days/knights of holy lance ◆Ee.E0P6Y2U


HEAT弾頭PG-7Vがランサーへと放たれた。
如何にサーヴァントであろうとこの距離で対戦車擲弾を受ければ一たまりもないだろう。
放った自分さえも巻き込みかねない、自爆に近い技であったが、こちらには時間停止がある。
爆発のタイミングに合せ、時を停止、そのまま回避に移る――そのつもりだった。

しかし、キャスターは信じられないものを見た。
至近距離放たれた対戦車擲弾を、ランサーはその盾で受け止め――

――瞬間、ランサーの身体を青い閃光が包んだ。

銀色の髪が、紅い瞳が、青白い槍が、全て青く強く発光する。
青く光る銀の盾。それはギュイイイン、と駆動音を上げながら回転し、青き光――ラグナイトの奔流で弾頭を捉える。
莫大なエネルギーが盾となって弾丸の威力を殺し、ランサーはその長槍を持ってして対戦車擲弾を跳ね飛ばした。

――視界を揺らすほどの爆音が響いた。

弾き飛ばされた弾頭は、3-Dと書かれた教室へと着弾し、爆音と共に教室を火の海に包んだ。
教科書が残った机が、落書きされた椅子が、汚れの目立つガラス窓が、みな等しく飛び散っていく。
立ち上る火を背後にランサーは在る。その技量、その胆力、その有り様に――キャスターは戦慄する。
自分が培った一生涯に近い戦闘の経験など、軽々と目の前の戦士は覆してくる。
これが真の英霊というものか。人類史に名を残した戦士の力か。
何度繰り返そうとも届かない、戦士に生まれるべくして生まれた血の力がそこにあった。

「中々骨がある――」

ランサーが真紅の瞳がキャスターを捉えた。青の光は徐々に収束していく。
はっ、としてキャスターは本能的に盾を傾けていた。
時間停止――全て止まった世界でランサーの長槍から逃れる。

「――ふむ」

突如として開いた距離に、ランサーが首を傾げていた。
少し露骨過ぎた――キャスターは今しがたの運用を後悔する。
この宝具は現状自分が持てる唯一の切り札だ。奇襲こそ最大の効果を発揮する技故、相手に気取られるのは愚策だ。

とはいえ――そうも言っていられない。
キャスターは己の魔力の多寡を計算する。絶え間ない武器の使用と連続しての時間停止。
もはや余裕があるとはいえない。
ちら、と一瞥すると己がマスター――もう一人の自分が苦しげな表情を浮かべている。その額には玉のような汗。
如何に魔法少女といえどもまだ未熟な頃の自分。その魔力量は決して多くはない。
サーヴァントして持て得るスペックを全開にしているのだから無理もない。
そう思いはするのだが、どうしても「役に立たない」と苛立ちが先に込み上げてきた。

あれには頼れない。目の前の敵は強敵。こちらの札には限りがある。
絶望的な状況――しかし、諦めるつもりは一切ない。
何故諦める。諦めるという選択肢など――そもそもないだろう?

キャスターの脳裏に彼女の願いが――唯一無二の友人の情景が流れる。
その瞬間、胸中に切望の想いがうねりを上げて込み上げてくる。
円環など、宇宙など、全て引き裂いてしまえばいい。それで彼女に手が届くのならば、神にさえ叛逆しよう。
戦いの興奮は引き、己が欲望の為にありとあらゆるものを利用せんとする――ドス黒い感情が取って代わった。
悪魔とさえ称された、この想い、この願い、この身体――全てはただ、愛の為に。

そしてキャスターは見た。
悪魔の心地で戦いを観察する。兵士としては届かない? それがどうした。
戦いなどは所詮一つの手段に過ぎない。

そうした視点で――キャスターは敵の弱点を知った。
ランサーの向こう側、マフラーの少女がその胸を押さえている。
苦しげに顔を歪ませ、その口元からは血が――それを見たとき、キャスターはあのマスターこそが攻め入る隙であると判断した。

今しがた見せた強力な魔力放出。
しかし、それは一瞬で収束してしまった。あれが長く続けば、自分など簡単に屠れただろうに。
あの青い光を目の前のランサーは小出しにして銃弾を防いでいる。
そのことからキャスターは知る。
あのマスターは魔術師ではない。かつての自分の以下の魔力しか持たないような、ただの人間であることを。

