──────Riders Side──────
伝令と現在生きている連絡網の再確認と注意事項の伝達を終えてゲドゥ牧師は一息ついた。
ぐびりとウォッカを腹に収めた。燃える塊が食道を滑り落ち胃に沁み込んでいく。
とりあえず町に潜ませた間者は丸々無事だということがわかった。
アーチャーの宝具の被害範囲の中には運良く居なかったということなのだろう。
一番肝心な部分で回避できなければ意味が無いのだが今更文句を言っても仕方が無い。
それにライダーの言うように自分とライダーさえ無事ならばまだ全然何とかなるのだ。
むしろこうなった以上任務達成にはライダー、サーヴァントの力が必要不可欠になる。
昨夜。
程よく痛め付けられた形跡がある騎士姿の男が白馬に女と乗っているのを目撃したという情報が監視員より入っている。
姿からして間違いなくセイバーだろう。
ここで問題になるのはあのセイバーすらも痛め付けられるレベルの参加者が七人も存在するのが聖杯戦争だということだ。
代行者が何人束になってもどうにかなる相手じゃない。
「状況整理は済んだのか?」
緑茶の湯のみを啜りながらライダーがペタペタと歩いてくる。
ライダーはサンダルのような履物を履いている。当然牧師達も同様に屋内でも靴のままだ。
「少しは霊体化したらどうだ?マスターの負担も多少は考えられんのかお前は」
少々しかめっ面のままライダーに抗議してやる。
正直な話、魔力量が多くないせいもあって、ライダーを実体化させておく魔力も馬鹿にならない。
「してやってもよいがそれがファラオにものを頼む態度か?
ファラオ様、下僕では貴方様の偉大な威光を支えきれません。ぜひ霊体化してください。だろう?」
フフンと気を大きくして踏ん反り返る長身ボブヘアー。
「ふん」
挑発に乗った牧師は鼻息と共にライダーへ供給する魔力を強制カットしてやる。
「あ…!!?」
断末魔を上げてすぅっと消えてゆく僕らのファラオ様。
しかしその一秒後には再びもわっっと実体化した僕らのファラオ様。
「何をする?」
「それはこちらの台詞だうつけめ!ファラオへの献上する供物を掠め取るとは死刑に値するぞ!
まったく貴様が突然魔力をカットしたせいで湯飲みを落としてしまったではないか。片付けて置けよ」
不機嫌そうに言い残してまたしてもファラオ様はどこかへ行ってしまわれた。
「一体なにをしに来たんだあの男は……?」
場には悲しい牧師の独り言が残された。
──────Fighters Side──────
本を棚に戻して天井を仰ぎ見る。
駄目だ見つからない。
西洋の伝説は一通り探してみたがアーチャーの正体に繋がりそうな英雄はいなかった。
聖杯戦争は基本的に西洋の英雄が召還されるというルールがある。
そのため遠坂はまずは西洋の英雄から調べてみたのだが……見付からなかった。
「となると次は消去法で東洋か?」
結びつきが強い触媒さえ使えば東洋の英雄でも呼べる可能性が十分にある。
なにせ今回は日本の武士までもが混ざっているのだからなおさらだ。
流石に南米や中南アフリカの英雄は確率的に後回しする。
いくらなんでもその辺りのは確率が低すぎる。
西洋系の魔術師の参加者が多い聖杯戦争で南米や中南アフリカの英雄の触媒を入手する経緯が全く想像が付かない。
逆に魔術体系が微妙に違う魔術師が他体系の魔術儀式に参加するというのも確率的にかなり低い。
さらにとどめは今回御三家は魔術協会に所属する魔術師にしか声をかけていないのだ。
というわけで東洋の英雄を探す作業に入る前に一息いれる事にする。
紅茶に手を伸ばす。
が、もう中身が入っていなかった。
「む?しまった。淹れ直さねばならないか」
仕方なく遠坂は階下へ降りる事にした。
一階リビング。
「ファイター?」
そこにはファイターが一人ソファで紅茶を飲んでいた。
「あ……い、いや!これはだなその、遠坂殿……!」
遠坂の姿を見るや否やあたふたと挙動不審な動きをするファイター。
珍しくファイターが慌てている。
「いいや構わんよ。ファイターも紅茶を淹れて一息付いているのだろう?」
しかし遠坂は全然気にする素振りも見せずに平然とした態度をとっている。
「あ。いやそうなのだが、遠坂殿は怒らぬのか?」
「……?何故私が怒る必要があるのだ?」
遠坂の態度にきょとんとするファイター。
ファイターの問いにキョトンとする遠坂。
遠坂的にファイターは遠坂家の貴賓という扱いである以上家の物は好きにしてくれて別段構わないのだろう。
一方のファイター的には主人に黙って一人だけ紅茶を飲んでいるのを不義理と思っているのだ。
まったく噛み合ってるのか噛み合っていないのかよく判らないコンビだった。
「そんなことより。私にも一杯貰えるかな?丁度淹れ直さなければいけなかったのだが時間が勿体無くてね」
「いやしかし私の淹れた紅茶では……!」
上手くないからNOサインを出そうとする前に遠坂がカップに紅茶を注いでしまった。
そしてそのまま一口飲む。
「………ファイター。これはどうしたんだ?」
「む、遠坂殿が度々淹れているのを観察していたから少しばかりか真似事を……な。
自分独りで飲む分にはこれで良いのだがやはり遠坂殿には飲ませるわけにはいかない」
そう言って片付けようとするファイターを遠坂が制止した。
「いいや待てファイター。捨てるのならば私が貰おう。
湯の温度が若干低いが見よう見まねにしては中々な部類だ」
そして遠坂はもう一度口をつけた。
それどころか遠坂はソファに腰を降ろしてゆったりとくつろぎ始めた。
こうして奇妙なお茶会兼小休止も兼ねた作戦会議が始まった。
「アーチャーの正体について何か進展は?」
「いいや駄目だ。西洋の英雄はある程度さらってみたが条件に該当する英雄が居ない」
二人は紅茶のカップを片手に雑談するような気軽さで話し合う。
遠坂がついでだとお茶請けのクッキーも用意したのだがコレが中々美味だった。
ベーオウルフが生きていた時代ではあるはずの無い味に少々感動する。
この紅茶といい、クッキーというものといい人間の食文化は時代と共に洗練されより豊かになっている事を実感した。
「となると東洋の英雄か」
「やはりファイターもそう思うかね」
「消去法でな」
自分と全く同じ結論についフッ。と笑みを零す。やはりファイターと自分の相性は良いらしい。
少なくともサーヴァントの裏切りの心配をしないでいいのは聖杯戦争では高いアドバンテージだ。
「そうだ遠坂殿。先日の合戦で大方のマスターとサーヴァントが判明したがどのチームが遠坂殿の最大の壁になると考える?」
遠坂は無言で先日の風景を回想する。
「障害の話をすればやはり御三家だな。アインツベルンがセイバー。そして間桐がアーチャー。
ソフィアリのキャスターと雨生のバーサーカーも危険だが単純な脅威で言えばやはり御三家に傾くな。ただ……」
「ただ?」
「あの戦場に代行者たちが居たのが少々気になっていてな」
「あの黒衣の連中が聖堂教会の代行者か?」
「そうだ。概要は聖杯からの知識で知っているだろう?
なぜ魔術師でもない聖堂教会の代行者が聖杯戦争が行なわれている時期にこの冬木に居るのか。そこが問題だ」
「……代行者がマスターである可能性は?」
「ゼロではない。だが協会の中にマスターとして自立出来るほどに魔術的教養がある人間がいるとは少し考え難い。
マスターとしての体裁を整えるなら少なくとも初級課目は押さえておきたいからな。
でないと最初の聖痕を受けるのと召還すら厳しい。
しかしまあ情報が足りない状態であれこれと悩んでも仕方が無いな。
それよりもファイター傷の方は?」
話の方向を転換する。敵の事情よりもまず自分たちの現状の方が遙かに重要だ。
「………幸い完治した。必要があれば直ぐにでもゆけるだろう」
目を閉じて精神を落ち着かせてから己の状態を再度確認しマスターへ告白する。
バーサーカーに手酷くやられた傷はしっかりと完治出来たようだ。
あとは命令が下るのを待てばいい。
「そうかならば一安心だ。とりあえず今夜は調べ物をしなければならないから町へ出る予定は無い」
「了解した。必要がある時は呼んで欲しい」
そうして彼らの会議兼休憩は何事も無く終了した。
──────Sabers Side──────
今夜も町へと出てきた。
驚いたのは昨日隣町の丘の中腹で乗り捨てて来た馬車が何故か館にもう一台あったことだ。
そしてさらにセイバーが驚いたのは今回に限って何故か侍女たちが付いてきたこと。
どうも昨日の一件が原因なのか何となく今日はマスターと言葉を交わす機会が無かっただけの話を、
この侍女たちはなにか変な方向に勘違いしてくれたのだろう。
「あのさ。……なんでついてきたんだ?」
「本日は貴方のお嬢様への奉公っぷりと見せていただこうと思いまして」
高飛車で高圧的な態度を保ったままで侍女がジャブを放ってくる。
メイドの癖に見事なジャブじゃないか。
「でもさー正直戦闘が全く出来ないのに戦場に来ても危険なだけだと思うんだが…?」
少しだけこの二人の侍女の身が心配になる。
貴婦人に仕える侍女とはいえ知らぬ仲ではないし、婦人奉公は騎士の礼儀だからだ。
いくらメイドであっても彼女たちも品の良いレディはレディだ。
いざとなったら自分が守ってやらなければいけない。
「貴方に心配される必要はありませんセイバー。
アインツベルンの叡智の結晶であるホムンクルス製造の技法は超一流なのです。
この侍女服にしても立派な概念武装なのですよ」
フン!っと鼻をならす侍女。
ぶ~可愛くないやつー。
「うげ、概念武装なのかソレ?!」
個人的にはそっちの服の秘密の方が大変興味を惹かれたが、
この鉄の女であるアインツベルンの侍女一号は断固として口を割らなかった。
そうしてセイバーとアインツベルンと侍女二人の計四人一行はパカポコパカポコと馬蹄を鳴らして深山の隣町入りを果たした。
今夜はどうするべきか。
流石に昨日の今日でキャスターにリベンジをかけるのはマズイだろうしな。
まずマスターが許さないだろう。あとついでに侍女達も許さないだろう。
というかマスターはともかくとして何故か侍女達まで許さないんだ?
まあとにかく今日は余計な人数が居る分尚のことキャスターの本拠地へ乗り込むのは止めにした方がいいだろう。
それに秘策が全く通用しなかったのもさり気なくショックである。
かなりの自信策だったというのに……。
おのれキャスター、この屈辱は必ず倍にして返してやるぞ。
そういうわけで本日はキャスター以外の相手を探すために隣町内の調査に励むことにした。
いきなり隣町の中心部には行かず町の端や人目の付き難い場所を先に回ることにする。
しかし正直な話この馬車は大き過ぎて少々面倒臭い。
操作ではなく経路選びがである。
この馬車は車体が無駄に大き過ぎるせいで少し幅の小さい道は通れないのだ。
そのため場合によっては大きく回り道しなくてはならない。
おまけに今夜は悪路を通って車体を大きく揺らしてしまう度に侍女が口煩いので余計に面倒臭い。
そうやって一時間ばかりをかけて町を廻ってみた。
御車台に座っていたセイバーはふとなんとなしに空を見上げる。
夜空に月がみえる。今夜は月がとても綺麗だった。
そういえばいつかオリヴィエと月を見たような気がする。
「………ん?」
だから騎士はその異常に気付けた。
見上げた月が何故か有り得ない不自然な形に欠けていた。
その原因は……。
「■■■■■■■ーーーー!!!」
ソイツは30m以上という高さを誇るの大きな木の天辺から突如降って来た。
馬車目掛けて一直線に落下してくるのはバーサーカーのサーヴァント。
完全な不意打ちだった。
恐らく行動開始直前まで木の上で霊体化した状態で待機させておき気配を最小に抑えておいたに違いない。
あとはマスターがタイミングを見計らってGO命令を出せばいい。
この頭上からの奇襲はまず成功と言ってもいいタイミングだった。
セイバーが月を見上げてその可笑しな光景に気が付きさえしなければ。
「……な!?マスター敵襲だ!!」
馬車内に居る三人に敵の存在を知らせると素早く馬車の屋根に飛び上がる。
このままでは馬車ごとマスターたちが潰されてしまう。
腰の鞘からデュランダルを抜きさった瞬間にセイバーの背中から冷や汗が噴き出した。
何故ならバーサーカーは落下しながら。
────あの魔剣の鞘に手をかけているのだ!
「ヤバい…!させるかぁ!!」
打ち上げ花火の如き勢いでセイバーは遙か高みへ向かって垂直ジャンプを決める。
急上昇しながら左手で照準を定め、右手に握ったデュランダルで刺突を放つ。
狙いはバーサーカーの胸。
魔剣を抜かれるより早く倒す。
狂戦士の心臓に真っ直ぐ伸びていく白刃。
しかし間に合わない。
セイバーの聖剣がバーサーカーの胸に到達するよりも早く。
ティルフィングがその封印から再び解き放たれる────!!!!
