アトラスの子ら(A) ◆HOMU.DM5Ns





「……はい、では予定通りプランBの続行をお願いします。
 あなたがついているならほぼ滞りなく、予定通り済むでしょう」
「分かりました。 代行はお任せ下さい、ATLUSに籍を置く者として完璧な管理を務めましょう」
「感謝します。これから暫く外す事が多くなりそうなので、学校には直接通います。心配はいりません」
「外にはお気をつけて。幾つもの輝きが空を包み、星が流星のように燃え落ちようとしています。
 跨る天馬(ペガサス)に振り落とされる事のなきように。シオン、あなたに星の導きを」



「……さて」

根回しは完了した。
この場限りでの仮初の住まいを遠目、仲間(スタッフ)と繋げていた端末を切る。
集団下校をしてバス停を降りてからシオンの行動は迅速だった。

根城としていた研究所を一時離れる展開も、予め想定には入っていた。
不本意ながら、追われるのには慣れた身だ。根無しで彷徨う苦労は知っている。
モラトリアムを経過してからすぐに幾つかのセーフティは準備していた。
個人用に作っておいた口座からも資金を引き出せたし、生活するには一定の基準を満たせるといっていい。カードは持っているが、念のためだ。
魔術師が電子戦を行うのは本来考えづらいが、メイガスでないウィザードも集うこの場所ではその限りではない。現金を早めに下ろせたのは僥倖だろう。

研究所傘下の施設に泊まる事や知人宅を訪ねる、一夜をやり過ごすには十分かもしれないがいずれは露呈する。
更に言うならその選択は、ここで掲げる指針においてはどうしようもなく悪手だ。
仕切り直すのはよしとしても、逃げ隠れるだけではやって来る死を僅かに遠ざける延命行為でしかない。
ホテルをハッキングして客として素知らぬ顔で潜り込む事も出来る。関わりのないNPCを操作して隠れ蓑にするのも容易だろう。
身分を掠め取り、電子の住人を見えざる盾と扱い万全を期して目的に終始する。洗練されてすらいる魔術師らしい予測の海図。
そうした選択肢は最悪の場合として手札に残すに留めて、シオンは今回の手段をベストとした。

『アーチャー、状況を』
『問題ナッシングッ。お前を視線で追ってる奴、不自然な動物の動き、客引きのネーチャンから胡散臭いセールスマンまでとにかく怪しい奴の気配は一切なしだ』
『分かりました。透視、千里眼による観察もありますが今はそれでも構いません。
 では、合流ポイントは指示した通りに』

バスで来た道を逆走して最寄りの駅のホームに向かい、ふたつ越したところで降りる。
駅であればたいてい何処でも設置されているコインロッカーに金貨を入れて鍵を回し扉を開ける。
中にはひとつの、このまま小旅行にでも行けそうなひとつのボストンバッグが置かれてる。
ファスナーを開き中身を確認。足早に、しかし目立たない速度でホームに向かい電車に乗り、ひとつ先の駅で降りる。

駅とそこに繋がる繁華街には人が多く、下校中の生徒もまばらに目につく。
仲の良いクラスメイト同士は教師からの注意も忘れて、ファーステフード店やブティック店に入っていく姿も見える。
駅周辺の人口が平均よりも密集しているのは、日中を騒がせた事件の数々の余波が少ないからだろう。
安全を求める住民は、娯楽が多くて人が行き交い、警官も配備された交番もある駅前に指示されたわけでもなく群がっていた。
『ジナコ・カリギリ』によるケーキ屋襲撃の被害も一部に受けているが、それがかえって警備を固めさせ不安を和らげさせる。
正面で対峙する事のないよう、視界に入らない最適な位置取りを取りつつ歩を進める。



警備の増強。一般のNPCに、この方舟で動く聖杯戦争の真実に行きつく手段はない。
だからこそ、彼らは彼らなりの法則(ルール)の範囲で街の平穏を守ろうとする。
監督役が改竄するのは、あくまで聖杯戦争に直接関与する情報のみ。実際に起きた事件、被害を無かった事にする権限の行使はしていない。
常識の籠に収まった住人は常識に則った行動で、事態の打開と解決を図る。

警察の包囲網がどれだけ広がり、密になろうとも、サーヴァントを擁するマスターを退ける事は出来ない。しかし、妨げにはなる。
霊子で括られたこの空間ではこの冬木の住人だ。マスターでも魔術師であろうともこの前提は覆らない。
事前の準備、隠蔽を疎かにすれば、市民の眼はそれを捉える。
目撃は情報となり電波と数列の世界に流れ、瞬く間に拡散する。

無差別かつ無作為に、白昼堂々で連続して犯罪を犯した『ジナコ・カリギリ』のように。
大規模な魂喰いを敢行し、ビル一棟を丸々倒壊させるのに周囲に何の配慮も隠蔽も施さなかった『警告を受けたサーヴァント』のように。

ここではマスターとサーヴァントだけでなく、冬木市を運営するシステムそのものにも注意を払っていかなければいけなくなる。
この組織力を利用しない陣営が現れないと、どうして言えようか。
警官として潜り込む、あるいは始めから警察関係の役割を得ているマスターがいる可能性は極めて高いと見るべきだった。

帰路を辿る人々の行列に紛れ込み、誰の視線にも留まらないいまま慎重にコースを変更する。
川が上流から下流に注ぐが如く、目を向ける意識にかからない風景の一部と化して少しずつ人混みから避けていく。
動く影の数は減っていき、足音はまばらになる。二十分と進む頃には、完全に人気の絶えた人口ドーナツの穴に入った。

