雪城ほのか&セイバー



 学校の下駄箱であった。靴箱の前のふたりは、放課後の奇妙な静けさの中で夕日に照らされている。
 普通の日常の中では少し特別な日だったが、事が大きく発展した今になって振り返れば、普通の一日だった。

 要するに、その日は期末試験が近く、中等部は早帰りだったのである。
 ラクロス部に所属している友人も、これといって近日に試合を控えているわけではないので、この期間は放課後の練習がない。
 下校時間は、中等部全生徒がほとんど重なる事になる。
 ただし、このふたりは、少し先生のちょっとした用事に付き合わされる事になり、他の生徒たちよりも遅く帰る事になっていた。

 結果的に、彼女たちは共に、ほとんど部活を終える頃と変わらない時間まで学校にいた。先生の用事が長引いたのだ。
 活気に溢れているはずの校舎内に生徒がふたりだけ残っている、というシチュエーションだったのだ。
 こういう事は滅多にないので、要するにそれが特別な日という事だった。
 彼女の友人も靴箱に至るまでの道中で先生への悪態を言い尽くしてしまい、靴箱の前では「そういえば」の一言から始まる他愛のない噂話を聞かせていた。

「月が赤く見えるのは、月の光が人間の目に届くまでに大気を通過する影響よ」

 彼女──雪城ほのかは、友人が熱心に語っている「噂」について、そう回答した。
 彼女は科学部で部長を務めている身であり、天文学も勿論カバーしている。
 主に科学に関する知識が最もほのかの興味の矛先であるが、総合的にも学年トップの成績を難なく得られるほど、彼女の知的関心は強かった。
 科学、地学、医学、生物学、歴史、社会学、文学、文化……中学生にして、少なくとも高校生レベルまでは苦もなく理解している。
 知的探求こそが彼女の趣味と言って過言ではない。
 その結果、そんなほのかについたあだ名は「薀蓄(ウンチク)女王」だ。それは、蔑称というわけではなかった。

 友人が多く社交的というタイプでもないが、今日までほのかの周囲には中学生らしいいじめの影はどこにもない。
 女子中学生のコミュニティの中でも紛れるおしとやかな明るさと、目立った喧噪が少ないベローネ学院全体の生徒の傾向のお蔭でもある。
 男子は男子で、この黒髪長髪の優しい美少女に悪意を注ぐ事は絶対にありえない。男子部と女子部に分かれている現状、最早彼女の存在は神話になっている程だ。
 特に、この友人と親しくなってからは良い噂の方が多く流れるようになり、今では女子部から嫉妬の影もほとんど完全に消え去りつつある。

 近頃、巷で噂の都市伝説≪紅い満月≫についても、ほのかはこの友人以外の道筋で既に何度か耳に通していたので、科学的な反論の準備はあった。
 ようやく、ここで彼女の口から聞く事になったのか……という感じである。
 ともかく、ごくごく簡単に要旨だけ纏め、ほのかが知る知識の五パーセントにも満たない単純な理屈で回答し、後は個人的な感想を述べる事にした。

「でも、本当にお月様が願いを叶えてくれるなら素敵ね。
 ……実は、私たちが見ている月は、だいたい1.3秒前の姿なのよ」

 ……やはり彼女には、自由な感想を述べる上で要旨だけ纏めるのは至難の業だった。
 ちょっとした薀蓄が入ってくる。いや、それ自体が彼女が抱いた感想に関連するのだから、この薀蓄が含まれるのはやむなしだろうか。
 やはり、女王と呼ばれるだけあって、口の方が勝手に回ってしまうらしい。

「光を超える速さで進行できる物はないから、私たちのお願いが光速で届いたと仮定して片道1.3秒。
 同じく願いを叶えてくれる織姫様と彦星様の場合、およそ16年か25年かかるから、それよりはちょっぴり早いわね」

