犯行(反攻) ◆/D9m1nBjFU




―――どうしてこうなった




夜の闇を駆けながらアキトは後悔の念に苛まれていた。
今走り続けているのは闘争を行うためではない、逃走だ。逃げ走るためだ。
何から逃げているのかといえばマスターやサーヴァントからではなくNPC、あるいは警察から。
今やテンカワアキトは警察機構に追われる身に成り下がってしまった。
これではもはや陽の下を歩くことは不可能だ。



―――本当に、どうしてこうなった?





  ◆   ◆   ◆





22時45分、アラーム設定時刻より15分早くに目を覚ましたアキトは用を足した後これからの行動について思案していた。
すなわち、0時に待ち合わせの約束をした美遊・エーデルフェルトへの対処である。
正直、考えてみるとあまり行く必要を感じられないが。

美遊のサーヴァントに令呪でB-4にいるサーヴァントを殺すよう仕向けたのが夕方のこと。
あれからそれなりの時間が経過した現在、既に美遊が脱落した可能性は決して低くない。
聖杯戦争ではサーヴァントが消滅すればマスターも死亡が確定する。
恐らく激戦区であろうB-4に突っ込んでいった美遊のバーサーカーは強力で再生力も備えているが無敵ということはあるまい。
B-4にサーヴァントが集結していれば袋叩きにされ倒された、というのは十分考えられることだ。

さらに放置しておいた美遊自身。
サーヴァントから引き離された彼女がいつまでも単独で生存できるだろうか。
別のサーヴァントはおろかマスターに発見されただけで為す術もなく殺されても何らおかしくない。
いかに子供とはいえよほどの馬鹿でもない限りわざわざ美遊を助けようとする物好きなマスターはいないだろう。
つまり約束の時間まで生きているということ自体かなり不確定要素が強い。
もしあれから心変わりして令呪でバーサーカーを呼び戻した可能性もあるがそれならそれで彼女は自分の首を絞めただけのことだ。
令呪三画を持ち続けているアキトの敵にはもうなり得ない。

「やはり放っておくか」

よしんば生きていたとしても、わざわざアキト自身が消耗を重ねてまで倒しに行く必要性は薄い。
脅威度の下がった子供一人に構っていられるほどアキトは暇ではないのだから。
敵は数多い。いずれはあのアンデルセンや早苗も殺さねばならないのだ。


「…まあ、早苗の性格なら子供を保護するなんて言い出しても不思議じゃないだろうが」



何気なく、本当に何気なく口に出した言葉。
だが何故だろう、アキトはそこに妙な引っかかりを覚えた。
何か、自分は途轍もない見落としをしているような――――?




「……しまった!早苗だ!!」


深夜であることも一瞬忘れ、大声を出してしまう。
だがそのことについて内省することすら考えられないほどとんでもない可能性に気づいてしまったのだ。

「不味い……もし早苗があの子と接触したら、まず間違いなく保護しようとする。あの女なら絶対にそうするはずだ。
しかもあの子にはボソンジャンプとガッツの能力をほとんど全部知られてしまっている。
最悪早苗とアーチャーという傘に守られて俺達の情報を拡散するかもしれない……くそっ!」

この聖杯戦争は間違っていると言い切ったよほどの馬鹿、東風谷早苗。
そんな彼女がもし美遊と出会ってしまっていたら、一人になった幼女を見過ごすなど有り得るだろうか。
否、断じて否だ。早苗の性格からして打算抜きで保護しようとするに決まっている。
戦力の落ちた美遊も早苗を利用しようと考える程度には頭は回ることだろう。
しかも女性の早苗なら美遊と行動を共にしていてもアキトほどは怪しまれない。
もしそうなっていればアキトにどれだけの不利益がもたらされることか。

まずアキトの所業を知られることによる同盟解消。この可能性については無いとまでは言わないまでも相当低い。
早苗も事実を知ったところで目くじらを立てることはあっても「人殺しをするなとは言えない」と言った手前即座に裏切ることはまずあるまい。
そもそも早苗は積極的に行動はしても好戦的な性格はしていないのだから。