街の一部でありながら、街の住人から忘れ去られた土地。
立地の悪さ、事業の失敗、建設の頓挫、価格の増減、周囲の店舗との顧客争奪……
様々な偶然が網の目となって形成され、その死角の位置に置かれていたが故に廃墟と化したビルディング。
日々発展を遂げる都市で珍しくもない一帯。鬱屈の解消に無断でたむろする集団も今日ばかりは引き払っている。
適当に見繕っていた隠れ場所に到着して早速、適当な部屋の一角で肩にかけていたボストンバッグを埃だらけの地面に置いた。
中に入っているのは特段変哲のない必要品の数々。戦闘用の武器も魔術に使う薬品も入っていない。
防災用にセットでまとめて売り出されてるような用具一式、それと替えに取っておいた服だ。


これからの活動で、一番の障害になるのは制服だ。
今の服装は悪目立ちしやすい格好といえる。なにせ、見ただけで所在が一気に絞り込めてしまう。
登下校の時間ならともかく、夜以降を制服のままでいるのは視線を集めやすい。巡回中の警官からは間違いなく補導対象になるだろう。
一時とはいえ、家なき身にとっては活動の範囲を大きく狭める。
ロッカーに入れていた荷物は、その為の対策のひとつだった。

数人が包まれる大きさの断熱シートを部屋の壁の両端に張ったエーテライトに被せ、即席のカーテンとして扱う。
三方は打ち付けられたコンクリートが剥き出しのままで、やや広い試着室に近い形となっている。
着替えのスペースを確保したところで学園指定のブレザーを脱ぎ、白地のブラウスが露わとなった。




"――――――――――――っ!"




………………………外は静まっていた。
人はおろか、鳥の羽音や虫の鳴き声も届いていない。
雑音が出ないほど人が皆無なわけでもないのに、見えない壁で区切られてるように途絶えている。

その、中で。
普段ならば耳に入らない、密やかな音が静寂を揺らしている。


首元に結んだリボンの端を引き、旋律が走る。

前を留めるボタンをひとつひとつ外す度に、柔らかく押さえつけられていた丘が膨らんでいく。


装飾が剥がれていき、床に散らばり落ちる少女の破片。
それは、強かに風が舞い、大輪の花弁が散る様に似ている。


聞こえるものは衣擦れの音だけ。
覆われた神秘のヴェールの外からは、当然中の花園を克明に映す事叶わない。

室内は本来窓が嵌まっている空白から除く、茜と黒による混沌の逢魔時だけが照らしている。
奇襲の可能性を考慮に入れて窓際から離れている。
厚みのある断熱シートは、入り込んだ光の洗礼で輪郭を透けさせる望みすら砕く。
触れれば払える軽さでいながら、これは世界の目ですら観測を許容しない。
如何なる城壁であっても比肩しない禁猟乙女領域だ。


なのに聞く者の脳裏には、この境界の奥にある光景を克明に投影させる。
刺激されてるのは聴覚だけなのに、五感全てが機能して虚に実を為そうと試みる。
一切の観測を拒絶する乙女のヴェールも、男の想像力だけは防げない。

矛でも槌でも破れない門を、ただひとつの幻想が押し開く。

そんな浪漫を希望を胸に抱え、男達は馳せるのだ。



最後の布が落ちる音がする。
花園の防壁硬度は決して高くない。手で掴めば破れる障子の膜でしかない。
妨げているのは倫理の壁。見られる側ではなく見る側が戒める心理的な障害だ。
手を伸ばせば最後、加害者は圧倒的な非を負わされその魂を牢獄に連れ去られる。
人は自らの罪に溺れ水底に沈む。必要なのは手ではない、目だ。

無敵に思える障壁にも穴はある。
居間となるのを仮定した部屋では広さが長かったため、シートもそれに合わせて横に広げてかけている。
それでは縦のシーツトのスペースが若干余り、下の守りが僅かばかり空いていることになる。
全景を見渡すには程遠い。立ち姿でいてはつま先までしか見届けられないだけの薄い隙間・

だが、屈めば。
背を丸め顔を地面に擦りつける痴態を晒しまですれば……
膝上から太腿の域までを、直接視線で捉えることが出来る。

"それでいいのか"と道徳は念入りに問い返してくる。
"それでいいのさ"と本能は背を向け走り去っていった。

人は山があれば登りたがる生き物だ。
海があれば潜り、空がある限り飛び立たずにはいられない。そういう風に出来ている。


そこに何があるのか。ここを超えた先に何が見えるのか。
それは恐らく、人として種として存在にまで根付いた"根源"と呼べるもの。
好奇心というほど初々しいものではない。探究心と纏めるには根拠が薄い。
損得の勘定も生死の有無も忘れて未踏の地を目指す。
魔術師も冒険者も行き着く先、歩き始めた場所は同じだった。
進む、という人類の総意が足を留めない限り、この衝動は収まる日はない。

だからこれも、きっと同じ衝動(もの)。
未知への挑戦と難行の達成は耐えがたいもの。諦めるにはまだ早い。
例えるなら、聖書にある知恵の実のようなものだろうか。
通説では原初の人が蛇に誘惑されたが故の過ちであるという。しかしそれは本当に、当人達の意志ではなかったのか。
永遠と快楽で満たされた花の園。無垢なまま無知なまま、全てを許される理想郷。
そこから見える景色。最果ての見えない荒涼とした大地。
降りかかる数えきれない苦しみと死。だがそれをよしと自らの頼りない足でこの先に向かおうとした、というのは、傲慢に過ぎる説だろうか。



両膝と両手を冷えた地面に着け、身を張り付かせる。
傍から見れば土下座の姿勢にしか見えないが、恥は感じない。
これから罪を―――否、冒険を犯す危険に比べて一時の羞恥のなんと薄いことか。
地面上三十センチに満たぬ隙間、斜め上の方向に視線を集中させる。
洞穴に隠されし黄金。神が住まわせたのとは異なる、真なる理想郷の宝を拝もうした――――――その瞬間に銀のシートが内部から開かれた。




