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生きろ、そなたは美しい  ◆Ee.E0P6Y2U




「チャンスの神は前髪しかない」という言葉がある。
ここにおける神とはギリシア神話の男性神、カイロスのことであり、かのゼウス末子が“前髪は長いが後頭部が禿げた美少年”という風貌だったに由来している。
またカイロスとは“チャンス”の語源であるが、クロノスと同じく“時”を意味する言葉でもあった。クロノスが客観的な“時刻”であったのに対し、カイロスの“時間”は主観的、意識的なものであったという。






ああ、夜だ。
辺りでは深い闇が充満している。ふと目を上げれば空は藍を垂らしたかのような深みある色をしている。
そんな中、目を引くのは煌々と照り光る月だ。かの月は夜を我が物顔で見下ろしており、また照らし出した雲をはべらせる様はまるで女王のようであった。
月は依然と変わらぬ光を放っているのだ。星々は見えないというのに。恐らくあれは気が強いのだろう。

アシタカはその夜を、じっ、と見つめていた。
風が頬を撫で、艶のある黒髪がふわりと舞った。音のない夜だ。都心から離れているのもあるが、今日の夜はおかしなくらい静かだ。
別に不吉なものを感じている訳ではない。広がる夜に耳を澄ませているが何も感じることはない。
そう、何もないのだ。恐れるとしたらその空白だ。

ちら、と後ろを窺う。そこではようやく目的地にたどり着き一息ついている早苗の姿がある。
特に怪我などをした様子はないが、息を吐く彼女には疲労の色が滲んでいた。
無理もない。特に目立った交戦はなかったとはいえ、街中を歩き回り聖杯戦争に臨んでいたのだ。
朝からここまで、まる一日彼女は考え、気を張り続けたに違いない。
アシタカは思った。とにかく、ここまで来ることはできた、と。

また帰ることはできた。
生きることができた。絶対に達成すべきことは達成できたのだ。

だが、とアシタカは思う。
考え、見つめなくてはならないこともある。
この聖杯戦争、昨日まではまだ始まってすらいなかった。サーヴァントが出揃い、本格的に動き出したのは今日からだ。
その一日目、自分たちは何を行い、そして何ができなかったのか。
考える必要がある。

初めは迷っていた早苗も、テンカワアキトとの接触を経て、決意した。
これはいい。最適解かは分からない。けれど他の道はなかっただろう。ならば自分はその選択を護るだけだ。
たとえそれが聖杯戦争そのものの否定であっても。

アシタカはそこで、すっ、と目を閉じる。
街の音、風の音、そして夜の音、多くのものが感じられる。
この夜に彼は耳をそば立ててている。

そうしているうちに目蓋の裏にあの赤い夕暮れが蘇ってくる。
あの時、あの選択をしたのは果たして正しかったのか。あの時受けた痛みは記憶に新しい。









真っ赤な夕陽の下で、生徒たちは各々の帰路に着こうとしていた。
人が溢れている。
学園の騒ぎもあり、バス亭は普段よりずっと混雑している。辺り一帯はがやがやと騒々しかった。
その雑踏の片隅に、アシタカはいた。
道行く人々の流れを感じ取るべく、彼は意識を研ぎ澄まさせているのだった。
彼は今白いシャツに紺のズボンという現代風のいでたちだった。直に肌を晒すことで彼の感覚は鋭敏になる。
そうして彼が今突き止めようとしている気配は――

『その、これ……』
『静かに』

早苗の念話にアシタカは短く答える。
彼らの懸念は他でもない――他のサーヴァントである。
アシタカはそのスキルを持ってしてサーヴァントの気配を捉えた。
が、しかしそこまでなのだ。“近くにいる”ことを感じ取るも、“どこにいる”かが分からない。

気配は分かる。何かがいる筈なのに、しかし視えない。

その状況に動揺しつつも、アシタカは冷静であることに務めていた。
取り乱す訳にはいかない。それこそ致命的な隙になる。

『大丈夫だ。恐らくここでは仕掛けてこない』

故にアシタカはそう言い切ることにした。
早苗は動揺している。なまじ見えているからこその恐怖だろう。
それを落ち着けるためにも、必要なのは冷静な分析だ。アシタカは辺りに気を配りつつも早苗に語りかけた。

