Festival ◆Ee.E0P6Y2U


お祭り
フェスティバル。
ふぇすてぃばる。

サラリーマンが倒れている。学生が叫んでいる。主婦が誰かを殴っている。
れんげはごった返す人の波に呑まれながら、カッツェの言う“ふぇすてぃばる”を感じている。
歩道も車道も人ばかり。怒号とクラクションが人の頭上を飛び交っている。信号なんてもう機能していない。
右からも左からも人の声がする。わー、とか、おー、とか言葉にならない叫びが街を満たしていた。
ごちゃごちゃに重なる叫びを、それでも何とか判別すると、

「黙ってろ!」
「死ね」
「アンタが悪いんでしょ!」

……そんな罵詈雑言でできていることが分かる。

何もかもが喧騒に染まっていた。
窓は割られ、ガラスが舞う。道には点々と血の色がこぼれだしていた。
うつ伏せに倒れたまま手を振っている人がいる。と思ったら、レストランの前に置かれているみょうちきりんな人形だった。
まさにどんちゃん騒ぎ。お祭り。フェスティバル。

その中心にれんげはいる。
目が回るような人の波の真ん中に彼女はいる。

“ふぇすてぃばる”をする。
そう言って街にやってきたカッツェは嵐のように騒乱を巻き起こした。
道行く人の姿を騙り、そのまま誰かを殴って騒ぎを起こす。
そうして作った火種が別の火種を巻き込んでいく。騒乱は雪だるま式に膨れ上がり衆愚となる。
誰かが誰かを罵り、別の誰かが殴りかかってくる。そうしてできたのがこの“ふぇすてぃばる”だ。

慣れたものだった。
カッツェにしてみればこんなこと、サーヴァントになる前から何度だってやってきたことだ。
星を滅ぼすことに比べたら、街一つの群衆/Crowdsで遊ぶくらい息をするようにできる。
ただし今回は一点注意することがある。れんげだけは傷つけないようにしなくてはならない。彼女にだけは衆愚の暴力がいかないよう、それとなく誘導する。

だかられんげの周りだけは静かだった。
周りの大人たちが騒乱に興じている中、れんげだけはぽつんと取り残されている。
台風の目となった彼女は“ふぇすてぃばる”を見渡した上で空を仰いだ。
チカチカ光るネオンサインの向こう側。そこには馬鹿みたい大きな月があり、そこまでは“ふぇすてぃばる”の余波も届かないようで、例外的に不変だった。
祭りに興じる群衆と無関心な月の狭間で、れんげはただ、

――かっちゃん……

どこかにいる親友に呼びかけた。

――違うん。うちがかっちゃんにやって欲しいことは……

と。
しかしその想いはカッツェへは届いていない。
彼は姿を変えて今“ふぇすてぃばる”をまき散らすことで忙しいし、そして何より別のことへと頭が向いていた。

――HALwwwwwwwwwwwwwwww流石に出てこないwwwwwwww

HAL。電子ドラッグの管理者。
彼こそがベルク・カッツェと陥れようとした(さして気にしてもいないが)仇敵である。
彼への報復は、ルーラーからの令呪キャンセル記念のついでに、やってしまうことにした。
それがこの“ふぇすてぃばる”。
言うなれば釣りである。ぶらさげた餌に喰いついた馬鹿の、その反応そのものを楽しむもの。
が、しかしどうも反応はない。

――HALwwwwwwまじヒキコモリwwwwwwwwww

このあたりで電子ドラッグと初接触したことからも、相当数のNPCがHALの管理下に置かれていることが想像できる。
そこを荒らせば本人は出てこなくともNPCなりサーヴァントなりを差し向けてこないかと期待したのだが、しかし、結果は全くの無反応。
踊る群衆たちはおかしなくらい簡単にカッツェにコントロールされた。

とはいえこの事態は十分予想できたことだった。
HALはどうやら不測の事態にも冷静に対処したらしい。荒らしはスルーするに限る。
のこのこと出てきたらそれこそ馬鹿だ。

――まwwww来ないなら来ないでwwwwwwwww好きにできますけどwwwwwwwww

カッツェは嗤っていた。
目論見は外れ、もはや稚拙な戦略は破綻しているのだが、しかしそんなことは気にしない。
この状況も、この聖杯戦争も、彼は愉しむことしか考えていない。
祭りの目的なぞオマケだ。ただ騒げればそれでいい。

