九頭竜天音&エクストラクラス  ◆q4eJ67HsvU



 ――私は、ただ、人を救いたかった。



 空が赤い。

 半ば異界と化したこの東京を象徴する、臓腑から滴る濁り血を溶いたような、赤。  

 この一週間で失われた夥しい命を吸って、一層その色の昏さを増しているような、赤。

 あの赤に、私も呑まれていくのだろうか。


 ああ、赤い。


 アスファルトに倒れ伏したまま、己から流れた血で染まった手のひらを、まるで他人事のように眺める。

 よくもこの躰にこれだけの赤が詰まっていたものだと感心するくらいに、血溜まりが確かに広がっていくのが分かる。

 私の心の内面は一面の花畑だということだけれど、その土を掘り起こせば、下から溢れるのはこんなに醜い赤なのか。

 躰が沈んでゆく。ずぶずぶと、この血の沼に、重力に引かれて、沈んでゆく、そんな錯覚。

 魂だけが吸い上げられて、この汚れた躰を置き去りにしていくような、そんな。


「…………お父様…………アマネは、お傍に…………」


 呟いた言葉すら、赤に溶けてゆく。

 だけど、もしもこの言葉が本当に父に届いたとして、父は耳を傾けてくれるのだろうか。

 私は、父の説く救いを信じ切れていなかった。人は人の力だけで試練を越えてゆけると、そう考えてしまった。

 確かに父は間違っていた。父の信じた救いは何ももたらさなかった。それでも、私が正しかったわけでも、なかった。

 その結果がこの幕切れだ。私は父のように最後まで己を信じ抜くことも出来ず、ただ無念さの中で溺れてゆく。


 残る力を振り絞って僅かに視線をずらすと、『彼』の姿が目に映った。

 ほんの数日前は普通に語り合うことの出来る存在だと思っていた、ごく当たり前の少年。

 そして今はもはや、人のいかなる言葉も届きはしない、万魔の王。

 それでも、せめて、彼が人のために魔を率いるのであれば、私が彼と共に征くこともあったのかもしれない。

 だって、私はただ、人を救いたかっただけなのだ。


(ベルの王……私は、あなたを……)


 続く言葉を、頭のなかで形にすることすらもはや出来ない。

 私という存在が形を失い、闇の中へ崩れていく。

 ただ、空が赤いとだけ感じた。

 その赤い空の中で――昇るはずのない赫い赫い月が、煌々と輝いていた。




   ▼  ▼  ▼



「……様! アマネ様! いかがなされましたか」


 九頭竜天音(アマネ)は、その呼びかけで白昼夢から目覚めた。
 声の方へ目を向ければ、朱色のフードで頭を覆った『翔門会』の信徒である。
 顔立ちはフードの裾の影に隠れて見えづらいが、自分を心配しているというのはありありと伝わった。

「いえ、少し疲れていただけです。気になさらぬよう」

 なおも顔色を気にする信徒をなだめ、部屋の中を見回す。
 色鮮やかな装飾が目を引く祭壇。ここは六本木ヒルズの最上階の翔門会総本部だ。
 壇上には父もいる。これから信徒たちに説法を聞かせるのだろう。
 何もおかしなことはない。いつも通りの教団。そしていつも通りの、巫女としての自分。
 そのはずだ。それなのにどこかズレを感じてしまうのは、たった今見た夢のせいだろうか。

「……本当に、気持ちの悪い夢でした」

 自分が死ぬ夢など、二度とは見たくないものだ。
 あの赤い空。悪魔達の呻き声。見下す少年の冷たい瞳。
 やけに生々しかったおかげで、まるでこちらの世界のほうが夢だと感じてしまいそうだ。
 しかしこのまま呆けていては、また周りに心配をかけてしまう。
 アマネは努めて冷静な声を心掛けた。

「お父様も今日は一段と熱が入っているようですね。きっとベル・ベリト様もお喜びでしょう」

 当り障りのないことを言った、つもりだった。
 翔門会は魔王ベル・ベリトを信奉する教団。何もおかしなことは言っていない。
 それなのに傍らの信徒は、心配を通り越して、怪訝そうな顔でこちらを眺めている。