『“隠れ潜む”ことに長けたサーヴァントのようだ。
 どのようなスキルか、あるいは宝具かは分からないが“気配遮断”のほかに何らかの“隠れ潜む”手段を備えているらしい。そうでなくてはこの状況に説明がつかない』

アシタカの“気配察知”は“気配遮断”に対応することができる。
流石にAランク以上のものになると察知は難しいが、しかし今回は少なくとも“いる”ことまでは分かるのだ。
ならばそれが以外のスキルをこのサーヴァントは身に着けていると考えるのが妥当だ。

『問題は逆に敵がこちらのことを察知しているかだが、 私がこうして直に姿を見せてしまっている以上、これは既に見つかっていると考えた方がいい。
 その上で私たちが“気付いている”ことに気付いているかは分からないが』
『……じゃあ』
『だがここは人々の往来が激しい上、逃げ場も多い。私が狩人ならばこのような状況で不用意に攻めることはしない。仕掛けるとしても機会を窺う。
 それにこのサーヴァントも、この場が危ういバランスの上に立っていることは把握している筈だ』

先ほど確認した三騎、あるいは四騎のサーヴァントのことからも、学園に多くの聖杯戦争関係者がいることは明白だ。
あの中の一騎か、それかまた別の者か。何にせよこの学園はあまたの魔力が充満している。それを感じ取れないとは思えない。
ならばこそどの主従も慎重にならざるを得ないだろう。

感覚を研ぎ澄ませつつも、アシタカは次なる方策を告げた。
確かなことはサーヴァントがどこかに“いる”こと。その上でそれらはもうこちらに気付いていて、かつ攻撃の機会を窺っていると仮定しておく。
“隠れ潜む”ことを得意とする以上、暗殺を狙ってくるのは道理だからだ。

『マスター、とりあえず取れる道は二つだ。逃げるか、接触するか。
 どちらにせよあのバスというのは使わない方がいい』
『バスを?』
『ああ、前にも言ったが、ああいった閉じた空間は危ない。加えてこの混雑ではこちらの対応も遅れざるを得ない』

恐れるべくは最初の一撃だ。“隠れ潜む”者の有利は必ず先手を取れることにある。
そういう意味では“気配察知”が働いたことは僥倖といえた。不用意にバスに乗っていてはどうなっていたかは分からない。

『逃げるならば人通りの多い道を歩くのがいいだろう。街へ出れば手を出しづらい筈だ』
『……接触するならば』
『逆だ。人のいない場所、あの山のあたりに行くべきだ。
 向こうが襲ってくるならば、私が迎え撃ち、どうにかして敵の一撃を止めよう――その上でマスターが語りかけることになる』

早苗が息を呑むのが分かった。
逃げるか、それとも相対するか。言うまでもなく接触には危険が伴う。
こちらが後手に回らざる得ない状況である以上、多少の不利は見えている。
その上向こうが攻めてくるかも分からない。接触は空振りに終わる可能性もある。
とはいえ逃げたところで完全に安全とも言い難い。そういう意味で迎撃を選ぶのも一つの策ではあった。


アシタカはそうした分析と、この場で取り得る選択肢を告げた。
早苗は黙っている。迷っているのだろう。恐らく彼女はできることならこのサーヴァントとも接触し、話し合いたいと考えている。
だがそのリスクもまた彼女は分かっている。だからこそ迷うのだ。

アシタカはその選択を急かすようなことはしない。最終決断はマスターに委ねる。
早苗がどちらを選ぶにせよ指示には従おう。そして尽力する。
そんな心積もりであった。

だが、ここで状況に変化が生じた。

舞い降りた巨大な影に、ふ、とアシタカは顔を上げた。
そこには夕暮れに沈む赤い空と、学園、そして幾多にも連なる民家がある。
この方舟において、現代、とされる時代の風景だ。
穏やかな街の風景。そこに、ずん、と水面を揺らすように大きな何かが落とされた。

「これは」

キッ、と空を見上げるそのまなざしは凛々しくも険しかった。
アシタカは何も言わず、しかし確かに危急を感じ取っていた。

その気配はどこかに“隠れ潜む”サーヴァントとは違うものだった。
この何かは隠れ潜んでなどいない。隠れ潜む訳がない。これは解き放たれたものだ。
これは怒っているのだ。猛り狂う鬼の力をアシタカは感じ取った。