何てことのない。そうであるならば、簡単なことだ。
キャスターはマスターに残る魔力全てを搾りあげ、時間停止を発動する。
止まる世界。戦場と化した学園。赤い放課後の空。その全てを手の平に乗せ、キャスターは駆け出した。
狙いはあのマスターだ。時間停止を使ってマスターを直接狙う――シンプルだがこれ以上ない作戦。
これまで己がマスターの防衛が疎かになるが故使えなかった。一瞬でもマスター殺害に手間取れば、何もできないあの娘はそれで終わりだからだ。
だが、ただの人間であるのなら――不意を付き、銃弾一発で決まる筈。

銀の拳銃・Px4を片手にキャスターは動きを止めたランサーを越え、マフラーの少女を強襲した。
トリガを引く。放たれる弾丸。そして、時は動き出す。

――果たして、その弾丸はマフラーの少女、ミカサを捉えていた。

見えぬところから突如として放たれる弾丸。そんなもの、避けられる道理がない。
故にミカサはその身体に弾丸を撃ち込まれていた。

しかし、狙いは逸れていた。
脳天目掛けて放たれた筈の弾丸は、どういう訳かその腕をかすめるに留まっている。
射撃のミス――そんな筈がない。キャスターとて射撃に積み重ねた年月がある。
ここぞという場面で外す筈がなかった。

――だというのに、避けられたのは単に彼女が駆け出していたからだ。

ミカサはマスターとしての適性を持たない。
しかし、彼女は紛れもない兵士だ。故に――戦いをただ見て守っていた訳ではない。
常に彼女は隙を窺っていた。敵のサーヴァントがマスターの守護から外れる、その瞬間を。

故に――ミカサは駆けていた。
時間停止が解かれ着弾するまでの、僅かに間に。
キャスターがどこへ行ったかなど、考えていない。腕に走る痛みさえ気にならない。
ただ、相手のマスターが無防備になった。それを知ったから。

避けたのではない。ただ攻勢に転じていた。
その攻勢が止まった的だと思っていたキャスターは狙いを逸らし、結果的にそれが彼女の命を救った。

「しまっ――わたし!」

キャスターが叫びを上げる。
が、遅い。彼女のマスター――もう一人の暁美ほむらが顔を上げた時、既に彼女はやってきていた。
廊下の壁を蹴り、三次元的な動きを持ってして、空からミカサの刃が降りそそぐ。
「え?」とほむらが声を上げる。次の瞬間にはその喉笛を切り裂かれていた。

相手の守りが最も薄いところを――マスターを狙う。
奇しくもその考えは同じだった。ここに相対した陣営は共に同じ機会を窺っていた。
そのことをキャスターが知った時、目の前には青白い槍があった。
はっ、とする。マスターを強襲され、魔力も限りなく尽きた自分は今無防備だ――

「これで終わりだ――消えろ!」

ランサーの勇ましい声と共に――槍より青い閃光が走る。
ラグナライトの奔流に呑みこまれ、キャスターは吹き飛ばされていた。
廊下の壁を突き破り、その身は校舎の外へと投げ出される。

最後に見えたのは、赤い赤い放課後の空。






バチバチ、と廊下は燃え盛っていた。
まるでそれは嵐のあとのよう。戦火が駆け巡ったあと、大地はこのように変容する。
それは舞台が日常の象徴である学園であっても、同じことだ。
爆音が窓を割り、銃弾がリノリウムを抉り取り、砲火が教室を呑み込む。
漂う硝煙の臭いはそう簡単には拭えないだろう。ここの日常は破壊されたも同然だ。

時間にして十分程度。放課後の一コマ。それで全てが変ってしまった。
その引金を引いたのは他でもない自分なのだ。そのことを、ミカサは神妙に受け止めていた。

「……驚いたな。まだ生きている」

ランサー、セルべリアが声を漏らした。
その先にあるのはキャスターのマスター――黒髪おさげの少女。
戦火の余波だろう。眼鏡には罅が入り、その制服はひどく汚れていた。
喉笛を切り裂き、致命傷を与えた筈の彼女だが、しかしランサーはまだ生きているといった。

「……どういうこと?」
「分からんな。私は魔術師ではない。だが、このマスターの身体が普通ではないことは分かる。魔力が零れ出ているのが感じられる。
 魔術回路を別の物に移植することで身体を強化しているのか? 何にせよ、外法の一種だろうな」