紫雷をバリバリと纏いながら兇刃が妖しく濡れ光り。
極彩色の妖気が魔剣から溢れ出す。
暗黒の色の魔力が激しく渦巻く。
絡みつくようにしてバーサーカーの肉体を黒の魔力が侵食してゆく。
只でさえ筋肉質なバーサーカーの肉体が黒の魔力によってさらに醜い瘤の塊のような肉体へと変化する。
筋肉が一回りか二回りは膨れ上がった。
今以上の狂気に侵食され唯一半分残っていた理性が完全に砕け散る。
封じられた理性の上からさらなる封をかけて。
「■■■■■■■■■■■■■■ーーーーーーーー!!!!!!!」
バーサーカーの苦悩に満ちた絶叫と共に魔剣の本領が貌を表わす。
振り落とされる剛剣。
セイバーの聖剣と激突し、セイバーを身体ごと墜落させる。
「ぬあ……!!?」
驚愕はセイバーから。
まさか自分が力負けするとは思っていなかったのだ。
撃墜されとんでもない勢いで地面に叩きつけられる。
だがセイバーの迎撃でバーサーカーの落下地点もズラされていた。
おかげで馬車の車体ごとマスターを潰殺される心配は無くなった。
どしん!っと重量感を伴い狂戦士が着陸する。
「痛ぅ~~~~~~っ!!やったなこの野郎!!」
頭を振りながら即座に立ち上がって剣を構える。
ダメージはあるが全然致命的ではない。まだまだ健在だ。
「ギ、ガ■■■■血を■■■■■■チョウ■■■ダ■ーーーーーーーー!!!!!!!」
非常に聴き取り難い意味不明な言葉を吼えながら黒い塊が突進してくる。
両者の能力値は大体同じ位。
バーサーカーの攻撃には技量は無いがその分単純に速度と威力がある。
力と速度で敵を屠ろうとするスタイルはシンプルイズベストなだけあって単純な強さを誇る。
むしろ小細工的な技量を全く必要としない強さとでもいうのだろうか。
とにかくそういう強さがバーサーカーにはあるのだ。
「う、くぉ!」
あと注意する事項と言えば……奴はファイターさえ倒してみせたという点だ。
体勢を完全に整え直す暇を与えずにバーサーカーがセイバーに猛攻を加えてくる。
聖剣と魔剣を叩き付け合う度に爆竹のような激しさと勢いで火花が散る。
「ギ────第一問!」
セイバーと戦いながら狂戦士が無表情の面貌のまま喜びに満ちた声を上げる。
その声に反応してバーサーカーの礼装『賢者問答』が起動を開始しようと振動する。
「この世で最も偉大な王────」
「ふん!!!」
しかしセイバーはバーサーカーが問題を言い終わる前に渾身の力で妨害工作に打って出た!
「ナ、ナニヲスル!!?」
僅かに狼狽する魔剣の声。
予想通りの結果になりセイバーが口元を緩める。
だが手は決して緩めない。
「よし当たりか!貴様の正体が既に看破されているのが運の尽きだヘイドレクよ!」
それは、対バーサーカー同盟の会合の席で出たバーサーカーとの戦い方。
まず奴と問答をしてはいけない。何故なら絶対に勝てないからだ。
叡智の神でもある北欧の主神オーディンとすら互角に渡り合える智を誇るヘイドレク。
その彼と知恵比べをしようなど自殺行為にも等しい。
おまけに問題に間違えば肉体的ペナルティを負うルール。
よって戦闘力の低下に繋がる知恵比べ自体をどうにかして回避する。
それを思い出したセイバーが一か八かの妨害工作を謀ったのである。
「キイギキキ──!ヘイドレクーヘイドレクゥゥ!ドウシヨウ!?コイツナマイキキライ!」
狂戦士は涙ぐんだような悲鳴を上げて右手に持つ殺戮の魔剣を振るい続ける。
その猛攻にガンガンと圧されてしまう。
物理的な力では無い、神秘特有の法則がセイバーを不利に追い込んでいく。
「セイバー!」
馬車からアインツベルンが出てて来ていた。
その後ろには侍女たちもいる。
マスター。そうだバーサーカーのマスターはどこだ?
セイバーは跳躍してバーサーカーから離れた隙を突いて首を周囲に巡らせる。
だがバーサーカーのマスターはどこにも見当たらない。
この場所にはセイバーとアインツベルンとバーサーカーしかいなかった。
──セイバーとバーサーカーが戦う戦場より500m以上離れた森の中。
「がぁああ……いいぞ!そうだそのまま潰すんだバーサーカー!」
雨生はそこに居た。
バーサーカーへの過剰な魔力供給に喘ぎながら蹲っている。
使い魔の視覚を使って状況を観察し、自分は身を潜める。
彼がそういう手段を選んだのは先日の窮地の反省からだ。
それ以外にも戦場からマスターの身を遠ざけるのには勿論理由がある。
正味バーサーカーへの魔力供給は尋常ではない。
宝具を使用する時など特に顕著で冗談抜きで吸い殺されかねない程である。
そうなると雨生は全く身動きが取れなくなるのを以前身を以って確認している。
その場合もしもの時に無事に逃げきるなどとても無理だし何より身を守れない。
それをカバーするための戦闘中のマスターの身の隠匿なのだ。
一度戦闘を始めたバーサーカーには細やかな指示など出しても言うことを利かないのならなおのことだった。
「ハァハァ…が、アアッ!!くーる過ぎるぞバーサーカー!セイバーを仕留めてやれえ!!」
……セイバーとバーサーカーの戦いは苛烈さを増していた。
またしてもセイバーの渾身の一撃が容易く打ち落とされる。
続いてまたも常識を無視した軌道で攻撃が飛んでくる。
必死に避けるセイバーの体をまるで追う様に軌道が変更する。
意思があるティルフィングは状況に応じて魔剣自身が斬撃の軌道修正を行なうのだ。
そのせいで放たれる刃は実に摩訶不思議な太刀筋へと化ける。
次第にセイバーの焦燥感が募っていく。
敵の圧力で鎧がきしきしと軋む。
はっきり言ってここまでだとは思っていなかった。
「■■■■■■■!!!■■■■■■■■■■■■■■ーーーー!!!!ーーーーーーーー!!!!!!」
問答を無駄と悟ったバーサーカーは無駄口を叩くのを一切止めてただ殺すだけに集中している。
あの耳障りな声を耳に入れないでいいのは有り難いが状況は全くありがたくない。
「ダ───!!!?」
弾き飛ばされて地面を転がる。
これでもう何度目になるか忘れた。
ティルフィングの『男殺』の力がここまで強力な呪いであるならばファイターが敗れたのも無理は無い話だ。
正直………男性で奴と真っ向勝負をして勝てる奴など………存在しないのではないだろうか…?
狂声が上がると共に白銀の鎧に傷が少しずつ増えていき騎士の身を蝕む。
しかしだからと言って負ける訳にはいかないのだ。
セイバーの背後にはアインツベルンがいる。
己の負けはマスターの死に他ならないのだから。
「セイバー援護します」
自信なさ気にアインツベルンが前へ出てくる。
侍女も付き添ってはいるが頼りな気な表情をしていた。
元々アインツベルンの一族は魔道的にも精神的にも暴力沙汰にはまるで向いていない。
「前に出てくるなマスター!!!」
マスターの無謀な行動を諌めようとして背後を振り向いてしまった。
それが致命的な隙になった。
勝機を前にしてより一層の勢いでセイバーへと猛進してくるバーサーカー。
パワーアップした肉体を駆使しあっという間に距離を詰め。
「血■■■■■モラッタ■■■ーーーー!!!!」
そして呪われた凶刃が落ちる。
「あ───」
セイバーの喉から思わず声が漏れた。
元の方向へ振り向き直った時には既にバーサーカーは目前にいて。
……何よりもその禍々しい殺戮の刃が己の瞳に映っていて………。
魔剣が綺麗な弧を描いて楽々と鎧と肉を裂く。
「ぐ────ふ、、、、…?」
口から血の塊が零れる。鉄臭い味がする。
まさに一刀両断。
セイバーは見事なまでに斜めにバッサリと斬られた。
アインツベルンが叫ぶ。
雨生が狂喜乱舞する。
バーサーカーが遠吠えをあげ。
ティルフィングが上質な血の味に歓喜する。
そしてセイバーが………朱に染まる。
バーサーカーの切り返しの横薙ぎを受けてセイバーが吹き飛んでいく。
地面を転がる身体の勢いが無くなった頃にはもうセイバーに動く力はなかった。
純白のマントと白金の甲冑が白と赤の斑模様になっている。
「あ───れ??」
動けない。何故だろう?
アインツベルンと侍女はその光景を目の当たりにして呆けた様に固まっていた。
逃げてくれればいいのにあの様子ではそれすら期待できそうにない。
「なん……で?」
動けない。力が入ってくれない。
だがそれでも早く立たなきゃそして何とかしなければ。
「ヤッタ■■■ヘイドレク■■■■ホメテ、ホメテー■■■■■■■ーーーー!!!!」
バーサーカーは疲れたのかそれとも勝利を確信しているのか動きをぴたりと止めている。
だがいつマスターたちに襲い掛かるか判らない。
チャンスだ。だからすぐに立ち上がって戦うんだ。
バーサーカーがアインツベルンたちの方を見る。
侍女がビクリと震えた。
三人はオレが助けなければ。
ピンチだけど誰の助けもいらない。
我が身は騎士の中より選ばれし聖堂騎士筆頭ローランなり。
己が窮地に助けを呼ぶなどそんな無様な真似はしない。
最後まで誇り高く戦って………オレが立派に戦って勝てばいいんだ。
そしたらマスターを守れる。
オレが戦って───。
───だがな、ローラン。君と共に戦う者全てがお前程強い訳じゃないんだよ───
「………ぁ?」
この生死の境界線ぎりぎりの極限状態において。
なぜか一瞬だけ親友の言葉が頭をよぎった。
いまのは。あれはたしか……。
思い出せ。思い出せ。オリヴィエの言葉。
あれは大事な意味を持つ言葉だったんじゃないか?
そうだ、たしか。
「……じ、自分が危うくなって、援軍を呼ぶのは……不名誉かも、しれない」
息も絶え絶えに声を搾り出す。
未だにローランの胸に残っている。
ずっと忘れてしまっていた親友からの大事な助言。
それをあの時すぐに思い出すことが出来なくてオレは……。
───しかし。味方を救う為に援軍を呼ぶ事は不名誉だとは私は思わない───
なぜかセイバーの顔に笑みが浮かぶ。
ようやく思い出せた。
義兄からの大事な大事な助言。
親友が後悔しなくて済むようにと。彼の身を想いしてくれた大事な言葉。
「だって、味方の危機を助けるのは………味方の役割だもんな」
助けられる。
今の自分ならマスターたちを助けられる。
あの日の間違いはもう絶対に犯さない。
倒れ伏したままの格好でセイバーは角笛を取り出す。
この戦いで絶対に使う事など無いと信じていたある一つの宝具。
─────オリファン。
かつて間に合わぬ救援と呼ばれ後世に哂われた角笛。
間に合わなかった喜劇の象徴。
それを手にセイバーは。
あの日の同じ過ちをもう一度繰り返さぬ為に『救援の聖音』を吹き鳴らした。
セイバーを中心に音が広がっていく。
まるで聖歌のようなよく通る清らかな音が夜に包まれた冬木の町に響き渡る。
角笛を吹いている時間に比例して重傷の体から体力や魔力などの生命力が失われていく。
角笛に息を送れば送るほどに血が流れていく。生命力が消えていく。
それでもセイバーは角笛から唇を離さない。
まだだ。まだ短い。これではまだ音が冬木全体には響き渡ってない。
援軍の耳に角笛の音が届かねば効果が無い。
それに強制召還が完了するまで吹き手が息絶えてもいけない。
息も絶え絶えな状態を気力を振り絞り踏ん張りぬく。
今度こそ。今度こそ!
そうして頃合いを見計らってようやくセイバーは角笛から唇を離した。
カランと角笛が地を転がった。
……もう駄目だ。これ以上は動けない。
セイバーは瀕死ともいえるような死体に近い状態である。
だがそんな状態にも関わらずその口元には笑みが浮かんでいた。
「オレ、今度はちゃんとやれたよ、オリヴィエ……。
今度はちゃんとオレ、お前の言った通り…………間違わなかったよ。ちゃんと出来た───」
微笑みを浮かべるセイバーの視線の先には。
「大丈夫かセイバー?」
戦士の外套をはためかせて立つファイターの姿があった。
ファイターだけではない。
そこにはファイターのマスターである遠坂。
ランサーとそのマスターの綾香。
そしてアーチャーの姿まである。
だがソフィアリとゲドゥ牧師そして間桐の姿は無い。
彼らはセイバーの事を味方とは認識していないからだ。
オリファンは両者が味方と認識している者を場に強制的に転送させる宝具。
戦場にはバーサーカーを倒すという共通目的で結ばれた同盟者たちが集っていた。
その中にキャスターたちの名は無い。
キャスターは自分は同盟破棄したと思っているしソフィアリとライダーには同盟意識さえない。
そして間桐に至ってはアーチャーと違いバーサーカーを倒したいとも思っていないのだ。
そんな状態では援軍としての召還は無可能である。
「セイバー無事か?」
ファイターの問いに微かに頷く。
「バーサーカーか……丁度よい傷も癒えたところだこの間の返礼をせねばな。
セイバーは今の内に休んでおくと良いどうせこれから夜明けまで苦しむ事になる。
…………それなりに痛いぞ?」
倒れたセイバーにファイターは最後冗談めかしてフッと笑みを投げるとすぐに引き締った表情に戻りバーサーカーを睨む。
それからマスターの遠坂へ念話を送った。
──遠坂殿バーサーカーが宝具を使用している。魔剣の使用許可を──。
通信するとすぐに遠坂からの返答が来た。YESと。
マスターより宝具の使用許可が下りた。
「これで心置きなく戦える」
ファイターはこの突然の事態にも落ち着いたものだった。
遠坂やランサーに綾香それにアーチャーも突然の強制召還に驚いているのにファイターだけはどっしりと構えている。
「綾香殿とりあえず下がるでござる!まだ事情が飲み込めん」
「多分セイバーの宝具だと思うわ!角笛の音が聞こえたと同時に強制転移したもの!」
「そして目の前にはバーサーカーでござるか……。
よし。先日は取り逃がしてしまったゆえ今宵こそは仕留めてくれようぞ」
バーサーカーを中心にして西方向にセイバーとファイター、東方向にランサーたちが、南方向にアーチャーがいる。
「マスターは……おらんか。この場におるのはどうもワシだけのようじゃな……ふぅ」
後で色々と喧しそうなマスターの面に弓兵は顔を顰めて弩を取り出す。
「ま!口煩いのは放っておいて、取あえずはバーサーカー退治の続きといくか」
援軍の者たちが武器を取り出して構える。
セイバーは薄ぼんやりとした目でその様子を見つめていた。
とりあえずはアインツベルンがバーサーカーに殺されることは無いだろう。
問題はその後だ。
「ファ、イター」
「安心してくれ。君のマスターには手は出さん。私のマスターにもそう進言するつもりだ。
もしそれで駄目ならマスターの令呪を一つ貰う事になる。と脅すことになるだろう。
だがそれでも無理だった時の為に自分のマスターへ早くこの場から離れる様に言っておくんだ」
かつて一度助けられた借りをここで彼に返そう。
何の苦もなく一人の敵を容易に脱落させられるはずの好機にこの高潔な騎士は手を出さなかった。
それなのにどうして自分だけが手を出せるのだろう?
