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     02-a/ ◆ザ・バトル・コンティニュエーション サイド・A◆


 午前零時が近づく。
 聖杯戦争本戦の一日目が、ようやく終わろうとしている。
 ここ冬木市深山町の夜景は、未だ眠らぬモータルたちの民家の明かりによって、どこか夜空の星めいて瞬いている。
 これが新都であれば、街は夜通し営業するバーやクラブのネオン看板に照らされ、貪婪なブッタデーモンの宝石箱めいた幻想的な光景となっていることだろう。

 ネオサイタマと比べれば、冬木市の夜は実際静かだ。
 ネオサイタマほどサイバネ技術が発達している訳でもなく、夜空を泳ぎ回るマグロツェッペリンの広告音声もない。
 しかし人影が完全に消えたわけではなく、夜街を練り歩くモータルたちの喧騒、POWPOWPOWと響き渡るクラクションの騒音など、完全な静寂を迎えることはない。
 それでもサツバツとしたマッポーの世に生きてきたモータルたちからすれば、この街はまるで楽園めいた世界に思えるだろう。……安穏な。

 如何にマッポーとは程遠い世であっても、街の明かりが絶えず、完全な静寂が訪れぬように、“闇”がなくなることも、またない。
 実際、28組ものマスターとサーヴァントによる血で血を洗う聖杯戦争は、この一見平穏な日常の裏側で行われているのだから。


「――――Wasshoi!」

 そんな日常の裏側。闇の一ヶ所であるビルの屋上の一角に、赤黒い装束の影――ニンジャスレイヤーが前方回転しながらしめやかに降り立った。
 ニンジャスレイヤーは立膝状態でコンクリート屋上に着地すると、ゆっくりと身を起こし直立不動の姿勢を取る。

「ドーモ、足立=サン。オヌシには今すぐ森林へと潜伏してもらう。急ぎ備えよ」
「ホントいきなりだね。深夜にはまだ早いと思うけど……」
 物陰からそう答えるのは、ニンジャスレイヤーの現マスターである足立透だ。
 彼はニンジャスレイヤーが戻ってくるまでの間、ずっとこの屋上の奥ゆかしい一角で暇を持て余していた。

「無駄話をする気はない。備えぬのであれば、そのままオヌシを森林へと潜伏させるぞ」
「はいはい、わかりましたよっと。
 ……まったく、少しはこっちの状態も考えてほしいんだけどね」
 グチグチと文句を垂れ流しながらも、足立は痛みに悶えながら荷物を纏めていく。
 応急処置こそしてあるとはいえ、ニンジャスレイヤーによって負わされた傷は全く癒えていない。正直に言えば、動くのも億劫だった。
 だがニンジャスレイヤーへと目を向ければ、既に自分から背を向け、ビルの端で街を監視している。手伝う気はないのだ。足立も期待していない。

 自分は所詮、繋ぎでしかない。もし自分よりも条件の良いマスターが見つかれば、アサシンはあっさりと自分を切り捨てるだろう。
 それこそ、己がマスターとなったあの少女を殺し、自分を脅してキャスターとの契約を切らせ、再契約を迫ったように。

 ――――だが、それならばこっちにも考えはある。
 と足立は思考を巡らせる。

 ニンジャスレイヤーは確かに怖い。実際コワイ。
 アサシンというクラスにありながら三騎士級の戦闘能力を有し、単独行動に加え戦闘続行スキルまで持っている。
 更にはナラクと呼ばれるもう一つの人格により、たった一画しかない令呪では行動を縛りきることすらできない。
 下手にニンジャスレイヤーに逆らえば、自分はほぼ確実に始末されるだろう。

 ―――だが。それならばこう命じればいい。
    自分の首を撥ねて自害せよ、と。

 たとえ幾つも人格を持っていようと、体と命は一つだけ。
 そしていかな単独行動スキル、いかな戦闘続行スキルを持とうと、首を撥ねられて生きている生物はいない。
 もし首を撥ねられても生きている者がいたならば、そいつは間違いなく化け物だ。
 だがニンジャスレイヤーは狂人ではあっても怪物ではない。首を撥ねられれば確実に死ぬ!

 ……問題は、考えなしにアサシンを自害させたところで、自分も巻き添えになって死ぬ、という事だ。
 この方舟では、サーヴァントとの契約を失ったマスターは消去されて死ぬ。多少の猶予こそあるだろうが、それもそう長くはないだろう。
 つまりニンジャスレイヤーを自害させるのであれば、その変わりとなるサーヴァントを見つけなければならないのだ。
 そして当然、それはニンジャスレイヤーよりも扱いやすいサーヴァントでなければいけない。ニンジャスレイヤーよりも厄介なサーヴァントと契約してしまっては、本末転倒だからだ。

 詰まる所これは、自分とニンジャスレイヤーのどっちが先に、より良い契約相手を探すかという戦いなのだ。
 …………だが。

「ま、今はどうでもいいか」
 どうせ世の中クソだらけだ。どう足掻いたってなるようにしかならない。
 足立はそう呟くと防寒着を重ね着し、食料の中からキャベツを取り出し、葉を一枚毟り取って齧った。

