君の思い出に『さよなら』 ◆Ee.E0P6Y2U



――テレビの向こう側は懐かしい臭いがした。

無論来たことがある訳ではない。
空には黄金の立方体の下、0と1が明滅する。赤黒く変色した異様な街は瓦礫にまみれ、荒廃していた。
こんな場所をアキトは知らない。空も街も、どちらにもアキトは縁がない。

けれどアキトはその臭いを覚えていた。
これは――オモイカネの自意識に侵入した時と同じだ。

三年前、ナデシコのメインコンピュータ、オモイカネが反乱を起こしたことがあった。
連合軍との戦いの記録が、戦争を続けるにあたって障害となったのだ。
それ故にオモイカネの自意識は改ざんされることになった。新たなプログラムが植えつけられ、不要なデータを削除する。

しかしそれにはリスクも伴う。
オモイカネが蓄積した火星までの戦闘データも全て飛んでしまう。
そんなことをすればナデシコがナデシコでなくなる。

故に頼みを受け、アキトはオモイカネの自意識へと入り込んだ。
オモイカネの自意識を変えないままに、連合軍と協働する為に。
五感に直結したIFSを介し、擬似的な視覚情報を擬装/エミュレートすることで、アキトはコンピュータの世界を見たのだ。

この空間は――あの時と同じ臭いがする。
勿論それは擬似的なものだ。あくまでそのような気がするというだけで、確証はない。
だが間違ってはいないだろうとも思えた。あの時の思い出は、アキトにも色濃く残っている。

故にアキトは不思議と落ち着いていた。
テレビの向こう側のここが一体何なのか。なんとなしに当たりをつけることはできたことは大きい。
全くの見知らぬ場所ではないのだ。
だからそこに見知らぬ影があった時も、彼は冷静に「バーサーカー」と口にすることができた。

現れたのは奇怪な立方体。それは突如アキトへ襲い掛かる。
「■■■■■■■■――!」と咆哮が響き渡り、剣がその立方体を切り裂いた。
それもあの時と一緒だった。オモイカネの中に侵入した時、防衛プログラムが働きアキトへと襲い掛かった。
――恐らくはこの立方体もあれと同じだ。

「…………」

バーサーカーに寄り添いながらアキトは考える。
この空間は恐らく“コンピュータの世界”とでもいうべき場所だ。
何故こんなものが“方舟”に用意され、しかもテレビがゲートになっているのかは分からない。
だが――これは使えるかもしれない。
この空間の出自はともかく、少なくとも社会から隔絶した空間ではある。そういう意味で拠点にはなり得るだろう。
あの防衛プログラムもバーサーカーの敵にはならない。一般人の往来する昼の街に比べれば、気にせず反撃できる分、こちらの方がよほど安全だった。
問題はここから出ることができるかだが、例の忍者たちを見るにそれも可能だろう。戻ってこれるかは分からないが。

アキトはこの空間について考えていく。
最後のボソンジャンプを使ってまで来た場所の価値を測るべく、彼は思考を巡らせていた。

けれど、それを阻む者が――そこにはいた。

彼は足立透とアサシンがこの場に訪れた時には現れなかった。
それはある意味で当然だろう。この場所がどこであり、何と名付けられたかを考えれば。
マヨナカテレビ。そこに落とされた者に――それと出遭う。

「ふふふ……」

――不気味な笑みを浮かべる彼は、ふと気が付くとそこにいた。

その姿にアキトは言葉を喪う。
一瞬、幻覚かと思った。
不明瞭な五感が見せた錯覚。実験によりイカれた感覚が、そんな馬鹿気たものを見せたのかと思った。
そう思ってしまうくらい、ありえない者がそこにいた。

