夢現聖杯儀典:re@ ウィキ

力の顕現

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BACK:回転悲劇/邂逅


「ギー」
「きみは、どうするの」
「きみは、また、奪われてしまった」
「記憶を」
「想いを」
「かつて得たものを」
「……どうするの」
「とらわれてしまった、この偽物の世界で」
「きみは、どうするの」
「―――どうするの」






   ▼  ▼  ▼





 強い痛みに脳髄が攪乱される。
 目で確認するまでもない。全身が、抉られていた。
 即死だ。常人はおろか、例えサーヴァントであっても生きることなど叶わない。これはそんな致命の傷に他ならない。
 そう、ギーがただの人間ならば。しかし、そうではない。
 損傷した部位は最大速度で治癒していく。生前ならば筋肉組織や血液を変換していたが、今は魔力の消費で賄える。
 故に死なない。ギーはまだ生きている。
 けれど、動けるかどうかは別問題で。

「う、ぐぅ……ぁ」

 すぐ傍で少女が呻いている。見たところ大きな怪我はしていないようだ。この身は彼女を守ることに成功したらしい。
 そしてギーの腕の中には、はやての姿があった。こちらも大した傷はなく、しかし衝撃で気を失っていた。
 つまるところ、この場の全員は無事ではあった。だが、それだけだ。
 ギーは動けない。はやては気絶している。そして北条加蓮もまた、動けない。
 レプリカたちはどうなったのだろう。あのアーチャーは? 体を動かせないギーにとって、それを確かめる術はなかった。

『こんにちは。ギー』

 ああ。
 視界の端で道化師が踊っている。

 仮面には嘲笑を張り付けて。けれど道化師は見つめるだけだ。
 彼の瞳は。
 見つめるだけで―――

(……駄目だ、ここにいては……すぐ、離れなければ)

 視界の端に映る狂気を無視し、ギーは無理やりに体を起こす。
 いいや、その体は起き上がらない。体はただ、崩れるのみで。
 体勢が変わった。何とか仰向けになることに成功する。

 そこで、ギーは見た。

 白髪のアーチャーと、そこに降り立とうとする黒髪の誰か。
 こちらに向かって迫りくる、極小の飛行艦艇。

 現象数式を通さなくても分かる。あれは、自分たちを殺すものだと。
 艦載機に搭載された爆装が見える。ああ、あれは敵手を爆殺するものか。走馬灯のように引き伸ばされた視界の中で、不可思議なほどに落ち着いた思考をギーはした。

(……僕は、死ぬのか。何もできないまま)

 僕は―――

 歪む視界の中で、把握する。
 全身の状態。
 損傷する体。

 全身の神経を寸断する痛みの中にあって。それでも意識が保たれている理由がわかる。はやてだ。
 彼女がいる。腕の中で、今にも殺されようとする状況の中で。それでもまだ生きている。

