政治


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個人認証タグ


 22世紀初頭の社会では、日本ではあらゆる市民が個人認証タグを持っています。
 これは、もっとも一般的に使われる身分証です。そして、同時に個々人のライフログをとる記録媒体でもあります。

 行政サービスは、この個人認証タグを政府の高度AIが管理することで高速化しています。つまり、個人認証タグのデータから、「国民個々人がどのような行政サービスを必要としているか」を人工知能の計算で予測できているため、国民一人一人に適切なケアを行うことができます。
 また、21世紀初頭には書類で管理していたデータをすべて電子化しており、個人認証タグと連動した端末からなら、24時間いつでもネットワーク越しに行政サービスを受けることができます。

 行政手続きそのものが自動化されていて、人の手を最低限度しか介していないため、国民が行政サービスを受けるために役所へ行くことはほとんどありません。(※)
 手書きの書類を作ることもできますが、役所側も窓口ですぐに読み取り機にかけて電子データ化してしまいます。
 高速かつどこからでも行政手続きを行えることは、22世紀の行政の大きな進歩です。

(※)個人認証タグでは片付かない問題、主に企業のような法人関係の行政手続きには、役所の窓口でなければ行えないものがあります。

 個人認証タグは、21世紀半ば頃までは、行政処理の簡便化のため身分証明書を含む各種の個人データを集約した個人認証カードでした。
 これが携帯端末に連動したり、腕輪やボタンなど様々なかたちをとる個人認証タグになったのは、超高度AI《ありあけ》による施策です。
 《ありあけ》は、個人認証タグの暗号を開発し、ライフログを安全に記録するシステムを作り上げました。このシステムは、《ありあけ》がハザードによって破壊され、超高度AI《たかちほ》に代替わりした後も、保守と発展を続けています。



個人認証タグとライフログ


 個人認証タグは、センサーによって所持者のライフログをとって保存しています。
 これによって、大きい経済と個人にターゲットした経済がシームレスに繋がっています。

 国民は、この個人認証タグに保管された個人データおよびライフログを、必要に応じて公開することができます。
 この公開設定には、行政府のみに公開、家族にのみ公開といった区分を、あらゆる項目について選ぶことができます。
 こうしたデータを行政府に公開したり、商業利用を許可することによって、個人にターゲットの向いた行政サービスや、経済的サービスを受けることが出来ます。
 個人認証タグによる、個人にターゲットの向いた経済は、22世紀初頭社会の大きな特徴でもあります。

 個人認証タグを持つ国民の行動のログは、行政手続きを行ったとき、民事の契約を行うときなど、さまざまな場合に自動で記録されます。公的文書を書くときや捺印をするときは、ログが連動して残ります。
 これによって、契約時のトラブルを防ぐようになっています。
 個人認証タグから記録されたライフログは、21世紀でいうビッグデータとしてクラウドに蓄えられています。
 商業利用を許可した場合は、この情報の鉱山が各種業者によってリアルタイムで発掘されることになります。

 人間が経済活動の主体であることは変わらないため、人間の行動と意志選択は常に価値を持ちます。この情報をさまざまなかたちで商品に変えることが行われており、この情報を運営して金銭化する権利が個々人にあると考えられているのです。

 このため、国民は、この個人情報をオープンにすることによって、金銭を得ることができます。(※)
 個人情報には値段の差があり、最低限度以上の収入がある者なら生活の支えになる程度、高額の収入がある者ならそれだけで生きて行けるくらい、プライベートを金銭化することで手に入れることができます。 プライベート情報は、オープンにするかを選べる資産だと見なされているのです。

(※)ただし、個人情報をオープンにすると、さまざまなかたちで経済的、政治的に、情報や宣伝をターゲットして送り込まれることになります。見ているテレビやウェブメディアのCM、街頭広告など、自分に合っていると思われるものが常に映し出されることになります。こうした情報を捨てて自分に合ったものを意志的に探すことも可能ですが、多くの人間は根負けして広告商品を買います。

 22世紀の社会は、監視を自然に受け入れている社会です。
 この監視という情報共有を土台にして、どこまで情報をオープンにするかは個々人のポリシーにまかされています。この選択は新しい人権であると考えられています。

