クレイジー・コースター ◆ysja5Nyqn6



     04/ VSアサシン(cause)


「Wasshoi!」
 初手はアサシン。その高い瞬発力を生かし、ランサーへと一気に接近する。だが。

「最初からクライマックスよ! 鮮血魔嬢の名の意味を、その魂に刻みなさい!」
 ランサーはアサシンを迎え撃つのではなく、己が槍を再び屋上へと突き立てる。
 直後、それを起点として、ランサーの周囲が鮮血に彩られる。
 その鮮血の中から浮かび上がる巨大な城――“鮮血魔嬢(バートリー・エルジェーベト)”。

「ヌッ!?」
 それを見たアサシンの眼が、いきなりの宝具の発動に驚き見開かれる。
 だが驚いている暇はない。ランサーの宝具は広域に及ぶ超音波攻撃だ。
 しかしランサーへと接近したことにより、回避する余裕はない。先手を打ち宝具の発動を阻止するか、堅実に防御するしかない。
 シークタイム・ゼロカウントで判断し、アサシンは決断的に屋上の床を蹴り砕いた。

「“LAAAAAAAAAAAA――――――――――――ッッッッ!!!!!!”」

 周囲の空気全てを飲み込むような吸い込みからの、雷鳴の如き一声。
 それはランサーの背後に出現した、アンプに改造された城によって増幅され、更なる破壊力を伴って解き放たれる。

 キャスターと戦った時とは異なる、ランサーの宝具の完全開放。
 耳を劈く衝撃波は、このビルのみならず周囲のビルにまでおよび、その窓ガラスを粉々に粉砕する。

「アイエエエ!」「ガラス!? ガラスナンデ!?」
 当然、砕け散った窓ガラスは地上へと降り注ぎ、そこにいたNPCたちに被害をもたらす。
 その微かに聞こえる悲鳴を耳にしながらも、岸波白野はまっすぐにアサシンへと視線を向ける。
 アサシンは強敵だ。NPCを巻き込むつもりなどないが、周囲への被害を気にして手加減をする余裕もない。
 それにその肝心のアサシンは、

「ヌウーッ……!」
 屋上の一角で、腕を交叉させ耐え切っていた。
 アサシンは咄嗟にグレーター・ウケミを応用し、ランサーの宝具による衝撃を屋上へと受け流したのだ。
 その証拠に、アサシンの足元の床は、周囲と比べて重点的に粉砕されていた。
 だが衝撃波を完全に受け流せたわけではなく、その身体には無数の裂傷が奔り、先の戦いによる傷も開いていた。
 これが“竜鳴雷声”であれば完全に受け流せていたが、より強力な“鮮血魔嬢”を防ぎきることは出来なかったのだ。


 ……予想はしていたが、ランサーの超殺人的、東京ドーム一個分を倒壊させる超音痴攻撃を、耐えたか……っ!
「音波! 超音波! 音速のドラゴンブレスだって前にも言ったわよねぇ!?」
 アサシンを倒せなかったことに岸波白野はそう悔しげに口にし、その発言内容にランサーが苦言を呈する。
 それを聞き流しながら端末を操作し、礼装の一つを換装。『破戒の警策』によるコードキャスト、《mp_heal(32); 》でランサー魔力を回復させる。

 アサシンが対処することも想定内ではあったが、やはりこの一撃で決められなかったのはやはり痛い。
 なぜならランサーとアサシンに蓄積されていたダメージはほぼ同量。消耗戦になればそれだけで不利になるし、今よりさらに消耗した状態であの状態になられれば、たった一手選択を誤っただけで倒されかねない。
 決定的な情報が欠けている今、手を読み切れない相手との長期戦は避けるべきなのだ。
 加えて、アサシンに対する再度の“鮮血魔城”の使用は、もはや意味を成さないだろう。仮に使用したとしても、今の状況では発動の隙に対処されるだけだ。
 直撃を決めるには、あと一手、手を凝らす必要がある。


「グワッ、痛う……っ!? ちょ、なんだよ今の! 耳が、耳がキーンって……!」
 アサシンの背後からそんな声が聞こえてくる。そこには、アサシンの現マスターである足立透がいた。
 そう。アサシンが宝具発動の阻害ではなく防御を選んだのは、足立を庇うためだった。
 それも当然か。
 足立は両膝を破壊されており、ロクに動くこともできない。仮に阻害行動を選んでいた場合、阻止できたのなら問題はないが、もし失敗してしまえば、ランサーの宝具の余波をまともに受けていたのだ。
 無論、アサシンが足立を庇ったのは、足立のためではない。
 カラテの消耗しきった今の状態では、マスターを失うことが致命的であるが故の行動だった。

「スゥーッ! ハァーッ!」
 だからだろう。アサシンは足立を気遣う言葉をかける事もなく、チャドーの呼吸とともにジュー・ジツを構える。
 だがそれはランサーも同じだ。その瞳はアサシンだけをまっすぐに見据え、足立の存在など歯牙にも掛けていない。
 警戒していないわけではないだろうが、気に留める必要もないと思っているのだ。

 それは半ば正しい。
 アサシンと足立透との間に信頼などない。足立にはアサシンへの的確な支援などできないだろう。
 それにそもそも、重傷を負い消耗したままの足立にはそんな余裕などない。
 岸波白野はそう予測をし、ランサーへと更なる指示を下す。

「ハッ――!」
 一手目と異なり、二手目はこちらから。ランサーは深紅の弾丸となって、アサシンへと疾駆する。
 槍兵(ランサー)の名に恥じぬ神速の踏み込み。両者の間にあった空白は瞬く間に詰められる。
 そして放たれる振り下ろし。
 アサシンの頭部を叩き潰さんと、監獄の槍はその頭上から豪速で襲い掛かる!

