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 散開しろ、と岸波白野が叫んだ。
 サーヴァント達は各々マスターを抱え跳躍する。その場に留まる者はいない。
 直後、大岩の如き巨大な脚が天より降り注いだ。

「うっ……わああぁぁっ!」
「っとぉ!」

 神の雷かと思わせる巨大なキックは地盤を砕き、アースクエイク・シコめいた局所的な地震を引き起こす。
 物理現象として発生した衝撃波でウェイバーが吹っ飛び、デッドプールが受け止めた。

「冗談でしょ、アレ……キャスターだわ……!」

 凛は白野が抱え、その白野をしっぽで確保し、エリザが槍を地面に突き立てて震動をやり過ごす。
 天高く舞い、そして着地した。ただそれだけで宝具に匹敵する巨大な破壊を引き起こした。
 大魔王――否。鬼眼王バーン。
 見上げるほどに巨大な魔獣と化したキャスターの姿がそこにあった。

「ランサーは消えたか。さもあらんな、余をここまで追い込んだのだから。
 余も長くは持つまい。貴様らには黄泉路への道連れになってもらおうか……!」

 巨人が仄暗いオーラをまとう。可視化するほど膨大な魔力の放散現象だ。
 これだけの巨体にこれだけの魔力が漲っているならば、その四肢の一撃は生半な宝具など軽く凌駕する威力。
 誰もが絶望的な闘いを――否、虐殺を予感した、その時。

「待ちなさい、キャスター。ルーラーの名において、停戦を命じます」

 荘厳な旗を手に、ルーラーが立ち塞がった。

「ルーラー……聖杯戦争の裁定者、か。ならば余のこの姿も知っていような。貴様も諸共に砕いてくれようか」
「私達はあなたに自害を命じる事も出来ます。お忘れなきよう」

 聖処女を踏み潰そうと脚を振り上げたバーンだが、その宣告はさすがに無視できない。
 ルーラーの腕に輝く令呪はサーヴァントにとって絶対の強制力を持つ。

「忌々しい聖女よ。余の最期の戦にすら水を差そうというか」
「それは貴方次第です、キャスター。
 貴方が我々裁定者にまで牙を剥くというのなら、私は私に与えられた役割に従って貴方を排除します。
 ですが……貴方にまだ、聖杯戦争を続行する心算があるのなら、私は干渉致しません」
「な、何言ってるんだ。ルーラーがアイツを放っておくっていうのか?」

 ルーラーの感情を排した声に噛み付いたのはウェイバー・ベルベット。
 おそらくこの場で最も常識的な感性を持った魔術師だ。

「これだけ派手に暴れておいてペナルティを科さないってのはおかしいだろ!」
「キャスターにはまだ闘う意志がある。常軌を逸しているとはいえ、あの状態はあくまでキャスターが自らの宝具を使用した結果に過ぎません。
 であるならば、聖杯戦争の裁定者として、私はその意志を否定する事は出来ない」

 噛み付いてきたウェイバーに一瞥すら向けず、ルーラーはバーンのみを見据えていた。
 ジャンヌ・ダルクとカレン・オルテンシアは、もちろんバーンが使用した宝具の正体を理解している。
 『究極の超魔・鬼眼王(アルティメット・ボディ・オブ・バーン)』。己の肉体を魔獣と化す、使えば二度と元には戻れぬ禁断の宝具。
 大魔王バーンと言えども、クー・フーリンとの戦闘によって深手を負った今ならば、あれだけの巨体を維持する魔力をそう長くは生成できないこともわかっている。
 遠からずバーンは消滅する。それはもう決定づけられているのだ。

「キャスターの消滅はもはや不可避でしょう。
 ですが、既に未来が潰えているとしても、まだ存在しているサーヴァントの敗北を私が確定させてはならないのです。
 それでは『処罰』ではなく『処刑』となってしまう」

 ルーラーとは、あくまで聖杯戦争を阻害する不確定要素を是正する装置でしかない。
 特定のサーヴァントを意図的に脱落させることは、その領分を逸脱した行為になる。
 今のバーンはマンションを崩壊させたという過失はあれど、突き詰めてみれば『己の宝具を開放しただけ』に過ぎない。
 ルーラーが即刻自害を強制するほどのイレギュラーには該当しないのだ。

「それに、まだキャスターの敗北は決まった訳じゃない」

 誰にも聞こえないほど小さな声で、カレンが小さく付け加える。
 大魔王バーンは、確かに遠からず消滅する。だがそれはまだ『確定した』結果ではない。
 可能不可能は置くとして、仮にバーンがこの場にいる裁定者二名以外を全て打ち破り、己のマスター同様に自身に取り込めばどうなるだろうか。
 岸波白野、ウェイバー・ベルベット、そして十にも満たない幼子とはいえ、隔絶した才と血統を有する遠坂凛。
 いずれ劣らぬ強者たる三騎のサーヴァント。彼らとマスターを繋ぐ純粋魔力結晶たる令呪。
 これら全てを魔力に変換して己が糧とすれば、バーンは莫大な魔力を保有することになる。
 クー・フーリンが消滅した今なら魔槍の呪いはなく、破壊された心臓の再生が可能かもしれない。
 そして更に、足立透を解放して令呪を使わせ、自らの誇りの象徴たる宝具をバーン自身の意志で破棄すれば。
 あるいはバーンは、醜き魔獣の姿を捨て去り自身本来の肉体に回帰することも可能――かも、しれない。

「ま、仮定の話だけれどね」

 通常、英雄の振るう宝具を外部の力で破壊することは困難である。
 神秘性を帯びないただの鉄柱とて、擬似的な宝具属性を与えられれば、星に鍛えられた神造兵装と打ち合うことすら可能となるほどだ。
 が、宝具の主が自らの意志で宝具を破壊しようとした時は別。
 宝具が『英霊そのもの』ではなく『英霊の所有物』である以上、所有権を放棄すれば破壊が可能となるのは道理である。
 もちろん、これは『宝具の破壊が可能である』、というだけだ。
 バーンのようにほぼ一体化した状態で無理に宝具を破壊すれば、そのまま自壊したって何らおかしくはない。
 命を投げ出すには分の悪い賭けだ。だが、今のバーンにとっては紛れもなく死中の活。
 そしてバーンにまだ一縷の希望が残されている以上、ルーラーがその芽を摘み取ることは許されない。

「では、聖女よ。余がそこにいるマスターとサーヴァント達だけを狙うのなら、手出しはせぬのだな」
「誓いましょう」

 バーンにとっても、このルーラーの通告は無視できるものではなかった。
 全てを破壊すると決意しても、サーヴァントである以上抗えないのがルーラーの持つ令呪だ。
 作成した陣地の機能が完全に停止させられた事から考えても、ルーラーの令呪には絶対的な強制力があるのは明らか。
 自害を命じられればバーンの意志とは関係なく実行してしまうだろう。
 そうなれば大魔王の矜持など、どこにも残せはしない。無駄死という他ない無為な結末だ。
 ルーラーと直接対峙する愚は、魔獣と化した今となっても避けるべきである。
 唯一対抗可能であるのは同じ令呪だが、その令呪を宿すマスターたる足立は鬼眼王の内部に取り込んでいる。
 そしてバーンは足立に自由を許す気はない。足立は一度バーンの意に反し令呪を使用している。
 生存を度外視して魔力を吸い上げている今、令呪を使わせれば間違いなくバーンの仇になる行動をするからだ。

「よかろう、ならば退がって見届けるがいい。この大魔王の最後の戦を!」
「いいえ、まだですキャスター。我々は貴方を黙認するという訳ではありません。
 マンションを倒壊させ、NPCの生活を著しく混乱させた以上、貴方には何らかの処分を下さなければならない」
「ほう、ではどうする。こうしているだけで死に近づく余からさらに魔力を、時間を簒奪するか?」

 これが難しいところだった。
 今のバーンにペナルティを課すといっても、既に致命的と言える損傷を負い、魔力も刻一刻と減り続けるという瀬戸際の状態。
 どのような命令であれ、それが最後の一押しとなってバーンの敗北を決定づけては意味が無い。
 ならば。ルーラーが令呪を行使するべき対象は、バーンではなく。

「ランサー、バーサーカー、アサシン……そして、もう一騎のバーサーカーに通告します」

 エリザベート、デッドプール、ニンジャスレイヤー――そして、規格外の魔力を察知し戦場に留まっていた黒崎一護。
 彼ら四騎に、ルーラーが篭手を外し令呪の刻まれた素肌を翳す。

「あなた達にキャスターと闘う意志があるのなら、ルーラー――ジャンヌ・ダルクの名において、令呪の加護を与えます」

 バーンと干戈を交えるサーヴァント達に、令呪で失った魔力を補填する。
 万全の状態になった複数のサーヴァントが、絶命寸前の大魔王を迎え撃つ――これでようやく公平に近くなる。
 もちろん、通告を受けたサーヴァント達に従う義理などない。放っておけばバーンは自滅するのだから。
 もはや闘う必要などない、逃げ回ればいい。それで勝手にバーンは死ぬ。
 が――。
 それには、誰かの犠牲が不可欠となる。ただでさえエリザベートやニンジャスレイヤーは多大に消耗した状態だ。
 散開して撤退を図っても、バーンが誰か一人に狙いを絞り攻撃してきたら、凌ぎ切れるものではない。
 機動性に秀でたライダーならば振り切ることも可能だろう。だが、ここには移動用の宝具を持つサーヴァントはいない。
 必然、凛達が選べる選択肢は一つ――バーンの魔力が尽きて消滅するまで耐え忍ぶしかないのだ。

「了承する。令呪を使うがよい、ルーラー=サン」

 真っ先に承諾したのはアサシン、ニンジャスレイヤー。
 彼の行動原理は全てのニンジャを殺すこと。
 わけても野原しんのすけ殺害の元凶である大魔王バーンを許す道理は、ニンジャスレイヤーの中には存在しない。
 彼が望むのは自らの手でバーンを爆発四散させ、インガオホーの真理を刻みつける事だ。
 魔力切れで眠るように消え去るなど許せはしない。

「――――――――」

 次に動いたのは、仮面をかぶった白いバーサーカー。
 バーサーカーは突如このエリアに現れ、最初に接触した凛達には見向きもせずキャスターの陣地に突入していった。
 狂った英霊が目的を語るはずもない。凛達は彼が何のためにここに来たのかは知らず、またクー・フーリンが彼によって討たれたこともわからない。
 戦場からやや離れビルの屋上で、バーサーカーはしばしの間、魔獣となったバーンと令呪を示すルーラーを見つめていた。
 だが、凛達が何らかのアクションを起こす前に彼は身を翻す。
 ルーラーの提案に乗る価値はないと本能で判断したか、あるいはマスターの指示によるものか。
 いずれにせよバーサーカーは戦場からの離脱を選択し、実行した。その姿は瞬く間に夜闇に消え去る。

