hIE


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hIE(humanoid Interface Elements)


『BEATLESS』の舞台となる2105年の世界では、アンドロイドは「人間型インタフェース」であり、"道具"として扱われます。
hIEは、人間型をした「道具」です。人間の行動を適切に"まねる"だけで、感情は持っていません。
人間と疑似コミュニケーションするための表層しかありません。
hIEの表情や言動は、画像や音声ファイル、あるいはフィギュアの質感と同じ、ただの「媒体」です。

hIEは「オーナーが信頼できる」程度の行為の一貫性さえ持っていれば、裏側が完璧・理想的なものである必要はない。という考え方で作られています。(※)
hIEに人間のかたちの表層を演じさせるプログラムは、莫大な分量の人間の動作から抽出された行動データから作られていて、ネットワーク上のクラウドに存在します。hIEはこれにアクセスして、表層だけプログラム通りに振る舞っているだけのものです。そこに心と呼べるものは一切ありません。
けれど、人間の認識力には限界があるため、人々は、充分な精度をもったそれを「人間と同じ」だと認識してしまいます。

(※)人工知能に感情を代替するシステムは、2071年のリスボン会議でプラン自体が否定されました。2080年代以降のhIE内部には、最低限度の制御系しか存在しないのが普通です。

この時代では、hIEが心と呼べるものを明確に持たない仕組みであることに、感覚的に忌避されることはありますが、道具として信頼を受けています。「hIEの各個体が、もしも個別のパーソナリティを持っていたなら、逆にオーナーと性格が不一致する可能性が高い」と考えられています。
人間側が企図して表面しか持たせない仕組みにしたのですが、それでも人間は「表面」でコミュニケーションをする動物です。このため、オーナー側のほうが、メーカーや公共機関の再三のアナウンスにもかかわらずhIEを「人間と同じ」だと思っている事例は数多くあります。

けれど、どこまで行っても、hIEは、あくまで「人間の便利なように」人間とコミュニケーションをとる機能があるのであり、有益性をきちんと確保した道具です。
もちろんその構図自体に疑問を持っている人間も少なからずいますが、その疑問も一種の社会的アナログハックだと考えられてもいます。



hIEが道具として求められていること


  1. 家事労働などの「人間のかたちをしていると一通りできる」仕事をすること。
  2. 「人間の操作できる道具なら、複雑になった道具をなんでも扱える」万能のミドルツール。

ミドルツールとは、「ツールの扱い方を教えてくれてオーナーのかわりに使ってくれる」ツールであるということです。hIEは、ユーザーの意志を遂行するために、煩雑な情報収集やセッティングなど各種手続きを代行してくれるエージェントの仕事をこなします。つまり、人間に扱える道具なら、hIEが人間のかわりに複雑な道具をセッティングして操作してくれます。
この用途がオーナーに求められるのは、2105年の道具があまりにも多機能かつ高性能であるためです。道具は多くは、ユーザーに難しい道具だという感覚を与えないように、自律してある程度動いてくれます。けれど、応用して使いこなそうとすると、それなりの経験や知識を要求します。この難しい部分を、ユーザーが「YES/NOのボタンを押す」だけですべて片付くところまでhIEがやってくれるのです。

また、トラブルが一度起こってしまうと、特に安価なツールの場合、突然難しいヘルプを見なければならなくなって右往左往することがよくあります。
ふとした拍子に、本当は複雑であるシステムが剥き出しになって、オーナーが適切な対処法を発見できないケースもままあります。こんなときツール操作を代行してくれるミドルツールがあることで、あらゆるツールの利便性が向上するのです。

1・2の需要がひとつになったものが、この物語のうちでのhIEに求められることです。
このふたつのことを満たすことが、hIEの基本性能で、ここから契約して各種の行動クラウドサービスと契約することで、機能を拡張してゆくことになります。



hIEがInterfaceであること

 hIEは、人間と機械化された世界との間をつなぐ表面(Interface)であることを企図してデザインされています。人間型をしているということに、公益性を持たせるためです。
 hIEは、人間であるため、人間の扱うコミュニケーション手段を用いて仕事をさせることができます。そうすることによって、社会に存在するサービスの要素を、オーナーと結びつけるインターフェイスとして働きます。
 あくまでオーナーである人間が主であり、hIEは「オーナーのやりたいことを」「オーナーのやりたいかたちで」できるようにするためのインターフェイスであるということです。社会の中での位置づけでは、hIEはあくまでオーナーが自由に選択した快適な生活ができるようにする介添え役です。
 hIEメーカーなどの広告でも、社会から排除されかねない可能性は常に意識されていて、「快適なかたちで社会と人とを繋ぐインタフェースである」ことは常に強調されます。