 人間の寿命を考えれば、七夕の往復50年は充分先が長いが、宇宙的に考えれば一瞬である。1.3秒がそれより「ちょっぴり早い」と表現したのはそれ故だった。
 同時に、七夕にかかる時間を聞いて驚愕と失望を抱いて騒いでいる友人に、ほのかは微笑みかけた。
 彼女のここ数年の七夕の願いは、おそらく50年も待てない願いなのだろう。ほのかの幼馴染のとある男性もそれに絡んでくるが、その話は今度としよう。
 ほのかの微笑みが、友人のある問いかけで崩れる。

「え、私? 私が赤い月に出会えたらっていう事……?」

 ほのかは願いを叶えてもらえるとしたらどうするの、という旨の質問だった。
 目の前の親友の願いはわかりきっている。だいたい、彼女たち二人共通した願いと、友人個人の願いを分けて考えると、片方は「平和」、片方は「恋愛」に関わるものになる。
 平和を願うのも一つ。

 ……しかし、ほのか個人は?

 いや、願いがないわけではない。むしろ巨大な願いを持っている。
 確かに、今の沈んだほのかの瞳には、彼女が叶えたい願いが秘められているようであった。
 遠い日のあの出来事。

 今日まで、それを誰かに祈る願いとは考えては来なかった。
 それは、自分でつかみ取ろうとしている物でもあり、七夕や祈願を風習的に捉えて参加して、その時々に、自分の手助け、願掛けのように祈る願いだった。
 だから、その願いを思い出すと、自ずと心に影が差した。

「……それは、やっぱり────」 

 ここにいるふたりだけが、そこから先の彼女の回答が意味する物を知る事ができる。
 かつて、この学校で一緒に過ごした、とある男の子の事を──今はこの学校にはいない人の事を、ほのかは口にしたのだ。

 彼女がどうしても叶えたい願いといえば、それだけだった。
 彼がこの学校を去った理由も、彼と経験した冒険と戦いも、今はここにいる二人だけが知っている。

 またいつか会える……。この青空の下で。
 ほのかは、いや、ふたりはそう信じている。
 しかし、それはいつだろう。
 明日か、何年後か、お婆さんになってからか。
 三秒か、三十年か、五十年か。

 ほのかの知識を以てしても、その少年が行きついた場所へと向かう手立ては考え付かない。
 だが、彼女はいつまでも研究するだろうし、その少年もまたほのかに再び会う手立てを必死に考えている頃だろう。

「……キリヤくん」

 皮肉にも、科学を超越した「往復1秒」というスピードで、雪城ほのかが月に導かれるのは、その夜の出来事であった。



◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 感覚的には、翌日であった。

 気づけば、ほのかは東京都内の某所ホテルの一室にいた。
 同じ都内と言っても、ほのかたちが住む若葉台からは電車でおよそ一時間の区域である。
 普段の通学ルートでは山手線の駅を利用する事はないが、今回のこの地域は山手線の線路に囲まれた場所だ。
 たった一人でここまで来た事になっている。……とは言っても、電車とバスを利用して来たので、この夜中に女子中学生たった一人で街を歩くという事はなかった。

 何故、ほのかがそんな所にいるのかというと、都内で開かれる特別な少年少女向けの科学コンテストにほのかの研究が選ばれる事になったからだ。
 これは、一か月以上も前から決まっていた事である。
 そして、科学部の友人たちがここにいないのは、学校側から代表者一名を選出して臨むよう言われたからだったはずだ。

 今回の場合、海外からも日本の中学生の研究を見物に来る科学者・専門家が多く来訪する関係上、日本の長期休暇とは些かズレ込んだ時期に研究発表が行われる。
 その為に、数日間授業を欠席してこちらに来る形になるので、科学部全員で……というわけにはいかないのだろう。