 どうせこれから森に潜伏するのだ。マスターどころかNPCとの遭遇すら怪しくなるだろう。
 ならば今は、このロクに動かない身体を少しでも回復させるべきだ。

 そう胡乱気に考えながら、視線を上の方へと移す。
 見上げた夜空には、もうすぐ中点へと差し掛かろうとする大きな満月が浮かんでいる。
 地上よりは近くても、月との距離はなおも遠い。
 それがまるで、今の自分の状況を物語っているかのように思えて、何故か少し笑えてきた。

「ハッ…………」
 堪えることもせず、再度小さく嘲笑を溢した――――その時だった。
「うん? 鳥……いや、コウモリ?」
 空に浮かぶ満月に、奇妙な影が差しかかった。


    ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 ――――より良い契約相手を探すかという戦い。
 足立のその考えを、ニンジャスレイヤーもまた当然のように理解していた。

 如何にペルソナ・ジツを使えるといっても、現在の足立は魔力が枯渇し、両膝が破壊され重傷を負っている。
 そして当然、その傷を負わせ、威して無理矢理契約させたニンジャスレイヤーを憎んでいる可能性もある。
 つまり足立には、自身の延命以外にニンジャスレイヤーに協力する理由がないのだ。
 もしニンジャスレイヤーより都合のよいサーヴァントがいれば、足立はニンジャスレイヤーとの契約を絶ち、そのサーヴァントと契約しようとするだろう。
 無論、そうそう都合よくそんなサーヴァントがいる筈もないし、両膝が破壊された足立は碌に身動きが出来ず、自分で探すこともできない。
 より良い契約相手を探すというこのイクサは、ニンジャスレイヤーに圧倒的に分があるのだ。

 ――――だが、ニンジャスレイヤーにとって、足立とのイクサは実際どうでもよいものだった。
 何故なら、今のニンジャスレイヤーにとって重要なのは、たった二つの目的だけだからだ。
 すなわち、如何にしてしんのすけを死に追いやったアサシンをスレイするかという事と、
 聖杯戦争を勝ち残り、聖杯の力でしんのすけを生き返らせ、その後に聖杯をスレイするという事のみだ。
 ましてやニンジャスレイヤーがマスターとして認めたのはしんのすけただ一人。それ以外の者では、どれだけマスターとして優れていようと価値はない。

「――――――――」
 そしてその二つの目的のために、ニンジャスレイヤーはビルの縁に足を掛け、遠く、錯刃大学の在る方位を見据えていた。
 そこでは今、サーヴァントによるイクサが起きている。この仮の潜伏場所に戻る直前に始まったイクサだ。

 ニンジャスレイヤーがそのイクサに気づけたのは、強いカラテの反応が二度続けて生じたからだ。
 おそらくは令呪によるもの。マスターが何らかの理由で令呪を使用し、相手もそれに応対して使用したのだろう。
 その結果、強いカラテの反応が二度生じたのだ。

 それを偶然にも感じ取ったニンジャスレイヤーは、急ぎカラテを感じた場所を確認し、即座にこの潜伏場所へと戻ってきた。
 この周辺地域で起きたサーヴァントのイクサ。それには、あのアサシンが高い確率で関わっている可能性がある。
 いや、あのアサシンの性格を考えれば、たとえ自身とは無関係であっても、イクサ場を引っ掻き回すために横槍を入れてくる可能性があるだろう。
 ゆえにニンジャスレイヤーは、次の潜伏場所となる森林へ足立を運び、急ぎあのイクサ場へと戻らなければならなかった。

 ……本音を言えば、足立を放置してでも今すぐにイクサ場に向かい、アサシンを探したかった。
 だがニンジャスレイヤーはそうするわけにはいかなかった。
 何故なら、いかに可能性が高くとも、しんのすけを殺したアサシンが現れない可能性もあるからだ。
 そしてその場合、状況によっては戦いを避け、今後のイクサのためにダメージの回復に努める必要があった。
 そんな状態で、現マスターである足立を失う訳にはいかなかったのだ。
 いかに単独行動スキルを持っていようと、マスターの有無による差は大きい。カラテを大きく消耗している今の状態ならばなおさらだ。

 加えて言えば、あのアサシン自身のカラテ能力も強力だ。すでに弱点を知っているとはいえ、真正面から挑むのは非常にアブナイ。
 アサシンを確実にスレイするには、最初のアンブッシュであの弱所を破壊する必要がある。
 つまりニンジャスレイヤーは、アサシンより先にエントリーしてはいけないのだ。
 それはすなわち、あのイクサ場で長時間ヘイキンテキを保つ必要があるかもしれないということだ。
 そんな状態で、自身の弱所である足立を放置するわけにはいかなかったのだ。

 故にニンジャスレイヤーは、チャドーの呼吸でセイシンテキを強く保ちながら、静かに足立の準備が終わるのを待っていた。
 フーリンカザン。より確実にアサシンをスレイするためにも、今はイクサに備えるのだと、そう自身に言い聞かせながら。



 そうしてニンジャスレイヤーは、足立が移動する準備を終えたことを気配から察すると、しめやかに振り返った―――その時だった。
 ニンジャスレイヤーのニンジャ聴力が、何かが砕けるような音を捉えた。
「ヌッ!?」
 即座にその音源へと振り返り重点確認。常人を遥かに凌ぐニンジャ眼力が、ほんの僅かな、空へと昇る土煙を捉える。
 即座に視線を空へと移せば、視界に映るのは月に差し掛かった一つの人影。
 その翼を持った人影が、その手から何かしらの物体を投げ放ったのを視認する。その狙いは……この屋上!
 何たるアンブッシュか! ニンジャスレイヤーは即座に足立の元へと駆け戻る!