 たとえば個人認証タグには、タグを持つ者の場所をリアルタイムに知らせる位置検索機能があります。けれど、警察は、本人が検索機能を公開設定にしていない場合、犯罪に関わっている疑いがある国民のタグであっても、この情報を参照することができません。これによって、犯罪が立証可能だとしても許されていせん。
 少なくともそのデータが裁判で、公判資料として認められることはありません。
 これは個人認証タグのシステム自体の信頼を守るためで、プライバシーを公開設定にしていない限り、これを参照されて不利益を被ることはありません。これは人権であると考えられているため、非公開設定の個人のデータへの公開要求が検察から出ようが、公式に通ることはまずありません。

 個人認証タグは、電子マネーの管理端末としても働きます。これは、現金以外の決済手段で売買を行う場合は個人認証タグがライフログをとるためで、電子マネーの運営企業が業務乗り入れしています。

 そのほかにも、個人認証タグの連動サービスには、多数の民業の乗り入れがあります。
 登録しているクラウド次第では、音声情報から自動的にスケジュールや約束ごとを登録してくれたりもするため、日常的に個人認証タグの表示領域を確認する人間は少なくありません。
 個人認証タグを、外付けの第二の記憶領域として活用している人々も数多くいます。

 こうした民業の乗り入れは、市民生活でも、情報をクラウドに登録しているほうが圧倒的に利便性が高いため、一般的に受け入れられています。

 また、ライフログは、宣伝などを受ける受動的なものだけでなく、個々人が生活をコントロールする能動的な使い方もされています。
 自分の行動パターンを分析することもできるため、節約や生活習慣の改善に役立てる人も数多くいます。



宇宙利用と人工知能の影響


 22世紀現在、二つの要因が21世紀と比較したときの大きな違いがあります。

 人工知能の発達によって、民主主義が管理されていること。
 そして、宇宙を地球が押さえ込んでいることです。

 人工知能の発達は、民主主義の根底にある人間への信頼を大きく損ないました。
 政治的な枷を外せば、能力的には人間でなければできない、あるいは模倣もできない知的活動が存在しないためです。
 政治に対するアイデアは、人間よりも人工知能のほうが先に考えついています。それを社会に導入する方策も、政策AIが導出してくれます。
 このため、もはや自然発生した政治運動やうねりですら、AIによる誘導ではない保証を得ることができないのです。

 政策AIは行政府によって管理されています。政策AIは政党ではなく、行政府が持つことが普通なのです。これは、政党が政策AIを持っても、どのみち利害の綱引きで立案された政策をゆがめるためであり、政党による利用ではAIの性能を十分に発揮できないとされています。
 行政が強い国では、行政府のAIが政策を立てるため、民主的手続きによって政権が交代しても、社会が大きく変わることはあまりありません。
 これは政策AIが補助している高度化した政治戦略に、人間の思いつきで軌道修正をすると、大きく国益を損なう可能性があるためです。
 このことは、官僚が政策に大きく関わる日本では比較的違和感なく受け入れられています。けれど、それを懸念する声も数多くあります。特に日本では、かつて超高度AI《ありあけ》がハザードを引き起こした記憶が強く残っているためです。

 人間が政策を立てることが重要なのだという政治家達の声は、広く理解を得てもいます。
 政策AIがあることによって、かえって政治はAI時代以前から大きな変化をしていないのだとも言われ、そういうデータも出ているためです。
 人間の多くが望むことは現状維持、あるいは現況で考えられている社会幸福を得ることです。
 これを民主主義的に反映した結果、AIによる政治施策は、現状を破綻しないよう維持することに力を振り向けられているのです。

 21世紀を通して、基本的人権は、地表の全地域を「それを受け入れる地域」と、「受け入れないことを政治的に選択した地域」とに塗り分けました。
 けれど、民主主義は基本的人権の次にくるビジョンを生み出すことができていません。つまり、政策AIがすることは、この塗り分けを守り、自然に現れる塗りむらへ対処することに偏重するのです。

 そして、地球の政治はこのようなゆるいペースで前進しつつ、22世紀初頭現在、宇宙開発によって得た利益を地球の国家に吸い上げています。
 政策AIによっておおむね保守的な施策をとる地球の国家は、数的に劣勢かつ契約上搾取される理由がある宇宙居住者につけを押しつけているのです。

 けれど、宇宙居住者たちにとっては、現在の社会は不合理なかたちをしています。
 宇宙では、距離的制約によって、物流にコストと時間がかかり、かつ最重要インフラのひとつである通信にも大きな不便があります。だからこそ、距離的制約が大きいなら、本来なら意志決定は地球ではなく宇宙の現地で行われるべきだと考えているのです。

