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転生

 夕方。太陽が落ちようとしている。
 歩いて五分のコンビニまで買い物に出掛けて、家に帰る途中。
 買い物袋を下げた自分の影がアスファルトの上で長く背を伸びている。
 住宅が集まっちゃいるが、田舎道だ。
 通勤時間帯を除いて、車の通りは皆無に等しい。
 人通りも少ない。自分と……もう一人、小さな子供が道端で遊んでいる。
 親らしき姿は見当たらない。子供は一人で、アスファルトの上にチョークで絵を描いている。
 目が二つと口がある円形の……多分、顔らしきものから四本の手足が生えている。動物だろうか、人間だろうか。
 顔から生えているものは髪の毛だろうか、それとも獣耳だろうか……と、考えていると。
 向こうから、法定速度超過の猛スピードで走る乗用車が近付いてくる。このままの位置だと、轢かれる。
 僕はそっと道の端に体を寄せた。
 だが、子供が気付いた様子はない。まだ、アスファルトの上にチョークで絵を描いている。
 車はスピードを落とさない。運転手は……カーナビを弄っているのか、運転席のシルエットは横に傾いている。
 このままだと、子供は轢かれる。
 急ブレーキを掛けても、あのスピードでは到底間に合わないだろう。
「車が来ているぞ!」
 と、子供に声を掛けるが、気付いてくれない。
 チョークで絵を描くことに夢中だ。
「オイ、車だ、車! 車! 轢かれるぞ!」
 大声で叫んでも、気付いてくれない。
 車はスピードを落とそうとしない。もう、運転手が見える距離だ。
 若い男は横を向いて、カーナビらしきものを弄っている。子供に気付いていない。
「オイ! クソ!」
 僕は買い物袋を放り捨てた。
 周囲に他に誰もいない、僕しかいない。だから――
 走り出す。
 携帯電話がポケットから零れ落ちた。
 間に合うか? 間に合え!
 子供に向かって全力で疾走する。車が近付いてくる。
 もっと、もっと早く。急げ、急げ急げ急げ。
 タックルを決めるように、子供を抱え込む。
 車は真正面。走馬燈も、スローモーションもない。瞬間、間に合わない。
「グゥ――!」
 衝撃に備えて、歯を食い縛る。
 運が良ければ生きていることもあるだろう。
 ――だけど、いつまで経っても衝撃はやって来ない。
 いつの間にか瞑っていた目を開くと、抱えていたはずの子供の姿が消えていた。
 立ち上がると、車も消えていた。というか、なにもかも。
 住宅が消えている。道路が消えている。太陽も、空も。なにもかも、なくなっている。
 だだっ広い、なにもない、どこまでも続く真っ白な空間が広がっている。
「……なんだこれ」
 状況に頭が追いつかない。
 一体何が起こった?
 夢?
 呆然と白い空間を眺めていると――
「へろー」
 と、背後から軽い調子の声。
 振り向くと、そこには白い衣を纏った若い女の子がいた。
 腰まで届く白銀色の髪は、それ自体が輝きを放っている。どういう原理だ?
「……へろー」
 顔を見ると目が合ったので、とりあえず返事を返す。
 可愛いというよりは綺麗系。整った顔立ちだが、へらっとした笑顔を浮かべている。
 初対面なのに、まったく無警戒な笑い方だ。顔見知り? いや、こんな知り合い、いないぞ?
「どーも、神様でーす」
 と女の子は言った。
「いやーすごいね。あんなテンプレ展開で死んじゃうなんてさ」
「はぁ」
「安心してね、子供は無事だから。無駄死にじゃないよ、よかったね!」
「そうですか」
「テンション低いよ! 上げていこう!」
「いや、その、なにがなんだかよくわからないんですけど」
「えー、説明しないとダメ?」
「なにもわからないんで、お願いします」
「説明したら、ちゃんとテンション上げてよ。一人で盛り上がってもつまらないからさー」
 と、彼女は唇を尖らかせた。
 彼女――神様いわく、彼女は正真正銘本物の神様らしい。
 ここは彼女の力で一時的に作られた空間。車に轢かれて死んだ僕の魂を拾い上げて、連れてきたと。
 諸々の証明は省略。神様はどうもめんどくさいことが嫌いなようで、かなり、グダグダしたやり取りになってしまったので。
「というわけで君の死に方面白かったから、ご褒美に君を異世界転生チートします!」
「えーと」
 異世界転生チートと言うと、アレか。最近流行りのアレか。
 僕の死に方が面白かったって……まぁ、確かに、面白いには面白いの不問。
 車に轢かれそうな子供を助けて死んだって、そりゃあ会話のネタにしてしまいそうだ。当事者じゃなければ。
 唯一気になるのは――
「異世界転生ってアレですよね、最近流行りの」
「イエス! 流行に乗ってみようと思いまーす!」
「元の世界に転生するってこと、できます?」
「えー、できるけど」と、神様は不満顔を浮かべ、「あんなつまらない世界に? もっと面白い世界にしようよー、どんな世界も作ってあげるよ。せっかくチート能力も上げるんだからおもしろおかしく二度目の生を謳歌できるチャンスなんだよー」
「そうですか」
 ……なるほど。
 僕の考えは決まった。
 とりあえず、目を瞑って、深呼吸――息を吸って、吐く。
 目を開ける。神様がクビを傾げている。
 彼女の目を見ながら、これからすることの是非を頭の中で問う。
 僕は一度死んだ。
 死んだらやってみたいことがあった、条件付きで。
 で、そのチャンスが目の前にある、条件は満たされている……よし、やろう。
「いっぺん、やってみたかったことがあるんです」
「決まった? 決まった?」
 興味津々と言った顔で、神様。
 見た目は女の子でも、神様は神様。
 そして、僕の嫌な想像通りの神様だった。だから――
「神様を殴りたい」
「へ?」
「いきますよ」
 不意打ちしなかったのは、そりゃあ見た目が女の子だから躊躇してしまった、というのもある。
 だが、足を広げ、ぐっと腰を下ろし、拳を握り締めた瞬間、躊躇は消え去った。
 全体重を乗せた渾身のパンチを振りかぶる。
「――人間ナメんな神様ァァァッ!!」
 そして、振り抜く。神様の顔面目掛けて。
 だが、空振り。神様は咄嗟に避けた。
 感情任せで見え見えのテレフォンパンチだったから、しょうがないか。
「ちょ、なになに? 私気に障る事言った?」
「つまらない世界呼ばわりは十分な理由だと思いませんか?」
「えっそんなことで?」
「よし、殴ります」
「ちょ、タンマタンマ! 異世界転生チートさせないよ!」
「いらない、殴る。つまらないとか言うんだったら――どうしてこんな世界を作ったんだ神様ァァァッ!!」
 死んだらこんな世界を作った神様を一発殴りたかった。
 実物に会ったら、さらにつまらない世界呼ばわりときたもんだ。
 おとなしく殴らせてくれるとは思っていないが……殴ろうとした瞬間、天罰とかそういう不思議な力で消されたりすることも有り得ると思っていたくらいだが……それでも意地を見せ付けてやらないと気が済まない。神様、これが僕の握り拳だ。いくぞ。