出来ない。
それでも遠坂殿がやれと命じるのなら令呪を以って力付くで命令して貰おうではないか。
こくりとセイバーが頷いた。
ファイターの言葉通りにアインツベルンに逃げるように念話を飛ばす。
状態が状態だけに少し時間が掛かるかもしれないがこの場で死なせては援軍を呼んだ意味が無い。
マスターが生き残れるように最善を尽くすんだ。
セイバーにそう約束してファイターは腰の鞘からネイリングを抜く。
眼前に立ち塞がるのは男殺の魔剣を解放したヘイドレク。
ファイターが今までに倒してきた幻想種にも決して劣らない強敵だ。甘くはない。
だが今回は前回とは違う。
「それを……確かめて貰おうか狂戦士ヘイドレクよ!!!」
外套を羽ばたかせてファイターが猛然と突撃をかける。
ファイターのスタートから数秒だけ待機して続いてランサーもスタートをかける。
アーチャーもファイターに対して援護射撃を行なう。
バーサーカーはマシンガンのように打ち込まれる矢を事も無げに全弾叩いて落とす。
しかしそのお陰でファイターが間合いを容易に詰めることに成功した。
戦闘用の頭脳を回す。
前回の戦いで判明している注意事項は以下の通り。
1、通常戦闘は男性ではどうあっても魔剣を解放したヘイドレクには勝てない。
2、バーサーカーの攻撃は強烈で一度でも攻勢に出られたらまず抑え切れない。
3、予想外の軌道から飛んでくる変則的な斬撃は通常の方法では対処し切れない。
大きく分けて以上の三点。
それを念頭に置き現状を打破する為に最も適している作戦を数ある選択肢から選ぶ。
それは───これだ!
左手の尖剣を強く握り絞める。
弓兵の援護射撃を迎撃し終えたバーサーカーがギロリとファイターを睨んだ。
「■■■■■ーーーーー!!!!」
恐ろしい雄叫びをあげる。
至近距離まで接近したファイターの血肉を求める魔剣が閃く。
首を落としに来る刃。
それを目を見開いて見つめるファイター。
左手の名犬は敵の凶刃に目掛けて牙を剥いて飛び掛った。
尖輪猟犬
「ネイリング─────!!!」
名剣の真名を解放する。
ファイターの名剣とバーサーカーの魔剣とが衝突した瞬間。
ファイターの姿がバーサーカーの目の前から忽然と掻き消える。
突然消えたファイターの姿を探すため狂戦士は首を周囲に巡らせた。
しかし左右前方のどこにも闘士の姿は見当たらない。
それもその筈だ。
なにせファイターは………。
赤原
「───フルン」
突如バーサーカーの背後から低く抑えた声がした。
首から背後へと振り返るバーサーカー。
バーサーカーの背後に瞬間移動したファイターの右手には。
さっきまで左手で握っていたネイリングとは別の、赤い剣が握られていた。
猟犬
「ディング──────!!!!」
真名と共に赤い魔剣がバーサーカーの身体目掛けて会心の一刀を振り下ろす。
獰猛な赤い光を放ち赤の猟犬が強靭な牙が並ぶ顎を開く。
闇で覆われた虚空に猟犬の赤い残像を残る。
肉を切り裂く感触がファイターの手に感じ取れた。
憎悪の絶叫を鳴らす狂戦士。
それと同時に猟犬が敵の血の味を覚える。
まるで吐息を吐き出したかのような魔力の蒸気を剣から噴出させた。
よしこれでいい。
作戦は見事に成功だ。
「ハッ───!」
気合い一閃。
狙うは追加攻撃。
だが、ダメージを無視してすぐさまバーサーカーも反撃に転じてくる。
ファイターの剛剣を男殺の魔剣を捉える。
やはり圧されてしまう。
概念の力ではバーサーカーの方が上だ。
続いて曲線を描く斬撃がファイターを襲う。
響く金属音。
黒の魔剣を赤の魔剣が叩き返していた。
血を求める赤い猟犬と殺戮の魔剣が激突する。
変則的な軌道を描く二つの剣と剣の戦いが始まった。
怒涛の勢いで叩きつけられる鋼鉄の塊。
楽器を打ち鳴らす様に。
激しい18ビートを刻んでいく。
ティルフィングによる攻撃の自動修正とフルンディングによる攻撃の自動追尾。
よく似た二つの概念と概念が衝突し合う。
勝つのは己だと主張するかのようにより激しく。
より強く。
敵を仕留めよと攻めそして守る。
これでベーオウルフはヘイドレクのティルフィングが持つ男殺という必殺に対抗していた。
ティルフィングの男殺の方が概念的にパワーが強い分やや不利ではあるが、
それでも前回のワンサイドゲームのような展開にはならない。
だってフルンディングの能力を解放してからまだファイターは一撃も受けていないのだから!
「バーサーカー!ファイターだけが相手では御座らんぞ!」
ランサーが躍り出る。
ファイターと挟撃するようにバーサーカーを大槍で穿つ。
二人をフォローするようにアーチャーの援護射撃も絶え間なく浴びせ掛けられる。
「アア■■■コロ■■ス■■■■■■ミンナ■■■コロシテヤルーーーー!!!!」
気合なのか発狂なのか判断が付かない狂声を出してバーサーカーが躍動する。
さらなる気合を込めてファイターとランサーが応戦する。
勝利の女神は果たして……誰に微笑むのだろうか。
───────Interlude Rider───────
「意外な展開になったな」
ファイターとランサーとアーチャーの戦いを見下ろしながらライダーが呟く。
奇しくも彼はいま、バーサーカーが待ち伏せていた大きな木の上に居た。
30分程前に牧師の間者からセイバーを隣町で確認したと言う報告があったから様子を見に来て見れば。
いやはやなんたる面白い事態になっているんだろうか。
ちなみに牧師は陣地に置いてきた。
完全に怪我の治っていないマスターなど戦闘の邪魔でしかない。
「ファイターの奴め。なかなかによい宝具を持っている。
それに先ほど見せた宝具の連携使用も見事だった」
あれは並のサーヴァントなら確実に不意を打たれて死んでいただろう。
ならばそれに生き残ったバーサーカーは並ではないと言うことになる。
最も並ではないセイバーとファイターを屠ったバーサーカーが並ではないのは今更のことではあるが。
「流石は能力値以上に、男に対しては絶対的な優位という概念に守られているだけはあるか」
協力し合う力が勝つが篭められた概念の力が勝つか。
ライダーの見立てでは五分五分だった。
ふむこれは久々に面白いギャンブルではないだろうか。
「ん……?」
ライダーの視界に少し遠くの場所を走って行く女達がチラリと見えた。
しかもその女はとんでもない程の美女だった気がする。
「おお、非常に美しい女だな。是非とも俺様のハーレムの一人として囲いたいものだ」
目撃者か関係者かは知らないが今はサーヴァントたちの闘いの行方の方が重要性は高い。
女は放っておくことにする。まだこの場所から離れる訳にはいかなかない。
なぜなら………。
霊体化したままの状態で腕を組み直す。
ランサーは結果が出るまでの間、嬉々として観戦を続けることにした。
───────Interlude Rider out───────
バーサーカーとファイター、ランサー、アーチャー。
彼ら英雄たちの激戦に最初に根を上げてしまったのは四人の内の誰でもなく……雨生だった。
────主が令呪で命ずる!バーサーカー戦いを止めて戻って来い────!!
雨生は二個目の令呪を使いバーサーカーに強制撤退命令をかける。
もう無理だ。これ以上一秒たりとも持たない。
取り殺される前に死に物狂いで令呪を発動させて狂える戦士にストップを出した。
「────!!!?」
突然バーサーカーの姿が戦場から消失する。
「奴はどこへ!?」
周りを探るがどこにも姿がない。
おまけにサーヴァントの魔力の気配までも全く感じない。
ファイターたちは警戒態勢を保ったままでしばらく待ったがそれでも何も起きない。
どうも本当にバーサーカーはこの場にいないようだ。
「逃げられたので御座ろうか?」
「雨生とか言うバーサーカーのマスターの仕業かもしれないな」
「令呪か……確かに有りうる話でござるな」
戦闘が終了したと判断するとファイターとランサーは武器を収めた。
「ところでランサー一つ利きたい事があるのだが、いいか?」
「なんでござるか?」
ファイターとランサーが向かい合う。
「貴殿はセイバーをどうする?」
ファイターはチラリと倒れたセイバーの方へと目をやった。
そしてファイターの眼を見つめる。
その瞳には強い意志で今此処で自分と戦うのかどうかを問うていた。
「いいや。セイバーとは約束があるで御座るからな。
拙者が是非とも闘いたいのは万全且つ本気のセイバーで御座るよ」
そう言ってランサーは茶目っ気のあるポーズをとった。
「そうか」
「ファイターは?」
「私は勿論手など出さない。一度セイバーに見逃して貰っているからな。それは貴殿にも同じ事だが」
「しかし御主のマスターはなんと?」
「何とかして説得してみるつもりだ。
それでもし駄目ならマスターに令呪を使わせる交渉で行くしかないと考えている」
そう言ってファイターは自分の主人の許へと向かっていった。
それと入れ違いになる形で綾香がランサーの所まで走ってきた。
「ランサーお疲れ様。大丈夫?」
自分の身を気遣ってくれる主人に喜ばしく思いながらランサーが言葉を返す。
「心遣いかたじけない主殿。礼を申すでござる。
無傷ではあるが…だた結構魔力を消耗したでござるよ。
魔剣を使ったバーサーカーは能力値だけでもセイバークラスと遜色が無いでござるから」
「それの他にも男性に対する絶対的なアドバンテージがあるものね。プレッシャーだけでも相当なもの?」
「うむ。流石に格下ならともかくもう一戦するのはきついでござるな。
というわけで出来ることなら今夜は誰ともと戦いたくは無いので御座るがよいか?」
そう言ってさり気なく話を誘導する。
「でもセイバーって…あれ瀕死じゃないの?」
綾香は目聡くも倒れている騎士の姿をばっちり確認していた。おまけに状態まで。
「拙者が考えるにああいう手合いこそ手負いの獣ではないかと存じ上げまする。
少なくともセイバーはそのタイプでござるな。
あれならば確かに討ち取れはするであろうが拙者も無事では済まないだろうと」
「ランサーの勘がそう言ってるわけ?」
「然様」
真顔でこくんと首肯する。
半分はセイバーを見逃すための嘘だがもう半分はちゃんと本当だ。
少なくともセイバーが窮地の時こそド根性パワーを出すタイプであるのはほぼ間違いない筈だ。
だからこそあの英雄は棍棒しか無いような絶望的な状況下でも幻想種最強と謳われる竜種を見事倒せたのだ。
しばらく綾香が考え込んでいる。
ランサーは嘘がバレないように出来るだけさり気なく周りの様子を窺う真似をして眼を逸らす。
するとさっきまで居た筈のファイターたちの姿がいつの間にか見えなくなっていた。
ファイターは見事に遠坂の説得に成功した。
ファイターは令呪を盾に迫るもの辞さない覚悟だったが意外なほどにあっさりと遠坂は納得してくれた。
「遠坂殿実は頼みがあるのだ───」
そう言って切り出し自分がセイバーに見逃して貰った事を告げた辺りで遠坂が口を開いた。
「いいだろう。確かにそれならば私にも借りが有ると言えよう」
「では遠坂殿…!?」
「ああ。今回だけは見逃そう。幸いこちらも丁度良い具合に条件が悪い。
二度の宝具使用で魔力を大分消費しているからな。我々にも明日以降に備えて休息が必要だ。
ただし次は無いぞ。セイバーに借りた借りを返した後だからな」
「ああ!礼を言う遠坂殿!」
心から話のわかるマスターに恵まれたことを感謝しながらファイターは遠坂に礼を言った。
遠坂は魔術師らしい論理的な考えと。
同じ条件で正々堂々と戦おうとする精神を併せ持つ遠坂家当主の名に恥じぬ紳士だった。
「………しばらく様子を見るためにこの場に残っていてもいいが。
まあさっさと撤退してしまおう。まだ調べものも残っていることだ」
「ああ帰還しようマスター」
そうしてファイターはセイバーとの約束を守り、一切手を出さずにこの場から立ち去った。
一方ランサーたちの方は。
「本当のことを言うと……セイバーを庇ってるでしょアンタ?」
内心ぎくりとする。
なんという勘の鋭い女子か!
