君は
刻の涙を見る
配点(人の心の光)
――――――――――

 本日の最後の授業は、特に問題もなく終わった。
 最初は武蔵アリアダスト教導院とは勝手の違う授業に戸惑いもしたが、思いの他すんなりと慣れる事ができた。
 それは正純本人の適応力もあるかもしれないが、それよりも『日常』の中で覚醒を待っていたあの予選期間、その記憶によるものが大きい。

 ……もしかするとあの予選期間は、この聖杯戦争における日常生活に慣れさせるためにもあるのか?

 自分のようにこの世界の常識からは遠く離れた世界に住む人間を呼び出しても、どうしても齟齬が生じる。
 同じ時代の人間であったとしても、住む地域の違いなどでやはり生活の違いは現れるだろう。
 そこで記憶を奪い、この世界の人間としての生活を経験させることで異世界の常識を頭の中に刷り込む。
 推理としては筋は通っている、と考える。
 そしてこの推理が当たっている場合、

 ……やはり聖杯は、この方舟の中での『再現』に重きを置いている可能性が高いと思う。

 このような手順を踏んでまで、冬木市を戦争の場に選んだ。
 それを更に一歩進めれば、

 ……聖杯がもし『この土地』での聖杯戦争に価値を見出しているのなら、その理由があるのは冬木市自体に関連するものじゃないのか?

 無論、推論に推論を組み合わせた拙い論理だ。明後日の方向を向いている可能性がないとは言えない。
 だが、それでもこの聖杯戦争を理解する助けとはなるだろうか。

 ……ともあれ、今は目の前にある事から片付けないとな。

 終礼の終わった教室を出て、幾らか足早に歩いていく。
 玄関口へと向かう廊下の途中。そこでまた、柳洞の姿を見かけた。

「柳洞、すまないが今日はこのまま帰らせてもらうぞ」
「ああ、先刻言ったアズナブル候補の後援会の会合だろう? 岸波の件もよろしく頼んだぞ」

 軽く挨拶を交わし、柳洞と別れる。短い会話の内にそれでも脳裏に浮かぶのは、

 ……岸波白野の件となにか隠している様子の遠坂凛、どちらを優先すべきか。

 普通に考えれば、事前に約束をしている岸波白野の方に行くべきだろう。
 ただ正純としては、予選において知り合いだった遠坂凛に対しても幾らかの情は存在する。

 ……しかしまあ、情にかまけて決め事を流してはいかんな。

 政治家として、一度口にした事を「記憶にございません」とやるのは最後の手段だと父が言っていた。
 それに、こちらに仕事を任せてきた柳洞の信頼を無碍にするのも気が咎める。
 遠坂凛について調べるのは、会談の後でもいい筈だ。

 ……流石に、私一人で【B-4】に行くのは無謀だろうしな。

 先程も確認した通り、遠坂凛の家は【B-4】にある。
 おそらくそこでは今も何らかの形でサーヴァントの陰謀が進行中の筈であり、そこに正純一人で向かうのは非常に危険な行いだろう。
 それこそライダーとの相談ではなく、協力が必要だ。
 ならば岸波白野だが、こちらにも問題がある。

 ……バス代、やっぱり必要だよなあ。

 岸波白野はバス通学のようだ。
 それなりに近場である冬木ハイアットホテルならばともかく、河を越えた新都まで行くとなると徒歩ではアズナブル候補との会合までには間に合わないだろう。
 バスを使えば岸波白野の家を訪問し爆発事故の現場について見て行くくらいなら十分間に合うだろうが、

 ……いや、バスにも乗れないほど困窮してるってわけじゃないけどな!?

