Insight ◆Ee.E0P6Y2U




残された時間は十分程度。
それまでに目標を達成する。







やってくる。
やってくる。
人を喰う化物がやってくる。
赤い色が見えた。血の色をした化物だった。
上から来た。化物は遥か頭上より、ぞる、と滑るようにして街に降り立った。
人がごった返す“祭り”の中に一匹の化物が紛れ込んだ。

「久々だな、アンデルセン」

やってきた化物は――アーカードはくだけた口調で語りかける。
まるで十年来の友人に語りかけるかのような、穏やかで親しげな声色だった。

「――――」

対するアンデルセンは答えない。
ただ無言でやってきたアーカード/化物を見返した。

祭りは終わっていない。相変わらず人は衆愚に耽っている。
しかしごった返す有象無象などもはや気にかからない。
この場で彼らにとって意味あるものは一つしかないのだ。

「跳べるんなら最初から跳べ」

そうして相対する二人を揶揄するように、アーカードと共にやってきた男、ジョンス・リーは言った。
アーカードはジョンスを抱え跳躍で一気にひとっとびでここまでやってきた。街から街を横断である。
これができるならタクシー代も浮いたな、などと彼はこぼしている。

「んで」

こきこきと首を鳴らしながら、ジョンスは辺りを見た
街には狂乱が広がり、その中心には見覚えのある顔がいた。

「よりにもよってお前か」

――すると敵は嗤った。

「あれwwwwwあれえwwwwwwwww旦那にジョンスりぃんwwwwwwwwwwww!!!
 奇遇ですねぇwwwwwwおっひさーwwwwwwそうでもない?wwwwwま、いいですけどwwwww
 よおwwwwこそwwwwwこの奇跡のふぇすてぃばるへwwwwwwwwジナコさんで遊ぶ前にwwwwww旦那たちがキターwwwwwwww」

敵、ベルク・カッツェはいやらしくけらけらと嗤っていた。
その所作が精神を一々逆なでする。大体一日ぶりの再会だがこみ上げる苛立ちは変わらない。
この狂乱の祭りもこいつの手によるものだろう。前にホームレスにやっていたことの延長に違いない。
反吐が出る。最初に会った時から何一つ変わっていない。
故にただ一言「黙れ」と告げる。

「んもうwwwwそんな釣れないこと言わないでwwwwwんでもまぁ釣れてるんですけどwwwwww
 あ、れんちょんもいますよwwwwwほら、にゃんぱぁぁぁぁぁぁぁぁぁすwwwwwww」
「八極拳……」

カッツェに抱えられるようにしてこれまた見覚えのある少女がいる。
宮内れんげ。カッツェのマスターだ。最後に会った時はカッツェの方が勝手に消えていたが、合流したらしい。
れんげは特に怪我をした様子もなかったが、どこか沈んでいるように見える。

「あっちゃん……」

瞳を揺らし、縋るような(あるいは心配するような?)弱々しい声をれんげは漏らす。
その視線の先にいるのは“あっちゃん”――つまりはアーカードだ。

だが当のアーカードはれんげはおろかカッツェすら見ていない。
今彼が見ているのはアンデルセンだけだ。
その上で言葉を交わす気配すらなかった。彼と相対し闘争の気を街に放っている。
まぁあれも奴らなりのコミュニケーションなんだろうとジョンスは適当に思った。

「……どうやらお互い、あの敵を狙っているようだが」

仕方がないのでジョンスが口を開いた。
ジョンス自身はアンデルセンのことを何一つ知らないが、とりあえずカッツェに挑んでいることだけは分かった。
ならばこれからどうなるかを一応話つけておくべきだと思ったのだが、

――ジョンスの声は無視された。

たっ、とアンデルセンが地を蹴ったかと思うと、アンデルセンがアーカードへと襲い掛かっていた。
両の腕に銃剣/バヨネット。その瞳にはまぎれもない殺意。恐るべき膂力を持って一撃二撃三撃と刃を振るっていく。
アーカードもまた「ははは!」と哄笑しながら刃を受け止めていく。銃剣には弾丸を、殺意には殺意を、互いにぶつけ合う。

