角笛(届かず) ◆ysja5Nyqn6


 世界は広いが
 世間は狭い

 配点(偶然、必然、運命)
  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


     01/ 聖杯問答(門前払い)


 バスを乗り継ぎ、新都から深山町へと移動する。
 目指す場所はエリア【D-5】の一角――裁定者たちが拠点とする、もう一つの教会だ。
 そこにいるはずのルーラー達に、東風谷早苗は聖杯の是非を問おうとしていた。


 そんなマスターの隣に座りながら、アーチャーのサーヴァント、アシタカは窓の外を眺めていた。
 その理由は二つ。
 一つは警戒のため。そしてもう一つは、今自分たちが乗っているバスについて考えていたからだ。

 このバスという乗り物は、移動手段としては非常に優秀だ。
 一度に十人以上の人間が乗車でき、移動時の振動も少なく、その速度も速い。そして何より疲れ知らずだ。
 また鉄で構成されたその車体はそれなりに頑丈であり、街中におけるその利便性は騎馬にも勝るだろう。

 だがこのバスには、それ相応の欠点も存在する。
 まず道路上でなければその安定性を発揮できず、さらにその巨体故に小回りが利かない。
 また多少の空腹であっても無理をすれば動ける馬と違い、燃料が尽きればただの鉄の箱になり下がる。
 そして何より、その運用は社会秩序に縛られている。
 発車時間、走行位置、走行速度、停車地点、停車時間。その全てが定められており、原則としてそれを外れることは許されていない。
 つまり、好きな時に、好きなように利用できる乗り物ではないのだ。

 それらの欠点は、戦闘を想定して考えればより顕著になる。
 もし今このタイミングで襲撃を受けてしまえば、自分たちは一瞬で窮地に立たされるだろう。
 なにしろ、このバスの手綱を握っているのは、NPCである運転手だ。襲撃に対する咄嗟の対応など、望むべくもない。
 仮に自分たちが即座にバスを降車しようと思うのなら、窓ガラスを叩き割って飛び出すしかないのだ。

 しかし、その行為にも危険が伴う。
 地面はそれなりに柔らかい草原ではなく、非常に固いアスファルト。加えてバスは高速で移動している。
 物理的ダメージの及ばないサーヴァントならともかく、当たり前の人間であるマスターの場合、大怪我をする危険性がある。
 そして当然、そんな事をすれば注目を集めることに繋がり、他のマスターやサーヴァントに目を付けられる可能性が高まる。

 また、これがバスではなく自家用車であっても、その危険性は変わらない。
 確かにその手綱は自由に扱えるようになり、襲撃には対処しやすくなるだろう。
 だが規律から外れた走行を行なえば、今度は社会秩序自体に目を付けられることになる。
 何しろ道路にはNPCの乗車する車も走っている。走行方向や制限速度を破れば、彼らに迷惑を掛けてしまうのだから。
 これが夜間であれば、NPCの車も減り、多少は無茶な走行もできるだろう。
 だが今度は、車のエンジン音によって自分たちの存在を知らせることに繋がりかねない。
 ……まあもっとも、自身の騎乗スキルには車などの機械は該当しないため、車を運転する事自体がまずないのだが。


 アーチャーのクラスにある身としては、注目を集めるようなことは絶対に避けなければならない事態だ。
 何しろ自分には、一撃の火力というものに欠けている。狙撃による暗殺を狙うのであればともかく、真正面からの戦闘には向いていないのだ。
 ヤックルがいれば他にやり様もあったのだろうが、現在のクラスでは呼び出すこともできない。
 つまり今の自分には、セイバーやランサー、バーサーカーと言った、近接戦闘を得意とするサーヴァントが天敵といえる。
 だからこそ、今も気配感知のスキルによって周囲を警戒しているのだが。

 幸いにして、いくつかサーヴァントらしき気配はあったが、こちらに近づいてくるような気配は感じ取れなかった。
 だが自分はアサシンと違い、気配遮断スキルを持ってない。今の自分と同様、気付いたうえで無視した可能性もある。
 更には、感知範囲外から攻撃できるアーチャーや、気配を隠せるアサシンといったクラスも存在する。
 今の時間帯は利用客が多いため襲撃される可能性は低いが、よほど急ぎでもない限り、今後はバスの利用は控えた方がいいだろう。
 アシタカはそう判断し、マスターである早苗にそう伝えるとともに、一層車外への警戒を強めた。
 ………その際に、