「アサシンは同意し、バーサーカーは拒絶した。あなた達はどうするのかしら?」
「どうって言われても……」

 カレンに水を向けらたウェイバー、だが即答はできなかった。
 ここに集った面々の中で、ある意味最も戦う理由がないのが彼とデッドプールだ。
 ニンジャスレイヤーのようにマスターを殺された訳ではなく、凛のようにサーヴァントを殺された訳でもなく、白野とエリザベートのように仲間がいる訳でもない。
 極論、彼とデッドプールはここで撤退したって構わない。いや、勝ち残る事を第一とするなら迷わずそうすべきなのだ。
 どうせバーンは放っておけば死ぬし、ニンジャスレイヤーや凛が彼を迎え撃って相打ちとなるならそれこそ漁師がカチグミ。
 その――はずなのだ。

「やるっきゃないんじゃねーの、ウェイバーちゃん。
 俺ちゃん達だけ逃げるっつっても、足止めするのがマスターのいないニンジャとズタボロのアイドルじゃあすぐに蹴散らされちまうよ」
「バーサーカー……やれるのか?」
「どうかなぁ。ビームブッパ担当がいないのが厳しい話だが……多分あいつ、逃がしちゃくれないぜ。
 ま、一発殴って99秒耐えたら勝ちってルールなら初めてじゃないしな。何とかなるんじゃない?」
「なんでそんな適当なんだ……ああ、もう、わかったよ! ルーラー、こっちも同意だ!」

 ウェイバーがヤケクソ気味に承諾し、残るはランサー、エリザベート・バートリー。
 竜の娘は敬愛するマスターに視線で問い掛ける。打てば響くように青年は頷いた。
 岸波白野。この場の誰よりも戦闘経験豊富なマスターは、撤退が困難であると判断していた。
 ここにいるのはいずれ劣らぬ強力なサーヴァント達であるが、対する鬼眼王バーンはさらに規格外だ。
 それこそ五体のサーヴァントが同時にかかりでもしない限り――それでも、敗北の可能性のほうが大きいかもしれない。
 味方がバラバラの状態では一騎ずつ鏖殺されるだけだ。ならばルーラーの後押しを得て、一つの集団となって数十秒か数分かを耐え凌ぎ、バーンの魔力切れによる消滅を狙うしかない。
 その時、バーンがこれ以上待てぬと拳を振り上げた。

――ルーラー、令呪を!

「受諾しました。では……ルーラー、ジャンヌ・ダルクの名において、この場に集う全サーヴァントに命じます!
 かつてキャスターであった魔獣を打倒せよ!」

 この命令が、会戦の狼煙となった。


  ▲ ▼ ▲


 それはとても戦闘とは呼べなかった。
 大自然の暴虐に逃げ惑う無力な生物。
 鬼眼王とサーヴァント達の間にはそれだけの溝があったのだ。

「イヤーッ!」
「イヤーッ!」

 赤黒のニンジャがカラテ・シャウトと共にスリケンを投げる!
 赤黒のヒーロー?がカラテ・シャウトを真似して手裏剣を投げる!
 射線が交差するよう放たれた攻撃は、しかし巨大な魔獣には蚊に刺されたに等しい。
 防御すら必要とせず、カンカンと体表面で刃が弾かれる。

「うへぇ。フェイズシフト装甲ってやつ? いいなあ、VPS装甲装備すれば俺ちゃん2Pカラーに変更できちゃう?」
「訳わかんない事言ってないでどきなさいよ! 邪魔よ!」

 ニンジャとヒーローが稼いだ時間で、竜の娘は宝具開放の準備を終えていた。
 槍をマイクに見立て、エリザのジャイアニックな――個性的な――超音波で対象を破壊する宝具、『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』。

『Ah───────────ッッッッ!!!』

 先ほど、老バーンを相手にも使った宝具だ。
 しかし今度は威力が違う。ルーラーによって補填された魔力を存分に注ぎ込む。
 大気が振るえ、地面がめくれ上がるほどに強力な破壊振動波が鬼眼王の巨体を包み込む!

「これで……!」

 見守る凛が白野の手を握る。クー・フーリンを失った彼女にできる事は少ない。
 せいぜい、エリザに魔力を供給する白野をサポートする事――要は使わない魔力を融通するだけだ。
 白野一人では成し得ない莫大な魔力を燃料として放たれたエリザの宝具は、通常時の倍の出力にも達しただろう。
 それが直撃したのだ、さすがに痛手くらいは――と期待した白野だが。

「……なるほど、理解した。今この場で余を傷つけ得るのはランサー、お前一人という事だな」

 鬼眼王、健在である。
 破壊振動が伝播しやすい硬度の高い皮膚には幾筋も亀裂が走っているが、どれも表皮だけに留まっている。
 『究極の超魔・鬼眼王(アルティメット・ボディ・オブ・バーン)』の種別は対神宝具。すなわち自身を擬似的に神の領域にまで押し上げる宝具。
 皮は斬れても肉と骨まで達していない。対人宝具である『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』には、それが限界であった。

「ならば、お前を殺せば余の勝利は動かぬという訳だ!」

 バーンが再び動き出す。白野が慌ててエリザに退避を命じ、ウェイバーもデッドプールにそのサポートを命じた。
 デッドプールは強力な再生能力があるが、火力に劣る。対人戦なら問題ないが、バーンのような大物が相手では純粋に力不足だ。
 エリザが所有するもう一つの宝具、『鮮血魔嬢(バートリ・エルジェーベト)』。
 『監禁城チェイテ』を召喚、巨大なアンプとして使うこの宝具は、宝具使用の直前に自身が受けたダメージを呪いとして相手に返す能力がある。
 エリザが大きなダメージを受け、その呪いをバーンに返せば勝機はある――のだが、白野は考えるまでもなくこの案を捨てていた。
 今のバーンから一撃もらうだけでも致命傷なのは疑いなく、宝具を使うどころではない。
 つまりは『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』こそが唯一有効なカードであり、エリザこそがこのチームの生命線だと敵味方の誰もが認識していた。

「っ、やばっ……!」

 ニンジャスレイヤーとデッドプールが嵐のように攻撃を加えるが、バーンには通じない。
 それをわかっているからこそバーンは彼らの存在を無視し、執拗にエリザを追って攻撃を加える。

「ここは俺に任せてお前は先に行け!」

 あわや踏み潰されかけたエリザ、しかし飛び込んできたデッドプールが彼女を突き飛ばす。

「ちょっとあんた!?」
「実は俺、戦争が終わったらお前にプロポーズを申し込もうと……花束も買ってあr」

 デッドプールは台詞の途中で踏み潰された。
 足元で感触の消えたデッドプールに関心を失くし、バーンは次なる獲物を品定めする。

「まず、一つ……」
「バーサーカー=サン!」」

 デッドプールを踏み付けた脚を駆け上がり、ニンジャスレイヤーがバーンの本体へジャンプキック!
 しかしそのスピードはライク・ア・ギューホ! バーンが振り上げた腕に容易く撃墜された!

「グワーッ!」
「愚か者め。マスターのおらぬ貴様など相手にならんわ!」

 ニンジャスレイヤーが大地に叩き付けられ血反吐を吐く。
 これこそ、この混成チーム最大の弱点。ニンジャスレイヤーが戦力として機能していないのだ。
 単独行動スキルによって消滅は免れても、魔力を供給されないままでは戦力は極端に落ちる。
 ニンジャスレイヤーのカラテは今、通常時の半分にまで落ち込んでいた。
 ルーラーから貰い受けた令呪を以ってしてなお、このディスアドバンテージは払拭しきれない。

(((グググ……情けない! フジキド、儂に換わるのだ! このままでは死んだら終わりぞ!)))
(((黙れナラク! これは俺のイクサだ!)))

 不甲斐ないフジキドをニューロンの同居人、ナラクが叱責する。
 実際フジキドはこのイクサで囮以上の意味を果たせていなかった。
 全身全霊を込めたスリケンはバーンの皮膚にも1mmも食い込む事叶わず、アワレな弱敵として半ば無視されている。
 全身の魔力をかき集めれば、数十秒は本来の能力を発揮できるだろう。
 しかし、その短い時間でバーンを倒しきれなければ、爆発四散するのはニンジャスレイヤーである!
 このままではジリー・プアー(徐々に不利)!
 しかしニンジャスレイヤーには、フジキドにはただ闘う以外の選択肢なし!

「死ねい、ランサー!」
「ドーモ、キガンオー=サン。デッドプールです!」

 ブザマに這いつくばるニンジャスレイヤーを無視し、バーンはエリザへとケリ・キックを放つ。
 その巨人の足首を襲う衝撃! それをもたらしたのは――ブッダ! 死んだはずのデッドプール!
 再生を終え、アイサツ直後のアンブッシュ! 実際有効である。

「貴様は……!」
「ふう、死ぬかと思ったぜ。死亡確認するまでがデュエルの鉄則だって集英社のお友達から聞かなかったのか?」
「オゴーッ!」

 そのときマスターであるウェイバーは瞬間的に魔力を搾り取られたために激しく嘔吐していたが、誰も気遣う余裕はない。
 デッドプールは両手になんか固い棒っぽいものを掴み、嵐のように殴る!
 決してダメージは通っていない。が、片足立ちの軸足のバランスを崩すには十分だ。エリザを襲う蹴りも狙いが逸れた。

「ヌゥーッ!?」

 巨体が傾ぐ。両手を地面に叩きつけ、受け身を取る。それだけで地震が起こる。
 その隙にエリザは退避、鬼眼王から距離を取った。
 鬼眼王のあまりの強度に折れ曲がった二本のゲージを放り捨て、デッドプールも続く。

「デタラメすぎるわ、こんなのどうすればいいのよ!」
「こんな時こそ『こんな事もあろうかと』って言ってもいいんだぜ、ウェイバーちゃん」
「……ハッ、ハァーッ……! こ、のバカ……!」

 エリザが毒づく。呼吸すら辛そうなウェイバーを含め、その問いに答える者はいない。
 否、唯一サーヴァントを持たない凛だけが、答えを知っていた。
 絶望的といえる戦況を打開する一手。それは確かに、この手の中にある。
 しかしその選択は凛に取ってやすやすと受け入れていいものではない。
 何故ならそれは――

――凛。

「白野?」

 凛と繋がる白野にはわかる。凛が何を考えているのか。
 欠けているピースを埋める。足りない戦力を整える。
 ランサーに――クー・フーリンに代わるサーヴァントを、用意する。

「……アサシン」

 今この場には、サーヴァントと契約していないマスターが一人いる。それが遠坂凜。
 今この場には、マスターと契約していないサーヴァントが一騎いる。それがニンジャスレイヤー。
 アサシンがマスターを失ったというのは、ウェイバーから聞いた。その復讐のためにバーンを付け狙っているというのも。
 凛とニンジャスレイヤーの双方が望めば、契約は問題なく結ばれるだろう。

「あんな、奴と……!」

 だが、しかし。凛に取ってニンジャスレイヤーとは、ただのサーヴァントではない。
 相棒であるランサー、クー・フーリンの死の遠因となった、云わば仇の一人。
 あの時ニンジャスレイヤーさえ襲ってこなければ、クー・フーリンは命を落とさずに済んだかもしれない。
 その怒りが、最善の手段とわかっていてなお凛の決断を押し留める。
 ここで簡単にニンジャスレイヤーを受け入れるのは、クー・フーリンに対する裏切りではないか。
 合理性を重視する魔術師らしからぬ感情論だ。しかし今の未熟な遠坂凛では、父・時臣のように内心と行動を切り離す事はまだできない。
 白野はそれを察しているからこそ、凛に強制はできない。
 選択は、己の意志でなさなければならないのだ。

「スゥーッ! ハァーッ!」
「おいニンジャ、お前邪魔だから引っ込んでろよ」
「グワーッ!?」

 チャドー呼吸を使用しようやく立ち上がったニンジャスレイヤー、しかしデッドプールが放ったケリが再度彼を打ち倒した。
 デッドプールからすれば手を抜きに抜いたケリ。しかしニンジャスレイヤーは避けられなかった。

「バーサーカー=サン!?」

 驚きの声を無視し、デッドプールはバーンに向かい走って行く。
 エリザもまた、デッドプールの行動を何ら咎める事なくニンジャスレイヤーの横をすり抜けていく。
 それは事実上の戦力外通告。ニンジャスレイヤーがいても邪魔になるだけだと判断されたのだ。

(((何たる……何たるブザマ! あのような道化に良いようにあしらわれるとは!)))