「――答えろ何故ここにいる」

その最中アンデルセンは問いかける。
無論殺し合うことは止めない。血を求め刃を振るいながら言葉を叩きつける。

「貴様は王との闘争があった筈だ。それを放り投げて何故ここにいる」
「なに、闘争の前に少し腹ごなしをな。
 もう一人の私には伝えておけ“今いく”とな」
「ふざけるな。ぶち殺すぞ吸血鬼」

カッツェそっちのけで戦い始めた二人を前にジョンスは息を吐く。
恐らく声を挟んでも聞かないだろう。まあある意味予想した通りの展開だ。

「旦那wwwwwwww遊んでないでこっち来てくださいよぉwwwwwwww」

が、カッツェはのこのこと彼らに割り込もうとした。
その身を躍らせ、この祭りに彼らの闘争すら取り込もうとして――無視された。
カッツェの攻撃を彼らは、さっ、と避けられてしまう。
言葉はおろか視線すら絡まなかった。殺し合っている彼らにとってカッツェはまさしく眼中にないようだった。
そうしてすり抜けられた彼は、

「は? なにミィをスルーしちゃってんの」







マガジンを装着。
ボルトキャッチを叩き、ロックを解除する。
ボルトが前進。弾丸がチャンバーへと流れ込む。
装填。







「スルーとかwwwwwwwマジ旦那勘弁wwwwwwwwwwww」
「はっ、袖にされたな」

一拍遅れて嗤い出したカッツェにジョンスは吐き捨てるように言った。

「お前あれだ、ガキの頃人がかまってくれないと泣いてたタイプだろ」
「んー?」
「良いから認めろよ、みんなが構ってくれなくて寂しいですって。
 ちょっかいかけて反応なかったら悲しいもんなぁ?」

そして前に出る。勝手に殺し合っているアーカードたちを無視してジョンスはカッツェと相対した。
一人でだ。
それは――望むところだった。
アンデルセンもカッツェを狙っていたが、かといって共闘するなどという展望はジョンスにはなかった。
仮に向こうが共闘を申し出たところで「要らん」と切り捨てていただろう。

聖杯戦争とはつまるところバトルロワイアルだ。
だから周りはみな敵だ。今倒すか、あとで倒すか、その二択しかありはしない。
まぁカッツェに挑む“順番待ち”くらいはしてやってもよかったが、アンデルセンはカッツェなどもう見てはいない。

故に堂々とジョンスはカッツェに挑む。
色々と予想外の事態は重なったが、聖杯戦争開幕から望んでいた立場には立てた訳だ。

「来いよ」

スッ、とジョンスは構えた。

「たはっwwwwwwwジョンスりんwwwwwそれマジィ?wwwwwwww
 ユゥがミィに勝てる訳ないやんwwwwwwwwwww
 ってかぁwwwwwwそもそも攻撃効かなぁwwwwwwい。
 ま、でもぉwwwwwwwしょうがないからかまってあ・げ・る」

しかしカッツェはとりあわず、姿を消した。
その異形の姿を消し、市井の人々へと溶け込んだ。
街は相変わらず“ふぇすてぃばる”に包まれている。
誰かが誰かを罵り、誰かが誰かを憎む、真っ赤に燃える醜い人間ども。
その中の誰かが――ジョンスへと襲い掛かってきた。
「うおおおおお」やら「死ねええええ」とか全く持って知性の感じられない言葉を叫びながら、彼らはジョンスを狙ってくる。
元は別にそう悪人でもない、けれど善人でもない、どちらにも属さない凡人たちだ。
それをジョンスは、

「…………」

――ずん、と蹴散らした。
大地が震える。放った“震脚”が数十人規模で人をなぎ倒していく。
ぱらぱらに散っていく人々の身体が枯れ木のようだった。

「お前さ、人の影に隠れてないと何もできねえ奴だろ」

文字通り彼らを“蹴散らした”はジョンスは群衆のどこかにいるカッツェに語りかける。
するとどこからか「ジョンスりんwwwwwwww」だなんて声がした。
つまり聞こえているということだ。

「余裕ぶっこいて“ぼくは潰し合わせるのが好きです”とかぶんぞりかえってるけどよ、違うな。ただの臆病者だろ、お前」
「んんwwwwwwwジョンスりぃんwwwwwwミィに手も足も出ないから精神攻撃wwww」
「いいから認めろよ。何でもかんでも笑い飛ばしてりゃ誤魔化せると思ってたか?
 お前は鳥は鳥でもチキンだな。鳴いてみろよコケコッコーってよ」

