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     01/ 目覚め~昼食?『赤の食卓』


 ――――ふと、目を覚ました。

 海の底から泡が浮かび上がるように、意識が急速に浮かび上がる。
 しかし体に残る倦怠感から、しばらくぼんやりとしたまま、見慣れた天井を見上げていた。


 ―――夢を見ていた。
 決して手の届かない、“彼”の……岸波白野の物語を。
 それはもう変える事の出来ない、すでに終わってしまった出来事だ。

 夢で見た白野の記憶は不鮮明で、参考にできそうなものはほとんどなかった。
 彼と戦った相手のことも、彼を助けていた人物のことも、把握することは出来なかった。
 わかったことはほんの少しだけ。
 その一つが、彼には決して、何か特別な才能があったわけではないということ。
 そしてもう一つが、彼は常に、誰かに支えられていたということだ。

 そう。白野は決して、一人で戦っていた訳ではなかった。
 他者との絆に支えられながら、他者との絆を力に変えて、自分よりも遥かに強いマスター達と戦っていたのだ。
 ならばそれが、大した力もない、今のわたしが求めるべきものなのかもしれない。
 ……そんな風に頭の隅で考えながらも、しかしわたしの意識は、完全にそこには無かった。


 それはおそらく、白野の最後の記憶なのだろう。
 広く深い海の中。
 そこに漂う、彼の姿。
 それから彼がどうなったのか、知ることは出来なかった。
 だが、それが『岸波白野の物語の終わり』だという事は、何となく理解できた。

 岸波白野の物語。
 月の聖杯戦争で、何を失い、何を得たのか。
 それを訊いたとして、果たして彼は答えてくれるだろうか……。

 そう思いながら体を起こし―――

「っ……!」
 下腹部に奔った鈍い痛みに顔を顰めた。
 ぼんやりとした頭で、その痛みの理由を思い返す。

 血液が流れるように、繋がった細い回路から、自分に流れ込んでくる魔力を感じ取る。

「ああ、そうだった。わたし、白野と……」
 その事を思い出し、思わず赤面する。
 同時に下腹部の痛みに交じって、微かな熱が蘇る。


 理性を溶かし、精神を解かす魔性の歌声によって、儀式終盤の事はほとんど覚えていない。
 だがそれでも、刻まれた破瓜の痛みと、蜜のような甘い快楽は、この身体が鮮明に覚えている。
 今ならばランサーがライダーに弄ばれていた時に感じていた奇妙な熱は、彼らの行為に中てられた影響だと理解できる。
 そしてその行為と同じことを、自分は白野と行ったのだ。
 その事を思い返すと、頭に血が上り、下腹部の熱が疼き始めるのを感じた。


 ふと我に返り、今更ながらに周りを見渡すが、部屋には自分しかいない。
 白野もエリザも、とっくに目を覚ましてどこかに移動していたらしい。

「…………。シャワー、浴びてこよう」

 汗も掻いているし、一先ず冷静になろうと、ベッドから降りて一先ずの上着を羽織る。
 未だ残る痛みで少し歩き辛いが、その内この痛みにも慣れるだろう。

 そう思いながら、遠坂凛は着替えを抱えて、自室を後にした。


      †


 そうして汗を流し、身体の火照りも引いたところで、私服に着替えて居間へと戻ってみれば。

「………………なに、これ?」

 白野とランサーの二人が、テーブルに突っ伏して痙攣していた。
 一瞬誰かに襲われたのか、とも思ったが、それにしては様子がおかしい。
 というかそもそも、サーヴァントが二人もいるのに、無抵抗でやられるとは思えなかった。

「ちょっと二人とも、一体どうしたのよ」
 起き上がる様子のない二人に声をかけてみる。

 返事はない。まるで屍のようだ。

 よくよく聞いてみれば、魘される様に、まずい、ひどい、くどい、えぐい、と呟いている。
 いったい二人に何があったというのか。
 部屋を見渡してみれば、テーブルの上に、これでもかというくらい赤い料理が乗っていた。

