壱七の記(皇帝登場)


金春秋は倭に来たが姿や顔が美しくよく談笑した        日本書紀孝徳天皇記

朕は大寺を建造するので越の人夫を徴発せよ          日本書紀皇極天皇記

越の蝦夷が数千が服属した                  日本書紀皇極天皇記

 案の定、蘇我くんの呼び出しになった。
 今度は絵美哩ちゃんも相手とのデートはイヤだと云った。廃品回収をかねて川沿いの
道をリヤカーを引いて歩いている。水鳥が飛来しクラブのボートが川を滑っていた。後
ろに乗っている者がずいぶんのんきそうに見える。赤い橋は地震で橋桁が落ちたがいつ
の間にかつなげている。安っぽい橋に火炎式土器を飾っているがふ釣合である。
「遠くていやになっちゃうな、まだかな、遠いな」
 リヤカーは女の下着で磨いてピカピカである。金くんも猛烈に掃除していた。金くん
は古着にも手を出し始めていた。今回のは芹華ちゃん母娘のものだが隣のお姉さんのも
のもたくさん集めることが出来た。更生すると娘がそれを欲しがった。ナンパに使って
いたが商売になると気がついた。
「洗濯機が拾えたからいいじゃないか」
 アヒルの家に洗濯機をやってしまい金タライと洗濯板だったので蘇我くんは機嫌がい
い。自分はさっさとアヒルの家に入り浸っているのだがいいものを全部運んだので新婚
生活中の金くんに引け目を感じていたのだ。

 越野高校の校舎は河の横にあった。越の中学は服属しているがまだまだ先はあるよう
だ。とりあえず相手を見に行こうということになった。金くんは自分は倭に来た「人質」
のような者だと行っていたが志波田城の軍議はすべて把握しており今日の行動も彼の案
だ。今では欠かせない人物になっていた。

詔して「諸人は女人を貢上せよ」といった               天武天皇記

 高校の体育館の二階の階段には少女が数人けばけばしい服装で腰掛けていた。コンサー
トの帰りだと云う。階段を登って並んでいる部室の中から「剣道部」を捜し当てた。部
室に入ると春日劇場で見たピンク映画のような声が聞こえて来た。部屋の入り口には髪
を栗色に染めた痩せた女が煙草を吸ってその奥に男子が金髪で四名いた。彼の城は学校
に間借りした剣道部部室だった。正式の剣道部をサークルに追いやって部室も乗っ取っ
ていた。隣の「ロック研究室」とも中でつながっている。学校の予算でつくった部室だ
からいろいろな道具があった。しかし間借りでない志波田城のほうがはるかに機能的な
要塞であった。名前を告げると白い粉を顔につけた男が待ってろと丸いテーブルの椅子
を顎でしゃくった。
「いたーい!いたーい!」
 奥の部屋で新しい坂田くんの新しいスケ番、圭ちゃんが儀式を行っていたのだ。中へ
入って行こうとする金くんを赤毛の麻子ちゃんがあわてて制止した。マッサージ用のベッ
トで女が足を大きく開いている。初めてらしく顔を手で隠してベットから頭が半分こぼ
れていた。
「痛いよう!見ちゃいやだよう!」
 見えなくても圭ちゃんの絶叫放送でだいだい中の状況が分かった。
 楊台くんがやっと出てきた。額に微かに汗を浮かべ、長い学ランを着込んでいる。紫
色のマフラーを首に巻いてさっそうと奥の部屋から現れた。金色の髪で鼻筋が通り涼し
い顔をしている。名曲堂の前でギターを引いているポスターを見たことがある。地元の
テレビにも出ていて顔を知らない者はいない。蘇我くんが社会面を賑わせていた頃彼は
文化欄で紹介されていたわけだ。まず栗色の麻子ちゃんに話しかけた。痩せた圭ちゃん
がその後モジモジと出てきた。外の光がまぶしそうである。
「これからは麻子が座っているところに座りな」
 麻子ちゃんはいまいましそうにソファーを真実ちゃんに譲った。目を赤くしていたが
すぐに親衛隊にタバコを薦められて満足そうに受け取った。一気に吸い込んだがむせた。
あわてて灰皿に残りを置く。
「宮浦中学の番長が童貞じゃ、しようがないじゃないか」
 楊台くんはまだ蘇我くんを無視している。
「麻子、面倒みてやれよ」
「わたしが?友達でもいいでしょ」
「友達はおれに紹介しろよ、圭の次にもっと紹介できるか、それなら待つぞ」
「もう全部紹介してしまったわ」
「それなら、お前が行くんだ」
 圭ちゃんをジロリといまいましそうに見た。圭ちゃんは勝ち誇った様に上気している。
実況アナは今ではすっかり口数が少なくなっている。

君に二政なく臣に二朝なし                      孝徳天皇記

「ぼくが楊台です、よろしく。君が蘇我くんだね?」
 金髪のカツラをかきあげた。眉目秀麗な顔だちをしている。
「こちらこそ」
「東越は中藤が仕切っているんだから手を引け!番長を仕切るってのはどういう了見だ。
高校まで手をのばしているじゃないか、これを見ろよ」
 急に口調が元に戻った。バサッと机の上に投げたバインダーには「組織図」「会則」
「憲法」「帳簿」・・・とあった。悪の記録簿というわけだ。こんなに儲かっていると
憲法を作るのにも熱が入るだろう。
「こういうふうにきちんと組織があるんだよ、みんなが何年も決まりをつくっているん
だ。なにもないくせにいきなり乗り込んで来たおまえたちは百姓だよ」
「博多から川を渡って大阪、信州を通って越に逃げてきたもので越のしきたりなんて知
りませんでした・・・」
 蘇我くんは面倒くさそうに相手をしている。金くんはすごいと思っている。
「朝鮮から海を渡って倭人に連れてこられたもので・・・先輩はどこですか?」
 金くんも金色の能面をからかっている。高校生だというだけで頭はまだトウモロコシ
のままだ。だてに中学を取り仕切っていないんだ。
「ふざけてるだろう!ぼくの家は病院を経営しているんだ!誰がなんといったって屑屋
じゃ追いつかないし世間の信用が違う・・・どんなに頑張っても一生、浮かばれないぞ。
生かしといてやるからおとなしく服従するんだ!いいな!中藤に今まで通り全額を渡す
んだ。七割を取っているって云うじゃないか。それから他の中学にも手を出すな」
「やなこった」
 蘇我くんが冷ややかに笑った。中藤くんはウソを報告している。
「なんて云った!」
「・・・・・・」

 雰囲気を見て水泳大会の練習があると云って麻子ちゃん圭ちゃんとが出て行った。入
れ替わりに真実ちゃんが入ってきた。制服のままである。坂田くんの話ではバイクの助
手席から空に飛んで頭を打ったと云っていた。連中に拉致されてから向こうのファンに
なってしまったのだ。蘇我くんを見てびっくりしていたが、熱い視線で楊台くんを見つ
めている。ショートカットで背は低いが大きなタレ目で坂田くん好みだ。
 蘇我くんと金くんの態度を見て皇帝は方針を変えた。蘇我くんも人質が出来ているか
ら方針を変えている。
「タバコを吸ったことないだろう、ホラ」
 煙草を勧め自分も火をつけた。蘇我くんはハイライトを吸ってわざとむせた。タバコ
はピー缶と云っていたのでさすがの金くんも芝居につけて行けなくなった。
「ハッハッハッ!」
 バックの楽隊が笑っている。革のチョッキを着ている。
「むせやがって・・・拾うんだよう!」
 蘇我くんがひっくり返された灰皿を拾っている。燃えているタバコも一本一本探して
いるが拾い切れない。テーブルの下に潜り込んでいる。真実ちゃんは赤いパンティをつ
けている。筑紫くんの少女メモによればいつも白いデカパンを履いていた子だ。
「何やってるんだ!顔を上げろ!いいか、お前があんなふざけた手紙を寄こすから、坂
田を痛い目に合わせたんだ。元はと云えばお前を懲らしめるためにやったんだぞ!」
 親衛隊が机を蹴飛ばした。真実ちゃんが暴力にうっとりしている。
「わかった、勘弁してください」
 金くんは蘇我くんが謝るのを初めて聞いた。
「ガキのくせして・・・うまくやっていこうよ。最近は生活指導がうるさいんだよ」
「そうですね」
 皇帝は白い歯を見せた。
「真実ちゃん、一緒に帰ろう。坂田くんも腕が折れてしまって助けられなかったんだ」
 蘇我くんは真実ちゃんに話しかけるチャンスをうかがってた。
「おい、お前、坂田のとこへ帰るのかい?」
 真実ちゃんは首を振った。
「わたしここにいるわ・・・坂田くんは弱虫だからもうつきあわない。蘇我くんも嫌い」
「ほら、見ろ・・・一緒に帰りたくないって云ってるぞ。絵美哩と交換で返すつもりで
呼んだんだぞ。バイクでひっくり返って電線に引っかかっていたからさらってきたんだ、
いつでもくれてやるぞ」
 蘇我くんはうつむいた。
「ギターが弾けたら前座をやらせてやるぞ!さっきも見たろう、女の子がみんなプレゼ
ントを持って来るんだ。どうだい、いい話だろう」
「やりますよ!チケットはぼくが売りますよ」
 金くんが目を輝かせた。悪い話ではない。オールナイト・ニッポンでロックを聞くこ
とは好きだった。女の子がからめばなんでもやる。電波の状態は悪いが必死で聞いてい
た。
「女か、女が好きなんだな・・・いいもん、見せてやるよ、来い!」
「楊台さん、今日、来いって云われたから・・・」
 ドアから出ていこうとするので、真実ちゃんがやっと口を開いた。
「絵美哩を連れて来ないからいけないんだ」
「ねえ、さっきの話ウソでしょ、楊台さんはわたしと付き合ってくれるんでしょ?」
「ああ、こいつらとつきあってやれよ、優しくしてもらえよ」
 ベースとリードギターとドラムとキーボードを顎でしゃくった。
「いいんですか?頂きます」
 親衛隊の一人が確認する。耳元で楊台くんに何かささやかれ大きな目に涙を浮かべて
首を振っている。髪の毛をやさしくなでてお別れをしている。金くんの方に走って来よ
うとしたが止められた。一番大きな身体をした男が樫の木で出来た木刀を蘇我くんの頬
につけた。金属で飾っている洋服とブーツがカチャッとなった。格闘技の中で集団を相
手に喧嘩をする場合は剣道が最強だと教頭先生にいやというほど知らされていた。金く
んもエレキギターで頭を狙われており動けなかった。真実ちゃんは二人に抱えられて奥
の部屋に行った。
「イヤーン!離して!」
 足と頭を抱えられ運ばれた。裾が捲れて赤いイチゴのパンティが見えた。
「イヤーン!楊台くんじゃなきゃいやだ!」
 金くんは楊台くんが押そうとしていた入り口の火災報知器を試しに押してみた。柔道
部とレスリング部と空手部の部室につながっていた。
「なめたことしてくれるな」
 ロック研究室は防音だから外までは音は聞こえなかった。
 あわれ真実ちゃんは親指を噛んで顔を右に左に振っている。
 楊台くんに教えられたまぐわいの方法をこんなときにも使っている。
 それがますます男達を駆り立てた。
 楽器にされた真実ちゃんはいろんな音色を出していた。

 階段の女の子からあちこち触られて一階に向かう。集まってきた運動部員は「タットー
じゃないか!」と声をかける者がいた。東越中学の卒業生だった。
「気安くタットーと呼ぶな!」
 クラブ員は遠のいて道を開けた。在学中はこの下級生にさんざん痛い目にあっていた
のだ。
「みんな何でもないよ!道を開けてくれ!こいつが非常ベルを押したんだ」
「ああいってるぞ、どきなよ」
 人がサーと引いた。
「お前も有名なんだな」
 楊台くんも狭い通路をかきわけた。扱い方を変えて仲間にしようと思っている。虎は
野に放たない方がいいのだ。蘇我くんは黙って歩いている。体育館の横の道だ。
「ああやらないと、次の女がつくれないんだ、人もついて来ない。お前ならよく解るだ
ろう。それにあの子は前の男が悪いからよく洗ってなくて臭いんだ、さっきの圭のはき
つくてまだヒリヒリするんだ」
 皇帝は蘇我くんに耳打ちした。一理あると思った。なぜか前の男の金くんはうつむい
ている。
 体育館の中ではブルマーをはいた女子生徒がクラブ活動をしていた。みんな楊台くん
を見ている。片隅で一年生が日曜日に開かれる校内水泳大会の説明を受けていた。女子
更衣室に使っている体育用具室に裏から入った。奥の跳び箱につっこまれた。金くんは
スポンジ入りのマットに隠された。体操部が衝撃防止のために使用しているものだ。金
くんは窒息寸前だったが跳び箱は快適だった。やがてたくさんの女性徒がにぎやかに部
屋に入ってきた。さっきの麻子ちゃんと真実ちゃんの姿も隙間から見える。全裸になっ
て水泳の授業の水着に着替えていた。圭ちゃんはさかんに下半身を気にしている。着替
えが終わりみんながプールへ出て行った。二0人もいたので飛び箱の中でぐったりした。
金くんはほとんど窒息死していた。
 三人は一息ついて用具室で話している。
「今度、絵美哩をおれに紹介しろよ!連れてこなかったらどうなるかわかってるんだろ
うな。連れてくればまた見せてやる、いいな、さっきのようにでかい面をすると勘弁し
ないぞ。真実も麻子も笹口から来た子でおれの女になっている。また帰りも入って来る
からゆっくり見て行けよ。終わったら文化部の聖夜に会って行け!いままでの中藤の所
の分は彼女の所へ持って行け。間に入ってピンハネなんかするなよ。見込みがあったら
中藤の替わりに使ってやるよ。聖夜のいうおれの評判をよくききながら帰れ!ちゃんと
毎月金を運んでくれば認めてやるし女だって紹介してやる。助けてもらおうとして宮浦
中学と組んでもだめだからな。わかってるな!坂田の下につけ。麻子を今日行かせたか
らわかるだろう、中学も直接管理してカツを入れるんだから」
 耳に熱い息を吹きかけた。大量の裸洪水で二人ともパンツがベトベトになって冷たく
てしようがないので黙って聞いていた。

 その後赤毛の麻子ちゃんは宮浦中学の番長と駅のベンチでいちゃついちゃついていた
ところを補導された。翌日にはもうこの間の棒が刺さった圭ちゃんが別の男と歩いてい
た。それが新しい番長なのだ。金くんの報告である。補導されてヤケになっている麻子
ちゃんは若草の赤毛を金くんにゆだねた。楊台くんを喜ばせようと残った原液で下も実
験したそうである。太股の内側に「ヨウダイ命」と彫り物があった。失恋した女人は優
しい男に弱いものだ。付き合っている男を見せたときに攻略の作戦が立てられているも
のだ。金くんは彫刻刀で消そうとした。痛さで花唇が濡れた。
 やっとまとめた中学が切り崩されていく。金くんはイラだっていた。
「どの中学が転んでいくか見ていこう、裏切らなかった仲間を一つずつ訪ねて関ヶ原の
決戦だ。明日香ちゃんも一緒に連れていくんだ」
 蘇我くんはのんきなもんだ。

ある邑で亀を捕らえた。背に(壬申の)申の字が書かれていた。
上が白で下が黒。乱を暗示しているのだろうか             天智天皇記

 三階の文化部の部室に行くと利発そうな聖夜ちゃんが教室の隅で金庫を広げて部費の
計算していた。長い眉で目がつり上がって生意気そうだ。「平凡パンチ」の全国美女高
校生のグラビアと同じ顔をしていた。学校では評判になった。蘇我くんは演劇部の部室
で見つけた禿のカツラをかぶって僧侶の真似をしている。
「これ、楊台さんに渡せって云われた。取りに来なくてもいいですから」
 蘇我くんが聖夜ちゃんの机の夕陽を閉ざした。顔を上げると夕陽が飛び込んだ。手を
かざすとどこかで会ったような男の子が立っていた。カツラをかぶっているのでよく顔
が解らない。
「ああ、文化部への寄付金ね。あなたたちもひょっとしてアレ?」
 受け取った通帳と印鑑を確認しておもちゃのような金庫に入れた。白い指が目に映っ
た。
「アレって?」
「ほら、番長ごっこよ。中学生のくせにあんまりグレていると警察に捕まるわよ。楊台
くんに逆らうと大変よ。坂田くんを使って周りの高校に上納させてるって本当なの。彼
は市内の高校五つの総番長よ。二番目だったんだけど、一番目の番長とわたしを取り合っ
て決闘したのよ。それで彼が勝ったの。お父さんは医者で養子に入ったんだけど、お母
さんは名家よ。勉強も出来るしみんなが尊敬しているわよ。悪いこと云わないから一緒
にやりなさい」
 コンサートのキップは三十枚渡された。
「一枚五百円よ、毎月あるから来月までに持ってきてね。売れなくてもね。ここにサイ
ンして、うちはただお金を取るようなことはしないのよ」
「売れなくても・・・」
「そうよ、ここに名前を書くと借金になってしまうから逃げようたってだめよ。お父さ
んは弁護士をやっているから教えてくれたのよ」
 金くんがアチャーという顔をしている。弁護士会の持ち回りでいかげんな国選弁護を
した主だ。人生は流転する、人はふたたび巡り会う。金くんの復讐を止める人間はいな
い。カバンからチケットを取り出して渡す。「草柳」と三文版が波線の上につかれてい
た。
「あら、年の割には背が高いのね」
 立ち上がると金くん達の方が背が高かった。
「肉を毎日、食べてますから・・・」
 金くんの言葉が冷えて震えている。蘇我くんが笑う。
「ベジタブルも・・・」
「あら、サラダのことかしら、イタリア軒のサラダがおいしてわよ、食べた事あります?

「いや、亀田の畑にいくらでも生えてるから・・・」
 志波田城の先が亀田の平野である。
「なにそれ・・・亀を食べるの?あなたってどこかで見た顔ね・・・」
「タットーって知ってますか?新聞に乗ったよ、確か黄色と黒の折り鶴を病院へ届いて
くれたはずだけど勘違いかなあ」
 金くんは急に胸を張った。聖夜ちゃんはうつむいて動揺している。
「知らないわ、何よ、それ?」
 金くんはがっかりしている。蘇我くんを見舞ってくれたおさげ髪の女の子を思い出し
ていた。明日香ちゃんが後から来て追い出してしまったけれど。
「わたしだって雑誌に載ったのよ、見たことある?手紙がいっぱい来たのよ」
「平凡パンチは読まないんだ。ボーイズライフをとってるよ。少年キングも読んでるん
だ、おもしろいよ」
 同級生がプールへ行こうと誘いに来た。一年生は全員集合と云っている。
「わかった、すぐに行く!これから毎月あえるね。楊台くんにさからっちゃだめよ。つ
きあっていけばいいことがあるから・・・」
 蘇我くんの顔を見ようとはしない。昔のことを想いだしたのだ。
「中学と高校の差があるのよ!解る!わたしの云う事を聞いてね」
「中学校と高校の差ですね、覚えておきます」
 蘇我くんの目が冷たく光った。

自己の懐に入れた物は倍にして徴収せよ                孝徳天皇記

 二人は高校の屋上に来ている。
 途中、坊主になってあちこち見学して来た。
「タットーと明日香ちゃんもあんな感じになるのかな?結局やってることはおれたちと
同じだな・・・志波田城に招待してこっちの力を見せようか。喧嘩が家柄で勝てると思っ
ているんだよ。直してやろうよ」
「金きんとつきあうのをやめろと云ってたよ」
 金くんは寂しそうな顔をした。
「ぼくはそんなことは云わないから楊台くんとは違うよ。金くんを大切にしていないと
向こうは一挙に坂田くんを滅ぼして攻め込んで来るよ」
「・・・タットー、わかったよ。楊代くんはでかいからな。坂田くんと組んだように今
度は楊代くんと一緒にやった方がいいぞ、おれもいつまでもこの国にいない・・・迎え
が来れば多分国に帰ると思うんだ。ここに父親と流れてきたのも帰れるというウワサを
聞いたからだ。タットーは坂田くんと組む方法もあるゾ」
「いや、金くんとは長くつきあっていろいろ教えてくれたから離れる気はないよ。坂田
くんは必ず楊台くんと組むよ、幸い足に沓が履けない怪我をしているから絵美哩ちゃん
に頼んで動けないようにしよう」
「じゃあ、憲法とか、会則みたいなのをつくってもっと儲かるようにしようよ、紙に書
いてあるとみんなが守るんじゃないか。小学校と中学が上納しているからもっと貯金が
増えるよ・・・みんなぼくたちを恐がっているよ」
「そんなモン作ったって誰も守らないよ。感心して読む人もいるけど、ぼくたちは学校
の教科書も信じられなかったじゃないか。絶対ウソが書いてあるって云ってたじゃない
か。金くんに教わったんだ。病院にいてもみんなの云うようにおとなしくしていないと
すぐに食事を減らされたし明日香ちゃんが来てくれなかったら殺されていたと思うんだ。
毎日毎日、ぼくの頭に針を差したし、身体は嫌がっていたんだ。ぼくたちは女の子を追
いかけているけど女の子は子供を生めるから徳だよ。遊ばれているのはぼくたちの方な
んだ。ためされているのはぼくたちなんだよ。だから、喧嘩には勝たなくちゃいけない
んだ。どんな手段をつかっても勝たなくちゃいけないんだよ。女の子は男の子に勝つこ
とをを求めているんだよ」
「いままで通り利益折半、ごまかしたら倍、困ったときは金を貸してやろう、利子をとっ
て。こっちの食いぶちは自分で稼ぐ」
 金くんは結論を出した。
「楊台みたいにコンサートをやってキップを買わせたり、家から薬を持ち出して来て売
らせればもっといいんじゃないか。うちのラジオも直して結構売れるんだ、品物を持た
せたりつくらせたらもっと儲かるんじゃないか」
「それじゃあ、この国と一緒だよ。金くんはそれでひどい目に会って来たじゃないか。
ぼくは金くんや坂田くんが儲かったりかわいい女の子とつきあっていたりしてると楽し
いんだ。一緒に金くんが何が欲しいのかなって考えて来たから一緒にやってきたんだ。
明日香ちゃんも百女ちゃんもいったい何が欲しいんだろうといつも考えているんだ」
「今回の戦争は絶対勝ちたいんだけど、相手が悪いな」
「その前に、敵を観察にいこうよ!」
「なに?」
「更衣室行ってみようよ」
「そうだな!敵を視察しなけりゃ・・・」
 更衣室には親衛隊の金髪が先に入っていたが今度は叩きのめして追い出した。金髪は
ナイフを持っていたが、毎日ママが調理した肉料理を食べているだけなので使い方を知
らなかった。こっちは一階の購買部で失敬した小刀しかなかったが生肉の切り方を知っ
ていた。赤犬は広野を背景にして襲ってくるが金髪は舞台での踊り方しか知らない。す
ぐに金髪の喉仏にナイフが止まった。
「犬より弱いぞ!タットー!鑑別所に入ってもいいか!」
 金くんが馬乗りになって叫んでいる。
「近いから毎日行ってやるよ!喉を切ってしまえよ!犬より簡単だよ」
 全員が飛び出して逃げた。豚と犬は観念して目を閉じて涙を浮かべるがるが人間は「
助けてくれ」と云った。勝手なものである。
 金くんは用具入れのロッカーに潜り込んだ。聖夜ちゃんたちが入ってきた。鏡がつい
ているので二人とも金くんの前でポーズをつけていた。中学生とは比べものにならない
ほど発育していた。
「平凡パンチよりいいな、制服じゃあなあ。ナマだよナマ・・・ナマに限るよ」
 金くんはすっかり興奮している。

越の国が燃える土と燃える水を奉った                 天智天皇記

 緑色の金網の向こうで聖夜ちゃん達が水遊びをしている。親衛隊のバンド仲間が二人
を探し回っているので学内をウロウロして逃げ場所を探した。屋上からプールを覗いて
いた黒ぶちの男に蘇我くんが話しかけた。どうやら彼は聖夜ちゃんに片思いらしい。生
徒会室の視察で彼の事を確認していた。あちこち学内を探検して教官に見つかったが「
学校見学です。来年受験するので」とごまかした。
 蘇我くんは生徒会長に話しかけた。
「いいもんが見れるよ。体育館の奥の女子更衣室知ってる?プリプリだったよ」
「えっ、ほんとか!」
「番長グループが煙草吸ってるからいない時に云った方がいいよ」
 ポケットに忍ばせたラブレターを渡す前に聖夜ちゃんの裸を拝むはずである。ハイエ
ナに躰をもて遊ばれた真実ちゃんがやっぱり恋心を届けようとポツリと信濃川を見つめ
ていた。蘇我くんが屋上から見つけていたので拾って帰ってきた。
「坂田くんなんて紹介するからわたしは不幸になるんだわ」
「ちゃんと洗ってから男に会いに行けっていったじゃないか・・・」
 金くんは説教をしている。
「だって、急だったんだもん、電話がかかって来て、嬉しかったのよ」
 彼女をリヤカーに回収して信濃川の土手を歩いてた。洗濯機と一緒なので彼女はみっ
ともないと川に飛び込みたがったけれど、なんとか自殺を思いとどまって貰った。コー
スを変えてガチガチになってしまったパンツを買いに大和デパートに寄ったので遠回り
になった。ついでに真実ちゃんのパンツも買って渡した。デパートのトイレで履き変え
た。
「二人もやられたの?二人ともきれいな顔してるから、男に狙われるのよ」
 真実ちゃんは同情していた。繁華街でバスがリヤカーを追い越せずに警笛を鳴らした
がわざとゆっくり引いて帰ってきた。中学生の発育さかりは非常に重たい。栗ノ木川は
浅いから捨てても大丈夫だろうと捨てようとしたら必死で荷台にしがみついた。
 金くんは風呂に入れてよく洗って貰った。血が滲んでいたのでよく例のクリームを擦
り込んでおいた。湯加減を聞いて白いシーツを引いている。鍋に野菜が入れられ冷蔵庫
から金くんの兄が届けてくれる臓物を足し豆腐とキムチを入れた。風呂、食事、洗濯は
どんな女の子が来ても二人の仕事だった。地中より出るガスのおかげで朝から晩まで風
呂にはお湯が沸いている。真実ちゃんはずっと泣いていたがいい匂いにつられて目を開
けた。煮込んだ志羽田鍋が温まった。美味しいと云ってパクついている。蘇我くんは傾
いた冷蔵庫から血のついた肉を取り出している。風呂と豆腐で直らない悩みはこの世に
存在しない。
 金くんが耳打ちする。ニコニコと笑顔で真実ちゃんに「お願い」しているのだ。
「それなら、一緒じゃない!またするの?一日に四回なんていやよ。あと一回ならいい
けど、じゃんけんしてよ」
 二人の接待ぶりに恩返しをしようと思っていたのだ。あと一回ならと坂田くんを呼ん
だがすでに恋人絵美哩ちゃんがいるので来なかった。真実ちゃんはうきうきと深夜まで
待っていた。じゃんけんで負けた蘇我くんは鍋に野菜を入れてオールナイト・ニッポン
を聞いている。金くんがサルマタ姿で呼びに来た。
「タットー、お前を連れて来いって云うんだ!あと一回は二人でもいいって・・・お前
どっちにする?」
 蘇我くんは楊台くんに聞いていたのでバストを受け持った。皿のように薄かったがよ
く感じ易く金くんは楽をした。クリームが粘膜に膜を張ってよく助けた。
 翌朝、すっかり機嫌を直した真実ちゃんはすっかり過去を洗い流していた。
 よく洗うようになったので学校でももてるようになった。

