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そっとベンチに触れる

 超能力が使えるって言うと、大抵の人間は胡散臭がる。だがしかし、こう言ったらどうだろうか。
 世界中に満ち溢れているありとあらゆる力ってやつは必ずその痕跡を残す。火が燃えたら灰が残る。水面に水滴が落ちたら波紋が立つ。人が歩けば足跡が残るように、人間の思念の残滓がどこかに残っていてもおかしくはないはずだ。ニューロンを走る電子の残滓が空間に残っているかもしれないし、もしかしたら暗黒物質のように現代の科学で測定できない類の物質が残っているかもしれない。そういうものを読み取っていると言ったら、どうだ?
 ……やっぱ、胡散臭いものは胡散臭いよなぁ。
 自問自答が完了すると、どっこいしょと現場付近のベンチに座って、煙草に火を付けた。
 曇り空に紫煙が昇っていく様を眺める――振りをする。グローブを外し、そっとベンチに触れる。
 超能力を使う時、どうしたって考えてしまう。この力は割と便利だ。だが、とても胡散臭い。そのせいでチャンスを逃すことがしょっちゅうある。説得力のある説明を思い付くことができればいいんだが、どうも俺の頭はそういうことに向いていないらしい。実際問題、俺自身も原理を理解していない。精々向いていることに頭は使うとしよう――と、掌に意識を集中し、ベンチに残っているものを読み取ることを開始する。
 ベンチに残されていた思念が新しいものから順に、逆回しで見えてくる。
 ――サイコメトリー。
 買い物、親子、化粧、浮気、浮浪者、酒、犬、誰かを待っている、書類、上司、サンドイッチ、トマトは嫌いだ、虹、雨……雨が降ったのは昨日だ、もっと早く遡っていいな……油汚れ、工具、配管、鞄、引っ越し、財布、猛烈な勢いで走り抜ける車、銃声! 窓硝子が降ってきた! ……よし、ここだ。ゆっくりと……屋敷に入っていく人影……ビンゴ! 注視しろ、どんなやつだ?……傘を差した女が振り返って、なにかを呟いた。傘が邪魔で顔は見えない。黒くて長い髪が黒いドレスに溶けるように……クソ、思念の持ち主は後ろ姿に見惚れていたようで、この女がなんと言ったのか大して気にしていなかったようだ、もっと情報は欲しい、もう一回注意深く……日傘を差した女が振り返って……
「助けて」
 俺ははっとしてベンチから手を離した。煙草の灰が零れ落ちる。
 日傘を差した女が、俺に向かって言った気がして。
 いや、そんなはずない。俺は過去を見ていたんだ、あの場に俺はいない。俺に向かって言ったはずがない。気のせいだ。
 まぁ、とりあえず、あの事件に女が関わっていたとは聞いていない。あの女は事件の解決のヒントかもしれない――俺だけが気付いた。俺だけしか気付かないタイミングで「助けて」と言った。俺の目的は金儲けだが、助けを求める女がいるんだったら、ついでに助けてやってもいいかもしれない。こういう力を持っているんだ、たまにはそういうことをしてもいい。たとえば、映画の主人公のような。誰も気付かなかった助けを求める声を感じ取って駆け付ける……似合わねーなー、お金のことだけ考えよう。
 それ以上、使えそうな情報は読み取れなかった。
 俺はグローブを嵌め直すと、ベンチから立ち去った。