「そ・れ・に」

カッツェはやってきたその影を見た。
群衆をかき分けながらやってきた彼は静かだった。
この騒乱彼だけが冷静に、冷徹に、ただ己が敵を探して求めていた。

「ミィにお客さんも来てるみたいですしwwwwwww」







静かに、厳かに、そして、ゆっくりと。

「我は主の詔を述べよう。主は我に言われた“汝は我の子だ。今日、我は汝を生んだ”」

荒れ狂う人の波よりアレクサンド・アンデルセンは歩いてくる。
この祭りにあって彼だけはその狂乱を露ともせず、鋭利な雰囲気を身に纏まっていた。
無論そんなこと祭りに興じる人々が気にする訳もないのだが、けれど、人々は彼が通り過ぎると、すっ、と倒れ伏し道を空けるのだった。
まるで聖書に伝わりし出エジプトの一幕のような、現実で見るにはいささか馬鹿馬鹿しい光景だった。

「我に求めよ」

アンデルセンはすれ違いざま、幾多もの人間を昏倒させていた。
人々は死んでいる訳ではない。ただ祭りから“昇天”させられている。
意識を失い、結果できあがった道を彼は往く。

「さらば汝に諸々の国を嗣業として与え地の果てを汝の物として与えん。
 汝、黒鉄の杖をもて彼らを打ち破り、陶工の器物のごとくに打ち砕かんと」

黒衣がゆらりと舞う。街の光を受け眼鏡が照り光った。
孤児院からここまで数十キロを疾走した筈だが、体力を消耗した様子はない。
かといって涼しげという訳でもない。
熱はある。
静かに燃えさかる敵意を彼は身にまとっている。
それは祭りの散漫な昂ぶりなどとは比べ物にならない、深く濃い炎だった。

「されば汝ら諸々の王よさとかれ、地の審判人よ教えを受けよ。
 恐れをもて主につかえ、おののきをもて喜べ」

纏うは漆黒のキャソリック。その胸には堂々たる十字架。
清廉な衣装に身を包みながらも、その身は血を浴びる刃に等しい。
その肉体は徹底的に化物殺しに最適化されている。
カトリック絶滅機関が誇るバイオニクスにより“強化と教化”を成され、回復法術、自己再生能力までも手に入れた。
存在そのものを赦されない化物共を殲滅する為に、彼は全身の細胞を一片残らず神に奉げたのだ。
その並外れた信仰心が放つ聖光効果は対化物法技術の結晶である。

「子に接吻せよ。恐らくは彼は怒りを放ち、汝ら途に滅びん。その怒りは速やかに燃ゆベければ。
 ――全て彼により頼む者は幸いなり」

そうして口にするは決して呪詛などではない。聖なる言葉だ。
詩篇第ニ篇。
ダヴィデ王が記したという聖書に連なりしテクスト。それが謳うは神の言葉、神の絶対性、神の怒り。

――神に速やかに屈伏せよ

神父はただそれだけを求めていた。
己が敵に、主を脅かす異教の扇動者に、絶滅すべき化物に。

「じゃじゃーんwwwwwお客様一名ごらいじょーうwwwwwwwww楽しんでいってくださああいwwwwwwwwwwww」

相対する敵――ベルク・カッツェはただ嗤っている。
怒号と暴力が渦巻く祭りの中で、彼はありとあらゆる人間に化けながらアンデルセンを嗤った。

「衆愚を自ら囃し立てるとは暇なものだ」

アンデルセンは笑わない。
笑うにしては目の前の化物はあまりにも下等だ。故にただ殲滅する。抹殺する。絶滅する。
群衆を渡り歩くカッツェの向こうに見覚えのある幼い少女が見えた。
宮内れんげだった。カッツェのマスターにして、非力なる子ども。
彼女はアンデルセンを見た途端、顔を上げ何やら挨拶をしようとした。

ひゅん、と音がした。

刃だった。
それは一対の銃剣/バヨネット。
どうか化物が殺せますように、と一本残らず祝福儀礼が施された剣。神への祈りでコーティングされた刃は化物を切り裂く。
一つや二つではない。無数のバヨネットがまっすぐに敵――れんげへと向かった。