「アマネ様……」

 おかしい。
 この反応は、どう考えてもおかしい。
 そうアマネが違和感を募らせ始めた矢先。 

「……今のは私の心の中だけに秘めておきます。よほどお疲れなのでしょう、巫女ともあろうお方が『主上様のお名前を間違える』など」

 今度こそ、アマネは表情を凍りつかせた。
 主上の名前を間違えた?
 間違えるも何も、主上とはベル・ベリトただ一柱のはずだ。
 翔門会の教えは、神の試練に打ち勝つためにある。そのために悪魔の力を借りてでも、いつか来るべき試練に……。
 そこでアマネは訝しんだ。
 いつか来るべき試練とは何の事だっただろうか。
 試練とは「いつか」ではなく、「今まさに」訪れているものではなかったか。

 壇上では既にアマネの父、教祖クズリュウの説法が始まっていたが、アマネの耳には届かなかった。
 何か、大事なことを忘れているような気がする。
 この東京で、何かが起こっていた、ような気がする。
 そして自分はその中で、ただ人を救おうと……救う? 何から? どうやって?
 分からない。何かが分からないという事だけは分かっているのに、その何かが分からない。

「……割れた卵、白銀の夢。知れども知り得ぬ見知らぬ友。憧れと微睡みに染まる午後の色。
 響く大いなる翼、その旋律をもって少年を誘う。降臨せしは、汝の名を知る者……」

 父の説法が遠く響く。あの文句はなんだろう。ベル・ベリトを讃えるものでないことだけは確かなはずなのに。
 自分のよく知る父の口から、自分の知らない聖句が紡がれる。
 主上。それは神? あるいは悪魔? それとも、どちらとも異なるモノ?
 その存在は、アマネを、人間達を救ってくれるというのだろうか。
 神の試練。万魔の蹂躙。冷たい目をした少年。赤い空。血のように真っ赤な。
 アマネの脳裏に夢の光景が蘇る。いや、本当に夢なのははどちらだろう。

 この東京と、あの赤い東京、そのどちらが夢なのだろう――――――。




   ▼  ▼  ▼



 赤い月。

 それを望んだ誰もが、同じ夢を見た。


 ――――己が、蝶となる夢を見た。



   ▼  ▼  ▼



「――世は音に満ちて」

 父の声が響く。

「世は音に満ちて」

 信徒達が口々に応える。

「世は音に満ちて!」「世は音に満ちて!」「世は音に満ちて!」


 その聖句の合唱の中で、九頭竜天音は、胡蝶の夢から目覚めた。



 聖杯戦争。東京封鎖。神の試練。令呪。ベルの王。偽りの魔都。ムーンセル。あの赤い月。

 もう、疑いはなかった。自分の立ち位置が、はっきりと分かった。
 東京封鎖から八日目。自分はあの東京で息絶えるその瞬間に、赤い月に見初められて此処へ来たのだと。
 そしてこの東京のイミテーションに存在するという、万能の願望器。
 それを手にすることが出来れば、あの何もかもが狂ってしまった東京を、あるべき形へと変えることができる。
 音程の狂った楽器を、正しい響きへと「調律」するように。
 あの魔王となった少年の目指す、殺戮の果てにある未来ではなく。
 ただ自分のささやかな――だけど決して諦め切れない、人が怯えずに生きていける未来を、この手で。

「……聞こえますか、私の英霊よ」

 アマネは胸元を押さえながら、虚空に語りかけた。
 心臓が苦しかったわけではない。胸の中央に、ただ焼けるような熱だけを感じていた。
 服を脱いで確かめる気はなかったが、これが令呪の刻印が刻まれる感覚だと、漠然と実感する。
 これが契約の証ならば、言葉は届くはずだ。それならば。

「九頭竜天音がマスターとして命じます。姿を現しなさい、我がサーヴァントよ!」

 言葉にまず答えたのは、無数の羽根だった。
 舞い散る純白の羽根が、ホールの空間を埋めるように光り輝く。
 ざわめく信徒達の間を進み、アマネは愕然とした表情の父を押しのけるように壇上へ立った。