 KRAAAAAASH! 遥か上空から投擲された物体が屋上の床に突き刺さり、その衝撃が周囲の構造物を吹き飛ばす。
 奥ゆかしかった屋上の一角の床が砕け散り、一瞬で荒れ果て開けた場所へと変わり果てる。
 そこにいたニンジャスレイヤーと足立もまた、瓦礫と諸共に吹き飛ばされる……否! ニンジャスレイヤーは足立を米俵めいて担ぎ上げ、屋上の端へと素早く飛び退いている。

「グワッ……ッ!? クソッ、いったい何だってんだよ!?」
 突然のインシデントに、足立は混乱の極みだ。
 だがそれに構うことなく、ニンジャスレイヤーは注意深く飛来物を確認する。
 砕かれた屋上の床に突き立つそれは、ニンジャスレイヤーにとって実際見覚えのある槍だった。

「ようやく見つけたわ、アサシン」
 ゴウランガ! 遥か上空からアンブッシュを行なった下手人が、空から槍の柄に降り立った。
 少女だ。血のように紅い髪、華奢な体格、マイコめいた衣装、そして平坦な胸をした少女だ。
 しかしこの少女からは……ナムアミダブツ……少女の身体からは、デーモンめいた紅い巻き角、白い皮膜の両翼、滑らかな鱗を持つ尻尾が生えていた!
 何たる異質的光景か! 少女はあからさまにサーヴァントなのだ!

 紅い少女は槍の柄から砕けた屋上へと降り立つと、その腕に抱えていた青年を屋上へと降ろした。
 少女がサーヴァントならば、この青年はマスターだ。
 マスターの青年は、一見ではどこか個性に乏しい風貌だが、その瞳には確かな意思が宿っている。
 その強い意志の宿った瞳で、臆することなく、まっすぐにニンジャスレイヤーを見据えている。

 ……ニンジャスレイヤーは、紅い少女の事も、その青年の事もよく知っていた。
 それも当然。何しろほんの数時間前に別れたばかりなのだから。

「さあ、今度は逃がさないわよ」
 険呑なアトモスフィアを纏いながらそう言うと、紅い少女は屋上に突き刺さった槍を抜き放ち、逆手に構えた。
 ランサーのサーヴァントとそのマスター――――殺戮者たちのエントリーだ!


     01/ 行動原理/癒えない疵痕


 赤黒のアサシンを警戒しながらも、ウェイバーの後に続いて彼の住むマンションへと向かう。
 たとえ魔術的な防備がなくとも、屋内であれば休息も取れるし、襲撃される可能性も下がるはずだ。
 無論、凛が遠坂邸で襲われたことを考えると絶対とは言えないが、屋外にいるよりはましだろう。

「……………………」
 ――――――――。
 マンションへ向かう道中に会話はなく、重い沈黙が続いていた。
 アサシンの一件が尾を引いているのか、なかなか話題を切り出せないでいるのだ。
 だからだろう。岸波白野の脳裏には、遠坂凛のことばかりが浮かんでいた。


 守れると思っていた。
 それが決して楽な道でないことは解っていた。
 幾つもの困難が待ち構えていることなど、最初から想像できていた。
 それでも自分は、彼女を守れるのだと信じていたのだ。
 …………けれど。

 凜を守れなかった。
 ランサーとの約束を果たせなかった。
 この手で守ると誓ったのに、目の前で見殺しにしてしまった。

 油断……いや、慢心していたのだ。
 月の聖杯戦争を勝ち残ったという事実が驕りを生み、自分に力がないことを忘れさせたのだ。
 その結果が、遠坂凛の死だ。
 自分に出来ることを見誤ったために、岸波白野は、守るべきものを取りこぼしたのだ。

 いったい自分はどうすればよかったのか。
 あの時アサシンをもっと警戒していれば―――
 それともルーラーの要請に従わず、撤退すれば―――
 あるいはランサーたちとともに、キャスターの陣地へ乗り込んでいれば―――
 もしくはキャスターへと攻め込まず、最初から令呪による令呪破りを行っていれば―――
 …………いやそもそも、自分と出会いさえしなければ、凛もランサーも死なずに済んだのではないか?

 後悔は、轍に咲く花のように。
 もはや覆せないその結末が、そんなありもしない“if(もし)”を想起させる。


 ――――だからそれは、やはり奇跡だったのだろう。


 不意に、誰かに呼ばれたような気がした。
 どこか聞き覚えのある声。
 気のせいかとも思ったが、エリザも戸惑うように立ち止まっていた。

「ねえ子ブタ。今のって……」
 エリザの問いに頷く。
 彼女も感じ取ったのであれば、これは気のせいではない。
 すぐさま神経を張り巡らせ、注意深く周囲の様子を探っていく。

 ……サーヴァントの気配はない。魔力の反応もない。そもそも何の反応も感知できない。
 感じ取れるのは、ウェイバーとバーサーカーのそれだけだ。
 だからこれは、もっと別の何かだ。それがきっと、自分たちを呼んだのだ。