知っている顔をしていた。
知っている声をしていた。
アキトは彼を――知っている。

当然だ。生まれてこの方毎日彼とは付き合ってきたんだから。
けれど――アキトが会う筈がない。そもそも起こりえる筈がないのだ。こんなこと。

何故ならば――彼もまたアキトだから。
もう一人のテンカワアキトが、もう一人の“自分”がそこにはいた。

「本当、馬鹿だよなぁ……俺って」










「闇色の王子様、幽霊ロボ、プリンスオブダークネス、黒衣の復讐鬼……恰好いいなぁ、格好いいよなぁ、そういうクールキャラ。
 よくいたよなぁ、アニメにもさ。そういうダークヒーローっぽいキャラっていてさ。お前も好きだっただろ?
 ほらゲキ・ガンガー3の次あたりに嵌ったアニメにもそういうの出てきたよなぁ?」

もう一人の“自分”はぺらぺらと喋り出す。
0と1と瓦礫でできた街の中を、彼はさも当然のように歩いている。
彼は確かに“自分”……テンカワアキトだった。

鏡の向こうにいるはずの“自分”がどういう訳かこうして目の前に立っている。
顔は全く同じ――違うのはその服だ。
こちらが黒いバイザーにマントという衣装なのに対し、“自分”はネルガルのマークの入った黄色いジャケットを羽織っている。
それは――三年前のものだ。
ユリカを追ってナデシコに搭乗した時のもの。終ってしまった日々。もう戻りはしない過去の姿。

――なんだ

アキトは目の前の事態が理解できなかった。
何故“自分”がここにいる。何故“自分”が笑っている。何故“自分”が俺を見ている。

「結局さぁ、今のお前もそれと同じなんじゃないか? かっこつけてクールキャラぶりたいんだ。アニメみたいにさぁ」

――何故“自分”がこんなことを語っている

アキトは感情を押し殺した、低い声で言った。
お前は誰だ、と。

「ははっ」

聞くと“自分”は「何を言ってるんだ」とばかりに鼻で笑った。

「分かってるんだろ? 俺は――お前だよ。
 テンカワアキト。火星生まれでコック志望だった、だけど今はネルガルの子飼い。そんなテンカワアキトだよ」
「何を馬鹿な!」

ふざけた調子で言う“自分”に対し、アキトは声を荒げた。
“自分”――“自分”だと?
やはりこれは幻覚の類か。テレビの向こう側などというのは単なる勘違いで、洗脳を受けているのか。
そうやって現実を疑うも、しかし目の前に“自分”がいるという事実をどうしても否定することができない。

“自分”は涼しげな顔でこちらの罵倒を受け止め、いやらしく笑った。

「そんな無理して怖い声出すなよ、俺。だからさぁ、お前は恰好つけてるだけなんだって。
 そもそも無理なんだよ、お前にそんなクールキャラはさ。
 アニメの真似したって、現実がそううまく行くはずないだろ?
 ほら――ガイだってそうだった」

ガイ、と口にする時、“自分”はほんの少しだけ哀しげな顔を浮かべた。
ダイゴウジ・ガイ。ナデシコで出会い、そして早すぎる別れをしたパイロット。
ゲキ・ガンガーのように生きたくて、そしてゲキ・ガンガーのように死にたくて、でもそんな彼は全くどうでもいいところで死んでしまった。
それが現実だった。
その現実を、アキトはもう受け止めた筈だった。

「ガイのことは悲しかったよなぁ。アイツが死んだ時、馬鹿みたいに泣いた。
 でも他のクルーは泣く奴なんて誰もいなくて、それどころか気にする奴すら皆無だった。
 せめてアニメみたいにみんなで死を背負うとか、アイツの分も頑張ろうとか、それで必殺技編み出すとか、艦全体でそういうイベント、欲しかったよなぁ。
 でもそういうの全くなくて、そんな現実って奴がひどく薄情に見えたよな。ま、アニメの方もすぐに補充の新メンバー登場とか、いろいろひどかったけど」
「…………」

確かにそれは事実だった。ナデシコに搭乗して、初めて打ち解けたパイロット。
しかし彼は本当にどうでもいいところ――戦闘が終わった隙間のような時間に、謀殺されてしまった。
早すぎる。確かにそう思った。
けれど何故こいつはそんなことを知っている。
本当に“自分”だとでもいうのか。こいつは――