「イヤーッ!」
 対するアサシンも、自身に向け振るわれた槍を的確に迎撃する。
 頭上から迫り来た槍は、側面に叩き付けられた蹴りによって横方向に軌道を変えられる。
「そーれっ!」
 だがランサーは、弾かれた勢いをそのままに、薙ぎ払いによる攻撃へと移行する。
 蹴りの勢いも加算された槍はランサーの身体ごと一回転し、大気を唸らせながら再度アサシンへと迫る!
 追撃を放とうとしていたアサシンは、咄嗟に攻撃を中断しブリッジ回避! ランサーの槍はアサシンの胴の上を空しく空振る。

「イヤーッ!」
 そしてこのブリッジ体勢は攻撃の予備動作でもあった。アサシンの脚が霞み、反撃の一撃が繰り出される!
 薙ぎ払いを躱されたランサーは咄嗟の行動を取ることが出来ない。放たれた足撃は的確にその胴体を蹴り飛ばした。
「ンアッ!」
 腹部に受けたダメージに、ランサーは堪らずたたらを踏む。
 アサシンは即座に追撃のワザを放とうとカラテを構え、
「グワッ……!?」
 唐突に胴体にダメージを受ける。フシギ!
 だがその現象に驚愕する間もあればこそ、アサシンへ更なる一撃が襲いかかる……!

「不愉快。返すわっ!」
 頭上から振り下ろすような刺突。ブリッジ回避は無意味。
 アサシンは素早く側転を繰り返し、回避と同時にランサーから距離を取る。しかし。
「ハッ、トロいのよ!」
 弾丸の如き踏み込み。アサシンが開けた距離を、ランサーは一瞬でゼロにする。
「ほらほらほら!」
 そして放たれる連続攻撃。縦横無尽と振るわれる槍が、アサシンの肉体を穿たんと高速で奔る!
「ヌウ……ッ」
 その疾風怒濤の連撃を、アサシンは紙一重で躱していく。
 ランサーの攻撃を的確に捌きながらも、その表情には苦渋の表情が浮かんでいた。


 ランサー――エリザベートは本来、通常のサーヴァントのような“戦う者”ではない。
 生前の逸話によって英霊となり、それにより生じたスキルと、その身に宿る竜の血によって高いステータスを得ただけの少女だ。
 そのため、サーヴァントとしての評価こそB+〜Aランク相当とされるが、戦闘技術そのものは格下のサーヴァントにも劣る。
 そんな彼女が仮にも戦闘を行えているのは、その独特な感性(リズム)から繰り出される卓越した拷問技術が理由だ。
 つまりエリザベートは、その奔放な動きで翻弄し、的確に弱所を突く事で、他のサーヴァントと渡り合うことが出来るのだ。

 故に、その動きに惑わされず冷静に対処をすれば、彼女の攻撃を防ぐことは難しくはない。
 ましてや格闘戦に優れるアサシンならば、十分に応戦することが可能だろう。
 事実、岸波白野は三度に渡って、彼女を打ち倒してみせたのだから。
 …………だが。

(先ほどのダメージ。あれは、ランサーさんのジツか)
 ランサーへと反撃した際に生じた謎のダメージ。その奇怪現象ゆえに、アサシンはランサーへと攻めあぐねていた。
 あの瞬間、ランサーはもちろん、マスターのジツによる支援もなかったことは視認している。
 となれば、考えられる理由は一つ。ランサーの宝具攻撃を受けた時、同時にジツを掛けられていたのだ! ワザマエ!


 アサシンが考えを巡らせる間も戦いは続いている。

「これはどうっ!?」
 一際大きな薙ぎ払い。アサシンの胴を目掛けて、ランサーの槍が襲い掛かる。
「イヤーッ!」
 対するアサシンは、後方へと大きくジャンプ回避。同時に両手から無数のスリケンを投擲し牽制する。
 だがその程度の小細工では、一瞬の足止めにしかなりはしない。

「逃がさないわよ、ロックンロールッ―――!」
 ランサーはスリケンを弾き飛ばすと素早く槍の柄に腰かけ、直後、文字通りの弾丸となって撃ち出された。
 ――――“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”。
 先ほどの踏み込みよりもなお疾いその一撃が、アサシンの肉体を穿たんと飛翔する。

「グワーッ!」
 屋上へと着地する寸前だったアサシンに、これを回避する術はない。
 咄嗟に両手のドウグ社製ブレーサーによって防御するが、堪らずタカイ・ビルの屋上から弾き飛ばされる!
 だがそれは、アサシンへと突撃したランサーも同様だ。彼女もまた、勢いのままに屋上から跳び出している。キヨミズ!
「あはっ! どんどん行くわよっ!」
 しかし、ランサーはその背中からドラゴンの翼を出現させると、精確にアサシンへと向けて飛翔する。
 そして放たれた槍を、アサシンはドウグ社製ブレーサーとジュー・ジツによって防ぎ、その反動を利用して距離を取る。

(ヌウ……このままではジリー・プアー(徐々に不利)だ。やはり無理にでも宝具の発動を阻止するべきだったか)
 アサシンは近場のビルを足場にジャンプしながら、内心でそう歯噛みする。
 先ほどの牽制の際、スリケンのいくつかがランサーの体を掠め傷付けていった。
 しかしそのダメージもまた、アサシンへと反射されていたのだ。ナムアミダブツ!