言い放ちながらジョンスは歩き出す。
時節襲い掛かってくる群衆はすべて弾き飛ばした。
ルーラーがまた何か言ってくるかもしれないが、まぁ、今回は向こうが襲ってきたんだ、仕方ない。

「来ないのか?
 ほら、相手にしてやるって言ってやるんだぞ?
 あの吸血鬼やら神父やらに無視されたお前を、俺は構ってやろうと言ってるんだ。
 俺にしては珍しい類の優しさだ。ほら、来いよ」

ジョンスは無造作に言葉を投げつける。
カッツェがどこにいるかは分からない。しかし言葉は届く。
ならば燻り出すのは簡単だ。こいつは言葉を弄するが故に言葉を無視できない。

「はあぁwwwwww全くジョンスりんwwwwww」

ほうら来た。
ジョンスは思った通り――そいつはやってきた。

「せっかくミィがジョンスりんの見せ場作ってやったのにwwwwwwww
 いいの?wwwいいの?wwwwwミィに本気出させちゃって」

群衆よりベルク・カッツェが躍り出る。
相変わらず馬鹿みたいな格好だ。異様な巨躯にぐしゃぐしゃの髪。菱形のしっぽをうねうねと動かす様はなるほどエイリアンらしい。
化物の次はエイリアンか。何時から俺の人生はB級映画になったんだ。思わずそう言いたい気分ではあった。

「ほら使えよ」

とはいえ戦うことに恐れはない。
吸血鬼だろうとエイリアンだろうと、ぶっ飛ばすと決めた以上やることは一つだ。
八極拳だ。

「変身できるんだろ? やってみろ」

図書館において既にベルク・カッツェの概要は調べ上げている。
そして出た結論は――

「んもうwwwwwwそこまで言・う・な・らwwwwwwwwww」

くるくると回りながらカッツェは言う。
左手にはれんげを連れて、右手で灰色の手帳を掲げ、全てを終わらせるその言葉を言う。

「バ・バババババ・バアアアアアド・g――」

その瞬間、







撃つ。






続く筈の言葉は途切れていた。
「あ?」とジョンスが漏らす。何が起こったのかよくわからない。
カッツェもまた「は?」と訝しげな声を漏らしていた。
れんげは変わらない。カッツェに抱きかかえられたまま足をじたばたやっている。

ただ気づけば――カッツェの手にあった手帳が砕けていた。

狙撃だ。
どこかからかカッツェを――正確にはあの手帳(NOTEという奴だろう)を狙った奴がいたのだ。
その事実に一拍遅れてジョンスは気づき、辺りを窺うが、しかし誰もいない。
狙撃手は人知れず狙撃を成功させ、そして消えていったのだ――






目標の狙撃に成功したことを確認し、ゴルゴは銃を置いた。
あのサーヴァントについての情報は既に調べ上げている。
それだけの時間はあった。ジナコの令呪に呼ばれるまで、彼はこの聖杯戦争で今までに得た情報を洗い流していたのだから。

だからこそゴルゴは狙撃に成功した。
あらかじめ行っていた徹底的な下調べ。ターゲットの能力、精神性、弱点、全てを知り尽くしていたからこそ、彼は消滅までの僅かな時間で全てを生かすことができたのだ。

『死なないからくりがある』。
『赤毛』
『長身』
『鎖』
『瞬間移動』
『変装能力』
『メシウマ』

夕方までの下調べで得ていた情報。
これだけあれば十分だ。真名を手に入れ、どこをどう狙えばいいのか、掴み取ることは容易だ。

故に――狙った。
ジナコが消え、ゴルゴが消えるまでにはわずかな時間しかなかった。
しかし、それで十分だ。
これまでの念入りな下準備さえあればこそ、だ。

息を吸い、吐く。

その場は静かだった。
眼下で広がる祭りの狂騒もここまではやってこない。
ビルの屋上は暗かった。明かりといえば街からこぼれ出した雑多な光と、空から降り注ぐ月光だけだ。
その上、静かだった。怒号や叫びは聞こえてくるが、どれもこの場には関係のないノイズに過ぎない。
だから静かなのだ。遠目に感じる祭りの炎は、静寂を際立たせる以外に意味を持たない。

