24歳の抵抗

  • 飲食店で「24のあたちは読んじゃいけないの」っていわれたから・・・
  • 飲食店?酒場、深夜食道、とかはっきり書けよ・・・水着居酒屋「ひとめぼれ」の「まりころ」でしょ
  • いつまでも若いと思っていたのですが、気がつたら「」自分」もまりころの年になっていました。

舞い散る椎名町 ==わがさすらいの椎名町

【登場人物】
石森、赤塚==プロの漫画家
寺田ヒロオ==プロの漫画家
牧山麗子、溝野、田畑、菊本、赤坂玲子、遠藤==素人たち・・・など

アパートまで

 椎名町といえばやはり藤子不二雄ワールド 「まんが道」だろう。

今、池袋から、西武線、ふたつ目、椎名町で電車をおり、長崎神社を見て

左、おやおや帝銀事件をご存知ですか。椎名町といえば悪夢の平沢事件を思い浮かべ

る人のほうが多いはずだが、ここではパス。

歩くんなら、ブクロから、立教大の方、まっすぐです。

自分が1年住んでいた処は、神社を右、ガードをくぐってしばらくのところだった。

せっかくだから、トキワ荘==椎名町5丁目2253番地==のことを、少し書こう。

といいつつ、書かない・・・というか、文章を推敲している。あーーあーー。

椎名町のガードだが、上を道路が走っている。

ガードの前にいわゆる変質者が茶色のコートを着て、映画の甲板を凝視、やがて

下をモグモグ・・・今なら、鬼畜が喜んで通報なんだろうな。

さわらぬ神にたたりなし、触る性器に勃起ありというが、彼がたたずんでいる

前には、にっかつロマンポルノの木枠つきポスター・・・「夕子の白い胸」

気持ちわかるぞ、今はガードを見て見ぬふりをしてひとまずくぐる。

目の前には、数軒の定食屋、どれもカウンターで、サラリーマンが鶏のように

口を突き出して、定食をかっこんでいる。

何を食っているのだろう。

何回も何回も通っているから、メニューのつなぎ合わせもできてきた。

「野菜炒め」って何だ?

「レバニラ炒め定食」って食ったことないけど、どういうものなんだろう?