 ニューロンの中でがなり立てるナラクに反論する気さえ起きなかった。
 今のニンジャスレイヤーは、弱い。このザマでどのような顔をしてニンジャ殺すべしなどと言えるのか。
 ニンジャスレイヤーとてわかってはいるのだ、どうすればこの事態を打開できるのか。
 瞳を巡らし、遠坂凛を見る。向こうもニンジャスレイヤーを見ていた。
 遠坂凛と契約し、魔力供給を受ける。そうすればニンジャスレイヤーは全力を発揮できる。
 これこそがただ一つの最適解だ。

(((だが……言える訳がない。ランサー=サンは俺が殺したも同然。仇が手を借すなどと、どの面を下げて……!)))

 しかし、二人の間には溝がある。ランサーという埋められない溝が。
 この溝を飛び越える事など、ネオサイタマの死神といえども――

「腹から声出せよ、ニンジャ。いつまでも腑抜けてんじゃねえっての!」

 バーンと闘いながら、デッドプールが叫んだ。それは叱咤だった。
 かつて己が受けた絶望を他人に与えた、その矛盾と向き合わなければいけない恐怖に囚われるニンジャスレイヤーを、叱りつけていた。

(((フジキドよ、奴の言っている事は間違っておらん)))
(((ナラク……!?)))

 ニンジャスレイヤーは驚愕した。
 全ニンジャ殺害を標榜するこの呪われたニンジャが、他のニンジャを肯定した……!?

(((闘うべき敵を誤るでない。今、成すべきはキャスター=サンをスレイする事。内なる怯懦に囚われ正しき選択を成さぬなど愚の骨頂!)))
(((俺が、恐れているというのか! ナラク!)))
(((違うと言えるのか? あの無力な小娘の瞳に怯え、闘いに逃げたお前が!)))
(((……う、ウヌーッ!)))
(((闘えぬというなら代われ、フジキド! 儂がお前に代わってあの娘と契約し、キャスター=サンをスレイしてやろう!)))

 デッドプールだけでなく、ナラクでさえもフジキドの弱さを糾弾する。
 そう、これは弱さだ。マルノウチ・スゴイタカイビルで捨て去ったはずの、ただのサラリマンだったフジキド・ケンジの弱い心。
 全てのニンジャを殺すと決めた。そのためには、己の弱さすらもスレイしなければならない――!

「Wasshoi!」

 ニンジャスレイヤーは跳んだ。
 鬼眼王バーンは狂った傭兵が押し留めると信じて。
 着地した先は、遠坂凛の眼前。

「アサシンッ……!」
「ランサー=サンのマスターよ。私と契約せよ」

 言葉少なに、目的を告げる。凛の視線は当然、怒りと憎悪を込めらたれたもの。
 ニンジャスレイヤーはその視線を受け止める。目を逸らさない。
 トチノキ、しんのすけとさほど齢の変わらない幼子。
 しかしその瞳には覚悟がある。闘う覚悟が。
 並々ならぬ敵――その敵を、フジキドは主とせねばならない。

「……随分都合のいい話ね。自分のマスターが死んだから私に鞍替えしようっていうの?」
「その通りだ。私は何としてもあのキャスター=サンを殺さねばならん。しかし今の私にその力はない。故にオヌシの力を借りたいのだ」

 ナラクは沈黙している。常のナラクならば他人を頼るフジキドを激しく責めただろう。
 しかし今はこうするしか道がないのだと、フジキド以上に理解しているのだ。

「オヌシが私を憎んでいる事は理解している。私もオヌシに許されようとは思っておらん。
 だが……今は、そこを曲げて、頼む。私に力を貸してくれ」

 ニンジャスレイヤーはオジギした。
 十歳にもならない幼女相手に頭を下げる――それはどれだけの覚悟を必要としただろうか。まして、相手はニンジャスレイヤーを憎んでいるのだから。

「あなた……」

 クー・フーリンとの別れを経て、凛は彼らサーヴァントにも確かな心があると理解していた。
 だからこそ、ニンジャスレイヤーにも譲れぬ思いがあり、その思いを果たすために凛との契約を必要としているのだとわかる。
 そんな彼を従えられるのならば、確かな凛の力となるだろう。

「……そうね。私だってここで死ぬ訳にはいかない」

 凛はランサーを、クー・フーリンを最強の槍だと認めた。
 ならば自分も、その槍に見合うべき最強のマスターたらねばならない。
 一時の感情によって勝機を逸するような愚を、犯してはならない――!

「白野」

 見上げた青年は微笑み、頷く。
 その選択を肯定する、というように。
 心は決まった。後は、行動するだけだ。

「アサシン。この私、遠坂凛の剣となるべき意志はある?
 あるのなら、あなたの真名を以て私に誓いなさい」
「……感謝する。私の名はニンジャスレイヤー。全てのニンジャを殺す者なり!」

 マスターとサーヴァント、両者の同意により契約は滞り無く為される。
 その様を見届けたルーラーは目を細める。また一つ、勝利を目指す意志が形となり、新たな可能性が生まれた。
 ニンジャスレイヤーの身体に燃料となる魔力が吹き込まれていく。乾ききった砂に水が染み込むように肉体隅々まで行き渡る。
 主なきサーヴァントが課される強烈な魔力負担も消えて、ついにニンジャスレイヤーはあらゆる枷から解き放たれた。

「ヌウゥゥゥ……!」

 ニンジャスレイヤーは今、かつてない力を感じている。
 しんのすけとは比較にならない潤沢な魔力。活力とともに一抹の寂しさを覚え――しかし感傷を振り切る。
 成すべきは一つ。キャスター=サンをスレイするのみ。

(((フジキドよ、活路は一つ! ランサーの小娘を利用すべし!)))
(((利用? どうやってだナラク!)))
(((あの娘のジツはコッポ・ニンジャのコッポ・ドーに近い! 振動波を送り込んで体内から敵を破壊するジツの前には鎧など意味を成さぬ!)))
(((……承知!)))

 ナラクとの交信。今やフジキド・ケンジとナラク・ニンジャはかつてないほどシンクロしている。
 ナラクが何を言いたいのかもすぐに察した。勝利の糸口を掴んだニンジャスレイヤーは、マスターとなった凛に念話を繋ぐ。

(トオサカ=サン、ランサー=サンのマスターに伝えよ。私が奴に傷を穿つ。その弱点目掛け宝具を使え……と!)
(どういう……いえ、わかった。信じるわ)

 この状況で伝えるからには余程勝算があるか、あるいはもはやそれ以外に手がないかの二択だ。
 そして凛はアサシンにヤバレカバレ・アトモスフィアはないと判断! 信ずるに足る策なのだと、信じると決めた。
 遅滞なくランサーのマスターに策が伝わる。よほど機転が利くのか、青年は委細承知とばかりに軽く頷いて了承の意を返してきた。
 デッドプールは今も好き勝手に暴れている。破壊と再生を繰り返す度ウェイバーが倒れたり吐いたりしているものの、まだ余力は残っていそうだ。

(((フジキド! 儂の力を使え!)))
(((断る、ナラク! 貴様と代わる気はない!)))
(((そうではない、フジキド! 儂の力をお前が使うのだ!)))
(((何……!?)))
(((このカラテなら我らが宝具……すなわち儂の力を存分に振るえよう! 奴をスレイせよ、フジキド!)))
(((私の邪魔をする気はないのだな?)))
(((知れたこと! 全てのニンジャをスレイするが儂の悲願! 今ならば手強きあのキャスター=サンをも屠れよう!)))
(((……よかろう! 力を貸せ、ナラク!)))

 ナラクの意志を確認したニンジャスレイヤーは、凛の前に屈みこんだ。
 少女と目線を合わせ、問う。

「トオサカ=サン、宝具を開放する許可を」
「許可するわ、アサシン。キャスターを倒して」
「承知……!」

 立ち上がったニンジャスレイヤーは連続バック転を決め、バーンから距離を取る。
 それが何らかの攻撃の予備動作と見たバーンは、エリザを視界に収めつつ片腕をニンジャスレイヤーに向けた。

「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ!」

 チャドー呼吸。血中カラテ濃度が急上昇する。
 チャドー。フーリンカザン。チャドー。フーリンカザン。

(((征くぞ、ナラク!)))
(((任せよ、フジキド!)))

 フジキドは固く瞳を閉じ――開く!

「「覚悟するがいい、キャスター=サン!」」

 一人にして二人。
 ニンジャスレイヤーとナラクの声が、重なって冬木市の夜空に響く!
 ナラクの力を引き出したニンジャスレイヤーのその目は、片方が黒く片方がセンコめいた赤い光を放つ!

「それが貴様の宝具か、アサシン!」

 外見上の変化は瞳孔が収縮した瞳と、黒い炎をまとっているに過ぎない。しかし――圧倒的なプレッシャーを感じる。
 タイプとしてはバーンの真の肉体のようなものだ。ニンジャスレイヤーの内に潜む真の姿が、すなわちこれなのだ。

「なるほど……余に比肩しうる魔をその影に潜ませていたか!」
「もはや語る舌なし。キャスター=サン、オヌシを殺す!」

 一陣の風と化し、ニンジャスレイヤーが駆ける。
 影すら残さない、先ほどまでとは段違いのスピード。
 長い助走を得て――跳ぶ。

「イヤーッ!」

 ドラゴンニンジャ・クランに継承される伝説の暗黒カラテ技、ドラゴン・トビゲリ! ドラゴン!
 天翔ける竜の如き飛び蹴り! バーンはとっさに腕を上げてガード!
 ゴウランガ! 鬼眼王の巨体が揺れた!
 鍛え上げたカラテ・キックは、宝具の一撃にすら見劣りしない!

「ムウーッ!」
「ええい、小賢しいわ!」

 未だ空中にあるニンジャスレイヤーへ、バーンのもう片方の腕が叩き付けられる!

「足元がお留守だぜ」

 その時! ちょろちょろと動き回っていたデッドプールが爆弾の設置を終えていた!
 一斉に起爆された爆弾は、鬼眼王の超重量を支え悲鳴を上げていた地面を崩落させる!

