原稿は整形しません、あしからず...

越 の 海 に 入 り ぬ ・・・ぼくたちの日本書紀

                                語 部 不 詳

壱の記(初恋の人)


ミカホキラギラ ミフルマヒヲサヲサ
姿色端麗しく進止軌制し               日本書紀推古天皇記
しめやかにして大きなるのり有します        日本書紀持統天皇記


 はさ木の間を風がぬけ稲の海をなぞった。雀が水稲に止まりついばんだ。空に白雲が 流れ虹がおりる。白い鳥が虹からムクドリの間に降り立つ。雀は騒いだがすぐに元の穂 に戻った。白鳥の赤い目に少年が見えた。白い鳥は合歓木に留まり小首を傾けやがて飛 び去った。
:   蘇我くんは学校の横の笹口薬師堂をぬけて目に涙を浮かべて走っている。坊っちゃん 刈で利発な目をしている。姿形は秀麗で体格は堂々としていた。父親からもらった西鉄 ライオンズの帽子をかぶりお母さん好みの現代っこルック。いつものように後からいじっ め子が追いかけていく。前に回り込んだ二人は跳ね飛ばされて一人は石に当たり頭から 血を吹き出している。起きあがった一人は飛びつくが少年が向きを変えたのでランドセ ルで顔を飛ばされて金具で鼻の骨を折り出血した。 「こいつめ!」  あとから追いついた四人の少年が取り囲む。一人がチェーンを出して右手でふりまわ し蘇我くんを威嚇した。チェーンの先は蘇我くんのランドセルに当たり反転して相手の 目を突いた。蘇我くんはかまわず走り去った。番長グループがどうしても服従しない蘇 我くんを毎日追いかけ回しているのだ。包帯の被害者はますます広がり敵はますます焦っ ていた。

 蘇我くんの家に初めてテレビが来て日曜日は「ポパイ」にかじりついている。家は大 家族、山の下に引っ越したが転校したくないので親戚の家から学校に通っている。砂利 道の笹出線にバスが初めて通った。小旗を児童と町内会が振った。電話はまだ明日香ちゃ んの家にしかついていなかった。明日香ちゃんは、長い髪の毛でクラスで一番背が高い。 大きな目をしたおさげ髪の女の子だ。立ち居振る舞いは行儀良く、どんな子とでも仲良 くできた。新学期になり蘇我くんはこの明日香ちゃんと同じ学級になりしかも席も隣ど うしでハッピーな気分だった。九州からこの越の笹口小学校に転校して来て半年が過ぎ た。明日香ちゃんのことを考えると歩くのがつらくなってご飯を食べていてもため息ば かりでるのだ。たちの悪い病気にかかったようだ。彼女も転校生だった。  布団虫でマットに入れられたり、ミンミン蝉で木に縛られたり、掃除当番を押しつけ られたり、クラスでも有名ないじめられっ子であった。趣味は木登りと天体観測、いじ めても抵抗しないでひたすら逃げるだけなのでますますいじめられるわけだ。

 二人が親しくなる事件はすぐにやってきた。蘇我くんは弱虫なので評判が悪かった。

いつものようにぼんやりと合歓木に登って空を見ていたとき、明日香ちゃんが友達と通 りかかり初めて話しかけた。新学期その明日香ちゃんと同じクラスになったのだ。 「蘇我くんてどうしていじめられても仕返ししないの?」  木の上に向かって話しかけている。 「・・・・・・ぼくが手を出すと誰かが怪我をしてしまうんだよ」  蘇我くんは木から降りないで答える。 「でも、そのままだと弱虫だと勘違いされるわ、やっつけちゃいなよ」 「向こうが怪我をしちゃうんだよ」 「男ならやっつけちゃいなよ!そして、一緒に帰ろうよ、家は米山でしょ」 「うん、ほんとう!」 「喧嘩も勉強も強い人でないとわたしは嫌いよ・・・」

 蘇我くんの小さな方針そのものを変えたといってもいい言葉だった。  中藤軍団のいじめっ子が現れた。境内の合歓木を取り囲む。最後の軍だ。 「蘇我となんか口を聞くなよ」 「わたしの勝手じゃない!蘇我くんは手を出さないけど忍術みたいにみんなを負かすわ、 気をつけた方がいいわよ」 「なにを!転校生のくせに生意気だぞ」

 木から降りようとしたら足を引っ張られて地面に転がった。ズボンのほこりを払う。

頭を抑えよえとした相手の大将が次の瞬間のけぞった。起きあがる蘇我くんの頭が勢い 良く相手の顎に入ったのだ。顎を押さえて転げまわっている。顎にヒビが入っている。 やらすだけやらせて一打撃を与える、起きあがった蘇我くんはニコッと笑い明日香ちゃ んの手を引いて薬師堂から逃げ去った。 「弱虫のふりをしているなんて卑怯よ」  転校前にいた南万代小学校から六年生の番長が来て、鉄筋コンクリート校舎の屋上を 乗り越えて蘇我くんを追いかけていたいじめっ子が転落死した事を告げに来た。 「屋上の金網を越えてヘリに乗って走れるのは蘇我くんしかいない」

 悪童に戦慄が走る。遊びで三階の窓から足を出して窓葺きをするものはいるが四階な

んて見た事もない。少なくとも一人の転校生が現れるまではこの世の華を謳歌していた 総帥の中藤くんは方針を転換させなければならなかった。自ら現れず権謀術数をろうす。 地元に百年も住んでいる名家の子息である。容姿秀麗で顎が細り肌は透き通っていた。 優等生の評判が高いが陰で支配する番長であった。いじめは止めて抱き込む必要にから れていた。喧嘩をしたらめっぽう強いという評判がたってしまったのだ。しかも自分か らは手を出していない。教師は対策に苦慮した。時々うわさを信じず蘇我くんを襲う参 謀がいるのだがいずれも怪我人になっている。ついに中藤くんから攻撃中止が指示され た。怪我がかすり傷ですまずに一生を棒にふる致命傷が多すぎるからだ。


武勇に抜き出て武徳をもち天文、忍術をよくした            天武天皇記


高句麗から使者が越の国に流れ着いた                 欽明天皇記


 蘇我くんたちの平和な学級に金くんが編入して来てから物語は始まる。  炭で汚れた顔とあちこちつきはぎをあてたその編入生は教壇に立ったときからすごい 迫力だった。みんなはびっくりして声も出せず真剣に坊主頭を見守った。さすがの蘇我 くんも圧倒されてしまった。まず背が自分よりも高く体格がしっかりしている。目は切 れ長で額が広い。笑い顔は美しく人なつっこく議論を好んだ。小ざかしい者が海を渡っ て来た。昔、日の本に連行され物心ついてから父親と二人で全国を点々としていた。 「金 花郎です」  蘇我くんは花郎と担任が黒板に書いたとき思わず笑ってしまった。 「おんなみたいな名前だ」  もう蘇我くんをいじめる者は一人もいない。明日香ちゃんも教室のみんなも大声で笑っ た。金くんは瞬間たじろいだが、すぐ首謀者蘇我くんの方を向いて壇の上で叫んだ。「 何がおかしい!」  教室のみんなは唖然とした。蘇我くんが視線を反らせた。 「そうだ、人の名前をそんな風に笑っちゃいけないわ」  明日香ちゃんが裏切ったので蘇我くんも立場を失った。担任の武邑先生は満足そうに うなづき明日香ちゃんをほめた。明日香ちゃんもすっかり学級委員の顔になっていた。  首謀者蘇我くんを睨み付けながら空いていた席に座った。  それが蘇我くんと金くんの長い長い共闘の幕開けだった。

弐の記(探偵ごっこ)


倭が海を渡り百済、新羅を破ったので高句麗はこれを撃退した     広開土王碑文


 朝、始業時間になっても蘇我くんたちは現れなかった。 「どうしたのかな?欠席にしちゃあ、数が多すぎるけど」  担任の声に今日は「愛鳥週間」の記念切手が出る日だと気づいた。また八時半から開く郵便局の前に一列で並んでいるに違いない。ランドセルをかついだまま郵便局が開くのを待っているのだ。 「あのう、切手が・・・」  先生は予想したこととはいえ深いため息をついた。その日はそれだけではすまなかっ た。午後の授業が始まってもクラスの過半数の男子生徒が遅刻しているのだ。 「どうしたのかな?」  明日香ちゃんはきまり悪そうに半泣きで立ち上がった。 「あのう男子は探偵ごっこをしていましたけど・・・」  一人が探偵になって犯人役の子供が逃げタッチされるとその後、探偵になり引き続き 犯人を探すというわけだ。最初、蘇我くんが体育館の明日香ちゃんの陰に隠れていたの だがそのうち盛り上がってきて。校門の外に飛びだし探偵役がみんな明日香ちゃんに蘇 我くんの場所を聞きにきた。「鳥屋野の方に行った」と答えたものだから続々と軍旗は ためかせて校門をあとにしたのだ。  結局最後まで逃げていた蘇我くんが学校に帰ってきたのは午後三時だった。探偵も犯 人もクタクタで薬師堂と反対の校門で待っていた先生もグッタリだった。隣の町まで捕 獲に行った探偵はトボトボと戦果があがらず帰ってきた。もう四時で先生もまったく怒 る元気もなくなっていた。 「不思議だよな、先生が怒んないんだよ」 「・・・心配そうに泣きだしそうだったよ、駅の方まで探しにいったもの。どこまで行っ たの?」 「鳥屋野潟・・・」 「何考えてんのよ、学校を忘れちゃったの」  明日香ちゃんはさっさと金くんと放課後帰ってしまった。仲間に加われない金くんだ けが教室のすみで教科書を開いていた。先生がノートに写してくれたものだった。彼は 大切そうにそれを何度も読んでいた。ドタバタのおかげで金くんはいろんな教材を借り て写すことが出来た。掃除当番も免除されて帰宅した。 「どこへでも好きな所へ行けばいいけどみんなの迷惑も考えてください。授業が出来ず にみんな困っていました」  まさか反省会で金くんが蘇我くんを糾弾するとは想像しなかった。もちろんこの正論 に反対する者は誰もおらず窮地に陥った。絶対、糾弾者が出ないように振る舞っていた のだが少し狂い始めていた。金くんは女の子に囲まれて嬉しそうに帰って行った。 「金くん、今日は一緒に帰りましょう」  明日香ちゃんはわざと聞こえる声で云った。 「ちきしょう。ぼくたちを非難するなんてとんでもない奴だ。悪いものを悪いというな んてけしからん!」  蘇我くんは机を叩いた。仕返しが恐いので一度も悪事が議題にのぼった事はなかった のだ。

「さあて、みんなの手前、罰として特別授業をはじめるか」  気力を取り戻した武邑先生は金くんと女子だけを返して放課後補修授業を行った。宿 直だった武邑先生の特別授業はコウモリが飛び始めてもいっこうに終わらなかった。 「先生、腹へったよ、もう」 「最後にテストをするからな、いままでは回答を喋っていたんだぞ」 「なんだって!」  業者が置いていったテスト教材をめちゃくちゃに渡している。テーブルにドタンと置 いている。一枚でも百点を取ったら帰れるのである。みんな二、三枚は必死に解いたが 満点は不可能だとすぐ悟った。 「そんな手にのるか、全部やらせようっていう魂胆だ」  誰かが叫んだ。武邑先生は宿直室で採点を行うとさっさと出て行った。 「逃げようぜ」 「男らしくないんじゃないか」  探偵ごっこと違って逃げおおせることは出来ない。同じ問題が一枚としてないのでカ ンニングの天才蘇我くんも参っている。一切の業者プリントを使用しなかった先生はこ の機会に問題集を処分しようとしているのだ。そのうち全部足して百点ならいいと云わ れて多少ハッスルした。 「もう三学期のしか残ってないぞ!蘇我くんが一学期の分を全部持って行ったぞ」 「0点だと百枚やればいいんだって」  早く解かないと簡単そうな問題集から切りとられて行くのだ。簡単な問題早い者がち である。十点ずつ取った強者がついに十枚になってランドセルをかついだ。 「一人で帰るのか、甘いぞ」  皮肉屋で通る参謀が蘇我くんの同意を求めている。キツネとあだ名がついている。 「わ、わかったよ」  新種のゲームなので蘇我くんも対策を出せないでいた。二十人いても満点の答案が二 十枚出来ないのだ。 「今後、一人は秀才を育てておこう。いざという時困るぞ」  全員が同意した。心配して見に来た父兄は夕方まで勉強している子を見て安心して帰っ て行った。先生は帰宅を許可したが帰れる雰囲気ではなかった。 「お前、一人で帰るのか」  キツネが非難する。猿、犬、鷹、烏も非難する。 「わかったよ」  父兄も池にはまったわけではないので安心して帰って行った。その後一人も帰れる者 が現れない。回答が終わるといずれも教室を飛び出して宿直室に向かうがしょげて帰っ てくる。帰還の権利を得た者も二人目の奪還に協力させられている。文句を云うとすぐ ゲーム方法が変わるので注意深く変更点を聞いている。 「ちきしょう、全部二学期用だぞ。二組の照子先生が簡単なのを持って行ったんだよ」  読解力テストと社会は早く帰れると云う事になった。国語と社会の奪い合いだ。算数 と理科は問題の意味がわからない。チームを組んで得意科目をやり遠い奴から返してい く方針を蘇我くんが提案した。正功法が取られた。机が動かされ班ごとに教科書がラン ドセルから取り出され図書室へ図鑑を取りに行くものが現れた。机を率先して並べ変え るなんて一度もやったことがない。普段は捨てるつもりでランドセルに入れていた給食 のパンも続々机に並べられた。妙に甘味が増しておいしいのだ。一人は食料確保と明日 香ちゃんの確保で帰還を許されて教室を飛び出した。  笹口薬師堂で金くんと居残り組の情報を収集していた明日香ちゃんはすぐに様子を見 にやって来た。信じられない光景に遭遇した。ふだんさわった事もないような国語辞典 や学習辞典を劣等生が必死で引いているのだ。学級会用の机の配置になって級長の席で 蘇我くんが出来てくる答案をチェックしているのだ。 「明日香ちゃん、来学期の教科書どっかにないかな」 「えっ!」  教科書を広げたことのない蘇我くんの発言とは思えなかった。字を読んでいる蘇我く んも悪くなかった。いつの間にか熱い視線を送っている。 「できたぞ!三枚で百点は取れる。キツネ!お前は遠いから先に帰るか?」 「はっ、はい」 「キツネの字で書き直すんだ」 「て、手伝おうか?」 「でも問題の意味がわからないんだ」 「あれ、これはまだ習ってないわ」 「旺文社は1と5がよく正解で文英堂は3がよくあたるんだ。知っていた?」  帰ってきた答案が束になっていた。明日香ちゃんの腰が砕けた。 「ぼくたちは習ったか習ってないかもわからないからどっちでもいいんだよ。全部やっ とかないとまた明日授業をやるというから全部採点させてしまうんだ。明日香ちゃん給 食のパン残ってない?」  蘇我くんは腹を押さえていた。きちんと半分残してやはりランドセルに入れていた。 それを取ってパクついたのでさらに驚いた。犬も食べないと普段馬鹿にしていたのだ。  妙な匂いが漂ってくる。タンパク質の焼ける匂いだ。宿直室で食用ガエルを焼いてい るという報告が入った。理科の解剖でつかったウシガエルを宿直室で焼いていることに 気がついた。みんなで切り叩いたから十匹はいる。今日の理科の解剖は先生の夕食の仕 込をしていたに過ぎないのかも知れない。帰れない者は最後に罰として食べさるとゲームが変更された。カエルが嫌いな者は油汗と冷汗をかいて机に向かっている。  蘇我くんはご馳走になって泊まっていくつもりになった。

参の記(社会科事件)


厩で生まれてすぐしゃべった                  日本書紀推古皇記


女が先に声をかけてはいけない。やり直して御覧なさい      日本書紀神 代上


 校門に三時間も立っていた先生は身体の調子が悪くなって学校を休んだ。教頭先生が 代理担任となった。短髪に白が混じり心臓の横に遊軍の弾丸が背中から入っていた。探 偵ごっこの余波は思わぬところに及んだ。結局カエルを食わされて帰還を許されたが武 邑先生は宿直室で体調を崩した。病弱な担任に代わって教頭がクラスの担任になり米軍 が禁止していた歴史を講義し始めて金くんと衝突した。叙勲も政令の形で復活し省庁も 権力を復活し戦前と同じになった。あとはジワジワと子供の教科書を書き換えればすむ 話だった。アメリカはとりあえず一ドル三百六十円にしておきまた戦争をしかけてきた ら十円に変えようと東に去った。この国は何を教えられても元に戻る。案の定教科書が まず越国内で書き変えられた。

 金くんの家は薬師堂の境内の隅にある。その薬師堂というのは校舎の前だから始業ベ ルがなってから学校に飛び込んでも遅刻しない。その家は地面に直接柱を差してトタン でくるんだだけの住まいだった。材料置場みたいなところで周囲は集めてきたガラクタ が散らかっていた。金くんの父親は「クズ鉄屋」さんだった。近所をまわっていろんな 金属製品や廃品を集めてそれを問屋に売っていた。庭には鶏や豚といった家畜がいた。 重いものは馬に運ばせていたがそろそろ引退のようである。金くんの服が汚れているの は父親の手伝いをするからである。ランニングシャツで汗だくになって登校した。 「みなさんは千円札に載っている人を知っていますか?」  まずまず順当な話の進め方だ。クラスのみんなが叫ぶ。 「知ってる!」  教頭先生は「厩戸皇子」と初めて見る漢字を黒板に大きく書いた。金くんがその字を 見て嬉しそうに飛び上がった。 「馬子だ!」  廃品の中から見つけた図鑑に「石舞台」の写真が載っていた。それは蘇我馬子の墓と 書いてありずっと厩戸(うまこ)とはどんな人か考えていたのだ。 「蘇我馬子が聖徳太子だったのか」 「なにを云っているんだ!大化の改新で滅ぼされた入鹿の先祖がどうして聖徳太子なん だ!」  教頭先生は思わず絶句した。金くんが「厩戸」を「馬子」と読んだ事に衝撃を受けて いた。漢字でそう読めるので絶望的な顔になっている。高句麗のイリカスミのことでも 教えようものなら「いりか(入鹿)だ!」とでも云われかねない。金くんにかかっては 歴代の天皇が全部蘇我家、大王家の入婿になってしまう。どうして名前に誤解を受ける ような漢字を使ったのか恨めしくなった。 「大きくなったら習うんだけど、日本は昔から天皇がいらっしゃって代々国を治めてい らっしゃいました。何でもあるアメリカにもありません」 「ヘエー」  子供達は感心する。その時である。金花郎はいきなり立ち上がり叫んだ。 「万世(ぱんせい)一系なんてあるわけないよ!」  教室は一瞬シーンとなって何が起きているのか解らなくなった・・・ 「パンセイイッケイ なんて おかしいよ」 「プキョウ(仏教)はウチの国が伝えたよ、これは確かだよ」  こういう考えはもちろん教頭先生にはうまく伝わらなかった.蘇我くんは何が起きて いるのかチンプンカンプンだった。教頭先生が本気で金くんを睨みつけているので興味 を持った。高級軍人だった教頭先生はニヤリと笑った。 「ほほう、花郎は万世一系なんていう難しい言葉を知っているのか」  ほめたので金花郎くんはとりあえず静かになった。蘇我くんはその意味がわからなかっ たけれど明日香ちゃんは知っているみたいだ。明日香ちゃんの祖母はいまでも歴代の天 皇の名前を空んじている。算数の九九も覚えていない祖母が学校でそれを教わったとい うのを聞いて自分もいつか教えられるのだと覚悟していたのだ。母親は「学校で歴代天皇の名前を暗記させようとした教師を報告しなさい」と祖母の神話語りまでは許していた。 「わたしもおばあちゃんに聞いて知っているわ」  明日香ちゃんは立ち上がって云った。それがもとで「先生、教えて」と他の児童が口 々に云い始めた。教頭先生は得意になって「ジンム・スイゼイ・アンネイ・・・」が始 まった。  教頭先生はこの機会に天皇制度のことを子供たちに教えようと胸を張った。明日香ちゃ んは祖母に聞かされた話がたくさん出てきて嬉しかった。総理大臣も最高裁判所の長官 も天皇が任命しなければなれないと説明した。どこの機関に光があたっていたとしても この原則でずっと日の本はきていると話した。 「じゃあ、あんまり役にたたねえ、だめな奴は任命しなけりゃいいんだ」  議員はどうかというと一組の子供は武邑先生がシカケをしたのでまったく信じていな かった。笹出線の舗装道路が一部「工事やり直し」を命じられて全部壊された時社会科 見学に学校の前に行ったからである。その役人は左遷されたが一組の講師に招待された。 百メートルに渡って完成したばかりの舗装道路が全部壊された光景は子供に鮮烈な印象 を与えた。工事人は子供にわざと道路のカケラをシャベルで投げていまいましそうにしている。  その公共事業の請負人は蘇我くんの投石で場所を変えた。 「この野郎、米山までセメンをごまかしやがって!授業中のオレたちに石を投げるなんて大人のすることか!」  ゼネコンは議員を寄こして武邑先生に抗議したが「授業です」と一歩も引かなかった。 「今までは工事の会社から十万円もらってコンクリートと砂利の厚さが足りないのにオ ッケーを出していたのです。議員からも判子を押せと何度も云われましたが工事の内容 違っているのでやり直しをさせました」  後年、他はボロボロですぐにまた工事を発注したがやり直しさせられた所はいつまで も丈夫で長持ちした。

「花郎はどうしてそう思うのかな。話だけでも聞いてみようか」  教頭の表情はあきらかに敵意に満ちている。 「うちのお父さんが歴史の勉強をするんだといったらすごく気にしていたんだ。戦争の 前は軍人が学校に来て戦争することを教えたって云ってた」  そういったきり口をつぐんでしまった。 「金の父親はそんなことを家で云っているのか!日本にいられるだけでもありがたいと 思ったらどうだい」 「お父さんをそっちが連れてきたんじゃないか!」  金くんは怒って教室を飛び出した。 「金のような子供は行くところがないから日本でおいてやっているのです。君達におかしなことを云ったらすぐ先生のところへ云いに来なさい。君達の休んでいる担任は二等兵でしたが、わたしは陸軍の上等兵でしたから正しいのです」  教頭先生は機嫌を直した。子供達も今まで担任より偉い人はいない考えていたから上等兵といわれ感嘆のため息をついた。  金君の父は朝鮮から数合わせで連れて来られて炭坑に入った。祖父は邑主だったが許した。仲間を見捨てず自ら労働した。父親は苦労して大きくなって今の生活にたどりついた。学校へやりたいと何度も頼みに来てやっと入学出来たのだ。蘇我くんは念のため金くんの家を覗きに行った。まわりの様子は合歓木から見えるのだが中のことは分からなかった。壁と外の隙間に風が吹き込まないように漢字だけの本が一杯積み重ねられていた。ニ十年、廃品回収をやって集めた本だった。さらに念のため教頭先生の部屋に入って本の数を数えたら金くんの家の本の方が多かった。図書館はどうだろうと思って初めて入ったらやっぱり負けていた。勝負は金くん勝ちだ。教室の児童は納得した。  万葉集の枕言葉に意味がないものがあると云われ「漢字は意味がある」と反論した金くんが勝利するのも時間の問題だった。金くんは日本の言葉を覚えたかったので漢字で五十音を表現した。熟語は覚えていないが「あ」だとたちどころに阿、亜、吾、娃、亞である。 「小刃要(おはよう)木夜雨母(今日も)夜芦刺工(よろしく)!」  注釈付きで書いているのだ。 「明日弁天橋でな、家に迎えに来てもいいぞ」  ニヤリと笑う。蘇我くんは暗号を一日かかって説く。毎日漢字の練習台だった。ずっ と見ていると漢字は美しく見えることがある。話し言葉を漢字にあて手紙を書いてやが てその漢字の意味を学んで別の意味を伏せるのだ。明日香ちゃんは漢和辞典を蘇我くんに長い間取られるので自分でも考えてくれる。休み時間のパズルだ。石鹸のような髪の匂いを嗅げる貴重な時間だった。 「お鼻をあんまり髪につけないで、考えているんだから!」  文章の意味は明日の木曜日夜、鳥屋野潟に魚釣りに行こうということだ。 「小刃要る?(小刀要)木曜は(木夜雨母)夜(夜)、アシ(芦)さこう(刺工)!」  釣竿がやっと弁天橋に間に合った。この間は潟の芦に阻まれて鮒と鯉のポイントに近 づけなかったのだ。もう一つ意味があると大変だ。木曜は桜肉(驢)の刺(刺)身を食 い損なっているかも知れない。漢字で遊びやがてアラビア数字、アルファベットと遊び に変わった。今日の子供は0と一だけのデジタル数字だけで遊べるのだろうか。

