ああ、楽しい。とても楽しい。
 闘争だよ、考えてもみたまえ、君。


配点(戦争・平和)
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄



【1】


 交渉をする際にまず必要なものは、言い分を聞かせる為の土壌だ。
 相手がこちらと同じ土俵に建つ事で、初めて交渉というものは成立する。
 逆に言ってしまえば、相手に聞く気が無いのなら、それは交渉以前の問題という事で。

(五分五分、だよなぁ)

 五分五分とは、相手が交渉に応じる確率を指している。
 アーカードとアンデルセンの事は、既にライダーから聞き及んでいる。
 片や闘争の狗、片や狂信者。どちらも人の話を聞かない暴れ馬だ、と。

 もし彼等がそっぽを向いて飛び去ってしまえば、この交渉は失敗に終わる。
 まだ本題にさえ入っていないというのに、膝を付く羽目になってしまうのだ。
 正純としては、そればっかりは何としても避けたい事態ではある、のだが。

(……にしても、いくらなんでも殺気立ちすぎじゃないか?)

 正純がこの場に現れてもなお、アーカードとアンデルセンの殺気は衰えない。
 視線はこちらに向けているものの、手に持つ武器は互いに突き付けたままだ。
 文字通りの一触即発、ふとしたきっかけで戦闘が起きかねない。

 どうするべきか。このまま話を続けた方がいいのだろうか。
 そもそも、あの体勢でこちらの話を聞く事は可能なのか。
 やはりここは、一旦武器を下ろしてもらうべきなのではなかろうか。

「ちょっと!人の話を聞くなら武器しまいなさいよ!」

 この張り詰めた空気に合わない、幼い少女の声がした。
 正純の隣に立つアーチャーが、アーカード達に呼びかけたのだ。
 矮躯といえどやはりサーヴァント、子供とは思えない度胸である。

 一方の正純は、背中の温度が低下していくのを感じていた。
 あの言い方では、逆に二人の気を立てる結果になるのではないか。
 どうか穏便に済んでほしいと、そう願わずにはいられない。

「それもそうだな、このままでは話を聞くのもままならん」
「……これ以上王を待たせるつもりか」
「なに、すぐに済む」

 意外な事に、彼等は素直に武器を下ろした。
 どうやらあの二人、思ったより話が分かるのかもしれない。
 少佐の言伝とはやや異なる様子に、正純はほっと息をついた。

 アーカードは口元に微笑を浮かべ、一方のアンデルセンは眉間に皺を寄せている。
 見た所、アンデルセン側が何らかの約束を取り付けているようだ。
 やはりタイミングを見誤っただろうか。だとしても、もう後には戻れない。

「さて、少佐の遣い。お前は真に戦うべき者がいる、そう言ったな。ならば答えてみせろ、私達を何と戦わせるつもりだ?」
「"聖杯"。貴殿らが求める願望器そのものだ」

 正確に言えば、聖杯戦争の元凶たる聖杯と交渉するのだ。
 聖杯を砕くのは、その交渉が決裂した場合の話である。
 補足をしようとして正純は口を開こうとするのを、神父の声が遮った。

「――聖杯と戦え、だと?」

 「必ずしも戦う訳ではない」と口に出そうとして、しかし言いよどむ。
 神父から漏れ出る殺意が、喉まで出かけた言葉を引っ込ませたからだ。
 正純を射抜く彼の視線は、切先の鋭い槍の如き鋭さが秘められていた。

「俺に神の聖遺物を砕けと、この異端狩りに聖杯を破壊しろと。
 その上この"吸血鬼(ばけもの)"と協力しろと、貴様はそう言うのか」

 神父はその場に佇むばかりで、一歩も動こうとしない。
 だが正純には、この狂信者が一歩ずつ迫っている様な感覚を覚えた。
 一字一句神父が言葉を紡ぐ毎に、着実に殺意が増しているのだ。

「理由を言え。俺の殺意がまだ限度でない内にな」

 気付けば、正純の頬に冷や汗が伝っていた。
 アンデルセンが狂信者である事は、既に少佐から聞いている。
 しかしながら、ここまで壮絶な殺意を放出できる男だったとは。
 ここでしくじれば最後、協力どころか自分の命まで危ないだろう。