問題は早苗陣営の大幅な戦力増強と美遊がアキト、ガッツの情報を抑えていることだ。
ただでさえも油断ならない早苗のアーチャーに美遊のバーサーカーという前衛が加わりかねない。
仮令アキトがアンデルセンと結託したとしても容易に倒せる戦力ではなくなってしまう。
それは同盟間の著しいパワーバランスの崩壊を意味する。

さらに美遊の口からガッツの能力やボソンジャンプのことを知られれば対策を立てられてしまう。
如何にガッツやボソンジャンプが強力であってもその性質、性能を知られてしまえば威力は自然低減する。
さらに厄介なことにこちらは早苗を通じてアンデルセンにも知られてしまう可能性がある。
そうなれば同盟間におけるアキトの位置は圧倒的格下になってしまうことは避けられない。
アキトは早苗やアンデルセンのサーヴァントの能力を把握していないのにあちらは一方的にガッツの能力を知るのだから当然だ。

むしろ非戦を呼びかける早苗のスタンスを考えればさらに不特定多数のマスターに接触し情報が拡散されることすら有り得る。
早苗が義理を立てて黙っていようがアキトに恨みを抱く美遊は必ずそうする。



(く、このままでは……。確かめようにも俺からあの二人に今すぐ連絡する手段がない。
こうなるとわかっていれば連絡先ぐらいは交換していたものを……。
いや、そもそも遠くの戦況を掻き乱そうなどと考えずにさっさとあの子の口を封じておくべきだったのか?
もしくはあらゆるリスクを受け入れてここに監禁しておくことも考えるべきだったのかもしれない)

今頃になって自らの失策を悟ったが全ては後の祭りでしかない。
後悔先に立たずとはよく言ったものだ。
しかし後悔したところで過去の出来事を変えられるわけもない。
今は未来志向で行動し、事態の解決を図るべきだ。

今が美遊との待ち合わせ時間より前なのは不幸中の幸いといえるだろう。
港に向かえば美遊の現在の状況を把握できるかもしれない。
首尾良く彼女が単独で港まで現れてくれればその場で殺すことができる。
バーサーカーは脅威だが向こうの手札が目減りした今なら前よりは楽な戦いができる公算が高い。
さらにアキトはサファイアとクラスカードという美遊の武器を抑えているというアドバンテージを保っている。
間違いなく奪還を狙っているであろう美遊が港に来る可能性はかなり高い。
頭が痛いのは早苗がそこに同行するかもしれない、ということだが。
その時は最悪ボソンジャンプを使ってでも撤退するしかない。

「行くしかないか……港に」

事ここに至っては空振りに終わる可能性があろうと港へ行かないわけにはいかない。
美遊が先に待ち伏せをしていることも有り得る以上、こちらも大急ぎで向かうべきだろう。
大丈夫とは思うが万が一にも奪還されないよう、ステッキとカードは居間の押し入れに置いていく。
自らの失策は自らの手で贖う。もう絶対に甘さは見せられない。



  ◆   ◆   ◆



食堂を出た後、ガッツに抱えてもらい屋根伝いに港へと向かう。
途中、公衆電話を見かけた時ふと警察を利用するべきか?という思いが過った。
港と一口に言っても決して狭くはないだろう。
むしろ子供一人が物陰に隠れ待ち伏せをするなら向いた場所とすら言える。
そこにアキトが堂々と姿を見せるのは得策とは思えない。
しかし善意の第三者を装って警察に「港を徘徊している子供がいる」とでも通報しておけば警察が美遊を見つけてくれるかもしれない。

(…いや、さすがに無理があるな。俺自身怪しい風体だしミイラ取りがミイラになりかねない。
それに下手を打てば警察や裁定者サイドを敵に回してしまう)

今のアキトは戦闘用のバイザーとマントを纏っている。
今は何故か異様に人通りが少ないから良いが警官に見つかれば職務質問されてもおかしくない。
自分で警察に通報して自分が警察に見つかった、では笑い話にもならない。
それに警察官を戦闘に巻き込んで殺してしまえばルーラーやカレンに何を言われることか。
そのため、アキトは港の近くの茂みに陣取り美遊が現れるのを待つことにした。
もし彼女が生きていて、誰とも組んでいないのならステッキとカードを取り戻すべく現れるはずだ。
五感の衰えたこの身でも人影を捉えることぐらいはできる。