 その呼び声の正体を探ろうと、より注意深く、慎重に周囲を見渡していく。
 …………だが周囲には自分たち以外何の人影も、違和感やおかしな点も見受けられない。

「おい、いきなり立ち止まってどうしたんだよ」
「なになに? 変な電波でも受信しちゃった?」
 足を止めた自分たちに気付いたウェイバーたちが、怪訝そうに声をかけてくる。
 それで気付く。

 ――――これは違う。肉声によるものではない。
 あの声は念話のように、内側から響いたものだ。

 周りからの情報を遮断するように目をつむり、自分の内側へと意識を向ける。
 そうして数秒か、数十秒か、あるいは一分近くたった時、

『                』

 ―――先ほどと同じ呼び声が、確かに脳裏に響いた。

 即座に目を見開き、“声の聞こえた方”へと注視する。
 するとその瞬間。

「Wasshoi!!」

 民家の屋根へと飛び乗る、赤黒の衣装を纏った人影が見えた。
 間違いない。アサシンだ。
 互いの距離は遠く、そのためか、アサシンはこちらに気付くことなく屋根の上を走り去っていった。

 ……しかし、アサシンを追うことはできなかった。
 気配遮断スキルの影響だろう。その姿は視界に写っているというのに、気配をまるで感じられなかった。
 そのため、その姿が建物の陰に遮られたほんの一瞬で、アサシンを見失ってしまったのだ。
 だがアサシンがいたということは、この場所に何かしらの目的があったという頃だ。
 その手がかりを得ようと、アサシンが飛び足してきた地点へと向かう。

「ここって、しんのすけの……」
 そうしてそれを見たウェイバーが、そんな風に呟いた。

 アサシンが飛び出してきた場所にあったのは、一軒の民家。
 その家の表札には『野原』という苗字と家族の名前が書かれており、そしてその中に、しんのすけの名前があった。
 それが意味することは一つ。
 この家が、アサシンの本来のマスターであった子供――しんのすけの住んでいた家なのだ。

 ……家の中からは男性と赤ん坊の泣き声が聞こえる。
 アサシンがどういった目的でこの家に立ち寄ったのかはわからない。
 だがその声からすると、『魂喰い』のために襲った、というわけではないようだ。
 ――ならこの場所で自分ができることは何もない。
 野原家に背を向けて、アサシンが去って行った方へと向き直る。

「お、おいお前! どこ行く気だよ!」
 岸波白野の行動の意味に気付いたのだろう。ウェイバーは驚いたように、そう声を荒げた。

「アサシンを追うつもりか? どう考えたって無理だ。あいつは気配遮断スキルを持ってるんだぞ! 見けられるわけない!
 それにもし見つけられたとしても、今の状態であいつと戦って勝てるのかよ!?」
 ウェイバーの言葉は、自分を心配してのものだ。

 確かに彼の言った通り、アサシンを見つけられる保証などない。
 落ち着いて冷静に考えれば、そんなことは不可能だ。
 相手はアサシン。気配遮断スキルを有する、隠密行動を得意とするサーヴァント。
 加えて昼間でならばともかく、今は夜。闇に紛れる暗色の衣装の人間を見つけ出すのは困難極まる。
 ましてや相手はサーヴァント。霊体化してしまえば視認すら不可能になる。
 そんな彼らを、手掛かりの一切ない状態で見つけ出すことなど出来るはずがない。
 それにそもそも、もし仮にアサシンを奇跡的に見つけ出せたとして、その時一体どうするのかという答えも、今の岸波白野にはない。
 …………だが、それでも――――

   1.ウェイバーに従う
  >2.アサシンを追いかける

「お前…………」

 一歩強く、前へと踏み出す。
 確かにアサシンに対する怒りはある。
 だが自分がアサシンを追いかける理由は、決して怒りではなく、

 ―――敗北を、認められない。

 あの時懐いたその感情が、こうして岸波白野を突き動かしている。

「それでこそ私の子ブタ(マスター)よ。諦めの悪さなら誰にも負けないものね」
 背中を押すようなエリザの言葉。
 そう。あの月の聖杯戦争で――そして月の裏側で、それだけは決してできなかった。
 諦めないこと。
 それだけが、岸波白野の誇りだった。
 だからたとえ、それがゼロに等しい確率だったとしても、そこに可能性がある限り、諦めることだけはしたくなかった。

「……………………」

 それに、まったく手がかりがないというわけではない。
 アサシンの現マスターである足立透は重傷を負っていた。あの重傷ではそう遠くには行けないはずだし、足立が自力で動くのも難しいだろう。
 そしてさっき見たアサシンは足立透を連れていなかった。こんな近場に重傷のマスターを匿うはずがないし、長時間放置するなんてことも普通はあり得ない。
 それらを踏まえて考えれば、アサシンが向かった先に足立透が匿われている可能性は高い。
 アサシンと足立透の関係を鑑みれば絶対とは言えないが、探す価値は十分にあるはずだ。

 それに時間が経ってしまえば、アサシンは足立を別の場所に匿うかもしれない。
 手がかりが全くない以上、今を逃してしまえばアサシンはそれこそ見つけられなくなる。
 アサシンを探すのなら今しかないのだ。

「それは……けど……」

 手伝ってくれとは言わない。
 アサシンは強力なサーヴァントだ。たとえここにいる全員で戦っても勝てるかはわからない。
 ましてやウェイバーは、バーサーカーの能力によって大きく魔力を消耗している。もし戦闘になれば、彼には相当な負担がかかるだろう。
 ……いや、アサシンと戦わずとも、バーサーカーを維持するだけで今のウェイバーには辛いはずだ。
 ……それにそもそも、これは自分のわがままでしかない。そんなものに無理に付き合う必要はないのだから。