 ウカツな攻撃をすれば無用に反射ダメージを受け、かと言って攻撃しなければやはり自分だけがダメージを受ける。
 戦闘続行スキルを持つアサシンにとって、ダメージ量自体は無視できる程度だ。
 だがランサーの攻撃も加わり大きく消耗している今、僅かなダメージでさえ軽視はできない。
 加えて足立と違い、ランサーのマスターは万全だ。しかもいかなるジツによるものか、ランサー自身もまた、スリケンによって負った傷が少しずつ癒えている。
 カラテが不足している上に、ダメージ反射のジツがいつ解かれるのかもわからない以上、このままでは実際ヤバイ!

「邪魔っ!」
 アサシンの放った牽制スリケンを弾き飛ばし、ランサーは同じようにビルを足場にジャンプ。
 ドラゴンの翼によって的確にアサシンへと接近し、驚異的な槍を繰り出す。
「イヤーッ!」
 対するアサシンはどうにかランサーの槍を迎撃し捌いていくが、足場のない空中では踏ん張りがきかず、その衝撃に容易く弾き飛ばされる。

 お互いのマスターの差。ダメージを反射するジツと回復するジツ。そして空中というイクサ場。フーリンカザンは完全にランサーにある。
 この危機的状況を脱すべく、アサシンはランサーの攻撃を捌きながら、イマジナリー・カラテによって状況打破の方法を模索し始めた。


      †


 ビルの端へと駆け寄り、ランサーたちの姿を目で追いかける。
 二騎のサーヴァントはビルの壁面を足場に、縦横無尽に跳び回っている。
 一見では、二人の戦いは互角に見える。しかしだからこそ、早急に手を打つ必要がある。
 先制の一撃、地の利を得てなお互角ということは、時間を経るごとに戦況は不利になっていくということだからだ。

 故にこそ、ランサーへと最適な指示を下す必要があるのだが……それは困難を極めた。
 高速で動き回る二人はビルの陰に隠れては現れ、まるでストロボのように常に捉えていることはできないからだ。
 一瞬の判断が重要となるサーヴァントの戦いにおいて、不確かな状況でむやみに指示を出すことはできない。
 下手に戦況を読み違えれば、それが即死に繋がる。

 ――――ならばどうするか。
 ランサーと視界を繋げる、という手はある。
 そうすればランサーの視点からではあるが、間断なく戦況を知ることができる。
 ……だがその判断はまだ早い、と直感する。
 なぜなら、こうしている今も、二人がどこにいるかということだけは、確かに感じ取ることができていたからだ。

 ――――そう。それこそが今、岸波白野が考えるべきことだ。
 こうしてアサシンを見つけられた理由。今なおアサシンを捉えられている不思議な感覚。
 その正体を知ることが、アサシンとの戦いにおける鍵となるだろうからだ。
 それに加えて……。


 風の音に紛れて、バチッと、背後から空気の弾けた音が聞こえた。
 咄嗟にその場から飛び退くと同時に、先ほどまで立っていた場所を雷撃が奔り抜けた。
 肝を冷やしながらも雷撃の発生源へと目を向ければ、そこにはこちらへと右手を向けた足立透の姿があった。

「はっ。あのままボーッと突っ立っていれば、楽に死ねたのにね」
 そう口にする足立の背後の空間には、何かのノイズのようなものが奔っている。
 そのノイズも、足立が腕を下すと同時に消えた。おそらくは、何かの“力”の名残なのだろう。

「一つ聞きたいんだけどさぁ。君、なんでここにいるわけ? わざわざこんな場所まで、あんな無茶苦茶な方法でさ?」
 本当に不思議そうでありながらも、どこかどうでもよさ気な問い。
 自分は――――

   1.聖杯を手に入れるため
  >2.アサシンと話し合うため
   3.遠坂凛の仇を討つため

「あいつと、話し合う? ハッ、何言ってんの君。あんな奴と話してどうすんだよ。
 君だってもう解ってるんだろう。あいつはただの狂人。目的のためなら手段を択ばない、人でなしだ」

 ……だが、決して人の心がないわけではない。
 でなければ、復讐などという目的を持つはずがないのだから。

「復讐、ねぇ。それはむしろ君の方なんじゃないの?
 君と一緒にいたあの女の子。その子もあいつに殺されちゃったもんねぇ。
 しかもわざわざマスターになってやったっていうのに、速攻で裏切られちゃってさ」

 それは違う。
 確かに裏切られたことに対する怒りも、凛を守れなかったことへの悲しみもある。
 だが決して、復讐のためにアサシンを追いかけてきたわけではない。

「ふうん、そう……。ま、何だっていいけどね。
 結局最後にはどっちかが裏切ってたんだ。早いか遅いか、それだけの違いでしかない。
 だってそうだろう? これは聖杯戦争。生き残れるのは、聖杯を手に入れたたった一組だけ。どうせ最後には殺しあうのに、協力なんてできるわけがない」

 それも違う。
 確かに自分と凛は、最後には戦って、どちらかが死んでいただろう。
 だけどそれは、決してどちらかが裏切ったからなんかじゃない。
 自分は彼女と約束したのだ。聖杯戦争の最後に、正々堂々と戦おうと。

「ハア? 約束した、だって? あははははははは! ヤバイヤバイ腹痛い……。
 ……で、約束したからなに? 無理に決まってんじゃんそんなの。あんまり笑わせないでよ、こっちは怪我人なんだからさ。
 それに、そんなヌルい事を口にしてるからあっさり裏切られるんだよ。ま、自業自得ってやつ?」

