俺とお前はよく似てる/少年よ我に帰れ  ◆EAUCq9p8Q.


「今すぐ乳を揉ませろ!!!!! セイバァァァァ――――――!!!!!」


  夕闇に染まっていく街に、そんな声が木霊した。
  B-5地区、賃貸マンションの上で遠く、B-4地区高級マンションのある辺り眺めていた男も勿論、その声を聞いた。
  そして、不安にかられて一気に飛び退る。
  階段と自身の間に割りこませないよう、自身の背中を取られぬよう。

  一気に逃げられればどれだけ良かったか。男は少し歯噛みした。
  退路を潰されなかっただけ、運がよしと取るべきだろうか。

  逃げるよりも早く、『それ』は現れた。
  ピンク色のオーラを身にまとい、怒気を感じさせる表情をした青年。

  ヤクザことアサシン、ゴルゴ13は初めて自身のマスター以外のマスターと敵対する。
  青年、真玉橋孝一は初めて自身のサーヴァント以外のサーヴァントと相対する。


「おい、アンタ……今、何見てた?」


  その声は、つい今しがたヤクザが聞いた声と相違ない。
  『セイバー』と叫んだ青年。
  ヤクザの気配遮断を看破し、一気に距離を詰めてきたことからも明らかだ。
  この青年は、月を望む聖杯戦争の参加者だ。


「何見てたか、って聞いてんだよ!!!」


  そう判断したヤクザの反応は早かった。
  ポケットに隠してあったリボルバーを取り出し、飛び込んできた青年の眉間に向けて構える。
  一秒にも満たない、人間の反応速度を上回った速さ。
  そして放たれる弾丸。
  銃声が、闇に染まりゆく空を切り裂き、俺とお前の目を覚ます。


  ◎     ◎


「……ニューハーフ……そうか、ニューハーフだな!!」


  男でも女でもないものとは何なのか。
  真玉橋孝一にとってそれは、なんとも難しい問題だった。
  男が居る。女が居る。
  だが、男でも女でもないものが居る!? 居るのか!?
  それは女と扱っていいのか、それとも男と扱うべきなのか!?

  そればっかりだった。

  セイバー・神裂火織の進言など、最早どこにも残っていないようだ。

『……ニューハーフも、もともとは性別があるのでは』

「なにぃ!? じゃ、じゃあ違う、のか……いや、でも……だとしたら……
 ああああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~~~~~~~~~!!!!!」

  足りない頭を必死に回して考える。
  まるでネズミ滑車がからから回る音が聞こえてくるようだ。
  頭をかきむしり、唸り声を上げながら天を仰ぐ。
  天から答えが降ってくるのを、待つように。

「……あいつ、何やってんだ?」

  ふと、自身の拠点のあるマンションの屋上を眺めながら孝一が呟いた。
  セイバーも意識をそちらに向けるが、そこには何も居ない。
  しかし、孝一は無人の屋上から何かを受け取ったらしい。

「セイバー、実体化だ」

「はい?」

「……いいか、セイバー。あいつは、おそらく、俺の知らない、超・重要な情報を持ってる!!
 ここで見逃せば、俺はその情報を手にすることができなくなる!!」

  意味がわからない。
  屋上に誰かがいるというのか。
  一瞬気配遮断を持つサーヴァントの可能性も考えたが、それならば孝一に見えてセイバーが見えない道理はないはずだ。

「くっ、仕方ねぇ!!」

  セイバーが沈黙で答えると、孝一はおもむろに右手を突き出した。
  その所作は間違いなく。
  開始前に見たあれと同じ。

「令呪を持って命じる!!」

  孝一の魔力が右腕へと流れこむ。
  まずい、これはまずい。
  こんな下らないことでまた一画消費するのか。
  それだけは避けなければ。
  そう思い、セイバーが慌てて実体化したのを見計らって。
  不敵な笑み、飛び出す命令。

「今すぐ乳を揉ませろ!!!!! セイバァァァァ――――――!!!!!」

  孝一は、世にも下らない令呪を、もう一度口にした。

  こうして、話は冒頭へとつながる。

  ◎  ◎  ◎

  弾丸が真玉橋孝一の眉間へと迫る。
  常人ならまず対応できない速度。
  寸分の狂いもなく、全くブレのない。確実に、命を奪える一撃。
  しかし、弾丸は空を切る。
  ピンクのオーラが巻き上がり、掻き消える。