ちらかった塵が風に吹かれ転がっていくのが視界の隅に見えた。
何となく目で追うも、すぐさま暗闇に呑みこまれ、消えていった。
華やかな祭りの陰はいつだってほの暗い空白だ。

敵は撃った。
あとはもう去るだけだろう。
もうこれ以上こんな祭りに用はない。
聖杯戦争に関わる理由はもはやゴルゴには存在しなかった。

「……あは」

ふとそこで声がした。
ジナコ・カリギリ。ゴルゴを裏切った依頼人。
倒れ伏す彼女の身体もまた闇に消えようとしている。祭りの狂乱の裏側。この暗く静かな暗闇の中で。

「ゴルゴさん、違うッスね……」

その声は乾いた風のような響きを持っていた。

「ゴルゴさんは“ヤクザ”なんかじゃないッス。
 確かに怖くて、恐ろしくて、見るからに堅気じゃないッスけど……なんかそういうのともちがう。
 そんな死ぬ間際になっても仕事するなんて……“ヤクザ”はそんな真面目じゃないッス」

消えゆく彼女の口調は戻っていた。
お茶らけた、本気じゃないですとアピールしてるかのような、薄っぺらで痛々しいしゃべり方に。
その口調は彼女の嘘だった。同時に唯一の真実だった。
己のうちに“ほんとう”を見つけることができなかった彼女にとって、自分を隠す嘘だけが全てになっていた。
だから最後まで嘘を吐くのだろう。もはや終わりと悟っても、嘘しか彼女にはないから。
そういうことなのだろう。

「ゴルゴさんは“プロ”なんスね」

プロ――プロフェッショナル。
それはジナコから最も縁遠い言葉だった。

「自分のなかに“ほんとう”があって、それで戦ってるんスね」

ゴルゴがゴルゴたるルール。
確かにそれはある。あったからこそ彼はここまで来ることができた。

恐らくそれが違いだ。
ゴルゴとジナコはよく似ている。同じく恐れ、同じく臆病だ。
しかしゴルゴには絶対のルールがある。臆病ゆえのルールが。
才能は土台に過ぎない。努力でそれを維持し、臆病さを用心深さへと昇華した。運もある。人には誰しも“間”が悪い時があるものだ。それだって無視できない。
才能と努力と臆病さ、そして運。そのバランスを律するものこそ――ゴルゴの原則/アピンシブル。

ゴルゴにはそれがあり、ジナコにはそれがなかった。
プロとニートの違いだ。
あるいは彼女が求めていたのかもしれない。ジナコの人生に欠けているものは間違いなく、“プロ”という言葉だっただろうから。
だからゴルゴを呼んだのか。

「ああ、でもアタシ――やっぱり普通だ。だってどう考えてもゴルゴさんは普通じゃない。
 普通……そんなルールみんな持ってない」

そこに至ったからだろう。
ジナコの言葉には、ほんの少しだけ、嘘でないものが混じっていた。

ゴルゴの原則に触れ、それが自分からあまりにも遠くかけ離れたものであると知ったことで、彼女は逆説的に救われたのかもしれない。
彼女が求めていたもの。彼女に足りなかったもの。彼女がやり直したいだなんて思ったきっかけ。
確かにゴルゴはそれを持っていた。
けれど――こんな“プロ”は早々いない。
世の中、ゴルゴのような人間ばかりな訳がない。
そうジナコは確信したようだった。

「だから――アタシのが普通でしょ? プロより、ニートのが自然なんだって。
 何も期待しないで、やりたいことも忘れて、なんとなくで生きていく。それが……普通でしょ?
 普通の人間はニートなの。ニートで……いいんだ」

そう言ってジナコは静かな闇に沈んでいく。
どこまでも後ろ向きな態度で、しかしほんの少しだけ、自分を肯定しながら。

「アタシはこれでいい。ニートでいい。
 ……でもこれだけは平等なの……ニートも“プロ”も“死の呪い”からは逃げられないって……本当、おかしいよ。
 アタシ、やっぱり怖い。怖い。アタシ、うそつきだけど、これだけは本当。ニートでいい。ひとりぼっちでいい。でも死ぬのはいや。だっておかしいから。
 でもしぬのはこわい。ねえそうでしょ――」