 別にそういうわけではない。
 そういうわけではないが、しかしバス代を払えば明日以降の食生活に不安を残すのは間違いない。

 ……父にその辺ねだるのは心苦しいんだがなあ。

 とはいえ、何らかの臨時収入が欲しいのも確かだ。
 これからも聖杯戦争を戦わねばならない以上、現金が必要な事案が来ないとも考えられない。

 ……あー、虚空から金塊でも湧いて来ないかなあ。

 沈鬱な気分でバスに乗り込み、他の座席からの死角となる位置で表示枠を開く。

 ●副会長:『私だ。今学園を出た』
 ●戦争狂:『そうか。こちらも先程彼等と話を済ませて来たところだ。結論から言おう、彼等は乗って来たよ、君との交渉にな』
 ●副会長:『そうか。……一応聞くが、相手の機嫌を損ねたりはしなかっただろうな』
 ●戦争狂:『なに、実に楽しい、そして有益な会話だった』

 ……それ、相手の反応については一言も書いてないよな。

 大丈夫なんだろうな、と正純が懸念した次、表示枠に少佐の新たな言葉が浮かんだ。

 ●戦争狂:『そして、これでお膳立ては整った。後はそう、君の、そう君の出番だ武蔵副会長』
 ●副会長:『……ああ』

 その言葉の意味はわかる。
 少佐はアズナブル候補との交渉をセッティングした。正純の方針を達成するため、自らの役目を果たした。
 ならば後は正純の役目、という事だ。

 ……私達にとっての聖杯戦争の行方は、私に任せられたという事か。

 それは信頼なのか、あるいは見定めなのか。
 どちらであっても、

 ……重いな。

 しかしどちらであっても、それに応えなくてはならない。そう思う。

 ……っ、と。

 不意に正純は、こちらも少佐に報告しておくべき話題があるのを思い出した。

 ●副会長:『それと、一つ用事ができた。冬木ハイアットホテルに行く前に、寄らせてもらいたい場所がある』
 ●戦争狂:『ほう? 何処だね』
 ●副会長:『学園で、今日登校してきていない生徒の一人の様子を見て来るように頼まれた。例のアズナブル候補が絡んだ爆発事件が起きた場所の近くだし、そちらが問題無いならば後援会の会合の前に寄って行きたいんだが』
 ●戦争狂:『……ふむ』
 ●副会長:『幾らか軽率だったかもしれないが、少しでも情報が手に入るならそれに越した事はない。ただでさえ私達は戦力が不安だからな』
 ●戦争狂:『ああ、いや、いや。別に責めるつもりは無いとも、武蔵副会長。君の言う事はもっともだ』
 ●副会長:『そう言ってくれると助かる。後援会までには戻る予定だからそこまで入念に調べるつもりもないが、なるべく気をつけておく』
 ●戦争狂:『では待っているよ、武蔵副会長』
 ●副会長:『……あ、いや、ちょっと待ってくれ』
 ●戦争狂:『む?』

 もう一つ、聞いておくべき事を思い出した。少佐が解決策を持っているとも思えないが、ないよりはマシだろう。

 ●副会長:『私の現状とはそこまで関係の無い事なんだが、なにかお金になりそうな物に心当たりはないだろうか』
 ●戦争狂:『そこまで貧困極まっていたのかね君は』

 ……バレるよなー、そりゃ。

 ●副会長:『……申し訳無い話だが、かなり』
 ●戦争狂:『だろうな。余程切羽詰っていなければ、君はそのような要求などするまい』
 ●副会長:『……ああ。サーヴァントである少佐に金の話をしても仕方ないとは分かっているが……』
 ●戦争狂:『いや、問題無い。そちらから言ってくれれば、必要な分だけ援助しようじゃないか』
 ●副会長:『……む? ありがたい話なんだが、しかし何処からそんな金が出てくるんだ?』
 ●戦争狂:『うむ。私の固有結界に手を突っ込んでだね、そこから金塊を取り出してきたのだよ』

 ……本当に虚空から金塊が湧いて出るのかよ!

 憤りのようなものを感じないではないが、しかし助かるのは事実だ。
 そこに突っ込むのはよしておこう、と結論する。

 ●戦争狂:『しかし、だ。アルバイトまでしているというのに、何故そこまで困窮しているのかね?』
 ●副会長:『え? ああ。アルバイト代とかほとんど本に回してるからなー……』
 ●戦争狂:『………………』