『――問おう。君が、僕のマスターか』

 脳内に直接響いたその言葉に、確固たる頷きで返す。
 その肯定を受けて、ホールの中空に魔力が結集した。
 霊体であったサーヴァントが魔力による実体を得て、その姿を現したのだ。

 少年のような、しかし人とは異なる存在との印象を受ける純白の姿。
 背中に一対、頭に一対の翼。まるで天使、あるいは神。
 しかしアマネだけが、その真実を知っていた。彼は人間であり、同時に紛い物の神でもあると。

 ホールに集った信徒達はパニックを起こしていた。
 口々に、主上様が降臨なされたとか、アマネ様が奇跡を起こされたなどと口走っているのが聞こえる。 
 彼らがアマネの記憶の一部から生まれたNPCならば、無意識にアマネが感じていた『彼』の存在を元に、
 この偽りの東京の翔門会は形成されたのかもしれない。
 隣で父は腰を抜かして震えている。ただし、本当の父ではない。父は死んだ。ベル・ベリトに食われて、あの時。
 それでも、もう一度死なせたくはないと、そう思う。

 アマネは空中に浮かぶ己のサーヴァントへ目を向けた。
 意識を集中すると、脳裏にステータスが浮かんだ。本来の七騎のどれでもない、そのクラス名も。




「……エクストラクラス、『機械仕掛けの神(デウスエクスマキナ)』……」


 機械仕掛けの神。物語の幕引きを担うもの。
 神の試練を乗り越えるために戦った自分には皮肉なサーヴァントだと思う。
 それでも、神の、悪魔の、あの少年の手から東京を取り戻し、赤い空を払って蒼穹に幻想曲を響かせるには。
 アマネには、この紛い物の神の力が必要なのだ。
 アマネは呼びかける。願いを乗せて、その純白の姿へと。


「……歌いなさい、お前の歌を……神名綾人、いえ……真、聖……ラーゼフォン……!」


 かくして魔都・東京に、紛い物の神が降り立つ。手を携えるは、運命の巫女。ただ切なる祈りを胸に。


 天空に谺せよ、歓喜の歌。

 嘆くなかれ、それは汝の音色。

 神の不確かな音。


 ――世は、音に満ちて。



【クラス】
デウスエクスマキナ

【真名】
アヤトゼフォン@ラーゼフォン


【パラメーター】
筋力B- 耐久B- 敏捷B- 魔力A- 幸運B- 宝具EX

【属性】
秩序・中庸



【クラススキル】

機械仕掛けの神:?
デウスエクスマキナの固有スキル。
世界の辻褄を合わせる存在としての側面を持つ英霊が、超越者のままサーヴァントとして現界するために必要なスキル。
物語の幕引きを担う者という出自により、戦闘時の与ダメージ及び被ダメージ、また各種判定において有利な補正を得ることが出来る。
しかし、高次の存在ゆえに聖杯には世界に対する異物として扱われるため、全ステータス及び一部スキルがランクダウンしてしまう。
またその影響でマスターに要求する魔力量も跳ね上がり、常にバーサーカー級の維持魔力が必要になる。


【保有スキル】

神性:A+
神霊適性を持つかどうか。ランクが高いほど、より物質的な神霊との混血とされる。
アヤトゼフォンは本来人間であるが、イシュトリとの融合により限りなく神に近い存在となっている。

対魔力:B-
魔術に対する抵抗力。
魔術詠唱が三節以下のものを無効化する。大魔術・儀礼呪法などを以ってしても、傷つけるのは難しい。
なおクラススキルの修整によりランクダウンしている。

魔力放出(歌):A
武器・自身の肉体に魔力を帯びさせ、瞬間的に放出する事によって能力を向上させるスキル。
アヤトゼフォンの場合、自らが歌う歌に魔力が宿り、物理的・魔術的破壊力を持つようになる。
周囲に音障壁を展開したり、音に指向性を持たせることで虹色の衝撃波としてビームのように放つことも可能である。

精神昇華:B
アヤトゼフォンの精神は、人間・神名綾人と器たるゼフォンが融合した結果、より高次のものへと移行している。
精神に影響するスキルや宝具に対して高い耐性を持つ反面、ランクが高いほどヒトとしての意志は表出しにくくなる。



