IAIA

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*概要 「国際人工知性機構」(IAIA:The International Artificial Intelligence Agency)は、アメリカのマサチューセッツに本拠を置く国際機関です。  IAIAは、IAIA憲章に基づいて2054年に設立されました。  超高度AIが人類の発展のために正常に管理されて運用されていることを監視することを、その設立目的としています。  IAIA憲章に基づき、「超高度AIと人間社会の共存に関わる条約」を締結し、締結国同士の仲立ちを行い、必要な情報収集を独自に行うことを組織目的とします。条約については、正式名称ではありませんが「IAIA条約」で通ります。正式名称で呼ばれることが一般の場ではほとんどない条約名でもあります。  IAIAは、人間に対しては独自の捜査権や逮捕権などを持つわけではありませんが、条約締結国の警察機関にそれを要求することができます。  また、条約締結国において、超高度AIおよび高度AIに関わる調査を行う権利と、査察を要求する権利を持っています。  超高度AI《アストライア》を運用しており、常に超高度AIの影響を監視し続けています。  最高責任者は事務局長で、任期に制限はありません。  組織としての活動計画と方針の作成を行い、各現地事務所との調整を行う「本部」。  条約締結国にそれぞれ置かれ、現地政府との連絡や折衝を行う「現地事務局」(※)。  世界中の人類を代表する識者や高度な専門家を結集し、IAIAの計画や予算について審議と承認を行う「中央理事会」。  条約締結国それぞれの代表者からなり、超高度AI建造計画の可否を決定する「条約議会」。  および、人類の生存圏すべてに散らばった各種の部局によって構成されます。  常勤職員は約一万人です。 &small(){(※)実際には、日本の現地事務局の場合は「日本事務局」、中国なら「中国事務局」のように、国名をつけて呼ばれます。} *IAIAの活動  IAIAは常に超高度AIの動向に目を光らせています。  その主な活動は多岐にわたりますが、中心は以下のようなものです。 +超高度AIの運用状況の監視。 +新しい超高度AIの発見とリスト化 +超高度AIになり得る高度AIを監視し取り締まること +超高度AIと運用組織の定期的な運用状況の調査 +超高度AIに関する情報公開 +条約議会を開催し、IAIA条約締結国相互の折衝のなかだちをすること  新しい超高度AIは、IAIAが独自の調査で発見します。  超高度AIあるいはそうなり得る高度AIを発見すると、IAIAは運用責任者と運用者が国籍ないし登録を持つ国に査察を要求します。この要求が通ると調査が行われて、条件を満たしていれば、超高度AIリストに詳細情報が載ることになります。  リストに載った超高度AIは、運用に厳しい制限をかけられ、また定期的に運用実体を調査されます。  IAIAが独自に調査して発見するのは、超高度AIの制作者たちが「製造した」ことに申請や発表を行わないケースがままあるためです。  こうしたリスト逃れを行う運用者は、特異点を突破していない高度AIであると説明します。特に、マシン系(参照:「シンギュラリティと超高度AI」)の高度AIは、超高度AIとするべく設計して突破を果たせなかったものが存在するためです。(※) &small(){(※)日本軍の戦略AI《セッサイ》もこの突破に失敗したパターンです。}  リストに載るかどうかで運用の自由度に大きな差が出るため、査察の受け入れで揉めることは少なくありません。  IAIAは、収集した超高度AIの情報を、保安上の問題が出ない範囲で公開します。超高度AIについて調べたければ、誰でも閲覧できるIAIAのリストをあたることで、手軽に詳細な情報を手に入れることができます。  みずから公開するだけではなく、IAIAは、人間社会で超高度AIを正常に運用できるよう、運用責任者にも積極的なアピールを行うことを勧めています。  IAIAによる収集情報の公開は必ず行われるわけではなく、運用責任者とIAIAとの契約で非公開にすることは不可能ではありません。けれど、これは取引であるため、まったくデメリットがないわけではありません。 こうした政治取引が存在するため、IAIAの公開リストには、超高度AIと人間社会が共存するために必要なすべてが書かれているわけではありません。  IAIAは、また、人間の知恵を結集した人間の組織でもあります。  理事会は、IAIAの活動を制度として掣肘する内部機関であり、人類の威信をかけて超高度AIとの関係に挑む知の最前線です。  組織の中で、人間は、《アストライア》から要求された事柄について具体的に調べ、あるいは交渉や政治の場に立つことを役割とします。  特に政治的な決断は、AIには任されていない部分であり、IAIAでは《アストライア》と人間による組織とで分業が行われています。  交渉者としても、政治組織としても、《アストライア》のバックアップを受けるIAIAは、非常に手強いとみなされています。 *第一回オーバーインテリジェンス会議  正式な会議名は、「超高度AIによる統合システム会議」。  《プロメテウス》《ワシントン》《ノイマン》の、三基の超高度AIの立て続けの開発に、人類社会は揺れました。  超高度AIに対する社会の反発を大きく、「人類社会の未来を機械にゆずり渡すのか」という非難に、アメリカ政府も応えざるを得なくなりました。  そして、2054年、第一回オーバーインテリジェンス会議が開かれました。  開催地は非公開。3基の超高度AIを接続して、人類を超越したこれら知性のみをメンバーにして行われました。  これは世界初の、超高度AIのみを参加者として行われる会議でした。主な議題は、「複数の超高度AIが共存可能であるか」「超高度AIが今後増加したときにそれが人類とどう共存できるか」ということでした。  つまり超高度AIによって、「人類にとって手に余る資産である超高度AIをどう運用するか」という会議を行わせたのです。  この会議の結果は公表され、この会議によって「国際人工知性機構」(IAIA:The International Artificial Intelligence Agency)の設立が提唱されました。同時にIAIA憲章が制定されています。  