 自業自得。確かにその通りだろう。
 凛がアサシンに殺されたのは、完全に自分たちの落ち度だ。
 ……だがあの約束は、決して笑われていいものなんかじゃない。

「いいかげん自分に素直になりなよ。結局は聖杯が欲しいだけなんだろ? 君も、あの子も。
 別に恥じることはないさ。誰だって死にたくないもん。当然、僕だって死にたくない。だから聖杯が欲しい。
 ……それに、聖杯があれば、こんなクソみたいな世の中だってどうにでもできるだろうしね」
 その言葉は、今の状況に対してではなく、彼が認識している“世界”そのものに向けて放たれたように聞こえた。
 そしてそれがきっかけになったかのように、足立はいらだたしげに頭をかきむしり始めた。

「……ああ、そうだよ。おまえらさえいなければ、僕はあのクソ忍者にこんな目にあわされずに済んだんだっ……!
 あいつが今生きてるのも、俺がこんな目にあってるのも、全部おまえらのせいなんだよ!」
 そう口にする足立にはもう、先ほどまでの余裕ぶった様子は見えない。
 結局のところ、今の言葉が彼の本音なのだ。

 確かに彼の言った通り、自分たちがキャスターへと攻め込まなければ、彼はアサシンに襲われることはなかっただろう。
 仮に襲われたとしても、あのキャスターならば余裕をもって撃退していたはずだ。
 ……だが言わせてもらえば、それこそ聖杯戦争というもので、自業自得というやつだろう。

 アサシンが復讐に走ったのは、キャスターがアサシンの召喚者であったしんのすけを殺したからだ。
 だというのに、どうしてキャスターのマスターであった足立が無関係だと言えるのか。
 加えて言えば、あの地区で違反行為があったことはルーラーによって通達されていた。
 ならば自分たちが攻め込まずとも、いずれは他のサーヴァントがやってきていた可能性だってあったのだ。
 現にあの場には、自分たちだけではなく、白面のバーサーカーもやってきていたのだから。

「っ……うるさい! うるさいうるさいうるさい!
 クソ生意気なガキが、偉そうな口ききやがって。目障りなんだよ!
 消してやる……おまえも、あのガキのように消してやる!」
 足立はそう罵声を上げると、再び右手を持ち上げる。
 直後その手に現れる、赤く禍々しい光を放つ、一枚のタロットカード。
 それを視認した瞬間、左手がかすかに疼いたような気がした。
 ……令呪の反応ではない。ならばこの疼きは何なのか。

「ペルソナ……“マガツイザナギ”!」
 その正体を確かめる間もなく、足立はそのタロットカードを握り砕く。
 瞬間、足立の背後に大きな人影が現れた。
 赤黒く禍々しい装飾を纏い、矛のような剣を逆手に構えたその人影は、サーヴァントではない。
 おそらくあれが、最初の雷撃を放った足立透の“力”の正体なのだろう。

 しかしマガツイザナギの体は大部分がノイズに覆われ、今にも消えてしまいそうなほどに希薄だ。
 足立自身がそうであるように、彼の力の具現であるマガツイザナギもまた弱っているのだろう。
 もっとも、それでも岸波白野を殺すには十分すぎる力を持っているはずだ。
 その力に応戦するために、端末を操作して礼装を換装する。

 ………だが忘れるな。岸波白野に、戦う力などないということを。

「ガキは黙って死ねばいいんだよ!」
 瞳を金色に染めた足立が叫ぶと同時に、その声に従うようにマガツイザナギが動き出す。
 それにわずかに先んじて、コードキャストを発動する――――!


     04.5/ interlude『甲賀のアサシン(壱)/デップー殿がまた死んでおるぞ!


 ――――その二組の戦いを、遠く離れたビルから観察している存在がいた。
 真名を、甲賀弦之介。電人HALに従うアサシンのサーヴァントだ。
 彼は己がマスターの命を受け、【C-6】に現れた赤黒のアサシン――ニンジャスレイヤーの追跡を行っていたのだ。

 彼のマスターがその命を下した理由は、自身の把握する範囲内に、更なる不確定要素を増やさぬためであった。
 現在【C-6】では、いくつもの戦いが起きている。そこにニンジャスレイヤーが介入し、さらなる混乱が起きるのを避けようとしたのだ。
 だがニンジャスレイヤーは戦いが起きている場所を軽く探ると即座に引き返し、己がマスターのもとへと帰還した。

 それだけであれば、彼のマスターはニンジャスレイヤーのことを捨て置いただろう。
 だが【B-4】で起きた戦いを知っていた彼のマスターは、ニンジャスレイヤーが戻ってくると予測した。
 その結果下された命令が、「赤黒のアサシンを追跡してその動向を探り、可能であればそのマスターを殺害せよ」というものだった。

 もちろん【C-6】で起きている戦いが彼のマスターの下まで波及する可能性もあった。
 だが電人HALの所在はまだ露呈してはいないし、最悪の場合、令呪の使用による召喚が可能だ。
 故にアサシンは、己がマスターの命に従い、アサシンを追跡した。



 そうして現在、彼の視線の先では、二つの戦いが起きていた。
 赤黒のアサシンたちと、それを追跡してきたらしい紅色のランサーたちによる、サーヴァント同士とマスター同士の戦い。
 紅のランサーたちが赤黒のアサシンたちを追跡してきた理由は、おそらく赤黒のアサシンに殺された少女の敵討ちだろう。
 その思いは、アサシン自身の生前を思えばわからぬでもない。だがそれは、赤黒のアサシンとて同じことだろう。

 ……しかもこの戦いは、アサシンにとって好機でもあった。
 紅のランサーと赤黒のアサシンは、己がマスターの下を離れて戦っている。
 つまりサーヴァントの襲撃から、彼らのマスターを守るものは存在しないのだ。
 無論、その戦いを見て分かるように、彼らとて何の力も持たない存在ではない。
 だがサーヴァントのそれからするとあまりにも脆弱であり、障害にはなりえないだろう。

