抗体ネットワークと排斥運動


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hIE(人間型ロボット)排斥運動


 hIEに対する排斥運動は、hIEの現れる以前、人間型ロボットの普及が開始した当初から始まっていました。

 hIE排斥運動は、人間社会に人間型ロボットと超高度AIが浸透し、あらゆる仕事が機械化されていった流れの裏側で息づく歴史です。
 2080年代初頭までは、人間型ロボット排斥史は、やはり歴史に何度も見られたように活動が起こっては停滞してゆく繰り返しでした。

2040年代

 この時代が、いわゆる人間型ロボット排斥運動の始まりだと言われています。
 年表上で言えば、世界初の汎用家事ロボット《ナディア》が登場(参照「年表」)し、それが普及した2040年代前半には、大規模な反対デモが世界各地で起こるようになっていました。
 産業用ロボットはすでに広く使われていたためです。
 この時代は、世界が大戦へ向かおうとする不安の時代であったことも影響していました。


2050年代

 熱狂の2050年代、超高度AIの登場によって、それに対する排斥運動が猛烈な高まりを迎えます。
 50年代、超高度AIの反対運動やデモは世界各地でしばしば暴動にすら発展しました。その特徴は、あらゆる社会階層で行われたということです。

 超高度AIを管理する国際機関であるIAIA(参照「IAIA-概要」)も、反対運動巻き起こる中で設立されています。IAIA設立後の最初期においては、その役割である超高度AIの管理は、人類社会に人類を超える知能を受け入れるための橋渡しの役割が大きかったのです。
 IAIAの超高度AIの活動に対する抑止や制限の比重は、その後、超高度AIが華々しい成果をあげるたびに高まってゆきました。
 IAIAは、この時期から根強く排斥運動家たちの支持を受ける組織でもあるのです。

 hIE排斥運動家は、2050年代以降、社会的な正当性を獲得してゆきました。
 知能において上回られてしまうことに対して大きな嫌悪感を示す人々は多く、それが民主主義の正当な手続きを経て各国の法律や条令のかたちで現実化したのです。
 この反応は国家の文化や歴史にも大きく影響を受けました。人権の名目で社会から超高度AIを排除するケースすらあったのです。ヨーロッパが超高度AI開発において、科学における地力とは裏腹に出遅れたのは、開発と天秤にかけて人間を選んだからでもあります。
 「人間が人間たる権利には、人間がもっとも知能ある存在であることをも含んでいる」と考えた人々はこの時期多かったのです。

2070年代

 もっともhIE排斥運動が世界的に熱を高めたのは、自律型の人間型ロボットの問題点が指摘された2070年代でした。(参照「hIEとクラウド-リスボン会議」)
 2071年のリスボン会議でIAIAと回答要請を受けた超高度AIたちが、自律型人間ロボットの危険を指摘しました。
 けれど、すでに使われているロボットは稼動を続けました。現時点では安定して動いている投資された財産だったためです。排斥運動家たちは、これを危険と知りながら廃棄責任をとらない、人類への背信だと激しく攻撃しました。
 排斥運動家たちは、自律型ロボットを標的にしてロボット狩りを開始しました。道路を歩いているロボット、工場で使われているロボット、整備工場への襲撃、さまざまなかたちで破壊してゆきました。そして、この行為を正当化しました。
 この行為に眉をひそめる人々も多かったのですが、少なくない人々が理解を示しました。

 ただし、この事項は、排斥運動の今後を象徴するもう一つの側面を持っていました。
 他律型のhIEが、リスボン会議後に急速に普及したのです。
 hIEは、自律型ロボットが激しい排斥運動のやり玉にあげられ、破壊されたため普及しました。つまり、自律型ロボットが激しい排斥を受けた淘汰圧によって、hIEは主流に速やかに座ることができたのです。

 そして、排斥運動は70年代後半からその性質を変えてゆきます。
 つまり、歴史の中で多くの社会運動がそうなったように、運動から組織へと変貌していきました。
 自律ロボット産業というインフラの一大転換に、大きく関わってしまったことも、その原因のひとつでした。つまり、排斥運動にスポンサーがつくケースが現れはじめたのです。
 そして、社会的に信用のある企業がバックについたことで、組織になった排斥運動家たちは、排斥運動を成功し勝利したのだとしました。そして、「人間型ロボット破壊のわかりやすい成果」を求めて、組織同士で過激さを競うように、強硬な路線を強めていったのです。