 明日香ちゃんはその日家に帰り何気なく学校の様子を報告した。クリスチャンのお母 さんが珍しくカリカリしている。 「本当に学校でそんなことを習ったの?」  父親は笑っていたけれど、「厩戸」のことを「馬子」と読んだ子がいると聞き興味を 示した。子供のボーイフレンドに注意を向けない父親はいない。笑い話を懸命に説明し たら意外な反応をしたので驚いた。さらに金くんの父親の説に寄れば蝦夷も得目子(え みし)で馬子(得目子)、有間皇子も有間子(うまこ)で馬子なのだ。日本書紀は一人 の人間も分けてしまったようだ。勉強の嫌いな蘇我くんはますます学校を信じなくなっ たと云ったらさらに笑った。父親は蘇我くんの名前をもう覚えている。 「だいたいおかしいわよ、キリストと一緒に馬小屋で生まれたっていうんでしょ、本当 に金くんが云う通りかも知れなくてよ。そんな教育をされるなんて迷惑だわ、教頭先生 に電話するわ!」 「やめとこう、明日香には家でちゃんと教えるから、それにしてももう日本は昔に戻っ たのかな?戦争が終わってまで十年しかたっていないのにネェ」 「金くんなんかと仲良くしちゃいけないわよね?」  明日香ちゃんは同意を求めようとしたけれど父親はそれには答えなかった。 「お父さんの部屋にも古墳の写真集があるから見ていいよ、金くんというのもお父さん の小さい頃と同じように馬子ってどんな人が考えていたんじゃないかな?」 「えっ、金くんとお父さんは同じことを考えていたの?」 「そうだよ、明日香のお爺さんもずっとそれを考えて兵隊さんに怒られちゃったんだ、 兵役を拒否して戦争中ずっと刑務所にいたんだよ」 「馬子の墓は暴かれたから石だけなんだって、よそ者は墓も壊されるんだって。蘇我く んはそれを聞いて珍しく怒っていたわ、墓を壊す人って、仏像にしてその人を祭っても罪 人として外に出して首が取れてもひきづりまわすはずだって云ってたわ。蘇我くんは死 ぬときに自分の敵がいたら骨を海にまいて絶対何も残さないんだって」 「まぁ、明日香ちゃんはなんて云ったの?」  母親は娘が夢中な蘇我くんに興味を示している。 「蘇我くんの首が取られないようにわたしが守るって云ったのよ」 「明日香ちゃん、それってプロポーズよ、わかる?」  両親は笑い明日香ちゃんは頬を赤くしている。父親は、その晩、遅くまで「日本書記」をひもといていた。この原典を金くんのように読めたら、自分はもっと自由に生きられたような気がする。あたらしい下着をつけた妻が寝室に誘ったので本を静かに閉じた。

 後日社会のテストで「遣随使を送った人は誰ですか?」の質問に全員知ってると笑っ た。今度のテストはなかなかいいぞと云うわけだ。 「馬だ!」  誰かが叫んだ。金くんと教頭のやりとりで印象に残ったので白紙の常連も迷わず「馬 子」と自信を持って書いた。金くんは用心して「うまやど(馬戸)」と書いた。明日香 ちゃんは「タリシヒコ」とおじいさんに聞いた随書の知識を披露した。祖父は武蔵の大 学の先生だ。採点者の照子先生は指導要領を開いて日の元の社会科担任に問い合わせた。 不正解と注意されすったもんだの末独断で問題取消とした。採点をしていた照子先生は 教務室で困惑した。文部を司る省庁から電話まできた。 「まったくどういう子達だろう」

明日香ちゃんを誘って越の海に来ている。金くんは「広い川だな」と云った。巡視船

が沖に浮かびカモメが鳴いている。蘇我くんは直感として金くんとの間に癒せない深い 海のあることを感じていた。 「そうだろ、広いだろう。この川のむこうに金くんの家があるのか」  海の向こうから自分たちを見極めようとする金くんの父親の視線を感じていた。

 学校に帰っていた武邑先生は歴史の教育をやめようと提言した。国定教科書は様子を 見ていたが補助教材が昔に復活していた。担任は教頭に呼ばれた。「反抗分子」という 汚名を着せられた。そのことが組にまで聞こえた。普段から授業を受けている子供は武 邑先生とそんなに長い間つきあえないと直感していた。戦争で痛めた身体が悲鳴をあげ ていたことを知っていたのだ。柳の西掘通りで先生が月給袋の中から戦争で腕や手をな くした人々の鉄鍋にお金を寄付していることを知っていた。武邑先生は健康を害し心も 深く傷ついている事を知っていたのだ。  町の映画館から無理して白黒の「ビルマの竪琴」の映画フィルムを借りて半分しか出 来ていない体育館で上映した。校長と教頭が体育館に飛び込んできたので先生は封鎖し てしまった。慣れない映写機を不器用に動かしてクラスの全員に見せた。子供たちはそ の内容の退屈さに閉口した。武邑先生はたいそう残念そうであった。教頭先生は武邑先 生の退職を迫ったが抵抗した。 「蘇我くんのクラスが卒業するまでは担任を続けたい、その後はかまいません」  重大な決意を披露した。

四の記(金くんと友達になった)


高句麗から僧恵慈と恵聡がやってきた             日本書紀推古天皇記


 明日香ちゃんは父親の話を聞いて少し変わった。  それまで金くんは面白くてハンサムだったけど汚いので好きになれなかったのだ。乱 暴者になった蘇我くんは女の子には人気が下がった。みんな金くんに少しだけ優しくなっ た。クラスの人気者の明日香ちゃんが方針変更をしたので女の子はいつも教室の隅で小 さくなっていた金くんに話かけるようになった。  百女ちゃんは自分の消しゴムを半分にして金くんにあげた。百女ちゃんはおとなしく ぽっちゃりしていた。容貌が優れていて母親も不安がるほどであった。クラスでは明日 香ちゃんと同様に人気があった。蘇我くんがちょっかいを出すまではいつもクラスの隅 でじっとしていた。蘇我くんを間に入れて明日香ちゃんとも友達になれた。どんどん明 るくなっている。 「半分コにしたから・・・」  顔を赤くして消しゴムを半分金くんに渡した。明日香ちゃんはそれをじっと見ていて 金くんが好きなんだと確信した。一番好きな人にプレゼントして百女ちゃんはうっとり している。明日香ちゃんはうらやましくなった。金くんはどこかで拾ってきた短い鉛筆 を持っているだけだった。消しゴムがないのでそれまで唾で消していた。蘇我くんは後 ろから「きたねえ奴だ!」と消しゴムをちぎって頭を狙っていた。放課後、金くんは誰 もいないところでそれを拾って持ち帰った。一度誰かが落としたのを拾って使っている のをとがめられたから大きいのは拾わなかった。 「おれのは拾っても泥棒って云わないぞ!」  隣に座っている明日香ちゃんは金くんに消しゴムを渡したがっていることを知ってい る。蘇我くんが文房具屋で消しゴムをわざわざ二個買っているのを目撃しているのだ。 「素直に持って行ってあげなさいよ」  明日香ちゃんに云われたのでほんのついでというように顔を見ないで机に転がした。 「コレ、拾ったからやるよ」 「どうもありがとう」  透き通るきれいな声だった。蘇我くんはその声にハッとしてふりかえった。予想して いなかった言葉に動揺している。明日香ちゃんが好きな蘇我くんの顔だ。すぐ動揺を隠 すように目を伏せて戻ってきた。腕をグルグル回している。席に帰ってきた蘇我くんに 買ってきた「苺の消しゴム」をプレゼントした。 「うわあ、女みたいな色だ!」  無造作にポケットにつっこんだ。満更でもないという顔をした。男子児童は急転回に 気がついていたが静観していた。どうやら蘇我くんが金くんを受け入れようとしている。  椅子を壁によりかけて座っていた蘇我くんに明日香ちゃんが云った。 「金くんも野球に誘ってやれば」 「いやだよ、みんなが反対するもん」  女の子との口の聞きかたに慣れていない。いつもぶっきら棒になるのだ。明日香ちゃ んは少しもひるまない。 「一緒に遊んであげなさい、でないと一緒に帰って上げないからネ」  心が砕ける思いだった。どのようなことをしてもそれはまずい。 「しょうがねえな、消しゴムももらったことだし・・・」  これで大義名分が出来た。仲間にも級長の命令だといえる。最初から金くんには興味 があったのだ。着ている物といい態度といい少しも悪びれない金くんは初めてのタイプ だった。これは話をするしか相手が解らないと思っていたのだ。消しゴムも彼のために 一番最初に買ったのは蘇我くんだった。

 お昼休み、みんなは野球をやる。金くんはグローブを持っていなかったので仲間には なれなかった。守備のときはつらそうにベンチにいて守りには出て来なかった。グラン ドの遠くで明日香ちゃんはバレーボールをやりながらいつもこちらの方を見ている。ピッ チャーの蘇我くんはいつも明日香ちゃんの視線を感じながら胸を張って投球していた。 明日香ちゃんは試合の結果をいつも知っていた。バレーボールを友達とやっていてもグ ランドの片方を気にしていたのだ。ある日またまた明日香ちゃんがこう云った。 「ねえ、蘇我くん、金くんにグローブを貸してやりなさいよ」  蘇我くんはすぐにはウンと云えなかった。金くんは蘇我くんの直球を一番遠くまで飛 ばすから気に入らなかったのだ。それに自分のグローブを貸すという事はいつも敵側に 金くんがまわってしまう。出来れば同じチームで試合をやりたかったのだ。 「ねえ、貸さないと一緒に帰ってあげないわよ」  ついにまた殺し文句が出た。明日香ちゃんの笑顔のためならグローブなんてちっとも 惜しくない。 「わかったよ・・・」  蘇我くんが守っているときはグローブを自分が使いチェンジになると彼にグローブを 差し出した。 「これを使えよ」  金くんは最初ためらっていたが受け取った。 「どうもありがとう」  二日目に蘇我くんは貯金箱を壊して町で新しいグローブを買った。生まれて初めてそ んな大金を使い蘇我くんは興奮していた。滞在していた親戚の伯母にこっぴどく怒られ た事は云うまでもない。コナゴナになった貯金箱が見つかってしまったからだ。あんな ことならせめて貯金箱を壊さないでお金だけ出しとけばよかった。 「蘇我くんを見直したわ。いいところあるわ。グローブ、金くんにあげちゃったんだっ て。ネエ、こんどのお誕生会においでよ」  蘇我くんは蝶になって舞い上がりたい気分だったが明日香ちゃんの誕生日は女友達し か出席しない。それにちょっと照れくさかった。 「金くんも連れておいでよ」  ちょっぴり明日香ちゃんの頬が赤く染まった。いやな予感がした。蘇我くんの大切な 明日香ちゃんはどうやら金君に興味を示している。グローブと一緒に明日香ちゃんまで 金くんに奪われたらどうしよう。

 学級委員の選挙で金くんは書記委員に選ばれてますます明日香ちゃんと一緒にいる時 間が長くなる。金くんは自分から立候補してますますまわりを驚かせた。 「蘇我くんは立候補しないのか?」  担任は同情したが、蘇我くんはふてくされてしまって放送委員をやることにした。ク ラスは色めきたった。女子の放送委員は百女さんだったからだ。金くんがクラスに来て からちゃんと自分の意見を持たないとどんどん自分のものが取られてしまう気がしてい た。それまでは書記にしたって「誰がいい?」と先生が聞き野球仲間が手をあげてくれ て「蘇我くんがいいと思います」で決まる。イヤイヤそうな顔で、実は打ち合わせ通り に蘇我くんが登場するというわけだ。蘇我くんはこれまでのやり方では通用しないこと が徐々に解ってきたのだ。 「ねえ、どうして書記に立候補しなかったの?百女ちゃんが好きなの?放送委員にどう してなったの?」  明日香ちゃんは口をとがらせて不機嫌だ。その日の帰り道、首を傾げて明日香ちゃん が聞いてきた。方向の同じクラスの仲間が四、五人連れだっていつも一緒に帰るのだが その日は二人切りだった。 「だって、明日香ちゃんが金くんに親切だから」 「金くんにもいいところがあるのよ、男の子は喧嘩が強いだけではだめなのよ」  いつもだと用水路の際を歩いたり通学路の家の花壇の花を積んだりキャッキャッ云わ せて歩くのだが今日は神妙だった。明日香ちゃんはバーレーボールクラブ、蘇我くんは 野球部の帰りなのであたりは暗くなっていた。どこから出てきたのだろうコウモリが空 を縦横に飛び回り豆腐屋さんのラッパがなっていた。 「少し興味があるけど蘇我くんの方が好きだよ、蘇我くんのおかげで金くんと友達にな れたんじゃない・・・」  むこうからリヤカーが来た。荷物がこぼれるくらい載って終始頭を下に向けて初老の 男がひっぱっていた。通り過ぎるとき、後押しをしているのが金くんだと解った。ラン ニングの金くんは顔だけこちらに向けて明日香ちゃんに気がついたがすぐに顔を伏せた。 蘇我くんの方は見なかった。明日香ちゃんはびっくりして声が出ない。廃品が高く積ま れていたリヤカーは坂道でなかなか動かない。  夕焼けで横顔を照らされていた明日香ちゃんの横顔が涙で光っていた。 「かわいそう・・・お父さんの仕事、手伝っているんだ、だからクラブにも入らないで あんなに早く帰るんだわ」  蘇我くんは見てはならないものを見てしまったような気がした。リヤカーを追いかけ て金くんの隣に行って後押しを手伝った。ふんばる蘇我くんのバスケットシューズがズ ルズルと滑った。金くんはゴム草履でやはり滑っている。リヤカーが軽くなって先へ進 む。坂を登りきり金くんの父親がリヤカーを止めて振り返った。 「トーモ、有難ウ、デモ、モー、近イカラ 大丈夫」  手ぬぐいで汗を拭きながら振り返っている。 「この子にグローブをもらった・・・」

 金くんは下を向いたままポツリと父親に教えた。

「ともだちだから」  蘇我くんはこれ以上善人になりたくないのでそっと呟いた。父親はリヤカーをおいて 出てきた。父親には事情がすぐに解ったらしい。 「と、も、だ、ち・・・有難ウ」  父親は手を合わせて頭を何度も下げた。顔は汚れていたけれど目がキラキラと光りまっ すぐ蘇我くんを見つめていた。やはり越の海からの目だ。ドキドキして自分のような子 供にどうして手を合わすのか不思議だった。 「あ、り、が、と、う、ダットー」 「タットー?」 「そう、あ、な、た、タットー」  大人はいつも子供をしかりつけるのが仕事だと思っていたのに・・・  視線を避けても避けても熱い目で見つめられていた。

五の記(小水の約束)


兄の庚信は春秋と蹴鞠で遊んで家に連れてきた 姉の宝姫が西岳で小便を捨てたら宮がいっぱいになった夢をみた 妹の文姫は姉にその夢をスカートと交換に売ってくれないかといった 兄は蹴鞠でわざと金春秋の裾にほころびをつくり文姫に縫わせ結ばれた                                 三 国 遺 事


中臣鎌足と中大皇子が蹴鞠で知り合った            日本書紀皇極天皇記


 百女ちゃんの計算によれば一番女の子のスカートをめくった回数の多いのは蘇我くん ということだった。あんまり勉強が得意でない百女ちゃんは「休み時間のアイドル」だっ た。蘇我くんの見たところ一番多くめくられていた。  明日香ちゃんのは苦手で、用心はしていないのだがまくると「アレ」と云って下を向 いてしまうのである。他の子のようにキャアキャア云って逃げてくれると楽だったのだ が、明日香ちゃんの場合は二人に妙に深刻な空気が流れるのである。本当に悪い事をし ているという気持ちになってしまう。  明日香ちゃんのお誕生会に蘇我くんは金くんを連れて現れた。そのあと近所の空き地 へ出てきた。米山の薬師堂の横の公園である。道より一段低くなっている。明日香ちゃ んは百女ちゃんと鞠つきをやっていた。男子は鞠を奪ってサッカーを始めた。それはい ま東越中学ではやっているので誰かが仕入れて来たのだ。学校にも球はあったがサッカー ボールがなかったから、ドッチボールの球でサッカーをやっていた。「鞠つき」の鞠で は飛びすぎるがなんとかなった。グローブを持っていないものは自然とサッカーをやり 始めた。蘇我くんは強敵の金くんに足をかけて水たまりに転がした。シューズの紐をわ ざと踏んでほどいておいた。金くんの上着は泥だらけだ。明日香ちゃんが泥で汚れたジャ ンパーを洗濯してあげると脱がせた。 「おれも沓が汚れた」  蘇我くんは自分の沓も洗ってもらおうと思った。 「沓を脱いだら帰れないでしょ、それに沓を踏むなんて卑怯よ」  申し出は却下され明日香ちゃんは女の子の方へ戻った。釣った魚に餌を与えないのは 明日香ちゃんのやり方だった。一緒に帰ってやれば蘇我くんは下僕だった。

 やがて明日香ちゃんと百女ちゃんは草むらの中へ入って行った。米山薬師堂の脇であ る。街道に掘りが続いているが七草が茂っている。その中に赤や黄色の小さな花が咲い ていた。笹口薬師堂と同じ距離だけ街道から引っ込んでいる。 「ちょっと、わたしたち、用ができたわ」  二人は姿を消した。どこかトイレを探しに行ったのだ。  道路を隔てた結局二人は奥の草むらの隅でしゃがみ込んでおしっこを始めた。 「明日香ちゃんたら沢山おしっこがでるのね、下の七草がみんな濡れてしまうわ」  草の中の薬師堂の掘は地元の人が春の草を採りに来るところだった。二人の尿がその 掘に注ぎこんだのだ。明日香ちゃんはかがんだまま唇をとがらせた。 「ねえ、さっきの金くんのジャンパー、私が洗うから貸してくれない」 「いやよ、わたしが洗うって約束したのよ」 「じゃあ、わたしのこの赤いスカートをあげるわ。蘇我くんが好きだって云ってたわ。 蘇我くんは赤が好きだって」 「・・・それだったらいいわ」  明日香ちゃんはしばらく考えていたがやがてそう云った。草むらの影からこちらを見 ている人影が見えた。 「蘇我くんだ!」  明日香ちゃんはあわてて前を隠そうとするのするのだが途中なのでやめることが出来 ない。かがんだまま顔を赤くして目を伏せている。百女ちゃんは小首を傾げながら侵入 者に微笑んでいる。百女ちゃんはパンツを上げながら呟いた。 「金くんもいたわよ、大切なところを見られてしまったわ」  二人が遅いので捜しに来たのだった。


着物なら二重に重ねるのもいいですが夜の床を二つ並べよう となさるあたなは恐ろしい方です                 仁徳天皇記


 百女ちゃんは先に帰った。最近の百女ちゃんはふさぎ込んでいる。蘇我くんを見ると 何か云いたそうにしている。わざと放課後蘇我くんが立ち寄りそうな所で佇んでいる。 こうもりが低空飛行で目に飛び込みそうだ。 「百女ちゃん、もう帰るの?」  蘇我くんが公園で手を振っている。 「金くん!百女ちゃんと一緒に帰んなよ!」  蘇我くんは百女ちゃんが金くんを好きなことを気づいていた。百女ちゃんは本当は蘇我くんも好きだったけど明日香ちゃんがいるので金くんと仲良くしていた。そうするといつも四人でいられるのだ。金くんはそう云われたので家まで送ることにした。毎日貰っている百円で洗剤を買った。二人の初めてのデートで金くんはいろいろなことを云って笑わせた。 「わたしネ・・・」 「なあに?」 「家に帰りたくないのよ」 「バカだなあ、家っていいもんだよ、おれなんか家がなくてあちこち行ってやっと薬師 堂の境内においてもらってるんだ。家があるんだから幸せだよ」 「わたしは幸せなの?」 「そうだよ、幸せな方だよ」 「こんど一緒に帰ってくれる」 「いいよ、おれはタットーと違っていろんな所を知っているぞ、あちこち連れて行って やるから、でも、遅くなると怒られるだろう?」 「ちっとも怒られないわ」 「だったらまかせておけ」 「ずっと一緒に帰ってくれる?」 「ああ、ずっとだとも」

 家に帰りジャンパーを洗面器につけた。今日は母親が交際している社長が来ている。 毎週木曜日になると来るのだ。丸い顔の母親はいつもより機嫌がいい。髪が汗で乱れて いた。女盛りで肌にうるおいを持っていた。百女ちゃんにそっくりだ。見慣れぬ背広が 窓にかかっている。部屋の隅に布団が丸まっている。 「どうしたの?こっちへおいで、おじさんにこんにちわって挨拶して」 「いま洗濯をしているの・・・」  身を固くして流しから離れなかった。部屋を見ようともしない。 「夕御飯の買い物に行ってきますね。おじさんにお風呂に入れてもらいなさい」  母親は買い物に出かけた。普段よりイキイキしている。 「男の子のジャンパーなのね、誰か好きになったの。広い家に引っ越したいね、百女、 今日は一人で寝てね」  男に向かって云った。新しいアパートに引っ越したいという事だ。母親は娘を横にし てのまぐわいが苦手だった。旦那が来るたびに娘を玄関の踊り場で寝せていた。 「さあ、お母さんが帰ると食事だからそれまでにお風呂に入るよ」  一部屋しかないので後ろに母が使った布団が敷いてある。百女ちゃんはなるべく蘇我 くんたちと遊んで遅く帰って来ようとしている。 「いま、洗濯しているから・・・」  おじさんが来るようになってから誰か一緒でないと恐いのだ。全然振り向かないので いまいましそうにおじさんは風呂に入った。いつものように背中を流してと声をかけら れても流しから離れなかった。 「洗濯なんていつもしなかったじゃないか!」

 夕食が終わってすぐ男は布団を直した。母親の風呂がいつもより長いようだ。男がド アをあけて部屋に連れ出そうとしている。 「子供がまだ寝ていますから・・・」 「二間ある所を探させるよ、どうした、いつものように大きな声を出すんだ」 「子供がまだ・・・」 「かまわない、横になるんだ・・・」 「恥ずかしい、ああ・・・」  ガムを噛んでいるような音がしてやがて母親のすすり鳴きに変わった。挟むと娘を忘 れた。障子の穴から部屋を覗く。母親が組みしだかれていじめられている。助けに行こ うと思っても足が動かない。布団に入って泣いているとやがて母親がスッと障子を開け た。しばらく様子をうかがっている。 「寝ていますからどうぞ」  自分の頭の上を黒い大根が根をはやして自分を見おろしユラユラとトイレ向かった。 狭いので玄関のトイレに行くため足を大きく広げて顔を跨いだのだ。その後母親が現れ た。素肌に黒いキャミソールだけ纏っていた。枕元でかがみ娘の足元の布団を整えた。 目の前にいままで母親が見せたことのない脚部の表情があった。桜紙を秘部を押し当て ている。

 電球の明かりでその部分が妖しい露でキラリと光った。

六の記(阿賀ノ川飯合炊飯大会)


「海のかなたの国が手に入るようならば、河の魚がかかるように」と 祈って竿をあげると小鮎がかかっている。皇后は「足りないわ」といった                               日本書紀神功皇后記


「なぜ勝手にわが家の道の前で炊飯するのだ」と強引に祓除料をとった                               日本書紀孝徳天皇記


 武邑先生がある日「課外授業」で隣町との堺にある阿賀ノ川で「飯合炊飯」をやりた いと提案した。蘇我くんたちは授業がなくなるので大賛成だ。職員会議では「たまに出 てくると遊ぶ事ばかり考える」と反対されたが、強引に決定した。  二組の児童は当日自分達は行けないので機嫌が悪くうらめしそうに到着したバスを眺 めていた。バス会社はイキなはからいをしてくれて当日空いていた観光バスを配車して くれたのだ。どこからともなく普段は背広姿の父親達が軽装で現れ始めた。授業参観は いつも母親達なので子供達は嬉しくてパニックになってしまった。照れくさそうに名乗 りあう父親達を「あれは誰のお父さん、こっちは誰のお父さん」と解説を始めている。 「事故があるといけないから」  先生は父親達に渡してくれとガリ版の印刷物を配布した。学校側には事故の責任は全 部自分がとるという念書を書いていた。学校の行事として認められないので引率の先生 がいなかったのだ。どういうわけか学校の催事に一度も出席したことのない蘇我くんの 父親も最初からバスに乗り込んだ。親戚の家から通っていた蘇我くんも自分の父親が現 れるとは思っていなかった。禿げあがった頭を見せて相変わらず僧衣でやって来ている。 「タットーはお兄ちゃんとそっくりになったなあ。この学校を転校するのがいやだと一 緒に暮らさないんですよ。明日香ちゃんも一緒に坊主の町に来ませんか?」  照れている蘇我くんの頭を何回も撫でている。金くんも明日香ちゃんも華やいだ気分 でウキウキしている。金くんは不思議に飯合をたくさんどこからか調達してきた。蘇我 くんに貸せたのは銃弾でもあたったようにあちこちへこんでいたが、明日香ちゃんに渡 したのはピカピカだった。 「金くんはどうするんだ?」 「おれは明日香ちゃんと一緒に食べるからいい・・・」  蘇我くんはまたしてもまた金くんの作戦に感心した。先生は卒業してこの学校と別れ て大きくなったとき、学校の勉強よりもこの日のことを覚えているはずだと信じていた。

 水鳥が魚をくわえ飛び去った。水面に弧が広がった。  流木をどけるとアメリカザリガニと目が合った。赤いアメリカ大使は釣り糸を狙って ハサミをチョキンとやった。鉄橋の下の広い河原にあちこちの班に別れてコンロ用の穴 を掘っている。公務員をやっているという明日香ちゃんの父親も役所から抜け出して笑 顔で現れた。明日香ちゃんは河原に下り嬉しそうに父親に飛びついた。クラスの全員に キャラメルを買って来ていた。金くんの父親は例のリヤカーを引いて途中現れ土手の上 でモジモジしていた。金くんは「帰れ!」と云ったけれど新聞紙にくるんコロッケを「 みんなに」と渡した。先生がそれを見つけて呼びに来た。父親は大きな鉄の中華鍋をリ ヤカーからおろして味噌汁を煮てみんなに挨拶して帰って行った。 「どっかに落ちていたんだよ、あの鍋」  誰かがささやいたので誰も手をつけなかった。武邑先生が大量に食器に盛っていく。 *後世、蘇我、金くんの志羽田城の「志羽田鍋」の原型である。キムチがミソ。 「うまい、うまい」

