夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

穿たれた夢-シンデレラは笑えない-

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匿名ユーザー

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今日も一日、何もせずに終わってしまった。
あてがわれた自分の部屋で、本田未央は茫洋とした表情をそのままに口を引き締める。
未央は己がエゴを叶える為に、聖杯戦争に乗ることに決めたはずだった。
月の光が徐々に空の黒へと溶ける中、未央は呆けていた時間を終わらせ、予め、頭に記憶させられたルールを復唱する。
一週間。それが、この戦いに穿たれた期限だ。
タイムリミットへのカウントダウンは既に刻まれ始めた。
天上にいる何処かの神様は賽をとっくに投げている。

「は、ははっ。本当に、始まっちゃった」

未央は無造作に投げ捨てられていたエアガンをくるくると指に絡めた。
精巧に作られていても、所詮はエアガンだ。
殺傷力など無きに等しい。当然、聖杯戦争を生き抜く役に立つとは思えないし、これを持った所で覚悟が決まるはずもない。
腰に差し込み、いつでも撃てるように――なんてカッコつけてもただの気休めである。
引き抜いて、眼前にいるであろう敵に銃口を向ける。
そして、トリガーに指をかけ、軽く引く。
誰にでも理解できる簡単な動作だ。これが本物の拳銃ならば、それだけで人は死ぬ。
殺人者として、華々しくデビューできるのだ。

「ねえ、しぶりん、しまむー。私、もう笑えないかもしれない」

逃げている。そんな現実から目を背けている。
決断を先送りにして、こんな引き篭もり染みた生活は堕落の二文字で完結する。
結局、手を血で染めるのが早いか遅いかの違いに過ぎない。
生き残りたいなら――これから先、自分の両手は必ず血で汚れるだろう。
サーヴァントに手を下させるから自分は綺麗なまま? そんな理屈が通用するはずがない。
どれだけ逃げようとも、目を背けようとも、嫌でも理解してしまう。
生きるのは戦いであり、戦って殺し合うことこそがこの世界で肯定されたルール。
弱さと強さがごちゃ混ぜになった頭ではあるが、未央の頭は答えを導き出している。
戦うしかないのだと、結論がはっきりと固まっていた。
それでも、それでも。
聖杯戦争の始まりを以ってでも、殺人を許容できない自分の弱さに辟易する。

「戻った所で、今更じゃん……っ! 元通りになる訳、ない!」

何かを得るにはそれ相応の代償がいる。
なればこそ、生き残り、願いを叶える権利を得る代わりに、それ以外の全てを捨てなくてはならない。
倫理観、笑顔、他者、正義。
この聖杯戦争では、平常では後生大事に持っていたはずのものが勝利よりも軽い。
誰が死のうが、生きようが全てが偽りなのだから。
まるで、マンガやゲームの中に放り込まれた気分だ。
モブキャラはあっさりと死ぬことで屍の山を築き、メインキャラクターがその表側を駆け回る。
自分はどちら側? 自問自答しても、答えなど無い。
答えはこの先の自分次第なのだから。

「でも、でもでもっ!! このまま、終われないっ! 絶対、死ねない!」

けれど、一つだけ確かな想いはある。
想いを伝えられず、夢も遺せず、悔恨を消せずして終わりを迎えるのだけは絶対に嫌だ。
これは紛れも無く現実だ。
ゲラゲラ笑いながらプレイするゲームとは大きく違い、悲嘆の叫び声を上げる殺し合いなのだ。

……わかってる。私が抱いてる想いも、全部ワガママだってことも。ただ、逃げているだけだってことも。

思いを馳せるのは過去の思い出。置き去りにしてきた人達は、今どうしているのだろうか。
きっと、自分は皆から愛想を尽かされて既にいないものとして扱われているだろう。
ニュージェネレーションズのリーダーだったのに。一番頑張らなくちゃいけなったのに。
結局、リーダーらしい事を何一つできなかった。
それどころか、ラブライカの二人にまで迷惑をかけてしまう始末だ。
ファーストライブを台無しにした自分の居場所なんて何処にもない。
凛達からも、プロデューサーからも逃げた自分が再びアイドルに舞い戻るなどそれこそ奇跡に縋りでもしない限り――居場所は創れないだろう。
このまま膝を抱えて俯いたままでいいのか、と問いかける。
否、と。どんなに無様な思いをして這い蹲ろうとも、生きて元の日常へと帰りたい。