還都を願わず童謡も多かった。連日連夜出火するところが多かった    天智天皇記

 その夜、金くんが時限発火装置の作成に入ったが朝刊に越野高校の部室が丸焼けになっ
た記事が載った。非常ベルの配線が変更されていて教務室まで届かなかったようだ。原
因は更衣室の煙草の不始末である。生徒の証言では生徒の煙草を不始末が原因のようだ。
蘇我くんがつまずき灰皿の残り火がマットの中でくすぶっていたのである。
 少なくとも蘇我くんは金くんにそう説明した・・・
 その後金くんは時限発火装置を諦めせっせと松脂をたっぷり塗って灰皿を燃え残った
文化部室に寄付していた。便利になったので喫煙者は増加した。ボヤは一度や二度では
なかった。女子トイレには必ず忍び込み「気をつけよう、跳び箱マットと煙草の火」と
落書きしていた。

 貯金通帳は金くんがすぐに盗難届を出されたので、引き出しに来た聖夜ちゃんは帳簿
と一緒に補導された。弁護士の娘だということでこちらは教頭という保護者の登場となっ
た。ますます照子先生の家には帰れなくなった。真面目な生徒会長は体育館の部室でタ
バコを吸っている楊代くんの名前を学校に報告した。日の元が整備していた法律組織を
少しだけ利用させてもらった。
 皇帝が生き残っていたのでたちが悪かった。翌日さっそく志波田城が襲われ忠犬ハチ
が焼き殺された。黒い骨になってしまい百女ちゃんはなぜかほっとしていたが金くんは
怒り心頭に達していた。他の三方の犬は鼻がへし折られていた。
「せめて、ミディアムにしといてくれれば食えたのに・・・」
 蘇我くんが愛しておりついに食わせなかった。


壱八の記(戦わずして勝利せよ)


楊帝が突蕨(とつけつ)に行幸したら高句麗の使者が来ていた。
なんでお前がここに来てるんだと怒った            資  治  通  鑑

使者をやって資材を没収した。重宝の上には、皇太子の物としるししてあった
                           日本書紀孝徳天皇記

 アヒルの家に入り浸っていた。
 金くんが「夫婦」で訪ねてきた。いつもべったりになっている。
「高校生にもなってまだ小学校と同じことをやっている。少しは成長すればいいのにだ
めな奴は最後まで直らない・・・」
「もう一度やろうか、決戦を・・・まるごと燃やしてしまおう!」
 笹口薬師堂の勝利の味を知っている金くんはすぐに賛成した。
「何回戦いに勝っても三年しか持たない。十年位もつ勝ち方ってのはないものかな?」
 蘇我くんはため息をついた。犬以外の被害は金くんは云わなかった。部屋はガラクタ
だらけなので多少の盗難はあるのだろうが城を点検するのだが蘇我くんには解らなかっ
た。
「タットーがおれとつきあうと云ってくれただけでいいんだ」
 金くんがそういって土間の後片付けをしていたと百女ちゃんが云った。百女ちゃんが
受けた被害は心にあるので解らなかった。

 ある日、久しぶりで金くんを訪ねたら平凡パンチの聖夜ちゃんと楊台くんがベットの
上にふんぞりかえっていた。聖夜ちゃんの長い足に寝転がりプレイボーイを読んでいた。
表紙にはウサギの扮装をしたモデルが踊っていた。部屋の飾り付けを変えてベットに自
分の名前が書いてあった。
「おい!蘇我、なんでお前がここにいるんだ、金とはつきあうなと云ったろう!」
 週に一回、平凡パンチと一緒にベットを使いに来るそうだ。百女ちゃんはやっと被害
を喋る気になった。城を壊さなかったのは城ごと奪おうとしたからだ。
「そんなことだろうと思ったよ、じゃあ、百女ちゃんはどこでしてもらってんの?」
「土間・・・」
 予備の寝室は夜まで親衛隊が使っているそうだ。
「土間か、そいつは大変だ」
「そうなの、お尻が冷たいのよ、最近、毎日来るのよ。ホテルだと補導員に捕まるから
よ」

 次の晩、平凡パンチが金くん夫婦に聞かれないようにさえずりはじめた時、天井がミ
シミシとなった。「アンアン」で読んだ様に声を上げているとピチャピチャと何かが頬
に落ちてくる。男の肩越しに天井に目をやると蘇我くんが笑いをこらえている・・・
「ねえ、中学生が覗いてるのよ」
「なに!あいつら!まだ、懲りねえのか!」
 次の瞬間、豚の頭が三個、ベットの横で笑っていた。次の「頭」を落とそうとした金
くんがベットに落ちて気がついたら聖夜ちゃんの股間が目の前にあった。プールの覗き
でもこれほど見事には拝めない。すっかり聖夜ちゃんのファンになってしまった。
 ギャー!
 親衛隊をおいてきた皇帝はいともたやすくさっさと逃げた。血に弱いから外科医には
向かないかも知れない。二人は血だらけになって外へ飛び出した。

 豚を頭を取りに云ったら金くんの兄が待ちわびていた。間近で見ると頬にアザがあっ
た。
「いつ取りに来るのかと思ってたらやっと来たな、ちょっと腐っちゃったぞ!」
 金くんも同じことを考えていたのだ。
「兄貴に云ってら豚の首はいくらでも集まるんけど、何かやったら百女ちゃんを襲うっ
て云うもんだから、頼んだはいいが、百女ちゃんを一人にしておけなくて、取りに行け
ないんだよ、タットーがやってくれてよかったよ」
「アヒルの家に行っているからって遠慮しないでちゃんと云えば良かったんだよ、宮は
あちこちにあるから一つくらい失くなってもぼくたちが負けたことにならないよ、別の
国に行ってやり直せばいいんだよ」
 作戦は決行されたわけだ。金くんは百女ちゃんという女が出来ていたので自分一人で
は動けなくなっていたのだ。人はひとりでに占拠されて二人は管理人をやらされていた
わけだ。人は城という言葉があるが城は女人の間違いではないのか。
 志波田街道を走るトラックの運転手は平凡パンチのヌードグラビアを直に見ることが
できた。身体に付着した血が科学鑑定によって獣の血だと解るまで長くグラビアは県警
に止めおかれた。婦人警察官が寝ていたので聖夜ちゃんは入れ替わり立ち代わり警官の
尋問を受けた。

 楊代くんは絶対絶命だった。校内喫煙と火災、裸の行進の事件で今では顔を見ると女
高校生にも笑われる始末である。それよりも困ったのは聖夜ちゃんの方であった。二人
の交遊がおおげさに宣伝され、会えない関係になってしまった。ご相伴に預かりたい強
者どもが積極的にアプローチする始末だ。生徒会長が最も熱心であった。

ことごどく采女を犯した者を取調べてみな罰した            舒明天皇記

 事態の収拾は番長会議と坂田くんがあたった。金くんの出した条件は東越学区の美少
女に手を出さない事、宮廷官女の釈放であった。官女がお嫁に行ったとき脅かされない
ように宮廷楽団が撮影した彼女らの写真もすべて回収させた。現像担当の写真部が震え
て志羽田城に持参した。腹いせでバラバラになっていたので誰が誰だか解らなく返しよ
うがなかった。ふたたび、サークル室に忍び込んだ真実ちゃんの情報だった。卒業して
しまった卒業生のものもあった。さすがに昨日今日の伝統ではなかった。真実ちゃんは
特権を使い自分の写真はさっそくひき抜いた。一枚足りないと騒いでいた。足を開いて
撮っておりみんな同じように見えるので識別は不可能であった。聖夜ちゃんのは顔も写っ
ているからすぐ解った。どこかのホテルで撮ったもので個人用であった。
「これじゃないか?」
 背景で判断するしかない。
「そんなに汚くないわ」
 その他の写真は百女ちゃんが坂田くんに売ったと云うのだがその前に寝室に閉じ込も
り二人は女の勘できちんと分類してしまった。
「わたしも男の人の裸がみたいわ、不公平だわ」
 女同志なので明日香ちゃんは正直だった。
「あら、ここに来ればいじゃない。金くんはトイレから出ると必ずオチンチンを拭かせ
るわよ、蘇我くんが小さい頃からそうだったみたいでわたしが拭いていたら金くんも真
似したのよ、坂田くんのが一番短いよ、洗濯とかみんな自分達でやるのにね、オチンチ
ンはここでは絶対女の子のものよ、汚いと困るのはわたし達だもんね」
 奥の厠に立つと必ず百女ちゃんが追いかけるので不思議に思っていた。雨水が石臼に
溜まり手ぬぐいが廊下にかかっている。自分でやりにくそうにしていたのである日声を
かけたら頼まれたという。

 もう一つの要求は聖夜ちゃんに志波田城に来させよということだった。経理は引き続
き聖夜ちゃんで、新番長はそちらで選んでくれと返答した。坂田くんの話では入学次第、
蘇我くんの番長昇格を認めるということであった。坂田くんは猛烈に勉強を始めている
から蘇我くんとの間で決め事があるようだ。
 聖夜ちゃん恋人の楊代の失脚を知っていた。照れくさそうに大使としてその手紙を
持ってきた。金くんは頭を突っ込んでしまったので親しみを感じて応対した。無敗の志
波田城がようよう落ちないことを知った高校総番長会議は懐柔策を取ってきた。犬を殺
せただけでもたいしたものだと云う者もいた。通帳の被害届は照子先生が取り下げさせ
たが、「来たら返す」と云ったのだ。聖夜ちゃんは緊張していた。父親に相談したらそ
の方がよいと相場の示談料を渡した。
「いらないってが云ってたわ」
「子供のことは子供にまかせよう・・・」
 あわてて三0万円をかたずけた。娘は処女だと思っていたので顧問をやっている暴力
団の組長に相談の電話を入れた。
「その件はぼくがついて行きますから大丈夫です」
  事務所のトイレ掃除をさせられていた二代目の坂田くんが手際よくさばいた。大人
の勘が働きなにか出来すぎていると思った。母親に命じて当分の間これを付けさせてお
けと革製貞操帯を渡した。L字型のペニスでないと砲弾が打ち込めぬようになっている。
町のおもちゃ屋で手に入れてきたのだ。鍵は自分で管理すると金庫にしまい込んだ。
 楊台くんの降伏状を聖夜ちゃんに持って来らせるだけのはずが、すっかり観念して因
果を含められて送られて来た。工業高校の代表が聖夜ちゃんを送ってすぐに帰った。敵
に渡す前にホテルで抱こうとしたが貞操帯に阻まれそのまま連れてきた。聖夜ちゃんは
台所へやって来て手紙を渡された時、自分の運命を覚悟したと云った。白いブラウスの
下はピンクの下着を付けてすっかり観念している。明日香ちゃんは白しか持っていなかっ
たのでジロジロと見た。
「今日だけでもタットーの云うことを聞けと云われたけど誰のこと?」
「蘇我くんのことだけど・・・」
「ああ、あのカメダの野菜、あの人ならいいんだけど・・・」
 家に帰っていた百女ちゃんから電話が来た。
「お母さんから電話が来たからちゃんと今、ちょっと買い物ですってアリバイつくって
おいたから、ちゃんとうまくやるのよ」
 百女ちゃんも友達の初夜を演出したつもりがとんでもない事になっていた。やっと外
泊の許可をもらって来たのにこの有り様だ。悲運を百女ちゃんに訴えた。
「明日香ちゃん、坂田くんがこの間、相談に来てたけど、越野高校に番長が居なくなっ
て、こぜりあいが続いてもめているのよ。聖夜さんが預かっている金庫が彼らの資金な
のよ。だから、聖夜ちゃんを自分の女にした男が後を継ぐの、解るでしょ」
「うん」
「東西南北の高校はこの件を納めるためタットーに託したのよ。警察や生徒会の圧力で
番長会議は大変なはずよ。争うとまたタットーに負けることを知っているの。その度に
警察沙汰でしょ。これ以上争うと自分たちもつぶされるの。聖夜さんに新しい彼氏が出
来れば越野高校は静かになるわ。あそこは進学校だから、タットーの小学校時代のこと
を知らないのよ、最近工業高校がタットーのことを教えたのよ」
「どうして、タットーが聖夜さんを抱かなくちゃいけないの?」
「あら、聖夜さんは誰かに抱かれてその男がまた戦いを挑んでくるわよ。いつまでたっ
ても戦争が終わらないわ、タットーは強いから好きなんでしょ?」
「聖夜さんは、モノじゃないわ」
「さんざん、サークル費を流用して甘い汁を吸ってきたから誰かを探すはずよ、サーク
ル費でずっと洋服と口紅を買っていたからそれを返せないのよ、楊台くんがいる間はよ
かったんだけど新しい番長には肩代わりが出来ないの、帳簿を調べた金くんが云ってい
たわ、誰かを捕まえないと聖夜さんは大変なのよ、すぐに弁償をしなければならないわ、
それで聖夜ちゃんも必死なのよ」
「なんでタットーなのよ、金くんでもいいじゃない!自分だったらどうするの?」
「金くんだったら我慢するわ、スナックでバイトさせるわけにもいかないって云ってた
わ、金くんならお金も動かないし、戦争になるよりいいもん。犬が焼かれるなんてもう
たくさん!明日香ちゃんも我慢しなさい!でもタットーと云われて来ていると思うよ、
金くんは貯金が減るのを嫌がっているしタットーがどうするか見物だわ」

皇后は国を足りないわと云った                 神功皇后記

王子豊章を迎えて国王にしようということです             斉明天皇記

 蘇我くんはその夜大宴会を開いた。聖夜ちゃんもしぶしぶ出席していたが明日香ちゃ
んに慰められて緊張して夜を待っている。金くんは酒に飲まれてしまっていた。
「全国誌だもんね、でもウチにもミス越の国がいるよ」
 釘を差すことも忘れなかった。
「聖夜さん、いくらもらったの?」
 金くんが問いかけた。
「小林デパートの屋上で写真を撮られただけ・・・名刺をよこされて東京に来たら連絡
してくれって・・・」
 聖夜ちゃんはもっぱら金くんと話している。
「あら、絵美哩は三0万円もらったって云ってたわ」
 聖夜ちゃんは機嫌を悪くした。
「中学と高校ぐらいの差があるんだな、中学が安いとは限らないんだ」
 蘇我くんは悪態をついた。
「おれには聖夜さんの方がきれいに見えるぞ!」
 自尊心を傷つけられた聖夜ちゃんはお酒を飲み出した。金くんに褒められすっかりな
ついている。
「金くん、高校は勘弁してやるの?」
「それはならん!」
「なりませぬか・・・どうやって息の根を断つか考えねばなりませぬ」
 蘇我くんが調子を合わす。
「聖夜さんはどう思うの?」
 蘇我くんが始めて話かけた。やはり明日香ちゃんが睨んでいるのでやりにくい。
「やっつけて、さっさと降伏しちゃうんだから、あんな奴!」
「総番会議の人には金皇帝を推薦して納得してもらいましたよ、ぼくは今回懲りたから
なるべくこっちにも来るようにするけど、渡辺先生のところが住所なんだけどいろいろ
な所に宮をもっているんだ」
 明日香ちゃんが睨みつけている。
「ほんとうにここは金くんの城?」
 聖美ちゃんのピンクの肩紐がずれている。
「この城は金くんの持ち物だから金くんが皇帝なんだ」
「ほんとう?でもこの城は蘇我くんのものだとみんなが云っていたよ」
 聖夜ちゃんは疑っている。
「うそだね、それは、名義だって金くんだよ」
「そしたら、わたしは今まで通りかな?嫌がらせ電話がかかって困ってるの、それに学
校の子も馬鹿にするのよ」
「金くんとつきあっていると云えば明日からやみますよ、でも聖夜さんは金くんのこと
嫌いですか?そうそう、金くんがいやだとダメですね。金くんは皇帝だからつきあいた
い女の子は一杯いるだろうから」
「わ、わたしは金くんでもいいけど・・・断られたことはないわよ」
 聖夜ちゃんはあらためて金くんの顔を見つめている。
「金くんはどうなの、形式でもつきあってあげる?」
 蘇我くんが質問した。
「まあ、二、三候補が来てるけどあの高校に一人も彼女がいないというのもなあ、睨み
が効かなくなるからなあ」
「決まりだな!」
「じゃあ、金くんとつきあってるって云っていいのね?」
 聖夜ちゃんは連日教室に押し掛けてくる恋人候補から逃れられる。
「君の高校ではリヤカーの金、と云ってるよ、タットーってぼくのことを呼んでいいよ。
ぼくらの暗号だから、タットーとぼくのことを呼ぶ人は仲間だから、みんなの呼び方を
見れば仲間が解るよ、みんな黄色い顔をしているから気をつけた方がいいよ。あとは金
くんの学力次第だよ、来年になれば、金くんが進学する、聖夜さんも二年生だ。成績悪
いから勉強しないと・・・」
「わたし、応援するから頑張ってね!わたしは今日タットーとスルのね、金くんとは形
式だもんね」
 妖しく白い足を前に投げ出して酔ったふりをして白いブラウスのボタンをはずした。
「それは違うよ、金くんとスルんだよ、高校に好きな男が出来たらぼくが脅かして君の
ものにしてあげるよ、君が国の王になるんだ、高校は高校でやってもらいたいんだ、今
日は君に越野高校の女王になってもらおうとして来てもらったんだ、女子校を取ってもっ
と広げればいい、聖夜ちゃんは国をもっと広げるんだ」
「本当にわたしが高校の女王になるの?」
 聖夜ちゃんは複雑な表情をした。

 百女ちゃんが腰を冷やしすぎて実家に帰っているので金くんは勝負をかけている。蘇
我くんが一人芝居をやっている。明日香ちゃんは二人に口説かれた女なんてわたし以外
いないと思っていたのにいやな予感がしている。今日は家に百女ちゃんの家に泊まると
行って来たのにこのままでは土間になってしまう。百女ちゃんは二人のために青いシー
ツを敷いてくれたがどうやら使われないままに終わりそうだ。

 宴は終わった。
 坂田くんは明日香ちゃんを連れて帰ろうとした。タットーとヒソヒソやっていた後だ。
話が終わったらしく明日香ちゃんの所へやって来た。
「明日香ちゃん、百女ちゃんが連れて来てって云ってるけど、一緒に行かない?」
「いやよ!ここにいるわ、タットーがわたしを返そうとしているんだわ!」
 あまりの剣幕にさっさとこの場から逃げ出してしまった。

軽皇子は配下の意気が高く優れているので自分の妃をあたえた      皇極天皇記

 聖夜ちゃんが寝込んでしまったので山羊の毛皮をかけた。その優しさに緊張していた
堰が崩れた。金くんはいろんな薬を探しに行っている。天井がミシミシというから星に
覗かれないように寝室の屋根を修理に行った。
 土間で聖夜ちゃんがブラジャーの紐を見せて酔いつぶれている。
「タットーのものになりたいの・・・お願い」
 聖夜ちゃんが耳を噛んだ。貞操帯を鍵で開けようとする。腰でイヤイヤをしている。
「ああ、タットー、わたしが犯されてしまっていいの・・・それをはずすとわたしは他
の男に抱かれてしまうのよ・・・」
 革の隙間から熱い泉が手にかかった。
「朝、来てね、イカないようにするから、お願いタットー、わたしを抱いてね。もうい
じめないでね。最初、病院で会ったときから好きだったの」
 手を股に挟んで離さない。泉に指を浸すと足を突っ張りやがて足を開いた。太股に滴
をしたたか流した。毛布の下から蘇我くんは気づかれないように手を出した。

 屋根に向かって明日香ちゃんが叫んでいた。星が煌めいている。
「百女ちゃんに云いつけるからね」
 金くんは明日香ちゃんにチップをはずんでベットルームに消えた。五百円札を握らさ
れて複雑な心境だ。金くんとはつきあいが長いが後にも先にも金を貰ったのは初めてだ。
 ダランとした聖夜ちゃんを金くんは抱きかかえて寝室に運んだ。屋根が抜けていたの
で風が冷たかった。聖夜ちゃんはお酒を飲んでいたので「アンアン」で教わった声より
余裕がなくうわずっていた。金くんは念入りに一つ一つの神経を起こしていった。声を
出すまいと我慢していたがついに耐えきれなくなった。
「あーあーいっちゃう!ごめんなさい!いっちゃう!」
 カチッと鍵の空く音がした。密かに渡した最終兵器を使っている。
「いやーん、空けちゃあだめーん!どうして鍵をもってるの?」
 その後三回も謝っていた。そのたびにシクシクと泣いていた。金くんは父親への復讐
心に燃えていた。
「誰に謝っているのかしら、金くんて上手なんだね」
 明日香ちゃんは呟いた。すっかり城の異様な雰囲気に慣れている。その夜は、蘇我く
んの手が自分の下履きまでやってきた。決断がつかずはねつけていた。
 奥につながる金くんの父親の書籍が積んである部屋に明日香ちゃんと来ている。戦前
の黄色く変色した料理ブックまできちんと並んでいた。布団を並べて二人でうつ伏せに
寝ている。蘇我くんの部屋で金くんもめったに入って来ない。明日香ちゃん以外に連れ
て入る気がなかった。土間でなくてよかった、と明日香ちゃんは思っている。
「面白い本がたくさんあるんだ」
 明日香ちゃんは顔を上げた。枕元には紐で製本されたヘンな本がある。
「漢字ばっかりじゃない」
 漢文のことである。
「ひっくり返して読むんだよ、九州のお寺に居るとき、お父さんに習ったんだ」
 角が燃えて炭になっている本もあった。
「これは?」
「ぼくのお父さんのだよ。焼け残ったんだ。金くんが焼け跡から拾って来たんだって、
ぼくをくるんでいた布団の中にもお父さんの日記があったんだ・・・」
「へえ、見せて!なんて書いてあったの?」
「燃やしちゃったんだ、もう・・・」
 仏壇の横の赤い骨坪を見ている。蘇我くんのだと思った。その隣に金くんの父の骨坪
もある。
「あんなにたくさん住んでいたのに一つしかないんだ・・・」
「お墓がないのね」
「うん」
 自分の物もここに持ち込んでいるらしい。蘇我くんは背中を向けた。
「ねえ・・・いいよ、今日は・・・さっきはごめんね」
 蘇我くんの気持ちがよく解った。それで照子先生の所よりここに多くいるのだ。仏様
を守っていたのだ。それにとっておきの秘密の場所に連れてきてもらった。聖美ちゃん
も入れないだろう。
「やったー!本当?」
 布団をはいで明日香ちゃんの所へ入ってきた。人差指で湿りを確かめさせている。明
日香ちゃんは足を固く閉じてふたたび起きあがった。
「だめだわ!わたしって古い女かしら・・・」
 蘇我くんを払いのけた。おずおずと退却する。ふたたび部屋は静かになった。隣は相
変わらず「アンアン」と謝っている。どこかへそのたびにイッている。明日香ちゃんは
イクってどこへ行くのかと思った。あとから鼻をツンツンつつきに布団抜け出して隣に
移動した。蘇我くんはぐっすり寝込んでいた。寝顔を見ていると幸せな気分になって来
て睡魔に襲われた。

 朝、目をさますとトントンと台所で野菜を刻む音が聞こえた。明日香ちゃんは急いで
隣の蘇我くんを見た。居ないので台所に行くと百代ちゃんが来ている。土間では金くん
がまだ寝ている。背中をこちらに向けている。油汗を浮かべているはずだ。寝室で寝て
いるはずなのにどうしてここに居るんだろうと思った。
「おはよう、明日香ちゃん」
 心配になって朝から来ていたのだ。じっと様子を見ている。
 真剣な顔で寝室を覗くと絵美哩が長い足を出してうつ伏せで眠っていた。寒いので紫
のシーツにくるまっている。絹のブラジャーが床に落ちている。白いシーツに髪の毛の
華が咲いている・・・しばらく見とれてしまった。太股に昨夜なかったアザがついてい
る。物音に気づき身を起こしたので乳房のアザも見えた。泣きはらした目でこちらを見
ていた。
「どうしたの?」
 百女ちゃんが走ってきたので母親のような顔で台所で抱きしめる。
「蘇我くんがいないのよ・・・」
「あらいるわよ」
 窓の向こうの井戸で裸身をこちらに向けて水をかぶっていた。錆びたポンプで水を勢
い良く桶に汲んでいる。
「おはよう、明日香ちゃん!百女ちゃん、朝食は金くんの当番だからそんなことをしな
くても大丈夫だよ」
 振り向いて前を桶で隠しておどけている。明日香ちゃんは目を反らしたが百女ちゃん
はじっと桶を見ている。
「百女ちゃん、今朝来たとき、金くんは何処にいた?」
 百女ちゃんは桶から視線をはずし我に返った。
「そこで寝てたわ」
「・・・」
「ねえねえ、タットーと一緒に寝たんでしょ、どうだった?蘇我くんて大きいよ、大丈
夫だった?」
「途中まで一緒だったけど・・・」
 顔をうなだれてしょげかえっている。
「やっぱりそうなんだ・・・明日香ちゃん、嫉妬しちゃあだめよ」
 どんなに考えても結論が出なかった。百女ちゃんは同情している。金くんがベットに
行ったことは云わない。百女ちゃんはピンクが起きてくると話がややこしくなるので自
分の家に連れだした。金くんもやっと笑顔で狸寝入りから起き出した。