“気配察知”と“千里眼”によるものだろう。アシタカは近くの街に現れたその“怒り”――鬼眼の王を感じ取ることができた。

彼がまず初めに連想したのは猪神の長、乙事主(オツコトヌシ)だ。
生前縁があった齢五百歳を越える白き猪神。彼が抱いたヒトに対する怒りと、現れた存在が似通っているように思えたのだ。
無論、性質自体はまるで別のものだ。しかしその指向性においては通じるものがある。

『マスター、状況が変わった。今はここを離れよう』

アシタカはきっぱりと告げた。
突然のことに早苗は当惑した顔を浮かべ「え?」と漏らした。

『どうしたんですか、アーチャー――』
『近くに別の何かが現れた。それもかなり大きな力だ』
『サーヴァント……なんですか?』
『恐らくは……だが少々格が違う。大きな、そして猛り狂う恐ろしい力だ』

アシタカはどこか遠く――方角にして北西を睨みながら言う。
この力。これは単純に、強大である、というだけではないのだ。
箍が外れた状態とでも言おうか。制御されないが故のとめどない恐ろしさがある。
乙事主を連想したのもそのせいだろう。彼もまた傷つき、怒りに震え――祟り神となりかけた。
その時に感じた不吉と同じものを、今アシタカは感じている。

『鎮めなければ――この街すべてが危ない』

アシタカの緊迫した言葉に早苗が息を呑んだ。
事態は焦眉の問題だ。どう動くにせよ“隠れ潜む”サーヴァントに構っている余裕はなくなった。
故に――一先ずはここを離れる。

『じゃ、じゃあ……』

早苗の焦燥を感じ取り、アシタカはあくまで冷静に言う。

『この力を鎮めに行く、というのならば同行する。
 しかし危険であることは確かだ。それは理解しておいて欲しい』

誰も殺したくはない。誰にも殺し合いをさせたくない。
そんな理念を掲げる早苗ならば街そのものを呑みこみかねない力の存在を止めるように動くだろう。
それを見越した上で、アシタカは早苗の顔を覗き込み、その言葉を強く突き付けた。

「…………」

早苗は少しの間その大きな瞳を揺らしていたが、不意に毅然とした表情で、

『分かっています。でも街が危ないならば……行きます』

迷いなくそう言った。

『了解した。ならば私に黙ってついてきて欲しい。
 この力の場所まで連れて行こう。しかし“隠れ潜む”サーヴァントの存在もある。
 常に気を張って、次なる状況に備えていて欲しい』

アシタカは早苗の手を取って歩き出した。
バス亭の人ごみから離れ、夕暮れの街へと進み出す。
あれだけ濃かった空の赤も徐々に薄れていた。もう少しほの暗い影、夜の色が溢れだすだろう。

道はバス停同様帰宅する生徒で溢れていた。
突然の事態だが彼らにしてみればまだ“日常”の範疇だ。
けだるそうに欠伸をする者。部活を中断させられたことに不平を言う者。ただ騒ぐ者。
その中に混じって早苗はアシタカに手を引かれて下校していく。

凛々しい男性に手を引かれていることを除けば、なんてことのない下校風景だった。
しかしこれはただの下校ではない。その道中にも、これから向かう場所にも、恐るべき危険がある。
命がけの下校だった。その事実に早苗が緊張していることがアシタカにも伝わってきた。
汗ばむ手のひらが熱を伝えてくる。

辺りに気を配りつつ、アシタカはこれから向かう存在について考えた。
アシタカが感じ取り、視たそれは――やはり祟り神に似ているように感じた。
距離がある為に細部までは読み取れないが、それでもおぼろげな指向性は感じられる。
力をこういった風に発揮することは、この力の主としても本意ではないだろう。
だからこそ危険だ。堕ちた力はすべてを呑みこみ破壊する波となり得る。

だからこそ急がねばならない。急ぎ、鎮めなければ。
こんな時にヤックルがいれば一気に駆け付けることができたろうに、“弓兵”の階位ではそれも適わない。

と、焦燥を抱えつつも、アシタカは務めて落ち着いていた。
早苗を護る、という己の役目を彼は忘れてはいない。
だからこそ急いではいたが、分け目もなく走り出す、というようなことはしていなかった。