 蘇我くんたちも大あわてで鍋の周りに集まり盛り始めた。父親達はグループに別れた。

植物が得意な人は花の名前を聞いていたし、釣りが好きな人は子どもに釣りを教えてい た。火のつけかたを習うグループもあった。流木から薪をつくっているものもいる。国 から食物を与えられなくても生きていく方法を身につけた。 「いやあ、軍隊時代を思い出すナア」 「終戦はどちらでしたか?」  父親同志は仲良くなった。上機嫌であちこちの穴を掘り始め下の材木に火をつけた。 その上に飯合を吊るす。蘇我くんは土手の河原で釣をしたり、腰まで水に浸かり河を渡っ てくる蛇を捕まえようとしてした。二組の女の担任だったらヒステリーをおこしそうな 行動にも先生と父親は何も云わなかった。ただ、お米を持って来れなかった友達がつら そうにしているとき、父親が土手からよろよろと下りて来た。顔は笑っているが命令口 調だった。 「太郎、お前の分をわけてやりなさい」  そのグループは父親がいなくお母さんに一人で育てられており、遠足にも運動会にも何も持って来れない人もいる。両親共稼ぎで学校の催し事にも十分な用意が出来ない家庭の者もいる。何となくそういう子たちが集まって一班を形成していた。一番いつも盛り上がらない班だ。百女ちゃんもその班にいた。蘇我くんはだいぶ悩んだけれどもお米をその班に持って行った。火を焚いても調理する材料を持って来ていないのだ。いつものように百女ちゃんは菓子パンを出して昼食にしようとしていた。嬉しそうに「ありがとう」と云って米を受け取った。  蘇我くんは得意になって父親の方を見る。父親の方を振り返ったらまったくこちらを 無視して笑顔で先生にポケットウイスキーを勧めていた。明日香ちゃんの父親もつまみ の魚を焼こうと穴を掘っていた。 「金くん!釣れそうかね?」  笑顔で釣り人に圧力をかけている。明日香ちゃんから金くんのことを聞いていたのだ。 魚を焼く用意をしていたが蘇我くんと金くんは釣っても釣っても河に投げている。明日 香ちゃんも「足りないよ」と催促している。 「どうしたんだい、かわいそうだからかい?」 「待ってよ!おじさん、いまに本当の魚を持っていくから!」  蘇我くんが声をかけた。 「本当の魚って?」 「魚の顔がゆがんでるんだよ!お父さんに臭いのを食べさすと明日香ちゃんに怒られる から!」 「どら、見せてごらん!」  明日香ちゃんの父親が土手から河原に下ってくる。 「背骨が曲がって顔が左右対称じゃないんだ!」  金くんが釣り針をくわえている魚を見せて説明した。明日香ちゃんの父の目は光った。 阿賀ノ川有機水銀中毒事件がそろそろ死亡者を出す時期だった。マスコミが取り上げる のはそれからさらに年月を必要とする。蘇我くん達は他の河川での魚と違う事を知って いたわけだ。大人の口を閉ざせてもこの子供の口を封ずる事ができないことを知った。 父親は机の上に返されてきた書類をもう一度なんとか上にあげようと決心した。  明日香ちゃんの炊いた御飯は煙を上げて焦げ付き、蘇我くんがあげた百女ちゃんの班 のはふっくらとおいしそうに炊けた。百女ちゃんは毎日働きに行く母のかわりに御飯を 炊いていたから上手なのだ。 「明日香もお母さんの手伝いをしないとな・・・」  百女ちゃんの炊き方をほめた。百女ちゃんは大きな目をグルグルと動かしたけれど明 日香ちゃんは悔しそうにうつむいている。 「なあに、御飯は少し焦げていた方がうまいよ」  金くんはわざわざ底の焦げた所を盛った。明日香ちゃんは上の方の焦げていない所を 蘇我くんに盛ってあげた。自分は大きな目に涙を浮かべてお焦げを食べていた。少しで も早く消滅させようとしている。蘇我くんは明日香ちゃんのアルミの食器と交換した。 「よこせよ!ぼくはコゲている方が好きなんだ、コゲの方がうまいんだから」 「学校ではそんなことを云わなかったわ」  気を使って奪うと明日香ちゃんはますます泣いてしまう。 「おまえ、スケベだな、明日香ちゃんが食べてたヤツを食べるなんて、こうやるんだよ、 見てな」  金くんは釣竿を持ったまま他の班を回り始めた。おかずを覗いている。 「御飯は百女ちゃんの方が上手だったけど、明日香ちゃんの野菜炒めは一番うまいぞ」  金くんが宣伝するとみんなが顔色を変えてもらいに来た。明日香ちゃんの機嫌はそれ で直った。蘇我くんはすっかり感心してしまった。明日香ちゃんは満足そうにおかずを 配り終わった。明日香ちゃんの父親が蘇我くんのすぐ後ろにおり鉄板の上の野菜炒めを 一口ペロリと食べた。 「うん、確かにうまい」  父親の作業服の胸に「建設省」と書いてあった。 「君が蘇我くんか?」 「そうだよ、みんなはタットーと呼んでる、この建設省というのは?」 「仕事場から抜け出したんで会社の制服のままなんだよ」 「建設省って東京にあるんでしょ?どうしてここにそんな服があるの?」 「うん、たとえば、この川、一級河川というんだけど、国が管理しているんだ、君達の 住んでいる所にあっても国が管理しているんだ。君達の物でないものがたくさんあるん だよ」 「???」 「それじゃあ、ぼくたちの国にあってもぼくたちの川じゃないんだ?」  明日香ちゃんの父親は困ったような顔をして前を見た。  蘇我くんは食器を洗っている明日香ちゃんにそのことを聞いた。夕焼けが二人の顔を 照らしている。 「そうよ、お父さんの許可がなければ今日の飯合炊飯なんて出来なかったのよ。本当は 許可になっていないの、だからお父さんがやって来たのよ」  蘇我くんは深い悩みに堕ちこんだ。金くんは二人の話を不思議そうに聞いていた。 「川は住んでいる人のものだ!誰がなんといおうと蘇我くんと明日香ちゃんたちのもの さ、まあ、釣りをするおれのもんでもあるし、みんなのものだよ」 「そういえば、建設省って看板も橋の前についてるな、キャンプ代でも取るんだろうか」  蘇我くんは看板の前に小便をしに行った。  河原には春の風がふきわたり子供たちの響声がときおりそれにまじった。

 で、蘇我くんと明日香ちゃんの父親は?  相変わらずどこからかウィスキーを調達してすっかり出来あがっていた・・・  二人は気が合うようだ。武邑先生が歌い出す。  とんでもない大人たちだ。

七の記(児童会選挙)


ココ ソガノオミヤスマロ ツカハ メ オオトノ ヒ イ トキ ヤスマロ モト 是に、蘇我臣安麿呂を遣して、東宮を召して、大殿に引き入る。時に安麿呂は、素より

    ヨシ        トコロ    ヒソカ       カヘリ           マウ        ココロシラ   ノタマ

東宮の好みたまう所なり。密に東宮を顧みたてまつりて曰さく、「有意ひて言へ」とま

          ココ    カク  ハカリゴトア        ウタガ  ツツシミ

うす。東宮、茲に、隠せる謀有らむことを疑ひて慎みたまふ ・・・ ヤツカレ ケフ イヘデ キミ   タメ ノリノコト オコナ 臣は、今日出家して、陛下の為に、功徳を修はむ        日本書紀天武天皇記


臣は出家して吉野に入り仏道を勤め修めて天皇を助け奉ります。 古人大皇子は刀を解いて地面に投げた            日本書紀孝徳天皇記


 中藤くんの家は蒲原神社の境内の奥にあった。  松杉の植樹が太陽を遮断している。涼しい風が木陰を通り抜けた。中藤くんはけっこ う女の子にも人気があって意見は無視できない。それに父親が地元の名士でおまけにP TAの会長なのだ。何かあると必ず教務室に電話をかけて来るのである。親戚は近くの 神社で代々神官をやっている。スーパーまで経営してたいそう羽振りがよい。子供はそ のスーパーで母親と買い物をしていて中藤くんに会うとすぐに一声かかりまけてもらえ るというわけだ。母親はすっかり中藤くんびいきだが子供はそのあと学校で中藤くんに 逆らえないのであった。  漢字の書取がいつも出来ない金くんと蘇我くんは、放課後中藤くんの家に行く事を照 子先生に命じられた。照子先生は隣のクラスの担任でピカピカの新卒教員だ。顔はかわ いいが武邑先生の身体が弱いのでいろいろちょっかいを出してくる。部屋は広く見た事 もないおもちゃがたくさんあった。 「照子先生がだいだい教えてくれる」  いつも満点の理由はだいだい解った。屈辱に満ちた顔で蘇我くんは命じられた通り同 じ漢字を十回ずつ書かされた。何と云っても漢字は金くんだ。彼は見たこともないよう な漢字をたくさん知っていた。照子先生によく「そんな字はない」と簡単に直されてい たが昔の漢字を書いて怒られていたのだ。 「そんなことじゃ中學に行けないよ!」 「いつから漢字を少なくしたんだい」  抗議しても一喝し莞爾(かんじ)と微笑んだ。

 今日は漢字の練習ではないはずだ。蘇我くんは放課後明日香ちゃんと別れた。金くん と蒲原神社の鳥居の下で遭った。まったく用件が解らないのだがかわいい照子先生の命 令だから仕方がない。今日は金くんの漢字練習の日なのだ。 「金くんの方が漢字は知っているじゃないか。どうして来ているんだ?」 「いいの、いいの、いいこともあるよ。いいか、蘇我くん、相手が選挙に出ろよと云っ たら出ませんて云うんだぞ、自分は出ないけど明日香ちゃんを推薦するんだ、いいな!」  それだけ小声でささやくと金くんは出て行った。今日はなぜか祖母がお菓子を持って 部屋に入ってきた。糸のような目だ。桜川模様の着物を着ている。 「ぼくは今度照子先生に児童会の会長の選挙に出るように云われているんだ」  どうぞ、ご勝手にとは云えない。 「君がぼくの推薦人をやることになったんだ。照子先生の推薦だ。ぼくが演説をやった 後、君が応援演説をやるんだ、原稿は内緒でぼくが書いて上げるけどそれは内緒で君は そのまま読むんだ、いいね」 「いや、ぼくは誰の応援演説もしないよ」  中藤くんは静かに細い顎をなでた。返事は予定していたようだ。 「じゃあ、立候補しないし誰の応援演説もやらないって約束するね」 「もちろん、児童会になんて興味がないから」 「でも君は明日香ちゃんを押すんだろう」 「一番いいと思うけど」 「いま、誰も応援しないって云ったじゃないか、絶対に出ない、誰も応援しない、約束 だよ」  中藤くんは薄暗い部屋の中で不気味に笑った。それを見届けるように豪華な大阪屋の 大判焼きが四つもテーブルに並べられた。おまけにコーヒーまでついている。 「用事があるから帰るよ、選挙は明日香ちゃんがでればいいさ」 「話は済んでないゾ!」  急いで鱗模様の襖を開けたら中学校の番長、坂田くんがあわてて廊下に後ずさった。 顔中イボがある。カエルがピョンと廊下に飛んだ。なんということだろう。東越中学の 番長がこの家を出入りしているのだ。やはり大判焼きが目当てかも知れない。当然、金 くんとも会っているわけだ。帰りはずっと坂田くんが尾けてきた。心配した金くんが栗 ノ木川まで五人衆を連れて迎えに来ていた。坂田くんは一緒に歩いても襲撃が出来ない ので諦めて消えた。

 一週間後、児童会選挙が公示された。照子先生のきれいな字で廊下に掲示された。 「お前は、野球大会があるんじゃないのか」  立ち会い演説会の日のことを云っているのだ。金くんが掲示を見ている。 「ないよ」 「いいか、当日、蘇我くんは休め。全員坊主頭じゃいやだろ、中藤くんが児童会長にな ると照子先生の云いなりになるから明日香ちゃんの方がいい」  男子生徒は全員丸坊主という予定されている議題のことを云っているのだ。もちろん もう一度本土決戦をやろうとしている教頭先生の遠大な計画の一貫だ。明日香ちゃんも 児童会選挙に出たがっている。月に一度の身体検査では男女が同じ保険室で洋服を脱ぐ のである。裸で一列に並ぶ。すでに百女ちゃんの乳房は両手でおおっていても隠しきれ ないほど膨らんでいた。男子児童は平気で百女ちゃんや明日香ちゃんの下着姿を見るた め後ろの女子を振り返っていた。 「男子に見られたくない!」  明日香ちゃんは絶対男子生徒が終わるまで上の下着を脱がなかった。学校側は時間が かかるので難色を示していたが明日香ちゃんは男女別の身体検査を議題にかけると主張 していた。金くんのそそのかした「児童会長立候補」に明日香ちゃんは乗った。

 立ち会い演説会の朝、金くんがリヤカーを引いてやってきた。仕事の途中である。 「タットー、今日は休めよ」  睨みつけてさらに確認した。ランドセルに教科書を入れて朝食も食べていた。布団の 中にもぐり込み体温計の数字を上げるために汗だくにならなければならなかった。  明日香ちゃんはさっそうとピンクの新調のワンピースで登壇し演説を行った。 「この学校には昔から住んでいる人たちがたくさんいます。でもわたしたちのようにお 父さんの仕事の関係でこの町に来た者とも仲良くしてください」  長い演説の締めくくりだ。次に明日香ちゃんの応援演説の金くんが壇上に立った。 「ええ、わたしは金花郎です。本日は一組から立候補した児童会長候補の応援演説をし ようと思います」 「朝鮮!帰れ!」  身内がヤジを飛ばす。職員は差別用語に一応立ち上がった。会場を静かにさせる。打 ち合わせ通り愛に溢れているので金くんは怒らない。 「本来ならば、蘇我太郎君が応援演説をすることになっていたのですが、朝、急に具合 が悪くなり急遽わたくしが応援演説をやることになりました。わたくしの国は海の向こ うにあり日本は幸い戦争放棄を憲法に書いてわたくし達の国とも仲良くやっていこうと 宣言しました。この明日香さんは言葉や生活の違ったわたくしにも大変やさしくしてく れて学校になじむことが出来ました。わたくしのことを外国人だといって馬鹿にする人 もいましたけれど明日香さんには励ましてもらいました。笹口は小さい学校なので他の 学校と交易をすることを提案しています。いばっていても給食はよくなりません。蘇我 くんは今日は突然病気で欠席しましたが、朝、見舞いに寄ったとき明日香さんに清き一票 を入れると云っていました、休んでいる人の選挙権も認めなければなりません」 「タットーの推薦なら仕方ないや!入れないと殴られるぞ!」  級友が呟いた。  一方、中藤くんは演説を無難にすませた。 「・・・兄も姉もずっとこの笹口小学校で級長をやっていましたからぼくも立候補した のです。ぼくの家は代々児童会長をやっているので安心してください」  伝統の重みを訴えて終了した。みんなはなるほどと感心している。中藤くんの応援演 壇に立ったピエロは原稿用紙の異変に気がついた。最初の一頁が見あたらないのである。 演壇下を何度も見おろしている。 「えーと、えーと・・・」  椅子の隣に腰掛けた中藤くんの応援演説者ピエロは原稿が一枚抜かれていることに気 がつかなかった。壇の後ろで金くんが大声を出してコクヨの原稿用紙を頭の上に上げて いる。 「よお!原稿ここに落ちてるぞ。照子先生の字じゃないか、おれは放課後よく残されて 漢字の書取やらされたからよく知ってるぞ!」  場内から笑いが起こった。照子先生は大きなバストをプリンと震わせて椅子から立ち 上がった。壇に上がり応援演説の原稿を取り返す。それはならずと金くん逃げる。

「子供に民主主義を学ばすためにも教職員が選挙に干渉しない方が望ましい」  職員会議で校長先生が異例の発言を行った。選挙の結果はそれでも中藤くんが勝って いた。有効票が少なすぎた。武邑先生はすべての票を数え直して集計をやり直した。「 あすか」と名前だけの無効票も甦った。教頭先生と照子先生が誤字と判定し無効にして いた票もすべて有効されるとほとんどピンクの洋服で壇に立った女の子の票になってい た。  明日香ちゃんは膨らみかけた胸を張って就任の演説をしている。得意そうに照子先生 の方を見た。先生は睨みつけた。教頭先生の横ですっかりうちひしがれていた。放課後、 猿滑に登っているとピンクの洋服が蘇我くんを探していた。本堂の縁の下もお尻を突き 出してのぞき込んでいる。  朱鷺の尾羽の色は境内をあちこち回っている。  朱鷺が舞い降りてどじょうを探しているようだ。  さわやかな女帝の出現である・・・

八の記(亀田豪用水路事件)


大連物部尾輿等が金堂釈迦像を難波の堀江に流した       日本書紀敏達天皇記


入鹿を迎えにきて道化師が武器を奪い宮殿で中大皇子に 殺されて遺体は雨に濡れた                  日本書記皇極天皇記


 放課後グランドでボール蹴りをやっているとピエロが現れた。  笑顔で斜めに歩いてくる。早くもみんなを笑わせている。普段からひょうきんで中藤 くんをよく笑わせている男だ。 「明日香ちゃんがいじめられているゾ!」  茶坊主は大きな目をグリグリ回して何かをたくらんでいた。 「今日は百女ちゃんが家に遊びに来るから一緒に帰れない」明日香ちゃんは朝からそう 云っていた。いつもは家臣がすぐランドセルを背負うのだがピエロというあだ名の男が カバンからパッチとビー玉をたくさん取り出した。 「ぼくとパッチをやろうよ、ぼくが入るから、ぼくはいっぱい持ってるよ」  五人衆はその場に未練を持った。狐、猿、犬、鷹、烏の蘇我くんの仲間はこの機会に パッチを増やそうとそこに居残った。一人で急いで道路に出ると先に数人の塊が見えた。 天然ガスのタンクの前だ。地盤沈下した地面に明日香ちゃんが追い込まれている。  しまった!  百女ちゃんは一人ではなくて二組の子達と一緒だったのだ。 「百女ちゃんと中藤くんの家へ遊びに行こう!百女ちゃんはいいと云ったゾ」  誘われた明日香ちゃんが断ったのでもめているのだ。百女ちゃんの母親は中藤不動産 の斡旋で料理屋を始めていたので向こうとも親しい。蘇我くんが追いつくと彼らは待ち 受けたように笑っている。明日香ちゃんが大切にしていた「数珠」のようなネックレス を奪い取った。蘇我くんが九州の祖母からもらい明日香ちゃんにプレゼントしたものだ。 ヒスイと真珠で出来ていた。「越に行って好きな女の子が出来たらあげなさい」そう云 われて自分の首からはずしたと記憶している。  一団はそれをコンクリートの用水路に投げ捨てた。二メートルほど下に水が流れ、一 人が通れるほどの棒が等間隔で両岸にわたっている。  蘇我くんは急いでズボンからベルトをはずしてそれをロープにして川底に下りた。川 底に飛び降りると男達はどこからともなくまた現れてベルトを持ち去ってしまった。両 岸から眼下の蘇我くんに泥の塊を投げる。上で守ってくれる仲間がいなかった。下の通 路でかろうじて避けていたが足を踏み外してすぐ水路に滑り落ちてしまった。川に流さ れる。かろうじて這いあがったが今度は掘が深すぎて道路まで上がれないのである。ベ ルトがないので登れない。敵が引き替えして来てふたたび泥まんじゅうを投げつけた。 ズブヌレになった蘇我くんは道路に上がれずおまけに泥で目が見えなくなった。彼らは それを確認して逃げ去った。  消防署まで出動するさわぎになった。梯子車で吊るされて道路に上がってきた。アー ムで吊りあげられたときショックで大便を漏らしてしまった。大量の水を飲み込み腹が 抑えられたので我慢出来なかったのだ。口からタニシ、手から翡翠の珠がこぼれ落ちた。 明日香ちゃんがクレーンを見ている・・・ 「風邪ひくから脱がせちゃえ、どうせまだ生えてないだろ」  二倍の背丈のある消防署の男は毛布を忘れたことに気がつかず服を全部脱がせた。明 日香ちゃんは目を丸くしてじっと蘇我くんの白いオチンチンを眺めていた。自分のこと のように恥ずかしかった。ランドセルだけ拾おうとすると「いちごの消しゴム」が転がっ た。蘇我くんは明日香ちゃんのプレゼントを大切に使わないで持っていたのだ。 「寒いか?我慢しろ、でも臭いなあ」

 ムシロの上で身体を拭かれと唇を噛みしめた。水滴がポタポタ落ちている。恥ずかし

くて臭くて痛くて悔しかった。大変な一日で自分がどうして身ぐるみはがれたのか解ら ないでいた。「どうか夢であってくれ」と叫んでいる。大粒の涙をこぼしている。  そのころ金くんも大変だった。東越中学の学区で金属廃品回収の時、中学生に呼び止 められたのである。 「この町には来るな!出て行け!」  彼は沼垂の川沿いの路で囲まれれた。通行人はみんな見ていたが誰も助けるものがい ない。彼は栗ノ木川の向こうには二度と足を踏みいれないことを確約させられた。「沼 垂(ぬったり)」という地名は彼には不気味でそこにある中学に進学するかと思うとすっ かり憂欝であった。栗ノ木川にリヤカーごと落とされ浮木の上を逃げた。最後は筏に乗っ てやっと帰ってきた。ずぶぬれで家に着くと立てかけてあったトタンがみんな崩れ落ち ており父親が呆然と佇んでいた。 「なあに、船も楽チンだった。いい所に落ちたよ、筏は楽だ。笹口まであっという間だっ た」 「ぼくも船に乗りたかったよ」  風邪を引いた蘇我くんを見舞った金くんのヤセ我慢の言葉だった。  筵をかぶって竹の先に衣服をつけて帰った蘇我くんよりはマシだった。

 この事件から明日香ちゃんは微妙に変化した。こちらを気にはしているのだが話しに は来なかった。遠くで合図はしてくる。たとえば給食当番の時、嫌いなものは半分しか 盛ってないし、フルーツポンチが出る時などちゃんとサクランボが二個入っていたり。 それはよかったのだがよそよそしくなって口は聞いてくれなかった。連れて歩きたくな いようだ。児童会長なので明日香ちゃんは二組にも出入りしている。確かに中藤くんは 走り去った一団には入っていなかったが襲撃犯は二組の連中だった。明日香ちゃんは最 後まで抗議していた。蘇我くんの仲間は一人二人配下の中学生に連れ去られ改心させら れた。五人組だけが残った。  その日は、明日香ちゃんは押し問答をしているうちに後ろからスカートをめくられた。 赤や黄色の毛糸のパンツでなかったのでめくった方も衝撃を受けたらしい。その後明日 香ちゃんは「三角パンティ」とあだ名され蘇我くんに至っては「クッソー」になった。 親分がクッソー(糞)なので決定的にみんなが離れた。元々「タットー」と云い始めた のは太郎の発音が出来なかった金くんがそう呼び始めたのだ。彼は名付親で「クッソー」 は最初「なにくそ」から来たのだと思って率先して使い始めていた。

「タットー、なんでクッソーに変えたんだ?」  蘇我くんは黙っていた。今度は明日香ちゃんに聞きに云ったが「知らない」と言下に 言い渡された。百女ちゃんから事の次第を聞かされて戻ってきた。 「お前、チンチン、明日香ちゃんに見られたのか?」  金くんは、ショックを隠しきれない様子であった。クッソーが「糞」からきたことに たいそう驚いている。 「どうやらお前と明日香ちゃんのつきあいももう終わるな・・・」

 同情して目が慰めている。

「百女ちゃんにも見られたか?」 「見られていない」  あとで彼は百女ちゃんに聞きに行ったら即座に「見た」と云った。 「クッソーじゃ困るなぁ」

 明日香ちゃんは都会育ちらしく毛糸のパンツを履いてなかった。それからもスカート めくりのかっこうの標的となった。明日香ちゃんは二組に抗議を申し込まないようになっ た。中藤くんの勝利は近づいていた。 「明日香ちゃんと百女ちゃんのパンツはまくるな!」  中藤くんはある日、突然命令した。明日香ちゃんは感激した。それからは「クッソー」 のあだ名だけが一人歩きした。中藤くんは明日香ちゃんを手に入れようと「スケートセ ンターの只券」と「スーパーの割引券」を渡している。どうなることかとハラハラして いると明日香ちゃんはモジモジしている。百女ちゃんはサッサと嬉しそうに受け取って いた。 「たくさん集めると中藤スーパーでコマ切れ百グラムと交換できるの。カレーに入れる とサバの水煮よりおいしいの。普段は買えないから。金くんは鶏や犬の肉しかくれない の。お母さんが勤めているから作って上げるのよ」  そのあとはピエロの仲間が入れ替わり立ち代わり二人のところへ来て脅かすのだ。 「中藤くんと一緒に帰ろうよ、サービス券をいっぱいあげるから」  百女ちゃんは金くんが気になったが承諾した。最近は大人の表情をしている。 「一緒に帰るだけだから」  まもなく明日香ちゃんも変わっていった。 「百女ちゃん、これがあるとコマ切れに変えてもらえる?」  ピエロから券を引きちぎって百女ちゃんにあげた。配下は親がスーパーや系列企業で 働いており一年や二年で出来た関係ではないのだ。反対に蘇我くんはこの町へ来たばか りだ。この土地に昔から住んでいた者からすると彼らに逆らうことは危険だ。穏便に彼 らとやっていかないと町を歩いていても危険なのである。公園の陣取りも出来ないよう になるのである。 「タットーもかっこいいから悪い気はしないけど、中藤くんと一緒に帰るのも楽しいか ら」  明日香ちゃんたちは中藤くんと一緒に帰るようになった。中藤くんにも興味があるよ うだ。百女ちゃんが中藤くんと「お医者ごっこ」をしたといううわさが広がった。明日 香ちゃんもその後中藤スーパーの五泉産毛糸パンツを履くことを命じられた。中身は厳 重に中藤軍団が管理するということだ。

