完全環境輻輳都市

 暗雲が空を覆い、砂煙が吹き荒れる、どこまでも続く無毛の荒野。時折嵐が吹き荒れ、なにもかもを吹き飛ばしてしまう。たとえそれらを耐えられたとしても大気中に残留しているB・C・N(バイオ・ケミカル・ナノマシン)兵器が体を蝕み、すみやかに死に至る。
 オゾン層が破壊され宇宙線も降り注いでいるが、ゆるやかに死に至るそれらは大した問題ではない。いまや地球全土は数秒の生存も困難な状況――最終戦争は地球全土を生命の生存を決して許さない過酷な環境に変えてしまった。

 完全環境輻輳都市(ドーム)は地球上で唯一、人類の生存が可能な領域だ。

 地球全土に点在しているドーム状の超巨大構造体。喪失時代の単位で言うところの“県”や“州”がすっぽり入ってしまう程度のサイズのこれらは、まずシェルターとして機能している。この分厚い防護壁が外の脅威を完璧に遮断してくれる。
 内部は多層構造の階層都市になっていて、文化的な生活が供給されている。また、各層にプラントがふんだんに配備されていて、これらが市民の生活に必要な物を生産し、廃棄物は分解して再利用――全ての物が完全に循環している。

 ゲームの舞台は完全環境輻輳都市(ドーム)のうちひとつ、トラガスク
 お前達はここで生まれ、ここで死ぬ。もしかしたら他の都市で生まれたと主張するやつもいるかもしれないし、いつか外に飛び出すことを夢見てるやつもいるかもしれないが、大抵の連中はここで生まれているし、ここで自分は死ぬだろうと思っている。



特異点

 時空振動兵器が使用された結果、衛星は全て破壊され、ネットワークが断絶された為、他の都市と連絡は取れない。また、サーバから切り離された為、時空振動兵器が使用された時点(特異点)を境に統括的な過去の情報は失われてしまった。
 統括的な情報が失われたのであって、断片的な情報は残っている――が、それらを繋ぎ合わせてもまったく辻褄が合わない。時空振動兵器が使用された影響で時空間の境界が破壊され、時空が歪み、世界線が混線してしまったのだ。

 特異点以降、全ての情報は不確かなものに成り果てた。最終戦争がいつ、どこで、なんのために始まって、どのように終わったのか……そんな現在の生活の基盤も何も分からなくなってしまった。
 時空振動は微弱に続いていて、いまだ混線は発生している。ある日突然平行世界に迷い込むかもしれないし、似て非なる世界の住人が現れるかもしれない。もしかしたら目の前の風景に大きな変化が起こっても何も気付かないかもしれない。

 特異点以前の過去を“喪失時代”と呼んでいるが、今日のことも分からなくなってしまう混沌の時代だ。



トラガスク

 トラガスクは特異点以降、正式な管理者の情報が失われ、都市管理機構が半休眠状態に陥った完全環境輻輳都市だ。市民の生存に必要な機能は生きているが、市民を管理するような機能は死んでいる。
 各階層の便宜上の支配者はそれぞれで異なる為、各階層の支配体制や生活環境もそれぞれで異なっている。階層間の技術のガラパゴス化も起こっている為、階層が違えばばまるで違う時代、違う国のような有り様だ。

 トラガスクの各階層の治安は全般的に悪い傾向にある。

 まず、市民を管理するような――プライバシーの侵害にあたるような強力な機能が休眠状態に陥っている為、個人や集団の犯罪の発生を未然に防ぐことができない。法が機能していない状態だ。
 法が機能していない以上、必然的に暴力が物を言う。企業(メガ・コーポ)、軍部、秘密結社、宗教団体、個人の場合もある――各階層の支配者の大半に共通して言えることは、かれらがその階層に於ける最大の暴力を保有しているということだ。

 支配者は暴力を背景に理不尽な支配体制を敷くことが可能だ。たとえば――支配者がプラントを独占したら、ありとあらゆる物の供給が滞り、暴動や略奪が起こりやすくなるだろう。
 良心的な支配体制が敷かれていても、たった一人のオーバードサイボーグがその階層を絶望の底に突き落とすこともある。喪失時代の遺物が掘り起こされ、それが災厄を招くことも。管理機構がバグって市民を襲うかもしれない。世界線の混線も不安材料だ。