 まだ終わらない。
 何も、できてはいないのだから。

 ―――だから、僕はこの手を伸ばそう。
 ―――そうしなくてはならないと誰かが叫ぶ。

 死のうとしているのであれば、助けなければ。
 傷ついたのなら、すぐに治そう。
 そう決めたのだ。

 ―――いつ決めた?
 ―――ずっと前。

 ―――10年前の、あの日、あの時に。

「……僕は」

 諦めない。絶対に。
 彼女を守ろうと決意する。はやてを、そして苦しみに呻く北条加蓮を。


 ―――――――――。


「ギー。きみは」
「それで、いいんだね」


 ―――――――――。


 ―――右手を伸ばす。前へ。
 ―――破壊をもたらさんとするサーヴァントへと向けて。ギーは手を伸ばす。

 弓兵の少女へ。
 迫る爆雷の艦載機へ。
 あるいは倒れ伏す少女へと。

 やめろ、と叫ぶ。声は出ているかどうか。
 わからない。だが叫ぶ。ギーは、叫んだ。
 右手を差し伸べて。

 いいや、手は、動かない。
 ギーは動けない。全身を抉られて。
 伸ばした手は、動かない。


 ―――代わりに―――
 ―――別の右手が伸びて―――





   ▼  ▼  ▼





「……最後に涙を流した記憶」
「それは、果たしていつのことだっただろう」
「あの10年で、僕は、他の人々と同じく無限の涙に溺れながら生きてきた」
「既に失ったはずだった。流せるものなど」
「失ったものは多すぎた。人は、あの日、無限の悲鳴に包まれて」
「僕が失ったのは、体の熱と、睡眠と食に関する諸々と」
「そして、そう。涙だった」
「けれど」
「けれど、僕は涙を溢れさせて」
「そして、鋼の彼を得た。今は、この手に、鋼の右手が在るのを感じる」
「これで何ができるか、分からない」
「それでも」
「この手の届く人々へ。僕は、手を差し伸べることを止めはしない」
「矛盾に塗れていようと、偽善に満ちていようとも」
「絶対に」
「絶対にだ」





   ▼  ▼  ▼





 ―――右手を伸ばす。
 ―――前へ。

 ギーの右手は動かない。致死の傷に侵されて。
 けれど右手は伸ばされた。

 ―――鋼で出来た手。
 ―――それは、ギーの想いに応えるように。

 蠢くように伸ばされていく。
 自由に。その手は、赫炎が満ちる空間を切り裂いて。
 虚空へと伸びていく。
 鋼色が、五本の指を蠢かして現出する。
 指関節が、擦れて、音を、鳴らしている。
 それはリュートの弦をかき鳴らすように、金属音を生み出す。

 これは―――

 なんだ―――

 何かがいる、誰かがいる。
 それはギーの手ではなく、その背後から。

 誰かが―――
 ギーの背後から、鋼の手を―――!



「――――ッ!」



 異変に気付いたのはヴェールヌイであった。
 互いに必殺の砲を向け合う最中、瑞鶴によって爆撃された一帯を、しかし何かが蠢いていることに気付く。

 得体の知れない恐慌に駆られる。
 それは戦場で培った直感として機能し、その気配の出所を即座に掴んだ。
 そこは、キャスターの男がいた場所。
 二人のマスターを庇い、倒れていた場所。

 一瞬遅れて瑞鶴もまた同じく。
 気づき、跳ねるように顔を上げる。
 二人は差し合わせたように、無意識に後ろへと下がっていた。
 視界に赫炎を捉えたまま。

 ―――鋼の軋む音が聞こえる。
 ―――何かが、炎の中に、いた。

 誰だ。何だ。
 鋼を纏った何かが、炎の中に在る。
 彼女らには、それが影にも見えた。
 男の背後より手を伸ばす、鋼の何かがいるのだと。
 正体はわからない。何者か。
 人間。いいや、これは違う。

 わからない。誰が。何が、そこにいるのか。
 鋼の体躯を持つ者、まさか、そんなことはあり得ない。

 鋼の影が"かたち"を得ていく。
 鋼の手が動く。言葉に応えるように。
 鋼の”手”を、ただ、ただ前へと―――伸ばす―――!

「お前たちが何を望むのか。僕は知らない」

 揺らめき燃える、炎の中から。

「けれど」

 鋼と、人の右手が伸ばされる。

「お前たちが、この子を殺すというのなら」

 それは確かに男のものであったが。
 同時に、男の背後から伸ばされた異形の右手でもあった。

「……何度でも、何度でも!」
「この手で排除するまでだ。サーヴァント、アーチャー!」

 既に、立ち上がっていた。
 繋ぎとめる炎熱の縛鎖は"彼"が砕いている。
 ギーと少女たちを焼き殺すはずだった熱量の全て、鋼の"彼"が振りほどく。
 静かに右手を前に伸ばす。
 なぞるように、鋼の右手も前へと伸びた。
 数式を起動せずともギーには視えている。
 脳神経を蝕む痛みを振りほどき、ギーと"彼"は少女の形をした神秘を睨む。