「帰りたいよぉ、もう一度皆に会って、謝りたいよ……っ」

そして、やり直したい。だからこそ、未央は奇跡を望む。
人の命の重さなんて、先程持ったエアガンの重みにも負けるかもしれない。
金額に換算すると、千円札にも満たないかもしれない。
この世界の生命は軽くて安い。
事実、此処でいくら人を殺そうとも世界は何も変わりはしないのだ。
人間とは、命とは、その程度の認識にすぎない。だから、人殺しぐらいは許されていい。
全ては聖杯をこの手に掴む為に。
喜びも、怒りも、哀しみも、楽しみも。
偽りで満ちたこの街で得られることなど、ない。
そんな街を抜け出す第一歩が、人殺しだ。
無論、未央は人を殺した経験などない。あくまでも殺人は未知の領域であり、空想の認識しか持っていない。
だから、実感が無い。在るのは漠然とした恐怖と禁忌だけ。
もしもの話だ。同じく聖杯戦争に参加している誰かを殺したら、自分の中で渦巻く恐怖は薄れるのだろうか。

「でも、許してくれるはず、ないよね」

何気なく呟いた言葉は、思っていたよりも諦観が多分に含まれていた。
いくら自問自答を繰り返しても、答えを得ることは出来ない。
それ以前に、戦うことに未だおそれを抱いている始末だ。
ここまで来ると、自分の至らなさに思わず苦笑いをしてしまう。
三日月に開かれた口元から息が漏れ出した。
奇跡でも起こさなければ、過去は変えられない。
覚悟を以って、成したいと願った明日に辿り着くには――聖杯が、必要だ。
思い出の彼らを蹴り棄てて、未央は聖杯を求める。
変えたいと願う過去を。犯してしまった大罪を変えることを。

「ん……電話?」

ふと気づくと、放り投げていた電話からメロディーが流れ出している。
今となっては聞くことすら苦痛であるデビュー曲がアレンジされた着メロだ。
聖杯の趣味なのか、その嫌がらせは未央に効果は覿面だった。
おかげで携帯をみるだけで渋い表情を作ってしまう。

「また、みくにゃん……?」

ディスプレイに映った名前は――――前川みく。
何度も何度もしつこい電話相手は今日の夜も健在のようだ。
無視してもよかったが、自宅にまた押しかけてくる可能性を考慮すると今ここでケリをつけておいた方がいい。
げんなりするが、これもまた元の世界に戻るまでの辛抱である。
一呼吸置いてから、未央はゆっくりと電話に出る。

「――もしもし、未央チャン?」
「やっほー、みくにゃん。どうしたの、こんな夜に? もしかして、寮の一人部屋が心細くて寂しくなっちゃったり?
 いけない娘だなぁ、そういうことなら他の娘の部屋に行けばいいのに」

未央はいつも通り、元気で溌剌な本田未央の仮面を被り、明るい声を張り上げた。
下手に沈んだ声を出しては怪しまれる。これで根掘り葉掘り心配されてしまったら、言い訳も色々と考え無くてはならない。
もっとも、引き篭もりと化している時点でどうにもならない気もするが、明るく装っておいた方が楽だろう。

「はいはい、いつもの軽口は置いといて」
「つれないなぁ」

未央が仮初めの街で当てられた役割は学生兼アイドル候補生だ。
大体の環境が元の世界とは変わらなかった。無論、全く変化がないという訳ではない。
通う学校、クラスメート、住んでいる家。
色々と細部にまで視点を当てると、違和感は生まれてくる。

「……何だかんだで寂しくて電話してきたんでしょ?」

一番の変化と言えるのは前川みくがクラスメートだということだ。
前の生活では学校も違っていたはずなのに、これもまた偽りの街ならではのことだろうか。

「ち、違うにゃ!」
「ちょ、ちょっとみくにゃん猫キャラになってるよ! リアルでは生真面目委員長じゃなかったっけ!」
「今は電話越しだし、学校でもないしいいの! それに、未央チャンはみくが猫キャラのアイドルだって知ってるんだし!」