 ある日放課後、蘇我くんはトボトボと薬師堂に来た。  後ろに金くんが付いている。蘇我くんは合歓木に登った。金くんはそれに寄りかかっ ている。スケート靴を変えないので板を切り出してスケートボードを作っている。はやっ ていたスケートセンターは入場料が高いので手が出ない。滑車をつけて道路を滑ろうと いうわけだ。ふと見ると集団が校門から出てくる。中藤くんのグループだ。スケート靴 をぶら下げてスケートセンターへ行くのだ。明日香ちゃんも百女ちゃんも二人に気づい たが顔を伏せたままだ。金くんの目の前を全員が持っているスケートシューズが流れて いく。そこだけピカピカ光っている。 「そんなベニヤ板でどうしようってんだい?」  黙ったまま小刀で木を削っている。中藤くんは行き過ぎた。金くんはため息をついて 見送っている。 「タットー、このままでいいのか?」  合歓木に登っている蘇我くんに話しかける。合歓木からは返事はない。 「お前の分もつくってやるよ」  ナタで板の角を丸くしている。  白い鳥が合歓木にとまった。近くで見ると羽に青い斑がある。しばらく赤い目で蘇我 くんを見ていたが首を傾けて飛び去った。 「ちきしょう!クッソー(糞)だ!」  金くんが額に手をやった。

九の記(きもだめし大会)


青(大海人)にやられた! 天皇を見つけ駕篭を留めお乗せしましたが すぐ息をお引き取りになりました。御遺言でした。           万 葉 集


 夏になり暑くなっている。 金くんは相変わらずのランニング姿だ。暑くなると金くんはホッとする。ジャンパーを 脱げばいいのだ。先生は飯豪合炊飯でクラスの予算を使い果たしていた。相変わらず授 業と授業の合間に身体を休めるため長椅子に横たわっていた。休み時間も子供たちと一 緒にいたいというわけだ。武邑先生は蘇我くん達が暗いので眠りながらどうしようと考 えていた。  次なるイベントは「きもだめし大会」である。学校の校舎を使ってやるのだ。当然の ことながら教頭先生は反対したが新婦の照子先生がとりなしてくれたようだ。二組も希 望者を参加させてくれと頼んできた。その結果とんでもないのが参加してきた。明日香 ちゃんと百女ちゃんが学校に泊まるので中藤くん達が参加してきたのである。 「明日香ちゃんと組ませろ」  一組にピエロを連れて乗り込んで来ている。 「わかったよ」  すでに予告されていたので金くんは素直だ。当日の参加者は蘇我くんの完敗をささや きあった。蘇我くんがみんなの目の前で明日香ちゃんを離したのだ。早くも蘇我くんと 一緒に行きたい女の子が現れた。武邑先生は相手のパートナーを女の子に選ばせていた。 男女二人一組で教室から指示された場所に行き「神社のお札」を取って帰ってくるのだ。 男女というのが味噌でつられて蘇我くんの仲間も参加している。当日夕方からあちこち の教室に墓場の飾りつけをして騒いでいる。世話係りの金くんは家が近いから夕方家に 一端帰って準備を終えて、夜現れた。中藤くんも支度が終わった頃要領よく現れた。 「ぼくは明日香ちゃんと行くんだ」  中藤くんまた云った。受付で百女ちゃんの希望が自分だと知っていた金くんは平気で ある。 「蘇我くんはそれでいいんですか?」  武邑先生はとぼけた声を出した。 「いいですよ」  意外な顔をしていた。 「明日香ちゃんは誰がいいの?」  先生は念には念を入れた。猿山がこれ以上秩序を失うのはまずい。 「蘇我くんがいいなら、ナ、中藤くんでいいです!」  当日明日香ちゃんは合歓木の蘇我くんに訴えに来た。やっぱりいざという時の相談相 手なのである。金くんの家の軒差しのガラスの風鈴が音を立てている。 「二人になるとアチコチ触るのよ・・・なんとかして。百女ちゃんはさっき大会が始ま る前デートしてパンツを下げられたって泣いているの。わたし、一緒にお札を取りに行 くのはイヤよ」   訴えの内容だ。あんなに指名を匂わせたのに裏切られた思いで目を赤くした。暗い教 室に集まり武邑先生は恐い話をし始めた。一階の三年の教室に参加者の全員が集まって いる。蛍光灯が消されてロウソクだけだ。みんなの影が教室に浮かび上がる。内容は戦 争の話だった。「零戦の勇敢な姿」や「死んでもラッパを離さない男」、「真珠湾奇襲 攻撃」、教頭先生の道徳の時間はみんなが目を輝かせた。武邑先生の話はちよっと違っ た。 「先生が二等兵の時は、仲間がみんな飢えで死んでしまい仕方がないので親指だけを切っ て骨にして持って帰ってきました。ポキン、ポキンというんです。先生は毎日毎日、兵 隊の死骸を捨てる残豪を掘っていました・・・」  女の子はみんながキャーと悲鳴をあげた。戦争の恐ろしさを知らされた。「ビルマの 竪琴」の映画のようだ。 「蒲原祭のヘビを食べる女の方がよっぽと恐いぞ!」  太股の部分のない女がヘビを食べて見せる見せ物小屋であった。二人は何度も見に行 き武邑先生に怒られた。蛇の頭を口で噛みきるのだ。人間の見せ物なんか見に行くなと 叩いたことがあった。「ヘビを食べなきゃ生活できないじゃないか」金くんは根に持っ ていた。  懸命に話を反らそうとしているから金くんも結構恐がっているようだ。


宮殿に大便をまき散らせた                   日本書紀神 代上


 武邑先生の話が終わる。  中藤くんと明日香ちゃんが手を引いて出口に立った。いよいよ校舎探検が始まるのだ。 蘇我くんが廊下で待っていた明日香ちゃんの耳に小声でささやいた。耳に息をかれられ 身を固くしている。じっと目を閉じる。 「トイレには入るな」  うれしさで悲鳴を上げそうになった。蘇我くんが動き始めている。金くんは素知らぬ 顔で行き場所を書いた札を渡した。中藤くんの高い鼻で整った顔がさらに青白くなって いる。 「どこへ行けばいいんだ」  出発の時間を書いていた中藤くんが行き先の札を金くんからもらっている。子供の字 でばれるとまずいので父親に書いて貰ってきた。 「九0周年のトイレ」 「何だ、三階の教室じゃないのか?」 「中藤くんはいなかったじゃないか、その間に増えたんだよ」  カードを受け取って中藤くんは木造別棟の汲み取り式のトイレに向かった。唯一、九 0周年の遺物で古い木造校舎の残りだ。コンクリート校舎より一段低くなっている。昼 でも人は寄りつきたがらない。三年生から六年生までのゲタ箱が並んでいる暗く長い廊 下を歩いている。この通路の先が九0周前である。着物を着た昔の子供が出て来そうで ある。学校も使いあぐねている無人の木造教室を二部屋過ぎると奥が便所になっている。 明日香ちゃんは大きく深呼吸した。先頭の中藤くんががトイレの入り口で立ち止まって 振り返った。男子トイレの入口で蝋燭の炎が風にゆらめいている。  キャッ!  中藤くんが壁に明日香ちゃんを押しつけたのだ。 「なあ、明日香ちゃん、百女ちゃんとはもうシたんだぞ。どうして明日香ちゃんは許し てくれないんだ」 「キッスだけここでしようよ」  顔にかぶさっている。百女ちゃんで練習したから大丈夫だ。 「待って、ここじゃいやよ」 「今日学校に泊まるんだろう。消灯になったら笹口薬師堂に出てくるんだ。そこで待っ てるから、いいね」 「いいわ、わかったわ、九時になったら行くわ」  その時、炎が風で動き人影がトイレの方で通り過ぎた気がした。  背中を向けていた中藤くんはそれに気づかず満足して身体を離した。 「人間のつくったもんなんて恐くはないよ」  手を引いて男子トイレに入ろうとする。女子トイレと男子トイレに別れている。古い 床がきしむ。 「わたし女だから男子のトイレには入れないわ」 「じゃあ、ここで待ってて。恐かったらすぐ呼んでいいから」  得意になって武者震いして中に入って行った。明日香ちゃんは子守歌を聞いた・・・  三つある女子便所の真ん中に蝋燭がついて札のある場所を示している。木のドアを静 かに開けた。キィーときしむ。札はどこだ。覗き込んだ。便器の向こうに白札が画鋲で とまっていた。手をのばす。  バチャーン!  音がした途端ドロドロの液が顔と身体飛び上がった。 「なんだ、これは!」  手を顔にやると黒い血のようなものが顔中についている。それに意外に臭い。  両わきの便所の天井から男が二人舞い降りた。青色が目の前を過ぎていく。 「逃げるんだ!明日香ちゃん!オバケだ!」  蘇我くんが青いジャンパーをひるがせて入口の明日香ちゃんの手を引いて走った。ド テラを着たネンネコ娘が恨めしそうにトイレに浮かび上がったというのだ!背中に子供 を背負っていると云う。子守歌は確かに聞いた。便坪に大きな石を投げた蘇我くんと金 くんはすぐに飛び降りた。天井に上ったはいいが下にドテラ娘が赤い顔で自分達を見上 げているので降りれないでいた。  中藤くんはトイレから駆け出しスノコにけつまずき倒れた。 「青だ!青にやられた!」  頭から糞尿をかぶっている。飛び出すと明日香ちゃんが茶色の着物を着て背中の子供 をあやしている。そこで助けを求めて子守の女の子の袖を引いた。家が貧しくて本町の 女浪屋に売られた娘が死んでからも仕事が終わると学校に来ていたのだ。顔を見るとサー と髪から血が流れた・・・  ギャー!!  本日二回目だ。  シューズをそこに置き忘れて中藤くんは裸足で走り夜の闇に消えた。  そのまま教室に戻らず家に逃げ帰った。

 蘇我くんは二組の教室のロクロ首と御経が流れるスピーカーをかたずけていた。三階 の自分達の教室である。横には汗をかいた明日香ちゃんがいた。ここは最近できた鉄筋 校舎だから子守の女は来ないはずだ。世話人、金くんにあらかじめ跡片付けを明日香ちゃ んと一緒にやることを頼んでいた。懐中電灯を持ってあちこちの仕掛を楽しんでいた。 明るい所で出来るから快適な校舎探検でここが最後だった。 「ねえ、さっき見てたでしょ?」  窓を背中にして明日香ちゃんが立っている。 「何?」  教卓の線香とか蝋燭とか白い布をかたずけている。中藤くんは恐がって返ってしまっ たので邪魔する者はいない。 「何って、アレよ。タットーに悪いわ」 「どうやって逃げようとしていたから、それどころじゃなかったよ」 「誰もいないからキッスしていいよ」  手を引いてこちらを向かせた。明日香ちゃんを抱き寄せてキッスする。明日香ちゃん も抱きしめた。とびっきり上等のキッスをプレゼントされた。手で腰を抱き寄せる。  明日香ちゃんは腕の中にいる。  窓の外に笹口薬師堂、合歓木が風に揺れている。 「もう少しこのままでね・・・」  足元にロクロ首が落ちて明日香ちゃんのスカートの中を覗いている。絵の具が髪から 流れて敵将のように無念な顔をしている。右足で首を蹴る。明日香ちゃんがよろけて膝 の間に蘇我くんを挟んだ。しなやかな太腿の感触が伝わる。 「毛糸のパンツはどうしたの?」  お尻に凹凸がなかったので聞いてみた。 「もう、暑いから捨てちゃったわ」  何食わぬ顔で中藤くんの管理に別れを告げた。

 蚊が血を吸いに来て寝れないので蘇我くんは家に帰った金くんを呼びだした。みんな は今日の思い出を胸に教室で寝ている。百女ちゃんとキッス出来た金くんは上機嫌だっ た。 「あとはだめだというんだ。タットーはどうだった?。もう、大人だぞ。百女ちゃんは もう胸もさわらせるぞ、教室ですぐにキッスをさせてくれたんだ」 「ほんとうかい、よかったな、好きな女の子だととっておきたくなるよ」 「どうしてなんだろう、布団部屋なんか連れ込みたくなくなるな」  中藤スーパーの精肉の四トントラックが境内に駐車していた。中藤くんが乗って来た ものだ。運転手はいない。鍵が空いていたので中に入る。ビートルズがかかっていた。 カーテンの奥がベットになっている。ひろびろとして蚊もいないからそこで寝た。エン ジンがつきっぱなしでクーラーも入っている。食べ物も香取線香も完備していた。  ベットの隅から百女ちゃんの黒い毛糸のパンツが出てきた。  金くんはその夜一言も口を聞かなかった。すっかりしょげていた。  朝、柳葉色の制服を来た爺やが藤原くんの布団車を取りに来て市場に仕入れで行った。 「坊っちゃんに朝取りに来いと云われていまして。今度はどこにおけばいいか聞いとい て下さい。六時までならいいですから」

 念のためにどうして木造の二教室とトイレを取り壊さないのかを武邑先生に後から聞 いた。 「あそこで学んだお年寄りが懐かしがって反対するのです。学校は卒業生も含めたみん なのものなのです。でも夜は行ってはいけませんよ。今でも一年生の授業だけやってい ます」   授業を聞きに来ていたのだ。途中から転校してきてよかった。新入生はオバケと一緒 のクラスだ。 「みんなってオバケも入るの?背は高かったからきっと中学生だよ」 「何か見ましたね」  先生が振り返ってゾッとした。オバケと同じような腰使いをするのだ。 「べ、別になにも・・・」 「日露の時代からこの学校はありますからネ、勉強したかったのかも知れませんね。勉 強したくても兵隊に取られたんです。農作業で忙しいから子守をしながら学校に来た娘 もいたんですよ。そんな子達が時々授業に来ますから一生懸命勉強するんですよ。場所 が解らなくなってしまうからあの人達のために壊さないんですよ」 「なるほど、少しは勉強でもするか」  蘇我くんはおおいに納得して帰った。  先生は宿直室でウンコがかかったドテラをバケツに入れていたが中に綿が入っていた ので固くなってしまった。赤いセロハンはゴミ箱に捨ててあった。

壱0の記(プールを借りに行く)


凡そ采女は容姿端麗な者を貢上せよ                  孝徳天皇記


 笹口小学校は体育館も半分しか作ってもらえず、プールも建設されていなかった。「 租庸調」が足りず中央からは冷遇されていた。改心の情はなく隣国の学校と堂々と付き 合っていた。独特の教育方針を有しており都落ちした教員が集まる習わしになっている。 従って都からは冷遇されていた。施設も幼稚園以下の有り様だった。給食でも腐ったウ ドンを押しつけられ全員が検便を実施されクラスで四人の赤痢患者を出した。口を開け て四つんばいになりガラスの棒を肛門に突っ込まれアナルに目覚めてしまった。金くん は二人分食べたのになんともなかった。

 プールがないので夏の体育は退屈だった。海は川を渡らなければ行けない。そこで交

をかねて「沼垂小学校」へプールを借りに行く事にした。このように施設がないと武邑 先生は子供を連れてまわりの学校のを使いに行った。 「他校との交流は大事だ」  武邑先生はプールのないことを逆手に取っていた。地域校との交流が広がるというわ けだ。体育の授業になると栗ノ木川の土手を歩いて沼垂小学校に向かう。沼垂の上級生 が明日香ちゃんに教室から手を振っている。明日香ちゃんはまた他校の子からラブレター をもらった。沼垂小学校では蘇我くんの姿を見つけるとさっそく沼垂の番長大友くんが 挨拶に来た。蘇我くんの睨みは回復しこの地にまで及んでいた。合同の児童会があるの で明日香ちゃんも沼垂の校内事情を知り尽くしていた。当然児童会役員を含めて彼らは 大歓迎である。   女の子の身体付きを真面目な顔で見ている。驚いた事にクラスで目立たない子が胸と か腰とか特に大きかった。沼垂校の番長グループまで用もないのにプールの際に集まっ て来ている。指を差してなにやらニタニタしている。女の子の着替えになると全員が消 えた。金くんは「おかしい、なにかある」と感じた。  金くんが彼らをつけると更衣室の隣の部屋に入っていく。グループは一人ずつシャワー 室の隣の教官室に入っていく。教師は直接教務室で着替えて来るので部屋は使われてい る形跡がない。コンクリートの床でバケツやホースが投げ込まれていた。ベニヤ板にあ ちこち穴が空いていた。普段はポスターやタオルで穴を隠している。 「おい、明日香ちゃんは生えてたか?」  壁に目を押しつけている男に順番を待って話しかけた。「百女ちゃんは生えてたぞ」 「今、脱ぐんだ、黙ってろ!」  どうやら穴の向こうでは明日香ちゃんが水着を脱いだらしい。  バターン!  金くんはその瞬間、中に踏み込んだ。  ベニヤ板に顔をあてている者は驚いて飛び上がった。  後ろで待機していた賢い者はもう部屋を飛び出して五十メートルも逃げている。  金くんがつかつかと壁に血相を変えて近づく。武勇を熟知している筑紫参謀があわて て膝をついて止めた。番長が震えて奥から現れ頭を下げる。現行犯ではいたしかたない。  一同コウベを垂れて沙汰を待った。 「おれにも見せろ!ずるいぞ!自分たちばっかり見てるなんて」  キョトンとしている番長を脇にどかせて穴に目を当ててあっちこっち移動する。「明 日香ちゃんはどこから見える?」  白いお尻が並んでいてどれがどれだか解らない。

 沼垂の番長と不始末について話し会いが始まった。笹口薬師堂が会見の場所だ。金く んが設定したのだが蘇我くんも頭をかきながら立場上現れた。境内に名だたる沼垂三人 集が石畳に伏している。 「いつからのぞいていたんだ?」  金くんが薬師堂の階段に座りウヤウヤしく諮問を始める。まずみんなが百円ずつすで に差し出す。 「もうずっと前からです、先輩から受け継がれています」 「それは問題だナ」 「せっかく苦労して守ってきたポイントだから壊さないでくれないか、そのかわりそっ ちのも見せてもらうかわりにこっちのも見せてヤルから!」  ニキビの大友くんは譲歩案を提案してきた。金くんがニヤリと笑う。 「だめだ、提案はこっちから出す」  番長が唾を飲んだ。「月に雁」の記念切手も念のために持って来ている。蘇我くん用 である。上納金の値上げはまずい。 「こっちは六年だったからそっちも六年生のを見せてくれないか」  どうする?と敵は隅に集まり緊急鼎談になった。 「三年生までにしてくれないか」 「だめだ、六年だ」  大友くんと参謀は苦痛の表情を見せた。 「そのかわり沢田芹華という子のだけは見ないでくれ」  番長は必死だ。沼垂番長の女の裸体が見られることは管理者として恥ずかしい事だ。 俺も俺もと女の子の名前を上げはじめた。 「そっちは?」 「百女ちゃんだ!」  ヒューという口笛が聞こえてきた。 「金くん、明日香ちゃんも入れてもらえよ」 「タットーが自分で云えよ」  蘇我くんは照れくさそうにしている。 「わかった、百女ちゃんと明日香ちゃんだな」  相手の怪しく目が光った。こちらの目も怪しく光った。会見は終わった。沼垂はいそ いそと今月分の上納金をおいて引き上げた。 「黙ってりゃ、見てもわからない・・・」  それはそうだと蘇我くんは思った。 「うん、沢田と関と上野だ。これが狙いだ」  金くんは暗記していた。後日記録係りの筑紫くんから女の子の詳細な発育データを奪 い取った。その後同じ校区の女の子がどこへ進学しようと新しく生まれないのでのちの ち基本資料となった。

 その後よく放課後、リヤカーで引いて沼垂小学校にかよった。途中のゴミ捨て場のチェ ックも厳しかった。あんまりいいものは落ちていないが時々掘出物があった。沼垂小学 校は一番いいプールを持っていた。水泳大会が狙い目だった。町中の女の子の裸を確認 していた。通常はお目にかかれない西国の女の子も大会に出場していたからだ。当日は いつの間にかベニアの小穴が増えている。諸国容姿端麗な者を吟味していた。 「一年はだめだ、生えてない。やっぱり三年以上じゃないとだめだ!タットーおれの睨 んだ通りだろう」  番長指名の芹華ちゃんの身体はスリムで出ているところは出ていて感心した。笹口薬 師堂も見に来ていたような気がした。確か大友番長が連れてきた。 「番長はいい目をしているよ。やっぱり一番かわいい女だ」 「ウン、金くん、かわいい子ってどこにでもいるもんだなあ」  二人は目を閉じて野原で芹を摘むように着替えをする芹華ちゃんの姿を思い浮かべて いた。着替えの方法にもいろいろあってかわいい子はどこか他人の視線を意識した脱ぎ 方を知っている。同性にも膝を割らず七草を摘む。髪から流れる滴が素直にまっすぐ地 面に落ちて来ないことを知った。水滴は肩で一息ついて胸にからみ蛇行し下肢に沈んだ。 ひととき戯れやがて腰ではねてやっと水滴はポタリと床に落ちる。蘇我くんはため息を つき頭をガクンとベニヤ板の前で垂らす。  今さらながら沼垂大友番長に統治をまかせていてよかったと思う。着替えが終わって 下校する女子の間をリヤカーを引きながら金くんと蘇我くんは家路を急ぐ。濡れて夏草 の香りのする髪をぼんやりと眺めながら。一番前の集団に追いついた。二人組の男の子 が何か声をかけて馬鹿にして過ぎ去る。リヤカーの車輪が前を歩く芹華ちゃんのスカー トのすそに触れた。少し足を引きづって歩いている。小児マヒでこうなったのだ。リズ ムがくずれて立ち止まった。友達も前で立ち止まっている。 「ごめんなさい、ぶつかっちゃった?」  金くんは通りすがりに顔を見て声をかけた。予定通りとはいえ妙に照れくさい。 「ごめんなさい、わたし足が悪くて・・・」 「大友くんとは帰らないの?」 「方向が違うから・・・」 「じゃあ、ぼくたちと一緒に帰ろう。いじめられているのに大友くんはおかしいな」  金くんは同情している。蘇我くんはチラッと芹華ちゃんを見てふたたび錆びたリヤカー に目をやった。戦利品を運びすぎてタイヤがツルツルだ。 「近くで見ると汚いのね。いつも栗ノ木橋を渡っているわね。タットーってどっち?」 「知ってるの?」 「大友くんがいつもうわさして真似してるわ。青い半ズボンを履いているわ。タットーっ て喧嘩が強いんだって?わたしもタットーにいじめて欲しい人がいるの」 「タットーは悪名高いな、タットーはいつも君を見ているからいじめっ子と喧嘩してご らん、絶対に負けないよ、タットーは芹華ちゃんに恋をしているはずだ」  電柱で待ち伏せしていたさっきの二人がギョッとして走り去る。金くんは上機嫌だ。 「本当にそうだわ、あなたがタットーね、青い腕輪をしているわ」 「タットーは君のリヤカーを引いているよ」  蘇我くんは黙ってリヤカーを引いている。Tシャツの背中で蒼い龍が吠えていた。土 手まで来ると芹華ちゃんはリヤカーを降りた。目が潤んでいた。川床に杭を打ち込んで 板を渡して作ったトタン屋根の建物だ。川でアヒルを飼っている。いつも金くんの父親 が定期的に新聞紙を出してもらう家だった。アヒルがヨチヨチと川に飛び込んで上手に 泳いだ。オニヤンマが空を飛んでいる。芹華ちゃんはいつまでも手を振っている。

 ある日笹口校の登校時。 「明日香ちゃん水着着て来た?」  明日香ちゃんに話しかけた。金くんは朝プールの授業がある日は沼垂にさっさと登校 している。 「着て来たってどうせ着替えるもん。帰りは濡れているから脱いでいるよ。百女ちゃん は暑いって云って着て来ないけど・・・」  半分だけでもなんとかしておきたかった。二回の御開帳はつらい。みんなの楽しみを 自分の都合で壊すわけにいかないし複雑だった。スカートめくりで蘇我くんは必ずプー ルを借りにいく時は明日香ちゃんのをまくる。明日香ちゃんは相変わらずじっと身を固 くして動かなかった。ちゃんと紺色の水着をちゃんと着込んでいる。  学級会で蘇我くんはスカートまくりで女の子に吊るしあげをくっている。絶対にまく られない未来ちゃんが執拗に攻撃してくるのだ。未来ちゃんは褐色の肌をしたスポーツ 好きの子だがときどき履くのを忘れて来るので遠慮していたのだ。最初に見てしまった 金くんは知らぬ存ぜぬを決め込んでいる。鉛筆を鼻の下に挟んで頭を揺すって遊んでい る。困っている蘇我くんを見かねた百女ちゃんが議題を変えた。ほっとして百女ちゃん を見るとパチンとウィンクした。 「プールをつくることを議題として提案します」  明日香ちゃんはさっさとその議題に乗り換えた。 「じゃあ、議論も煮詰まりましたので新しい議題に移ります」  吊るしあげがやっと終わった。 「賛成!」  蘇我くんは元気になった。みんなは反対の理由がない。 「プールなんてイラネエよ!」  金くんはふてぶてしく机を叩いた。全員がびっくりしている。一番プールで騒いでい るからだ。 「異議有り!ちゃんと手を上げて発言して下さい。ヤジは民主主義に反します。金くん だってスカートまくりをやっています!」  金くんはシュンとなった。やっぱり黙っていればよかった。 「身内の裸見たってしょうがないや。明日香ちゃんなんかペチャパイだもん」  当然の事ながら発言の意味がわからず女子は全員首をひねった。 「なによ!どうせ百女ちゃんより小さいわよ!」  普段から気にしていたので明日香ちゃんは思わず叫んでしまった。  武邑先生は身体の具合が悪く椅子に横になり漢方のお茶を飲んでいた。教員会議でプー ル建設を進言しようと思っていたので進展を見守っていた。そのためにはぜひ児童会が まとまる必要があった。プール建設は可決された。覗きを知っている金くんは一生懸命 女の子を口説いて反対署名を集めたがうまくいかなかった。 「沼垂が見に来たらどうする?」 「金取ろうよ」  平然と蘇我くんは答えた。金くんは自分の方が商才はあると思っていたので感心した。 「うまい具合に先生の更衣室を隣につけてくれないかな」 「どこの学校も必ず覗けるようになってるよ。先生が作るんだから」  さらに金くんは感心する次第であった。