  孝一は既にそこには居ない。
  気づけば、人間離れした速度で数m横に避けていた。
  ヤクザの眉間に、かすかにシワが寄る。


―――説明せねばなるまい。真玉橋孝一がなぜ屋上に飛び込み、銃弾を避けることが出来たのかを。
    Hi-Ero粒子は、とても不思議なエネルギーだ。
    種の存続に必要なエネルギーであり、なくなれば人間がペンギンになる。
    これだけでも十分不思議であるが、特に真玉橋孝一の放つHi-Ero粒子は異質だった。
    生まれながらに身につけていた高濃度のHi-Ero因子。
    他者にエロいことで干渉をした時に発現する他者を圧倒するほどのエネルギー。
    そのエネルギーの恩恵はダイミダラーの操縦、セイバーへの魔力供給にとどまらない。
    落ちてきた十数本の鉄骨を片手で受け止めるほどの膂力を与える。
    助走なしで数mの高さがある塀を飛び越える脚力与える。
    小学生を下回るとされているペンギンコマンドにすら負ける真玉橋孝一の身体能力を、爆発的に向上させる。

    それは最早単なるエネルギーの発生ではなく、自身に作用する身体強化魔術の域と言っても過言ではない。
    方舟は真玉橋孝一を再現し、更に彼の持つHi-Ero粒子を完璧に再現した再現した。
    即ち、この方舟においては。
    自身とそのサーヴァントに作用する強化礼装として、Hi-Ero粒子は存在する。


             >CodeCast[Hi-Ero Particle Full Burst]


    孝一はHi-Ero粒子の力で大きく飛び上がり、ベランダを掴んでまた飛び上がり、と屋上までただよじ登った。
    孝一はHi-Ero粒子の力でただ初期動作を見切り、がむしゃらに横に避けた。
    ただそれだけ、ただそれだけを実際やるから、この青年は実に厄介なのだ―――

「お、おい、いきなり何を」

  言葉を遮り、再び銃声が掻き消す。
  超速移動、再び立ち止まり、何故か青年・孝一のほうが驚愕の表情を浮かべる。
  なぜそんなことをするのかが本当に分からない、というように。

  回避行動が単調。歴戦の雄であるヤクザでなくとも、ある程度の腕前があれば『観測射撃』を行えるほどに。
  避けるスピードはもう覚えた。
  一回の可動範囲ももう覚えた。
  動き出しの動作ももう覚えた。
  そして、回避方向ももう覚えた。
  拳銃を構え、引き金に力をかける。
  それを確認した瞬間孝一の目がカッと開き、足に力が籠もる。

  孝一の影が消えた。
  ヤクザの動きを射撃の初期動作と見て走りだしたのだ。
  方向は、ヤクザの予想通り。
  すぐさま銃口を数センチずらし、引き金を絞る。

  銃声。着弾。
  間一髪、孝一はヤクザの異変を見抜き、最後の一歩をなんとか半歩で踏みとどまれていた。
  右頬に焼けるような熱を感じ、その後痛みがやってくる。
  異能の世界でロボットに乗って命のやりとりをしていた孝一にとって、初めての『生身同士での直撃』だった。

「ッぶねぇッ!!! テメェ、なんでさっきから」

  孝一の体勢は立て直っていない。
  その瞬間をヤクザは見逃さない。
  熱の抜けきらぬ弾倉が60度回転する。
  爆裂、発射。
  立て続けの二つの衝撃。
  再び弾丸が孝一の眉間を狙う。

  ◎  ◎  ◎

「手荒い真似、許してください」

  真玉橋孝一は、まだ生きている。
  少し離れたところに突き飛ばされ、尻もちを付いているが、まだ生きている。
  助けに来たのは当然、セイバー。
  『乳を揉ませろ』という命令が恙無く執行され、少しの間を置いて拘束が解除されたのだ。
  そして、彼女もその身体能力で孝一を追い、間一髪のところで彼を押し倒した。

「成程、これが貴方の言っていた『重要な情報を持つ人物』ですか」

  セイバーは内心で感嘆していた。孝一の言葉は本当だった、屋上には『誰か』が居たのだ。
  セイバーに見えなかったことを鑑みれば、彼はやはり『気配遮断』を持ったアサシンのサーヴァント。
  その気配遮断を孝一がなんらかの方法でかいくぐり、偵察をしているアサシンに気づき、そのまま突撃した。

  しかし、とセイバーは考える。
  目の前の、アサシンと思われる男をどうするべきか。
  普通は考えるまでもない。
  マスターかサーヴァントかは分からないが、敵意があるのは間違いない。迎撃の必要がある。
  しかし、と。
  心のなかで引っかかる。
  彼と戦い彼を殺すということは、『マスターを殺すことになる』という事実が、心にかかる。

  そのしこりを、無理やりぐっと飲み込む。
  まずは無力化する。
  それだけならば問題はない。それで情報を渡すようならば、
  もし、それでも戦うと言うならば……致し方ない、と。そう割り切るしかない。