「……神父、貴殿も気付いているのではないか?この聖杯が名ばかりのものに過ぎない事に」
「根拠はあるのか」
「Jud.でなければこうして貴殿らの前には出ていない」

 そう、単純な理屈ではあるが、根拠なら持ってきてある。
 相手を揺さぶる第一手としては、それなりの効果がある筈だ。

「そもそも、聖杯とは、イエス・キリストの聖遺物、最後の晩餐で彼が使用した杯だ。
 それに他者の血を求める要素など何処にもなかった筈。何故聖杯は我々の死を望むのか?」
「アーサー王の聖杯伝説に由来するものではないのか?」
「仮にそうだとしても、その聖杯にも血を求めた歴史は無かった筈だ」

 アーカードの質問に、直純が即答した。
 彼女が言う通り、聖杯とはイエスの所有物以上の意味を持たない。
 ましてや、そこに流血が関わった歴史など何処にも無いのである。

「ノアの箱舟にしてもそうだ。本来あれは男女のつがいを乗せる舟。
 にも関わらず、この聖杯戦争では男同士の主従が存在している、これは本来の聖書の記述とは矛盾している」

 優勝景品たる聖杯はおろか、舞台となる方舟さえ偽名を使用している。
 その仮定が正しければ、聖杯戦争そのものが胡散臭いものに見えてくる。
 本来の名を隠すなど、何か裏があるに決まっているのだから。

「とするとアレか、この聖杯が聖杯じゃないって、お前はそう言いたい訳か」 
「そういう事になる。聖杯の名を騙る正体不明の願望器。それが今我々が求めようとしている物体の正体だ」

 耳に入り込んできたジョンスの言葉に、正純はそう答えた。
 そして彼女はその後に、改めて神父と向き合った。

「アンデルセン神父、貴方は異端狩りを主とする、バチカン法王庁特務局第13課所属と聞いている。
 となれば、この聖杯の名を騙るこの願望器は、貴殿にとって許し難い存在なのではないか?」

 神父はその言葉に対し、無言を貫いたままであった。
 それを肯定ととるか否定ととるか、正純は推し量る術を持たない。
 だがあの態度は、こちらの話を聞いていると見て間違いないだろう。
 彼等の心を動かすには、もう一声必要だ。

「……断言しよう。貴殿らは聖杯に隷属している身であると。
 願いを人質に取られ、聖杯の望むがままに戦わされているのだと」

 聖杯戦争に従うというのは、聖杯に従うのと同義だ。
 アーカードも神父も、聖杯などという正体不明の存在に仕える者では無かった筈だ。
 にも関わらず、彼等は聖杯のお望み通り、闘争に明け暮れているではないか。

「貴公らの主は別にいる筈だ。仕えるべき神が、人間がいたのではなかったか。
 にも関わらず、何故貴殿らは闘争に明け暮れる?第三者の操り人形にされている?」

 アーカードには、インテグラというヘルシング家の血を引く主がいた。
 アンデルセンには、キリストという二千年もの間信仰された主がいた。
 この二人には、間違いなく従うべき者が、尊ぶべき者がいた筈である。

 だからこそ正純達は、今の彼等を否定する。
 聖杯に隷属し、造られた闘争に身をやつす彼等の頬を引っ叩く。
 主を見違えた者達の眼を、従うべき者へ向けさせる為に。

 正純の発言を聴き終えた後、口を開いたのは神父ではなく。
 彼の殺気を全身に浴び続けていた、アーカードの方であった。

「言うじゃないかお嬢さん(フロイライン)。実に勇敢な口ぶりだ。
 ならばどうする?我々を隷属させる聖杯にお前は何を突き付ける?」
「私は聖杯を"解釈"する。殺し合いを望む聖杯と交渉し、そのやり方を改めさせる。
 保存するに足るという一対を選出するのが目的なら、現状より相応しい方法など幾らでもある筈だ」

 アークセルの目的は、自身に保存するに相応しい"つがい"を用意する事だ。
 求めるものが本当にそれだけならば、聖杯戦争に拘る必要性など皆無ではないか。
 それこそ血の一滴も流れない、平穏な方法による選出も出来る筈だ。

「なるほど、たしかにお前の言い分も尤もだ。だが聖杯とて聖人君主ではあるまい。
 お前の言う"真名を隠す紛い物"が、その"解釈"とやらを聞くほど利口な保証はないだろう」

 そう、アーカードの意見も一理あるし、十分想定できる事態ではある。
 聖杯に意思が存在している事は。過去の考察で確信済みだ。
 その聖杯が、果たして一参加者の提案を受け入れるものだろうか?

