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聖‐judgement‐罰 ◆HOMU.DM5Ns



月の下で交わすものでなく
月を肴に交わすものでもなく
月の上で交わされるもの
配点(聖杯交渉)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



「あなた方に問います」

虚偽を許さぬ絶対の声だった。
怒りに震えた大声を叫んだわけではない。
むしろ逆。声はあくまでも静かなもの。表情は一切崩れず厳然としている。
静かであるがゆえに、気圧される。余分のない台詞は話題を逸らす事もできずいっそ容赦がない。
こちらを見据える瞳は鋭く、かといって強く睨んでいるという程でもない。
感情に流されず、あるがままの事実のみに焦点を当てる。

見た目だけなら、正純よりもやや年上でしかない金髪の少女。
纏う鎧を排したら、どこにでもいる純朴な田舎娘にも見えるだろう。

「聖杯戦争と戦争をする。その言葉がいかなる意図のものであるか」

それでも放たれた声は絶対だった。
裁定者の器(クラス)に嵌められた英霊の聖性を帯びた言葉で問う。

「此度の聖杯戦争を取り仕切るルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、嘘偽りのない答えを求めます」

真名(な)を明かした聖女の言葉は、この世界で何よりも重い響きをもって本多・正純に届く。


……元々、予測の内ではあった。
正純達がアンデルセンとアーカードを補足するに至ったのは、深山町錯刃大学付近で起きた暴動のニュースだ。
この時期に、しかも夜に暴動だ。デモ活動が起きたでもあるまいに、聖杯戦争が関与した事件と判断するのはニュースを聞いた全員が一致した。
そんな公共の報道で流されるほど大規模な事件を聖杯戦争に関わる者が起こしたとすれば、ルーラーが現場に向かうのは自然な成り行きだ。
その中に正純達も飛び込む以上、相対することになると想定するのは難しくない。

民衆の暴動に、多数入り乱れるだろうサーヴァントとマスター。これだけでも大変な状況だというのに、そこにルーラーまでも介入してくる。
混迷の極みだ。接触のタイミングを間違えれば目標に辿り着くより前に足止めを喰らう。損だけを被る結果になりかねない。

だからこそ、時期を計った。ライダーからの補給物資(買い足してあったハンバーガー)を口に入れながらその時を待った。
参加者と接触し、その後にルーラーと対面できるようになる為のタイミング。
そして今は予定に概ね沿うルートとなっている。アーカード達との交渉が終え、混乱が収束しつつある矢先に現れた。
交渉を始める為に必要な条件は最低限とはいえ揃っている。だがあくまでもこれは前提。いまだスタートラインにすら立ってはいないのだから。

故に、命を賭けた駆け引きはここからだ。


ジャンヌ・ダルク。
オルレアンの聖女。乙女(ラ・ピュセル)。聖なる小娘(ジャンヌ・デ・アーク)。
フランスの王位を巡りフランスと英国が対立した百年戦争。劣勢に立たされたフランスに突如として神託を受けたと名乗り貴族の前に現れた田舎出の子女。
その存在を正純は知っている。過去の歴史再現でも彼女の功績は大きい。襲名者でなく実在した偉人本人に、畏敬を感じない事もない。
昔話に語られる神話の人物と違う、確かに現実に生きる人間が奇跡を起こしていく光景は、当時の人にはどれほど輝く星に見えただろうか。

曰く、説得力というもの。
軍事であれ治世であれ、指揮者として台頭してくる者が持つ魅力。求心力といってもいい。
暗示や洗脳、自らの意のままに相手の思考を支配、誘導する類のものとは違う。
それもまた指導者が弁舌で引き出す技術の一だが彼女のそれは別の要因だ。
見る側が、その印象から自発的に考えを改めてしまう天性の資質こそが、彼女が保有するもの。

例えるなら、昔の御伽噺に出る真実のみを映し出す鏡。
壁にかけられた聖画を地面に投げ踏みつける行為。
彼女の姿も、声も、後ろ暗い事情を持つ者にとっては全てが毒となる。

自分は何か間違いを犯したかもしれない。彼女の言葉を信じるべきかもしれない。
何の根拠もないままに、少女の言葉には逆らえないと、そう思わせてしまう。


「答えようルーラーよ。
 聖杯戦争と戦争をする、という事の意味を」

心の中でのみ息を呑み、それをおくびにも出さず言葉を返した。
こちらを質そうとする威圧は感じる。裁く者であるルーラーとして、裁かれる者である正純と対峙している。
だが武蔵の副会長、交渉人として臨んだ数多の生徒会長や国の代表者と弁の剣を交わし合った身からすればまだ生温い。
この程度で竦むだけの肝は腹に収めてはおらず、また暴かれて怯えるような罪も犯した覚えはない。