一回でいいからみんなが腰を折ってうまそうに食っているあの「なんとか定食」

ってやつを食ってみたい。いままで培った勇気を振り絞ってあのノレンを

くぐって

「レバ・ニラ・モヤシ定食!」

と叫んでみたい が、今日もダメだった。

・・・中座、昨晩あんなに書きたかったのに

トキワ荘の石森章太郎((石ノ森章太郎 いしのもりしょうたろう 1938年〈昭和13

年〉1月25日 - 1998年〈平成10年〉1月28日)漫画家、トキワ荘には彼の姉も同居

していたことがある。インド系美人で24歳の誕生日に喘息で窒息死した。))は東北か

ら上京したての頃、もっと深刻だった。

赤塚不二夫が部屋を訪ねると、3畳の畳の上で倒れていた。ひとりでソバ屋にも入れ

ず、上京して数日間、カルピス一本で暮らしていた。

義眼で前職芸者(雛鶴か)の赤塚の母親リヨが椎名町に住みこみ、だいぶ長い間、石森

や水野栄子らの食事の世話をしていたことはあまり知られていない。

中卒赤塚は、東堀6番町の小熊塗装店(看板屋)に就職、昭和29年9月、19歳で江戸川

区小松川のエビス工業(化学工場)に入った。昭和31年2月西荒川の5畳半で横田徳雄

と同居、昭和32年トキワ荘にうつり母と同居した。

パチンコや赤線に若者はのめりこんたが、赤塚は映画にのめりこんだ。

観劇に金を使い果たし、翌日から水をがぶのみ、おかずは一番安いキャベツと相場が

決まっている(今日、白菜の方が安くないか)。メシには、醤油、最近はマヨネーズ

も多いと聞く・・・が、これは別段若いころの話ではなく、年金生活者・生活保護

者、生活困窮者は死ぬまでこういう生活を続けている、そこんとこをわかってやらねば。

というわけで、夕飯も食えず椎名町のアパートへ到着。

住民紹介

200坪程度の敷地の半分は同居大家の庭、二階建て長屋、総員12名、四畳半、共同トイレ。

うらぶれている様子はなく、それなりに手入れがされ廊下はテカテカ、トイレは各階

一つずつ、ピカピカ、雇われた近所の掃除のおばさんが手でゴシゴシふきまくってい

るからだ。

一階入口に近い部屋は、大学浪人兼マンガ家志望青年、彼も深刻な悩みをもってい

た。彼らは田舎の高校時代からの一方的片思いの牧山麗子という女がおり、その恋

で、毎日悩んでいるとのことである。麗子は現在薬学部一年生、男は失業者的マンガ

家、どうもつりあわず不釣り合いだ。もちろん、肉体関係などあろうわけがなく、

プラトニックの絶望的末期的症状で、誰の目からもなんともならない絶望的恋であった

自分はこのアパートの二階角部屋のプレイボーイ溝下に階下のマンガ青年・通信大学

生遠藤の悩みを相談した。遠藤はテレビドラマ「俺たちの旅」のワカメのように

いつも丹前を着て、無精ヒゲ、髪はツバでなでつけている蓬髪、廊下や街をよろよろ

と歩いていた。

夕方になるとありとあらゆるところから10円玉を集め、近所の雑貨屋にある公衆電話

に向かった。左手には細かく当日に話す内容をメモしている。

トキワ荘の前は、落合電話局でそこに公衆電話があったが、西池袋のこのアパートも

裏手の雑貨店まで行かなければ電話はなかった。

同じアパートの学生はそれを知り痛々しく感じたが、うまくいかないだろうという予

感は一致していた。

「ほっとけよ・・・」

二階の拓大グループの大学生は、毎晩、麻雀大会を催していた。当時の学生の楽しみ

といったら麻雀くらいしかなかった。毎晩、溝下の部屋に集まり、明け方まで開催、

予備校生という種族もいたから、たまにトラブルになった。

トキワ荘の寺田ヒロオさんに学んだらしく、夜食は、コロッケを挟んだコッペパン、

今日チューハイといわれているが、寺田考案のチューダー、炭酸で焼酎をわる飲み物

もたくさんあった。つまみは、マグロのフレーク、キャベツ炒め、サケ缶、これも

シキワ荘メニューである。

「なんでも田舎じゃ、美人三姉妹として有名だったらしい」

溝下は、身を起し、この単科大学に知人の女がいるらしく介入してシロクロをつけて

やる気になったようだ。

やがてこの漢画家は、自分では直接頼めないのか、溝下の部屋の前まで毎朝、読売新

聞を届けるようになった。溝下はアパートで唯一人、新聞を取っていたのである。

一階の漫画家の部屋はいり口に近く、一番早く新聞を手にすることができたのだ。

事件は起きた

溝下は、新撰組土方歳三ばりの顎をなでまわして、シロクロ薬科大学の食堂にいた。

この単科大学にも溝下がつきあっていた女はいた。

溝下につれないそぶりをされて半年セックスを我慢させられていたかつてのいや昔の

恋人は大はしゃぎで学校を土方に案内していた。

食堂は20人も入れば満卓だが、そこの四人組の中に玲子はいた。三人の男子学生に

とりかこまれご満悦である。

隣を通る時、溝下とその隣の美人のほまれが高い先輩をチラッとみた。

隣のテーブルに座った溝下にもう一度視線を向け、興味を示した。

溝下は、最初、友達の女を利用して麗子を自分の友達に呼んだ。そのあと、麗子は

話がやっかいで混乱するとまずいので、後日、学外の吉祥寺の喫茶店で会う約束を

した。そこに姉同伴であらわれたのである。

姉も溝下のすました容貌に興味を示した。議題である漫画家志望の男に関しては

一言も話題にでなかった。姉は妹より一回り大柄で、目鼻立ちがハデであった。

話は大いにはずみ、互いの再開を約束した。

麗子と漫画家の交際は最初からないし今後もないのである。

食わず語りの姉妹丼

  • (わたしたち二人ともたべられちやったの)