「む、おおッ!?」
「ドーモ、バーサーカー=サン」

 態勢を立て直したニンジャスレイヤーが着地する。
 バーンは逆に姿勢を崩され、瞬時に動くことは不可能。
 今こそ、勝機!

――インストラクション・ワン!

 思い出すのは、師たるドラゴン・ゲンドーソー。
 そのインストラクション。

――百発のスリケンで倒せぬ相手だからといって、一発の力に頼ってはならぬ!一千発のスリケンを投げるのだ!

(((ハイ、センセイ!)))

 ドラゴン・ゲンドーソーの眼差しを今一度思い出す。
 インストラクションの一つ一つがニンジャスレイヤーの血肉となっている。

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!
 イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!
 イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!
 イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

 投げる。投げる。投げる。投げる。
 目にも留まらぬスピードで、ニンジャスレイヤーはスリケンを投げ放ち続ける!
 狙いは一点、鬼眼王の右腕。
 先ほど『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』をガードし、最も甚大な損傷を与えられた部分。

「ははあ、なるほど。じゃあ俺ちゃんも乗るしかない、このビッグウェーブに」

 ニンジャスレイヤーの狙いを察したデッドプールも、どこからか取り出したマシンガンの火線を集中させた。
 数十、数百――数千に達する刃と銃弾が少しずつバーンの表皮を削り取る!

「小賢しい……!」

 業を煮やしたバーンがガードを上げ、拳を握る。
 いくら受けようとこの程度、ダメージにはならないと判断したのだ。
 その油断――慢心こそ、フジキドが待っていたもの!

「イイイイヤアアアァァーーーッ!」

 アフリカ投げ槍戦士のごとく上体を捻った中腰姿勢。ここから放たれるスリケンは通常のスリケンとは段違いの威力を誇る。
 チャドーの大技――ツヨイ・スリケン! あらわになったバーンの本体目掛け、一直線に向かっていく!
 だが、しかし! 天より打ち下ろされるバーンの拳!
 いかにツヨイ・スリケンといえども質量が違いすぎる。燃え尽きた炭のようにスリケンが砕かれた!
 ガードを上げたのはバーンの誘いだ! 全霊を込めた一撃を防がれたニンジャスレイヤーは隙だらけ!

「死ねい、アサシン!」

 バーンのキャノンボール・ケリ! 当たればニンジャスレイヤーは間違いなく爆発四散!
 デッドプールが持っていたゲージをニンジャスレイヤーに投げつけた!

「グワーッ!?」

 吹っ飛ぶニンジャスレイヤー! 直後、その場所を踏み砕くバーンのビッグフット!
 一命は取り留めたものの、硬くて重いゲージの直撃は実際痛い!

「一発だけなら誤射かもしれない。まあなんだ、怒るなよな?」
「ええい、バーサーカー! 貴様は邪魔ばかりしおって!」
「そりゃあ、ほら。俺ちゃん勇者じゃないけどこれでも正義のヒーロー()だからね」

 怒れるバーンの四肢がデッドプールを襲う。転がり回って回避。
 前転を繰り返し態勢を立て直したニンジャスレイヤーが、デッドプールに向けてスリケンを投擲!
 デッドプールが吹き飛ぶ。あわやバーンの脚を回避!

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 シャウトを上げておきながら、デッドプールにスリケンは直撃していない。
 わざとゲージに当たるように投げたニンジャスレイヤーの奥ゆかしさ!

「遊んでおるのか貴様らッ!」

 そのじゃれあいのようなやりとりに憤慨したのはバーンだ。
 大魔王最後の戦というのに、このようなふざけた輩が相手などと!
 激甚な怒りに身を任せ、バーンが狂乱した!

「急ぐと死ぬ。ミヤモト・マサシの言葉だぜ!」

 そろそろ底を尽きかけている魔力と、破壊衝動を抑えられなくなるバッドステータス【凶暴化】の影響で、バーンはこの時、エリザの存在を忘却した。
 わざとバーンを挑発するように動いたニンジャスレイヤーとデッドプールの目論見は、見事成功した。

「グオオォォォーーーーーッ!」

 振り上げた拳。
 『竜鳴雷声(キレンツ・サカーニィ)』、無数のスリケンと銃弾を浴びた小さく、しかし確かな亀裂。
 その僅かな隙間目掛け――エリザベート・バートリー、竜の娘が疾風のように飛び込んだ。

――令呪を以って命じる! ランサー、キャスターを倒せ!

 岸波白野の戦術眼により、ここぞとばかりに放たれた令呪がその突撃をさらに加速させる。
 我を失ったバーンの本能に任せた攻撃など、容易くその軌道を読み取れる。
 寸分の狂いなく、バーンの傷に潜り込むエリザの槍の穂先。

「任せなさい、子ブタ!」

 全ての条件はクリアされた。
 エリザの保有するありったけの魔力、令呪によるブースト効果、戦友クー・フーリンから託された思い――その全てを一つにして放つ!


『Ah─────────────────────ッッッッ!!!』


 雷雲を呼ぶ竜の吐息。解き放たれる破壊振動の波。
 本来その威力を削ぐべき鬼眼王の装甲は、既に槍の外にある。
 かつて大魔王バーンは勇者との決戦である逸話を残した。
 それは、勇者の剣に心臓を貫かれ、そこに直接雷撃を落とす事による体内殲滅効果。
 つい数分前にランサーから受けた心臓破壊の槍もこれだ。
 いかに強固な皮膚を誇ろうとも、体内で炸裂する攻撃には大魔王といえども大きなダメージを受ける!

「■■■■■■■■■■――――ッッ!!

 言葉にならない、獣と化した大魔王の咆哮。
 しかしそれは紛れもなく苦悶の叫び。効いているのだ!

「やったか!?」

 その時! デッドプールが言ってはいけない一言を漏らす。

「いやでも、ここは言わないとダメだろ? ほら、様式美とかあるじゃん?」
「何を言っているのかわからぬ、バーサーカー=サン。しかし……好機!」

 エリザの全力全開の宝具を受け、バーンはかつてないほどのダメージを受けている。スレイするならば今しかない!

「スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! ……Wasshoi!」

 短くチャドー呼吸。体内のカラテを練り上げる。
 繰り出すは二度目のドラゴン・トビゲリ! ドラゴン!
 かつて竜の騎士によって葬られた大魔王は、此度もやはり竜の娘と竜の蹴りによって、打ち破られる!

「…………オオオォォォォアアアアァァァァーーーーーーーーッ!」

 しかし! その時!
 大魔王バーンは左腕を高く掲げ、自らの右肩の付け根に振り下ろした!
 アブナイ! ヤバレカバレのスーサイド!?
 否! 否! 本能に呑み込まれたとはいえ、仮にも大魔王を名乗る者! 死地にありて活路を見出すのは、正義に生きる者の特権ではない!
 巨獣の爪が自らの腕を切り落とす!
 その腕にはエリザが槍を突き刺していた。バーンは自らの腕を捨てる事で、超音波による蹂躙を遮断したのだ!
 そしてバーンは斬り落とした腕を蹴り飛ばす。デッドプールのいる場所へ。

「Ah――――ぁッ!?」
「あー、やっぱこれって俺ちゃんのせい? ですよね」

 エリザも巻き込まれ、デッドプール諸共に吹き飛ばされていく。
 残ったのはバーンに向かってくる、飛び蹴りのモーションに入りもはや中断の効かないニンジャスレイヤー!
 鬼眼王のカウンター・パンチ!

「グワーーーッ!?」

 ニンジャスレイヤーが凛と白野の元へ吹き飛ばされてきた。
 ドラゴン・トビゲリで威力を削いでなお、ニンジャスレイヤーは爆発四散寸前まで追い込まれる!
 ウカツにも反撃を予想していなかったニンジャスレイヤーの意識はニューロンの奥底へ沈められた!
 血塗れになって転がるニンジャスレイヤー。
 極度の魔力放出により膝を突くエリザ。
 立ち上がったが代わりにウェイバーが這いつくばったデッドプール。
 掴みかけた勝利は、一瞬にして幻と消えた。

「……嘘」

 凛が呆然と呟く。
 恐るべきは三騎のサーヴァント、最良の戦術を以ってしても倒しきれない大魔王の底力か。

――まだ、終わってない。令呪を使うんだ。

 手を繋ぐ白野に促され、凛は令呪の存在を意識する。
 あと二画の令呪。一画は使う余裕がある。
 ニンジャスレイヤーに駆け寄り、意識の有無を確かめた。

「アサシン、令呪を使うわ。もう一度今の作戦を」

 凛の言葉は、ニンジャスレイヤーによって遮られた。
 仰向けになり、ゆっくりと目を開いたその眼光は――センコめいた光を放つ、煮え滾るマグマ!

「情けなや、フジキド……この上は儂自ら手を下すしかあるまいな……!」

 ニンジャスレイヤーの喉から漏れる声。
 それは、先程までのニンジャスレイヤーの声とは決定的に違う。
 確執を乗り越えともに戦うと決意させた、フジキド・ケンジではない――全てのニンジャ殺戮を望む、ナラク・ニンジャ!

「小娘よ、冥土の土産に覚えておくがよい。理不尽は道理を殺すのだ」

 伸ばされる腕。黒い血が滴り、破れた装束を再形成していく。

(令呪を――ダメ、声が――出ない――)

 喉首を締め上げられ、凛の意識は瞬時に遠くなる。
 異変を察した白野が駆け寄ってくる。しかし凛は視線で彼を制した。
 持っていたアゾット剣に一瞬、己の魔力を通し――彼に投げ渡した。

「これぞ、インガオホー也……!」

 「忍」「殺」のメンポの奥から硫黄の蒸気が漏れる。
 凛はその姿に、大きく口を開けた野獣の姿を――否。どこまでも深く底のない、深淵の奈落を幻視した。



(――ラン、サー――)



 闘うと決めたのに。
 ランサーに恥じないマスターになると誓ったのに。
 岸波白野と闘うと約束したのに。
 負けて、しまった。



(――悔しい)



 闇が、全てを呑み込んだ。


  ▲ ▼ ▲



 岸波白野の目前で、一体何が起きたのか。
 頭で理解していても、事実を納得するまでには至らない。
 遠坂凛の小さな身体が消えて、五色に輝く魔力の光となって、立ち上がった赤黒のニンジャの、硫黄の煙立ち昇る鋼鉄のメンポに吸い込まれた。
 それは一体――何を意味するのか。

「ググ……グ……ようやく……だ。ようやく……儂の……時が来た!」

 殺戮者のエントリーだ! 感慨深げに呟くはニンジャスレイヤー――否、ナラク・ニンジャ。
 バーンの攻撃によって意識をニューロンの海に拡散させたフジキド・ケンジに代わり、肉体を支配したのだ。
 ナラクはそのまま遠坂凛との契約を破棄――しかし魂を食らった事により莫大な魔力を得て、遂にナラク・ニンジャは自由を得た。
 「忍」「殺」の二文字を象るメンポから地獄の蒸気が溢れ出す。
 血に濡れたニンジャ装束が燃え上がる。一瞬の後、ニンジャスレイヤーの全身の傷は強引に焼き塞がれていた。

「ドーモ、キャスター=サン……」

 目を見開く。そこにあるのはセンコのごとく赤く小さい両の瞳!
 それを見たウェイバーが、ヒッと魂の奥底より湧き上がってきた恐怖に身を竦める。

「……ナラク・ニンジャです」
「貴様、一体……?」
「イイイイヤアアアァァーーーーッ!」

 突如、底知れぬ暗黒の気を放ち始めたアサシンを前に、さしもの大魔王も怪訝そうな表情を見せる。
 そこにすかさず飛来する、黒い炎にコーティングされたスリケン! バーンはとっさにガードを上げる!