 これは、料理……だろうか。
 おそらくは、サンドイッチ。見た目はそう悪くないが、挟んである具材はおろか、パンそのものまでもが赤く染まっている。

「……もしかして、この赤いサンドイッチのせい?」

 状況から察するに、白野達が魘されているのはこの料理が原因なのだろう。
 ……だが、たかがサンドイッチでここまで魘されるだろうか、と疑問に思い、サンドイッチを一口摘まんで――――

「ッ――――――――!!!???」

 その瞬間。
 意識が一瞬で、遥か彼方へと弾き飛ばされた。


 それは、壮絶な味だった。
 ひたすら甘いとか辛いとか、そんな生易しいものじゃない。
 美味い、不味い、という評価にも収まらない。
 強いてその味を例えるのなら―――混沌(カオス)。
 もはや破壊活動にも等しい、味覚の凌辱行為。つまりはテロい。

 今ならばわかる。
 白野たちが倒れていたのは、間違いなくこのサンドイッチが原因だ。
 しかし、一体どうすればここまで酷い味になるというのか。
 彩りが赤一色と言うだけで、見た目はまだまともだったのに。


 ……赤い料理といえば、以前、お父さまに中華料理を披露したことがあったっけ。
 あの時はうっかり、お鍋に香辛料の中身をまるごと入れてしまったのだ。
 当然そんな料理が食べられたものになる筈もなく、わたし自身も含め、みんなが悶絶する羽目になってしまった。
 しかしお父さまだけは、その料理を眉ひとつ動かさずに食べきってくれたのだ。
 そんなお父さまの姿に、わたしは一層尊敬を深めた事を覚えている。

 “当然だ。常に余裕を持って優雅たれ―――それが遠坂家の家訓だからね”

 ぼんやりとした意識の中で、お父さまが赤ワインを片手に微笑んでいる。

 さすがお父さま。優雅に佇むそのお姿も素敵です。
 わたしもいつか、お父さまのような魔術師になれるだろうか………


「おいマスター! しっかりしろ!」

「――――っ!」
 ランサーの声に、ハッと目を覚ます。
 あまりにも酷いその味に、一瞬意識を失っていたようだ。

 目の前の状況を確認すると、青い顔をしたランサーが心配そうにわたしを見ていた。
 白野の方は、涙目で落ち込むエリザの傍で、悩ましげに頭を抱えていた。
 そしてテーブルをみて見れば、見るもおぞましい新たな赤い料理たちが、所狭しと並んでいるのが目にはいった。
 ある種の拷問のようなその光景に、顔の筋肉が引き攣るのを自覚する。

「どうやら、何ともねぇようだな」
 安心したぜ、とランサーはほっと息を吐いて呟いた。
 目を覚ませば自分のマスターが気絶していたのだ。心配もするだろう。

「心配してくれてありがとう、ランサー。
 それで、一体どうしてこんな状況に?」
 事情はだいたい予想が付くが、念のために説明を求める。

「まあ、そんな難しいことじゃねぇんだがよ」
 横目で白野たちを眺めながら、ランサーは説明を始める。
 それによると、どうやらこの惨状は、エリザが昼食を作ろうとした結果らしい。

 なんでも、最初はその料理の腕前を知っている白野を筆頭に、どうにか彼女を止めようとしたのだとか。
 だがエリザのやる気に押されて、一品だけ、という条件で許してしまったのだ。しかしそれが惨劇の引き金になってしまった。
 あとちなみに、エリザはホットドックを作りたかったらしいが、それ用のバンズがなかったためにサンドイッチになったらしい。

 そうして作られたサンドイッチの出来栄えは、わたしが身を以て思い知った通りだ。
 新たな料理が並んでいるのは、その事に意地になったエリザが、更なる料理に挑戦したためらしい。
 それを止めようにも、白野たちはあまりの不味さ(ダメージ)に身動きが出来なかったのだ。
 そしてそこに私がやってきて、サンドイッチを口にして気絶した、という訳だ。

「……………………」
 やはりと言うべきか。あまりにも予想通りなその状況に、すこし頭痛がしてきた。
 ふと台所が気になり、恐る恐る覗いてみれば、やはりそこも赤く染まっている。
 壊れた調理器具がないことが、唯一の救いになるのだろうか。
 しかし冷蔵庫の中には、ロクな食材が残ってなかった。