「いやまさかまさかでござる」
「へぇ?じゃあ庇って無いんだ?」
「と、当然でござるよ。どこかの武将と違って拙者は敵に塩を送るような事はせぬからな」
冗談めかした態度のランサーはなんとか口八丁で誤魔化そうと努力する。
「そう。じゃあ遠慮はいらないわよね?」
ニヤリと嫌な笑顔を浮かべて綾香がランサーの方を見ていた。
「はい?」
「だから庇って無いんでしょ?なら良いじゃない。ここでやっつけちゃっても」
「いやしかしローランは火事場の糞力でござって!」
思わぬ方向に流れそうな話を必死で方向修正を図る。
「大丈夫大丈夫。あの隠槍蜻蛉墜しだっけ?あの必殺技なら飛び道具だし簡単よ♪」
「う……」
言葉に詰まる。
ここに赤い和装のあくまがいるでござるぞぉぉ………!
あえなくホラ吹きランサー丸は赤い和装のあくまによってあっさりと撃沈してしまった。
「正直に言いなさいよ。セイバーとは本気でやりたいから見逃したいって」
さっきまでの嫌な笑顔から一転して綾香は暖かい笑顔を浮かべた。
「……主殿は気付いていたんで御座るか?」
「当たり前よ。だって昨日セイバーにそう言ってたの他でもない貴方じゃない」
「よいのでござるか主殿?
わかっているとは思うが拙者の我が侭でセイバーを倒す絶好の機会をみすみす捨てる事になるのでござるぞ?」
「別にいいんじゃないの?最終的にランサーが勝てば結果は同じじゃない。
……まさか無理とは言わないわよね?」
相手を信頼した勝ち気な笑顔を向ける綾香。
侍はその笑い顔を眩しそうな眼で見詰める。
ああ……自分は、なんて良き主君を再び得ることが出来たのだろうか──。
「無論でござるよ!前に言ったで御座ろう?小者は知恵を使って大者を倒すと」
「ええ期待してるわ。じゃあそうと決めたらとっととセイバーの所に行きましょう。
折角わたしたちが見逃しても他の連中にやられちゃったりしたら意味無いでしょ」
「あ…そ、そうでござるな!」
綾香が先に歩き出す。
慌ててランサーも主人の後を追った。
かくして二人は倒れ伏したセイバーの許へと向かって行った。
───────Interlude Archer───────
バーサーカーとの戦いを援護しながらもずっと考えていた……。
その連中がこの場から走り去るのを待っていた。
三人の女は通常の魔術師では考えられない位の魔力を帯びていた。
特に真ん中の貴人であろう女は絶対に普通ではない。
恐らく状況的にも彼女はマスターなのだろう。
それから三人は戦闘が佳境に入る辺りでようやくこの場からの移動を開始してくれた。
それを眼の端で追いながら逃げていく方向をしっかりと確かめておく。
援護射撃を行ないながらもさり気なく位置を変動する。
それからしばらくしてついにバーサーカーが強制撤退という形で戦闘が終了した。
ファイターとランサーは警戒態勢を維持したままだ。
「よし…ゆくか」
ボソリと呟き、誰にも見咎められぬようにすばやく霊体化する。
アーチャーはアインツベルン達が逃げた方向へと追跡を開始した。
戦場より数百メートル先の地点。
「はぁはぁはぁはぁ!これでよかったの……?」
息も絶え絶えになりながらアインツベルンが走る。
はっきり言って遅い。
彼女の走る速度は下手な子供よりも遅かった。
そんな彼女に寄り添うように二人の侍女達も必死に夜道を走る。
「はぁはぁはぁ!えと、しかしお嬢様。セイバーがそうしろと言ったのなら。いやでも……」
侍女もよくわからないといった様子であたふたとしていた。
まさかセイバーが倒されるなんて考えてもみなかった。
まるで悪い夢をみているようだ。
「とりあえず……」
そこでどうしても言葉に詰まってしまう。
自分たちはなにをどうすればいいのだろうか?
荒事に全く耐性の無いアインツベルン達はセイバーが居ないこの状況でどうすれば良いのか全然わからなかった。
とにかくまずはセイバーの言葉に従ってこの場から離れることに全力を尽くす。
それ以外の指針が出てこないならそれをとりあえず実行するしかない。
急にどさり。とアインツベルンの後ろで何かが倒れる音がした。
「…?」
肩で息をしながら振り返る。
一人の侍女が転んでいた。
ただし。ただ転んだのではなく。背中に巨大な矢が突き刺さっている状態で。
「あ……」
スゥっと下手人が姿を現した。
巨大な弩を右手に持ったアーチャーだった。
「悪いのぅ。これも、戦争でな」
そんな台詞を口にしてアーチャーが無造作に弩の先端をアインツベルンに向けた。
「お嬢様!!」
咄嗟に侍女がバッと両手を広げてアインツベルンの前に立ち塞がり…射殺された。
心臓に一撃。実に鮮やかなハントである。
「あ、あ…あぁ……ぁぁ」
じりじりと後退していくアインツベルン。
だが石につんのめって尻餅をついてしまった。
仮に感情が乏しくてもこの状況ならば誰だって混乱と恐怖で頭がごちゃごちゃになったとしてもおかしくはない。
真っ白になった頭は何も考え付かない。
ここに来て彼女は令呪を使うというマスターの切り札の事など綺麗サッパリ失念していた。
アーチャーが亀のようなゆっくりとした歩調でアインツベルンの傍へと歩いていく。
「はぁぁぁ………侍女共々に折角の絶世クラスの美女を……勿体無いのう……どうせならワシの嫁にしたかったわい」
弓兵は心底残念そうに溜息をついて。
無慈悲且つ無造作に、そして容赦なく引き金を引いた。
バッシュ!ズドン…ドサリ。
「さてと。確かあの蟲爺の話によればこの女が持っとる筈だが………う~む」
倒れた女のドレスを弄る。
魔術的な仕掛けがしてあるのか服の内部の収納性が異常だった。
下手するとバスケットボール大の物でもスッポリ収まるんじゃないのだろうか?
かつんと指先に何かが触れた。
それを手繰り寄せて引っ張り出す。
「おーしおし、ちゃんと持っておったな。これが聖杯戦争のキーアイテムになる聖杯の器か」
アーチャーの手には豪奢な装飾が施された眩くも美しい黄金の杯が握られていた。
「これで、他の連中よりも若干リードした状態になったわけじゃ」
非常に複雑な心境だがとりあえずこれでいい。
アインツベルンの亡骸は間桐の陣地まで持って行こうか一瞬考えたがすぐに止める。
持ち帰ってもあの連中がろくでもないないことをするに決まっている。
ならこの場に残しておく方がまだマシだろう。
とりあえず貴人のアインツベルンだけは道端に放置ではなく木の幹に寄りかからせる形にしてやる。
さてもどるか。
「セイバーの止めもキッチリ刺さねばならんしな」
アーチャーは霊体化してまたもと来た道を戻り始めた。
───────Interlude Archer out───────
「セイバー!セイバー!しっかりするで御座る!」
頭上からランサーの呼びかける声がする。
「セイバーしっかりしなさい!」
少女の声も聞こえてくる。
「主殿は治癒魔術は使えないのでござるか?」
「しないよりはマシな程度のモノなら使えるんだけど……やっぱりわたしじゃ駄目だ。
なにかの呪いかなんかが邪魔して傷が全然塞がらない!」
「セイバー意識を保つんでござるよ!拙者との約束を破る気でござるか!?」
いややるよ。もう一回ちゃんと決闘するさ。
でも、嗚呼。眠い。意識が混濁する。
セイバーは白きマントが赤のマントに変わる程のダメージを受けているのだ。
サーヴァントと言えど意識の一つや二つ無くなっていても不思議ではない損傷具合である。
むしろ未だに意識がある事の方が大したものであった。
しかしそれ以上に問題なのは。
どういうわけか存在が保てなくなってきている気がする。
マス、ター……?
「セイバー!ならマスターを呼ぶのでござるそうすれば────」
シュ!っと風切り音がした。
咄嗟に反応したランサーが大槍を操り風切り音の元を叩く。
通常規格よりも大きな矢がくの字に折れ曲がって地面に転がった。
「いいや無駄じゃわい」
風に乗って背後から小さく声が聞こえてくる。
ランサーと綾香は声のした方向へと振り返った。
数百メートル離れた高い場所に甲羅鎧を身に纏った男が弩を手に持ち立っている。
「どういう意味で御座るかアーチャー!?」
いまの言葉の意味を判りかねてアーチャーに対して叫び返す。
「簡単な話だ。そやつのマスターはワシが先ほど仕留めた。ついでに聖杯の器もワシが確保させて貰った」
ランサーと綾香が言葉を失う。
セイバーは今の発言が聞こえたのか聞こえてないのか全く動かない。
セイバーのマスターが死んだ?
ならばセイバーはもうじき消滅する……?
「き、貴様……よくもやってくれたでござるな!」
怒りで肩を震わせるランサーが吼える。
「ならなんでアーチャーはまだ此処にいるのよ!?もう用は無いんじゃないの!?」
緑の弓兵に飛び掛ろうとする槍兵を手で制して綾香が訊ねた。
綾香がかけている眼鏡が月光をキラリと反射する。
アーチャーの話が本当ならもうセイバーは放っておけば良い筈だ。
なのにまだこんな場所に居る以上はなんらかの理由があるに違いない。と綾香は判断した。
「セイバーを確実に仕留める為に決まっておるわ。邪魔立てはさせんぞランサー」
アーチャーがまるで当然の行為だと言うように断言する。
この緑色の弓兵はセイバーの危険性、障害性をきちんと理解している。
だからどんな僅かな可能性でも摘み取ろうとしているのだ。
しかしそれは大槍の侍からしてみれば無謀な行動も同然であった。
「それは残念であったなアーチャー。この場で倒れるのはセイバーではない。それは───」
御主だ!と言おうとして言えなかった。
「────貴様であろう、ランサー?」
横合いから突然第三者の声が響き渡ったのだから。
「「「───え!!!??」」」
その場に立つ者全員がその声の方へと反射的に眼をやった。
一際高い木の上にソイツは立っていた。
口元に笑みを浮かべながら、地面を這い歩く蟻を見るかのような目で見下ろしている。
まじないをかけた布を幾重にも巻き付けた軽装。
赤茶色の髪のボブヘアーにした褐色肌の大柄の男。
「………ライダー」
ランサーが掠れた声を出す。綾香は完全に固まっていた。
最初に襲われた時の印象が未だ強烈に残っているのだろう。
そんな二人の姿に満足そうに笑うと、ライダーはゆるりと口を開いた。
「数日ぶりだな槍兵。貴様が召還された日以来の邂逅だぞ?もっと嬉しそうにするがいい生意気な侍よ」
ライダーは余裕と自信に満ち溢れている。
初日の交戦した時も自信に溢れていた奴だったが今日のライダーは何かが違う。
そんな印象を武士は感じ取っていた。
「なぜ、御主がここに居る?」
「なぁに英雄杯フユキリーグトーナメントの観戦という奴だ。
全員観応えのあるよい競い合いであった誉めてやろう。
流石はこの俺様が本気で戦争をするに値すると踏んだ闘争に参加する競争者達だ」
「……………」
ランサーはライダーの言葉に答えずに黙ることにした。
背中を冷や汗がダラダラと流れている。
……これは拙い。非常に拙い事態になった。
否、最悪の状況とも言ってもいいかもしれない。
ライダーは明らかにアーチャーの方を見ていない。
騎兵の瞳には侍しか映っていないのだ。
「ら、ランサー……?」
ごくりと生唾を飲み込んで青い顔をした綾香がなんとか言葉を発した。
聡明な彼女はこの状況が招くであろう結果をすでに理解してしまっているのだろう。
「オイそこの弓兵!」
ライダーがここでようやくアーチャーの方を見た。
その動作はアーチャーには全く興味が無いと言わんばかりの素振りである。
「なんじゃライダー?」
「俺様に少しばかり手を貸すがいい。まあ尤も………貴様には断る理由など無いのだろうが?」
「ッ!!!?」
ランサーから忌々しげな声が漏れる。
おのれ予感通りの展開になりおったでござる!
「ああよかろう。ワシも丁度今からランサーとも交戦せねばならんと思っていたところじゃ。
渡りに船とはこのことか」
ライダーの提案にアーチャーが同意する。
それを見ながら戦争を司るファラオは。
「───ふむ。まだ足りぬな」
と顎に手を当てて呟いた。
同時に虚空から弓を取り出して左手で掴む。
少々弦は強いがあくまで普通の弓だ。
宝具ほどの魔力など微塵も感じない。
「────アーチャーのランサーとの相性の悪さを考慮すれば精々半人前分。
それに奴には昨日セイバーに対して使った投擲の切り札がある……」
昨日のソフィアリの手紙を児戯にも等しいつまらない罠だと嘲笑いながらも、
戦争を侮っていないライダーは用心深くも偵察だけは忘れなかった。
そしてその甲斐あってライダーはランサーの決定的な情報を掴むことに成功した。
「切り札の数値を最大予測値で計算し、いま消耗しているという状態を差し引いても…。
射手を二人揃えた程度ではまだ1.4倍程度か……うむ」
足りないものは仕方が無い。
奴の手向けついでに見せてやるのも良いだろう。
「これより死者の国へ旅立つ貴様へのせめてもの手向けだ」
「陽光の化身よ、今こそその威光を愚者に魅せ付けよ───」
ピンと伸ばした右手の人差し指と中指をくっ付けた形の指で宙を♀文字に薙ぐ。
するとぐわんとラメセスⅡの腿辺りから下が歪み。
太陽神の戦車がその姿を現した。
戦車が出現したと同時にライダーは戦車の上に立っている。
というよりはライダーの足元に戦車が出現した形だ。
絶対的な自信に染められた笑みを浮かべるライダー。
凄まじい魔力を放つ戦車が夜空からゆっくりと大地へと降りてくる。
ずぅぅん。と重たい重量感のある音を低く轟かせて大きな戦車の車輪が地表に降り立った。
その圧倒的な迫力に誰も声が出せない。
それほどまでに戦車が放つ魔力が尋常ではないのだ。
おまけに奇妙なことにこの戦車には車体を牽引する馬や牛などの生き物が何故かいない。
そんなナリでこのシューティングゲームに登場するような近未来的な戦闘機のようなシルエットをした戦車は動くのだろうか?