ランサーは淡々と述べる。
外法。どのような技なのかは知らないが、どうやらこの少女の身体は普通ではないらしかった。
一見してただの――この日常に生きるただの少女に見えた彼女も、力を持つ魔術師だった。
蟲曰く自分より力量が下とのことだったが、実際紙一重の勝利だったように思う。

かは、とミカサは咳き込む。苦しげに手の平で抑えると、赤い血がべっとりとついていた。
無理をした。自身の身体が悲鳴を上げている。自分は兵士だ。肉体は鍛えている。
が、魔術師ではない。その為、サーヴァントの力の行使には常にリスクが伴う。

今回の戦闘もランサーのスペックを十全に生かしていた訳ではない。
『戦場の戦乙女<ディ・ワルキューレ・アインズ・シュラハトフェルト>』
ヴァルキュリア人としての力の覚醒。あれを持ってしてランサーは真の力を発揮する。
しかし今のミカサではそれだけの魔力を用意できない。持って十秒ほど。それも肉体をこれだけ痛めつけてようやくの話だ。

その為、今回の戦闘でランサーは力をセーブしながら戦っていた。
解放は要所要所、どうしても必要な部分のみに抑えていた。
そんな気遣いがあってなお――この様だ。
魔術師でない己が身を呪う。辛くも勝利できたとはいえ、これでは戦い切ることなどとてもでは――

「マスター」

不意にランサーが呼びかけてきた。
抑揚のない声で、彼女は言った。

「どうする? 今なら彼女を喰らうことができるが」

と。
ミカサははっ、として思わず黒髪のマスターを見た。
廊下の倒れる彼女の瞳はうつろで、指先はぴくりともしない。
まるで死体のよう――しかし、これで彼女は生きているのだという。

生きているのならば、殺すべきだ。
相手は敵マスター。打倒する為に蟲と手を組んで、わざわざここまで誘い込んだのだ。
こうして勝利した今、それ以外に選択肢はない。
そして更に言うならば――喰らうべきだ。
彼女の魔力を、命を、魂を、喰ってしまえばいい。
彼女は魔術師だ。喰らえば相応の魔力を得ることもできるだろう。
こちらの問題である魔力不足もいくらか解消される。

ルーラーからの警告も――ないだろう。
この少女はマスターだ。彼女の魂は保護対象に入っていない。
そもそも今まで命のやり取りをしていた相手に、何を躊躇う必要がある。

勝利の為ならば、何の迷うこともない、最善手。
だというのに、ミカサは言葉を失っていた。

「……やるなら早くした方がいい。蟲が人払いをしているとはいえ、この騒ぎだ。
 すぐに人がやってくるだろう。その時に我々が目撃されれば面倒なことになる」

ランサーはそれだけ言って、口を閉ざした。
止めることも促すこともしない。あくまで決めるのはミカサだ――とでもいうように。

ミカサはどういう訳か愕然としながら、黒髪の少女を眺めた。
その制服は自分と同じ中等部のもの。この方舟に呼ばれて以来、同じ校舎で学び、同じ日常を生きた者。
彼女を喰らうこと。それはきっと一線を踏み越えるということ。
この美しい日常を壊す引金。他でもない自分自身の手で。

彼女は思い起こす。先ほど、放課後一緒に遊ぼうと提案してくれた、クラスメイトを。
優しい人。もしかしたら、彼女と一緒に遊びに行くこともあったかもしない。
自分が蟲の提案を退けていれば、きっと今でもあの日常は続いていた。
馴染めないまでも、日常の中に生きることができていた。

――だが、ここで彼女を喰らえば。

その日常は遂に崩壊する。
この学園は、本当の意味で『戦場』になる。
そうなれば、もう駄目だ。
自分は学園での日常を喪うのだ。
クラスメイトと遊びに行くことはもう、ない。