「まず先に、誤解なきように一つ弁明をしておく」

だから正純は何一つ気負わずに無くルーラーに向かい合う。一方的に責め立てられるのではない、対等の立場として。

「我等は決して裁定者側との武力衝突による打破と排除、そしてそれによる聖杯の奪取を望むものではない。
 聖杯への戦争とは、貴殿らに刃を向け、銃弾を放つ行為のみを意味するのではないということを、理解してもらいたい」

後ろの方で、ライダーが面白そうに口角を上げて笑みを浮かべている気がする。
……頼むから、今は黙っておいてくれよな。
果たしてルーラーは、僅かに首を縦に下げた。
……最初の関門は突破したか。
大げさなようだが、ここが大事な分水嶺だった。

この場で最も避けなくてはならない事態は、ルーラーからによる即座の制裁にある。
裁定者に与えられているという絶対特権を用いて、強制的にこちらを排除する視野狭窄な選択。
そんな真似をしでかすような輩を裁定者とはとても呼べまい。しかしそれを真っ先ににやられると終わりなのだ。
なにせ今自分達には後ろ盾というものがない。同盟を組んだサーヴァントも含めて四名、そのうち三は戦闘に秀でているタイプとはいえない。
シャアも正純も一騎にして千の兵に勝る強者ではなく、一個にして万軍を動かす「将」の器だ。
そしてその利もここでは失われている。味方になってくれると安心できる協力者。国家、コミュニティと切り離された状態で方舟に集められている。
ライダーにしても戦力面では大いに不足なのは否めない。まともに運用できるのがアーチャーのみでは分が悪過ぎる。

自らの意に反した者は一片の慈悲なく首を飛ばす、暴君の如き裁定であったならば、いよいよ正純に勝機はない。
横暴さを他陣営に示そうにも先に握り潰される。それを阻む手段がなく後に続く者はいなくなる。こうなっては交渉も答弁も全てがご破算だ。
その為にまず楔が要る。積極的に交戦するわけではないとアピールしておかなくてはいけない。
背を味方に頼めない以上、いつも以上に保身には注意しておくべきだ。

そして話を聞く姿勢を見せた事で同時に収穫も得た。
このルーラーはそこまで強硬には出てこない穏健派であるらしい。嘗めているわけではないが、そうであってくれればこちらとしても都合がいい。
聖女の代名詞のような真名。しかし歴史は必ずしも伝えられてる通りにとは限らない。
むしろ既に一生を終えた英霊は生前には抱かなかった願いを持つようになるかもしれない。
『国に裏切られ世界を呪った魔女』という解釈で、英霊になっている可能性も存在したからだ。
それほどまでに、かの英霊の駆けた生涯は激動だった。

英雄に相応しい活躍から一転、谷底に落とされる悲劇的な末路。
その過程で彼女がどこまで信仰的純潔を守り通せたかは諸説様々だ。
無念に思ったか。救済を求めたか。復讐を望んだか。そればかりは実際に体験した本人でなくては分かるまい。


望んで対立しているわけではない。対立などしなければそれが最良の選択だ。
しかしそれは叶わない。どうしても、どうあっても叶わない。
正純が聖杯戦争を否定する立場を崩さない限り、ルーラーが聖杯戦争を運営する役目を捨てない限り。そしてその可能性の低さは各々で確認するまでもない。

「では改めて申し上げる。ルーラー、ジャンヌ・ダルクよ。後ろに控える者を代表して私、本多・正純は提案する」

対立は避けられない。立場と役目は相容れない。
ならば。存分にぶつかろう。言葉を以て殴ったり殴られたりしよう。
互いの意見に信念、全て突き合わせ、気の済むまで容赦なく叩きつけ合おうじゃないか。
全員の立場をはっきりさせ、主張を纏め上げて、その果てに両者を融和させよう。
線が出揃えば点が新たに打てる。平行線であれ対角線であれ、どの線にも偏りのない平均の点を打てる場所が表れる。そこを我々の境界線にすればいい。
それが正純にとっての戦争の形。正純が望む論争の形。