「────これで、彼我戦力差2.3倍だ───」
その言葉と一緒にランサーたちへ向かって灼熱の殺気が放たれた。
いちいち口に出すまでも無い。ライダーはここで彼らを仕留める気なのだ。
両者の距離は数百メートル。
とにかくランサーは蜻蛉切を構える。
せめて、やるだけ、やれるだけのことをしなくてはならない。
「ゴクリ……あちゃぁ~、ねえラン、サー?………そろそろわたしたち、年貢の納め時…かな?」
逃げられない死の気配を感じ取り震えた声で綾香が冗談めかした事を言う。
自分の主は恐怖を隠して健気にも最後まで必死で戦おうとしている。
絶体絶命と言える状況下。
いまの己が出来ること。
せめて主殿を助ける最良の方法を──!
「主殿──黙したままで、よく訊いていただきたい。沙条綾香に仕える家臣より御身への最後の進言でござる」
ランサーがどういうわけか改まった口調で綾香にだけ聞こえる声量で囁いた。
「ランサー?」
武士は後ろに振り向かずに、だが綾香にだけはハッキリと聞こえる語調で宣言した。
「今より主にはセイバーと契約して頂きたく候」
「───────────え?」
一瞬なにを言われたのか理解出来なかった。
え?っとだた一言発するだけで数秒の時間を要した。
返事をするのにはさらにそれ以上の時間が必要だった。
「あ、アンタいったい何を………」
「セイバーと契約するのでござる。幸いにして現在セイバーと契約するマスターはおらぬ。
そしてセイバーもまだ消えておらぬ。今ならまだ間に合うでござる!」
再度強い口調でランサーが囁く。
それは有無を言わせない力強さがあった。
「だから………なんで…?あんたのマスターは…わたし、でしょう?
あ…そうか。やっぱり不服だったとか、そういうことでしょ?!」
激しく動揺する綾香を無視してランサーは淡々と言葉を紡いでいく。
主の居る背後は絶対に振り返らない。
「これより拙者はライダーとアーチャー目掛けて単騎特攻をかけるでござる。
その隙にセイバーとの再契約を。拙者が消えてしまえば主殿の令呪が、マスター権が消える。
そうなればサーヴァントとの再契約は出来ぬ。拙者が消えるよりも早く再契約を済ませるのでござるぞ」
「だから───どうして、よ?」
ランサーからの突然の契約破棄にも等しい宣告をされて綾香は声を震わせることしか出来ない。
この侍を信頼してた。
この相棒を信じてた。
彼とならば生き残れると。
最後まで魔術師として恥ずかしくない戦いが出来ると思っていたのに……
どうして今そんなことを言うのだろう?
「拙者は…………」
ランサーが言葉を詰まらせる。
言おうか言うまいかランサーの迷いが窺えた。
だから綾香は黙ってランサーの言葉を待つことにした。
「……拙者は、主殿を大変好ましく思っているでござる。
拙者のマスターが綾香殿で真に良かったと、心からそう思うでござるよ」
ようやく彼から出てきた台詞は脈絡が無かった。
だが相棒としては嬉しい限りの言葉だった。
「だったら最期まで……!」
思わず声を荒げてしまう。
歯痒さと苛立たしさから頭がどうにかなりそうだ。
「主殿。拙者は立派な武士になりたい」
威風堂々とした侍の言葉が風に乗って耳に届いた。
沸騰した脳が急速に熱を失っていく。
──立派な武士に──
それは物語のような夢で見た。
ランサーが。本多忠勝がずっと目指してきたモノ。
「りっぱな、武士……」
たどたどしいオウム返しのようにその単語を口にする。
「然様。立派な武士でござる」
照れ臭そうな声で、それでもハッキリとした口調でランサーは再度その単語を言った。
「それはもう…なってるじゃない……もうなったじゃない」
本心から思ったことをその男にしては少々小柄な背中に投げかける。
ランサーは徳川家康に、徳川家に仕える武士として戦い。
立派な功績を残した。後世にまで残る偉業を成し遂げた。
日本人なら誰でも知っている織田信長や豊臣秀吉さえもが認めた立派な武士がランサーだ。
なら誰がどう見ても彼はもう、立派な武士ではないのか?
「───否」
だがランサーはきっぱりと否定する。
自分はまだ立派な武士ではないという。
では彼の言う立派な武士とは……。
「立派な武士とは!」
今までの囁くような声から一転して、ランサーやアーチャーにまでも聴こえそうな程の大きな声でランサーが叫ぶ。
「どのような敵を前にしても、決して恐れず退かず───」
それに伴い頭上で全長4m超の大名槍をグルグルとプロペラの如くブンブンと回す。
「命を惜しまず、主君の為に忠節に励み!」
頭上の大回転から流れるような華麗な動作で大槍を大きく前へと構える。
眼つきは既に覚悟を決めた戦場の侍のものだ。
「己が心より好ましく思う主君ならば、如何な敵であろうとも護り!」
体中の魔力を滾らせる。
これが恐らく己の最後の戦い。
その結果は死。しかしその代わりに得られるものが道。
現世の主君の閉ざされた未来を再び繋げるための道なり。
「何があろうと決して死なせぬ事が出来る武士の偉名を───」
前傾姿勢の体勢で右足に力を溜め、爆発する瞬間をまだかまだかと待ち続ける。
敵はライダーとアーチャーの二名。
二人とも英雄に恥じぬ覇気を持つもののふである。
だが上等だ!本多平八郎忠勝の敵として不足は無い!
「立派な武士と申すので御座る────!!!!!!」
本多忠勝は体内の気を爆発させると連携して足先の力を解放した。
綾香の目の前からランサーが掻き消える。
人間の目では追えないような速度。
旋風のような足捌きで轟々と戦場を横断してゆく。
まずは彼女の再契約のために時間を稼ぐ必要がある。
少なくとも契約するまでは何が何でも死ねん!
「オオオオオオオオオオオオオオ!!!」
自分目掛けて突貫してくる槍兵の勇姿を目の当たりにして騎兵が歓喜の雄叫びを上げる。
「ハ、ハハハハハ!!いいぞ!生意気なサムライよ!それでこそ俺様が極刑に処すと決めた咎人だ!!!」
見事な気迫。流石は半神の身である己に血を流させただけのことはある。
本当にいい覚悟と気合だ。そうでなくては待った意味が無い。
「──さあ!今こそ己が咎を悔い改め、そして禊ぎを受けよ!」
ファラオが戦車の上で両手を広げる。
「──今宵、神判の時だ───────!!!!」
ラメセスⅡが高らかに天に宣告した。
彼の魔力に反応して車輪がギュルギュルと凄まじい回転を開始する。
あまりの回転数に車輪が地面と全く噛み合わずにその場で空回りをしている。
戦車をスリップさせたまま、疾走をしてくるランサーの眉間に狙いを定めライダーが弓を構える。
その遙か後方でアーチャーも同様に己の弩を構えていた。
「ちぃっとばかしこの距離は遠いわ」
軽くぼやきながら弩の射出方法を単射から連射にレバーを切り替える。
この神の弩は宝具能力として一射に千の矢を放つ事が出来る特製品である。
その力の残滓は通常使用においても現れている。
この弩は一度のリロードで50連発の矢を放てる。
弾数は能力解放時に出せる矢の数と同じく、最大1000発。
1000発全弾撃ち尽くすと一度状態をクリアする為に消滅させ、再度弩を出現させる必要がある。
弓の英雄にしては射撃力が決して高いとは言えないアン・ズオン・ウォンは精確性ではなく弾数で戦う弓兵なのだ。
「ま、下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとはよく言ったもんじゃわい!」
引き金を引き絞る。
シュカカカッカカカカッカカ!
矢がマシンガンの様に射出される。
弧を描いて自身に向かって飛んでくる大量の矢をランサーは巨大な槍を巧みに手繰り打ち払う。
アーチャーの矢筋は何度かの戦いを通して見ている。
ならばある程度見切れる分そう簡単に当たらない。
問題は一度も弓を引くところを見ていないライダーの方である。
「ハンッ!だからどうしたと言う?元より片道切符のつもり。何が来ようが同じで御座るわ!!」
ライダーはまだ矢を放たない。ギリギリと弦を軋ませながら待つ。
カッとライダーが目を見開く。
一条の矢が彗星の如き勢いで侍の眉間を狙う。
余程強靭な弦を使っているのだろう。矢の速度がかなり速い。
「イヤァ!!」
槍の真ん中を背面で抱え込むようにして持ちながらランサーがさながら台風のように大回転した。
アーチャーの馬鹿でかい矢とライダーの豪速で飛ぶ矢を纏めて打ち払った。
「よしよしそれでいい。どんどん行くぞ槍兵!簡単には斃れてくれるなよ!」
続けてライダーが第二矢を射る。
それと同時に輝く太陽の戦車が砂煙を上げてスタートを切った。
ランサーさえも驚く機動力を見せる戦車が戦場を突き進む。
それに合わせて遠い場所に陣取っている弓兵もようやく移動を開始し始めた。
騎兵は槍兵の背後に回り込むような軌道を選択している。
この男……戦というものをよく熟知しておる!?
マグナム弾とマシンガンが競演しているような弾幕の雨を前にしてそれでもランサーは一歩も退かない。
「まだまだぁぁ!!」
「ふははは!はーはっははは!」
「おらおら!ワシは忙しいんじゃとっとと落ちんかいランサー!」
よりいっそう苛烈化し勢いを増していく戦場には三人の猛者たちの雄叫びが轟いていた。
───────Interlude ───────
己が好ましく思う主君を絶対に死なせないのが立派な武士。
自分はそういう武士になりたい。
駆けゆくランサーの背中を見送って何度も何度も武士の言葉を反芻した。
無言で歯をきつく食い縛る。
自分が時間を稼ぐから、その隙に契約に逸れたセイバーと契約して欲しい。
何度も自分を助けてくれたランサーの願いはそれだけだった。
元より彼には綾香と同じで聖杯に賭ける悲願は無い。
敢えて言うならば英雄という強者と戦いたいというのが侍の願いだった。
だがそれでもランサーにも果たしたい約束があった筈だ。
その約束を交わした本人。背後に倒れている騎士に綾香は目をやる。
「……………ぅ」
息も絶え絶えの状態だがそれでもまだ騎士は死んではいなかった。
それどころか騎士はまだ闘う気なのかさっきまでとは体勢が変わっている。
ランサーはこのセイバーと決闘することを心から望んでいた。
ファイターともまた戦うつもりだった。
もしかすると負けるかもしれないからその時はマスターには寺で待機してて欲しい。と作戦まで考えていたくらいに。
でもそれでも。
武士は己の約束よりも主人である彼女の命を優先した。
そういえば本多忠勝には本能寺の変で死した織田信長の後を追うと乱心した彼の主君、
徳川家康を死に物狂いで諌めてどうにか存命させたなんて逸話もあったような記憶がある。
つまり生きても死んでもそういう一本槍みたいな男なんだろう。
「立派な武士になりたい……か」
深々と溜息をつく。
恐らく今更令呪を使ってランサーを停めても無意味だろう。
そんなことをすればきっと侍は心底失望する。
それにそんな真似をしたところでどうせ逃げられないのだ。
色々と無駄だと判っているからやらないだけに過ぎない。
アーチャーだけならまだなんとかなったがライダーまでもが出てきた段階で自分もランサーも死ぬしか道は無かった。
サーヴァントからしてみれば無力にも等しい沙条綾香の力ではあの二人からは逃げ切れない。
ランサーも単独ならまだしも、自分という枷が傍に居る以上は逃げられない。
だから。
そんな状況でマスターが生き延びるには、ランサーが選んだ方法しかなかった。
「はあ…どうせだから一緒に玉砕してやるつもりだったのにね………」
愚痴を零す。
折角玉砕の覚悟までしたのに自分だけ生き延びろとはなんて勝手な話なんだろうか。
「でもねえ……やっぱり」
でも、だからこそ思う。
もしもここで自分が死んでしまってはランサーの立派な武士になるという願いが叶わないではないか。
流石にそれはあんまりだろう。
ランサーは本当によくやってくれたと思う。
ならば……。
「頑張った臣下にはちゃんと褒美はあげなくちゃいけないわよね」
パシンと顔を叩いて気持ちを切り替える。
そして背後に倒れているセイバーの傍にさり気なくしゃがみ込んだ。
「セイバー!無事?セイバー!?聞きなさい!」
ユサユサとセイバーの身体を揺らす。
あまり大声は出さない。
ライダーとアーチャーに見付かってしまっては全てが無駄になってしまう。
綾香は細心の注意を払いながら自分がいま為すべき事に集中した。
────。
────────。
自分の名を呼ばれている気がした。
バーサーカーに受けた傷が深い。
なぜかマスターから魔力が供給されてこない。
それがいみすることが、どうしてもりかいできない。
頭が働かない。
でも呼ばれる方へと目を向ける。
霞んだ視界には女の子らしき人物が映っていた。
顔はわからない。声もよく聞こえない。
オレはそれどころじゃないんだ。
とにかくすぐに立ってまた闘わないといけないんだから。
でも力が全く入らない。
「セイバー!セイバーしっかりして!」
ゆさゆさと女の子が身体を揺らす。
傷に響いて痛い。やめてくれ。
「ローラン!わたしと契約して!!」
セイバーではなく、隠していた筈の本当の名前を呼ばれた。
ありえないと思いながらも、それでもどうしても見ずにはいられなかった。
「ォ…ー…………ド?」
ありえない幻。
必死な顔をして自分を呼ぶ少女がいつかの恋人の姿とダブって見えた。
なんでオードがここに?