「あっ」



時が止まる。

世界が凍る。


氷柱の先端が躊躇なく、体の一か所に突き刺さってくるのに等しい悪寒が襲ってくる。



「―――――――――」

地面にひれ伏したままの男(サーヴァント)。
とっくに着替え終えた女(マスター)が、人に対してのそれとは到底感じられない零下の目で見下ろしている。


「あれッあれぇぇぇ~?どこ落としちまったのかなぁ、オカシイ、見えねえぞあれが~。
 日の反射や逆行でうまく地面が見えねえなまいったなぁぁぁぁアハハハハハ」
「領域内の敵性および悪性情報の流入はなし。
 危険因子との接触の可能性は一桁内に試算。これより今日取得した情報の整理に入ります」
「あッ無視?無視すんの?反応すらナシってそーいうの逆にこたえるのよぉーッ!
 ………………てアレッ、なんか膝から下に力が入らなくて腰を持ち上げれなぁ―――い!?」

百の言葉を語るよりも視線ひとつがより凶悪な効果を及ぼす時がある。
……如何にとぼけた態度でしらを切ろうが、始めから対話の意志が排除された相手にはまったく意味を成さない。
問うまでもなく、言い訳を挟む余地もないほど相手が怒ってる証拠だからだ。

こうなるともう、犯人に逃れる術はない。
冷静沈着の代名詞のような少女はその実、細かいとこを気にしたりすることはサーヴァントとして付き合う過程でなんとなく掴めていた。

「どうしましたアーチャー。そんな地面に手足を着いた犬のような態勢で。生前の習慣か性癖の類ですか?」
「そう思うならエーテライト(それ)の指令をとっとと解けってんだ……。
 ホイホイに入れられたGなアイツか俺はよォー……!」
「魔力供給(パス)とエーテライトでの二重因果線(ライン)で互いの位置を掴めるのを忘れてるサーヴァントにはいい薬です。
 反省に頭を冷やす時間も兼ねて、折角ですから話はこのまま済ませましょう」
「な―――なんてコト考えやがるんだこの鬼ッ!精肉店の店主ッ!エジプトニーソッ!てめえの血はなに色だーッ!!」

なお、全て念話のためマスターのみに伝わっている台詞である。外に漏れる心配はない。
……少し締め付け過ぎか?とシオンは思案する。


少なくない日数を共にしてこのサーヴァントが『締める時は締める』性格なのは把握してるのだが、緩い時はとことん緩まるこの気性の改善は未だ目途が立たないままだった。
過去に観測された情報の具現化といえばかつてのタタリに近しい性質だが、英霊も元は生きた人間だ。そして、現界した際当時の人格もまた保有している。
英霊とは単なる強力な兵器ではなく、その兵器の力を正しく行使する知識と経験が伴ってこそ最大のパフォーマンスを発揮する。
いわばハードとソフトの関係だ。自由意志を奪うのはここでは下策でしかない。

こういう性格なのはもう諦めている。否定もしない。娯楽も休息も調子を保つには必要だろう。
自分では至れない柔軟な発想力、計算高さは信頼に値すると認めている。
いるのだが……隙と余裕あらば好き勝手に行動されると、こちらの精神上に悪いのが悩みの種となっている。

「学園に潜むマスター。校舎の中で起きた戦闘、その勝者と敗者。学園を支配し取り込もうとする二つの陣営。学園外での様々な事件……。
 この一日で無数の案件が発生している。並列してファイリングしながら順次処理していきましょう」
「あホントにこのまま進めるんだこの女ァ!?
 チクショーもうこうなりゃトコトンやってやらー!」

院内では部下に度々指示を与えているが、対等の立場で付き合うという機会は、シオンにとって数度しかない。
少ない経験をサンプルとして活かすには、アーチャーという男は今までにない精神性の持ち主だった。
どういった態度で接する事が最良なのかが掴め切れない。故に機会がある度に手探りで当て嵌めていくしかなかった。
手も頭脳も足りているのに、正しいピースが見つからずおぼつかない、
そんな赤ん坊と変わりない悪戦苦闘が今のシオンである。
その不器用な生き方こそを、目の前で見てる男が気に入っているのを知らぬまま。



「……っと。いっこ真面目な質問だ。
 人気のない場所ってことで集まったけど、ここを仮宿にするっていうわけじゃないよな?
 もしそうするつもりっていうなら、そっちの考えにもよるが却下しておくぜ」
「分かっています。元々この座標はルーラーの制裁が入らない場所、即ちサーヴァントを戦わせるのに支障が出ない範囲としてピックアップしていたもの。
 戦場になると予測できる場所で宿を取る趣味はありません。考察と並行して移動します」
「考察か……そうだな。学園は濃密な時間だったぜ。あっちこっち動く前に纏めたいものが勢ぞろいだ」

一端観念すれば、アーチャーも思考の回転は速やかに行われた。
四肢を地に着けた敗者の姿でありながら、神算鬼謀を巡らすサーヴァントは計算する。
積み重ねられた玉石山海。それらを細やかに理解、分解、再構成する。

分割思考を展開。マルチタスクで分類した案件を整理し、ファイル化した情報からサーヴァントと共同で解釈、咀嚼を行う。
帰宅の道中で分類の段階までは済んでいる。まず手を付けるべきは、学園の屋上で起きた事件だ。
閉ざされた空間の中にいたシオンらは関わった当事者であり、観測者でもある。


屋上に集まったのは四騎のサーヴァント。
黄金の鎧のセイバー、蟲を操るキャスター、我々(アーチャー)、姿を見せず声だけを送った謎のサーヴァント。
戦闘には発展せず、一体が消し飛ばされた事であの場は幕を下ろした。
だが二人はそのまま見たままに消滅したなど露など思っていない。

「私(マスター)の素性は割れてしまいましたが、正確なクラスとパラメーターを取得。そしてキャスターにはエーテライトの仕込みを継続出来ている。
 こちらにもメリットはないわけではなかった。あれらはみな、少なくともあの時点では独立した勢力だった。セイバーはアンノウンと繋がっている可能性も否定できませんが」
「いーや、たぶん全員別々で間違ってねーぜ。あいつらはあの時が直接では初対面だった」