「あ、おい! 待てよ……!」

 そうして岸波白野は、ウェイバーの静止の声を背に、アサシンが去って行った方向へと駆け出した。
 その右手に、凛の形見であるアゾット剣を握りしめながら。


      †


「あ、おい! 待てよ……!」
 そんな自身の声を無視して走り去っていった二人に、ウェイバーはただ手を伸ばすことしかできなかった。
「あらら、行っちゃった。どうする、ウェイバータたん?」
 同じように彼らを見送ったバーサーカーが、そう茶化すように訊いてくる。

「どうするって、何をだよ」
「だからぁ、はくのんたち追いかけないのかって聞いてんの。早くしないと見失っちまうぜ?」
「な、なんで僕があいつらを追いかけないといけないんだよ」

 バーサーカーの言葉に、ウェイバーは動揺したように返す。
 確かに今から追いかければ追いつけないことはないだろう。
 アサシンと戦うにしても、白野たちだけよりは自分たちも一緒に戦った方が有利のはずだ。
 だが、自分に追いかけなければいけない理由はないはずだ。
 彼らとは決して仲間になったわけではないのだし、別に手伝ってくれと頼まれたわけでもないのだから。

「けどよ、あのまま放っておいたら、下手すりゃあいつら死ぬぜ?」
「っ…………!」

 『死ぬ』という言葉に、ウェイバーは再び動揺を表す。
 しんのすけと、遠坂凛。目の前で殺された、まだ幼い子供たち。
 今のウェイバーにとって、“死”とはその二人を連想させるものだった。
 その二人と同じように、岸波白野たちも死ぬかもしれないとバーサーカーは言っている。

「だ、だから何だって言うんだよ! これは聖杯戦争だ! 負けたヤツが死ぬのは当たり前のことだろ!」
 そう、当たり前のことのはずだ。
 だというのに、なぜ自分はこんなにも動揺しているのか、ウェイバーにはわからなかった。
 自分が殺されそうになっているのならまだわかる。情けなくはあるが、それは当然の反応だ。
 だがなぜ、出会ったばかりで、ろくに話してもいない人間の死に、ここまで動揺しているのだろう。

「あいつらがどうなろうと知ったことか! 誰が何と言おうと、僕は絶対に追いかけないからな!」
 たとえ岸波白野が死んだとしても、それはアサシンを追いかけた彼らの自己責任だ。
 だから彼らがどうなろうと、自分には何の関係もない、とウェイバーは自分に言い聞かせる。
 脳裏に浮かぶ二人の子供の姿。それを振り払って、懸命に意地を張る。……だが。

「あっそ。まあウェイバーたんが追いかけなくても、俺ちゃんは追いかけちゃうんだけどね! だってその方が面白そうだし!」
「は、はあ!?」
「んじゃ、先に行ってるからねー!」

 ウェイバーの張った意地をまるっと無視して、バーサーカーはその場から消え去った。
 テレポート装置を使用したのだ、とウェイバーが気づいたのは、それから数秒ほど経ってからのことだった。

「ふ――ふざけるなああ! 何を考えてやがりますかあの馬鹿はあああッ!」

 バーサーカーのあまりにも突飛な行動に、ウェイバーは半ば錯乱したように叫び声をあげる。
 思わず再び令呪による呼び戻しをしようかと考えたほどには、頭に血が上っていた。
 それをどうにか堪えたのは、残り二画という令呪の残数ゆえか、それとも別の理由からか。

「ああもうちくしょう!
 確かに今を逃したら、次にアサシンを見つけられるのがいつかはわからない。下手をすればアサシンの方から襲撃してきてアドバンテージを取られる可能性もある。
 それに戦いが避けられないなら、少しでもこっちが有利なうちに倒しておくべきだ。そして戦うのなら、一騎より二騎で挑んだ方がいいに決まってる。
 加えてあの馬鹿が勝手に行動したせいで、僕は非常に危険な状況にある。こんな状態でほかのマスターにでも遭遇したら、何もできずに殺される可能性だってある」

 ウェイバーは自分に言い訳をするように、白野たちを追いかける考えられる限りの理由を口にしていく。
 そうしなければ、自分を納得させられなかったのだ。
 その内心にあるのは、アサシンへ立ち向かうことへの恐怖と、勝手に動き回るバーサーカーへの苛立ちと、そして――――。

「馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって!
 バーサーカーの馬鹿野郎おおおお――――っ!!」

 そうしてウェイバーは悲鳴のような罵声を上げながら、岸波白野を追って走り出した。


     02-l/ ザ・バトル・コンティニュエーション サイド・L


 エリザと共に、夜の街を駆け抜ける。
 彼女に抱えられながら、ビルの屋上から別のビルの屋上へと跳び回る。
 あれから一時間近くが経過した。
 アサシンの姿は、影も形も見つけられていない。
 ――――――だが。

「………子ブタ」
 エリザの声に頷く。
 サーヴァントの気配はない。魔力の反応もない。そもそも何の反応も感知できていない。
 だがそれでも、アサシンに近づいているという確かな実感があった。
 理由のわからない、正体不明の直感。
 しかし恐れる必要も、迷う必要もないと、岸波白野の心が告げていた。