 ―――この街は……いや、この時代は、もののけはおろか、自然の気配さえも希薄なのだな。

 森と共に生きた者としての、そんな感傷を懐きながら。


      †


 ―――それから十数分後。
 バス停から降車した早苗は、教会へと通じる坂道を、考え事をしながら上っていた。

 今後は、バスの利用は控えた方がいい、とアーチャーは言った。
 説明されたその理由と危険性は、早苗にとって思いもよらないものであった。


 幻想郷に来るまでは現代社会に生きていた早苗にとって、バスと言うのはごく日常的なものだった。
 時折テレビや新聞のニュースなどで事故があったというのは聞くが、それは画面や紙面の向こう側。今一つ実感の湧かないものだった。
 だからなのだろう。
 早苗は自分が乗っていたバスが襲われるかもしれないなどとは、全く想定していなかったのだ。

 その感性は、今も変わらない。
 考えてみれば当たり前のこと。テレビや映画で観た事のあるその場景は、だからこそ現実感に乏しい。
 その危険性を説明された現在にあっても、バスに乗ることが危険だと、早苗には実感できていなかった。

 ……だが、同時に思う。
 それこそが、自分とアキトとの違いなのではないか、と。

 テンカワ・アキトは、己が願いのために他者を殺すことを是としている。
 それは聖杯戦争のルールにおいては、決して間違った行動ではない。
 だが東風谷早苗は、己が思想のもと、他者を殺すことを否とした。
 それはつまり、ある意味において聖杯戦争を否定したに等しい。
 そして日常と非日常で区別するのなら、日常の裏側で行われる聖杯戦争は当然非日常に分類される。
 つまり、聖杯戦争を是としたアキトは非日常の側に、否とした早苗は日常の側に立っていることになるのだ。

 そして立ち位置が違えば、たとえ同じモノを見たとしても、目に見えるカタチは違う。
 ……いや、そもそも、

「……ああ、そうか。私はまだ、“聖杯戦争を知らない”のですね」

 殺し合いを実感できていない早苗には、聖杯戦争そのものが見えていなかったのだ。

 確かに早苗は、箱舟に呼びこまれ、予選を突破し、サーヴァントと契約し、聖杯戦争に関する知識を得た。
 だが、言ってしまえばそれだけだ。
 サーヴァントとはすなわち、聖杯戦争へと参加する“権利”であり、与えられた知識とは言い換えれば、ただのルールブックだ。
 権利と知識。その二つしか得ていない彼女は、まだ聖杯戦争に真には参加していなかったのだ。
 早苗はその事を、ここに至ってようやく理解した。

 ―――ならばどうするべきか。

 早苗は、聖杯戦争が間違いであると証明するためにここに来た。
 否定するだけならば簡単だ。力で己が考えを押し通し、相手の願いを押し潰せばいい。
 だが早苗が望んだのは、“証明する”こと。
 ただ間違っていると言い張るだけでは証明にはならない。それを、相手に認めさせなければならない。
 そのためには――――

「この聖杯戦争について、もっとちゃんと知らないと」
 そう口にして立ち止まる。
 目の前には人影のない広場。その奥に、日に照らされた白亜の建物がある。
 新都にあった廃教会とよく似た造りの神の家は、早苗からすれば異教の神を崇め奉る神殿だ。
 加えて聖杯戦争を否定する彼女にとっては、ここはもはや敵地にも等しい。

 ……ここは地上より遠く。
 天(そら)にはなお遠い、告解の惑い場―――


『………マスター』
 不意に、アーチャーが念話で話しかけてきた。
「っ……」
『どうしたんですか?』
 それに、つい声を出して答えそうになりながらも、どうにか念話で応じる。

 現在アーチャーは実体化している。念話ではなく、肉声で話しかけても問題はないはずだ。
 だというのにわざわざ念話を使ったということは、何か理由があるのだろう。
 そんな早苗の予想に違わず、アーチャーは表面上は穏やかなまま、警戒の声を発してきた。

『周囲に何か、魔力を持った存在の気配がする』
『魔力? それってもしかして、ルーラーですか?』
『判らない。だが感じ取れる気配は複数以上ある。
 ここにいるサーヴァントがルーラーだけならば、気配は一つだけのはずだ。
 だがそうでない以上、この教会は使い魔か、あるいはサーヴァントに監視されていると見ていいだろう』
『そう……ですか』
『どうする、マスター。今ならば気付かれていない可能性もあるが、教会に入れば確実に知られるだろう。
 そしてルーラーと接触したことが知られれば、その者に目を付けられる可能性もある。
 それを避けるために、一度出直すのも一つの手だが……』

 アーチャーの言う“目を付けられる”という意味。それはおそらく、アーチャーの情報を奪われるという事だろう。
 そして情報が奪われれば、アーチャーへの対処が行われてしまうかもしれない。
 要するに、不利になるという事だ。
 ……が、しかし。