壱壱の記(夏休み日記の構造)


斉明天皇七年六月、伊勢王死ぬ 天智天皇七年六月、伊勢王死ぬ           日本書紀 重  出


タケルは伯母から草薙の剣をさずけられ熱田社に置いた     日本書紀景行天皇記 天武は草薙の剣を尾張国熱田社に置いた            日本書紀天武天皇記


全国の風土記を没収し日本書紀だけ残した           日本書紀持統天皇記


蝦夷は「天皇記」「国記」を焼いて自宅に火をつけて死んだ   日本書紀孝徳天皇記


 夏休み日記には困った。最近の一週間の事は何とか思い出して書いたのだがその前の 三週間のことはさっぱり思い出せない。苦肉の策で一週間の思い出を分解して昔の話と して書いた。  八月二五日、プールへ明日香ちゃんと行ったのを八月一0日にもプールに行ったこと にした。母と八月二六日博物園に行ったときの記述は八月一日にも父と博物館の下見に 行った事にした。  金花郎くんもある日悩みぬいた顔で現れ一日分も書いてないと言っていた。 「蘇我君はどうしたの?」  蘇我くんの出来上がっていた日記を一目見てニヤリと笑った. 「なるほど、蘇我君、ところで八月一日だがな、博物館は休館日でやってなかったぜ。 博物館に行ったのは一0日って云ってたじゃないか。あんな退屈な所、蘇我君が二回も 行くわけねえ、ウウン、なるほど、増やしたってわけだ」  さらに蘇我君の日記は一日の内容を三0日分に増やしていた。朝、起きて六時にラジ オ体操に行き、朝飯を食べて、海に行って、明日香ちゃんのところでムダ話しをして、 そのあと蘇我君の家に遊びに来て、夕方金くんの父のリヤカーの後押しをして手伝い。  あったことをきっちり三十日分に増やしていた。

八月一日  暮れになくはずのアブラセミが朝から日差しをうけてないています。ラジオ体操には  蘇我君と明日香ちゃんが来ていました。朝早く体操をするとその日は一日中気分がい  いのです。教頭先生は体を動かすことは大切だと言っています・・・云々。 八月二日  久しぶりにお父さんのつくってくれた朝ご飯は大変おいしいです。お父さんはいつも  ぼくの健康のことを考えてくれています。朝飯にはメザシとオカラがおかずに出てき  ました。食事のことではお父さんに感謝しています。食事の時はよくかむように教頭  先生が言っていました・・・云々。 八月三日  野にはたくさんの野草が茂っています。今日は晴れていたので海へ行きました。その  砂丘にもマツバボタンが生えていました。海で蘇我君にあいました。空には入道雲が  出ていました。その雲は毎日お世話になっている教頭先生の顔に似ていて、夏休みも  ぼくたちのことを空で見守ってくれているような気がしました・・・云々。 八月四日  学校の宿題を教えてもらおうと、今日は級友の明日香ちゃんのところへ行こうと思っ  いました。宿題のうちあわせをするためです。明日香ちゃんはかわいいので人気があ  ります。小川でアメンボが川面を滑っていました。途中、蘇我くんにあって遊びにさ  そわれ着いたのはお昼過ぎになってしまいまし た。蘇我くんはいつも遊んでいるよ  うで真っ黒でした。朝の涼しいうちに勉強しろと教頭先生は言ってましたが本当にそ  うです・・・云々。

・・・

八月三一日  丸でなにもしないうちに夏休みが終わってしまいました。海に行ったらまだ蘇我くん  がいました。お盆を過ぎるとクラゲが出ると教頭先生が言っていたので海のそうじを  して帰りました。明日は教頭先生にあえるの で、今から楽しみです。真っ黒になっ  たぼくを見ていただきたいと思います・・・云々。

 数日の出来事がワカメを水につけたようにひろがって三0日分になっているのだ。足 りない部分は植物図鑑と昆虫図鑑からぬいた固有名詞が夏の日を再現した。回収した古 本を壁かわりにしている金くんの父親が編纂に参加しているとしか思えなかった。蘇我 くんは金くんの書いたものを日付を逆に書いておいた。金くんの父親が草花や昆虫を入 れてくれたおかげで完全に蘇我くんのものとは別物になった。  夏休みの最後の日「子供郵便局長」の職権を最大限に悪用して級友薬師堂に呼びだし た。自分と一緒に遊んだところはカットするように指示した。事実が食い違うと天敵教 頭先生に捏造がバレるからである。金くんの日記を越国コンクールに出すと決まった。 教頭先生が推薦した。蘇我くんは質問に行くふりをして自分の「夏休み日記」を教務室 の机の上から持ちだし焼いておいた。金くんは商品の鳩時計を欲しがっていた。金くん の日記は好評でその後分厚い作文集に掲載され越国の学校の図書館に収容された。明日 香ちゃんはその日記を読んでたちまちにしてウソを見破った。 「朝寝坊で一度もラジオ体操に来なかったじゃない。それに家に来たのは蘇我くんじゃ ないの、蘇我くんの日記を写しているわ」  秋になってから文集になった金くんの「夏休み」を図書館で読んでいた。少女は夕焼 けに照らされて深いため息をついた。こんな豪華な本だとは思わなかった。何年も図書 館に残りそうである。 「天堂教頭先生のことばかり書いてあるのよ、あんなに嫌っていたくせに。金くんは絶 対尊敬していないと思うんだけど、尊敬、尊敬ってあるから尊敬してないのよ」 「ほめなきゃ載らないじゃん」  明日香ちゃんは陰鬱な表情をしばし蘇我くんに向けていた。 「本当の夏休みの事は僕たちが知っているからいいじゃないか。明日香ちゃんのことも 悪く書いてないし、かわいいって書きすぎてるからまた他の小学校から見に来るよ。ぼ くだけがいつも遊んでいるようなこと書いてるんだ。絶対文句をいわないことを知って いるから悪人にしているのさ。男同士の友情から悪人になってやるよ」 「男同士?」 「そう」  明日香ちゃんは感心した。蘇我くんの日記は武邑先生を絶対と仰いでいた。日記にも 多く登場する。金くんはどうしてこんなに教頭先生のことをたくさん書いているんだろ う。「教頭先生」を「武邑先生」に読み変えてみて御覧、と云うと明日香ちゃんは目を 輝かせていた。 「教頭先生が嫌いな武邑先生の事を書き残すためだよ」 「それならわかるわ」  聡明な明日香ちゃんも一部解らないところがあったのだ。金くんはぬかりなく商品の 鳩時計を明日香ちゃんにプレゼントした。金くん父子はこの学校とうまくやっていくし かないのだ。付属小学校の国語の先生が作文の授業を見学に来た。掲載された作文を見 て興味を持ったのだ。照子先生は原稿用紙を一枚ずつしかくれないけれど毎回重そうに 一〆ドカンと教卓においていくらでも使っていいと云ったらおおいにショックを受けて いた。金くんは帳面を買えなかったからこの機会にたくさんの原稿用紙をものにして一 時間に二0枚も使った。  優勝を公立に奪われたその教師は上機嫌の教頭先生に他の児童の夏休み日記も読ませ てもらっていた。その丸眼鏡の青年教師は明日香ちゃんに色目ばっかり使い蘇我くんは 気が気でなかった。視聴覚室で二人でコソコソ話していた。机には全員の日記がおいて あり子供の夏休みを復元していた。直前に書き直された級友の訂正も復活させてみた。 それによると金くんはいつもアヒル小屋とプールとゴミ捨て場で目撃されている。明日 香ちゃんのものが信頼性が高いので役にたった。  金くんの日記には次の言葉が伏字として隠されていた。

 ぼくのがっこうのきょ/うとうせんせいはころし/たいくらいひどいひとです/。   暮久野学都子雨野気四 羽渡有千 世意歯小路子 多胃九来異火土井人戸出素 丸

 三0字が一日の最初に一字ずつ入っている。成績から明日香ちゃんの仕業だと疑って いる。そのことを付属の先生から聞かされて明日香ちゃんは震えていた。上機嫌の教頭 にはそのことは知らせてないと云った。 「ところで明日香ちゃんは付属中学を受けませんか?この成績なら大丈夫だよ」 「蘇我くんと一緒なら・・・」 「エッ、それは誰、好きな子なの?ここにはその子の日記はないね!」  ハッとしていて作文をめくっている。 「わたしは知りません」

 聡明な教師は原典蘇我記に近づいた。しかしここまでだった。

 付属中学の先生はしつこく読みたがっていたけれど「蘇我くんの日記は失くした」と 教頭が誤った。 「気にしなくていいよ、誰にも間違いはあるよ、先生にだって」  めずらしく頭を撫でて握手し微笑んだ。  自分はやはりみんなに尊敬されているのだ・・・

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壱弐の記(いっちゃんいい子か悪い子か?)


推古はお隠れになる時、山背と田村に次は貴方がやればといった                               日本書紀推古天皇記


貧しい者は訴えても水を石に投げるが如く受け入れられない   日本書紀推古天皇記


 はさ木に稲が干されて実りの秋を迎えている。  収穫の秋を迎えている。丹精こめて育てた稲を鎌で刈っている。照子先生はパーマを 初めてかけた。大学を出てきたばかりのショートカットで蘇我くん達のお姉さんみたい だった。隣の二組をいきなり大抜擢で受け持っていた。それが明るい洋服を着るように なった。張りのあるバストとお尻には人気があった。もちろん独身教員にだ。  しかし顔は憂欝そうである。演劇少女だった先生は成績は悪いけれどイキイキとして いる一組が不気味だった。国体用の鼓笛隊チームも編成されたのは「体育と音楽」がで きる者という条件で蘇我くんと金くんだった。市内の小学生と蘇我くん達は不定期に練 習で集まり「笹口小学校」以外の空気を吸って大いに成長している。ランドセルに長い 太鼓用のバチをのぞかせて登校していた。明日香ちゃんの絵は展覧会の常連だし金くん は作文が得意だった。蘇我くんは郵便局の局長のせがれをだましてまきあげた切手を展 覧会に出品し堂々入賞し明日香ちゃんの絵とともに町のデパートに飾られた。ついに学 校から外の世界にメジャー・デビューを果たしている。ビー玉も常勝で町の子のを全部 巻き上げていた。  蘇我くんや金くんは勉強はしないがプリントは得意になっていた。早くやってしまい すぐ採点させる。ゲームのつもりだ。明日香ちゃんに代表される満点グループもまた一 組の仲間にいたのだ。すでに明日香ちゃんは付属中学受験を許されていたし武邑先生率 いる迫力のある一組をなんとかする必要があった。「学校創設九0周年の催し」で「演 劇」をやることになった。陣頭指揮もちろん「芸術」を専攻していた照子先生だった。 一組に一矢を報いたい思いであった。


少年を集めて伎楽の舞いを習わせた                  推古天皇記


 劇の構想はこうである。主人公いっちゃんは三輪車で現れいろんな場面に反応する。 陪審員はその行動が正しかったらマル、間違いだったらバツの札を出して理由を説明す る。その陪審員は舞台の後ろに三列で並び役名は「その他多数」、主役の「いっちゃん」 を取らないとまったく目立たない。いっちゃんは陪審員がマルを出すといばり、間違い だと「へへへ」と反省の弁を述べるのである。理由は裁判官役が聞く。  先生は、公平を期すために一組のオーディションを音楽室で行うことにした。一組か ら選ばれて音楽室に呼び出されたのは蘇我くんと金くんと五人組。自分のクラスからは 中藤くんとピエロが選ばれていた。先生は自分のタイプの子を選んだわけだ。音楽と体 育では当然二人が出てくる。蘇我くんは先生が好きなので当日はおしゃれして行った。 金くんはランニングシャツしか持っていないからそのまま来た。寒いと廃品回収したジャ ンパーを羽織っているだけだ。用意された衣装を着てセリフを喋り踊るのだ。会議用の 長椅子に座って一人ずつ先生の目の前でパンツ一枚で着替える。結局、番くるわせで遅 れてきた「金くん」が合格した。蘇我くんは明日香ちゃんに会わせる顔がなかった。声 の大きさにこだわっていたが中藤本命なので理由が解らない。 「タットーは落ちちゃったの?中藤くんが当然選ばれると思っていたけど」 「だって、金くんのパンツは黄色いからそれがよかったんだよ」  金くんはパンツが汚れていたので全部脱いで着替えをしていたのだ。蘇我くんは照子 先生が注意深く中身を見ていた事に気がついた。

 式典の二日前、照子先生は校長室に呼ばれた。教頭とPTA会長が来ていた。 「朝鮮の子供に主役をやるのはどうかと思う。当日は町の実力者が全員そろうから」  最初からそのつもりでした、と了解した。一生懸命、セリフを覚えていた金くんは主 役の交代を前日告げられた。明日香ちゃんは主役交代劇を聞いて「ひどい」と目をはら した。しばらく遊びに出て来なかった。ある日「このまま学校にいてもいいのか」と武 邑先生に相談に云った。先生はウワサを否定しなかった。 「東京には内申書とか成績とか国籍とかそんなことではなくて金くんを入学させてくれ る学校が絶対あるからそこに入るんだ。内申書は参考程度とはっきり入試要項というの に書くてある学校が出来ている。安心してそれを信じて自分の好きなことをやれ」  武邑先生はそう云って苦しそうに目を細めた。 「大学なんておれは行けない、成績がよくても多分だめだ。タットーは大学行くのか?」 「・・・」  まだ自分は小学生だしあと中学もあって高校もある。そんな先の話をしてもチンプン カンプンだ。  栗ノ木川の土手を二人は歩いている。「いっちゃん」が顎を突き出して得意そうに自 転車をこいで上手から現れた。「爺や」が演技の指導をしている。空には鳶が飛んでい る。対岸の芹華ちゃんの話ではオーディションの前から大声の練習を土手でしていたそ うだ。 「明日から学校に来いよ。中藤くんも一生懸命やってるよ。あいつ、金持ちで自転車新 しく買ったんだって、金くんがはずされたのはあの三輪車さ、拾ってきたやつだろう、 キーキーいうんだもん、舞台じゃおかしいよ」 「うん、はずされたのは三輪車のせいだな、おれが朝鮮人だからじゃないよな」 「ひいきだから、必ず、しかえしする」  蘇我くんの目が冷たく光った。「いっちゃん」を中藤くんに交代し大いに怒っている。 何かをやるのは必然であった。  セリフのない蘇我くんと金くんに照子先生は「木の役」と「石の役」を強要したが二 人は断り後ろの段の一番後方に立った。明日香ちゃんも役には悩んでいた。衣装は次の 文化祭主役の「夕鶴」より薄いと云っていた。  色々な場面で全員一致の評決が繰り返され、民主主義を考えさせるいい劇だと父兄は 手に汗をにぎり陶酔の面持である。自分の子供が舞台に出づっぱりなのが特にいい。全 校生徒、教職員、父兄、来賓が見守っている。  ツバメに扮した烏をいっちゃんが棒でいじめている。蘇我家臣の烏を思いきりムチで 叩いている。一組は叩かれ役が多い。烏は目に涙を浮かべじっと耐えている。 「いっちゃん、いい子か悪い子か?」 「悪い子!」  全員バツの評決だ。いっちゃんは頭を掻いている。 「ヘヘヘ、ぼくは悪い子だからあやまります。だからみなさんもツバメをいじめるのは やめましょう、害虫を食べるのでお百姓さんも助かっています」   舞台中央でますます得意顔だ。長い顎を突き出している。こんなことをもう十回もやっ ている。つけたしつけたし、もうすぐ憲法十七条になるほどだ。 「ツバメにどうやってあやまるんだ」  蘇我くんが退屈そうに欠伸して腕をグルグル回し始めた。中藤くんは油汗をかきいや な予感がしている。でもセリフはセリフだ。舞台から逃げるわけにもいかない。自分は 主役なのだ。  次に下手からイザリの仙人が現れた。ミカン箱に乗って中央で立ち止まる。白い浴衣 を素肌に纏った明日香ちゃんだ。赤い帯が妙に色っぽい。貴賓席は身を乗りだした。金 くん製作のトロッコに乗って恥ずかしそうだ。今度は猿が一生懸命引いている。強い照 明で裸身が浮かぶ。どうやら先生は役に忠実に下着をつけさせなかったようだ。舞台の 袖でサクランボの模様が透けていると選挙の仕返しで下履きを脱がせていた。 「わたしは道のほとりに臥した飢えた者です、なにか、おめぐみを?」  いっちゃんに問いかけた。いっちゃんがお年玉袋を高々とさし上げる。 「ぼくは、もらったお年玉をあげます」 「いっちゃんいい子が悪い子か?」  蘇我くん達三十人のセリフが場内に響く。みんながマルの札を上げて場内に見せる。 「どうして、いい子なの?」  手を上げて百女ちゃんが一人でセリフを喋る。 「はい、かわいそうな人にめぐむのはいいことです」 「どうして、いい子なの?」 「はい、いっちゃんは貰ったお年玉を全部あげたからです」  多数決の原理だから陪審員は理由も云わねばならない。 「悪い子だよナア・・・」  案の定、金くんである。札をバツにひっくりかえす。 「どうして、いい子なの?」  百女ちゃんは次のセリフがないので困っている。 「悪い子だっていってるじゃないか。冬は寒いんだ!ジャンパーもやりなよ、中藤くん はいっぱい持ってるじゃないか!腹も減ってるんだよ!」 「そうだよな、おれもバツにするゾ!」  蘇我くんも本当にそうだと思った。裁判官はセリフが続かなくなった。ここは教えら れた通り云うしかない。 「全員一致でいっちゃん、いい子!」  いっちゃんは例の顎を突き出して得意そうな顔をする。 「全員一致じゃないぞ!」 「そうだよな・・・タットーが反対ならオレも悪い子だ!」

 早くも裏切りが聞こえる。

 場内から笑い声がこぼれる。貴賓席の照子先生は青ざめてシナリオを眺めている。子 供達はマルとバツの出し方にそろそろあきていた。 「ぼくはお年玉をあげて褒められました!これからも施しをしようと思います!」 「褒めてないゾ!」 「そうだよ、お前はケチで悪い子だ!」 「明日香ちゃんに服も貸してやれ、浴衣じゃ寒いぞ!」 「ケチ!PTA!事は独断するな!」  金くんが叫んだら学校の最後の砦、貴賓席からも笑い声が上がった。

 二人はギリギリまでおとなしくしていることが民主主義だと確信した。儀式をつつま しくやらせないことだ。法廷にはカメラを入れ議会から進行表を奪え。 「教員を長くやっていますけど今日の劇が一番、感動しました」  武邑先生は照子先生に駆け寄り肩をたたいた。当然皮肉だと判断した照子先生は泣き やまなかった。夜まで教頭室で慰められていた。蘇我くんが照子先生に雷を落とされた のは云うまでもない。まったく口を聞いてくれずプン!と横を向いた。


池の水が藍の汁のようになった。死んだ虫が水を覆った。 大小の魚が臭ったのは、夏に腐って死んだのと同じだった。 だから食用にはならなかった                     皇極天皇記


 照子先生は次の文化祭にすべてをかけた。独身なので熱心に放課後遅くまで音楽室に 残っている。「お医者さんごっこ」の秘密の場所が占拠された。すでにアタリをつけて いた女の子を治療と錯覚させ連れ込もうとすると必ず先生が原稿に向かっている。文化 祭に向けて「いっちゃんいい子か悪い子か(大改訂版)」と「夕鶴(明日香ちゃん用)」 を書いていたのだ。一度棒をつっこもうしている時に入ってきた照子先生に見つかって 金くんと蘇我くんは思いきりお尻を何度も叩かれた。その後、難解なる「シェークスピ ア演劇理論」の他に「性徴」についての本をため息をついて読んでいた。教師としては とめるべきであるが男子の母親なら放置が望ましい、娘の父親ならその男の子を待ち伏 せして尻をひっぱたくという結論に達した。その日も次の日も秘密の部屋には先生が明 かりをつけて残っていた。  また「お医者さんごっこ」が見つかるとひどい目にあうので、患者の予約をとる前に 薬師堂の猿滑に登ることにした。そこからは音楽室の中がよく見えるのである。案の定 今日も照子先生は残業をしている。前年、妻を失った孤独で聡明な教頭先生が今日も入っ て来た。儒教の教えに従って育てられた照子先生は指を入れただけで結婚を決めると判 断していた。教頭先生が老後の楽しみで選んだ相手は新卒の未通女、照子先生であった。 一言二言交わしている。そのうち原稿が宙を舞い部屋でカケッコが始まった。そのうち 窓際で後ろから抱きつかれ諄諄と説得された照子先生はブラウスをたくし上げられた。 苦痛に満ちた顔をガラスに押しつける。うつろな目付きで遠くの木の少年を確認してい た。 (ああ・・・蘇我くんに見られている)  照子先生はブラウスの下から胸を揉まれていた。木綿のブラジャーから乳房がこぼれ ている。助けに行こうと思ったがプン!と嫌われているので見学していた。

 金くんに棒をつっこまれたと町の娘の親があいついで学校に乗り込んできた。町の不 良の手によるものも少女達は全部、親に「金くんの棒」と申告していた。金くんはもち ろん全部の容疑を認めちゃっかり後から少女を訪れ大人の誤解を事実に訂正しておいた。 二人は階下の下級生の部屋まで狩にでかけていた。金くんと蘇我くんの「お医者さんごっ こ」は気持ちがいいので評判がよかった。ある日、「おお、もう生えてるゾ」と二人で 観察していると照子先生に踏み込まれた。お尻のピンタを覚悟する。むき出しになった 少女の下腹部をフウンと見ただけで「棒を入れちゃあだめよ、お胸は叩いちゃダメ!」 とそのまま出て行った。ヒントを与えられた蘇我くんは少女の胸を触ってみた・・・微 かに膨らみをもっている。 「すげえ、ハレてるぞ、タットーには照子先生は最近優しいな。絶対文句を云わない」  金くんに問いつめられた。渡辺先生暴行事件について、断固として口を割らなかった。 先生は少しやつれている。やり方はともかくの躰の神経が起こされ女っぽくなっている。 廊下で教頭先生に話しかけられても答えない。相手は手紙攻撃に出ていた。破られたラ ブレターは金くんが懸命に復元している。先生は下校時薬師堂のゴミ箱に捨てていた。 町内のゴミ箱は金くんの縄張りである。「最初の出逢いから貴女を愛し候」から始まっ て「不肖小生に任せれば付属中学への転出可能ならん」で手に入らなくなった。先生が 開封を始めたからだ。学校の中では教頭と組んでいた方がやりやすかった。  照子先生が待合茶屋への呼び出しに応じ最後のものを与えた。転勤だけを願ったが許 されなかった。教頭先生は酒を与えて潤さずついに腕をまくった。乾いた薪を台に寝せ てナタで割いたが二つに裂けずやがてナタを抜いた。刃の入った薪を明るい所でかざし 裂け目を探り両手で力まかせに開いた。薪はにぶい音を立ててささくれて二つに割れた。 照子先生は挟まれて高まらず悔しさで声をあげずに全裸で泣いている。

 蘇我くんのグループは先生がやがて結婚することを全員知っていた。朝の朝礼で教頭 先生がその発表をした時、独身教師は全員失望の悲鳴を上げた。ある放課後、結婚した 照子先生のところへ明日香ちゃんに引っ張られてクラスからのお祝いを持って行った。 鐙にあるその家は木造の二階建てで立派な庭をもっていた。照子先生は嬉しそうだった。 先生は久しぶりで蘇我くんに話しかけた。庭の葡萄棚の下で呼び止めたのである。明日 香ちゃんは中に入れて自分はこっそり外で手を延ばして葡萄を食べていた。若葉色と深 紫色の葡萄を次から次へと食べ較べていたのだ。  蘇我くんはギョッとしている。 「あなた、猿滑で先生のこと見たでしょ、どうして云わなかったの?それとも誰かに云っ た?」 「先生が好きだから誰にも云ってないよ」 「ほんとうに・・・」  安堵のため息をついている。 「何か目的があるんでしょ、どうして欲しいの?先生をもういじめないでね」  漢字書取テストのヤマまでは譲歩していた。 「お医者さんごっこを先生としたいんだ。先生のが見たいんだ。教頭先生と同じように ・・・」  目を丸くしてあたりに人がいないことを確認した。 「・・・先生は恥ずかしいよ」 「じゃあ、取引はなしだ、教頭先生の手紙も持ってるよ」  顔色が蒼い。 「よーし、黙っててくれたから信じるわ、先生が見せたら教頭先生とのことは死ぬまで 誰にも云わないって約束できる?」 「わかったよ」