 そしてアーカードは、正純からある一言を引き出そうとしている。
 もし聖杯が交渉に応じなかったなら、お前はどうするつもりなのだ、と。
 正純本人の口から、あの単語が出てくるのを待ち侘びているのである。

「聞こう。もしその解釈が失敗に終わったのだとしたら?」

 そして予測通り、アーカードは何かに期待するかの様に問い。

「……その時こそ、貴殿らの望み通りの事をしよう」

 対する正純は、待ってましたと言わんばかりに。
 アーカードが渇望する、その一言を叩き付けた。

「戦争だ。一心不乱の大戦争を以てして、聖杯を打破しようじゃないか」

 言い終えた直後、周囲に漂うのは静寂であった。
 僅かな間にも関わらず、その瞬間が酷くおぞましいものに、正純は思えてならなかった。
 もしかしたら次の瞬間、新たな戦いの火蓋が落とされるかもしれないのだ。
 この静けさは、開戦直前の不穏さを内包していたのであった。

 そしてその静けさを破ったのは、足音だった。
 小さな笑みを携えたアーカードが、正純達に向けて歩き出したのである。
 一歩ずつゆっくりと、標的である正純を威圧するかの如く。

 アーチャーが臨戦態勢に移ろうとするのを、正純が手で制した。
 アーカードが発砲する事はないという、確信めいたものがあったからだ。
 歩み寄る吸血鬼が、正純の目の前に来たところで、足音が止んだ。

 アーカードは、自身を見上げる正純の表情をじっと見つめていた。
 こちらをじっと見つめる、彼女の凛々しい視線が、アーカードを射抜いている。
 物怖じしないその瞳を見て、アーカードは何かを察したのか、

「く、くく」

 唐突に漏れ出た小さな笑い声は、すぐに巨大なものへ成長していく。

「くは、はははは、くはははははははッ!」

 アーカードは正純に向け、これ以上ない位に破顔してみせたのだ。
 これには流石の彼女も、表情に困惑が出てきてしまう。
 それでもなお、吸血鬼は笑うのを止めようとはしなかった。

「ははははははははははッ!聖杯と戦争するだと!?
 成程大したお嬢さんだ、あの少佐が遣わしただけの事はあるッ!」

 流石少佐の遣いって、それじゃまるで私が少佐みたいじゃないか。
 正純は思わずそう反論したくなるが、ぐっと押さえてやり過ごす。
 重要な交渉の最中に、平時の様に突っ込むのは自殺行為に他ならない。

「成程、聖杯と戦争か。中々どうして、面白いではないか」
「……んだよお前、また寄り道する気かよ」
「まあ待てマスター、まだそうと決まった訳では無いさ」

 ジョンスの方を振り返り、彼と会話を交わすアーカード。
 どうやら、彼の方からは好印象を持たれているらしい。
 この調子で、こちらの意見も聞き入れてくれればいいものだが。
 そう考える正純を尻目に、アーカードは神父に向けて、

「では今度は私からお前に聞こう、神父。
 聖杯との闘争と私同士の闘争、お前はどちらを取る?」

 これまた、答えに期待するかの様な言いぶりだった。
 神父の方もそれを察したのだろう、迷惑そうな口調で、

「ほざくか吸血鬼。俺の答えなど、当の昔に予感していただろうに」

 直後、刺す様な視線が、再び正純を襲う。
 射抜かれた彼女もまた、物怖じする事なくアンデルセンを見つめた。
 少女と神父、二人の視線が交差する。

「お前の話が正しければ、俺の敵は聖杯なのだろう。
 聖杯を騙るなら、我が銃剣(バヨネット)で粉微塵にせねばなるまい」
「……それは、我々に協力するという事で間違いないか?」

 これはもう、決まったようなものではないか。
 想像以上に容易く、この二人を懐柔できてしまうのではないか。
 そんな慢心にも似た期待が、正純の中に生まれ始めて、

「お前の話に乗る気は無い。少なくとも今は、な」

 そして神父は、当然の様にその期待を打ち砕いた。



【2】


「なっ――――!?」

 提案の否定を突き付けられ、正純は思わず動揺した。
 それもその筈、神父は彼女の話に対し、納得を示していたのである。
 その神父がどうして、聖杯の紛い物との闘争を突っぱねてしまうのか。