「……ランサー」

ミカサは口を開いた。
そして言った。短く一言「やって」と。

「了解した」

ランサーは敢えてだろう、それ以上何も言わず黒髪のマスターへと近づいた。
そして手を伸ばし、彼女を喰った。
魔力を奪い、その身に補填すべく、存在を吸い尽くす。

――xxxxさん

喰われながら、黒髪のマスターは誰かの名を漏らしていた。
知らない名前。誰の物かは分からない。
けれど、その言葉の重みに、ミカサは思わず顔を背けたい心地になった。

それでも、見据えた。
自身がやったこと。自身が目指すこと。
揺るがぬ意志を持って、彼女は自分の為したことを見た。

そうしてミカサ・アッカーマンは仮初の、しかし何よりも美しいと思っていた日常を、喪った。








シオンが屋上の扉を開くと、その向こうには赤い空が広がっていた。
放課後。授業が終わり、生徒たちが散っていく時間。
そんな時に、シオンは屋上の扉を開けたのだ。

そして、蟲に行き遭った。

赤い空の下、誰も居ない筈の屋上に、その蟲は佇んでいた。
中世風の橙衣を纏う、青い瞳を持ったうら若い女性。
その身体の周りを蟲が不快な翅音を立てながら旋回している。

「お前が来たか。シオン・エルトナム・アトラシア」

彼女は不敵な笑みを浮かべながら、やってきたシオンの名を言い当てた。
そのことにシオンは警戒を強める。懐に忍ばせたエーテライトをぐっと握りしめた。
同時に念話を送る。『アーチャー』と。

『居るぜェー、しっかしこいつ、ホントこれみよがしにって感じだな』

アーチャーの言葉通り、このサーヴァントは一切気配を隠していなかった。
午後あたりから学園に現れ、校舎のあちこちに魔力を放っていた気配。
その動きはまるでこちらを誘うようであった。

明らかに罠だ。
そう思いはしたが、ここで退いたところで事態が好転する訳でもない。
場合によっては――アーチャーの言う通り、情報面において周回遅れになりかねない。
故に接触を選んだ。無論最大限の警戒を伴って。

『でよォ、マスター。コイツのクラスは?』
『キャスターです。ステータスもセオリー通り――別段高くはありません』
『なのにこうやって姿を晒しているってかッ! 腹にデッケェ一物抱えてやがるな。
 それにコイツ、たぶん朝の門の奴だよな?』

アーチャーの言葉通り、朝方門に仕掛けられた蟲――あれは恐らくこのキャスターのものだろう。
それに加えて午後の行動。奸計を張り巡らし、搦め手を使う敵のようだ。

「向こうも丁度終わったところだ。ふふん、やはりあちらが勝ったか」

蟲のキャスターが不敵な笑みを漏らし、その肩で中等部校舎を示した。
シオンは息を呑む。その先には、煙を上げる校舎があったからだ。

「派手にやってくれたが……目撃者はほぼゼロ。
 負傷者はいるが、まぁこの程度なら爆発事故とでも誤魔化せるだろう。
 そのあたりの仕事はルーラーに押し付ければいいか。
 『日常を脅かした』訳ではないし追及はないだろう。最も、来るとしても私は無関係な位置にいるがな」

こちらに情報を与えるようにキャスターはうそぶく。
向こうで何か――考えるまでもない、戦闘だ――があったのだ。
中等部は高等部よりも終業時間が早い。そのずれが確認を遅らせたのだ。
魔力の気配が散発的に感じられた為奇妙には思っていたが、あちらの校舎にもこの蟲は何か仕込んでいた、ということか。

そして言葉からして、その戦闘にこのキャスターが直接絡んだ訳ではないのだろう。
あくまで裏で手を引き、他の陣営を潰しあわせた――そういうことか。

シオンは気を引き締める。
このサーヴァント、予想以上に難敵かもしれない。
こちらの警戒が強まったのを見て、キャスターはしかし制するように、

「まぁ待て、シオン・エルトナム・アトラシア。どうやら餌に釣られたのはお前だけではないようだぞ?
 ほうら――来た」

その言葉を聞いて、シオンははっとする。
屋上にもう一つ気配が現れていた。自分とキャスターから、共に10メートルほど離れた位置。

そこに騎士がいた。
金の髪を持ち、そしてそれと同じ黄金の鎧纏う騎士。彼もまたサーヴァント。
確認できたクラスはセイバー。最優の名に恥じぬ高いステータスが表示される。
マスターの姿は見えない。サーヴァント単騎で向かわせてきた、という訳か。

「随分と――」

彼は蟲のキャスターを一瞥し、平坦な口調で言った。

「随分と――派手に動いたものだ。
 マスターの意向でもう少し様子を見ているつもりだったが、こうも動き回られては出て来ざるを得ない」
「なに、授業とやらは終わったのだろう? ならばあとは自由時間という奴だ」

キャスターは冗談のようなことを言った。
挑発している。そのステータス差では切りかかられれば一たまりもないだろうに、キャスターは取り乱すことは一切ない。
自分が死なないことを確信しているようだ。シオンはそう分析した。