 戦争が経済の延長であるなら、すでに宇宙と地球は臨戦状態であるという者もいます。
 宇宙、特に近軌道圏コロニー以外の居住者にとって、軌道エレベーターやステーションは、破壊すれば自由に近づく脆い標的に見えています。
 実際、軌道エレベーターの存在する赤道地域は、いまだ終戦ではなく休戦している状態だという歴史学者もおり、この地域をも巻き込んだ大戦争になる可能性を抱えています。



地方分権


 22世紀初頭の世界では、地方分権が強くなっています。
 これは純粋に、AIの補助によって、地方社会を維持するだけの労働力が地方でも得られるためです。
 AIによる労働力の補助は、地方の有力者の意向がなくても地方社会が回る状況を生み出しました。このため、むしろ汚職の発生率は、21世紀初頭に比べて下がっています。

 22世紀初頭においては、中央官僚と結びつくかどうかは、地方社会の選択に委ねられます。中央官僚のマンパワーがなくても、AI補助によって仕事が一応は回るためです。
 複雑な制度を作っても、AI補助によって情報を整理し続けることができるため、地方社会がそれぞれ特徴的な社会を選択することはよくあります。特に観光を資源にしている地域では、特色のある制度が存在します。
 これは国の許可さえとれれば税制に踏み込むことも可能で、経済特区を地方自治体が設定することも可能です。

 PMCの出動を認可する権限を自治体の首長が持っているのも、ひとつの地方分権のかたちです。(参照「軍事-日本型PMC-日本型PMCの出動」)

 ただし、左前になってしまった地方社会が、立て直しのために計算上リソースが足りない場合もあります。あるいは、大きな投資やリソースの必要なプロジェクトは、地方社会だけでは手に負えない場合があります。
 こうしたとき、民間に委託して行政府を小さくする選択肢もありますが、22世紀日本では中央に助けを借りることが一般的です。これは、企業AIが利益を地域社会から吸い上げるケースがままあるためです。

 政府内で高度AIの計算力が振り向けられているセクションは、日本の場合は、国家を維持するための仕事と、内閣の定めた特定のプロジェクトです。
 日本だけでなく、たいていの国では、高度AIは特定のプロジェクトに集中投入するかたちで使われています。
 これは、高度AIは、特定領域あるいは使用報告を出せる使用形態で取り扱う決まりになっているためです。IAIA条約批准国では、高度AIの使用状況は国民に公開されています。

 この特定プロジェクトへの集中投入が標準であるため、「AIが縦割り行政を生む」という、転倒した状況が発生しています。
 この縦割りに巻き込まれることを嫌う自治体も、やはり多いのです。



オキナワ独立運動


 22世紀初頭の日本で、国内問題としてもっとも大きなものは、おそらく沖縄独立運動です。
 元々、歴史的に微妙なものを抱える沖縄は、22世紀になっても米軍基地が残ったままで、これを排除したい中国からの浸透を100年以上も受け続けています。

 沖縄独立が深刻な問題になったのは、東太平洋がまさに火薬庫の様相を呈した2040年代から、沖縄が直接的な軍事的脅威にさらされることになったためです。
 2043年、中国人民軍が台湾に上陸した際には、日本と米軍の拠点として沖縄はミサイル攻撃を受けています。これによる市民の犠牲も出ており、けれどこの攻撃に対して日本政府は中国から賠償や謝罪をとることができませんでした。

 この時期からは、沖縄に対して中国から運動家が多数来訪し、米軍や日本軍に対するデモに参加するようになっています。
 以来、沖縄独立派に対して、中国は継続的に支援を続けています。この支援は民間にも浸透し、日本軍、米軍ともに中国側スパイからの工作に神経を尖らせています。2040年代からの沖縄は、日本と中国、米国のスパイが入り乱れ、これに東太平洋の利権にからむ各国のスパイが絡む、諜報激戦区になっています。
 毎年不審死や行方不明者が数十名出る状況に、沖縄住民は苛立ちを募らせています。

 中国に近しい住民は、沖縄の独立によってこの状況は緩和されると主張しますが、大多数の住民には相手にされていません。
 21世紀中葉に、香港が、基軸通貨を得た中国に完全に呑み込まれているところを見ているためです。