「お前の言葉に理解は示せる。なるほど聖杯は偽りかもしれん、俺が滅ぼすべき物かもしれん。
 だが駄目だ、今だけは駄目なのだ。俺の問題ではない、俺のサーヴァントと、そこにいる吸血鬼の問題だ」

 そう言って、神父はアーカードを睨み付けた。
 常人なら竦み上がるであろうその視線を受け、吸血鬼はにやりと笑う。
 殺意に慣れ切った、闘争に身を置き続けた者らしい反応だった。

「貴殿のサーヴァントとアーカードに、どんな関係が……」
「俺が契約しているのは、ヴラド三世だ」
「――――ッ!?」

 アンデルセンの告白に、正純は絶句する他なかった。
 サーヴァントの真名を明かしたのもそうだが、あのヴラド三世を従えているというのだ。
 奇怪な話だとしか思えない――そのヴラド三世は、正純の目の前にいるというのに。

「俺は今"人間の"ヴラド三世と共にいる。
 人として戦い、人として死に、人として座に至った英雄。
 そこにいる化物と同じ名の王と、俺は契約した身にある」

 とどのつまり、この冬木には"ヴラド三世"が二人いる、という事になる。
 片や吸血鬼として存在するヴラド、片や人間として存在するヴラド。
 化物と人間、対極に位置する二人が出会えば、起こるのは一つを置いて他にない。
 きっと二人は、己が存在を賭け、互いの心臓を穿たんとするだろう。

「王は今、自分(アーカード)との闘争を求めている。
 奴の存在だけは、決して受け入れてはならないものだからだ。
 如何なる局面であろうと、奴だけは、あの化物だけは、王の手で殺されねばならぬ」

 この様子では、アーカードとの協力など以ての外だろう。
 よもや、神父のサーヴァントが障害として立ちはだかる事になろうとは。
 思わぬ壁の出現を前に、正純は内心で歯噛みした。

「……今である必要はあるのか?」
「王はこの夜の決着を望んでいる。一刻も早く滅ぼさねばならんのだ。
 喝采を以て迎え入れ、憤怒を以て滅ぼし尽くす。それが王の望みだ」

 どうやら人間のヴラド三世は、大層せっかちな気質らしい。
 よほど怪物のヴラド三世を気に入ってはいないのだろう。
 歪になった自分自身、滅ぼしたいと思うのは当然なのかもしれないが。

「聖杯の為ではない。俺が呼んだ王の、たった一人の人間の為の闘争だ。
 誰にも邪魔はさせん。誰にも渡さん。誰だろうと、誰であろうとだッ!
 ……横槍を入れるなら、例え裁定者であろうと塵殺してくれる」

 その言葉には、有無を言わさぬ覇気が、これでもかと含まれていた。
 どんな存在が割って入ろうと、それら全ての邪魔を消し去らんとばかりの勢い。
 この男にとって、ヴラド三世同士の闘争とは、それだけの意味を持つのであろう。

「もう一度言おう。あの化物を打ち滅ぼすその瞬間まで、お前達の話を聞き入れる事は出来ん」
「だ、だが!貴殿らのその闘争さえ聖杯が仕立て上げた物ッ!それを――」
「くどいぞ、女」

 その瞬間、正純は心臓に銃剣が突き刺さったかの様な感覚を覚えた。
 急激な立ちくらみが襲い掛かり、思わず倒れ込んでしまいそうになる。
 それでも立っていられたのは、正純が積んだ経験のお陰であろう。
 幾度となくプレッシャーを浴びてきたからこそ、どうにか耐え切れたのだ。

(これが神父の……まるでサーヴァントじゃないか)

 それまで放っていた殺意でさえ凄まじいと感じていたのに、それ以上があったとは。
 この瞬間正純は、神父が自分に向けては殺意を抑えていた事を悟った。
 恐らく、今先程向けられたものこそが、彼が化物に向ける殺気なのだろう。
 アーカードはこの覇気を、そよ風を受けるかの様に浴びていたというのだ。

「知った事ではない。お前が何を考えようが、少佐が何を成そうが知った事か。
 今の俺は、王の元に化物を送り届ける機械であればいい。道具であればそれでいい」

 神父の鋭利すぎる殺意が、正純の全身を貫いている。
 常人であれば卒倒してしまいそうなそれを浴びながらも、正純の心は折れていなかった。
 ここで引いてしまえば、わざわざ此処に来た意味が無くなってしまう。
 死と隣り合わせなのを承知の上で、それでも説得せんと口を開こうとして、

