だから、みんな死んでしまえばいいのに  ◆Ee.E0P6Y2U





……つまるところチャンスとは主観的なものであり、私たちが不意に抱く「これはチャンスだ」という感覚は、得てして客観的な事実ではなく、意識が勝手に創り上げる錯覚から生じているに過ぎず……








最初は信号に捕まっているのかと思った。
しかしどうやら違うようだった。武智乙哉が見ている限り、その少女は二度青信号を逃したまま立ち止まっている。
はてなんだろうか。乙哉は不審に思い、同時にさらに興味をひかれた。一体何を見ているのだろう。
学園の外壁によりかけながら、その視線を追ってみると、

「うん?」

街が動いた、ように見えた。
乙哉は目をぱちくりとさせながら、もう一度見返す。
が、そこには何もない。だだっ広い赤い空が広がっているだけ。
何が動いたような気がした。けれど気がしただけだ。遠すぎて今一つ様相が掴めない。

しかしこの違和感は何だろう。
何か動くものがあった――なら分かる。まあそういうこともあるだろう。
けれど先の感覚――脳裏を過った、街が動いた、という言葉。街に動くものがある、じゃない。街が動いた、のである。
あれは何だ。何故自分はそんな風に感じたのだ。

引っ掛かりを覚えた乙哉は頭を捻ったのち、小さく頷いて歩き出した。

「何か見た?」

そうしてごくごく自然な口調で、乙哉はそう尋ねていた。
すると声をかけた少女は、はっ、と顔を上げ、

「……あは、怖いなぁ」

振り向いて、キッ、と乙哉を睨み付けた。
そうして乙哉は真正面からまじまじと少女の顔を見ることができた。
短く切り揃えられた黒髪に白い肌、思った以上に端正な顔立ちをしている。
そしてその高い鼻にくっきりとした瞳を見て乙哉は、おっ外人だ、などという感想を抱いた。

「うんとさ、さっきあっち見てたでしょ」

あっち、と言って乙哉は先の北西の方角を指さす。
少女は何も言わない。ただ射抜くような視線を乙哉に向けている。
それを受け止めつつ、日本語通じるかな、といささか不安になった。

「あそこさ――何かいたよね」
「…………」
「いや正確に言うとそれだけじゃないんだ。何かがいて、動いた――んだけど、それだけじゃないっていうか。
 あたしには遠くてよく見えなかったんだけど、もしかしたら」

と、そこで乙哉の言葉を遮るように外人少女が口を開いた。


「“デイダラボッチ”」

聞きなれない単語に「へ?」と思わず乙哉は妙な声を漏らした。
外人少女は構わず流暢な日本語で語り出す。

「かつてこの日本にいたとされる、伝説の神様。
 月の満ち欠けと合わせて生と死を繰り返し、生命の与奪を司るという。
 夜が来ると巨大な姿となり森を徘徊する、らしい」

一体何を言っているんだろうか。当惑を隠せないでいると外人少女は、

「図書館で読んだ」

……と淡々と述べた。
乙哉は、ふむ、と腕を組み、

「そのデイダラボッチってのを見たっていうの? さっき、この街で」
「それか“ガンダム”」

また聞き覚えのない単語が出てきた。
外人少女はこちらの都合を考えず、独自のペースで語り出す。

「かつての大戦争にて投入された人型機動兵器。その中にあった伝説的な機体。
 他にも“エステバリス”や“武神”という兵器もあった。それだったのかもしれない」
「ふうん、物知りだね」
「……21世紀初頭の怪奇事件で“使用人の薬を服用して巨大化してしまった女主人”というのもあった」

ノンジャンルの知識をよくもこうぽんぽんと出せるもんだなぁ、と乙哉は感心する。
日本語も滅茶苦茶上手いし、相当な勉強家なのかもしれない。

と、そこで言うだけ言って外人少女は踵を返してしまった。
青になった信号を今度こそ渡っていく。速足だ。乙哉は思わず、ぽかん、としてしまうが、すぐに笑みを浮かべて後を追った。

もしかするとこの少女は突き放したつもりだったのかもしれない。
妙に急いでいたみたいだし、絡まれたくないから言いたいことだけ言って去るつもりだったとか。
それなら残念。乙哉はこの突拍子もない言動に逆に興味をそそられていた。 
何より――綺麗な顔をしている。

