言峰綺礼・セイバー ◆holyBRftF6



 ――突如として霧の中に投げ込まれたかのような。
 そんな感覚を、言峰綺礼は覚えた。

 視覚に異常があるわけではない。むしろ、目の前にいる者の姿ははっきりと見えている。
 だが、その少女を見た瞬間に綺礼の思考は霧に蝕まれていた。

「――――」

 目の前から歩いてくる修道服を着た少女に、見覚えはない。ないはずだ。
 だが、その少女の容姿はあまりにも似過ぎていた。彼の妻に。彼の目の前で自殺した妻に。彼が■■たかった女に――

「――――ァハァ! ハァッ、ハァ……!」

 その事について考えてはならない。
 その事について考えてはならない。
 その事について考えてはならない。

 心臓の鼓動が乱れる。その様子はまるで警告音を鳴らすかのよう。いや……これは真実、警告だ。
 言峰綺礼という存在が、崖の端まで追い詰められている。

 思わず胸を抑えて蹲る綺礼に、少女は気遣う様子も見せずにただすれ違っていった。

「――無様ですね」

 そんな言葉だけを残して。


 ■ ■


 自宅(と設定されている場所)に戻った綺礼は、ソファにぐったりともたれかかった。
 ここは教会ではなかった。かつて妻と共に暮らしていた時のような、質素で落ち着いた家。

「――――クソ」

 またも妻のことに考えが及びそうになり、らしくない悪態を綺礼は吐いた。
 記憶を取り戻すのは容易だった。なぜか、亡き妻を思い起こさせるようなものばかりに出会う。
 これで思い出さないのはよほどの間抜けだけだ。

(……いや、本当に思い出せているのか?)

 綺礼の頭に、そんな考えが浮かぶ。
 予選による記憶消去のことではない。
 自分は日頃から忘れている、いや忘れようとしている事があるのではないか?
 向き合うことを恐れているだけではないか?
 そんな疑問が形を成してくる。妻によく似た、謎の少女の姿と共に……

「体調でも悪いのか、キレイ」

 自問は、突如として現れた青年の声で中断させられた。
 驚きはしない。サーヴァントの召喚は、先日にもう済ませている。

「セイバーか」

 目の前に立つ青年は、中世の騎士か剣士かのような姿だった。いや、ような……ではなくそうなのだろう。
 彼が英霊の再現……サーヴァントである以上、この姿に不思議はない。むしろ英霊らしい格好とも言える。

「気遣いは不要だ。記憶の混乱で少し参っているだけだからな。
 予選を突破した以上、直に収まるだろう」
「精神の影響を甘く見ないことだ。
 負の感情は人を歪ませ、やがて人ならざる者へと変化させる」
「代行者である私に、魔について説明するつもりか?」
「悪いが、悪魔どころの話ではない。『魔王』の話だ」

 セイバーの顔には、冗談や脅しの色はなかった。彼は本気でそう言っているようだ。
 実直。生真面目。綺礼がセイバーに抱く印象はそんなところだ。
 父、璃正を始めとして信仰の道を進む者がよく見せる顔であり……故に疎ましいものであった。
 セイバーには何か信仰らしきものを持つ様子は見えないが、疎ましいことには変わりない。
 綺礼は話を打ち切るように立ち上がった。

「すまないが、少し休ませてもらおう」
「その前に一つ言っておくことがある」

 寝室へ向かおうとする綺礼の背に、声が投げかけられる。それは、今までとは違う色を含んでいた。

「人は、誰しも己の悪性に負ける可能性を持つ。
 悪性を持ち合わせぬ人間などいない。そも、正義すら一種の欲望にすぎない」

 思わず綺礼は振り返った。
 清純な英霊に見えたセイバーの姿に、暗い影が見える。

「所詮、人間など誰であろうと『魔王』に成りうる存在だ。
 思いつめるな、キレイ。こうして悩み、留まる分……あなたは普通の人間よりも強い」

 綺礼の行動は強い信仰の結果だと、璃正のように勘違いするのではなく。
 悩んだ上で行動だと見抜いた上で、セイバーは綺礼を認めていた。


■ ■


 綺礼が去った後、セイバーは窓から外を眺めていた。
 マスターもその妻も、このように空を眺めていたのだろうか――そう、物思いに耽りながら。

 サーヴァントとマスターは、繋がった魔力のラインを通して互いの記憶を見ることがある。
 セイバーが見た記憶は、綺礼がもっとも避けようとしている記憶だった。
 それは単なる偶然か、それとも綺礼が意識的に避けているが故の結果か……あるいは、セイバーの能力による必然か。
 セイバーは人間の負の感情、特に憎悪を力とする宝具を持つ。
 故に分かる。言峰綺礼は完全なる悪である。悪性だけを持って生まれてきた存在である。
 にも関わらず、綺礼は善性を求めてきた。人なら持っているはずのものと、あるべきものだと信じて。