「おっとwwwwwwwれんちょんwwwwwwwあぶないwwwwwwwwwww」

それを阻んだのは群衆より躍り出た誰か。
それは学生になり主婦になりサラリーマンになる。幾多ものアイコンを纏いながら、れんげを護っていく。

「たはっwwwwwwwミィがついにwwwwwサーヴァントらしく働きましたーwwwwwww
 いや働いたら負けだと思ってたんでぇすけえどwwwwwwwwwwww」

ふざけた言葉は無視。アンデルセンは群衆をなぎ倒しながら、れんげ目がけて刃を放っていく。
そこに一切の躊躇はない。もはやれんげは明確な敵なのだ。
ベルク・カッツェという化物が直接こちらを脅かし、それに彼女が加担する以上躊躇いはない。

「んもうwwwww神父さんが子どもに手ぇ出すとかwwwww生きてて恥ずかしくないんですかぁ?」

バヨネットを裁きながらカッツェが問う。
それに対しアンデルセンは「はっ」と吐き捨てる。
笑いではなかった。心の底からの軽蔑を込めて、彼は叩きつけるように言う。

「俺はは刃だ。この銃剣そのものだ。神の暴力装置でしかない。
 神に司えるただの力だ。
 ならばこそ流れる血を顧みるものか。分かるか」

言いつつも刃を投げる。そのキャソリックに仕込んだ刃は尽きることはない。
この衆愚の祭りを終わらせるべくアンデルセンは駆け抜けた。

「……あぁwwwwwこれメンドクさい奴だわ。やっぱ宗教ってこわっwwwwwwwww
 神様とかwwwwwwwwこんな醜い人間を造った奴がwwwwww偉い訳ないやああああんwwwwww」

カッツェは狂乱の街を見渡しながらそう言い放った。
今のところ彼はれんげを護っているだけで、それ以上のことはしてこない。
本気になれば攻勢に出ることなど容易だろうに、ここに至ってもアンデルセンをおちょくるような戦い方をしている。
どこまでもふざけている。そう思いつつもアンデルセンは己の令呪を一瞥した。

ランサーを呼ぶわけにはいかなかった。
彼は今まさに仇敵たるアーカードに挑んでいる筈だった。
悲願であるその戦いに水を差す訳にはいかなかった。

「所詮マスターに本気出すとかぁwwwwwミィは恥ずかしいんでwwwwwww
 バババババーーーード・ゴーーーーーーーーwwwwwwはしないでやるってかwwwwwなくても余裕ってかwwwww
 こいつら差し向けるだけ十分というかwwwww人間は人間どぉし、醜く潰しあうのが、お・に・あ・いwwwwwww」

カッツェは身体をくねらせながらそう言い放つ。
適当な言葉を囁いたのだろう。踊らされた群衆がアンデルセンへと襲い掛かってきた。
人人人人人人人人人。煽られた敵意がアンデルセンを取り囲み、押し寄せる。
カッツェのそんな“攻撃”をアンデルセンは捌いていく。
衆愚の暴力を膂力を持って振りほどく。

その最中にも考える。
自分の他にもカッツェを狙うものたちは多くいる。
ホシノルリはこちらに向かっている筈だし、彼女の知り合いであるという別のマスターもいる。
そしてあのマスター――“自分”を貶められた女がいる。
彼女らが到着すれば戦況は一気に変わるだろう。そうした見込みはあった。

だが、

「語るに及ばず、だ。化物」

アンデルセンはたとえ単騎であろうともカッツェを打倒する気であった。
元より彼に“殲滅”以外の選択肢はない。今殺すか、あとで殺すか、その違いだけだ。
たとえどれだけ遠くともこの敵を討つことはもう“決まっている”。

「とはいえ確かに醜いな。反吐が出るほど醜い。この異教徒たちは」

襲ってきた人々をことごとく返り討ちにしながらアンデルセンは言う。
老若男女が道路に飛び散らかり、血の色がトマトをぶちまけたかのように散乱している。が、誰も殺してはいない筈だ。
元より兵士ですらない市井のものだ。この程度たやすいことだった。
最もNPCの殺傷制限がなければ躊躇わず殺していただろうが。