憑りつかれるようにぶつぶつと言葉を漏らしながら、ジナコは消えていった。
ジナコの最期の問いかけに、ゴルゴは答えなかった。答えるまでもないからだ。
俺とお前はよく似てる。そういうことだ。

聖杯戦争から脱落し、その魂がどこへ向かうかは分からない。
けれどそれが死であることだけは、間違いがなかった。
恐れいても、それだけはやめてと希っていても、死だけは平等に訪れる。
彼女も知っていた“ほんとう”だった。

「…………」

残されたゴルゴは無言で葉巻を取り出した。
静かに火をつけ、煙をくゆらせる。眼下で祭りは続いていた。しかしもう彼がそこに関わることはないだろう。
仕事を果たした。あとはもう、姿を消すだけだ。

はためくコートが、すぅ、と空白に溶けていく――


【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC 死亡】
【プロフェッショナル(ゴルゴ13)@ゴルゴ13 消滅】










ベルク・カッツェもまた消滅しようとしていた。
この聖杯戦争中初めての被弾であったが、しかしそれが致命傷だ。
どうしようもない。唯一無二の急所を撃たれたのだから。

もうすぐ自分は消えるだろう。その事実はほかでもないカッツェ自身が一番よく把握していた。
その上カッツェは、

――ま、いいッスけどwwwwwwwwwwwww

なおも嗤っていた。
聖杯戦争からの脱落もカッツェにしてみれば嗤い飛ばせることに過ぎない。
そもそも彼には目的がない。展望もなければ、目標もない。
愉しめればそれでいいのだから、究極的に何時落ちてもいいのだ。

勿論もう少し楽しむつもりではあった。
折角これだけの“ふぇすてぃばる”を用意したのだ。こっからさらに遊んでやるつもりだった。
ジナコさん追悼記念炎上パーティやらHALへの報復大作戦やらルーラーちゃんへの嫌がらせリターンズやら、やりたいことはそれなりにあった。
それができなくなるのは残念だが、まぁ、これまででも十分に愉しんだ。
だからこのあたりで打ち切りも悪くない。
また次の機会、別の聖杯戦争で遊んでやればそれでいいのだ。

――それにwwwwwwまだ愉しみはありますしぃwwwwwwwwwwwww

そう思いながらカッツェは抱えたマスター――宮内れんげを窺う。
銃声は一発だった。彼女は自分と違って怪我を負っていない。
しかしここで彼女は一緒に死ぬ。だってここは聖杯戦争。マスターとサーヴァントは一蓮托生だ。
一緒に消えるのだ。その事実を突き付ける様がこの聖杯戦争最後のお楽しみだ。

「――っちゃん」

するとれんげは大きく目を見開いて、誰かの名前を呼んでいた。
事態に付いていけないのか。ならば教えてあげようとカッツェが口を開こうとした、その瞬間、

「あっちゃん!」

れんげがそう叫びをあげた。
その呼び方は旦那――アーカードを意味するもので、その視線の先には、

「拘束制御術式第3号第2号第1号、開放」

そう言って、ニィ、と口元を釣り上げる吸血鬼/ヴァンパイアの姿があった。

「さて――食事の時間だ」

――夜の時間が来た。
拘束を解かれた吸血鬼は夜と同化する。
ヒトの形を捨て、その身に飼いならした黒い死をまき散らす。

“死”は分離し――無数の獣になった。

獣が街に解き放たれる。祭りの狂乱を上塗りするように、死の獣が駆け抜けた。
それは、ずぅ、と街に染みわたり、広がり、そしてこちらに向かってくるのだ。
殴り合っていた人間を、散乱していた車道を、荒らされた建物を、全て死は悠々と飛び越えていた。

「――は」

嗤う暇もなかった。
死の獣はあっという間にカッツェにまとわりつき、襲い掛かり、取り囲んでいた。
一体二体三体四体五体――数えきれないほどの死が、時には繋がり、時には分裂し、カッツェの周りをぐるぐると回っている。

掴んでいたれんげはいつの間にかどこかに消えていた。

だから獣はカッツェだけを見ている。死が見ている。どこを向いても瞳がある。
舌なめずりしながら死がカッツェを眺めている。
獲物だ。獲物だ。瞳たちはそう叫んでいるようだった。

“死の呪い”は誰にだって平等だ。
人間である以上、それは絶対の真実だ。
しかし。
しかし、そうでないものもいる。
“死の呪い”すら届かないもの。たとえばそれは――人でない化物とか。