 ……あれ? 通神が切れてしまった。

 なにかマズかっただろうか、と思案する正純を乗せながら、バスは橋を渡っていく。


  ◆

 本多・正純。

 それがあのライダーのマスターの名前らしい、とシャア・アズナブルは知った。

 あのライダーの伝えてきたところによると、ライダーのマスターと自分の会談は『この冬木にいる政治家の子息であるライダーのマスターが、親の伝手を使って現職政治家であるシャアに挨拶をする』という形で行うそうだと聞いていた。
 ならば近々その親からの接触があるだろうと思っていたが、果たして会合の準備中シャアに声をかけてきた男がいた。
 本多・正信。確かにその名前はシャアの記憶の中にもある。冬木市議会の議員の一人で、小西という商売人とよく一緒にいる男だ。それは癒着ではないのかと思う事がなくはないが、厳格な男と通っているようだしそういう事はないのだろう。
 その男が、シャアに自らの娘が会ってみたいと言っている、と言ってきた。
 タイミングからして、これがライダーのマスターの事に違いないだろう。

 ――要件を伝え終わった後邪気の混じった視線で睨んできたり、去りながら小西とリアル幼な妻がどうとか声を潜めて喋っていたのは何だったのだろうか。

 それは置いておくにしても、

(……意外だな。あのような男が認めたマスターが、20にも満たない少女だとは)

 無論、年齢のみで判断するのは危険だと解ってもいる。
 シャアも、そしてそのライバルと呼べる男も初陣は20になる前だった。
 そして、あのライダーは年齢で己の判断を誤る男ではあるまい。

(油断はできんな。あるいは魔物かもしれん)

「……マスター?」
「む」

 内心の緊張を気取らせてしまったか、傍に控えたアーチャーが心配するように声をかけてくる。

(……情けない男だな、私は)

 思えば、アーチャーには負担をかけてばかりいる。
 それを詫びても、彼女には「大丈夫」と返されてしまうだろう。
 だからシャアは、努めて普段通りを装いながら返答する。

「なに。それより、君にもここで仕事をしてもらわなければならない。できるか?」
「ええ、大丈夫よ。マスターこそ主賓さんなんだから頑張ってね?」
「はは、手厳しいな。やってみるさ」

 そう、まだ見ぬライダーのマスターより先に、シャアにはせねばならない事がある。
 会合の準備へと、再びシャアの意識は埋没していった。


  ●

 冬木ハイアットホテル、後援会の会合の会場へ続く通路を急ぎ足で歩きながら、正純は幾らかの後悔と収穫を同時に噛み締めていた。

 ……いかんいかん、聞き込みに夢中になってたら少し遅れてしまった。

 結論から言うと、岸波白野に会う事は叶わなかった。
 部屋には鍵がかかっており、呼び鈴を鳴らしても反応がなかったのだ。居留守を使っている事も考えたが、外から調べられる範囲では中に人がいる様子もなかった。
 よほどの事がない限り、家の中にはいない、と考えた方がいいだろう。
 そこで周囲の住民に岸波白野を見なかったか聞き込みをしたところ、

 ……早朝に綺麗な女性と出ていくのを見ていた住民がいた、と。

 そして、

 ……その女性は巨大な角と尻尾を持っていた、か。

 十中八九、その女性はサーヴァントだろう。岸波白野は、聖杯戦争に関わった事柄で家を出たと見て間違いない。
 岸波白野がそのサーヴァントのマスターなのか、それともサーヴァントに魅了の魔術をかけられて連れ出されたのかは定かではないが――

 ……後者ならまだ生きている可能性は低いだろうな。

 政治に太いパイプを持ち、前総理の遺児という立場を持つシャア候補の場合は魅了して傀儡に使う、という推理も立てられたが、ただの学生という身分である岸波白野を魅了したところで得られる利益は少ないだろう。
 学生という身分を利用して学園を探らせるというのも考えられなくはないが、岸波白野が今日学校に来ていない以上その可能性も低い。
 ならば考えられる利用法は一つだ。

 魂喰い。
 ヒトの魂を喰らい、魔力とする手段。
 岸波白野がその標的として選ばれたならば、もはやこの世にはいないだろう。

 ……柳洞には言えない話だな。

 だが、逆に岸波白野がまだ生きているならば、それは彼がマスターである可能性が非常に高いということだ。
 そして、もしその推測が正しければ、サーヴァントを実体化させて連れ歩いているという事実、そして学園を休んでどこかへ出かけているという行動から、彼もまた聖杯戦争に対して積極的である可能性は高い。

 ……もし見かける事があったら、接触を視野に入れるのも悪くない、か?

