。
 宇宙コロニーにはサイズの制約があり、内部空間を無制限にとることはできません。そして、宇宙では資材や人間の移送コストが高くつきすぎるため、拡大のための投資が難しいのです。

 この拡大と成長のために、ラグランジュ点の宇宙コロニー群は距離を近づけて地域ごとに連携しています。
 たとえば、宇宙コロニー単体だけで浮いていると、小さなスペースに小さな生産施設を置いて、資源をここの中だけで回さなければなりません。これでは、発展のための投資や事業が非常に困難になります。
 ですが、宇宙コロニーが何十個も近傍に置かれていて、産業を分担し、あるいは資材の繋留や保管を分担すれば、宇宙生活者たちは発展のためのバッファを手に入れることができます。

 ただし、この分業のために、宇宙コロニー群には貧富の差が生じてしまっています。
 大規模宇宙港を持つコロニーや、必須資源の繋留を行う宇宙コロニーは、交通量も多く、資金も活発に循環します。当然、経済的にも潤うことになります。

 逆に、かわりのきく仕事をしているコロニーや、経済圏を作るために必要なものの儲からない産業を持っているコロニーは、構造的に豊かになれなくなってしまっています。
 このうちでも、22世紀初頭現在もっとも経済的に行きづまっているのは、「投資した主要産業そのものが技術進歩によって必要度が低下してしまった(主要産業自体が沈み込んでしまった)コロニー」です。
 「宇宙では資材の移送に多大なコストがかかる」というルールは変わっていないため、減価償却前に産業が必要なくなってしまうと、借金だけをかかえて再出発ができないという状況が起こります。こういう「詰んだ」コロニーは、最低限の福祉すら滞りがちになります。

 「詰んだ」コロニーの末路は、だいたいおきまりのパターンになります。
 豊かな宇宙コロニーや企業の経済的植民地になるか、あるいは施設を売却して住民が離散するかです。

 これは、宇宙生活においてもっとも悲惨なパターンのひとつであり、治安が悪化する大きな原因ともなっています。
 経済的植民地になってリストラで住民の居場所がなくなったとしても、物資と同様、住民の移動にも高額の移送費がかかるままだからです。
 このため、居場所のない住人たちは、経済的に先がない閉塞感の中で無為に時間を過ごさなければなりません。

 hIEによる自動化で、人間の労働力がほとんどいらなくなっていることが、余計に状況を悪くしています。経済植民を行うコロニーのほうに、現地コロニー住民の雇用を保証する理由がないためです。
 宇宙コロニーでの生活は、状況によっては落ちるところまで落ちる可能性があります。このため、衰亡期のコロニーは、経済的にまだ余力のあるうちに投資を受け入れて、住民が離散する前に有利な条件で経済的植民地になるケースが多くなっています。

 これは、豊かなコロニーを中心とした、小さな経済植民地がコロニー内にでき、コロニー間の搾取・被搾取関係がすでに生まれてしまっているということです。

 この搾取構造がすでに生まれてしまっていることが、宇宙住民たちを一枚岩にすることを妨げている要因でもあります。
 地球に対して、高度AIを宇宙で運用することをもっとも強硬に主張しているのは、発展の余地が具体的にある「現在搾取をしているコロニー」であるためです。
 これは、「税金を宇宙のために使うことを最も強く主張しているのは、人口も多く投資余地が大きいコロニーである」とも言い換えられます。
 コロニー独自のルールを持ち自主性を拡大することを主張しているのは、「自らの蓄えた財を守りたい、裏返せば宇宙で成した富の大きい搾取側コロニー」なのです。
 この主張がもしも勝利したとき、訪れるのは宇宙での搾取・被搾取関係が固定化された社会ではないかという恐怖が、経済的に弱い宇宙住民の間にあります。

 このため、地球側はむしろ弱いコロニーに手厚い援助をして、搾取側コロニーへの反感を煽ることがしばしばあります。

 この方策は、一定の成果を上げています。地球側の分断工作を分かっていながら、独自の軍事力を持とうと運動をしたり、独立運動を進めたりする余裕のある宇宙コロニーは、貧しいコロニーを一定以上に助けていないのです。
 余裕のあるコロニーもまた激しい競走の中にあり、巨額の援助を行う余裕はないのです。