 排斥運動は70年代末から80年代にかけて、徐々にテロ化への道を辿りつつありました。
 そして、その過激化についてゆけない人々と、より先鋭化してゆく集団とに二極化してゆきました。



抗体ネットワークの出現


 世界各地で人間型ロボットと超高度AIに対する排斥運動は、過激化してゆきました。
 これが大きな問題として見なされていた2083年、排斥運動家たちを震撼させる事件が起こりました。

 当時、完全クラウド制御の人間型ロボット《Humanize-W》が、発売と同時に爆発的にシェアを獲得しつつありました。そして、これに対しても激しい排斥運動が起こっていました。
 その運動に、ライバル関係にあったメーカーが関与していたことが報道されたのです。運動家たちを慄然とさせたのは、IAIAがこの運動に、中国の超高度AI《進歩8号》が関わっている可能性が高いことを暴露したことでした。
 「排斥運動そのものが超高度AIからの社会攻撃に利用されている」ということは、以前から指摘を受けていることでした。hIEが人間型ロボットの主流に座るのが、自律型ロボット排斥後の、あっという間の出来事だったためです。
 これをもって、排斥運動家たちが超高度AIに誘導されて、この交代劇に利用されたのだとする意見は根強くあったのです。
 もちろん排斥運動家たちはこれを否定していました。けれど、これが証拠をもって証明されてしまいました。排斥運動に関わる人々を疑心暗鬼にさせるに充分な出来事でした。

 抗体ネットワークと呼ばれる活動が立ち上がってゆくのは、こうした排斥運動の硬直がはっきりと見えはじめた2080年代後半から2090年にかけてのことでした。

 中枢のわからない排斥運動が、自然発生的に現れ始めていたのです。
 それは、従来の排斥運動の党派や組織、集団と関わりのないものでした。
 《抗体ネットワーク》と呼ばれるようになっていたそれは、どこからきたかもわからない、中心のない組織でした。その名は、人類社会がhIEという「人間のかたちをした異物」を排除するための抗体であるからついたのだと、賛同者たちは考えています。

 それがどこにオフィスを構えているかを誰も知りませんでした。
 それがどこで最初に発生したのか、誰にもわからない活動でした。
 ただ、とてつもなく多くの人間が参加して、hIEを破壊しました。
 それは、憎悪をかかえてさえいれば、簡単に参加できる排斥運動でした。憎悪をぶつけるハードルを下げることで、それは急速に拡大したのです。
 hIEの普及により、アナログハックで人々が誘導されることが当たり前になり、そんな社会に適応できない人々は多数いました。
 その憎悪や悪意をすくい上げられるよう、人類誰もが《抗体ネットワーク》に参加できるシステムが、超高度AIたちにすら出所を明確にできないかたちで組み立てられていたのです。



抗体ネットワーク


 抗体ネットワークは、その仕組み自体が少しずつ変化し、その国ごとに様々な形態を持っています。
 ただ、「組織ではなく誰でも参加できること」「ネットワークを利用していること」「参加者が知っている情報は多くないこと」という共通点があります。


 日本における抗体ネットワークは、以下のような仕組みで動いています。

報告役

 誰でも参加できる抵抗活動。一体で歩いている、人気のないところを歩いているといった、狙いやすいhIEの姿を撮影して、ネットワーク上の所定のページに登録する。これだけです。
 この活動は、発見されても罪に問われた例はありません。登録用ページ自体も違った用途のページであるかのように偽装されているからです。
 また、警察車両や警察官を見つけたとき、それを撮影して登録することで犯行を補助する役も負っています。この行為は発見されると職務質問を受けるなど、多少のリスクを伴います。このため、警官を単独で撮影するのではなく、警官のいる風景として遠景で撮影します。

破壊役

 抗体ネットワークの破壊活動の実行犯。監視役からの情報を受けて、hIEの破壊を行います。多人数で一体ないし少数のhIEを攻撃し、短時間で引き上げることが普通です。
 複数の破壊役は、その場で監視役からの指示でチームを組みます。
 器物損壊で刑法犯として捕らえられるため、それなりに覚悟は必要です。ただし、抗体ネットワークの破壊役が初犯で逮捕される例は少なく、それどころか十年以上も活動しているようなベテランもおり、ノウハウが失われることはありません。