「うわっちゃあ……。お昼どうしよう」

 さすがにあの赤い料理を食べる気にはなれない。
 いくら食材がもったいなくても、あれはもはや人類が食べるものではない。金星人辺りが口にする、異界の味覚だ。

「ええっと……なんとか一人分は残っているわね。
 となると、これはお母さまの分にして、わたし達は外で食べるのが妥当かしら」

 そう残された食材を確認していると、白野から声をかけられた。
 どうやらエリザへのお説教は終わったらしい。
 冷蔵庫を閉めて白野へと向き直ると、彼は「お母さまって?」と問いかけてくる。

「お母さまはお母さまよ……って、ああそうだった。白野たちにはまだ紹介してなかったわね」

 その事に思い至り、ついて来て、と声をかけて白野たちを案内する。
 その途中で、この箱舟の中における遠坂家の家庭事情(せってい)を説明する。

「この家に住んでいるのは、わたしとお母さまだけよ。お父さまはいないわ。
 けどお金はあるし、普段は親戚のエーデルフェルトって人が援助してくれているから、生活には困ってないわ」

 お父さま――遠坂時臣は、この辺り一帯の地主だったらしく、かなりの租税を稼いでいたらしい。
 そして現在、その権益はお母さまが相続していて、管理はエーデルフェルト家がしているとの話だ。
 その事を話すと、白野は何故、父親がいないのか、と質問してきた。

「だいたい半年ぐらい前かな。交通事故があったのよ。
 結構大きな事故だったみたいでね、重傷者はもちろん、死者も何人か出たらしいわ。
 ……その事故に、お父さまとお母さまも巻き込まれてしまったの」

 所詮は仮初の記憶。実感があるわけではない。
 だが半年前という符号が、その時の感情を思い起こさせる。

「お父さまの方は、即死だったらしいわ。飛んできた破片が、心臓に刺さったそうよ。
 お母さまの方も、身動きが出来なくなっていたところを、発生した火災の煙に巻かれたらしいわ。
 確か、一酸化炭素中毒だったかしら。その後遺症で脳に障害を負ってしまったの。
 お母さまはもう、現実を正しく認識できていないわ」

 “現実”と同じ、壊れてしまった自分の家族。
 一人取り残された遠坂の娘という役回りを、わたしは予選で演じていたのだ。

 そうして説明を終えたと同時に、その部屋に辿り着く。
 この半年間そうしてきたように、無意味と分かっていながら、扉を軽くノックする。
 反応は返ってこない。その事を寂しく思いながらも、かまわず扉を開ける。

「お母さま、失礼します」

 部屋を覗けば、車椅子に乗った女性が、窓辺で静かに眠っていた。
 アサシンの襲撃があったのに静かだったのは、そうやって眠っていたからのようだ。

「あの人が私のお母さま、遠坂葵よ。
 とは言っても、実際にはお母さまを再現したNPCなんだけど」
 そう白野たちへと紹介した後、部屋に入らず扉を閉める。
 眠っているのなら、わざわざ起こす必要はない。
 それになにより、何もないところに話しかける母の姿を、彼らにはあまり見せたくなかった。

「それはそうと、わたしたちのお昼ごはんを考えましょう。
 わたしは朝ごはんも抜いちゃってるし、何かちゃんとしたものを食べないと」
 そうして、努めて気にしていないそぶりで、白野たちへと声をかける。

 まあ、お昼を考えるとは言っても、冷蔵庫に食材がない以上、結局は出かけないといけないのだけど。
 この家で食べるにしても、外で食べるにしても、今後のために買い出しは必要だろう。