「そこまでで結構だ、マスター」

 正純を制止させたのは、少佐の一声であった。
 何時の間にやら、彼はシャアの車から此処まで移動していたのである。
 少佐は正純の一歩先に立ち、前方の戦闘狂達と相対する。

「久しぶりだな、諸君。ここからは我がマスターに代わって、私から話をさせてもらおう」

 アーカード、アレクサンド・アンデルセン、そして少佐。
 かつてロンドンにて、血を血で洗う戦争を巻き起こした三人の狂人。
 この冬木の地で、彼等は再び集結する事となるのであった。



【3】


 シャア達が交渉の場に出る事を、正純は良しとしなかった。
 車で待っていてほしいと、彼女直々に申し出ていたのである。

 アーカード達との交渉を通して、自分の交渉力を見せつける。
 シャアが考えるに、それは正純の狙いの一つなのだろう。
 狂犬二匹を押さえつける事で、己の能力を同盟相手に誇示する。
 そんな目的が無ければ、シャアらの協力を拒む事はない筈だ。

(……無茶な話だろうな)

 だが現実は、正純の思う通りにはいかなかった。
 アーカードは既に、闘争の約束を取り付けていたのである。
 おまけにその相手は、彼にとって宿敵とも呼べる存在なのだ。
 シャアにとってのアムロ・レイ、日本軍にとっての連合国がそうであったように。
 彼等のその戦いに割って入るなど、無謀であると言う他ない。

 正純には悪いが、この交渉は失敗するだろう。
 少なくとも、円満に同盟が結べるとは到底思えない。
 悪いがここは、先の申し出を無視してでも介入すべきだろう。
 そう考えた後、赤い車から降りようとするシャアだったが、

「いや結構、私が行こう」

 シャアの思考を読んだかの様に、ライダーがそう言った。
 見ると、彼は既に車を離れようとしているではないか。

「何、客人に出向かせては面子が立たないのでね。
 これでもサーヴァントだ、マスターの助けくらいはしなければ」
「それを言うなら私も同じだ。手を差し伸べずに、何が同盟相手か」
「いやはやなるほど、そういう捉え方もできるか」

 そう言うライダーの顔には、やはり笑みが張り付いている。
 その笑みは、シャアが従えるアーチャーの様な、温かみのあるものではない。
 アーカード達と同じ、獰猛な肉食動物の様な歪んだ笑顔である。

「だが断らせてもらう。これは私自身の事情もあってね」
「……やはり気になるのか。あの二人が」
「ああ、そうだとも。言ってしまえば私はね、同窓会に行くのさ」






◇ □ ◇



「やあ、久しぶりだな"少佐"」
「ああ、二度と会いたくなかったよ"吸血鬼"」

 少佐とアーカードは、互いに笑みを作っていた。
 その表情に何が隠れていたのかは、当人達のみぞ知る話だ。
 一つはっきりしているのは、再会の喜ばしさ故の笑みではない、という事か。

「良い戦争の機会を手土産にしたが……どうやら間が悪かったようだ。
 いやはやまさか、そんな極上の闘争(ネタ)を既に仕入れていたとはね」
「ああ、またとない機会だ。まさか"私"と殺し合えるとはな」

 あの神父まで従えてきたのだ、これほど良い日はそうそう無いさ。
 そう言うとアーカードは、くつくつと笑ってみせた。
 よほど自分との戦いが楽しいのだろう、嫌でもそう分かる笑みだった。

「お前の言う戦争も興味深いが、流石にこれには勝てんさ」
「ふむ。では我がマスターの要求も突っぱねる気でいたのか」
「そういう事になるな」

 そう、アーカードは最初から、正純に従うつもりは無かった。
 彼女がどんな要求をしようが、最終的には断る気でいたのだ。
 今の彼には、目の前にある最高の闘争こそが最優先だった。

「なるほど、この有様では狂犬に話す様なものだな。
 ならばせめて、私の要求の一つは聞いてもらえないか?」

 そう言って、改めて少佐はアーカード達と向き合った。
 かつて敵対した彼等に、この戦争狂は何を求める気でいるのか。
 場の注目は、必然的に少佐一人へ向けられていく。
 周囲の視線を一身に浴びる彼は、悠然とした様子を保ったまま、