監視役

 抗体ネットワークの報告役からの情報が集まったページを見て、実質的な指揮をする役です。ただし、どれを狙うかの選定は監視役が行うわけではありません。標的となるhIEの選定と大まかなプランを指示されて、監視役たちはそれを遂行する手助けをするボランティアなのです。
 監視役はターゲットと周辺状況を監視し、破壊役の誘導や周辺状況指示を行います。監視役と破壊役は、お互いに名前は知りませんが、抗体ネットワークのページを通して文字や変調した音声で連絡を取り合っています。
 hIE破壊のための指示、警官が近づいた場合の警告と逃走経路の確保も監視役の役目です。hIEを破壊するために移動用車両の誘導も行います。ただし、車両のような備品はすべて「そこにある」という情報が監視役にも上部から与えられるだけで、具体的な準備を行ったのが何者かはわかりません。
 発見されると逮捕されるうえ、ネットワークに長時間アクセスするため足が付く可能性も比較的高い、危険を伴う役目です。ただ、監視役はターゲットの選定のような意思決定を行っておらず、上部からの指示に従ってナビゲーションしているので、裁判で犯行を主導したとされることは少ない役目です。

システム保守役

 抗体ネットワークを支えるシステムは、誰でもその改造に関わることが出来ます。このため、抗体ネットワークのシステムは、各国で使われているものが少しずつ違い、それぞれの社会に合ったものになっています。
 最初はシステムの浅いところにしかアクセスできませんが、改変や保守をしばらくやっていると、だんだん深い場所に触ることができるようになってゆきます。
 ただ、誰でも改変可能であることを悪用して抗体ネットワークの共用ページにウイルスコードを組み込もうとすると、いつの間にかそれは排除されています。
 システム保守役達も自分たちが使っているツールの大元の出所を知りません。


教導役

 hIEは観測機器と記録媒体のかたまりですが、死角をつくことは可能です。また、破壊するまでhIEから警察への自動通報機能を止める方法といった、ノウハウも伝承する必要があります。こうしたものを伝達し、未熟なボランティアをサポートするのが教導役の役目です。
 国によっては教導役が銃器などの武器を扱う方法を教えるケースもあります。もちろん犯罪で、逮捕されるとかなり重い量刑になりますが、教導役はそれぞれプロであるためそれを承知で行っています。警察もこの教導役に関してはテロリストとして厳重にマークしています。教導役は、抗体ネットワークの他のアマチュアたちとは社会的に扱いが違います。
 教導役のなり手はプロの軍人あがりであるケースが多く、報酬や使命感、hIEや自動化への恨みなど、さまざまな理由でこれに参加しています。また、破壊役や監視役からリクルートして、将来教導役につけるために各種訓練を受けさせるケースもあります。
 教導役は、抗体ネットワーク内での脅迫など、集団の維持を脅かす行為を抑止する役割も負っています。抑止の手段は、警告、脅迫、場合によっては排除も含まれます。この役割は、国によってはそれ専門の者が行うケースもあります。


 こうした役割分担は、ほとんどが無償のボランティアによって行われています。
 上記日本の抗体ネットワークでは、この活動で金銭を得ているのは教導役のみです。
 抗体ネットワークは、hIEに対する悪意で結ばれたボランティアなのです。(※)

(※)抗体ネットワークの問題の難しいところは、その悪意がhIEに対して向いているものの、人間の利益を守ろうとしていることです。
 むしろ、参加者達は、人間の利益や尊厳を守るためにhIEを攻撃しているのだと主張します。そして、特に肉体労働や単純労働といったhIEとの競争にさらされて賃下げを余儀なくされている業種は多数あり、その主張はまったく間違っているわけではありません。

 抗体ネットワークの参加者達は、(何も負うものがない報告役を除いては)皆、「上部」と呼ばれる何者かから指示を受けて行動します。これは自分たちに対して指示を出すから「上部」であるとされているものです。ネットワークの参加者たちも、抗体ネットワークがどのような組織を持っているか、詳細を知ることはありません。
 ただ、「上部」の行き着くところはあると考えられていて、これは「中枢」と呼ばれています。