 無論聖杯戦争に対して積極的、ひいては好戦的であるならば、接触には細心の注意を払う必要がある。
 シャア候補との交渉の結果も考慮に入れて決めていくべきだろう。

 それよりも、そのサーヴァントが「角と尻尾」という明らかな異形であったにも関わらず、住民がそれを「派手なアクセサリー」程度にしか受け取っていなかったのが気にかかる。
 異族の存在が珍しくない武蔵ならばともかく、冬木市にはそのような住民の姿はない。だというのにそれが大きな異常として受け取られないというのは、NPCが“特異な外見”程度の異常ならば異常として認識しないように操作されているのではないか。
 方舟がNPCに対してそのような措置を施す理由は、

 ……聖杯戦争を円滑に進めるためか。

 サーヴァントのみならず、異形を持ったマスターがこの方舟に呼ばれている可能性はゼロではない。
 正純の場合にしても、あの木片を受け取ったのが有翼族のナルゼやナイト、半竜のウルキアガだったならば、彼等がこの聖杯戦争に参加していたかもしれないのだ。
 マスターがそのような人物だった場合、いちいち奇異の目で見られていては日常生活を送るのは難しくなってしまう。
 日常生活を円滑に送らせるために、NPCが過剰に反応しないようにしているというのは十分考えられる。

 ……やはり、聖杯には聖杯戦争を遂行させるための意思がある。

 方舟の中での聖杯戦争を成立させるための『解釈』を、ここまで細かく行っているのがその証拠だ。機械的なやり方では、こうも細かくは設定できまい。
 問題は。だというのに何故、ルール違反を犯した参加者を直接処罰しないのか、ということだ。

 ……あるいは意思があるからこそ、処罰をしないのか?

 もし意図あっての措置だとして、この実質放置にも近い措置が、何を意図するのか。
 情報が少な過ぎる。どうにかしてB-4、あるいはルーラーや管理者に接触できないものだろうか。

「……、っと」

 廊下の終わり。後援会の会合の会場へと続く扉の前で、おそらくは正純を待っていたのだろう人が立っていた。
 父だ。
 本多・正信は、普段通りの厳格な表情のまま正純に問うた。

「予定よりも少し遅いが、どうした」
「すみません。学園での友人が休んでいるらしくて、様子を見に行ったら予想外に時間がかかってしまって」
「……そうか。誤差の範囲内ではあるが、遅れるならば連絡を入れろ」
「……申し訳無い」
「いい。予定よりは遅いが、間に合ってはいるのだからな。行くぞ。シャア候補は既に会場に入っている」

 ……ここからが本番か。

 知らず緊張していた体を、大きく深呼吸して解していく。
 気合を入れ直した正純は、父に促され後援会の会合の会場であるホールへと入室した。

  ●

 正純が末席に座った後援会の会合は、熱気に満たされていた。
 多くの人で賑わったホールの中。主賓の席を用意された男が立ち上がり、聴衆へと演説している。

「本日はお集まり頂き感謝する。議員選を前にし、これだけの人数に集まって頂けたことに感謝する」

 シャア候補だ。金髪をオールバックにまとめた、品の良いスーツを着た男は、その熱弁を大いに振るっていた。

「議員選に当たっての私の理想は明らかだ。
 私の父の理想、それはまだ果たされていないと愚考する。ならば私の理想も、父のそれに準ずるべきだろう」
「そう、人類の宇宙進出、ひいては地球の保護、そして人類の革新である」

 ……調べた通りだな。

 正純が事前に調べた前総理の演説においても、同様の思想について語られていた。
 将来的に人類は宇宙に上がる事で成長し、そしてこれまで負担をかけてきた地球を浄化する必要があるという、ある種の聖地思想だ。

「父ジオンは、この志半ばで倒れた。ならば私は、その志を継ぎ、理想を実現させなければならない!」

 ……大したカリスマだな。

 人類の宇宙進出、人の意識の変革による新時代、地球の保護。どれも余人が言えば、この世界ならば夢物語か妄想と断じられておかしくない内容だ。
 しかし、シャア候補の演説には、確かにそれを実現できると信じられるカリスマ性がある。
 正純とて各国の代表達との幾度もの交渉を経た身だが、シャア候補の器は彼等に優るとも劣らないだろう。
 自らの挑む相手を再確認し、知らず生じた震えを、しかし正純は抑え込んだ。

 ……いかんいかん、交渉の前から呑まれるところだった。

 そしてそれよりも正純が気になったのは、

 ……これ、私も知ってる、よな?