 22世紀初頭になっても、沖縄はいまだ基地の島です。
 ただ、2055年に自衛隊が日本軍として再編されたのを機に、日米地位協定は改善されています。これによって、米兵の犯罪に対して日本側が先に身柄を拘束した場合は日本の法律手続きでこれを裁判し、外国人犯罪者として日本の刑務所に服役させることができるようになっています。
 ただし、これも犯罪を行った米兵が基地に出頭するという抜け道があり、沖縄住民は不満を抱えています。

 22世紀における沖縄のアメリカ軍基地は、21世紀に比べると立場が微妙になっています。
 日本軍や東南アジア諸国の軍事力が底上げされていることと、東太平洋タワー周辺の緊張にアメリカが関与する必要性が下がっているためです。
 アメリカは西太平洋に軌道エレベーターを確保しており、東太平洋タワーの動勢に無理をして関わる必要はないという議論が、産業界を中心に定期的に大きくなります。

 沖縄のアメリカ軍基地を撤収させるかどうかは、日本のみならず米軍にとっても大きな選択であるとされています。
 東太平洋への影響力を守るか、それを諦めるかの、ポイント・オブ・ノーリターンであると考えられています。



移民社会


 22世紀初頭の日本では、移民が一般化しています。
 移民の多くは中国や東南アジアからの住民で、単純労働の従事者も多いですが、経済的に成功した人々も多数います。

 全体としては、人数的には中国系が最大なのですが、移民問題として考えるときこの時代の日本人が考えるのは中国系移民のことではありません。
 22世紀日本人にとって移民問題といえば、最大のものはイスラーム教徒と非イスラーム教徒との軋轢だからです。
 日本におけるイスラーム教徒の割合は3%以上にまで上昇しており、その半数以上が移民です。

 これは、資本の時代だった21世紀を通じて、イスラームが世界に伸張したためです。
 社会が貧困層と富裕層に分断してゆく中で、貧困層がイスラームに傾く現象は、21世紀の大きな傾向でした。
 これは日本だけの傾向ではなく、資本家や産業界の間接的な意向でエリートと下層に国民を分断した国では、たいていイスラームが伸張しています。学力の平均値が大きく下落した社会で、先行きが見えない人々に最も積極的に手を差し伸べたのはイスラームだったためです。どの国でも、ネットワーク上で、イスラームの強いメッセージが人間を煽っているところはよく見られるのです。
 日本の場合も、自動化によって社会に居場所を失ったと考える人々を、もっとも積極的に掬い上げたのはイスラームでした。

 軌道エレベーターの建設や宇宙移民がなければ、日本におけるイスラーム教徒の割合は10%に届いたのではないかという予測もあります。

 インドネシアから北進するイスラム教は、21世紀中盤からの大きな政治トピックでもありました。
 これは東太平洋タワーがインドネシアに存在することから、常に微妙な問題を東太平洋沿岸の国々に投げかけ続けました。日本でも、移民の富裕層の割合をとれば中国系とイスラーム系住民が一二を争っています。

 それでも、比率としては、移民や移民系住民の割合は全国民の10%を切っています。
 日本では、移民よりも自動化によって労働力を補う方向に比重を置いているためです。

 日本国内の移民は、日本社会の中にそれぞれコロニーを形成しています。
 これはおおむね、都市部のコロニーと、過疎地のコロニーに分けられます。

 過疎地コロニーは、放っておけば自治体が合併するよりなかった住民の少ない地域に移民が集まったものです。
 過疎地住民として、当初は戸惑いを受けながらも歓迎されていました。

 ただし、移民は、母国で暮らしているときにはないモラル低下を移民先で起こすことがしばしばありました。母国では社会的抑圧を受けながら、社会と共存していた人々が、移民先でゴミの投棄や公共物の破損などの問題を起こすことがあったのです。これは経済的な困窮に強い不満を抱える移民二世以降にしばしば起こり、大きなトラブルとなりました。

 こうした摩擦は、空き地でたき火をしたり、大音量で音楽を流して酒を呑むといった、日本社会では倫理に合わないことで発生しました。(※)
 過疎地域移民と、元の住民との間のトラブルは、ときには暴力事件や殺人事件にも発展し、社会問題にもなりました。
 それによって、あえて自治体解消や合併を選んだ自治体もいくつも存在します。