「異教徒を差し向けたところで俺が止まるとでも思ったか」

神の暴力となったアンデルセンは言い放ち、銃剣をカッツェと――そしてれんげへと向けた。

「さぁ縊り殺してやろう。安心して死ぬがいい。きちんと殺してやる」







乱れる群衆。
それを跳ね除けていくスーパー神父。
その様は現実味がなくてなんだかギャグみたいだった。

「あは、あはは……凄い」

眼下で繰り広げられる“ふぇすてぃばる”を前に、ジナコはそう漏らした。
おどけた口調で言ったつもりなのだが、出てきた声はしかしどこかぎこちない。
語尾に「ッス」とつけようとしたのだが、上手く舌が回らなかった。

彼女が今いるのは廃ビルの屋上だった。
不況のあおりを受けて入っていたテナントが撤退し、その代わりが未だ見つかっていない、街にできた空白。
ゴルゴが見つけていた狙撃ポイントの一つだった。

そこに彼女はいる。
背後に構える鋭利な存在感を感じながら。
ヤクザ、アサシン、そして13番目の男。

――“アタシ”を殺して

それがジナコがアサシンに対して下した依頼だった。
あの“アタシ”を。
ジナコ・カリギリの名をかすみ取り歪ませた、あの“アタシ”を殺してほしい。

ひとえにただ生きるために。
大きなことなんていらない。
普通に、普通の人生を送っていくために。

――けれど、その言葉が今自分に向いている。
跳ね返っている。
ジナコは自らのサーヴァントを前にしてただその事実に打ちのめされていた。

「…………」

ゴルゴは――彼女がヤクザなんて揶揄したサーヴァントは――無言でジナコを見下ろしている。
その鋭い眼光には一切感情の色が感じられない。親愛もなければ軽蔑もない。ただ彼はジナコを見ているだけだ。しかしその視線が何よりも――恐ろしい。

ジナコは、だから、目を背けたかった。
ゴルゴから、“アタシ”から、聖杯戦争から、全てを見ないふりして逃げてしまいたい。たとえ逃げた先に何もなくとも、ここにいるよりはマシだと思った。
でも駄目だ。
だってこれは現実だから。
逃げて逃げて、何となくで流していても、現実は絶対にやってきてしまう。
だからこそ、ジナコは聖杯戦争なんかに参加してしまったのだ。

「ははっ……ヤクザさん、何か、その、怖いッスね。
 なんかあったッスか、アタシ、いやボクが相談に乗るっスよ。
 なんたってボクには掲示板とエロゲーで磨いた対人能力が――」

目を泳がせながらジナコは言葉を必死に吐き出していく。

「ほら、ボクもなんかノリで色々コマンド出しちゃったけど、実はそんなに気にしてないっていうか。
 ネットで晒し上げとかジナコさんは慣れてるッスから、全部釣りッスよ! 釣り!
 だから、別に――無理にあの“アタシ”を殺してくれなくてもいいッスよ。ジナコさんはブラック反対。サーヴァントの雇用条件には寛容ッス」

けれど、そんな言葉をゴルゴは顧みない。

「ここまでの動向を話してくれ。
 伝えた筈だ。俺と契約するならばいくつかのルールを守ってもらうことになる、と」

ただ淡々と事実だけを要求する。
嘘でない“ほんとう”を。

……でも無理だ。
だってジナコ・カリギリにあるものは、全部嘘だから。
やりたいことも、やりたかったことも、全部が全部、最初から最後まで、一ミリ残さずすべて嘘だ。嘘で支えた。
ジナコの言葉に真実なんて一つだってありはしない。

――だって嘘だから。

聖杯戦争に参加して余裕綽々ヒキコモリな態度取っていたのも嘘。本当は怖くてたまらなかった。
ゴミ捨てにいったのだってその一環。外は危ないという現実を見たくなかった。パシリに殊勝な態度でいられるか。
嘘を吐かなくちゃやってられない。
だって――ひとりぼっちは怖いんだ。
強いていえばそれが“ほんとう”なんだと思うけど、でもそれすら嘘で隠してしまう。

きょげんへき。怖いものは怖いといえばいいのに、だけど駄目だ。だって言ってしまえば本当に怖いじゃない。
自分が何がやりたいのかも、やりたかったのかも、全て嘘で誤魔化して、それで何とか生きてきた。
そうしているうちに嘘が自分になってしまった。