「――――」
 覚悟を決めて、教会へと一歩踏み出す。

『構いません。襲われることを恐れていては、幻想郷では信仰を広められませんから。
 それにもしかしたら、その人から接触してくるかもしれないでしょう?
 そうなればむしろ好都合です。上手くすれば、その人から情報が得られるかもしれません』

 教会には、この聖杯戦争を司る裁定者が居るはずだ。
 今必要なのはまだ見ぬ敵への恐れではなく、見知らぬ事を知るための勇気だ。

 そして東風谷早苗の崇め奉る神は二柱。
 一つは洩矢諏訪子。洩矢の国の祟り神を統べし土着神であり、
 一つは八坂神奈子。その洩矢の国を侵略し治めた軍神である。
 異郷の地に踏み入れることを恐れる理由など、どこにもない。
 むしろ一層強く胸を張り、早苗は神の家の扉を開け放った――――。


「――――――――」
 ――――天窓からの日差しが、偶像のない礼拝堂を照らし上げる。
 銀色の髪の少女が、何かに祈りを捧げるように荘厳なパイプオルガンを奏でている。
 幾重にも反響して響き渡る、オルガン(いのり)の音色(うた)。
 一つの宗教画のような情景。
 見る者が見れば、ある種の神聖さすら感じられただろう。

 無心でオルガンを奏でる少女からは、サーヴァント特有の気配は感じられない。
 おそらく、彼女が裁定者の内の一人、カレン・オルテンシアなのだろう。
 法衣を纏った銀髪の少女は、来訪者に気を向ける事もなく演奏を続けている。

「――――――――」
 この隔絶された聖域を侵すように、堂々と教会へ踏み入る。
「――――――――」
 無心の祈りを捧げていた少女が、それに応じるように演奏を止め、早苗へと向き直る

「……………………」
 一層気を引き締めて、早苗は銀髪のカレンへと近づく。
 だが早苗のその歩みは、あと一歩という所で彼女の言葉に止められた。

「ようこそおいで下さいました、アーチャーとそのマスター。
 何の持て成しもできませんが、どうぞ寛ぎください」

「っ…………!?」
 今カレンは、自分の事をアーチャーとそのマスターと呼んだ。
 だがそれはおかしい。
 確かにアーチャーは実体化したまま、自分の後ろに付き従っていた。
 だが彼は現在そのクラスを象徴する弓を持っておらず、服装も現代のものだ。
 サーヴァントであることはともかく、外見でクラス名までは判断できないはずだ。
 だというのにカレンは、彼をアーチャーであると断言した。
 ……まさか、見られていた? 気配感知スキルを持つアーチャーの目を掻い潜って? 一体どうやって……!

「落ち着け、マスター。相手は裁定者だ。こちらのクラスを判別する権限くらい、持っていてもおかしくはない」
「っ……、そうですね。ありがとうございます、アーチャー」

 大きく深呼吸をして、気を落ち着かせる。
 アーチャーの言う通り、相手は裁定者。ただの参加者に過ぎない自分より、上位の立場にある存在だ。
 対等に渡り合うためには、気を引き締めてかからなければ。

「カレンさん。裁定者である貴女に、訊きたいことがあります」
「なんでしょう」
「聖杯戦争について、教えてください」
「それは、予選を突破した時点で既に“知っている”はずでは?」
 怪訝そうに眉を顰めるカレンの瞳を、まっすぐに睨み付ける。
 気負ったら負ける。聞きたいことも聞けずに、この話し合いは終わるのだと、早苗は直感しているのだ。

 確かに聖杯戦争のルールは理解している。
 自分以外のマスターとサーヴァントを倒し、最後の一組になった時、一度だけ月の聖杯を使用できるという事は。
 だが、自分が知りたいのはそんな事ではない。

「私が知りたいのはルールではありません、理由です。
 どうして他のマスターを殺さなければ、聖杯を得られないのですか?」
「……………………」
「聖杯が一度しか使えないから、他のマスターと競い合う。これはわかります。
 ですがそれだけが理由なら、負けたマスターは方舟から追い出されるというルールでも問題はないはずです」

 だが現実は違う。
 生き残れるのは一組だけ。他のマスターを倒し、最後まで生き残ったマスターのみ。
 サーヴァントを失い敗れたマスターは、ムーンセルに削除されそのまま死に至る。
 それがこの聖杯戦争のルールだ。
 ……ならば、そこには何か理由がある筈だ。