 どこもかしこもなんらかの問題を抱えていて、どこかで火種が燻っている。
 そこかしこで事件は起きて、だれかが助けを求めている。



サイボーグ

 トラガスクに於いても、大多数の階層で共通している事柄は少なからず存在する。
 そのうちひとつが、どこへいってもサイバネティクスが盛んであるということだ。

 サイバネティクスは生物と機械の融合を行う学問・技術を指す言葉だ。サイバネと略されることも。

 その技術品はサイバーウェアと呼ばれ、サーバーウェアを埋め込んだ生物はサイボーグと呼ばれている。たとえば、義肢や義眼、電脳、人工臓器はサイバネティクスで作られたサイバーウェアで、それらを埋め込んだ人間はサイボーグだ……といった具合だ。
 階層間の技術のガラパゴス化の影響で、それぞれでサイバネティクスの技術的な指向等が異なることは有り得る。だが、どこへいってもサイバネティクス自体は盛んで、どこへいってもサイボーグを見付けることはできるだろう。

 サイボーグの中でも特に体の全てを機械に置き換える完全義体化を行った人間はフルボーグと呼ばれている。
 お前達は全員、理由は後述するが――体の全てを機械に置き換えたフルボーグだ。お前達に生身の部分は残っていない。



オーバードサイボーグ

 トラガスクサイボーグは多種多様だが、オーバードサイボーグはとりわけ特別視されている。

 オーバードサイボーグはオーバークロック機関を内蔵し、その機能を獲得したサイボーグだ。
 オーバークロック機関は流体循環機構の制約上、部分的な義肢等に内蔵しても十全に機能せず、完全義体以外はその機能を獲得出来ない。この為、オーバードサイボーグはオーバードフルボーグとも呼ばれている。オーバードと略して呼ばれることも。

 オーバードサイボーグはオーバークロック機関の働きで時空間に干渉し、超加速状態に突入(オーバークロック)することができる。オーバークロックしたオーバードサイボーグの主観では、この時、周囲の時間が止まっているかのように見える。
 オーバークロックしたオーバードサイボーグは無敵の存在だ。銃弾は止まって見えるし、摘まむことだって出来る。電脳空間を超速度で支配することも出来る。地雷を踏んでもなんともない。まさしく、敵無しだ。

 お前達の敵は多くの場合、オーバードサイボーグだ。オーバードを止められるのはオーバードだけ――そう、お前達も全員、オーバードサイボーグだ。だからこそ、お前達はフルボーグでなければいけない。



フリーランナー

 フリーランナーは階層から階層へ、自由に旅するオーバードサイボーグだ。
 オーバードサイボーグ以外で階層を旅する者は極めて稀だ。皆無に等しい。

 既知の階層間を上下移動する程度だったら兎も角、未知の階層に進入することは想定不可能な危険を伴う。支配者次第で各階層の生活は異なり、ガラパゴス化は進んでいて、世界線も混線している。記録も記憶もあてにならず、何が起こるかわからない。
 オーバードサイボーグだけは、何が起こっても対処可能だ。オーバークロックしてしまえば、どのような危険な目に遭っても、とりあえず最低限逃げることはできる。それ以上のことだってできてしまえるだろう。

 フリーランナーの目的は様々だ。ある者は安住の地を求めて、ある者は探し人や探し物を探して、ある者は管理者権限の入手を企んで――あるいは何も考えていない自由気儘な旅人かもしれない。

 お前達は全員、フリーランナーだ。お前達が初めて訪れた階層で事件に巻き込まれたり、依頼を請けたりして、このゲームは始まる。



兎がいる

 支配者次第で各階層の生活は異なり、ガラパゴス化は進んでいて、世界線は混線していて、記録も記憶もあてにならない――
 このような状況下、初めて訪れた階層で認識の齟齬を起こさないことは難しい。

 記録や記憶が現実に反していたり、常識が通用しなかったりすることを「兎がいる」と言う。
 喪失時代の児童小説「不思議の国のアリス」になぞらえた言い方だ。

 アリスは兎に導かれて不思議の国に迷い込んだ。
 お前達も兎に惑わされて不思議の国に迷い込んだってわけだ。

 お前達が初めて訪れた階層で認識の齟齬を起こし、現実に反したことを言ったり、常識外れのことをしても、全て兎のせいだ。恥ずかしがったり、気に病んだりする必要はない。落ち着いて、その階層の現状を確認しよう。



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最終更新:2015年06月08日 19:30