歴史


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歴史は戦国時代からあり、天皇家より分派した初代氷山久彦総統(新天皇)が建国した氷山国より始まる。幾つかの戦国大名は反発し攻撃を仕掛けたが、天皇家より分派していた氷山家には対抗できず、西日本各国は次々と潰されていった。一方東日本は織田信長という強敵がいた為、攻略不能と見なされていたが、西日本を統一した今、織田信長側には鉄砲を生産する能力は無く、攻撃を仕掛けた(日本大戦)。名古屋より始まったこの大戦は中部地方を中心に数年に渡り続いた。最後は関東の江戸にて織田家を滅亡に追い込んだ。また、奥州はその名古屋大戦後期の際に、織田軍には勝ち目は無いと見て降伏した。これにより氷山家が天下を統一。奥州大名の伊達家に幕府を江戸として征夷大将軍の任を託した。
江戸時代半ばになると、氷山家は海軍力の増強は重要だとして舞鶴・大阪・松江・呉に鎮守府を設置(現在大阪鎮守府は岡山に移転)。軍艦第一号として、木造帆船コルベット「榛名号」及び同型艦三隻を建造(当時はコルベットでは無く、小型海防艦と表記)。これ以降も氷山海軍の活動は活発になっていった。
その後、幕末になってくると、幕府の体制は揺らぎ、幕府が治めていた東日本は財政面でも険しくなってきた。これに西日本が代わって治めるべきと考えた九州などの藩が反感を持つ東日本の藩とが協力し、江戸幕府を攻撃、これを倒した。幕府内部が各地に散らばるが、五年後までに全ては捕らえられた。
新しい時代は明治時代となり、政府も新しくなった。この時、氷山家より天皇家が分派し、天皇家は東京へ向かった。この時から東西朝時代と呼ばれる時代が始まる(〜WW2)。なお、この時に氷山帝國と改名。東日本側も大日本帝國と改名した。これより、大日本帝國側も軍備増強を始め、最初は氷山帝國のコルベットを参考に作られた。その建造の間は他藩や氷山帝國から渡譲された艦艇を使用した。その後、日清日露等の戦争を経て、大日本帝國は氷山帝國を含め世界三大海軍に数えられるようになった。太平洋戦争時には大日本帝國と共に連合国に挑み、敗北。
名前は氷山国と改名され、領土もほぼ現在の領土になった(大阪・山口・島根を除く)。その後、内部クーデターにより、MT帝国と改名しニュージーランドを治めていた大ヒトラント帝国より割譲され、そこを領土とした。近年まではそこを領土としていたが、2014年になり、京都府に戻った。
その後領土を拡大し、西は福井、東は広島、南は北大阪まで拡大したものの、その後のクーデターにより北大阪を放棄し、現在に至る。