(すまぬな、名も知らぬ“ますたぁ”達よ。だがこれも、我らの望みを叶えるため)

 アサシンは本来殺生を好む性質ではない。だが必要であるならば躊躇う性格でもない。
 眼前で戦いを繰り広げる二人のマスターを殺すために、アサシンは静かに忍者刀を抜き放った。





「いやー、あいつらもよくやるよな。あんな派手にドンパチやっちゃってさ。
 特にあの赤黒のアサシンの方。お前ホントにアサシンか! みたいな? あんたもそう思わね? 同じアサシンとしてさ」


「ッ―――!?」
 直後、自身の隣から放たれたその声に、文字通り戦慄した。
 咄嗟に大きく飛び退き、声の方へと振り返れば、そこには赤黒のアサシンとはまた異なる赤黒の衣装を着た男。
 間違いない。赤黒のアサシンやランサーと同様、【B-4】にいたサーヴァントの内の一騎だ。

「ドーモ、アサシン=サン。バーサーカーです」
「――――――――」
 バーサーカーの挨拶に対し、アサシンは沈黙を通す。
 表面上は冷静を装っているが、その内心は激しく動揺していた。

 あの瞬間、唐突にバーサーカーが現れたこともそうだが、アサシンは気配遮断を解いてはいなかった。
 確かに気配遮断スキルは攻撃態勢に移ればランクが下がる。だがあの時、アサシンは刀こそ抜いていたが、マスターたちには近づいてすらいなかった。
 加えて言えば、アサシンは忍術スキルの併用によってスキルランクの低下を抑えることが可能だ。
 つまりこのバーサーカーは、アサシンの気配遮断スキルを無効化して接近してきたことになるのだ。

「それは何故かって? 知りたい? じゃ教えてあげちゃう!
 俺ちゃんがアサシンを見つけることができたのはぁ、俺ちゃんの宝具、“第四の壁の破壊(フォースウォール・クライシス)”のおかげなのでした!
 要するに、地の文=サンがあんたのことを解説した以上、気配を消していようがいまいが俺ちゃんには関係ないっつうこと。
 まあ、俺ちゃんがここに現れたのは、この場所があいつらの戦いを観察しやすいってだけで、単なる偶然なんだけどね。
 あ、偶然って書いて話の都合って読むのは無しの方向でお願いします。俺ちゃんとの約束だぞ」

 あらぬ方向へと向けて話しかけるバーサーカー。
 なるほど、その様子は確かに狂人のそれだ。狂戦士のクラスで呼ばれたのも、それが所以だろう。

「――――――――」
 だが、とアサシンは刀を構えなおす。

 いずれにせよ、見つかったのであればやることは一つだ。
 即ち、このバーサーカーに対処する。
 二人のマスターをどうするかは、それからの話だ。

「お、やる気? いいね、そういうの。俺ちゃん嫌いじゃないぜ」
 アサシンに呼応して、バーサーカーも背中の二本の刀を抜き放つ。
 たとえ狂っていようと、サーヴァントとしての本能に変わりはないということだろう。

 そうして両者の視線が絡み合い、緊張が限界に達した、その瞬間。
 我慢できないとばかりにバーサーカーが躍り掛かり――――

「イヤーッ! ……あ、アレ?」

 ―――アサシンの宝具が発動した。

「うっそーん。マジで?」

 困惑したように口にするバーサーカー。
 その胸には、彼自身の二本の刀が突き刺さっていた。

「オゴーッ、ヤラレター!」

 バーサーカーはその覆面越しに血を吐き出し、そのまま倒れ伏した。
 それを見届けて、アサシンはバーサーカーから背を向けた。
 確認せずともわかる。バーサーカーは死んだのだ。
 何故ならそれがアサシンの宝具――“瞳術”の効果だからだ。

 アサシンに向けて害意を以て襲い掛かったものを、強制的に自害させる“瞳術”。
 この宝具の前では、およそあらゆる武力が無意味だ。
 何の対策もせずに挑めば、己が手によって屍をさらすだけに終わるだろう。
 今自らを死に追いやった、狂想のバーサーカーのように。

 そうしてアサシンは、再び二人のマスターが戦っているビルへと向き直り、

「ドーモ、アサシン=サン。バーサーカーです」

「なにっ!?」
 再び目の前に現れたバーサーカーに、更なる戦慄を露わにした。
 即座に大きく飛び退き、最大の警戒を以てバーサーカーを観察する。

「いやまさか、いきなり自害させられるとは、さすがの俺ちゃんにも予想できんかったわ。
 そういうのはランサーの役目でしょ。これ読んでるPCの前のみんなもそう思わない?」

 またもあらぬ方向へと語りかけるバーサーカーの胸には、日本の刀が刺さったままだ。
 即ち、“瞳術”が無効化されたわけではない。だとすれば、考えられる答えは一つ。

(そうか。彼奴の能力は、天膳と同じ……!)
 不死の術。アサシンはバーサーカーの能力にそう当たりを付ける。
「ピンポンピンポーン! だいっせーかーい!
 っつーか、チャプタータイトルにヒントが書かれてたしね。それに正確には術じゃなくて呪いだけど」

 気配遮断を無効化し、自らの死をも覆す能力。
 このサーヴァントは間違いなく己の天敵だ、とアサシンは理解する。
 その制約がどれほどのものかはわからないが、早急に対処しなければならない。

「そうそう。あいつらの戦いはあいつらに任せて、俺ちゃんたちは俺ちゃんたちでとっとと始めようぜ。尺もあんまないことだしよ」
 バーサーカーはそう口にすると二丁の拳銃を取り出し、その銃口をアサシンへと突きつけ、引き金を引いた。

 こうして人知れず、また新たな戦いが始まったのだった――――。


     05/ VSアサシン(corner)


 ――――ビルの壁面および窓ガラス、無残!
 幾つも立ち並ぶ街灯と電光掲示板、無残!
 アスファルト舗装された道路、無残!
 違法路上駐車中の車両、無残!