そして、アイドルとしてはこの世界で【たった一人】の仲間だ。
輝きに溢れたシンデレラプロジェクトも偽りの街では何の価値もないはずだった。
けれど、埃に塗れた無用の長物である肩書は御丁寧にも偽りであっても付いてくるようだ。
たった二人。本田未央と前川みくだけが対象となっているアイドルプロジェクト。
どうやら、聖杯は嫌がらせが大好きらしい。

「んー、やっぱみくにゃんはみくにゃんだねぇ」
「何を変なことを言ってるんだにゃ。みくは自分を曲げないにゃ」
「知ってる知ってる。仲間だもんね、私達」
「それと、クラスメートで親友、でしょ?」
「…………うん」

相手はシンデレラプロジェクトの中でも自分と同じくデビューが決まってない設定なのだから。
取り残されていた者同士、学校で同じクラスでもある二人が仲良くなるのは必然だった。

「それよりも未央チャン!! 今日もまた学校をサボってどういうことにゃ!」
「あー……」

訂正。仲良くなるというよりも、腐れ縁と言うべきか。
自堕落な生活を送っている未央を構い倒してくるのがみくだった。
もしかすると、前よりも仲良くなってしまったのかもしれないと思うぐらい、みくと未央はよく話すようになっている。

「だって、めんどいしぃ」
「そういう弛んだ態度が駄目なんだにゃ!! もう、真面目にやれば成績もいいんだからっ……」
「ふへへ、未央ちゃん天才ですからっ」
「…………」
「はい、すいません調子乗りすぎました」

電話の向こうにいる相手は偽りの人形だ。
本物に似せただけの紛い物。前川みくが今投げかけている言葉も所詮はプログラミングされているだけ。
特段に仲良くする必要なんてないのである。

「ねぇ、みくにゃん」
「何かにゃ? 今までの蛮行を悔い改めるなら、聞いてやらないことも」

けれど。けれど。

「……ありがと、ね」

彼女は、自分を見てくれている。
本田未央を真正面から目を据えて、視線を合わせて。
彼女の犯した罪を知らず、バツの悪そうな顔をせずしっかりと見てくれている。
それが、未央にとってどれだけ救われたことか。
これは、渋谷凛でも島村卯月でもプロデューサーでもできないこと。
彼女達では近すぎる。だからといって、赤の他人では遠すぎる。
何も知らない無知なみくだったからこそ、ちょうどよかった。
ただ、それだけの話だった。

「結局、用件は学校に来い~ってこと? メールでさらーって言わないでちゃんと電話してくるみくにゃんは本当に律儀だねぇ」
「うにゃにゃ。直接口で伝えないと未央チャンははぐらかすからにゃ。ちゃんと、来ないとメーっだにゃ」
「……外ではぐちぐち口調でお説教なのに。いっそのこと外でも猫キャラにしたら?」
「だーめーだーにゃっ! 公私はきちんと分けるの!」

ぷんすこと怒るみくを未央が煙に巻く。
ああ、なんて楽しくてつまらないのだろうか。
偽りとわかっていながらも、口が綻ぶのは何故なのか。

「もうっ知らない!」
「ごめんごめん、今度ご飯奢るから許して頂戴! 魚定食じゃない、普通のお肉!」
「………………しかたないにゃあ、それとちゃんと学校にも来ないと駄目にゃ!」

このやりとりも一体何度目になるのだろう。
モラトリアム期間にもした他愛のない会話が日常を彩っている。
それらが未央を発狂させない一因となるまでに、比率を占めていた。
偽りの中でも変わらぬ世界、変わってしまった関係。
現実ならばありえなかった日々が、此処にある。

「わかったわかった。明日は学校行くから」
「ん、約束」
「この未央ちゃんが嘘をついたことがある?」
「しょっちゅうついてる気がするのは気のせい?」
「辛辣だなあ……」