「我々は、聖杯との交渉を望む」


さあ、戦争の時間だ。
絶対に負けられない交渉が、ここにある。




「交渉……。聖杯を望むのではなく、拒むのでもなく、聖杯と交渉をすると?」

ルーラーの表情に僅かな困惑が浮かぶ。言葉の意味は解しても、その意図を計りかねると。

それはそうだろう。こんな要求をしてくる陣営が他にいたとは思えない。
仮にいたとしても、こうして監督役と直に交わす、などというのは本来なら早々やる事ではない。

 ジャッジ
「Jud.我々はこの戦争の形態に疑問を抱いている。正しい戦争の形ではないと考えている」

だが正純は恐れず踏み出す。いつ崩れるかも分からない危険な橋に足を踏み入れる。
最初の一歩が肝心だ。この道は大丈夫だ、間違ってないと示す旗印の役が要る。

「聖杯。方舟。選別。戦争。殺し合い。これらには、ひとつを選べば全てが付随してくるような因果性は無い、どれも独立した要素だ。
 それを一個に繋げ、戦争と定めている現状に私は歪みを感じた。アークセルの掲げる種の選別という目的にはそぐわないと感じた」

方舟と聖杯という、別個の伝承が合一している因果関係。
つがいと言いながら男女で組まれていない主従。
冬木という固有の地名。競争には不要なはずのNPC(いっぱんじん)。そして監督役。
ただ一組の勝者を選び抜くにしては不合理な点が数多くある。

「どうしても覆したい現実を抱える者達。奇跡に頼らねばならぬような望みを持っているわけではない者達。
 どちらもみな等しく聖杯に支配され、戦い以外に願いは叶わないと、生存の道はないと突き付けられる。
 準備もなく、覚悟も持たず、無差別に集められた彼らを"奇跡"の一言で掌握し、己を手に取るに相応しい種を選ぶと宣誓しながら殺し合わせる。
 それが貴殿らが主導している、今の聖杯戦争の実情だ」

同じ方向に伸ばされる手を押し退けてまで叶えたい願いを持たぬ、闘争を望まない者達はおそらくはいるだろう。
だが彼らは願いが無い為に積極的に動き出せない。他の陣営を諌めるのに、監督役に睨まれるのに二の足を踏んでしまう。

「……断言しよう。それは本来無用の血だ。許されてはならない喪失だ。
 罪無き者を、誰かの貴い願いの為の犠牲者に貶めるものだ。犠牲を出さずに目的を果たせたかもしれない者に、必要の無い罪を背負わせるものだ。
 聖杯が真に万能たる器であろうともこの喪失は埋め難い」

必要なものは大義だ。彼らの背中を押して、前に先導するに足るだけの後ろ盾。
願いという、自己完結するが故強固な動機を持つ相手に対抗できるだけの、万人が認める正統性だ。

「故に私は聖杯戦争を"解釈"する」

告げる。

「方舟、サーヴァント、マスター。
 いずれも私は否定しない。蔑ろにする気はない。
 集められた者が死ぬ事なく望みを叶え、方舟も自らが認めるに足る"つがい"を得る。誰にとっても正しい形の戦争に改める。
 これが先の貴殿の問いへの答えだ。"聖杯戦争への戦争"―――マスターの一人として、聖杯の意思との交渉の任を全うすべく、私はここにいる」

言葉を放つ。決定的な宣言を。

「返答を、裁定者(ルーラー)。
 我らの要望に、応じるか否か」

目の前のルーラーに。後ろで見ているライダーに。共に進むシャア・アズナブルとアーチャーに。
まだ姿を見せていない、全てのマスターにも、この声が届くように。
今ここにいる人だけに聞かせればいいわけではない。
戦争の形を変えるには聖杯戦争参加者全員を巻き込まなければ実現し得ないのだから。

……さあ、どう来る?