(私とは正反対であり、同時に同じ存在なのだ……マスターは)

 セイバーは、自らの過去を思い出す。
 かつての彼も、綺礼に劣らぬ苦難の道を歩んできた。人の善性を求めて這いずってきた。
 違うのはセイバーは他者の善性を求め、綺礼は自らの善性を求めた点だ。

 セイバーは勇者だった。妻となるはずの王女アリシアを魔王に奪われ、それを取り戻すために魔王を倒した。
 だが王女は取り戻せず。親友であるストレイボウの奸計により、セイバーは真の魔王だと仕立て上げられた。
 セイバーを勇者だと褒め称えていた者達は一斉に手のひらを返した。誰もが怯え、罵ってきた。
 それでも自分を信じてくれる人間を求め、アリシアを取り戻したセイバーは……彼女にすら否定された。
 アリシアもまたセイバーを罵り、自らをナイフで貫いて自殺した。

 夫の前での自殺。
 それは皮肉にも綺礼の妻と同じ死に方だが、綺礼の妻はアリシアとは正反対の願いを込めていた。
 夫は、綺礼は人を愛せるのだ――善性を持ちうるのだと、肯定する願いを。

「……強いな。キレイも、その妻も」

 本心から、セイバーは呟く。
 悪でありながら、悪を否定しようと試み続けた。
 絶望した綺礼を、自らの死で以って肯定しようとした。

 人の悪性に絶望し魔王となったセイバーにとって、その強さは自身にも周りにも得られなかったもの。
 手に入れたくても手に入れられなかったもの。
 どれほどの力をもってしても、指の隙間から零れ落ちた無数の澱。

「ならばマスター。
 あなたの姿に、私は答えを求めよう」

 セイバーは立ち上がる。その脳裏では、最後に聞いた言葉が再生されている。
 魔王となったセイバーを倒した英雄達の言葉。人間の在り方。
 それを、セイバーは確かめてみたい。人間の可能性を。 

「かつての人間は、勇者という光に照らされ憎悪という影を強めた。
 故に私は勇者に立ち戻り、あなたを通して人間を試そう」

 勇者という存在に影が刺した時、かつての人間と同じように綺礼が悪性を見せるか……
 或いは絶望し妻の死さえも無碍にして死に至るのであれば、人はしょせん悪性を越えられぬということだ。

 だがもし、それ以外の結末があるのなら。
 悪性しか持ち得ぬ綺礼が、強き正義の光の中で悪という影を浮かび上がらせないのなら。
 それは、いかなる人間でも悪性に勝てるという証明ではないのか。

「私は今より……魔王オディオではない。
 我が名は……
 勇者、オルステッド……!」

 その言葉と共に。
 セイバーは自らが魔剣に貶めた剣を――しかし、かつて勇者より受け継いだ剣を掲げた。



【クラス】セイバー(アヴェンジャー)
【真名】オルステッド
【パラメーター】
 筋力A 耐久B 敏捷B 魔力C 幸運E- 宝具A++
【属性】
 中立・中庸
【クラススキル】
 対魔力:B
  魔術発動における詠唱が三節以下のものを無効化する。
  大魔術、儀礼呪法等を以ってしても、傷つけるのは難しい。
 騎乗:- 
  騎乗の逸話が無い上、「二重召喚」で得た宝具の影響を受けているため騎乗スキルは失われている。
【保有スキル】
 二重召喚:B
  二つのクラス別スキルを保有することができる。
  極一部のサーヴァントのみが持つ希少特性。
  ただしこのセイバーの場合、併せ持つのがアヴェンジャーのクラスのためクラス別スキルを得ることはできない。
  その代わり、セイバーのクラスには合わない個人スキルや宝具を保有する。
 対英雄:E
  セイバーと戦う「善」もしくは「中庸」の英雄は全パラメータが1ランクダウンする。
  反英雄、もしくは「悪」か「狂」の英雄には効果が無い。
  このスキルは極めて希少であり、保有するのはかなり高位の英霊のみ。
  それを低ランクとは言え所持するのは、アヴェンジャーのクラスを得た事で魔王としてのスキルが僅かに発現したため。
 仕切り直し:A
  戦闘から離脱する能力。また、不利になった戦闘を初期状態へと戻す。
  生前はただ一人で王国の兵から逃れながらさまよっていた。
 戦闘続行:A
  決定的な致命傷を受けない限り生き延び、瀕死の傷を負ってなお戦闘可能。
  生前はただ一人で王国の兵と魔王山の魔物を蹴散らし、頂上まで踏破してみせた。

【宝具】
『魔王、山を往く(ブライオン)』
 ランク:C 種別:対陣、対門 レンジ:1~99 最大補足:1
  かつての勇者より受け継いた魔剣。
  あらゆる施錠や防護を解除し門や結界は崩壊させ、建造物や土地の入り口を無条件で切り開く。
  かつては聖剣であり対象も「魔」によるもの限定で、その頃の真名は『魔王山を往く』だった。
  しかしオルステッドが大量の兵士を斬り捨てたことで魔剣となり、真名の変化と共に効果対象も拡大された。