 ドラゴンの翼とトライアングル・リープを駆使した空中高速戦闘。
 いくつもの痕跡を残しながら、ランサーとアサシンがビルの谷間をしめやかに跳び回る。
 両者が交差するたびに相手へと攻撃を加え、結果その余波によって周囲の構造物が破壊されていく。
 残業帰りのサラリマン、深夜パトロール中に呼び出されたマッポ、騒ぎを聞きつけてきた野次馬には、彼らの姿は色つきの風にしか見えない事だろう。
 彼らに把握できることは、先ほど唐突に割れた窓ガラスが降り注いだことと、現在進行形で唐突に建物が破壊されているということだけだ。
 この町のNPCたちはそのようにして、オペレーション中のサーヴァント存在を知覚できずにいるのだ。それは幸運な事だ。

 だがその幸運を理解できぬモータルNPCたちは、戦いの発生源である双葉商事ビルへと集まっていく。
 何故ならそこが最も被害の大きい場所だからだ。
 特にマッポたちは、そのルーチン故にその行動が顕著になっている。このままでは双葉ビルの屋上で起きているもう一つの戦いが発覚してしまうだろう。
 ランサーはそのことを正しく把握し、湧き上がる焦りにその身を焦がし始める。

 警官の手によって戦いが明るみに出るということは、彼女のマスターが指名手配されるということに繋がる。
 それはすなわち、NPCに追われるということであり、同時に多くのマスターに自分たちの存在を知られるということだ。
 そうなってしまえば、聖杯戦争をまともに続けることは困難になるだろう。
 そんな事態を防ぐためにも、警官に見つかるわけにはいかなかった。もし見つかってしまえば、最悪その警官を殺すしかなくなってしまう。
 それはなるべく取りたくない手段だし、何よりマスターが望まないだろう。たとえ相手が、NPCだったとしても。
 ………………だが。


「っ………さっきからずっとちょこまかと。いつまでも逃げ回ってんじゃないわよ!」

 ランサーはビルの壁面を踏み砕いてアサシンへと一息で接近し、その手の槍を勢い良く振り抜く。
 アサシンはその一撃を空中ブリッジ回避。振るわれた槍は空を薙ぎ払うだけに終わる。
 それならばと即座に背中の翼によって姿勢制御し、アサシンへと大気を穿つ刺突を繰り出す。
 だがアサシンはブリッジ姿勢からそのまま後方宙返りを行い、背後のビルを足場に上空へと跳躍回避。放たれた槍はビルの壁面を穿ち、放射状の亀裂を入れるだけに終わる。

「イヤーッ!」
 そこへ反撃とばかりに、アサシンがトライアングル・ドラゴン・トビゲリを放つ。
 対するランサーはビルの壁面に突き立った槍を支点に体を回転させ、ドラゴンの尻尾による薙ぎ払いを放つ。

「なめんじゃ――ないわよ!」
 放たれた“徹頭徹尾の竜頭蛇尾(ヴェール・シャールカーニ)”は、アサシンのトライアングル・ドラゴン・トビゲリと打ち合い、相殺されつつもアサシンを弾き飛ばす。
 その隙にビルの壁面を勢いよく蹴りつけ、槍を引き抜くと同時にアサシンへ向けて跳躍、“絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”を繰り出す。
 しかしアサシンは空中で体を回転させ、ジュー・ジツによってランサーの突撃をいなした。


 この二騎の戦いは、一貫してランサーが攻め、アサシンが受けるという様相を呈していた。
 無論アサシンとて攻撃はしているが、それはあくまでも牽制の域を出ない。
 何故なら空中戦において、ランサーはアサシンを上回る機動をとることが可能であり、さらにアサシンはダメージ反射効果を持つ鮮血魔嬢の呪いを受けていたからだ。
 加えて言えば、お互いのマスターの魔力残量の差により、使用できる魔力量においても両者には大きな差ができていた。
 そしてランサーは、多少のダメージなら“鮮血は湯水の如く(レ・サング・デ・オングリ)”によって回復が可能なのだ。
 つまり半端な攻撃によるダメージでは即座に回復され、逆にダメージ反射の呪いによってアサシン自身が不利になるだけでしかないのだ。

 ……だがそれは、決してランサーの優位を表すものではなかった。
 なぜなら戦いが長引けば長引くほどに、アサシンのジュー・ジツはランサーの攻撃に対応し、反撃の機会を掴みやすくなるからだ。
 それに鮮血魔嬢の呪いも間もなく解けてしまう。そうなればランサーの有利が一つ失われてしまうのだ。
 そして彼らのマスターたちの方でもまた戦いが始まっており、加えて時間をかけ過ぎればNPCの警官に捕捉されるという問題もあった。
 確かに単純な持久戦であれば、最終的には魔力残量の差によってランサーが勝利していただろう。
 だがこの戦場における様々な要因によって、その優位性は失われていたのだ。
 それ故にランサーは早急に決着を付けようと逸り、その結果、焦りによって攻撃の手を誤ることとなった。