「でも最近は、もうそんなに気にしてないよな、ガイのこと。あれだけ泣いたのに、今となってはガイはお前にとって完全に過去の人だ。
 アイツが乗ってたエステバリスの色なんて、まるで思い出せないだろ? ただ悲しかったって、そんな記憶が少しあるだけだ」

アキトの胸が早鐘を打つ。
同じ顔をした“自分”の言葉が無視できない。
他の誰もが知らない筈のことを、ぺらぺらと軽薄にこの“自分”は喋っている。
アキトは頭を振って、

「……何が言いたい?」

煙に巻くような喋り方をする“自分”に対ししびれを切らし尋ねた。
“自分”はさらりと言った。

「いやだからさ、お前は怖いんだよ。
 ユリカのことも、何時かそうして忘れちゃうんじゃないかって」

と。

「時間ってのは怖いからさ。あの忘れ得ぬ日々――なんて言っても、過去になってしまうこともある。
 アイツらを――ユリカを奪われたこの憎しみすらも風化してしまうんじゃないかって、お前は恐れてる」
「……お前は」
「それが怖くて、お前はそんな“鎧”に身を包んだ。
 闇色の王子様、なんて仮面/ペルソナを作ってさぁ、全ての想いを殺した復讐鬼としてふるまおうとしたってことだ。
 そういうキャラクターを演じていれば、迷わないで済むからなぁ」
「……お前という奴は」
「でもさぁ、駄目だろ。お前は所詮テンカワアキトなんだ。
 おっちょこちょいで何をやっても半端で、たまに張り切るけど、でもすぐにまた落ち込む。
 そんなお前が二枚目なダークヒーローなんて、土台無理なんだ」

そこまで言って“自分”は、やれやれ、と手を上げて言った。

「どんな格好いい“鎧”を被ったって――根元の心の弱さまで変わる訳ないだろ」

その言葉を聞いた時、アキトの中で何かが弾けた。
ユリカの顔が浮かぶ。ユリカの笑みが、ユリカの声が、ユリカと過ごした数多の思い出が、彼の中を駆け廻る。
それを――こいつは。この男は。
胸からあふれ出る濁流のような想いは、身体を駆け巡る光となり―― 一つの言葉となった。

「お前なんか――俺じゃない」


……そうしてアキトは“自分”を否定した。


――“自分”は嗤った。








その言葉と共に“自分”は“自分”ではなくなった。
その男はテンカワアキトから否定され、別の物――何物でもない何かへと成長する。
それもしょうがないだろう。
“自分”でしかないものが、“自分”でなくなれば、それはもうカタチなき影/シャドウへと堕ちるしかない。

「我は影……真なる我……」

アキトだったものは溶け出し――別の何かを象った。

「お前がそうやって半端者でいるなら、俺が代わりに“俺らしく”行ってやるよ」

その何かは――ひどく見覚えのあるものへと変わった。
巨大なる体躯。そびえる鋼鉄の城。赤い翼に青い装甲――ゲキ・ガンガー3
アキトは、ぐっ、とその拳を握りしめた。屈辱だった。ありとあらゆる意味でその姿はアキトを侮辱している。

「とりあえずまずは、これ、だよなぁ。俺と言えば」

ゲキ・ガンガーより声が響き渡った。スーパーロボット特有の、エコーがかかった独特の声だ。
アキトはこみ上げる怒りを必死に抑え、小さく漏らした。「バーサーカー」と。
己の肌に光が灯る。それは怒りの光だ。
剣たる狂戦士でこの敵を討つほかに、この光を抑える術はない。

「やるのか? ならいくぜ――レッツガイン!」
「討て、バーサーカー。加減はいらない。あれは――敵だ」

その言葉と共に――バーサーカーはゲキ・ガンガーと激突した。
鋼の拳が迫る。見上げるほどの、馬鹿馬鹿しいほどの巨大な体躯から繰り出される一撃を、バーサーカーは正面から受け止める。
ぐぐぐ、と拳が剣が押し合った。押せ、討て、アキトはその想いを強く念じる。
こんな敵の存在を、認める訳にはいかない――