「契約して!わたしと!同意するなら手を!」
少女が手を伸ばしてくる。
「──ぁ……く」
訳もなく手を伸ばす。無意識に救いを求めるように。
ありえない幻を否定するように。
力の入らない腕をぷるぷると震わせて、差し伸ばされた手にむかって。
「―――告げる!汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――!」
綾香が再契約の為の呪文を口にする。
「―――我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!
されば汝が命運に、再びその剣を振るう機会を与えよう────!!」
ここで終わるわけにはいかない。
まだやらなきゃならないことがある。
まだ叶えなければならない願いがあるんだ!
「──────誓おう。
……聖杯より与えられし、セイバーの名に誓って……!」
自分でも無意識の内に契約の言葉を口にしていた。
何も考えられない役立たずの脳を捨て置き本能だけで腕を伸ばす。
悲願を叶える為に、まだ戦う為に。
そして差し出された細い手をギュッと掴んで。
「偉大なる『聖堂王』の下に集いし、誉れ高きパラディンの名に誓って───!
───汝を、我が主と認めよう────!!」
───────Interlude out───────
───同時刻。
「───はぁはぁ、はぁはぁ!!」
息を弾ませながらほんの僅かな休息を取る。
アーチャーとライダーの連携射撃は実に見事と評価できるものでジリジリとランサーが追い詰められていた。
アーチャーは徹底的に一定距離を保とうとする。
一度でも間合いを詰められればランサーの足からは絶対に逃げ切れないと肝に命じているからだ。
そのためアーチャーとランサーの距離が100m以下になることは殆どない。
仮に100m以下にまで詰めてもその後が問題だった。
「ハッハッハッハ!!どうした槍兵、俺様の攻めが強烈過ぎるせいでたまらず休憩か?」
ライダーが鮮やかなドリフトターンを決めて車体を停車させる。
この騎兵が弓兵を守ろうと行動するのが一番厄介だった。
奴の戦車の機動力と強弓の射程に阻まれるせいでランサーはアーチャーを黙らせることがどうしても出来ないでいた。
だがライダーからしてみればアーチャーは己と侍との戦力差を二倍以上に維持する為にどうしても必要な駒なのだ。
よってなにがなんでもアーチャーを潰させるわけにはいかない。
奴には今宵確実に神判を下す。
それがラメセスⅡの覚悟だった。
「ならば強制的に踊ってもらおうかっ!!」
再度戦車の車輪が物凄い勢いで回り始める。
この戦車は牽引する生き物がいない癖にとにかく恐ろしく速い。
ライダークラスのサーヴァントは機動力に優れ、宝具が強力である場合が多いクラスとは言うがまさにその通りであった。
槍兵を轢き殺すために太陽の戦車が猛進する。
ライダーは牽制するように弓を一矢、二矢、そして溜めた三矢と放つ。
ランサーにとってはこの弓矢も面倒臭い武器だった。
騎兵が弓など持ち出してくれたおかげで槍兵は遠中近距離の全ての攻撃に警戒を払わなければならなくなった。
「つぅぁ!!」
横っ飛びしてからごろごろと地面を転がってなんとか車輪を避ける。
と同時に頭上から大量の矢がばら撒かれる!
「ぬぉぉおっ!!おのれアーチャーめ!」
死に物狂いで立ち上がりながら大量の矢を迎撃する。
矢数が異常だ。生前には奴ほど矢を持っていた敵などいなかった。
「チィィ!まったくよう避けるし打ち落としてくれおるわい!ワシにここまで矢数を使わせるとは!」
忌々しそうに吐き捨ててすばやく矢をリロード。
リロード完了まで二秒未満。
これで再び50発の弾頭が装填された。
数百メートル先の標的へと大体の狙いをつけて引き金を引きっ放しにする。
軽快な音を鳴らし矢が空へバラ撒かれる。
既に400近くは矢を撃っているのに奴には致命的な傷を一発も受けていない。
精々腕や足に一本二本刺さった程度だ。
後は全て掠り傷程度の損傷しかない。
まったく敵ながら天晴れと言うしかない回避力を持つ猛者だった。
「ヘイッヤ!」
ランサーは気合を吐いて俊敏に跳躍する。
瞬時に終わるほどの短い滞空……着地、それと同時に疾走。
止まっているのは色んな要素から考えても拙い。
とにかく己の武器は足と大槍の長大な間合い。そして自慢の回避力だ。
そんな自分が足を止めていては話にならないじゃないか!
「何度見ても見事な足よな!流石はこの俺様が手こずった速さだ!」
ランサーから25m程度離れた場所をライダーが戦車で並走する。
誉めながらもしっかり一射くれるところはさすがだった。
一息で矢を払うとランサーの方からライダーへと突っ込んでいく。
「ほう!いいぞその負けん気!神に逆らう咎人ならばそれくらいの気勢があってしかるべきだからな!!」
ぐんぐんと近づいてくるランサーを何故か弓で迎撃しようとしないライダー。
ランサーはそのまま一気に間合いを詰めた。
無駄の無い動作で大槍を薙ぐ。
風を切り裂いく音を立てて槍がライダーに迫る。
バキンと鉄の音が周囲に響いた。
「────!?」
「ん?忘れたのか?貴様と最初に邂逅した時には俺様も槍を持っておったであろうに」
ランサーの大槍の攻撃をとんでもない勢いでかち上げてしまうライダーの騎乗槍。
「しま───ぶはっ!!」
肺の中の酸素が強制的に搾り出されてしまう。
そして車体の後方へとすっ飛ばされ不恰好に大地を転がる小柄な身体。
まるで轢き逃げしたかのように転がるランサーを置き去りにして前方へと走り去るライダーの戦車。
胴体に直撃したのは騎乗槍の柄の部分。
避けられないと見切ったランサーは穂先ではなく、
よりダメージの少なくて済む柄の部分を喰らうために敢えて被弾覚悟でその場から前進した。
直感に任せたその判断は非常に正しかったようで損傷があまり酷くない。
「ゴホッ!えほ、……痛ぅぅぅう!!この馬鹿力、め!」
だが高い攻撃力を持つライダーの攻撃は柄の部分といえど十分に効いた。
というよりはランサーの防御力がサーヴァント全体から見るとやや低めなのだ。
それは本多忠勝という英雄は防御力を重視した重装よりも軽快性や俊敏性を重視した軽装を好むからである。
重装にかまけて動きを殺し傷を受けるよりは、軽装で動きを生かし傷を徹底的に避ける方が余程賢いという彼らしい理論だった。
「おおっと大丈夫か?怨敵を前にして少々力が入りすぎたか」
車輪を停止させたライダーが悠々と騎乗槍を肩にかけている。
しかしすぐさま仕掛けてくるような気配は感じ取れない。
今のうちに息を整える。
休める時に休んで可能な限り長い時間を戦わなくてはならない。
「はぁはぁ!はあ……ふぅ、ふぅ、ふぅぅぅう」
己の主のために時間を稼ぐのだ。
セイバーならば、あの男ならばきっと主の命を救ってくれる。
聡明な彼女のことだ。
もしセイバーが相方では駄目だと思えばなんらかの手段を取ってなんとかする筈だ。
とにかく、いま自分がやらなくてはいけないのはこの絶対的な死の窮地から彼女を何が何でも存命させること。
未来に続けられれば選べる選択肢が増える。
祖父殿のように誇り高く戦死するのもよし。
聡明にこの冬木から撤退するのもよし。
知恵を使ってまだ戦い続けるのもまたよしだ。
奴らに今此処でその選択肢を奪わせるのだけは絶対に阻止しなくてはならない。
己がまだこの世に在る限りそんな真似は許さない!
「ふぅぅ…………よし!ウオオオオオオオオオ!」
自分の使命を再確認し気合を入れ直す。
またしても頭上より鏃の雨が降り注ぐ。
ランサーは勇猛果敢にも傷を生む雨に頭から飛び込んでいった。
────────。
────────────。
─────────────────。
「単騎だと言うのに見事な奮闘振りだったぞ槍兵」
満身創痍の姿だがランサーはまだ立っていた。
傷が目立ち、出血が目立ち、疲弊が目立つがその瞳から闘志は消えない。
「…………」
その両の目を真っ直ぐに見詰めながらライダーは思う。
ランサーは実に見事に戦った。
だが──自分はどうだ?
確かに戦力が二倍以上になる状態を整えた。
あの数ある駒が揃う盤面の中で一番最高の盤面の状態とタイミングで仕掛けた。
その結果がランサーの今の姿だ。
このままやっても何の紛れも起こらずにランサーは斃れることだろう。
自身が将としては最高の仕事をしたと言えるのはまず間違いない。
だが────ファラオとしてはどうだ?
ライダーは再度同じ自問を繰り返した。
奴はまだ見事に戦っている。
果たして自分は見事に戦ったか?
あの忌々しい侍に見事だと言わしめる闘いをしたか?
これは安牌ばかりを切る手堅くもせせこましい戦いではないのか?
「────冗談ではない。これではまるで俺様の方が弱い様ではないか……!」
ライダーが宝具能力を使わないのはあくまで使わずとも自分の方が強いと確信しているからだ。
事実ライダーが本気の本気でランサーを瞬殺しようとしたならば最初の一分でこの闘争は終了していた。
だがそれでは神判の意味が無い。
ファラオである自分に、神の血が流れる御子にあれだけの血を流させた赦されざる咎人だ。
奴には相応の苦痛を支払わせねばならない。
それゆえに相応しい神判の方法を選んだつもりだったのだが……。
どうやら──ランサーの闘争心がライダーの内にある戦士の魂に火を点けてしまったらしい。
「馬鹿を抜かすな。俺様の方が奴よりも強いに決まっておるだろうが」
弓を仕舞う。そして手に騎乗槍を装備する。
あの生意気なサムライはラーの現世代行人であるファラオに対して真っ向から反逆した愚者。
ならば、我も相応のものを奴に見せてやるべきだ。
「ラー・ホルアクティよ。次の一撃で、あの罪人に判決を下すぞ───」
車体を撫でる。
夜間にはセト神とトト神の加護が消えるためあまり使いたくは無いのだが……。
ライダーは気力を高めて魔力を『日輪抱く黄金の翼神』に魔力を全開で叩き込む。
燃え盛る豪炎が戦車より出現した。
炎の羽衣の様に火炎が踊る。
まるで太陽が大地に突如出現したかのような光景である。
「ゆくぞ槍兵────我が父より判決が下った」
ファラオの言葉は裁判長が振り下ろす正義の鉄槌も同義。
灼熱の殺気を纏いライダーがランサーを爛々と睨む。
「来るがいい────我が槍の底力、そのまなこでとくと見よ」
ライダーの言葉に対してボロボロのランサーが応える。
だが愛槍を構えるその目は全く死んでいない。
ランサーはまだ勝利を諦めていないのだ。
いつの間にかアーチャーからの攻撃は止んでいた。
「咎人、極東のサムライへ神判を言い渡す────死者の国の贄となれ!!!!」
爆炎を巻き上げて車輪が猛烈な大回転を開始する。
夜間は日光が無いためライダーが直接魔力を戦車へ供給する。
回転する車輪が地面をゆっくりと離れ、ついに浮き上がる。
僅かの時間空中をホバリングすると戦車が物凄い勢いで上空へと飛び立った。
夜空へと飛行を始めた戦車は戦場の上空を大きく旋回し加速する。
まるで火の鳥が夜空を飛びまわっているようだった。
それから十分な助走距離で加速をつけると再び地上へと着陸を始めた。
ランサーもそれに合わせて体の方向を変える。
無事着陸を果たしたライダーがそのままの勢いでランサーに突撃する。
同時にランサーも猛走を開始した。
二人の戦士が魂からの声を張り上げる。
スピードを武器とする二人のサーヴァントが互いの距離を零にせんと動き出す。
────100m。
後方へと流れていく景色が認識できない。
前へ前へと進む二人の足はより早くと加速してゆく一方だ。
…敵はまだ遠い。
────50m。
目を見開き槍の狙いを定める。
槍の穂先が狙うのは互いの心の臓。
…敵の姿がだんだんはっきりしてくる。
────25m。
両者共に二撃目など考えていない。
そもそもそんなもの不要である。
槍の極意とは即ち、間合いを制して、敵を制すもの。
…敵の姿がくっきりるくらいに近づいてきた。
────10m。
懐に入られれば死ぬような獲物を扱う者達がこれより敵の懐深くに飛び込もうと言うのだ。
二撃目など存在する訳が無い。
必滅の槍がもたらすのは己の勝利か敵の敗北か、はたまた敵の生か己の死か。
それ以外の結果は存在しない。
…敵が目前に迫る。
────5m。
回避不可能な距離に敵がいる。
ファラオと武士が裂帛の怒号を腹から奔らせ必殺にして奥義である壱の突きを穿ち放つ────!
会心の速度で突き出された命の緒を絶たんとする二本の牙。
───0m。
───英雄たちのプライドという名の槍が渾身の力で激突した────!!