 蘇我くんは教頭先生が出張でいない日曜日さっそうと照子先生のところへ行った。家 の池の水が水垢で青黒く汚れていて金魚がアップアップしていた。  照子先生はその日なぜか緊張して昼から風呂に入り身体を清めた。躰の隅々まで洗っ た。夫のためにもそんなことをしたことがない。タンスの前で緊張していたが結局小林 デパートで買ったブルーのパンティを履いた。蘇我くんが青が好きというのを聞いたこ とがあるからだ。蘇我先生の往診はすぐだった。ひょっこり玄関に現れた。 「ズボンを脱いで見なさい、男の子から見せるのよ。いやだったらいいわよ、その代わ り先生のもなしよ」  先制攻撃だ。あっさりと蘇我くんが下着を脱いだので驚いた。先生はとっかえひっか え「へえ、こうなってるの」と観察した。やがて蘇我くんは大きくなってしまった。男 の兄弟のいない照子先生は興味をもっていた。 「へえ、もう、できるのね!」  先生は自分の番になって唾をゴクンと飲んだ。 「先生、はい、これ!」  教頭先生の恋文だった。見事にセロハンテープで復元している。煎餅のように厚くなっ てる。 「金くんが今度いじめたら教育委員会に出すっていうから取り返して来たよ」  照子先生はおもわず冷や汗が出た。「ビー玉をバケツ一杯と交換したんだ」 「あんなに大切にしていたのに、蘇我くんてやさしいのね」  先生は涙ぐんだ。お菓子でごまかして帰すわけにはいかない。 「はい、じゃあ、先生の番よ・・・どうすればいいの?」  立ち上がり「気をつけ」をしてはしゃいでいる。 「ここに横になってください」  先生はハイと云って明るく少女になりきっている。この雰囲気を回避するには明るさ しかないと思っていた。胸は期待と不安でドキドキしている。スカートをめくって白い 下履きに手をかけた。応接室のガラスが気になってしまう。 「ちょっ、ちょっと待って!」  照子先生はスリップ姿で足をむき出したままカーテンを引いた。 「先生のはボツボツしてておかしいよ」  横になった先生の足元までパンティを下ろしている。 「あら、そう、みんなとおなじよ」  股間を覗くと毛穴が見えている。ザラザラにすっかり剃られて秘部がむき出しであっ た。浮気を恐れた教頭先生に剃られている。 「みんなのと同じでしょ?」 「先生のはちょっと大きい」 「あら、わたしは蘇我くんのに調度いい大きさよ。それにここから子供が出てくるのよ」 「うそだ!こんなきたないところから」  自分の子供だったら絶対出来ない性教育だ。汚いと云われてさすがにムッとした。 「おしっこが出るのはここ・・・」  照子先生は指で広げている。何をやってるのかと目から火が出た。 「きたなくないでしょ!」 「うん」 「明日香ちゃんのも見たの?」  先生の目に炎がともった・・・ 「明日香ちゃんは金くんと一緒だとだめだって・・・」  蘇我くんはしたたかなウソをついた。 「上も見ていい?」 「オッパイも・・・?」 「そう」  結局、一糸纏わぬ姿になった・・・ 「胸はね叩くものじゃないの、そう・・・そう優しくするの。そこは赤ちゃんが吸うの 所よ」  止める間もなく懸命に吸っている。 「オッパイでないよ、大きくなってきたよ」  おっぱいを飲もうとしている。 「赤ちゃんが飲み易いように大きくなるのよ・・・」  声がうわづってきた。夫にもそんな愛撫をしてもらったことがなかった。ザラザラに なった所にハッカの入った軟膏を塗りこんでいる。虎の絵の書いて有る薬を怪我が多い ので持って歩いているのだ。ムズムズして先生はすっかり声がうわづってしまった。夫 では得られない深い逸楽の中にいた。いきなり「拳」を照子先生のものに押し込んだ。 「な、何をするの!」 「赤ちゃんが出てくるから入るはずだ!」  中年の柔らかいもので満たされなかった照子先生に中で何かが目覚めてしまった。ま ぐわいの基本を喋っていた。夫に恥ずかしく云えないことを説いていたのだ。日頃のう らみもかねているつもりのようだ。 「早く、大きくなって、蘇我くん、早く大人になってよ!もう他の子のを見てはだめよ、 先生のだけを見るのよ!わたしを知ってしまったわ」  口を固く結んで下肢を痙攣させている。 「そ、蘇我くーん!先生にも触らせなさい!」 「先生は友達だからみんなと同じにタットーと呼んでいいよ!」  先生は初めて許されたその名前を大きな声で叫んで果てた。

 先生は学校で蘇我くんとイチャイチャしている。蘇我くんと呼ばずタットーと呼んで いる。明日香ちゃんには厳しくなった。放課後になると用事を云いつけた。 「タットー!照子先生とナンかあったろう?」  あまりのしつこさについに告白した。 「で、どうなんだ?」 「先生のはぬくい」 「ぬくいのか、そうかぬくいのか・・・」  金くんはヌクイという日本の言葉を噛みしめた。後日、小枝棒の気持ちが初めてわかっ た。金くんは棒をやめて百女ちゃんで実践した。 「たしかにぬくい」 「金くんのも、ぬくいよ・・・」  百女ちゃんは感想を云った。

 金くんはリヤカーでの廃品回収であちこちの洗濯物を見学して歩いていた。 「お前、黄色いの、履いてるだろう」  廃品の他に町の娘の洗濯物も把握していた。娘を町で具体的に口説くものだから相手 も旧知の親しみを覚えてしまってその後の手間をはぶくことができた。やがて川を越え て西国の女も知ったが膿が出るようになっしまった。健康保険証を持たない金くんは学 校の保険室の患者になった。女性の生理用品の自動販売機設置をあれほど強行に主張し た保健婦もコンドームの販売機の設置まで進言するわけにはいかなかった。町の薬局で 昼間からコンドームを買った照子先生はしばらく薬局の主人にあとをつけられた。やが て性病科を出て来た金くんに渡したのでしばらく寝込んだ。治療で痛い目にあった金く んはある日叫んだ。先生は二人を大人として見ることにした。 「古町の高校生はだめだ!」  その後、先生は希望通り付属小学校に転勤した。照子先生は蘇我くんを扱いかねてい た。母でなし姉でなし教師でなし、さりとて恋人でなし。蘇我くんに先生からラブレター が届いた。新しい住所が隅に書いて有った。訪ねてよい日が書かれている。一人の男と して扱ってくれた。

壱参の記(沼垂・笹口合同軍)


中大皇子が皇極と九州に動いた。その後 畿内に帰れず有間皇子が天皇であった             日本書紀孝徳天皇記


軍衆はおびえて退いた。追撃して河の北で破った。 半数以上の首を斬った。屍骨は溢れるほど多数         日本書紀崇神天皇記


 中藤くんは金くんを放課後笹口薬師堂に呼出した。  金くんの書いていた「学級日誌」を読みにくいと破り捨てた。日本の字があまりうま くなかったのである。薬師堂には「中藤スーパー」で世話になっている中学生達も集まっ ていた。番長の坂田くんがチューインガムを噛んでいた。金くんは最初我慢していたが 庭の石像がロープでひき吊り出された時堪忍袋の尾を切った。 「こんなものどこから盗んできたんだ」 「お父さんが大切にしているんだ!」  中学生に蹴られても殴りかかっていった。

「たいへんよー!金くんが薬師堂に呼出されたの!」  明日香ちゃんがグランドに呼びに来た。  蘇我くんがかけつけた時は解散していた。教務室がかぎつけて先生が止めに入ったの だ。地蔵の首が割れていた。 「先に手を出したのはどっちだ!」  中藤くんが鼻血を出していたので教頭は激怒した。寄付が止まってしまう。 「金くんです」  教頭先生は金くんを睨みつけた。耳を教頭にひっぱられて視聴覚室に消えた。頬を紫 色にして出てきて泣きじゃくった。

 中藤くんの意を受けた中学番長の坂田くんが命令した。毎月一千円ずつ上納金、校区 外の沼垂郵便局に記念切手を買いに来ないこと、来たら大蔵省印刷局付きの所を差し出 すこと、町であったら帽子を取って頭を下げること、いずれも不服としてはねつけた。 返事を来週聞きに来るという。  挙兵は決まった。二度と相手を許さない。蘇我くんは青いジーパンと白いTシャツで 薬師堂の階段に立ち上がった。町のプロレスショーで貰ってきた青いジャンパーをはおっ ているが大きすぎて膝まで垂れ下がっている。金色の鳳の刺繍が背中に輝いていた。明 日香ちゃんが消しゴムのかわりにプレゼントの草色の鉛筆削りを胸にぶら下げている。 鉛筆を差し込んで回して削るものである。今度落とすともうもらえないので用心して身 につけているのだ。  二センチほどの「刃」の歯が胸でキラリと輝いた・・・ 「みんな!勝たないと僕たちの町で自由に遊べなくなるぞ!頑張ろう!」 「よーし!わかった!」  全員が各校に散って行った。女の子が多いようだ。蘇我くんは竹竿に白い旗をつけて 振っている。別れを告げてる。金くんが拾ってきた白い敷布を竹竿につけたものだ。安 いジーパンと一緒に洗ったので青い斑がついている。彼らはこれまで敵の学校に入り込 み兵をつのりがてら敵兵と歩みを共にすることになっていた。敵の陣中でスカウトをし て何食わぬ顔で兵に混じっているはずだ。

 蒲原神社に「中藤グループ」が集結しているという情報が笹口薬師堂に入ってきた。 中学隊は陸橋の先のスケートセンターに集まっている。笹口薬師堂はいわば東西を挟ま れた形になり地の利がない。さっそく金くんと軍議が催されたが「敵を全員、笹口薬師 堂に入れる」と決定した。境内には二人しかいない。さまざまな仕掛をつくるために二 昼夜、苦労したのでその成果を確かめたかったのだ。先に移動したのは蒲原の中藤軍で 自転車で笹口薬師堂に向かっている。その数二十数名と屋上の見張りから連絡があった。 蘇我くんは笹口薬師堂の階段に立ち上がった。金くんは家に戻った。やがて蒲原の先発 隊が薬師堂に続く小道に入ってきた。先頭は五段変速の自転車で早い。続いて三段変速 が続いている。騎馬軍団ならぬチャリンコ軍団である。 「敵は一人しかいないぞ!」  蘇我くんは威風堂堂としていた。手には旗しか持っていない。 「しめた、今がチャンスだ」  薬師堂の入り口で本堂の蘇我くんを見つけて走ってくる。蘇我くんは本堂を背にして いるから逃げるところはなかった。全員が境内に入ったとき、敵から蘇我軍の味方が離 れた。ピエロのように敵の武具、チェーンを奪い取った。ポケットからパチンコを取り 出して境内に散った。ポケットから弾丸の「玉」がこぼれている。パチンコでカンシャ ク玉が打たれた。乗り捨てた自転車や石畳にあたり咲く炸裂音が響いた。一瞬ひるんで 立ち止まる。パチンコ軍団が木の上や境内の縁の下から姿を現す。その二十数名。相手 は一カ所に固まり始めた。ベチャと顔に飛んできた赤い花びらを取ると鶏のトサカだっ た。金くんの家は自給自足だ。いろんな食材があるので投げている。  ギャー!!  木の実の玉はまだ痛くないが、獣の血が肌につくとさすがに少年はおびえた。後ずさ りして畑との隅に追いやられる。枯れ葉で隠された落とし穴に落ちる者三名、金くんが 農家から持ちだした肥えたごで糞尿を上から掛ける。悲鳴が聞こえる。残った者は畑を 走り回る。旗が振られる。発射された「イガ栗」が背中を襲う。後ずさりすると枯れ葉 で隠された落とし穴に落ちる。下には蜂の巣が隠されている。イライラしていた蜂は来 客に襲いかかった。 「中藤くんを逃がすな!」  あわれ中藤くんは追手に捕らえられ容赦無く畑の隅の肥えだこにほおりこまれる。顔 だけ出して糞尿にまみれた。勝敗を見届けに来た東越中学軍団がのんびりと到着する。 戦況を見て驚いてしまった。敗残兵は歓喜の声を上げるがすでに大方けちらされている。 遅い。坂田くんが前に進み出る。 「みんな、助けにきたぞ!」

 過半数がパチンコをポケットから取り出して寝返った。

 宮浦中学軍団も東の入口から到着だ。坂田くんに呼びかけで一応やって来たのだ。敵 の態度も大きくなる。各校の番長も集まりだした。 「あら、あなた方も来たのね・・・」  明日香ちゃんと百女ちゃんがニコリと笑って近づいた。両美人が近づいたので見届け 人の番長グループは照れている。敵を連れてきた女人も集まり始めている。母親の鏡台 から失敬してきたからコンパクトを取り出して妖艶に男の前で口紅を塗って微笑んだ。 「煙草、吸うんでしょ・・・どうやって吸うの、見せて、見せて!」 「どうだい、一緒に吸ってみるか」 「あら、わたしたちはまだ子供だわ」  女の子はコンパクトの「鏡」で敵の目に太陽の光を反射させている。番長たちは金く んの庭にあった古タイヤに座りだして様子をうががっている。かわいい子に接待されて ここは戦いに参加する必要はない、とダンマリを決め込んだ。最高の接待と観覧席だ。  坂田くんを先頭にして階段の蘇我くんと対侍する。旗が振られる。薬師堂の欄干に並 べられた「ラムネの瓶」が割れる。ガラス片が辺りに飛び散る。ビー玉が飛んで来て正 確に瓶を射撃している。坂田くんの自転車が集中砲火を浴びヘッドランプが割れる。 「目をねらえ!」  蘇我くんのうわさを聞いているので全員唾を飲む。木の実と違ってビー玉は重いから 目を狙うと胸に当たるという見当である。パチンコの硬玉が学生服に当たり出した。目 を狙われているので顔を被う。さらに打ち安くなった。続いて花火が空中のロープを使 いスルスルと頭の上で火の雨を落とす。両軍の境に集められている枯れ葉に弓矢で火が つけられた。  おーぅ!  境内に火がたちのぼった。  敵軍は後ずさる。炎の先に軍団が隊列を組んで学校から持ちだした消化器を構えてい る。ホースの先は炎ではなくて自分達の方を向いている事に気づいた。

 突然、校舎の二階の窓が開かれた。五名の名狙撃手が境内の中学生を狙った。「蘇我

の五王」である。煙草型のガムをくわえて月光仮面のサングラスをして射撃の正確を期 している。見かけ、行動が異常な集団である。戦いに運なくば王は堂に火を放ち自害す る手はずであった。そののち遺骨を越の海に撒き王の素性を明らかにしないことが命ぜ られていた。その直属軍が負けそうもないのでしびれを切らして参加してきたのだ。す でに境内の遊軍は敵の背後を固めている。ビー玉が発射され自転車が凹んでいく。ピカ ピカに磨いている新車は自慢の種なのにボコボコになった。最初は冗談だと思っていた 図体のでかい中学生が萎縮している。とんでもない集団が無傷だったのだ。狐、猿、犬、 鷹、烏の蘇我直属軍が姿を現した・・・ 「坂田くんがやられた!カンジンなときにやられた!」  境内から逃げ去った。 「かまわん、進め!」  坂田くんが戦況を打破しようと炎を飛び越える。上方から足元を正確に射撃された。 歩く方向をあやつられている。階段に差し掛かる手前で枯れ葉の先の落とし穴に落ちた。 ロープのレールを使って枯れ葉がその上に落とされその上から火がつけられる。少年が 最後、滑車にぶら下がりで火の先の敵の顎を蹴り上げてさっさと逃げた。 「焼き殺される!助けてくれ!」  穴の中で叫び声が聞こえた。 「目を狙え!」  旗が振られ、校舎の前からビー玉が炎の先に遠慮無く打ち込まれた。敵は自転車を捨 てて境内から消えていた。 「本当に目を狙ってるぞ!」  間違えて眼鏡のレンズを割ってしまったので校舎の狙撃手は苦笑した。古町の眼鏡院 で借ったプラスチックなので目は助かった。 「肥えだめ」の中の中藤くんが縄を掛けられて蘇我くんの前に連れ出される。糞まみれ で辺りに異臭が漂う。蘇我くんは階段から降りて中藤くんの前に立った。坂田くんも穴 からひったてられる。髪の毛が焼けている。金くんが肥えたごを運んでくる。蘇我くん はその桶を頭から二人にかぶせた。 「助けてくれーー!」  中学番長グループはパチンコ隊が自分達を向いていることに気づいていた。動くこと が出来ない。煙草を吸って見物していた方が楽である。

*ここに記念に戦いの参謀のその名を長くとどめおく。地元出明日香、百女、真実、斉 *藤、蔦屋、黒木、湯田、柏崎出の智也、佐渡出で美雪、西越出の聖夜、下房出の未来 *(みき)と有真と渟鏡子(ぬかこ)、高句麗から金花郎、米国から絵美哩、沼垂から *大友、芹華。ただし沼垂から筑紫が志願したが身体が弱いので帰した。本人は帰らず *火傷を負った。しばし記録者筑紫の回復を待つべきだ。イチかバチかの参戦に勝利し *て彼らの将来は永久に保証された。蘇我くんの死まであと九0日、書紀はさらに金く *んの帰国、蘇我くんの死、志羽田城、高校皇帝楊台くん登場、尾張事件、三億円藤原 *くんの登場、武蔵神田カルチエラタン闘争、明日香ちゃんの結婚、金くんの亡命、笹 *口寺の創建へと進んで行く・・・

 戦いは終わった・・・  戦いの正否はすでに明日香ちゃんが児童会で「薬師堂の清掃をしよう」という議題を 可決させた時に決まっていたと云っても良い。枯れ葉が集められゴミ捨てのための無数 の穴が掘られた。隣接する畑の主はすっかり感心して悪童に作業小屋のいろいろなこと を教えすぎた。清掃用具室と体育用具室がフリーパスになり、いろんな仕掛がスムーズ に無休の労働力で整備されていったのである。後は隣に住んでいる金くんの夜中の活動 である。ゴミ穴の枯れ葉がふたたび出されて落とし穴、その枯れ葉は中央に集められた。 ロープは本堂から合歓木と猿滑に渡され滑車で走っていくようになっている。部品はす べてガタクタから金くんがつくっていた。パチンコは薬師堂の境内の木から枝を切って 大量につくられたし、ビー玉も豊富だった。鏡は女の子の手元にあったし刀はタットー の胸にあった。 「タットーはずるいぞ!なにもしないで旗を振っていただけだ」  金くんが不満を云った。大活躍で頬がススで汚れている。見上げるとガラスの破片が 頬に突き去り赤い血が静かに流れ落ちていた。蘇我くんは唇を噛みしめて耐えている。 彼は何も云えなくなった。明日香ちゃんは側に近づけずじっと下で見つめていた。 「おれがやった薬を塗れよ」  破片を手で取ったが傷口が広がった。 「使っちゃったんだ」 「あんなにたくさんか、ドコを怪我したんだ?」  まさか照子先生に使ったとは云えない。金くんはニヤリと笑ったからどうやらあの薬 の使い方を知っているらしい。  欄干に荒縄で縛られた敵の將はその晩家に帰れなかった。野犬も近づかなかった。

 越の海に来ていた。  リヤカーに金くんが寄りかかっている。波が岸に砕けうっそうとした空が広がってい る。中藤くんが父親に告げ口して蘇我くんは伯母さんが呼ばれて処分された。金くんは 来ないので教員がリヤカーを探し回っている。 「あの先におれの国がある、おれはそこから来たんだ」  百女ちゃんが不安そうに金くんの手を握った。二人は確かめ合っている。蘇我くんは 岸壁に腰をかけている。明日香ちゃんが道路を走ってきた。放課後の体育館の集会から 抜け出してきたのだ。女子だけの集まりで保険衛生部の主催だった。 「やっぱりここにいるのね、また、蘇我くんとはつきあうなって云われたわ」  母親にもそう云われたと明日香ちゃんは告げた。蘇我くんは大ショックだ。 「だからいじめられたままの方がよかったんだ」  明日香ちゃんは真珠と翡翠のネックレスを渡した。バラバラになったのを修理したの だ。 「タットー、もう一度わたしの首にかけてよ、私はもう子供じゃないのよ、大人になっ たのよ、もう少しだけわたしを一人にしておいてね」 「・・・」

 体育館の隅で明日香ちゃんは女子達とゴザを敷いてお手玉や綾取をして遊んでいた。 遠くから眺めると彼女もこちらを見ている。赤や紺や黄色の向こうで蘇我くんをじっと 見ている。けれども話しかけに来ない。女人は女人の群れを形成しているのだ。男の子 は話がしたくてチャボのように周囲をウロウロ回っている。母親達が腕を尽くして製作 した様々な文様のお手玉が宙を舞う。中には均一のアヅキが入っている。娘達は宙に五 つ、六つ飛ばしやがて手に戻る。時として床に落ちる。彼女の手の中にある国は艶やか な模様を描いてもて遊ばれる。手に戻りまた宙に投げられる。どちらかは彼女次第だ。 その空中のコマゴマが歴史だ。また綾取の作る紋様は彼女から彼女に移される。壊れれ ば元に戻りやり直す。それが歴史だ。いずれにしても歴史は女人の手にある。  明日香ちゃんはますますきれいになった。ある時、金くんが真面目な顔で云った。手 にはサッカーボールを持っている。 「明日香ちゃんには初潮がきたんだ。百女ちゃんより遅かったよ。もう子供が生めるん だ。キスしただけで子供が出来るって体育館で照子先生が女子にだけ教えているぜ、照 子先生は男子との交際を禁止したんだよ」  目の前がクラクラした。蘇我くんたちの仲間は解散した。中藤くんは相変わらず金を しぼっていたが半分集金に行けば済む事だった。利益折半で代行業務をさせた。  女の子を取り上げられた人生なんて考えられない。金くんはメチャクチャ勉強して日 本語もうまくなった。漢字も今では中藤くんよりも知っている。相変わらず小遣いが足 りなくなると賽銭箱からガムで小銭を釣り上げている。医薬品が手に入らないので金く んの父のために保険室によく忍び込んだ。ガールハントは町に変更した。学校と環境を フルに使いきっている。明日香ちゃんという求心力を失い悪童全員がボンヤリしていた。 しばし彼女の心と体のバランス統一の時間をかせいだ。 「初潮だなんてまったくメイワクな話だ」  蘇我くんはふてくされていた。ふたたび合歓木に戻っている。明日香ちゃんはまもな く付属中学に入学する。学校はなんとか金くんと蘇我くんを離そうとしたがどうやら同 じ公立中学へ入学できるようである。小学校はかくして卒業を迎えた。武邑先生の急病 という事態で教科書が二冊残ったが当然の事ながらまったく気にならなかった。教頭先 生もさすがにまずいと思ったらしくその新品の教科書のことはふれなかった。越国が国 に内緒で作成した道徳の本と社会科の本だった。明日香ちゃんはそれらの本が好きだっ た。忠孝について書いて有ったし、日本の歴史のことも書いてあった。その新品の教科 書に薬師堂で撮った卒業写真を挟んでいつまでも保存しておこうと思った。

蘇我くんの卒業文集   世界を一つにまとめよう。人口を平均化しよう。資源を平等に分けよう。サウジア  ラビア県の石油は日本県にあげよう。中国県の人口は多いから砂漠に水を通して広く  住めるようにする。いろいろな種族がいるからすぐには従わないだろう。そのために  は強い軍隊が必要だ。弱い国は絶対にいじめない軍隊だ。それを金くんとつくるんだ  。

金くんの卒業文章   この国になにが出来るか考えようと演説したジョン・エフ・ケネディが学校に来た  らライフルで射殺されていた。先生は泣いていた。僕たちのことを考えない国に何も  してやる必要はない。自分が一番大切だ。翌日の新聞には犯人のオズワルドが殺され  ていた。みんなは喜んでいた。どうして同じように悲しんであげないのか。人間死ん  でしまえばみんな同じだ。

百女ちゃんの卒業文集   わたしはお母さんに育てられました。とてもさみしかったです。ともだちもできま  せんでした。でも六年生のとき、タットーがあらわれて明日香ちゃともともだちにな  れました。とてもたのしかったです。わたしは宮浦中学に入学しなければなりません  。みんなと別れてしまいます。だから卒業なんかしたくありません。おねがいですか  ら卒業させないでください。一生のお願いですから卒業させないでください。

壱四の記(帰った来たタットー)