「む……これは!」
「サツバツ!」

 防いだとはいえ、そのスリケンの威力は先程までとは比べ物にならなかった。
 スリケンは刀身半ばまで鬼眼王の皮膚に食い込ませていた。その傷口を黒い炎が焼く。鬼眼王は怒りに吠えた。

「Oh……ニンジャの血は、きっと鉄と硫黄で出来ていた……」

 もはやナラクの目にはバーンしか、バーンの目にはナラクしか映らない。
 突如戦闘から放り出されたデッドプールは、ウェイバーの肩を叩き恐怖を和らげてやりながら独りごちた。
 形としては突如力を増したニンジャスレイヤーに救われた彼だが、感謝など述べる余裕がない。
 共に戦っていたエリザは呆然としている白野を支えていた。

「あいつ、何なの……?」
「やればできるじゃねーか……ってもんじゃねえな。本当にやっちまったのか、ニンジャ」

 デッドプールは他人事のように――実際他人事であるが――静かに呟く。
 奴は選択した。それが奴自身の意志であれなんであれ、もう戻れはしない。
 今だとばかりにウェイバーから魔力を拝借し、傷の修復にかかる。
 何せ――敵が一人増えたのだ。万全にしておいて損はない。

「グオオオォォォォーーーーーッ!」
「グググ……足りぬ、足りぬ……!」

 大地を割り、海を破り、空を裂く。
 バーンが繰り出す攻撃はどれもが一撃必殺の威力。
 しかしナラクはそのことごとくを避ける。避ける。避ける!

「どれだけ力があろうと……どれだけ巨体であろうと……!」

 砲弾のような爪先をブリッジして躱す。
 大地を背にしてバランスを確保し、寝そべった態勢から背筋で飛び起きる。
 その反動を利用し、頭上を通り過ぎていった鬼眼王の膝裏へスリケンを連射!

「グワーッ!?」
「カラテが足りぬ! 奥ゆかしさが足りぬ!」

 今のバーンは全身から魔力を放出し続けているに等しい。
 ソウルを感知する力を持つナラクにとって、その攻撃の予備動作を読み取る事などベイビー・サブミッション!
 また、バーンは肉体の圧倒的スペックと膨大な魔力を誇るが故に、純粋なカラテを練り上げていない。
 ナラクは、多種多様なジツを操るニンジャ達を、己の肉体と不浄の炎のみでスレイし続けてきた。
 ただ肉体の強度のみを頼りに何の技巧もなく振るわれるカラテなど、目を瞑っていても避けられる。

「ぐっ……しかし、貴様もマスターを失っているはず! それだけの力、いつまでも発揮できるものか!」

 そう、ニンジャスレイヤーはマスターたる遠坂凛を自ら殺害した。
 再びはぐれサーヴァントになったニンジャスレイヤーもまた、魔力の供給源を失いタイムリミットが設けられたたも同然。
 凛の魂を喰って膨大な魔力を得たとて、マスター不在とナラク自身の二重消費によって瞬く間に使い尽くしてしまうだろう。

「ググ……吠えるでないわこわっぱが。当然わかっておる……故にこうするのだ!」

 ナラクがバーンへと跳びかかった。
 バーンは反射的に、正面から来る打球を打ち返す。
 巨大な拳がナラクを襲う。ナラクは身を捻る。しかし躱しきれない!

「グワーッ! グググ……ウカツ! かかりおったわ!」

 ニンジャスレイヤーは、ナラク・ニンジャを開放する事によってステータスとスキルが変動する。
 アサシンとして特性たる気配遮断が弱体化する代わり、戦闘者として有用なスキルである戦闘続行が上昇するのだ。
 そしてここで、戦闘続行のスキルが仕事をした。
 バーンの一撃を喰らいながらもナラクの動きは鈍らず、一撃を放った直後で硬直した鬼眼王の隙を突くのだ。

「イヤーッ!」

 ニンジャ装束の袖口からまっすぐ伸びる赤黒い線。それは自身の血液から生成した鎖!
 先端は鋭いスリケンが付いている。鬼眼王に突き刺さる。バーンはそれを防げない。
 鎖はバーンの表皮に突き刺さる! そしてナラクはその鎖を強く引いて跳び、一瞬でバーンの身体へと取り付いた!

「グワーッ! き、貴様まさか……!」
「グググ……貴様のマスターは……頂いてゆく!」

 ナラクは数度の交錯を経て、バーンのソウルを念入りに検分した。
 そして発見したのだ。巨大な鬼眼王のボディの内、一点だけ、色の違うソウルが発されている場所を。
 それはすなわち――マスターたる足立=サン!

「イイイイヤアアアァァーーーーッ!」

 足立が囚われている箇所に肉薄したナラクは、身体から滴る赤黒い血を両手で拭い取る。
 その手は瞬く間に轟々と燃える黒い炎に包まれ、水が冷えて氷になるように、炎が一つの形を得る。
 ブラスナックルめいた黒鉄の指輪、その先端には幾つもの鋭利な刃が生えている。アブナイ!
 そして――右ストレート! 左ストレート! 右! 左! 右! 左! 右! 左! 右! 左!
 秒間百発にも達しようという流星の如き拳がバーンのボディに突き刺さる!

「グワーッ!」

 エッジを生やしたブラスナックルがバーンの表皮を削る、削る!
 たまらずバーンがナラクに掌を叩き付ける!
 しかしナラクは瞬時にジャンプ。間一髪で掌を回避!

「グググ……もう遅いわ!」

 宙に舞いながらナラクは再び鎖を射出。
 ブラスナックルによって剥き出しにされたバーンの肉体に鎖が潜り込み――ブッダ! 引き抜かれた時には足立が鎖に巻き取られていた!
 足立を手中に収めたナラク・ニンジャは、バーンの肩を蹴って即座に離脱した。

「貴様ーッ! 逃さぬぞーッ!」
「ググググ……オロカなり、キャスター=サン。もはや勝敗は決したのだ」

 バーンは狂乱の勢いのままに追いかけてくる。
 が、ナラクは巧みに鎖を操って、自分とバーンの間にエリザベートとデッドプールを置くように跳んだ。
 バーンの目にはそれがナラクの独断だとは理解できない。
 故にバーンは、ナラクへの道を阻む二騎のサーヴァントに攻撃を仕掛ける。

「おいおい、こっち来んなよ。MPKかっつーの」
「邪魔だ!」

 バーンの足が振り下ろされる。デッドプールは慌てて横転。エリザも何とか回避する。
 しかしナラクの目論見通り、バーンの足は一瞬止まってしまった。
 その一瞬の間に、ナラクは残るカラテを両足に注ぎ、かなりの距離を稼いでいた。
 弾丸のように疾駆しながら、ナラクは足立の顔を掴んで無理やり視線を合わさせる。

「足立=サンよ。令呪を使い、キャスター=サンとの契約を破棄せよ。さもなくば貴様は死ぬ」
「あ……う……」

 極度の魔力消耗で朦朧としている足立が、間近にあるナラク・ニンジャの溶鉱炉の如き眼光に震え上がる。
 笑っているのか泣き出しそうなのか。ニンジャリアリティショック罹患者特有の、一見しただけでは判別しがたいそのアワレな表情は実際失禁寸前。

「儂が手を下すのではないぞ。このままでは貴様はキャスター=サンにカラテを吸い尽くされて死ぬ。
 助かりたいのなら方法は一つ。キャスター=サンを切り捨て、この儂と新たに契約を結ぶのだ!」

 これこそが、ニンジャスレイヤー――否、ナラク・ニンジャの計略。
 遠坂凛はマスターとして優秀ではあれど、彼女のランサーを殺す遠因となったニンジャスレイヤーに決して心を許さないであろう。
 彼女は岸波白野と仮契約した身。サーヴァントを失っても消滅を免れるのなら、それは実質サーヴァントをレッサーヤクザめいた鉄砲玉として使えるという事に他ならない。
 仮にエリザベートとニンジャスレイヤーの二騎が最後まで残った場合、凛は躊躇いなくニンジャスレイヤーに自害を命じるはずだ。
 マスターが二人とサーヴァントが一人残る。それでもサーヴァントが一騎しかいない以上、聖杯は彼らの手に落ちる。
 ニンジャスレイヤーにとっては負い目のあるマスターであっても、ナラクにとっては殺すべき敵に過ぎなかった。
 仮にフジキドがキャスターをスレイできていたとしても、いずれナラクは凛に牙を剥いていただろう。

「オヌシを救える者はもはや儂以外にはおらぬ。
 キャスター=サンはオヌシをジョルリ人形めいたカラテ・ジェネレーターとして利用するのみ。
 オヌシらと敵対していたこわっぱ共は当然オヌシを生かしておく気はなかろう。ルーラーの小娘に頼ったとて救われるはずもない」

 故に、ナラクは凛ではなく足立に目をつけた。
 足立はバーンの他に仲間と呼べる者がおらず、ニンジャスレイヤーによって徹底的に恐怖と痛みを刷り込まれた。
 もはや一人で歩くこともままならず、四面楚歌の状況。キャスターですらもはや味方ではない。
 足立の命運はまさにロウソク・ビフォア・ザ・ウィンド。

「このまま枯死するまでキャスター=サンにカラテを吸われ続けるか、それとも儂と契約し生き長らえるか。さあ、選べ!」

 ここまで足立を傷めつけたニンジャスレイヤーに従う事は、屈辱である。
 しかし、足立には――戦士でもなく魔術師でもない、『力を持ったただの人間』である足立には――命を捨ててでも貫き通す信念など、ない。
 身動き一つ言葉一つ発せないバーンの支配下から脱したと思ったら、今度はニンジャスレイヤーだ。
 しかし一つ確実な事もある。それは、今もこの身を苛む盛大な魔力の流出を止められるという事だ。
 数分後に訪れる確実な死か、屈辱を呑んで得る負け犬の生か。
 奈落の底のようなナラクの瞳に覗き込まれ、足立の心はついに折れた。

「わ……わかった。お前と契約……する……!」
「足立ィィ――!」

 足を止めたナラクに追いつくバーン。
 しかし、ナラクの言通り。勝敗は既に決していたのだった。
 単に足立というマスターを確保するだけならばバーンを自害させれば良い。
 しかし、ナラクは云わばニンジャスレイヤーの始祖――己の手でニンジャを惨殺する事に愉悦を覚える狂人である。
 ニンジャは必ず手ずから殺す。事にこのキャスターはアーチ・ニンジャ級、いやそれ以上の力を持つ大物である。
 故にナラクは契約の解除に留める。絶望に堕ちたバーンを、自らの手で屠り去るために。

「れ、令呪を以って命じる……キャスター、お前との契約を破棄する……!
 そ、そして……アサシン、お前と契約する……!」

 方向性を与えられた令呪はすぐさま発動、契約を履行する。
 その時――足立からバーンに供給されていた魔力が、今度こそ途絶えた。
 そしてマスターを持たぬサーヴァントとなったバーンは、巨体を維持するための魔力も全て自分で賄わなくてはならなくなった。
 スイッチを落とされたように巨人の進撃が止まる。

「ガ……!」
「ググググ……苦しかろうな、キャスタ=サン。案ずるでない、儂がカイシャクしてやろう」

 足を踏み出す力さえ失ったバーンの前に、ナラクが立つ。
 単独行動スキルを持たないバーンには、マスター不在の上に鬼眼王状態を維持する負担は想像を絶するものだ。
 対するナラクは対照的に、新たな魔力供給先を得て全身に力が漲っている。
 遠坂凛の魂を食って得た魔力は既に半分ほど消費してしまったものの、まだまだ尽きてはいない。
 ここに、形成は逆転した。

「イヤーッ!」
「グワーッ!」

 ナラクが身を捻り、二本のスリケンを投げ放つ!
 先ほどまでは表皮で弾けていたそのスリケンは、今度はやすやすとに突き立つ!
 バーンの剥き出しの上半身目掛け、ナラクが跳んだ!
 溢れ出る血液が不浄の炎となって燃え盛り、ナラクの全身に宿る!
 ナラクがバーンの頭上少し上に刺さったスリケンを掴む!
 その姿はまさに垂直の壁に張り付くニンジャの如し!