それが功を奏した。
歩き出して矢先、月海原学園近くの交差点に通りかかった。そこでは歩道橋がかかっている。
アシタカは早苗の手を引き、一段目を登った、そしてその時、彼は気づいた。

アシタカは気配を“視る”ことに長けたサーヴァントである。だからこそ彼には視えた。
足を踏み込んだ瞬間――あるいは一瞬前だったかもしれない――踏み込んだ階段が、じん、と熱を帯びることが。
アシタカはその現象に覚えがあった。石火矢。エボシが主導しタタラ場で生産されたあの火器。あれと同じことが――

故にアシタカはすぐさま足を止め、そしてそのまま後ろへと倒れ込んだ。
突如として抱きかかえられた早苗は「きゃっ」と声を上げる。

次の瞬間、ぼん、と爆ぜる音がしたかと思うと、衝撃と砕けた石の欠片がやってきた。
重い痛みが走る。アシタカは爆風の炸裂を背中で受けつつも、辺りを窺った。
下校途中と思しき奇妙な髪形をした男子生徒がいる。突如の爆発に、ぽかん、とした顔を浮かべる老婆がいる。その向こうでは信号待ちをしているサラリーマンがいる。
“いる”
この中に仕掛けてきたサーヴァントが“いる”。それは分かる。
しかしそこまでだ。まるで視えない幕に覆いかぶせられたかのように、感覚が不明瞭になる。


『アーチャー、これは』

抱きかかえながらも事態を把握した早苗が問いかけてきた。
アシタカは小さく頷き、

『例の“隠れ潜む”サーヴァントだろう。仕掛けてきたようだ』

アシタカは早苗を起しながらも、いましがた爆ぜた歩道橋を見た。
階段は焦げ付き、アルミの欄干は砕けていた。小規模な爆発ながら早苗がまともに喰らえば危険だっただろう。
何かを踏み、それが爆発した。そういうことなのだろうが、しかし特に何かが設置させている様子はなかった。
あったのは塵だけだ。しかしそれでこの敵は攻撃をしてみせた。

何の変哲もない場所から、どこから知れず攻撃された。底の知れない技巧だった。
なまじ“いる”分かる分、その脅威が肌で感じられた。“暗殺者”という単語が脳裏を過った。
無論このサーヴァントがアサシンだと決まった訳ではない。とにかくこの透明な殺人鬼は静かに人を狙うことに長けているようだった。

『……このサーヴァント、慣れている。街というものをよく知っているのかもしれない』

街ならば仕掛けてこないのでは、というアシタカの予測は外れたことになる。自身の狩人としての感覚で敵を量り過ぎたか。
“いる”ことは分かっても、これでは反撃のしようがない。ルーラーの存在から当てずっぽうに弓を放つことはできないし、何より早苗もアシタカもそんな方策を取りはしない。

「でも」
「分かっている。行くのだろう。だからとにかく、気をつけて」

アシタカは臆することなく言い、そして再び早苗の手を取った。
反撃のしようがないとはいえ、しかし“いる”のは分かるのだから敵の攻撃に対応することはできる。
透明な敵の攻撃を退けつつ、降り立った怒りの力を鎮めに行く。
それが簡単な道でないことは分かっていた。しかしそれでも街を行くアシタカの足取りに迷いはなかった。
無論、早苗にも。

猛り狂う力を鎮めんとすること。
夕暮れと夜の境界線にて、彼らが選んだ道はそれだった。







「でも……間に合いませんでしたね」

深まる夜の下、早苗はぽつりと漏らした。
その声音には疲労が滲み、どこか弱々しいものがあった。
アシタカは、ふっ、と顔を緩めた。穏やかな顔であった。

「私たちが行く前に誰かがあれを鎮めてくれたのだろう。
 被害は最小限に留まったようだ。誰だかは知らないが、よくやってくれたと思う」

そして神妙にアシタカは言う。
あのあともアシタカは早苗の手を引き、“猛り狂う力”の下へと向かわんとした。
しかしその気配は途中――陽が沈み夜になった辺りだ――ふっ、と消えてしまった。
徒歩で、しかも“隠れ潜む”サーヴァントの攻撃を警戒しつつの行軍だった。
そうした要因がアシタカたちの到着を遅らせた。結果、彼らが目的地――B4マンションにたどり着いた時には、既に闘いは終わっていた。
サーヴァントたちはおらず、あったのは倒壊したマンションの惨状と、その処理に追われる警察の姿だった。

