夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

幕間・巷に雨の降る如く

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匿名ユーザー

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 ……私は誰にも弱みを見せない。

 どんな時でも平静に。
 どんな時でも軽薄に。
 私は、自分が何者であるかを忘れない。
 薄暗い灰色の日常の中でも、接し方を図りかねている様子の母親の前でも、いつでもそう。

 私は、諦めた人間。
 切り捨てたはずの過去が、私の背中に掛かる。

 だから僅かでも望んではいけない。だって自分で選んだのだから。
 自分の人生を懸けてもいいと願ったあの日、あの時。それでも何をも掴めず、私は全てを諦めた。

 だから私は弱みを見せない。
 今さら、悔やんだりなんかしていいはずがない。

 もう一度、などと。間違っても思ってはいけない。

 空っぽの日常と、情熱の失われた夢。
 それが、私に残された全て。

 だから、私はずっとこのまま生きていくのだ。夢はいつまでも夢のまま、変わり映えのしない現実だけを前にして。

 ───私はそうやって生きていく。
 ───目を逸らしたまま生きていく。
 ───だから。

 だから、私は救われないのだ。
 だから、私は何もできないのだ。

 必死で練習した歌もダンスも、血を吐く思いで続けた努力も意味がない。
 一円の価値だってない。

 ……私は、誰にも弱みを見せない。
 ……だから、誰も私を助けてくれない。

 ……誰も、私の夢を叶えてくれない。

 どうすれば良かったのか。それさえ、誰も教えてはくれなくて。
 だから誰か、お願い。

 お願い───
 どうか、私を───




 ……………………………………。





   ▼  ▼  ▼





 ───夢を。

 夢を、見ていた。

 瞼を開いて、揺れる視界に微睡みながら、加蓮は昼光の差し込むカーテンを見上げる。

「私は……」

 呟きが、宙に溶けては消えた。

「私、なに、してたんだっけ……?」

 揺れるのは視界だけでなく。まさに、心も。
 浮かぶのは、昨夜のあの光景。
 母親が、何か得体の知れないものに変わった光景。

 霞む思考は、しかし悪夢を忘れさせてくれるほど優しくはなかった。
 それでも、どうにか自分の心の欠片を拾い集めて、繋ぎとめて。
 ガラクタのような危うさで、彼女は歯車を動かす。

「……タイガー」
「彼ならここにはいないよ」
「───え?」

 呟きに言葉が返ってきて、呆然のままに振り返る。
 片隅に置かれた椅子。微かに開いた窓から入る風に揺れる白いカーテンと、木漏れ日のように真っ直ぐ差し込む陽射しとに彩られたその脇で、静かに腰かけて。

 その人は、いた。

「遅かったね、北条加蓮。もう正午をまわっている。よほど疲れが溜まっていたのだろう」
「あ、うん。そうね、疲れ、が……」

 疲れている、という彼の言はきっと正しいのだろう。
 彼、キャスター。未だ幼いマスターを守っている、お医者様のサーヴァント。
 自分は病み上がりの身だ。生まれつきの病気を治してもらったとはいえ、それで失われた体力まで戻ったわけではない。肉体的にも精神的にも、きっと私は自分で思っている以上に疲れていたのだ。

 そう思うことにした。

「ところで、タイガーは? ここにはいないって言ってたけど」
「新都のほうにね。探し物を頼んでいる。他陣営の動きも気になるけど、それ以上にきな臭いものがあるんだ」
「きな臭いもの?」
「まあ、今のところ確証があるわけじゃないさ。あくまでメインは索敵と情報収集のほうだ」

 説明に、私は「そう」と頷くしかない。実働なら目の前の彼よりもタイガーのほうが適任だということは自分にも分かる。
 彼は私の返事に満足したのか椅子から立ち上がる。ばさり、と鳴る外套の擦れる音。そういえば、彼が着ているのは白衣ではなかった。見覚えのない意匠だけど、多分白いコートみたいなもの?
 その白い外套を払って、彼は立ち上がる。線の細い彼の姿は幽鬼のように不確かだったが、しかしどこか芯の入った毅然さを感じさせるものだった。