 その後、坂田くんが現れた。工事現場に忍び込み白いヘルメツトを根こそぎ盗んで来
たのだ。蘇我くんの指示だ。酔っていた方が経験によると盗みはスムーズだ。
「うちのおもちゃ屋で買ってたから、鍵は合っただろう」
 声が百女ちゃんに届いたので金くんがもじもじしている。
 お昼過ぎ、家庭教師の乙美ちゃんの男友達が一緒にやってきた。蘇我くんが年上の自
分を口説くので一緒に来ている。恋人も躰を求めるのだ一カ所身体に不安があった。
 入口に変な犬がいる。首輪のかわりに腰に貞操帯がついているのだ。後ろ足の下から
鎖が垂れ下がっている。
「新しい首輪があるもんだなあ」
 男の学生は感心して見ていた。胴に「首輪」が巻き付いているので前進が苦手のよう
だった。大学生の男は用心棒の役目も果たさず今日も先制パンチを受けている。次はリ
ヤカーのヘルメットで驚き次は裸の水浴びである。さらに悪い事にピンクの下着の謎の
美女の登場である。土間で蘇我くんから片時も離れない。膝にじゃれついて、「やっぱ
り朝来てくれたのね」と他人の視線を気にしていない。自分が処女を捧げようとした男
は完全にうちのめされている。マルクスの話をしても動じず蘇我くんはじっと聞いて質
問までし始めている。すっかり蘇我くんのファンになってしまっている。石川啄木の下
から「資本論」の古本が出て来て金くんが学生に進呈した。書いて有ることを分かりや
すく教えてくれ、と云われさっさと男友達は背より高い本を持ってイソイソと帰ってし
まった。高くて買えなかったのである。照子先生が払ってくれる月謝も結局蘇我くんの
貯金だという。どういうことなのか。今日は蘇我くんを拒否する自信がなくなってきた。
「年上は襲うしか手はない」
 金くんと不敵な相談を聞いたことがある。
 そっと厠で洗濯物のピンクに刺激されて「お姉さん」らしい下着に履き替えた。


壱九の記(黒船がやってきた)


旗は野を隠し塵埃は天に届き鉦と鼓の音は数十里に聞こえた。
陣の再後尾はまったく見えなかった              日本書紀天武天皇記

将軍らは大友皇子の頭を不破の宮に献じた           日本書紀天武天皇記

 黒船が高校にやってきた。
 それは鉄兜をかぶりGパンを履いていた。手に角材を持ち首にタオル。縦列で行進し
てアスファルトの運動場に入ってきた。越国の大学生が高校に押し寄せてきたのだ。
 学園の在校生が全員校庭に集まった。全校生徒がみんな窓を開けたり階段を駆け降り
た。東京の大学を出てきたばかりの若い教職員は「青春が越国にも帰ってきた!」と叫
んだ。
 隊列をくねらせて示威運動、激しい腰のうねり、規則正しい笛の音、アスファルトを
鳴らす軍靴の音、白いマフラーならぬ手ぬぐい、頬を伝う涙と汗・・・
 かつてこれほどのコンサートが只で見れたことがあっただろうか?これ以上の演出が
かつてあっただろうか。美人の女子高校生は東京の新聞に載っている過激派を目の前に
見て興奮している。彼らはグランドを廻って行進している。

 ふと見ると学園のわきの信濃川の土手に旗を立てリヤカーを押しながらで駆けつけて
くるヘルメットの軍団が見える。かつての笹口薬師堂大戦争のあのシミつきの錦だ。絵
美哩ちゃんは赤いヘルメットを肩にかけてファッションに気をつかっている。自分風に
アレンジして着こなしている。坂田くんは絵美哩ちゃんもいるので張り切ってリヤカー
をひっぱっている。その周りを全員がリヤカーに手をかけて走って来るのだ。月光仮面
のサングラスもいる。何事かとついてくる見物人も多い。マサヤ小路をくぐり行進して
来たので新聞記者、カメラマンが追いかけている。取材の自由に徹して彼らの行進を妨
げない。
 校舎を仰ぎ見て大学生の示威行進しているグランドに今こそ入場して来た。
 彼らは明らかに小さい。到着して良くみるとヘルメットは傷だらけで黒く汚れている。
歴戦の勇士ではないのか。疑念の心が尊敬にかわる。
「助けにきたゾオ!」
 金くんがさけぶ。
「ご支援を感謝する、してセクトは?」
 拡声器の声が校舎に囲まれている校庭に響きわたった。
 ハンドマイクのリーダーが労をねぎらう。新聞記者は忘れるといけないからしっかり
メモに書き付けた。外国語を使われて動揺している。セクトって何だ。ここでひるんで
は男がすたる。
「中学だぁ!」
 大学生はちょっとためらった。「ちゅうがく」、新しいセクト名である。大学生は相
手のセクト名を間違えないように確かめハンドマイクを口に近づけた。
「中核の諸君!ご支援を感謝する!」
 よく見たら志波田城の面々だった。マルエン全集の寄付者だった。

 剣道部、柔道部、体育系の学生服が大会に参加しようと西側にゾロゾロと集結を始め
侵入者を権勢した。校長を含めて校庭の一団体は「やはり教育は正しかった」とあたり
を見回した。停学期間が切れて旧の精力は復活しつつあった。聖美ちゃんがふたたび拉
致されていた。処分保留の者は学校に来ている。
 ヘルメット軍団は行進をやめて東側に整列した。女子生徒は南側に集まっている。そ
の他は校舎の窓を開けて広場を見おろしている。
 隣の中学校の全国体操選手権はすっかり中止されレオタード姿の体操部も中央に集まっ
ている。お兄さん方の行進で別世界のことだと思っていたが「中核」が現れてから心を
熱くしている。金くんたちも意識して大学生の前面に出て来ている。
 カメラマンはアングルの都合上、北側に集結している。
 木刀をもった番長グループが進み出た。金髪である。どうやらコンサートの衣装であ
る。公会堂から急を聞いて駆けつけたのである。
「おれ達の高校をどうする気だ!タットー!前に進みでろ!」
 目には目を歯には歯を、高校生には中学生を、と大学生も黙認と静観を決め込んだ。
蘇我くんが明日香ちゃんの制止をふりほどき前に進んだ。
 信濃川からの川風が一筋砂塵を舞い上げ雲が流れ陽の光が横顔を照らした。
 番長が木刀を持って走る・・・
 それに従って親衛隊が走り円形に蘇我くんを囲む。
 右をかわすと引くと左が打ち込み、左に避けると右が打った。
 バツン!と「面」に決まり安物のヘルメットが割れて蘇我くんの顔が現れた・・・
 女性徒らは相手の蘇我くんが気の毒になり悲鳴を上げた。
 続いて「胴」をかわそうとしたずやはり安物の角材が空中にはじけ飛んだ。
 面!胴!小手!と番長は蝶のように舞い蜂のように刺す。蘇我くんはそのたびに唇の
血をぬぐい腹をかかえた。額から血を流している・・・
 タットー!敵は五人だ!どうしてあのとき殺さなかったんだ!
 あたりは静まり返っている・・・
「やめさせろ!」
 新聞記者が叫んだが、校長は残忍な笑いを浮かべている。
「生徒同志のことだ!スポーツで決着しているんだ!」

 南のレオタードの足の間から金くんが顔を覗かせている。無理に足を開かせて中央を
見ているが少しも文句を云わずやはりこちらを凝視している。あちこちの華麗なる足か
ら顔を無理に覗かせている。アスファルトの斜面の角度をはかっているのだ。水は信濃
川にそそぐように低きに従い流れるはずだ。
 鈍い音でゴロゴロ・・・と鉄パイプが蘇我くんに向けて転がり始めた。
「タットーのところに届いて・・・」
 明日香ちゃんが祈った。
 番長が飛び上がって上段に構えた。
(タットー!聞こえるか。鉄パイプが地面をはっているんだ!)
 蘇我くんが鉄パイプに飛びつく・・・
 正確な一太刀のために円の中心に走る・・・
 タットーが走った・・・
(タットー!走りながらパイプの長さをつかむんだ!)
 右に左に・・・
 一人立ち止まり二人立ち止まる。
(中心はどこだ!)
 タットーは探した。
 点に線。点に二線。
 三人止まり、四人止まる。
 点に三線。
 一気に中心に入り込む。
 敵は中央に走る。
(止まるんだ!ここだ!)
 点に円。
(どこだ!太刀の構えが決まるのは)
 太刀が固定して狙いが定まった。
 待つ。
(待つんだ!連中が打ち込める手前だ!)
 鉄パイプの半径が木刀の長さより勝る地点だ。
 グルンと胸で鉄パイプを回転させた。
 親衛隊の金や銀や黒や赤の模様が噴水の水のようにまわりに飛び散った。
 一人だけが天を舞って鉄パイプを避けた。
 パイプもふっとんでアスファルトを滑走する。
 カメラの放列に飛び込む。後ろは校長。
(タットー!木刀を拾うんだ!)
 転がった木刀を拾う。
 舞い降りる番長の金の足を右から左に大きく払った。
 膝から崩れて倒れる。
 金が目の前に落ちてくる。
 やがて上から番長の顔をのぞき込む。
「体育の試合じゃないんだ!それが勝ったとて何になる!」
 木刀が空を切り、眉間に向けて振り落とした。
<タットー!今度は殺すんだ!>
「やめて!タットー!殺してはだめ!」
 明日香ちゃんが叫ぶ。
「タットー!鑑別所はまずい!」
 金くんが走りよる。
 明日香ちゃんが蘇我くんに飛びついた。
 一瞬、狙いが狂う。
 頭の手前でパイプの先端が頭のすぐ横のアスファルトを砕いた。
 番長は目を閉じていた。明日香ちゃんが蘇我くんに飛びついた。二人は倒れ込む。全
員が注目する。
(タットー!終わったぞ!お前の勝利だ!)
「タットー、終わったのよ。あなたが勝ったのよ」
 明日香ちゃんは可憐な唇を唾液で濡らし膝で抱えている。
 病院の中と同じうつろな目をしている。
 目の奥に冷たい炎をたぎらせている。やっぱりあの目だわ・・・
 正気にもどさなくっちゃあ・・・
 蘇我くんにやさしくキッスした。明日香ちゃんは唇を吸った。
 蘇我くんの目がやさしくこちらを見ている。
「殺してはだめって云ったでしょ・・・」
「うん、聞こえていたよ・・・言葉にすると少し遅れるよ」
 口から血が流れている・・・
「そうだったよね・・・病院でも、お願い、口を閉じて、喋らないで・・・」
(みんなが見ているよ・・・)
(見ていてもいいのよ!タットーはわたしのものだわ!誰にもわたさないわ)
 抱き抱えたまま唇の血を拭いてもう一度口づけをした。
 金くんとが敗残者の金髪のかつらをむしり取り高々と鉄パイプの先にぶら下げた。百女
ちゃんが肩車をして大きく右に左に振っている・・・
 河風で砂塵が舞い上がった。

 感動のあとは商売だ。学園を守ろうとした忠臣をその後校長は退学にした。
「あいつは本気なんだ!なんてやつだ!」
 拍手していた一段は後ずさりして校庭から消えた。一般の生徒が校舎から下りてきて
リヤカーの前に集まった。旗に一個五百円と書いてあったからだ。
「少し、仕入れがきついもんで角材つきで千円ということで・・・」
 金くんは商売を始めた。百女ちゃんと絵美哩ちゃんの笑顔つきだ。残り少ないヘルメッ
トの乗ったリヤカーに殺到した。全部売ったら帰りは女の子は三人とも乗せてくれる密
約が金くんとの間で出来ているのである。

 今日、左翼活動史によると中核が現れるのはずっと後年である。越の風土記において
紙にあらずして強固な電磁トラックで「ちゅうかく」と記録されている。そのことが後
年の歴史家の誤解を生じないかと危惧する次第である。当事者が正義のためにやったと
事実をゆがめているが双方、目的は商売とうるわしき女性のためだったのである。
「番長の時代なんて終わってるよ」
 蘇我くんの云う通りだと金くんは思った。番長をやらなくてもちゃんと女子校生の目
と股間は濡れている。越の乙女はあこがれた大学生を全部東京に徴兵されて欲求不満だっ
た。焦げるような愛と守り通した操を捧げたのに、夏休みも帰ってこない!学生運動と
やらにうつつをぬかせて。
「われわれはこれより学園封鎖に向かう、志しあるものはかけつけよ!」
 大学生が叫んだ。
 金くんが滑ってヘルメットがぬけて後にぶらさがる。紐が長すぎるのだ。先頭が早す
ぎるので腰に手をあてて後ろにつくものは転がってしまう。
「きゃあ、あの子かわいい!見て!見て!」
 女高生は声援を送る。手足をバタバタさせて喜んでいる。
「一周五0円だ!あと十回はいけるぞ!次からは六0円だ!」
「オー!」
 その後学園の封鎖に行った大学生の中に妙に背の低いグループがいることを確認され
ている。きちんと何周したかバイト料をごまかされないように手帳に書いていた。

 新しい時代を見た学生は参考書を捨ててヘルメットをかぶった。
 学園はその後、新しい波でガタガタになった・・・
 教師は給料値上げ闘争を連動させたからだ。


弐0の記(金くんの帰国)


高句麗王が二人の美女を集めたら喧嘩してしまった
そこで美男子花郎をたてたらうまくいって国がますます栄えた       高句麗伝

百姓は飢えているから朕を厚葬してはならない         日本書紀推古天皇記
斉明は大変悲しがり自分が死んだら子供の建皇子と一緒に合葬
してくれと云った                      日本書紀斉明天皇記

 蘇我くんは懐かしいあの薬師堂の近くのショッピングで彼女を待った。明日香ちゃん
が金くんとつきあっているといううわさを聞いた。それで連絡するのを遠慮していたの
だ。しばらくして明日香ちゃんの方から電話がかかってきた。
 中学を卒業してしばらく名古屋に行っていた。
「どうして帰ってきているのに電話しないの?」
「照子先生のとこの電話だから・・・」
「金くんが朝鮮に帰るのよ」
 一息に云って泣き始めた。
「好きな人ってみんな遠くへ云ってしまうの」
 そしてそのあと家にいると金くんから電話が来た。帰ってきていることは明日香ちゃ
んから聞いたと云った。久しぶりにあったのだが、金くんは痩せていた。
「お前、いまでも彼女の事好きか?」
「・・・」
「正直に云えよ」
「好きだよ!」
「それを聞いて安心した。タットー、最後だから怒らないで聞いてくれ。おれ達の知っ
ているタットーは笹口薬師堂で頬と竿に傷をおった。お前には消えている。そんなこと
はどうでもいいんだ、ただ、お前がタットーでないと国が治まらない。そのままおれ達
のタットーでいてくれ。それからもう一つ、聞いてくれ、おれ達のタットーは明日香ちゃ
んと結婚する気でいたんだ」
「・・・」
「お前が名古屋なんて行くからおかしくなるんだ。中藤くんが親をたてて明日香ちゃん
をもらいに来たぞ。ああいう金持ちは一番いいのにさっさと唾をつけて遊んでいるんだ。
それでおれは明日香ちゃんと付き合っているということにしたんだ。けれどもおれは自
分の国に帰る。百女ちゃんとももうつきあえないんだ。だから今度はお前がこっちに帰っ
てこい。絶対に彼女とうまくいく。おれは母国で頑張る。そうすれば必ずまた日本に来
ておまえたちに会える。お前の国とおれの国は昔からつきあっていたんだ。いま国交が
なくても必ずいつか絶対会える。百女ちゃんは死ぬといっているから守ってくれ、明日
香ちゃんを守ってやったんだから今度はお前がおれの云う事を聞け」
「わかった」
「さっとさ名古屋に行ってしまうからおれはお前の女の整理で大変だったぞ」
「すまない」
「いいか、一つの土地には二人の女を立てるな。争いの元だ。おれは百女ちゃんを立て
るしタットーは越では明日香ちゃんを命にしろ。そうしないとみんなが不幸になる」
「わかったよ」
「女には縄張りがあるから住み分けろ、男はどこでも行ける、わかったな。アヒルの家
は別校区だから問題なかったけど自動車が増えてきたから先はわからないぞ。女の機嫌
を損ねたら男は何も出来ない、いいな、そして女の子が何を欲しがっているかいつも考
えるんだ」
「わかったよ」
「それから志波田城だけどタットーが居ない間は坂田くんに管理させたいんだ」
「百女ちゃんも時々泊まっているから危ないぞ」
「女に城をまかすなんてだめだ。もちろん、百女ちゃんにも城のことは頼んでおくが、
それは表向きのことだ」
「明日香ちゃんと百女ちゃんに頼んだらどうだ」
「どちらにもなんておれには無理だ。不可能だよ。明日香ちゃんはタットーを愛してい
る」
 それだけ云うとさっさと帰って行った。

 越の臨港埠頭から船は北朝鮮のチョンジン(清津)に向かう。二泊三日の旅である。
帰国者は一時宿舎に集められやがて金くんの乗る船が決まった。結局日の元は連れてき
ただけで赤十字が祖国に返してくれる事になった。韓人が帰郷するためにこの越国に集
まっていた。埠頭の先の越の島の住民よりもはるかに多い民が集っていた。中学生では
さすがに北に出国することは障害があった。金くんの出国名称は「金春秋」つまり兄の
名前だ。金花郎の名前は日本に残した。蘇我くんの胸に思い出としてしまわれた。
 金くんは胸に父親の遺骨を抱いていたので人目についた。金くんの宿泊所には深夜蘇
我くんが現れ、最後の夜には防水鞄に入ったラジオが運び込まれた。中には町のラジオ
屋を買収して作らせた当時最強の無線機が巧妙にハンダづけされていた。
 アマチュアハム狂いの少年が頼んだ内容は地元にある大型の部品では不可能に近いこ
とだった。大金をつかませたので部品を探して走り回った。長い付き合いのこの親父は
自分の技術の粋を集めてどこまでやれるか挑戦してみる気になった。越の国に特殊な電
子部品を米軍から横流しさせようとしている輩がいることが察知される。事情聴取され
るはずがやがて青い目の駐在員から大方の部品が届いた。ラジコン屋はシベリア帰りの
通信兵だった。アメリカは全部の帰国者の名前を知っていた。中でもラジコン屋はタチ
のよい方であった。仕入れは無料になり大部子供から儲けたが借りが出来た。青い目の
駐在員はしきりに注文の主を聞きたがった。
「なあに、子供ですよ」
「こんな出力の強い無線機を軍隊以外の何様が注文するっていうんだい?」
 ついに蘇我くんの名を明かした。本国に彼の名前を打電しなかったが長く記憶に止め
た。
 そんなことを知らない二人は帰国の準備を楽しんでいた。バイクは中古の持ち込みが
認められているというので新車を買って二人で弥彦山まで走らせて中古にした。
「お前は帰ると殺されるんじゃないか」
 みんなが地上の楽園シャングリラといっているから地獄のはずだと蘇我くんは笑った。
てんで金くんの熱意に満ちた祖国の話を聞いていない。
「タットー、自分の祖国を信じない者は誰も信じない。行ってみるんだよ、ダメなら帰っ
てくるよ」
「誰が祖国だって決めたんだい。困ったことがあったら無線で連絡しろ」
 それ以上のことを云わず立ち去った。俺は金持ちだとビニールのナップザックを渡し
た。時計や布団より金が一番軽い。五百万円の日本円が詰め込まれていた。照子先生に
また貯金を降ろして貰った。彼女が身寄りのない蘇我くんの財産を管理していた。

 日本語と朝鮮語が岸壁に入り乱れ色とりどりの紙テープをもって出航を待っている。
別れの日、蘇我くんは明日香ちゃんと埠頭にむかった。百女ちゃんもきていた。少し膨
れたお腹をかくすためにブカブカのワンピースを着ていた。金くんはデッキで満面の笑
顔で手をふっている。
 金くんの父親の説によれば「ソカ」くんと「アソカ」ちゃんはもう名前で結婚してい
るということだ。蘇我くんもそのことに気がついていた。「ソカ!」と名前を呼ぶと「
アソカ」ちゃんが勘違いして「ハイ!」ということがあった。だから最初の頃、蘇我く
んは「さん」と「ちゃん」で区別して聞き分けていたのだ。遠くで金くんが「ソカー!!
」と呼ぶと二人とも「ハイ!」と振り返ってしまうのだ。「おまえたちきっと結婚する」
最後までこだわっていた。二人を分けているのは便宜上のことで実際は一緒の人なのか
も知れない。

「ソカー!!ちゃんと受け取ってよ、百女ちゃんが全部おとしちゃうんだ!頼むぞ!」
 紙テープを投げてきたので蘇我くんはキャッチした。バシッと手の中で止まった。受
け損なうと額でも切りそうな勢いだ。まるで彼の気迫がテープに乗り移ったようだ。し
ばらくそれを持っていると明日香ちゃんが取り上げて百女ちゃんに持って行った。テー
プを受け取ると耐えかねて声を上げて泣き始めた。
「アショカー!百女ちゃんをよろしくーー!」
 思わず二人で手を振った。多分二人に云っている。いつのまにかアショカ王になって
いる。
「あー、ソカー!!このあと百女ちゃんに手だしたら承知シネエゾ!さっさとかえろよ!
海なんか誘うんじゃないゾ!ソカちゃんにはさっさと手を出せよ!」
 ひときわ声がよく通るのでまわりの朝鮮の人が蘇我くんと明日香ちゃんを見て口々に
なにかを云った。
「ウルセエ!!」
 蘇我くんは小声で呟き、小石を蹴った。
 金くんは寂しくて不安でしようがないくせに一人で大騒ぎをしていた。
 百女ちゃんには新しい命が芽生えていたから別れは深刻だ。
 すでに胎内には金くんの子供が宿っていた。


弐壱の記(越の島)


神は夫婦の交わりをして隠岐と佐渡を双子に生んだ       日本書紀神 代 上

越の国が「海辺で浮木が東に向かって移り去った」と云った   日本書紀孝徳天皇記

はろはろと男女の話す声が聞こえるよ。島の籔原で       日本書紀皇極天皇記

 越の島にはゆめじ丸で行った。臨港埠頭から離れて二時間後、三等船室の畳の部屋に
三人はいた。ペンキの匂いに明日香ちゃんは参ってしまった。越の国もかなたの島影は
もう見えている。
「狭い国だと思ったけど広い河もあるものね・・・向こう岸がもう見えるわ」
 明日香ちゃんがとぼけたので蘇我くんも云った。地理で教わって島だと知っているく
せに感想を述べているのだ。蘇我くんは明日香ちゃんの云いたい事がすぐ分かった。初
めて渡った人は河だと思っていたに違いない。
「子供の頃、瀬戸内海を通ったとき、河だと思っていたよ。まんざら捨てたもんでもな
いと感心していたらやっぱり海といわれてがっかりした」
 甲板の一角で新聞紙の上の蘇我くんはニコニコ笑っている。
「金くんは海に出たからしら?」
「すっげえ!聞こえるぞ・・・」
「海が綺麗だ!天気良好!」と金属音の金くんがはしゃいでいる。無線の調子は最高だ。
百女ちゃんは嬉しそうだ。これなら、安心だとお腹を撫でた。いつでも喋れると思って
いたからだ。
 越の島に着いた蘇我くんたちは、島の最西北の突端の海岸に向かった。
 民家の旅館で主人はいぶかしく三人を眺めていたが明日香ちゃんと蘇我くんが兄妹だ
と知ると安心して同室させた。教頭先生に追われ身寄りのなくなった蘇我くんを明日香
ちゃんの父親が養子として届けたのだ。蘇我くんが父親に頼みに行き明日香ちゃんは父
を強引に説得した。父親は一晩酒を飲み翌日の蘇我くんを迎えた。蘇我くんの頼みを聞
いて驚く。日増しに美しくなる娘を見て「婚姻届」の間違いじゃないかと笑って許した。
ひとまずほっとしたわけだ。

 胸と腰が離れた大胆なセパレーツの水着で二人は水遊びをしていた。おへそは隠され
ていたが大胆なのでドキドキした。明日香ちゃんの痩せている身体にあんなバストが隠
されているとは知らなかった。百女ちゃんのバストは爆発している。下腹部も妊娠で膨
らんでいる。金くんと別れたので顔は寂しそうにしている。この三年は少女の身体を大
人に変えていた。明日香ちゃんは初日は蘇我くんの目を意識してセパレーツを着ていた
が自分の身体に感心を示さないので二日目は大胆な水着にした。
 チラッチラッと蘇我くんを見ているがさっぱり水に入ってこない。パラソルの下で、
受信機を脇に置いておいて寝転んでいるのだ。
 相川邑の岸壁海岸で岩石をぬけて砂浜も広がっていた。
 岩礁の色に二人の原色の水着は似合っていた。

