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ホームラン

 今夜、巨大な隕石が降ってくる。
 隕石が落下すると、地球は氷河期を迎え、恐竜のように人類は滅亡するらしい。
 朝、父親が泣きながらそう言った。
 テレビで総理大臣がそう言っていたそうだ。僕もテレビを見てみた。総理大臣が何度も何度も同じことを言っていた。ラジオもインターネットも、日本中が、外国――世界中、同じことを言っていた。人類は滅亡する。
 隕石落下の瞬間に耐えられるシェルターはあっても、何十年分もの食料は蓄えられない。シェルターに逃げ込んでも、寿命が数年延びるだけ。それでもシェルターに入りたい人は多くて、暴動が発生しているらしい。陰謀だ、デマだと騒いでいる人達もいるらしい。滅茶苦茶に暴れている人達もいるらしい。世界中大混乱、外は危険だから、外出は控えて下さい……馬鹿馬鹿しい。
 作りかけの朝食を食べた。白米だけ。味噌汁はなかった。
 朝食を食べ終え、両親の寝室を覗くと、父親が母親を宥めていた。
 車に乗ってどこかに逃げるとか、遠くへ行こうとか、そんなことが聞こえた。逃げる? どこへ? 馬鹿馬鹿しい。
 今夜、巨大な隕石が降ってくる。人類は滅亡する。世界は終わる。逃げ場所なんて、どこにもないのに。
 じゃあ、どうする? 僕はどうする? 一緒に逃げる? 逃げても無駄だから、それは嫌だ。
 僕は、どうしたいんだろう。
 とりあえず、自分の部屋に戻って、ベッドの上に座った。
 部屋の中をぐるりと見渡す。机、本棚、箪笥、テレビとゲーム機、押し入れ。
 なんとなく、押し入れを開いてみる。ここ最近、開いていなかったから。
 冬用の布団と、その奥に金属バットが押し込まれているのを見付けた。
 懐かしい。そういえば昔、野球選手に憧れたっけ。素振りも長続きしないで、野球部にも入らなかったけど。
 ホームランを打ってみたかった。
 野球選手を諦めてからは、なりたいもの、やりたいものが見付からなかった。
 平凡な人生を送るものだと思っていた。それか、中の下くらいの人生。現実的に、そんなとこだろうと。
 今夜、巨大な隕石が降ってくる。人類は滅亡する。世界は終わる。現実は、もっとひどい終わり方を迎えそうだ。
 バットを取り出して、握り締めてみる。
 数年振りなのに、よく手に馴染んだ。きっと、千回も振っていないバットなのに。
 今なら、もしかしたらホームランが打てる気がする。
 人生最後の日――最悪の日なんだから、きっとホームランが打てる。それで最悪と帳尻が合うというか、何というか……僕も内心追い詰められているようで、自分が何を考えているか、よくわからない。ただ、なんとなく、ホームランが打てるってすがりつくような確信が生まれていた。どこからもボールは飛んでこないけど、隕石は降ってくる。
 金属バットを背負って、こっそり窓から外に抜け出す。
 東の空、遠くに山が見える。一度も行ったことがないけど、あの山ならきっと隕石がよく見える。
 今夜、巨大な隕石が降ってくる。人類は滅亡する。世界は終わる。最後はバットを振ろう。
 絶対無理だけど、もしかしたらホームランが打てるかもしれない。
 自転車に跨がって、僕はあの山に向かって漕ぎ出した。
 ホームランを打とう。