「教えてください。
 敗北したマスターが死ななければならない理由。
 私のような、明確な望みや参加する意思のなかった人が招かれた理由。
 聖杯を望んでいない私たちが、殺し合わなければいけない理由は何ですか?」
「――――――――」

 僅かな緊張が奔る。
 それも当然。早苗の問いは、ある意味で聖杯戦争の根幹に関わることなのだから。
 だがそれを受けたカレンは、つまらなさそうな顔をした後、

「申し訳ありません。
 その問いに、私は答えることは出来ません。何故なら、その問いの答えを、私も知らないからです」
 そう、興味がなさ気に口にした。

「裁定者なのに……ですか?」
「ええ。……いえ、だからこそ、と言うべきでしょうか。
 確かに私たちは聖杯戦争聖杯戦争を恙なく運営するため、裁定者の任を与えられました。
 しかし、言ってしまえばその為だけの存在。それ以外の、聖杯戦争の運営に必要のない知識は与えられていないのです」

 早苗の疑問。
 聖杯戦争が起きた理由。聖杯戦争の仕組み。聖杯の正体。
 それらはただ聖杯戦争を運営させるだけならば、知る意味のないことだ。
 いやむしろ、絶対的な権限を持つ裁定者が聖杯に疑念を懐いてしまえば、聖杯戦争そのものが破綻しかねない。
 故に、聖杯に関する知識という意味ではむしろ、他のマスターやサーヴァントよりも知らない可能性があるのだ。

 カレンはそう言外に語る。
 つまり早苗が聖杯戦争について知るには、他のマスターと接触するしかないのだ。

「そうですか……わかりました」
 最も有力だった人物への当てが外れた事に、早苗は落胆の表情を浮かべる。
 だが次の瞬間には、先程よりも強い意思を籠めた視線とともに、カレンへと更なる問いを投げかけた。

「カレンさん。あなたはこの聖杯戦争が、正しいものだと思いますか?」
「…………」
「私は、間違っていると思います。こんな殺し合いをさせる聖杯は、みんなが考えているようなものじゃないと思います」
「…………それは、どういう意味でしょうか」
「聖杯がどのような方法で願いを叶えるのか、私は知りません。
 だから、聖杯が願いを叶える為には、代償となる贄が必要ということもあるのかもしれません。
 けどそれなら、せめてマスターとなる人物には、参加の是非を問うのが道理ではないですか?
 こんな、マスターの意思を無視して無理矢理に参加させるようなやり方は、絶対におかしいと思います」
「――――――――」
「これで仮に、聖杯に生贄が必要ないのだとすれば、なおさらです。
 もしそうなら、私は聖杯を認めるわけにはいきません」

 まっすぐにカレンを見据えて、早苗はそう口にする。
 元より彼女は、それを確かめるためにここに来た。先ほどの質問は、そのための前置きに過ぎない。
 聖杯は正しいのか間違っているのか。
 早聖杯戦争を司る少女はどう思っているのかと、早苗はその答えを求め、

「では逆に訊きますが、もしこの聖杯戦争が間違いだとして、その場合貴女はどうするのですか?」
「へ?」
 カレンのその問いに、あっさりと意気込みを挫かれた。

「たとえ聖杯が何かを間違えていようと、聖杯戦争はすでに始まっています。
 そしてマスターである以上、貴女は他のマスターと戦い、倒すしかない。でなければ死ぬだけです。
 あるいは、もし仮に聖杯戦争を止めようというのであれば、場合によってはルールに反する可能性があるでしょう。
 ――つまりそれは、裁定者(わたしたち)と対立することにも繋がります。その覚悟が、貴女にはありますか?」
「そ、それは……」

 たとえ聖杯が間違えていると証明したところで、何の解決にもならないとカレンは告げる。
 実際、その通りだ。
 早苗の目的は、聖杯が間違いであると証明し、テンカワ・アキトを止める事だ。
 だが、彼一人を止めたところで、聖杯戦争は止まらない。生き残れるのが一人だけである以上、結局は殺し合うしかないのだ。
 もしそれを避けたいのであれば、聖杯戦争そのものをどうにかするしかない。
 それも、間違いを承知の上で聖杯を望むマスターと、聖杯戦争を運営する裁定者とを相手にした上で、だ。

「聖杯が正しいのか、それとも間違っているのか、私にはわかりません。
 ですが、裁定者の務めを任された以上、私はその役割に殉じるだけです」
「ぅ…………」
 ルーラーは憮然とした表情で、早苗の問いを切って捨てる。
 己が行為の無意味さを突き付けられた早苗は、その冷めた声につい視線を逸らしてしまう。