ルーラーに言葉を投げかける正純。
シャア達は二人を同時に視界に収められるだけ後方に下がった距離で俯瞰している。
正確に言えば、ルーラーの進行を止めるように正純が先んじて数歩前に出た格好になる。
隣にはアーチャー、逆の隣にはライダーが共に交渉の成り行きを見守っている。
双方の表情は対極。後に起きる展開を読めず困惑を見せるアーチャー。待望の見世物を鑑賞しているように喜悦を隠さないライダー。
盟を組んだ自分達だけでなく、彼女の従者もまた主にこの場を預けている。
同盟を提案したのは正純。方針を掲げ主導しているのも正純。なればこそ、重大な場面では常に矢面に立つ覚悟が要る。
基軸を揺るがせないために彼女は身一つでルーラーに向かい合うのだ。

「…………」

ルーラーは黙したまま何も語らない。
話の始めこそ顔に驚嘆の色を見せていたものの、聞いていくにつれて平静さを取り戻していったのが離れても分かる。
教師に教えを熱心に聞く生徒のように。怠惰に聞き流さず、途中で声を遮りもせず聞いていた。
……監督役としては、やや真摯に過ぎると感じた。


聖杯戦争への戦争。
台詞のみを受け取れば何とも大胆不敵な宣戦布告に聞こえよう。
実際そう宣言しているのにも等しいし、正純の立てるプランにはその道を選ぶ覚悟も備えている。
それを直に監督役に聞かせるのだから、これはもう外した手袋を投げつけるのにも等しいだろう。即刻処罰されてないだけでも温情だ。

だが今並べた発言の内容に限って言えば、決して聖杯との対立を是認しているわけではない意図で述べられていることが分かる。

今言ったのは要するに改革だ。聖杯戦争を、従来と別の形態へ改変させる要求。
これは単なる敵対行為とは一味違う。あくまでも提案を持ちかけにきている。
アークセルが種の選別を目的とするならもっとよりよい方法があるのではないかという、問いかけだ。
聖杯戦争を破壊するつもりは毛頭なく、まして聖杯を、アークセルを否定する言葉は使っていない。
つまり、明確な叛逆を口にしたわけではないのだ。

"目的の為には手段を選ぶな"とはマキャベリズムの初歩だが、目的の為にはやってはいけない手段というものがある。
非道であればいいというわけではない。効率のみを重視するのではない。
全ては目的を定めた利益が確かに手に入れるがためだ。それを見失えば手段と目的を履き違える羽目になる。
この人間同士での殺し合いで、見合う成果は得られるのか。結果をこそ望むのなら躊躇などせず、方針転換を厭うな。
―――そう思うのだが、どうか、と。こう聞いているのだ。

詭弁、ではあるのだろう。どの道今の形態を壊す結果には違いないのだ。
しかし監督役は言っている。聖杯戦争についてある程度の質問には応じると。
正純は聖杯戦争についての質問の延長線上として聖杯改革の案を差し出している。従ってルーラーにはこれに応える義務が発生する。
一度話に耳を傾けた以上はもう逃げられない。是か非か、彼女は答えを返さなくてはならない。

しかし答えたところで十中八九出てくるのは『拒否』だろうと、シャアは踏んでいた。
信念と自信を持って訴えようとも所詮は一参加者の言。その程度で揺れる根拠でこの聖杯は稼働していない。
そもそも主要なシステムすら理解していない身で聖杯戦争を語ろうとは烏滸がましいと見なされても仕方がない。
ルーラーはその根拠を持ちだして正純の稚拙な論を一掃するだろう。


……そして、それこそが狙い目なのだろうな。




首に縄でも回されてる気分だ、
正純は心境を内のみで独白する。
思考の間は返答の選択か、あるいは処罰の厳選か。
どちらにせよこの空白は意義ある時間だ。相手の要求に即座に反応をせず一考してる、考えるだけの余地が向こうにはあるということ。

正純、ひいては一定のマスターには不足しているものがある。
それは個々の能力とは違う、だがある意味この舞台での前提となるべきもの。
聖杯の知識。アークセルに対する正しい認識だ。
事前に情報を纏め自ら月へと臨んだマスターではない、シャアや正純のような巻き込まれた形でのマスター。
そんな者達は事前に聖杯戦争に関する知識を埋め込まれ、与えられた上辺だけの知識を頼りに戦わなくてはならない。
人に個性や能力差がある限り真に公平な状態など存在しない。かといってこれではあまりに分が悪い。
その差を埋める手段として、正純は望んで聖杯戦争に参戦したマスターか、監督役との接触を挙げた。
情報源として確実なのは監督だろう。だがいかに質問を受け付けるといっても聖杯中枢に関わる重要機密を簡単に教えてくれるわけもない。
「聖杯戦争と戦争する」などと宣言をした相手となれば尚更だろう。