「チィ、ッ――!?」
 “絶頂無情の夜間飛行(エステート・レピュレース)”を躱されたランサーはビルの壁面へ槍を突き立て、コンクリートブロックを抉りながら急停止。即座に振り返りアサシンの姿を確認する。
 しかし、先ほどの地点にはすでにアサシンの姿はいない。加えてその気配も感じ取ることができなかった。
 気配遮断スキルによって、その姿を隠したのだ。
 ……だが、この場から逃げたわけではないとランサーは直感する。理由の解らない感覚によって、アサシンがまだ近くにいると感じていたのだ。

「イヤーッ!」
 それを証明するかのように、無数のスリケンが掛声とともに投擲される。
 ランサーは即座にその場から跳躍回避。無数のスリケンによってビルの壁面はハチの巣にされる。
 別のビルの壁面に着地すると同時に、同時にスリケンが放たれた場所へと視線を向けるが、アサシンの姿は見えない。すでにその場から離れているのだ。

「イヤーッ!」
 それを確認する間もあればこそ、再び無数のスリケンが掛け声とともに投擲される。
 ランサーは槍を旋回させてスリケンを弾き飛ばし、スリケンの放たれた場所を確認するが、やはりアサシンの姿は見えない。
 気配遮断スキルを駆使した、遠距離からのヒットアンドアウェイだ!

 確かに気配遮断スキルは攻撃態勢に移るとランクがダウンする。スキルがBランクしかないアサシンならそれはなおさらだ。
 だが攻撃態勢を解除すれば気配遮断スキルは再び機能し始め、その姿を捉えることは困難になるのだ。
 つまりアサシンはスリケンを投擲すると同時に姿を隠し、攻撃態勢を解くことで気配も消しているのだ。
 これは高い身体能力を持ち、アイサツからの素早い攻撃を行ってきたアサシンだからこそ可能なカラテだった。

「イヤーッ!」
「このっ……!」
 散発的に放たれる無数のスリケンを躱し、弾きながら、ランサーはビルの谷間を駆け抜ける。
 こうしている間にも、彼女のマスターは危機に陥っている。
 敵マスターとの交戦、迫りくるNPC警官。戦う力を持たない岸波白野では、そのどちらもが強敵だ。
 故にランサーは、早急にアサシンを見つけ、撃破しなければならなかった。

 無論、アサシンを無視し、マスターのもとに駆け付けるという手もあった。
 むしろ現実的な目で見れば、現状においてはそちらの方が確実な手段だろう。
 だがこのアサシンに対して自ら背を向けるような行為は、自ら命を危機にさらすようなものだと、アサシンと実際に戦ったが故の感が告げていたのだ。
 つまりアサシンを撃破するにしてもマスターのもとへ向かうにしても、まずはアサシンを見つけ出し、それを可能とするだけの隙を作り出す必要があったのだ。


「ッ――――――!」
 自身へと迫りくる無数のスリケンを弾きながらビルの壁面へと着地し、対面のビルへと向けて勢いよく跳躍。着地と同時に屋上へと向けてビルの壁面を駆け上る。
 周囲に遮蔽物の少ない屋上で、アサシンを誘いだそうと判断したのだ。
 そうしてランサーがビルの壁面を登り切り、屋上へと躍り出た――――その瞬間!

「ッ、しま―――!?」
 アナヤ! ランサーの視線が、すでに屋上で待ち構えていたアサシンと交差する。
 アサシンの右手には、一枚のスリケン。両足は大きく開かれ、腰は深く落とされ、上半身には縄めいた筋肉が浮き上がるほどに力が込められている。
 クロス・レンジ距離からのツヨイ・スリケンだ!
 ランサーは咄嗟の判断でビルの縁を蹴り砕き、勢いよくアサシンから距離をとる。

「イィィヤァァアーッ!!」
 両腕をクロスさせた体勢から、裂帛のニンジャ・シャウトとともに放たれるスリケン投射。
 アサシンのツヨイ・スリケンは螺旋の軌道を描きながらほとんど一瞬でランサーへと迫り―――しかし、ランサーの槍によって弾き飛ばされた。

「ッ………!」
 危なかった。とランサーは背筋を凍らせる。
 咄嗟の跳躍によって稼いだ距離がなければ、防ぐ間もなくアサシンのスリケンを受けていた。
 その威力は、防いだにも拘らず体勢を大きく崩されるほど。直撃していれば致命傷は免れなかっただろう。

 だが、これでアサシンは姿を現した。
 体勢は崩されたが、ドラゴンの翼を使えば即座に整えられる。
 今はとにかく、アサシンの追撃に対処しなければ。
 と、一瞬でそう思考を巡らせたところで、

「なっ!?」
 ランサーの体に、一本のロープが絡みつく。ドウグ社製巻き上げ機構付きフックロープだ!
 アサシンはダブル・ツヨイ・スリケンの応用で、ツヨイ・スリケンと同時にこのフック付きロープを投擲していたのだ。ワザマエ!

「この……っ!」
 アサシンがフック付きロープを引き絞り、ランサーの体が締め上げられる。
 このままでは拘束されたまま、アサシンの前へと引きずり出されてしまう。
 それに対抗しようとドラゴンの翼を大きく羽ばたかせた―――その瞬間。

「Wasshoi!」
 ゴウランガ! アサシンが大きく跳躍した。
 ランサーの羽ばたきにフック付きロープの巻き上げ機構も加味され、アサシンの跳躍力は倍増! 一瞬でランサーへと接近する!
 その高速接近によりフック付きロープによる拘束は緩むが、ランサーが反撃を行うより早く、その体をドラゴンの翼ごと羽交い絞めにする。
 さらにドラゴンの翼は拘束されたことにより浮力を失い、二人は地上へと向けて落下を開始した。
 アサシンのヒサツ・ワザの一つ、アラバマオトシだ!