きっと、このやりとりも逃避の一種だ。
聖杯戦争なんてのは嘘であり、のんべんだらりとした生活がずっと続く。
そう思えたらどれだけ楽なことか。

「ねぇ、みくにゃん」

しかし、未央は既に足を踏み入れている。
思い出さなくても良かった記憶を取り戻し、進まざるを得ない状況なのだ。

「あのさ――」

それでも、この胸にある迷いは晴れなかった。
今の自分がしていることも気の迷いであり、投げやりな八つ当たりじみたものである。

「笑顔って何だろう?」

そして、この問いはきっと――本田未央の弱さだ。













命題――今、貴方は笑っていますか?












紡がれた問いは、簡素だった。
笑顔とは、何か。
アイドルである自分達が重要としている要素の一つである。
それとも、普段何気なく浮かべている表情とでも言えばいいのか。
違う。みくはそんな陳腐な答えでは未央を納得させられないと何となくではあるが察していた。

「へへっ……ちょっち思い悩んじゃってることがあってね。いきなりごめんね、みくにゃん」
「別にいいにゃ。悩んでる同期を助け出すのもみくの役目だにゃ」

正直な所、みくは未央の悩みを聞いている余裕はない。
聖杯戦争に参加している身としてはマスターを一刻も早く探し出さなければならないのだから。
殺すか、殺さないか。
そんな単純明快な二択さえも選べない現状に、出遅れを感じている。

「それに、みくも悩んでることだし」
「というと?」
「みくもアイドルって何だろうって思ってる。何で、憧れちゃったんだろうって。
 笑顔を張り続けるのってこんなにも辛いことだなんて、わかんなかった」

きっと、心の底ではわかっている。
人を殺して、誰かを貶めて、最後に生き残って願いを叶えても碌なことにならないことも――みくは知っていた。
球磨川に任せたから自分の両手は綺麗だなんてまやかしだ。
そんなことを本気にできる程、みくの頭は都合良くできていなかった。

「待つのって、辛いよ」

願いを叶える為に他者を押し退けようとする焦がれが、今もみくへと纏わり付いている。
穢れた身で輝きの向こう側へと行く浅ましさを、呪っている。
シンデレラの靴を履く夢は幻であって、現実ではない。

「みくは我慢できなかったよ、情けないにゃ」

理想と現実の齟齬に彼女は待ちきれなかった。
だからこそ、聖杯戦争に巻き込まれ、願いを乞うまでに至ったのだろう。
どこまでも、虚栄を通せたらどんなによかったことか。
そうやってずっと自分をごまかして待ち続けることが出来たら、こんな血生臭い戦いに巻き込まれることなく、みくはデビュー出来ていただろうか。

……無理だにゃ。

多分。みくの予感ではあるが、無理だったとみくは思う。
そもそも自分達の担当であるプロデューサーは何を考えているかわからない。
内心、使える奴と使えない奴で区別している可能性だってあるのだ。
何を言っても、検討中と一言で切り捨てるが本当は最初から何も考えていないのではないか。

「アイドルになれる条件って、こういう状況でも笑っていられることなのかも」

そして、自分よりも遅れて入った娘達が先にデビューをした時、みくの疑心は頂点に達していた。
膨らむ疑心に苛まれ、気づきたくなかった事実が浮き彫りになってくる。
やはり、自分は使い捨ての数合わせ要員なのだ。
その結果、強く想いを張り続け、こんな所まで来てしまった。
聖杯戦争だなんて、取り返しがつかない地点にまで――彼女は到達したのだから。
そんな自分が、アイドルに向いているかと考えると、向いていないと答えざるを得ない。

「にゃはははっ、やっぱり、みくってばアイドル向いて――」

これは、罰だろう。
仲間を押し退けてまで輝きたいと願った自分の醜さが具現化してしまったのだ。
戦わなければ生き残れない。死にたくなければ、他者を害するしかない。
浅ましくも、そのようなことをする少女がアイドルだなんて、言えなかった。