「――元々さ、俺は子どもの頃からゲキ・ガンガーが好きだった。確かにそれはそうだ。
 でも、それだって忘れてたよな」

――“自分”を名乗る何かは語りかけてくる。

「なんかさ、お前はガイと同じでずっとゲキ・ガンガーが好きだった、みたいな扱いになってるけどさ、でも違うだろ?
 少なくともナデシコに乗った時は、もう既にゲキ・ガンガーのことなんかお前は忘れていた筈だ。
 だからいい歳してゲキ・ガンガーに嵌っているガイを見て『いくつだ、アイツ?』とか、馬鹿にするようなことだって言ったんだ」
「それがどうした……!」
「同じじゃないか。風化した想い、昔熱中したもの、でももうなくなってしまったもの。
 それをすっかり忘れてさ。でもガイに出会い、そして別れ、何だかずっと前からゲキ・ガンガーが好きなような気になった」

でも、また忘れた。
ゲキ・ガンガーはアキトに対しそう告げる。

「もうお前はゲキ・ガンガーのことなんか忘れてるだろう? ガイのことと一緒に。
 薄情だよなぁ。まぁこれは木連の連中もそうだろうけど、それにしたって『俺が一番ゲキ・ガンガーが好きだ』みたいな風を装っていたのに、これだ。
 ユリカの方は――何年経っても幼馴染のお前のことを覚えていたのに」

ユリカの名が出た時、アキトは声を喪った。
ユリカ。火星の思い出。いつか走った草原。ユリカは――何年経とうが自分のことを好きでいてくれた。
だが自分はどうだ。
自分はユリカのことをどう思っていた。

「疑ってたよなぁ――両親が死んだ原因なんじゃないかって。それは結果的に的外れだったけどな」

ゲキ・ガンガーはそう言って腕を振り払った。ごう、と空を切る音がした。その膂力に押され、バーサーカーも一歩後ろへ下がる。
風圧でばさばさとマントがはためく中、アキトはゲキ・ガンガーを見上げた。

「次はこれだな。一番馴染み深いのは、こいつだ」

ゲキ・ガンガーは――更なる変貌を遂げた。
巨人の姿はみるみる縮んでいく。そして引き締まったフォルム。艶のある装甲。ピンクで統一されたカラーリング――またしても見覚えのある機体へと変わった。
エステバリス・陸戦フレーム。
それも旧式のものだ。現行のカスタム機や、サレナ型のベースとなっている機体とはまた違う造形をしている。
ああそれは――他でもないかつての愛機だ。ナデシコに搭乗し、ひょんなことならパイロットになり、乗り込むことになった機体。

「ユリカを追ってナデシコに乗って、コック兼パイロットになった。
 まあ成り行きとユリカの強引さが理由だったけど」

懐かしむようにそのエステバリスは言い、バーサーカー目がけて突っ込んできた。
小型の機体を覆うようにフィールドが発生している――ディストーション・アタック。
バーサーカーとフィールドは拮抗し、バチバチと空間に火花を散らす。

「コック兼パイロット……いやパイロット兼コックかな。
 どっちだったんだろうなぁ。半端者だったよな。パイロットとしてはもちろん、コックとしても二流がいいとこ。
 ホウメイさんに色々教えてもらったけど、どっちつかずの感じが続いていた」

一度アタックを掛けたのち、エステバリスはその機動性を活かし、転換――いつの間にか空戦フレームへとエステバリスは換装されている。
そして空より無数の弾丸――ラピッドライフルが雨あられと降り注ぐ。アキトは舌打ちし、バーサーカーの陰に隠れる。
その後も敵の攻撃は続く。0Gフレーム、砲戦フレームと幾多ものフレームを自在に操りながら、敵はこちらを翻弄した。
埒が明かない。そう思うも、アキトは有効打を打てないでいた。