「これから大一番があるのでな。その前の腹ごしらえをさせてもらうぞ」

ゆらゆらと立ち上る“死”が言った。
一切合財容赦のない、無慈悲な宣告だった。
そして――喰われた。
“死”は巨大な黒犬獣/ブラックドッグと化し、ぱくり、とカッツェは丸呑みにされていた。

そしてボリッボギッゴキッグチャグチャグチャ、と汚らしく咀嚼する音が街に響いた。



【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 死亡】









指示通りアーカードがカッツェを“食す”様をジョンスは眺めていた。
黒い獣がカッツェに襲い掛かり、ぐちゃぐちゃに喰い散らかしている。
突然置いて行かれたアンデルセンも黙ってその様を見ている。かける言葉はない。闘争を中断したのは悪く思わなくもないが、どうせすぐ終わることだ。

「おい、喰い終わったか?」

そろそろかと思い語りかけると「ああ、十分だ」と返ってきた。
これで一応アーカードの目的であった“腹ごしらえ”は終わったはずだ。
何せサーヴァントを丸々一体分だ。ジョンスの血などとは比べ物にならないほどのご馳走だろう。
アーカードの用は終わった訳だ。

「よしなら――吐き出せ」

ならば今度は自分の番だ。

「了解だ。我が主」

アーカードはそう答え――自身を殺した。
その身に宿した無数の命。その一つを自ら殺す。アーカードにしてみれば慣れた行いだった。何しろここに来る直前まで、彼はその犬たちを殺していたのだから。
黒い獣が引いていく。同時に元の街の光景が帰ってきて――

「たった今、犬を殺した。これで支配率が変わる筈だ」


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 復活】


たった今喰い散らかされ死んだ筈のサーヴァント――ベルク・カッツェが現れた。
その光景はまさしく、吐き出された、と形容するにふさわしい。

喰われて死んで、そしてまた吐き出された。
あまりのことにカッツェも事態を把握できていないようだった。
「は?」と苛立たしげに辺りを見渡している。

「さて、あとは闘争だ、我が主」
「分かってる。お前は退いてろ、腹は膨れたんだろ? なら手を出すな」

言いながらジョンスは前に出る。これで準備は全て整った。
突然の狙撃に驚きはしたし、順番守れとも思ったが、しかしまぁ手順は同じだった。
ベルク・カッツェは英霊だ。そのままでは殴れない。そもそも攻撃が当たらない。
調べたところでそれをどうこうする方法は思い浮かばなかった。
NOTEという弱点も今一つ信用性が薄い。そもそもマスターがサーヴァントに挑むこと自体間違っているのだ。

が、調査は無意義ではなかった。
突破口はそこにあったのだ。確かにそこに。

生前、ベルク・カッツェが消滅したエピソード。
少女がカッツェを取り込み、生かさず殺さずの状態で閉じ込めた。
完全な無力化。それをジョンスは冴えない方法と切り捨てた。彼が目指していた方法ではなかったからだ。

とはいえこの話はヒントにはなった。
なるほど奴は生前吸収され無力化されたことがある。
なら――それを再現してやればいい。
ちょうど腹が減っている奴も近くにいるのだから。

「銃は私が構えた。照準も定めてやった。
 弾を弾装に入れ 遊底を引き 安全装置も外した
 だが、殺すのはお前の殺意だ――八極拳士、ジョンス・リー」

アーカードが嘯く。
喰い、取り込んだとはいえ、カッツェを支配しているという訳ではない。
カッツェには再び自由になっていた。もしこのまま放置すれば彼はまたどこかに行き、争いの火種を生むだろう。折角手に入れた魔力もなくなってしまう。
籠に捉えた鳥を、アーカードは再び籠から出した。
無論支配しようと思えばできたが、しかしそれでは意味がないのだ。
何故なら、

「そうだ【化物を倒すのはいつだって】――」

――人間だからだ。
アーカードはそう高らかに言い放つ。

「行くぞ、ベルク・カッツェ」

きょろきょろと辺りを見渡すカッツェへにジョンスは相対した。
彼は吐き出される前となんら変わらない。ふざけた髪がある。馬鹿でかい身体がある。
これだけ大きければ的には十分だろう。もはや頭を使う必要はない。
やることは一つ。
八極拳だ。