だが、こうして真っ向に異論を突きつけられたのなら。
聖杯と、聖杯戦争その根幹を糾弾され、改革を叫ぶ者が目の前に現れれば、どうするか。

武力を以て排除する、選択の一つだろう。しかし向こうは軽々にそれに及べない。
なにせルーラーのお題目としては、マスターとサーヴァント同士での戦いこそ聖杯戦争の本来望まれる形なのだ。
違反者が出るからといって自らの手で処断するのは、なるべくなら取りたくない手段に違いない。
良くてペナルティの発令までだ。それはこれまでの手緩いとすら見える裁定からも分かる。

剣を取れぬのであれば、口を開く他あるまい。
熱に浮かれた者に冷や水を浴びせる真似。憶測で者を言う相手に動かしがたい事実を突き付けて、論を折る。
同じ土俵で論破してこそ敗者に強い敗北感を与えられる。叛逆の芽を一掃するにはまたとない好機。
そして裏返せば、ルーラー直々から言質を取れる最上の機会だ。

欲する精度のある情報を手に入れるにはこうすればいいと思っていた。
監督役こそが聖杯に一番近い側の人物。その彼女達に自分を批判する根拠として、聖杯にまつわる情報を言わせる。
聖杯戦争と反目し排除されるべき異分子に対してならば、通常は開かせない口にも緩みが出る。
お前たちは間違っているとそう断ずる為には、必要な正答を提出しなくては証明されない。

……当然だが、捨て身戦法も同然だ。
肉を切らせて骨を断つ、とは言うがリスクとリターンが釣り合ってない。これでは肉は向こうで骨はこっちだ。
だがそれで十分。肉まで断てればそれで上等。
少なくとも、肌を傷つけるまでは到達できる。そしてそれはやがて鉄壁を崩す楔に変わる。

理想を言えば、先のアーカード達を味方に引き入れた上でルーラーと見える状況が望ましかった。
狂信者であるアンデルセンに聖杯の真実を教え、抱いた猜疑を確定させ得る。
闘争を望むアーカードは知ったとて行動に大差はない。故にルーラーの処罰対象からも外れ、情報を外に持ち出せる。
知ればその分思考には幅が出てくる。真実は知る人が増えるだけで意味がある。結果は失敗したので今更の話だが。


大学周辺での騒動も収束して時間が経っている。慌ただしい住民の声も遠い。
正純は第一に言う事を言い終え、ライダーとシャア達は俯瞰の立場を通し、そして答えるべきルーラーは未だ口を開いていない。
この一帯だけは、空間ごと切り離されているかのように静謐としていた。

シャア・アズナブルとの同盟、アーカードとアレクサンドル・アンデルセンとの交渉。
これらは目的達成の地盤固めに重要であったが、絶対条件ではない。失敗してもまだ次の一手があった。
だがこれにはない。ここで選択を誤れば正純は終わる。
自分とライダーは処断され、協力していたシャアとアーチャーも罰を受ける。何事もなかったように従来通りの聖杯戦争が進行する。
そうさせない策は用意しているが不確定要素も多い。絶対はない。確率として最悪は常にあり得る。
シャア議員だけでも逃がさなければ―――状況に備え打開案を思案し始めたところで、


「わかりました」




心臓が跳ね上がりそうになるのを抑えつける。
早合点するな。今のはただの返事だ。
ただの確認作業、次に出す答えにワンクッション置いただけのものでしかない。
一息吸うだけの間を空けて、ルーラーは返答した。

「あなた方の言葉は確かに聞き届けました。
 ですがルーラーの立場として……その要望には応じる事はできません」

結果は、否定。
にべもない言葉にしかし正純は落胆するでもなく、

……まあ、そうなるよな。

ここで簡単に折れるほどやわな精神ではない。お互い様に。
上手く行くのに越したことは無かったが、そう楽に事が運ぶのも楽観論だ。

十分に予想できた。だからここまではまだ計算の内だ。
話題を切り出す理由、会話を続けるきっかけを作れただけでいい。

「……我々はより正しく聖杯を担う者を選定する方策を望んでいるだけだ。それを受け入れられないと?」

「ルーラーは聖杯戦争の推移を守る者ですが、聖杯を管理しているわけではありません。
 聖杯とはこの世界を創造したもの。舞台から戦いのルールに至るまでを設定したアークセルそのものです。
 一度始まった聖杯戦争を取り止め、ましてルールを変更する権限は私達にはないのです」