  じり、じりとヤクザが後退る。
  しかし、セイバーはその撤退を許さない。

「……『七閃』」

  2mはあろうかという刀の鍔を弾き、収める。
  常人には抜いたとも悟らせない程の速さ。
  しかし、その精度は間違いなく無比。
  数瞬もおかず、ヤクザの全身に傷が刻まれた。

「……何かを見ていたようですが、それが何か、教えてくれませんか」

  威圧的な声。
  その声に込められているのは当然『敵意』。
  断れば傷が増え、最悪死ぬことになるというニュアンスを声だけで伝えている。

  ヤクザはその鋭い瞳で自身の体と周囲を見つめ、考える。
  解放された宝具『七閃』。それによって刻まれた幾つもの傷。その軌道と数。
  すべての傷が等しい深さで、肉体の端から端までに走った。
  ならばこの攻撃は斬撃ではなくもっと広範囲。かつもっと……あの長刀よりも更に長く細い『何か』で斬りつけられた
  そして、目を凝らす。
  鍛えあげられた暗殺者の目が、培われた直感が見抜く。自身の血の伝う『何か』を。
  鉄線か、ワイヤーか、テグスか。それとも別の何かか、魔力を込めた紐を張り巡らせた『紐の結界』。
  そう考えるのが妥当だ。

  そして、今もその結界は展開してある。
  鉄線がヤクザを取り囲むように幾重にも配置してある。
  もし、退こうとすればヤクザを斬撃が襲う。
  もし、前進しようとすればヤクザを斬撃が襲う。
  もし、マスターを殺そうとすればヤクザが死ぬ。

  身じろぎ一つ許されない状態。
  唯一自由にできるのは、孝一に向けて撃ったまま未だ下げられていない銃。
  銃口の少し横に、今度はセイバーを捉えられる位置にあるリボルバー。
  スミス&ウェッソンの銃口数センチ程度が、ヤクザに残された『悪あがきの範囲』。

「撤退が出来るとでも?」

  分かりきったことを問いかけるセイバー。

「……どうかな」

  重い一言。
  初めてヤクザが口を開く。
  たった四文字に込められた意志はいかほどか。
  七天七刀の柄を握るセイバーの手に力が籠もる。
  一言で分かった。
  まず、撃つ。ヤクザは必ず引き金を引く。

  だが、何を撃つか。
  銃口はセイバーの方を向いている。ならばセイバーを撃つか。
  その程度のサーヴァントならば恐るるに足らない。
  セイバーとヤクザの間には、数本の鉄線が走っている。
  位置をずらすまでもなくセイバーへ向かう弾丸は鉄線で弾かれ、届かない。
  そして、その銃口からは一切の『敵意』を感じない。
  まるで水面に移る月に石を投げ込むときのように、平静そのもの。

  ならばその間にある鉄線を見越した上での狙撃か。
  これならば、敵意がないのも頷ける。
  しかし、『その程度』でこの鉄線が切れると思っているなら大間違いだ。
  仮にも宝具、魔力のこもった弾丸の一発や二発で打ち抜けるものではない。


  ヤクザのカミソリのような眉が横に滑る。
  深い、深い、呼吸音。
  それはまるで、体の中にある『何か』を全て吐き出すように。
  銃口は動かない。
  敵意は感じない。


  そして。


  ――― 一瞬の殺意。


  銃声が響き、セイバーが駆ける。

  ヤクザの弾丸が放たれる。
  発射の瞬間、銃口は本の0.数ミリだけずれた。
  その0.数ミリでは、弾丸は鉄線を射線に捉えたまま。

  しかしそれこそがヤクザの狙い。
  銃弾が鉄線に直撃して跳弾する。
  銃弾が別の鉄線を掠めてもう一度進路を変える。

  セイバーが気づいた時にはもう遅い、弾丸はすでに『七閃』の結界を掻い潜っている。
  その進路の先にいるのは。

「……ッ、マスター!!!」

  セイバーのマスター、真玉橋孝一。
  尻餅をついたままの、Hi-Ero粒子による身体能力ブーストの切れた彼の眉間に向かって、まるで吸い込まれるように弾丸は飛んでいった。

  セイバーがその超人的な身体能力で駆け、初めて七天七刀の刃を見せる。
  鞘から抜かれた1m程抜かれた刃が、孝一に当たる寸前で弾丸を切り分けた。

  狙ったというのか、今の跳弾すら。
  宝具の類ではない。魔力の流れは感じなかった。
  ただの技術でそれが狙ってできるというのだとすれば、最早人間技を超えている。
  しかし、予想外の出来事は続く。