 ポケットから携帯端末を取り出し、データとして格納していた礼装を具現化させる。
 取り出した礼装の名は、『遠見の水晶玉』。使用できるコードキャストは《view_map(); 》。
 月の聖杯戦争での効果は、一定時間アリーナの階層データを全表示させるというも。
 そしてこの聖杯戦争においては、一エリア範囲の地形データと、範囲内にいる存在の簡易的な識別が可能となる。

 コードキャストの使用と同時に、岸波白野を中心として簡易地形図が展開され、その上に無数のマーカーが表示される。
 表れたマーカーは、その地点に何かがいることを示している。たとえば月の聖杯戦争では、マスターとエネミー、そしてアイテムフォルダ、といった具合に。
 当然強大な魔力の塊であるサーヴァントも、反応の違いから識別することが可能だ。
 と言っても、あくまで簡易的にであるため、マスターとNPCの識別は難しく、また霊体化したサーヴァントを捉えることもできない。
 加えて相手はアサシン。たとえ実体化していても、礼装による簡易的な探索など容易く欺けるだろう。
 ここまでの探索で礼装を使用しなかったのはそのためだ。何が起こるかわからない以上、無駄に魔力を消耗するわけにはいかなかったのだ。

 表示されたマーカーの数は、夜中であっても数えきることは難しい。
 そして当然のようにサーヴァントの反応はない。
 だが、今なら何かあるはずだと、マーカーの一つ一つをすばやく確認していく。

 そうして無数のマーカーの中に、たった一つ気になるマーカーを発見する。
 おそらく、何かしらのビルらしき建造物。その屋上に存在するマーカーだ。
 マーカーの反応は、それが人間であることを表している。
 だがこんな時間帯に、たった一人でビルの屋上にいるということが気にかかった。

 ……ならば考える必要はない。元より手掛かりは皆無。気になるモノや場所は、全て調べるべきだ。
 即座にエリザへと指示を出し、そのマーカーが示した場所へと向けて駆け出した。



 ―――そうして岸波白野たちは、その赤黒い影を捉えた。

 双葉商事という会社のビルの屋上。
 その縁で赤黒い影―――アサシンは、どこか遠くを見据えていた。

 ともすれば見逃してしまいそうなその姿は、こうして視認している今も、その気配を感じ取ることが出来ない。
 少しでも視界から外せば、再び視認することは困難だろう。
 そんなアサシンを見つけられたのは、マーカーが示していたビルを確認していた際に、アサシン自身が視覚内に映り込んで来たからだ。
 ……ならばマーカーが示していたのは、アサシンの現マスターである足立透だったのだろう。

 単なる偶然か、まだ距離があるためか、おそらくアサシンはこちらに気付いていない。
 気付いていれば、二人の状態からして即座に逃げ出しているはずだからだ。
 接近するならば、今しかない。

「行くわよ、マスター」
 エリザの呼びかけに頷き、より強く彼女へと抱き付く。

 アサシンの俊敏のステータスは、基本値ではエリザに劣るが瞬発力において勝っている。
 こちらが接近する前に気付かれれば逃げられる可能性が非常に高く、そして追撃戦になれば気配遮断を持つアサシンが圧倒的に有利となる。
 さらに気配を消したアサシンは、《view_map(); 》では捕捉できない。マスターがNPCに紛れてしまえば、『遠見の水晶玉』による追跡も不可能となってしまう。

 故に、自分たちが取る手段は一つ。
 こちらの存在に気付かれるより早く、敵の意表を突く一手を以て、アサシンたちへと接近する。

 エリザの背中から、一対の翼が現れる。
 それは本来、人には存在しないモノ。伝説に謳われる、ドラゴンの翼だ。
 エリザベートは無辜の怪物によって魔人化ししている。それ故に、ドラゴンの翼による飛行が可能なのだ。
 とは言っても、それは本来人体に存在し得ないモノ。如何に魔人化していようと、元が人であるエリザでは自在に飛び回ることは出来ない。
 しかし仮にもドラゴンの翼だ。跳躍や滞空の補助として使うには充分過ぎる能力を持つ。

 ―――そう。自分たちが行うアサシンへの一手。
    それは飛行機などを使わぬ限り人間には到達し得ない、遥か上空からの強襲だ。


 エリザが獲物を定めるようにビルの屋上を睨み付け、深く体を沈めて力を籠める。

 ――跳躍にはまだ速い。
 今アサシンに気付かれれば、強襲を掛ける前に逃げられてしまう。
 故に――狙うは一点。町を俯瞰するアサシンの気が逸れる、その一瞬。

 静かに、大きく息を吸い込み、大気を掴むようにその背の両翼を広げる。

 ……なぜ、何のために追いかけてきたのか。
 こうしてアサシンを視認して、ようやくその答えを自覚する。
 同時に―――マスターに呼びかけられたのか、アサシンが背後へと振り返った。

 ――――瞬間。エリザが翼を力強く羽ばたかせ、衝撃とともに飛翔した……!

