雨宮桂馬&アサシン◆CKro7V0jEc



 雨宮桂馬は、オタク刑事である。

 警視庁渋谷中央署生活安全課少年係。
 これが桂馬の正式な肩書だ。

 本人は、「オタク」ではなく、「ゲーマー」なので、「ゲーマー刑事」という呼び名が欲しいと主張している。
 しかし、渋谷には彼をそんな風に呼ぶ人間はいない。
 下手をすると、本名の「あめみやけいま」を、「あまみやけいま」と呼ぶ事さえもある。
 それが故意なのか、それとも本当に間違えての事なのかはわからない。

 性格は至って温厚だが、少し抜けていて刑事としての迫力には欠ける。
 だが、それでいて、彼には人を見る目があって、刑事としての強いカンと粘り強さと刑事の魂も持ち合わせている。
 だからこそ、今日子供でさえも信じないような噂にも、彼は強い嗅覚でその噂の危険性をかぎつけ、目を向けていた。

 それは数週間前、いつものように、パソコン通信をしていた彼が、自然と耳に入れる事になった噂だ。
 今では、パソコン通信だけではなく、桂馬と関わりのある渋谷の少年少女たちの間にもその噂が広がっていた。
 噂の目が出てから渋谷中に花を咲かせるまで、数週間程度だというのだから恐ろしい。


≪紅い満月が、願いを叶えてくれる≫

≪紅い満月はどんな願いでも叶えてくれる。死者の蘇生も、人生をやり直す事も可能である≫

≪紅い満月を見た者は、そのまま月に運ばれるが、運が良ければ願いを叶えてこの世界に帰ってくる事ができる≫

≪ブラッドムーンと呼ばれる皆既月食とは別物である。見た人にはそれがわかる≫


 それが、今回桂馬が目にした噂だった。
 口裂け女、首なしライダーときて、「紅い満月」。
 街のオカルトチックな噂の中では、それだけは唯一恐怖とは無縁なロマンチックな話だった。
 口裂け女や首なしライダーというよりは、七夕とか流れ星に似ている。

 普通と違うのは、「紅い満月を見た」という人間がいない事だ。
 目撃者が月に連れていかれてしまうルールだから仕方がないかもしれない。
 「運が良ければ戻って来られる」というのが、この噂が流れた理由の予防線となっているのも特徴だ。月に連れられて帰って来られなくなってしまえば、噂が出てくる事もない。
 しかし、人に流行らせる技巧としては少し弱い。
 先述の口裂け女や首なしライダーのような噂には、必ず「目撃者」がいたのである。だから噂は現実味を保った身近な恐怖として爆発的に広がった。そういうメカニズムがある。
 この「紅い満月」は、ファンタジーの世界にしか存在しない。これまで誰が目撃したわけでもなく、誰がその恩恵を被ったわけでもない。自作自演でも、発信者は「自分が見た」と言うべきではないだろうか。

 だから、桂馬も初めてパソコン通信で見かけた時には、この噂が浸透する事はないと思っていたし、密かに怖がりだった桂馬も全くその噂を恐れる事はなかった。



(しかし、どうにも気になる……)

 彼も最初に見た時には、そう思っていた。
 結論から言えば、一笑して忘れる事ができなかったのだ。
 刑事としての勘が、この噂の不穏さに過敏に反応していた。

 気づけば、噂について、パソコンサイトを通じて調べている。
 コーヒー牛乳片手に、ここ数日の行方不明事件を洗い、ネット通信仲間にその噂について詳しく知らないか聞いてみる。
 それが約一時間。
 行方不明になった人間の何パーセントかが、実は紅い満月とやらに連れられているのかも……と考えたところで、やはり馬鹿らしくなってしまった。

(まあ、月に爆弾が仕掛けられているわけでもないでせう)

 渋谷でとある爆弾事件を解決して以来、彼はどうやら、「爆弾事件」に縁がある。
 本来は少年課の刑事であるはずが、何故だか爆弾に関わる事件に巻き込まれてしまうのだ。




 忘れるつもりで、パソコン通信を閉じてから、今日までの数週間。
 結局、桂馬はその噂を忘れなかった。

 いや、これだけ渋谷中で流行してしまったばかりに、忘れようにも次々と耳に入ってきてしまうのだ。
 初めて見た翌日には、もう先輩刑事の麻生しおりがその噂を口にし始めていた。
 一週間後には遂に、若者の噂など知るはずもない頑固親父のゴロイチまでその噂をするようになってしまった。
 やがて、町中がその噂の奇怪さに怯えている事に気づいた。

(……もしかして、本当に?)