「もしかするとルーラーがあの場にいたのかもしれない。
 あれほどの力、闇雲に振るえば聖杯戦争を揺るがすものであっただろう」
「あの人が……」

アシタカの言葉に早苗は言葉尻を濁す。
ルーラー、裁定者。彼女らと早苗は昼間言葉を交わした。
この聖杯戦争そのものへの疑問を投げかけ、そしてここまで至る方針ができた。
彼女らに対する早苗の心象は複雑なものだろう。掲げる理念からは相いれない。真っ向から対立してるといえる。けれど人としてそう嫌っている訳ではない。
ルーラーたちがここで戦っていたのならば、彼女らのスタンスに対する理解がより深まっただろう。
しかし入れ違いになったのか、早苗は誰とも会うことがなかった。

「…………」

早苗は無言で目の前のアパートを見上げた。
こじんまりとした建物であった。二階建て、各階四室の小規模な木造アパートで、外装もささやかなものだ。
建って以降結構な年数が経っているのだろう。ところどころ外殻の塗装も剥げ、風が吹けば、みしり、とどこかの壁が鳴いた。
都心より少し離れた立地も鑑みれば、その生活の水準も窺えた。

岸波白野の自宅であった。

戦いに遅れた以上、早苗たちがB4マンションに残る意味はない。
故に当初の予定通り岸波白野の自宅を尋ねることにしたのだ。
混乱の渦中であるB4マンションに近づくことを嫌ったのか“隠れ潜む”サーヴァントの存在は途中から消えていた。
“いない”ことを確認したが、念を入れて徒歩で移動し、そしてここ――岸波白野の自宅へと至る。

「……白野さん、来ませんね」

時刻を確認し、不安げに早苗が言った。
夕暮れ岸波白野へと入れた連絡――21時に自宅で待つというもの。
しかし如何な事情か彼から折り返しの連絡はなく、また約束の時刻にも彼は姿を現さなかった。
まさかあの教師が嘘を教えたとも思えない。となれば岸波白野側の問題らしいのだが。
何かの事情で連絡を見れない状況だったのならばいい。そもそもこちらを無視したのなら、それは仕方がないと思える。そもそも一方的な通知に過ぎないのだ。警戒されるのは見越していた。

「もしかすると白野さん、もう……」

だが早苗が恐れているのは、岸波白野が既に聖杯戦争から脱落し、この方舟から消え去っているのでは、という場合だった。
裁定者から名前を教えてもらった段階では生きていたのかもしれない。しかしその後、今まで生きている保証はない。
そう思うと否応なしに厭な想像が脳裏を過る。
同じ学校に通ってはいるが、元々縁があった訳ではないし、顔すら思い出せない。けれど会おうとした人がもう既に死んでいる。そんな状況は、聖杯戦争関係なしに、怖かった。

「マンションでも多くの人が死んでいました。きっと、聖杯戦争に巻き込まれて」

早苗は弱々しく言う。
最低限度の被害で済んだ。そんなアシタカの言葉も、彼女の慰めにはならないだろう。
たくさんの人が死んだ。もし自分たちが駆け付けることができれば、被害が減ったのではないか。そう思って自らを責めているのだろう。
だからこそ、岸波白野の死を恐れる。行こうとした場所、会おうとした人、それらが自分たちの手のひらをすり抜ける様に死んで行ってしまう。
そうした事態を、死を恐れているのだ。


「マスター」

そうした恐れを感じ取り、アシタカは口を開いた。

「生ある者は必ず死ぬ。そして死んでしまった者は還らない、決して」

決然とした言葉だった。
アシタカはかつて多くの生を見てきた。そしてその終わり、死も。
かつてモロの君は言った。死を恐れはしない。恐れず死を見つめている、と。
それは気高い犬神としての言葉だった。森に生きるもののけとして、モロの君はシシ神がもたらす生と死を知っていた。