「ふんふん、なるほどね、つまり……」

だからそのまま後ろにくっつき、横断歩道のしましまを踏みながら話しかける。
よく分からない単語ばかりだったが、彼女が何を言わんとしていたかはなんとなく掴める。
つまるところ彼女が見たのは――

「“巨人”でしょ」

――その単語を口にした時、ばっ、と少女は振り向いた。
鋭い視線を受け、乙哉は思わず懐に手を入れた。手のひらに鋏の冷たい感触が走る。
先の視線が“睨む”ものであったのなら、今回のものは“刺す”ものだった。
思わず、ぞっ、とするほど冷たい、しかし同時に決然とした強さもある。そんな色を彼女はその瞳に湛えていた。

ああ、やはり勘は正しかった。

その瞳を見たとき、乙哉は確信していた。
血の匂い漂わせるこの異邦の少女は――マスターであると。
NPCがこんな顔をするものか。こういう顔するにはたぶん、使命感という奴が必要なのだ。
何か悲痛な使命を抱えて聖杯戦争に挑んでいる。乙哉はそこまで確信した。

「ちょっとさ話さない?」

だからこそ乙哉は人懐っこい笑みを浮かべ、極めて友好的に彼女に話しかけた。

「ラーメンとかおごるよ。好きなんだ。大丈夫大丈夫変な下心はないから。
 たださ、ちょっと教えてよ。さっき何を見たのか。あたし、ああいうの見たら気になって眠れなくなっちゃう性質なんだ」

そう誘うのと、乙哉たちが横断歩道を渡りきるのは同時のことだった。
二人の視線が絡む。そしてその頭上では信号が、ぱちぱち、と点滅していた。
しばらくしてそれも消えた。代わりに赤い信号が灯る。
それでもう元来た道には引き返せなくなった。






この冬木市という街には変な取り決めがあり、街が縦四列、横十列の合計四十コマに区画分けされており、それぞれにAの1、Bの2……というように数字が振られている。
区画はその役割とかではなく、ただ単に面積でそのまま区切られており、地図で見ればわかるが一区画は綺麗に正四角形をしている。ちょうど地図上の罫線をそのまま持ってきたかのような印象を受けるだろう。
これは地図にも記載されているほか、各種公式文書にもたびたび登場する。何かの都市計画に利用するつもりだった――のかもしれないが、具体的に何時誰がどのような思惑を持ってこんな区割りを始めたかは役人も知らない。
不思議なことにこの区割りは住民にも浸透しており、冬木市の住民はどこかで待ち合わせをするとき「B-5でさぁ……」などと口にするのだった。

実際の理由は聖杯戦争の管理に融通が利くから、というただただそれだけのことなのだろうが、それにしたってちょっと変な光景な気はする。
とはいえこれはこれで市井の人々たちにとっても分かりやすく便利らしく、変だな、と思いつつも基本的に誰も異を唱えたりはしないようだ。
無論、ひねくれ者というのはいるもので、この妙な区割りを「管理社会染みている」などといって頑なに使わない者もいたが、まぁそれはあくまで少数派だ。

乙哉もこの“方舟”での生活の上で自然とこの区割りを頭に入れて、使っていた。
だからミカサと名乗った(巧みに聞き出したともいう)少女と共に街を行きながら「さっきの場所はB-4あたりだ」と自然と思っていた。

「あたしもさ図書館によく行くんだ。いや別に読書家って訳でもないけど、なんとなく落ち着くっていうかさ
 あ、そういうえばこういうの知ってる? この街の図書館にまつわる七不思議っていうの。
 あの図書館、実は“禁断の書”ってのがあるらしいんだよね。なんでも本棚の裏のどこかに……」

ミカサができるだけ興味を持ちそうな話題を振りながら乙哉は朗らかに笑う。
が、彼女は依然として仏頂面だし、一緒に帰っているというよりは勝手に乙哉がついていっている、という感じだ。
兎角サン相手にしてるみたいだ、など印象を抱いた。彼女もまた戦う者であった。

そんなことを続けながらも“マル久豆腐店”の前を通り過ぎる。豆腐専門の老舗でおばあちゃんが一人で切り盛りしているお店だ。噂では人気アイドルの娘がいるとかだが正直眉唾だろう。
この角を曲がり“みちとカメラ”の「スピード仕上げ、証明写真、ビデオダビング」の文言が見えるといよいよ商店街に足を踏み入れることになる。
昔ながらの街並み広がるこの通りは、近くにできた大規模な量販店に押されつつも、それなりに活気があった。
今日も、既に陽が落ち、夕飯前のピーク期を過ぎたあとであっても、子連れの主婦やら下校してはしゃいでいる学生やらが見える。