 ―――右手を向ける。
 ―――己の手であるかのような、鋼の右手を。
 ―――現象数式ではない。
 ―――けれど、ある種の実感があるのだ。

 背後の"彼"にできることは、なにか。
 ギーと"彼"がすべきことは、なにか。

 ―――この手でなにを為すべきか。
 ―――わかる。これまでと同じように。

「……予定変更だ、今は共闘してアレを叩くよ、瑞鶴」
「言われなくても!」

 流麗な動作で砲撃体勢へと移行する二人が向けるは砲塔と鏃。
 対人装備にしか見えないそれは、しかし外見と反して大規模の破壊をもたらす。

 ギーの右目は既に捉えている。
 少女の姿をしたアーチャーの全て。
 それは人の形をしていながら、しかし一個の艦船にも匹敵する膨大な質量を有する等身大の戦闘兵器。
 それは一つの軍隊すら呑み込み、破滅させる。到底一個人では抗えない圧倒的な物量。
 あれこそが死だ。死の集合体。
 敵対した者を鏖殺する戦争の具現。
 人は絶望と諦観の中に落とされる。何者も、そこから逃れることはできない。
 向けられた砲から剣呑な威力の射弾が放たれる。その標的はギーと"彼"。

 ―――視界を全てを埋め尽くす無数の弾丸と爆装が迫る。
 ―――速い。目では追えない。
 生身の体では避けられまい。
 優れた反射神経を持つ猫虎の兵士や、神経改造を施された重機関兵士であっても。
 もしも弾幕を避けたとしても、拡散する致死の熱量に殺される。

 しかし生きている。
 ギーはまだ。
 傷一つなく、立っている。

 鋼の右手が全てを掴み、威力すら殺して刈り取っている。
 虚空すら、彼女らの砲撃は貫けない。
 背後の少女を守るために、その身は躱すことは許されない。
 誰一人、死なせてなるものか。

「これは……!?」
「……遅い」

 そして、既に姿は目の前にあった。
 数百mは存在した相対距離を、彼は一瞬で0にした。
 それはサーヴァントの知覚領域すら振り切って、移動の痕跡すら残さず少女の前に降り立つ。
 最初に見せた限定顕現とは違う、それは紛れもない真実の鋼の"彼"。
 膨大な魔力と引き換えに、比類なき力を振るうことを許された、"都市に残された最後の御伽噺"。

「そんな、嘘でしょ……!」
「喚くな」

 叫び声を上げた少女を右目で睨む。
 それは小柄な体躯に似合わない喝破。
 クリッター・ボイスではない。それは単なる少女の叫び。何ら魔性を含んでおらず、その声は人の精神を破壊することはない。
 故に生きている。ギーはまだ死んでいない。

 確かにギーだけなら死んでいただろうと思う。
 しかし、今なら、鋼の"彼"がギーを守る。
 死にはしない。まだ。

 睨む右目に意識を向ける。全てを見通す数式の光が右目からあふれ出る。
 アーチャーと呼ばれる少女たちの全てを右目が見る。

 ―――サーヴァントは霊的存在―――
 ―――物理破壊は不可能―――
 ―――アーチャーの場合―――
 ―――有効な破壊方法は―――

「……なるほど、確かに。人は君に何もできないだろう」

 艦船の具現、それを擬人化したサーヴァント。
 全ての物理を弾く神秘と加護された肉体。
 故に、確かに人間はこれを殺せない。

 刃も銃弾も、これを破壊することは叶わないから。
 けれど、けれど。
 ―――けれど。

「けれど、どうやら。鋼の"彼"は人ではない」

 ―――右目が視ている!
 ―――右手と連動するかのように。!

「鋼のきみ。我が《奇械》ポルシオン。僕は、君にこう言おう」

 胸門が開かれ、中から何かが現れる。
 それは膨大な炎熱を纏って。ただ眼前の敵を討ち滅ぼすために。

「"刃の如く、切り裂け"」

 ――――――――――!

「―――づ、あああァァッ!!」

 ―――切り裂き、融かして消し飛ばす。
 ―――炎を纏う刃の右手。
 ―――それは、触れる全てを焼き尽くす炎の右手。  

 押し開いた鋼の胸から導き出された刃の右手は超々高熱の火炎を伴って、撤退途中であったヴェールヌイを包みこんだ。瞬時に融解させる。
 虚空へと吹き上がる焔炎の中で、高熱刃に包まれたヴェールヌイは崩壊した。
 全身のあらゆる部位を、ばらばらに、粉々に、切り裂かれて。

