hIEとクラウド


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クラウド稼動による他律形式


hIEの特徴は、機体内に判断系をほとんど持っていないことです。
hIEに「人間らしい振る舞い」をさせているプログラムは、機体上にはほとんど置かれていません。
常にネットワークと無線接続されていて、ネットワーク上にあるクラウドから行動プログラムを実行することで機体を動かしています。

この形式が選ばれているのは、インフラの発展によってネットワークへの接続と応答が、充分に高速化したためです。

そして、hIE各機体(ローカル)の判断で自律行動させると、複雑な人間社会の中で協調行動を行うのが至難になるためです。
フレーム問題(→wikipedia)によって、複雑な問題を適切に切り分けて解決に至るのが困難になります。これは機体個々の判断で動く人間型ロボットが問題空間の中に多数いると確実に悪化します。フレーム問題によって誤答するアンドロイドは、人間よりも突拍子もない答えを出す可能性が高くなるからです。

このため、人間型ロボットの制御を機体個々で自律させるか、それとも外部から他律させるかは2071年のリスボン会議(後述)までは大きなトピックでした。
この会議以降、大量にデータを持たせた高機能のものに他律判断させ、各機体(ローカル)では不測の事態を防ぐために判断をさせない他律方式が主流になっています。

その後、他律制御の方式はさまざまなものが現れては消えています。(※)
2105年では、AASC(行動の一般化(AASC)で後述)という、超高度AI《ヒギンズ》が2084年に作りだした制御言語・制御方式が90%以上の不動のシェアを持っています。

(※)自律方式の人間型ロボットも、すぐさま市場から消えたということではありません。むしろ2080年代に入るまでは、高級モデルの自律制御方式のほうが性能がよいともされたためです。特に高級機では、22世紀になっても愛される多くの傑作機が2070年代前半に現れています。



振る舞いをなぞるhIE


hIEに「人間のかたち」で動作をさせる行動プログラムは、ネットワーク上に蓄積された動画などから人体の動きを抽出し、この膨大な積み上げによって作られています。
抽出した動作をバラバラのパーツにして、これを組み立てることで適切な動作を作ります。

機体状態などもすべてhIEが備え付けているセンサー情報をクラウドに送り、クラウドがそれに適切な行動を判断します。
たとえば機体が転びかかっている場合や、押し倒されそうになった場合でも、hIE主機がそれに対応する行動を起こすのではなく、クラウドが行動プログラムを選びます。
hIEのセンサーは問題が起こってからそれに対処するのではなく、常時監視して次の行動を決め続けているので、それでも充分間に合うのです。(※)

(※)機体自体が判断をする割合がゼロだというわけではありません。例外はAASCのレベル5の項参照。

振る舞いの選択は、行動制御クラウドに送られているセンサー情報によって選択されます。
たとえば、hIEの眼球の他にセンサーがない画像センサーがない状態でhIEを目隠しすると、hIEは視覚を閉ざされた制限の中で行動プログラムを選びます。けれど、hIE眼球の他に連動した室内カメラがあるなら、hIEは「目隠しをしているユーザーがそうしてほしいだろう振る舞い」をセンサー情報から選んで行動プログラムを選択してくれます。


行動プログラムは、さまざまなツールによって編集することも可能です。
さまざまな需要にこたえるため、たくさんの行動管理プログラムの提供企業がさまざまな振る舞いのプログラムを提供しています。

家事能力だけでも、地域によってよろこばれるものがそれぞれ提供されており、たとえば京都の人風のやりかた、北国の人ふうのくせといった手つきや空気感まで選択が可能です。
ゲーム系、開発系、アート系、介護、翻訳、等々、ありとあらゆるサービスが行動プログラムとして提供されています。
そして、ネットワーク上のクラウドにアップロードされています。

こうしたクラウド上への追記は、企業の参入障壁が低く活発に流入が起こっています。
流行に対応できるhIE行動プログラムがあっという間に草の根業者からクラウドにアップロードされることで、hIEは時代性に素早く対応することが可能になっています。