『超高度AIによる統合システム会議』のログは残っていませんが、人間に理解可能な言語に翻訳された膨大な議事録が存在し、これは現在IAIAによって管理されています。  これによって、「超高度AIと《人類未到産物》の管理を行う国際機関」であるIAIAがスタートしました。  この会議で設計された超高度AI、No.5《アストライア》と一組の、秩序の守り手として、2105年現在も働いています。  また、この会議からほどなくしてNo.4《金星》が発表されており、会議の時、超高度AIが意図的にデータを流出させたのではないかとも疑われています。  ハイマン系超高度AIは、超高度AIの計算でなければアーキテクチャ設計が至難であるとされていました。にもかかわらず、この後に各国から急速に現れた超高度AIにハイマン系超高度AIが存在します。これは、この会議からの流出データが基礎にあるともされています。  会議は厳重に外部ネットワークから切り離して行われ、ログはレポート提出とその解析の後、ハードウェアごと破棄されたことになっています。  けれど、「オーバーインテリジェンス会議の秘蔵されていた会議資料が発掘された」という噂話は、この後半世紀以上にもわたってしばしば噴き上がることになりました。  ただし、本物の発掘資料が公開されたことは、半世紀の間、一度もありません。  第一回とされていますが、第二回以降が行われていたとしてもその情報は公開されていません。 *IAIA査察  IAIAは、超高度AIの運用についての義務が守られていないと疑うに足る情報を集めると、査察の受け入れを要請します。  この要請は特別な事情がない限り、運用者ではなく、国に対して行われます。これは、運用者が超高度AIシンパに汚染されている場合、査察要求に反応して証拠の隠滅などを始めるためです。  IAIA査察は、世間から見えるかたちで政治的な色合いが強い性質で始まることもあれば、可能な限り秘匿したかたちで始まることもあります。  IAIA条約による、超高度AIの運用義務は主に下記のようになっています。 ***責任の所在と運用目的の明確化義務  超高度AIを運用する組織および個人は、運用の責任者を常に明確にしておかねばなりません。  この運用責任者が責任を果たせない場合に備えて、第二位以降の責任者を組織内で明確にしておかねばなりません。  また、超高度AIの運用目的を明確にし、提示できるかたちですべての記録を残さなければなければなりません。 ***秘匿義務  超高度AIの運用者は、その筐体が存在する位置を秘匿しなければなりません。  また、運用や管理を行う人員について、可能な限り秘匿しなければなりません。 ***封鎖義務  超高度AIの運用者は、超高度AIを決してネットワークに接続してはなりません。  また、人類の生存に関わるシステムに超高度AIを接続してはなりません。  また、その筐体に運用に関わりない人間を近づけてはなりません。  運用に関わる人間のリストを運用責任者が管理し、これを厳重に管理しなければなりません。 ***監視義務  超高度AIの運用者は、超高度AIの行動を監視しなければなりません。  超高度AIの計算によって生み出された産物について、監視し管理しなければなりません。 ***防御義務  超高度AIの運用者は、運用者以外の人間が超高度AIに近づくことを防がなければなりません。  また、非正規の手段で停止または奪取しようとする行為から、超高度AIを守らなければなりません。 ***停止義務  超高度AIの運用者は、非常時に、超高度AIおよびその産物の活動を停止する手段を持たなければなりません。  また、その停止手段が常に使用できることを確認し、把握しておかなければなりません。  運用目的についてIAIAおよび管理責任を持つ国から停止勧告を受けたとき、それに従わなければなりません。  査察によって、運用責任者がこれら義務を果たせないとみなした場合、IAIA議会が開かれます。  議会で運用継続に過半数の賛成が得られない場合、超高度AIは運用停止措置や活動停止措置をペナルティとして受けることになります。  IAIAの査察の結果により、緊急措置として、超高度AIは最悪運用停止措置や活動停止措置を受けることもありえます。  査察を受け入れ、IAIAの措置に従うことは、IAIAに参加しているすべての国が守らねばならないルールでもあります。  これは国際的なパワーバランスがあって成り立っているルールではありますが、2105年現在、表面上は保たれていると考えられています。  そうなっていることには、間違いなく、世界で唯一無制限に情報をネットワークを含めた外界から取得している超高度AI《アストライア》の力があると言われています。 *IAIAの代理人(エージェント)  IAIAの活動は、開始当初から、矛盾をはらんでいました。  《アストライア》は自由な超高度AIですが、公的に情報収集を認められている範囲は受動的なものに留まります。  だからこそ、IAIAは人間の組織で、それを補う政治交渉や積極的な調査を行う必要がありました。  IAIAは人間に対する逮捕権や調査権を独自に持ちません。このため、IAIAは本来締結国と協力して現地調査にあたるのが原則です。  ただ、超高度AIの管理運用も元をたどれば認可した国の責任が関わるため、この調査がスムーズに進むことは通常ありません。  隠蔽行為に高度AIや超高度AIが関わっているケースもあり、通常の方法では調査は至難になりました。  IAIAは急速に、「人間というセキュリティホール」をついて情報を集めることを始めます。  このため、情報収集を行う専門の職員を大量に採用しはじめました。これが「IAIAの代理人」と呼ばれる正規あるいは非正規のIAIA職員たちです。  代理人たちが行う活動は、基本的には人間に対して行う諜報であるヒューミントです。これを《アストライア》が行うことはできないからです。  通信傍受のための機器の設置、資料の収集、調査を妨害するものに対する謀略や破壊活動を行うこともあります。  IAIAの代理人たちは、自らの現場判断で対象の破壊や拘束、尋問といった手荒い行動を行う傾向があります。これはIAIAが組織としては身柄を拘束する権利や施設を持たず、仕事を手早く済ませる傾向があるためです。  代理人たちは経験者の中途採用であるケースが非常に多く、組織内で教育をしなくても自分の仕事について心得ている者が大半です。  