「そんなことないっ!」

言えないと言い切る前に、未央が否定してくれなければ、みくはどこまでも底へと堕ちていっただろう。
底へと堕ちようとする最中、聞こえた未央の声は何よりも輝き、そしてみくの内面へと響いた。
電話口から聴こえる声は少し震えていて、か細いものであったのに。
まるで、苦痛に灼かれるかのように、鈍く、消えるような弱さが混じっていたのに。
みくにとっては何よりも聞きたい言葉だったから。
自分を肯定して、認めてくれるだけでよかったんだ。
前川みくは、そんなちっぽけな一言で――救われるから。

「みくにゃんは強いよ、私と違って、強いんだよ。だから、みくにゃんはアイドルだよ。私と違って」
「未央チャン……」
「なんて、おかしいよね。あははっ……私達、まだデビューしていないのに」

きっと、その言葉を待っていた。
みくはただ――誰かに見て欲しかっただけであって、他者を排してアイドルになることが目的じゃないから。

「さってと、もう遅いし続きはまた今度っ。学校でも会うんだし」
「うん……」

だから、その輝きの分を未央に返さなくてはならない。
へにゃっとした笑い声の後、ほんの少しだけ声のトーンが下がったのをみくは聞き逃さなかった。
彼女も腹に闇を抱えていることに、気づいてしまう。
何か言わなければ。どんな一言でもいい。
例え偽りであっても、今の未央をそのままにしておくなどみくにはできなかった。

「あ、あの未央チャン!」
「じゃねっ、みくにゃん。…………ありがとね」

結局、みくは何も言うことができなかった。
半人前の自分が励ました所で、事態は好転するのか。
その一瞬の躊躇が、みくの言葉を最後まで紡がせなかった。
本田未央が何を悩んで、苦しんでいるかは自分がよくわかっているのに。

「……情けないにゃあ」
『本当に情けないね! そのまま猫キャラもやめろよ、似合ってないから!』
「うっさい!」

わざわざちょっかいをかける為だけに霊体化を解除する嫌らしさ。
聖杯戦争が始まっても、ルーザー――球磨川禊は負け犬上等、へらへらとしたクソッタレぶりが全開である。

『他人の心配をするぐらい、余裕があるんだ。みくにゃちゃんすっごーい、かーっこいい』
「だから、みくにゃじゃなくてみくだって……! あーもう! いいから黙ってて!!」

ニヤニヤと気持ち悪い笑顔を浮かべる球磨川から視線を逸らすかのように、みくは夜空を窓から見上げる。
何処までも広く黒いこの空の下、みくは戦わなくてはならない。
元の世界に帰る為に、最後の一人を目指す。
それにはみくが戦う理由としては十分な欠片が詰まっている。

『黙らないよ? だって、うじうじと惨めったらしく悩んでる君の姿は滑稽で面白いからね』

だが、この世界はみくを優しくて綺麗なままではいさせない。
聖杯戦争。抱いた夢も、紡いだ絆も全部ぶち壊しにする悪夢が、現実を蝕んでいく。
それでも、前川みくは【最後の一人になるまで生き残る】という選択肢に踏み切れなかった。
できることなら、参加者の全員が納得できる結末が欲しいと、願う。
それは甘く蕩けた理想論だ。
誰もがギラついた目で聖杯を望んでいるのに、受け入れられるとは言い難い中途半端な妥協である。
尊ばれる王道のハッピーエンドは、この世界では叶わない。
客観的な視点からみても、みくの想いはきっと、ぐしゃぐしゃに潰されるだろう。

『選べないのかい、シンデレラの成り損ない。まさか、綺麗で真っ直ぐなまま――此処から抜け出せると思っちゃったり?』

それは、球磨川禊と出会って尚、変わらないはずだった。
生き残りたい、死にたくない、願いは叶えたい。されど、人を殺したくはない。
正と負の感情に囚われた彼女は、それらの内包する矛盾に気づかない程、正気を失っていた。
最初に抱いた決意を打ち砕くには十分過ぎるくらいに現実は苦く、恐怖感を煽っている。