 凄まじい炎の滓を、爆砕するように残して。
 空間の軋む音と共に、辺り一帯を揺らして―――

 ――――――――――。





   ▼  ▼  ▼





「俺の名前はワイルドタイガー! シュテルンビルトでヒーローをやっている」
「ま、本当は鏑木・T・虎徹って名前があるんだが、そこはヒーローネームで呼んでくれると嬉しい」
「今は訳あって聖杯戦争なんつー糞悪趣味な催しに巻き込まれてるわけだが」
「勿論俺は乗るわけねえし、裏でこそこそ何か企んでる奴をしょっぴいて、本当のヒーローを見せてやるぜ!」
「って、思ってるんだがな」
「なんか、最近マスターと上手くいってねえんだ」
「正直、思い当たる節が多すぎてどれがどれだかわかんねえし、どうにかしたいとは思っちゃいるんだが」
「……どうも、俺ってこういうのは向いてねえんだよな」
「ああ、分かってる。こういう時はちゃんと向き合わなきゃならねえってことくらいはな」
「向かないからって目を背けちゃ駄目だ。これは俺のやるべきことだってしっかり理解してる」
「だからよ、マスター」
「俺も、きっちり筋通すから」
「マスターも自分のこと、エネルギー源だとか、そういうふうに卑下しちゃいけねえぜ」





   ▼  ▼  ▼





「どういうことだよ、こりゃ……」

 遅れること暫し、ワイルドタイガーが到着した時には、そこには赤しかなかった。
 崩れる民家、燃え盛る炎。辺りは人々の声で埋め尽くされて。
 悲鳴と怒号が響き渡る。誰も、ヒーロースーツを纏ったタイガーに奇異の目を向ける者はいない。

 二部ヒーローの後輩から事の次第を聞いたタイガーは、当然の如く憤って全速力で現場まで急行した。
 勿論、その憤りは加蓮個人に対する悪意などではなく、こうなることを予期できなかった自分に対するものが大半を占めていたが。
 タイガーの到着がここまで遅れてしまった理由に、位置というものがある。不運なことに、タイガーが捜索していた場所は戦闘が起こった区画とは対極の位置に存在していた。
 当然、サーヴァントの探知範囲からは完全に外れている。このせいで、タイガーの下に戻った二部ヒーローが彼を見つけるまで、ほんの少しとはいえ時間のロスが発生してしまったのだ。
 話を聞いたタイガーはNEXT能力さえも惜しげもなく使って、それこそ全力でここまで来た。それは、まるで空爆でもするかのような爆音や、空に向かって突き上げる巨大な火柱を目撃したこともあって常以上に急いできた。
 それでも、物理的な距離は何にも勝る壁として、タイガーの前に立ちはだかったのだ。

「クソッ! こんなことになるなら、もっとちゃんと言い聞かせとくべきだったか……!」

 後悔の念が籠る悪態を吐くが、今はそんなことをしている暇だって惜しい。
 自分が今もこうして活動できてる以上、マスターが死んだなどという最悪の結果はないはずだが。それでも大きな傷を負った可能性は十分以上に存在するのだ。
 市民の救助だってしたいが、今は何よりもマスターの無事を確かめることが先決だ。タイガーは断腸の思いでNPCたちに背を向けると、騒ぎの中心と思われる場所に飛び込んだ。

 先の爆音と火柱の巨大さと比較すると、実際に破壊された範囲は驚くほどに狭かった。まだそれほど時間が経っていないせいかNPCの市民は遠巻きに現場を見るだけで、爆発の中心には近づいてこようとしない。
 故に、目当ての少女はすぐに見つかった。

「……マスター! 良かった、無事だったか!」

 爆破により更地となり、いやに開けた場所に少女の姿はあった。
 ぺたんと放心したかのように座り、体から力が抜けきっている。すぐ傍には、気を失い倒れ伏す幼い少女の姿もあって。
 血塗れの姿に、何かあったのではと焦燥感に駆られつつも近寄った。

「……あ、タイガー……」
「タイガー、じゃねえよ!
 大丈夫か、怪我とかしてないか?」

 物凄い剣幕でこちらを心配してくるタイガーに、加蓮は「……うん」とだけ頷く。
 それを聞いたタイガーは、いっそ大袈裟なほどに安堵の溜息を吐いた。見れば血に濡れた服もほとんど……いや、ほぼ全てが返り血のようだと気付いたから、不謹慎ながらも本当に良かったと一息つく。