 日程がよりにもよって、試験日程と重なるというのだから、学年トップのほのかでなければ救いようがない。
 学校からも、期末テストを欠席し、後から追試を受ける形を例外的に認め、こちらに向かう事を許可されている。
 何せこれだけの大きなコンテストなので、逃せば次はないだろう。ほのかも出場したかったし、学校側もそんなコンテストに生徒が推薦されれば鼻が高い。
 いわば、科学部のインターハイのような物に出るとなれば、先生や友人たちもここに来てほのかの姿を応援したかった事だろうと思う。
 引率の先生さえ、テスト前の多忙によってここにはついて来なかった。形式上は、他校の先生が面倒を見てくれる事になっている。

 ほのかは、そんなこの世界の「設定」に微かな違和感を覚えながらも、これから自分がする事に緊張と期待を感じていた。
 中学生相応の実験しかできないとはいえ、自分の発明が世界各国の人たちの目にも留まり、下手をすれば海外メディアにも紹介される事になるのである。
 虚栄心は全く持たず、ただ自分が探りだしたい世界の法則と真実の為だけに研究をしてきたつもりだが、いざ足を運ぶと気づく物だ。
 ──誇らしいというのはこういう事である、と。

 それが、今現在彼女が置かれている「もう一つの状況」への緊張を僅かながら忘れさせていた。
 そう、聖杯戦争という名の戦いの事である……。



「はい。セイバーさん、お味噌汁が出来たわよ」

 ほのかは、ニコッと笑って、お椀に入れた味噌汁を≪セイバー≫の元に運んだ。
 目の前にいる今日からのパートナーに、味噌汁を振る舞っているのだ。
 このホテルは三食食事つきで、他にも飲食店や購買、自動販売機があるので、客人の室内にはコンロの一つもない。
 部屋は最低限の休息ができる場所になっており、まあおおよその家具は綺麗で、それなりに豪華な印象を受ける。
 しかし、この部屋にある調理用具といえば、インスタント食品やティーパックに熱湯を注ぐ為のポットや、プラスチック製の食器くらいだった。
 今ほのかがセイバーに差し出しているのは、備え付けられていたインスタント味噌汁である。どうやら、茶菓子や粉末のインスタント食品といった軽食は無料でホテルが支給してくれているらしい。

 時間をかけて作る事はできないがせめて、というつもりだ。
 湯気が立っていて、ほくほくと暖かそうなそれをセイバーの目の前に置く。

「熱いから気を付けて」

 注意している傍から、セイバーは汁の中に、ちょろっと無防備に出した舌を突っ込む。

「熱っ……!」

「ほら、だから言ったのに……」

 そう言われながらも、セイバーは、すぐに舌を小出しして、吐息で少しずつ冷ましながら、落ち着いて味噌汁を啜り始めた。

 ほのかが召喚したセイバーは、味噌汁を食べるのが初めてだった。
 だからこそ、セイバーがほのかに、ここにある「インスタント味噌汁」なる物について訊いて、ほのかはセイバーに「味噌汁」を振る舞った。
 セイバーが持つ知的関心を満たし、セイバーの世界を広げてあげる為のやさしさである。

「……しかし、美味しいです。この星の物は食べた事がなかったのですが……こんなに美味しいとは」

 セイバーは満足そうにそう言った。これはお世辞でも何でもない。
 ほのかとしては、これはあくまでインスタント食品なので、本当の味噌汁はもっと奥が深い物であると、教えてあげたかった。

 少し順序がおかしいようだが、今度は「茶」を振る舞おう。……またお湯を注ぐだけで完成の代物だが、それでも良い。
 二つ、プラスチックの茶碗を手に取った。

「あの……もう結構です、マスター。私は英霊ですから、栄養を補給しなくても魔力さえ供給していただければ……」

「ううん、私がお茶を飲みたくなったの。一人で飲むより二人で飲む方が好きだから、一緒にどう?」

「そういう事ならば……」

 セイバー……。それは、美しい金色の髪に灼眼の、日本人離れした顔立ちの女性型サーヴァントである。
 多くの日本人は、それを見て北欧系の外国人だと思うかもしれない。しかし、外国人という見識は、正解でもあり、ハズレでもある。
 ボリュームのある髪に目を囚われがちな、彼女の耳に注目すればそれがよくわかる。
 彼女の耳は、真上に突き出すように尖っていたのだ。まるで猫の耳のようである。あるいは、神話のエルフが近いかもしれない。