 明日香ちゃんたちは最初、蘇我くんとは別々の部屋に寝ていたが翌日から一緒になっ
た。
「兄弟だからそれでいいですよね」
 作戦が裏目に出た。カップルの宿泊の予約が入ったと云うのだ。同宿は島の伝統芸能
「能」の研究にきていたアメリカ人のカップルだった。ニ室の民宿は一杯になった。お
かみははやばやと布団を川の字にひいた。部屋がそれでいっぱいになった。どっちが蘇
我くんの隣になりたいとドキドキしていると彼は真ん中にドテンと横になった。
「どいてよ、明日香ちゃんと一緒に寝るんだから」
 結局真ん中になった明日香ちゃんは夜半蘇我くんにせつなげな顔を向けた。手をつつ
いて助けを求める。さみしくてしようがない百女ちゃんが明日香ちゃんの腰を手をまわ
して後ろから抱きついているのだ。
「触わってるのよ」
 小声でささやく。
「何を?」
「なにって・・・」
 恥ずかしそうにモジモジしている。蘇我くんは明日香ちゃんに近寄って髪の毛に口付
けした。眉間にしわをよせて蘇我くんの腕に歯を当てている。
「いやなのよね・・・こんなの」
 声にならない。
「我慢してあげなよ、今日だけは」
 その声に弾みがつけられたように百女ちゃんも明日香ちゃんに近づいた。両側から挟
まれている明日香ちゃんはTシャツの下から胸もまさぐられている。じっと蘇我くんの
目を見て何かを訴えている。見せたことのないあえぎを初めて聞かせた・・・

林の中に私を引き入れてした男の顔も知らない。家もしらないわ     皇極天皇記

 金くんの船がチョンジンに着岸する日、雑音がいきなり入った。三人は砂浜に出てい
る。百女ちゃんもパラソルの下に来て二ニコニコしている。明日香ちゃんは何となく百
女ちゃんを警戒して朝から白い胸を覗かせても蘇我くんにぴったりくっついている。こっ
ちの方が安全だと思っているようだ。
「タットー!これが最後になると思う、やっぱりお前のいったとおりだ・・・」
 無線はそれで切れた。
 百女ちゃんはすっかり無口になった。
「日本に帰ってくればいいのに・・・」
 ある日の夜、百女ちゃんが宿から消えた。バッグがきちんとかたずけられている。
 明日香ちゃんは悪い予感がすると山の方に探しに行った。
 百女ちゃんは海を見ていた。少しでも沖に云って金くんに近づきたいと思った。子供
をかかえてこれから望んでいない生活を何年も続けたくなかった。どんどん沖へ進む。
気がついたら背が立たず苦しくなった。死ぬんなら死ぬんでいい・・・

 気がつくと波打ち際に横たわっていた。黒い影が自分を覆っている。肩で大きく息を
している。夢中で自分の唇に息を吹き込んでいる。金くんは違うがどこかでかいだ匂い
だ。死神が自分を迎えに来ているのだろうか。手を差しのべる。相手の厚い胸にあたる。
また唇を吸って生温かい息を自分に注いでいる・・・旅館の丹前が波に流されて全裸だっ
た。どうやら自分の胸に垂れる滴は涙のようであった。死の世界ではない。
 どうやらこの男が自分を助けてくれたらしい。息を吹き替えしたことに男は気づいた。
「どうして、あんな馬鹿なことをした、死んだらだめだ・・・」
 膨れた下腹部に手をやり暖めている。波音に消されて男の声が微かに聞こえる。
「死にたかったの・・・」
 百女ちゃんは海に戻ろうとした。男に必死で抱きついて止めた・・・
「頼むからそんなことをいわないでくれ・・・」
「もうあえないのよ、わたしは他の男に抱かれてしまうの・・・」
 男は泣いている。どこかで聞いたことのあるような声だった。
「ぼくが子供を育てるよ・・・」
 百女ちゃんは急に相手が気の毒になった。
「忘れさせて・・・」
 月の光で照らされた男の横顔が金くんに似ていると思った。金くんが自分を海の向こ
うから迎えに来たのだと思った・・・
(おれ、やっぱり百女ちゃんを迎えにきたよ・・・)
「抱いてくれたら、生きるわ。誰かが助けてくれたらもう一度生きようと思っていたの
「本当だな・・・」
「約束する・・・一度だけ・・・」
 顔も見えない男は、百女ちゃんの胸をつかみ足を大きく開かせて激しく突いた・・・
 百女ちゃんは陶酔の世界にいた。男の体温に暖められて気持ちがいい。みるみる体温
が戻って行った・・・イソギンチャクのように相手を締め付けて離さない。
 波がむき出しの下半身を洗う・・・
 男は背を向けたまま闇の中に去って行った。
「百女ちゃーん!どこにいるのーー」
 明日香ちゃんと村人が懐中電灯を持って百女ちゃんを探していた。

 民宿にはろくろ台があった。裏の小屋に住み着いた旅人がある日島に腰をすえるよう
になっていた。無名な陶芸家が邑に必要な茶碗や湯呑みを赤土で焼いていた。蝦夷の血
が流れているかしく毛深く耳からも白い毛が出ていた。蘇我くんらはそれを眺めに来る
ようになった。
 邪魔者扱いしていたが三日目に源じいは口を開いた。
「やりたいのか?」
 蘇我くんはうなづいた。
「ヤリターイ!」
 明日香ちゃんも大きな声を上げる。
「おなごのように抱くのじゃ、抱いたことがあるかな?」
 ろくろを回してした蘇我くんに後ろから話しかけた。大きな器を一心不乱に作ってい
る。何度も形を壊してしまう。
「いやだー!おじいちゃんスケベイよ。そんなことを考えて毎日茶碗を作っていたの?
もっと芸術家かと思ったのに」 
 明日香ちゃんは一番明るい。源じいが久しぶりに高笑いしているので旅館の主人が驚
いてこちらを見ている。
「何を作っているの?」
 明日香ちゃんが鼻に土をつけて蘇我くんを見て笑っている。
「これが欲しかったんだ、ずっと」
「なによ、それ、へんな花瓶・・・」
 時々、蘇我くんは自分の両耳に手をあてて何かを聞いているようだ。やがてその手を
ろくろに移す。源じいは自分の工房に入り込んできた蘇我くんの動きを見逃さなかった。
明日香ちゃんは灰皿を作った。百女ちゃんは肉の厚い湯呑みをつくった。蘇我くんは一
番熱心だった割に使えそうもない花瓶が出来上がった。
「フタがいるじゃろう、空気が漏れたらうまくないて」
 源じいはその壷にあうフタをつくってくれていた。そしてもう一つ壷を差しだした。
「じいも真似をしてみた、これが欲しかったのかな?越の島にたどり着いたのは五十の
年でわしも最初そんなものを作ったわ。若いの、土と一緒になることじゃ。そうすれば
いいものが出来る」
 蘇我くんはそれを見てにっこり笑った。百女ちゃんは蘇我くんの作品を凝視している。
「フタがついている花瓶なんて二人ともおかしいわ」
 明日香ちゃんが冷やかす。花瓶と決めつけている。
「違うわ、梅干しをつけるんだわ、きっと台所で見たことがあるわ」
 百女ちゃんはそっと蘇我くんに近づき壷を睨みつけている。

 ある日外人カップルと全員で混浴に入っていると案の定外人のカップルも入ってきた。
旅館の主人は外人だとおおはしゃぎで毎日さざえやあわびやウニを取りに海へ出かけた。
女房は山に入り山菜を取ってきた。食卓は豪華で駐在まで現れ戦人が金北山にやってき
てレーダー基地をつくったと喋った。
 毎夜、岬まで聞こえそうな男女の声が夫婦岩までとどくような悲鳴を上げた。さすが
の明日香ちゃんも男女の声だと分かったようだ。百女ちゃんは身重のからだもなんのそ
の覗きに行った。百女ちゃんはすっかり元気になっていた。異人のまぐわいを覗いた事
は後日役に立つ。蘇我くんの方があれ以来すっかり落ち込んでいる。百女ちゃんが気を
つかって話しかけているくらいだ。最近どっちが恋人かわからないくらいだ。
 日本語を知らないと思っていた明日香ちゃんは外人カップルの前で語りかけた。
「金くんは?」
 胸までバスタオルを卷いて用心している。百女ちゃんはスッポンポンだ。繁みは薄く
胸が張り出している。自慢気に下腹部を明日香ちゃんに撫でさせている。岩風呂を歩き
回っている。近視なので他人も同様見えないと思っているのだろうか。
「シャングリラ(理想郷)はない・・・」
 岩に頭をもたれ蘇我くんが呟いた。
「シャングラは太平洋戦争での日本の核攻撃の秘密基地の暗号だった」
 混浴で湯気の向こうの外人の男はポツリと喋った。蘇我くんの目が冷たく光り声の主
を見た。
「そんなことは知っている・・・アメリカは原爆を落としたから嫌いだ。ぼくのお父さ
んもおじいちゃんもみんな憎んでいるんだ」
 蘇我くんの目は金髪の女性の黒い繁みを見つめていた。明日香ちゃんは水の下で腕
をつねったが蘇我くんは虚ろな目をしていた。試しにバスタオルを少しずらしてわざと
乳首を覗かせた。
「すっげえ、黒いぞ!」
「黒くなんかないよ!」
 明日香ちゃんはあんなに隠していたのにバスタオルを下げた。
「向こうが黒くて明日香ちゃんのはまっピンクだ!」
 それから、明日香ちゃんと金髪の「婦人」はすっかり親しくなり英会話の勉強を始め
ていた。

 ある晩、浜でヘンリーは船内の様子をついに聞いてきた。どうして自分達のような者
が必要なのか説明しようか、と云った。職業を少年に説明すべきだと思ったのだ。
「ぼくはそれを望まない」
 蘇我くんは沖のサーチライトの点滅を見つめた。なにか合図をしているようだ。村人
は夜間は鬼が出るからと娘を浜に出さない。鬼とは意外に異国船のことかも知れない。
黒い船が時々浮かぶと島には伝承がある。
「取引に応じるなら教える」
「なんだ?」
「ニュープリンス・リーダーズ」の知識では単語しか云えない。「デートだ!」
 ヘンリーは意外な顔をした。
 手を広げて大げさなゼスチャーをする。
「彼女は強くて手ごわいぞ」
「私は彼女とデートすることを欲する」と云った。
「おれのものを奪う奴はコレだぞ」
 手をピストルをつくり頭にあてて発射する真似をした。「おとなしくしていれば一緒
に海へ行くらいはならいい、聞いてやるさ。アメリカは個人の意志を大切にするから本
人に聞いてやる」
 仕事の同僚の態度を保留にした。お前たちの部屋の雑魚寝と島民の接待で彼女のハー
トに火をつけてやっと思いがかなったんだ、と目でウインクした。カップルが別室に案
内される習慣はないのだ。
「お前の国にもいいところがある。伝統だ」
 外交交渉は難航している。蘇我くんが思いつく一番ヘンリーにとって大切なものはア
メリカ合衆国ではなくて「ソフィー」なのだ。
 腕のローレックスをはずし蘇我くんに担保として渡した。
「わたしは時計を欲しない。しかし、彼女とデートすることを欲する」
 強硬である。英語の得意な絵美哩を連れてくればよかったと思った。
 蘇我くんは船内の様子を全部しゃべった。船員の態度が出航すると豹変し荷物が「分
配」名目で乗客の時計、宝石が没収されて金くんが最後まで無線機を隠して没収を逃れ
たと教えた。
「昨日、船で相手は金くんのマネーを欲した。しかし、只一つ、ラジオを隠した」
 ヘンリーは大いに満足する。
「船内で没収というのは初めて聞いた」
 ヘンリーが呟いた。
「財産を没収するのはかまわないが、無線機を没収するのは許さない。話が出来なくな
る」
 蘇我くんは唇を噛んだ。ヘンリーには財産を取られる方がきついと思われた。

上宮大郎姫王が国に二王なしといった                 皇極天皇記

 その後、彼は明日香ちゃんたちを連れて能の研究に金井邑に行った。安寿坂を楽しそ
うに登って行った。蘇我くんはもちろん残った。受信機が時々応答するので明日香ちゃ
んも納得した。
 ソフィーは放漫な胸を花柄の水着で覆い浜に現れた。日本語がペラペラだった。蘇我
くんよりずっと年上のお姉さんだが恋人同志のように見えた。
「わたしとデートしたかったの?」
 蘇我くんは大きくウンとうなづいた。
「ぼくのことをタットーと呼んでいいよ」
「わたしたちが戦争をしている国をあなたはどうして仲良くしたいの。私たちと一緒の
方がいいわよ」
 流暢な日本語だ。正面の顔は打ち解けるがふっと見せる横顔は他人の物だった。
「金くんという友達がいるからだよ。今、ソフィーと仲良くしているけれど、昔は戦を
していたじゃないか?」
「いまは、あなたのいう通りにはならない、しかし、そういう時代が来るかもしれない
けれど自分はすっかりおばあちゃんになっているかも知れないわ」
 一言一言噛み砕くように喋っている。
「それはそうだけど」
「原爆の話だけど、どうしてこだわるの?」
「ぼくのおじいちゃんの家が吹っ飛んでおばあさんが苦労したんだ。きれいな倭の宮だっ
たんだ。親戚もお墓もがみんないなくなっちゃったんだ」
「そうなの・・・でもタットー聞いてね。世界には五輪の世界があって王は一人でいい
の。みんなが王になろうとすると必ず争いが起こるの。これらもそうよ。あたなの国は
王になろうとしたから、ほかの四国が倭の宮に原爆で滅ぼしたの。あたなの国を他の五
輪の国の誰も信じていないのよ。大きくなってからもう一度考えてみてね。まず貿易を
してみんなと付き合ってごらん、そうすればうまくいくわよ。島は大陸から人がわたる
の。島は大陸を失えば滅ぶのよ。タットー」
「アメリカのように、五輪世界を制覇出来なかったら、戦争をしかけるなということだ
ね」
「そういってもいいわ。三個取れれば今度は勝てるわよ。一緒にしてみる?」
 その後、無線で何かを受信出来たら連絡する事を約束させられた。

 ヘンリーらが能の華麗な舞を堪能しているとき、蘇我くんは胸の下のソフィーの妖艶
なに四苦八苦していた。悔しくなって海に入って泳いだ。ソフィーが帰ろうと云うがもっ
と離れた。陸から一キロくらいは離れた。浮力が増している。ソフィーの頭が陸の方に
見えている。岸辺にたどり着くと心配していた。
「ねえ、タットー、あなたの国ってそうやっていろんな人が海からやって来て女を犯し
てまた去って云ったんじゃないかしら。残された女たちは嫉妬で歴史を書いていない?
ずっと自分の側にいたような書き方をしていないかしら?タットーを待ちながらそんな
ことを考えていたのよ」
「そんなことを友達も云っていたよ。リヤカーで女の子を探し回るより船に乗って海流
でどこかにたどり着いた方が楽だったはずだって」
「絶対にそうよ。今と同じだわ。この国には結局誰か外国人がやって来て何かを教えて
また忘れた頃海からやってくるのよ」
 砂浜で肌を焼いた。ヒトデが取れたのでソフィーに見せた。砂浜の穴に白い砂を入れ
てそれを頼りに掘り進んでカニを取った。山から切りとってきた竹を小刀で切って笛を
つくって吹いて見せた。「海人」として振る舞っている。
「いろんなことを知っているのね」
「ねえ、ぼくソフィーが好きなんだけど」
 手品の種が尽きた蘇我くんは笛がうまくならないソフィーにささやいた。
「わたしを抱きたいの?そう云うときは、目を見て好きって云うの、自分は異国から来
た王子だと云うのよ、海の向こうには大きな権力があると云えば女の子は夢を見るわ」
 笛をおいて蘇我くんの手を握った。目はまだ笑っている。
「わかった、今度からそうするよ」
「わたしの国を恨んでいる?」
 ソフィーのブロンドが近づいて来る。
「いまはもうソフィーに会えたから恨んでいないよ」

 蘇我くんは唇を押しつけた。少し抗がったがビキニの下に手を忍ばせたら止まった。
 ソフィーはローレックス以外のものを肌につけていない。どんな声を出しても海が吸
い取ってくれた。ソフィーには砂が入っていた。外国人にしては小柄なソフィーだった
が蘇我くんは腹の上で転がされているような感じを受けた。今日の中学生、高校生では
一般化している「卒業」旅行の走りであろうか。可愛い子には旅をさせろということだ。
どうも海人は上がった陸を間違えたようである。
 アメリカのカップルは仕事を終えて小木の港から帰って行った。敦賀と舞鶴に用があ
るとソフィーは教えてくれた。ソフィーは腕のローレックスを蘇我くんのウィンクして
手にはめた。仕事のパートナーのヘンリーはうなづき「残念でした」というような顔を
した。
 気がついたら大学入学と出産祝いに女の子の腕にも時計がはめられていた。
「おれたちの国と一緒なら今にみんなに手にはいるぞ」
 見送りの村人たちに云った。
「今わね・・・一緒にね」
 ソフィーは蘇我くんに微笑み明日香ちゃんはなにかを感じた。背の高さが違うから想
像していることは不可能だと思った。

 百女ちゃんは時計の金色が嫌いなので交換してもらおうと越国に戻り質屋ののれんを
くぐった。店のものを全部持って行ってもいいと店の金を全部集め始めたので帰ってき
た。なぜか百女ちゃんの腕の方が蘇我くんとペアであった。女性二人もそのことに気が
ついて後日交換した。
「いやだあ、お腹の子、蘇我くんの子だと思ってたのよ。あら、そういえば兄妹っていっ
たもんね。タットーとわたしはお似合いのカップルに見えるんだわ。タットーの子供に
しちゃおうかな」
 百女ちゃんを見て嬉しそうに笑った。
「あら、昔の人は兄妹でも結婚してるわ」
 明日香ちゃんは口を膨らませ歴史を披露した。
 次の瞬間、明日香ちゃんは気がついた。
(蘇我くんはこうして自分の出を隠してアメリカ人と土地の人まで騙した。そして自分
と結婚すれば兄と妹が結婚する事になる。ますます人々には分からなくなる・・・それ
を隠し続けようとしているんだわ)
 越の島の駐在の風土記には次のように記載された。
「この年春米人夫婦来島、その他に三兄妹しばしの別れを悲しみ波に遊ぶ云々」
 情報収集が一流でないから越の担当なんだと思った。金くんとは 秘密暗号の最終段
階「再会」に入らればならなかった。明日香ちゃんが卒業文集に書いたことである。そ
のことを記載するまでにしばし間がある。成金と働き蜂の増殖という気の遠くなる時代
が来た。どうやらローレックスを全員に配るにはヘンリーの荷物では足りないようであ
る。豊かな田園と山河を捨て汚染された工業地帯になることをこの国は選択したようで
あった。

 安寿と逗子王が出逢った坂を三人は登っていた。韓人をかの国に返すまでの長い間、
越の島に渡った人が越に帰った人よりも多いという。理由は定かではない。あるいは金
くんの兄の話は本当なのかも知れない。蘇我くんは「金花郎」と書いた乗船名簿を改札
員が受け取ったときそう思った。百女ちゃんは「金 百女」と書きそれに負けじと明日
香ちゃんは「蘇我明日香」と記名し蘇我くんに見せた。
 他人になりすました三人が越に向けて素知らぬふりをして帰国した。
 おけさ丸は水津を出てエンジンの調子がおかしくなりしばらく流された。船内は大騒
ぎで太鼓をたたき出したり念仏を唱える者も現れた。うまく流れ着いて大陸に着かない
かと思っていた。めいめい心に反することがあったがどうやら船長に掛け合った明日香
ちゃんの勝ちであった。突然エンジンがかかり船は信濃川に入る事が出来た。

 その後、百女ちゃんは中藤くんに思いをとげさせた。
 母親との約束通りに中藤くんの誘いを受け入れた。母親は機会を狙っていた。
 激しくまぐわったので流産の騒ぎになった。もちろん中藤くんは知らない。

弐弐の記(尾張にて軍を整える)



葛城県はもともと蘇我の本居です。そこで葛城ともいうのです。
その土地をくださいませんか。                日本書紀推古天皇記

天武天皇が美濃へ入って挙兵した               日本書紀天武天皇記

 越を去り、信濃善光寺に一夜を明かししかるのち津より畿内に入り、法隆寺を拝し、
大阪白村江より淡路を望み吉野をようやくぬけて美濃に入った。月夜に導かれるうちに
かような道すじになった。山有り渓谷有りの道路はある時は獣道であった。みんなは反
対したが金くんの修理した白い自転車で車輪の横にバッグを下げてベタルの鐙にサッカー
  • シューズを履いた足をのせた。諸国の農村の人情にふれ、彼らの笑顔にふれ再会を約
した。いずれも路銀の足しにと食をふるまい宿をふるまった。蘇我くんのノートは新し
いガールフレンドでいっぱいになった。

 越を離れる時、明日香ちゃんと海で会った。
「むこうではどこの高校へ行くの?」
 明日香ちゃんは遠くの越の島を見ている。
「商業高校に行って大きなデパートに就職するんだ」
「ウソでしょ、こないだ、予備校の模試で名前が出てたよ。普通高校でしょ?」
「・・・・・・」
 学校へ行くということが照れくさいのだ。
「明日香ちゃんは女子校じゃなくて越の高校受けるからな、お前も受けろよ!」
 蘇我くんは金くんの言葉を思い出していた。
「なに、こだわってんだ、純愛もいいかげんにしてくれよ、おれだって時間はもうない
んだからいつまでもつきあってらんないよ」
「わたしと別れたいの?」
 明日香ちゃんが口を膨らませている。送りに来て自転車の鐙を蹴飛ばしている。
「いや、越にいても金くんがいないし・・・」
「わたしと金くんはどっちが大切なの?」
「・・・・・・離れたくないから兄妹になったんだ」
 明日香ちゃんは納得した。一生、もう兄と妹なのだ。
 蘇我くんは寂しそうな目をしている。もう一度うつむいてペダルを蹴って注意を自分
に向けた。
「金くんの自転車と一緒だなんていやよ。彼を連れて何処へ行くの?わたしも連れて行っ
て!」
 明日香ちゃんは翌日赤い新品の自転車を買ってきた。
「エヘヘヘ!私のお馬さんの方が早いわ!」
 結局、信濃善光寺までついてきた。
「このお寺、おかしいわ・・・タットー、私たちここに前にきているわ!」
 如来の前で動かなかった。蘇我くんも昔金くんを連れて来た事があるような気がして
いた。
「あやしいなあ!中藤くんとじゃないか!」
 明日香ちゃんが鐙をまた蹴飛ばした。狙いが正確になっていた自転車が倒れた。
「学校なんてやめて一緒に暮らそうよ」
「だめだわ、わたしは古い女だから」
 帰りは四トン車に乗せて貰い越に向かったが途中運転手に襲われそうになった。這う
這うの体で助手席から飛び降りた。蘇我くんのために処女を守ろうとして全身傷だらけ
である。荷台から投げられた赤い自転車はタイヤが三角形でずいぶん走り難かった。
 山道で自転車をいったん蘇我くんの方に向けたがトラックは走り過ぎていた。
「まったく、うっとおしいわ。操を守るためにこっちは傷だらけだわ。さっさと奪って
もらいたいもんだわ。これで何回目かしら」
 また山道をトボトボと歩き始めた。うっとおしい忠義をいくつ越えれば交われるのだ
ろう。笹口薬師堂で頬から静かに血を流していた蘇我くんを真似て唇を噛んでみた。
 雑木が街道を被い尽くしている。

長女が盗まれてしまったので妹は「わたしを奉ってもまだおそくはないでしょう」
といった                           皇極天皇記

 蘇我くんは美濃の高校にかよっている。明日香さんは地元の高校に残った。宿は遠い
親戚にあたる人で地震の時から同居を勧めていた。
 その地元の寺に下宿してそこの娘と襖一つ隔てて暮らした。主人は婿入りを念じてい
たが、断っていた。主人は次女の娘の寝室を一階に変えて毎夜耳をすませた。長女の田
羅羅ちゃんが一番美人だが、近所の青年と駆け落ちしてしまったのだ。坂田くんの仲間
の事務所がその居所を知らせて知っていたが親には云わなかった。すでに子供がおり捨
てられていた。恥ずかしくて帰れないと泣いた。生活費を渡した蘇我くんに返すものが
ないと身体を開いた。ミルクで育てていたが母乳は大方蘇我くんが吸った。子供を産ん
だことがある若い肉体は蘇我くんの訪問を心待ちした。途中、寂しさの余りアルバイト
先で羽振りの良い中年と間違いを犯し、抱かれた。後悔と懺悔の分だけまぐわいの喜び
が深いようであった。蘇我くんは知らないふりをしていたが、荷物を持って出ていく事
は止められた。そうこうするうちに女は男がいる事がばれてその中年の組長に急所を箸
でさされた。炭火コタツの焼け火鉢を突き刺したのだ。
 肉が固まり感覚が麻痺していた。殺してやると小刀を枕元に忍ばせていたが、男は二
度と現れなかった。まぐわってもまぐわっても「遠いところで頭をたたかれているよう
にしか感じない」と足を開いたまま泣いた。蘇我くんは志羽田城のカストリ雑誌を思い
出していた。部屋を大改造した。女は熱い眼差しでそれを見守った。大きな鏡を襖の中
ににしのばせ部屋を明るくしてまぐわるようになった。終始耳元で秘め事をささやく。
女は屈辱の言葉に躰をくねらせてあらがった。躰に赤い縄をかけた。鴨居に縄を投げた。
やがて自分の姿態を鏡で見せられ絶叫して達した。
「もう、できない思っていたのに・・・ありがとう・・・」
 女は泣いて決して蘇我くんを口に含んで離そうとしなかった。