「それでよ、何があったんだマスター。
 ……こっちの子も、多分マスターなんだろ?」
「え、あ……」

 タイガーは加蓮のすぐ傍に倒れていた少女を抱き上げ、命に別状がないことを確認しながら問う。
 しかし当の加蓮はしどろもどろだ。無理もない、たった今命すら奪われかねない騒乱に遭って、平静でいられるほうがおかしいのだ。
 しかも加蓮の中では、未だに何がどうなって現在の状況になったのか整理がついていない。

 タイガーとてヒーローとして事件直後の現場に赴いたことは数知れないために、被害者がそういった状態に陥ることは熟知していた。
 故に加蓮が落ち着くのを待って、改めて何があったのかを聞こうと思った。

 その時。

「―――!」
「あ……」

 サーヴァントの気配と共に、何かの影が落ちてきた。
 それは人間より一回りも二回りも大きく、まるで鋼のような気配を帯びて。
 痩身の男と、その背後に立つ鋼の影が、二人の前に降り立った。





   ▼  ▼  ▼





 それはワイルドタイガーが目的地へと到着した頃。
 ヴェールヌイが焔の中に消えた頃。

「―――!」

 再度炎熱の右手を振るわんとしたギーの感覚に、それが投影される。
 サーヴァントの気配。それははやてたちのいた場所に近づいてきて。

「くっ……!」

 ギーは反射的に身を翻すと、元来た場所へと戻るように全力で跳躍する。
 黒髪のアーチャーの姿は、既にどこにもなかった。現象数式を使わずに視認できる範囲から離脱している。それは白髪のアーチャーよりも一瞬だけ撤退の決断が早かった故のことだが、今のギーにそんなことを考えていられる余裕はない。

(しまった……早く戻らなければ、はやての下へ……!)

 自身が離れ、レプリカも全滅し、今の彼女たちには守るべきサーヴァントが誰ひとりとして存在しない。そしてこの大騒動だ、目をつける主従が他にいないなどと、考えるほうがどうかしている。
 そしてその手の連中が、果たして生身のマスターである彼女たちに目をつけないと、断言できる者など居はしない。
 ああ、北条加蓮のサーヴァントが遅れて登場したという可能性もあるが……しかし万が一ということもある。
 逃げる敵手の深追いにかまけて、己がマスターを死なせる危険を放置するなどありえない。

 戦闘時に移動した距離を再度一瞬で踏破、はやてと北条加蓮がいるであろう場所まで、ギーは瞬時に戻って。

「……君は、誰だ」

 重機関兵士の如き鋼の鎧を纏ったサーヴァントに、そう尋ねたのだ。

「ちょっと待て落ち着け! 俺は別に何かしようってつもりは」
「……タイガー、それ答えになってない」
「っと、悪い。俺はワイルドタイガー、この子のサーヴァントをしている。もっかい言うけど、ホントに何もするつもりはないからな?」

 鋼の威容に似合わない取り乱し方をするサーヴァントに、呆れたように相槌を打つ加蓮。
 なるほど確かに、彼は北条加蓮のサーヴァントと見て間違いないようだ。
 ギーは鋼の"彼"の顕現を止め、男に向き合う。

「……すまない。襲撃の直後だったからこちらも気が立っていたようだ」
「別にいいって。話せば分かったんだしな。
 そんで、その語り口を聞く限り、そちらさんにも戦意はないってことでいいんだよな?」

 ワイルドタイガー……基本七種に該当しないエクストラクラスだろうか。彼の言葉に、ギーは短く肯定する。
 ワイルドタイガーはフルフェイスのヘルメットをかぽりと開け、中から素顔を出しつつ続ける。

「そうか。なら悪いが、ここで何があったのか聞かせてくれねえか」
「……ああ。だけど、その前に」

 その言葉に応えつつ、ギーは倒れたはやてのことを見遣る。
 ワイルドタイガーも、その視線に気付き、気遣うような口調で返した。

「……そうだな。この子をこのままにしちゃおけねえか。ひとまず落ち着ける場所まで移動するとしようぜ。
 それとなマスター、悪いんだが宝具の発動を許可してくれねえか」
「……別に、断りなんていれなくてもいいのに。
 うん、いいよ。"宝具の使用を認める"」