「話が終わったのであれば、お帰りを。それこそ、裁定者としての役割を果たさなければなりませんので」
 今この場で話すことはもう何もないと、カレンは言外に告げる。

「……はい」
 それを受けた早苗は意気消沈し、肩を落としながら教会の外へと足を向ける。
 目的を見失った彼女には、カレンの声に抗うだけの気力は残っていなかったのだ。
 そこへ不意に、

「どうしても聖杯について知りたいのであれば、岸波白野というマスターを尋ねるといいでしょう」

 そんな言葉が、投げかけられた。

「え?」
「月の聖杯についてなら、おそらく彼が一番よく知っています。聖杯について知りたければ、彼に訊いてみなさい」
 カレンはそう口にすると、礼拝堂の奥へと去っていった。

 助けてくれた……のだろうか。
 理由はよくわからないが、彼女のおかげで、当面の目標は出来た。
「…………ありがとうございました」
 カレンの去った方へと向き直りそう口にすると、早苗は今度こそ教会の外へと向けて歩き出す。


      †


「すみませんアーチャー。考えが足りませんでした」
 教会の外へと出た早苗は、アーチャーへとそう謝罪した。
「謝る必要はない。マスターは、己の心に従っただけであろう」
 だがアーチャーは、そう首を振って否定した。

「ですけど」
「確かに聖杯の間違いを証明した後の事は考える必要がある。
 だが先の事ばかりを考えていては、今成すべき事も成せなくなろう。
 大事なのは、己が本当に成したいことは何か、それを成すために必要なことは何か、それを成した結果どうなるのかを考え、受け入れる事だ」
「自分がしたいこと、するために必要なこと、した時の結果を考え、受け入れる……」
「そうだ。その覚悟さえあれば、何も迷う必要はない。
 ではもう一度問おう、マスター。この聖杯戦争において、そなたは何を成したい」
「私の……したいこと………」
 アーチャーに促され、早苗は改めて自分がどうしたいのかを考える。

 そもそも、自分が教会に来たのは何のためか。
 ――聖杯について知るため。
 では、なぜ聖杯について知ろうと思ったのか。
 ――聖杯戦争が間違いであることを証明するため。
 何のために、それを証明しようと思ったのか。
 ――テンカワ・アキトを、止めるため。
 どうして彼を止めるのか。
 ――彼に、人殺しをして欲しくないから。

 そう。それが答えだ。
 テンカワ・アキトに、人殺しをして欲しくない。だから聖杯が間違いであると証明しようと思った。
 ……だが、それだけでは足りなかった。
 聖杯戦争は始まっている。生き残れるのは一組だけ。生き残るには、他者を殺すしかない。
 たとえ聖杯が間違いであると証明したところで、このままでは人殺しは避けられない。

 ―――ならばどうすればいいか。
 決まっている。聖杯戦争を止めるしかない。
 だがそれは、聖杯戦争を運営するルーラーと敵対する行為だ。
 いや、ルーラーだけではない。場合によっては、聖杯を望むマスター全てを敵に回すことになるだろう。

「っ…………」
 まだ見ぬ未知の敵に、思わず唾を呑む。
 サーヴァントがどのような存在かは、アーチャーを見て知っている。
 その彼と同等か、あるいはそれ以上の存在が、何人も、あるいは何十人も襲い掛かってくる。
 そんな想像をしてしまったのだ。
 …………だが。

「……私はそれでも、この聖杯戦争が間違いであると、証明したいです」
 目指すものはすでに定まっている。
 令呪まで使って宣言したのだ。いまさら後戻りはできない。
 ……ならば、その結果他のマスターと戦うことになったとしても、受け入れよう。
 それが、覚悟を決めるという事なのだから。

「そのために、岸波白野という人を探します。……手伝ってくれますか、アーチャー?」
「無論だ。私の持てる全てを以て、そなたの力になって見せよう」
「…………、ありがとうございます」
 アーチャーのその言葉に、背中を支えられたような気持ちになる。
 彼が支えてくれている限り、きっと私は、途中で挫けることはないだろうと、そんな実感が湧いてくる。
 だからこの先、誰かと戦うことになったとしても、今の私なら、きっと大丈夫だと思えた。


「あ、でもその前に、白野さんの事をアキトさんに言っておいた方がいいのかな……?」
 岸波白野の事は早く見つけたい。
 けどどこにいるかわからない以上、探すのに時間はかかるだろう。
 それまでの間に、アキトさんと岸波白野が戦ってしまうかもしれない。そのせいで二人の内どちらかでも死んでしまえば本末転倒だ。
 ならそうならないように、アキトさんに岸波白野の事を話しておくべきだろうか。