「休戦だ。アーカード、そしてアンデルセン神父。私は諸君らとの再戦を否定する」

 直後、アーカードが「ほお」と声を上げた。
 一方の神父は、眉ひとつ動かさず少佐を見つめている。

「理由を答えろ、少佐。闘争を誰より望んだ貴様が、何故闘争を否定する」
「私自身が嫌だからさ。君達との戦争はもう喰い飽きたのでね。
 それに、こんな戦争を侮辱した戦争の真っただ中となっては、食指も動かんさ」

 誰より戦争を求め、そして戦争を愛した男が、戦争を否定した。
 それどころか、この聖杯戦争を"戦争の侮辱"と嫌悪さえしている始末。
 アンデルセンは、問わずにはいられなかった。"何故聖杯戦争を否定するのか"、と。

「私は君達と最高の戦争をしたと思っている。あの闘争は、過去のどんな戦争より心が躍ったものさ。
 エバン・エマール要塞の戦いよりも、スターリングラード攻防戦よりも、きっと素晴らしい戦争だったろう」

 生前、少佐はアンデルセンやアーカードと、文字通りの大戦争を行っている。
 ロンドンを舞台にした一大決戦は、イギリスの首都を一夜で死の都に変貌させた。
 その凄まじさたるや、ロンドンだけでも数百万人規模の犠牲が出た程である。

 彼の固有結界にして宝具である『最後の大隊(ミレニアム)』は、その一夜を再現するものだ。
 宝具とは、その英霊を象徴する伝説の具現化。その事実からも、少佐とこの戦争の関係性が窺えるだろう。

「諸君らとの戦争は良い物だった。私の命を燃やし切るに相応しい闘争だった。
 あの燃え盛るロンドンは、最後の景色にしては上出来すぎるくらいだったさ」

 その言葉通り、少佐はアーカード達との戦争を、最高の戦いだったと思っている。
 サイボーグになってまで生き延び、そして死んだ甲斐があったと信じて疑ってない。
 地獄の様な戦争だったが、彼にとっては、有終の美を飾るに相応しい闘争だったのだ。

「だからこそ、私は私の花道を汚す全てを否定する」

 光悦とした表情から一転、少佐の表情に怒りが浮かぶ。
 それは、自らの末路を汚したアークセルに向かうものであった。

「私は人生に満足した。私は終焉を理解した。私は結末に納得した。
 だから許せない。私の人生に蛇足をつけた聖杯が、心底憎くて堪らない」

 少佐は現在、ムーンセルによって再現された身である。
 それはつまり、月の演算装置に彼の情報が記録されているという意味だ。
 今の彼は、まさしくムーンセルの一部の様なものなのである。

「ムーンセルだったか、あれは最悪だ。
 人の情報を盗み、同化させる演算装置。その在り様は吸血鬼そのものだ。
 他者の命を喰らい、己の物とする連中と何が違う?ああ、何一つ違わんさ」

 聖杯――あらゆる情報を吸い上げ、己の物とする演算装置。
 無限に等しい人間のデータを、それはその身に融合させている。
 まるで、血を啜り魂を吸収する、あの吸血鬼(アーカード)の様に。

「冗談じゃない。俺の情報は、命は、心は、魂は、俺だけのものだ。
 毛筋一本、血液一滴、俺だけに扱う権利がある。どれもこれも俺のものだ!」

 少佐は吸血鬼を否定する。吸血鬼という魂の侵略者を憎悪する。
 そしてそれ故に、聖杯という吸血鬼まがいの装置をも、同様に憎むのだ。
 全ては、自分が唯一で在り続ける為に。自分が自分で在り続ける為だけに。

「私は私を喰らった聖杯を憎悪する、私の最期を汚した聖杯を嫌悪する。
 "これまでの"私を汚す一切を、私は受け入れるつもりは無いのだよ」

 君達との再戦も、その内の一つなのさ。
 その言葉で締めくくると、少佐は少し表情を緩ませた。
 するとアーカードが、釣られる様に顔を綻ばせた。

「私はまたお前と殺し合っても構わんぞ」
「冗談でも止めてくれ、君と戦うなどもう真っ平御免だ」




【4】


 結局の所、どういう展開になったんだ、これは。
 少佐の演説を聴き終えて、ジョンスが思ったのはそれだった。
 何しろ、交渉でもするのかと思えば、急に自分語りを始めたのだ。
 アーカードといい、急にポエムを口ずさむ癖でもあるのだろうか。

