蘇我という名字の女の子と結婚することにした。
蘇我姓を名乗るためだ。

わがあこがれの蘇我氏

【参考】 蘇我氏系図
竹内宿禰-石川麻呂-満智-韓子-高麗-稲目-馬子-蝦夷-入鹿

飛鳥路に似ているある部落の農道を散策していると向こうから歴女が歩いてきた。

彼女は、白い麻の繊維でできている帽子から切れ長で大きた瞳をぼくにむけて

いいました。

「お迎えにあがりました、わたしは、蘇我とみうします、わたしと結婚してください

ませんか」

「もちろんですとも・・・ぼくもあなたをお探ししておりました」

日本書紀なる難物を読んでみて、

聖徳太子ってのは、何者なのかと誰しも疑問に思う。

結局、渡来人に聖徳太子---天武天皇 ライン は滅ぼされた皇室ではないか、

と仮説をたてると

聖徳太子の系図と曽我氏の系図が

不思議と似ていると思い当たるのである・・・

日本書紀上の

蘇我蝦夷 馬子 は 聖徳太子

蘇我入鹿 は 天武天皇

そこからスタート・・・

どうも蝦夷は天皇だったようだ。それは、間違いないから蝦夷天皇とでも呼ぼう。

天武天皇

資料が散逸して不確かだが、天武天皇は女房(妻+妾)が15人いて、子供が50人

いた。

めも


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