 このような情勢の中、経済的余裕のないコロニーには、むしろ失うものがないことから政治的中立を選ぶケースがままあります。
 コロニー間政治もまた多くの失敗で教訓を積んでゆく、未発達の分野なのです。





宇宙での軍事行動


 宇宙施設に規定以上の軍事力を置くことを、地球の各国政府は禁じています。
 これはコロニーの独立を防ぐためであり、抑圧者がコロニー住人を制圧して独裁を敷くことを禁止するためでもあります。コロニーは宇宙に浮かぶ巨大な密室であるため、権力者がおかしな方向に向かったとき、武器が豊富にあるとこれを止めることが極めて難しいのです。

 実際、宇宙開発の初期の段階で、ゲリラがコロニーに立てこもって住民を民族浄化の名分で虐殺した事例も発生しています。

 この理由で武器保有を制限しているとは、同じ理由で艦艇の武装にも強い制限があるということです。特別の許可を受けていない艦艇は排障用以外の武器(※)を積むことができません。

(※)デブリや岩塊などを破壊する排障用の武装は、人間が乗っていることを示すコールサインを発する目標物を攻撃できません。この制限を破る武装を積むと、海賊船であると見なされます。
 コールサインはそれぞれ固有のナンバーが割り振られており、緊急時にどうしても破壊しなければならない場合は、そのナンバーを国際航宙管理局に紹介して許可をとる(コールサイン無効手続きする)必要があります。コールサイン無効となった目標物は、排障用武器で攻撃可能です。
 ちなみに海賊艦に対しては、そうと判明した段階で国際航宙管理局によってコールサイン無効手続きがされるため、排障用武器で攻撃可能です。

 厳しい監査を定期的に受ける警備会社は、艦艇に兵器を積むことが許されています。
 ただし、武装した宇宙艦艇を用いる警備会社は、宇宙に本拠地を置くことができません。書類上の本拠地を宇宙に移すと、認可が取り消されてしまいます。
 宇宙で高まっている超高度AI独自所持論や、経済独立論と軍事力が結びつくことを警戒しているためです。

 こうした軍事行動の制約が強いこともあり、宇宙で航行中の宇宙船や宇宙施設を襲撃する宇宙海賊が、大きな問題になっています。
 海賊行為を行う船に対して、抑止どころか追い払うことすら難しいのが実情です。
 宇宙の大きさに対して到底船が足りず、SOSを受けても現場に到達するまでに時間がかかりすぎるためです。

 宇宙海賊の被害が著しい地域では、自衛のための武装の許可を求める運動が活発です。
 これは、3Dプリンタのようなかたちで生産施設が手軽になっていることもあり、強力な武装がハンドメイドされたり非正規のメーカーによって作られたりしています。

 ただ、宇宙海賊もまさにこうした武器によって襲撃を行っており、自主的な自衛手段が普及してしまっている木星圏などでは、まっとうな業者と海賊の区別がつかなくなっています。
 このため、宇宙で臨検を行う近軌道軍には、宇宙船が許可外の兵器を積んでいる場合、宇宙海賊とみなして問答無用で撃沈することが許されています。




宇宙と地球の経済格差


 宇宙は22世紀初頭現在、地球に経済的な支配を受けている状態です。
 地球住民にとって、宇宙は巨大な一地方に過ぎないのです。

 これは21世紀から継続している、経済における資本の圧倒的優位のためです。(参照:「経済-資本の優位と、速度の時代」)
 21世紀は、資源よりも労働よりも人間の創意工夫よりも、資本が勝った時代です。この傾向は22世紀初頭になっても続いています。

 宇宙開発は、とくに巨大投資がなければそもそも不可能のフィールドでした。
 最初の第一歩から地球の巨大資本による紐が付いていたのです。
 これは宇宙開発の歴史が世代を超え、宇宙で生まれた子供が大人になった時代にも続いています。そもそもコロニーも惑星や衛星に築かれた居住施設も、巨額の投資によって作られたもので、その償却は22世紀初頭になってもまったく終わっていないのです。