「あ……アサシン……!」
「ヌウウウゥゥゥー!」

 ナラクが両足に黒い炎を集める! 両腕でスリケンをがっちりとホールドし、両足を空中に振り上げた!
 バーンは背後に位置するナラクが何をしようとしているか理解した。が、反撃の手立てがない!
 腕一本動かす魔力すら、今のバーンにはもうないのだ!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ! グワーッ!」

 ゴウランガ! 機関砲のように繰り出される無慈悲なるストンピング重点!
 黒炎まとう豪脚がバーンの後頭部から背中、脊髄にかけて何度も何度も何度も何度も蹴り降ろされる!

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!
 イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!
 イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!
 イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
「グワーッ! グワーッ! グワーッ! ……余が……こ、この大魔王が……グワーッ!」

 ニンジャ殺すべし! ニンジャ殺すべし!
 絶対の殺意をガソリンに繰り出されるナラクの足刀は、バーンの残り一つとなった心臓に容赦無い負荷を与え続ける!
 魔力切れでの消滅など許さない。この身、この意志でニンジャを殺す。
 砕き、引き裂き、八つ裂きにする。それがナラク――全てのニンジャを殺す者!

「サツバツ!」

 骨という骨、内臓という内臓をミンチにし終え、頃合と見たナラクがバーンの背中を足場に跳んだ。
 身を捻り縦方向に宙返り、高速で回転する。不浄の炎をまき散らす黒い竜巻となる!

「イイイイイイイヤアァァァァァァーーーッ!」
「グワアアアアアアァァーーーーーーーッ!」

 ナラクは全身のカラテと遠心力、さらに不浄の炎を足先に集約し、ギロチンのように振り下ろした!
 これこそは暗黒ジュー・ジツのヒサツ・ワザ! バーニング・カカト・フォール!
 灼熱を帯びた強烈なかかと落としがバーンの脳天に叩き込まれた!
 武器ではなく、宝具でもなく。ただ己の五体を以って凶器と成すカラテの真髄!
 オリハルコンの武器さえ受け止める大魔王の肉体が砕ける!
 さらにナラクはありったけのカラテを不浄の炎へと変換し、バーンの体内で炸裂させた!
 魔力とも暗黒闘気とも違う不浄の炎がバーンのボディを駆け巡り灼き尽くす!

「負ける……この……余が……!?」
「ニンジャ! 殺すべし!」

 ナラクが、跳んだ。着地する赤黒のニンジャ。
 その孤影を際立たせるように――そびえ立つ魔獣の巨躯が、弾ける!


「ヌウウウウアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」


 猛烈な爆発が、黒く染まり始めた空を朱に照らす――大魔王バーン、爆発四散!
 不浄の炎はバーンの四肢を灰と変え、ついに最後の心臓をも焼却させた!
 本体を失った鬼眼王の巨体は霞と消えていく。
 ぼとり、と何かが落ちてきた。それは苦悶に顔を歪め、屈辱に呑み込まれた大魔王の頭部。
 終末をもたらす巨人は――奈落の底から湧き出た劫火に灼き尽くされた。
 静まり返った戦場にナラクの哄笑が響き渡る。それは血に酔い、殺戮を愉しむ狂人の笑みだった。

「キャス、ター……」
「ググググ……フジキドよ、喜ぶが良い。仇は討ってやったぞ」

 裏切られ自らも裏切ったバーンの無惨な最期を目の当たりにし、足立が呆然と呟く。
 ナラクはそんな彼を一顧だにせず、足を踏み出した。
 その先にいるのは満身創痍のエリザベート、デッドプール。そして彼らが護る岸波白野、ウェイバー・ベルベット。

「キャスター=サンの次は貴様らよ、道化と小娘」

 ナラク・ニンジャは、フジキド・ケンジとは違う。
 一時共闘したとはいえ彼らに気を許す訳はなく、バーンを打倒した以上次に牙を剥くのは当然、残っていた彼らとなる。

「うーん、俺ちゃんそろそろポケモンセンター行って寝たいんだけど。ダメ?」
「あんた、一体何がしたいのよ! キャスターと戦ったと思ったら凛を……殺して、結局キャスターを殺して! 今度は私達って訳!?」

 ナラクは答える代わりにスリケンを生成した。
 エリザもデッドプールも、ルーラーに与えられた令呪の魔力はバーンとの戦いでほぼ使いきっていた。
 凛という最上級の霊媒を喰ったナラクこそが今この場で最も多くの魔力を保有している。
 キャスター撃破で消費した分を差し引いてもなお、まだナラクが勝る。

「ニンジャ殺すべし。例外はない。ニンジャ殺すべし!」

 不浄の炎をまとったスリケンが乱射される。
 エリザとデッドプールがそれぞれのマスターを庇った。その一瞬の隙でナラクには十分。
 瞬時にワン・インチ距離にまで踏み込んだナラク、その伸ばされた指先は実際刃のように鋭い。
 ブッダ! ヌキテがエリザの心臓を貫く!

「ウヌッ!? これは……貴様か、フジキド!」

 しかし! エリザをスレイせしめるはずのナラクの手刀は、ナラクのもう片方の拳が叩き付けられた事によって軌道を変えた!
 よく見れば、燃え盛っていた黒き炎も消えている。

(((やめろ、ナラク!)))

 ニューロンの奥からフジキド・ケンジの意志がナラクを打った!
 凛の魂を横取りして肉体の主導権を得たナラク。
 だが、バーン撃破のためにその魔力を大量に消費した事によって、フジキドの肉体への支配力が弱まったのだ!
 覚醒したフジキドは、肉体をナラクが動かしている事を知り、すぐさま反撃を開始したのだ。

(((フジキドよ、なぜ邪魔をする!?)))

 ナラクは一旦距離を取りつつ、精神チャノマへと意識をダイブさせた。
 そこにはフートンの上にアグラを組んでチャドー呼吸を繰り返すフジキド・ケンジの姿があった!

(((ナラク! 何故……何故、あの娘を殺した! あの娘は俺を信じてくれたのだぞ!)))
{(((何を言うか、フジキド! あの娘がお前を受け入れたとでも思っているのか!? 否、否! 我らの命はあの娘に握られたも同然!
  キャスター=サンを排除すれば次は我らがスレイされるのは明らかだった! 故に儂がその裏を掻いたのだ!)))}
(((だとしても! ならば何故、それを俺に伝えなかった!? 契約を破棄すれば、殺す必要はなかったはずだ!)))
{(((グググ……血迷ったか、フジキド! 全てのニンジャを殺さねば聖杯は手に入らぬ!
  あの小娘は他のマスターと通じていた! であればいずれあの娘はお前を切り捨てただろう!
  その前に殺さねばならなかったのだ! 足立なるサンシタの方が、あの小娘よりどれほど扱いやすいかわからぬのか!)))}

 ニューロンの奥底で、肉体の支配権を賭けた壮絶な綱引きが行われる。
 その様を好機と見たエリザが槍を突き込もうとするが、デッドプールによって止められた。

「ちょっと、なんで止めるのよ!」
「もうちょい待ちなって。多分、今のアイツには……下手に手出ししない方がいい」

 狂気に侵された者、デッドプール。
 だからこそわかる。今、ニンジャスレイヤーの肉体の中で、理性と狂気が激しくせめぎ合っていることを。
 横槍を入れればその均衡が一気に崩れ、完全に狂気に呑み込まれるかもしれない。それを危惧しているのだ。

(((忘れたかフジキド! ニンジャによって殺された妻子の恨み……そして、お前の弱さ故に救えなかったあの無力なマスターを!)))
(((忘れるものか! 忘れられるものか! 憎い……ニンジャが憎い! しんのすけを殺したキャスター=サンと、アサシン=サンが憎い!)))
{(((ならばフジキド、儂に従え! 敵を殺し味方を殺し、滅尽滅相あらゆる敵を殺し尽くすのだ!
  聖杯を手に入れればオヌシの死したマスターも、あるいは救えるかもしれんのだぞ!)))}
(((……! しんのすけを……!?)))
{(((そうだ! 小癪なニンジャの仕組んだ偽りではない、本物の家族の元へあの小僧を帰してやることさえ可能なのだ!
  だというのにフジキド、お前は本来のマスターではない小娘に心を許したか!? オロカにもほどがある!)))
(((ナラク……!)))
{(((いい加減に理解せよフジキド! 真の意味でお前の仲間と言えるのは、この儂だけだということを!
  いずれ殺すべき者を信用するな! ニンジャを殺せ! 人間性など捨てよ! 憎悪を、殺意を思い出せ!)))}
(((ヌ……ヌウゥゥゥ……!)))

 ナラクがやった事――それを果たして責められるのだろうか?
 フジキドがこの場で凛と契約を結んだのは、バーンをスレイするために必要だったからだ。
 決して、凛を護るためではない。ランサーを失ったからとて、フジキドが代わりに彼女を護る道理などない。
 そう――ニンジャスレイヤーのマスターは、野原しんのすけただ一人。
 しんのすけが最期に抱いたその無念、その絶望を、決して忘れてはならない。
 誰よりもその痛みを知るニンジャスレイヤーだけは――我が子を亡くした父親であるフジキド・ケンジだけは、絶対に。
 しんのすけはフジキドのように望んで修羅道に堕ちた訳ではない。選択の余地すらなくこの地獄に落とされたのだ。
 こんなマッポーの世で死ぬべき存在ではない――絶対に!
 ならばニンジャスレイヤーが、フジキド・ケンジが成すべきは全ニンジャの殺害と聖杯の獲得であり。
 遠坂凜を護る事では、ない。

(((道を誤るなフジキド! お前が闘う理由は何だ!?)))
(((それは……しんのすけの無念を晴らす事……いや……しんのすけを、家族の元へ……!)))
{(((ならば! ならば! ニンジャを殺せ、フジキド・ケンジ! 敵も味方も全てを殺せ!
  殺して殺して殺し殺し殺し殺し殺し殺し殺し尽くした先にしか、あの小僧の魂に安息は訪れんのだ!)))}
(((……ナラクッ! 俺は……ッ!!)))