この商店街も本当は“マウント深山商店街”という正式な名前があるのだが、最近ではどうにも使われない。
例の区割りにならって“C-3商店街”“しーさん”などという愛称が主に若年齢層では流行っているようで、そも別に住民も“マウント深山商店街”にさして思い入れがある訳ではなく、寧ろ最近では商店街活性化委員会が「若者に親しまれた方がいい」ということで積極的に“しーさん”という愛称を押しているとかいないとか。
と、言いつつ実は商店街は半分ほどはB-3地区にはみ出しているのだが、その辺りも住民たちの適当さを象徴しているようだった。


ミカサはその“しーさん商店街”を黙って進んでいく。寄り道をする気などないのだろう。ただただ最短距離だからという理由でここを通っているとみた。
中々の胆力だと思う。こんな時間にこんな場所を通れば、臭いに釣られ買い食いしたくなるのが人情というものだろうに。
例えば“茶東会計事務所”と“コニシ酒屋”の間にひっそりとたたずむお総菜屋さんがある。その前を通り過ぎれば、もわ、と香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。耐えられる訳がない。しかも安い。この時間は特に安い。コロッケならば百円で二つ買えてしまう時もある。金欠にも優しいのだ。
逆に財布に余裕があるのならば裏路地を覗いてみてもいい。この通りから一つ道を抜けると、そこには少し怪しげな世界が広がっている。
異様に熱心な常連客のいる名物的な質屋だとか、アートと称した刃物を売っている金物細工“だいだら”だとか、妙な店が揃っており、そこではこれまでの和気あいあいとした通りとはまた一味違う、商店街の別の側面を味わうことができる。
このよくわからない通りもそれはそれで面白いのだが、実は、この裏路地には信じられないほど美味しいイタリア料理店がある。
乙哉も一度友人に連れられて行ってみたことがあるのだが、なるほどこれは評判になる、と唸る味であった。普段イタリア料理など口にしない乙哉にもわかるほど、その料理は絶品だったのである。
あと甘味ならば外国人にもリピーターがいるというどら焼き店もある。何にせよこのグルメという観点においてこの商店街は中々に充実しているのだ。

「あーでもここじゃラーメンがないな」

乙哉はぼそりと呟いた。特に意識せずにミカサについてきてしまったが、抜かった。この“しーさん商店街”の弱点、それは中華料理である。
この商店街は不思議なことに中華料理屋が非常に少ない。大衆料理、という意味では多くの店があるのに、なぜか専門店は一つしかないのだ。
しかしその唯一の店というのがまた特殊かつ過激な味で少々人には進めづらい。
グルメ的な観点ではこの商店街を非常に気に入っている乙哉であったが、しかしこの点だけはどうにも納得がいかなかった。
イタリア料理もいいが、彼女はラーメンが好きなのである(これは彼女がミカサに語ったことの中で、唯一真実であった)

ちなみにこの“方舟”内で乙哉が推しているラーメンは新都の方にある“はがくれ”である。
看板メニューであるトロ肉しょうゆラーメンは非常にこってりした味なのだが、いやいやただの脂っぽいラーメンと侮るなかれ、その脂にはコラーゲンが豊富に含まれており“食べると魅力が上がる”のである。
という店主のうたい文句の真偽はともかくとして、味自体は中々のものだ。佐賀県風の柔らかな甘みのあるスープとコシのある麺がよく噛み合っており、中々キレがある。乙哉は中でも隠しメニュー“担担タン麺”がお気に入りだ。
が、流石にここから新都までミカサを連れていく訳にはいかない。残念ながら今日はあきらめざるを得ないようだ。

「…………」

どこで何を食べようか頭を捻る乙哉を置いたまま、ミカサはすたすたと歩き去って行ってしまう。
その素っ気ない対応に乙哉はやれやれと首を振り、

「で“巨人”見たんだよね」

そう呼びかけた。
するとミカサは足を止める。そしてゆっくりと振り返る。今度は何の感情も浮かんではいなかった。
乙哉は薄い笑みを浮かべた。いたずらっ気を含ませつつ「逃がさないぞ」と暗に示してみる。
本当はフレンドリーに接触して色々と話を聞くはずだった。そういうことに乙哉は慣れている。
しかしミカサは思った以上に強情な娘だった。ならば少し強引に、揺さぶりをかけることにする。