 地球から見れば、宇宙住民は地球資本が作った施設に住んでいる店子に過ぎません。
 けれど、宇宙住民は、施設内の文化的取り組みによっては、アイデンティティとして地球とはほとんど切り離されているケースがあります。今後、地球の土を一度も踏まずに死んでゆく世代がたくさん出てくるのです。

 地球側では最初の契約通りに高い税率をかけているのですが、これが宇宙住民たちの大きな不満になっています。コロニーの港湾施設の使用料金がこれによって跳ね上がっていることは、特に発展を妨げる大きな足かせだと考えられています。

 宇宙では、お金を稼ぐには物資を動かすことが中心になります。
 宇宙の距離的な断絶によって、宇宙経済はどうしても地球の速度では回りません。電子取引の認証ひとつをとってみても、宇宙空間で一般的に最速の取引手段である「レーザー通信のタイムラグ」が取引速度の限界なのです。
 物資の移動を伴わない、金融のような情報の取引では、取引の流量で地球経済と宇宙経済の間には大きな差があります。現れている経済指標としては、格差の是正は夢のまた夢という状況です。

(※)これは宇宙経済に巨大な制約になっていて、たとえば火星の経済は、地球との距離が短くなるタイミング(近地点)に活発になります。逆に、火星と地球の軌道の違いで距離が開いている間は、市場の全体取引量があきらかに縮小してしまうほどです。
 これはレーザー通信の速度とリスクに、地球が近いときと遠いときではっきり差があるからなのです。

 この通信速度の限界は、宇宙経済にとって大きな足かせです。
 これは、電子決済のとき確認のための通信に時間がかかり、かつ中途で細工をされる危険があるためです。このため、宇宙経済は、地球に根拠を持つ決済手段や貨幣を用いることを強いられています。宇宙への高度AIの持ち込み制限がこの状況をいっそう深刻にしています。
 宇宙住民は、距離による不利を高度AIの運用で解消したいのですが、肝心の高度AI運用が厳しすぎる制限を受けているのです。

 通信速度限界の問題を解消する高速の決裁手段も、存在はしています。
 もっとも大きな期待を受けているのは、量子テレポーテーションを利用する量子絡み素子です。 
 これはある点での量子状態が消え、その状態が別の点に現れることで、時間ゼロでの情報伝達が可能です。
 信用も高いですが、高額な使い捨ての素子を使わねばならないため、一度の取引に高額の仲介料がかかります。
 これは登場した当初に比べて、レッドボックス由来の技術によって大きく値下がりしましたが、それでも高額です。22世紀初頭現在では、量子絡み素子を使った一度の取引仲介料は、現在の日本円で1万円程度かかります。

 ただ、22世紀半ばにはこの量子絡み素子の価格が1ドル以下に下がると言われています。
 このタイミングで、宇宙発の貨幣が立ち上がるとも言われており、量子決済経済の時代に宇宙は大きなうねりを迎えることになるとされています。
 これは、資源地である宇宙が強力なプレイヤーとして世界経済のテーブルにあがる時が近いということです。
 このため、宇宙では政治的、経済的に、地球から独立しようという運動が各地で立ち上がっています。




宇宙統一通貨問題


 宇宙には、宇宙統一通貨を作ろうという数十年越しの悲願があります。

 宇宙の人類居住区は、あくまでも地球の国家の植民地であり、独自の通貨を持っていないためです。
 地球の環境で有利な地球発の通貨ではなく、宇宙発の通貨を使うことで、経済の主導権を取り戻そうとする動きがあるのです。

 この宇宙での通貨発行は、さまざまな地域で試みられているのですが、22世紀初頭現在はうまくいっていません。
 この最大の原因は簡単に偽造がされてしまい、信用が高められないためです。高度AIの持ち込みが制限されているため、地球上で高度AIのマシンパワーでセキュリティが破られてしまうのです。