 桂馬もそう思い始めていた。
 そういう悪寒が、何故か桂馬だけは強く感じていた。

 そして、ある日、紅い満月を実際に見かける事によって、オタク刑事は真実を知る事になった……。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ────そして、紅い満月を見た桂馬が辿り着いた先は─────



 ……また、渋谷の街だった。
 厳密には、電脳空間に模造された月の裏の≪街≫なのだが、今の彼がそんな事を知る由もない。

「……すると、アサシンさんも渋谷には来た事があるのでせうか」

 雨宮桂馬は、自らが呼び出したサーヴァント≪アサシン≫にそう訊く。

 紅い満月を見た桂馬が連れて来られた先では、「聖杯戦争」というゲームが始まっていた。
 それは、桂馬が大好きなアーケードゲームでもテレビゲームでもなく、リアルゲームである。
 サーヴァントと呼ばれるパートナーと共に、魔術を駆使してこのゲームで生き残るのが趣旨らしい。
 他のマスター/サーヴァントを襲撃し、他のマスター/サーヴァントの奇襲を回避し、生き残ったペアだけが、この紅い満月から解放され、元の日常に回帰できる。
 この電脳空間では、それぞれ役割が与えられ、その記憶を埋め込まれる場合がある。桂馬などは、もろにその影響を受けているようで、元の日常についてはぼんやりとしか覚えていなかった。
 噂に聞いていた、「運が良ければ元の世界に帰れる」とはこの事だったのである。

 そして、≪アサシン≫はサーヴァントの種別の一つだ。

 どうも、暗殺者(アサシン)はあまり桂馬が好むタイプの英霊ではない。
 警察だった──この世界では彼は「警察をやめて私立探偵になった男」である──彼にとって、証拠を残さずに「暗殺」する手の人間は厄介だ。
 やはり、事件は証拠を残して起こしてくれた方が警察としては楽である。
 まあ、事件なんて起こさないのが一番なのだが。

 そんなアサシンの真名はカナンといった。「約束の地」を意味する言葉であるのはどこの世界でも一緒だろう。
 桂馬よりも若い容姿だ。褐色、色の抜けた綺麗な銀髪、整った容姿の外国人である。
 日本語は達者。服装はこの世に召喚された時点でも十分に当世風。桂馬も、その肌の色と横顔に少しぽーっとなった。
 到底、暗殺なんていう物騒な言葉とは無縁であるかのように思えるが、感情を殺したようなその瞳は、確かに常人とは違った。

「ああ。私の友達が住んでいる」
「いづれ、僕もその友達には会ってみたいですね」

 桂馬の意に反して、やる気の籠らない空の返事が出た。
 それも、やはりカナンの容貌に見惚れているからであろう。
 褐色肌、というのもなかなかよろしいカテゴリである。

「で、そのお友達の名前と年齢は?」

 しかし、その友達とやらも同じ渋谷の街に住んでいるなら、どこかですれ違っているかもしれない。
 ……若者ならば尚更だ。
 桂馬の前の職業は若者の相手をするのが仕事の「少年課」刑事である。
 彼女の友人がどの年代かにもよるが、アサシンと同年代ならばおそらくは知り合っていてもおかしくはないだろう。
 一応、訊いてみた。

「大沢マリア。20歳くらいだと思う。聞いた事はないか?」
「えっと……渋谷も広いですからね」

 桂馬には、心当たりはなかった。20歳となると、もう桂馬にもわからない年代かもしれない。
 アサシンも、期待こそしていなかったが残念そうである。

「……そうか」

 まさか、桂馬もそれが日本屈指の大手製薬企業・大越製薬の研究所所長の娘であるとは思うまい。
 また、渋谷に住んでいるとはいっても、桂馬が召喚された時代ではまだ大沢マリアは10歳の少女である。
 この10年後に、ウーア・ウイルスという史上最悪の細菌兵器をめぐる事件が同じ渋谷で起こり、マリアはその渦中で巻き込まれる事も桂馬はまだ知らない。

「そうだ、桂馬。あやとりをした事はあるか?」

 友達、という話題から、アサシンが連想したのは「あやとり」だった。
 そのマリアとの思い出があやとりの中にある。
 日本人はみんなあやとりができるとマリアに聞いていた。

「ええ。そりゃ、昔……大人になった今はもうほとんどやりませんけど」
「そうか。残念だ……あやとりも楽しいのに」

 本格的に項垂れるアサシンの姿に、また少し見惚れる。
 麻生しおりの大人のセクシーさにまた匹敵する色っぽさがアサシンにはあった。
 無感情なようで、このような可愛い言葉が出てくるのだから堪えがたい。

 なんでせう、この胸のドキドキは……。

「なぁ、桂馬」
「な、なんでせう」
「好意とまではいかないようだが、私には桂馬の感情がよくわかる。……その。もう少し、抑えてほしい」
「は、はい……」

 ……どうやら、桂馬の感情も「色」として出ているらしい。
 大方、日本の色彩感覚で言うならばピンク色にでもなっていたのだろうか。
 思わず、恥ずかしがって、桂馬は帽子を深く被って目を隠した。穴があったら入りたい気分である。
 桂馬はすぐさま話題を変える事にした。