  ……ただし効果対象の拡大については、賢者ウラヌスが命を懸けてオルステッドを脱獄させたことも一因であろう。

『憎悪の名を持つ魔王(オディオ)』
 ランク:A++ 種別:対人、対獣、対機 レンジ:なし 最大補足:8
  負の感情――特に憎悪を糧として力を得、或いは力を与えるセイバーの最終宝具。本来はアヴェンジャー時の宝具。
  この宝具を完全に解放した時、オルステッドは魔王オディオと化し神霊並みの力を得る。
  しかしその強さゆえに、相当な量の魔力を消費しなくては発動できない。
  この宝具の完全解放は仮に綺礼とセイバーの全魔力を使用した上で、三画の令呪を補助に使っても不可能である。
  部分的な使用ならば能力と解放量にもよるが可能。しかし、そもそも勇者に戻ることを決意したセイバーにこの宝具を使う気はない。
  唯一、負の感情や記憶に反応する能力だけをごく僅かな魔力を使って解放させている。

【weapon】
 魔剣ブライオンと、盾や鎧などの各種防具。

【人物背景】
 とある世界の勇者であり、魔王。
 魔王となった経緯については先に述べた通り。
 その後、絶望して魔王となったオルステッドは自分の世界にいる全ての人間を殺し、その魂を封印した。
 そして各世界の英雄――他のシナリオの主人公たちを集め、人間の愚かさを知らしめた上で殺そうとする。
 だがオルステッドは敗北し、諭され、その言葉を受け入れながらも誰もが魔王に成りうる事を言い残して消滅した。

【サーヴァントとしての願い】
 人は己の中に存在する魔王に勝ちうるのか、悪そのものである綺礼を通して確かめたい。
 この願いは皮肉にも、stay/nightの綺礼の願いとどこか似通っている。

【基本戦術、運用法】
 よくも悪くもセイバークラスらしく素直な性能なので、正面から各種剣技で戦うしか無いだろう。
 幸い、セイバーは周囲の敵をまとめて吹き飛ばす技や遠くの敵を剣風で切り裂く技を習得している。
 そのため剣技だけでも様々な状況に対応することができる。
 相手に直接ダメージを与える宝具がないのは欠点だが、その代わり対英雄のスキルはランクEでも生半可な宝具より強力。
 天敵は素の能力で押し負け、更に対英雄も効かないバーサーカーのクラス。
 仕切り直しで逃げるしかない。

【方針】
 セイバーはあくまで「勇者」として振る舞うつもりである。
 そのためマスターの意に反そうと、不利益を被ろうと正義を貫くであろう。
 ただしセイバーの抱いている感情により、マスターに異を唱えることはあっても見捨てることもないだろう。



【マスター】言峰綺礼
【参加方法】
 父、璃正の用意したゴフェルの木片。
【マスターとしての願い】
 強いて言えば答えを得ること。
【weapon】
  • 黒鍵
 普段は柄のみだが戦闘時は魔力を流し刀身を具現化する。
 霊的な干渉力が高い反面、剣としての性能は低い。専ら投擲武器としての使用が主。
 いちおうサーヴァントにも攻撃できるが、大してダメージは与えられない。

 綺礼の着衣には黒鍵が多数隠されている他、着衣そのものも強化されている。

【能力・技能】
 ある程度の魔術技能。基本的には見習いレベルだが治癒に関しては高いレベルを発揮。
 教会の洗礼詠唱も習得しており、霊体に対しては高い攻撃力を発揮することが可能。
 また八極拳の達人でもあり、実戦の中で独自の殺人拳を完成させている。

 このようにマスター適性こそ高くないが、戦闘力という点ではマスターの中でも屈指の高さを誇る。
 並みの達人や魔術師では、綺礼に何の対策もできず殺されるのがオチ。

【人物背景】
 万人が「美しい」と感じるものを美しいと思えない破綻者。生まれながらにして善よりも悪を愛し、他者の苦痛に愉悦を感じる。
 綺礼はその事を自覚できていないが、それ故に他人のような「正しい」欲求を感じられず何の目的意識も持てずにいる。
 それでも自分でも楽しめるようなことはないかと様々な試みを行い、最終的に家庭を持った。
 妻すら愛せなかった綺礼は、自分は間違った存在だとして自殺しようとする。
 だが妻はそれを静止するべく彼女のほうが自殺し、その時に抱いてしまった感情から綺礼は自分の記憶を歪めた。

 そうして彼は今も、何の目的意識も持てない無為な生を送り続けている。

【方針】
 勝つ以外のことは決めていない。





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参戦 セイバー(オルステッド