「な、なによその言い方! 私の料理がちゃんとしていないっていうの!?」
「いや、答えるまでもねぇだろ、ソレ。つうかテメェ、ちゃんと味見とかしてんのかよ」
「当然、してないわよ。だって太ったりしたら困るじゃない。私という至高の美の損失よ」
 いや、サーヴァントは太らないと思うのだが。と文句を言うエリザに白野が返す。
「そうだぜ赤いの。それによ、坊主は自分の分のサンドイッチを完食したんだから、それで満足しとけって。
 いや、あの料理を食べきるとは、マジですげえとオレは思ったぜ」
 自分も体験したから解るが、確かにそれはすごいと思う。
 白野に言わせれば、エリザの料理に籠めた気持ちだけは、無駄にはしたくなかったから、らしい。
「うぐぐ……。わ、わかったわよ。子ブタに免じて、今回は引き下がってあげる。感謝しなさいよね!」

 白野たちはそんな風に、特に気にした様子もないように言葉を交わしている。
 たぶん、わたしに気を使ってくれているのだろう。
 その事に少しだけ胸が暖かくなるのを感じ、ありがとう、と心の中で感謝をした。


「そう言えばマスター。学校の方はどうすんだ?」
「あ――――!」
 ふと思い出したようなランサーの問いに、咄嗟に時計を確認する。
 が、時刻はとっくに十時を過ぎていた。

「どうしよう……完全に忘れてた」
 アサシンの襲撃で失念していたが、たとえ聖杯戦争中だろうと、学校の授業はいつも通りある。
 自分たちが探索を夜に行っていたのも、それが理由だったのだ。

「……うん、しょうがない。今日は学校をサボろう」
 少し悩んでから一人頷く。
「お昼の事だけど、商店街辺りにでも食べに行きましょう。
 お母さまの事は、エーデルフェルトの人に任せておけばいいわ」
 そして白野たちへと向き直り、若干の後ろめたさを誤魔化すようにそう提案する。

 私が無断欠席したことは、エーデルフェルトさんのところに連絡が行っているだろう。
 無用な足止め(おせっきょう)を避けるためにも、キャスターを倒すまでは、家に戻るのを控えた方がいいかもしれない。

「あ、お金の事なら気にしなくていいわよ。わたし、結構持ってるから」
 先ほども説明したように、地主である遠坂家は相当に稼いでいる。
 わたしはその一端を、お小遣いという形で受け取っているのだ。それも膨大な額で、大体、ゼロが七個くらいあっただろうか。
 その事を告げると、白野は非常に驚いた後、やたらと難しそうな表情を見せた。
 たぶん、わたしのような子供に奢られることに対する煩悶なんだろうけど、マネーイズパワーシステムとか、トイチシステムとか、一体何の事だろうか。

 まあとにかく、他に意見はないらしい。
 なら善は急げと、わたしたちは遠坂邸を後にして、商店街へと出発したのだった。


     02/ イートイン・泰山


 凜達とともに、商店街――マウント深山を練り歩く。
 もうそろそろ昼時だからか。道を行く人の数はまばらで、見通しは悪くない。
 だが先ほどから、自分たちが妙に視線を集めていることは自覚していた。

 その理由は明白だ。
 学生であるはずの岸波白野と遠坂凜が、未だ授業中の時間でありながらこんな場所を歩いているから……ではなく、
 先ほどから実体化して、自分のすぐ後ろを歩いているエリザが目立っているためだろう。
 何しろ元々の美貌に加え、彼女には角や尻尾が生えているのだ。注目を集めないはずがない。

 それでも騒ぎにならないのは、彼らがあくまで日常を演出するNPCだからか。
 朝食の時もそうだったが、明確な騒動を起こさない限りは、別段異常とは取られないのだろう。
 逆に言えば、エリザの姿を見て何かしらの行動を取る人物は、聖杯戦争の関係者である可能性が高い、という事になる。
 ちなみにランサーも、どこからか調達したらしいアロハシャツを着て実体化していた。


「それで、白野。どこで昼食を摂るつもり?」
 岸波白野の隣を歩きながら、凛がそう問いかけてくる。

 外で食べるとは言っても、どこで食べるかは決めていない。
 どうせなら、四人そろって座れる場所がいいが、あまり開けた場所も宜しくはない。
 朝食の時のように、時間と場所を考えない襲撃……特に狙撃があるかもしれないからだ。
 となると、そういった遠距離からの攻撃を阻害できる、店外からの目視が難しい場所が望ましい。
 そんな条件に見合う店を探しているのだが………