空高く槍が舞う。
付着していた血を振り散らしてくるんくるんと回転する。
くるんくるん。くるんくるん。
槍が最高点まで舞い上がると、その後重力に引かれてゆっくりと落下してくる。
そうしてストンと槍が地面に突き刺さった。
まるで戦士の墓標のように大地と垂直に刺さった槍。
深々と突き刺さったのは……全長4mを超える大槍だった───。
「ご───ふ……」
ランサーが口から血を零した。壊れた臓器が血液を逆流させる。
体の力が抜けて地面に膝立ちするように両膝膝を付く。
全身には戦車の纏う火炎を喰らっておりメラメラと灼熱の残滓が残っていた。
そして侍の腹部には──。
騎兵の騎乗槍がずっぷりと飲み込まれており、これ以上ない程の串刺し状態を呈していた。
「どうだサムライ?それが王が下す─────神判の味だ」
激突した直後に華麗なドリフトターンでランサーの方向へと向き直ったライダーが勝者の言葉を口にした。
「ぁ………」
力尽きたランサーが大地にのめり込むようにして横向きに倒れた。
顔はライダーの方に向いている。
「だが、見事な一槍であったぞ。………この痛み、貴様を討ち取った代償として、しかと受け入れよう」
倒れた槍兵の目を見つめて騎兵が心からの賞賛を贈った。
勝ったライダーも無傷ではなかった。
左腕からは凄まじい量の出血が見られる。
下手すると千切れかけているのかもしれない。
それほどの深手をライダーは負っている。
壮絶な笑みを浮かべる口端にも一筋の血がつぅっと垂れていた。
「ああそうそう。貴様に一つ訊いておかねばならんことがあった」
まるでたった今大事なことを思い出したかのような口調だった。
焦点の定まらない胡乱な目でランサーがライダーの顔を見た。
「生意気なサムライよ……貴様、名はなんと申す?」
真剣極まりない口調と表情でファラオが侍に問いを投げた。
侍は何度か言葉を発しようと口を金魚のようにパクパクと開く努力をして。
「本多、平八郎。忠勝……でござる」
己が誇るべき真名を名乗った。
「そうか、ホンダ・ヘーハチロ・タダカツか」
騎兵は噛み締めるようにゆっくりとゆっくりと侍の名を口の中で復唱する。
そしておもむろに厳格な態度をとって再び口を開いた。
「────ではホンダ・ヘーハチロ・タダカツよ。俺様の部下になるがいい。
此度の貴様の王に対する反逆は我が父より神判が下された事により禊がれた。
よってその奮迅ぶり称え今宵より俺様の部下になるがいい。
貴様ならば我が誇る太陽の神軍の最強の将として偉大な俺様と共に世界の歴史に名を残せるであろう」
冗談でもなんでもなくこの男は本気でそんなことを言った。
エジプトで最も偉大な英雄が本多忠勝という一人の侍大将の力を認めたのである。
ランサーは死に体でありながらもその言葉に思わず目を見開いてしまった。
これだけの力を誇る英雄が己程度の力を認めてくれたのだ。
嬉しくないわけが無い。だが…。
「真に残念で御座るが、その申し出は、丁重に断らせて頂きたく…存じ上げる。
……拙者、本多平八郎忠勝の、主君は後にも先にも………徳川家康、ただ一人のみ。
そして、サーヴァント・ランサーの主君は、後にも先にも沙条綾香ただ一人のみでござるゆえに───」
それが自分の忠道であるため我が志を酌んで貰いたい。と最後に一言だけ付け加えて侍は断った。
「ふん。既に別の王に仕えている以上は仕方が無いな。では諦めるとするか」
ライダーは素っ気無い口調で納得した意思を表してランサーに背を向けた。
ファラオという高貴な身分である自分がわざわざ一介の罪人を看取る気は無いのだろう。
だがそれでも背を向けるだけで立ち去ろうとしないのがライダーのランサーに対する評価を如実に表していた。
「はぁぁぁ────いや、天晴れでござった。外海に広がる世界は実に広大でござるなぁ……」
最後に大きく息を吐いてランサーが目を瞑る。
セイバーとの再戦を果たせなかったのが心残りではあるが。
自分は間違いなく燃え尽きた。
たかが極東の一介の武将如きが世界の勇者たちと対等に戦えたのだ。
心残りはいくつかあるがそれでもまあ、納得のいく結果だった。
ならこれ以上何も言うまい。
ただ一つだけ願わくば……。
「綾香殿───どうぞ御無事で。主殿ならばきっとやれるでござるよ」
最後に己の主人の身を心から案じて、忠臣の侍はそっと消滅していった────。
──────Sabers Side──────
当然令呪がじくりと痛んだ。
「───え?…………ラン……サー?」
綾香がセイバーの意識を取り戻させようとあれこれやっている時の出来事だった。
ランサーが戦っている筈の遙か前方に目を凝らす。
だが闇夜に包まれた戦場では数百mも離れた位置で戦っているランサーの姿は確認できない。
でもこれ以上にない明確なことはある。
ランサーの身に何かが起きている!?
まだセイバーとの再契約を完了していない。
マズイ、本気でもう時間が無い!
「セイバー!セイバーしっかりして!」
少し乱暴にセイバーの身体を揺する。
それから耳元で少し大きめの声を上げた。
「ローラン!わたしと契約して!!」
もう形振り構ってなんかいられない。
アーチャーやライダーにバレようが知ったことじゃない。
駄目だったなんて絶対に言えない。
言わせない。
そんなの、そんなの最後まで忠臣でいてくれたランサーに対する一番の裏切りではないか!
「ォ…ー…………ド?」
綾香の必死な思いが通じたのかローランが微かに意識を取り戻した。
恐らく混乱しているのだろう。
騎士はちゃんと物事を認識できていないらしい。
「契約して!わたしと!同意するなら手を!」
だがそれでも一向に構わず手を差し伸べた。
いま自分がランサーにしてあげられる事は何が何でもこの窮地から生き延びること。
ランサーが現界している間、マスターが無事でいることが彼に対して主がしてやれる一番の褒美になる筈だ。
だから死んでたまるもんか。
卑怯だと言われたって知らない。後ろ指を差されたって構わない。
たとえ相手の意識がはっきりして横合いから掻っ攫うような再契約だしても己が生き延びるために利用させてもらう。
「──ぁ……く」
セイバーが綾香の方に手を伸ばす。
行ける!これならばなんとかいける。間に合う筈だ!
「―――告げる!汝の身は我の下に、我が命運は汝の剣に!
聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら―――!」
令呪から伝わる痛みがだんだんと大きくなっていく。
ランサーが大怪我をしたのかもしれない。
あるいはもう死に掛けているのかもしれない。
そんな雑念を必死で頭から振り払って綾香はサーヴァントとの再契約の呪文を詠唱する。
「―――我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう……!
されば汝が命運に、再びその剣を振るう機会を与えよう────!!」
間に合え。間に合え。間に合え間に合え。間に合ってお願いだから!
セイバーお願いだから早く手を握り締めて!
しかし騎士から伸ばされた手は綾香の手に触れるだけで握り締めてはくれない。
「───セイバーーーーーッ!!!!!!
………………ランサー……」
悲痛な声でセイバーの名を叫ぶ。
そして、消え入りそうな声でランサーの名を呼んだ。
ランサーの令呪の重みが軽くなっていっているような気がする。
彼女のランサーは負けたのだ。
それを裏付けるようにレイラインで繋がっているランサーへの魔力供給が急速に途切れ始めている。
……もう駄目かも……。
しかしその時。
強く、しっかりと、綾香の細い手を聖堂騎士の大きな手が握り締めていた。
「──────誓おう。
……聖杯より与えられし、セイバーの名に誓って……!」
それに次いで契約の言葉が騎士の口より放たれる。
「偉大なる『聖堂王』の下に集いし、誉れ高きパラディンの名に誓って───!
───汝を、我が主と認めよう────!!」
セイバーとの繋がりを示す証が令呪として綾香の身体に出現した。
それと同時にランサーの令呪が消えた。
声を押し殺す。
まだだ。まだ終わっていない。
まだ自分でここから何とかしないといけないのだ。
絶対に死んでやらない。
少なくとも、ランサーが散ったこの戦場では。
「セイバー!聞こえる?マスターが大ピンチなの!何とかできる!?」
胡乱としていたセイバーの瞳に力が灯る。
再度マスターからの魔力の供給と現世への滞在を許可するパスポートを得てセイバーが辛うじて息を吹き返す。
マスターの危機を告げる声に反応して身体を起こそうと奮闘している。
彼の頭はまだ正常には動いていないだろう。
しかし、騎士としての誇りが本能のように主を守れと肉体に叫び続ける。
「あ………ぉぉ!」
先ほどのような掠れて死にそうな声ではなく、力の篭った声がセイバーの咽喉から漏れた。
倒れた格好のままズルズルと右手にずっと握られていた聖剣を頭の方へと引きずる。
本当に困ったときにやるべきこと。
それを実行するために聖剣を必死の思いで動かす。
この土壇場でローランが思い出していたのは彼が好きだったテュルパン大司教の言葉だった。
困ったときにはどうすればいいか?というローランの質問にテュルパンは微笑みながらこう答えてくれた。
───そうですねぇローラン殿。もし真に困った事が起きた時はデュランダルに祈ると良いでしょう。
その聖剣の柄に納められた聖人の加護と、天使、それに我等が主がきっと貴方に力を貸してくださることでしょうから───
セイバーは刀身を下向きにし、柄の部分を頭の方へと向きを変える。
それから剣を杖代わりにして死に物狂いで上体を起こし。
正座するような体勢でなんとか倒れないようバランスを保つ。
そして黄金の柄を額に当ててセイバーは心から祈った。
真摯に、純粋に。
己に力を御貸し下さいと、天に祈りを捧げた───。
空白の沈黙が流れ。その直後。
デュランダルの黄金の柄が淡く輝きだした。
無心に祈ったままイメージする。
聖剣の柄に蓄えてられている強大な魔力を自分に流すイメージ。
上手くいく保証はない。
だが漠然とではあるがセイバーはきっと出来ると信じていた。
まるで土に水が沁み込むが如く。
ゆっくりとではあるが、しかし確実にセイバーの身体へと聖遺物の魔力が流れ込んでいっている。
それに伴いセイバーの傷が段々と塞がっていく。
セイバーは外部の魔力炉を利用し、自身に供給して消耗した分を力技で補っている。
綾香は彼の邪魔をしないようにその様子をずっと黙って見守っていた。
ある程度傷が癒えるとセイバーは額から黄金の柄を離した。
魔力炉としての力を持つ聖剣の柄。
その柄に蓄えられていた魔力が供給した分だけ綺麗に減っていた。
「……ふぅ…よし」
セイバーは大きく吐息をはいて目を開ける。
のろりと立ち上がった。
ふら付きはするがさっきまでの瀕死状態に比べると動けるだけ全然マシだった。
だがこれではまだ駄目だろう。
だって目の前には。
「───ほう。まだ立ち上がれたとはな。もう休憩は終わりか?」
「貴様がランサーの前で愚図愚図しておるからじゃろうが……さっさとしておれば立ち上がる前に叩けたものを」
ライダーとアーチャーが立ち塞がっていた。
ライダーはもう戦車には騎乗していない。弓も装備していない。
騎乗槍を右手にぶらりと持っているだけだ。
彼はランサーとの戦いで軽くはない傷を負っている。
一方のアーチャーは無傷と言っていい状態だった。
「ライダー……!ランサーはどうしたの?」
綾香が抑えた声でランサーを睨み付けた。
いちいち訊かなくてもランサーがどうなったかなんて判ってはいたが、それでも訊かずにはいられなかった。
「ふん?ああ、ランサーの”元”マスターか。あやつならばつい先程俺様が仕留めた」
「……っ!!!」
綾香の目に殺気が灯る。
この男は絶対に許してやらない。
お爺様とランサーを殺したわたしの仇敵!
「くくく。良い眼つきだな小娘」
「セイバーの方はしぶとく残りおったか。まあええわい、どの道ここで倒れてもらうだけじゃ」
アーチャーが弩でこちらに狙いを定める。
当初の予定通りセイバーには何が何でもここで脱落して貰うつもりなのだろう。
セイバーはまだフラフラしていてとても戦えるような状態には見えない。
セイバーがチラリとこちらに合図を送ってきた。
意図はまったく読み取れなかった。
でも、どうせやることは一つだけだ!
綾香は腕でを空高くに掲げ、そして声高に叫ぶ。
「我、聖杯より選ばれし七人が一人の魔道を担う者。この瞬間より己が剣に命ずる────!」
ライダーとアーチャーが驚いた顔をしている。
連中が油断していたところを上手に突け込めた。
二人が行動を起こす動作がいつもに比べて大分遅い。
もらった…!
「セイバー!───この闘いにおいて奴らに負けるな!!」
大魔術の結晶である令呪が光輝きセイバーに対してこの闘いで”負けない”ための後押しをする。
セイバーの肉体から出来るだけ長く戦うために痛覚が消え、霞んだ思考がスッと晴れた。
だがローランが治癒魔術スキルは持たないため、傷自体を癒すことは令呪であっても出来ない。
よって先程セイバーが自分に施した強引な治癒の分しか回復していない。
だが死んでいた手足の感覚が大まかにだが戻っている。
これでまた何とか戦える筈だ。
あとはマスターから受けた令呪のバックアップと一緒に。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
気力と根性でなんとかするのみ!
気合とド根性とマスターの助力を胸にふらついていたセイバーが力強く大地を踏みしめる。
鋭い両の目は迫る敵の姿をしっかりと見定めていた。
聖剣を大きく振りかぶって……一閃!
