萬代(よろづよ)橋は何処

恩師の父は、肺結核で、炎天下リヤカーで、沼垂から西の医院まで運んで通院 したそうだ. 「今、思うと--自宅でのんびりさせておけばもっと長生きしたことだろう」 と残念そうであった。

まさかこの年になって毎日この橋を歩いてわたるハメになるとは思わなかった.

ろくなことがない.

こないだは、風で詐欺師にもらった麻製の高価な帽子をとじされそうになったし、

地元子供日報の建物は大きく歩道にせりだしているので、いつ落ちてくるか気が気でないし---大好きなダイエーも倒産してないし、金を貸しているお宝インーネット喫茶はつぶれてないし---つまりこのあたりは「好きくない」.

また、こんなお江戸のようなかっこうをして歩いているから---黒人や旅行者に気楽に

「アパホテルはどこですか?」とか「東映ホテルはどこか」「一番いいオッパイ・パヴへつれてけよ」などと話しかけられる.

ひとりにしてほっといてもらいたい.

誰が呼ぶ声にこたえるものか.

とはいいつつも黒人のご婦人は、10メーター離れている信号を渡った時から自分をマーク・補足していた---これはタダではすまんなと思いつつ、ワキをくぐりぬけようとするとキタキタキ---

下半身に力が入る.敵はゴキブリのように黒光りして、原色のコートのボタンが発射しそうなくらい巨大バストを一応封じ込めている---

黒人というのはこんなにまぶいんか、アフリカを愛した渥美清の気持ちが初めてわかった---

ボインは外国製のこの町の地図をぶらさげながら、流暢な日本語で

「アパホテルはどこですか?」

「Turn to the left,and you will find the APA hotel.」

「どうも ありがとう」

電話番号でも聞くんだった.が、間がない.

とでもいうのかな.外国生活が長いもんでツイツイ、外国人をみると英語で答えてしまう.

こりゃ、どっちが外人かわからんわ.

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  • すっかし、ランドセルかついで、万代橋を往復するハメになるとは、おもわなんだ。東の町から落日の西の町へ、心は暗い、天気も暗い、頭も暗い・・・。こんな風だから、好転のようそなく荒天が続く。

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