問題は現れなかった時だ。
既に脱落していて現れない、というのならまあ良い。
しかし生きているのに現れなかったのなら美遊にはアキトとの約束を鵜呑みにしない慎重さがあった、ということになる。
どちらの場合でも一度拠点に戻り、戦略を練り直す必要がある。
気は進まないが次の通達までに早苗やアンデルセンと接触を図り、それとなく美遊のことも聞いておくべきか。

「時刻は23時20分。さてどう出るか……」

茂みに身を隠し、時折目立たぬよう動きながら港の様子を伺う。
いくらか破壊の痕跡が見られるのは聖杯戦争の爪痕か。
もし近くにサーヴァントの気配があればガッツが真っ先に動いてくれるだろう。
鬼が出るか蛇が出るかあるいは何も出ないのか、その答えを静かに待つ。



  ◆   ◆   ◆



(まずい……)

美遊は焦っていた。
時刻は23時15分。このままでは約束の刻限が来てしまう。
あらかじめ考えていたせめてもの作戦を遂行するどころではなくなってしまう。
しかし、今の美遊にはここから動くことは許されていない。

(迂闊だった……)

取り決めを律儀に守る必要はない、といっても美遊に取り得る選択肢はひどく少ないものだった。
そもそもサファイアを取り戻す唯一の手掛かりがガイとのあの約束だったのだ。
反故にすればこれ以上失うものは何もないが唯一と言っていい機会を失ってしまう。
美遊の頭脳がどうこうではなく戦略的にそれほど追い詰められているのだ。
だからこそせめて先んじて港に向かい下見を済ませ、ガイが現れたなら奇襲を仕掛ける腹積もりだった。
強力なサーヴァントを従え自身も銃で武装し正体不明の転移術を操るガイを打倒し得るものがあるとすれば令呪のみ。
その令呪をどう使うか思案しながらホテルを出ようとしたのがまずかったのだろう。
注意力散漫なまま動いた結果がこれだ。



「あー…そろそろ名前ぐらいは教えてくれないか、お嬢ちゃん?」
(まさか私服の警官に捕まるなんて……!)


そこは交番。
困ったように頭を掻く無精髭の男性刑事の前で、またしても椅子に座らされた美遊の姿が、そこにはあった。

美遊は知らないことだったが、近隣地区で起こった事件によって多くの警官が動員されていた。
その中には私服警官も含まれており、堂島と名乗ったこの刑事もその一人だった。
美遊が気づかない間にB-9は彼女にとって極めて動きづらい地域になっていたのだ。
誰にも見咎められずにラブホテルに入れたことが奇跡に近い幸運だったことにようやく気づいた。
そして何度も奇跡が続くはずもなく、ラブホテルから出たところをこの刑事に補導されてしまったのだった。

(このままじゃ…一体どうすれば……)
「ったく、いくら忙しいからって何で他に誰も待機してないんだよ……。
なあお嬢ちゃん、ホテルで何があったのか刑事さんに教えてくれないか?
辛いかもしれないが、あー…その、何だ、誰かに何かされてたなら話してほしいんだが……」

何故かはわからないがひどく気まずそうに言葉を選ぶ様子は以前の婦警とは対照的だ。
というより、明らかに刑事は何か勘違いをしている。何を間違えているのかは美遊には推し量りようもないのだが。
しかしそんなことはこの際どうでも良い、重要なことではない。
このままでは下見を済ませるどころか約束の時間に港に辿り着くことすらできなくなってしまう。
サファイアを取り戻す機会が失われてしまう。

(こうなったら……!)

傍で待機している一護を嗾け無力化を図るか。
大騒ぎになることは避けられないとしても今すぐここから脱するにはもうそれしかない。
殺さずとも実体化させるだけで逃げ出す隙を作ることはできるはずだ。
あらゆるデメリットを飲み下す覚悟を決め、顔を上げた。