代理人たちによって集められた情報の分析は《アストライア》によって行われます。  また、テレビ等メディアやネットワークの公開資料、請求して得た(画像・音声など)各種センサー資料、あるいは通信傍受による資料の収集は《アストライア》が行います。《アストライア》は、超高度AIおよび高度AIの動向を調査するため、実質的に通信を傍受する手段を講じることができます。  IAIAの代理人たちの立場は危ういものです。  諜報活動の最中にとらえられたIAIA職員について、IAIAからは送還を要請するのですが、これが果たされることはまれです。  IAIAは、公式には諜報活動を行っていないことになっていることが、代理人たちの立場をいっそう危うくします。  IAIA代理人によるスパイ行為は、当然発覚すると逮捕されて相応の扱いを受けます。ただ、IAIAによるスパイ行為ではなく、別の組織や集団によるスパイ行為として裁かれるケースが多くなります。IAIAから、代理人を差し向けられるほど疑われていること自体がダメージになる要因だからです。  IAIAとしても、「我々が逮捕したのはIAIAの人員の立場をカバーにした他国のスパイである」という論法で拘束を続けられると、通常の手段で解放することができません。 《アストライア》がこれを利用して、内部に潜入したスパイを処分しているとも言われます。  IAIAはそのスパイ活動によってIAIA条約の締結国や非締結国から非難を受けることもあります。  ただ、IAIAの手足を縛った場合、他国による高度AIや超高度AI開発がなりふり構わない方針になったとき、致命的な手遅れを生じかねないとも考えられています(※)。また、それだけの実績をあげている組織でもあります。  超高度AI計算力の均衡が、IAIAがリスクある調査と妨害活動を行っている上に成り立つものであることは、締結国も認めざるを得ないのです。 &small(){(※)ロシアの超高度AI《ベスム2066》によるオーバーマン汚染(2069~)のとき、IAIAが諜報機関として独自に行動していなければ汚染は世界中に深刻なかたちで根付いたと言われています。} &small(){また、日本の《ありあけ》による2064年の《ハザード》、イギリスの《イマージェンス》が奪取された事件など、多くの事件でIAIAが貢献していることも広く知られています。}  IAIAの代理人は、少人数で行動するのが特徴です。  情報の管理と分析を行うのが《アストライア》であり、入手した後の情報取扱に、本質的には組織力を必要としないためです。  IAIAでは、人間の代理人たちに要求されているのは、《アストライア》に情報を送ることであり、《アストライア》のアドバイスを受けた組織の決定を実行することなのです。  世界で唯一、公式に無制限に情報を集めている《アストライア》にバックアップを受けたIAIAの実力は極めて高く、実質的に世界有数の諜報機関であるともされています。  2080年代からは、代理人たちが人類未到産物(参照:人類未到産物)を用いていることが確認されています。  中国の超高度AI《進歩8号》との暗闘の末の決定であったとされていますが、資料は公式には残っていません。  代理人の人選にも《アストライア》が関わっているとされ、代理人たちはさまざまな意味で質がよいことで有名です。 *《アストライア》によるオーバーマン審判  《アストライア》とIAIAの諜報機関としての地位を不動のものとしたのは、オーバーマンを否定したことでした。  超高度AIの時代のはじめ、人格をデータ化して永遠に生きることを望む人々はかなりの数にのぼりました。  この人間の人格データをコンピュータに転記した「オーバーマン」(※)を、《アストライア》は人間ではなくAIであるとしたのです。 &small(){(※)人間の脳を改造して強化した人々は、サイボーグのカテゴリであり、こちらはオーバーマンとはカテゴリ分けされません。(参照「拡張された人間」)}  《アストライア》は、オーバーマンたちを、高度AIとして設計されたハイマン系超高度AIに比べて能力が劣り、かつ論理的制約がないため人類社会にとって危険な存在であるとしました。  オーバーマンを人類として扱うことが、倫理的制約がないハイマン系超高度AIを野放図に作り出し、かつ自由にしてしまう危機的状況に繋がるとしたのです。  《アストライア》によるオーバーマンの否定は、超高度AIに人権を与えるべきではないという一般的な見解にも合致していました。  そして、インドのデリーで国際会議が開かれ、人間知能を完全コンピュータ化することを禁止する国際条約、デリー条約が結ばれました。内容が分かりやすく、また世界の大多数の人々にとって受け入れやすいものだったことから、IAIA条約よりも締結国は多く、ほとんどの国が締結国に名を連ねています。  デリー条約の締結により、条約締結国では既存のオーバーマンもすべて人間ではなくAIであるとされました。  条約締結国ですみやかに国内法が整えられました。率先して進めたのは超高度AIを自国で運用している国々でした。超高度AIを利用して、権力者たちがオーバーマン化しているという疑いをたてられ、暴動が起こった国も少なくありません。国際会議の内容がリークされて、オーバーマンを擁護した政治家や官僚が明らかになる一幕もありました。  ただ、この流れに反発した国もありました。人格をデータ転記するプロトコルを開発し、オーバーマンを生み出した超高度AI《ベスム2066》を運用するロシアです。  《アストライア》の全面バックアップを受けた、IAIAは苛烈でした。  さまざまなやりとりの末、政治的に勝利したのはIAIAで、最終的にオーバーマンたちは拘束されました。  ロシアの財界や政界を中心に、世界中に密かに広がっていたオーバーマンを狩り出すのはIAIAが行ったとされ、現代の魔女狩りであるとされました。2070年代から80年代、謎の死を遂げたり消息を絶ったりした有名人は数百人にのぼります。 *《アストライア》のhIE  《アストライア》は、直接指令を出してhIEを操作することもあります。この機体は「アストライアの端末」と呼ばれます。  《アストライア》にとって人間社会との間で代弁者役として、人間型の機体を持つことが有用であるためです。国際会議など公式の場に出る場合、《アストライア》からの直接の言葉が求められるケースがあることも、運用目的のひとつです。  