「……それにしても、白野さんの名前、どこかで聞いた覚えがあるような…………気のせいかな?」
 そこはかとない既視感(デジャヴ)。
 手掛かりは自分の中にある気がするのに、それはまるで、深い霧に隠れているかのよう。

 早苗が聖杯の手掛かりに辿り着くには、もうしばらく時間が掛かりそうだった。


【D-5/教会周辺/一日目 午後】

【東風谷早苗@東方Project】
[状態]:健康
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:今日一日の食事、保存食、飲み物、着替えいくつか
[所持金]:一人暮らしには十分な仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:誰も殺したくはない。誰にも殺し合いをさせたくない。
0. 白野さんの事を、先にアキトさんに伝えておいた方がいいでしょうか……?
1. 岸波白野を探し、聖杯について聞く。
2. 少女(れんげ)が心配。
3. 聖杯が誤りであると証明し、アキトを説得する。
4. そのために、聖杯戦争について正しく知る。
[備考]
※月海原学園の生徒ですが学校へ行くつもりはありません。
※アシタカからアーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しましたが、あくまで外観的情報です。名前は把握していません。
※カレンから岸波白野の名前を聞きました。その名前に聞き覚えはありますが、よく思い出せません。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※アキト、アンデルセン陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。なお、彼らのスタンスについて、詳しくは知りません。
※バーサーカー(ガッツ)のパラメーターを確認済み。
※アキトの根城、B-9の天河食堂を知りました。

【アーチャー(アシタカ)@もののけ姫】
[状態]:健康
[令呪]
1. 『聖杯戦争が誤りであると証明できなかった場合、私を殺してください』
[装備]:現代風の服
[道具]:現代風の着替え
[思考・状況]
基本行動方針:早苗に従い、早苗を守る
1. 早苗を護る。
2. 使い魔などの監視者を警戒する。
[備考]
※アーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しました。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※教会の周辺に、複数の魔力を持つモノの気配を感知しました。


     02/ 気付かぬ繋がり


「何だったんだ、結局あいつは」

 雄叫びとともにいずこかへと走り去っていった真玉橋孝一を見送った後、本多・正純はそう独り言ちた。
 そして廊下を走るな、と注意し損ねた事にいまさらばがら思い至り、はあ、とため息を吐く。

「どうやら逃げられてしまったようだな」
「一成」

 掛けられた声に振り替えれば、そこには生徒会長の柳洞一成がいた。
 彼は悩ましげに眉を顰めながら、先程の正純と同じように、はあ、とため息を吐いた。

「こちらもケイネス先生にご助力を願おうとしたのだが、今は忙しいと素気無く断られてしまった」
「そうか。なら、真玉橋孝一の事は自分たちでどうにかするしかない、という訳か」
「そういう事になるな。
 ……まったく、岸波が休んでいることもあって、こちらも手が足りていないというのに。猫の手も借りたいとはこの事だ」
「岸波?」
 一成が口にした名前に、正純は首を傾げる。

 フルネームは岸波白野。クラスはたしか、2‐A。新聞部に所属していたはずだ。
 一成の友人で、生徒会役員ではないが、何かと手を貸してくれる生徒だったか。
 その関係で、自分ともいくらか交流があったのを覚えている。

「岸波白野が休んでいるのか?」
「うむ。しかも聞いて驚くなかれ、何と無断欠勤だ。
 遅刻ならばともかく、普段真面目なあいつがそのようなことをするとは思えんのだが……休み時間に家に連絡してみても、応答がなかったのだ。
 最近は何かと物騒だと聞く。話によれば、新都では暴動事件まで起きたそうではないか。岸波は新都に一人暮らしだからな。心配でならん」

 その暴動の話は、正純もライダーから聞き及んでいた。
 確かに暴動に巻き込まれれば、学校どころではなくなるだろう。
 もっとも、岸波白野が登校中だったのなら制服を着用していたはずだ。
 そして制服を着ていたのであれば、学校へと連絡をするはずだろう。
 それがなかった、という点が若干気にかかる。

「それに最近は、学校を欠席する生徒が、連絡の有無を問わず増えてきている。
 岸波の他にも、俺にとって仏門における好敵手とも言える東風谷早苗や、二年E組の狭間偉出夫まで無断欠席しているらしい。
 あとはそうだな、一年の間桐桜も欠席していると聞き及んでいる。まあこちらはちゃんと連絡があったそうだが」
「む。その者たちは一成の知り合いなのか?」
「いや、東風谷早苗に関してはそうだが、他二人とは直接的な面識はあまりない。
 だが狭間偉出夫は悪い意味で有名だからな。その動向は嫌でも耳に入る。
 彼の事はどうにかしたいと思ってはいるのだが、如何せん会長業務に追われて、何の手も打てていないのが現状だ。
 間桐さんの方は、弓道部部員であると同時に保健委員でもあるのだ。それぞれの部長と委員長が話し合っていたのを小耳に挿んだのだ。
 なにしろ、間桐さんは人見知りこそするが責任感もある人物らしく、次期部長または委員長にと期待されているようだからな。何かと物騒な昨今、彼女達も心配なのだろう」
「なるほど」
 一成の言葉に、正純は納得して頷く。