大地震。国中の男女が絶叫し、ただ逃げまどった。 山は崩れ川がこつぜんと起こった               日本書紀天武天皇紀


山背大兄皇子が一族とともに焼き殺された。空に五食の幡、 衣笠、様々の伎樂が照り輝いて寺に臨み垂れた         日本書紀皇極天皇記


東宮開別皇子が一六でしのびごとをした            日本書紀舒明天皇記


 蘇我くんは学校に姿を見せなかった。  地震につぐ石油コンビナートの火災の類焼で一家を失ったのだ。一つの邑がすべて焼 けその後も油は燃え続けた。天には黒煙、地には亀裂と溢れ出す水。越野中学の女子生 徒は制服を来て近所の子供の手を引いて火と水から裸足で逃げた。子供は地獄を見た。 越の国司は蝦夷に遊びに行っている。  西の付属中学に進学していた明日香ちゃんは東の浜のタンクが爆発したとき校庭で気 絶した。前日、金くんと山ノ下の蘇我くんの家を訪ねていたのだ。一家は法事をしてお り確か蘇我くんはそこにいるはずだからだ。隣接する山ノ下邑は丸焼けになった。火災 は消えず日の元日本はアメリカ空軍に消火を依頼する始末だった。父母は蘇我くんを風 呂の水で浸した布団でくるみ二階から外の消防士に投げて炎の中に消えた。到着した消 防車はその区域から安全区域に脱出できず、越国コンビナートの連鎖的爆発を抑えよう としていた空軍のヘリコプターで命を救われた。本堂も住居もすべて燃え落ちて蘇我く んは伯母も含め双子の弟を失った。金くん親子は入院していた蘇我くんの代わりに骨を 拾いにリヤカーを引いて山ノ下に向かった。昭和天皇が国体で越の国に入った時通った 道路をトボトボと歩いた。  蘇我くんは教頭先生の家に引き取られていた。コンビナート反対の住民運動を却下し た裁判官は邑が全員皆殺しで安堵し住民の死を陰で歓迎した。生き残った蘇我くんが自 分を殺しに来ないうちに他国へ転出した。たった一人の生き残りを引き取った教頭先生 も教育者として鼻が高いらしい。あちこちでそのことをふれ回り新聞にも載った。そし て照子先生は蘇我くんの母親ということになった。照子先生は毎夜、親子として蘇我く んに添寝した。老教師は夜ごと寝室に通い若妻が拒んでも躰を求めた。 「悲しみで気がふれているからわからない」  下履きを剥いで後ろから交わり蘇我くんの耳に熱い息をかけ声をこらえていた。男は 達すると事務的に躰をつき離し水道の蛇口で自分のものを丹念に洗って眠りについた。 照子先生はそのあと寝卷のみだれも気にせず蘇我くんを胸に抱いた。蘇我くんの指先は 昔教えられた所を触れている。躰を硬直させてふたたび熱い息を吐いた。事故のあとう つろな目を向けて心に傷をおっていた蘇我くんは明日香ちゃんにも会おうとしなかった。 引き取られた照子先生が幸せな結婚生活をしていなかった事に気がついて初めて口を開 いた。 「明日香ちゃんのところへ行く!」  最後に柱により掛かっておかしな事を口走りしまいには教頭先生に刃物を向けた。精 神を鍛えると教頭先生は剣道の練習と称して庭に連れだし頭を何度も竹刀で打った。蘇 我くんは手で竹刀を受けていた。刃物を向けた仕返しに肩を脱臼させて蘇我くんを解放 した。  翌日、邑の西にある病院に入院させられた。明日香ちゃんの中学が近かった。松林の 中にある病院は精神科を急ごしらえしたが照子先生は気がふれていないことを知ってい た。教頭先生の晩酌に付き合い酒量を増やし水道の蛇口を固くひねって早寝した。照子 先生は教頭先生を愛していなかった。病院はせっせと精神病理の本を読んでいたが照子 先生は深夜枕元で「反抗期」の本を読んでいた。すでに蘇我くんは十人分の保険金と事 故の賠償金と跡地売却、全国からの支援金のひっきりなしの振込で億万長者になってい た。保険会社は断固として支払を拒否し契約書が燃えているのを幸いとし保険金を出し しぶったが世間が許さなかった。ふたたび精神に異常をきたしたと全国から見舞金の振 込があいついだ。入院して一ケ月後昔の同級生の金くんから連絡が来たと新聞社が取材 にきた。片岡山病院では同じ発表を繰り返した。 「脈、呼吸数、心拍数すべて正常だが目を覚まさない、脳波が原因不明異常、植物状態 に近い、記憶は失っている」 「アメリカの病院に行けば直る!タットーはアメリカが助けた!」  蘇我くんは自分の布団を吊るし上げたヘリコプターには金色の毛がはえた腕をした男 が操縦していて星条旗の軍服を着ていたことを知っていた。炎の中の強硬着陸を反対し た機長が顎を割られて気絶していた。任務は消火活動で着陸は命令にないと云ったから だ。空が炎で照り輝き黒雲が被い邑人が五色に導かれて空に旅立っているので畏れおの のいたのだ。陸上に降りる勇気と操縦技術もない。蘇我くんは手に星条旗のワッペンを 握っていた。 「ボーイ!諦めるんじゃない!必ず生きるんだ!手を離して行くがいい、そんなに欲し ければこれをやろう、グッドラック!」  金くんは自説を新聞記者の前で告げたが半分しか信じてくれなかった。自衛隊のヘリ コプターからタンカで運ばれる蘇我くんの写真が配信されていたからだ。米軍軍事顧問 は写っていなかった。それでも「アメリカの病院」の方は信じて再度の募金活動になっ た。戦後の復興で走り続けて来た人々は少しいい話が欲しくなっていた。越の国は産業 地帯になり昼間から煙突は目に刺激のある煙をはいている。蘇我くんの病気はますます 大騒ぎになり毎日病院に全国の少女から見舞いの手紙があいつぎさらに振込の桁を増や した。  セーラー服の明日香ちゃんは学校が終わるとせっせと病院を訪ねた。学校が違うので 学校へ行っても会えないので好運なことだった。フゥーとドアが開くと石鹸のにおいが する。暗い夕方の病室が明るくなり、蘇我くんの横顔に日差しがそそぐのだ。花瓶を確 認して町の娘から届けられる花を自分の花と交換。また増えたベットの横の千羽鶴に女 の文字がついていないか確かめる。全国から届く現金書留から女の手紙は抜き取り、現 金は金くんがつくった通帳にはさんで置く。封書にはたいてい五百円札や千円札が入っ ているから注意深く破く。現金の管理はなかなか金くんがうるさいが女文字の手紙を持 ち去ることはうるさくない。これが終われば二人の時間だ。  明日香ちゃんが蘇我くんの頬を撫でると目を開く。毎日のことで明日香ちゃんが来る と目をあけることは看護婦さんの方が知っていた。医者に進言したら無視された。この 日の明日香ちゃんはしばらく蘇我くんを見ていたが、看護婦の見ていない隙にキッスを した。看護婦は治療を明日香ちゃんにまかせようとまかせようといつも席をたった。笹 口小学校の思い出をずっと話している。窓の外には白い鳥が来ていた。

 若い看護婦の刀自子ちゃんはいたずら心を起こして明日香ちゃんと同じように座り耳 元でささやいたり手を握る。手は胸の先端に触れる。 「だめよ・・・」  刀自子ちゃんは身を起こして立ち上がる。胸を押さえて窓際に立って思い直す。ふた たび座り今度は決心したように白衣の内側に手を導く。 「あなたは困った患者ね」  乳房にふれさせると手は力をおびる。まぐわいの懐かしい感覚が戻っていた。病室に 入る前、わざとブラジャーをくたしあげていじり易いようにして現れる看護婦もいた。 検温と着替えにすぐ応じるからだ。SF作家の、手だけによるバーチャル・セックス報 告は看護婦控室では衝撃が走った。そんなことが可能だなんて看護教本のどこにも書い てないのだ。看護婦達のヒソヒソ話に気がついて婦長が医師に告げ口した。医学上当時 説明されないことがこれから将来有る看護婦達に定説化することを深く危惧したのであ る。いまだ最強の臓器、脳への理解は稚劣であった。 「リピドーはあるんだな?おれが代わりたいぐらいだ。いい事じゃ無いか」  梅宮主治医は新しい治療法を認めた。結論が出て公認されたので若い准看はきそって 蘇我くんの手の力の度合いを競いあった。婦長もためしに自分の胸を白衣の上から触ら せたが手に力は入らなかった。駆け出しの准看の刀自子ちゃんには負けたくないので直 に触らせたが無反応だった。しわくちゃはだめなのだと思った。ところが刀自子ちゃん は他の所をいじらせていたのだ。蘇我くんに関しては看護婦の力で絶対直せると全員誓 いあっていた。ぬきん出るためにいろいろな実験をしていた。  刀自子ちゃんは夜勤の時カーテンを引いて蘇我くんのベットに忍び込んだ。ショート ・カットで成熟した身体を白衣でつつんでいる。最初の患者が蘇我くんだった。最初の 男に躰だけが目的だったと云われた。澄んだ黒目に陰りを持っていた。この世で一番不 幸だと思っていたらもっと絶望的な天涯孤独の蘇我くんと知り合ったのだ。必死で勉強 して男を忘れようとしていた。蘇我くんの下着の交換から身の回り一切を受け持ってい る。アーモンドチョコが好きで自分が行くとポケットに手を入れて来る、病院での恋人 になってしまった。 「みんなには内緒よ、首になっちゃうから」  彼女は夜勤の時病室には下履きをつけて来なかった。 「お尻をしっかりつかんでいてね、手が温かいわ、離すと落ちてしまうわ」  眉間にしわを浮かべ腰を動かすが達する直前蘇我くんの口を胸に導き先を強く噛ませ た。


厩戸がある日飢えた人に食物を与えた。食物と自分の衣装を脱いで与えた。 見に行かせたら死んでいて手厚く葬った。ある日行ったら棺に衣服だけ畳んで あり屍は消えていた。厩戸は彼こそが聖人に違いないといった      推古天皇記


 かつての笹口の友達の家を一軒一軒訪ね歩いている娘が二人いた。同級会の幹事の明 日香ちゃんと百女ちゃんであった。小学校の担任の追悼会をかねた同級会を先生の自宅 で開こうというのである。遺族はこころよく紫竹山の家の座敷を貸してくれることになっ た。鼻を垂らしていたとしか思えない印象の薄い女の同級生もすっかり綺麗になって現 れ金くんはドキドキした。武邑先生は「越の寒梅」をどこからか樽で入手してそこにニ ン肉を漬け込んでチビリチビリと飲んでた。仏壇にはコップ酒が備えられている。つい に遺族は諦めたのだ。先生はまったく病気を直す気はなかった。最後まで例の調子で教 室に現れそしてさよならも云わないで去った。ペンキ屋に就職した同級生がつらくてつ らくて先生の所へ行ったら先生の訃報を知らされのだ。

 追悼会の日、明日香ちゃん病院へ迎えに行った。

 頭に針を打とうとしていた梅宮主治医が蘇我くんにはり倒されていた。刀自子ちゃん

は足元の医師をじっと見ている。髪の毛をそって坊主にしようというわけだ。少女が病 室に入ってくると蘇我くんの表情が変わった。刀自子ちゃんはほっとした。ベットの横 の指定席に座り蘇我くんの手を握る。閉じている目が開かれる。ハサミを持ったまま刀 自子ちゃんドアの隙間からのぞき込んでいる。今日はどんなに話しかけてもどんなに揺 さぶっても蘇我くんは絶対に目を開かなかったのだ。  明日香ちゃんは一人でブツブツ云っている。また手を握るとリンゴを剥きに席を立つ。 むき終わると「これでいい」と云っている。蘇我くんが口を開く。ずっと長い間手を握っ たまま背中をこちらに向けているが刀自子ちゃんにはそれが良く分からない。会話して いるとしか考えられなかった。あるいは・・・。男と女がそれだけで何が出来るか、刀 自子ちゃんは必死で考えている。  明日香ちゃんは突然セーラー服を脱ぎ始めた。その下に体操着を着込んでいる。少し ためらってそれも脱いだ・・・ 「まあ、きれい・・・」  刀自子ちゃんは呟いた。カーテンからのぞいた陽の光が少女の裸身を浮かび上がらせ ている。蘇我くんもパジャマを脱ぎ始めている。 「だめよ、看護婦さんが見ている・・・」  大きな声が聞こえて明日香ちゃんが振り返ったので急いでそこを後にした。控え室で しばらく二人に時間をやろうと思ったが嫉妬心が燃えた。すでにもぬけの空だった。  パジャマがきれいにベットの上に畳まれている。  応接室、手術室、院長室・・・すべてを探し回った。就任の時、自分が主治医に誘わ れて挟まれた手術室はとくに念入りに探した。ステンレスの冷たい感触を臀部はまだ覚 えていた。手術がほとんどないのでいつものように冷たいベットが横たわっているだけ だ。 (子供のくせにどこでシテいるのかしら?)

 同級会の席で金くんがみんなと向かい合っている。  襖をはずして二間を一間で使っている。奥に仏壇と遺影がある。阿賀ノ川でのスナッ プ写真を大きく引き延ばしたものだ。 「タットーは来れなくて残念だ!先生は酒が好きだったからビールを飲もうよ」

 グラスに注いだ。リヤカーに一ダースを酒屋の前からくすねて来たのだ。毎度の手口

で最近は自販機の跛扈でやりにくい。庇の下にケースは積み上げられていた。 「だめよ、未成年じゃない・・・」  久しぶりで集まった同級生はみんなこちらを驚いて見ていた。全員言葉を失っている。 明日香ちゃんが到着していた。金くんはすっかり得意になって胸を張った。どんどんグ ラスにビールをそそぐ。 「うまいなあ、おかわり!」  ビールをつぎ終わり顔を見上げると蘇我くんがそこで笑っていた。金くんは大きな目 をさらに丸くした。言葉に詰まっている。みるみる絶望の表情に変わっていく。 「い、いつ退院していいって云ったよ!」  同級生がやっと言葉を取り戻して周りに集まっている。 「見舞金が最近、減ったから・・・もう五百万になったからいいじゃないか」  申し訳なさそうに蘇我くんが呟く。 「もう少し、頑張ればもっと儲かったんだ!馬鹿だよ、お前!寝ていれば金が入るのに、 二人で土地を買うって云ったじゃないか。おれのところはもう狭くてなにもおけないん だ。番長代理も結構いい思いができるし、来週だって船江中学の児童会が見舞いに行くっ て云ってきてるし、当然児童会費を持って来るんだ、こっちの予定をどうしてくれるん だ!」 「買えるよ、もう」  蘇我くんはすっかり困っている。 「だめだ、あと百坪はいるんだ!」  やりとりを見ていた明日香ちゃんは大きくうなづいて納得した。蘇我くんはとっくに 病気が直っていたのだ。 「多分、一ケ月目よ、蘇我くんが意識を回復したのは。わたしが創立記念日で一日病院 にいた時だわ、金くんもあの時、お見舞いに来て車椅子で屋上に連れていったじゃない。 あの時、屋上で相談したんでしょ、おかしいと思ってた!」 「明日香ちゃんも知っていたのか?」


有間皇子は性格が賢く狂人にみせかけた                斉明天皇記


 蘇我くんは頭を掻いている。 「だからタットーはいっちゃんの主役にも落ちるんだよ、大根役者め!明日香ちゃんも だませなかったじゃないか」 「多分、そうだと思ったと云ったの!知らなかったわよ!でも蘇我くんをいじめると承 知しないよ!誰があなたのために半年も病院にいてくれますか!」  知っていたと云いたかったがそれでは下着姿を見せたことのつじつまが合うない。明 日香ちゃんも十分に楽しんだのだ。セーラー服の下に蘇我くんの体操服を着込んで病院 から連れ出した。しかし無言でも話が出来たのは事実なのだ。ある日、手を握ると声が 聞こえたのだ。 「先生の追悼会に行きたい。退院したいのだが邪魔をする者がいる」  初めて蘇我くんが外へ行くと云い始めたのだ。一計を策したのだが退院させないのは 病院ではなく金くんだとは知らなかった。蘇我くんともっと一緒に病院で暮らせるので 明日香ちゃんは結構入院を歓迎していた。結局、明日香ちゃんは蘇我くんと話が出来て いた。 「手をつないでいるだけでどうして明日香ちゃんはぼくの考えていることが分かるんだ ろう」 「それはおかしい。明日香ちゃんも精神病だから代わりに入院した方がいいよ」  みんながもっとお金を欲しがっている。金くんの意見に従えば一生病院から抜け出せ ない。  蘇我くんは武邑先生の遺影を見つめた。酒をもっと欲しいというような顔をしていた。 まったく勉強を教えず遊ぶ事ばかり考えていたような先生だった。蘇我くんが家族に話 していたのは先生のことだけだった。それ位、先生の事が好きだったのだ。結果として プリントはしたたかやらされたが一学期分を見事に浮かせ二人で遊びに使えた。  ・・・よく来たな、タットー、あとはお前たちに頼んだぞ。  越の島に転勤し日蓮の着いた松ケ崎の子供を最後に教えた。  海あり山ありの地域で説きたるものおおよそ推量さるる。  そして最後まで教頭にもなれなかった。

壱五の記(金くんの父の死)


見たのに見ないといい見ないのに見たというものが多い     日本書紀孝徳天皇記


百済、新羅の風俗は父母の死体を見ない            日本書紀皇極天皇記


 ある時、今度は金くんは学校からいなくなった。  毎日警察に行っていた。そのあとは裁判所である。「中藤スーパー」がテンプラ屋の 日の不始末で燃えたとき「放火犯」に指名された。志波田街道の脇に土地を手にいれた 矢先だった。蘇我くんは土地を金くん父の名義にしていた。そうしないと金くんが祖国 に帰ってしまうと考えたからだ。しかし、そのことがあらぬ誤解と妬みを生んだのだ。 金くんが友達に借りたと申告したが店の売上のたまった金庫も焼けていた。立ち会いで 金庫を開けたら開けたとたん金庫が焼けた。中藤くんの父は五百万円入っていたと警察 と損害保険屋に報告した。 「コロッケ屋さんのところから火の手があがった」  みんなで云っていた。邑の目撃者と住民はみんな知っているのだが、警察は犯人が必 要で金くんの父親を逮捕した。三ケ月も犯人が上げられず警察は焦っていた。警察では 取調室よりも道場にいる方が多かった。無実を証明できなくて裁判所で拳をふりあげて 叫んであばれた。一丁上がりと検察官はほくそえんだ。 「朝鮮、朝鮮とパカにスルナ!チョーセンたってトクリツ国あるよ!」  被告席で草履を裁判官に投げつけた。弁護士まで顔をしかめてしまった。温情判決を 願っていた国選弁護人は裁判所との不和感に屈してそうそうに弁護をおりてしまった。 代用監獄に戻されて連日後ろから何者かに炭の袋をかぶせられ腹を蹴られた。ある日、 物証がないのに自白し有罪が確定した。亀田刑務所で金くんの父は憤激の中で半年もし ないで朽ち果ててしまった。殴られて弱くなっていた胃癖に心労で穴が空いた。 「おれだってタットーみたいにアメリカに頼みたかった・・・」  金くんは唇を噛んだ。 「そんなに都合のいい国かしら・・・」  明日香ちゃんは冷静だ。 「ここよりましだよ」  金くんが人差し指を地面に向けて二、三度突いている。地面は日の元の国のものだ。 「白と黒なら区別がつくんだけどここじゃ、侵略者も黄色だ、どっちが味方か解らない からまぎらわしいよ」  蘇我くんはあっさり呟いた。明日香ちゃんは父からそんな話を聞いていたんだと思っ た。

 金くんの兄は事件に絶望しある日、越から姿を消した。豚を電気で殺すよりもはるか

に残忍な方法で父親は殺されたと思う。最初、心をズタズタにしてしまいに肉体まで滅 ぼす方法だ。警察に何度も抗議に行ったが追い返された。裁判というのはやった本人し かそのいいかげんさは分からないのである。最後の手紙で兄が密航を企てたと金くんが 呟いた。漁船に乗ったと云う事だが巡視船に捕まったようだ。もっとも蘇我くんは金く んの兄がそんなことをするまいと考えていた。見たわけでないので解らない。金くんが 父親が「たびたび裏口に進入」していたのは豚の餌を貰いにいくためだし「日頃のいじ めを恨んで」なんかいなかった。刑務所での後半は読み残した本を全部読んで死んだと 金くんは云った。兄は葬儀に出てこなかった。 「最初に出逢い恋した者を愛し華燭の典を行わない者は必ずよこしまな心に落ちている。 明日香ちゃんを大切に。それからせがれとの友情を大切にしてやってください」  警察に連れて行かれる前、蘇我くんに笑って云っていた。見てないことを見たと云っ たと倭の人が謝りに来たがお金を持たせて返していた。見た事を見てないと云わされた と同郷の家族が越から旅立った。当日、金くんの父親の立ち寄っていた家は沈黙を守っ た。やはり四0才の初恋を守ってアリバイを語らなかったのかも知れない。それをいま 語る事は出来ない。 「ぼくは明日香ちゃんと結婚する!ケド、向こうがイヤだといったらどうするんだろう」   「真剣な恋は破れても人を裏切らない。いつまでもその人に力と勇気を与える」  無実の人間が目の前でとんでもない目にあっていた。この地獄のような生活を全部知っ ていてくれる人と睦もうと思った。そうすれば自分が金くんの父の事を忘れても明日香 ちゃんがきっと覚えていてくれると思った。  最初に国交を結んだ国と生涯付き合わない日の元がうらめしかったのだろうか。最初 裏切った国は一生付き合う必要がないがないということか。あわい期待は次も必ず裏切 られるということだろうか。  すべての人を失った。その後の人々は利益を持って接する人々であった。  悲しみのドン底の金くんも父親を失って百女ちゃんを得た。  得意な恋は恋ではない。ドン底の恋は強い恋だ。  すべてがうまくいかないとき、そばに誰かがいてくれますか?


渟足(ぬたり)の柵を造った                     孝徳天皇記


人は猿の歌に驚き怪しんで立ち去ってしまった             皇極天皇記


越の国の蝦夷数千が服属した                  皇極天皇記


 蘇我くんと金くんには城が出来た。新発田街道沿いである。沼垂の先になる。萱葺き

の平屋で大所帯で住んでいた百姓の廃屋だった。夏は涼しく冬は温かかった。明日香ちゃ んは図鑑で見た武家屋敷だと云ったが土間に竈があったので縄文式の楯穴住居だと思っ ていた。元は百姓が捨てた茅葺屋根の家で畳は黄色く焼けていた。持ち主の百姓は街道 の交通量が多くなり奥に新築して引っ込んでしまったのだ。格安で手に入れることが出 来た。敷地の東西南北の要所には犬が配置され進入者をうかがっている。街道に面した 裏手が土間でそこを玄関にして使う事にした。  街道の脇にケヤキが日影をつくっている。そして呼び鈴の代わりに鐘がぶら下がった 入口に差し掛かる。町中のガラクタを運び込んでいた。陣地も大幅に広がった。家の中 には新聞紙からラジオやテレビの電気製品まで小山に積み重ねられていた。彼が中学の 技術家庭の先生とだけ仲がよかったのは切実な必要性があったのである。野犬や猫も飼 われていた。たまに豚や鶏も紛れ込んできたが金くんは鍋に入れた。入口に猿が鎖で繋 がれていた。蒲原神社の出雲サーカスから逃げだした猿であった。大きく育ち訪問者を 監視している。無害の人には襲いかからないのだが蘇我くんが行くと必ず飛びかかって くる。鎖が無ければ命がないほど成長していた。 「必ず坂田くんと蘇我くんが来ると騒ぐんだ」  飼い主までが噛みつかれた腕を見せていた。

 リヤカーで廃品を集めていたが雨で早めに帰路についた。  何だ、これは!  獣の胴体が足から入口の木に洗濯物みたいに吊るされすっかり血が流れている。烏が 樹林に集まりじっと見ている。干肉にでもする気なのだろうか。唾を飲み込んでおそる おそる城の中を観察した。さらに猿の頭が鉄鍋の中で煮立っていた。  奥の寝室に人の気配がする。金くんはその豪華なベットを本町の女浪屋から分解して もらいうけて来てピカピカに磨き上げていた。ヤリテばばあが「年代モンだよ」と金く んをからかった。博物館は欲しがったが飾る場所がなかったのだ。博物館からは夜の性 具を展示できないから当然だ。蘇我くんは面白がり色町まで現れて自らリヤカーを引い て真ちゅうの足を運んだ。途中、山下家具店に立ち寄り、シーツとマットと書棚を注文 した。金くんの父親の残した書籍の名が全部こちら向きに並んだ。やがて品物を届に来 た家具屋がトヤノ湖のホテルに納品したどのベットよりも高価なものだと感心した。  金くんはその部屋を覗いてみた。奥の拾ってきたベットの上で明日香ちゃんが太股を 広げている。蘇我くんが明日香ちゃんの足を心配そうに覗いている。赤い血が太股を流 れている。明日香ちゃんが恥ずかしそうに足を閉じた。目に涙が浮かんでいる。蘇我く んが金くんに気がついた。 「赤チンキを塗っていたんだ・・・」 「明日香ちゃんにも噛みついちゃったのか?」  金くんは肩を落とした。「相手が悪いよ・・・」 「わたしはやめてって云ったんだけど、刀を持って出て行ったのよ」  明日香ちゃんはいつもより青白く色っぽい。蘇我くんを見る目がふだんと違った。猿 の末路をあわれんだ。 「近所の子供にでもかみつくと困るからさ・・・」  蘇我くんは笑っている。明日香ちゃんは赤チンキをこぼしてしまったと云ってブルー のシーツをもって帰った。そのあと百女ちゃんの好きなピンクのシーツを金くんのため に敷いていた。後見人の照子先生に貯金をおろして貰って大量のシーツが届けられてい た。  その日、PTAと町内会長が志波田城に口出ししに来た。子供が昼間から集まってい ると警察に連絡していたのだ。警察のやり残した追い出しを市民グループが請け負って いた。おまけに産業廃棄物の業者がその土地を狙っていた。彼らが適当に集まったとき 蘇我くんが刀を持って出てきた。一瞬ギョッとしたのは人間だけでなく敵意を感じてい た猿の方が騒いだ。「キャ、キャ、この子供たちを町から追い出して下さい、キャ、キャ 」と叫んだが人間の言葉にならない。首を刀で前に後ろの二太刀叩き絶命させた。見物 人は絶叫する。ゴミ捨て場の業者も野犬も人間も一切訪ねて来なくなり近所の養豚、養 鶏所は数を数えるようになった。大人は猿よりも小さい自分の子供に「あそこには絶対 いくな!」と命じ毎晩子供の数を数えた。