「少し失礼」

 そう言って、彼は微かに光る右手を、私の額に向けて。

「……えっと、何?」
「経過を見ていた。君の不調については昨日の時点でほぼ完治できたけど、サーヴァントと遭遇したとあっては何が起きても不思議じゃないからね。
 毒か、念か、はたまた呪いか。その手のものがあるのかどうかというのと、あとは遅行性の異常を警戒してずっと様子を見ていたんだ」

 右目に浮かべた幾何学的な紋様に集中しながら、彼は話す。
 なるほど、と私は得心した。彼が私の寝ている傍にいたのは、どうやら彼のデリカシーが現代日本のそれと大きく乖離していたからではなかったらしい。

「でも、だったら心配ないでしょ。ほら、この通り元気なんだし」
「……うん。肉体的にも霊的にも全く異常はなし。僕の心配は杞憂だったみたいだね」

 そう言って引っ込める彼の手つきは慣れたもので、見慣れたお医者さんの格好とは違っているけれど、やっぱりこの人は医者なんだなと思わせた。
 医者。人を救う職業。

「ねえ、キャスター」

 だから、ちょっと気になって。
 私は半ば無意識に、彼に尋ねていた。

「誰かを助けるって、どういう気分?」

 鉄のように固く見えた彼の表情が。
 その時、ほんの少しだけ、歪んだように見えた。





   ▼  ▼  ▼





 どこかに期待のようなものがあったのかもしれない。
 あるいは、諦観のようなものだったのかもしれない。

 お医者様。人を救う立派な職業。
 加蓮は医者の偉人というものをあまり知らない。知ってるのと言えば、白衣の天使とか言われていたというナイチンゲールくらいか。
 それくらいしか知らないけど。でも、かのナイチンゲールはやはりというか、人々を救うことに奔走した、らしい。
 だったら、同じく医者という戦わない人なのにサーヴァントになってる彼も、そうなのではないかと。
 人々を救う。それは形こそ違えどヒーローであるタイガーと同じなのではないかと。
 そう、思ったのだが。

「……あまり、いい気分ではないよ」

 自分でも予想だにしなかった答えが、彼から返ってきた。

「え……?」
「いい気分はしない。どれだけ駆けずり回っても無力感だけが積もっていく。昨日助けたはずの命が今日には死んでいる、いくら手を伸ばしても降りかかる不条理は際限がない」

 語る彼の姿は、まるで朽木のようだった。乾いて擦り切れてボロボロになって、そんな印象を私に与えた。

「ああ、そもそも前提が違うのか。
 北条加蓮。僕は本当の意味で、誰かを助けられたことなんてないんだよ」
「……なにそれ」

 ようやく絞り出した呟きは、自分でもどうかと思うくらい低く冷たかった。

「冗談言わないでよ。そんな魔法みたいな力があるなら、いくらだって助けられるじゃない。
 病気だろうが怪我だろうが、それこそ死んでさえいなきゃ誰だって……」
「普通の病気や怪我なら、確かにそうだね」

 返す彼の言葉は淡々と、何の感情も見せず、ただ無機に満ちて。

「僕の現象数式は肉体置換だ。それだけでは、治せないものは無数にある。
 病巣を取り除いたり、内臓の機能を回復させる程度では、どうにもならないことも、ままある。
 存在を変異させる《忌罹病》、異形の死の刃たち、蔓延する特殊ドラッグ。
 そして……」

 彼の表情が苦々しいものに変わり。

「結局のところ、僕にできたのは延命と時間稼ぎだけだ。末端を治療しても、病巣を取り除かなければ意味がないように。多くの人を治療しようと彼らの住まう都市そのものが数多の死に満ちていた。僕は、それにどうすることもできなかった」

 そこで彼は口を噤み、言葉を切った。
 一瞬だけ見えた苦悩のような表情は、もうどこにも見当たらなかった。

「すまない、あまり愉快な話題じゃなかったね。
 気分が落ち着いたら下に降りてくるといい。そろそろワイルドタイガーも戻ってくる頃だろうから」

 そう言って、彼は霊体化して立ち去った。後には、私だけが残された。
 がらんとした部屋の中。私だけがぽつりと座り込む。一人いなくなっただけで、途端に部屋は殺風景なものになったような気がした。