 たとえ聖杯戦争を知らずとも、街の雰囲気の変化はNPCたちも感じ取っているのだろう。
 加えて最近は聖杯戦争に関与すると思われる事件も報道され始めている。そこでいきなり無断欠席ともなれば、心配にもなるだろう。

 しかも一成はまだ知らないようだが、無断欠席をした生徒は初等部にもいる。
 名前は遠坂凛。住んでいる場所は、たしか【B-4】地区だったはずだ。
 そう。先ほどの通達で、ルーラーの警告があった地域だ。
 偶然と言えばそれまでだが、あまりにもピンポイント過ぎる。
 とはいえ、何がどこまで聖杯戦争に関与しているかなど、考えたところでキリがない。
 授業が終わるのは午後三時半。あと二時間近くも後だ。
 ここはやはり、次の休憩時間にでも、彼女の家に一度連絡を入れてみるべきだろう。

「まったく、寺の用事さえなければ、放課後にでも岸波の家を直接訪ねたものを」
「寺の用事?」
「うむ。我が命蓮寺には今、住職である聖白蓮殿の客人が訪ねておってな。その持て成しをせねばならんのだ」
「客人?」
「そうだ。これがまた奇妙な御仁でな。相当な恥ずかしがり屋なのか、全身を鎧で固めておって、顔はおろか男か女かもわからん。
 せめて性別さえ判別できれば、もう少しまともな持て成しが出来るのだが……」
「そうか、それは大変だな。
 ……そうだ、一成。岸波白野の家には私が替わりに訪ねようか?」
「む。それは助かるが、いいのか?」
「ああ。実は午後にシャア・アズナブルの後援会に出る予定でな。そのついでで良ければの話だが」

 正純のその提案は、ちょっとした思い付きであった。
 後援会が行われるのは、【C-6】にある冬木ハイアットホテルだ。そこから新都まではそう遠くない。
 爆発事故や暴動の起きた場所も気になるし、ついでに現場を調査するのも悪い案ではないだろう。
 無論、他のサーヴァントに発見されないよう、様子見程度に留めた方が無難だろうが。

「……そう言えば、本多は政治家志望であったな。
 すまんが頼む。この礼はいずれ必ず返そう。
 岸波はB-8地区の住宅街にあるアパートに住んでいる。詳しい住所は―――」

 そうして告げられた住所を、正純はメモに書き留める。
 住所の位置取りからして、岸波白野はバス通勤なのだろう。
 加えて幸いと言うべきか、その場所は爆発事故の現場からほど近い。ふらりと立ち寄る分にはそう怪しまれないと思われる。

「ではな、本多。岸波の無事を確認できたら、くれぐれもよろしく言ってやれ」
「Jud. 一成は安心して寺の子の務めを果たすといい」

 正純は一成へとそう返事をし、教室へ戻ろうと踵を返し、ふと先ほどの会話に違和感を覚えた。
 その違和感の正体は何かと思い、一成の方へと振り返る。

「まったく……真玉橋の事は早々にどうにかせねばな。
 もし何かの拍子で聖殿と遭遇した時に、あのような調子でセクハラされてはたまらんわ」
 喝。と締めくくりながら、一成は早足で自分の教室へと向かっている。

 ――――そう。違和感を覚えたのは、その聖という人物に関してだ。
 たしか一成はこう言っていた。『命蓮寺には今、聖白蓮の客人が訪ねている』と。そしてその人物は『全身を鎧で固めていた』とも言っていた。
 このタイミングで訪ねてきたという鎧姿の客人。それはサーヴァントの存在を連想させるには充分過ぎる符合だ。
 故に、その客人の事をより詳しく聞こうと一歩踏み出し、

「―――む、いかん。六限目の授業が始まってしまう」
 スピーカーから鳴り出したチャイムに、仕方ない、と正純は再び自分の教室へと踵を返した。

 聖白蓮の客人の事は気になるが、どうせ今日は予定が詰まっている。
 今はその人物の存在を知れただけでも良しとして、詳しい事は後日改めて訊くとしよう。


      †


 そうして、午後二度目の休憩時間となった現在。正純は遠坂邸へと電話をかけていた。
 休み時間は十分だけ。他にもすることがあるので、話の内容は遠坂凛の安否を確認する程度に留めておこう。
 そう考えながら待つこと数十秒。