「それでようやく何かなれた――と思ったら、それがまさか“実験動物”だもんな。
 A級ジャンパーなんていうさ。そんなもの、俺はなりたくなかったのに」

そうしているうちに、敵は更なる攻撃を加える。
フレームの内、最大火力を持つフレーム――月面フレームへと敵は換装した。

「戦争をしたい訳でもなかった。でも、戦わなくちゃダメだとも思った。
 それが“俺らしく”だと思ったから、でも結局――奪われた」

――閃光が音を立てて空間を切り裂く。









バーサーカーはレールガンの一撃をも受け止め、なお健在だった。
その戦意に衰えはなく、ただ敵を撃滅せんとする意識があった。
とはいえ無傷ではないだろう。あれはサーヴァントではないが、しかしただのエステではない。
では――なんだいうのだ。

レールガンの余波を抜けた先に、敵はまた別の姿となっていた。
エステバリスの面影を残しつつも、兵装を追加装備した機体――エステバリス・ストライカータイプ。
ああクソ、とアキトは吐き捨てる。
今までだって見たくもない“自分”だったが、ここから先はまた別の意味合いを持つ。

蜥蜴戦争終了後、火星の後継者に拉致され全てが狂わされた。
それ故に用意された強化改修機が、あれだ。
ここで一度、テンカワアキトは死んだ。

「――でも、本当にそうか? お前の言うテンカワアキトが死んだ時ってのは、本当にその時だったのか?
 人は簡単に――変われないよなぁ」

エステバリス・S型は駆動し、その火力を駆使して弾幕を展開する。
ダダダダダ、と備えた二門のハンドカノンが火を吹いた。ガッツをそれを弾き返しながらも果敢に挑んでいく。

「お前が変わったのは――敗けたからだろう。夢も、幸せも、平和も、ユリカも、全てを奪われた上で、敗け続けた。
 いくら改修を施そうが、あの暗殺者どもにお前は手も足もでなかった」

何時しかエステバリスの意匠がまた変わっている。
ストライカー・タイプに鈍重な装甲が追加されていき、ピンクのボディが隠れていく。
数多の“鎧”が追加された形態――エステバリス・アーマードタイプ。

「そうして負け続けるうちに、いつの間にかテンカワアキトは変わっていったんだ。
 “自分”らしくなんて言ってられなくなった。お調子者で軽かったアキトは消え、クールでダークな復讐鬼が現れた――ということにしたかった。
 敗けたからさ、せめてかっこだけでもつけなくちゃ、やってられないだろう
 でも――お前じゃ無理だよ。一人じゃ何にもできない」

装甲の追加は止まらない。エステバリス・A型を、更に多くの装甲が覆う。
そうして現れたA2型こそ――ブラックサレナ。
黒百合の名を冠したマシン。“恋”と“呪い”の想いを込められた、皮肉な名だ。

もはやそこにかつてのエステバリスの面影はない。
今のアキトを象徴する機体だった。もうかつての“自分”は死んだという――

「でもさ、結局お前はアカツキとかエリナの駒に過ぎなかったんだ。
 月臣と同じネルガルの犬だろう? アイツはそれを自虐するだけ大人になってたけどさ、でもお前は、そんなナリをして何ができた?
 精々エリナと――ははっ、まぁこれはいいか」

情けない声で嗤うサレナに対し、バーサーカーは斬りかかった。
サレナは――切り結ぶ直前、別の何かへと変わった。
ガッツだ。
全身を覆う禍々しい鎧。たなびくボロボロのマント。その手に握られた使徒殺しの大剣。
輪郭は全く同じ。しかしサーヴァントを模したその敵は黒い靄を漂わせており、細部までは判然としない。
シャドウ・バーサーカー、とでも呼ぶべきか。何にせよ敵だ。ならばただ討つのみ。
鏡合わせとなった狂戦士は切り結ぶ。大剣と大剣が押し合い、火花を散らす――

「だから、この“方舟”の聖杯戦争ではこの様だ。
 アカツキもエリナも、ラピスすらいない。そんなお前がこの聖杯戦争で何ができた。
 無様としかいいようがないだろ? ここまでのお前さ」