 今は城の入口に獰猛な犬がいる。近郷の鼎家から逃げ出した赤犬である。相変わらず 吠えているから気が気でない。蘇我くんがしょっちゅう遊びに来るからだ。昔、番長の 坂田くんが驚かせようと町はずれの屠殺場へ連れて入った。屠殺の現場を見せて脅すつ もりだったのが反対になった。屠殺場は金くんの知り合いだらけだった。長年生き別れ の兄貴がいたと豚足と牛の糞袋をもらってきた。 「弟をいじめるとコレだそ!」  豚の耳に電流をあてて腹を裂いた。坂田くんは反対に脅されてしまった。牛刀もせし めてきた。蘇我くんはしょっちゅうそれを研いでいる。野犬はその刀を見るだけでうなっ た。焼き肉屋に行く前に、鍋へ入れる材料が志波田城の入口にドタンと車が届けた。出 来始めた焼き肉屋にも牛の臓物を捨てるように置いて行った。百女ちゃんももう「中藤 スーパー」でコマ切れを買わなくて良くなった。おかげで毎日肉が食える。野菜は一キ ロも歩けば畑にたくさん生えている。魚は川と海にいくらでもいた。スーパーにいかな くても生活できたわけだ。体格はどんどん大きくなり軍資金も増えていった。越の小中 学校はすべて恭順の意を示し上納が跡を絶たたなかった。


群卿が不公平だったり朕が人の諌めを聞かぬときは鐘を鳴らすがよい   孝徳天皇記


 ある日、入り口の鐘がチリンと鳴った。  玄関の花ゴザをくぐったところに金くんがいた。金の鳳の刺繍が入った敷物の上に座っ ている。火事で燃え残った和服地でつくったものだ。土間は土で固めた庵で十二畳、鉄 鍋にはいつも肉が煮えている。一段登り左から厨房、寝室、書斎と続き旧の玄関、反対 が御前、厠、浴室、予備の寝室で土間に戻る。寝所のむかいの風呂は五衛門風呂で板を 沈めないと火傷した。井戸は厨房から見える畑の隅にあった。地面に石が敷き詰められ ポンプと桶が見える。蘇我くんと金くんが一番気をつかった空間は奥の寝所である。土 間の次に広い。蚊帳を改造して上から吊るしベットを覆い宮廷の寝所のようになってい る。襖は七宝模様である。土間の周りは回収した短波のラジオや真空管が雑然と並べら れている。 町の腐らないゴミは全部持ち込まれ外へはみ出している。彼はそれを組み立てて友達に 売っていた。町のラジコン屋は金くんのお気に入りで高校生に混じり足りない部品を漁っ ていた。新しい売り物がちょうど直ったらしく機嫌がよかった。奥から女の匂いがした。 蘇我くんは誰だかわからない。金くんはよく色町の女を引きずり込んでいるからだ。紫 羽田の城に来たる女人はすべて帯を解かれた。 「まだ寝ているんだ」 「シーツは白か?」  二人は大切な女には色付きの絹をひく。つまり白の綿はまぐわいが遊びなのだ。 「・・・そんな事は云えない」  奥の寝室を覗く。あの女人の白い足は百女ちゃんの足だ。足の包帯に見覚えがある。 家出した百女ちゃんは金くんのところへ来ていたのだ。学校は騒いでいたが母親はすべ てを了承していた。家にいると中藤くんが車でデートの迎えに来た。百女ちゃんは母親 に「中藤くんの家はを拒むな」と云われていた。最初だけは好きな人に一緒に居たいと 三ケ月の猶予を貰ったのである。自分の代で出来なかった事を娘に託したつもりだ。自 分は正妻との確執で苦労したが聞けば新しい時代、恋愛が優先されるとのことである。 自分の愛した人は戦争で死んだ。娘の痛い気持ちは良く分かったが、中藤の家に入れれ ば一番すばらしいことだと思った。あの家は永久に栄えるであろう。 「あなたのお父さんは貧しくて戦争の最後の年に徴兵されて運の悪い人だよ。敵兵に哀 れみを与えた瞬間、襲いかかられて内臓に怪我をして帰国しても長く生きれなかったの よ。中藤さんのお父さんは町長をやっていて徴兵延期で戦争にも行っていない」   初めて自分の父親のことを云った。父親が死んでからあの人に抱かれる以外お前をか かえて生きる方法がなかったと泣いた。不良の坂田くんからも誘いが来ると告白され母 親は焦って承諾した。そのあとは中藤くんの求めに応じると約束させた。避妊具を必ず つけろと娘に持たせたがゴムは金くんの家で廃品になった。相談を受けていた明日香ちゃ んはさっさと引っ越しの荷物を運びこんだ。志羽田城で代々老人が死んだ「御前」の部 屋が二人の新婚部屋になった。姑がいれば入室まで三十年もかかる部屋である。その部 屋から絹づれの音がするのだが女は姿を現さない。金くんはモジモジしている。何かそ の事を聞けぬ雰囲気があった。 「タットー、あの猿の首、どうやって切った?」

 金くんが静寂を破るように質問した。

「何だ、今度は、あの赤犬でも食うのか?」 「いや、今度は百女ちゃんを噛んだんだ」  猿が明日香ちゃんを噛んだことをまだ気にしていた。 「好きな女の子が襲われると殺したくなるぞ。首を切りたいのか?」 「いや、それなんだけど、実はおれは人を殺したことがないんだ」 「戦争に行ってないんだら当然だろう」 「いや、馬しか殺したことがないから」  馬は肉屋が殺したのだ。鶏はよく殺していてが見栄をはっている。 「馬が殺せりゃ、犬なんて簡単だ」 「そう思うんだが、百女ちゃんのために殺した方がいいか?」 「あたり前だ。あれメスだろ、百女ちゃんに嫉妬するぞ。昔から男は女を刃で守ったん だ、口先で愛してるっていってるだけだじゃだめだ。殺してしまえよ」 「殺(や)るよ!」 「刀で切るんじゃなくて叩くんだ、こうな」  手元の火鉢を持って身体ごと金くんに押しつけている。あまりの真剣さで逃げ回る。  猫を取らない猫は悪い猫、凶犬を殺さない人は悪い人だ。


太刀を抜いて肉を差し上げて雄叫びをあげて切り刻んだ         孝徳天皇記


犬、猿の肉を食べてはならぬ                     天武天皇記


 金くんの父の残した古刀、影光はキラリと光った。首輪を放つと金くんを見て低くう なった。犬は腰程の高さ、相手の坊主に勝てると思った。金くんが首に切りつけたが赤 犬は肩を切らせ血を拭きだしたまま腕にかみついて押し倒した。人間の小僧!今、喉を 噛んでやる!これまでだ! 「やめろ、おれを殺す気か!刀を返せ!」  蘇我くんは刀を取り上げて犬の耳を掴み喉に一太刀振り落とした。

 赤犬の首の下で金くんが血を浴びて叫んだ。
 キャイン!

 絶命した。寝ていたのはやっぱり百女ちゃんだった。ピンクのシーツにくるまって外 へ飛び出して現れた。白い裸身が透けて見えた。金くんは犬の頭をぶら下げてあわてて 蘇我くんから刀を取り上げた。 「おれがやったんだ!見たか!」  蘇我くんは震えてうつろな目をして倒れている。 「わたしは犬なんか食べないからね!」

 金くんの胸からころがった犬の首を見て云った。晩御飯にすき焼きの予定が決まって

いた新妻、百女ちゃんは余計な材料から鍋を守ろうと必死だった。調理は許されていな かったのでずっと寝所にいた。結局、明日香ちゃんが醤油を買って駆けつけるまで蘇我 くんの目はうつろだった。「今度は何を殺したの、しばらく二人だけになる」と前の栗 の木川の土手に出て行き、帰って来たら直っていた。どうやって直したのか金くんは不 思議だった。高ぶった神経を鎮めるのは女人にしか出来ぬ芸当であった。  金くんのすき焼きは絶妙な味だった。こっそり父親に教わったように犬肉を入れたが 味がよかった。百女ちゃんは明日香ちゃんに入れ知恵していたので一箸も手をつけなかっ た。金くんは蘇我くんの食欲を見てニヤニヤ笑っていた。 「犬もうまいなぁ!」 「なんだ、知ってたのか?」  明日香ちゃんは星が出たので驚いて帰った。

 その夜、百女ちゃんを仰向けにして喉を嘗めて噛んだ。まぐわいの数は多いが本当の 喜びをまだ知らない。 「タットーがやったようにわたしを殺さないでね」  麓の草薮の中から喉を潤す泉を探っている。泉を尋ね当てられた百女ちゃんは湧き水 を与え続けていた。深い快楽の淵にいる。今度は百女ちゃんを犬の形にして、明日香ちゃ んのいつかの赤い血を意味を考えていた。蘇我くんは血を見るとまぐわいの度合いが深 まると云っていた。今、ハタと思いあたった。 「ちきしょう!あのとき、タットーがベットを先に使いやがったんだ!」 「タットーがわたしの声を聞いていると思うと燃えてしまうわ、一度ならシテいいかし ら」  それはならぬと漆黒の髪をひき顎を上げた。  やがて激しく突かれた・・・首をうなだれて絶叫に変わる。  犬では失敗したが今度は本当に逝かすことが出来たようだ。

 百女ちゃんがおたけびを上げるたびに犬が哭く。仲間を食われた野犬の遠吠がひとき わ長く続いた。さやさやと風が獣の匂いを伝えてくる。竈の火を絶やさないので襲って こない。小刀で竹の先を削っている。  薪を折って庵にくべる。灰が舞う。  蒼い炎でタットーの顔が浮かんだ・・・

**

壱六の記(坂田くんの危機・中学時代)


盗賊はおじけついて道に落とし物が遺っていても拾わなかった   日本書紀皇極天記


敵を破った忠臣、福信を百済王が疑い掌に穴を空けて革紐で縛り 首を切り塩漬けにした                     日本書紀天智天皇


唐から軍事顧問二五四人、占領軍二千名がやってきて倭国は占領された                                日本書紀天智天皇


 町の中学は支配下に入った。しかも城まで持っている。金くんも廃品回収をしなくて

も落とし物でも何かの足しにと悪童が届に来た。坂田くんが実際明るい部分で活躍して いた。難しい問題があると野犬を気にしながら相談に来ていた。結局、外からの人間に は獰猛に飛びかかり中の人には遜り、尾を振るハチが今日の地位を手に入れたようだ。 食われも知ないで長生きしていた。  蘇我くんはいつも金くんのところに寝泊まりしていた。照子先生が心配して大学生の 家庭教師を寄こして様子を探らせている。太めの子だが愛敬があった。養母の照子先生 の新妻ぶりはすっかり板につき中藤スーパーの店主も先生の買い物を楽しみにしている。 人の物を取ると云うのはこの世の極上の喜びと見えて笑顔が夜這の理由になりそうな雰 囲気だった。教頭先生は老化がひどいが沼垂小学校の校長になった。真面目な乙美ちゃ んは恐れを感じて城から逃げだそうとしている。しかし考え直して良い家庭教師をやっ ている。第二外国語の韓国語は金くんの方が得意だったからだ。第一外国語の方は絵美 哩ちゃんが面倒を見ていた。越国村上から大学に来ており貞淑で固い。この世は理性で 変化できると考えていた。まったく番長の世界に興味を持たなかった女学生はここにき て自由な城に捕まったわけだ。蘇我くん達の支離滅裂な生活に引かれていた。  男子学生も出入りしていたが友達の女子学生が歓迎された。いつも来るのは三人組で どことなく垢抜けずひどく臆病なところがあった。羽目をはずす場所としては最高だっ たはずだ。白いシーツはいつでも客を待っている。もちろん泊まって行くのも大歓迎で あった。中学生と思い油断し五衛門風呂を使ったが、すでに左右大きさの違う乳房と陥 没乳は確認されている。腰も引き締まっておらず安産型であった。古材の節目と月の明 かりがそれを可能とした。乙美ちゃんのコンプレックスの元であった。

 表には裏があるが裏にはさらに奥がある。裏が分かったところで喜べない。  その奥の闇に高校番長が気づいたのだ。あわれ、上級生の坂田くんはある日頬に絆創 膏と右足にギブスをつけて現れた。松葉杖で入り口の鐘を鳴らして入ってきた。東越中 学は越野高校の直接の支配下となり軍事顧問が派遣されたと告げた。危険を感じた大友 くんは逃げてしまいに転校してしまった。大友くんは足の悪い芹華ちゃんからも逃げて しまったようだ。小児マヒだった芹華ちゃんは金くんが新聞紙を貰いに行っているので 大友くんよりも芹華ちゃんと親しくなった。金くんのナンパはすべてゴミがらみである。 足の太さが違うので気にしていたが金くんが例のベットでスポーツマッサージとやらを 駆使して奥まで覗いていた。看護婦の刀自子ちゃんからツボのことを聞いてきて熱心に 負担のかかる足をマッサージしていた。蘇我くんが刀自子ちゃんのアパートへ取りに行っ たツボの図解と針の本があったのですっかり信用したようだ。足は金くんに任せて蘇我 くんは金先生の休憩時間にひたすら胸のラインを眺めていた。 「お母さんはわたしにお嫁に行けないというの」 「そんなことはないよ」 「タットーのお嫁さんにしてくれる」 「・・・・・・」 「やっぱり足が悪いからだめだよね」  蘇我くんが芹華ちゃんを連れ歩くようになって悪口を云う者がいなくなった。校区が 違うので明日香ちゃんに会う心配はなかった。ある日「アヒルの家」に立ち寄った。川 岸に小屋を建てて住んでいるのだ。町内会の地図にも載っていない家だ。父親はいなく 母親と二人で住んでいた。母親は蘇我くんを見ると一礼してどこかへ出て行った。自分 の部屋に通して足が悪くなっていない頃の写真と秘密の玉手箱を見せた。床の下がピチャ ピチャと水の音がする。 「ぼく、芹華ちゃんと一生一緒にいるよ」 「ほんとう!でも金くんも結婚してくれるって云ってるんだけど百女ちゃんがいるの。 タットーにも明日香ちゃんがいるんだって」  絶望的な気持ちになった。「一生側にいてもらいたいの。お父さんのように途中でい なくなると暮らしていけなくなるの、約束できる?」 「うん」  芹華ちゃんはすっかり喜んでいる。結婚という言葉にあまりに弱すぎた。 「泊まって行ってね、一人で寂しいの、お母さんは工場に行って朝まで帰らないから」  夜、大人びた緋色のネグリジェを着て恥ずかしそうに布団に入ってきた。大きさを気 にして卷いていた足の包帯をほどいてやるとやはり足の指が内側にくっついている。骨 がもう固まっているのだ。太い方の足は太股まで包帯を卷いている。足の指がつぶれて いるのは小さい頃から歩かないので靴に無頓着で小さいのを何年も履かされていたから だと云う。胸は母親の下着が調度いい。両手で隠しているが風船の膨らまし口がちょっ と隠れるだけである。それでいてウェストは蘇我くんの両手の輪で足りるのだ。胸を揉 むとうっとりといやがらない。やがてまぐわろうとすると痛がる。それでいて初めてで はないというのだ。目を閉じてじっと待っている。  少しずつ進んでゆくと朝になってしまった。  決して声を上げないと思ったが慣れると高音でよく鳴いた。

 秘部はみんなと同じかと不安そうに聞いた。他より気持ちがいいと云うとうっすらと

涙を浮かべた。他の誰よりも多くまぐわりたいと思ったのは事実だ。  窓から栗ノ木川の景色が見えた。ハバロフスク木材の筏、向かい岸の家並み、鴨の飛 来、船で旅行しているようだ。翌朝トイレを借りると恥ずかしそうに案内した。見ると 杭を打ってその上に板を渡してあるだけの文字通りの水洗であった。その杭と板と釘の 打ち方をどこかで見たことがあるような気がした。金くんの家のトイレは穴を掘ってこ れと同じ構造だった。淫事には水音がよくにあう。 「新聞紙を取りに来るおじさんが作ってくれたのよ」  やはりそうであった。父親が守ろうとしたのはこの家族だったのだ。当日愛し合った 二人はどこかに泊まっていたのだ。一ケ月もしないうちに金くんの父親がやり残した仕 事を全部仕上げた。冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、テレビ、その他もろもろ。いずれも金商 事の商品であった。母親は最初再三の訪問を怒っていたがやがて夜勤の日を教えてくれ るようになった。いくら持ち出してもさっぱり志羽田城は広くならなかった。仏壇から 「資本論」の一三巻が回収されて志羽田城図書館も蔵書が復元した。金くんは請求書を 寄こしたがトイレに金隠しをつけに行ったとき青ざめて出て来て請求書を回収した。同 じことに気づいたのだ。金くんの父はこの親子の生活を守ろうとしたのだ。

 ちなみにこの家は風呂がなく志羽田城に「もらい湯」に来ている。親子揃って二日に

一度は来るが時々芹華ちゃんを置いていってくれる。丸大デパートで特大のブラジャー をたくさん買ってあげた。母親の胸もすっかり持ち上げられ湯上がりは悩ましい。夜勤 があけて母親が寄る時は楽しみだ。身持ちが固く十三回目にやっと躰を開いた。下履き を奪うと少女のように草が生えていなかった。当然陰戸は広いが浅い。同じ声を出す。 三十で子供を生んでいるくせに芹華よりつたない。娘と同じベットに入りたがらないの で和室を使っている。そこは思い出の本があるが落ちつくようだ。金くんの父親の話は お互いに避けていた。父親が納得しているのだからこちらが責める必要はない。房事は 娘には内緒という事だ。芹華ちゃんは相変わらず小さい靴を履いている。デパートでも 大きいのは買ってあげなかった。

 坂田くんはやっとのことで土間に腰掛けた。足のギブスを蹴ると痛いと云った。 「猫山病院にかつぎ込まれてしまったよ、仮病じゃないぞ」  坂田くんは笑っているが悲壮である。 「肉でも食ってけよ、坂田くんは弱いなあ。塩漬けにされないでよかったなあ」  自分のせいだとはつゆ知らず番長を冷やかしてた。年上でありながら貧農で育った坂 田くんはさっさと笹口薬師堂での敗北を認め恭順の意を伝えて来たのだ。今は同じ中学 になっている。 「中学番長が小学生に負けるとは何事であるか」  見たこともない敵が坂田くんに鉄拳を与えたのだ。通学していたバイクのタイヤに鉄 筋を投げて絡ませただけだが。相手はその時点では姿は現していない。笹口薬師堂では ひどい目に合ったが上納金が利益折半としてやり気を示していた。あとは舎弟を納得さ せられる美女を添い連れれば権勢は永劫に渡るのだがカエルに似ていたのでうまくいか ない。栗毛の絵美哩ちゃんに目をつけたのだがほとんど成功不可能であった。彼女は体 型が他の女の子より抜群に外人化している。百女ちゃんの下ぶくれ、明日香ちゃんの卵 型の顔にくらべるとロボットのように精悍で神秘的なのだ。首と手足が長く、出ている ところは出ているのだ。米国人の血が混じり帰国していた。ベジタブルと洋食パンを大 量に摂取するといううわさが立ちみんな真似をした。ただしあの栗毛色だけはいかんと もし難かった。染髪材料が入手出来なかったのである。入手出来たとしても週番制度に より入校出来ない。もちろんスカートたけの短い絵美哩ちゃんが週番に意見されないの は坂田くんの必死の週番との合意の成果である。  俺がどんなに苦労してデートにこぎつけたか、延々と彼女に対する自分の気持ちを説 いていた。まめにやることが坂田ガエルの唯一の戦法なのだ。学校で彼女の下駄箱に恋 文まで入れたそうである。 「手紙ってのは成功しないよ、なあ、金くん。とくに男に出すとひどい目にあうぞ!」  たくさん出してすみやかに引く、これが手紙の方法だ。 「そうだよ、笹口小学校では三年生になると全員に出していたけど十人に一人だけだっ たよ、うまくいくのは。下駄箱に朝みんなに入れておくんだ。秘密にして悩んでいるの はオッケーだ。だいたい回し読みされてポイだよ。特定の子と付き合うと損だってすぐ に気がついたけど」 「そうだよ、アメリカ産に手紙なんてだめだ、今みたいに気持ちを正直に云うんだよ。 坂田きんは学ランでつっぱってるけど家に帰ると食事も喉を通らないと正直に云えば云 いんだ」  蘇我くんは稼ぎが優秀なので多少の面倒を見る気になっていた。 「もっと大きな声で好きだと云って見ろよ!」 「スキダ!オレハ、エリカがスキダ!」  実は蘇我くんは坂田くんが来ないかと楽しみにしていた。案の定現れたわけである。 愛の告白を延々とやっているわけだ。二人はなぜか笑い転げている。 「そんなら好きなら連れて行けばいいじゃないか」  蘇我くんが指を鳴らした。奥から金くんが絵美哩ちゃんを連れて来た。白いシーツの 上で煎餅をかじって本を読んでいたのだ。明日香ちゃんも絶対入らないその寝所は絵美 哩ちゃんお気に入りの場所である。東洋に送られたペルシアの美女のように妖艶に腰を くねらせている。シャワーで濡れた髪はもうすっかりかわいている。 「あまえら!なんかシタだろう!ベットにいるなんておかしいぞ!」  ウルウル顔である。もう三回もしていた。 「つきあわなんいならおれがつきあうよ」  金くんは突き放す。蘇我くんは笑いをこらえている。 「いつからいたんだい?」  坂田くんが質問した。 「ずっと前から、そんなにわたしが好きなんだ・・・」 「全部聞かれたのか?」  逆光を受けて絵美哩ちゃんの身体が浮かび上がる。坂田くんは男らしいいい顔になっ ている。悩みぬいた末、ついにまじかで新しい恋人と喋れたのだ。 「背がつりあわないわ」  絵美哩ちゃんも突き放してしまった。二度と女の相談をあいつらにすまいと誓った。  話の経緯はこうである。

 蘇我くんは明日香ちゃんにどんな子か聞いてみたことがある。ハーフの子がそろばん

教室に入って来たと聞いていたからだ。明日香ちゃんが他の女の子を話題にするときは 何かあるのだ。まず絶対にかわいい。 「じゃあ、まずここへ連れて来なよ!」  蘇我くんはゲルマニウム・ラジオをいじっていたある日、明日香ちゃんが絵美哩ちゃ んと志羽田城に現れた。セーラー服のスカートが小さくうんとミニになっていた。 「新しい友達なの、お父さんの仕事でずっと外国にいたのよ。これが蘇我くんよ」  絵美哩ちゃんは蘇我くんに首を傾げて微笑んだ。 「蘇我くんはわたしの彼氏なの」  明日香ちゃんは釘を差した。絵美哩ちゃんの顔は曇る。坂田くんには不釣り合いであ る。二人はここに来るまでにしつこく誘って来る男の話をしていた。どうやらその男は 工業高校の生徒らしい。校門で必ず待っているそうである。もちろん坂田くんもその一 人だ。絵美哩ちゃんは明日香ちゃんと町を歩いていても古町のチンピラに絡まれる。「 タットー」の名前を出すと敵が遠ざかる。それで「TATTO」の名前に興味を持って いた。 「蘇我くんと明日香ちゃんは兄妹だよ」  金くんがガラクタの整理をしている。たまにはいい事を云う。明日香ちゃんはうつむ いた。 「あのずんぐりした坂田くんより蘇我くんの方がいいわ」  混血娘はストレートである。 「坂田くんはぼくの友達だよ。つきあってやりなよ」 「蘇我くんがそういうならいいわよ。その代わり明日香、一度タットーとデートしたい わ」 「いいわね、護国神社はどう?今度の休み三人で行こうよ」 「明日香、二人にしてよ」  絵美哩ちゃんは微笑んでいる。それからしばしば遊びに来るようになった。当日はな ぜか、金くんもリヤカーを引いて後から現れた。

 絵美哩ちゃんのように輝いている娘は数少ない。明日香ちゃんも百女ちゃんもみんな 初対面から輝いていた。けれどもその数は少ない。こういう子を相手に取られてしまう と絶対に戦争は勝てない。出来れば身内でうまくやってもらいたいのだ。その他はさま ようかまったく相手にされないので当面の敵ではない。与え続けなければ彼女らは必ず 謀反を起こす。また、そういう女の子でなければ味方にもしたくない。  イボカエル坂田くんのデートは成功した。手におえるのだろうか。好きな女にふさわ しい男になろうと努力するタイプであった。


随に使いを送り無礼な国書に腹を立てた 怒った随は琉球を責め滅ぼした                推古天皇記


 ある日、蘇我くんは高校から呼び出されていることを告げられた。敵は着々と侵攻を 始めていた。面倒なので使いの坂田くんに手紙をあづけた。

  ぼくたちの学校は歴史も古い。それに東にある。勝手にやっていく   からほっといてくれ。習うべきことは習うが服従なんてしませーん!

 絵美哩ちゃんと一緒にその日、越野高校へ手紙を届けにいったのだ。絵美哩ちゃんは 見栄だと思っていたが坂田くんは大得意だった。側近の逆鱗に触れついに皇帝のお目通 りとなった。今度は相手が絵美哩ちゃんのロボット・フェイスに一目惚れしてしまった。 誰か紹介するのは覚悟していたが先にいいものを見せてしまった。地元高校の総番長が 「絵美哩上納」ということになったのだ。テカテカにした帽子をアミダにかぶり総合力 でやっと口説き落とした坂田くんは「おれの彼女にする」という高校総番長に寝取られ る羽目になっていた。 「女ですむなら安いもんだ!かっこつけてそんなところへ連れて行くからだ・・・」  志波田城の経理を担当していた金くんはつれない。笹口大戦争で恭順の意を表してい た坂田くんは下級生金くんの発言に涙を浮かべた。 「まだシてないんだ」  カエルの恋の見た想いがした。

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