 フラッシュバック――フユコ。トチノキ。無残に命を散らす罪無き人々。
 フラッシュバック――しんのすけ。愛する父親に裏切られ、絶望に顔を歪める五歳児。
 フラッシュバック――無力を呪うサラリマン。力を求める弱者。
 フラッシュバック――ニンジャ殺戮を叫ぶ呪われたソウル。求めた強き力。
 フラッシュバック。

――――オラ、知ってるゾ! おじさん、忍者でしょ!?
――――ニンジャだぞー!ニンジャだぞー!

 フジキド・ケンジのニューロンの奥底で、二つの声が重なって響く。
 『ニンジャスレイヤー』は固く目を閉じた。

「…………スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! スゥーッ! ハァーッ! 」

 全身全霊を込めたチャドー呼吸!
 ナラクによって支配されたフジキド・ケンジの肉体の支配権が、徐々に揺らぐ!

(((やめい! フジキド! 何故儂を拒む!? 敵が、ニンジャが、目の前にいるのだぞ!)))
(((フーリンカザン、チャドー、フーリンカザン、チャドー……!)))
(((狂ったか、フジキド!)))
(((ナラクよ、俺はお前の操り人形ではない! 俺が殺すべき敵は俺が決める! 俺の意志で殺すのだ!)))

 そして、『ニンジャスレイヤー』の目が見開かれる。
 その目にはもはやセンコめいた炎はなく……鋭く引き絞られた、フジキド・ケンジの眼差し!
 オスモウカップ・イン・ニューロンに勝利したフジキドが、肉体の支配権を取り戻したのだ!

「……イヤーッ!」

 ニンジャスレイヤーはスリケンを構え――放つ!
 しかしその矛先はエリザでもデッドプールでもない。命尽き果て、消滅しかけている大魔王の頭部!
 スリケンが突き立つ。大魔王の残滓が粉微塵に砕け散る。
 その瞬間――かつて世界を手中に収め、神々すらも凌駕すると謳われた暗黒の大魔王は、完全にこの世界から消滅した。サヨナラ!
 ニンジャスレイヤーのインガオホーはここに果たされた!

「Wasshoi!」

 そしてニンジャスレイヤーは跳んだ。
 対峙する敵、見届けた裁定者、打ち破った怨敵。
 その全てを放り出し、しかし新たなマスターとなった男だけは捕まえて。
 明日をも見えぬ黒の帳の中へ、赤黒のニンジャ装束は瞬く間に消えていく。
 残された者達はそれを呆然と眺めている事しかできなかった。

「退いた……?」
「らしいな。難儀なやつだなぁ、あいつも」

 デッドプールが腰を下ろす。(外見上)元気なのは彼だけだ。
 ウェイバーはデッドプールが再生するために持っていった魔力の消耗が激しく、四つん這いになって肩を激しく上下に動く。ほとんど瀕死状態。
 エリザにもさしたるダメージはないが、宝具を繰り返し使用したため顔色は青い。
 そして何より――

「子ブタ……」

 岸波白野は、黙して立ち尽くしていた。
 盟友、遠坂凛が数分前までは確かにそこにいたという証。
 彼女が残したたった一つの形見――アゾット剣を握り締めて。
 背後からゆっくりと二つの足音が近づいてくる。白野が振り向くと、そこにはルーラーとカレンがいた。

「終わったようね。どうするのルーラー、『元』キャスターのマスターを追って令呪を剥奪する?」
「……いえ、止めておきます。今となってはキャスターとマスター、どちらが主導で魂喰いを行ったかは不明です。
 この上まだ彼とアサシンがルール違反を行うようなら、その時改めて出向きましょう」

 ルーラーの表情からは感情が読み取れず、内心どう思っているかは白野にはわからない。
 マスターを殺したアサシンの行いを咎めていない以上、あれはルール違反ではないのだ。
 戦争においては裏切りなど珍しくもない。白野が経験した月の聖杯戦争とは違うのだ。

「そう。じゃあもうここに用はないし、引き上げましょうか」

 カレンは懐から透明な水晶を取り出した。
 それは白野も知っている。アリーナから校舎に戻るための道具、リターンクリスタルだ。
 ここでの役目は果たしたと、裁定者達は引き上げようとしている。
 待て、ダメだ。まだ、あなた達には聞きたいことがある。そう声を上げようとするが、手の中のアゾット剣の重さがどうしても情動と判断能力を鈍らせる。

 遠坂凛は死んだ。呆気なく、希望もなく。春先の雪のように消えてしまった。

 絆を育み、いつかその前に立ち塞がると約束した、戦友。彼女はもういない。もう――出会う事はない。
 ランサーから託されたものを、護る事は出来なかった。
 喪失感はあまり感じない。それは衝撃の大きさに心が麻痺しているだけなのだと冷静に考える自分がいる。
 おそらくこのしばし後、精神の痛みは現実の物となって襲ってくるのだろう。
 それを思うと膝が震え、逃げ出してしまいたくなる。
 それでも――それでも、まだ。


――敗北を、認められない。


――――――――――――――――

   ・ルーラー達を見送る
   ・ルーラー達を呼び止める 

――――――――――――――――


白野は顔を上げて、選択した。


  ▲ ▼ ▲


 戦場より数十キロは離れたビルの上で、ニンジャスレイヤーは停止した。
 ここは周辺で最も高いビルの屋上、その奥まった一画だ。
 気温は高いとは言えないが、空調や通信設備などの建造物が立ち並んでいるため風は遮られる。
 何より外からの見通しが悪い。この時間なら、ここに潜伏していればまず発見されることはあるまい。
 抱えていた足立を放り出す。
 強引な魔力供給、そしてサーヴァント変更という死地を潜った足立の顔色は泥人形めいて土気色だ。
 しかしニンジャスレイヤーは、新たなマスターの体調を一切考慮せず要件のみを切り出した。

「足立=サン、一つ忠告しておく。令呪で私を縛れるとは思わぬことだ」
「な、何……?」
「オヌシも見たであろう。私の中には『私でない者』が棲んでいる。
 仮に令呪で私に服従を強制したとて、私は縛れても『私でない者』までは縛れない。
 令呪が複数あるなら話は別だが、今のオヌシにあるのは一画だけだ。
 もし令呪を使えば、今度こそ我らはオヌシを殺す。およそ考えつく最も惨たらしい方法で苦しめ抜いた後にな」

 ニンジャスレイヤーの内に潜むもう一人の存在――ナラク。
 足立には詳しく話してはいないが、先ほどの顛末を見た後では足立もさすがに察していた。
 このアサシンはおそらく二重人格者だ。言うなればペルソナが意志を持ち宿主に干渉しているようなもの。
 残る一画の令呪でニンジャスレイヤーとその影に潜む者を一度に支配するのは不可能であると、このサーヴァントは言っているのだ。
 無論、その言葉が正しいとは限らない。ニンジャスレイヤーは信用ならない足立に脅しをかけているだけかもしれない。
 だが真偽を確かめるには、足立は自らの命を天秤にかけねばならない。容易く判断できる事ではなかった。

「オヌシはただ隠れているだけでよい。私は私で独自に動く。オヌシの仕事は私に魔力を供給する事、ただそれだけだ」
「へ……なんだよ、結局お前もキャスターと同じ事させる訳?」
「致し方あるまい。キャスター=サンは実際強敵であった。奴が敗れたのはオヌシが足を引っ張ったからだ。
 奇っ怪なジツを使うようだが、私はキャスター=サンの轍は踏まん。オヌシには何も期待せぬ」

 ニンジャスレイヤーが足立と結ぶ絆は『信頼』ではなかった。
 生きていたいなら協力しろという、脅迫にも近いそれは『利害の一致』でしかない。
 屈辱と思いつつも、足立にはそれを受け入れるしかなかった。もはや足立にはこの狂人しか味方はいないのだ。
 キャスターは既に亡く、上司である堂島はNPCに過ぎない。ランサーとバーサーカーのマスターには仲間の仇として付け狙われるだろう。
 頼れるのは、自分の脚を完膚なきまでに破壊したこの憎き――そして恐ろしきニンジャだけ。

「ほんっと……世の中クソだな。夢も希望もありゃしない」
「そう思うのなら今すぐセプクするが良い。カイシャクはしてやろう。
 尤も、命惜しさにキャスター=サンを裏切ったオヌシにそれほどの気概があるとは思えぬがな」

 ニンジャスレイヤーはどこまでも酷薄だ。足立は護るべきマスターではなく、生きた魔力供給炉でしかない。
 詰まる所はキャスターと同じ。道具として扱うのみ。
 足立の両膝関節は完全に粉砕してある。ペルソナ・ジツを使おうとも、このビルを降りる事すら困難であろう。
 これでは人質と大差ない。が、逆らえばすぐさまニンジャスレイヤーは自分を始末するだろうとも、足立は理解していた。
 単独行動スキルを持つこのアサシンならマスター不在でも短時間なら存在していられる。
 もし不興を買えば、あの幼女と同じように魂を貪られて死ぬだけだ。
 どうにもならない状況にむしろ馬鹿馬鹿しさを覚え、足立は笑った。
 悲惨としか言い表せない己の境遇を受け入れ――立ち向かうのではない――開き直った者の笑みだった。

――いいさ、せいぜい利用するといい。僕だってお前を利用するだけだからな。

 少なくとも、ニンジャスレイヤーが自分を必要としている内は殺される事はない。
 もし彼が全てのサーヴァントをスレイできれば、自分も自動的に優勝するのだ。命があっただけでも僥倖だと思うしかない。
 キャスターの大規模なルール違反により、足立もルーラーに目をつけられたはずだ。
 しばらくの間は、ニンジャスレイヤーの言う通りにするしかないだろう。

「はいはい、わかりましたよ。大人しくしてればいいんだろ……くしゅっ!
 って言ってもさあ、ここにずっといろってのは無理だろ。寒いし、腹減ったし、何より足が痛いんだよ」
「食料、防寒具などの物資を集めてくる。ここより潜伏しやすそうな場所も探しておく。しばらくはおとなしくしておれ」
「でも仕事はどうすんだよ。僕、一応刑事なんだけど」
「この際、表の身分は気にせずとも良かろう。
 キャスター=サンがマンションを破壊したおかげで、オヌシは死体も残らず粉砕されたものとして扱われるはずだ。
 あの場にいたマスター達には知られたかもしれぬが、どうせその足では満足に動けぬ。どうでも変わらん」

 赤黒装束のニンジャは立ち上がり、ウェイバーから貸与された携帯電話を握り潰した。
 どうせこの電話はもう使われる事はないのだ。敵と繋がる要素などもう必要ない。
 鉄くずを放り捨てたと同時、ニンジャスレイヤーは屋上から身を躍らせた。