 セイバーの真の名はイクサー1といった。
 彼女は、この国どころか、この星の人間ではない──遠い外国、異星の民なのだ。いや、もっと言えば、純粋な人間ですらない。
 イクサー1は、クトゥルフと呼ばれる惑星で生まれた人造人間であり、また同時にクトゥルフに生まれながらにしてクトゥルフに抗う者であった。
 彼女の母星クトゥルフには、他星を侵略し、宇宙を殺戮と支配で埋め尽くす野望が生まれてしまったのである。
 善の心だけを持ったばかりに、自星の蛮行へと強く反逆する意思が生まれてしまった。そして、クトゥルフの大半が死すまで、母たちを裏切り、同胞たちを殺してきた。
 そんな出自をあっさりと信じるほのかも余程腹が据わっている相手だと思う。

 そして、とある世界の地球上で、イクサー1はある少女と共にイクサーロボを駆り、不毛と化した大地でクトゥルフの侵略を退けたのであった。
 セイバーは、その世界の地球を完全に救う事は出来なかったが、それでも、諸悪ビッグゴールドを倒す事には成功している。
 ……だが、やはりそこから先は敗北としか言いようがない。クトゥルフの技術を以ても、命を生き返らせる事は不可能であり、クトゥルフが齎した地球の悲しみは癒えない。
 幼いながらに両親を喪ってしまった者もたくさんいるだろう、忘れて全てをリセットした方が幸せな者もいるだろう──彼女のパートナーもまた、その一人だ。
 だから、セイバーは己のパートナーを、別の全く異なる──クトゥルフの侵攻のないパラレルワールドの地球に預け、宇宙のどこかへと去った。

 この時、クトゥルフの侵略のない宇宙がいかに平和であったかを身を以て知らねばならなかった彼女は複雑であった。
 やはり、クトゥルフは彼女の故郷でもあったからだろう。
 元はと言えば、クトゥルフ自体は悪徳を持つ集団ではなかったが、その長であるサー・バイオレットがビッグゴールドに取りつかれたのが惨事の原因であった。
 それゆえに、一段と辛かった。本来は温厚な部族の長が、一時魔が差した為に世界の脅威となったのだから。
 平和を望むがゆえに、正義を持つがゆえに、同胞、姉妹さえも手にかけねばならなかった。
 ……あの感触、あの叫び、あの殺意、あの悔しさ。確かに忘れない。

 そんな彼女の望みは一つだ。
 全ての宇宙を、「クトゥルフそのものが無い世界」ではなく、「クトゥルフがビッグゴールドの支配を受けなかった世界」へと「書き換え」を行う事である。
 そうなれば、渚の周りの人が死ぬ事もなければ、イクサー1とイクサー2が殺し合う運命もない。
 やがて地球とコンタクトを取る事になっても、その時はお互いに友好的に交流する事もできるだろう。
 並行世界の中からも、全て消し去り、そこからの分岐を一切なくす事ができる。

 それが宇宙を渡る中で芽生えた、彼女のせめての願い──いや、そうとも呼べない儚い夢である。
 叶わないとしても構わない。叶わなくても渚はまだ幸せにやっている。しかし、それでも少し努力して届くならば、そこに届かせてみたかった。

「お茶も、美味しい……。この星の物はこんなにも上品な味をしているんですね」

「だからこれは、本当のお茶じゃなくて……」

 ほのかがやれやれと苦笑している。
 味噌汁もそうだが、もっと時間をかけて作った物の方が、味を好みに整える機微が利いて美味しいだろう。
 これは、お茶や味噌汁の味を手軽に再現する為に作られた物である。確かに充分美味しいが、これだけでお茶を飲んだというのはまた違う。