口を挟むアーチャー。

「根拠は、アーチャー」

思考を妨げられる事もなく、シオンも流れるように次の言葉を出した。

「あの金ピカのお辛気臭そうな顔してたセイバー、あの場じゃ殆ど口を開かなかった。まあそりゃあ俺達も同じだったけどな。
 おおかたマスターの命令で斥候に来たんだろう。セイバーを引き当てたにしちゃマスターは慎重派みてえだ。慢心がないやつってのはそれだけで難敵と言ってもいい」

一端解説を止め、呼吸を置く。
そうすることで次の台詞を注目させて説得力を高めさせる。

「逆に言えば、だ。あいつはただ見てるだけでもよかった。実際他には関心なさげに、ひとりに向けてのみ興味津々といった風で話していた。
 自分の力をひけらかすならともかく、相手を分析して褒めちぎるようにしてな」
「あの"蟲"のキャスターは、アンノウンと学園の縄張り争いをしている。
 反目する相手に、ともすれば友好的とも思える接し方をした"金"のセイバーと、芝居を打ってまで共謀してる可能性は低い」
「イグザクトリー(その通り)。
 あのあと慌てて接触して同盟持ちかけたってのはあり得るかもだがな。
 一刻も早く目の上のタンコブを排除したいってのに二対一じゃ出るに出れない。おまえに声かけたのもあのキャスター対策を念頭に入れてるだろうさ。
 高圧的な台詞からわかるぜ~~。ありゃ姿は見せないよう立ち回ってるがその実プライドの高い奴だ。自分の城を我が物顔でいる蟲を放っておくはずがねえ」
「二対一……"蟲"のキャスターの協力者。
 キャスターの能力値に際立ったものはないですが、それを他のサーヴァントの援護に充てるなら話は別です。
 直接戦闘に長じた、三騎士クラスに属するとサーヴァントだとしたら確かに脅威でしょう」

アーチャーは、今のシオンの言葉に微かな引っかかりを覚えた。
しかしそれは本当に気のせいと思えるほどの違和感だったのですぐに次の思考に追いやられ、記憶の片隅へと次第に隠れていった。

「……ああ、まったくだぜ。この序盤でそんな強力なタッグを組むとはねえ。流石に校門で蟲の網を張っていただけのことはあるぜ。
 しっかしなんでわざわざ組んだんだろうなあ~だって蟲だぜ?ムシ。おまけに大群!ウゲェー、想像しただけで気持ち悪くなってきやがる」
「接触をしてきたのは恐らくキャスターの方からでしょう。
 校門に罠を張っていた事から我々が予測した通り、あちらは幾らかの陣営に対しての情報を掴んでる。どこに接触するのかはあちらの自由だった」

全てでは当然ないだろうが、派手に学園内で攻めていける程度には関係性を把握しているのは違いない。
だから、着目するべきはその先にある疑問だ。

「ならばなぜ、キャスターはその陣営と同盟を組んだのか。
 多くのマスターを観察していただろう彼女がその候補からひとつの対象に絞り込むに足りた理由。
 ……それを知る事が、キャスターとその同盟相手の正体を見抜く鍵となるでしょう」

明らかになっている行動から、キャスターもまた戦略を旨とする冷静な思考で動いているのが分かる。
そんな相手が自ら赴き組むに値すると決めたからには、そこにチップを投げるだけの勝算があったからでしかない。

「一時でも目的を同じとする仲間を作るにあたって、取るべき交渉選択は限られてくる。
 聖杯戦争という枠組みの中では……大別すれば三つまで取捨できます」



①:友好
理屈や利得では測れない……即ち感情的な理由。
対象の容姿、人格、行動、主張、それらに興味を引かれその者に協力するというもの。
裏をかきあう精神的重圧から解放され、感情の共感が出来た両者は強い信頼関係を構築でき、設定された能力以上のパフォーマンスを発揮する場合すらあり得る。
ただ聖杯戦争が殺し合いの場である限りいずれは殺し合う運命だ。死を許容し、恨みなく戦いに臨む覚悟を持ったまま友愛を築ける者は希少だろう。
それに互いを正しく理解して関係を構築していくには長い時間が必要となる。初対面で全面的に信頼を寄せるのは依存、もしくは偏執と呼ぶべきものだ。
もしくは相手に非がないと分かり、助力を乞われたなら無条件に手を貸すような……お人好しと呼ぶ人種だろうか。
始めから聖杯を得る気がなく方舟からも脱出する方針でいる者同士、ということであれば―――この関係も維持できる。


②:打算的同盟
最も可能性が高い手段。
数が一定に減るまでの期間を定め、その時までは各々の戦力能力を提供し合い共同して他陣営を駆逐していく。
離反のリスクは常に抱えるが、目的が一致していれば効率と安定性は最良だ。
ここで重要となるのは目的。最後の生き残りとなり、聖杯を獲得し願いを叶えるという明確な答えが表れている。
契約上だけの出し抜き合う同盟なら付き合いは楽だ。だがその場合それ以上の効果は見込めない。
しかし願いにかける思い、信念は強ければ強いほど研ぎ澄まされる。
同じ信念の持ち主は共感を抱く。共感は時間が経てば信頼となり骨断つ刃を形作る。


③:威圧
力を以て屈服させる方法は、よほど自信がある者でなければまず取らない選択だろう。
強者と弱者という絶対的な格差を作り上げる事で完全な隷属関係とする。
脅迫や洗脳で逆らう自由意思すら支配する、キャスターやアサシンのような性質は、同盟というより鉄砲玉扱いの面が強い。
サーヴァントを操る分には、マスターさえ手中に収めれば事は為すのだから。
マスターとサーヴァントを丸々使い潰せる戦略は非道であるが、効果的なのもまた事実である。
目的の為に手段は選ばない……合理を追及する魔術師なら躊躇どころか積極的に使っていく。