ライダーが苦しそうに槍でセイバーの一閃を受け止めた。
左腕の傷に響くのか微かに騎兵が苦悶の声を洩らす。
ライダーの攻撃から僅かに遅れて側面から飛んできた矢の一群を全て斬り捨てる。
こうなれば死なない程度に完全燃焼してやる。
意地でも負けてなるものか。
怒号をあげてまずアーチャーへと襲い掛かる。
やつの頭蓋目掛けて剣を思いっきり振り落とす。
弓兵はでかい弩と甲羅の手甲を器用に使ってセイバーの剣を防御する。
もう一閃、切り返して二閃。
「ふっ…はぁ!シャラ!あまり舐めるんで無いわあ!」
セイバーの三撃をなんとかいなしてから騎士の顔面に銃口を向ける。
「うおっ!!?」
己の眉間を睨みつける銃口から逃れるように上体逸らしの要領でぶち込まれる矢をかわし、バク転。
着地と同時にすばやく横に飛んで続く第二射目の弾道上から退く。
アーチャーは矢を連射しながら足を動かして敵との距離を取る。
追う騎士。追い払う弓兵。
そして両者の間で散る火花。
この弓兵は守りは中々に堅くさっきからセイバーの攻撃から何とか致命傷を避けていた。
「この俺様を無視するとはいい度胸だな一介の騎士風情が!」
セイバーの上空から怒声がした。
ライダーが槍の矛先を地面に向けてセイバー目掛けて落ちてくる。
それを飛び込み前転するように勢い良く前方に逃げ惑いライダーに目をやる。
同時にアーチャーに対する警戒も忘れない。
無視された怒りをこれでもかと表情に出してライダーが攻めに転じた。
迎え撃つセイバー。
こちらでも花火のように魔力のフレアが咲く。
消耗した同士による意地と鋼のぶつけ合いが始まった───。
セイバーがライダーに気を取られている隙にアーチャーは移動を開始する。
狙いは勿論マスターだ。
この機会を逃す手などあるわけが無い。
綾香がアーチャーの狙いに気が付いたらしい。
何かセイバーに叫んでいる。
その声にセイバーが気付いたようだ。
だがもう遅い。
おまけにライダーの妨害が入って直ぐに行動に移せないでいるのだから余計にだ。
「くっ───!!」
無駄の無い動作で素早く綾香の前に立ち塞がるアーチャー。
ついでに足を引っ掛けて尻餅を付かせる。
逃がさないようにするためだ。
綾香が何かの魔術を行使したがBランクという堅固な対魔力で守られたアーチャーにそんなモノが効く訳がない。
少女は悪足掻きも同然の魔術攻撃を続ける。
アーチャーはそれを完全に無視して弩の銃口を少女の額に照準を定めた。
銃口はピタリと止まって身動ぎさえしない。
歯を食いしばっている少女は可愛らしい顔立ちをしていた。
数年もすればきっと美人になることだろう。などと益体も無いことをアーチャーは思った。
「悪いのう小娘。ここで死んではくれぬか?」
自分でもわかっている無意味な問いを投げる。
「嫌よ。生憎だけどココではまだ死ぬわけにはいかないのよ!」
すると娘が即答してきた。
アーチャーを真っ向から見据える瞳。
まだこの娘は己の運命を諦めていない。
幼さがまだ僅かに残る顔。
娘の年頃は………。
───媚珠くらいだろうか?
なんて余計な感傷に囚われてしまった。
指が引き金を引くのを拒否している。
なんてことだ。まったく戦闘中に余分なことを考えたのが運の尽きか…。
「ワシもまだまだ甘いの……。気が変わったわ。ならば娘、一度だけ見逃してやる。聖杯戦争から降りよ」
溜息と共にそう言ってアーチャーは綾香の眉間に狙いを定めていた弩を下ろした。
アーチャーの背後にはライダーを振り払ったセイバーが怒涛の勢いでこちらへ向かって来ている。
「じゃがもし次にあった時は見逃して貰えるとは思うでないぞ?じゃから二度とワシの前に姿を見せるな」
最後にそれだけ言い残してアーチャーが綾香から離れていく。
入れ違いになるように綾香の許に蜻蛉帰りするセイバー。
「大丈夫か!!?」
アーチャーはもう近くにはいない。
おまけに有り難い事に弓兵は味方だった筈のライダーに対してこれでもかとたらふく矢を御見舞いして騎兵を追っ払ってくれた。
アーチャーへ罵声を残してライダーが撤退してゆく。
ランサーに受けた傷とセイバーとの闘いで消耗した魔力的にこれ以上はやりたくないのだろう。
ようやく一連の戦闘が終結した。
大地にとっ伏すように倒れ込む綾香とセイバー。
緊張の糸が切れたようにどっと疲れが押し寄せてきた。
なんとか辛うじて生き残れた。
本当にギリギリの勝負。
細い糸のような生存の選択肢をこの手に手繰り寄せることが出来た。
「おめでとうランサー。貴方、ちゃあんと立派な武士になったわよ」
疲れ果てた身体を冷やりとする地面に預けて綾香は嬉しそうに弔いの言葉を元相棒へ捧げるのだった───。
──────V&F Side──────
助けろ!ウェイバー教授!第十三回
V「武士の情けが地獄の入り口」
F「そんな貴方を慰め正しき道を指南するこのコーナー!」
V「いいから助けろマスターVの時間だ」
F「微妙にタイトルが違いますがついに来ました!
ついに来ましたよ先生!ようやくこのコーナーの真の本懐を迎える時が!」
V「いいから、分かったから落ち着けフラット。では生徒の諸君入ってきたまえ」
F「今回は四人もですよ!!やったー!」
メイド「お嬢様こちらへ」
アイン「………」
槍兵 「敗退者たちはこの場所に集合で良いんで御座るか?」
V「ああ。では好きな席に着きたまえ」
F「おおっ!?今回の先生は教授モードですね!?そうなんですね?!」
V「ええい!いつにも増してテンションの高い奴だ。鬱陶しいったらありはしないあっちに行っていろ」
F「そ、そんな殺生な!俺の出番を奪おうなんて横暴にも程があります!」
メ「五月蝿い人。少しはその無益にしかならない口を閉ざそうとは思わないのですか」
ア「お黙りなさい」
槍「少し黙ってた方が良さそうでござるぞ?」
F「…ハイ………ぐすん」
V「アインツベルンの処のメイドは相変わらすの良いジャブを放つな。
折角だから暫らく大人しくなる位に程よく叩いてみてくれないか?」
F「そんな酷い先生!!?」
V「さてと六日目、十三話にしてようやく初の正式な脱落者が出たわけだが……感想はあるかね君達?」
メ「今すぐにリセットを要求します」
ア「何故私たちがここにいるのかが理解できないわ」
槍「拙者は…まあ…闘いに敗れた結果でござるからなぁ」
F「三人とも言うことが綺麗にバラバラですね」
V「六日目は全マスターとサーヴァントの今後の行方を決めるFateAS最大の分岐点がある日にちだからな。
バーサーカーにライダーにアーチャーまで絡んでの大混戦。
どいつもこいつも選択肢を誤まると即デッドな状況で正しい選択肢を選んだのは遠坂と雨生だな。
遠坂は労せずしてランサーとアインツベルンが消えた。雨生は生存をもぎ取った」
F「ラメセスⅡさんや安陽王さんは?」
V「あいつらはどちらかというとフラグそのものだ。連中があの場に居たか居ないかであそこの展開が大きく変わった」
F「今のところAS正規ルートを通ってますねー」
それぞれの選択肢次第ではランサールートやファイタールートやその他ルートへ突入できたというカオス」
槍「拙者のルートもあったんで御座るか!?」
V「ああ勿論あったぞ?ちなみにランサー、君の死因は君のマスターの選択肢ミスだ。
立ち塞がった相手がライダーとアーチャーという甘くないコンビだったのが運の尽き。
一つ戻ってミス・アヤカに『さっさとこの場から撤退する』を選択させれば現場復帰できるぞ?」
槍「しかし流石に主殿のせいで死んだとは言い難いで御座るな。
それにその選択肢の場合だと残されたセイバーが死んでいたでござろう?」
V「そうだ。ランサールート入りするにはセイバーがあそこで死ぬ必要があるからな。
元を正せば雨生に奇襲を止めさせれば良いんだが、いくらなんでもそれは無理な相談だ」
槍「それでは意味が無いでござるよ」
V「ならミス・アヤカの選択肢の前にあったミスター遠坂の選択肢を『この場に残る』に変えさせるしかないな」
槍「その場合だとどういう結果になっていたんでござるか?」
V「ファイター達があの場に残ることになったためセイバーとランサーが存命することになる」
槍「よしそれでいこう」
F「ところでセイバーさんはフラグ立てて前回のKISHIの回想を見ていない場合オリファンを使ってくれません!」
V「その結果は推して知るべし。ちなみにセイバーがオリファンを使ってくれる確立はかなり低い。
そういう意味ではセイバーはよく期日までに生存フラグを立てまくったと言えよう」
F「いつ死んでもおかしくない癖に存外にしぶといですねあの人は!」
ア「さすがね『間に合わぬ援軍』……その名に偽りはなかったのね」
メ「あのお嬢様、失礼ですがこれではどの道間に合っていないのと同じことではないでしょうか?」
V「オリファン使っても死、使わなくても死、その他を選んでも死。なんて選択死だ」
ア「そうね、駄目な子ね彼は」
F「ランサーさんが綾香さんを助けるためにかなり頑張ってましたから余計にですねえ……」
V「まあそのぶっちゃけてしまうとアインツベルンは他のマスターと比べて生存率が著しく低いからな。
セイバーだけのせいとは一概には言い切れなかったりするが……」
メ「な!!?どういうことですか貴方!お嬢様にばかりそんな不利な条件を一方的に加えて!」
ア「ギギギ!」
F「ああ!アインツベルンさんとその侍女が美女から鬼女に?!?!」
V「おい待て待て!落ち着け!首を絞めるな!それは君たちが悪いんだぞ!?
ろくに戦闘経験も無いから!あそこでアタフタ令呪も使えずに死んでしまうんだ!」
メ「それなら他の連中だって似たようなものでしょう!」
V「全然違う!他の連中は真っ当な魔術師なんだぞ!?精神面だけなら沙条綾香ですらそうだ!」
ア「私たちとどう違うと?」
V「君たちアインツベルンの魔術師は何から何まで闘争には向いていないんだ!
その結果が第四次聖杯戦争であり、続く第五次聖杯戦争だということを忘れるな」
F「先生!もうきっぱりと答えをどうぞー!」
V「おほん。『アインツベルンのマスターは悉く序盤で敗退した』が残念だがこれが敗因の全てだ。
少なくとも第三次、そして第二次はこの条件に入るだろうな。
一次はグダグダの内に終わっているからまだ何とかなったとしても」
F「設定に従いこの者に死を!」
ア「…………………くきぃ!」
槍「ああ!?拙者の蜻蛉切がヘクトルの投擲宝具の如く飛んでいく!!?」
メ「素晴らしい一投でしたお嬢様」
ア「ふぅ喉が渇きました。今日はとっておきの茶葉を出しなさい」
メ「かしこまりました」
F「この設定の落とし所は悩みましたもんね先生!」
V「あえてアインツベルンに最強のセイバークラスを召還させておいてマスターだけ切り捨てる。なんて悪辣な展開……!」
槍「で拙者はその煽りを食らったと?」
V「マスターとサーヴァントのチェンジは普遍的な聖杯戦争を騙るつもりなら外せない要素だとは思わないかね?」
槍「いやまあそうではあるが、誤魔化そうとしておるでござるな?」
F「良いじゃないですか!そのおかげで忠勝さんはとんでもなく格好良い散り方をしたんですから!」
槍「まあ……む、もしかして……拙者っていま結構格好イイでござる?」
F「勿論ですよ!幾つか想定していた中では断トツで素敵な散り様なんですよこれ!」
V「わざわざライダーに本気を出させたのもそのためさ」
槍「ああ道理で。ライダーにしてはやることに無駄が多いと思ったでござるよ」
F「あの人は無駄ばかりな気がしますよ?」
V「ランサーの場合は菌糸類の神様がランサーは皆不幸にしようって言うから…仕方なくプチ不幸になって貰った」
槍「プチの部分はやはり、ライバルとの約束の再戦実現せず。でござるか?」
V「ああそうだ。ランサーにフラグ立ちまくってるのに気付いた皆鯖のマスターたちもさぞ多かったことだろう。
そのフラグの群れはこういう結果におさまりましたとさ」
F「イエーイ!サーヴァントが格好良く散っていくのも聖杯戦争の醍醐味ですよー!」
V「流石に本多忠勝はクー・フーリンやディルムッド並の不幸な終わりは似つかわしくなかったからな。
人気があるからというのもあったが、それ以上に君は何気なくランサーの中ではかなり幸運な方だ」
F「人生的な運勢もその場その場でのセービングスローや判定系の運も良さそうですもんね」
槍「じゃあ拙者このままでいいでござる。リセット復帰は無しで!」
V「懸命な判断だ。下手に戻って下手なやられ方をするよりよっぽどいい。私の手も掛からず二度美味しい!」
ア「ミスター、私の方はどうすればよかったのでしょう」
V「………正直、君の場合はかなり厳しいぞ?
セイバークラスを呼ぶというのは正解だ。ただ呼んだ英霊が拙かった」
ア「ローランでは駄目だったと?」
F「マスターとサーヴァントの相性の問題ってありますからね。忠勝さんや綾香さんたちみたく」
V「戦力としては文句なしだが相性は……はっきり言って良くないな。君では彼を全然御し切れていなかった」
メ「ミスター。あとでアインツベルンの館に招待させて貰えませんか?」
F「先生行っちゃ駄目です!いつかのウサギさん鍋みたいになってしまいますよ!」
V「誰が行くか馬鹿者!」
メ「チッ」
V「ではそろそろ現状を纏めよう。
大きな動きとしてはランサーとアインツベルンが脱落。セイバーが沙条綾香と再契約。アーチャーが器を入手した。
小さな動きではバーサーカーが宝具使用により激しく消耗し、雨生が令呪の二個目を使って王手がかかっている。
さらにファイターも宝具を二個使用し、セイバーとライダーが戦闘の結果負傷。
キャスターも前日セイバーに工房を荒らされているから、現状で無事なのはアーチャーチームくらいだな」
F「この前まで死亡フラグがビンビンに立ってた筈なのにいつの間にか独走してるマキリクオリティ!?」
V「これが何時如何なる時でも余裕を持ってヒールー悪役ーたれ、なマキリスピリッツの力なのか?」
F「しかし先生!今回は気持ちよかったですね!」
V「我ながら久々に良い仕事をしたという感じだな。前回があれだったから余計に」
F「次はどうなるんでしょうかね」
V「さあな。では諸君次回にまた会おう」
槍「また会おうで御座る!」
F「え?ゲストじゃ……ない?」
槍「フフ、次回からレギュラーでござるよ」
F「な、なんだってー!?(AAry」
最終更新:2014年11月25日 00:50