「本当のお茶はどこに?」

「どこに行けば淹れてもらえるかしら……? 緑茶じゃなくて紅茶なら町中にお店があると思うんだけど」

「それでも構いません。紅茶というのも、少し興味があります」

 ここには敵はいるが、冷徹なクトゥルフはいない。だから、セイバーも腹を満たす余裕を持てるのだ。
 嗜好品にありつくのも、今のこの表向き平和な東京では容易である。かつてのセイバーが降り立った東京とは全く違う。
 食べ物は勿論、この星の文化についてもう少し詳しく知る事ができるかもしれない。
 ただ、服装はこのピンク色のタイツとビキニアーマーでは、当然街中で目立つので、ひとまず変えなければならないだろう。
 どのような服装に変えて、明日街に出てみようか……。

 ……いや。

 そんな最中で、ふとセイバーの表情は少し固くなった。
 何かの想いがふと過って、気づかされてしまったような面持である。

「……マスター。本当に私たちはこれでいいのでしょうか」

 セイバーが、重くなった口を開いた。

「どうして?」

「私はサーヴァントです。従者として召喚されたからには、いつでもマスターの為に命を張る覚悟があります。
 マスターは、私を死に追いやる命令もしなければなりません。もしそんな状況になった時の為に、私たちはもっと心理的な距離を置くべきではないかと思ったのです」

「そんな……」

「そして、私がこの聖杯戦争で最も優先すべきはマスターの命と願いであると考えています。
 私の願いを叶える為に、あなたの願いを穢したくはないのです。元々、私の願いはあなたの世界とは関係のないものですから……」

 セイバーは、ほのかに好感触を持っていた。元々、セイバーは今ある自分の運命を充分に受け入れている。この悲願を叶える術を今日まで必死に探していたわけではない。
 むしろ諦観していた。こうなってしまうのは仕方ない、法則なのだと。
 現実に、願望器に縋れる人間など普通はいない。こうして聖杯戦争に参加できた者もごくごく限られている。
 一度起きてしまった事を戻す術も、他人の人格を矯正する術も、人の命を戻す術もない世界で、人間たちは生きている。
 セイバーはただ、宇宙を彷徨い、英霊となった果てに偶然、「聖杯戦争」を知り、それを使って叶えたい巨大な願いに後から気づいたというだけである。
 あるいは、正さず、宇宙をこのままにしておくのが正しいのかもしれない。正義の人造人間とはいえ、正義と悪との明確なラインは知る由もないのだ。
 あくまで、おおまかに決められた線引きの中で、自分が思う正しい事をしているのであり、それが侵略者に仇なす事であった。
 だから、セイバーには今の自分が正しいという確証は持てていない。正しくあれ、という思いはある。

 しかし、一方でほのかの願いは、正さと歪さのラインに立つよりは、ただ実に一途で純真な物である。
 ある戦いで闇の世界に誘われ、今はどこにいるかもわからない──いや、もっと言えば完全に消滅したかもしれないキリヤという少年との再会だ。
 そのために、ほのかは中学生だてらに、あらゆる神話や伝説を模索し、「闇の世界」に関連する逸話がないか、そこに行く着く術がないかを探していたと言うし、あるいは科学的に、異世界に行く技術を探していたとも言う。

 そして、現状で見つけた唯一の手段がこの「聖杯戦争」への参加であった。
 月に願いを見込まれて、巻き込まれるようにここに来た彼女であるが、ここに来る一秒前に強い願いを発したのもまた事実である。

 聖杯に望みを託す。──それが彼女の見つけた有力手段なのだ。
 果たして、彼女に他者を傷つける覚悟があるかはわからない。しかし、願いへの想いは本物であった。
 願いの為に縋る方法の一つとしてこの東京に身を置きながら、そこで他者を殺める覚悟はイマイチ乏しい。
 しかし、セイバーはそんなマスターにこそ憧れも抱いた。
 ほのかは正しいかもわからない願いを持ちながら、普段は優しく、おおよそ社会の規範となるような人間性を保ち、一個人として好感の持てる人間になっている。
 その人間の、ただ一途な願いに、セイバーは殉じたいとも思っていた。