『――はい、もしもし。遠坂です』
 そんな言葉とともに、聞き覚えのある少女の声が応答した。
「もしもし。私、本多・正純と申します」
『へ? 正純さん……!? えっと、いきなりどうしたんですか?』
「いやなに。君が学校を無断欠席したと初等部の先生から聞いてな。
 それに最近は何かと物騒だろ。それで少し心配になったのだよ」
『は、はあ。それは、ご心配をおかけしました』
 正純が要件を言えば、遠坂凛は戸惑ったように返してきた。
 ただ、その声がどこか申し訳なさげに聞こえたのは気のせいだろうか。

「なに。無事であるのならそれでいい。
 ただ、君が無断欠席をした理由を教えてもらってもいいだろうか」
『ええと、その……学校を休んだのは、風邪を引いたからで、連絡は、ついうっかり忘れちゃったんです』
「……ふむ。そうか、了解した。
 なら話はここまでにしておこう。病人に長話をさせるのもなんだしな。
 ではな。しっかり休んで、風邪を治してくれたまえ」
『はい、ありがとうございます。本多さんもお体には気を付けてくださいね』
 そう労い合うと同時に電話を切る。

「ふむ…………」
 正純は一つ呟いて、先程の凜との会話を思い返す。

 遠坂凛の様子にはどこか違和感があった。
 どこか慌てたような電話の対応。風邪を引いたにしては張りのある声。
 彼女は本当に、風邪を引いたことが理由で学校を休んだのだろうか。
 それを確かめるには、直接会いに行けば確実だが………。

 遠坂凛の住所は【B-4】で、岸波白野の住所は【B-8】。
 冬木ハイアットホテルは【C-6】だから、学園から近いのは遠坂凛の方になる。
 しかし一成と約束した以上、岸波白野の方を無視するわけにもいかない。
 どうするべきか、と考え、

「やはり、少佐と相談するべきだな」
 という結論に至る。
 自分たちにはそもそも戦力がない。一人で方針を決めるような、迂闊な行動は避けるべきだ。
 ……それよりは、夕方からのシャア候補との交渉に備えなければ。
 その交渉如何によって、自分たちの聖杯戦争の行方が変わってくるのだから。

 正純はそう判断して、自身の教室へと戻っていった。


【C-3/月海原学園/一日目 午後】

【本多・正純@境界線上のホライゾン】
[状態]:まだ空腹
[令呪]:残り三画
[装備]:学生服(月見原学園)、ツキノワ
[道具]:学生鞄、各種学業用品
[所持金]:さらに極貧
[思考・状況]
基本行動方針:他参加者と交渉することで聖杯戦争を解釈し、聖杯とも交渉し、場合によっては聖杯と戦争し、失われようとする命を救う。
0. 少佐と話し合わなければな。
1. シャア候補との交渉に備えて、彼の過去の演説に当たるなどして準備する。
2. マスターを捜索し、交渉を行う。その為の情報収集も同時に行う。
3. 余裕があれば岸波白野の自宅(B-8の住宅街)に向かいたいが、遠坂凛の事も気になる。
4. 聖杯戦争についての情報を集める。
5. 可能ならば、魔力不足を解決する方法も探したい。
[備考]
※少佐から送られてきた資料データである程度の目立つ事件は把握しています。
※武蔵住民かつ戦争に関わるものとして、少女(雷)に朧気ながら武蔵(戦艦及び統括する自動人形)に近いものを感じ取っています。
※アーカードがこの『方舟』内に居る可能性が極めて高いと知りました。
※孝一を気になるところのある武蔵寄りのノリの人間と捉えましたがマスターとは断定できていません。
※柳洞一成から岸波白野の住所を聞きました(【B-8】の住宅街)。
※遠坂凛の電話越しの応答に違和感を覚えました。


後半「角笛(確かに)」に続く




BACK NEXT
112:スタンド・アップ・フォー・リベンジ 投下順 113-b:角笛(確かに)
102:A_Fool_or_Clown? 時系列順 113-b:角笛(確かに)

BACK 登場キャラ:追跡表 NEXT
079:第一回定時通達 カレン・オルテンシア 113-b:角笛(確かに)
089:バカばっか 東風谷早苗&アーチャー(アシタカ 118:前門の学園、後門のヴォルデモート
090:健全ロボダイミダラー 第X話 悲劇! 生徒会副会長の真実! 本多・正純 119:会談場の決意者