「………え?」

そして、有り得ないものを見た。


「ん?一体どうしぶは!?」

背後からの突然の衝撃に堂島がその場で昏倒した。いやさせられた。
堂島を殴り倒した懐かしいそれは今、確かに美遊の目の前にいた。


「ただ今帰りました、美遊様」
「サファイア!?」



  ◆   ◆   ◆



アキトとガッツが食堂を離れてしばらく経過した後、サファイアは自律行動機能を発揮し行動を開始した。
アキトが眠っていてもガッツがいる限り迂闊な行動は出来なかったが二人ともいなくなったのならもう心配することはなかった。
押し入れを開け住居スペースの部屋の窓を内側から開けると美遊の下へと飛び立った。
朝に補導された経験と時間帯から交番を重点的に探していたところ案の定またも補導されていた美遊を発見した。
美遊が同じB-9に留まっていたことも大きい。

アキトは知らなかった。
カレイドステッキが自我を持つばかりか自在に動き、飛び回れることを。
彼女の知能、いや知恵は持ち主である美遊よりも優れていることを。
そのサファイアが今までアキトが漏らした独り言を全て聞き取っていたことを。

アキトは何一つ知らなかったのだ。



「そう、今あの男は港にいるんだ」
「はい、恐らくそう考えてよろしいかと。
ですがここは一度あの男の拠点に行き、クラスカードを回収しておくべきでしょう」

サファイアが洗脳電波デバイスで気絶した堂島から美遊の記憶を消した後、一人と一本は路地裏へと身を隠していた。
お互い再会を喜びたいのは山々だったがガイへの逆襲の最大の好機を逸するわけにはいかなかった。
奪われていたサファイアが手に入れた情報はそれだけ重大なものだったからだ。

持ち出せなかったクラスカード・セイバーの所在にしてガイ(店の屋号と夕方に名乗った時の言動から苗字はテンカワだと思われる)の拠点の場所。
サファイアは脱出した際天河食堂の外観、所在地を見て回り正確に把握していた。
窓も開いているため今から急げば侵入してクラスカードを奪還できるだろう。
クラスカードさえ取り戻せばあの男と正面から戦える。もう銃に怖気づくことはしないと覚悟している。
しかし、サファイアの考えは違った。

「美遊様、あのマスターとバーサーカーは強敵です。
特にマスターの方は明らかに修羅場を潜っているばかりか、私でも正体の掴めないボソンジャンプなる転移術の使い手。
加えて美遊様が既に令呪を一度使わされたのに対し、あのマスターの令呪には全く欠損が見られませんでした。
クラスカードがあっても必ず勝てるとは限りません。勝てたとしても私達も相当な痛手を受けるでしょう」
「……それは、わかってる。だから今度は全員で戦って、」
「いいえ美遊様。私に策があります、今一度私を信じて全て任せていただけませんか」
「え?」

何やら意味深な相棒の言動に困惑する美遊に対しサファイアはある作戦を提言した。
どれほど効果があるのか美遊にはわからないが、サファイアには何か絶対的な自信があるようだった。
何より、大きな失態を犯した自分の元に敢えて戻ってきてくれた彼女を信じないという考えは美遊の中にはなかった。


「ここは一つ、姉さんを見習いましょう」とはサファイアの言である。



  ◆   ◆   ◆



「これは空振り、か…?」

0時半、痺れを切らしたアキトは港で美遊を探し回っていた。
何らかの不都合があって美遊が遅れている可能性も考えて今まで待っていたが、やはり既に死んでいるのだろうか?
美遊の生死に関してはどんなに遅くとも半日後の通達ではっきりするだろうがもし生きているならまずいことになりかねない。
しかし、残念ながら今の時点でアキトに出来ることは何もない。
やはり拠点に戻り落ち着いて戦略と方針を一から見直すべきかもしれない。
如何に今が深夜でも不安要素を抱えたまま闇雲に戦いに行くべきとは思えなかった。

「帰るぞ、バーサーカー」

溜息をつくとガッツを実体化させ、行きと同じようにガッツに運んでもらいながら家路につく。

(まあいい。あのステッキとカードは変わらず俺の手の内にある。
陽が昇ってから図書館で調べてもし俺が使える目途が立てば戦力は増すだろう)

思考を巡らせながら自宅の近くでガッツに降ろしてもらい霊体化させた。
そして人通りに注意しながら天河食堂へと帰宅した。



「………?」

瞬間、アキトの脳裏に違和感が走った。
火星の後継者との暗闘を繰り返してきたアキトだからこそ感じることのできた違和感。

(誰かがいる……!?)