 次の瞬間、加蓮とワイルドタイガーの傍に四人の男女が出現した。
 男女……で、いいんだと思う。傍目から見れば非常に奇矯な格好をした四人だが、その目はどれも真剣そのものだ。
 ワイルドタイガーはその四人を目の前にして、大声でこう言い放った。

「よし、いいか良く聞けお前ら。
 お前らには今からこの場所での救助活動に当たってもらう! 一人でも多くの市民を助け、守ることがお前らの使命だ。分かったか!」

 先輩風を吹かすワイルドタイガーに、その四人はやはり元気よく答え、方々へと散って行った。彼の言葉の通りであるなら、NPCの救助活動に向かったということか。

「……おし、これなら当面は大丈夫だろ。本音を言えば俺も行きたいところだが……悪いが、まだお前さんを全面的に信用するわけにはいかねえんだ」

 バツが悪そうに言うワイルドタイガーに、しかしギーは悪印象を抱くことはなかった。
 たった今顔を合わせたばかりのサーヴァントを相手に、自分のマスターをそのまま付き添わせるサーヴァントなど存在しない。彼はこちらを信用できないと言ったが、それはとても当たり前のことだ。
 いいやむしろ、それでも信じようとしてくれているという事実にこそ、ギーは驚く。かの異形都市においてそのような人の輝きは失われていたが故に、見も知らぬ他者の信用など久しく感じたことがなかったから。

「ああ、構わない。僕だって、それは同じ……」

 言葉を続けようとして、しかしそこで途切れる。
 ギーは、操り糸が切られたかのように体から力を失くし、そのまま前のめりに倒れた。
 タイガーが慌ててそれを抱き留めるも、次の瞬間には絶句したような声が漏れた。

「……おいおいなんだよこれ。こんな傷で今まで動いてたってのか」

 抱き留めたギーの体には、大小様々な傷が至るところについていた。よく見ればギーの纏う外套も血に濡れていて、とてもじゃないが動いてまわれるような状態には思えない。

「くそッ、おいマスター! ひとまずこいつらを安全な場所まで連れてくぞ!」

 タイガーは再度慌てた様子で、足元に倒れていた少女のことも担ぎ上げ言う。
 加蓮は、ただ頷くだけだ。

「……うん、分かった。それじゃ行こう、タイガー」

 そこに込められた想いは、戦闘や重症人を見たことによる放心だけでは決してない。
 ワイルドタイガーが加蓮の抱える闇を理解できる時は、未だに定まっていない。


【レプリカ(エレクトロゾルダート)4~6号@消滅】


【C-5/住宅街/一日目 午前】

【八神はやて@魔法少女リリカルなのはA's】
[状態]気絶、軽度の擦過傷、軽度の恐慌状態、宝具使用による魔力消費、下半身不随(元から)、虎徹に背負われている。
[令呪]残り三画
[装備]なし
[道具]なし
[金銭状況]一人暮らしができる程度。
[思考・状況]
基本行動方針:日常を過ごす。
0.……
1.戦いや死に対する恐怖。
[備考]
戦闘が起こったのはD-5の小さな公園です。車椅子はそこに置き去りにされました。
北条加蓮、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)を確認しました。


【キャスター(ギー)@赫炎のインガノック-what a beautiful people-】
[状態]気絶、全身に抉傷(現象数式により再生中)、虎徹に担がれている。
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:はやてを無事に元の世界へと帰す。
0.……
1.はやてを安全な場所まで連れて行く。
2.脱出が不可能な場合ははやてを優勝させることも考える(今は保留の状態)。
3.北条加蓮は……
[備考]
白髪の少女(ヴェールヌイ)、群体のサーヴァント(エレクトロゾルダート)、北条加蓮、黒髪の少女(瑞鶴)、ワイルドタイガー(虎徹)を確認しました。
ヴェールヌイ、瑞鶴を解析の現象数式で見通しました。どの程度の情報を取得したかは後続の書き手に任せます。