『なぁに、死んじゃったらそれでお終いだ、迷うことなんて無いよね? 無慈悲に残虐にみっともなく殺し回ればいいんだよ!』
「黙ってって言ってるでしょ!!!」

やれやれと、肩をすくめて球磨川は霊体化していった。
今はまだ、いじるには美味しくないということなのか。意外にも彼は素直に、身を引いた。
頬に宿る熱は一向に冷めず高揚した恐怖心は今も火種としてみくの中にある。
どうやら、仲良く笑い合っていた少女の声は内面にまで浸透し、奥底にまで響いているらしい。
最後の一人になるまで。優勝者となって“願いを叶えるまで振り向かない。
そんなことをしても、みくが本当に望んでいたものは手に入らないとわかっているのに。
結局、みくは諦め切れる程大人ではなかった。どんなに成熟していても、根幹にはまだ甘さがこびりついている。

「どんな辛いことがあったとしても、みくはアイドルになりたかった! みくだって輝けるって、証明したかった!」

突き詰められた想いは飽和し、アイドルになりたいという願いは彼女の正気を蝕んでいく。
かけがえのない願いを前にして諦めるのか。
其処に至るまでに険しい障害物があろうとも、道は一つ。
簡単だ、全てを棄ててたった一つを手に入れればいい。

――視界の端で道化師が踊っている。

くつくつと、澱んだ感情が漏れ出した。
相も変わらず、こちらを嘲笑う道化師を無視し、みくはほんの少しだけブレーキが外れた気がした。
小さな綻びであったけれど、それは確かな一歩だ。叶えたい、と。
道を違え、他ならぬ誰かの手を踏み越えてでもみくは、戻りたい。
アイドルとして、輝きの向こう側へと立ちたい。
それが、最適な選択肢であり、一番の冴えたやり方だ。

「…………でも、手を汚してしまったら――みくは、笑えるの? 前みたいに、心の底から、笑えるの?」

けれど、理屈ではわかっている。
観客を輝きに魅せるには、聖杯なんてものに頼るのは卑怯だ。
それは前川みくが本当に欲しいと願った想いではない。
一人の少女として。アイドルを志すものとして。
どうしようもなく、前川みくは愚直に過ぎた。

「笑える、訳、ないよぅ……! 皆の顔、みくは見れないよ……!」

結局の所、みくに聖杯は不必要だった。
理不尽に攫われ、突然のチャンスが舞い込んできても変わらず、みくは真っ向勝負でアイドルになりたかった。
きっと、その答えは正解だ。
みくの願いはその果てで見つかるものだから。
誰かの手を切り捨てるよりも誰かの手を掴むことを良しとした方が気持ちいい。
そう、割り切るには難しく――前川みくは、子供だった。
感情を通すことも、理屈で割り切ることもできない半端者でしかなかった。












「私……っ、駄目だ」

ベッドに寝転がりながら、未央は天上を見上げて嗚咽を吐き出した。
自然と漏れ出た声は枯れており、元の甲高い明るい声の面影は全く見受けられなかった。
サーヴァントである鳴海は索敵に行ってくると言ったきり帰ってこない。
見捨てられたのかもしれない。そんな負の考えが浮かんだが、未央にできることは何もなかった。
ただ、待つだけ。戦えない自分が何を言った所で彼の心を留めるには至らないはずだ。

「弱くて、前に進むことも怖い」

自分の在り様は自分で決めなくてはならないのに、未央は選べない。
殺人を許容することを本能が拒否している。
もしも、サーヴァントが殺意に滾ったものならば、責任転嫁も出来たかもしれない。
あくまで自分は脅されてやっているだけだと言い訳を張れただろう。
しかし、未央のサーヴァントである鳴海は戦いを強制させない。
ただ、待っているだけでいい、と。
彼は未央に戦いを求めなかった。それでいて、笑顔を忘れるなと言ってくれた。
そんな彼の不器用な優しさが身に染みる。
結局、モラトリアム期間中に未央は率先して聖杯戦争へと望めなかった。
闘いも、索敵も全部サーヴァント任せ。これではサーヴァント側も苛立ちを見せるに決まっている。
だが、実際は溜息をつきながらも、彼はどこか穏やかで安心した様子だった。
思えば、鳴海は出会った当初から未央に対して怒りの表情はともかくとして、徹底して笑顔しか見せていない。
考えることを放棄した未央に苛立ちの一つも出さなかった。