その向こう側で、再び顔を見せた敵が何かを語っている。
アキトは「違う!」と激昂する。
その顔で、俺の顔でそんなことを言うな。こんな奴が“自分”である筈がない。

「ダークヒーローとして出てきたと思ったらセイバーに敗け、早苗の言葉に揺り動かされる。
 挙句の果てに美遊のような子供やNPCにまであしらわれる始末だ。
 ――ダークヒーロー形無しだよなあ! ははっ」

その言葉にアキトは言葉に詰まる。
この敵はアキトの無様さを嘲笑した――それは確かに事実だった。
聖杯戦争に赴き、果たして自分は何をした。
全てを捨てる覚悟で臨んだ聖杯戦争。あてがわれたのは同じく奪われた狂戦士。
その力を持って――ただの女子供に翻弄されている。

「状況が悪かったなんて言わせないぞ。バーサーカーは確かに癖があるサーヴァントだが、強みははっきりとしている。
 お前の装備だってそうだ。ボソンジャンプというカードを持っていることがどれだけの優位性かは知っているだろ。
 最高じゃなかったかもしれないが、悪くはなかった。それでこの様だ」
「……っ!」
「特に美遊。あれは痛かった。ボソンジャンプというカードを切って得た優位性だよ。
 うまく使えればこんなことにはなってなかった。よほどの馬鹿だよ、こんなことになったのは。
 闇色の王子様、形無しだな。これじゃまるで――あの頃みたいじゃないか」

あの頃、が何時を指すのか、アキトに分からない筈がなかった。
自分から、戦争から、真実から、何もかもから逃げていたあの頃。
全てが怖かった。
己の過去も、木星蜥蜴も、この自分自身さえも、全てが恐ろしいもののように見えた。

ああ確かに――これでは三年前の“自分”と同じだ。

「“自分”らしくって、言ってたのにな……それがそんな似合わない恰好して、似合わない役回りをして。
 本当はつらいんだろ? だから――やめてしまえよこんな“自分”らしくないこと」
「……やめろ」

アキトはうめくように言った。
もうこれ以上こいつに口を開かせていたくなかった。
黙っていろ。そんなこと――誰に言われるまでも知っている。
“自分”らしく。
それはは、あの時ユリカが言った――

「バーサーカー! その敵を――倒せ、今すぐにだ」

ぎん、と令呪が明滅する。力の開放。ほとばしる想いに押され、アキトはバーサーカーのくびきを外した。
敵もまたバーサーカー。ならば――こちらが更なる力を上乗せするしかない。
「■■■■■■■■■■■■――!」バーサーカーの咆哮が空間に響き渡る。
ぎりぎりの唾競り合いは、令呪のブーストにより拮抗が崩れる。

「お前など」

消えてしまえ。
その言葉と共にもう一騎のバーサーカーは跳ね飛ばされ、輪郭を喪い、すぅ、とどこかへと溶けていった。

あとには敵――三年前のテンカワアキトを模した誰かが立っていた。
シャドウ・バーサーカーを喪った彼はしかし特に取り乱すことなく、じっ、とアキトを見つめている。
その笑みは消え、代わりに不気味な無表情が浮かんだ。

「終わりだ。これ以上――喋るな」

バーサーカーが近づいていく。
何もかもが不快な奴だった。だがこれで終わりだ。
これ以上こいつの存在を許しておけるはずがない。
こんなものが、こんなものが“自分”である筈が――

「……やっぱり、忘れちゃうんだな」









「――うん、結局、俺もそうなんだな」

その言葉は、これまでの煽るような口調とは違った。
誰かに伝えるというよりは、自分を納得させるための言い訳のような、
何かに反発するというよりは、諦観が滲んでいるような。
そんな――独白だった。

「忘却とは忘れ去ること。大人の理屈。都合の悪いことは忘れてしまえばいい……」

……その言葉は、そう、あの時のやり取りだ。
三年前、オモイカネのデータ消去騒動。ここと似たようなコンピュータ空間に来るきっかけとなった顛末。
オモイカネの自意識を消すことに、一人のクルーが猛反発したのだ。