(※)イスラーム系移民は飲酒せず、おおむね礼儀正しく生活するため、地域に歓迎されるケースが多くありました。ただ、中国やインドネシアなどでテロ活動をする身内を匿うこともよくありました。そのため、いくつもの事件や悲劇も起こっています。

 こうした過疎地の移民コロニーの問題に、地方自治体は移民側に不利な裁定を下し続けました。
 これは、地方の権利が強まった時代だったからこその問題でもありました。地方自治体の有力議員は、選挙地盤がトラブルのある過疎地域をかかえているケースが多かったためです。
 地方議員や地方の有力者は、その与えられた実行力に比して、国際的な問題への知識や意識が総じて低かったのです。地元の声望ある人物がイスラーム問題や難民問題にくわしいことはあまりなく、たいてい地元の声の大きい人々に流されるか、政府のガイドラインに追随するかしかありませんでした。
 そして、保守的な選挙民層の支持を得て、しばしば国際問題になり時代遅れを指摘されることになりました。

 そうして、日本社会はゆるやかに移民を受け入れてゆきました。世代が交代して、移民コロニーの選挙民が大きな力を持つようになるまで、数十年の時間がかかりました。

 それは、移民問題が社会問題として当たり前に受け入れられるようになったということで、日本社会は21世紀初頭とは確実に変質しています。



[NOTE] 2105年の移民状況の補足


 22世紀になっても移民の社会影響は限定的なものです。
 これは、移民よりもhIEを使うことを選んだ経営者が多かったという、自動化の影響が大きいと言われます。
 この現象は、日本に根強く残る排外性をひとつの理由としています。けれど、もっとも大きいのは、人件費を理由に移民を使う経営者が、移民より更にコストの安い機械化に切り替えたということです。

 21世紀前半、日本では、高度な教育や技術のある移民を除いた移民労働者を搾取し、充分なチャンスを与えませんでした。あるいは、移民を受け入れながら、その文化流入を最低限に留めようとしました。その結果、労働市場の中で、移民の立ち位置が弱いままになってしまいました。
 このことは、健全な移民社会を作れなかった、移民政策の失敗であると、移民2世や3世の社会からは大きな非難を受けています。

 ただ、日本人の低賃金労働者も等しく搾取されたうえに放り出されたという、日本人側の反論もあります。
 《抗体ネットワーク》のような運動が一定の支持を受けているのは、こうした状況に対する抵抗運動でもあるためです

 21世紀後半から22世紀にかけて、移民状況について問題になっているものとして、個人認証タグがあります。
 日本政府は移民に対して個人認証タグを所持し、これを利用することを推奨しています。
 けれど、個人認証タグは、類似のものは世界中に存在するのですが、ライフログを自動取得する機能がついているものは世界でもほとんど存在しないのです。(※)

(※)プライバシーに対する考え方の違いで、安全のためよりも自由を重視する人々、政府に対する信頼がそもそも低い人々は一定割合以上います。
移民に対して個人認証タグで監視をしているのだと、そうした人々は主張します。

 政府に情報を預けることに忌避感を持つ人々は多く、個人認証タグを持たない自由を求めて、日本移民の少なくない割合が不満を募らせています。



[NOTE] 児童と個人認証タグ


 個人認証タグは、日本では最低12歳までは児童設定で使われることになっています。
 児童設定の個人認証タグに対しては、児童の保護者の個人認証タグが、常に上位権限持っています。

 上位権限を持った保護者のタグからは、児童の個人認証タグの情報を閲覧することができます。
 また、児童のタグを直接操作することもできます。この上位権限には、個人認証タグの各種機能をロックすることも含まれています。
 児童が決められた小遣い額を超過して課金をして、個人認証タグの直接操作で次月の限度額を下げられるケースはどこでもあります。そうしたことを理由に親子げんかもよく起こります。

 個人認証タグの児童設定を外すかどうかも、保護者の意志にまかされています。
 そのかわり、保護者は、児童設定にした個人認証タグについて責任を問われます。児童設定のタグから行われた課金には、保護者が応じなければなりませんし、児童設定のタグから行われた行為に対して賠償を求められることもあります。

 児童に最初に持たせる個人認証タグは、赤ん坊のころからつけていることが普通です。
 赤ちゃんの服にひっつけて、迷子になったりしたときに届け出てもらうようにするためです。タグさえつけておけば、誘拐の被害にあっても継時で位置情報を追跡できます。このため、誘拐などに備えて、タグの位置検索機能もオンになっていることはよくあります。