「②番、だな」
「打算と利益を孕んだ同盟が妥当、かつ無難な選択です」

二人の声は同一の答えを示す。
シオンは意外そうにアーチャーを見つめた。

「……意見が一致するのに越したことはないですが、いざ一致すると妙に戸惑うのは何故なのでしょうか」
「いや、俺も毎度穿った見方してるわけじゃねえぞ?騙しとかは好きだけどよ。
 単純な消去法さ。キャスタークラスは魔術で陣地を作ったり策に嵌めたりする、いわゆる『持久戦型』。
 そいつが欲しい駒といえばやはり前衛に優れたセイバー、アーチャー、ランサーの三騎士クラス……特に『近距離パワー型』のセイバーかランサーが都合いい」

謀略と時間をかけるごとに強くなれる能力を主軸とするなら、その時間が溜まるまでの間を露払いする護衛こそが最も適した同盟相手。
初日に仕掛けた罠にかかる暗殺者(アサシン)や、役割が重複する魔術師(キャスター)など必要としまい。

「それならば―――」

そこまで条件に合致した相手が見つかるのは流石に行き過ぎてる……と普段は思うところだ。
だが二人は既にその『符合する相手』と相見えている。


「そうよ。図書館で襲撃しかけてきたマスターとサーヴァント……クラスはランサーだったよな?」
「先に現れた、"銀"のランサーは純粋な戦闘能力に長けたサーヴァントです。後に来た"赤"のランサーとの立ち合いでも圧倒していたのは"銀"の方だった」

アンノウンの使いとの対談の後現れた、銀髪をたなびかせた槍の騎士。
シオンは透視できた能力値と、実際に目撃した戦闘を思い出す。

「……銀髪のネエちゃんのほうの『マスター』から『魔力』は感じたか?」
「いいえ。奇襲が無意味となったにも関わらず、あの距離で何の魔力も感じられないという事は……魔術の素養に乏しいか、皆無だと予測できます」

この仮定に即すると、今度は魔術の補助を受けぬままシオンに一撃当てられるだけの運動能力を誇るという新たな脅威が判明するが、今大事なのはそこではない。
アーチャーの知る『スタンド』がそうであるように、どれだけ強大なサーヴァントにも仕切られたルールがある。
強力なサーヴァントの力量を発揮するには、マスターにもそれに見合うだけの資質を要求する。例外はあれどそれが基本則。

「直接勝負(ガチンコ)に長けたサーヴァントとマスター。だがサーヴァントは魔力喰いで、マスターはそれを賄えるだけの魔力がねえ。
 付け加えると、放送での呼び出しから奇襲のラグが殆どない。始めからマスターだと知っていた、もしくは教えられてたみたいにだ。
 集めた情報からして、これは限りなくビンゴに等しいリーチと判断するぜ」

戦いに比重し過ぎた余りに持久力が乏しい組み合わせ。
連戦や持久戦に陥りやすいこの聖杯戦争では、中盤に至るまでに息切れして脱落するだろう相手。
『魔術師』による援助は、その不利を纏めて解消させる魅力を持つ。
魔力の都合、情報のやり取り、存在の隠匿……。
油を挿した大小の歯車のように、噛み合っている。

「マスターはどう思うよ?あのキャスター、『そういう』手段が使えるまっとうなサーヴァントに見えたか?
 『蟲使い』ってワードからしてよ……そのーあれだ、食事中に思い出したくはねえようなシーンしか想像できねぇんだが」
「……蟲は古くから呪術の触媒に使われている、魔には馴染みのある種族です。『蟲を使う魔術師』も、珍しくもありません。
 小さく何処にでもいて、食用にも使える。蝶は変身の象徴であり、蜘蛛の糸、蜂の毒など独自の能力を自然に保有している。
 ある蟻を、能力をそのまま人間大サイズにまで拡大させたら地球最強の生物になるという研究もあるくらいです。宇宙からの侵略兵器には蟻が用いられるという荒唐無稽な話もあるとか。
 魔力の受け渡しも、体内に取り込めば可能でしょう。具体的には死骸を加工して食べるより生きたまま潜り込ませた方が効率がいいので幼虫などを―――」
「やめろッわかったそこまで言わんでもいいッ!そこから先は薄い本が厚くなっちまうッ!」

必死な形相のアーチャー。
疑問を浮かべつつも、答えるべきは答えたのでシオンもこの話は打ち切る事にする。

「つ、つまりだっ、あの二組が同盟結んでる可能性はかなり高いってわけだ。
 他にも見えないサーヴァントもいるかもしれねえし絶対とは言い切れねえが、想定は必要だぜ」
「同意見です。暫定で決定としつつも別の場合も視野に入れておきましょう」
「こっちはもう学園中のマスターに身元がバレたようなもんだ、相手の素性も暴けるだけ暴いて丸裸にしてやらねぇとワリに合わないってもんだ。
 あの豊満なバストのサイズも含めてな!」

『槍と盾』『蒼光による出力強化』
『蟲』『肉体を失っても意に介さないと判断している何らかの能力』『憎悪』

幾つかマトリクスは揃っているが真名の特定にはまだ遠い。少なくともアーチャーの方は英霊の名は出て来なかった。
それでも、材料は集まっている。僅かでも戦いや駆け引きに用いるには効果的に利用できるものが手元にはある。



考察は続く。腹案は幾ら出しても困らない。


(中等部で起きた戦闘について。場所は最上階の廊下。時刻は放課後。下校中の生徒も少なからずいるが戦闘を実行。
 窓が割れ壁が抜けたのにも関わらず、めぼしい目撃者は発見されず。最低限の人払いは施されていたと見るべき)
「人払いか……下手人はまず"蟲"のキャスターだな。蟲を使い誘導し、簡易的に戦場を作った。
 となると、戦ってたのはあのネエちゃんか?逆にもう一方は……手持ちの情報であたるのは校門前での一件があるおさげの生徒かね。
 蟲が監視していた目の前でやったあれが本当に迂闊な真似以上の意味がなかったとしたら、早期に攻められるのも頷ける」
(件の少女について。昼休み中にさりげなく中等部校舎に近づき情報を収集したが該当者なし。
 下校中は事件の混乱で情報が錯綜していていたが、複数の生徒が「何かに追われるように走る女生徒」を確認)
「マスターの網にもかからない……すなわちクラスメイトとの関わりが薄い人物なんじゃあないか?
 スクールによくいるだろ?病人か転校生、そっちに目を向けてみるといいぜ」