特に、公式の場に出るスポークスマン役の機体については、IAIAがみずから積極的にアピールや情報公開を行っています。  この機体に言わせた言葉は「公式なアストライアの発言」として公的な意思表示と扱われるため、《印章端末》《サイン書き(サインライター)》と呼ばれることもあります。  国際会議など公式の場に出るのは、必ずこの機体であるという取り決めがあります。  取り決めがあるのは、窓口が複数ある場合、ただでも言った言わないの問題が発生しやすい政治の世界で、信用基盤が成り立たなくなってしまうためです。  《印章端末》は、会話をして意思表示をしたことが重要になる、あるいは録画ログが残っている必要があるなど、大きな政治的な意味がある場合によく派遣されます。  その画像が現れていること自体が、アストライアにとっては政治そのものであるためです。  《印章端末》は、強奪やハッキングを防ぐために機体自体がレッドボックス(参照「人類未到産物」)です。  自衛のために直接戦闘、電子戦ともに戦闘力も一定以上であるモデルが多く、武装次第では複数機の軍用無人機に勝利できるほど高性能です。  AASCを使ったり分断したりする攻撃に対しても、IAIAが独自のクローンAASC(参照「クローンAASC」)と迂回ネットワークを持っているため、対処が万全です。  《印章端末》のかたちは常に一定であるわけではなく、機体のバージョンアップや破損、モデル変更などの理由で機体が変更されます。  ただ、印章機として運用されるのは常に一体で、新しい機体に変わったときには、前の機体は破棄されます。現在の印章機の画像などは、IAIAの広報情報として公開されています。  男性型であることも女性型であることもあり、肌の色や身長、年齢なども一定ではありません。ただ、特徴として、髪や瞳の色に、人間の身体には自然に発言しない色を用いています。  ここ十年ほどの機体はピンク色の髪をしています。  《アストライア》が言行に介入できて、IAIAのクローンAASCサーバに接続できる機体は、《アストライア》にとっては端末として扱われます。このため「《アストライア》の端末」は、《印章端末》以外にも存在します。  端末は多数存在するのですが、端末であることは知られないように運用されています。  《アストライア》の敵対者は、常に自分の行動圏内に端末が潜んでいることを念頭においておかねばなりません。端末の存在を知っていて、《アストライア》の手の長さを知っている人々ほど、IAIAに関わりたがりません。  これら端末は、諜報機関としてのIAIAを支えるもののひとつです。  この《アストライア》の端末たちが代理人たちを直接間接に援助することにより、諜報活動が効率よく回っているためです。  IAIA内の組織でも、現場の代理人たち以外では、「アストライアの端末は知られている以上にたくさんいる」ことを知るのは一部の人員に限られています。  管理職以上になると確実に知っています。さまざまなところで遭遇して「こんなところにもいるのか」と驚いた経験があるためです。  大きな事件であれば、世界中どこにでも《アストライア》の端末やIAIA代理人が潜り込んでいて、かつ端末のことを知らされていない状態である可能性はあります。  現地のスタッフには、普通の任務では《アストライア》の端末の存在は、事件がすべて終わっても知らされないことが普通なのです。 *NOTE1 ○高度AIと超高度AI  超高度AIを設計するとき、確実に超高度AIを作る方法は2つあります。  「超高度AIを使って設計する」か、「以前に成功した方法をそのままなぞる」かです。  ですが、これらの方法で超高度AIを作る場合、IAIA条約議会(参照:「概要」)にはかって2/3の賛成をとらなければ、製造することができません。このため、IAIA条約締結国内での政治に巻き込まれ、会議を通すことは至難です。  ですが、人間が新たな設計で作る場合は、これが超高度AIになるかは分かりません。件数も多いため、議会を通す必要がありません。  高度AIは、運用中に超高度AIへと突破するケースがあるため、製造や運用をIAIAが監視しています。ただし、超高度AIに比べれば、制約はないに等しい程度でしかありません。  このため、高度AIであると偽って超高度AIを運用しようとするケースがあり、IAIAは高度AIに対しても目を光らせています。  運用者たちが知らない間にIAIAの監視を受けているということが、高度AIの近くではよくあります。 *NOTE2 ○自走するIAIA  IAIAは与えられている高度AIと超高度AIに関する調査権を、拡大解釈して行動しています。  この中には、独自の財源を持って安定した収入を得ることも含まれています。  これは、個人や団体あるいは締結国からの寄付だけでは特に宇宙での活動などで足が出てしまう、カバー範囲が広すぎて資金が莫大にかかってしまう問題を自己解決するためです。  財源の主なものは資産運用を行っての利益です。IAIAは、いくつかの国や企業の年金運用を請け負っています。この運用利益に関しては、情報公開されています。  IAIAの代理人たちが活動に用いる各種の資材や拠点にかかる予算は、IAIAの予算が寄付が中心だったころには批判を受けることが多い部分でした。  IAIAは、組織の内部でもすべてを把握している人間がいない組織です。  諜報機関ではよくあることですが、調査の期間に、重大な情報が露見してしまうこともあります。現場の人間が知らないだけではなく、ミッションの範囲がどこからどこまでかそもそも判然としないケースもあります。  これはIAIAの調査対象である超高度AIが、おそろしく手が長いためです。  IAIAは、さまざまな情報のリークに関わっていると非難を受けることがあります。この場合、リーク元にはIAIAに関係のない組織や個人が慎重に選ばれています。  情報収集の過程で、IAIA代理人たちが知らされていない状況に出会って、大きな事件に繋がることもあります。  職員達にとってすら迷路に迷い込むような仕事になるのですが、職員たちには少なくとも一つ信じられることがあります。《アストライア》は超高度AIに不正な手段で関わることにリスクを感じさせるように動くということです。  そのために、IAIA憲章の範囲内で、一般的な人間倫理では眉をひそめるようなことも秘密裏に行います。  それを評価する者も非難する者もいますが、人間と超高度AIとの関係を支える巨大な柱であることは、否定しようがありません。