「死に憑りつかれてはいけない。
 私たちは生きている。だからこそ死を見つめなくてはならない」

早苗は黙ってアシタカを見上げている。
救おうとした。けれど救えなかった。そんな命がある。

「死という運命は覆せなくとも、選択はできる。ただ待つか、自ら赴くか」

それこそが生きるということだ。
死を悼み、死を想い、死を見つめ、そして道を選ぶ。
それこそがが我々の言う“生きる”ことであると、アシタカは告げた。

「だからこそ生きよう、マスター」

そう言ってアシタカは口を閉じた。
慰める訳でもなければ突き放す訳でもない。ただただありのままを述べる。
そしてそれこそが真実であると、知っているからこその言葉だった。

早苗はしばし黙っていた。考えているのだろう。これからのことを。
聖杯戦争一日目はもうすぐ終わる。救いたかった、多くの命が散ってしまった。
もしかすると自分たちは大きな好機を逃してしまったのかもしれない。あの夕暮れで別の道を選べば、別の答えがあっただろう。
今この状況がいいものか、悪いものかは正直なところわからない。
けれど、生きている。
自分たちはまだ生きている。
だからこそ、選び続けるのだ。死という運命を前にして、行くべき道筋を探し求める。

アシタカはその眼で夜を視た。
人がいて、獣がいて、木々の陰には神が宿っている。広がる夜には多くの命が息づいていた。その流れの一部に自分たちはいるのだ。
アシタカはその命を視つめながら、早苗に寄り添うように立っていた。


【C-8 /アパート(岸波白野在住)前/一日目 夜間】

【東風谷早苗@東方Project】
[状態]:健康
[令呪]:残り2画
[装備]:なし
[道具]:今日一日の食事、保存食、飲み物、着替えいくつか
[所持金]:一人暮らしには十分な仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:誰も殺したくはない。誰にも殺し合いをさせたくない。
1.岸波さんは……
2.岸波白野を探し、聖杯について聞く。
3.少女(れんげ)が心配。
4.聖杯が誤りであると証明し、アキトを説得する。
5.そのために、聖杯戦争について正しく知る。
6.白野の事を、アキトに伝えるかはとりあえず保留。
[備考]
※月海原学園の生徒ですが学校へ行くつもりはありません。
※アシタカからアーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しましたが、あくまで外観的情報です。名前は把握していません。
※カレンから岸波白野の名前を聞きました。
岸波白野が自分のクラスメイトであることを思い出しました。容姿などは覚えていません。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※アキト、アンデルセン陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。なお、彼らのスタンスについて、詳しくは知りません。
※バーサーカー(ガッツ)、セイバー(オルステッド)、キャスター(シアン)のパラメータを確認済み。
※アキトの根城、B-9の天河食堂を知りました。
※シオンについては『エジプトからの交換留学生』と言うことと、容姿、ファーストネームしか知らず、面識もありません。
※岸波白野の家の住所(C-8)と家の電話番号を知りました。
※藤村大河の携帯電話の番号を知りました。


【アーチャー(アシタカ)@もののけ姫】
[状態]:健康
[令呪]
1. 『聖杯戦争が誤りであると証明できなかった場合、私を殺してください』
[装備]:現代風の服
[道具]:現代風の着替え
[思考・状況]
基本行動方針:早苗に従い、早苗を守る。
1.早苗を護る。
2.使い魔などの監視者を警戒する。
[備考]
※アーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しました。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
※教会の周辺に、複数の魔力を持つモノの気配を感知しました。
※吉良が半径数十メートル内にいることは分かっていますが詳細な位置は把握していません。吉良がアシタカにさらに接近すればはっきりと吉良をサーヴァントと判別できるかもしれません。

[共通備考]
※キャスター(暁美ほむら)、武智乙哉の姿は見ていません。
※キャスター(ヴォルデモート)の工房である、リドルの館の存在に気付いていません。
※リドルの館付近に使い魔はいません。
※『方舟』の『行き止まり』について、確認していません。
※セイバー(オルステッド)、キャスター(シアン)、シオンとそのサーヴァントの存在を把握しました。また、キャスター(シアン)を攻撃した別のサーヴァントが存在する可能性も念頭に置いています。
※キャスター(シアン)はまだ脱落していない可能性も念頭に置いています。



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