「は? は? はあwwwwwwwwwwwwww」

ようやく事態が呑みこめてきたのだろう。カッツェは再び嗤いだしていた。
菱形のしっぽをうねうねとくねる。何だかよく分からないが挑んでくるのはジョンス一人である。
なら楽勝。適当におちょくって流してやろう。そう思ったに違いない。

「ジョンスりぃんwwwwwwwたはっ八極拳見せて見せてwwwwwwwwwww」

そんなカッツェをせせら笑うように、ジョンスは言った。

「……言いたいことはいくつかあったが」

――す、と息を吸う。

右足をカッツェへとまっすぐに向け、左足は後ろに肩幅二分、左側に肩幅一分ずらす。同時に腰を落とし重心をなめらかに移動させる。そして両の手は腰辺りに――ジョンスにとっての自然体。
八極拳。
ジョンス・リーのすべてはその構えに詰まっている。

「――本気になれねぇ奴はすっこんでろ」

ジョンス・リーは八極拳を放った。
構えから、すっ、と前に出でてその拳を解き放つ。
一撃。
たった一撃の殴打が、カッツェの巨躯へとは吸い込まれるように放たれた。
ドン、と鈍い音が響き渡り、そして――

――爆発

マスターは原則としてサーヴァントに攻撃を加えることができない。
だが――ここに例外がある。
アーチャー、アーカード。
夜明けを前に人間に敗北し、人間に飼われ、闘争し、封印され、封印を解かれ、闘争し、夜明けを前に消滅した。
そんな彼は人間に打倒され得る。化物は人間に倒されなくては意味がないのだ。

カッツェは一度喰われ、吐き出された。しかしそれはあくまでアーカードの命の一部を介しての復活。
そういう意味で、カッツェはアーカードの一部である。

故に――ベルク・カッツェはあれだけ下に見ていた人間に打倒されることになる。

ベルク・カッツェは八極拳により弾き飛ばされ、ごろごろと街を転がり、そして塵のように散らかる人間たちの山に突っ込んでいた。
あの嗤い声はなかった。そんな余裕などなかったのだろう。
何故ならば八極拳である。
カッツェが喰らったのは、八極拳なのである。

「敢えて一撃貰ってやって余裕でも見せようとしたか?」

吹っ飛んだカッツェにジョンスは言葉を投げつける。
いかに攻撃が通るようになったからといってカッツェが戦えない訳ではない。
“本気”で挑んでいればこうも簡単に決着がつく訳もなかった。
しかし彼は“本気”にはなれなかった。醜いと罵り、常に下にみていたその存在と、対等の立場で相対すること自体を嫌がった。
それで――勝敗が決した。

「だが覚えておけ。八極拳士に二撃目は要らねえ。
 一撃で片が付く――こういう風にな」

それは現代最強の人間として、そして八極拳士としての言葉だった。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 敗北】







他でもない親友が吹っ飛んでいった。
あの八極拳を喰らってしまえばひとたまりもないだろう。
れんげ自体も“ふぇすてぃばる”のなんやかんやでちょっとすり傷をしていたのだがそれどころではない。
これは問題だ。そう思い駆け寄ろうとしたのだが、

「まぁ、待て」

それを遮るように一人の影が降り立った。
赤いコートに一対の銃口。ゆらゆらと立ち上る黒い気配。
そして何よりその――とてもかっこいい顔立ち。

「あっちゃん!」

“あっちゃん”――アーカードがれんげの前に立っていた。
ここ数時間の間ずっと会いたくて“ふぇすてぃばる”の最中に声をかけようとしても無理だった。
そんな彼がここにいる。れんげは思わずどぎまぎしてしまった。

「あっちゃん、お腹は大丈夫なん?」

そしてずっと気になっていたことを聞く。
お腹がすいているのではないか。“いい吸血鬼”のアーカードは血が吸えなくて困っているのではないか。
数時間前に脳裏に走った疑問をれんげはぶつけた。

「ふふふ、よく分かったな。正直――腹が減っていた。
 だが大丈夫だ。ちょうどいいところに食料がある」

すると彼はそう言って――れんげの親友、カッツェへと近づいて行った。
八極拳を受け倒れ伏すカッツェへと近づき――

「いただきます」

――喰った。

吸血鬼として。
転がった血肉にありつき、その霊核ごとアーカードはその身に取り込んだ。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 死亡】