  ◆

 演説を終えたシャアは、後援会の人々と語らう中、一つの思いを確信に至らせていた。

(やはり……人々が危機に対して他人事にすぎる)

 昼頃にガルマとの会話で得た直感と同じだ。
 この冬木市の異変に対して、人々の危機感覚はシャアからすれば鈍感すぎる。
 無論、個々の事件については物騒だと噂しあったり、注意喚起を促したりしているのはわかる。だが、聖杯戦争に対しては無防備極まりない。

(歪んでいる、か)

 先程のライダーとの会話、それが脳裏を過ぎる。
 単なる能力テストであるならば、NPCの存在は不合理にすぎる。
 しかし戦争を模したにしても、この戦争は制約が多すぎる。

(……いや、ここまでだな)

 すぐ後に、ライダーのマスターとの面会が控えている。
 彼女は雑念を抱いたまま相対できる相手ではないだろう。今はそのことに気を向けるべきだ。

「アーチャー、正信氏をお呼びしてくれ」
「いや、その必要はない」

 シャアがアーチャーに声をかけてすぐ、人混みの奥から聞こえてくる声がある。
 二つに割れた人混みの間を抜けてくるのは、本多・正信だ。その後ろには、ロングヘアの黒髪を後ろに流した少女の姿がある。
 正信はシャアの眼前まで辿り着くと、背後の少女を促すように、

「シャア殿。こちらが先程お話した私の娘だ」
「……本多・正純です」

 そう言って、本多・正純はシャアへと会釈した。

「ああ、既にお父上に話は聞いている。その若さで、だそうだな。私がシャア・アズナブルだ」

 挨拶の言葉を交わしながら、シャアは正純を観察する。

(なるほど。悪くない)

 邪気は感じない。年少ながら、気張っている様子もない。
 若さはあるが、それも真っ直ぐさであり、即ち原動力として捉えられる。

(あのライダーが認めるならば、この程度は当然か)

 やはり油断ならない相手か、と確信しながら、シャアは話を続けた。

「部屋は用意してある。会合が終わったら話をしよう」
「光栄です」


  ◆

 会合の後、シャアが冬木ハイアットホテルに用意した一室に二人のマスターと二騎のサーヴァントは集まっていた。

「ここでは敬語はいらない。方舟での役職はともかく、我々は聖杯戦争を戦うマスターという点では同等である筈だ」

 片方はシャア・アズナブルとアーチャー。
 もう片方は、

「配慮頂き感謝する。――では、交渉を始めさせて貰おう」

 本多・正純とライダーだ。

「交渉、か。そういうからには、何らかの要求があると見てよろしいのだな?」
「ああ。だが、その前にまず一つ、聞いておきたい事がある。その後に、私達の目的についても話そう。
 ……よろしいだろうか」

 ソファに腰かけたシャアの前。同じようにソファに座る正純は、シャアを正面から見据えている。
 それに応じるように、シャアも正純を見据えた。

「構わない」
「ありがたい。……シャア候補、貴方は『聖杯戦争の存在を知って、この聖杯戦争に参加したマスター』だろうか」
「……ふむ?」

 質問の意図が掴めない、とシャアは困惑する。
 単純に、この聖杯戦争に対して積極的かどうか、なら話はわかる。
 だが、事前に聖杯戦争の存在を知っていたかどうかとはどういう事か。

(……ええい、ままよ)

 質問の意図が掴めない以上、言葉を弄する意味もない。真実を語る他ないだろう。

「……いや。私がここに来たのは、半ば事故のようなものだ。聖杯戦争の事は知らなかった」
「成程、そうか。……感謝する」

 シャアの返答。それに対する正純の声に、シャアは落胆の色を微かに感じ取る。

(聖杯戦争を知っていたマスターである方が、彼女にとって都合が良かったという事か?)