「それでも他のサーヴァント達よりは聖杯との繋がりも深いはずだ。方舟からの通知伝令のひとつもあるだろう。
 そこを経由して貴殿の声を届ける事も可能ではないのか?」

「それは我々の管理を超えています。街の統制等の機能ならともかくシステムそのものへの干渉など到底認められないでしょう」

「では―――」

「いえ―――」

繰り返される質疑応答。
正純が問えば、ルーラーがそれに答える。そんなやり取りが何度か交わされる。

要望は悉く跳ね退けられる。ルーラーから聖杯への進言は不可能だと。
本当だとは思う。が、全てを話してるとは思えない。
報告の際に、一意見として混ぜておくだけでもいい。そうすれば少なくとも可能性だけは提示できる。
あるいは報告の段階を飛ばして直接観察しているのかもしれない。
会場が方舟内部にあるのならそれもまたあり得ることだ。
だとすると……やはり確実なのは、聖杯自体との直接交渉しかないということになる。

「……先に言ったように、我々は現状の聖杯戦争を良しとしない立場を取っている。
 貴殿らからすれば、その意図はないとしてもやはり障害として映ってしまう一面もあるかもしれない」

そう思った正純は一端矛先を変えた。

「だが―――それならそもそも呼ばなければ済んだはずだ。なのに、私のように明確な願いを持たない者もこうしてここにいる。
 我々のような、聖杯を望まない者と真摯に聖杯を欲する者を一緒くたに混ぜるのは、願いある者からすれば自身の願望を侮辱として受け取られかねない」

背後で控えているシャア・アズナブルにも、聖杯に託すべく願望は持っていなかった。
潜在的に願うものはあったが、それは何もこんな形式でなくともよかったはずだ。正純自身にしてもそうだ。
正直に話すには余りに馬鹿馬鹿しい経緯で方舟に来てしまった。
何故託すものがない者、自身を望まない者に聖杯は資格を与えたのか。

「参加者を招聘するのは私でなく聖杯によるものです。
 地上から方舟への道程を繋ぐ切符(チケット)。ゴフェルの木を手にした者をアークセルは己が内部に招きます。
 そこに資質や条件、選定の基準があるかは私には図れません。ですが呼び出された時点で彼らは聖杯を得る資格を手にしている。私はそう思っています」

ルーラーは答える。

「聖杯が望むのは最後まで生き残ったマスターとサーヴァント。そこには能力や人格の優劣、願いの有無も関係ありません。
 何を願い、何処を目指し、どう動くか、それは各々の自由。因果が導く道は無数にありどれが正答である保証もない。
 ルーラーが"相応しい"とする在り方を強制もせず、あなた達の方針にも極力干渉致しません。
 全てのマスターとサーヴァントを迎え入れ、全員が勝利者であるのを願うのみです」

……全員が勝利者である?
最後の言葉の意味が気になるが今は後回しにする。それより思考を充てるべき事がある。
ルーラーはふたつの重要な事実を口にした。
ひとつ目は"聖杯の意思"。参加者を選別したのは聖杯自体が選択したものと確かに言った。
正確には"ルーラーが選別に介在していない"だが、彼女以外に意思があるものならそれは実質聖杯、それに準ずる意思でしかない。
推測が事実へと確証が取れたのは大きい。

そして……ふたつ目。これはどこか引っかかるものを感じる言い回しがあった。
"最後まで生き残ったマスターとサーヴァント"。
方舟の役割を鑑みれば単に強さ……戦闘力のみに重きを置かず、生存力をこそ重視するというのも分かる。
だから、単純に一対一で性能を競い合わせる形式にしない……?
何かが引っかかっている。正純の捉えているものとの食い違いを感じる。

「無論、聖杯戦争を無視し殺戮の混沌を撒き散らす者がいたならばそれを正しに動きます。その為にこそルーラーはいるのですから」

思考を別に働かせつつも、正純はその台詞を見逃さなかった。

「現状、抑止が正しく機能しているものとは私は思わない」

B-4地区のマンションで起きたという違反。そして錯刃大学での暴力騒動。
運営の抑止力としての役割を正純は疑っていた。比較対象がないから何とも言えないが、お世辞にも十全に果たせているとは見られない。

「そうもこの方式を維持するのが正しいと規範する、その根拠を教えてもらいたい」

今が聞き時だろう。
交渉の目的たる核心の追及へと話題を進めた。

「我々は何も知らない。如何なる成り立ちでこの聖杯戦争が始まり、どうしてそれが殺し合いでなくてはいけないのか。
 何故、予選が終わった今でも同じ土地を戦場に使用しているのか」