“巨人”
どうやらそれが彼女を揺さぶるキーワードのようだった。

辺りは既に暗くなっていた。
あれだけ真っ赤に燃え上がっていた空はどこへやら、ほの暗い闇と巨大な月が空には上っている。
商店街の雑踏の中、彼女たちは訪れた夜を謳歌している。


「……あなたが感じた違和感は、ただ何かを見ただけじゃないと思う」

そしてミカサは口を開いた。
これまで無視同然の扱いをしていた乙哉にやっと口を開いたのだ。

「ただ変なものがいただけじゃない――あるはずのものが消えていたから、あなたは違和感を覚えた」

述べられた言葉を、乙哉は咀嚼する。
彼女の頭の回転は早い。故にミカサが何を言わんとするのか、あの夕暮れで感じた違和と照らし合わせて考えてみる。
あの時あの場所、B-4あたりには何か大きなものがいた。学園からは、ちら、と見えるくらいがぎりぎりだった。
だがミカサが言うにはそれだけじゃないという。異物がいただけではなく、あるはずのものが消えたいたという――

「あ」

そこで乙哉は気づいた。
そうか、何時もあの場所から見えるはずのものが、あの時は“見えなかった”。
それが違和感の原因だ。

「あそこにあった高層マンション……あれが」

ミカサはこくんと頷く。
そういえば道中で人々が噂をしていた。どこそこのマンションが倒壊してたくさんの死人が出たとか――あれか。
そして状況を繋げて考えれば、あの時B-4には“巨人”がいて、それがマンションを倒した、ということになる。

荒唐無稽な話だった。それこそ聖杯戦争でもなければ。

「…………」

そう告げたきり、ミカサは再び歩き出す。
これでこの話は終わりだ、と言わんばかりの様だった。
しかし乙哉は迷わず彼女の後を追いかける。まだまだ話はこれからだ。

商店街の人ごみをかき分けながら、二人は歩いていく。
顔見知りの魚屋のおっちゃんやらに声をかけられたりしつつも、乙哉はミカサの後をぴったりとついていった。
その途中、公園に差し掛かった。そこではまだ何人かの子供が遊んでいてわらべ歌を歌っていた。


通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの 細通じゃ
天神さまの 細道じゃ
ちっと通して 下しゃんせ
御用のないもの 通しゃせぬ

この子の七つの お祝いに
お札を納めに まいります
行きはよいよい 帰りはこわい
こわいながらも
通りゃんせ 通りゃんせ


小さな公園を通り過ぎ、ミカサと乙哉は不意に立ち止まる。
踏切だった。運悪く足を止められた彼女らは、カンカンカン、と鳴り響く警告音を聞きながら二人で立ち尽くしていた。
この踏切は中々に長い。日本中のどこにでもある“開かずの踏切”だ。一度捕まったら中々出れない上、その向こうには緩やかにも長い上り坂がある。
故にこちらの方に帰宅する生徒たちからは特に嫌われていた。一緒に捕まってしまった生徒らも口々に「あーしまったな」などと漏らしている。


またこの踏切は商店街の終わりでもあった。
別に明確な区切りがある訳ではないのだが、ここを越えて以降ぱったりと店が途絶えてしまう。
この先はもう住宅街だ。恐らくミカサはこの先に住んでいるのだろう。

そこでミカサは待ち続ける。
踏切が開くのを。
そんな向こう側へ帰るときが来るのを。

「珍しいよね、この時間に子どもが遊んでいるなんて」
「…………」
「あは、よく考えてみると怖いかも。普通ないよ、子供が外にいる時間じゃないもん。それにわらべ歌なんて、今どきの子は知らないよ。
 そう考えると、幽霊みたいだ」
「…………」

乙哉の言葉にミカサは答えない。
それでもいい。言葉が届いていることは分かっているのだから。

「しかもああいうわらべ歌って、実は怖い意味が隠されているとか、よくあるよね。
 かごめかごめって首を斬る歌なんだってね。嘘か本当かは知らないけど、残酷だよね。
 綺麗な歌なのに、その実ひどいこと歌ってるって、ありふれてる」