ルリだ。

彼女は知っていた。オモイカネが積み重ねてきたデータ――思い出の重みを。
積み重ねてきた思い出があるからこそ、オモイカネはオモイカネらしく、ナデシコはナデシコらしくいられる。
それを勝手な理屈で切り捨てていい訳がない。そんなものは大人の理屈だと、当時のルリは糾弾したのだ。

今なら分かる。何故ルリがああまでして反発したのか。
ピースランドでの一幕を通じてアキトは知った。彼女の出自を。およそ幼少時代、と呼ぶべきもののない、ただ“両親”に能力だけを与えれていた時代を。
そこから解放され、ナデシコにやってきて、初めて世界を知った。与えられた記憶でない、本当の思い出だった。
彼女にとって、ナデシコでの思い出とは――即ち自分自身だったのだ。

――遺跡を壊せば戦争は変わる。全てチャラ。でも、大切なものも壊してしまうじゃないですか……

だからルリは“なかったこと”にしなかった。
遺跡を壊せば戦争はなくなる。でも、それじゃあ駄目だ。
そう思ったからこそ、過去を否定しなかった。
正義よりも、世界平和よりも、思い出を大切にしようとした。

「“自分”らしく生きるって……難しいよな、結局。
 せっかく、親方にもチャーハン褒められたのに」

親方――サイゾウ。
それはホウメイに並ぶアキトの師匠ともいうべき人物だ。
店に置かしてもらい、一度は追い出されもした。あの頃は何もかも半端な身だった。随分と迷惑もかけただろう。
それでも二年後、合格だ、と言われた時は本当に嬉しかった。

そう、嬉しかった。
コックとして、初めて自分の腕が認められた瞬間だった。
“自分”から逃げるのを止めた。
アキトが作ったチャーハンを、彼はそう評してくれた。

思い出が脳裏を過る。置いてきた筈の生温かな感傷が、過去を隔てて漏れ出してくる。
アキトは吐き出すように言った。
もうあのチャーハンは作れない、と。

「ラーメンだって……もう作れないんだ。俺は」
「ああ、だから――忘れるんだよな。もう、あんなことはなかったって、そう思うしかないんだ」

苦しそうに彼はその顔を上げた。
その顔には、ぼう、と光が灯っていた。
それは感情の光だ。頭を弄られて以来浮かぶようになった光。
こうしてみると――本当にマンガみたいだ。

ああ、クソ。
アキトは髪をぐしゃぐしゃとかきわけた。
認めたくない。こんな奴、すぐにでも消してやりたい。その想いは変わらず、強まっていくばかりだ。
しかし――それでも悟ってしまった。

こいつは“自分”だ。

この弱くて、女々しくて、文句しか言わないこいつは“自分”だ。
この“自分”は――テンカワアキトの思い出なのだ。
思い出とは“自分”が“自分”らしくある為に欠かせないものだ。
オモイカネが自意識を守ろうとしたように、ルリがナデシコをなかったことにしなかったように、
あの忘れえぬ日々、思い出の為に生きている。

アキトは胸に苦いものがあふれるのを感じながら、それでも前に出た。
バーサーカーを制するように前に出でた。
こいつは俺がやる。
その意志を込めての行いだった。

「認めるよ……お前は俺なんだ。何かになろうとして、でもなれない。俺の、そんな半端な思い出がお前なんだ」

そう言った上でアキトは“自分”に対して、銃を向けた。
かちゃり、と音がする。銃口が“自分”の額に据えられた。
“自分”はアキトを見上げている。もはや彼は何も語らない。ただ無表情のまま、無言のままにこう問いかけている。
それでいいのか、と。

思えば、ナデシコでの生活は“自分”らしくある為の戦いだった。
ガイのことも、戦争のことも、両親のことも、料理のことも、そして、ユリカのことも。
全てを通してアキトは“自分”と向き合うことを求めていた。

