俺は、ポケモンを憎む――。




右手に剣を持ち、左手に盾を構え、悪竜と対峙する。
こちらの武器、及び悪竜は共に満身創痍。
勝負は次の一手で決まるだろう。
悪竜の三つ首が戦慄く。
否、三つ首のようで左右の首に意思はない。
牙を備え、多方向から襲い来る二の首と三の首も確かに脅威だが、真に警戒すべきは中央の一の首だ。
左右の首に惑わされぬよう、それでいて注意を怠らぬようにしつつも、一の首にこそ注視する。
睨み合うこと数秒、悪竜の口が僅かに動いたことを感知する。
その動きは吸い込み――ブレスの予備動作。

いける――。

盾を前へと突き出すと同時に、悪の波動が迸る。
しかし王者の盾は悪竜の吐息を遮り、この身を前へと進ませる。
これが電磁の波なら王者の盾とて意味をなさず、たまらず膝を付いていたところだろう。
だが悪竜は悪しき性に従うことを由とし、好機を逃した。
だからこれで終わりだ。
盾から聖剣を抜き放ち一の首へと向かい振り下ろす。
二の首と三の首が剣を受け止めようとするが、シールドでバッシュしながら強引に剣をねじ込む。

そして剣が悪竜の首へと食い込みそのまま跳ね飛ばそうとしたところで――剣が突如静止した後、バシュッと気の抜けた音と共に手から剣が消え失せた。

ああ、やはりか――。

それでも諦めきれずに脇差を抜く。
この戦いを始める前、聖剣で砥いで作ったただの尖った石だが、傷ついた悪竜に突き立てれば仕留めることくらい可能だろう。
だが振り下ろした刃はまたしても届くことはなかった。
再び音が響くとともに、今度は悪竜が消え失せる。
……どころではない。それまでの二つとは明らかに違った異音が、首元から鳴り響くではないか。
このブザー音には覚えがある。
あの始まりの会場で鳴り響き、一人の男の命を奪った音だ。


「……」

脇差を手放し、両手を上げる。
こちらの意思を汲み取ったのだろう、ブザー音はすぐに止んだ。
どうやら思っていたよりは有情らしい。
試してみると決めた時から命を奪われる覚悟もしていたのだが。
パロロワ団とやらは極力直接は手を下したくはないのかもしれない。

ともあれだ。

腰にマウントされた2つのモンスターボール――矛盾ギルガルドと悪竜サザンドラが入ったそれらをコンバータにセットする。
何の変哲もないボールに見えたそれに、特殊な機能が搭載されていることを確認できた。
“ポケモンを瀕死を超え殺傷しようものなら、加害者或いは被害者を自動的に回収し、殺させないようする機能”だ。
ならばモンスターボールを壊した上でポケモンを殺そうとしたらどうなるか。
答えは見ての通りだ。
意図してポケモンを殺そうものならパロロワ団の手により首輪が爆破され、命を落とす。
ボールに回収される直前にギルガルドが自らの意志でトレーナーである自分に逆らい斬撃を止めたことから、
ポケモンたちも互いに互いを殺さぬよう訓練されているのだろう。
ポケモンコンバータのような機械で刷り込まれているという線もある。
それでいて、自分で「私を殺すつもりでかかってこい」と命令したことであるとはいえ、サザンドラからの攻撃に手心はなかった。
最後の一撃――後わずかでもキングシールドが遅れていたら命はなかったことだろう。

ああ、つまり、つまりは。

このポケモンは、ポケモンたちは。
人間だけを殺すバケモノなのだ。

パロロワ団が何故そのような処置をしたのか、理由は幾つか考えられよう。
奴らはこの殺し合いを実験だと言っていた。
実験である以上は、何か目的があり、そのためにはポケモンを殺されるわけにはいけないのかもしれない。
たとえばこの殺し合いはコンバータとやらの実験であり、様々なトレーナーに弄ばれたポケモンたちをサンプルとして回収したいのかもしれない。
単にポケモン達の親がパロロワ団になっている以上、このポケモン達はパロロワ団の所有物であり、
貸しているだけの自分たちの物が壊されるのを好としないだけかもしれない。

或いは――ポケモンが人間を殺し、人間がポケモンに殺される。その構図にこそ意味があるのかもしれない。

ああ、そうだ。そうなのだ。

ポケモンは、人間を殺す。

殺し合いの始まり、意識を奪われる前に見た光景を思い出す。
影より現れた暗黒の具現たるその姿を、どうして見間違えようか。
あれは、ダークライだ。
俺の知る限りこの世で最も“人間を殺した”ポケモンだ。
忘れるか、忘れるものか。
仲の良かった少女がいた。幼かった故に理解していなかったが、もしかしたら初恋だったかもしれない少女がいた。
けれど彼女は死んだ、殺されたのだ。
永遠に覚めることのない悪夢に魘され、衰弱していく少女を見ることしかできなかった自分の無力さを覚えている。
思えばあの時からだった、ポケモンという存在に拒絶感を抱いたのは。
何故ああも父も母も妹も、周りの皆のポケモンたちと笑い合えているのかが理解できなくなってしまった。
ある大人は言った。
ダークライに悪気はなかったのだと。
悪夢の力故に人ともポケモンとも関わり合えないダークライもまた犠牲者なのだと。

なんだそれは、ふざけるな。
悪気がなければ何ら悪いことをしていなかった少女の命を奪ってもいいと、そういうのか!?