乙哉は言った。

「綺麗なものは、綺麗なまま終わればいいのに」

その言葉が漏れた時、電車が来た。
ごうごう、と猛然と走り去っていく。あれはどこから来て、どこに行くのだろう。
どうせこの“方舟”の外などないのに、なぜかあれはやってくる。

この電車も、この商店街も、この街も、聖杯戦争が終わればすべて廃棄されるのだろう。
元々そのためだけに用意された街だ。役目を終えれば全て、ポシャン、と捨てられる。
きっとそれは街としての終わりですらないのだろう。機能を停止され、放棄され、削除される。それだけの工程だ。
ならばいっそ今壊してしまった方がいい。

乙哉はこの街が好きだった。ラーメン屋が少ないのは不満だが、雑多で混沌していて、愛嬌のあるこの商店街が好きだった。
だからこそ思うのだ。ああ今すぐ死んでしまった方がいいと。
街が街として生きている、この美しさを保っている内に、終わってしまった方がいい。
時の流れが残酷な真実を突き付ける前に、終ってしまうのだ。

人は何時か死ぬ。
それだけは絶対に揺るがない。だからこそ人は死に方をもっと選ぶべきなのだ。
いや死に方を選ぶことしかできない、というべきか。終わるべく瞬間に終わること。それが生きるということだろう。
ああだから、やはり、この街は今すぐ死ぬべきだ。
それこそ“巨人”でも来て街を壊していってしまえばいい。すべての家を、店を、人々を、全てを蹂躙して終わらせる。
忘れ去られ破棄されるよりも、よほどその方がこの街らしい。

そんなことを考えていると電車が通り過ぎていた。


「……私は海が好きだ」

するとミカサがぽつりと漏らしていた。
乙哉は眉を上げる。初めて向こうから口を開いてくれた。

「あれは綺麗で、そう、美しい」

海が好きだと彼女は語った。

「へえ、海いいよね。あたしも――」
「ここに来て初めて海を見た」

そして、泣いた。
そう語る彼女の横顔を見たとき、乙哉は思わず、どきり、としてしまった。
原初の海に思い馳せ、静かに語るその姿は儚くて、それでいて、綺麗だったから。
思わず懐に手が伸びる。ああこれはもう――

「海は美しい。けれど――残酷だとも思った。
 命を生んだ場所は、でも命には優しくはなかった。でも、それが……」

彼女はそう言って歩き出した。
今度は乙哉は追いかけない。理性が止める。今追いかけては駄目だ。
だって聞こえる。自分の中から声が聞こえる。それは声高にこう叫んでいる。

あんな綺麗なもの、今終わらせないでどうするのだ。

と。
二人きりになればきっと自分は我慢できない。
街から踏み出せば、もうその衝動を抑えられない。

「……ねえ」

だから最後に尋ねることにした。
彼女を追った最初の動機。本当に聞きたかった話。

「暁美ほむらって娘、知ってる?」

気になっていたのは、そう、友達の話だ。

「あたしの友達でさ、黒髪おさげの地味な娘なんだけど、でも実はすっごく綺麗な娘でね。
 同じ中等部だし、もしかしたら、って思ったんだけど――」

衝動を必死にこらえながら、なんとか平静を保って友達のことを尋ねた。
そうして――乙哉は答えを得た。
ほむらの名を聞いた時の、ミカサを顔を見て、乙哉は求めていた答えを得た。


そこで彼女らは別れた。
互いに背を向け、何も言わず去っていく。
明日また学校で会うかもしれないし、会わないかもしれない。それだけの関係を残して。
二人の間には踏切がある。街と外を隔てる境界線。ミカサはそれを越えて、乙哉は越えなかった。
それだけの話だった。