今の自分が“自分”らしくないことくらい、誰に言われるまでもなく分かっている。
三年前の“自分”なら、黒衣の復讐鬼なんて、認めはしないだろう。
それでも。

「それでも俺はお前を認める訳にはいかないんだ。お前を、お前に――」

アキトは引き金をゆっくりと引いた。

「――君の思い出に『さよなら』と言うことが、俺の……」

どん、と音がした。










“自分”を撃った時、胸の奥がひどく苦しかった。
何か、かけがえのないものが、すぅ、と抜け出していくかのように思えてならなかった。

それはつらく強烈で、声にもならない。
ぽっかりとできてしまった空白が存在を主張する。
苦しいのはその空白ではない。その空白がどうにもならないという、その不可逆性こそがアキトを攻め立てるのだ。

切り捨てたものは他でもない“自分”だ。胸を苛む欠落感は、切り刻んだ“自分”からの呪いだ。
本当はこんな苦しみ、味わいたくなかった。

それでも彼は“自分”を撃った。
“自分”が“自分”であると、そう理解した上で、彼は思い出を切り捨てた。
無様というならば――それが一番無様だ。

「……畜生」

そう分かった上で、彼は歩いていく。
歪んだ街。空にはただ何者でもない数値だけが乱舞する。朽ち果てた街の瓦礫が風に吹かれ塵となる。
ここはいったいどこに繋がっているのだろう。どこに自分は向かっているのだろう。
何もかも分からないまま、誰もいない街を黒衣の男はよろよろと歩いていった。

思い出を守るために戦っていたのに、その思い出を切り捨ててしまった。
ああ――ただそれだけのことなのだ。
テンカワアキトという馬鹿な男が、馬鹿だから死んでしまったという、なんの救いもない笑い話。

……でも、空には嗤ってくれる月さえなかった。



【?-?/電子コトダマ空間・禍津冬木市/二日目・早朝】

【テンカワ・アキト@劇場版 機動戦艦ナデシコ-The prince of darkness-】
[状態]疲労(大)魔力消費(大)、左腕刺し傷(治療済み)、左腿刺し傷(治療済み)、胸部打撲
[令呪]残り二画
[装備]CZ75B(銃弾残り5発)、CZ75B(銃弾残り16発)、バイザー、マント
[道具]背負い袋(デザートイーグル(銃弾残り8発))
[所持金]貧困
[思考・状況]
基本行動方針:誰がなんと言おうとも、優勝する。
1.――――
2.五感の異常及び目立つ全身のナノマシンの発光を隠す黒衣も含め、戦うのはできれば夜にしたいが、キレイなどに居場所を察されることも視野に入れる。
3.できるだけ早苗やアンデルセンとの同盟は維持。同盟を組める相手がいるならば、組みたい。自分達だけで、全てを殺せるといった慢心はなくす。
4.早苗やアンデルセンともう一度接触するべきか?
[備考]
※セイバー(オルステッド)のパラメーターを確認済み。宝具『魔王、山を往く(ブライオン)』を目視済み。
※演算ユニットの存在を確認済み。この聖杯戦争に限り、ボソンジャンプは非ジャンパーを巻き込むことがなく、ランダムジャンプも起きない。
ただし霊体化した自分のサーヴァントだけ同行させることが可能。実体化している時は置いてけぼりになる。
※ボソンジャンプの制限に関する話から、時間を操る敵の存在を警戒。
※割り当てられた家である小さな食堂はNPC時代から休業中。
※寒河江春紀とはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※D-9墓地にミスマル・ユリカの墓があります。
※アンデルセン、早苗陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※美遊が優れた探知能力の使い手であると認識しました。
※児童誘拐、銃刀法違反、殺人、公務執行妨害等の容疑で警察に追われています。
今後指名手配に発展する可能性もあります。

【バーサーカー(ガッツ)@ベルセルク】
[状態]ダメージ(中)
[装備]『ドラゴンころし』『狂戦士の甲冑』
[道具]義手砲。連射式ボウガン。投げナイフ。炸裂弾。
[所持金]無し。
[思考・状況]
基本行動方針:戦う。
1.戦う。
[備考]
※警官NPCを殺害した際、姿を他のNPCもしくは参加者に目撃されたかもしれません。


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