クラウドによる他律形式の注意点


他律形式でhIEを動かすためのインフラ整備は、2105年にはもう完了しています。ただ、回線環境が著しく悪い場所では、動きに影響が出る可能性があります。
ただ、hIEがAASCを採用している場合、ある行動プログラムに従ってhIE主機が動作する準備は実行の通常0.5秒前には完了しています。なので、0.5秒以内のラグは吸収することができます。
通信速度で他律型hIEの動きに影響が出たのは、2070年代中盤くらいまでです。つまり、2105年現在では、30年前からインフラ整備をまったくしていない地域では動きに影響が出る可能性があります。

hIEの行動プログラムの送受信の中継電波を、途中で読み取ることは不可能ではありません。
ただ、《ヒギンズ》によるAASCの暗号はAASC更新のたびに切り替わっています。無線通信の帯域が超高速かつ超大容量になっていることによって、高度な暗号をかけても通信がほとんどボトルネックになりません。

ネットワークの断線するところでは、hIEを動かすことができません。
これ自体は、制御の観点からは一種の利便性でもあります。hIEを入れたくない場所は無線ネットワークから遮断するようにしておけば、事故や故意によってhIEに侵入されることがないからです。
セキュリティの強固な施設では、そうして外部からのhIE持ち込みをシャットアウトしています。




リスボン会議


 2071年、この頃すでに増え始めていた人間型ロボットの自律能力について、国際会議が開かれました。

他律制御方式は、当時、協調行動の問題を解決できる可能性を評価されていたものの、大規模な設備投資が必要で、規格が軌道に乗るまで難航することが予想されていました。
自律制御ロボットを自由にメーカーに作らせ続け、他律制御とどちらが残るかは市場の評価にまかせるというのが業界の動向でした。

ただ、超高度AIも開発され人間型ロボットが能力を急速に伸ばす中で、人間型ロボットがトラブルを起こす件数も増加していました。
これは台数の純増によると考えられていましたが、それだけとは考えがたい多彩なバリエーションを持っていました。人間社会のあらゆる場所に浸透しつつあった人間型ロボットは、まさにあらゆる場所で大小のトラブルを起こしていたのです。
そして、このトラブルが大事件に繋がるのではないかという社会不安は、軍で扱われている秘書ロボットが、兵器の発射ボタンを操作する事件が発生して爆発します。
この危機の中、2071年、スペインはリスボンで国際会議が行われることになったのです。

この会議で、オブザーバーである9基の超高度AIすべてが「自律系ロボットは将来制御しきれなくなる」と回答しました。
会議で問題とされた大きな点は「自律によって身体を動かし複雑な課題を解決するロボットは、いかなる内部制御を行っても個々が人工知能としてはたらく」ということです。
そして、この大量に普及した人間に近い人工知能が、製品寿命が尽きるまで長期間運用されます。このこと自体がトラブルの大きな要因であると指摘したのです。
人間型ロボットの判断系は、運用される間学習を続け、かつプログラムのパッチ修正を受け続けます。この中で、制御は徐々に失われてゆき、事態が収束するどころか、現状程度を維持することに莫大な予算を投入しなければならなくなるとされたのです。
大なたを振るおうとすると、かえって余計なブレイクスルーが発生して制御が外れる要因にもなるとも指摘されました。
頻発するトラブルを乗り越えようとする過程で、十年以内に致命的な事件が起こる可能性は高いと結論されました。
これは、自律制御の機体を「人間の生活の中の運動や仕事をすべてこなすことが出来る」ように作っていたメーカーにとって大きな痛手となりました。トラブルの原因が、性能ではなく、「人間生活や仕事をひととおりこなすことができる人工知能」が大量に世の中にあふれる状況自体であったためです。

実験環境としては興味深い現象だったのですが、世界すべてを実験環境として利用するわけにはさすがにいきませんでした。
そして、会議は、オブザーバーの超高度AIが30年すでに人類知能より先を行っているとされたため、30年以内に自律方式では制御問題を解決できない可能性が極めて高いと結論しました。