結局、恋の伝書鳩を頼まれた溝下は玲子と玲子の姉に手をつけた。

溝下の相談者はストーカーのような扱いになり、グラマーな姉は、溝下を

まずモノにした。

そうすると妹は姉への対抗心から溝下をとの戻そうとした。

姉はモデル風、いざとなるとパッパッと脱ぎ棄て捨て、男を離さない。

妹は、「お姉さんとどっちが好き」と一枚一枚、返答を迫り、あらん限りの

美辞麗句で「妹の君のほうがすはらしい」と言わないと、次の一枚を宙に

放り捨てない。

「お前の方が、姉よりいい体をしている・・・」

妹の玲子はまだ男を知らなかったが、あらん限りの声を出して果てた・・・

拓大溝下はそれなりの非難を日本拳法部の仲間からもうけだが、

「死ぬ前に処女4人を女にしてやり、親子丼は一回、姉妹丼一回はやること、これ雄と

しての役目・・・コレまめ知識な」と涼しい。「これはおれの人格ではなくて、メス

としての本能におれの本能が対応したにすぎない・・・男としての宿命なんだ」。

あわれなのは、漫画家志望の青年で一年くらい・・・たまにしか・・・たまにしかね・・・寝込んで部屋から出てこなくなった。

この薬はなんだ!

アパート、左一番奥が、沖縄から来た田畑。

朝、まかないを食べて、急いで椎名町に向かうのだが、昼前にとぼとぼとと下宿にも

どってくる。

「あれ、タバタ、予備校は???」

新宿予備校は、時間になるとシャッターが閉まる。

今日も、滑り込みアウトで、胴のところにシャッターが乗り、係員に引きづり出され

帰宅したわけだ。腹を出すと、腰のところにクッキリとシャッターの跡が赤く残って

いる。

開業医の二男らしく不思議な進駐軍の薬をたくさんもっていた。

立教の学生が具合が悪くゼミを欠席していたが、洗濯室でそれを聞きやや久しくなっ

ていた新宿予備校学生の田畑は、茶色のビンの薬を提供した。

熱が下がるどころか、立教大生は、その晩うなされ、ますます具合が悪くなり、

本人にいわせれば「毒殺されると思った」らしい。

翌日、そっそくモチル男は違う、青山学院の彼女を呼びつけ、手に手をとって、カケ

オト、いや、池袋の

わたしの「彼氏にあげた薬を出しなさい」とミニスカートでグラマーの彼女は

たった一度だけ、田畑の部屋をノックした・・・

医者は、そのビンを見て叫んだ。

「なんだ!この薬は・・・!!!」

それみろと青学が小鼻をピクピクさせた。証拠を押収したのは私だ、私の貢献で

悪事がばれて治療方法が決まるに違いない。彼氏は、ベットで熱もおさまり彼女の方

を仰ぎ見ている。「なんだ、この薬は、この薬を飲んだのか!」

「そうです、センセイ、この薬をもらって飲んだのです」「こ、こんないい薬が日本

にあるのか、これに比べれば私が出せる薬なんて小麦粉みたいなものだ。」

祖父母の医師が、まだ復帰していない沖縄から日本の医学予備校に来る時にわたされ

た薬だった。理性の欠如している青学女学生がなげつけて返したこの茶色いビ

ン・・・溝下の姉妹丼で初恋の人をとられた青年の「病い」まで直せるだろうか。

それは一種の栄養剤のようなものだと田畑は説明した。

おそらく恋の病も治るに違いない。

田畑の兄は、内地の大学で医学部助教授(今日の准教授)をやっていた。それが、

弟の体たらくを母親から聞き、様子を見に椎名町にやってきたのだ。

たまたま、漫画家が、水を飲みに出たとき廊下で、教授とすれ違った。

「お医者さんになると女の人は、振り向いてくれますか?」と聞こえたようだ。

一顧だにしなかった・・・が、沖縄に戻すことにした弟から聞いていた漫画家から

医学部志望に変わった変人だと駅に向かう道路でわかった。

ただの失恋、自分には知りえないすっぱい思い出なのだろう・・・

医学部時代、コンパで知り合った短大生・・・またいつものように医学生に近づいて

くる女だと思いホテルに連れ込もうと袖を引いた瞬間・・・頬をパシツとたたかれ

た。

「私をそんな軽い女だとおもったの・・・」

(なにくそ、ちきしょう、百苦戦練磨のこの俺様にむかって、この内地女め、結婚し

て毎晩、はめ殺してやるんだ)