思わずれんげは叫んだ。かっちゃん、と己が親友の名前を呼ぶ。
どうしよう食べられてしまった。れんげに、がつん、と頭を殴られたかのような衝撃が走るが、

『おら何をした。だせー! だせー!』

……不意に声がした。
何時も嗤っていた彼らしくもない、苛立たしげでとげとげしい声だった。

「かっちゃん?」
『何をした。やめろーやめろー』
「ああ“かっちゃん”はここにいる。私の胸の中でな」

冗談のようなことを言いながらアーカードは肩をすくめた。
れんげは思わずアーカードを見上げた。確かに声はアーカードの中から聞こえた。


【ベルク・カッツェ@ガッチャマンクラウズ 復活?】


――ベルク・カッツェは今やアーカードに取り込まれていた。
しかしそれは死を意味していない。ある意味でその命は喪われていないのだ。
アーカードに吸収され、その霊核のほとんどを支配されたが、ほんのすこしだけ、わざとその存在を残している。

だかられんげもまた消えていないのだ。
カッツェの存在はまだ残っている。故にサーヴァントとしての“脱落”とはならない。
それはつまり――マスターの生存が許されることも意味する。

「これでいいのだろう? 我が主」

アーカードの問いかけにジョンスは答えなかった。
ただ「ふん」と漏らすのみで、目を合わせようともしない。
全てはあらかじめ決めていた算段だった。カッツェを挑発して燻り出し、アーカードに喰わせ、吐き出させ、殴り、また喰わせ、少しだけ喰べ残す。
恐らくそうすればれんげもまた生き残るだろう。
カッツェは殴り飛ばしたいが、その結果れんげが消えれば奴はまた嗤うに違いない。それは癪に障る、そうジョンスが言うのでこんな流れになったのだ。
何者かの狙撃などが挟まれたりもしたが、結果として大体うまく行ったといえるだろう。


『なんだここ! おら、さっさとだせーだせー』
「かっちゃん……良かったん」

そんな事情などつゆ知らず、とりあえずカッツェが生きていると知ってれんげは胸をなで下ろした。
当のカッツェは『よくねーよ!』などとこぼしていた。元気そうであった。

「で、その、あっちゃん……」

カッツェの安全が確認できたので、れんげはそこで意を決してアーカードを見上げた。
とてもかっこいい人。アーカード。
彼に言わなくてはいけないことがある。ずっと前から思っていた、お願いがある。
熱っぽい視線を送りながら、れんげは口を開いた。

「かっちゃんと、その、友達になってください! 仲良くしてやってください!」

と。
ぶん、と音がするほどの勢いで頭を下げながら。

『は? なに言ってんだ。そんなことより早くだし――』
「ほう、友達?」
「うち、かっちゃんにもっと友達作って欲しかったん。だから、これを機にどうかお願いします!」
『おら無視すんな。勝手に話を進めんなー』

れんげ決死のお願いだった。
みんなみんなカッツェを悪く言っていた。
でも――彼だけはそんなことはなかった。
このかっこいい彼なら、もしかするとカッツェの友達になってくれるのではないか。
そう思ったのである。
すると、

「ふふ――」

アーカードはそこで不敵な笑みを漏らしていた。

「―― 一緒に居てやろう、死ぬまで、ずっとな」

そしてそう言ってくれた。
れんげは、ぱっ、と飛び上がるように顔を上げていた。
ついにカッツェにも友達ができたのだ――

「うち、安心したん。これでかっちゃんにも友達ができたん……」
『やめろ。一緒に居たくなんかねーよ、とっととこっから出せー』
「でもちょっとうらやましいん。あっちゃんと友達なんて」

しみじみと言いながられんげは辺りを見渡した。
“あっちゃん”がいる。“かっちゃん”がいる。“八極拳”と“しんぷ”もいる。きっと近くに“るりりん”や“はるるん”もいる。

人はまだごった返している。しかしそれも徐々に収まっていくだろう。
祭りの狂騒もいつまでは続かない。所詮は一夜限りの騒ぎなのだ。
その中心でれんげは思うのだ
色々あったけど、とにかくこうなってよかった、と。

それがこの“ふぇすてぃばる”の結末だった。


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最終更新:2015年07月09日 22:29