「なかなか目ぼしいところは見つからねぇな」
 半ば闇雲に歩いている状況に退屈しているのだろう。
 ランサーは欠伸を交えながらそう愚痴を溢した。

 ここのマウント深山は古式ゆかしい商店街の風情を保っているようで、飲食店の類が極端に少ないのだ。
 あるとしても、学生向けの買い食い、お持ち帰りが可能な形式の店が多く、つまりは気軽に出入りがしやすい=外から中の様子が見えやすい間取りがほとんどだった。
 おそらく、レストランなどの奥まった間取りの店は、新都の方に集中しているのだろう。
 このままでは無駄に時間を潰すだけに終わり、昼を過ぎてしまうこともあり得るかもしれない。
 どこか適当な店で妥協するべきだろうか………。

「あら。私はこのままでも構わないわよ。
 だって、この私が食事をする場所だもの。それ相応の場所を選ばなきゃ」
 周囲の注目を浴びてご満悦らしい自称・アイドルは、そう口にしながら岸波白野へと背後からしな垂れかかってくる。

「あ!」
「お」
 凜がしまった、といった風に声を上げ、ランサーの眠たげだった表情に好奇の色が浮かぶ

「ちょっとエリザ! 引っ付き過ぎよ! 少し離れなさい!」
「あらリン、それはなんで? 私が子ブタとどう接しようと、私の勝手じゃない」
「な、なんでって! それは……その……
 白野は、わたしと……つつ、付き合ってるんだもん!」
 顔を真っ赤にしながらそう口にする凜に釣られて、自分の顔も赤くなっていくのを自覚する。

 そうなのである。
 ラインを結ぶ儀式の際、岸波白野は遠坂凛にファーストキス(多分)を奪われている。
 その時の彼女の言葉に従うのであれば、自分は凛と交際していることになるのだ。
 ……実際、恋人じゃなければしないようなことを彼女としてしまったわけだし。

 ああ、もう。
 せっかくエリザのテロい料理のどさくさに、有耶無耶にして考えないようにしていたというのに。
 一度意識してしまえば、凛と顔を会わせ辛くなってしまうじゃないか。
 と。そんな風に羞恥と後ろめたさから、煩悶としていると、

「あら。付き合っているから何? それなら私は、彼の婚約者よ」

 ――――――――は?
 いきなり落とされた爆弾発言に、思わず思考が停止した。

「ちょ、ちょっとそれどういう意味よ!」
「だってハクノったら、私の逆鱗を見ただけじゃなく、触りもしたじゃない。なら、もう結婚するしかないでしょう?」

 曰く、龍には一枚だけ逆さに生えた鱗があり、それに触れるとどんな穏和な龍でも激怒すると伝えられている。
 その逆鱗は竜の血を引く魔人と化したエリザベートにも存在し、それは尾骶骨の辺りに生えているのだ。
 そして彼女は逆鱗を見られると、恥ずかしさのあまり赤面してパニックを起こした後、見た者に「自分に殺される」か「自分と婚姻する」かの二択を迫るという。

 その逆鱗に、岸波白野は触れたのだとエリザは言う。
 儀式中の記憶は曖昧だが、貞操観念の強い彼女が口にしたのだ。おそらく本当の事だろう。
 そしてその理屈に従えば、なるほど、確かに自分はエリザと婚約していることになる。……じゃなければ殺されている。

 ………だが、ちょっと待って欲しい。
 そうなると自分は、婚約者のある身でありながら、他の女性(それも子供)と付き合っていることになるのか?
 つまりは、二股の上に変態(ロリコン)………。
 ……岸波白野の社会的地位は、すでにそこまで堕ち切っていたらしい。人生を踏み外しているのも程があるっ………!