とその場で、処女を確信しプロポーズ。

嫁は、処女ではなかった。

田畑の兄は、髭が南洋人のように濃く、ジャガイモのように無骨で、荒々しいタイプ

だったが、医師ブランドを妻は手に入れた。

一世一代の勝負に出たのだ。

浪人の田畑も奇行の多い遠藤の被害者でもある。

恋がうまくいっていないから廊下ですれ違った時、同情の声かけをした・・・ら、い

や、する前に、左肩をムンズとつかまれ、背負い投げをくらわされた。

そのまま、向かいの早稲田の学生の部屋に逃げ込み

「あいつは気ちがいだ!」

と叫んだ。早稲田は一言「おれもそう思う」。

予備校の成績が悪すぎ、とても医学部合格の偏差値獲得は無理と判断された。

偏差値はどんなに頑張っても一年で10点増えることはない。

兄に説得され彼は沖縄に戻ることになった日・・・

いつまでも遠藤が田畑のあとをつけてくる。

椎名町駅、首都高に上ってタクシーを見つけて羽田までいくつもりだった。

また、背負い投げでは困る、田畑は走り出す、遠藤、追いかける。

「まてーーー、田畑、お世話になった」とペコリ。「薬をもらったり、米軍のコン

ビーフとか君らは何度も何度も助けられた、おれたちがきっと沖縄を日本に返還させ

て君がもっと簡単に内地にこれるように努力するつもりだ、たいへんお世話になりま

した」

田畑は、すっかり興奮して、バックの中から、小銭を集めたビニール袋を取り出し

彼にわたそうとした。遠藤は絶対にそれを受取ろうとはしなかった。

やがて、タクシーがくる。

田畑は、涙を流して見守ってている遠藤に小銭の束を投げつけた・・・

「おれ、絶対にオキナワいくから、タバタ、絶対にカリはかえしに行くか

ら・・・!!!」

ギターは俺が一番うまい

沖縄の前の部屋は、北陸から上京した早稲田大学商学部の菊本がいた。

フォーク雑誌が部屋に散らばっていたが、彼は楽譜を見ているわけではなく、

彼らのファッションを真似ていた。

肩までのびる長髪、ギターケース、下駄、番傘・・・雑誌から飛び出したフォーク

歌手そのもの、眉が濃く、さっぱりした性格だった。

父親が陸軍士官学校出身、戦後、養子で書店の一人娘に嫁いだ。

教員が嫌いで、教科書販売のときは、いつも庭の一本杉の下で

「なんで、あんな連中に頭を下げなきゃむならねぇんだ」と泣いていた。「なぁ、せ

がれよ、親子の断絶はあってしかるべきだ、俺と同じ道を歩む必要はない、お前の好

きな赤坂令子は関西学院にいったが、お前は早稲田にいけ」

その菊本は今回の騒動を冷静に見ていた。

恋人との仲介を溝下に頼んだら、本人・・・なんでぼくの赤坂令子と同じ名前なん

だ・・・どころか、姉まで食ってしまったという話なのだ・・・恋を人に頼んだら

うまくいかなくなる、どんなに苦しくても、ひとりで実践すべきだ。

夏に一度郷里の石川県に戻り、ギターをもってきた。下宿には、あと11人いたが、

二階学生は全員ギターをもっていた。そういう時代・・・

春から彼はじっと彼らのギターを聞いていた・・・そこでの結論

俺が一番うまい

そこで、彼はギターを故郷からもってきた。

赤坂令子のこともなんとかしないとアカンわ、遠距離はいつ狙われるかわからんけん。

彼は決断していた・・・

その麗子に会いに彼は新幹線に乗った。遠距離恋愛はやはり危険だ。

会いに行くと、やはり、キャンパスをあたらい男と歩いていた・・・

椎名町の漫画家の気持ちが始めてわかった。

ある晩、彼は、突然、部屋に現れ、ウィスキーをがぶ飲みしバタンとその場に

突っ伏した。失恋の後遺症である。

菊本も椎名町に戻り、ウィスキーをがぶ飲みしてみた。