シオンもアーチャーも、頭脳を駆使して戦略を練っていく方針なのは共通するが、その方法においてはそれぞれ異なる手段に別れている。
分割思考、高速思考、肉体を情報収集の装置として蓄積し世界の元で生まれる問題を解析、解決、解明するのがアトラシアの魔術師。
対して波紋戦士でただの人間のアーチャーは、目の前に広がる数々の問題を、情報として扱うにはあまりに曖昧な、『心理』を鍵にして解決する。


(校外で起きた事件について。聖杯戦争を関わり合うと思式一例を表示。
 『ジナコ・カリギリの連続傷害事件』『B-4高層マンションの倒壊』『突如として消える人』『性別年齢を問わない連続強姦事件』
 『図書館付近で赤黒い影のようなものが銃を乱射する』『近所同士での度の越した諍い』『夜に相次ぐ失踪者』)
「今んとこ一番の規模はマンション倒壊、次いで連続傷害事件か。テレビで顔出しって、あからさまに釣ってやがるな」
(ブラフの面も鑑みても、この全て聖杯戦争絡みだとしたらとてもではないが処理しきれない。28組もいるというなら当然か)
「各々が各々の手段で戦ってるから取りとめっていうものがないんだよな。なら……どこかしら共通点のある事件を組み合わせれば犯人像も見えてくるわけだ」


いわばシオンは数学者で、アーチャーは発明家だ。
確かな情報は推論に強固な地盤を与え数式を編み出し、柔軟な発想はそれを下地にして更なる理論を創造する。


(学校に潜むサーヴァントとマスターについて。
 "金"のセイバーのマスターと図書館で乱入してきたサーヴァント、ランサーのマスターは不明。
 屋上で声のみで出てきたアンノウン。同盟を持ちかけてきたマスター候補。共に詳細不明。
 長時間エーテライトを飛ばしておくと他陣営に悟られる危険があるため展開しにくい。結果的には正しかったか)


それこそか、聖杯が招き併せた二人の最上の武器。
互い互いを補強して伸ばしあう。知識と知恵を武器にする一対の主従は想像の羽を広げ出していく。


「……んん?」

そして、英霊として召し上げられた人生で磨き上げられたアーチャーの直感、洞察力は。
巡らした思考の線に触れた、納得のいかないような唸りをあげた。

「何か、疑問を見つけましたか?」

思考を一時打ち切ったシオンが、四つん這いのままのアーチャーに目を向けた。

「いや、ない。説明に抜けはないし考察もできてる。問題あると思ってんのが問題なんだが……」

判然としない返答に首をかしげる。

「なにやら含みのある言い方ですね。今は少しでも情報が必要な段階です。遠慮することなく教えて欲しい」

時間は常に有限だ。アトラスは未来を読み寿命を知り、だからこそ最期を知る。
藁をも掴むではないが、僅かな手がかりが新たな選択肢を生み出すこともあり得る。
そう問うシオンに、アーチャーは口をどもらせ言葉を選ぶように黙考し、やがて観念したように口を開いた。

「言葉に上手くできない、ぶっちゃけ直感みたいなもんなんだが……いいか?」
「構いません」
「違和感があったのは考察の最後の方、『顔も姿も見せない奴』についての話だ。内容についてじゃない、マスター自身について拭えない印象がある。
 なんていうか……らしくないって感じだ」

その答えは、予想の範疇外だった。
そして確かに、論理的でない曖昧模糊として理由だった。

「らしくない、ですか」
「ああ。あんたは賢い。『無理』を可能にする知識を持ってる。『無駄』に意味を与えて、進むべき道を開く意思を宿してる。
 そのあんたにしちゃあ、その時の割り切り方は腑に落ちなった。
 ほんとに情報がないセイバーやちみっこい方のランサーならともかく、図書室みたく色々素材は揃ってるっていうのによ。
 情報が少ないからって推理を止めるタマじゃあねえはずだったぜ」


分析の内容は遺漏ない。理屈に矛盾はない。
それでいながら、今までのシオンに異常があると言う。
『らしくない』などと、主観的な感情のみを理由にして。

不満や不信は……感じなかった。
シオンとてアーチャーの指摘を鵜呑みにするわけではない。
かといってその指摘は針の一刺しのように肌に懸念を植え付けた。
場違いなことに、観察され分析されていたことに奇妙な気恥ずかしさすらあった。
マスターとサーヴァントとして、短くない時間を共有した。
その過程で自分を『そう』見ているアーチャーが、見過ごせないと指摘した違和感。
ならばそれはもう、百の言葉を並べるよりも明白な証言足り得る。

ただの妄言と切り捨てるのは安易にして無能。失点を認めぬのは厚顔のすること。アトラシアの行いではない。
では今回挙げられたのは?屋上で聞こえた声の主。それに伴う情報。

「アーチャー、ここ三十分の記録を巻き戻します。少し待っていてください」


制御を離れた思考の分割、過剰高速化した思考で知恵熱を起こすような初歩のミスは犯しはしないが、検査そのものは行うべきでもある。
再生した記録を確認するだけなら時間もさほど要さない。

「分割思考、展開。記録再生、多視観測」

機能を内省に切り替え。思考の一つが受け持っている演算内容を、現在から三十分遡ってから記録再生。
独立化した他の六つの思考が、流れる記録を客観視する。これを順に繰り返していく。




一番思考――――――精査終了。異常検知無し。


二番思考――――――精査終了。異常検知無し。


三番思考――――――精査終了。異常検知無し。


四番思考――――――――――――――――――■■■■■■■■―――――――――――――――――――異常検知無し。


五番思考――――――精査―――待て。



四番思考に不可解な空白を観測。
一番から四番に直接指令。正確な演算結果の提出を求める。
反応、変化無し。一度目と同様の答えを提出してきた。
ただ、該当番だけに不可思議な白痴状態が出てきている。

……思考に侵入されてる?
しかしウイルスの検知はされていない。今まででも思考が鈍化する事はなかった。
精神への攻撃の痕跡は一切存在しない。オーバーロードの段階も早い。
検査の結果では健康としか言い表せられない。頭脳(シオン)自身がそう判断している。
指定した考察の放棄という問題行為を報告もせず素通りしている……いや、そもそも問題と認識していない……?