ほとんど反射的に懐に入れていたCZ75Bを取り出し臨戦態勢に入る。
ガッツは反応していない。ならばサーヴァントではなく人間か?
実体化させるか?いや駄目だ。小回りの利かない体格のガッツを自宅で暴れさせるのは最後の手段だ。
慎重に気配を辿り足音を極力殺し、侵入者がいると思われる居間の前に着いた。
一呼吸の後、俊敏な動作で部屋の明かりを点け正面に銃口を向けたその先には―――



「――――――は?」



思わず間抜けな声が出てしまったのも仕方ないことだろう。
そこにいたのはステッキを持ち、競泳水着のようなコスチュームに身を包んだ美遊だったのだから。
身体の各所、特に大腿部を露出させた姿は一部の好事家の欲情を誘っているとしか思えない。無論アキトはその「一部の好事家」の範疇には入らないが。
彼女の今の姿を四文字で表すなら「魔法少女」、二文字で表すなら「痴女」というところか。
あまりにも斜め上な衝撃にアキトは呆然とし、次の行動が遅れてしまっていた。

何故ここにいる?いつからここに気づいていた?
そう問い質そうとしたその瞬間、美遊はアキトをさらなる混乱へと叩き落した。




「嫌ああああああああああああああああああああっ!!!テンカワさんのケダモノ――――――ッ!!!!」
(何いいいいいいいいいいいいいいいいい!!?)



よりによってあらん限りの大音声で悲鳴を上げた。
しかも戸締りしたはずの窓が僅かだが開いている。これでは間違いなく近所中に響き渡る。
冗談ではない、これでは誤解しか招かない。
予想外すぎるアクションにアキトが半ば恐慌状態に陥った隙に美遊は軽やかな動きで身を翻すと窓を一気に全開にし外へと脱出した。

「ま、待て!!」

無論、アキトも後を追うが小柄で身体能力も高い美遊ほどスムーズには出られない。
ガッツを使うのは論外だ。自宅の真ん中で狂戦士など出せるわけがない。
というより、ここで使えばほぼ間違いなくガッツの起こす破壊にアキト自身が巻き込まれる。
チューリップクリスタルの使用はもっと論外だ。同じ相手に切り札を二度も使えるものか。

(速い!さすがにキレイほどじゃないが、このままでは……!)

美遊は元々身体強化なしでも50メートル走6秒9の健脚を誇る。
そこに転身状態の強化が重なればアキトといえど容易く追いつけはしない。
焦ったアキトはほとんど反射的にCZ75Bを両手で構え続けざまに三発発射していた。
その行為が何を意味するのか、混乱の極みにあったアキトは咄嗟には理解できていなかった。


ドサリ、という音とともに三発のうち一発の弾丸を横腹に受けた美遊が街灯の下に倒れ伏した。
仕留めたか?いや念には念を入れて追撃するべきか―――


「きゃあああああああああ!!ひ、人殺しいいいいいい!!!」
「なっ!?し、しまった!!」

ここは住宅街。当然そこには人が住み、少女の悲鳴を聞いて何事かと窓から様子を伺うNPCがいても不思議ではない。
理解と処理能力の限界を超えるような事態に続けて見舞われたアキトはすぐにはそこまで頭を回すことが出来なかったのだ。
美遊を敵と認識していたことも軽率な行動を助長する一要因であったのかもしれない。
そういう意味ではアキトの判断ミスは責められるべき類の失態ではないといえる。
しかしいずれにせよ、もはや言い逃れのしようのない失態であることも事実だった。

そしてアキトを尻目に何事もなかったかのように立ち上がった美遊は更なる健脚で曲がり角へと身を隠した。
これもアキトにとっては予想外。防弾チョッキを着ていればともかくあんな水着同然の格好で銃弾を受けて何故立てる。

(飛んだ!?いや、跳んでいる、のか!?)

直後、予め路地に隠していたのであろうバッグを左手に持った美遊が空中を、そこに足場があるかのように何度も跳ねながら空高く舞っていく。
ボソンジャンプを使ったところで空中ではアキトもガッツも何もできない。

(くそっ!やられた!!最初からこれを狙っていたのか!!)