 直後、岸波白野の身体を凄まじい加重が襲いかかる。
 人ならざるモノの跳躍、その加速による負荷が掛かっているのだ。
 だがそれも一瞬。ただ一度の飛翔によって、エリザは上空100メートルを超えて飛び上がっていた。

「―――見つけた」
 眼下のビルの屋上を見下ろしながら、エリザが静かにそう呟く。
 岸波白野には、既にアサシンを視認できていない。再度発見するには偶然か、見逃しようのない距離で目視する必要がある。
 それはエリザも同じはずだ。ならば発見したのは、同じく屋上にいる筈の、アサシンの現マスターである足立透だろう。
 彼を標的としてか、エリザは己が槍を具現化させると、逆手に構えて大きく振り上げ、屋上目掛けて勢いよく投擲した。そして自身もすぐさま、槍を追って急降下する。

 一瞬、意識が跳びそうになった。
 命懸けのジェットコースター。人間には不可能な、急上昇から即座の急降下。
 地面へと落下する恐怖と肉体にかかる過負荷によって、岸波白野の心身が悲鳴を上げているのだ。
 ……だが、この程度で意識を失うことは出来ない。
 こんなものは、ただ怖いだけ、ただ苦しいだけだ。凛の命を奪った『死』からは遥か程遠い。

「ようやく見つけたわ、アサシン」
 狙い通りに周囲の障害物を吹き飛ばし、屋上を粉砕して突き刺さった槍の柄へと、竜の娘が舞い降りる。
 力任せの強引な陣地作成。この屋上はすでに、彼女が戦う(歌う)ためのステージだ。

 その舞台上へと、エリザは槍の柄から降り立つ。そして自分も、彼女に支えられながら屋上に足を付ける。
 先程の急制動の影響で、思わず体がふらつきそうになる。が、それをただ意地だけで堪え、まっすぐに目前のアサシンを見据える。
 ―――その、背後で。

「さあ、今度は逃がさないわよ」
 冷酷な殺意ともに槍を逆手に抜き構え、ランサーはアサシンへとそう宣告した。


     03/ Sword or Death


 目の前には、赤黒い衣装のアサシン―――凜を殺したサーヴァントがいる。

「……ドーモ、ランサー=サン、白野=サン。アサシンです」
 彼は足立透を担いだまま、そう小さくお辞儀をする。
 その挨拶に対し、ああ、さっきぶりだね、と言葉を返す。
 エリザは無言だ。先ほどの強襲で、挨拶は既に終わらせたという事だろう。
 だが、きっかけさえあれば、今すぐにでもアサシンへと襲い掛かりそうな雰囲気だ。

 ……アサシンの真名はすでに知っている。その戦い方、その能力も確認した。しかし、その詳細には至っていない。
 MATRIX LEVEL 3。万全を期すには、まだ一手足りない。
 彼がキャスターとの戦いの最後に見せた状態になれば、おそらく苦戦するだろう。
 ……だが、今はそれでも構わない。なぜなら岸波白野は戦うためではなく、

 ――――貴方を信じ、貴方が裏切った凛に対して、何か言うことはないのか。

 それを訊くためだけに、アサシンを追ってきたのだから。



 ―――自分が殺したあの少女に対して、何か言うことはないのか。
 その問いに、ニンジャスレイヤーは答えることが出来なかった。
 言いたいことはあった。
 あれは決して、自分の本意ではなかった。
 自らのニューロンに潜む邪悪な同居人――ナラクが、自らが主導権を握るために少女を殺したのだ、と。

 そう説明をすれば、目の前の少年も納得し、ともすれば許してくれるかもしれなかった。
 過去の遺恨を捨て、自身と契約してくれた少女の協力者だ。可能性は高い。
 ……だがそれは、決して口にしてはならない事だと、自分は許されてはならないのだと、ニンジャスレイヤーは思っていた。

 自分はあの少女を裏切った。
 自分から契約を持ちかけておきながら、信頼してくれた少女の命を、この手で奪ってしまった。
 それは決して許されることではない。もし許されることがあったとしても、自分はケジメすべきだろう。実際、セプク級のケジメ案件だ。
 ……………………だが。

(……しんのすけ……)

 ニンジャスレイヤーは、まだセプクする訳にはいかなかった。
 何故なら自分には、何よりも優先すべき目的があったからだ。
 それはしんのすけを死に追いやったアサシンへの復讐と、そしてしんのすけの蘇生だ。
 己のエゴであるこの二つの目的だけは、どうしても譲ることが出来なかった。
 もしニンジャスレイヤーがセプクするとすれば、それは目的を果たした時か、ナラクに完全に飲み込まれ、完全に邪悪存在へと成り果ててしまった時だけだ。

 故に……ニンジャスレイヤーがランサーたちへと返せる答えは一つ。
 ニンジャスレイヤーは足立透をビルの一角へと米俵めいて投げ飛ばすと、チャドーの呼吸とともにカラテを構えた。
 ランサーたちと戦うつもりなのだ!
 だが、ニンジャスレイヤーはカラテを大きく消耗している。キャスターとの戦いによるダメージも回復していない。状態は非常にアブナイだ。
 もしこのままランサーたちと戦えば、たとえ生き残ったとしても、アサシンへの復讐は困難なものとなるだろう。
 それを理解していながら、それでもニンジャスレイヤーは構えを解かない。
 後悔は死んでからすればよい。
 それが彼らに許しを乞えず、己がエゴのためにセプクもできぬニンジャスレイヤーの、彼らへのケジメだった。
 それに何より――――。