うん、あいつの気持ちがわっかた。

心地よい睡魔が襲ってきた。

彼も遠藤の奇行の犠牲者だった。

赤坂令子の長いカモシカの足、ブルマーから浮き出た三角ビギニパンティを思い浮か

べ、コタツ・オナニーにいそしんで、せっかく余韻に浸っているのに・・・

高2の赤坂令子のブルマー写真と更衣室のピンクブラ着替え写真、水泳部競泳水着写真

は学内で高額で取引されていた。

「おーい、キクモト、いるか、ギターを弾いてくれ、パックイン・ミュージックで拓

郎がやってた、準ちゃんが吉田拓郎に与えた偉大なる影響について・・・だ」

と部屋に飛び込んでくる。

「余韻を楽しんでいる途中なんだ・・・出て行ってくれ」

遠藤は口をあけてあんぐりしていたが、コタツのザワザワ・シワシワを見て

「わるかった」としょんぼり部屋を出たが、今度からは「おい、やってないだろう

な、マスは終わったか、余韻はいいか??」と

はいってくるようになった。

「マス、マスというな、いいかい、おれは思うんだ、手の中でヤルのと『女の中』で

ヤルのとどこが違うんだ、おまえだったあの麗子とかいう女とヤリタイんだろうけ

ど、手の中でやる快感とどれだけ違うというんだい?」

博識の遠藤は、当然、反論してくると思い、口を開くのを待ったが、

「なるほどなぁ、お前の考え方が正しいかもしれない、手の中で出せば強姦にもなら

ないし和姦にもならないし、子供もできないし、生活苦から離婚にもならな

い・・・」

菊本はやっぱり遠藤は変人だと納得した。

最初会ったときと同じように大切にしてあげてください

このエッセイ小説には、「落ち」がある。

漫画家は、漫画家になれず、検察官になった。

お茶の水の彼の母校の掲示板には、東京地検検事の名前が貼り出されてた。

最近の政治家への献金事件が、疑獄事件の道をたどっており、ついにゼネコンがわ

から逮捕者が出る事態となっていた。

後輩たちは、この事件捜査に先輩たちがタッチしていることを掲示板で知り

果てしなく長く廃人に追い込まれかねない司法試験挑戦に勇気を奮い立たせるのだ。

新聞を読んでみた。

逮捕者は贈賄側代表の本間由一、慶大工学部卒、担当検事遠藤はあの漫画家だ。彼は

法学部の通信教育学部にひそかに通っていた。

本間被疑者だが、田舎ゼネコンの期待のホープで次期社長に間違いない逸材。今回

起訴され、実刑でもつくと、それもあやゆくなる。

検事あがりの有名弁護士を5人もつけ、検察官と対峙しているという。

会社の広報誌にそう書いてあった。

それともうひとつ。

かれの妻は、あの溝下に調教された

本間麗子

であった。

麗子は脱がされた下着をきちんとたたみ、もってきたバックと一緒にしないうちは、

ベットに入り抱かれようとしなかった・・・

あの女は几帳面だ、男のもちものをいつも畳んで保管するだろう、やっかいな女にな

るぞ

麗子を諦めさせようと、その溝下の発言を遠藤にしてやったとき、涙の筋を

スーとたらし、男は泣いていた・・・

そして一人だけ残った

東京に残ったのは、自分だけだったのかも知れない。あるものは、医者になり、田舎

に戻ったし、菊本も郷里にもどり父親の商売を継いだ。

麗子の姉は、溝下とまだ付き合っていて、銀座で狭いバーを経営している。

妹の麗子は亭主がガサ入れ、逮捕・実刑とつづき、気がふれて、同族の計らいで

目立たない山村の精神病院に隔離されている。

生まれたばかりの子供からも放された。

亭主は、弁護士がシメタとばかりに、自分の保釈申請を2.3日以内に出すことを

知っていた。妻の病気にかこつけて、関係者とシャバでもう一度あい。証拠を隠ぺい

