拡張された人間


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拡張の需要


 科学の進歩にともなって、人間を知能、感覚、身体能力で拡張しようという動きは大きくなりました。
 いかに道具が進歩しても、インタフェースの工夫によって簡便に扱える機能はどうしても制限があるためです。
 つまり、高度な道具を使いこなすには高い能力が必要です。けれど、高度な道具を完璧に使うためには人間の限界が立ちはだかります。これはインタフェースで乗り越えるのが困難な障壁です。
 そして、人間を拡張すればより高度な仕事ができると考える人間は少なくなく、人間の拡張は大きなテーマであり続けたのです。

 この人間の拡張には、「外部機器によるアシスト」と、いわゆるサイボーグである「機器の埋め込み」、そして「薬物的強化」という、3種類の方法が用いられています。

 22世紀における人間拡張の基盤は、医療技術です。これは、人体に手を加えることが技術指摘に医療カテゴリに属する技術であるためです。
 そして、人間拡張の倫理も医療に基づいています。これは、不必要な改造を行わないとう一般倫理の下に行われているということでもあります。

 埋め込みによる身体拡張は、21世紀日本人の値段感覚としては、大きいものなら入院費と予後の経過観察込みで、臓器ひとつで50万円~100万円くらいです。全身義体ともなれば家一件より高額になります。(※)
 全身義体は高額ですが、メンテナンスさえ行っておけば基本的に脳以外の病気から解放されるため、100歳まで生きる換算なら医療費と比べて無茶な値段とは言えません。この値段も、埋め込み機器や全身義体が少ない理由になります。

(※)ただし、いずれも新品の値段。中古機器を安価に施術するケースもあります。中古機器は、需要と供給のバランス次第ですが、臓器は半額程度、全身義体は30%程度まで値引きされます。ただし、全身義体の中古は譲渡契約が存在しない限り100%誰かを殺して奪ったということなので、普通の国では使用が発覚すると取り調べを受けます。

 身体拡張の需要として、もうひとつ大きいのは、特に埋め込み機器を扱っている場合、パスワードを埋め込み機器に持っておくことにより、入力の手間を省けることです。情報や道具へアクセスする手間が下がることでよって、ユーザーは自由を感じることが出来ます。
 ただし、埋め込み機器に保存したパスワードを狙って、強盗が被害者から、頭蓋内に埋設する副脳のような機器をえぐり出す事件も起こっています。途上国の合同が埋め込みの人工臓器を狙うような事例もあり、致命的な機器を奪われて死亡するユーザーは後を絶ちません。




感覚の拡張


 人間性に身体拡張は大きな影響をおよぼします。
 これは、身体拡張自体の力というよりは、人間の精神がそれほど揺れやすいものであることに起因します。

 もっともよく扱われる、携帯端末のハンズフリー化は、「さまざままなかたちでの視覚への端末画面の重ね合わせ」と「通話などの音声情報の無線化」によって行われます。
 22世紀には、携帯端末自体が非常に多機能になり、情報や機器に接続できるようになっているため、これだけで生活感覚は大きく変わります。

 また、扱われる比率は下がりますが、暗視などの純粋な感覚強化も行われています。
 感覚拡張は、基本的には、仕事や趣味などで必要なユーザーが、用途に合わせて行うものです。たとえば、野鳥観察が趣味であるユーザーが暗視と望遠能力を入手するといったかたちです。
 あくまで用途があって身体拡張を行うという順番であるため、22世紀人類が身体改造によって人間観自体を変容させているということはありません。

 感覚の拡張とは、人間性をかたちづくる要素の拡張が行われているということでもあります。
 本来そうあるものによって、なぜ社会などの変容が出ていないかといえば、拡張した身体が接するものが進歩した地球の道具やインフラであるためです。
 拡張した身体をもって、人生を全力で切り開くような環境が、そもそも人間社会には存在しないのです。

 この例外となるのは宇宙です。宇宙には地球のように進んだインフラに簡単に触れられるわけではなく、開拓の余地が多くあります。
 ただし、「身体拡張というコスト」に見合ったリターンを、宇宙で手に入れることはできません。純粋に経済が回っていないためです。
 宇宙尺度まで大きくなってしまうと、身体拡張しようがそれほど効力が変わらないのです。

 人間性はインフラによって大きな影響を受けますが、便利であることによって人間性が大きく変容するわけではありません。

 神経反応を加速して、アスリートに人間以上の動きをさせるようなことも可能です。ですが、脳と加速している機器の間のなかだちは人工知能がおこなっています。(参考「人体補助機器と人工知能」)
 このため、こうした神経加速を行ったとき、100%身体がイメージ通りに動くわけではありません。イメージ通りであると感じて人間以上になった感覚すら覚えるのは、単純に意識が行為を追認するように動いているためです。

 つまり、脳処理能力を上げても、「人間の脳が、身体の行為を追認するようにその意識を作るのは変わらない」のです。
 これはあらゆる感覚拡張にも同じで、「拡張した感覚を追認するように、人間の脳は意識を作ってしまう」という働きがあります。暗視などの感覚増強を行った場合、純粋拡張機器によって人体にない感覚を追加した場合も同様です。
 人体改造による万能感や拡張感の根底にあるものはこれであると考えられています。