 学生服を着て「慰謝料」を貰いに来た学生は使いものになると踏んだ組長はある日蘇
我くんをクラブに呼んだ。通された部屋は壁面がガラスが二間つながった化粧室である。
その前のテーブルで相手の男と会った。夕方でその部屋にはホステスがゾクゾクと入っ
てきてロッカーで着替えをして側のガラスの前の椅子に化粧を直しに来た。床には簀の
子が敷かれている。ドレスに着替えるホステスが鏡を見ていると写る。組長におはよう
ございますと挨拶して脱ぎ始めるのである。その後もよく連絡が来るようになりヤクザ
がどんなに金と女に不自由しない職業であるかを見せているのである。その日面接をし
たばかりの未亡人が恥ずかしそうにこちらに尻を見せてスリップ姿でいる。組長は鏡で
肉付きのいい身体を確かめている。背中が微かに震えている。店からドレスを借りて着
ている。やがて化粧台の前にいると耳打ちされた。深夜店がはねてからギャラを渡され
酔っているので組長が送って帰った。客が手を出す前に中身を点検される。
「みんな覚悟して来てるよ。男とかを調べておかないと大変なことになるから」
 翌日は舎弟に反応を公開され仲間になるのである。
 やっていることは小学生のプールと同じだった。

 ある日、公園で田羅羅ちゃんとベンチに座っている。砂場で遊んでいた子供がアキ缶
を投げてチャリンという音がした。志羽田城の鐘の音と同じだった。東越中学時代の坂
田くんが外車で現れた。父親が愛人に刺されて事務所を引き継いている。
田羅羅ちゃんはびっくりして胸を隠して子供を連れて立ち去ろうとした。
「ともだちだから大丈夫だ」
 田羅羅ちゃんは安心して乳首を赤ん坊に含ませた。白い肌に青い静脈が浮いてホクロ
がある。封筒を手渡す。
「今日はどんな事件かな?上納金は銀行でいいぞ」
 志波田城での会話と同じだ。買物袋を持っている。幻滅を感じた。
「新しい女か?あいかわらず趣味はいいよ。越にも女がいるくせに・・・お前にそっく
りな子が栗ノ木川でアヒルと一緒に遊んでいたぞ。引っ越したらしいがどこへやったん
だ?あちこちの女を全部喋ってないだろう、お袋にも手を出していたのか?」
「クラブからピンサロに行かそうとするからだ」
「母親だからいいだろう、どうして母親だけでもおいとかないんだ。店のドル箱だった
んだぞ。水商売で子供を育てたんだ、遊んでいるぞ」
「そうでみなかったよ」
 坂田くんは越の明日香ちゃんにばれるんじゃないかとハラハラしていた。女同志を絶
対喧嘩させるなと金くんに頼まれている。それは表向きで結構邪魔している。工場の夜
勤は水商売だった。
「その子が例の子かい?うちにいる若いのが子供、生ませたって得意になってるぞ」
 田羅羅は坂田くんを睨んだ。
「おれの子だもん、認知だってしてるよ・・・なあ」
 こっくりうなづいて田羅羅ちゃんは立ち上がった。
「こんな商売やってるおれだって籍とか戸籍にはこだわるんだけど、タットーはどう思っ
てるんだ?人の戸籍とはな、そもそも・・・」
「坂田くんにそんなことを云われるとは思わなかったなあ、戸籍なんて誰かが考えたも
んだから彼女がそうしたいんならそれでいいじゃないか、こっちがそのために不自由を
感じる事はないさ」
「短気であちこちに女を作っているんだ、若頭やらせてるけど、田羅羅の身体が一番よ
かったって喋ってるぞ、よくシマルとか胸にホクロがあるとか確かにあったぞ。タットー
、惨めじゃないか、みっともないよ、あんな奴の子供はロクなもんじゃないぞ、種が悪
すぎるよ・・・絶対グレるぞ」
「だから、グレないように育てたいんだ。少なくともぼくがいる間は、田羅羅ちゃんも
落ちついている。彼女の景色にはいまぼくが必要なんだよ。お前のとこの組長にやられ
て今じゃ昔の身体と全然違うぞ、ただ、つついただけじゃだめだってよく若頭とかに云っ
とけよ。子供を産んだ女を抱いたことがあるかい?」
「いや、解ったよ、あんな色っぽい女を見た事がないから・・・一七には絶対見えない、
安心して身を投げているよ・・・億という金があるからそんな事が出来るんだよ」 大
きな木の下で田羅羅ちゃんは子供を抱いてどうやら子守歌を歌っているようだ。
「金がいるんならあげるよ・・・坂田くんが持ってきた金は金くんがみんな貯金してる
よ」
 坂田くんはよっぽど頼もうかと思ったがこらえた。
「明日香ちゃんはしってるのか?」
「明日香ちゃんはおれとおんなじことを考えているから・・・」
「うそだよ、そんなことはありえない!」
「うさなもんか、帰ったら聞いてごらんよ、これ以上坂田くんみたいなのが出来たら困
るっていってたよ」
 坂田くんは本題に入った。
「タットー、うちの名古屋の親分をねらっているだろう、落とし穴に落として糞をまく
のか?」
 自分が昔、やられたことをそのまま皮肉った。田羅羅がはっとして蘇我くんの顔を見
つめた。こいつはヤバイ、惚れていると思った。百女ちゃんに蘇我くんのことを調べて
来てと云われているのだ。
「そんなことはないよ・・・」
「おれたちも上納がきつくて、独立をねらっているんだ!こっちの領分だから。なに、
三年で出れると知り合いの刑事もいってるんだ。転勤前にやりたいんだ・・・」
「・・・・・・」
「お前はなにを考えて奴の隣に座ってるんだ。小学校からお前を知ってるから絶対おれ
たちと組まないはずだし・・・あの女の復讐か?おれはチャンスなんだ!手を引け!素
人では無理だよ、」
「じゃあ、おれが頼むよ、千種にも愛人がいて土曜日になると必ず泊まるよ」
「店の誰なんだ?愛人は?」
「毎日、毎日クラブじゃ、君らも金、かかるんだろ・・・」
「・・・知ってたのか」
 高額なクラブの片隅でビールをチビリチビリと飲みながら様子をうかがっている二人
組の男達がいることを知っていたのだ。越の方言を喋っていた。

諸国に勅して「能く歌う男女を選んで献上せよ」といった        天武天皇記

 情熱だけが先走りチャカを買う軍資金にもことかく有り様だった。坂田くんは越の事
務所に届けられた軍資金を見て飛びつきたかったが冷静にいらないとつっぱねた。
「今、店は何軒あるんだ?」
 蘇我くんは何気なく聞いた。
「四軒だよ」
「じゃあ、古町の店を一軒売れよ」
「この金額じゃあ多すぎるよ、どうせおれ達から巻き上げた金だろうが」
 カバンを持ち上げて重さを確かめている。
「じゃあ、残りは貸しとくよ」
「タットー、てめえ、あの親子にやらそうってんだな、燈台元暗しだった、駅前の店に
しねえか」
「クラブ・シャングリラだ。女の子も従業員もそのままでいい。ただしママは・・・」
「芹華だろう、それとも母親か?ノーパン喫茶が当たってるからそっちにしろよ。面接
に来ると自分でパンツを脱ぐぞ」
「クラブでいい、いつから出来る?」
「今日だ!ただし連絡の電話を絵美哩に一本入れたあとだ。お前とヨリが戻るから今度
はおれが隠すんだ」
「彼女は売れっ子だ、おいといてくれ」
「ママと云え!絶対ダメだ!」
 懲役の間、組をまかせようとしていた若頭にカバンを渡してドアから出て行った。蘇
我くんに店を預からせた方がよっぽどいい。その夜、事務所で一人そのバックを開けて
泣いた。事務所の溜まっていた家賃を払い、離れ掛けた若い衆に給料を払いトルコを振
る舞う事が出来た。店に電話すると店長の声が弾んでいる・・・
「ねえ、パパ、タットーがこの店やるんだって!新しいママが来てるよ、お母さんも一
緒よ、タットーはいつ来るの?わたしの給料いらないわよ!しっかり稼いでね」
 なんてこった!先を越された。絵美哩ちゃんは当分やめそうにない。

 最上階の個室で四Pをやっている時、組頭が聞いた。
 マットの上の坂田くんに話しかける。ベットの下の女がもういい加減にしてくれとあ
えいでいる。陰毛がひきちぎれて痛くてしようがない。
「あの学生服の野郎って社長の何なんですか?」
「ともだちさ、明日はおれがやる、蘇我の身に何かあったら頼むぞ・・・」
 坂田くんは笹口薬師堂で死の恐怖を感じされたこと、志波田城の楽しい思い出、上納
は折半だったこと、自分の正妻、絵美哩を最初に抱いたとき「タットー!」と叫んだと
いまいまいしそうに云って笑った・・・やっとの思いで中藤くんから奪ったのだ。
 女の夜鳴き声と振動で途切れ途切れ声が聞こえない。でも社長は目を輝かせていた。
 文句を云いに行ったらそれから泣かなくなったりつまらないんでまた文句を云いに行っ
たと笑った。
「誰とイッたって一緒じゃないか、ミス越国を連れて歩きたいだけなんだろ、坂田くん
ならいい車に乗せることが出来るだろう、といわれ納得したよ!」
「手を出すなよ、組は絵美哩がいなきゃやっていけないんだから・・・」
 名古屋の組を抜けて自分の所へ来たこの男は惚れた坂田くんが絶賛しているので言葉
使いを改めた。
「わかってます、このボディの恩は返します。蘇我さんを殺すような奴がいたら必ずわ
たしがヤりますから」
「殺されるようなドジな奴じゃないよ・・・でも先はわからんな!頼むぞ、金は絶対受
け取らないから仕事で返してくれ!テメエにはその義務がある・・・」
 二人はせわしなく腰を動かしている。女達が苦しそうにあえいでいる。
 坂田くんが離した女が水道の前に腰を屈めて股間を洗っていた。電話に手を掛ける。
「おい、店長、新しいのよこせよ、面接中?こっちで面接するからすぐによこせよ」
「火、木曜日だけの学生アルバイトで話だけ聞きに来たそうですから・・・」
 八人に乗り込まれて人が不足している店長はすっかり焦っていた。ピンサロの女をよ
く紹介してくれるので助かっていたがその後その女を指名してホテル代わりに使うので
まいっていたのだ。
「だまれ!面接はこっちだ!女は最初が肝心だ!」
「わかりました、今、行かせますから」
「金ならいくらでもある!女は全部連れてこい、ピッチリ三年分だ!」
 尻を叩かれた女は、店長に追加を頼むために裸で部屋を飛び出した。
 私服のまま面接に現れた女学生は部屋を見て愕然とした。夢でも見ているようにうっ
とりしている子もいる。ブックバンドの教科書が落ちる。
 若頭が一番、利発そうな一人の後ろに回り込み下着に手を掛けて下に一気に下ろした。
 下着に手がかかり下半身の面接がさっそく始まった。下半身を晒され手で顔を覆って
いる。くびれた腰と草原は完成していた。
「全員、合格だ!」

 思いがけない大金を渡された三人組は、アパートで三人で集まった。
「ヤクザって素敵・・・。わたしあの仕事あっているわ。先輩って結構遊んでいたんで
すね」
 一番小柄な子が目を輝かせて興奮している。都会に行きたがってウズウズしている。
「あんな風に結婚すると毎日、されるのね、なんか幻滅だわ」
 あっさりとかわした。
「女って最初の男が忘れられないものね」
 社会勉強のリーダーは静かに口を開いた。乙美ちゃんは昔、家庭教師をしていた蘇我
くんのことを思い出していたのだ。
「お姉ちゃんのは、こすると大きくなるから大丈夫だよ」
 ヒモパンティは引きちぎってしまったがフロントホックは難なくはずされた。ぼんや
りと思い出しているとまた欲しくなってしまう。
 知識だけが専攻してしまい悩みを抱えていたがすべて解決してしまい明日から勉学に
集中出来ることだろう。照子先生が生活費を渡してくれるのだが身体がうずいて仕方が
ないのだ。名目は名古屋の蘇我くんの為に「添削指導」をやっている事になっている。
休み中、志波田城で会えるだけである。三人が高媾の疲れで寝静まってから蘇我くん以
外の男に抱かれてしまったことを後悔した。

 蘇我くんは久しぶりに薬師堂の戻った。次女の沙羅羅は眼鏡をかけて学校でも優等生
で通っていた。きちんと家に帰ると机に座り時間になると隣の寝室で寝息を立てている。
眼鏡をセーラー服の上において明かりを消している。絹づれの音は襖を漏れる音で消え
た。蘇我くんはみんなが寝静まった後沙羅羅ちゃんの寝室に忍び込んだ。背中を向けて
寝ており微動だにしなかった。
 抗がいは泉を訊ね当ててやんだ。自分で慰めていた露はさらの愛撫でさみだれになっ
た。
「お姉さんのようになりたくないわ・・・」
 つぼみは固くまぐあいは時間をかけた。
「お姉さんのようになっているよ」
「お姉さんの躰と較べちゃいや!」
 姉は春蘭のように妹は秋菊のように咲いた。春蘭秋菊供に捨てがたく喜びは重奏の響
きとなった。
 姉の田羅羅ちゃんは嫉妬に苦しんでいた。沙羅羅ちゃんとは毎日まぐわっていること
を知っているからだ。
「妹の若い躰の方がいいんでしょ?」
 公園に居ていつまでも家に帰って来なかったり、足を震わせて食事をしたりした。
「嫉妬はしかたはないけど、子供を育てなくては。壊してしまっては困るのは自分だわ。
別れたくないから嫉妬は悪いと知っているんだけど。ずるいわ、あたなって」
「女の子の方がずるいと思うけどなあ。男は捨てられていくだけだよ。君がいやならぼ
くだって来ないことにするよ。多分君はもう大丈夫だし」
「それはだめよ!妹に取られたくないわ」
「ぼくは誰のものでもないよ。子供が大きくなると嫉妬は笑えるよ。でもぼくと君の生
活は楽しい思い出になると思うよ」
 まぐわうと喜びで躰を開いた。嫉妬はなだめないと人は自分の身まで滅ぼしてしまう。
姉は硬くサラリとしているが妹は柔らかくぬめりが強かった。


弐参の記(百女、明日香ちゃんの青春)


越の道君伊羅都売がいて子供を産んだ             日本書紀天智天皇記

遠智娘との子供は大田皇女とA女でB男であるがある本に寄れば
B男と大田皇女とA女で、ある本によると大田皇女とA女だけである        
                              日本書紀天智天皇記

 蘇我くんは夏休みには照子先生の家に帰省していた。男子が一人生まれてつややかに
なった。教頭先生は片岡山病院に「胃潰瘍」の病名で入院していたが亡くなった。蘇我
くんと照子先生との関係を最後まで疑わなかった。多額な遺産と有能な卒業生を残した
が照子先生は相変わらず学校に勤めていた。若い未亡人となって教職をやりながら庭に
サザンカのある家にひっそり暮らしていた。蘇我くんは黒い虫のいた池を埋めた。家の
周りを直しにいろいろな男が口実をつけて訪ねてきたが先生は中に入れなかった。人を
介して持ち込まれる再婚話にも耳を貸そうとしなかった。
 老人のまぐわりに較べて喜びの度合いが深かった。
 蘇我くんが帰ると昼でも雨戸がしまっていたが、親子で師弟関係であるので近所の人
は閠事を誰も怪しまなかった。

 百女ちゃんには新しい生活が始まっていた。中藤くんに身体を許した時涙を流したが
喜びの涙だと誤解した。母親は枕絵を見せたがそんなことは知っているわと娘に云われ
た。魚の血を入れた内臓を持たせたが使ったかどうかは解らない。春休みの間は毎夜ま
ぐわった。中藤くんはそのまま東京の大学付属の高校に行ってしまった。
 父親は妾から自分の娘が深い付き合いをしていることを聞かされた。自分が膜を掻爬
した娘だったので驚いた。子供が出来ていたので息子に問い合わせた。息子はしたたか
まぐわったと答えた。妾の手前ぞんざいには出来ない。自分の考えもあって一軒屋を与
えた。
「そんなに好きなら妾にしろ」
 借家をもっていたので家を一軒あければ住む話だった。百女ちゃんは金くんが国に帰っ
た後すぐに中藤家の世話する一戸建てに引っ越した。そこでまもなく女の子を出産した。
身に覚えのあった中藤くんは父親の籍に子供を入れることを同意した。
 中藤くんは新しい女がいたので渡りに船だった。母親にまぐわり方を聞いて育った百
女ちゃんの身体にはかなわず帰省するとその家で求めた。自由な恋愛で得た女はまぐわ
り方がへたであった。自分よがりで独立自営しており必ず最後には喧嘩になった。相手
の気分に応じて変化する百女ちゃんとは別れられなかった。すでに家が決めていた許嫁
も時々中藤くんの世話をしている。中藤くんの許嫁というのは父親の見つけてきた人だ。
ミス高志の国に選ばれた絵美哩ちゃんである。中学の番長だった坂田くんが独立してか
ら彼女をもらいに云ったが両親に断られた。
「一流のヤクザじゃなければ娘はやれない」
 坂田くんは今ではキャバレーを三軒経営し専売から漏れた物資を取り扱っている総合
商社社長であるが当時はまだ駆け出しだった。せっせと親分に金衛町の浜から善き事を
行わない娘をさらって与えていた。もちろん味見をしてからである。彼女らにすれば海
岸から異国に連れさせれるよりも良かったかも知れない。
 百女さんの色白の娘はもう幼稚園に行っている。「中藤センターの社長は百女ちゃん
も抱いている」といううわさがあった。自分の息子の二号といっているが実際は自分の
三号だというのである。つまり中藤くんの父親は母娘を抱いている事になる。料理屋を
もたされている百女ちゃんの母は最近たいそう羽振りがよい。母はこの世の地獄を恨ん
だが、娘の身体より自分の方がいいと寝所でささやかれてから満足した。
「つまらない男に嫁ぐくらいなら二号の方がよっぽどいい」
 百女ちゃんにもその道を勧めたわけだ。

 宮に封じ込められた百女ちゃんは明日香ちゃんの訪問を楽しみにしていた。華やいだ
明日香ちゃんは学校での生活を披露した。百女ちゃんはつまらなそうに黙って聞いてい
た。少しもあいづちがうちないのだ。自分からどんどん明日香ちゃんが離れていくよう
な気がしたのである。すでにニ人の子供を生んでいた。生理用品を買った経験がないの
だ。乾く間もなく埋められた。
「明日香ちゃん、まだ蘇我くんとはシテないの?」
「えっ」
 明日香ちゃんは突然の親友の質問に言葉を失った。
「まだ、してないでしょ・・・」
「志波田の城で許そうとしたんだけど・・・いきなり生理がきちやって、それに金くん
が入ってきたのよ。その後も一緒に寝て居るんだけどなにもしないのよ・・・」
 明日香ちゃんはうそを行った。自分が拒絶しているのである。
 初耳である。百女ちゃんは同情した。ふたたび明日香ちゃんは貝のように閉じたから
だ。
「パパと中藤くんは親子でも愛し方が違うの・・・一番気持ちいいのは金くんだったわ。
男はさせないと逃げちゃうよ。蘇我くんだって男なんだからかわいそうだわ。わたしが
手を出してもいいの。女は男を選べるんだから。明日香ちゃんより満足させられるわよ」
 明日香ちゃんはまったく息がつまって胸がドキドキしてしまった。百女ちゃんは絶対
優位に立ってしまった。蘇我くんにだけ身体を許そうとしていた自分は同性のそういっ
た考えを理解出来なかった。まるで自分が蘇我くんを愛していないようなことを云われ
たからだ。
「わ、わたしやり方あんまり知らないし・・・」
「坂田くんに聞いたけど、女、紹介したって云っていたわよ。アヒル小屋の芹華ちゃん
とも一緒に歩いていたわよ。あそこはお母さんも認めているようよ。ご飯を食べに行っ
ているようよ。セックスのやり方なんて蘇我くんが知ってるからいいんじゃない。照子
先生の所へ帰って来ているんでしょ、二人もあやしいって云う人もいるわよ」
 坂田くんには蘇我くんが絵美哩ちゃんを紹介したのだ。話が反対だと思った。
「わたしは金くんの子供を身ごもって金くんが国にかえったからお妾さんになったのよ。
蘇我くんと金くんはどっちが強かったのかしら。どちらかが闘いに勝つのを待っていた
のよ。一番強い人の子供を産んで育てるものよ。昔の王はきっと闘いに負けると自分の
女も取られたのよ、新しい男に抱かれたんだわ。子供も自分の子供として育てたか殺し
たのよ。女の腕の見せどころよ」
「いまの百女ちゃんの子供だって金くんの子供でしょ?それってひどくない?」
「わたしは教養もないし家柄もよくないわ、でもみんなわたしに夢中なのよ、学校の表
面で教えない遊びってやっぱりあるのよ、その中で女はやっぱり自分の好きな人の子供
を産んで育てられるの・・・貢いでくれるんだからそれでいいのよ」
「・・・・・・」
「わたしだけが知っている秘密をもらせば男の子は殺され、女の子は敵に嫁がされるの
よ。わたしは子供のために秘密を守るの・・・」
「花郎が良く云っていたわ。子供は親よりも年を取っていない。女は同時に二人の男の
子供を産まない、一度妊娠するとその間妊娠しないって」
「何が云いたかったのかしら?」
「はたで見ていてそれしか基準がないってことよ。それ以外の子供は花郎とタットーの
子供だって疑えってことよ。あの二人リヤカーでよく町を回っていたでしょ。あれは怪
しいよ。女に聞いてもわからないはずよ」
「ひどい話ね。そういえばわたしと蘇我くんは兄妹で届けているし結婚したら近親相関
だわ。照子先生の養子だし」
「自分が国に帰るって事は、わたしが他の男に抱かれるっていうことなのよ。一緒に行
きたくても行けなかったの、花郎は今、わたしが向こうへいつでもいけるように努力し
ているわ。蘇我くんだってそう思ってるわ、きっと。嫉妬を持ち出さなくても蘇我くん
とは別れられるわよ。ちよっとすると蘇我くんがあなたと兄妹になったのはプロポース
じゃないかしら・・・結婚したつもりなのよ」
 百女ちゃんはあの暗闇で自分の命を救ってくれた人がきっと蘇我くんだと信じていた。
ヤキモチを焼いた。
「初恋から始まり兄妹になって恋人になって夫婦になるのね。誰にも出来ないわ、女冥
利ね」
 まんざらでもない顔をした。
「その子って絶対、蘇我くんの子供じゃないわよね?」
 笑い声だが目は真剣だ。
「・・・それは内緒よ」
 明日香ちゃんは、いつも百女ちゃんのことをそれとなく蘇我くんが聞くのでなにかあ
ると感じていた。「お金に困ってないかな」と出産費用を明日香ちゃに託したので疑い
を持ったのだ。泣きそうな顔になっている。嫉妬で身が震えた。
「ふふふ、やっぱり愛してるんだ・・・うそよ、金くんと一緒に暮らしていたとき一緒
に病院へ連れて行ったの。先生に云って貰えば帰国しないと云うかと思ったんだけど、
堕ろしてくれって云うのよ。その後、蘇我くんが子供は絶対産んでくれってお金を持っ
て金くんと一緒に来たの。受け取らなかったけどネ、蘇我くんてそんな人なのよ。女の
子が一番望んでいる事を絶対にやってくれるのよ。二度と降ろせと云うなと花郎に云っ
てくれたわ。金くんも最後にはあやまったよ・・・明日香、セックスと愛は違うよ、わ
たしが何人に抱かれたって金くんしか愛してないよ。抱かれたから愛してるなんて早まっ
た結論なんて出さないで。愛してなくったって抱かせるのよ」
「あの、乱暴者の蘇我くんがそんな事を云ったの・・・」
「結婚なんてしなくてもいいから子供はきちんと育てろ、っていうのよ」
「じゃあ、タットーはわたしが誰かに抱かれても怒んないかな?」
「まだ、わかんない?絶対に怒らないわ。けれどそれでも明日香はますます蘇我くんの
子供が産みたくなるわ、絶対よ」
 庭に風がふきわたり、懐かしい稲穂のにおいがした。
「明日香、今日泊まって行って・・・明日香ちゃんがそんなネンネじゃ、タットーがい
なくなるわ」
「でも誰か泊まりに来るんでしょ」
 明日香ちゃんは顔を赤らめた。パパが来ることを知っていたのだ。
「すぐに帰るから大丈夫だわ、ウチは広いから」
 夕方、百女ちゃんのパパが現れた。中藤くんの父はしわくちゃな皮膚を晒している。
座卓に厚い毛布を敷いて仰向けにして足を開かせた。手と足を茶卓の足に縛っている。
「大丈夫、足を広げて・・・」
 百女ちゃんはカエルのように白い腹を晒している。陰りのある下肢も剥きだした。
「いやーん、いやーん」
 鼻にかけた声だ。
「そうか恥ずかしいのか。力を抜いてごらん」
 安心したように力を抜いた。イヤイヤをしながら足を開いていった。
 長い天狗の鼻のような物を押入から取り出してエンエンと責めた。彼女の声とモーター
音で耳を塞ぐ。老人は汗をかいて得意になっている。百女ちゃんは恥ずかしい、恥ずか
しいと云っている。やがて縄を解く。自分のものをくわえさせて静かに果てた。
 襖の隙間から見ていた明日香ちゃんにVサインをしていた。
 机に現金の入った今月分の封筒をおいて帰って行った。

 明日香ちゃんは濡れた下着を干して新しいのをつけた・・・
 深夜になって今度は中藤くんが酔って現れた。
「子供がいるから優しくして・・・」
 子供みたいに百女ちゃんのバストをペロペロと舐めていた。挿入をうながすようにアー
ンアーンと大きな声を出している。
 やがて百女ちゃんに座卓ベットに手を突かせて後ろからまぐわってすぐに果てた。
「どうだ!よかったか!」
「とても、よかったわ・・・」
 本心ではない百女ちゃんの声が聞こえた。
「泊まって行かないの?」
「絵美哩と一緒だからだめだ」
 行為を終えると帰って行った。