だから――“アタシ”への殺意だけは本物なんだ。
全部が全部嘘だからこその“ほんとう”。

――確かにアタシに誇るべき自分なんてないけど

嘘に嘘を積み重ねて“ほんとう”を覆い隠して、そうやって彼女は生きてきた。
親が死んで遺産が転がり込んでニートになれて、それを“超ラッキー”だなんて笑った。
そんな態度を取っていると周りも納得していた。受験だ就活だやっている彼らにしてみればジナコは確かに特権階級だったのだ。
そう特権階級。そう自分から言って、その言葉で自分の心を覆い隠した。
そのまま一年経ち、二年経ち、そして五年経ち、遂には十年経った頃には――それが本当に自分になった。

ジナコ・カリギリはエリートニートである。超ラッキーなニートである。

――でもそれは嘘なの!

嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘――うそ!
そんなの全部、嘘に決まってる。

本当は――何もかも厭だっただけ!

だって、だって、あまりにも救いがないじゃない。
ある日走ってトラックがアイスバーンで滑ってしまった。そしたらたまたま歩いていた人にぶち当たり身体はぺしゃんこ。
なんて運の悪い人たちだろう。何も悪くなかったのに。

――その運の悪い人がアタシの母で、父だった。

ママもパパも死んだ。
理由は運が悪かった。何か悪いことした訳でも、特別迂闊だった訳でもない。
悲しい話で、でもよくあるといえばよくある、それだけの話。

――おかしいでしょう。おかしい。おかしい。おかしい。おかしいおかしいおかしいおかしいおかしいおかしい

そんなのが現実だとすれば“ほんとう”なんてもの、耐えられるわけがない。
こんなもの抱えて生きていけるなんて馬鹿じゃないの。

みんな馬鹿なんだ。
馬鹿で頭が回らなくて、何も見えないから、こんな現実を生きていけるんだ。
それか天才なんだ。
あまりにも能力が高くて、すいすい事が運ぶから現実だって想いのままだ。
そうだ。その二択なんだ。

――アタシはどっちでもないの

ただの普通の人間なの。天才なんかと一緒にしないで。
これが、ひきこもるのが普通なの。
現実を知ってしまったら、何もかも理不尽で不平等で見たくもない現実に触れれば、誰だってこうなる。

――だからいいじゃない。嘘をついても。嘘でしか“自分”を取り繕えない人間がいたっていいじゃない!

嘘ばっかりの人間だからこそ、あの“アタシ”は許せなかった。
確かにどっちも嘘なのかもしれない。“ほんとう”のジナコはエリートニートなんかじゃない。

ひとりぼっちだ。
ただのひとりぼっちだ。
誰でもいない。ジナコには誰も一緒にいる人間がない。
だからジナコは誰でもなくて、自分含めて誰でもない人しかこの社会にハイニア。
だからトモダチは自分より不幸な奴だよ、なんて屁理屈を言ってみた。
でもそれも嘘。結局ひとりぼっちでしかない。ひとりぼっちの嘘。

――だけど! そんな嘘くらいしかアタシにはない!

積み重なった嘘しかない。
だからこの嘘を守りたい。守るしかない。それを願うことでしか自分を守れない。

何もかもが嘘だから、でもその嘘くらいしか守るものがないから。
だから“アタシ”が勝手に嘘を吐くことを認めるわけにはいかない。

「あんな訳のわからない奴に、馬鹿にされるなんて……許せないじゃない。
 厭、厭、厭、何もかも厭! 貴方はアタシの言うこと黙って聞けばいいの。
 さっさと“アタシ”を殺して、アタシを取り戻すの。それくらいしか――」
「……依頼人」

ゴルゴはジナコの嘘を無視して告げる。
ただ一言。話せ、と。

「ぅ……」

ゴルゴを見上げたまま、ジナコは再び言葉を失う。
適当なことを言いたかった。誤魔化して、はぐらかして、“ほんとう”を見ないで、それで現実をやり過ごしたかった。
でも許してくれない。
このサーヴァントは、この現実は――“ほんとう”だけをジナコに求めている。
それしか意味はない。そう嘘を切り捨てて。

「……やめてよ」

“ほんとう”を要求されて、逃げたくとも許されず、苦しみ、その果てにジナコは嘔吐するように言葉を吐き出した。
胸から吐き気がこみ上げる。顔はきっと醜く歪んでいることだろう。
瞳からは何か妙になまぬるいもの――涙が漏れ出している。
ぐちゃぐちゃだ。身も心も、何もかもぐちゃぐちゃになっている。