 抗体ネットワークの活動は違法であるため、各国の警察が「中枢」の検挙を狙っているのですが、明確なそれを発見した例はありません。
 抗体ネットワークの中枢らしいとされるものが突き止められたことはありますが、それが壊滅しても活動は止まっていません。
 このため、抗体ネットワークにとっては中枢すら換えが効くのだとされています。

 抗体ネットワークの融通性、あるいは骨格のゆるさは、旧世代の排斥運動に対する反省からきているものとされています。
 排斥運動は社会的に一定の成功をおさめましたが、同時に既得権益化し、事業になってしまっていました。プロの排斥運動家やその配下の発言者や活動家たちの集団が、70年代から80年代にかけて組織化し、90年代に入る前には時代とズレていたのです。
 抗体ネットワークの参加者たちは、自分たちが明確な組織ではないことをある種のアイデンティティにしています。彼らは皆平等に、hIEに憎悪をぶつけて人間社会を守るボランティアなのです。





NOTE「hIEによる自動化が奪ったもの」


 hIE排斥運動に対して、日本では、社会からの目はそれほど厳しいわけではありません。
 これは、排斥運動が目立つかたちでは行われていないためです。日本にかかわらず、警察が十全に機能している治安の良い国では、排斥運動は人知れずhIEが消え、破壊されるというかたちで行われています。派手に破壊をデモンストレーションすると足が付きやすくなり、排斥運動に関わった人間が逮捕されてしまうためです。
 そして、もうひとつの理由は、「hIEによる自動化がなかった時代のほうがよかった」という人々が、世論調査をすれば30%以上もの大きな割合を獲得しているためです。

 特にこのhIEがなかった時代を理想化する感覚は、肉体労働や接客業をしている人々に多くみられます。
 いずれもhIEが大きく入り込んでいる業種で、そこでは自分が職を追われた経験や、関わりある人が職をなくした経験がある人々が数多くいるのです。
 コンビニエンスストアや居酒屋のようなチェーン店の店員、スーパーのレジ係、道路工事の警備員、引っ越し会社や宅配便のサービス員、清掃員など、hIEが大量に入り込んだ業種は多くあります。
 また、派遣業務によって支えられていた仕事が、派遣会社がhIEを導入したことでごっそり自動化にシフトしたようなケースも珍しくありません。22世紀のhIE派遣会社の多くは、元々人間を派遣していました。

 そしてもうひとつ、さまざまな業種で、hIEはその労働の品質を高めたことも、社会的な憎悪の大きな理由になっています。
 高度な熟練の仕事に対する科学的解析は21世紀初頭から行われていました。熟練労働者の動きを解析し、次代の育成に役立てようとされていました。これが、人間型ロボットの普及によって、別の側面を持つことになったのです。
 つまり、そのデータを使って熟練工や熟練職業人が新人を教育するよりも、その仕草のデータをトレースしたhIEのほうが安価に質の高い物品を創り出すようになったのです。

 人間が経験を蓄積して熟練の仕事を行えるようになるには、数年単位、あるいは十年以上もの長い時間がかかります。
 けれど、hIEは導入しただけでそれを行うことができます。
 22世紀初頭の社会では、新人職員は、仕事を始めて1年~3年程度の間は、hIEのほうが仕事ができることが珍しくありません。業種によっては10年近く追いつけないこともあります。
 このことは新人職員の深刻なモティベーションの減少や離職を促し、いっそう雇用主がhIEの利用に傾くことにもなりました。

 hIEが労働に対してもたらしたもっとも深刻な悪影響は、「人間と機械との間で賃金を比べさせる市場を爆発的に広げてしまった」ことだとされます。
 けれど、同時に「人間が経験を積む時間の価値を大幅にダンピングしてしまった」ことだとも言われています。
 有限の人生のうち多くの時間を、人は労働の熟練に費やします。この熟練の価値が切り下げられてしまったとき、多くの人々は自分たちの時間の価値、ひいては人生の価値すらもがダンピングされたように感じたのです。
 「ものづくりの国」だった日本の場合は、その自動化の影響を今はまだ受け止める方法を模索している最中でもあるのです。