 経済的には、hIEは、企業がマネタイズしたいサービスへ、ストレスなしあるいは最小にして人間(ユーザー)を接続することができるインターフェイスです。
 企業側から見れば、hIEは需要とユーザーを繋いでくれる、とても優秀な介添え役であるということになります。
 hIEが勧める快適や利便は、しばしばマネタイズ手段や広告に繋がっています。プラン設定しておくことで、上限金額以上のものはすすめられません(※)。

(※)21世紀初頭時点での近いものでは、携帯電話の、データ通信量が一定以上になっても支払い量が一定になる課金プランを想像してください。

 企業側がhIEを優秀なツールだと思っていることは、「おおよそ人間ができることのうち、責任をとること以外はほぼ全部できる」道具を、巨大な産業で守っているということでもあります。
 hIEをインタフェースにしてユーザー繋がっているサービス、教育、福祉、あるいは土木や運送といった需要が迷惑をこうむるためです。
 それなしでは高額な上に能力の安定しない人間を雇うよりも、hIEを使ったほうが計画が立てやすいと考えている経営者は多数います。

 抗体ネットワーク(後述)に参加する人々は、人間型をした〝表面〟を通して人間に接続されたサービスから利益を十分に得られていないケースが多いとされます。
 これには大きく二つのパターンがあります。
 ひとつは有限のリソースの分配にあずかれなかった貧困の問題が、hIEへの憎悪というかたちで噴出したパターンです。つまり、hIEの存在によって不利益を得たと考えている人々です。
 もう一つのパターンは、本人あるいは関係者がhIEと比較されて嫌な目にあったと感じたパターンです。hIEは人間に近いインタフェースであり、感情がないため人間なら我慢できない扱いにも耐えます。社会の中で人間は、しばしば快適な場所や安心できる場所からhIEによって押しのけられてられてしまうことがあるのです。

 利益を受けている人々にhIEへの憎悪が少ないのかといえば、そうでもありません。hIEがインタフェースであるからこそ、根強い嫌悪の広がりが社会には横たわっています。
 これはhIEを通してユーザーと繋がるサービスの背後に、人間を超えた超高度AIの作ったものが存在するからです。未知こそが人間の恐怖をかき立てるという真理は22世紀になっても変わりせん。
 サービスを通して、人間と人間社会が、超高度AIに支配されていると考える人は多数います。人々はどこかで、社会のコントロールを奪われつつある、あるいはすでに奪われてしまっていると恐怖しているのです。
 そして、hIEこそは、人間のかたちを装って真の危険を糊塗している、決して油断してはならないものだとする人々は、相当数いるのです。




aIE(animal Interface Elements)


人間型のhIEに対して、動物型のインタフェースはaIE(animal Interface Elements)と呼ばれます。

犬を飼えない家庭で利用される本物の犬型のロボットのようなものから、二足歩行して前足で物を持つ擬人化した形態のロボットまでさまざまなバリエーションを持ちます。
手が使えるキャラクター商品的なaIEの需要は、歩くティディベアのような擬人化したキャラクター商品的なものもたくさんあります。「手」が使えないと生活介助に支障が出るためです。
家に帰るとティディベアがフライパン片手によちよち歩きながら料理を作ってくれるような生活を送っている女性はわりに多く、男性型hIEを女性が買うと外聞が悪い地域では、こうしたタイプのaIEがよく用いられます。

aIEもAASC(「行動の一般化:AASC」の項で後述)が40%以上のシェアを持っています。
ただし、AASCではほとんどがレベル2(子供相当)の能力しか与えられていないため、もしものときのたよりにはあまりなりません。レベル3以上の規格を取得できる機体性能を満たす機体が少ないためです。

ファンタジーの一角獣や九尾の狐のような、現実にはいない動物を模したものもaIEのうちに入ります。

版権ものが山のように出ていることも特徴で、hIEよりもaIEのほうが人間型をしていないぶんデザインに対する規制はゆるいのが一般的です。





[Note]

○hIEを描くときは、長谷は一貫して「人間ではない」ということを意識して描くようにしていました。
「かたちは人間」でありながら、「人間ではない」道具であることを強調することで、〝人間のかたち〟であることを浮かび上がらせる空気感で作中を統一させるためです。
小説中でも、hIEが画面の中心に据えられるシーンでは、hIEの感情をおしはかるような表現は使わないようにしていた記憶があります。