抱いたのは怒りだった。止めどない怒りだった。
ダークライへの、だけではない。
あれだけのことをしたダークライを庇おうとする大人たちへの、人間たちへの怒りだった。

何故誰もダークライを討とうとしない。何故みんなダークライを野放しにするのだ。
ダークライがポケモンだから? ポケモンだから人間は、ポケモンがどんな罪を犯そうとも許し、仲良くしないといけないとでもいうのか!

日に日に人にポケモンに怒りを募らせ、攻撃的になっていった俺を両親は心配したのだろう。
少しでもダークライのことを忘れさせようと、当時はまだダークライ出没の噂がなかったホウエン地方へと引っ越した。
それが新たなる悲劇の始まりとも知らずに。

今でもその時のことは夢に見る。
海の化身と大地の化身の激突に、太陽が燃え盛り、嵐が吹きすさび、大地が隆起し、津波が全てを掻っ攫う。
天変地異。この世の終わりとも思える地獄が目の前に広がっていた。

『あ、ああ、あああ! 父さん! 母さん! トウコ!』

父が濁流に流される。
母が大地に飲み込まれていく。
妹は元々の身体の弱さが祟り、急激な気温変化の連続に耐えられず命を落とした。

俺は家族を失った。俺だけが生き残った。
ダークライへの怒りから、次があれば今度こそは誰も殺させないと鍛え続けた対ダークライ用のポケモン達が、皮肉にも俺だけを護ったのだ。
悪夢を振り払うための力は、現実の前には無力だった。
ああ、いっそのことこの現実こそが、夢だったらよかったのに。
なあ、頼むよ、ダークライ。連れてくのは俺だけにしてくれよ。父を、母を、妹を、あの子を、俺から奪わないでくれよ……。


願いが、聞き届けられることはなかった。俺は、夢の中へと逃げることさえ許されなかった。
全てを失い惚ける俺の前で、暗雲に亀裂が入り、大地へと光が降り注ぐ。
現れた天空の神は、荒れ狂う二柱を諌め、世界を平定し、三匹のポケモン達は何処へと去っていった。

『は、はは……。なんだよこれ、なんなんだよこれ』

あまりにもあっけない終わり。あまりにも平和な解決。
あれだけのことをしでかしておきながら、ポケモンたちは誰も倒れることなく、誰に謝ることなく去っていったのだ。

なのに誰も、ポケモンを責めない、憎まない。
神々の戦いに老人たちは神々しささえ覚え、伝説のポケモンを目の当たりにしたことで喜んでいる子どもたちもいたくらいだ。

『狂ってる……。この世界は、狂ってる……』

それでも。それでも尚。俺は、狂いたくなかった。
世界が狂っているからこそ、俺だけは正気でいたかった。
少しでもポケモン達からこの世界を護れるよう、血反吐を吐きながら勉学と鍛錬に励み、国際警察になった。
ポケモン犯罪を取り締まる日々の中、俺は多くの人間とポケモン達を見てきた。
過去の事例も学んだ。
ロケット団、マグマ団、アクア団、銀河団……。
数多の組織がポケモンを使い、この世に悪をなしてきた。
ポケモンが悪だ、などと人間を棚に上げ一方的に断罪するつもりはない。
悪をなしたものが悪であり、ポケモンが被害者なときも確かにあった。
だが、ポケモンが悪をなしたことも、ポケモンで悪を成した人間も、数えきれぬほどこの世界にいた。
いつしか、俺はポケモンとは人間にとっての何なのかと考えるようになっていた。

ポケモンは人の善き隣人だと言うものがいた。
友達だとも、仲間だとも、相棒だとも聞いた。

……本当に? 本当に、そうなのか。
お前たちは本当のポケモンを知らないだけではないか。
あの人殺したちを前にしてもそんなことが言えるのか。

崩壊しても崩壊しても結成されるポケモン犯罪組織とのいたちごっこを繰り返し摩耗していく中、俺は二つの組織のことを知った。

プラズマ団とフレア団。

片や人間からのポケモンの解放、片や戦争の道具であるポケモンの抹消を謳う彼らは、俺を一つの真理へと至らせてくれた。
人とポケモンは分かたれるべきであるという真理に。