結果、自動反応の集積でロボットを動かす自律系は人間型ロボットの主流を去ることになりました。これ以後、ネットワーク経由でロボットを動かす他律型が主流になります。 

ただし、リスボン会議で自律系の機体が外れたのは、民生用の主流からだけです。軍用無人機の世界では広く用いられています。
自律系ロボットのほうが身体反応が速く、軍用無人機は反応速度が速ければ速いほどよいからです。
しかも、都市環境や人間の住んでいる住環境よりも、不整地や斜面などが多く、そこで人間以上に高い運動性を求められます。だから、"振る舞い"の集積が薄いところでは性能が下がる他律型のhIEより、自律型のほうが優秀なのです。
逆に、軍隊においての機体の振る舞いは、人間のいる住環境に適応しようとするときよりも遥かに単純です。(言語コミュニケーションが限られるだけで、計算負担は格段に減っています)他律式ではなくこの自律式であるケースがあるため、軍用無人機という言葉は、軍用hIEと区別されて用いられます。

自律機械を他律の状態にして動かすことは不可能ではない(※)ため、軍用無人機は、必要があれば一時的に他律状態にして使用することもできます。
この他律状態は、爆発物を取り扱う精密作業のような、自律状態でやらせる意味が薄い場合の措置で、一般的なネットワークに接続させるのはセキュリティ的に問題があるため司令部コンピュータへ接続して運用します。軍もやはりリスボン会議の結果は尊重していて、軍用無人機に自律状態で多様な学習を積ませることは避けているのです。

(※)軍用の自律無人機は、AASC適応機体の基準を正確には満たさないので、特殊なプラグインを必要とします



クラウド提供サービス


クラウド提供サービスが提供するクラウドは、多岐にわたります。
おおまかに以下のようなものが存在し、サービスからユーザーが自由に選択します。
クラウド提供サービスは月額課金のものが多くてお試しがしやすく、大手サービスから同人に近いものまで、値段もピンからキリまであるので、オーナーがまったく同一のサービスセッティングでhIEを動かしていることはあまりありません。
このため、町中で見られるhIEの動作は画一的なものにはなっていません。

[代表的なサービス種別]


  • 産業用クラウド
接続することによって、hIEは産業従事者として働くことができます。
業種ごとに一般的に使われているものもありますが、職場が熟練した技倆を求めている場合は、熟練した技術のクラウドを企業が特別に編集しています。これによって、接続するだけでhIEは事業者の要求する高度な労働を行うことができます。
工場労働、運送業、接客業、調理師、美容師、看護婦、モデルなど、ありとあらゆる産業のものが存在します。
ただ、自己判断を多く求められるなどhIEが苦手とする業種もあります。医師や、弁護士、作家、栽培作物の多い小規模農家などです。
定評のある産業用クラウドが存在しない業種では、産業へのhIE導入も限定されている、車の両輪の関係にあります。

  • サービス用クラウド
接続することによって、hIEは特殊なサービスを行う能力を得ます。
家事サービスクラウドや、育児サービスクラウド、楽器演奏クラウド、性的サービスクラウドなど、一般的に使用されているものでも多岐にわたります。
サービス業者に草の根的な小規模業者が多いのも特徴で、同じサービスでも多様な特色があるため、同種サービスのクラウドを複数個同時に契約するユーザーも多くいます。

  • パーソナリティウェア
接続することで、hIEは特定の性格あるいは個人を装います。
hIEの仕草や口調をやさしいものにさせたり、頼りがいのあるものにさせたり、といったキャラクター性をhIEにつけるために用いられます。
2105年の世界では、芸能人が自分のファンに使用させるためにパーソナリティウェアを売るのも一般的です。
パーソナリティウェアは、「特定の人間の身代わりをする」用途で用いられることもあります。亡くなった配偶者や家族のかわりをさせるためなどの用途で、個人の映像や家内システム・hIEのユーザ記録などから抽出してクラウドが編集されます。血縁のない個人の身代わりをさせることもできますが、この場合、集められたデータに違法性がないかは厳しくチェックを受けます。編集に特殊なノウハウとオーナーとの綿密な打ち合わせが必要で、かつ例外なく高額サービスです。この身代わり用途の場合は、外見などもたいていその特定の個人に似せてカスタムで作られます。hIEを特定個人に似せて作った場合、これを私有地およびオーナーが占有する場所から外に出すことはできません。