【宝具】

『神の未知なる音(ラーゼフォン)』
ランク:EX 種別:調律宝具 レンジ:??? 最大捕捉:???
アヤトゼフォンそのものにして、彼が歌う『調律の歌』。
イシュトリと融合し神の心臓ヨロテオトルへ至った奏者オリン、すなわち『真聖ラーゼフォン』の力の発現である。

『調律の歌』は『TOKYO JUPITERが存在した世界』以外の平行世界に由来する存在に対して限定的な『調律』を発生させる。
正確には『並行世界の部分的な破壊と改変』をもたらす宝具であり、対象が属する世界そのものを攻撃するため、物理的・魔術的な防御は基本的に意味を成さない。
サーヴァントには耐久無視の絶対的な攻撃宝具として作用するが、事実上この『東京』においてはあらゆる存在に干渉できると思われる。

本来ならば平行世界そのものを破壊し、ひとつに再構築するための宝具であるが、サーヴァントの枠を得て現界したため劣化している。


【weapon】
無し。
真聖ラーゼフォンとして覚醒する以前の、光を武器にする能力は失われている。


【人物背景】
 少年・神名綾人が、ラーゼフォンと呼ばれる巨大ロボット(実際は奏者の器)とひとつとなった姿。
 ラーゼフォンの真の姿であり、「調律」と呼ばれる世界の改変、破壊をも可能とする、神の如き力を持った存在。
 その姿はラーゼフォンに綾人が融合したようなもので、全身及び背面に生えた翼は白色で統一されている。
 単純な腕力だけでも敵を寄せ付けず、放つ歌声はあらゆる障害を瞬時に破壊し尽くす、文字通り「機械仕掛けの神」と言える性能を持つ。
 その真の力は全ての並行世界を破壊し、ひとつの世界へと再構築する「調律の歌」を歌うことにある。
 その使命を果たすため、同じく奏者を得て覚醒した真聖ベルゼフォン(クオンゼフォン)と激突。
 本来ならばそこで刺し違えるはずであったが、綾人の人間としての潜在意識の働きにより、本来とは異なる形で調律を遂行した。

 なお劇中では主に50m級のサイズだったが伸縮は自在であり、この聖杯戦争において人間大で現界しているのは単純に魔力の消費を抑えるためである。

【マスター】
九頭竜天音@女神異聞録デビルサバイバー

【マスターとしての願い】
魔王ア・ベルを倒し、世界を正しい姿に『調律』する。

【weapon】
「COMP」
正式名称コミュニケーション・プレイヤー。
二画面式のゲーム機だが、改造により悪魔召喚プログラムを組み込まれている。
もっとも、アマネの「死」により契約が解除されているため、現在の仲魔は無し。

【能力・技能】
COMPを介して魔法やスキルを行使可能。アマネは特に魔術の扱いに長けている。
また、その精神の内部に天使レミエルが憑依しているが、東京封鎖七日目の戦いで傷つき弱体化している。
なお、もう一体の憑依悪魔であったイザ・ベルは既に打倒・吸収されアマネの中から消滅している。

【人物背景】
宗教組織「翔門会」の巫女。15歳。
大きな花飾りの付いた特徴的なカチューシャが印象的(よく間違われるが前髪ではない)。
その精神の中に天使レミエルと悪魔イザ・ベルを同時に憑依させられている(イザ・ベルは後に主人公に討たれる)。
神秘的な雰囲気の少女で、主人公達とも幾度と無く接触し、ルートによっては共闘する。
いわゆるLAWルートのキャラクターでありながら、憑依した天使レミエル共々狂信的な印象のない稀少な人物。

出典はナオヤルート殺戮編。
主人公が魔王となり東京中の悪魔を従えることで東京封鎖は解除されたが、悪夢は終わらなかった。
アマネは立ちふさがるもの全てを殺戮する魔王ア・ベル(主人公)を止めるために戦いを挑むが、力及ばず倒される。
その際に死の淵で見た「赤い月」が、この聖杯戦争参戦の契機となる。

【方針】
最終的に聖杯を獲得するつもりでいるが、同盟なども必要になると東京封鎖の経験から判断している。

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最終更新:2014年12月25日 20:37