する段取りだった。妻の麗子は自殺すると喚きだしているが、お手伝いが終日監視を

続けている。今回の釈放では二の次だった。

彼の取り調べ検事、遠藤は、麗子の病状を聞いて深夜、地検に入った・・・

小菅にいた本間由一は担当看守にたたき起こされた。「いつたい何時だと思っている

んだ!」死刑になると錯覚したのか本間は体力の限り暴れ抵抗した。

さるぐつわを施され、東京地検に引きづりだされたのは午前3時だった。

遠藤検事は少し微笑みながら、口を開いた。

「自分が愛した人は最後まで面倒を見てください、ぼくならきっとそうする・・・、

さあ、どうぞ、明日の朝には麗子さんといいましたっけ、奥さまのところへつけるで

しょう、釈放します、一件落着したら戻ってきてください。されまでお待ちしていま

す・・・」

と異例の即日釈放を決定、深夜、拘置所のゲートを開けさせ,精神状態が緊迫してい

た麗子のもとへ容疑者を返した。

検事に惚れた本間は男泣きで麗子のもとに帰った。その後、麗子が冷静になり地検に

出頭、実の父が政治家にまいた金のばらまきを周囲が反対したにも関わらず完全自白

した。

麗子は自分の夫を上司の反対を押し切って釈放した担当検事の名前を聞いたことがあ

るような気がしたが、あまり気にしなかった・・・

逮捕され最低でも半年は戻らないと弁護士に聞いていたが、精いっぱい「夫を返し

て!」とわめいているうちに本当におかしくなってきた。そんなことができるのは神し

かいないとわかっているのに周囲に「もう一度、夫にあわせて、すぐにあわせて」と

叫んでいたが、ある朝、夢幻か、寝室のカーテン越しに夫が立っていた・・・

こんな奇跡がおこるなら、夫とともにもう一度あの鬼検事と世間と闘っていく

決意がうまれた・・・生きぬいて夫とともに理不尽なものと闘っていくんだ。

起訴自体が難しいとマスコミにかかれた疑獄事件は、贈賄側完全黙秘からカンオチ

となる。

自分は、都会でひとりぽっちになってしまった。

一階の漫画家の前の部屋に自分はいた。トキワ荘の寺田ヒロオのように落ち着いてみられたのは、口が重くしゃべらないからで、ほかの住民には負けるものかといつも肩肘を生きてきた。

自分は、神田駿河台の小さな出版社にいる。

そして、かつての椎名町のアパートに住んでいた人々のその後を風の便りに聞いてい

る。

時間の経過はひとつの結末を、完璧に覆し、他の結末を見せてくる。

肝心のアパートは漫画家、いやエンドウがいた部屋は、大家のせがれがやりはじめた

商売の事務所になった。

あとの部屋はまた新しい学生と浪人生が使っている。相変わらず廊下は

ピカピカ

である・・・

追記

  • 2015/01/18 こういう書き方がいいのか悪いのかかなりつらいね。。。
  • 2015/01/10 完成までちょっと、時間かかりそう・・・
  • このクラスならわかるけど・・・
  • 寺田 ヒロオ(てらだ ヒロオ、本名:寺田博雄、1931年8月4日 - 1992年9月24日)は、日本の漫画家。新潟県西蒲原郡巻町(現:新潟市西蒲区)生まれ、新発田市出身。男性。新漫画党総裁。愛称は「寺さん」「テラさん」。

伝説的な「トキワ荘」でのリーダー格で、特に藤子不二雄Ⓐの自伝的漫画『まんが道』で、頼もしくて理想的な先輩として描かれた。 妻は「上を向いて歩こう」の作曲家中村八大の妹。新潟県立新発田高等学校時代に野球部。劇画の流れについていけなくなった。

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