ポケモンは悪ではない。
しかしポケモンは悪魔である。
人はポケモンに焦がれる。
ポケモンを自らのものにしようとしモンスターボールを開発し、ポケモン同士を争わせ、ポケモンで戦争し、ポケモンで犯罪を起こす。
ポケモンという存在そのものが人を悪へと走らせ、悪を成す人間たちの手でポケモンもまた悪となる。
互いに互いを悪と成し、傷つけあうというのなら、人とポケモンは分かたれなければならない。

そうして俺もまた悪をなした。
プラズマ団とフレア団、二つの組織に国際警察の情報を流し、国際警察が後手に回るようにした。
その甲斐もあってかプラズマ団とフレア団は野望に王手をかけたようだが――世界は、変わらなかった。

二つの組織は崩壊し、人はポケモンたちとの関係を省みることなく、今もポケモンを傍らに置き笑っている。

それがこの世界のどうしようもない現実で、果てがこのザマだ。

情報漏洩が露見し、国際警察を追われた俺は、それでも尚悪を成すポケモンたちを狩るハンターとして戦い抜いてきた。
その俺が今やポケモンに狩られる立場にあるんだ。笑うしかない。

だってそうだろ?

誰も守れず、世界を変えられず、ポケモンも殺せないというのなら。

そんなの、嘲笑うしかないじゃないか。

世界を、人間を、ポケモンを、自分自身を――。

「……出ろ、ギルガルド、サザンドラ」

回復こそしたものの殺し合わされたばかりで息をつく間もなく呼び出された矛盾と悪竜が憎たらしげにこちらを睨みつけてくる。
それでいい。
俺は敵だ。お前たちの敵だ。
これが俺たちの距離、分かたれた溝だ。

「俺は悪を成す。お前たちを悪と成す。それが嫌なら……分かるな?」

誰も守れず、世界を変えられず、ポケモンも殺せない自分でも、ポケモンで人を殺すことは、できる。
パロロワ団に命令されたからではない。
莫大な報酬になんて興味もない。
命欲しさからでもない。

ただ分からせてやるとそう思った。
省みて欲しいとそう願った。


国際警察としての経験が言っている。
パロロワ団はいつか、瓦解するだろう、と。
ロケット団のように、マグマ団のように、アクア団のように、銀河団のように、プラズマ団のように、フレア団のように。

ならばその時、この殺し合いが明るみに出た時に、せめて、人間にポケモンとは何なのか省みさせるような、ポケモンとの関係に疑問を持たせるような傷痕を。
俺はこの地に刻もう。

ポケモンで人を殺し、ポケモンに人を殺させ、ポケモンを憎ませる、恨ませる、怖がらせる悪としよう。

いつか、だけではない。
この殺し合いを目論んだパロロワ団さえも目を覆うほど陰惨に、人間たちをポケモンたちに殺させよう。
ポケモンとの絆を掲げ殺し合いに反逆する人間も、ポケモンを道具とし殺し合いに乗る人間も、ポケモンたちと逃げ惑う人間も。
誰も彼もを惨殺しよう。

その過程でこの身が誰かに討たれるのならそれもまた本望だ。
悪は断罪されねばならぬ。
何よりこの身がポケモンに殺されることもまた、ポケモンが人を殺し、人間が命じ人間を殺させるということだ。
人とポケモンは分かたれるべきという証明となろう。

故にこそ、叫ぶ。

「俺の名はアギト! 人を、ポケモンを狩る者、アギト! 
 世界の真実を知らしめるため、俺を殺しに来い、人間よ、ポケモンたちよ!」

聖剣を掲げ、王者の盾を手にし、悪竜に跨がり、英雄と、魔王となりて、怒りの日よ来たれり――。


【A-3/森/一日目/日中】

【ハンターのアギト 生存確認】
[ステータス]:怒り、憎悪
[バッグ]:基本支給品一式、不明支給品×1
[行動方針]対“人間とポケモン”
1:人間にポケモンたちとの関係を考えなおさせる程の傷痕を残す。
2:1のためにポケモンにてできるだけ残虐に人を殺す。

※:ポケモンを殺すことを禁じられていることを把握しました。


▽手持ちポケモン
◆【サザンドラ/LV50】
とくせい:ふゆう
もちもの:???
能力値:???
なつき度:0
《もっているわざ》
???


▽手持ちポケモン
◆【ギルガルド/LV50】
とくせい:バトルスイッチ
もちもの:???
能力値:???
《もっているわざ》
???

※自身の目的に沿った構築にしたようです。



第14話 交わらぬ白 第15話 Dies irae 第16話 貝になりたいか? お断りだね

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最終更新:2014年11月19日 00:36