  セイバーが再びヤクザの方へ意識を向けた時、ヤクザの『逃走』は完了していたのだ。


  ヤクザが先ほど見抜いていた『紐の結界』の仕掛けはもうひとつ合った。
  『紐の結界』はセイバーによって操られていた。つまり、セイバーの手元に紐の根本は集まっている。
  もっと言えば、抜刀の所作で紐が位置をずれて攻撃に転ずる、つまり紐の根本は右手もしくは刀の柄部分に集まっているということ。
  ならば、セイバーが数m移動すれば、移動した分だけ紐がずれてたわむ。
  ヤクザの銃弾が狙ったのは、セイバーではなく、鉄線の切断でもなく、真玉橋孝一でもなく。
  真玉橋孝一を狙うことでセイバーが銃弾を迎撃する、それを利用した『紐の結界』の無力化。

  紐の結界がたわんだその瞬間をヤクザは見逃さない。
  身動きに問題がなくなったのを確認した瞬間、ヤクザは懐から『それ』を取り出しピンを抜いて空中に放り投げ、即座に身を翻し、駆け出した。
  セイバーが体勢を立て直すよりも早く逃げ切るために。

  セイバーは舌打ち混じりで七閃を再び放とうとして。

「上だ、セイバー!!」

  主の声に釣られて上を見上げる。
  そこには、まさに今、自由落下に切り替わろうとしている手榴弾が飛んでいた。
  どうやらこれがあの男の置き土産らしい。
  たかが手榴弾程度、セイバー一人なら難なくいなせるだろう。
  しかし、同時にマスターを守りきれるかと言えば話は別だ。

  もし、これが炸裂すればマスターはただじゃすまない。
  もし、自分があれを迎撃すれば、自身と七天七刀がその衝撃をもろに受けることになる。
  迷うことはない、そんなの『自分を犠牲にする』のが最善だ。

  そう思い、セイバーが飛び上がろうとした瞬間。

「これだああああああああああああああああああ!!!!」

  孝一が叫び、彼の右手が唸る。
  右手の先にあるのは当然―――

  もにゅん。

  もにゅん、もにゅん。

                  ―――当然、セイバーのおっぱいである。

「……こ、この非常時に……貴方は何を!」

「こんな時だからこそ、だ!!! ああ、すげぇ……やっぱりお前のおっぱいは……」

  こんな時に、いや、こんな時だからこそ乳を揉む。
  それは真玉橋孝一にとっては至極当然のことであり、彼の思いついた唯一の『打開策』。
  眦が裂けんばかりに目を見開き、思いの丈を声に込めて高々と叫ぶ。

「最ッ高だぁぁぁぁぁああああああああああああ!!」

  唸るリビドーが燃料となり、常人をはるかに上回るHi-Ero粒子に火をつける。
  彼の体内に眠るHi-Ero粒子が輝きを放ち、その超常的な身体強化を再び解き放つ。
  ピンクのオーラ、滾る勇気、目に宿るのは不屈の炎。体の底から湧き上がる力。

  ファクターたる真玉橋孝一の潜在能力、覚醒。
  真玉橋孝一、再度Hi-Ero粒子フルバースト。

  孝一はすかさずセイバーの体を抱き上げ、そのまま空中へと飛び上がった。
  1m、2m、高く、まだ高く。上空にあったはずの手榴弾を飛び越えて、まだ、まだ、まだ高く。
  5mは飛んだだろうか、というところでようやく上昇はとまり、それとほぼ同じタイミングで破裂音が響いた。

  ◎     ◎


  手榴弾の残した爪痕の上に難なく着地し、セイバーを地面に下ろす。


「怪我はねぇな」

  いつものようなスケベな顔ではなく、真剣な顔でそう問いかける。
  どうやら、命のやりとりをした、と判断するくらいの脳みそはあったらしい。
  二度も乳を揉まれた不快感から少しだけ顔をこわばらせながら、それでも平静を装ってセイバーは尋ねる。

「あのサーヴァント、追いますか?」

「いやいい。というより、俺達にはまだやるべきことがある! お前、目はいいか!?」

「……え、まあ……」

「探せ! あの男が見てたものがあるはずだ!! 今ならまだ間に合う!!」

  ようやくセイバーは合点が行った。
  つまり孝一は、屋上にNPCが居るのを見て、『何者かが偵察を行っている』と判断した。
  セイバーが先ず近寄れば敵にその存在を明らかにするだけであり、もしもただ操られているNPCだったらセイバーが何かをしかけた時点で罠に嵌ることになる。
  そこまで読んでの行動だった、ということか。

  言われたとおりに、屋上から周囲を見回す。
  目を凝らすまでもなく、見えた。
  今朝まであった高層マンションが消滅している。
  明らかに大規模戦闘の後だろう。