ここに来てようやくアキトは自分が美遊に陥れられたことを悟った。
彼女は正面からアキトを倒すのではなく拠って立つ基盤の切り崩しを狙ってきたのだ。
そしてその術中にアキトはまんまと嵌ってしまった。
あちこちからパトカーのサイレンの音が聞こえてきている。通報されたか。
ともかくここは逃げるしかない、とアキトは急いで路地裏に入り逃走を図った。
しかしそう上手く事は運ばなかった。


「いたぞ!!」
(馬鹿な、早すぎる!?)

路地裏から次の裏道に入ろうと通りに出た直後、左右から警官と思しき殺気だった男達が殺到してきた。しかも全員拳銃を持っている。
アキトは知らなかった。ベルク・カッツェが起こした事件によってこの付近には普段より多くの警官が待機していたのだ。
そのためアキトの見積もりより遥かに早く、多くの警察が現場に駆けつけてきたのだ。

「………バーサーカー!!」

こんなところで、こんなことで終わってたまるか。
激情とともに顔の紋様が夜道を照らすイルミネーションのように光り、アキトの傍にガッツが現界する。
それ以上の言葉は不要。ガッツは手にしたドラゴンころしで右側の刑事二人を瞬く間に肉の塊へと変貌させた。

「う、うあああああああああああっ!!!?」

突然の事態に左側から来た刑事が腰を抜かして倒れ込んだ。
その哀れな刑事にガッツは何の感慨も見せることなくドラゴンころしを振り下ろしこの世界から物理的に消し去った。
警察官のNPCはなるべく殺したくなかったがこのままでは間違いなく捕まっていただろう。
どころか最悪射殺されていたかもしれない。やむを得なかったと考えるしかない。
ましてNPC相手にボソンジャンプなど使うわけにはいかないのだから。



―――どうしてこうなった?



一体全体、どうしてここまで小学生相手に鮮やかに嵌められてしまったのか理解が追いつかない。
いつの間に天河食堂の場所を割り出し、ステッキとカードを奪い返したというのか。
何故アキトがステッキとカードを置いたまま出掛けたことを知っていたかのように上手く待ち伏せすることができた。
サファイアの自律行動機能と辛辣な悪知恵を知らないアキトには正解を導き出すことはできない。
そして当然のように明後日の方向に推理を展開していく。

(そうか!俺の知らない何らかの探知能力を持っていたのか!
恐らくその能力はステッキやカードとは独立しているはずだ。
だからこうまで詳しく俺の家を探り当てられたんだ!)

迂闊だった、と臍を噛む。
キレイのような戦闘力に秀でた超人を警戒するあまり、別方面の異能への認識が甘くなっていたのかもしれない。
過ぎてしまったことはどれだけ悔やんでもどうしようもない。今はこの状況をどう打開するか考えなければ。
幸い銃と現金は予め持ち出していたため手元にある。
一方失ったのは社会的信用と拠点。ある意味令呪やチューリップクリスタルの消費より痛い。

(しかし金があっても警察を敵に回してしまった今買い物をするにも大きな制限がつくだろう。
しばらくは下水道にでも潜って警察をやり過ごすか……)

暗然たる気持ちのまま闇夜を駆け抜けていく。
テロリスト、テンカワアキトはこの方舟でも犯罪者に堕してしまったのだった。

【B-9/路地/二日目 未明】

【テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-】
[状態]疲労(小)魔力消費(小)、左腕刺し傷(治療済み)、左腿刺し傷(治療済み)、胸部打撲、強い憎しみ、心労(特大)
[令呪]残り三画
[装備]CZ75B(銃弾残り6発)、CZ75B(銃弾残り16発)、バイザー、マント
[道具]チューリップクリスタル1つ、背負い袋(デザートイーグル(銃弾残り8発))
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:誰がなんと言おうとも、優勝する。
0.警察の追跡から逃れる。
1.戦闘、敵の調査は二の次にして隠れ家になる場所を探す。
2.五感の異常及び目立つ全身のナノマシンの発光を隠す黒衣も含め、戦うのはできれば夜にしたいが、キレイなどに居場所を察されることも視野に入れる。
3.できるだけ早苗やアンデルセンとの同盟は維持。同盟を組める相手がいるならば、組みたい。自分達だけで、全てを殺せるといった慢心はなくす。
4.早苗やアンデルセンともう一度接触するべきか?
[備考]
※セイバー(オルステッド)のパラメーターを確認済み。宝具『魔王、山を往く(ブライオン)』を目視済み。
※演算ユニットの存在を確認済み。この聖杯戦争に限り、ボソンジャンプは非ジャンパーを巻き込むことがなく、ランダムジャンプも起きない。
ただし霊体化した自分のサーヴァントだけ同行させることが可能。実体化している時は置いてけぼりになる。
※ボソンジャンプの制限に関する話から、時間を操る敵の存在を警戒。
※割り当てられた家である小さな食堂はNPC時代から休業中。
※寒河江春紀とはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※D-9墓地にミスマル・ユリカの墓があります。
※アンデルセン、早苗陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※美遊が優れた探知能力の使い手であると認識しました。
※児童誘拐、銃刀法違反、殺人、公務執行妨害等の容疑で警察に追われています。
今後指名手配に発展する可能性もあります。