「なによ、それ……」

 誰もいなくなったことを悟って、私は、震える息を漏らす。

 彼の言っていたことに、恐らく嘘はないのだろう。
 救えたことなど一度もなく、無力感だけが積もっていって。
 その感情は、私自身がよく知っているものだったから。

 それは、つまり。

「あの傷を抱えたまま、それでも諦めなかったっていうの……?」

 挫折、後悔、傷を抉られるような息苦しさ。
 絶対に成功させてみせると決意して、しかし何も為せなかった悔しさ。
 かつての加蓮が、たった一度味わっただけで全てを諦めた、あの絶望。

 彼はずっと、それを味わい続けて。
 それでも、その歩みを止めなかったのだとしたら。

「……う、ぐ、ぉえッ……!」

 不意に胸が苦しくなって、こみ上げる嘔吐感。
 喉を焼く不快感のままにえずいて、けれど出るのは荒い息だけ。吐き出せるものは胃に残ってなんかなくて、私はここでようやく、自分が一日何も食べてないことを思い出した。

「……馬鹿みたい、私」

 タイガーとキャスターは、同じだと思っていた。
 不屈のヒーロー、輝く英雄。真っ直ぐな姿が眩しくて、自分では直視することさえできない。

 違った。
 二人は、決して同じ人間ではなかった。

 タイガーは加蓮の「夢」そのものだ。
 ハンディキャップを克服して夢を叶えた、加蓮にとっての理想とも言える存在。
 「もしも挫折なんてしなかったら」という、何度も何度も考えた、北条加蓮のIFの姿。
 だから、タイガーはあまりにも眩しかった。
 表舞台で輝くヒーロー。皆の賞賛をあびて、仲間たちとの絆を育んで、そんな存在に私もなりたかった。
 タイガーは私の憧れだ。
 それはライブを見守る名もなき観客の一人がアイドルに対して抱くような、純粋な憧れの感情。

 キャスターは違う。
 彼は、加蓮の「傷」そのものだ。
 加蓮と同じく挫折して、そこで足を止めた加蓮と違い、立ち上がって前へと歩み続けたのが彼だ。
 加蓮には絶対持てない強さを持っているのが彼だ。タイガーが加蓮の失敗しなかった姿なら、キャスターは加蓮の失敗しても挫けなかった姿だ。
 だから彼を見ていると、加蓮は自分の弱さをまざまざと見せつけられている気分になった。
 分かっている。本当は彼のようにあるべきなのだと。たかが一度の失敗如きで諦めて、何もかもを投げ出すなんて馬鹿のすることなのだと。

 でも無理だ。私はそんなに強くない。
 頑張って頑張って血のにじむような努力をしても報われず、得られるものなど何一つないと分かっていても前を見据えて挫けず夢を追うなんて。

 そんなことが、できる人間など。

(こわ)いよ、そんなの……同じ人間に思えない……」

 タイガーへの憧れではない。加蓮がそこに抱いたのは、恐怖。

 ───自分という人間が、酷く小さいものであると、加蓮には思えてならなかった。


【B-4/八神はやての家/二日目 午後】


【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]健康
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
1.ワイルドタイガーによる人海戦術を頼る。
2.脱出が不可能な場合は聖杯を目指すことも考える(今は保留の状態)。
3.例え、敵になるとしても――数式医としての本分は全うする。
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。
北条加蓮の主従と連絡先を交換しました。
自身の記憶に何らかの違和感を感じとりました。
新都で"何か"が起こったことを知りました。



【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:――やり直したい。
1.自分の願いは人を殺してまで叶えるべきものなのか。
2.タイガー、ギーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.聖杯を取れば、やり直せるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ヴェールヌイ及び瑞鶴は遠すぎて見えてません。
ギーの現象数式によって身体は健康体そのものになりました。
血塗れの私服は自室に隠しています。
八神はやての主従と連絡先を交換しました。


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