それはライダーやシャアとの話し合いでも共通してる考察の一片だった。

「この戦争の悪なる部分は、賞品となる聖杯の正体があまりに不明瞭だからだ。
 ムーンセル、アークセルが何であるかは知っている。だがそれは全て聖杯側から一方的に与えられたものでしかない。
 状況も分からぬまま外付けで断片的な情報を脳に刻まれて、それを求めるなどどうして出来るというのか?」

聖杯は貰って嬉しいトロフィーではない。
そうした価値もあるだろうが大多数はその機能に目をつけている。信頼性のない商品など誰が使うものか。
なのに方舟には、聖杯を求め殺し合いを進める者がいる。
そうするしか他にないから。手をどれだけ伸ばしても永久に届かない。一生を懸けてもまだ足りない。
普通では叶わぬ悲願の成就を渇望するからこそ彼らは選び、方舟は選んだのだ。

「そうまでして求めた聖杯に偽りがあれば……これほど彼らに対しての侮辱はない。
 善悪に関わらず、餓い抱いた期待を目の前で打ち砕く。願いを虚仮にして嘲弄する」

それはなんと呼ばれるのか。

「最悪と呼ばれる行為だ。人類種の保存という、方舟側の大義すら消失する」

そんな最悪の可能性を避けるにはどうすればいい。

「資格があると言ったなルーラー。その通りだ。
 我々には資格がある。情報を要求し、検証し、選択する権利がある」

全参加者の聖杯に関する情報を共有することだ。聖杯についての正しい認識を持たせることだ。
正確性に欠けたものではない、裁定者側からお墨付きのもので、だ。

「そうして考えた上で、我々は選択すべきだ……他者の命を奪う道を進むのか、止めるのか。
 それは聖杯という高次の存在から授かるものではなく、個人毎の意思で決めねばならない」

想像の通りではないと知り願いを諦める者。矛盾を知りつつもなお己の道を通す者。
戦争を望む者。厭う者。
多くの道が分かたれるだろう。その過程で立場が明確になる。
言ってしまえばわざわざこうしてルーラーに直談判してるのもその辺りの曖昧さにあるものだ。

間を空け、次はルーラーの返答を待つ。
ジャンヌ・ダルクには、異端審問の際に専門家が舌を巻くほどの弁で審問側を圧倒したという逸話がある。
これまで投げた問いに対して淀みなく返答してみせたのもそういう理由だ。
それが神の奇跡の一端であれ本人の思慮分別であれ、無知な田舎娘でないということを意味している。
しかし、

「……」

ルーラーは唇を結び、沈黙している。
妙だな、と正純は思う。
黙秘する事自体ではなく、変化したルーラーの表情を。
黙秘権を使用しているでもあるまい。躊躇とも違い、どう答えたものか逡巡しているような様子。
それはまるで―――ではないか。
頭の中である考えが浮かびかけたところで、ルーラーは口を開いた。


「……その質問には答えられません。いえ、そもそも答えようがないともいえます。
 裁定者はこの聖杯戦争を恙ない進行の為に存在する。翻せば、それ以外の役割は求められていない。
 聖杯戦争が起きた理由、その成り立ち……そうした機密は何も知らされていないのです」



「な……!」

驚きの声。
思考を止めることなく次なる言葉を引き出そうとしていた正純の計算が乱れた音だ。

それでも、それでも正純の耳は常時通り働いていた。一言一句たりとも聞き逃さず、その意味をたちどころに理解する。
理解したからこその反応、狼狽だった。

「ルーラーとして参加者に受け答えするだけの聖杯に関する知識は保有しています。ですが真に秘匿すべき情報については持ち得ません。
 僅かな確率であっても、私から情報が漏洩するのを防ぐ措置なのでしょう」

……どういう、ことだ?
あまりにちぐはぐすぎる。
裁定者側が聖杯戦争の正体を知らない。教えられてないなど考えられない。
造反、漏洩を防ぐ為。単なる走狗に対してであればまだよかった。聖杯の端末に等しい、それこそ意思のない機械であれば。
だがそれを意思持つサーヴァントに適用させているのが正純には解せない。面倒だろう、それは。

聖杯の意思の代弁者としてAIなどいくらでも作れたはずだ。それなのに聖杯はわざわざ情報統制を強いた上で、
明確な人格を持ち、過去に生まれた人間、歴と存在している英霊をルーラーに任命し召喚している。
労力を惜しんだから既に在る、条件を満たす英霊を選択した?ものぐさにもほどがあるだろ……!