【バーサーカー(ガッツ)@ベルセルク】
[状態]ダメージ(微)
[装備]『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』
[道具]義手砲。連射式ボウガン。投げナイフ。炸裂弾。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:戦う。
1.戦う。
[備考]
※警官NPCを殺害した際、姿を他のNPCもしくは参加者に目撃されたかもしれません。



  ◆   ◆   ◆



「ただいまバーサーカー、心配かけてごめん」

上空、弓兵か騎兵以外には手の出せない空間で美遊は待機させていた一護と合流した。
全てはサファイアが提案し、美遊が実行した作戦のためであった。

アキトが察した通り、美遊たちが行ったのはアキトに対し直接的ではなく社会的にダメージを与える戦術だった。
力押しという分野においては美遊と一護ほど優れたチームはほとんど存在しないと言って良い。
さらにこれまで温存していたセイバーのクラスカードも使えば対抗できる者は皆無に近い。
しかしアキトとガッツは例外的にボソンジャンプによって美遊たちのあらゆる直接攻撃を回避することができる。
極端なことを言えば美遊がどんな攻撃を繰り出そうが即ボソンジャンプしてカウンターを仕掛けることもできる。
実際にはあと一度しか使えない切り札なのだが自分達が破格の条件で戦っている美遊とサファイアはアキトを限りなく過大に評価していた。
自分達が無限の魔力で戦えるように、あちらも無制限に転移できるのではないか?ということだ。
普通なら馬鹿げた勘違いなのだが彼女らは本気でそのぐらいに考えておくべきと結論づけていた。

仮令クラスカードを取り戻したとしても攻略の糸口を見出すまで正面切ってアキト主従とは戦うべきではない。
しかし強力な主従をそのまま放置しておくのもこれまた得策ではない。
そこでサファイアは考えた。女子小学生である美遊のハンデを武器に変える作戦を。


「すごい、本当に効果があったなんて……」

眼下で瞬く間に警察、野次馬が集まる光景を目にした美遊はサファイアの策が成功したことを実感していた。
その概要はこうだ。

まず転身し、空から天河食堂へと直行した後道路に降り立ち電柱の影にバッグを隠す。
次にサファイアが鍵を開けて置いた居間の窓から侵入すると押し入れに置いてあったクラスカードを回収。
また内部を物色した際アキトの身分証明書を発見し彼の本名が「テンカワアキト」であることを確認。
ついでにサファイアの提案でアキトが使っていたベッドに美遊の靴下のうち一足を置いておいた。
一体何の意味があるのか美遊には測りかねたがサファイアが言うには絶対的な楔になるらしい。
準備を終えた美遊は出来るだけ魔術回路の駆動を絞り気配を殺してアキトの帰宅を待った。