「なな、なによそれ! 自分は途中で怖気づいたくせに!」
「お、怖気づいてなんかいないわよ! そう言うのはやっぱり、ちゃんと結婚してからするものでしょう!」
「な! 自分から混ぜてって言っておいて、いざとなったらそういう事を言うわけ!?」
「い、いいじゃない別に! 私は貴族なんだから、貴族の仕来り(ルール)に従うのは当然でしょ!?」

 自分の堕落っぷりに慄いている間に、凛とエリザが岸波白野を取り合いながら言い争いを始めていた。
 倍近い年齢差がある筈の彼女たちが、Z指定な内容で、子供レベルの喧嘩をしている光景に、先程とは違った目眩を覚える。
 そして片や子供の腕力、片や手加減しているとはいえ、両腕を思いっ切り引っ張られるのはとても痛い。
 あとランサー。そんな面白いモノを観るような目でこちらを見るのは止めてほしい。


      †


 ―――とまあそんな風に、どうにかこうにか商店街を歩いていると、

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!??????????????」

 と。
 商店街の一角から、悶絶するような、声にならない悲鳴が聞こえてきた。
 何事かとその場所をみて見れば、【紅洲宴歳館 泰山】と看板の掲げられた、中華飯店があった。

「げぇ……ッ!」
 その店を見た途端、ランサーが嫌なモノでも見たかのように顔を顰めた。
 その反応をするという事は、ランサーはこの店を知っているのだろうか。

 どこか聞き覚えのある店名のその店は、まだ昼間だというのに窓を締め切っており、店内の様子は窺えない。
 つまり、店外からは襲撃しづらいという条件に合致している。
 加えて中華飯店という事は、麻婆豆腐がある可能性が高い。

  >よし、この店にしよう。

「おい、この店だけは止めておけって。いやマジで! お願いします!」

 何か知っているらしいランサーは他の店にしようと提案するが、このまま探し続けても他に最適な店が見つかるとも限らない。
 これ以上無駄に時間を浪費するよりは、この辺りで妥協しておくべきだろう。
 彼へとそう告げて、おもむろに中華飯店へと向けて足を進める。
 決して先ほどおもしろげにこちらを眺めるだけで、助けてくれなかったランサーへの仕返しに、彼が嫌がったこの店を選んだわけではない。
 そうして凛とエリザ、嫌がるランサーを引き連れて見せの中へと入ってみれば―――


「あら、申し訳ありません、ルーラー。言葉が足りませんでした。
 今のは私にとってちょうどいいという意味で、貴女には少し辛過ぎたようですね」

 なんか、修道女が実に愉悦気な笑みを浮かべていた。

「~~~ッ! ~~~~~~ッ!!」
 向かいの席には一人の女性。
 彼女は口元を抑え、何かを堪えるように涙目で悶えている。
 二人のいるテーブルの上には、ラー油と唐辛子を百年ぐらい煮込んで合体事故させた地獄の釜にも匹敵しそうな料理、麻婆豆腐がある。
 先ほどから女性が悶えているのは、おそらくその麻婆豆腐が理由なのだろう。

「おや、貴方達は。これは丁度いいタイミングですね。相席でもよろしければ、どうぞこちらへ」
 修道女が自分たちに気付くと、そう言って手招きしてきた。
 断る理由もないので、頷いて彼女たちのいるテーブルに向かう。

「~~~~ッ!」
「…………」
 修道女は未だに悶える女性の隣に座り直し、残り半分となっている自分の分の麻婆豆腐を食べ始めた。
 話を始める前に、食事を終わらせよう、という事なのだろう。
 自分たちは対面に座り、特にすることもないので、彼女たちの様子を観察する。

 ……先ほどのやり取りから推察するに、彼女たちはおそらく裁定者。聖杯戦争の監督役だろう。
 それがなぜこの店にいるのかは分からないが、彼女たちも人間だ。食事くらいはするだろう。
 なので現状、考えるべき点は一つ。
 監督役の片割れ手ある彼女が、どうして自分たちに声をかけたのかだが――――

 と考えを巡らせたとき、不意に修道女の手が止まった。
 彼女の皿の外道マーボーは、残り二口分ほど。

「――――――――」
 ――――――――。

 視線が合う。
 修道女は澄ましたような、どこか期待の籠った目で岸波白野を眺めて、

「食べますか――――?」

  >頂こう――――。

「「「「な――――――!?」」」」
 他四名から、何故か驚愕の声が発せられた。


後半「心の在処」に続く




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