裏切り

 古理語を使わないやつは死ねば良い、とXelkenは皆思っていると思われているらしいことは私が社会に出始めてから分かった話だ。
 私は、敬虔なリパラオネ教徒であり、Xelkenの父母に育てられた。昔からフィアンシャに通いながらも父母や週に一回ほどのXelkenコミュニティから今自分たちが社会で生きていくために必要な現代のリパライン語と神の御言葉を正確に伝える神聖な古典リパライン語の双方を教えられた。長年教えられた結果、私はいつの間にか古理語を話せるし、Xelkenのコミュニティで古理語の講座を聞けるようになっていた。古理語は現代のリパライン語より神聖で絶滅させてはならない、子々孫々と伝えていかなければならない言語であるということはここで知った。というより、自ずと分かっていったのだと思う。
 私は、このような生活をしながらも社会では認められるために学校に向かう必要性を知っていた。フェデラル・ボードでは、多くのことを学べる。しかしながら、Xelkenのコミュニティとは違ったことを教わることもあった。歴史上ではXelken――特にXelken.valtoal――は、悪者として登場した。ADLPの分裂からデュイン戦争、DAPEに至るまでXelkenによって多くの人が殺されたとされた。
 その時から、今まで親切だったXelkenコミュニティが信じきれなくなっていた。学友はXelkenをあまり好まなかった。前ユエスレオネにおける大規模虐殺テロであるラメストテロでは、家族が被害者となった人も少なくはない。Xelkenによる害はそのように身近にあった。
 親にXelkenは一体何故人を殺すのかと聞いたことがある。怒るのではないかと萎縮して長くは訊けなかった質問であるが、そうしてまで訊くべき状態に自分が陥れられていたのだろう。母も父も、それはXelkenの過激派がやったことで自分たちとは関係ないと言った。Xelkenであって、Xelkenでない者の存在に当時の自分は戦慄していた。そうやって社会で生きていくために自分がXelkenであることを隠して生きていく必要を知っていくようになった。
 ショレゼスコが起こった。大手の国営企業の倒産や国際ビジネスの相次ぐ失敗が伝えられる中、私達のXelkenコミュニティは強固に団結してお互いを助け合った。構成員たちは皆口を揃え、古理語を学び伝える者はみんな同胞で助け合って生きなければならないと言った。そんななか、私には親しい女子が学友として居た。ショレゼスコで不安定な情勢の中、お互いに愛していることを確認した仲であった。彼女の父母は敬虔な社会主義者で、彼女自身も敬虔な社会主義者であった。イェスカを筆頭に共産党を信じ、正義を貫くことが自分の使命だといって、進学先には共産党学校を志望していた。だからこそ、彼女には自分がXelkenであることについてはちっとも言っていなかった。
 彼女は常に優しく、強かった。ショレゼスコが起こって、彼女の叔父が経営不振を苦にして自殺し、連帯保証人の彼女の父親が借金を負った時も気丈に振る舞って当たり散らすことも無かった。ただ、彼女には何もできなかっただけかもしれないが、その姿が自分には特異にみえた。自分だったら、どうなっていたことか考えたくもなかった。
 学校の食堂にはテレビか設置されている。常にニュースが流れているため大体の人間は興味を持たなかった。
 その日も彼女と私は普通に食堂に向かい、いつものようにラネーメ定食を頼み、食べていたところ、突然ニュースを移していた画面は黒地に白の文字で書かれた画面が映され、けたたましいブザー音が鳴り響いた。画面に書いてある「国家警報システム」の文字に皆が目を釘付けにした。カリカリとした雑音を混ぜながら、その画面のまま音声が聞こえ始めた。
「コッカケイホウシステム、コッカケイホウシステム、コチラハユエスレオネコッカコウアンケイサツ、ケイホウハアスノジュウニジマデユウコウ、リユウ……」
 理由を言おうとする画面に目が吸い込まれそうになる。
「リユウ、キョウサントウトウシュイェスカドウシサツガイ、シェルケンノハンコウデアリヒキツヅキテロノカノウセイアリ」
 食堂は騒然となった。嘘だと言う者もいれば、これからユエスレオネはどうなってしまうのかと言う者も居た。私はそれよりも重要なことに気づいていたが、気にしたくは無かった。彼女が顔を真っ青にして倒れ込んだので、食堂から連れ出して外の空気を吸わせようと連れて行った。
 しばらくすると、彼女は目を覚ました。それでも体は小刻みに震えていた。
「イェスカ同志が死ぬなんてありえないわ……そしたらもう私は誰を信じればいいの……」
 よくわからなかった。ただ、彼女はイェスカを強く信じていた。私が古理語とアレフィスを信じるように強く、絶対の存在として。
「あなたはXelkenじゃないわよね……」
 疑いの目が、向けられた。自分では一体どのように答えれば良いのかわからなかった。自分でさえ考えたくなかったことだったからである。やりきれなさに唇を噛み締めると血の味がした。
 その日は休校となった。生徒たちは休校に喜ぶ様子も無く、おどろおどろしくその帰り道を辿っていた。私もそうである。ただイェスカの死に対する町の反応は異様であった。店は全部閉じ、街は死んでいるかのようだった。
 これはのち聞いたことだが彼女は両親の自殺の後に自ら命を断ったとのことである。遺書には、「裏切り」の文字が羅列していたとも聞いている。遺書自体を見れば自分も死んでしまうのではないかと思って見る気にはなれなかった。

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2017年03月30日 18:35