「マスター、あちらを……マンションが消えています。彼はおそらく」

「は? マンションが消えてる!? んなの後だ後!!」

  しかし、孝一はその進言をぴしゃりと叩ききった。
  不思議に思ったのは勿論セイバーの方である。

「あ、あの……マスター……マスターは彼があのマンションを見ていたとは思わないんですか?」

「当たり前だろ」

「じゃあ、彼は何をしていたんだと?」

「……何って……あれは覗き趣味の親父だろ?」

「……は?」

  愕然。
  それ意外に言いようがない。

「しかし……迂闊だったぜ……まさかうちのマンションの上に、理想的なビューポイントがあるなんてな……
 あの親父、目つきがただもんじゃなかった……多分、全裸だな……女子寮か、銭湯か、そういった女が多くいる風呂場が見えるはずだ!」

  つまり真玉橋孝一は。
  屋上に居た人物を『覗きを日課として嗜む人物』と判断して特攻をしかけただけにすぎないのだ。
  今回はそれがたまたま敵サーヴァントとの遭遇になった。それだけだ。

  令呪を一画使って、これ。少し見なおせば、これ。
  どうしてこうなった。
  どうしてこうなった。

  ◎     ◎


「なあ、セイバー」

  顔面にいくつも痣と瘤を作った孝一が、室内で実体化しているセイバーに語りかける。

「あの時、なんで宝具であいつを倒さなかったんだ」

  湯気が立ち込め、ケトルがけたたましく存在をアピールする。
  初戦闘を終え、念のため室内の確認も終えた孝一は、少し早い夕食の準備中だった。
  彼もあの『アサシン』がサーヴァントであるということには戦闘開始後に気づいたらしい。
  体にパラメータが見えた、とのことだ。数値を聞いたが特出した点は幸運以外なく、そこから考えてもやはり彼は『アサシン』で間違いないだろう。
  のほほんとした孝一の様子に少し不快感を覚えながら、セイバーはこう答えた。

「……彼にも、マスターが居る。そう思ったからです」

「そりゃ居るだろ、サーヴァントなら。でも、マスターいるからってなんでやめるんだ?」

  湧いたお湯をカップ麺に注ぎながら孝一が言う。
  恐ろしいことを、さらりと口にする。
  その様子は、セイバーを苛立たせるのに十分なものだった。

「……貴方は、マスターが死ぬのをなんとも思わないんですか!」

「……死ぬ?」

  語気を荒らげた問いかけに、返ってくるのはオウム返し。
  何故か聞き返される。

「死ぬ、って……マスターがか? サーヴァントを、殺されて?」

  まるで『知らなかった』と言わんばかりの反応に再び呆れそうになり……そういえば、と思い出す。
  セイバー自体、この聖杯戦争を『従来の聖杯戦争』と同じものと思っていた。
  召喚されたその瞬間、たしかに彼女は『英霊同士のみでの決着』を望んでいた。
  そして、時間が経過することで『マスターも共に消滅する』という認識を取り戻した。

  もしかして、方舟に呼ばれる際に記憶のどこかに齟齬が生じているのかもしれない。
  普通はありえるはずがない。
  だが、セイバーがそうであったように、孝一もこの聖杯戦争を『従来の聖杯戦争』だと勘違いしていた可能性は否定出来ない。
  ひょっとすると、今が聖杯戦争だという認識すら失っているマスターすら居るかもしれない。

  偶然か、それとも何らかの介入の結果かは分からない。
  だが、彼も忘れている。
  『サーヴァントが死ねばマスターも同じく死ぬ聖杯戦争』ということを、忘れている。

「マスター、聞いてください」

  だからなのか。
  どうかはわからない。
  もう一度だけ、おなじ質問を。
  今度は、分かりやすく。

「貧乳の女性がマスターやサーヴァントの場合もあり、幼い子供が相手と言うこともあります。
 聖杯を手にすると言うことは、マスター・サーヴァント問わず彼ら全てを、殺すということです」

  二度目のその問いで、二人の間に横たわっていた『何か』が氷解を始める。

「ま、待て……待て、待て! マスターは、マスターも死ぬってのか!?」

「そういったはずです。『なんとかする』は、なんだったんですか」

「サーヴァントは死なねぇ、元居た場所に帰るだけ! んで、サーヴァントが消えてもマスターが死ぬことはねぇ……
 だから、サーヴァントだけを攻撃して、マスターは護る。そうすりゃマスターを殺す必要はない!! それじゃ駄目なのか!?」

  孝一の口から出る『何とかする』の作戦。
  それは奇しくもセイバーが最初に考えていたものと同じ方針。
  そう、彼もまた勘違いしていた。
  サーヴァント同士が戦いえばサーヴァントが消滅するだけ、という『従来の聖杯戦争』だと。