思考が異常でないのなら、注視すべきはそれが観測していた対象にある。アーチャーの発言が真実味を帯びてくる。
受け持っていたタスクは学園内の事件。分類はサーヴァントの真名特定――――



                                            何も、異常は、無



「―――ーーーカット」

六番五番、連鎖凍結。二番三番四番、連結拘。監視体制に移行。
設定した仕掛けが作動する。頭が割れるような痛みを黙殺、原因を特定する。
現実ではものの数秒、脳細胞では週単位の時間を経て自己に復帰する。

「……そういう、ことか」

割れ響く頭の痛み。背筋を伝う寒気。臓腑が自律して暴れ出し飛び出してくるような想像。
その正体をシオンは知っている。過去に患って以来、今も時折蘇ってくるあの死地での記憶。
即ち恐怖だ。シオンは底で、そこを見た。

「オイオイ今顔が一瞬で青ざめたぞ!大丈夫かマスター!」

目の前で起きたマスターの急変にアーチャーは飛び上がった。
伸ばした指がシオンの頭に触れた途端、雷に似た光が纏わりつく。
ああ、やはり張り付いていたのは演技だったのだな―――とどうでもいい部分に考えを割いていた。

「落ち着いたか?」

波紋法、生命全般に作用するその力は医療行為にも用いられている。
正調な呼吸法は波紋を生み出し、シオンの体内―――水分に伝播して異常を治していく。

「……ええ、心配をかけました。おかげで頭も冷えた」

完全な人ではない、吸血鬼になりかけのシオンの体は波紋法に非常に弱い。
しかし半端な死徒であるため肉が溶けるような重傷に陥ることはなく、一瞬であれば気つけのように扱うことも可能だ。

「で、一体全体何を見たんだ?」

体内の内側から焼かれるという、体験にない痛み。
この時ばかりは、その痛みがふらつく足を押さえつける力を生み、口を開く余裕を作っていた。

「結論としては、何も分かりません。
 正確に言えば、『何も分からない』ことが分かりました」

脈絡なく突如として起きた思考のノイズ。
恐慌状態に陥った分割思考を、他の思考(シオン)達は同時に観測していた。
該当番号がに振り分けていた分析項目。そこにこそ故障(バグ)の温床は記されていた。

「サーヴァントの真名考察に振り分けていた思考が、例のアンノウンを対象にした瞬間のみ停止してしまいました。
 思考が不可能なのではなく、思考するという手段そのものが選択肢から除外されてしまった」
「記憶操作とか暗示を、いつの間にか食らってたってわけか?」
「例えひとつの思考が暗示にかかっていても、残りが齟齬を発見してそのウイルスを検知、削除するでしょう。
 全思考を奪われたとしても、完全同時はない。暗示が済む間が刹那さえあれば、記憶のバックアップに移れます。
 だがこれは違う。まったく別種のものです」

術をかけられたが故に思考を誘導されるのではない。
一声聞けば、存在を知ればその時点で始まる呪い。
無意識的な自己強制暗示。それこそが相手の手札。そこにありながら誰も存在を認められない見えざる影。


「つまり―――宝具か」
「真名の秘匿隠蔽に特化した能力。宝具かスキルかはともかく、それに類するものとみて間違いありません」


それは自己を多角的な視点で客観的に観測する、アトラスの錬金術師だからこそ気づけた意識の欠落だった。
飲み込まれた思考ごと凍結、残りで多角的に俯瞰する。
固まった思考を別の思考で監視し、どこにも逃避しないよう、合わせ鏡状にして閉じ込める。
アトラスの錬金術師でいう客観的視点とは、文字通りに自己で自己を見つめる。
カメラに映る自分の映像を撮られている自分が見ているようなものだ。

だがその代償も決して安いものではない。
今もまるで何日何週間も不眠不休で活動していたような頭痛が襲っている。
観られている側にとっては、不眠の拷問を受けているのに近い。しかもこれは観ている側すら同一人物だ。
並列化しているとはいえ一個の脳内で済ませるにはたまらない苦痛が継続する。
回していた思考も一時麻痺状態にある。とてもではないが長時間使えるものではない。
最奥部に隔離して随時取り出せるようにしておくが、発生する負担を考えると気軽に引き出すわけにはいかない。


「……これは、難敵だ」

疑いない相手への評価を口にする。
真名が獲得できないということは、これ以上の情報の取得が困難になる。
もし戦闘になれば力押しがきけばいいが、自分のアーチャーは火力に秀でた方ではない。つまりは相性が悪い。
学園は既に向こうの陣地。仮に彼の者のクラスがキャスターだとすれば、その城に入るのは胃袋に飛び込むのと同義。
更にはそこには狡猾な蟲も巣くっている。二極の悪意によって学校は染まっている。
蟲毒―――そのままの言葉が浮かんでいく。あの敷地は既に巨大な魔術の只中にいるというわけだ。

敵の能力の一端を知ったのは大きい。ただ開いたこの利、埋め合わせるに足るものか。
夕刻に感じた危惧は正しい。相手はこのまま正体を隠したまま力を蓄える。
時間が経つほどこちらの立ち回りが制限される。しかしできるか。対策が。