「………全サーヴァント……殺すべし!」

 ショッギョ・ムッジョ。元よりこの聖杯戦争において、全てのサーヴァントは殺し合う定めにあるのだから―――。



 アサシンのその答えを聞いて岸波白野の胸中に浮かび上がったのは、怒りでも憎しみでもなく、悔しさだった。

 月の聖杯戦争と違い、この方舟の聖杯戦争には最低限のルールしかない。
 それが聖杯へと至る手段ならば、大凡あらゆる行いは肯定される。
 無論、アサシンの行いを認めるわけではない。
 だがどちらが間違っていたのかで言えば、敵であるアサシンを信じた凛と、そしてそれを許した岸波白野なのだ。

 ………けれど。
 それでも自分は、悔しかった。
 別にその場しのぎの言い訳でも、愚かな自分たちへの侮蔑でもよかった。
 ただせめて、ほんの一言だけでも、凛に対して何かを言ってほしかったのだ。
 だが、アサシンが返したのは静かな戦意。
 全てのサーヴァントを殺すという、聖杯戦争においてごく当たり前の宣告だけだった。


  ――――ランサー。
 と、失意とともにエリザへと声をかける。
 自分は――――

  >1.アサシンと戦う
   2.この場から立ち去る

 彼女の前へと、そっと左手を差し出した。

「本当に良いのね、マスター」
 その問いに、ただ頷きで返す。
「……わかったわ。じゃあ、少しだけ我慢してね」
 少し悲しげに、エリザがそう応じた―――直後、

 ――――――――ッ!

 左手に、激痛が走った。
 痛みに明滅する視界の先で、アサシンが驚き目を見開いたのが見える。
 それも当然だろう。何故なら岸波白野の左手に、エリザが強く噛み付いているのだから。


 サーヴァントが自身のマスターを傷つけるという異常。当然、それには理由がある。
 もちろんアサシンのような裏切りではない。そもそも岸波白野は、自ら左手を差し出したのだから。
 ならば何故か。

 それは魔力の回復のためだ。
 通常サーヴァントはラインによって、マスターからの魔力供給が成されている。これはその気になれば、その供給量の増加も可能だ。
 ましてや岸波白野は、瞬間的にではあるが、より効率良く魔力供給を可能とさせる礼装も持っている。
 そうでありながら、エリザに直接吸血させた理由は二つ。

 一つは自身の魔力温存のため。
 魔術師の肉体……特に体液には、それなりの魔力が宿っている。
 供給量の増加も、礼装による回復も、結局はマスター自身の魔力を消費している。
 しかし体液交換による魔力回復であれば、さほど自身の魔力を消費することなく相手に魔力を譲渡することが可能なのだ。

 そしてもう一つは、エリザの二つ名が理由だ。
 “鮮血の伯爵令嬢”――吸血鬼カーミラのモデルともなった彼女は、他のサーヴァントが行う場合に比べ、吸血による魔力回復の効率が遥かに良いのだ。
 実際その性質は、彼女の持つスキルにも色濃く出ている。

 だが当然、そう何度も使える手ではない。
 吸血を行うたびにマスターが傷付くし、そもそも戦闘中に行うのはほぼ不可能だ。
 ましてや今のように、戦いの直前で行っては、わざわざ隙を晒す様なものだ。
 今回アサシンが攻撃してこなかったのは、こちらの行動に驚いたが故だろう。つまり、次はない。

 岸波白野がそれを承知で行ったのは、アサシンが強敵であればこそだ。
 加えて現マスターである足立の能力も未知数。
 予想外の攻撃に対処するためにも、少しでも魔力は温存しておく必要があったのだ。


 そうして吸血を終えたエリザが、アサシンに向かい前へと踏み出す。
 吸血を行なったからか、その様子は先ほどよりも多少落ち着いていた。

「ねぇアサシン。私は別に、アナタがリンを裏切ったことに関してどうこう言うつもりはないわ。
 私自身、月の裏側では何度もマスターを乗り換えたし、最初のマスターに至っては自分で殺したわけだしね」

 そう告げるランサーの顔に、後悔の色はない。何故なら、エリザベートは“そういう英霊”だからだ。
 鮮血の伯爵令嬢。純粋培養の悪の華。岸波白野が出会った中では、最も純粋で残酷な反英雄。
 ――――だが。

「だから私が怒っているのは別のこと。
 よくも………よくもリンを、ハクノの誓いを踏み躙ってくれたわね! 竜の逆鱗に触れたわよ、オマエ……ッ!」

 彼女は、岸波白野に力を貸してくれている。
 自身の在り方とは反する自分のやり方に、従ってくれている。
 それが自身の贖罪のためだったとしても、こうして自分と凜を理由に、怒りを露わにしてくれている。
 ……それが彼女にとってどれ程の苦痛となっているのか、岸波白野には推し量ることは出来ない。
 けれど……だからこそ、その思いに応えるためにも……そして、凛の死に報いるためにも……アサシン――ニンジャスレイヤーを、ここで倒す……!

「ステージ・オン! ミュージック・スタート!
 ライブ開始よ。この屈辱の借りは、数十倍にして返してあげる……ッ!」
 エリザ――ランサーが歌う様に口上を述べ、踊る様に槍を構える。
「――――――――」
 それに応じて、アサシンがより深く腰を下ろし、手刀を構える。

 ――――剣か死か(ソード オア ダイ)。
 その決意とともに、岸波白野はランサーへと指示を下した―――。


後半「クレイジー・コースター」に続く




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アサシン(甲賀弦之介