  甘く見ていた。
  舐めていた。
  だからこそ、ああまでちゃらんぽらんに生き、下らないことに令呪が使えた。

  セイバーは目を伏せ、告げる。
  世の中はもっと残酷だ、と。

「死にます」

  告げる。

「この月を望む聖杯戦争では、サーヴァントを失ったマスターは消滅。実世界でも死亡となります」

  告げる。

「聖杯を獲るためには、誰かを確実に、殺さなければなりません」

  孝一がわなわなと震え、力強く机を叩く。
  その顔は、おっぱいを揉む時と同じくらい真剣だ。

「おっぱいってのは夢だ! そうだろ!?」
「おっぱいは平和、おっぱいは平等、おっぱいは自由だ!!! 誰かの犠牲の上に成り立っていいものじゃねえ!!!」

  彼の中では当然の理屈。
  当然、救うべき人々。
  当然、救われるべきππ。
  それは屍の上に築くものではなく。
  夢と、理想と、救いのもとにあるべきものだ。

「誰かを殺して……人を殺しておっぱいを獲るなんて、やっていいわけがない!!!」

  悲痛な叫び。
  昼と同じ。
  だが、昼よりも数段強く。
  まるで実の母親に心臓を貫かれた時のような、信じていたツインテールに逃げられた時のような、そんな心からの叫び。

  沈黙が走る。
  先に口を開いたのはセイバーだ。

「……私は、最初に言ったとおり、『皆の幸福』のために、聖杯を望んでいます。
 そのためには、最低でも1人の『人間』を殺さなければなりません」

  多数を救うために少数を切り捨てる。
  聖人として、あるまじき望み。
  通常の聖杯戦争ならまだしも、この場では『人の死』を介さなくては為されない願い。
  もし、この場に彼が居たなら。
  誰よりも愚直に『ハッピーエンド』を信じる『あの男』が居たならこう言ってのけるはずだ。


「幸せになりたかった誰かを殺した時点で、皆が幸福なんて言えるかよ!!!」


  孝一が息を荒らげてそう叫ぶ。
  彼がそう言う、とセイバーが思ったように。
  『右手』をテーブルに叩きつけ、叫ぶ。

  セイバーは、その瞳を知っている。
  その握りしめた右の拳を知っている。
  当然別人だ。
  だが、その瞳と、その右の拳に宿っている物は変わりない。
  バカのつくほどお人好しで、夢の様な『最善の結果』を疑いもしない。
  自身の心にまっすぐ正直で、直情的で、熱しやすい、呆れるほどに『正義の味方』。

「そうだろ、セイバー!! アンタのおっぱいがオンリーワンなように、世界の女のおっぱいはどれも皆素敵だろ!?
 それを、願いを叶えるために殺すなんて、お天道様が許そうが、俺は許せねぇ!!!」

  言葉はアレだが、伝えたい内容はだいぶ共通している。
  もしかしたらセイバーは、堕天使エロエロメイドではなく『彼』とよく似たその『正義』に惹かれて召喚されたのかもしれない。
  きっとそうだ、そうに違いない。
  そうであると信じて。
  実際はそうじゃなくてもそうであるということにして。

「……確かに、そのとおりです。では、もう一度聞きます」
「『何とかする』とは、どうするのですか?」

  孝一は少し目を瞑り、考えると。
  『妙手浮かびたり』と言うように笑みを浮かべてこう言った。

「……月を望む聖杯戦争では、人が死ぬ? 簡単じゃねぇか」
「だったら、聖杯戦争自体を変えりゃあいい!」

  月を望む聖杯戦争だから起こった、不幸な『行き違い』を修正する。
  それは方舟に対する宣戦布告。
  それは人が空を見上げそこを走ってみせると宣うが如き、馬鹿げた行い。
  だが、その目は真剣そのもの。
  歴戦の勇士であるセイバーが一瞬気圧される程の迫力。地球を守ってきた男の気概。
  セイバーが思わず息を呑み、そして、聞き返す。

「そんなことが……」

「出来る!!!」

  彼の瞳は曇らない。

「俺は別の世界に行ったことがある! ペンギン帝王は、俺に木片をくれた奴は、別の世界から来て、別の世界へ旅立ってった!」

  真玉橋孝一は特異な参加者である。
  彼は、平行世界を行き来したことがあるのだ。

  同一宇宙に地球が複数存在する、ではない。
  同一銀河に宇宙が複数存在する、ではない。
  全く違う空間に、『世界』が、複数存在する。

  ペンギン帝王が元居た、真玉橋孝一が流れ着いた世界。
  真玉橋孝一の居た世界。
  ペンギン帝王が次に向かった世界。
  今居る方舟の世界。
  少なくとも4つの世界が存在する。
  そして、別れ際のペンギン帝王の口ぶりなら、もっと多くの世界が存在する。