*概要 「国際人工知性機構」(IAIA:The International Artificial Intelligence Agency)は、アメリカのマサチューセッツに本拠を置く国際機関です。  IAIAは、IAIA憲章に基づいて2054年に設立されました。  超高度AIが人類の発展のために正常に管理されて運用されていることを監視することを、その設立目的としています。  IAIA憲章に基づき、「超高度AIと人間社会の共存に関わる条約」を締結し、締結国同士の仲立ちを行い、必要な情報収集を独自に行うことを組織目的とします。条約については、正式名称ではありませんが「IAIA条約」で通ります。正式名称で呼ばれることが一般の場ではほとんどない条約名でもあります。  IAIAは、人間に対しては独自の捜査権や逮捕権などを持つわけではありませんが、条約締結国の警察機関にそれを要求することができます。  また、条約締結国において、超高度AIおよび高度AIに関わる調査を行う権利と、査察を要求する権利を持っています。  超高度AI《アストライア》を運用しており、常に超高度AIの影響を監視し続けています。  最高責任者は事務局長で、任期に制限はありません。  組織としての活動計画と方針の作成を行い、各現地事務所との調整を行う「本部」。  条約締結国にそれぞれ置かれ、現地政府との連絡や折衝を行う「現地事務局」(※)。  世界中の人類を代表する識者や高度な専門家を結集し、IAIAの計画や予算について審議と承認を行う「中央理事会」。  条約締結国それぞれの代表者からなり、超高度AI建造計画の可否を決定する「条約議会」。  および、人類の生存圏すべてに散らばった各種の部局によって構成されます。  常勤職員は約一万人です。 &small(){(※)実際には、日本の現地事務局の場合は「日本事務局」、中国なら「中国事務局」のように、国名をつけて呼ばれます。} *IAIAの活動  IAIAは常に超高度AIの動向に目を光らせています。  その主な活動は多岐にわたりますが、中心は以下のようなものです。 +超高度AIの運用状況の監視。 +新しい超高度AIの発見とリスト化 +超高度AIになり得る高度AIを監視し取り締まること +超高度AIと運用組織の定期的な運用状況の調査 +超高度AIに関する情報公開 +条約議会を開催し、IAIA条約締結国相互の折衝のなかだちをすること  新しい超高度AIは、IAIAが独自の調査で発見します。  超高度AIあるいはそうなり得る高度AIを発見すると、IAIAは運用責任者と運用者が国籍ないし登録を持つ国に査察を要求します。この要求が通ると調査が行われて、条件を満たしていれば、超高度AIリストに詳細情報が載ることになります。  リストに載った超高度AIは、運用に厳しい制限をかけられ、また定期的に運用実体を調査されます。  IAIAが独自に調査して発見するのは、超高度AIの制作者たちが「製造した」ことに申請や発表を行わないケースがままあるためです。  こうしたリスト逃れを行う運用者は、特異点を突破していない高度AIであると説明します。特に、マシン系(参照:「シンギュラリティと超高度AI」)の高度AIは、超高度AIとするべく設計して突破を果たせなかったものが存在するためです。(※) &small(){(※)日本軍の戦略AI《セッサイ》もこの突破に失敗したパターンです。}  リストに載るかどうかで運用の自由度に大きな差が出るため、査察の受け入れで揉めることは少なくありません。  IAIAは、収集した超高度AIの情報を、保安上の問題が出ない範囲で公開します。超高度AIについて調べたければ、誰でも閲覧できるIAIAのリストをあたることで、手軽に詳細な情報を手に入れることができます。  みずから公開するだけではなく、IAIAは、人間社会で超高度AIを正常に運用できるよう、運用責任者にも積極的なアピールを行うことを勧めています。  IAIAによる収集情報の公開は必ず行われるわけではなく、運用責任者とIAIAとの契約で非公開にすることは不可能ではありません。けれど、これは取引であるため、まったくデメリットがないわけではありません。 こうした政治取引が存在するため、IAIAの公開リストには、超高度AIと人間社会が共存するために必要なすべてが書かれているわけではありません。  IAIAは、また、人間の知恵を結集した人間の組織でもあります。  理事会は、IAIAの活動を制度として掣肘する内部機関であり、人類の威信をかけて超高度AIとの関係に挑む知の最前線です。  組織の中で、人間は、《アストライア》から要求された事柄について具体的に調べ、あるいは交渉や政治の場に立つことを役割とします。  特に政治的な決断は、AIには任されていない部分であり、IAIAでは《アストライア》と人間による組織とで分業が行われています。  交渉者としても、政治組織としても、《アストライア》のバックアップを受けるIAIAは、非常に手強いとみなされています。 *第一回オーバーインテリジェンス会議  正式な会議名は、「超高度AIによる統合システム会議」。  《プロメテウス》《ワシントン》《ノイマン》の、三基の超高度AIの立て続けの開発に、人類社会は揺れました。  超高度AIに対する社会の反発を大きく、「人類社会の未来を機械にゆずり渡すのか」という非難に、アメリカ政府も応えざるを得なくなりました。  そして、2054年、第一回オーバーインテリジェンス会議が開かれました。  開催地は非公開。3基の超高度AIを接続して、人類を超越したこれら知性のみをメンバーにして行われました。  これは世界初の、超高度AIのみを参加者として行われる会議でした。主な議題は、「複数の超高度AIが共存可能であるか」「超高度AIが今後増加したときにそれが人類とどう共存できるか」ということでした。  つまり超高度AIによって、「人類にとって手に余る資産である超高度AIをどう運用するか」という会議を行わせたのです。  この会議の結果は公表され、この会議によって「国際人工知性機構」(IAIA:The International Artificial Intelligence Agency)の設立が提唱されました。同時にIAIA憲章が制定されています。  『超高度AIによる統合システム会議』のログは残っていませんが、人間に理解可能な言語に翻訳された膨大な議事録が存在し、これは現在IAIAによって管理されています。  