「疑念を持たないのか、ジャンヌ・ダルク……この方舟に。この聖杯に。聖女である貴殿はこの戦争に納得しているのか?
 "これ"が貴殿らの信ずる御子の聖遺物足ると言えるのか?」

「承知しています。この"聖杯"は御子の血を受けた正真の杯でなく、ムーンセルという月の頭脳体を称したもの。
 その演算処理能力を以て成される願望器としての機能を指して聖杯と字名されているものです。
 "方舟"、人がアークセルと呼ぶそれもムーンセルとはまた独立した、魂を擁する揺り籠を目的とした古代遺物(アーティファクト)。
 ……聖者ノアが造りたもうた真なる方舟であるかは、私には答えかねますが」

矛盾の根幹を突く言葉。
信仰に傾倒する程縛られる教派の教義にもルーラーは揺るがず。
そう……宗派の相違による衝突など彼女自身が身を以て思い知っている。

「ですが真贋はどうあれ、ムーンセル、そしてそれと接続したアークセルは願望器としての機能を持ちます。
 容易く世界を変容させる力。人の望みを汲み上げる知恵の泉。いつしか人は、それを聖杯と呼んだ。
 その争奪の経緯を総称して、やがて聖杯戦争という名が生まれました」

つまり、それは。

「……聖杯と名付けられたものを奪い合うのであれば、何であれ聖杯戦争というわけか」

「『私』が存在する世界に限れば、ですがね」

ルーラーは肯定した。

「ですので、贋作であるから、教義に反するからという理由で疑いをかける事はしません。
 我欲を求めるのは人の本能。それが災厄をもたらす事がなければ叶えようとしても構いません。
 もとよりここに集ったのはそれぞれ別々の人理を紡ぎ上げた世界の住人。信ずるものが異なるのは当然の話。
 今の私は主を信じた小娘ではなくルーラーのサーヴァントとして求められたが故に」

知識の差が出始めた。
一世界から出でたに過ぎない正純と、英霊として多数の世界の知識を有するルーラー。
立ち位置からくる認識の差だ。知識の差は視点の差を生み、捉え方の違いを生む。
この場合のルーラーは信仰上の聖杯と願望器の聖杯を分けて考えているように。
あらゆる異世界に同数の宗教があり、同名の教派でも形態が違いそもそも存在すらしない時代と場所がある。
そんな住民を纏め集めた方舟で、ひとつの宗教観を絶対の基準に置けば破綻は避け得ない。
もしくは。はじめからそうした分け方ができる人間をルーラーに選んだのか。

そしてふと思った。
ムーンセル、そしてアークセル。このふたつの聖遺物が存在する、いわば基礎となる世界。
このジャンヌ・ダルクも、その"基礎世界"で生きた英霊なのではないかと。

「確かに私は全てを教えられてるわけではありません。それを承知の上で私はここに今も在ります。
 聖杯戦争を恙なく進行させるルーラーとしてここに在る」

鎧姿の少女は厳かに告げる。

「ですが誓えることはあります。聖杯があなた方に伝えた情報―――それに偽りはありません。
 肉あるものを集め、人類の種を保ち、使用者の願いを映す月の水面。宙の方舟は輝く魂を載せ天へ至る。それがアークセルの役割。
 裁定者(ルーラー)と私(ジャンヌ・ダルク)、双方の名において譎詐せずに誓います」

最大限での潔白の表明だった。
監督役としての権利も、個の英霊としての誇りも全て賭けている言葉。だから軽く翻す事も出来ない。
決意は重圧と変性する。息苦しさを正純に押し付ける。
こうまで言われて疑うようではルーラーの全てを疑問視しなくてはならない。
そうすると今まで引き出した情報も信に置けなくなり、前提の崩壊になる。


「ここでの死を必要な犠牲と許容するのか?」

そして……完全でないにしても把握した。
彼女の行動と主張、その骨子にあるもの。古今の英雄を統制するルーラーのサーヴァントに選ばれた理由を。

「まさか。必要な死など世界にありません」

神への妄信。宗教の執着。一方通行の感情の暴走。
そんなものでは到達し得ない、目の前にすれば足が竦むほどの巨大で強大な意思。


「万人を救おうとも、一人の命を奪った罪が消える事にはなりません。
 誰かを救う選択とは、そういう事です」

聖女の信念に正純は触れた。



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