そしてアキトが戻って美遊を発見したと同時にサファイアから教えられた台詞をできるだけ抑揚をつけて叫び開けておいた窓から逃走。
この時一護は上空500メートルほどの場所に保険として待機させておいた。
夕方の遭遇戦の結果からガッツの探知能力がそう高くないことを見抜いての配慮だった。
また相手の拠点内部や道路の道幅が狭い住宅街なら滅多なことではサーヴァントに頼れないという読みもあった。
細身の一護ならまだしも巨体の狂戦士が自分のマスターを巻き込まずに戦うのは著しく困難な地形だったからだ。
それでも尚サーヴァントを嗾けてくるなら美遊の合図で一護が駆けつける算段だった。
予めアキトが銃を所持していることを把握していたのも大きい。
サーヴァントより破壊規模が小さく、かつ安易で強力な武器を持っていれば高確率でそれに頼るとサファイアは踏んだのだ。
街灯に美遊の姿が映るように逃走したのも、銃弾を物理障壁ではなく物理保護で受け止めたのも全てわざとだ。
カレイドの魔法少女は物理保護を一定以上働かせている限り携行火器、それも拳銃弾の一発や二発では絶対に死なない。
NPCにアキトが少しでも凶悪犯に映るようにというサファイアの演技指導の賜物だった。
最後に予め準備していた逃走ルートに隠していたバッグを回収し相手が手出しできない可能性が最も大きい空へと逃げたのだった。



「そうか……。これは戦争、こういう戦い方もあるんだ」
「その通りです、美遊様。相性の悪い敵と真っ向から戦う必要は必ずしもありません」
「そうだね…。こんなこと、私じゃ思いつきもしなかった」

先ほどまでの自分自身を思い返す。
あの時の美遊はサファイアを取り戻すという意識が先行し無謀な策に出ようとしていた。
いや、頭を冷やして考えればサファイアが破壊されなかったこと自体幸運なことだ。
あの時の自分は無意識にその可能性を頭から閉め出していた。そうしなければ立ち行かなかった。
視野を狭め覚悟という名の言葉の麻薬に頼らなければ精神を保てないほどギリギリの状態だった。
もしサファイアが無残に破壊されていればきっと自分は精神的に壊れていた。

「……あなたは、どうして」
「美遊様?」
「ううん、何でもない。ありがとうサファイア、戻ってきてくれて」

サファイアは無理に美遊の元に戻ってくる必要はなかったはずだ。
それこそルヴィアを見限った時のように美遊を見限り他の有望なマスターを探しても良かったはずだ。
そうしなかった理由が美遊にはわからず、それでいてとても嬉しいことだった。
今はそれで十分だと納得することにした。

【B-9/上空/二日目 未明】
【美遊・エーデルフェルト@Fate/kaleid liner プリズマ☆イリヤ】
[状態]健康、他者に対しての過剰な不信感
[令呪]残り二画
[装備]魔法少女の衣装、カレイドステッキ・マジカルサファイア
[道具]バッグ(衣類、非常食一式、クラスカード・セイバー)
[所持金] 300万円程(現金少々、残りはクレジットカードで)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟の聖杯』を求める。
1.全員で戦う。どれだけ傷つこうともう迷わない。
2.ルヴィア邸、海月原学園、孤児院には行かない。
3.自身が聖杯であるという事実は何としても隠し通す。
4.サファイアが聞いた「サナエ」というアーチャーのマスターに対して…?
5.攻略の糸口が見つかるまでアキトとの接触、戦闘は避ける。
[備考]
※アンデルセン陣営を危険と判断しました。
※ライダー、バーサーカーのパラメータを確認しました。
※搦め手を使った戦い方を学習しました。
また少しだけ思考が柔軟になったようです。
※テンカワ・アキトの本名を把握しました。
※サファイアを通じて「サナエ」という名のアーチャーのマスターがいると認識しています。
※アキトの使う転移の名称が「ボソンジャンプ」であると把握しました。

【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態] 健康、不機嫌
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を護る
0.美遊を護る。
1.危険な行動を取った美遊への若干の怒りと強い心配。
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました
※ルーラーの提案を拒否したため、令呪による回復を受けていません。
※魔力消費はサファイアを介した魔力供給で全快しました。


[全体備考]
※B-9、天河食堂周辺の騒動を周囲のNPCが目撃しました。
これによりB-9で警察が厳戒態勢を敷いています。
またこの周辺に参加者がいれば一連の流れを見聞きした可能性があります。
※天河食堂前にCZ75Bの美遊を貫通しなかった弾丸と薬莢が転がっています。
※天河食堂のアキトが使っていたベッドに美遊の靴下が一足置かれています。

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125:ほんの少しの休息 テンカワ・アキト&バーサーカー(ガッツ 153-a:うまくはいかない『聖杯戦争』