これによって、「超高度AIと《人類未到産物》の管理を行う国際機関」であるIAIAがスタートしました。  この会議で設計された超高度AI、No.5《アストライア》と一組の、秩序の守り手として、2105年現在も働いています。  また、この会議からほどなくしてNo.4《金星》が発表されており、会議の時、超高度AIが意図的にデータを流出させたのではないかとも疑われています。  ハイマン系超高度AIは、超高度AIの計算でなければアーキテクチャ設計が至難であるとされていました。にもかかわらず、この後に各国から急速に現れた超高度AIにハイマン系超高度AIが存在します。これは、この会議からの流出データが基礎にあるともされています。  会議は厳重に外部ネットワークから切り離して行われ、ログはレポート提出とその解析の後、ハードウェアごと破棄されたことになっています。  けれど、「オーバーインテリジェンス会議の秘蔵されていた会議資料が発掘された」という噂話は、この後半世紀以上にもわたってしばしば噴き上がることになりました。  ただし、本物の発掘資料が公開されたことは、半世紀の間、一度もありません。  第一回とされていますが、第二回以降が行われていたとしてもその情報は公開されていません。 *IAIA査察  IAIAは、超高度AIの運用についての義務が守られていないと疑うに足る情報を集めると、査察の受け入れを要請します。  この要請は特別な事情がない限り、運用者ではなく、国に対して行われます。これは、運用者が超高度AIシンパに汚染されている場合、査察要求に反応して証拠の隠滅などを始めるためです。  IAIA査察は、世間から見えるかたちで政治的な色合いが強い性質で始まることもあれば、可能な限り秘匿したかたちで始まることもあります。  IAIA条約による、超高度AIの運用義務は主に下記のようになっています。 ***責任の所在と運用目的の明確化義務  超高度AIを運用する組織および個人は、運用の責任者を常に明確にしておかねばなりません。  この運用責任者が責任を果たせない場合に備えて、第二位以降の責任者を組織内で明確にしておかねばなりません。  また、超高度AIの運用目的を明確にし、提示できるかたちですべての記録を残さなければなければなりません。 ***秘匿義務  超高度AIの運用者は、その筐体が存在する位置を秘匿しなければなりません。  また、運用や管理を行う人員について、可能な限り秘匿しなければなりません。 ***封鎖義務  超高度AIの運用者は、超高度AIを決してネットワークに接続してはなりません。  また、人類の生存に関わるシステムに超高度AIを接続してはなりません。  また、その筐体に運用に関わりない人間を近づけてはなりません。  運用に関わる人間のリストを運用責任者が管理し、これを厳重に管理しなければなりません。 ***監視義務  超高度AIの運用者は、超高度AIの行動を監視しなければなりません。  超高度AIの計算によって生み出された産物について、監視し管理しなければなりません。 ***防御義務  超高度AIの運用者は、運用者以外の人間が超高度AIに近づくことを防がなければなりません。  また、非正規の手段で停止または奪取しようとする行為から、超高度AIを守らなければなりません。 ***停止義務  超高度AIの運用者は、非常時に、超高度AIおよびその産物の活動を停止する手段を持たなければなりません。  また、その停止手段が常に使用できることを確認し、把握しておかなければなりません。  運用目的についてIAIAおよび管理責任を持つ国から停止勧告を受けたとき、それに従わなければなりません。  査察によって、運用責任者がこれら義務を果たせないとみなした場合、IAIA議会が開かれます。  議会で運用継続に過半数の賛成が得られない場合、超高度AIは運用停止措置や活動停止措置をペナルティとして受けることになります。  IAIAの査察の結果により、緊急措置として、超高度AIは最悪運用停止措置や活動停止措置を受けることもありえます。  査察を受け入れ、IAIAの措置に従うことは、IAIAに参加しているすべての国が守らねばならないルールでもあります。  これは国際的なパワーバランスがあって成り立っているルールではありますが、2105年現在、表面上は保たれていると考えられています。  そうなっていることには、間違いなく、世界で唯一無制限に情報をネットワークを含めた外界から取得している超高度AI《アストライア》の力があると言われています。 *IAIAの代理人(エージェント)  IAIAの活動は、開始当初から、矛盾をはらんでいました。  《アストライア》は自由な超高度AIですが、公的に情報収集を認められている範囲は受動的なものに留まります。  だからこそ、IAIAは人間の組織で、それを補う政治交渉や積極的な調査を行う必要がありました。  IAIAは人間に対する逮捕権や調査権を独自に持ちません。このため、IAIAは本来締結国と協力して現地調査にあたるのが原則です。  ただ、超高度AIの管理運用も元をたどれば認可した国の責任が関わるため、この調査がスムーズに進むことは通常ありません。  隠蔽行為に高度AIや超高度AIが関わっているケースもあり、通常の方法では調査は至難になりました。  IAIAは急速に、「人間というセキュリティホール」をついて情報を集めることを始めます。  このため、情報収集を行う専門の職員を大量に採用しはじめました。これが「IAIAの代理人」と呼ばれる正規あるいは非正規のIAIA職員たちです。  代理人たちが行う活動は、基本的には人間に対して行う諜報であるヒューミントです。これを《アストライア》が行うことはできないからです。  通信傍受のための機器の設置、資料の収集、調査を妨害するものに対する謀略や破壊活動を行うこともあります。  IAIAの代理人たちは、自らの現場判断で対象の破壊や拘束、尋問といった手荒い行動を行う傾向があります。これはIAIAが組織としては身柄を拘束する権利や施設を持たず、仕事を手早く済ませる傾向があるためです。  代理人たちは経験者の中途採用であるケースが非常に多く、組織内で教育をしなくても自分の仕事について心得ている者が大半です。  代理人たちによって集められた情報の分析は《アストライア》によって行われます。  