 明日香ちゃんは寝たふりをしていた。行為が終わりやがて百女ちゃんが布団に入って
きたのだが腹が立って背中を向けていた。どんなことがあっても話をしまいと誓った。
やがて心地よい睡魔に襲われ夢を見た。夜具の隅を両手で握り歯で噛みしめている。
 蛇に身体を卷かれ奈落の底に落ち声を上げてもドンドン谷底に向って落ちて行った。
一人でミヨの国に行くと思うと涙が流れた。蘇我くんの顔が浮かび最後まで抵ったがつ
いに絶叫した。蘇我くんともっと一緒にいきたかったのに・・・。ふと気がつくと雲の
上にのって蝶と戯れていた。和の曲が流れ一緒に善い声を出した。喉が乾きとっくりの
水を飲み干した。止めどなく流れるが栓をしなかった。水は酒となり全身に流れた。香
気が広がる。ずっとそうしていたい・・・

 朝、胸あてと下履きが寝床に落ちて肌に衣がなかったので不安に思って秘部を確かめ
た。障子の後ろで屈み込んでいる明日香ちゃんに話しかける。
「履き忘れたのよ、安心して処女のままよ、蘇我くんにあげるんでしょ」
 百女ちゃんがいたずらっぽく笑った。
 その日の午後坂田くんが訪ねてきて後ろから百女ちゃんは交わって動物のような声を
上げた。布団をかぶってこんなことをしていると気が狂いそうだ。誰の子供か分からな
くなると思った。

汝たち兄弟は魚と水のように和し爵位を争ってはならぬ。
隣国に笑われてしまう                        天智天皇記

 明日香ちゃんから低い声で電話が蘇我くんにかかってきた。公園にいると云っていた。
夜のデートだ。照子先生は浴衣に着替えて鏡台の前で夜の化粧をしていた。ピンドメを
全部はずして髪を落としている。先生の声は大きいので雨戸は全部閉めていた。電話が
明日香ちゃんからだと云ったら不機嫌になったが行ってらっしゃいと云った。
 出がけ先生が追ってきた。激しく唇を奪い手を秘部に添えた。
「もうこうなっているの、起きて待っているわ」

 公園で明日香ちゃんはなかなか帰ろうとしない。ベンチに腰掛けている。
「わたし・・・ね、好きな人がいるのよ・・・」
「困ったなあ、明日香ちゃんと結婚しようと思っていたんだけど」
 頭を抱え込んだ。
「怒らないの?」
「明日香ちゃんが決めたことならとやかく云わないよ」
 顔を上げて真剣な目で見ている。
「なんでそれを早く云わないのよ!」
「うん、もうしたの?」
「したよ!求められたから許したのよ、それでどうする、別れる?」
「したいようにすればいいよ・・・」
「相手の男が誰か見にいって確かめてみてよ!」
「明日香ちゃんが好きになった男なら大丈夫だろう」
「わたしのこと愛してないの?」
「愛してるよ」
「それでわたしが相手に騙されて蘇我くんのところへ戻ってきたらどうするの?」
「明日香ちゃんともあろう人が騙されたの?」
「たとえばの話よ!それでもわたしを許せるの?」
「当然・・・」
「子供が出来てたらどうするの?」
「明日香ちゃんの子供なら一緒に育てようよ。明日香ちゃんと一緒にいたいんだよ」
 蘇我くんはおかしなことを云っていた。蘇我くんは立ち上がって喋り始めた。
 人には風景がある。風景があって君がいる。君が風景になじんで、微笑んでいると
とてもぼくは安らげるんだ。やがてその風景には台風や洪水が現れるんだ。ぼくは心配
で心配でじっと見ているんだ。やがてその人は歯を食いしばってたちあがるだろう。た
ちあがらない女の人が現れるんだ。だからぼくは手を貸すために歩くんだ。
「明日香ちゃんはぼくの風景には写らないんだ。今みたいにずっと前から一緒にその風
景を見ていたんだよ。明日香ちゃんの風景はぼくの風景なんだよ」
 百女ちゃんの云ったとおりだ。思いつく限りの不幸を並べ立てても、よそで自分がな
にをしようが戻ってくれば受け入れると云っている。信じられていると何も出来なくな
る。会話しているとイライラしてくる。
 公園に誘って胸に手を入れる。明日香ちゃんは下を見つめたまま黙って受け入れる。
心臓がドキドキしている。意外な反応にさっきの話はウソのようだ。
「人が見ている!」
 蘇我くんをはねつけた。「だめだわ、私は古い女だわ!」
 いきなり立ち上がってそのまま亡霊のように家にかえってしまった。蘇我くんは騙し
た男はどこに行ってしまったのかと考えた。
 公園から照子先生の家に帰ると受話器が蘇我くんを待っていた。照子先生は心配そう
に顔を見上げていた。
「あなた方は兄妹なんだから喧嘩はしないでね・・・」
 照子先生が呟いて受話器を渡す。明日香ちゃんが電話の向こうでいまいましそうに云っ
た。
「わたしは、まだ誰にも抱かれてないからね・・・覚えて置いてね。さっき公園でわかっ
たでしょ?いつかちゃんと貰いに来るのよ」
「うん」
 それだけ云うと電話を一方的に切った。
 照子先生はその晩何度も求めた。
「タットーの子供がもっと欲しい・・・」
 獣のように髪を振り乱した。子供が起きても気づかなかった。先生は涙の筋を見せて
まぐわる。いつまでも身体を離さず飲み込んだ。
「大丈夫だよ、先生、ぼくはいつでもここへ来るよ」
 身体がけいれんして失神し、しばらく言葉を持たなかった・・・

 尾張に帰る日、紫羽田城の鐘が鳴った。入口で坂田くんに紹介した絵美哩ちゃんが長
い足を投げ出して待っていた。親に中藤くんと結婚させられそうだと訴えた。坂田くん
も殺人で連日取調を受けて越に戻ってきていない。中藤宅に怒鳴り込む相手もいないわ
けだ。食事を勧めるとすぐに風呂に入ってあと自分で支度した。久しぶり挟むといきな
り根と茎を噛んだ。坂田くんはいつもあわただしく賞味していたようで少しも産毛は切
れておらず元のまま、生えており本具の蛤はまだ十分に焼けていなかった。
「少年の殺人だからすぐに戻るよ、中藤くんとは適当に付き合っていればいいよ」
「なあんだ、どうせなら後二年待って成人になってから捕まればよかったのにね」
 カエルが捕まって本当に嬉しそうだった。
 紫羽田城は久しぶりで火が入れられつきっきりで宴を催した。
 絵美哩ちゃんは料理がすっかりうまくなり上手に噛むようになった。
 明日は旅立たなければならない・・・
 雑木が街道を被い尽くしている。


弐四の記(神田と本郷の間)


日本の水軍の先陣と大唐の水軍が合戦した。
日本は利あらず退いた                    日本書紀天智天皇記

仁徳天皇の時、龍馬が西に現れた               日本書紀孝徳天皇記

 大学の内部に潜り込んだ刺客をヘンリーが蘇我くんに知らせた。ポプラの葉が丸い屋
根に落ちている。再会の場所はニコライ堂である。
 笑顔で手を上げて蔦がからまる門から入ってくる。
「ハロー!私は貴君の安全を欲する」
 懐かしい中学英語の構文を繰り出した。
「ちゃんと普通にしゃべっていいぞ、I wantだけじゃなくて・・・」
「ほう、アメリカの恋人でもできたか?」
 自分の希望しか云わなかったタットーが相手の事を聞く構文を覚えたので感心してい
た。
 予備校と日大とマクドナルドの前に白いヘルメットの集団がニコライ堂に向かう車と
通行人を見張っていた。ニコライ堂隣接の病院前の道路には聖美ちゃんがヘルメットと
Gパンで立っていた。タオルで顔を隠しているが目が縦列駐車の大使館ナンバーと公安
警察ナンバーの車を凝視していた。通行人は側まで歩いていくと女だと解った。モデル
のような顔立ちだが、目だけが殺気を感じさせた。ヘルメットから漆黒の髪が流れてい
る。

天子は相まみえ「日本国の天皇は平安であるか」と問うた        斉明天皇記

 ヘンリーと蘇我くんは教会の中にいる。
「安全を保証してくれるって、ノーモア・シモムラのことか?」
 蘇我くんは顎髭をはやしながら、皮肉った。
「フレンドだから」
 難しい顔をしてフレンドに説教をした。ソフィーの手紙だった・・・

 親愛なるタットーへ
  大国のわたしが小さな国にいるあなたに手紙を書くわ。
  かつて一度も自分達の進路を自分で決めなかった国民は元気かな?
  今度はわたしたちに何を決めて欲しいの?
  オリベッティの調子はどうかしら?SとEとXが少し欠けているわ。
  大陸を失った島が自立できたことはないわよ。島は大陸を取れないわ。
  ただ人がVACATIONのため移り住むだけ。
  枝が幹を幹が根を支配したりしたことはないわよ。
  葉が根を枯らそうとすれば根は葉を枯らしてしまうわ。
  この島も、そして君達の国もそうだったし、これからもそうよ。
  なにか勘違いをしているんじゃないのか?君達は・・・
  猿真似で国ごと工場にしちゃったけどお金でも儲ける気かしら。
  MANUFACTUREでは三つ取れないわよ。
  TATTOは今回GAMEに負けたのよ。火炎瓶より車の方が売れたわ。
  TATTO、あたなだけでも目を覚まして会いに来て・・・
  工場長には貯金が出来てあなたを狙っているわ。
  わたしの云う事がわかったらヘンリーの云う事を聞いて。
  不承知なら今居る所から早く逃げて・・・
  あなたの考えている次のGAMEは今が開始時よ。
                         あなたのソフィーより

 手紙は暗くて読みづらかった。内容もだ。ステンドグラスに近づけてやっと読めた。
イエス・キリストが微かな光を届けて寄こしたからだ。
「ラブレターか?」
「脅迫状だ。どうやら次のゲームに参加したいということらしい。そのかわりぼくをど
うしてくれるのかな?」
 ヘンリーは声を上げて笑った。いつものタイプの印字と違うからヘンリーのタイプか
も知れない。
「なんて書いて有るんだ?」
「彼女がヘンリーに従えって云ってる。女の子の云う事は聞く事にしてるんだ」
「アメリカには逆らうくせにソフィーの云う事は聞くんだな。やはり、彼女の手紙を持っ
てきてよかったぜ。逮捕はなしだ」
 やがてヘンリーは胸のポケットから取り出して本題に入った。秘書のソフィーのブルー
の瞳を思い出していた。出国する前日、旅行中の妻の目を盗んでソフィーのベットに忍
び込んだが手紙を託されるとは思わなかった。

汝たち、倭客は東に帰ることはできぬと幽置した            斉明天皇記

 日の元の公安資料の青焼きの写しだった。予算の拡大、火気、防具費用の増大、多重
無線車、外地から唐人に教育させた倭人を呼んで警備隊長に補充している。帰ってきた
遣唐史、カマセ犬は出世のためになんでもやる。一時の昇進に舞い上がっているように
見えた。組織に入り込んだ人員も記載されていた。こちらの組織別の人員配置調査が正
確さを増していた。トップにマルがつけられ死傷者にはその上からバツがつけられてい
た。蘇我くんと対立派のトップはまだマルだった。「いっちゃん」がどうやら一方的に
バツを宣言するようだ。
「唐人におれ達を殺さす気か?」
「そうだ、同じハイスクールを出た若者同志を殺し合わせるだろう」
「ぼくにどうしろと云うんだ?」
「ヤスダから仲間を全員、撤退させてくれ。九州も大阪も名古屋も金沢も大阪も仙台も
北海道もだ。おまけは越だ。残りはすぐにかたずくから」
「わかったよ。攻撃はいつから始めるんだい?その後、逮捕か?」
「刑務所はそんなに広くないよ。君に関しては逮捕状が出る。中東にでも逃げた方がい
いんじゃないか」
「行きたい国に行ったり来たりは当然の権利だがなあ、何かおかしいかい?」
 蘇我くんは不敵に笑った。
「ここ一年で貴君らは敗北する。副検事に残業代をはずんでも効率は、たかが知れて
いる。君らは黙秘を知っていてレールに乗ってくれない。四八時間後また武闘に戻って
しまう。逮捕は率が悪いそうだ。戦いに勝つためにしばし法治をとどむことにしたよう
だ。刑務所と裁判所を大学の数ほどつくる気はないだろう。その後は公務員になっても
学者になっても医者になっても身分は保証させる。KGBとは違うぞ。付いている合衆
国は民主国家だ」
「裁判闘争に協力する気はないわけだ・・・汚職と強盗で忙しいか?全員を凶器準備集
合罪で逮捕しないと約束できるのか?手ぬぐいを持っていてもしょっぴいていたぞ」
「右翼にかませようとしたが君らは連中より過激だから気にいらないそうだ」
「あぶれてしまったか?ぼくたちは・・・合衆国が出してくれるまで刑務所で寝ていよ
うと思ったがそれも無理か?二派を合体して薩長同盟をつくるまで待てないのか?」
 ヘンリーはうなづいた。
「君達はわれわれにとっても危険だったよ。龍馬も商売上手で最後、見廻組に殺された
ぞ。やりすぎたんだよ」
「ここはロシアの教会だ。二人はそのおかげで会えているんだ。仲良くできる時代がく
るさ」
「かもな・・・」
 蘇我くんは教会の外へ出た。ポプラを踏みしめる。
「あいつもスパイだったのか・・・夜学に通っている公務員だったのにな、向こうも大
変な男を雇っているなあ。一度裏切った男は二度裏切るぞ。何回裏切るんだろうな。そ
れにしてもよく調べたものだ。権謀家とは藤原くんのことだ」
「三億円を寄付したものな。治外法権に逃げ込むなんて卑怯な話だ。君の要塞は大使館
並みだな。バイクがニ台、走ってたなんて誰も気づかない・・・」
 夕方になると学園に現れる人なつっこい顔を思い浮かべた。ヘンリーのくれた書類を
見る。住まいの郵便物の種類、取っている新聞の名前、外に出した酒瓶の名称、ベラン
ダのビール瓶の数、越での明日香ちゃんとのデート場所、その時には必ずブルーのジャ
ンパーを着てくることまで調べて上げていた。
「どうせ、後は彼がタイプするだけだ。それともタイプにしてからもらうか?」
 腰のポケットから今後の活動計画をヘンリーに渡した。ゲームが終わったのだから最
後のカードは開かなければならない。
「フレンドが喜ぶよ・・・」
「あのタイプライターはもう使わせない方がいいな」
 腕のローレックスのネジが飛び出したままだ。それにガラスにヒビも入っている。
「ローレックスの新しいのがいるな。おれのと交換しよう。ミスのは壊れてないか?」
「すっかりメッキがはげているぞ」
「そんな馬鹿な!スイスに送っておいてやろう」
 同じローレックスだった。彼の仕事はディスクワークと見えて無傷だ。
「いくらでも買えるから上等の酒を届けてくれよ、別荘を買ったんだから御招待するよ。
君の知り合いの日の元の四課に云っといてくれ、殺しに来るんなら、一キロのゴルゴの
道をタキシードを着てゆっくり歩いてくることだ。身だしなみに気をつけてな、旅費が
なければ退職金の前借りが必要だろう」
「誰も行くまい。今後一人では歩くな!今日みたいに」
「ああ、護衛をつけるさ・・・」
「極上のお前が喜ぶ酒を届けてやるぞ。それまで捕まるなよ」
「ベトナムで原爆でも使ったら戻ってきてやるからな。王様の遺跡を壊すなよ」
「わかってるよ、朝鮮でもつかわなかったじゃないか」
 ヘンリーは勝ち誇ったように笑っていた。蘇我くんは朝鮮と云われて白い歯を向けて
目を閉じた。集安県の積石塚や壁画を見ているのだろうか。
「自分達にないからって世界中を壊しすぎるぞ」
 蘇我くんは遺跡を壊せば民族はすぐにころぶことを知っているのだ。別れ際、不審な
顔で質問した。
「タットー、ところでどうして酒がいるんだ?」
「結婚するのさ、結婚してくれなきゃぼくが殺されると口説くんだ」
「たいていの女はそれでオッケーだな。まさか、ソフィーじゃないだろうな。文通して
いることを知っているぞ」
 ウィンクをした。
「コングラチュレーション、おめでとう」
「どうもありがとう」
 金くんのようにうまく云えない。
「CIAは不動産屋じゃないぞ、今度おれも訪問するからいいところを探したよ。隣の
家とは柵もないぞ。お気に召すかな。もっもと歩いて一時間かかるが」
「ありがとう・・・アメリカにゃ、君達しかフレンドがいないんだ」

 ヘンリーと別れ道路に出ると聖夜ちゃんが駆け寄った。
「タットー・・・心配したのよ」
 蘇我くんは驚いて上から下まで見つめた。東京の女子大に通うノンポリなのだが、革
命の汚い雰囲気がいいらしい。何の変化もないシャバから時々舞台見物にでも来るよう
に神田に現れるのである。
「大丈夫だよ、昔の友達だから・・・」
「大使館ナンバーだわ、また敵と組んだのね」
 芝居はやはり演じているものより観客の方が辛らつな批評をするものだ。
 聖夜ちゃんは蘇我くんの警備が解除されてゾロゾロとヘルメットの学生が遠巻きに付
き従い封鎖している学生会館に誘った。通称ミマナと云われる城である。薬品プロパー
がアルコールと包帯とコンドームのダンボールを抱えて医学部の学生を探している。未
来の科学者と医者があわただしく働いていた。階段でそれぞれのフロアーに声をかけな
がら最上階に到着する。廊下の両脇が女子部屋といわれる宿泊室が九室、突き当たりは
大きな部屋になっている。新任の女子学生はみんなその部屋で蘇我くんが夜忍んでくる
のを楽しみにしている。聖夜はそこに入る女性はみんな蘇我くんが手をつけていること
を知っていて一人一人必ず見に来るのだ。その印刷室にボールペン原紙や用紙青いタイ
プライターが散らかっていた。女性が数名忙しそうに働いている。
 毎日、志願兵の女学生が現れるが、自由に館内を見学させた。全国からいろんなタイ
プの男が集まっているからお婿さん探しには調度いい。この地下一階付き四階建て要塞
は食堂、印刷室、病室、宿泊室、武器庫を持っていた。多少の無理を云って大学から取
り上げたものだ。取り返されるので屋上には常に三人が覆面をして立哨していた。男子
の見習いはここから始まる。各セクトの買人が現れ情報と商品の宝庫となっている。新
しいセクトをつくる者はここに問い合わせないと既存セクトと同じ色のヘルメットになっ
てしまう可能性がある。目立ちたがり屋が多いから商売は繁盛した。
 彼女らは志望する部署へ配置する。不思議なもので好きな男の所へ必ず行く。城が落
ち拉致された場合必ず輪姦される事、今日までピンピンしていた恋人が明日はガス銃の
水平撃ちで植物人間になっしまう事を認識させた。約束はそれだけだ。日の元の求人も
年中募集しているから仕方がない。最も藤原くんは男にこだわっているので女は全部蘇
我くんに来てしまう。金玉を握る悪い癖は一種の職業病なのだ。中での「まぐわい」も
公認している。まだエイズはない。「共産」とは男も女も共有することだと説明すると
地方出の女学生は初めてふれたマルケイ主義に大きく目を見開いた。急いで処女の娘は
申告し真剣な目で体験を済ませた。もちろん村長(むらおさ)の特権だが多少小学校よ
り理屈が増えているだけで仕掛は同じだった。
 印刷室の奥の部屋に入る。壁に黒板がありその上に大きな地図が貼られていた。聖夜
ちゃんはさっさとヘルメットとGパンを脱ぎ捨てた。シルクの下着姿が閑散とした部屋
に違和感を与えた。相変わらず靴がエナメルなので評判が悪い。革命家はズックなのだ。
「臭いよ、タットーのヘルメット・・・おだちんを頂戴!」
 両手でジッパーを開ける。「浮気したわね、またトランクスになってるわ」
「駄目だよ、ここに来ちゃあ」
「守って上げたのよ。内ゲバでまた殺人があったわよ。また新しい女が出来たの?」
「地下から四階までね・・・」
「まさに、野獣の館ね。そんなことをやっているから労働者の共感が得られないんだよ。
ここだって瓶やガソリンばっかり集めてまるで武器の密売人ね」
 様々なセクトが対立していたが蘇我くんのところへみんな武器を買いに来ていた。地
下は食堂で腹をすかせたヘルメット軍団が飯を食いに来たし、食料庫の空のガラス瓶は
商品となった。厨房の燃料もそのまま商品になり注文の多い隣のスタンドはバルブを直
結してタンクの一つをガソリンで見たした。商工の中心にありしかも隣が危険なガソリ
ンスタンドで唐人もようようガス弾を打ち込めなかったのだ。この武器庫兼情報基地兼
女官所は最後まで落城しなかった。後世、大手自動車会社の独身寮として売却されその
後の繁栄を助けた。強者のまぐわいの声が夜ごと聞こえ寝苦しいようではあった。全館
夜になると明日の命も知れぬ若武者のために女人が足を開き彼らを慰めた。
「労働者がみんな給料でお妾さんをもてるような時代にしたいんだ」
「それって一婦多妻のこと?男尊女卑だわ」
「女尊男卑だよ。女も何人もツバメをもてるよ」
 蘇我くんは指を入れた。もう十分に濡れている。ミマナの宮の匂いが好きらしい。
「寒いのに申し訳ないんだけど出来るだけ短いスカートで行ってくれないか。普段、勉
強ばかりしているから多分たまっていると思うんだ。委員長とはつきあっているんだろ
う。どうせ赤門にも寄ってきたんだろう」
「空瓶が欲しいんだって」
「もうないよ。本と交換すると云ってくれ、後楽園で、キャッシュでもいいぞ!」
「わかったわ。でも彼とはしてもイッテないからね。信用してよ。五月祭にはまだ早い
けど友達をたくさん連れていくわ」
 しゃべれなくなって、目を閉じた・・・
 男とデートする前には必ずその前に現れた。志波田城で金くんが先だったので懲りて
いるのかも知れない。昔、子供が出来た。「生んでくれ」と頼んだがタットーの子供じゃ
ないといやだと堕ろしてしまった。アルバイトでモデル事務所にも出入りしている。
 後日、校内から全員ミニ・スカートに連れられて一個師団が連れ出された。「性(?)
力温存のため」と発表された。よろよろと生協から奪取した食品や本をみんなが持てる
だけ持っていたというが定かでない。唐人ほど「象徴」にこだわっていなかった。
「ほおっておけば腹が減って降りてくるさ」
 居残った者についてはそっけなかった。


弐五の記(ミマナを去る)


京都の鼠が近江に向かって移った                   天智天皇記

倭漢(やまとあや)の沙門、智由が指南車を献った           天智天皇記

才知が人より秀でて天文、忍術を能くした               天武天皇記

 新入生のオカッパの女学生、渟鏡子(ぬかこ)ちゃんが部屋に入ってきた。Gパンが
腰に食い込んでいる。膝の所が破れて白い太股が見えた。男子学生には絶大な人気があっ
たが蘇我くんの精力を奪い取ってしまうので女官には不人気だった。聖夜ちゃんがカー
テンの奥の簡易ベットからなに食わぬ顔で出てきた。蘇我くんは窓で背中を向けて空を
見ていた。チラッと冷たい視線を向けて聖夜ちゃんの載っていた商業雑誌の上に出来た
ての新しい機関誌をおいた。この表紙にも聖夜ちゃんがヘルメットをかぶってアジって
いる写真が写っている。
 ローラー作戦で幹部はアパートを借りることが出来なかった。渟鏡子ちゃんが着なく
なったワンピースを着てかつらを付けて平気で尾行をかわしていた。大学の構内で図書
を焚火にしてスカートの股を開いて焼いたイモを食っていた。蘇我くんは下着も渟鏡子
ちゃんから借りてマツ毛までつけた完壁な女装だった。藤原くんはそれに恋心を抱いて
近づいたのだ。

 笹口から一緒だった新聞委員の筑紫くんが現れた。通謀者の藤原くんも呼ばれて来て
いる。部屋が閉められてラジオのスイッチが入れられた。ボヴ・ディランが聞こえる。
盗聴を防いでいるのだ。
「藤原さんの指示ですが、本郷に学生を集めていますが大丈夫でしょうか?装甲車が集
結しているんす」
 渟鏡子ちゃんが口を開く。蘇我くんは椅子に腰掛け羽のついた矢をいじっている。さっ
きまで聖夜ちゃんの乳首を掃いていたのでドキッとしてふたたび熱くなった。
「多重無線車の位置だけオードバイで確認させておいて・・・」
「藤原くんのバイクでもう行ってます」
 蘇我くんに答える。場所をわきまえて会館では事務的な口調である。マンションでは
甘ったれた言葉で猫のようにまとわりつく。本郷の鰻屋の地番を告げると壁面の地図に
腕を振りきって矢を放つ。鰻屋の前に赤い矢がささった。地番が狂っていない。
「うちなんか自転車だもんな」
「この人、子供の頃から自転車でモーテルに云ってたのよ」
 聖夜ちゃんが場をなごませようとしていた。誰も笑わない。
「あら、同郷なんだ?」
 渟鏡子ちゃんが髪を上げて初めて顔を見て笑った。
「神田に戻るように云うんだ、全員だ。一網打尽になっちまう。藤原くんの指示を破棄
する!」
 青い矢を放った。神田駿河台三省堂前にささる。藤原くんが動揺している。
「グランデの方が店員はかわいいぞ、カウンターで立たされているから足首がしまって
いる」 
 初めて五センチほど狂ったので筑紫くんがホッとした。いつも藤原くんも練習してい
るのだがどういう仕掛があるのかさっぱり当たらないのだ。ヤスダから青い矢をはずし
てグランデの位置に羽を突き差した。