シオン・エルトナムがマスターであるという情報は月海原学園にいる多くのマスターに知られるところとなっている。
孤立させる目的で、更に外に拡散される事にも繋がるだろう。
存在を知ったマスターが、こぞって自分達を狙い包囲して撃破される、最悪の展開も確率的に上昇している。
その為に拠点を捨てる選択を強いられて、こうして野にさすらっている。
件の謎の男の協力を呑むとしても、今のままでは弱みにつけこまれるだけ。利用するだけ利用され、使い潰される末路であるのは容易に想像される。

正体は露呈し地形を押さえられた、多くの不利がこちらに乗っているこの状況で―――。



「フムフム……なるほどなあ、よーくわかったぜ」

事の重大さを理解してるのかいないのか、腕を組んだアーチャーは納得がいったように頷いた。

「つまり、奴らに対抗できるのは俺達だけだってわけだな」

静かな語気の裏には戦意が滾っていた。
恐怖のない、揺るぎない精神を支えにしなければ浮かべない不敵な笑みだった。

「確かに今の状況、俺達にとっちゃちと分が悪い。学校にはキャスターだかなんだかが競り合ってる。マスターは正体が暴露されている。
 連中からすれば俺達は格好のカモに見えるだろう。けどジョースター家には戦いの中で編まれた家訓ってのがあってだな。
 ―――こういう時は逆に考えるんだ。『ばれちゃってもいいさ』と考えるんだ」

指を立て笑みを深める。
四面楚歌に陥ってもなお神算の英霊は揺るがない。有利不利も現在の状況に過ぎず、次の一手で如何様にも変化するものと弁えてるが故に。

「マスターであると判明した。なら他の陣営はどう動くか?
 同盟を結んで体よく使おうとした奴がいた。即刻狩ろうと勇み足で向かってくる奴がいた。それ以外は?どうするか?どうしたいか?
 どう動くにせよ、学園では連中は俺達を注視する。いや対戦相手の一人であるのが確定である以上注視せざるを得ない」

奇しくもシオンを知った二組は別種の行動選択をし、異なる接触してきた。
交戦と、取り込み。取りも直さず二組のスタンスを如実に顕したといえる。

「聖杯戦争はパワーゲームじゃあねえ。思惑があり戦略があり疑念が渦巻く伏魔殿さ。むしろ誰もがそう思ってくれないと困る。
 そうするほど今の俺達にとっては、良い。
 敵は屋上のやり取りを見るに、学園の支配権を分譲しようなんて殊勝な考えは持ってない。狙い目はそこよ。
 あの場にいたので学園のマスターは全員って保証はない。場所を支配されるのを阻止したいのは他にもいるだろうさ」

朝の登校、校門前の蟲の一件での会話を思い出す。
あの時の行動の目的も、餌を演じ獲物を誘うことにあった。
予定と異なれど、結果は目論見に等しい形に見合っている。


「裏でこそこそ手を回してくるなら、俺達は表で堂々と動いて有利な状況を作る!」

そう締め括って、アーチャーはシオンに目を向ける。
……確かに、マスターとして公になった立場を最大限利用すれば状況に漣を起こせる。
四面楚歌である状況を群雄割拠に変えることにも展望が見えるだろう。

「……もしや、あれからずっとこのことについて考えていたのですか?」
「おうよ。俺はアーチャーだが頭使う方が好きでね。こういう駆け引きが重要になってくる形になってくれて案外ホッとしてるぜ。
 どんだけいるかハッキリしねえ相手を叩くよりよっぽど、勝ちの目がある」

シオンは、英霊にまで成ったこの男の強さの根源に改めて触れた。
一騎当千の戦士を相手取るよりも、入り乱れる複数の思惑の渦中へ飛び込む方が得意という胆力。
身を餌にして飢えたる獣に近づくのを畏れない勇気。
それは騎士や王とは異なるが、正しく英雄が見せる輝きだ。
その輝きを以てして、地上に君臨する吸血鬼の真祖、究極の一をこの男は打破してのけたのだろう。


「……でもこれ、マスターにも結構な重荷になるわけなんだよなあ。まさにカモがネギを背負ってくるもんだし……」
「それは愚問というものでしょう。アーチャー」

それとなくシオンを気遣うようなアーチャーの発言をきっぱりと切り捨てる。

「あなたが信じて託してくれた戦略です。ならばそれには全力で応じるのがマスターの務めというもの。
 ……それに、あなたを独りにする方が私には危なっかしくて落ち着いていられない」
「……へッ。な~んだ、女房面するにはまだ早いぜシオンちゃ~ん?なにせジョースター一族は一人の女しか愛さないという信条が……」
「そうやって調子に乗るから心配なのです。あなたの策も多分に希望的観測を含んでいる。可能性は感じるが確実性もまた足りない。ですが―――」

人の心理は気まぐれなもの。遍く地球を見渡したムーンセルすら心の機微には手を焼いている。
同じ人ですら、人だからこそ思考には相違があるのだ。
僅かな食い違い、刹那の時間差が大きな心変わりを生む展開。
一秒先もあやふやな未来。明日には滅びが待つかもしれない不安。だからこそ。


「『不可能を可能にするのがアトラシアの条件』……そうだろ?」
「不可能を可能にするのがアトラシアの条件……ええ、その通りです」


重なる声は、戸惑いも驚きもなく調和していた。




「……よーしッ方針も決まったことだし、メシでも食いに行くか!」
「オンオフを切り替えた直後にそれですか。本当に軽いですねあなたは……」

一気に気の抜けた態度に脱力しかかるが、それはそれとして栄養補給は大切だ。
ノリノリのアーチャーは霊体であるため食事は殆ど必要ないのだが。
時刻的にも夕食頃なのは事実である。住居は未だ定まらないがせめて食事くらいは安心して取りたいものである。
荷物をまとめてシオンは出立の支度にとりかかった。











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