オーバーマン


 高度AIと人間の脳を接続することで、人間以上のものになろうという試みは何度も行われています。ただ、これは2105年現在では成功例がありません。つまり、高度AI単体で運用したほうがよほど性能がよいということです。
 高度AIと人間の脳の間のインタフェースがボトルネックになって、ある一定以上では人間の脳を増強すればするほどギャップが深刻になって性能を落とします。
 これは、人間の脳が増強することによって、高度AIに細かい指示を出し始めるためです。このとき、高度AIが元々持っているタスクコントローラーとバッティングして、機械のタスクコントローラーに任せているほうが良好なスコアを出すことになるのです。

 これは、高度AIを道具として完全にコントロールすることに成功した人間がまだいないということでもあります。
 そして、そこに挑戦する人間が現れ続けるということでもあります。

 そして、それすらも超える手段として、人間の人格をデータ化して高度コンピュータに実装するという行為が行われました。つまり、人間の脳が持っているボトルネックと、機器との間で埋めなければならないギャップを、脳自体を機械化することで乗り越えようとしたのです。
 脳を機械化するとは、つまり、脳から人格として機能するデータを取り出して、コンピュータに実装することでした。
 超高度AI 《ベスム(BESM)2066》が、人格の完全データ化技術を開発したことで、これが実行されました。

 IAIAはこの開発を直ちに察知、警告を送りました。
 けれど、当時のロシアの富豪達を中心としたオーバーマン主義者たちはこれを受け入れようとしませんでした。
 その後、IAIAによる過酷な攻撃が起こりました。(参照「IAIA-《アストライア》によるオーバーマン審判」)
 その後も人間の完全機械化を夢見る人々はいますが、それを達成した者は公式には生き残っていません。



全身義体


 全身義体の運用者は、法的には全身義体運用者とカテゴリされます。一般的に「義体運用者」と呼ばれるときは、半身以上を義体化している人間を指します。
 これは運用している部品が機械である場合も、生体由来のものである場合も同じです。ただ、人間の臓器や組織を移植したケースでは義体のカテゴリには入りません。

 自律型アンドロイドの制御系を、人間の脳と神経系に置換したくらいの性能になります。
 感覚の拡張を行っていない場合、速度や反応としては生身の人間よりも少し良好である程度です。

 ただ、感覚の拡張を行った全身義体の運用者は、幻覚にさいなまれたり精神を病んだりするケースが多くなります。脳へのアプローチによってこれを強引に取り除くことも可能です。
 それでも、生身であったときと同じ感覚にはなりません。失ったという事実だけは、機械によって補うことができないためです。

 これは本人の意識の持ちようで改善することで、カウンセラーは義体と義体運用に対してポジティブになるよう勧める傾向があります。
 このこともあり、全身義体の運用者は、陽気であったり、物事に頓着しなかったりするむしろ陽性な気質を持っていることが多くなっています。義体運用者もそれぞれの人生を生きるよりなく、気にしていても何も改善しないためです。




人体補助機器と人工知能

 人体を補助する機器にとって、人工知能はなくてはならない存在です。なぜなら、曖昧な指示を受け取って実際に接続された機器を動かし、あるいは機能を立ち上げているのは、機器に搭載された人工知能だからです。

 特に脳強化機器である外部脳については、人工知能に頼る割合が顕著です。神経信号や脳は、筋肉の緊張を人工知能が間に入って判断しています。
 アシスト機器としての外部脳だけではなく、埋め込み機器としての副脳も、やはり人工知能に頼っています。そうでなければ、機器の取扱習熟に莫大な時間をかけることになってしまうためです。

 生体からの信号を精密に読み取り、ユーザー個々人の求めるように機器を起動し操作することは、人工知能なしでは達成不可能です。(※)
 つまり、機械による人体の補助とは、高度になるほど「機械と人間の仲立ちをする人工知能」による人体補助の色合いが強くなるのです。外部脳くらい高度なものになると、補助機器を動かしているのは、実質的に人間の神経信号ではなく、それを解釈する人工知能になります。

(※)個人の技倆習熟によって、人工知能サポート以上の能力を個人が得ようという流れは、熟練兵などの間には存在します。これは一定の効果を上げています。ただ、軍などの機器を配備し運営する側にとっては、再現不能な個人のタレントに頼るより、それでも勝てる戦術とそれを支える武器性能、そして物量を揃えるほうが圧倒的に優位であることは変わりありません。どれほど個人が習熟しても、人間の脳に可能な仕事には生態的な限界があるのです。

 これが意味するところは、人間は「高度な道具をより有効に使うため」に身体を強化しますが、実質的には人工知能にまかせているということです。
 身体埋め込みよりもアシスト機器の需要が多いのは、埋め込み機器での判断も人工知能が行っているためでもあります。
 埋め込み機器によって身体感覚が大きく拡張されるように変わります。ですが、その万能感は相当部分まで錯覚なのです。

 結局機器を動かすのが人工知能であるなら、無理をして危険でランニングコストがかかる埋め込み機器を使うことはないという判断が、埋め込み機器の一般化を止めています。
「人間が高度な道具を使って行いたい仕事」のために、人間の拡張に高額のコストをユーザーは支払います。けれど、それを〝拡張した人間が行うこと〟と、〝人間が命じて仕事まるごとhIEや人工知能に投げてしまうこと〟とには、タスクのどの時点から人工知能が介在するかの差しかないとも言えるからです。

 人間の拡張は、人工知能の進化の爆発によって、人類にとって軌道修正を強いられた夢ではあるのです。