 できるならば、セイバー自身も己の願いを叶えたいが、最優先すべきはマスターの願いだ。
 実際は、このマスターくらいの願いが人間の器には丁度良いのかもしれないと思う。

「戦法的に、もし、私を捨てるべき状況になったら、すぐに私を捨ててください。
 私の些細な負傷は全て無視し、自分の魔力と身の安全の確保を最優先すべきなのです。
 ……だから、こうしてマスターとサーヴァントが親しくするのは、その時に自分を辛くするだけかと」

「私は……」

 ほのかは言葉に詰まっていた。セイバーの複雑な思考を読んだわけではないが、迫力に圧倒された。
 次の一句が見当たらないのである。
 それは、こうして茶を飲み合う相手を含め、今は日常の裏側で戦争をしなければならない状況だと認識させられたからであった。
 犠牲。──セイバーの台詞から連想した、その言葉の意味を、深く噛みしめる。
 セイバーだけではなく、敵もあるいは犠牲にしなければならない。そこに対する回答はまだ模索しきれていない。
 しかし、セイバーを犠牲にしなければならないという一点に関しては、答えが浮かんできた。

 双方、お茶を持つ手が震える。
 少し考え、お茶を台に置いた後で、ほのかはセイバーの方を真っ直ぐ見据えて言った。

「私の願いは、ずっと会いたいと思っている友達に会う事よ。
 セイバーさんとも、こうしてお友達になれた以上は、離れ離れになりたくはないわ」

「マスター。それは私も同じです。人との別れがつらい事はよく知っています。
 ……しかし、私が言っているのは、いざという時です。その時が来たら、私を捨てる覚悟を持ってください。
 そして、いざという時が来た場合の為に、普段から私をもう少し突き放した態度で接するべきではないかと思うのです」

「いいえ! 私たちはパートナーだから」

 ほのかの即答に、セイバーはたじろぐ。
 パートナー──そんな存在が出来るのは、いつぶりか。かつての戦いで、パートナーの記憶からもイクサー1は消滅した。
 イクサー1もクトゥルフのない別の宇宙では、彼女のパートナーはその記憶を引き継がなかったのである。

 セイバーにも、自ずと暖かい心が湧きあがるような一言であった。
 ほのかは、続けた。

「……セイバーさん。戦いだけの日々だけじゃなくて、普通の日常を過ごす事も当然大事な事だと思うわ。
 そういう日々の中にも学ぶ事はあるし、守りたい物が自然と見えてくるものなの。
 もし、戦いの中で私のピンチが来たとしても、私はパートナーは捨てない。私はそういう自分になりたくないし、あなたとの日常を捨てたくないから……」

「……マスターはサーヴァントを切り捨てて戦わねば勝ち抜けない運命だとしても?」

「そんな運命なんて、変えてしまえばいい」

 またもや、即答であった。

「それは……あなたの経験から出た言葉ですか」

「ええ。私には大事なパートナーがいる。『なぎさ』が教えてくれたんです」

 なぎさ。
 昨日まで一緒に放課後語らっていた友人。いや、今日も、明日も、これからもずっと友人である少女の名前であった。

 実は、なぎさとほのかは、かつてもある戦いに身を投じていたのである。
 光の使者、プリキュアとして、ドツクゾーンなる闇の存在と日夜戦ってきた。
 しかし、彼女たちは一度たりとも、日常を捨て、運命に屈した事はない。
 守りたい日常を噛みしめながら、その世界のなんでもない日々を守るために戦ってきたのである。
 学校、友達、遊び、趣味、笑顔、家族、自分──世界を守るためではなく、世界の中に在る小さな物たちのために。

 だからこそ、イクサー1を見捨てるなどという判断は生まれなかったし、そこにいるパートナーを失った時点でほのかは戦う意味をなくしてしまう。

「パートナーへの信頼、そして日常ですか……。
 あなたの様子を見る限りでは、────『美墨なぎさ』という人物は、『ホノカ』にとても良い影響を与えたようです。
 ぜひ一度、私も美墨なぎささんに会ってみたいですね」