「蟲はバラバラに動きながらも、それでいて全て一つの理性により統率されている。
 なるほど大したものだ。普通ならば蟲は蟲のまま、一人の人間とはならず散っていくだろうに」
「ほう、分かるか。どうやらお前もただの騎士という訳ではないようだな」
「分かるさ。その『憎悪』。無様な生涯。惨めな敗北。とめどない悔恨渦巻く濃厚な味をしている。
 それでもなお全てを統率する強き理性――お前は『人間』だ。そんな身に堕しながらこの上なく『人間』らしい」

セイバーの言葉に、キャスターはそこで初めて感情らしい感情を見せた。
彼女は笑っていた、どういう訳か声を上げ笑っている。

「私が人間だと……? 面白いことを言う。
 私をそんなものだと……そんなものらしいと言うか」

くっくっくっ、と笑いを噛み殺している。
鉄面皮に初めて感情らしい感情が浮かんだが、それはセイバーが口にした『憎悪』だった。

シオンは状況の把握を務める。
この場にいるサーヴァントは三騎。セイバー、キャスター、そしてアーチャー。
マスターを伴っているのは自分だけ。あとはサーヴァント単騎でやってきている。
サーヴァントたちはそれぞれ動かない。この奇妙な三角形を維持したまま、牽制し合うように対峙している。

単純な戦力では――恐らくだがセイバーが最も上だ。
キャスターは勿論だが、同じ三騎士であるアーチャーと比して尚セイバーのステータスは高い。
それが全てという訳ではないが、直接の戦闘になれば最も有利に立つのは彼だろう。

キャスターは底が知れない。この蟲は如何なスキルを持っているのか、泰然とした余裕を持っている。
蟲を操るということは分かっているが、その真意は分からない。
学園の混乱に彼女が裏で手を引いているのは確かだった。

どう動く。
シオンは絡み合った情報から取るべき最善手を模索する。アーチャーもまた思考を機敏に展開しているのが感じ取れた。
打つ手を誤ればここで敗退すらあり得る状況――

『虫けらめ、俺様の庭をまた派手に荒らしてくれたな』

――そこに、更なる声が響き渡った。

シオンはすぐさま顔を上げ辺りを窺う。勿論並行して他のサーヴァントを警戒しながら、だ。
しかし、声の主はまるで見当らなかった。僅かな魔力の気配すらない。
声は反響し、誰が発しているのかはおろか元の声色すら定かでない。
だというのにその声は確かに聞こえてくるのだ。確かな響きを持って……

新たなサーヴァント。この蟲に誘われ四騎目がやってきた。
しかもこのサーヴァントは一切こちらに姿を見せない気か。

「ほう、最後にまた大物が釣れたな。
 なるほどこの学園に仕込まれていた魔術の気配、あれはお前のものか」
『虫けら風情が偉そうな口を利く。儀式の格式すら知らぬ低劣な生物が。
 この学園を手中に収めたいのだろうが、ここは既に俺様のものだ』
「ほほう。大層な口ぶりだ。そしてどうやらそれだけの力もあるようだな」

誰とも知れぬ声とキャスターが会話する。
さしもの彼女もこの声の主の正体までは分からないようで、声の反響する虚空へ返答していた。
同時にシオンはセイバーを窺う。動いていない。自分からは手を出さずあくまで静観するつもりか。

「この月海原学園に網を張る……同じことを考える輩もいるものだな。
 それが分かっただけでも今日は良しとしよう」
『俺様とお前が同じ考えだと? 笑わせる。こんな学園、支配の足がかりの一つに過ぎん。
 ――虫けらよ、お前の出る幕はないぞ』

声がそう告げると、次の瞬間爆音が響いた。
キャスターの身が爆散していた。どこかより魔術が放たれ――キャスターを捉えたのだ。

「ふふふ……」

キャスターはその身をバラバラに――人のカタチを失い蟲へと成り下がりながら、嗤っていた。
先の乾いた笑いとはまた違う、不気味な――異形の顔をしていた。

「――また、来よう。どうやらこの学園は、思っていたよりも多くの闇が……」

そう言い残し、キャスターは倒れた。
うら若い女性の姿は消え、あとには蟲の死骸だけが残っている。それすらもすぅ、と徐々に色素を失いながら消滅しようとしている。
キャスターは死んだ。しかしそれが聖杯戦争からの脱落を意味するとは、全く思えなかった。