【北条加蓮@アイドルマスターシンデレラガールズ】
[状態]体の節々に痛み、私服姿、やや放心状態
[令呪]残り三画
[装備]私服(血まみれ)
[道具]
[金銭状況]学生並み
[思考・状況]
基本行動方針:偽りの街からの脱出。
1.ひとまずタイガーたちと一緒に避難。
2.タイガーの真っ直ぐな姿が眩しい。
3.また、諦めるの?
[備考]
とあるサイトのチャットルームで竜ヶ峰帝人と知り合っていますが、名前、顔は知りません。
他の参加者で開示されているのは現状【ちゃんみお】だけです。他にもいるかもしれません。
チャットのHNは『薄荷』。
ヴェールヌイ及び瑞鶴は遠すぎて見えてません。


【ヒーロー(鏑木・T・虎徹)@劇場版TIGER&BUNNY -The Rising-】
[状態]健康、宝具『LOH』発動中、NEXT能力使用済み(再発動可能まで残り1時間)
[装備]ヒーロースーツ
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターの安全が第一。
0.マスターの少女とサーヴァントの男に対処。とりあえず安全な場所まで連れて行く。
1.加蓮を護る。
2.何とか信頼を勝ち取りたいが……。
3.他の参加者を探す。「脚が不自由と思われる人物」ってのは、多分この子だよな……
[備考]
現在、宝具により二部ヒーロー四名を召喚し、戦闘があった場所で救助活動に当たらせています。


  • C-5の住宅街の一角が爆撃され破壊されています。所々小規模の火災が発生しています。死傷したNPCの人数やそれに対するペナルティなどは後続の書き手に任せます。





   ▼  ▼  ▼





「自慢じゃないけど、私は幸運の空母なんて呼ばれてる」
「マリアナ沖海戦まで一度も被弾したことのない幸運艦」
「幸運を意味する漢字【瑞】に長寿の象徴【鶴】。名は体を表す、なんて。そんなふうに言われてたっけ」
「……本当に、自慢にもならない」
「本当に幸運なら、翔鶴姉や先輩たちが沈むところなんて、見ずに済んだはずでしょうに」
「私はその後もずっと戦い続けたけど。うん、負けちゃった」
「でも、私は諦めないわ」
「往生際が悪くても、みっともなく足掻いても」
「その選択が間違ってるなんて思わないし認めない」
「だからね、私はマスターさんにも諦めてほしくないんだけど」
「マスターさんってばちょっと……ううん、大分ヘタレだから」
「自分が幸せになっちゃいけないんだー、なんて。ふざけんじゃないわよって感じ」
「諦めるな、投げ出すな。貴方には私がついてるんだからって。色々励ましてきたおかげかな」
「最近はちょっと立ち直ってきたみたい」
「でも、やっぱりマスターさんってどこまでいってもヘタレだし」
「……うん、私がついててあげなくちゃね」





   ▼  ▼  ▼





「なんとか逃げ切れた……のかな」

 いくつもの民家を乗り越えて、地面に着地した瑞鶴は一人呟く。
 あの後、攻撃から一転して離れて行ったキャスターに背を向け、彼女はひたすらに逃亡していた。

 既にサーヴァントの気配知覚圏内を離脱しているし、建物の影にいる以上、目視で発見されることもないはずだ。
 それはつまり、こちらとて再度相手を発見することは困難になったということの裏返しであるが、今はあの脅威から逃げることができれば御の字だろう。

「まさかあんな隠し玉を持ってたなんてね……侮ってたつもりはないけど、うん。やっぱりサーヴァントっていうのは油断ならない相手だわ。
 勿論、それには貴方も含まれるわよ、響」
「……いつから気付いてたんだい」

 虚空へと話しかけるように言葉を発する瑞鶴に、物陰から答える声があった。
 それは次の瞬間には霊体化を解除し、何もなかった空間から粒子が集合するように少女の姿を形作る。
 紛れもなく、ヴェールヌイと呼ばれた少女であった。

「確信はなかったけど、なんとなく……かな。
 ほら、貴方いつも言ってたじゃない? 『不死鳥の名は伊達じゃない』って」
「そんなことでバレてたなんて、ちょっと迂闊だったかな」

 冗談めかして瑞鶴は言うが、これは思いつきの戯言というわけでは決してない。
 サーヴァントとは、元から保有していた能力の他にも、生前為し得た逸話が昇華した能力を保持する場合がある。
 そして響は常日頃から不死鳥の名を口にしていた通り、幾度もの致命的損傷から生還したというこれ以上もない逸話を持っている。
 ならば、あの危機的状況からも、もしかしたら生還できているかもしれない。瑞鶴とて半信半疑ではあったが、どうやら予想は的中したようだ。