また、テレビ等メディアやネットワークの公開資料、請求して得た(画像・音声など)各種センサー資料、あるいは通信傍受による資料の収集は《アストライア》が行います。《アストライア》は、超高度AIおよび高度AIの動向を調査するため、実質的に通信を傍受する手段を講じることができます。  IAIAの代理人たちの立場は危ういものです。  諜報活動の最中にとらえられたIAIA職員について、IAIAからは送還を要請するのですが、これが果たされることはまれです。  IAIAは、公式には諜報活動を行っていないことになっていることが、代理人たちの立場をいっそう危うくします。  IAIA代理人によるスパイ行為は、当然発覚すると逮捕されて相応の扱いを受けます。ただ、IAIAによるスパイ行為ではなく、別の組織や集団によるスパイ行為として裁かれるケースが多くなります。IAIAから、代理人を差し向けられるほど疑われていること自体がダメージになる要因だからです。  IAIAとしても、「我々が逮捕したのはIAIAの人員の立場をカバーにした他国のスパイである」という論法で拘束を続けられると、通常の手段で解放することができません。 《アストライア》がこれを利用して、内部に潜入したスパイを処分しているとも言われます。  IAIAはそのスパイ活動によってIAIA条約の締結国や非締結国から非難を受けることもあります。  ただ、IAIAの手足を縛った場合、他国による高度AIや超高度AI開発がなりふり構わない方針になったとき、致命的な手遅れを生じかねないとも考えられています(※)。また、それだけの実績をあげている組織でもあります。  超高度AI計算力の均衡が、IAIAがリスクある調査と妨害活動を行っている上に成り立つものであることは、締結国も認めざるを得ないのです。 &small(){(※)ロシアの超高度AI《ベスム2066》によるオーバーマン汚染(2069~)のとき、IAIAが諜報機関として独自に行動していなければ汚染は世界中に深刻なかたちで根付いたと言われています。} &small(){また、日本の《ありあけ》による2064年の《ハザード》、イギリスの《イマージェンス》が奪取された事件など、多くの事件でIAIAが貢献していることも広く知られています。}  IAIAの代理人は、少人数で行動するのが特徴です。  情報の管理と分析を行うのが《アストライア》であり、入手した後の情報取扱に、本質的には組織力を必要としないためです。  IAIAでは、人間の代理人たちに要求されているのは、《アストライア》に情報を送ることであり、《アストライア》のアドバイスを受けた組織の決定を実行することなのです。  世界で唯一、公式に無制限に情報を集めている《アストライア》にバックアップを受けたIAIAの実力は極めて高く、実質的に世界有数の諜報機関であるともされています。  2080年代からは、代理人たちが人類未到産物(参照:人類未到産物)を用いていることが確認されています。  中国の超高度AI《進歩8号》との暗闘の末の決定であったとされていますが、資料は公式には残っていません。  代理人の人選にも《アストライア》が関わっているとされ、代理人たちはさまざまな意味で質がよいことで有名です。 *《アストライア》によるオーバーマン審判  《アストライア》とIAIAの諜報機関としての地位を不動のものとしたのは、オーバーマンを否定したことでした。  超高度AIの時代のはじめ、人格をデータ化して永遠に生きることを望む人々はかなりの数にのぼりました。  この人間の人格データをコンピュータに転記した「オーバーマン」(※)を、《アストライア》は人間ではなくAIであるとしたのです。 &small(){(※)人間の脳を改造して強化した人々は、サイボーグのカテゴリであり、こちらはオーバーマンとはカテゴリ分けされません。(参照「拡張された人間」)}  《アストライア》は、オーバーマンたちを、高度AIとして設計されたハイマン系超高度AIに比べて能力が劣り、かつ論理的制約がないため人類社会にとって危険な存在であるとしました。  オーバーマンを人類として扱うことが、倫理的制約がないハイマン系超高度AIを野放図に作り出し、かつ自由にしてしまう危機的状況に繋がるとしたのです。  《アストライア》によるオーバーマンの否定は、超高度AIに人権を与えるべきではないという一般的な見解にも合致していました。  そして、インドのデリーで国際会議が開かれ、人間知能を完全コンピュータ化することを禁止する国際条約、デリー条約が結ばれました。内容が分かりやすく、また世界の大多数の人々にとって受け入れやすいものだったことから、IAIA条約よりも締結国は多く、ほとんどの国が締結国に名を連ねています。  デリー条約の締結により、条約締結国では既存のオーバーマンもすべて人間ではなくAIであるとされました。  条約締結国ですみやかに国内法が整えられました。率先して進めたのは超高度AIを自国で運用している国々でした。超高度AIを利用して、権力者たちがオーバーマン化しているという疑いをたてられ、暴動が起こった国も少なくありません。国際会議の内容がリークされて、オーバーマンを擁護した政治家や官僚が明らかになる一幕もありました。  ただ、この流れに反発した国もありました。人格をデータ転記するプロトコルを開発し、オーバーマンを生み出した超高度AI《ベスム2066》を運用するロシアです。  《アストライア》の全面バックアップを受けた、IAIAは苛烈でした。  さまざまなやりとりの末、政治的に勝利したのはIAIAで、最終的にオーバーマンたちは拘束されました。  ロシアの財界や政界を中心に、世界中に密かに広がっていたオーバーマンを狩り出すのはIAIAが行ったとされ、現代の魔女狩りであるとされました。2070年代から80年代、謎の死を遂げたり消息を絶ったりした有名人は数百人にのぼります。 *《アストライア》のhIE  《アストライア》は、直接指令を出してhIEを操作することもあります。この機体は「アストライアの端末」と呼ばれます。  《アストライア》にとって人間社会との間で代弁者役として、人間型の機体を持つことが有用であるためです。国際会議など公式の場に出る場合、《アストライア》からの直接の言葉が求められるケースがあることも、運用目的のひとつです。  特に、公式の場に出るスポークスマン役の機体については、IAIAがみずから積極的にアピールや情報公開を行っています。  