「失礼した。では、私達の目的について話そう。
 ――私達の目的。それは聖杯との交渉だ」

 訝るシャアを前に正純の続けた言葉。それは、シャアの困惑を更に深めるものだった。

「……聖杯との交渉?」
「それってどういうこと? 聖杯って……聖杯戦争の、聖杯よね?」

 横に控えていたアーチャーが、シャアの疑問を代弁するかのように問うた。
 聖杯。この聖杯戦争を勝ち残った者に与えられる、万能の願望機。
 それと交渉するとは、一体どういう事なのか。

「簡単な話だ。聖杯には意思がある。聖杯が意思のないただの装置であるならば、このような聖杯戦争は起こらず、もし起こったとしてもこのような形にはならないだろう。
 故に、聖杯には、そして聖杯戦争には“解釈”の余地があると私は判断する」

(……なるほど)

 それは先刻のシャアの疑問。歪んだ形の戦争への一種の答えでもあった。
 歪んだ形の戦争。それが行われているならば、それを行わせる意図が存在する。
 意図があるならば、それと会話を試みる事は不可能ではあるまい。そして、聖杯戦争を別の形で行わせる事も。

(それが可能ならば、人々は聖杯戦争から解放される。――さながらニュータイプだな)

 ニュータイプ。お互いに判りあい、理解しあい、戦争や争いから開放される新しい人類の姿。そう父が提唱した、新しき人類。
 聖杯との交渉による聖杯戦争の終結、それが成されるならば、それはある種のニュータイプの理想の形と言っても過言ではあるまい。

 だが、シャアの世界でのニュータイプが戦争の道具と化してしまったように。
 本多・正純の思想は、反面更なる戦いを呼ぶ火種となる。
 シャアには同時に、それも理解できた。

「確かに理はある思考だ。しかしそれは余地があるというだけで、相手が交渉の場に着くという保障ではない。
 もし聖杯が交渉を蹴ったとしたら?」

 半ば答えを予想しながら、シャアは問いかける。
 相手がライダーのマスターであるならば。あの戦争の英霊のマスターであるならば、答えはひとつだろう。

「その時は戦争するさ。――聖杯とな」


  ◆

 横のアーチャーが息を呑む気配を感じ取りながら、やはりか、とシャアは対面の正純を見据えた。
 正対する正純は言葉を続け、

「この戦争は間違っている。私は、この間違った戦争で理不尽に喪われる命を認めない。
 彼等に対し、死ねばいい、などとそんな言葉を信じるつもりはない」

 だから、と一息吐いて、

「戦争をしよう。彼等が喪う事を望むなら、私は喪わせないために彼等と戦争をする。
 聖杯戦争を、正しい戦争として彼等の鼻先に突き付けてやろうじゃないか」

 言い切った。

「故に、私が求めるのは私達との同盟だ。聖杯と戦争する為のな」

(……戦争の為に戦争をする、か。……あのライダーが認める訳だな)

 本多・正純が言ったのは、つまりそういう事だ。この聖杯戦争という舞台の上で、本物の戦争をする。
 彼女にとっての戦争は、交渉と手段として等価だ。無論戦争よりは交渉を優先するだろうが、その交渉が成立しないならば躊躇いなく戦争の引き金を引くだろう。

(悪しき人間ではないが……しかし危険だな)

 才覚がある。若さがある。度胸がある。
 故に、それを実行し得る。彼女は正道の人間でありながら、同時に戦争を振り撒く人物だ。

 しかし――

(正道であるのも事実、か)

 シャアは隣に座ったアーチャーの様子を伺う。
 横目に見た彼女は、迷っているように見えた。

(無理もない)

 彼女が戦争を厭うのは知っている。しかし同時に、敵すらも救いたいと願っているのも知っている。
 本多・正純の目的は、それを同時に突き付けるものだ。彼女にとっては、二律背反に近いだろう。
 故に、シャアが測らなければならない。