「……馬鹿だよ、私なんて見捨てて。もっといいマスターにでも取り入れば、聖杯だって取れるかもしれないのに」

そんな現状を悪くない、と思ってしまうのは今の未央が弱っているからだろうか。
ガタガタになった心にするりと入り込んでくる彼の笑顔が、眩しかった。
あぁ、自分もこんな風に笑えたらと思ってしまう程に輝いている。

「きっと、笑える。生きてさえいれば、笑えるって言ってたけどさ、もう私笑えないよ」

彼はどうしようもなく、優しい。
自分のような小娘に配慮して、血生臭い裏の顔を決して見せない。
お人好しで、無頼漢な彼。加藤鳴海。豪快な笑顔をする人。
そんな彼がどうして英霊になったのだろう。
逃避するだけだった未央は、ちょっとではあるが前を向いてみたくなった。
彼が見ている世界はどう映っているのか、確かめようという気にさせてくれる。
そっぽを向いて照れくさそうにする彼の似合わぬ仕草は、サーヴァントであるのに人の暖かさを感じさせるものだった。
大きな男が一人の女の子を笑わせる為に、色々とおどけて見せる姿は、道化師を気取っているかのようだ。
その裏に、加藤鳴海の奥底には何が埋まっているんだろう。
未央は此処に来て、自分のサーヴァントのことについて全く知らないことに気づく。
そして、どんな生き様を送ってきたのだろうと初めて気にかける。

「笑顔の浮かべ方、忘れちゃったもん」

けれど、知った所で何もない。今は従ってくれる鳴海も、時間が経つに連れて自分を見捨てるかどうか考え始めるだろう。
そう考えると、彼でさえも信じることが出来ない。
いつか見捨てられるであろうサーヴァントに心を預けるなど――未央には無理だ。
夢を願うことにすら疲れ切った未央にとって、この世界は何もかもが地獄だった。
夢と現の境界線が曖昧になった今、迷い子である自分は何処に向かって歩けばいいのだろうか。
生命と笑顔の天秤は未だ、どちらにも振り切らない。



【B-2/本田未央の家/1日目 深夜】

【本田未央@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]イマドキの女子高校生が自由に使える程度。
[思考・状況]
基本行動方針:疲れた。もう笑えない。
1.何処に行けば、楽になれるんだろう?
2.加藤鳴海に対しては信頼と不信が織り交ぜになっていてわからない。
[備考]
  • 前川みくと同じクラスです。
  • 前川みくと同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。


【C-8/アイドル女子寮/1日目 深夜】

【前川みく@アイドルマスターシンデレラガールズ(アニメ)】
[状態]
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]ネコミミ
[金銭状況]普通。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.人を殺すことに躊躇。
[備考]
  • 本田未央と同じクラスです。学級委員長です。
  • 本田未央と同じ事務所に所属しています、デビューはまだしていません。
  • 事務所の女子寮に住んでいます。他のアイドルもいますが、詳細は後続の書き手に任せます。


【ルーザー(球磨川禊)@めだかボックス】
[状態]『僕の身体はいつだって健康さ』
[装備]『いつもの学生服だよ』
[道具]『螺子がたくさんあるよ、お望みとあらば裸エプロンも取り出せるよ!』
[思考・状況]
基本行動方針:『聖杯、ゲットだぜ!』
1.『みくにゃちゃんはいじりがいがある。じっくりねっとり過負荷らしく仲良くしよう』
2.『それはそうと、シリアスな内容だからみくにゃちゃんを裸エプロンにするのをすっかり忘れてたよ』
[備考]

BACK NEXT
004:探し物は見つかりましたか? 投下順 006:泡沫の心
003:死者の二人はかく語る 時系列順 009:灰色の夢

BACK 登場キャラ NEXT
000:黄金のホーリーグレイル-what a beautiful phantasm- 本田未央 017:伸ばされた夢-シンデレラは右手を伸ばす-
前川みく 020:アンダードッグ・ファンタズム
ルーザー(球磨川禊)

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