  そして、存在する。『世界同士をつなぐ橋』が。
  孝一の放てるものをはるかに上回る濃度のHi-Ero粒子がそうであるように。ペンギン装置がそうであったように。

「だったら、あるはずだ。この世界にだって、別の世界に行く方法が!!」

  別の世界に行き、『月を望む聖杯戦争ではマスターが死ぬ』という大前提を崩す。
  方舟からの脱出。逃れられぬ死の概念からの逸脱。
  常識で考えて、出来るわけがない、なのに彼は叫ぶ。

「可能性はゼロじゃねえだろ!!」

  だって自分が異世界へ行ったのだから。
  今だって異世界に居るのだから。
  彼はいっぺんの曇りもなく、そう信じている。

  その姿は、やはりセイバーにとって……数時間前まで彼に抱いていたものとは違う、なぜだかとても誇らしいものだった。

「マスター。もう一つ確認させてください。貴方は、この聖杯戦争……
 システムを理解した上で、どう動くつもりですか?」

  向き合い、問う。
  その問いは、根底へ向く問い。

「俺には全ての乳を救うために聖杯がいる。でも、そのために誰かを殺すなんてまっぴらだ。
 だったら俺は、誰も殺さずに聖杯を手に入れてみせる!!」

  向き合い、答える。
  その答えは、根底を覆す答え。

「無茶を言いますね」

  だから、方舟自体を変える。
  変えられないなら、方舟自体から脱出する。
  そして、マスターの死の絡まない聖杯戦争で決着をつける。
  荒唐無稽な計画。
  実現不可能な夢。

「ですが……私は、その言葉を待ってたのかも知れません」

  でも、その夢を抱くものが二人なら。
  夢は一歩先に進み、希望に変わる。
  愛したのは、人としての挟持。
  願ったのは、人としての正義。
  淀み燻っていた正義の心が、方舟の根幹に狙いを定める。

「いいのか? セイバー」

「私は……元よりそのつもりでした」

  自然と笑みがこぼれた。
  不思議なものだ。
  少し前まで心の底から嫌っていた、とは思えない程に。
  彼のことを受け入れられる。
  初めて、彼と『心』が通じたのを感じた。

「セイバー、神裂火織。マスターが夢を掴むまで、お伴しましょう」

「……そうか。俺ぁ真玉橋孝一だ、よろしく頼むぜ!」

  右手を差し出し、応えて右手を差し出す。
  差し出した右手がおっぱいを掴み、応えて右手で頭をはたく。
  二人は、ようやく出会った。
  そして、ようやく歩き出す。

  ◎     ◎


  早めの夕食を終え、孝一とセイバーはウェイバーの部屋の前に居た。

「にしても遅えな、ウェイバーの奴……何かあったのか?」

『どこかで戦闘に巻き込まれた、か……最悪すでに「脱落」した可能性もありますね』

「……そうか」

  孝一の顔が歪む。
  のんべんだらりと過ごしていた一日も、聖杯戦争の只中だったのだ。
  もし、『マスターが死ぬ』と知っていたなら、学校になんて行かなかった。

「セイバー、明日のことだけどよ」

  孝一が口を開き、いくつかの計画を伝える。

  まず、明日以降学校には行かない、ということ。
  孝一が学校に行っている間にも、聖杯戦争は進み、マスターは死ぬ。
  方針が固まった今、学校に行っている余裕はない。
  初日の様子を見るに、学校にはマスターは居なさそうだと孝一は判断した。
  もしかしたら孝一たちのような温厚なスタンスのマスターが居るかもしれないが、そういったマスターとは出会うのは難しいだろう。
  ならば、自分たちで街を歩き回ってマスターらしき人物を探すしかない。

  次に、ウェイバーと再び出会えたならば、彼とも意見を交換したいということ。
  彼がこの聖杯戦争でどう動くのか。
  もし、優勝を望むならば、それは人を殺すに足るものなのか。
  マスターが死ぬこと無く聖杯戦争が出来る世界を目指す、という絵空事に加担する気はないか。

  そして、もう一つ。

「ペンギン帝王みたいなやつを探したい」

『ペン……誰ですって?』

  ペンギン帝王。
  心優しき侵略者。
  世界を変え、種を救った人物。
  彼の『願い』は宇宙の摂理を覆した。
  もし、彼のような人物が居れば、きっと出来る。
  この絵空事に、命が吹き込まれる。
  孝一は、根拠もなくそう信じていた。