【B-3 /商店街と/一日目 夜間】

【ミカサ・アッカーマン@進撃の巨人】
[状態]:吐血、片腕に銃痕(応急処置済み)
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャアのハンカチ 身体に仕込んだナイフ
    (以降自宅)立体起動装置、スナップブレード、予備のガスボンベ(複数)
[所持金]:普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:いかなる方法を使っても願いを叶える。
1.日常は切り捨てた。
2.家に帰り装備を取り、新たな拠点を用意する。
3.額の広い教師(ケイネス)にも接触する。
4.シャアに対する動揺。調査をしたい。
5.蟲のキャスターと組みつつも警戒。
6.――――
[備考]
※シャア・アズナブルをマスターであると認識しました。
※中等部に在籍しています。
※校門の蟲の一方に気付きました。
※キャスター(シアン)のパラメーターを確認済み。
※蟲のキャスター(シアン)と同盟を結びました。今夜十二時に、学園の校舎裏に来るという情報を得ました。
※シオンの姿、およびジョセフの姿とパラメータを確認。
※杏子の姿とパラメータを確認。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【ランサー(セルベリア・ブレス)@戦場のヴァルキュリア】
[状態]:魔力充填(微消費)
[装備]:Ruhm
[道具]:ヴァルキュリアの盾、ヴァルキュリアの槍
[思考・状況]
基本行動方針:『物』としてマスターに扱われる。
1.ミカサ・アッカーマンの護衛。
[備考]
※暁美ほむらを魂喰いしました。短時間ならば問題なくヴァルキュリア人として覚醒できます。
※黒髪の若い教師(NPC、ヴォルデモートが洗脳済み)を確認。現時点ではマスターだと考えています。

【武智乙哉@悪魔のリドル】
[状態]:健康
[令呪]:残り3画
[装備]:月海原学園の制服、通学鞄、指ぬきグローブ
[道具]:勉強道具、ハサミ一本(いずれも通学鞄に収納)、携帯電話
[所持金]:普通の学生程度(少なくとも通学には困らない)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を勝ち取って「シリアルキラー保険」を獲得する。
1.あの黒髪の女の子(ミカサ)を追う?
2.『友達』を倒した相手を探したい。
3.他のマスターに怪しまれるのを避ける為、いつも通り月海原学園に通う。
4.寒河江春紀を警戒。
5.有事の際にはアサシンと念話で連絡を取る。
6.可憐な女性を切り刻みたい。
[備考]
※B-6南西の小さなマンションの1階で一人暮らしをしています。ハサミ用の腰ポーチは家に置いています。
※バイトと仕送りによって生計を立てています。
※月海原学園への通学手段としてバスを利用しています。
※トオサカトキオミ(衛宮切嗣)の刺客を把握。アサシンが交戦したことも把握。
※暁美ほむらと連絡先を交換しています。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※ミカサ・アッカーマンをマスターと確信し、そして……



どうしようもない偶然というものは、その実それ以上にどうしようもない必然と繋がっている。

(根拠のないジンクス)









チャンスだ、とその時の吉良吉影は考えたのだった。


夕暮れ、彼は見かけたサーヴァント、アシタカらを見逃すつもりだった。
一方的に発見したアドバンテージこそあれ、下手を打てば一気に窮地に陥りかねない。
そんな危ない橋を渡るつもりは彼にはなく、故に少なくともその場では彼らをやり過ごそうと思ったのである。

が、状況に変化が生じた。
例のサーヴァントが突然動き出したのである。
吉良には分からなかったが、何かを感じ取ったらしい。どこかを目指して焦って動き出したのだ。

そう、焦りだ。
彼らが焦燥の理由を吉良は知らない。しかし付け込む隙になり得ると彼は考えた。
だからこそ正面からは襲わず、乙哉と念話しで相談したのち、罠を仕掛ける形で彼らを狙うことにした。

『そっちも仕掛けるんでしょ?
 あたしもやっぱ別の娘に目をつけたから、ちょっと計画変更しよ』

乙哉もまた春紀という女の追跡は中断するとのことだった。
まぁ実際にやってみて分かったが、この混雑した校門で一人の生徒が出てくるのを待つのは中々に骨が折れる。
その道のプロでない自分たちがやったところで、見逃す可能性も高い。
春紀のことは重要な案件だが、効率を考えれば、今は別のことに臨むのも間違いではない。

故に乙哉は別のマスターらしき少女と接触、吉良はサーヴァントを狙うことになった。
吉良の方は残念ながらしとめるには至らなかったが、しかし焦っていた彼らは吉良に気付くことはなかった。
気づかれず彼らを狙い、そのサーヴァントが“視る”ことに長けた能力であることを知った。