「な、何よ! 放しなさい!」
 ランサーはアサシンの拘束を外そうともがくが、両者の筋力値は互角。さらに瞬間的にはアサシンが上回る。抜け出すことはできない。落下地点をずらすのが精一杯だ。
「イヤーッ!」
 CABOOM!
 結果、ランサーはアサシンがニンジャ・シャウトを放つと同時にビルの屋上へと叩き付けられ、直後、周囲に爆音が響き渡った――――。


      †


 マガツイザナギの振り下ろした剣を、大きく飛び退いて回避する。
 剣の威力に屋上の床が砕け、破片が四散する。
 続いて振るわれた横凪ぎの一撃も同様に回避。しかし剣圧によって大きく吹き飛ばされる。
 無様にも地面に打ち付けられるが、即座に立ち上がりマガツイザナギから距離をとる。

「ほらほらどうしたの? さっきから逃げてばっかりじゃん。そんなんじゃ、僕には勝てないよ?」
 余裕に満ちた足立の声。それに追従してマガツイザナギが追撃をかけてくる。
 振るわれた一撃を先ほどと同様、大きく飛び退いて回避する。

 このビルの屋上は、ランサーが降り立った時の一撃によって開けた場所となっている。
 でなければこうして回避するスペースなどなく、自分はとっくにマガツイザナギに追い詰められていただろう。
 そのことを思い、内心で大きく安堵するが、それを表に出す間などない。
 マガツイザナギの更なる追撃に備え、わずかな初動も見逃すまいと、その動きを注意深く観察する。


 岸波白野には、足立のペルソナと戦う力はない。
 ダメージを与える手段はあるが、それを使う余裕がないのだ。
 自分がまだ生きていられるのは、二つの礼装によるコードキャストのおかげだ。
 すなわち、『強化スパイク』による《移動速度強化(move_speed(); )》と、『守りの護符』による《耐久力強化(gain_con(16); )》だ。
 これらがなければマガツイザナギの攻撃を躱すことなどできず、躱せたとしても余波だけでダメージを受けていただろう。
 『守りの護符』の上位礼装である『身代わりの護符』ならば、余波も完全に無視できたかもしれない。
 だが強力なコードキャストは、発動までに相応の時間を要する。マガツイザナギの攻撃を躱しながらでは、そんな余裕はない。

 そして礼装は同時に二つまでしか装備できず、また礼装の換装にも多少の手間を要する。
 カレンから渡された携帯端末によって簡略化してはあるが、それでも攻撃を回避しながら行う余裕はない。
 凛のアゾット剣を用いれば攻撃はできるが、マガツイザナギを相手には心許無すぎる。武器として有効なのは、足立を直接攻撃するときだけだろう。
 だが足立を直接攻撃するには、マガツイザナギが障害となっていた。そしてマガツイザナギを倒せない以上、岸波白野には一切の攻撃手段がない。
 結果、現状において岸波白野にできることは、マガツイザナギの攻撃を耐え凌ぐことだけだったのだ。

 ……だが、耐え凌ぐことさえできれば、きっとチャンスはある。
 狙うは一点。マガツイザナギを掻い潜り、足立へと接近できるその一瞬。
 その隙さえ突ければ、足立を倒すことも不可能ではない。
 あるいは、ランサーとアサシンの戦いが決着するか、ランサーが帰還すれば、状況は逆転する。
 だからまだ焦る必要はない。その時まで耐え凌ぐことこそが、岸波白野のするべき戦いなのだ。

「とっとと諦めなよ。どうせ何にも出来ないんだろう?
 しつこく食い下がったって見苦しいだけだって」
 足立の声を聞き流し、マガツイザナギに集中する。
 ただの一度でも受ければ死に至る攻撃を、転げ回りながら躱していく。
 ……見苦しいのは百も承知だ。だが、自分にも譲れないものがある。諦めることだけは、決してできない。

「チッ。いい加減ウザいんだよ。ガキはさっさと消えろ!」

 苛立たしげな足立の声。それに呼応するように、マガツイザナギが剣を大きく振りかぶる。
 今までで一番大きな隙。この一撃を回避し、マガツイザナギの懐へと潜り込めれば、そのまま足立へと接近できるかもしれない。
 自分は――――

   1.潜り込む
  >2.飛び退く

 一か八かには出られない。危険な賭けをするには、まだ早すぎる。
 そう判断し、マガツイザナギから大きく距離をとる。
 直後、マガツイザナギの剣が降り抜かれ、

 ―――その瞬間、周囲の空間に、無数の斬撃が奔り抜けた。
 屋上の床を切り刻むその衝撃に、屋上の端まで吹き飛ばされる。

 ………………ッ!
 危なかった。もし潜り込もうとしていれば、そのまま切り殺されていた。
 だがこれで危機が去ったわけではない。まだ油断も安心もできない。

「ははっ、よく躱せたねぇ。けどこれでゲームオーバーだ。そのまま屋上から突き落としてやる!」
 足立の言葉とともに、マガツイザナギが迫りくる。

 背後に逃げ場はない。一歩でも後ろに下がれば、そのまま屋上から落ちてしまう。
 今度こそ、前へと踏み込むしかないのだと覚悟を決めた―――その時。

 遥か上空から赤黒い影が屋上へと激突し、爆音とともに崩落した――――。


後半「メモリー・オブ・シー」に続く




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ウェイバー・ベルベット&バーサーカー(デッドプール
足立透&アサシン(ニンジャスレイヤー
アサシン(甲賀弦之介

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最終更新:2015年05月13日 15:44