天武天皇が一二年の国史編纂委員会に「定紀および上古の諸事を記し定める」
ことを命じた                        日本書紀天武天皇記

「蘇我さん、区議会議員の方からコーラ瓶をどこへ届けるかと云って来てますが」
 筑紫くんは越から蘇我くんをたよって上京していた。相変わらず身体は痩せているが
火炎ビン焼けをしてたくましくなった。笹口薬師堂戦争では追い返したが今度は居付い
ている。池袋のセクトの事務所で蘇我くんの写真を見つけ神田に訪ねて来たのだ。
「瓶はむこうがいるそうだ。みんな売ってしまえよ。兵隊と交換でもいいよ」
「どうするんですか?こっちは。投げる物がないですよ」
「町ごと投げてしまえばいいさ。仕入れは終わりさ」
 足をトントンと踏みつけていた。
「歩道の敷石のことですか?」
 蘇我くんは白い歯を見せてウィンクした。
「それより、藤原くん、本郷に向かっている仲間を戻すんだ!」
「同胞を見捨てるのですか?」
 藤原くんの低い静かな声が響く。
「本郷から仲間を助け出すんだよ。そこで殺らせようとしてるんだ」
「本郷に参集すべきです!」
 珍しく金切声を上げた。
「筑紫くんはどう思う。野球をやりたくないか?」
 蘇我くんは藤原くんに見切りをつけて筑紫くんに話しかけた。
「エッ!野球ですか?」
 笹口小学校のグランドを思いだしたのだ。
「じゃあ兵を二分して伏せて後ろを襲うべきです。笹口薬師堂でもタットーが一人だけ
でした」
「神田と本郷の間に集めれば、どっちかが勝てるだろう。勝つだけ勝ったら引き上げる
んだ!最後は負けるんだから死にたいやつが最後までやればいいさ」
「ジャイアンツ球場なら五万人の兵が伏せられるなあ!冬だから警備員も居ないだろう
なあ。久しぶりに野球をやるか?」
「そうしよう!遊園地もあるし好きな所へ行けるよ。勝てそうな所へ」
「ぼくはあくまで反対です。指示はもう出しています。東大に集結です!」
 天涯孤独の策士は藤原くんは常陸出身のキツネ目である。ある日、蘇我くんと白バイ
に乗ってやってきた。出逢いは諸説あるが府中でサッカーをやっている時知り合ったと
云うのが一般的である。蘇我くんの提案に不服そうである。経歴書によると、神祗をつ
かさどる家に養子で入り推薦入学でこの大学に来ている。中藤くんと同じ冷たさがある。
中藤くんも敗戦以来ひたすら恭順していたが、どこか冷たいところがあった。二人に共
通するものは人を口先で動かそうするずるい性格だ。
 中藤くんが用があると公衆電話まで行った。路線の変更を多重無線車に知らせに云っ
たに違いない。

筑紫に倭軍を集結させたが海を渡らなかった          日本書紀崇峻天皇記

朕は病が重い。後事を汝にゆだねる。任那を再建してくれ        欽明天皇紀

 蘇我くんは四階にみんなを集めた。蘇我くんが青いジャンパーを脱いだ。旅に出ると
云っている。女官たちはすすり泣いている。年頃の娘が顔はインクで汚れている。
「一切の記録を消却してくれないか。ここは筑紫くんにまかすよ。ぼくの私物も金庫に
あるが、燃やしてくれないか・・・それから明日香ちゃんを知っているか?」
 蘇我くんは、旅に出ると云った。
「なにか、他には?」
 中学の時もなしかそう云って名古屋に行ったように思う。
「いや、いいんだ。それよりも、印刷室の渟鏡子ちゃんだけど感じ始めて来ているんだ
けど毎日したいんだよ。君にも好印象を持っているからあづかってもらえないか」
 夜になるとダテ眼鏡をはずし髪を肩まで落とす。粘膜が特殊プラスチックのようで何
回でも求めてくる。全身強化ゴムのようにいつまでも弾力をもっているのだ。一度でい
いからレイプされたいと本気でベットでささやく。基準量以下のエネルギーではブーブー
と赤ランプがともるのだ。朝タイマーになると血が頭に集結しそういったことをみじん
も外に出さない。
「いいですよ。毎日ですね。でも明日香ちゃんの方がいいな。初恋の人なんです」
「・・・考えとくよ。でもまだぼくもシテないんだよ。自分でも信じられないんだ。最
初にぼくにプロポーズさせてくれないか」
「いいですよ、いつですか?」
「後から連絡するよ」
 薔薇が刷り込まれた小さなカードを明日香ちゃんに届けてくれと預けた。
 渟鏡子ちゃんの白い躰を思い浮かべ白い歯を見せている。まったくわかっていないの
だ。彼女はまぐあいのたびに和歌を作っているから少々増えるかも知れない。越から出
てきてずっとこの学生会館に住んで居た。恋人を藤原くんに取られてこっぴどい失恋を
していた。会館で旧恋人に会うと露骨にユーターンされていた。プラトンと渟鏡子ちゃ
んにあだ名されているがプラトニックの略じゃないかと思う。
「雑誌社からタットーの事を聞いて来ているんですけど取材費が出るんです。それでア
パートを借りようと思っているんですけど・・・」
「わたしたちも今までの運動史をこの機会に整理したいです」
 国文の女学生、渟鏡子ちゃんが進言する。
「それはやめようよ!」
 がっかりしている渟鏡子ちゃんに筑紫くんが助け船を出した。
「生活がかかっているもんですから・・・」
 筑紫くんがおずおずと口を開いた。
「これから少しでも戦いがなくなるようにように笹口薬師堂から書くんならいいよ。そ
して明日香ちゃんに見せてこれでいいって確認してもらえないかな」
「何年もかかりそうだな」
「ああ、これも捨てておいてくれ。捨てると云う事は君以外の人の目にふれなければい
いと云うことだ」
 ヘンリーからもらった書類である。
「これを売ってマンションを借りなよ。足りなければ図書館に本がたくさんあるから神
田で全部売ればいい。渟鏡子ちゃんの部屋にもたくさん運んで置いた。古文書もあるか
ら気をつけて売れば億くらいにはなるだろう。赤衛兵やぼくのように焼くばかりがノー
じゃないから。後任は筑紫くんがやってくれ。藤原くんは二度とこの部屋に入れるな。
彼のような敗者の思想も書き記すように。この資本家との戦いの後、祭事を奉還したま
うと云っている。既存の利権を滅ぼすにはそれ以外の方向はないということかな。藤原
大王はそのうち消される運命だよ。それとも今のうちに殺しておこうか。彼の死を極力
美化し王殺しが解らぬように。脇役を主人公にしてぼくらの国に来た仲間は名前だけ記
して一行に止めて置くように」
「わかりました」
「そのルポはぼくが買い取るということだよ」
 蘇我くんは残りの者に残務を託して部屋を出た。

朕は大寺を建造するから近江と越との人夫を徴発するがよい       皇極天皇紀

越の国の鼠が昼夜続いて東に向かって移っていった           孝徳天皇紀

 中大の前で藤原くんに追いつく。電話をさせないように連れ添っていた警備兵が離れ
た。彼らがそのあと藤原くんの連絡係を芸能プロに売り渡したことは云うまでもない。
兵隊募集用のポスターと云われて顔の化粧をして撮影に行った。容姿には自信があった
から当然だと思った。
「そんな化粧ではだめよ」
 スタイリストの女性が社長のようだった。四角い化粧バックで目を書き直した。髪も
グイグイひっぱってブラッシングした。ズボンを脱ぐように云われて下着までは化粧を
して来なかったので焦った。パンティを脱いでもいいと云われたので一緒に脱いだ。
「もっと足を開いて!」
 カメラマンの後ろでエナメルの靴を履いた聖夜ちゃんが叫んだ。ギャラの値段は足を
開いてから決まった。足を裂けるほど開かされてフラッシュを当てられた。藤原くんに
見せても喜んでくれないのにここではみんながほめちぎってくれる。シャッターの音が
陶酔の世界に導いた。ビニ本のコレクター、プラトンくんは神田の羽賀書店で「おまけ」
でついてきたその本を見て目が点になった。

 公衆電話の前で藤原くんは萎縮していたが蘇我くんは明るく話しかけた。
「君はいつも白を着て汚れるからからぼくの青いジャンパーをやろう」
 蘇我くんはさっさと手にひっかけていたジャンパーを渡した。
「欲しかったんです。これ。いいんですか?旗艦マークですよ・・・」
 手で生地をさわりながら目を輝かせている。
「君が今日から議長をやれよ。他は記録の仕事にまわるから」
「ほんとうですか?」
「これから、おれと一緒に後楽園へ行こう。いい儲け話があるんだ。バイクに乗ってな」
途中、二三ケ所、高速の料金所を寄るぞ。こういう日は仕事がやりやすいんだ。それか
らストリップでも寄れば調度いい時間になるだろう。警備は手薄で良く開いているぞ。
同志の女の子が稼いでくれている吉原にも集金にいこう。乙美ちゃんの友達がいるトル
コにも寄ってみよう。学割を頼んでやるよ」
「またですか・・・」
 藤原くんが、嬉しそうに笑った。集金はあちこち朝までかかるのである。少し機嫌を
直している。
「君は口が固いから一緒にやるにはいいんだ」
 全国から徴収された機動隊が紺色の服で並んでいる。
 戒厳令下の明大通りからお茶の水橋へ制止を振り切って白バイで突っ切る。機動隊の
制止を振り切る。都バスが横転し乗用車に火がつけられている。装甲車が放水しガス弾
が顔の横をすり抜ける。路面はガソリンでスリップして蛇行する。火炎で白い塗料が解
け、シートやカバーやヘッドライトやエンジンや燃料を敵に投げつけて走る。その度に
後ろの青いジャンパーに学生と群衆が手を振って気勢を上げる。
「あいつがタットーだ!みんな見ておけ!いつか殺してやる!」
 急ごしらえの越国から徴用された唐人部隊は憎しみに満ちた目で瞼にその姿を焼き付
けた。手を振っていた投げ捨てられまいと藤原くんは必死でしがみついた。水道橋に着
いたときはタイヤだけになった。白い塗料と青ジャンパーが路上に抱きついて倒れその
上をタイヤが転がった。
 紺色の鼠がジュラルミンの楯を持って集まって来ている。
「蘇我さん、ぼくをバイクから捨てようとしたでしょ。ぼくを捨てちゃいやだ!蘇我さ
んが他の女ばかりと仲良くするからいけないんだ!それに筑紫くんとばかり話してるん
だもの。ぼく悲しくなってしまう・・・」
 上になった藤原くんが涙ぐんでいる。下から両脇をしぼられて身動き出来ない。
「馬鹿野郎!おまえがおれたちを犯そうとしているんじゃないか!」
 藤原くんは両手を封じられているが激しく唇を吸った。
「解ったよ、特上のホテルに行こう。みんなが見ているぞ」
「いいの、見られても。今欲しいのよ」
 藤原くんは荒い息をたてている。

 後世の歴史書ではその後開始された二正面作戦の片方を「神田カルチエラタン闘争」
という。なぜかヤスダの記録が多い。唐人の機動隊は襲われてシャッターで閉まった商
店をわざわざ開けて逃げ込んだ。倭人の安全をこじ開けて日の元、唐人の安全をはかっ
た記録はない。倭人は石を投げて気勢を上げ疲れたのでさっさと倭の諸国に逃げ帰り何
食わぬ顔をした。倭人はやがてマンションを買い優秀な子供を育てて次の機会を待った。
後楽園で図書館や研究室から持ち出された学術書、古書を買いたたいていた者がいたと
いうが定かではない。闇市がたいそう繁盛した。ストリップの舞台にも目が届かず、性
が解放されようとしていた。多くの新人がビニ本界にデビューした。
 三韓と日本国、倭国の交易の地、任那「学生会館」もやがて筑紫くんの手で閉じられ
た。


弐六の記(明日香ちゃんの夢)


わたしの凸であなたの凹を刺しふさいで国をつくりませんか?    古  事  記

 ある年、大学の卒業を待たず蘇我くんと明日香ちゃんは結婚した。
 明日香ちゃんにプロポーズをすぐに受け入れた。帰国の見通しがたたないと大学の旅
券偽造者の筑紫くんは出国を止めた。新婚旅行をスイスというのは明日香ちゃんの夢だっ
たからだ。
 ちょうど二十歳の誕生日に神田郵便局の差し出しでチューリッヒまでの航空券が送ら
れてきた。夕方、花屋からライトバン一杯の薔薇の花が届き、明日香ちゃんの部屋から
廊下まで花が溢れた。一緒に蘇我くんからメールが届いていた。坂田くんが外車にデザ
イナーを乗せてやって来てベットと家具の注文を取って行った。外国のカタログでデザ
イナーもページと注文番号を何度も間違えた。手紙の中には太字で蘇我くんのメッセー
ジが書かれていた。「スイスに君の家を買いました。半分だけ手伝ってもらえませんか」
 自分が結婚に期待していたものをすべて注文した。相手はこれでもかこれでもかと訪
問してくるので根を上げてしまった。連絡を受けた百女ちゃんは花で溢れた玄関から親
友の部屋へ行き着くまでにずいぶん時間がかかった。道には車が溢れている。寿司屋と
洋服屋と宝石屋が順番を待っており百女ちゃんに後ろに並べと云った。母親は居間で頭
をかかえ父親は家を三周して裏口から入ってきた。母親は航空券の行き先がスイスだっ
たのですぐに謎が解けた。
 明日香ちゃんはは小学六年生の時、卒業文集に次のように書いていた。

  わたしは将来スイスにいこう思います。スイスは戦争のない永世中立国だからで 
 す。そこで子供を産んで幸せに暮らそうと思います。先生はいつも戦争放棄というこ
 とをいいます。また武邑先生に会いにみんなで学校へ来たいと思います。蘇我くんは
 乱暴者なので私は好きではありません。

 金くんはこの作文を読んでからかった。明日香ちゃんは顔を赤くした。
「子供は一人では生まれないぜ。男がいないと子供は生まれないんだ。なんならおれと
蘇我くんもつれていけよ」
 戦争がないなんてそんな馬鹿な、と二人は衝撃を受けてしまって図書館のスイスの記
事を大方あさってしまった。

 明日香ちゃんは蘇我くんと金くんの顔を思い出したくなった。昔の教科書も探した。
一枚の写真がそこからそこからこぼれ落ちた。卒業式のすべてが終わり写真屋が校舎の
二階から薬師堂の境内に最後の集合を済ませた全員を撮っている。境内で待っていた写
真屋をわざわざ武邑先生が校舎に登らせた。
 背景に笹口薬師堂の建物の一部。一番端に胸を張っていばっている金くん、人からわ
ざと離れているのでずいぶん大きく写っている。卒業証書の筒を高くかざしている。そ
の後ろにおさげ髪の百女ちゃん、笑おうとしているのだけどこわばっている。カメラを
見上げまぶしそうに見上げるわたしの旦那様。真ん中の一番後ろ。頬に絆創膏を張って
いる。紺色の三ぞろえで蝶ネクタイはとっくにどこかにふっ飛んでいる・・・そしてわ
たし、蘇我くんの隣で恥ずかしそうに微笑みちょっぴり蘇我くんの方に顔を向けている。
まるで蘇我くんからの風を感じているように顎を突き出している。四人が一緒に写って
いる写真はそれしかなかった。子供の周りを和服の母親たちがとりまいている。白いショ
ールはわたしの母。百女ちゃんの母親は来ていない。翡翠のブローチをつけた母親は木
で顔が隠れている。それに金くんの父、小さく縮まっている。そして武邑先生。児童の
中央にいて珍しくきちんとネクタイをして歯を見せて笑っている・・・

 旅たちの前日、日本人としか見えない人が現れ、祝儀袋を差し出した。頬にアザがあっ
た。それからお祝いの品物を置いていった。相手の名前をしつこく母が聞こうとすると
恰幅のいい中年は笑顔を向けるばかりだった。博多ナンバーのその人は蘇我くんたちの
出国の時間を聞きたがった。
「失礼ですが、何時の飛行機か教えていただけませんか?」
 母は娘に聞いている時間を告げた。時間を何度も確認して去った。祝儀袋の中には新
しい札が百枚入っていた。名前も手紙もなかった。お祝いの品には「グローブ」が入っ
ていた。母親はもう娘に子供が出来たのかと疑った。金くんは蘇我くんたちの結婚を知
る事ができるが自分では連絡出来ない位置にいるということだ。
「金くんたら・・・女の子だったらどうする気かしら」
 グローブを見た時、金くんの仕業に違いないと思った。

男と初めて交わって少し女の道を知ったけれど別に何ということもなかったわ
                                  清寧天皇紀

 スイスでの夢のような生活が始まる。空港から何時間もかかり思わずフランスにまで
行くのではないかと思った。半分だけ手伝った中世風のシャレーが見えてきた。アメリ
カ人が使っていた建物で内装は手直されていた。入ると階段が見える。二階がベットルー
ムだった。一目見て気に入った。階下のリビングルームでヴェッターホルンの裾野に広
がる田園を見ていても早く夜にならないかとソワソワした。着替えを取りに行く振りを
して何度もベットのスプリングを確かめた。
 明日香ちゃんの秘密の部分は暗闇の中で微かに息付き押し殺した息使いが聞こえた。
「見ないで!」
 彼女は太股をきつく閉じた。痩せている外見からは想像がつかない形のよい胸が目の
前にあった。熟しきってこぼれそうに成長している。
「いや、初めて見たもんだから」
「うそおっしゃい、二度目でしょ」
 十才の頃、米山薬師堂の掘の草薮でのおしっこの事を今だに恥じているのだ。
「恥ずかしくて・・・あれでタットーと結婚することを決めたんだから」
「今日という今日はどんなにいやがってもぼくの物にしてしまうからな」
「だめよ、そんなことを云っちゃあ・・・」
 蘇我くんはメッ!をすると意外なほど明日香ちゃんは観念してしまった。
 電気をすっかり消してしまいベットに横たわって顔を覆った。
「いいわ」
 身体を抱くと固くして逃げようとしたが、力を込めると身を委せた。
 明日香ちゃんは身体はどんどん身軽になり蘇我くんにとけ込んできた。
 明日香ちゃんは大きなうねりの中にいる・・・

「やっと、タットーものになったの?」
「そうだよ・・・手を握っていて。二0才を過ぎてすっかり老けちゃったよ」
 手を握りしめる。少年の頃に比べると皮膚は荒れている。
「固くなったね・・・」
「これがぼくの手だよ。ずっと覚えていてね」
「わかってるわよ」
 明日香ちゃんは抱きついてきた。腕の中に顔をかかえると安心したように目を閉じた。
部屋にこもり別荘で二週間も交媾を続け手伝いの老婆に冷やかされたほどだ。ベットの
上で悔しそうに下唇を舐めた。
「こんなにいいものだなんて、もっと早くスレばよかったわ」
「明日香ちゃんって器用な人だね。とても初めてだなんて思えないよ」
 二人とも終日衣服をつけず時を惜しんでむさぼりあった。

一夜ともに寝ただけで妊娠しないというなら一体
何回お召しになったのですか?七回召した、とお答になった    雄略天皇記

「ネエ、蘇我くんわたし子供が欲しいの、あなたの」
 明日香ちゃんが真面目な顔をする時は必ず悪いことが起こる。
「ねえ、怒らないで聞いてくれる。子供が出来るまでして欲しいの。ずっとここで赤ちゃ
んが出来るまで愛して欲しいの。もちろん、子供は日の元で産むわ。わたしはあなたを
とても愛しているのよ」
「いいよ。君にはやりたいことがあるんだろうし、セックスがしたくなったら訪ねてい
いかな?なにかやりたいことがあるんだろうし。舌をぬかれないうちに明日香をもっと
なめて腕が折られないうちにもっと明日香の胸をまさぐりたいのに・・・」
「いいわよ、大歓迎よ。白チンがあればなんとかなるって!ところで子供は出来ている
かな?」
 明日香ちゃんは吹っ切ったように性的な話題を口にした。まだ慣れていないらしく言
葉の意味をとき放つ前に目を赤くしてはにかんでいる。
「きみはどう思うの?」
「多分できてる・・・」
「ぼくも出来てるって確信している」
「タットーはわたしに子供を授けてくれたから。これまでほっておかれた恨みで殺して
もいいかしら。これはわたしのものよ・・・」
 明日香ちゃんは手をのばして握りしめ片時も離さない。
「いいよ」
「エッ、冗談だよ」
 蘇我くんは握られているので痛そうにしている。
「目を見開いたらこの世は火炎地獄だった。カマキリのように明日香ちゃんがぼくを食
べたとしてもぼくは恨まないよ。この身体を虎に食わせても虎がのさばるだけだ。それ
なら明日香ちゃんに食べられる方がいい。明日香ちゃんがいたからこれまで生きて来れ
た・・・明日香ちゃんがいなかったら多分ぼくはとっくに殺されていたんだろう。子供
の頃から朝、目を明ける事が怖かった。ぼくが見る風景はいつも人が切り殺されていた
      • ぼくは怖くなってもう一度目を閉じるんだ・・・そして明日香ちゃんならどうい
う風に景色を見るんだろうかと考えておそるおそる目を開けていたんだ・・・いつも眠
るときもう朝、目覚めませんようにと祈っていたんだ、けれども朝になると陽の光が瞼
をくすぐり庭に鳥が来てさえずるんだ。死んだふりをしてみんなのように生きられたら
どんなに幸せだろう。目を閉じて生きていればればこの世の地獄を見ずに済む・・・」
「じょ、冗談なんだからね・・・虎に負けたりしないでね。みんなが虎とおびえて生き
ている・・・気が狂って捨身したりもする・・・死んだりしないであたなの心の景色か
ら苦しみを消して・・・そしてそれをわたしと一緒に見るのよ・・・」
 蘇我くんはアルプスの山並を見つめている。今、どんな景色なのか聞いてみたくなっ
た。子供の頃からの蘇我くんの笑顔が思い出された。笹口薬師堂の戦争の日も、朝、目
を開けたくなかったと言っているのだ・・・
「こちらにいらっしゃい・・・」
 明日香ちゃんは旦那様を自分の膝に横たえた。
「目を閉じなさい・・・わたしがいるときは何も見ないで・・・」
 明日香ちゃんは窓の外を見た。景色は変わっていない。
 渓谷の底から刀で殺された血塗られた皇帝たちの悲鳴が聞こえた。牧童が死の直前の
顔をこちらに見せてすぐ振り返った。鳥がまっすぐに湖をめざして下降する。山は赤く
染まり空は火炎で燃えている・・・

 蘇我くんは初夜の日、銀行に口座を開いていた。明日香ちゃんの名義だった。
「あなたが持っていて」
「お金よりもいまはあなたのこれが欲しい」
 不器用に蘇我くんのものを初めて口に含んで夢を見た。。
 少年の蘇我くんが山裾で竹を腰の小刀で切り器用に笛をつくって渡した。やがて吹き
疲れると少年は木に登り木の実を取り草の汁を口に含んで口伝えに少女に吸わす。木の
実を口に吹くんだばかりの少女は拒否したが口に含まされると全身がしびれてしまった。
得意そうな少年はさらに山奥に導くと虎に襲われ少年の内臓が食いちぎらりている。虎
は口から血をしたたり落とす。目を閉じている獲物を見てほう咬する。
 たいして気に止めなかったが開いてみた。結婚式の日付で当時の日本円で二千万円が
記帳されていた。現在では二億円くらいだろう。郵便局襲撃や首都高速回数券を盗難換
金した資金の一部流用だった。怖くて使えなかったが蘇我くんが来なくなってからも定
期的に組織の後輩から振り込まれ残高はどんどん増えている。いつまでも悪い人だ。明
日香ちゃんも偽造のパスポートしか持っていないことを知っていた。運が悪ければ空港
で逮捕されるのだ。活動歴のある自分の旅券ではもちろんここにも来れなかった。
「子供を生むまで浮気しちゃあいやよ、わたしの初恋の人なんだから」
「明日香ちゃんの初恋がぼくだなんでそれは初耳だな」
「わたしが転校であの小学校に初めてお父さんに連れて行って貰ったとき薬師堂の境内
の木にタットーが登っていたの」
 蘇我くんは懐かしそうに目を細めた。こんな懐かしそうに目は初めてだった。
「あたなは、青いセーターに紺のズボン、入口はどこですかってお父さんが聞いたら好
きなとこから入りなよって云ったわよね、お父さんはこの小学校はヘンなのがいるから
入学をやめようかって云ったわ」
 照れてしまった。「わたしは初恋の人の子供を産めるなんて幸せなのかしら。あなた
は不思議よ、わたしに初恋を経験させ、兄になって恋人になってそれから夫になろうと
しているんだわ。」
 明日香ちゃんはとても神秘的な身体をしていて自分の子供が出来た事を知っていた。

弐七の記(金くんとの再会)