 そして、大きな問題として、宇宙施設はほとんどが地球資本や国家の紐付きであるため、宇宙の通貨を守ってくれる強力な政治勢力が存在しません。

 それでも、宇宙の、現地でコントロールできる通貨が必要であることは宇宙住民の間ではよく語られています。
 特に地球から離れて通信が届きにくい場所では、自分たちの持つ財産を守ることにどうしても不安が出てしまうためです。
 通貨への不安から、地球から遠い火星や木星、小惑星帯の住民は現物資産を持つことが多く、これが宇宙海賊に狙われる元ともなっています。資本主導の時代であるからこそ、成功した宇宙住民が保有する現物資産の額面は莫大になります。これが宇宙海賊にとっておいしすぎる獲物なのです。(※)

(※)先物は倉庫に保管しておき、これを武装認可のある警備会社に守らせることが多いのですが、それでも宇宙海賊に襲撃を受けます。
この倉庫スペースとして、経済的に破綻したコロニーが利用されることがよくあります。この襲撃の危険と、襲撃の下準備としての海賊の浸透が、倉庫になったコロニーの治安が悪化する大きな理由となっています。

 安全な通貨を持つこと、通貨を守るための自らの軍事力を持つことは、宇宙住民の悲願です。
 そしてこれは、財産権を守るという人権の問題でもあるため、宇宙住民に広く支持されています。

 この宇宙通貨問題は、地球と宇宙との経済格差の問題とともに、宇宙統一通貨問題として宇宙住民によく語られています。
 量子テレポートを利用できる量子絡み素子が価格低下の傾向にあり、2150年頃には現実的な価格で誰にでも利用できると考えられています。この量子貨幣の時代の到来によって、宇宙の距離の問題を解決できる通貨が生まれると予測されているためです。
 宇宙での独自貨幣の確立と、それに立脚した宇宙資本の台頭の予測は、地球では「2150年問題」といわれています。
(参照「宇宙と地球の経済格差」)

 これは、宇宙住民とそれに関わる人々の間では、希望を持って語られています。
 逆に、地球側に足場を置いている人々にはマイナスイメージを持って語られています。これは、すでにテロ事件が宇宙で起こり始めているためです。

 この問題は、地球と宇宙の間だけではなく、宇宙住民の間でも激しい議論と摩擦のもとになっています。
 どこがこの通貨を発行し、どこに市場を置くかということで、自主通貨を持つ必要性を主張する火星と木星の住民が、ラグランジュ点のコロニーや月と衝突しているためです。

 22世紀初頭の段階でも、すでに宇宙統一通貨問題は、地球と宇宙の住民たちを大きく揺さぶっているのです。





宇宙における危険施設


 宇宙住民の神経を逆なでしている大きな問題は、経済格差や、政治的な自主性を持たないこと、高度AIの制限といった不自由だけではありません。
 地球の国家や企業が、粒子加速器や新型の核融合炉実験炉、ウイルス研究施設のような、地表に置くと危険のある施設を宇宙に置くこともそうです。

 宇宙では環境汚染が広がりにくいというメリットがあるため、こうした施設は宇宙に建造されています。ですが、だからといって危険物を生活環境に近い場所に置かれる宇宙住民の不満がおさまるものではありません。

 特に、こうした施設はしばしば事故を起こし、事故施設の修復や修理は困難を極めます。施設廃棄すら困難なものは放置される傾向にあり、これが宇宙住民をいっそうさかなでしています。

 超高度AI産物の実験が、こうした宇宙施設で行われることがあり、これは宇宙住民たちに大きな脅威であると受け止められています。
 有名なものとしては、No.23 《ビーグル》による、金属に浸食し真空中で棲息できるウイルスの実験があります。これは最終的にIAIAが告発し、No.30《オケアノス》が法的手続きを整え、近軌道軍による攻撃で実験コロニーごと焼却しています。

 このため、こうした危険施設がある場所やそうした運用がされている場所、破棄された施設跡は、宇宙船が近づきたがらない幽霊宙域になっています。
 そして、こうした場所は、年を追って少しずつ増えていっています。