それぞれ、機体メーカーとの提携があるケースがあります。特に産業用に企業が設備投資として買うものなどは、特定業種での労働前提のものはそうです。
AASCによって機体能力はほぼ均等のものとして扱われるのですが、それでも関節の摩耗など、初めから扱うクラウドを想定して作ってあるもののほうが確実に性能が上がるためです。



人間の身代わりをするhIE


hIEには、人間の身代わりをするように作られているものがあります。
外見は写真や画像データから、動作については録画映像などから抽出してカスタムクラウドを作ることで、本人に似せることができます。
国によっては作成行為自体を禁止していますが、日本は可能な国のひとつです。

若くして死んだ子供であったり、配偶者であったりといった人物に似せたものがよく作られます。
クラウドをカスタムする必要があるため、作成費も毎月かかる運用費用も非常に高額です。

ただし、身代わりhIEには制限があり、人権保護のため、生きている人間をモデルに作ることは許されていません。
また、身代わりhIEは外見を登録しなければなりません。
カスタム業者にも特殊な許認可が必要で、オーナーにも詐欺防止のため機体がhIEであることを隠してはならないといった制限が課せられます。

人生はままならないものであり、作成需要は途切れることはありませんが、作られた機体が大切にされるとは限りません。
若くして死んだ娘の身代わりとして作られた身代わりhIEが、オーナーの再婚で、再婚相手の要望で破棄されるようなケースはよくあることなのです。




[NOTE]ボトム・アップかトップ・ダウンか?


hIEは、社会の中での人間らしさを、超高度AIによるトップダウン方式で達成しています。
個々のユニットの行動がボトムアップ的に社会性を築いてゆくのではなく、トップダウン的に作り込んだ「人間らしさ」のモデルをコピーすることが『BEATLESS』世界では選ばれています。
機体センサーでオーナーや周囲の観測データを拾って、クラウド上のデータベースとマッチングし、最も適切だとAASC(後述)自身が判断した行動プログラムを実行します。hIEは、人工知能ではなく、おそろしく綿密に作り込まれた会話ボットに近いアプローチです。
トップダウン型が選ばれ続けているのは、その利点が認められたためです。一般普及させる台数の問題で、学習余地のあるコンピューターにユーザー個別のデータを多く集めてボトムアップを期待するより、確率的に問題行動を起こしにくいのです。

可塑性の高い子供から、ボトムアップして知能を高めてゆく人類は、協調行動をとることが苦手です。
ボトムアップする知性が一定数存在すること自体がリスクを抱えるという意見も、リスボン会議では超高度AIから出ています。
2105年に、それぞれがボトムアップして成長してゆく知性である人間は100億人もいます。戦争はなくならず、利害の対立は激化するばかりで、全体がひとつの目的に進むことは極めてまれです。
リスボン会議(前述)で問われた制御不能性でも、余計なブレイクスルーが起こる小さな可能性よりも、成長した無数の自律hIEが多数の事故を起こすことのほうが重視されました。

そして、新しい状況や問題が目まぐるしく発生している速度に、ボトムアップ型人工知能の学習速度では間に合わないあります。
新しいものに知性をボトムアップで適応させるのは、学習のために時間がかかり、かつ学習結果が一様になりません。なので、トップダウン型で《ヒギンズ》が修正パッチを当ててしまうことで、高速度の適応と適応後の安全性を確保し、そして「世界のどこかでは発生しているけれど、その機体はまだ遭遇していない重大問題へのワクチン」を入れることができました。
これについては、《ヒギンズ》が得た情報からどのくらいの性能のパッチを当ててよいのかという、「未遭遇事案の事前解決問題」と呼ばれる別の問題もIAIAからは指摘されています。

ボトムアップで成長してゆく人工知能にもパッチを当てること自体はできるのですが、機体ごとに学習した結果と、適応パッチの間で、重大な齟齬を起こす可能性が必ずありました。
そして、ボトムアップ型の判断系を持つ機体に、修正パッチで足並みが乱れた上、それぞれの個性を学習によって獲得されてしまうと、メーカーもそこで何が発生するか正確に把握できなくなっていたのです。