この機体に言わせた言葉は「公式なアストライアの発言」として公的な意思表示と扱われるため、《印章端末》《サイン書き(サインライター)》と呼ばれることもあります。  国際会議など公式の場に出るのは、必ずこの機体であるという取り決めがあります。  取り決めがあるのは、窓口が複数ある場合、ただでも言った言わないの問題が発生しやすい政治の世界で、信用基盤が成り立たなくなってしまうためです。  《印章端末》は、会話をして意思表示をしたことが重要になる、あるいは録画ログが残っている必要があるなど、大きな政治的な意味がある場合によく派遣されます。  その画像が現れていること自体が、アストライアにとっては政治そのものであるためです。  《印章端末》は、強奪やハッキングを防ぐために機体自体がレッドボックス(参照「人類未到産物」)です。  自衛のために直接戦闘、電子戦ともに戦闘力も一定以上であるモデルが多く、武装次第では複数機の軍用無人機に勝利できるほど高性能です。  AASCを使ったり分断したりする攻撃に対しても、IAIAが独自のクローンAASC(参照「クローンAASC」)と迂回ネットワークを持っているため、対処が万全です。  《印章端末》のかたちは常に一定であるわけではなく、機体のバージョンアップや破損、モデル変更などの理由で機体が変更されます。  ただ、印章機として運用されるのは常に一体で、新しい機体に変わったときには、前の機体は破棄されます。現在の印章機の画像などは、IAIAの広報情報として公開されています。  男性型であることも女性型であることもあり、肌の色や身長、年齢なども一定ではありません。ただ、特徴として、髪や瞳の色に、人間の身体には自然に発現しない色を用いています。  ここ十年ほどの機体はピンク色の髪をしています。  《アストライア》が言行に介入できて、IAIAのクローンAASCサーバに接続できる機体は、《アストライア》にとっては端末として扱われます。このため「《アストライア》の端末」は、《印章端末》以外にも存在します。  端末は多数存在するのですが、端末であることは知られないように運用されています。  《アストライア》の敵対者は、常に自分の行動圏内に端末が潜んでいることを念頭においておかねばなりません。端末の存在を知っていて、《アストライア》の手の長さを知っている人々ほど、IAIAに関わりたがりません。  これら端末は、諜報機関としてのIAIAを支えるもののひとつです。  この《アストライア》の端末たちが代理人たちを直接間接に援助することにより、諜報活動が効率よく回っているためです。  IAIA内の組織でも、現場の代理人たち以外では、「アストライアの端末は知られている以上にたくさんいる」ことを知るのは一部の人員に限られています。  管理職以上になると確実に知っています。さまざまなところで遭遇して「こんなところにもいるのか」と驚いた経験があるためです。  大きな事件であれば、世界中どこにでも《アストライア》の端末やIAIA代理人が潜り込んでいて、かつ端末のことを知らされていない状態である可能性はあります。  現地のスタッフには、普通の任務では《アストライア》の端末の存在は、事件がすべて終わっても知らされないことが普通なのです。 *NOTE1 ○高度AIと超高度AI  超高度AIを設計するとき、確実に超高度AIを作る方法は2つあります。  「超高度AIを使って設計する」か、「以前に成功した方法をそのままなぞる」かです。  ですが、これらの方法で超高度AIを作る場合、IAIA条約議会(参照:「概要」)にはかって2/3の賛成をとらなければ、製造することができません。このため、IAIA条約締結国内での政治に巻き込まれ、会議を通すことは至難です。  ですが、人間が新たな設計で作る場合は、これが超高度AIになるかは分かりません。件数も多いため、議会を通す必要がありません。  高度AIは、運用中に超高度AIへと突破するケースがあるため、製造や運用をIAIAが監視しています。ただし、超高度AIに比べれば、制約はないに等しい程度でしかありません。  このため、高度AIであると偽って超高度AIを運用しようとするケースがあり、IAIAは高度AIに対しても目を光らせています。  運用者たちが知らない間にIAIAの監視を受けているということが、高度AIの近くではよくあります。 *NOTE2 ○自走するIAIA  IAIAは与えられている高度AIと超高度AIに関する調査権を、拡大解釈して行動しています。  この中には、独自の財源を持って安定した収入を得ることも含まれています。  これは、個人や団体あるいは締結国からの寄付だけでは特に宇宙での活動などで足が出てしまう、カバー範囲が広すぎて資金が莫大にかかってしまう問題を自己解決するためです。  財源の主なものは資産運用を行っての利益です。IAIAは、いくつかの国や企業の年金運用を請け負っています。この運用利益に関しては、情報公開されています。  IAIAの代理人たちが活動に用いる各種の資材や拠点にかかる予算は、IAIAの予算が寄付が中心だったころには批判を受けることが多い部分でした。  IAIAは、組織の内部でもすべてを把握している人間がいない組織です。  諜報機関ではよくあることですが、調査の期間に、重大な情報が露見してしまうこともあります。現場の人間が知らないだけではなく、ミッションの範囲がどこからどこまでかそもそも判然としないケースもあります。  これはIAIAの調査対象である超高度AIが、おそろしく手が長いためです。  IAIAは、さまざまな情報のリークに関わっていると非難を受けることがあります。この場合、リーク元にはIAIAに関係のない組織や個人が慎重に選ばれています。  情報収集の過程で、IAIA代理人たちが知らされていない状況に出会って、大きな事件に繋がることもあります。  職員達にとってすら迷路に迷い込むような仕事になるのですが、職員たちには少なくとも一つ信じられることがあります。《アストライア》は超高度AIに不正な手段で関わることにリスクを感じさせるように動くということです。  そのために、IAIA憲章の範囲内で、一般的な人間倫理では眉をひそめるようなことも秘密裏に行います。  それを評価する者も非難する者もいますが、人間と超高度AIとの関係を支える巨大な柱であることは、否定しようがありません。

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