「やめてって! アタシは別に悪くない! 何も悪いことしてない!
 疑ってるの? ねえ、アタシが何かやったって」
「…………」
「来ないでよ……アタシは、アタシはただあの“アタシ”の嘘が厭だったの。 
 アタシには嘘しかないから“アタシ”に嘘吐かれたら……もう本当に、何にもなくなっちゃう。
 だから殺したくて、必死に……」

ジナコ・カリギリ。
“アタシ”の名前を勝手に使われ、人々に嘘を伝えられた。
意味不明で凶悪なデブ犯罪者がジナコ、それが“アタシ”であるとされた。
そんな嘘が広まれば、もう取り戻せない。
だってジナコには“ほんとう”がないから。何もかも嘘だから。
嘘で別の嘘に対抗できるわけがない。

「依頼人」

ジナコの叫びを、しかし、ゴルゴは意に介さない。
ただ淡々と問いかけを続けるのみだった。


……とはいえその時ゴルゴはジナコの反応から、状況を大まかにだが理解できていた。
彼女はやはり協力者を得ていたのだ。
依頼人の性格からすれば意外な行動だが、どのような経緯はともかく、協力者と共にあのアサシンを捉える算段を立て、そしてゴルゴを呼んだ。
恐らくそんな流れだ。

そして、そうであるならば――既にジナコは報復の対象だ。

ゴルゴの呼ぶ際、ジナコは令呪を使った。
結果多くの主従の前でゴルゴの姿を晒し、ジナコはゴルゴとの契約を公然と示した。
これは最初に伝えたルールである“契約は極力隠す”と完全に反している。
あの場で令呪を使った時点でジナコは報復に対象となっていた。

これを理由に即座に制裁に至らなかったのは、一重に確認のためだ。
マインドコントロールでジナコを操作することはたやすいはずだ。どこまで情報を抜き取られたのかまで把握する必要がある。
事実確認――その為だけにゴルゴはジナコを生かしていた。


「厭……厭……」

故にゴルゴは問い詰める。
項垂れるジナコを、ルールを破った依頼人を。

「来ないでよ。アンタ、アタシのサーヴァントなんでしょ?
 だったら黙って命令こなしてよ。変なこと言ってないでさ」

ジナコは髪をぐしゃぐしゃにかき分け、ヒステリックに叫んだ。
手元に光が灯る。令呪だ。
二画残っていた絶対命令権を、彼女はここでゴルゴに行使する気だった。

「黙ってアタシに従ってよ! サーヴァントなんだから――」

――銃声が響いた。




彼は裏切りを決して許さない。
たとえどんな理由であろうとも、裏切りには報復が待っている。
命。それが裏切りの対価だ。








「たはっwwwwwwなんか知らないけど修羅場wwwwwwwww」

瞬間、ゴルゴは振り向きざまに拳を振るっていた。
反射的な行動だった。染みついた無意識レベルでの反応だった。

――俺の背中に立つな

それもまたゴルゴの中に刻まれた“ルール”であった。

「おっwwwwwwwwなんかキターwwwwwwwwwwwwwwwww」

殴りつけた拳は――しかしベルク・カッツェを捉えることはなかった。
ギザギザな赤い髪。長身のゴルゴと比してなお大きな身体――本来の姿となったカッツェはゴルゴの拳をすり抜け、くねくねと身をよじっている。
そしてその手には子ども――彼のマスター、宮内れんげが抱えられている。

「暴力はんたーいwwwwwwミィはただそこのジナコさんに用があるだけっすwwwwwww」

そしてカッツェが指指す先に――倒れ伏すジナコの姿があった。
彼女の身体は泥に沈み込もうとしていた。
彼女はゴルゴの“報復”を受け、致命傷を負った彼女はこれから消えゆく運命にある。

「HAL出てこないしwwwwwwあの神父の相手もつまんないしぃwwwwwwと思ったらジナコさんいるやーんwwwwwwwwwってワクテカしてたのにもう死んでるとかwwwwwたはっwwww受けるんですけどwwwwwwwwwwww」