「でもまあ、貴方が生きてて良かったわ。最終的には相容れない以上歓迎すべき事態ではないのかもしれないけど、今はその無事を喜ぶとしましょう。
 それでね、響。もう一度聞くけど、私と組む気はある?」

 歓迎すべきではないが喜ばしい。それは、両者に共通する思いだ。
 なにせ生前は肩を並べて戦った戦友なのだから、そこに友誼を感じないほうがおかしいというもの。そして二人は共に仲間を大切に思い、だからこそこの戦場に招かれたという経緯があるのだから尚更だ。
 だからこそ、もう一度仲間にならないかという提案を、一度断られた程度で諦めるわけにもいくまい。
 無論のこと、組む上でのメリットその他をきちんと考えての行動ではあるが、そこに私的な感情が一切含まれないと言えば嘘になるだろう。
 結局のところ、理屈ではないのだ。譲れない想いはあれど、仲間を思う気持ちに道理は関係ない。

「……それは、あのキャスターを相手にするための同盟かい」
「それもあるわ。でも、あのキャスターだけじゃなく、ここには私達の想像もつかないようなサーヴァントが他にもいるかもしれない。
 あんな化け物相手に単騎で戦って勝てると思えるほど、私も貴方も夢見がちじゃないでしょ」

 そんな思いはあるけれど、しかし口にするのは理屈一辺倒。それもまた当然の話、何故なら彼女たちは軍属なのだから、感情よりも効率で動くのは当たり前だ。
 今回の件は、その二つがたまたま合わさったからこその強い押しがあったればこその再度の提案なのだ。

「だからこそ、私は貴方に同盟を申し出るわ。
 信頼を背負うというならそれでいいし、例えここで断っても、一度くらいなら見逃してあげる。だから気兼ねなく答えてちょうだい」
「……私は」

 そんな瑞鶴の気持ちは露知らず、ヴェールヌイが出した答えは―――

【C-4/建物の影/一日目 午前】

【アーチャー(ヴェールヌイ)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、『不死鳥の名は我にあり(Финикс)』残り2回
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:マスターと共に戦う。
1.瑞鶴に対処。同盟の手を取るか否か。
2.追撃したいところではあるが、現状では厳しいか……
3.マスターの心情に対し若干の不安。
[備考]
マスターの少女(八神はやて)とサーヴァントの男(キャスター・ギー)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、北条加蓮、アーチャー(瑞鶴)を確認しました。
北条加蓮をレプリカのマスターではないかと疑っていますが、半信半疑です。

【アーチャー(瑞鶴)@艦隊これくしょん】
[状態]健康、戦闘による魔力消費
[装備]
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を取る。
1.響をこちらに引き入れたい。
2.あのキャスターはいずれ何とかしないと……
[備考]
キャスター(ギー)、マスターの少女(八神はやて)、レプリカ(エレクトロ・ゾルダート)、アーチャー(ヴェールヌイ)、北条加蓮を確認しました。






   ▼  ▼  ▼






「……ぼくは、きみだと決めた」
「ギー」
「ぼくは決めたよ」
「かつてと同じように」
「ひとつだけの目で、ぼくは」
「きみを見ていよう」
「きみと同じものを見よう」
「きみの手と同じように」
「ぼくは、この手を、前へと伸ばそう」
「いつか、また」
「きみが想いの果てへと至る、その時まで」






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022:老兵は死なず、ただ戦うのみ
023:回転悲劇/邂逅
投下順 024:マギステル・マギ
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023:回転悲劇/邂逅
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019:盤面上の選択者達
023:回転悲劇/邂逅
八神はやて 027:設問/誰かの記憶
キャスター(ギー)
レプリカ(エレクトロ・ゾルダート) 026:夢現ガランドウ
018:One man's fault is another's lesson.(人の振り見て我が振り直せ)
023:回転悲劇/邂逅
北条加蓮 027:設問/誰かの記憶
ヒーロー(鏑木・T・虎徹)
019:盤面上の選択者達
023:回転悲劇/邂逅
アーチャー(ヴェールヌイ) 029:願い潰しの銀幕
アーチャー(瑞鶴)

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