「ペンギン帝王だ。くちばしがあって、体は黒と白で、マント付けてて、立派な前しっぽがあってだな」

『……それは、本当に人間ですか?』

「分からねえ……ただ、あいつも……『趣味の合うスケベ野郎(とも)』だった」

  ポケットから取り出した『それ』を握りしめ、眺める。
  方舟に来るまでお守りとして持ち歩いていたもの。
  数少ない『異世界』の存在の証明。
  変えられない友情の証にして、世界を変えた男からの贈り物。
  彼を方舟まで運んだ片道チケット、『ゴフェルの杭』。

『今、凄い単語に「とも」ってルビ振りませんでしたか?』

  セイバーの言葉を無視して、空を見る。
  どうか、ウェイバーが無事であるように。
  どうか、今生き延びているマスターが死ぬことがないように。
  そしてどうか、おっぱいに悲しい傷跡が残らないように。

  世界を変える楔になれるか。
  大海を漂う木片と化すか。
  二発の弾丸が装填され、方舟相手の大勝負にかかる!
  戦え、真玉橋孝一!
  揉まれろ、セイバー!

  そして戦え、健全ロボダイミダラー!!
  方舟世界に存在しないが、何かの間違いで出る可能性を信じて!!

【B-5/賃貸マンション・ウェイバーの拠点前/夜間】

【真玉橋孝一@健全ロボ ダイミダラー】
[状態]瘤と痣(夜間終了時には消えます)、魔力消費(小)
[令呪]残り1画
[装備]学生服、コードキャスト[Hi-Ero Particle Full Burst]
[道具]ゴフェルの杭
[所持金]通学に困らない程度(仕送りによる生計)
[思考・状況]
基本行動方針:いいぜ……願いのために参加者が死ぬってんなら、まずはそのふざけた爆乳を揉みしだく!
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.ウェイバーを待ち、聖杯戦争について聞く。
2.ペンギン帝王のような人物(世界の運命を変えられる人物)を探す。
3.好戦性の高い人物と出会った場合、戦いはやむを得ない。全力で戦う。
π.救われぬ乳に救いの手を―――!
4.アサシン(カッツェ)の性別を明らかにさせる。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※アサシン(カッツェ)、アサシン(ゴルゴ13)のステータスを把握しました。
※明日は学校をサボる気です。
※学校には参加者が居ないものと考えています。
※アサシン(ゴルゴ13)がNPCであるという誤解はセイバーが解きました


【セイバー(神裂火織)@とある魔術の禁書目録】
[状態]健康、魔力消費(小)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:救われぬ者に救いの手を。『すべての人の幸福』のために聖杯を獲る。
0.他のマスターを殺さずに聖杯を手に入れる方法を探す。
1.マスター(考一)の指示に従い行動する。
2.バーサーカー(デッドプール)に関してはあまり信用しない。
3.アサシン(カッツェ)を止めるべく正体を模索する。
4.聖杯戦争に意図せず参加した者に協力を求めたい。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)とそのマスター・ウェイバーを把握しました。正純がマスターだとは気づいていません。
※真玉橋孝一に対して少しだけ好意的になりました。乳を揉むくらいなら必要に迫られればさせてくれます。
※アサシン(ゴルゴ13)、B-4戦闘跡地を確認しました。
※アサシン(カッツェ)の話したれんげたちの情報はあまり信用していません。
※アサシン(カッツェ)は『男でも女でもないもの』が正体ではないかと考察しています。
 同時に正体を看破される事はアサシン(カッツェ)にとって致命的だと推測しています。
※今回の聖杯戦争でなんらかの記憶障害が生じている参加者が存在する可能性に気づきました。

[共通備考]
※今回の聖杯戦争の『サーヴァントの消滅=マスターの死亡』というシステムに大きな反感を抱いています。
 そのため、方針としては『サーヴァントの消滅とマスターの死亡を切り離す』、『方舟のシステムを覆す』、『対方舟』です。
※共にマスター不殺を誓いました。余程の悪人や願いの内容が極悪でない限り、彼らを殺す道を選びません。
※孝一自身やペンギン帝王がやったように世界同士をつなげば世界間転移によって聖杯戦争から参加者を逃がすことが可能だと考えています。
 ですが、Hi-Ero粒子量や技術面での問題から実現はほぼ不可能であり、可能であっても自身の世界には帰れない可能性が高いということも考察済みです。



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125:ほんの少しの休息 投下順 126b:俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運
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111:シュレディンガーの性別 真玉橋孝一&セイバー(神裂火織 158:EX:tella
107:戦争考察 アサシン(ゴルゴ13 126b:俺とお前はよく似てる/アリアドネの幸運