「あなたもよ、セイバーさん。……加納渚さんという人に会ってみたいわ」

 二人は、ふふ、と笑った。
 奇しくも、二人がパートナーと認めている少女の名前は全く同じなのである。
 どうやら、セイバーもほのかに折れ、納得したようである。



 それから、茶を飲み、翌日の準備に取り掛かる事にした。

「さて、明日の発表会一日目の準備……と」

 ほのかは初日は見学である。ほのかが発表をしなければならないのは「最終日」であり、まだ数日だけここにいる事になる。
 しかし、自分と関係ない発表日も参加者は要出席とされており、面倒にも「入場する事」だけは義務づけられているので、学校を休んでここに来なければならなかったのだ。
 ほのか自身もそれぞれ他の学校の研究には興味はあるが、それにしても、時間を詰めれば一日で終わるようなイベントである。
 各日にちごとに、せいぜい四時間程度しか研究発表がない。それを何日にも配分している。
 これだと、海外の来賓のスケジュールもどれだけ空いているのか、という話になる。
 それに、名簿に名前を書いて入場さえすれば後は退出自由というのも変だ。

 ……いやはや、そんな研究発表会があるだろうか?

 まるでほのかに数日学校を休んでここにいろ、とでも言いたいような……。
 いや、あるいは、もっと多くの時間をこの東京聖杯戦争に裂く為に組まれたスケジュールであるような……そんな気がした。
 そう考えるのは自意識過剰だろうか?



【クラス】
セイバー

【真名】
イクサー1@戦え!!イクサー1

【パラメーター】
筋力C 耐久C 敏捷B 魔力E 幸運D

【属性】
混沌・善

【クラススキル】
対魔力:D
 一工程(シングルアクション)によるものを無効化する。魔力避けのアミュレット程度の対魔力。
騎乗:B
 乗り物を乗りこなす能力。
 魔獣・聖獣ランク以外を乗りこなす。

【保有スキル】
守護騎士:B
 他者を守る時、一時的に防御力を上昇させる。
飛行:A+
 自力で飛行する事が可能。
 宇宙空間や亜空間においても飛行可能であり、大気中以外でも活動ができる。
光具:B
 魔力光を自在に操るスキル。
 ビーム、ソードなどの形で運用可能だが、手に余るほど巨大な物は生成不可能。

【宝具】
『善なる守護光の剣(イクサーソード)』
ランク:C 種別:対人 レンジ:1~5 最大補足:1~5
 セイバーが何もない空間からその右手に再現できる光の剣。
 固形物ではなく光そのものであり、破損しないが、代わりに発動中は常に魔力を消費し続ける。

『善者の化身たる巨人(イクサーロボ)』
ランク:EX 種別:対人 レンジ:1~99 最大補足:1~99
 セイバーと『加納渚』と同調する事によって起動できる巨人。
 現状では加納渚が参加しておらず、そのために運用不可能と思われる宝具。
 『渚/なぎさ(ザ・ベスト・パートナー)』の固有結界を発動させる事が不可欠となる。

『渚/なぎさ(ザ・ベスト・パートナー)』
ランク:A 種別:結界 レンジ:1~99 最大補足:1~99
 セイバーが形成する固有結界。
 この結界内では、一時的に彼女のパートナー・加納渚の以前の戦闘データ・身体データが仮想復元され、『善者の化身たる巨人(イクサーロボ)』を操縦する事ができる。
 また、結界内に侵入した存在の「パートナー」も仮想修復が可能であり、本人の魔力消費と共に再現される。それにより、結界内では単体では利用不可能(特定人物と二人でなければ起動不可能・再現不可能)な宝具の運用が可能。
 基本的には多人数を再現する事はできず、そのサーヴァント又はマスターのパートナーと呼べる人物(あるいはその他の動物・魔物・植物・無機物)一個のみが仮想復元できる。
 そこで召喚されられた人物の所持品や着用している衣服、装備等は記憶から再現される。