百済から王子宝章を入れて質とした                  舒明天皇記

 その日は鳥が鳴いていなかった。遠くの街道の横に車が止まっていた。朝、裸身に毛
布を卷いただけの明日香ちゃんは窓から外を見ていた旦那様に気がついた。幾つ目かの
まぐわりの時すっかり自分を失ってしまった・・・その後のことを覚えていない。
「お早う、お姫さま、お茶はいかがですか」
 ベットの脇の紅茶を勧めた。明日香ちゃんはその前にキッスをねだった。お手伝いも
来ていなかった。瓜と肉と卵を炒めた倭国の朝食も用意していた。あとはヨーグルトと
パンだ。蘇我くんはまったく女に家事をやらさなかった。厨房でいじったところは製氷
器だけだった。二台の洗濯機と乾燥器、火力の強いコンロとレンジ、二台の冷蔵庫何が
入っているのだろう。ここに来ても使ったところはシャワールームと衣装室とベットだ
けだった。笹口薬師堂でも女の子はベットとお風呂しか使っていなかった。冷蔵庫と竈
の鍋は金くんか嵯峨くんの管理だった。一緒にいた女が蘇我くんを離さなかった理由が
解った思いがした。これは大変なことだとベットから厨房を見にいこうと思った。
「どこへ行くの?」
「えっ、ちょっと、洋服をたまに着るのよ」
 シーツがひっぱられて裸身が現れた。明日香ちゃんがかがみ込む。
「わたしここに来てから服を着た事ってあったっけ?」
 ベットの横で化粧をしている。洋服は夫が選んできた。
 一台の車が止まり、一組の男女が少しも楽しくないという顔でポーチに向かっている。
ドアを開けると黒っぽいスーツと頭髪をポマードでガチガチに固めた金君がそこにいた。
蘇我くんが初恋を稔らすことができたのは異国を国籍とする金くんのおかげだ。何度も
何度もくじけそうになったけれども彼は蘇我くんと明日香が仲良くし続ける事に執念を
持っていた。それが実現していて嬉しそうだった。見ると小柄な女性を伴っている。い
つも同一行動を取っていたパートナーだ。帰国すると祖母方の一族がみな軍人であった。
帰国者に対する偏見を払拭するために絶対服従が彼に課されて訓練を続けた。人を殺す
訓練を受けている二人は別々の視線で部屋を様子を把握して離れて座った。夫婦のよう
に見えた。飛行機の乗り継ぎの時間に蘇我くんとの時間をつくった。
 明日香ちゃんはその突然の訪問者に歓喜の悲鳴を上げた。金くんの体格はひとまわり
しぼりこまれ精悍になっていた。
 金くんは丁寧に蘇我くんの妻に挨拶をした。
「結婚したんのよ」
 明日香ちゃんが口を開いた。
「うん、知っている。おめでとう」
「金くん、部屋を借りて有るんだ。最後のチャンスだ。一緒にバカンスを楽しもう。一
日だけもらってある。君にも連れがいるけれど一緒のベットで寝よう。明日香ちゃんが
選んだヤツで四人は寝れるぞ!」
 昔の金くんに戻そうと必死である。金くんは苦しげに笑うだけだった。明日香ちゃん
はギャーと悲鳴を上げて笑っている。金くんも最初笑っていたが静かな顔に戻っていた。
連れの女は金君と蘇我くんの会話を制した。金君はそれでも懐かしそうにこちらを見て
いる。女性は華やいだ洋間の中で暗く沈んだダークブルーの服を着ている。そこだけ一
ケ所沈んでいた。目は大陸の湖面のように静かで湖底の深淵を現している。見た目とは
反対の成熟した肉体を貧しい服がおし隠している。
「蘇我くん、その話は断る事にした・・・」
 蘇我くんの顔が青ざめた。
「最後のチャンスだ!君の国が立ち上がっても一週間で首都を落とせると云っている。
十人が苦しむより一人が死んだほうがいいだろう。そうすればまた一緒にやれる。君は
ぼくたちと一緒に戦った人だからわかるだろう。いま負けても次は一緒に勝てる」
 二人は懐かしい笹口薬師堂大戦争を思い出し目がまどろんでいる。「一人だけだと出
国の時、聞かされたが明日香ちゃんと一緒のベットもいいぞ」
 絹姫が蘇我くんを睨み明日香ちゃんは蘇我くんの腕をつねった。蘇我くんは明日香ちゃ
んのつねったままの手を握りしめている。
「金くん、いまおれには明日香ちゃんが一番大切なんだ!云ってることがわかるか?」
「解っている。今のおれに一番大切なものは祖国だ!おまえは一番大切なものをおれに
くれるというんだろう。それくらい大切なものをおれ
によこすから国を捨てろと云うんだろう」
「そうだよ、ぼくはそこの人のベットへ行くから・・・」
 明日香ちゃんは握られた手が痛くてしかたがなかった。同行の絹姫は蘇我くんを睨み
つけてひっぱっていた金くんの袖から手を離してあとずさりした。どうやらこの東洋の
女性も日本語を解している。
「お前はまったく小学校から変わっていない・・・」
 金くんが笑った。今度は声をたてている。
「金くんも変わっているわけがない。小学校のあとの記憶は全部、消却してくれ!特殊
な訓練を受けていたことは知っている。考え直してくれないか。アメリカは受け入れる
と云っている」
「国を裏切ることになる」
 金くんは今度絹姫の手を握りしめた。二人は蘇我くんから離れてのガラス窓の所で二
人切りになった。何か彼女に説得したがようよう絹姫は承諾しなかった。絹姫だけでも
ここにおいていこうとしているのだ。
「あいつとの一年はあとの十年より重かった!だから信じろ!」
 怒鳴る声が蘇我くんのところまで響いた。
「昨日も云ったじゃないか」
「わたしには父も母もいる・・・それに・・・それにあなたも・・・」
 絹姫は何度も考慮したがまだ決心がつかなかった。やはり複雑な関係になっているよ
うだ。

 明日香ちゃんは一人はしゃいでいた。二人の押し問答を黙って聞いていたがあきらめ
たのだ。やがて蘇我くんにわからないように一枚の写真を渡した。ハンケチでくるんだ
写真だった。笹口薬師堂の合歓木の前で文姫ちゃんが微笑んでいる。視線の先には百女
ちゃんが衿とスカートを気にしてシャッターを押している。
「もう小学生よ、みんなで通っていた笹口小学校、お赤飯も焚いたのよ」
 金くんが写真を両手の平に小鳥の雛のように置き何度も凝視している。水鼻を流して
静かにすすり泣いている。蘇我くんが目を反らし明日香ちゃんも目に涙を浮かべてハン
ケチを膝にそっと置いた。金くんの連れの絹姫の目が冷たく光った。放心したように金
くんから逃れた。暫く経って亡命を決心した。
「わたし、行きます」
「ぼくからは渡せないがこれを」
 絹姫に書類の入った封筒を渡した。金くんは見えないように涙を拭いた。
「ぼくは祖国を裏切れないが君だけでも行け。ぼくたちがやらされてきたことを聞いて
もらうんだ。その時は必ずタットーに立ち会ってもらうんだ」
 金くんはうなづいてその写真を大切そうに胸ポケットにしまいこんで、もう一度胸に
手をあてて「ありがとう」と云った。

 蘇我くんは立ち上がり向こうでこちらを注視していた窓のブラインドを降ろして青い
目のエージェントに合図を送った。ヘンリーから送られた上等のブトウ酒をラッパ飲み
している。金くんも口をつけて少し飲んだ。
「一人か?」
 青い目の男は指を一本立てて英語で蘇我くんをののしった。やがてあきらめて絹姫を
呼んで亡命の意志を確認した。彼女は毅然たる態度で英語で同意した。それから少しア
メリカ人を待たせて金くんを片隅に呼んだ。彼女はいままで楽しかったこと、祖国をい
つも愛していること、それから年老いた父母のこと・・・一通り言い終わるとしばらく
間があいて急に金くんを抱きしめた。東洋の女でもそういうことをするのかと驚いた。
明日香ちゃんは涙をうるませている。
「金くん一緒に行こう!考え直してくれ!今なら間に合う」
 相変わらずソファーに足を投げ出して酒を飲んでいる。
「もう少し・・・もう少しだから」
 彼は振り返りながら山荘を後にした。
 絹姫は両脇を挟まれ連行された。連行する者は蘇我くんでないことに気がつきこちら
をおびえて振り返った。
「あとから君に似合う口紅を届けに絶対アメリカへ行くから」

 明日香ちゃんは何が起こっているのか初めて知った。新婚旅行の二人と夫婦旅行の二
人が山荘で偶然、出逢ったのではなかった・・・その片隅は明らかに監視されていた。
「何がもう少しなのかしら・・・」
「もう少しで昔と同じようにみんなでまた遊べるようになるということかな」
「文姫ちゃんを抱きしめたいんじゃないかしら」
 金くんと越の埠頭で別れる時も涙を見せなかったのに見えなくなったとき涙を流して
いた。明日香ちゃんは狼狽して「また、会えるから」と慰めるのだが頭を振ってさらに
泣き続けた。自分の祖母は蒙古の人だと父親の日記に書いてあった。蘇我くんには中央
アジアの血が流れている。祖母は羊を飼い糞を燃やし羊毛を来て羊肉を食べて生きてい
た。自分の父は九州に引き上げ各地を流れて生きてきただけだ。そして自分も出口を探
している。人にとって生まれた場所とはどうしてそんなに重いものなのだろうか。死ぬ
場所と勘違いしているのではないだろうか。生まれて来た時どこの赤ん坊が国籍を喋る
のだろうか。死ぬ決意をする場所が初めて祖国なのだ。志波田城で燃え残っていた日誌
にそう書いてあったのだ。みんなはこの国で死ぬのですか。
「タットーはアジアから来たのね。その目はずっと大陸の地平線を見るためのものだっ
たの。その長い足はラクダを追いかけるためだったのね」
 金くんと同じ大陸から彼もやって来たのだ。蘇我くんは黙ったままだ。病院のような
症状になっていた。明日香ちゃんはやっと意を決してそのことを言葉にした。
「男が泣くなんていいかげんにしてもらいたいわ。男が泣くのは愛する人を失ったとき
だけにしてもらいたいものだわ。わたしはちゃんとここにいるわ。あとは一体何が欲し
いと云うの」
「エーン、エーン・・・夕食の支度をしてあげるよ」
「からかってるのね、心配して損した」
 それでも蘇我くんはあんまり話をしなくなった・・・英雄は目を閉じて一人で泣く。
愚民はあたりを誘ってみんなで泣く。

 その年長い星が南方に見えた。
 金花郎は帰国後銃殺された。独裁者は桜を見た帰国者(キグッチャ)はやはりだめだ
と云った。蘇我くんは金花郎名の偽造旅券と他の数通の旅券を取り出した。
 どの国に行こうというのか。
 その後二人がまぐわったという話は聞かない。


弐八の記(越の海に入りぬ)

火の色をしたものが、空に飛んで北に流れた。どの国でも北へ流れた。
あるいは、「越の海に入った」という             日本書紀天武天皇記

日月は光を失い天地はまったく崩れてしまった。いまからは誰を
頼りにしたらいいのか                    日本書紀推古天皇記

こっそりと天皇の遺骸を移し灯火を焚かなかった。
国が戦争をしているといって葬儀を行わせなかった       日本書紀仲哀天皇記

 志波田城に学生会館の資料、書籍を運び込んで整理していた筑紫くんに連絡が入った。
渟鏡子ちゃんからの電報だった。臨月に差し掛かっていた明日香ちゃんには内緒にした。
スイスへ送信する新聞も全部作り替えてしまった。最近、新聞の広告が多いと不審がら
れた。日本の学生が死んだことはヨーロッパではたいした事件にならなかった。

   星が月にはいった。
     脳しょうが漏れて顔、原型を止めず石屑を食らう。
  目鼻砕け血涙が流れ落ち、空に闇。そののち火葬を延ばす。

 タットーが殺られた、とニュースがかけ巡った。
 頑強な盾に四方を覆われ鉾が打ち落とされて首の手ぬぐいが火の色で染まった。当時
は多くの若者が血を流していた。当日も二人で学生会館から出たところをバットケース
を持った数人に襲われた。前の八百屋さんにはかぶさって抱き抱えたが青いジャンパー
男が下の男をかばって抱えたように見えた。当然、大学敷地なので学園の自治法則で捜
査員は入れなかった。
「青を狙え!蘇我の色だ!」
 刺客は指令を受けていた。
 最初の一撃で火が空に吹き出した。
 暫く息があったが脳がやられていた。
 死体は校門によりかかっていた。
 顔は石片がささりつぶされていた。

 学生があばれて二千人の集会で検死報告を迫った。日の元は渟鏡子ちゃんを午前三時
まで尋問し霊暗室で「蘇我太郎」を確認させ内ゲバとして捜査を終了した。慰安室で後
ろ髪をつかまれ遺体に引き合わされて一週間、吐き続けた。
「馬鹿なことをやるとこうなる!よく見ておくんだ!お前のオトコだろ!顔が無くても
ペニスでわかるだろ!血液型はOだ」
 いまだに内ゲバ殺人の犯人の分からない死骸がすべて時効に達した。ヘンリーの云う
とおり大学臨時措置法が唐人にその後を有利に展開させた。まるですべてを知っている
かのようにその後も迅速な対応だった。こっそりと遺体をみんなに見せていつまでも葬
儀を行わせなかった。
 もう一人の被害者は救急車に乗せてあちこち断られ結局最後は「警察病院」に運び込
まれた。当時は一般病院で過激派学生は診てもらえなかった。全部の病院で治療を断ら
れても文句一つ云わないで警察病院も軽傷ですぐ追い出された。
 検死写真のコピーは大学に飾られて犯人を糾弾していたが、脳が割られ顔にレンガが
埋め込まれていた。明日香ちゃんには見せられるものでなかった。
 蘇我くんは渟鏡子ちゃんのマンションでよく云っていた。死んだら遺骨を日本海の海
峡にまいてくれと云うのだ。渟鏡子ちゃんが学生会館のベットに長い髪が落ちていてそ
こで抱かれるのがいやになったので蘇我くんをマンションに連れ込んでいた。神田に帰っ
ていることも知らなかった。


弐九の記(六角堂の建設)1978

凡そ、王者の号はまさに日や月に従って流転し
皇子の名は天地とともに長く伝わり往くべきである       日本書紀孝徳天皇記

天武天皇が死んで持統天皇はたいそう悲しがった            万 葉 集

 年月は流れて虚飾が現れ歴史の本質がますます明らかになってきた。赤土の骨坪に蘇
我くんの遺骨を抱き筑紫くんは越国に戻った。渟鏡子さんは最後まで自分の元に置くと
主張したが置けない理由があった。大いに憤ったが分骨して手元においている。嫉妬は
相手があればつのるもので失くなると静かな思い出が残るだけである。金庫の中の骨坪
に遺言が書いてあった。

 吾の心はよわい十にして尽きている。
 なぎがらあらばアスカのところへ送り給え。

 越の島に出土する赤土で焼いた骨壷に添えられていた書面の内容だ。火葬後、持ち帰
りその文を見て明日香ちゃんは初めて嗚咽した。母乳が出なくなり百女ちゃんが自分の
乳で育てた。筑紫くんは切りとった新聞をすべて見せて侘びを請うた。それについては
一言も非難しなかった。明日香ちゃんの祖父は村上出身だが広大な土地を笹口に買った。
笹口小学校の学校の側の畑だ。隣接地が地主の好意で寄進された。金親子を住ませた拝
仏心のあつい地主である。土地が地続きになりまもなく宗教法人が認めらる。東京の父
親もこころよく同意して夫の本籍に戻った。すでに話を聞いて寄付の申込があるが、筑
紫くんは云われている通り朝鮮系の銀行を指定した。もちろんかつての同志の入金と同
様、最後はスイスの銀行に束ねて入金される。

橘は別々の枝に生っていますが穴を開けて同じ糸に通します       天智天皇記

 百女ちゃんは相変わらず柔らかすぎて男を泣かせている。中藤家から文姫ちゃんだけ
連れて出ている。明日香ちゃんも相変わらず固すぎて男を泣かせている。中藤くん、坂
田くんも必ずブラリと法事にはやってくる。若い人をたくさん連れてくるが坂田くんの
方は刑事の尾行もついている。六角堂の脇から裏口に逃亡する。最近では警察も居場所
をここに聞いてくる。「取締月間だからチャカを二、三丁出すように云ってくれ」と百
女ちゃんに伝言する始末だ。
 最近、蘇我くん襲撃現場の写真を新聞社から入手し学生に変装していたこの男の横顔
から本人を確認したようだ。すでに内部では告白していているが、二階級特進して事無
きをはかっていた。そのことを当局に告げたら写真を回収し反対に実刑を食らってもっ
と刑をのばそうとやっきになって調べていた。百年くらいの罪は誰にでも見つかった。
刑務所でも大いばりで暮らしている。
 面会者を通じて三年後その男の外国へ子弟が出国する時期に向けて指令を出したよう
だ。懲役を延長するより死刑にでもしないと死ぬまであの癖は直らいだろう。蘇我くん
の復讐だと威張っているが懲役のうらみで本人のためとしか考えようがない。勝ったり
負けたりが続いている。とんでもない悲劇がやがて舞い込む訳だが物事には原因がある。
蘇我くん殺しの実行犯の娘さんも真面目な恋愛をしているが恋愛場所に困ったらしく系
列のラブホテルの隠しカメラで婚前交渉の一部始終を撮られた。坂田くんはそれを見た
がっているが刑務所で「寅さん」の映画で我慢させられている。昔日のように人を陥れ
るなら家族を全部、城郭に隠し敵の身内を全員殺すしかないのだ。若い衆は親分が刑務
所に入ったのをこれ幸いにせっせとダビングを始めた。
 中藤くんは法事に二回、来る。一度は白い神官の装束で来て、二度目は実業家の様子
で仏前に座る。中藤くんを見かけるたびに百女ちゃんは逃げ回っているが、三回に一度
はまぐわっいるようだ。あと一回議員バッチをつけて来るだろうと思う。そのたびにお
仏前を用意して来るので出費は大変だ。死して尚、巻き上げているわけだ。四人の兄弟
は全部実業で成功している。結局蘇我くんとの戦いでは中藤くんが勝ったのかも知れな
い。もっとも百女ちゃんは医者から中藤くんの病気を聞いているようだ。ピルナンバー
を見ると抗癌剤である。
 アソカくんは野球のかわりにファミコンというのに夢中で年上の文姫ちゃんに注意さ
れている。みんな明日香ちゃんの周りにいる。顔が見れる絶好の機会と思っているのか
も知れない。
 照子先生も顔を出した。女の子を遠慮がちに仏前で拝ませている。清楚な気品を漂わ
せている。まわりは緊張した。十才年上の照子先生は蘇我くんの最初の女性だ。不幸な
子弟の出逢いが年月を隔てて平穏な出逢いにしたようだ。子供を押して早々に退出しよ
うとすると明日香ちゃんはアソカちゃんと遊ばせた。照子先生は一人で仏間で夢を見て
いた。明日香ちゃんがお茶を運ばせた青年と楽しそうに話し込んでいる。笹口薬師堂に
住み込んでいる自分の子供である。
 渟鏡子さんも東京から子供を連れて筑紫くんの足を気遣った。大学の研究室に残り、
足りない文献を探しに志波田城へよく来ている。そして東京の学生時代まぐわった女性
もたくさん来る。筑紫くんが相手の大学からさらって来て、リンチで改宗させた女性も
来た。筑紫くんは結局、足を切断し渟鏡子さんに面倒を見て貰って卒業した。学生会館
の宮女も戦いに負けると相手アジトの地下室でブラウスを引きちぎられた。歴史の流れ
が怨念を希望に変えている。
 大学のミスで舌を噛みそうになり蘇我くんが朝までまぐわって忘れさせたという人も
来た。奪われた数だけ取り返しに行った。彼女らも新しい夫とマンションの払いに追わ
れているが、時折昔を忍んでいるようだ。
 明日香ちゃんにそれとなくまぐわりを匂わす女人も来ますが、こう云う。
「わたしは蘇我の初恋の人で私も蘇我が初恋です」
 相手の女性は必ずたじろぐ。来られると明日香ちゃんは彼女らの生活を心配して企画
官から議員になった父親や中藤くんに仕事の世話を頼んでいる。夫を撲殺された者も多
い。学生会館にいた当時のものは人知れず未亡人らの生活に薄給から送金を続けている。
明日香ちゃんも必ず彼女らの生活を助けています。怨念はいま、彼女の子供に引き継が
れていくわけだ。百女ちゃん奥に庵を設けて彼女らに職を薦めている。
「もう!蘇我くんの女って一体何人いたの?」
 まぐわいは快楽であり、子を成すことは至福の喜びである、喜びが目的でなければま
くあわぬことである、快楽が目的ならば喜びには至らない、と蘇我くんの子供には寛大
なのだが、数が解らない。記録の都合があり筑紫くんは数えているが、今度は照子先生
の子供のことがわからない。そこで「明日香、蘇我との間に一子をもうける」とのみ書
いた。「蘇我くん子供十あまり三人ほど残す」では今後の養育費の額も算出できない。

吾はこの墳丘を不食の地に営み所在がわからないようにしたい      孝徳天皇記

 東京から現れる紳士はパチンコ・チェーンの経営者である。現在はレジャーホテルの
経営にも手を出している。「金」姓ではないが、金くんの兄のようだ。結婚式の前日に
訪ねてきた人物だ。明日香ちゃんは素性に気づいている。「六角堂」の建設資金を全額
出すと云ったとき明日香ちゃんは断り自費でまかなうつもりだった。父上を介したある
革新系の大臣からの説得も効をそうしなかった。政治のにおいを感じたのだろうか。足
しげく三顧の礼をつくして紳士はついに自分の出目を明らかにして説得した。自分は金
春秋という名前で今は日本人の国籍を買ったと云った。
「蘇我さんのことはよく存じています。昔、志羽田城の底地を抵当に商売の元金を掴む
ことが出来ました」
 越の海で巡視船に砲撃されて逮捕され刑務所で知り合った人に戸籍を紹介された。
「わたしの国では墓を大切にします。この国の琉球の墓も大きいではないですか」
「琉球と蝦夷は日の元の物ではなく倭国の物だと蘇我に聞いていますが・・・」
 紳士は一瞬絶句したが、もの静かな笑みを浮かべた。
「当、笹口薬師堂は倭国とわたくしどもは理解しておりますが・・・」
 明日香ちゃんの目は冷たく光った。それでも拒否した。
「あら、墓は自分だけのものにしたいだけですわ」

 筑紫くんは明日香ちゃん六角堂の建設のために計を策した。日頃、話していた遺言の
ことを話したのだ。
「蘇我くんの遺言でわたしは明日遺骨を日本海に流します」
 越の海に入りぬ、だ。
「金くんのいる高句麗にでも行こうと云うのでしょうか?本当にそんなことを云いまし
たか。御自分のを流されたらいかがですか」
 思わず吹き出してしまいました。
「遺言に従いたいと思いますが」
「そうはさせないわよ、大学時代もたいへんだったんだから、あの人とはご一緒だった
からご存知でしょう。あの人が誰かに取られそうになると必ず分かるんだから、苦労し
たのよ。男にも狙われているなんてちっとも知らなかったわ」
「わたしと再婚してくれ、とも遺言いたしました」
「うそですしょう。わたしを欲しいということですか。それともアソカを育てたいとい
うことでしょうか?」
 明日香ちゃんは少女のように赤くなった。胸元に手をやり衣服を正した。遺言の意味
は違うところに飛躍している。
「わたしと結婚するのと六角堂をつくるのはどちらがよろしいですか?」
「そんなことを蘇我は云いません。筑紫さんはわたしより蘇我のことを知っているよう
ですが、書いたものというのは出来ましたか?わたしは読みたいのです。東の京での蘇
我の最後を知りたいのです」
「承知しています。蘇我くんの遺言でもありますので出来上がりお持ち致します」

 その時、庭に白い鳥がきて柳に留まった。
 ふと懐かしい蘇我くんの笑い声が響いた・・・
 その鳥に近づいた文姫ちゃんが転んだので子供のアソカ(阿蘇我)くんが笑っていた
のだ。白い鳥は六角堂の建設予定地としていた木のある場所にとまった。廊下から女人
の声がした。
「アソカちゃん、またお父さまが来ていますよ」
「知っているよ!お母さん、文姫ちゃんが捕まえようとするんだ!」
 なんと明日香ちゃんは障子の陰の女人に自分の子供を養育させていた。
「だって、あの鳥がくると遊んでくれなくなるんだもの・・・」
 明日香ちゃんはこの声に青の斑のある白鳥を見つめた。文姫ちゃんの目が大人を睨み
つけている。筑紫くんは笑おうとしたが次の瞬間ものの気にとりつかれたように硬直し
ている文姫ちゃんをそこに見た。
「文姫ちゃん!文姫ちゃん!」
 アソカくんが側に来て、文姫ちゃん身をゆすっている。
「文姫ちゃん!もう鳥はいません!戻りなさい!」
 やがて少女の目に生気が戻り何事もなかったようにアソカくんを見て笑った。
 明日香ちゃんは筑紫くんの視線に気がつき裾のみだれを直した。まだしぼんでいない
大きな胸が息づいている。
「アソカちゃんはもう育てないんですか?」
「たくさん、可愛がりましたよ。あとは出来るだけ早く人に託すことです。子供は自分
のものではありませんよ。蘇我もあの方の母上に育てられました」
 女人の方を見やったが姿は見えない。静かだが威厳のある声だった。
「すぐ明日から墓をつくっていただいて結構ですよ」
 白い鳥が何かを教えたのかも知れない。静かに笑顔を見せ庭に優しい目をやっている。
「承知いたしました」
 金くんの兄から一桁多い金額が口座に振り込まれていた。
「監督だけやって下さい」
 工事が始まって見ていると職人も全部向こうの人だった。筑紫くんはいかにむこうの
人が墓を大切にしているかが分かった。近所の工務店からも見学者がやって来た。本堂
も立派に高句麗方式に修復して明日香ちゃんの屋敷とつながった。職人は一言も口を聞
かないが互いのかけ声で朝鮮の人と解った。近所の人はたいそう感心し見学者のあとが
断たなかった。

  この年、阿蘇我、笹口に大いに遊び東雲もどる

 東雲はあけぼので新しい時代笹口校へ入学、裏で雲は死を意味し父が法要で戻った。
アソカは明日香ですから明日香ちゃんが笹口に戻った、A・蘇我でアソカくんは子供で
ある。アルファベットで命名された。全員が笹口に戻った。

 二人は元気一杯に庭を走り回っている。あの日の蘇我くんと明日香ちゃんにそっくり
だ・・・明日香ちゃん百女ちゃんは姉妹の契りを交わし六角堂に将来自分も入ろうとし
ていた。明日香ちゃんはそこに父親がいることをちゃんとアソカくんに教えていた。で
も墓の周りも遊び場のようだ。百女ちゃんと文姫ちゃんが金くんの国の墓を訪ねること
ができるのはいつなのだろう。


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