「いいだろう」

 「いいだろう」というのは、少佐の要求に対するものだろう。
 ジョンスの意思などお構いなしに、この男は休戦を受け入れた。
 尤も、当のジョンスの方も、別に戦おうが戦わまいが、どちらでも良かったのだが。

「そちらがその気なら仕方ない。私も銃を収めるとしよう」
「銃を収めるって、戦うつもりだったのかよ」
「場合によってはな。エスコートされたのなら、付き添わねばなるまい」

 もう少しクサくない例えは出来ないのか、お前。
 そう突っ込む代わりに、ジョンスは溜息を一つついた。
 時折、この吸血鬼の考えが分からなくなる時がある。

「アーカードは問題なし。ではアンデルセン神父、君はどうだ?」
「言われずとも、今の俺に貴様と戦う理由は無い」

 神父は淡々と、少佐の質問に答えた。
 彼の言う通り、今此処で矛を交えるには理由が無い。
 神父達が戦う場所は、此処から離れた廃教会である。

「そうか、では此処に停戦は成立した。今後我々は侵さず、侵されずの関係に至る。
 そして諸君、君達は我々に背を向け、これから"お楽しみ"に洒落込むわけだ」

 お楽しみ――つまりは、ヴラド三世同士の決戦。
 この闘争を終えれば、どちらかが死に、どちらかが生き残る。
 少佐もまた、それを承知の上で停戦協定を結んだのだろう。
 どちらが生き残っても、協力体制を作れるように、という魂胆に違いない。

「ああ行くといい。存分に戦って、そして死んでくるといい。
 自分との闘争、さぞや気持ちの良い自慰になるだろうさ」

 アーカードは口を三日月に歪め、神父は一瞬顔を強張らせる。
 少佐はというと、やっぱり楽し気な表情を浮かべたままだった。

 その後、廃教会に向かおうと動き出したのは、神父が最初であった。
 すぐさま目的地に行こうとして、しかし少佐の方へ振り返り、

「さらばだ少佐。今は、今この一瞬だけは――感謝するぞ」

 その言葉を最後に、神父は一気に駆けだした。
 彼は駿馬の如き勢いで、廃教会がある方向に移動していったのだ。
 その速度といえば、サーヴァントにさえ匹敵する程である。

「ああ。さよならだ、神父」

 舞台からアンデルセンが消え、残るは少佐とアーカード。
 次に消えるのは、アーカード達と決まっていた。

「では行くか、"私"をあまり待たせるのも酷だ」
「元々お前が放った都合じゃねえか」

 半ば呆れながらも、ジョンスもまた廃教会に向かおうとして。
 小さな子供の手が、自分のズボンを掴んでいる事に気付いた。
 視線を向けてみれば、やっぱりそれはれんげであった。

「八極拳……うちも連れてってなん」

 一人の男にしか縋れない、弱い子供がそこにいた。
 宮内れんげには、帰る場所も持つべき役割もありはしない。
 あまりに自由なこの少女は、同時に哀しい程孤独であった。

「どうするマスター、この子も連れていくか?」
「どうするって言われてもな……」

 アーカードの問いに、ジョンスは少しばかり考える。
 そしてその後、孤独に怯える少女の顔を一目見て、

「ついてきたいなら、勝手に来いよ」

 その途端、れんげの表情から怯えが消えた。
 手をズボンから離し、既に歩きだしていたアーカードに向けて走り出す。
 こういう切り替えの早さもまた、子供であるれんげならではであった。

 ジョンスはちらと、正純達の方を見遣った。
 彼女とアーチャーとはばつの悪そうな顔を浮かべる一方、少佐は妙に楽し気な顔をしている。
 一体全体何がおかしいんだと聞こうとして、面倒なのでやめた。

(訳分かんねえな、こいつら)

 もしかして、アーカードの周りには変な奴しかいないのだろうか。
 そんな事をふと思って、「まあそうだろうな」と勝手に納得した。
 なるほど、それなら周りから「サムい」や「キモい」など言われる訳もない。




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電人HAL&アサシン(甲賀弦之介
シャア・アズナブル&アーチャー(
本多・正純&ライダー(少佐