【weapon】
 なし。

【人物背景】
 宇宙を放ろうする民・クトゥルフが、自分たちを守る戦士として作った人造人間。善の心のみを有している。
 正確には、クトゥルフの長サー・バイオレットが巨大機械生命体に触れた事によって、正の意志が具現化した存在ともいえる。
 同じく邪な意志から生まれたビッグゴールドにサー・バイオレットが支配された事によって他星を武力で侵略し始めたクトゥルフを相手に、イクサー1は裏切りの戦いを挑む。
 地球を守るため、巨大機械生命体の創作者の血を受け継ぐ加納渚(小説版のみの設定でOVA版では渚でなければならない理由は特に語られない)と共にイクサーロボを駆り、クトゥルフの侵略者たちと戦う。
 姉妹であるイクサー2、復讐に燃える心優しきセピアといった強敵、難敵と戦いながらも、打ち倒し、やがてビッグゴールドを倒す。
 続編『冒険!イクサー3』などにも登場する。

【サーヴァントとしての願い】
 ビッグゴールドの存在抹消。

【方針】
 聖杯を手に入れる方針である。
 マスター(ほのか)をパートナーと認め、彼女に不足している部分を自分で補う。
 また、あくまで自分の願いよりもマスターの願いを優先する。
 それから、服装がヤバいので、そこはどうにかしようと思う。



【マスター】
雪城ほのか@ふたりはプリキュア/ふたりはプリキュアMax Heart

【マスターとしての願い】
 キリヤくんとまた会いたい。

【weapon】
 不明。
 ただし、ホテル内の設備は聖杯戦争期間中に自由に利用可能である他、ここに来るまでに準備してきた最低限の着替えや道具が部屋に整っている。
 科学コンテストの発表の為の設備も所持しているはず。
 通常ならミップルを連れてきているはずだが、今回は他校の引率の先生に没収されているという事で、どうしても出したい時に出す感じで…。

【能力・技能】
 中学生レベルとしては非常に高い知識を持っており、特に科学に造詣が深い。
 また、スキーやスケートといったウインタースポーツも得意。

『光の使者・キュアホワイト』
 雪城ほのかが伝説の戦士として認められ、ミップルとの連携で変身できるプリキュア。
 人間離れした戦闘能力を有するが、キュアブラックと比べると打撃力や防御力に若干脆さがあり、トリッキーな回転やいなし技で応戦する。
 ただし、美墨なぎさと二人揃っていなければ変身できないという難点があり、セイバーの宝具を利用して再現する以外の変身方法はない。

【人物背景】
 ベローネ学院女子中等部2年(又は3年)桜組クラス委員。科学部。1990年4月4日生。血液型はB型。
 成績は学年トップであり、「薀蓄女王」と呼ばれている。
 両親は共にアートディーラーで、普段は家におらず、ほのかは祖母、飼い犬と一緒に暮らしている。幼馴染に藤P先輩こと藤村省吾がいる。
 光の園から現れたミップルとの出会いがきっかけで、美墨なぎさとともに「伝説の戦士・プリキュア」に選ばれ、闇の世界から現れたドツクゾーンと戦う事になる。
 そんな戦いの中で、全く正反対だったふたりは時に対立しながらも戦いの中で友情を築いていく。
 ほのかは戦いの中で出会ったドツクゾーンの少年・キリヤとの奇妙な交流の中でも着実に成長していった。
 やや天然ボケで、科学部では珍妙な実験をしては爆発を起こしており、ミミズを可愛がるような一面も見せる。
 参戦時期は無印最終回後であり、Max Heartの最中であると思われる。

【方針】
 聖杯を手に入れる。
 しかし、現段階では迷っている最中。相手がどんな人物であるかにもより、モチベーションが変化するだろう。

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最終更新:2015年01月01日 22:27