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エレキギター

 ゴミだらけの部屋。カーテンの隙間から、かすかな光が差し込んでいる。
 食料品の包装。空のペットボトル。弁当箱。汚れた食器。割れたコップ。ゴミが押し込まれたビニール袋。ゴミで覆われて、ほとんど見えない床。まきびしのように散らばった食玩の下を蟻が通り抜ける。蠅が飛んでいる。空気が黴臭い。
 唯一、ゴミが散らばっていないのはベッドの上だけ。脱ぎ捨てられた洋服が積まれているが。
 ベッドの上に男が一人、エレキギターを抱えて座っている。布団と脱ぎ捨てられた服を尻に敷いて、壁に背を預けて。
 何日も洗っていないようなボサボサの髪。無精髭。着古したシャツとジーパン。若くも見えるし、老いているようにも見える。目を瞑っている、何事かを考えるように。ゆっくりと胸が上下して、息を吸って、吐いて――
 人差し指が、ギターの弦を弾いた。
 アンプが繋がっていない。だから音は鳴るには鳴るが、それはあの腹に響く音色ではない。
 鉄の弦を弾いているだけの、とても無機質で乾いた音――弱々しく。
「フン」
 と男は鼻で笑った。
 自嘲か、それとも苦笑か。あるいは、怒りか悲しみか。
 アンプを繋げないまま、ギターをかき鳴らす。ゴミだらけの部屋の中で小さな音が、激しく。
 男以外、誰もいない。
 一人、不完全な音でロックを奏でる。
 三分強の演奏を終えると、ピックを投げ捨て、天井を仰ぎ――
「ファック」
 と呟き、立ち上がった。ギターを肩に担いで。
 包装紙を踏み潰し、ペットボトルを蹴飛ばす。室内だが、靴を履いている。
 六畳間を出、玄関。ドアを開ける。
 曇り空。アパートの二階。二階から見えるのは、壊滅状態の町並み。
 電柱に激突し、乗り捨てられた自動車。ゴミも散らばっているし、家の中から持ち出されたであろうものも散らばっている。鞄や日用品。乾いた血溜まり。どこか遠くで黒煙が上がっている。街の光がないせいか、どことなくどんよりしているように見える。小鳥の囀り。どこかで犬が吠えている。野良犬か、それとも飼い主を失ったペットか。
 ――悲鳴はどこからも、もう聞こえない。
 階段を降りようとすると、踊り場にゾンビがいた。
 動く死体は四肢をもがれいて、階段を昇ることができず、ひたすらもがいている。
 元はこのアパートの住人だったのだろうか。男の目は無感情にゾンビを見詰めている。ちらりと廊下の向こう側に視線をやる。廊下の反対側にも階段はある――すぐにまたゾンビに視線を戻して、肩に担いだギターを持ち上げる。
 階段を一段、二段と……ゆっくりと降りて、踊り場の手前で止まる。ゾンビの頭が足下に。
 ゾンビは男に噛み付こうとしているのか、もごもごと顎を動かしている。
 狙いを定めて、ギターを振り下ろす。
 ゾンビの頭は潰れない。もう一回、二回、三回――
「いい加減に! しろよ! おまえらッ!」
 ゾンビの頭は潰れなかったが、首が千切れた。
 胴体から切り離された首はころころと転がって、階段のほうに落下した。
 階段を転がり落ちて、ゾンビの首は視界から消えた。頭を失った胴体は動かなくなった。
 男は踊り場の壁に背を預けて、溜息を吐いた。
 靴に返り血が付いている。舌打ちして、
「……まだアパートから出てもいないのに」
 と、独り言。
 男以外、誰もいない。
 一人、血塗れのギターを手に。