「……と、ところで、アサシンさん」
「何?」

 なんでもないような顔をしてアサシンはそう訊く。
 しかし、桂馬にとってはなんでもない話ではない。
 だって、今いるのは……



「どうして、僕たち────こんな、高い所にいるのでせう」



 ……そう、ここは渋谷と言っても、センター街の巨大ビルの屋上だ。
 しかも、その中でも最高所、足場の悪い貯水タンクの真上に立っている。

 例によって、夜風が強く吹いており、コーヒー牛乳を持つ手はぴくぴく震え、左手で帽子を強く抑えている。
 トレンチコートが、はためくというより、もはやほとんど風に持って行かれるような形で桂馬の右側に重量を集めていた。

 ここは、他のサーヴァント、マスターの気配を読む為に、アサシンが選んだ最適所だ。
 周囲数十キロを「見て」、「聞いて」、「触れて」、「嗅いで」、「味を確かめる」事が出来る場所。
 ゆえに、アサシンはここを選び、周囲を見ている。

 桂馬は、もしかすると……「自分は吊り橋効果なる物に惑わされて、アサシンの横顔に色気づいたのではないか」、と気づきつつあった。




【クラス】
アサシン

【真名】
カナン@428~封鎖された渋谷で~/CANAAN

【属性】
混沌・中庸

【ステータス】
 筋力D 耐久D 敏捷B 魔力C 幸運E 宝具B

【クラス別スキル】
気配遮断:B
 サーヴァントとしての気配を絶つ。隠密行動に適している。
 マスターや他のサーヴァントは気配を察知することで彼我の位置を探っているので、
 その基本戦術を無意味にしてしまう、この技能の重要性は高いと思われる。

【固有スキル】
共感覚:A+
 独立している五感が同時に機能している特異体質。
 文字に色がついていたり、音が形として見えたり、人間の感情を察知したりといった事が可能。
 その為、気配察知や千里眼のスキルも同時に併せ持つ。
戦闘続行:B
 瀕死の傷でも撤退を可能とし、決定的な致命傷を受けない限り逃げ延びる。
心眼(真):C
 幼少期からの実戦経験によって培った洞察力。
 窮地において自身の状況と敵の能力を冷静に把握し、その場で残された活路を導き出す“戦闘論理”
 逆転の可能性が数%でもあるのなら、その作戦を実行に移せるチャンスを手繰り寄せられる。

【宝具】
『鉄の闘争代行人(テツノトウソウダイコウニン)』
ランク:B 種別:対人宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:1~99人
 ウーアウイルスによって人為的に齎されたアサシンの驚異的な身体能力や共感覚。
 共感覚をフル稼働させる事により、戦闘区域や敵の位置を完全把握する事が出来、それにより、全く土地勘のない場所でも地形を生かした戦闘が可能。
 また、アサシンの身体能力や戦場における知性そのものが異常に高く、その場にある武器の最適な使い方を理解し、見事に駆使する事ができる。

『希望の地(カナン)』
ランク:B 種別:結界宝具 レンジ:∞ 最大捕捉:1~5人
 大事な人間を守る為の固有結界。
 結界内では、アサシンとそのマスターに殺意を持つ者は全て、自分のスキルと宝具を活用する事ができなくなる。また、ステータスにも何らかの影響が及ぶ事がある。
 唯一、殺気を遮断する事ができる相手には弱い諸刃の剣。

【Weapon】
 ベレッタPx4ストーム
 毛糸のあやとり

【人物背景】
 鉄の闘争代行人と呼ばれるフリーランスの傭兵。
 かつてウーア・ウィルスで全滅した中東の村の生き残りであり、抗ウィルス剤なしで症状を耐えきった初めての人物。その結果、元々持っていた『共感覚』が大幅に強化され、五感を全て同時に使用する事ができる。
 NGOの夏目に依頼され宿敵、アルファルド・アル・シュヤが率いる組織「蛇」との戦いに臨む。
 以前、中東で出会った大沢マリアという女性に深い友情を感じている。

【サーヴァントとしての願い】
 大沢マリアのいる世界へと帰る。

【方針】
 不明。 今は周囲にサーヴァントや魔術師がいないか確認中。



【マスター】
雨宮桂馬@街~運命の交差点~

【マスターとしての願い】
 不明。

【weapon】
 コーヒー牛乳

【能力・技能】
 アーケードゲーム、テレビゲームが得意。
 警察としての最低限の能力。

【人物背景】
 警視庁渋谷中央署生活安全課少年係のオタク刑事。ただし本人はゲーマー刑事と主張する。25歳。帽子とメガネとトレンチコートが特徴。
 渋谷を巡回中に「シャチテの悪魔」からの時限爆破予告を発見し、「シャチテの悪魔」との渋谷を賭けた暗号ゲームに挑む。
 桂馬の尽力によって、一度渋谷は爆弾の魔の手から救われた。
 ゲーム、パソコン、コーヒー牛乳を好み、「けふ(今日)」、「~でせう」、「ヤバ吉」など独特の言葉を使う。
 本来は、カナンの初出である「428~封鎖された渋谷で~」にも登場予定だったがボツになった(警察をやめて私立探偵になったというのはその場合の設定である)。

【方針】
 とりあえず高いところから降りる。

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最終更新:2015年01月01日 22:34