その姿をカッツェは嗤う。嗤い飛ばす。れんげは何かを言おうとしているが、しかしそれを意に介する様子はない。

「ところでどちら様wwwwwwwwwwwジナコさんはミィが遊ぶ筈だったのにwwwwwwハァwwwwwww」
「…………」

ゴルゴは無言でこのサーヴァントと相対する。
ジナコの叫びが聞こえたのか、令呪発動の余波を感じ取ったのか、生前からの傾向で気配遮断がここに来て機能しなかったのか、とにかくカッツェにこの場を知られてしまった。
とはいえジナコとの依頼が無効になった今、既に彼は敵ではなかった。
報復の追跡は途切れたのだ。

だが――

「まwwwww死んだ後も遊んでやるんですけどねwwwwwwwwwww
 ホント“ボク”とか“ッス”とかwwwwwwwwその口調マジでうざいから徹底的にやってやりますwwwwwwwww」

カシャリ。
短い電子音が響いた瞬間、全てが変わった。
カッツェはスマホを扱い、倒れ伏すジナコをカメラに収めていた。

「とりあえずwwwwwwwwこの写真を拡散希望wwwwwwwwwヤクザに撃たれるエリートジナコさんみたいなwwwwwwジナコさんの贅肉で世界をアップデートしてやりますwwwwwwwwww」

そう言ってカッツェは自慢げにスマホの液晶を見せびらかす。
そこにはジナコの姿がある。あの写真を使ってジナコについて徹底的に貶めるのだろう。
既にこのサーヴァントの傾向は掴んでいる。
だからこそ――ゴルゴの次の行動は決定した。

カッツェはジナコを貶めるために、ゴルゴをも利用しようとしている。

ゴルゴは許さない。
その名を騙る者を。
捏造した情報を意図的に漏洩する者、行動に便乗して作為的な操作を行った者。
それもまた――報復の対象となり得る。

故にその瞬間――カッツェは真の意味でゴルゴの敵となった。

「んじゃwwwwwwま、さいならwwwwwwwwww」

そうとは知らずにカッツェは“ふぇすてぃばる”へと戻っていく。
彼は知らない。
自分がやった行いの意味を。
13番目の男、ゴルゴ13を敵に回すということが何を意味するのか――









アンデルセンは押し寄せる人を捌き続けていた。
街道には倒れ伏した人の山ができていた。
既に街として機能していない、破壊されつくされた街でなお“祭り”が終わる気配はなかった。

「ハァwwwwww神父まーだやってるんですかぁ?
 そんなんで本当にカッツェさん捕まえられると思ってるんですかぁwwwww」

頭上から煽り立てる声が響く。
言葉を無視しアンデルセンは両腕を振るった。
カッツェは縦横無尽に街を駆けながらアンデルセンに人をけしかけている。
その数は一向に衰えが見えない。それもその筈か。この狂乱は周りを巻き込み雪だるま式に膨れ上がっている。
一度ついた火を燃え上がらせることは、このサーヴァントが最も得意とすることだった。

加えてルリたちが来る様子もなかった。
何か不測の事態があったのか。何にせよ彼らの到着は当てにできそうにない。

「ふん」

とはいえそれがどうした。
無数の人々をなぎ倒しながらアンデルセンはカッツェへと向かう。
このような有象無象。いくら増えたところで同じことだ。
今はただ神の暴力装置としてあの敵を討つ。それだけだ。

今やアンデルセンは完全なる刃だった。
神の下で戦い、神の暴力という概念として、ただひたすらに敵に向かう。
それだけのもの。それだけの力。
彼はただ純粋なる刃として――

「なるほど。何と戦っているのかと思えば“それ”か」

――その声を聞いたとき、アンデルセンは動きを止めた。

「“それ”は我が主がご執心でな。少しばかり道を譲ってもらうぞ、アンデルセン」

涼しげに語るその声を聞いた途端、アンデルセンは誰がやってきたかを悟った。
忘れるものか。その声はほかでもない仇敵――アーカードのものである。

アーカードとアンデルセン。
聖杯戦争の一日目。その終わりと同時に彼らは出会ったのである。
狙うは共にアサシン、ベルク・カッツェ。





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144:明日への飛翔 時系列順 147-b:Insight

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141-c:crowds are calling my name 宮内れんげ 147-b:Insight
アサシン(ベルク・カッツェ
アレクサンド・アンデルセン
ジナコ・カリギリ&アサシン(ゴルゴ13
ジョンス・リー&アサシン(アーカード