そうして学園の屋上は再び静寂に包まれた。
キャスターは勿論、あの『声』もまた聞こえなくなっている。
撤退したか。底知れぬ相手、警戒すべき相手だった。

故に残ったのはシオンと――そして金のセイバーだった。
金のセイバーは無言でこちらと対峙している。どう動く。シオンがエーテライトを握りしめた。
すると、

「…………」

するとセイバーはその姿を消していった。
霊体化。ここでの交戦を避けた、という訳か。
あのセイバーはどうやら偵察に徹していたらしい。サーヴァント単騎であることもあって、慎重なマスターであることが窺えた。

そうして屋上は――今度こそ静かになった。

もくもくと煙を上げている中等部校舎が見える。あそこでは蟲の先導の下、サーヴァント同士の戦闘があったのだろう。
逆にこちらの高等部校舎は静かだった。一見して何もなかった。そういうことにされるだろう。
だが、それが間違いであることをシオンは知っている。
あるいは向こうの校舎以上に絡み合った、水面下での戦いがこの校舎で行われたのだ。

『どう思います、アーチャー? この状況は』
『ちィーとメンドクセェ感じなってきたな。罠仕掛けている奴が複数、それぞれが睨み合ってるとなるとな』
『そうですね。思った以上に敵はこの学園に喰い込んでいる。それに、こちらがマスターだと露見したのは確実』

この戦いにおいてやってきたマスターは自分一人。
どこに敵が潜んでいるか分からない状況での単独行動を避けた為だったが、裏目に出たか。
いや――あながちマイナスだけの話ではない。代わりにこちらはサーヴァントを見せないまま、敵のステータスを確認できた。
それにたとえばあのキャスター……

『恐らくあの蟲はエーテライトに気付いていませんね。
 こちらの名前まで把握しておきながら、そのことには何も触れなかった』
『ンン? 何だかそりゃ意外だな』

蟲のキャスター――シアン・シンジョーネは群体にして個。全ての蟲が彼女である。
全ての蟲が彼女自身であるが、しかし一匹ではそれはただの蟲に過ぎない。
高い知能や能力を持っている訳ではなく、シアンという一つの理性に従って行動しているだけである。
シアンは蟲を通して視覚の共有や魔力の探知などを行っていたが、一匹の蟲ではそれ以上のことはできない。
故に――何かを差し込まれたとしても、それが何であるかを知ることはできないのだ。触られた、という感触はあっても、それ以上の情報は掴めない。
これに学園全体の膨大な情報量が合わさり、シアンはエーテライトを見逃すことになった。
群体にして個であるシアンは限りなく不死に近いが、それを統率する個はあくまで一つであり、それ故に全能とはなりえない。

そんな事実をシオンが知っている訳ではなかったが、しかし結果的に彼女は一つ有効なカードを手に入れた。
気づかれずにキャスターにエーテライトを差し込めた。これを使わない手はない。
そのカードを知ることができただけでも、こうして直接乗り込んだ意味はあった。

『あとはセイバーと……あの姿さえ現さなかったサーヴァント』

今しがた遭遇した敵を思い起こす。
相対したサーヴァントたち。この学園のどこかにマスターがいるのだろう。彼らは、蟲が称したように学園に潜む闇だ。
シオンは眼下に広がる校舎をじっと見据えた。そこにあるのは学園の喧騒だ。
中等部校舎での騒ぎで混乱している者も多いが、しかし明日も学園の日常は続くだろう。
どう処理されるか分からないが、キャスターの言葉が確かならば日常の中の一事件で済まされてしまう可能性もある。

この日常に、この学園に巣食うものがいる。
――それが、敵だ。
今日シオンはそのことをはっきりと認識したのだ。



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114-a:days/bugs disillusion 暁美ほむら&キャスター(暁美ほむら(叛逆の物語) 114-c:days/best friend
ミカサ・アッカーマン&ランサー(セルベリア・ブレス
キャスター(シアン・シンジョーネ
085:シオン・エルトナムと純血のロード シオン・エルトナム・アトラシア&アーチャー(ジョセフ・ジョースター
ケイネス・エルメロイ・アーチボルト&キャスター(ヴォルデモート
100:くだらぬ三文劇 言峰綺礼&セイバー(オルステッド

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最終更新:2014年12月05日 17:56