聖杯戦争でも、スタンド戦でも、“能力を知る”ことの有用性は言うまでもない。
そういう意味で今回の追跡は十分な収穫だったといえるだろう。

そういう意味で吉良はその夕暮れ、非常にうまく立ち回ることができた。
だが吉良その日、チャンスだ、と考えたのは別のことであった。






それは乙哉の方から舞い込んできた。

アシタカの追跡に見切りをつけ、乙哉と合流を図った吉良は区画にしてB-3と呼ばれた地域にいた。
商店街の向こう側だった。民家が立ち並ぶその一角はその日ひどく静かだった。
ここ数日の奇妙な事件が尾を引いているのだろう。人々は部屋に閉じこもったきり出てこない。
最も一つ隣の区画はマンション倒壊という大事件を受け騒然としていたのだが、吉良はそうした騒ぎに近づくことを嫌った。
故に夜に静まりかえる街で、吉良は乙哉からの連絡を待っていたのである。

その時、吉良は一人の女性と行き遭った。
どうやらこのあたりに住んでいるらしく彼女は――綺麗な手をしていた。
辺りには誰もいない。陽は落ち、商店街の向こう側は静まり返っている。

そこで思ったのだ。
これはチャンスだ、と。

吉良は穏やかに話しかけた。ここで何をしているのですか? と。
すると女は答えた。娘を探しているのです、と。
そして――吉良はチャンスに賭けることを選んだ。








そうして冬木の街にまた一人行方不明者が出た。
その事件はマンション倒壊事件の一連の流れと同じように処理され、一人の殺人鬼が明るみに出ることはなかった。

目の前に美しい手があり、辺りに誰も居らず、ちょうど罪を覆い隠してくれそうな大きな事件が近くで起きていた。
そういう意味で、確かにその瞬間は吉良にとって唯一無二の好機であった。

けれど。
けれどそれは本当に偶然だったのだろうか。
吉良がその時B-3にいたのは乙哉がその辺りに居たためだ。
そして乙哉がその辺りにいたのは――その道がミカサの帰路だったからだ。

吉良と出遭った女性は娘を探していた。
娘が通っている学園から連絡があった。学園で何か事故が起きたこと、その上でお宅の娘さんが問題を起こしたかもしれない、と。
それを聞いたその女性は――“母”として当然に娘を案じ、不穏な雰囲気の夜の街に一人で出向いた。娘の通学路を辿りながら、その姿を探していた。だから、その女性はそこにいた。

全て――夜の出来事であった。



【B-3 /住宅街/一日目 夜間】

【アサシン(吉良吉影)@ジョジョの奇妙な冒険】
[状態]:健康、聖の手への性的興奮、 『手』
[装備]:なし
[道具]:レジから盗んだ金の残り(残りごく僅か)
[思考・状況]
基本行動方針:平穏な生活を取り戻すべく、聖杯を勝ち取る。
1.乙哉と合流
2.甲冑のサーヴァントのマスターの手を頂きたい。そのために情報収集を続けよう。
3.B-4への干渉は避ける。
4.女性の美しい手を切り取りたい。
[備考]
※魂喰い実行済み(NPC数名)です。無作為に魂喰いした為『手』は収穫していません。
※保有スキル「隠蔽」の効果によって実体化中でもNPC程度の魔力しか感知されません。
※B-6のスーパーのレジから少額ですが現金を抜き取りました。
※スーパーで配送依頼した食品を受け取っています。日持ちする食品を選んだようですが、中身はお任せします。
※切嗣がNPCに暗示をかけ月海原学園に向かわせているのを目撃し、暗示の内容を盗み聞きました。
 そのため切嗣のことをトオサカトキオミという魔術師だと思っています。
※衛宮切嗣&アーチャーと交戦、干将・莫邪の外観及び投影による複数使用を視認しました。
 切嗣は戦闘に参加しなかったため、ひょっとするとまだ正体秘匿スキルは切嗣に機能するかもしれません。
※B-10で発生した『ジナコ=カリギリ』の事件は変装したサーヴァントによる社会的攻撃と推測しました。
 本物のジナコ=カリギリが存在しており、アーカードはそのサーヴァントではないかと予想しています。
※聖白蓮の手に狙いを定めました。
 進行方向から彼等の向かう先は寺(命蓮寺)ではないかと考えていますが、根拠はないので確信はしていません。
※サーヴァントなので爪が伸びることはありませんが、いつか『手』への欲求が我慢できなくなるかもしれません。
 ですが、今はまだ大丈夫なようです。
※寒河江春紀をマスターであると認識しました。
※アーチャー(アシタカ)が“視る”ことに長けたサーヴァントであることを知りました。また早苗がマスターであることも把握しています。


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