(((…………)))

 ニューロンの奥に引っ込んだナラクは何も言わない。
 が――消えた訳ではない。今後も隙あらばフジキドの精神を乗っ取り、暴れ回ろうとするだろう。
 だがそうはさせない。殺すのは己の意志でだ。
 必要なのはナラクの力、知恵、経験だ。ナラクの意志は求めていない。

「ウェイバー=サン、バーサーカー=サン、ランサー=サン、ランサー=サンのマスター=サン……」

 ニンジャスレイヤーは選択した。
 ナラクが指し示す通り――しかし己の意志で、全ニンジャを殺戮し尽くす事を。
 自らの意志ではなく、しかし自らの手で命を落とした遠坂凛の瞳を思い出し――しかし記憶の底に封じ込める。
 一時背中を預けた相手といえど例外はない。
 そして、彼らよりも何よりも、ニンジャスレイヤーが自らの手でスレイせねばならない敵もいる。

「アサシン=サン。キャスター=サンは死んだ……次は、オヌシだ」

 バーンは葬った。が、これはフジキドがインガオホーを果たしたとするには半分足りない。
 アサシンは、フジキド・ケンジがフジキド・ケンジの意志のままスレイせねば、本当に復讐が成ったとは言えないのだ。

「ニンジャ殺すべし。アサシン=サン殺すべし……!」

 故にアサシン――ベルク・カッツェだけは、必ずこの手で縊り殺す。そう誓う。
 殺意を呪詛のように振り撒きながら、ニンジャスレイヤーは闇を切り裂いて駆ける。
 其は黒よりも暗い影。ネオサイタマの死神に安息の時間など訪れない。
 走れ! ニンジャスレイヤー! 走れ!


  ▲ ▼ ▲


 これにて、大魔王バーンを中心とした一連のイクサは終了となる。
 神々の時代を終わらせ、魔の時代をもたらした絶対強者でさえも生き残れない。
 ここは神も悪魔も降り立たぬ荒野。
 強き者だけが真実となり、語り継がれる者となる。




【キャスター(大魔王バーン)@DRAGON QUEST -ダイの大冒険-  死亡】

【遠坂凛@Fate/Zero  死亡】




【B-4/高層マンション跡地/一日目/夜】

【ルーラー(ジャンヌ・ダルク)@Fate/Apocrypha】
[状態]:健康
[装備]:聖旗
[道具]:???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行。
0. …………。
[備考]
※カレンと同様にリターンクリスタルを持っているかは不明。
※Apocryphaと違い誰かの身体に憑依しているわけではないため、霊体化などに関する制約はありません。
※カッツェに対するペナルティとして令呪の剥奪を決定しました。後に何らかの形でれんげに対して執行します。
※バーンに対するペナルティとして令呪を使いました。足立へのペナルティは一旦保留としました。
※バーンに対するペナルティとして、エリザ・デッドプール・ニンジャスレイヤーに一画ずつ令呪を使用し回復させました。

【カレン・オルテンシア@Fate/hollow ataraxia】
[状態]:健康
[令呪]:不明
[装備]:マグダラの聖骸布
[道具]:リターンクリスタル(無駄遣いしても問題ない程度の個数、もしくは使用回数)、???
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争の恙ない進行時々趣味。
1. ルーラーの裁定者としての仮面を剥がしてみたい。
[備考]
※聖杯が望むのは偽りの聖杯戦争、繰り返す四日間ではないようです。
 そのため、時間遡行に関する能力には制限がかかり、万一に備えてその状況を解決しうるカレンが監督役に選ばれたようです。他に理由があるのかは不明。


【岸波白野@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:健康、強い喪失感
[令呪]:残り二画
[装備]:アゾット剣
[道具]:携帯端末機
[所持金] 普通の学生程度
[思考・状況]
基本行動方針:「 」(CCC本編での自分のサーヴァント)の記憶を取り戻したい。
1. 護れなかった……。
2. ルーラーたちにアークセルの事を――?
3. 狙撃とライダー(鏡子)を警戒。
4. 聖杯戦争を見極める。
5. 自分は、あのアーチャーを知っている───?
[備考]
※遠坂凛と同盟を結びました。
※エリザベートとある程度まで、遠坂凛と最後までいたしました。その事に罪悪感に似た感情を懐いています。
※遠坂凛とパスを通し、魔力の融通が可能となりました。またそれにより、遠坂凛の記憶の一部と同調しました。
※クー・フーリン、ジャンヌ・ダルクのパラメーターを確認済み。クー・フーリンの宝具、スキルを確認済み。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による攻撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※アーチャー(エミヤ)が行った「剣を矢として放つ攻撃」、およびランサーから聞いたアーチャーの特徴に、どこか既視感を感じています。
 しかしこれにより「 」がアーチャー(無銘)だと決まったわけではありません。
※足立透と大魔王バーンの人相と住所を聞きました。

【ランサー(エリザベート・バートリー)@Fate/EXTRA CCC】
[状態]:ダメージ(中)、魔力消費(中)
[装備]:監獄城チェイテ
[道具]:なし
[思考・状況]
基本行動方針:岸波白野に協力し、少しでも贖罪を。
0. 元気出しなさいよ、子ブタ。
1.アサシン(ニンジャスレイヤー)は許さない。
[備考]
※岸波白野、遠坂凛と、ある程度までいたしました。そのため、遠坂凛と仮契約が結ばれました。
※アーチャー(エミヤ)の遠距離狙撃による襲撃を受けましたが、姿は確認できませんでした。
※カフェテラスのサンドイッチを食したことにより、インスピレーションが湧きました。彼女の手料理に何か変化がある……かもしれません。


【ウェイバー・ベルベット@Fate/zero】
[状態]魔力消費(極大)、心労(大)、嘔吐
[令呪]残り二画
[装備]デッドプール手作りバット
[道具]仕事道具
[所持金]通勤に困らない程度
[思考・状況]
基本行動方針:現状把握を優先したい
0.オゴーッ!オゴゴーッ! ……え? 終わったの?
1.バーサーカーの対応を最優先でどうにかするが、これ以上、令呪を使用するのは……
2.バーサーカーはやっぱり理解できない
3.アサシン(ニンジャスレイヤー)に不信感
[備考]
※勤務先の英会話教室は月海原学園の近くにあります。
※シャア・アズナブルの名前はTVか新聞のどちらかで知っていたようです。
※バーサーカー(デッドプール)の情報により、シャアがマスターだと聞かされましたが半信半疑です。
※午前の授業を欠勤しました。他のNPCが代わりに授業を行いました。
※野原しんのすけ組について把握しました。
※アサシンからキャスター(大魔王バーン)とそのマスター(足立)、あくまのめだま・きめんどうし・オーク・マドハンド・うごくせきぞうの外見・能力を聞きました(じんめんちょうについては知りません)
  また、B-4倉庫の一件がきめんどうしをニンジャが倒したときの話だと理解しました。
※キャスター(大魔王バーン)の『陣地構成』を『魔力を元に使い魔(モンスター)の量産を行う場所を生成する』であると推察しています。
  また、『時間が経てば経つほど陣地が強固になる』というキャスターの性質上、時間経過によってさらに強靭なモンスターが生み出されるのではとも考えています。
  結果としてキャスター(大魔王バーン)を『できる限り早いうちに倒す・陣地を崩す必要がある存在』と認識しました。
※アサシン(ベルク・カッツェ)の外見と能力をニンジャスレイヤーから聞きました。
※ランサー(クーフーリン)が。令呪で「日が変わるまでにキャスター、足立透を殺さなければ自害」という命令がされていることを知りました
※足立透とキャスターの陣地の住所を聞きました。
※バーサーカーから『モンスターを倒せば魔力が回復する』と聞きましたが半信半疑です。
※放送を聞き逃しました

【バーサーカー(デッドプール)@X-MEN】
[状態]魔力消費(中)、再生中
[装備]ライフゲージとスパコンゲージ(曲がった)
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針: 一応優勝狙いなんだけどウェイバーたんがなぁー
0.汚いなさすがニンジャきたない
1.吐いてるウェイバーちゃんもカワイイな!
[備考]
※真玉橋孝一組、シャア・アズナブル組、野原しんのすけ組を把握しました。
※『機動戦士ガンダム』のファンらしいですが、真相は不明です。嘘の可能性も。
※『クレヨンしんちゃん』を知っているようです。
※モンスターを倒したので魔力が回復しました。本人が気づいているかどうかは不明です。
※悪魔の目玉はその場のノリ(地の文を読んだ結果)話しかけてからブチ殺しました。
 しかし宝具の性質と彼の性格上話しかけた理由を後々の話で覚えてない可能性は高いです。
※作中特定の人物を示唆するような発言をしましたが実際に知っているかどうかは不明です。
※放送を聞き逃しました。


【C-5 /ビルの屋上/1日目 夜】

【足立透@ペルソナ4 THE ANIMATION】
[状態]魔力消費(絶大)、両膝破壊、身体の至る所に裂傷
[令呪]残り一画
[装備]なし
[道具]なし
[所持金]刑事としての給金(総額は不明)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を手に入れる。死にたくない。
0.世の中クソにもほどがあるだろ……もうどうにでもなれ
[備考]
※アサシン(ニンジャスレイヤー)と再契約しました。

【アサシン(ニンジャスレイヤー)@ニンジャスレイヤー】
[状態]魔力消耗(大)、ダメージ(中)
[装備]なし
[道具]なし
[思考・状況]
基本行動方針:しんのすけを弔うためにアサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし。聖杯の力でしんのすけを……?
0.アサシン=サン(ベルク・カッツェ)殺すべし!
1.足立の生存に必要な物資を手に入れる。
2.足立をもっと安全な場所に移す。
3.バーサーカー=サン(デッドプール)、ランサー=サン(エリザベート)……彼らもスレイするのみ。
[備考]
※放送を聞き逃しています。
※ウェイバーから借りていたNPCの携帯電話を破壊しました。
※足立透と再契約しました。


【B-6/市街地/1日目 夜】

【バーサーカー(黒崎一護)@BLEACH】
[状態]疲労(中)、魔力消費(大)
[装備]斬魄刀
[道具]不明
[所持金]無し
[思考・状況]
基本行動方針:美遊を守る
1.速やかに美遊の元へ戻る
[備考]
※エミヤの霊圧を認識しました
※ランサーを殺害したため、令呪の強制力は消えました。
※ルーラーの提案を拒否したため、令呪による回復を受けていません。



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127:籠を出た鳥の行方は? 時系列順 123:現実なのに夢のよう

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116-b:凛として散る戦士の如く バーサーカー(黒崎一護 128:少女時代「Not Alone」
遠坂凜 GAME OVER
岸波白野&ランサー(エリザベート・バートリー 140:Fly into the night
ウェイバー・ベルベット&バーサーカー(デッドプール 140:Fly into the night
アサシン(ニンジャスレイヤー 138:フー・キルド・ニンジャスレイヤー?
足立透 138:フー・キルド・ニンジャスレイヤー?
キャスター(大魔王バーン GAME OVER
ルーラー(ジャンヌ・ダルク 140:Fly into the night
カレン・オルテンシア 140:Fly into the night