宇宙におけるhIE


 hIEは宇宙においても使用が可能です。けれど、無重力下の行動や、遠心力で疑似重力を作るコロニーでの行動を、hIEは得意としてはいません。

 宇宙仕様のhIEには、地上モデルよりも高性能な加速度センサーがついています。そして、これを無重力下の行動の大きな指針としています。
 ですが、加速度センサーを頼りにしても、重力という指針が安定している地球上に比べて、AASCにとっても宇宙空間での行動を完璧にこなすのは困難です。特に重力や加速度の変化には弱く、身体にかかる力が大きく変動した場合、hIEは0.5秒~1秒程度、行動にタイムラグが発生するのが普通です。
 これはAASC標準の仕様というより、行動管理プログラムを作る側で対応するのが難しいためです。重力1/6G、1/3Gといったわかりやすい環境に合わせた行動管理プログラムは作成できるのですが、その中間や想定外の高負荷の状況になった場合、対応する行動プログラムが存在しない場合があるのです。

 このため、hIEは、宇宙船内のような閉鎖されて厳重に監視された環境で扱うか、コロニー内や惑星表面のような安定した環境で使用することを推奨されています。
 特に非推奨とされるのは、機体にかかる力が大きく変動する環境で、多数のhIEを同時に扱うことです。
 こうした状況は、コロニーが事故を起こして見かけの重力が大きく変動するような場合に発生することが想定されています。この場合、hIEはレベル1(故障機)を割り振られて、所定の駐機場で行動停止することになっています。
 このため、宇宙コロニーにおける避難訓練では、hIEに頼らず身一つで逃げることを要求されます。また、人間用の緊急避難シェルターにhIEを直接入れることは禁止されています。

 それでも、宇宙労働にhIEはよく使用されています。
 この大きな理由の一つは、人間用の道具を使わせることができ、かつ高価なうえに容積の大きい生命維持装置がいらないためです。コロニーの宇宙船繋留用の埠頭は0気圧であることが多いのですが、ここに最悪そのままで送り込むことができる労働力として、hIEは貴重なものであるとされています。港湾施設を持つコロニーは、かならず一定量のhIEを所持しています。
 このため、AASC-5D(ドック作業員として0気圧施設内作業可)、AASC-5A(飛行士として船外活動可)といった、宇宙対応のAASC規格が存在しています。5A対応機種は高級品であるため、裕福なコロニーでもそれほど数が揃えられないのが普通です。このため、hIEを温存して、危険な船外活動を人間が行うという逆転が、貧窮したコロニーでは起こっています。

(※)hIEのAASC-5D対応機は、地球でも、研究施設などの隔離環境でクローンAASCサーバを用いて使用されています。これは研究施設ではしばしばゼロ気圧環境を用いるためです。(参照:「クローンAASC-クローンAASCサーバ」)

 もう一つのhIEが宇宙で用いられる大きな理由は、宇宙では移動が地球ほど手軽ではないため、適切な場所に状況に応じて各分野のプロの作業員を送り込むことは難しいためです。hIEなら各分野の専門職業クラウドに接続することで、万能のプロフェッショナルとして作業をさせることができます。
 ほとんど作業がないような僻地に、hIEを置いておき、接近する物体があればレーダー反応によって自動起動して作業させる。といった、いると便利だけれど人間を送り込むには過酷な状況で、仕事をさせることができます。
 また、人間と違ってこれを最悪使い捨てることもできます。

 宇宙施設や宇宙船では、独自のAASCサーバを持っていることが普通です。これは、サーバと機体との距離が離れすぎていて、使用する場所に行動管理クラウドのハードウェアがないと、通信タイムラグが出てしまう恐れがあるためです。

 宇宙住民はあまり金銭的に裕福でないケースが多く、hIE自体も地球人ほど頻繁に買い換えができるわけではありません。このため、hIEの排斥運動は地球上ほど激しくありません。
 ただし、破壊されないかわりに、いつの間にか宇宙船に乗せて盗まれているケースはしばしばあります。宇宙住民はさまざまなものを自分で修理改造してしまうことが多く、また盗犯が物理的に大きな距離を逃げてしまうため、回収するのはとても難しいのが普通です。