「なるほど、そちらの方針は理解した。ならばこちらの方針も明かそう」

 本多・正純は、果たしてシャアが人類への希望を見るに値する人物なのか。

「私達の目的。それは、この聖杯戦争を通じて人類の行く末を見極める事だ」
「……人類の行く末?」

 聞き返す正純に対して、シャアは言った。

「――幾度の戦争を経ても人類はそれから学ばず、争いと弾圧を繰り返し地球を汚染する。それが私の世界の人類だ。
 故に私は、彼等に絶望した」

 そうだ。過去シャア・アズナブルは、人類に絶望し、地球に蔓延る人々を抹殺しようとした。
 だが、

「今、私は人類の可能性を知りたい」

 それも現在の事実だ。今のシャア・アズナブルは、迷っている。
 人類は裁かれるべきなのか、そうではないのか。
 人の心の光、それが真実なのかどうかを。

「故に本多・正純。幾多の戦争を経た者が、戦争を望む者に問おう」

「戦争の先に、君は新しい時代を作る事ができるか?」

  ●

 ……人類の行く末、か。

 正純は、シャア候補の問いに正対した。
 相手はライダーと違い、戦争を経た英雄にして、戦争を厭う者だ。
 戦争を求めたライダーとは、求める物が違うし、交渉の仕方も違う。

 この段に及んでも、ライダーは沈黙を保っている。しかし、視線と熱はある。
 私は語るべきは語った、今度は君の番だ、と。

 ……そうだな、私は知っている。シャア候補が求める答え、その一つを。

 だから、正純はそれをシャア候補に伝えなければならない。
 交渉材料として、そして、

「シャア候補」

「私はあなたにとって、未来の世界を知っている」

 未来の人間として、だ。

「……なにっ?」
「私は貴方が理想とした時代の、その未来を生きていた人間だ」

 ……そうだ。私は彼の思想、それを実現した出来事を知っている。

「私達の世界において、神代の時代と呼ばれる時代の事だ。私達の世界の人間、その祖先は、荒廃した地上を癒すため天上へと上った」
「……それは……!」
「そう」

「貴方の提唱するジオニズムだ。奇しくも私の世界は、貴方の思想を実行していたことになる」

 シャア候補が語った宇宙進出及び環境保護の思想。そこに正純は目をつけていた。
 父から受け継ぐ思想だというのならば、シャア候補が元いた世界においてもそれが重要なファクターであったろう事は間違いない。
 ならば、シャア候補が求める人類の可能性とは。自らの理想、それが再現された世界にならば、興味を示すのではないか。
 そう正純は推論していたが、

 ……当たりのようだな。

 ならば、とばかりに畳み掛けるように言う。

「天上……宇宙において、人々は神となり、他の惑星を開発するなどして繁栄した。しかし神同士の争いにより疲弊し、人々はまた地上に降りたとされている」

「そして我々は今、地球で過去の歴史を再現しながら天上に戻ろうとしている」

 そうだ、と一息ついて正純はシャア候補を指差した。

「歴史は繰り返す、そうかもしれない。我々は未だに戦いあう世界から脱せていないのだからな」

 だが、

「無意味な戦いは一つとしてなかったはずだ。戦いの果ての積み重ねがあったからこそ、私はこうしてここにいるのだから。故に戦うのも栄華も滅ぶのも、全てひっくるめて次へと進むステップだ」

「シャア候補。戦争の先に新しい時代を作る事ができるか、と言ったな。ならば過去の積み重ねを知る新時代の本多・正純が、新時代を願った過去のシャア・アズナブルに言おう」

「――私がその答えだ」


  ◆


「戦い、栄華、そして滅びまでもが未来へのステップ……か」

 正純の答えを聞いたシャアは、我知らずの内にそう呟いた。
 気の遠くなるような話だ。正純の世界がシャアの世界とは違う世界の話だとしても、数百、数千年に近いサイクルの果ての話だろう。

(私は急ぎすぎたのか? ……なあ、アムロ)

 宿敵の言葉が、脳裏に過ぎる。
 わからない。何時しか理想郷が来るとして、シャアの目の前にあるのは絶望した現実だ。
 それを待つ事はできなかった。だから裁こうとした。

「マスター……?」

 だが、今のシャアには支えてくれる人がいる。
 人の心の暖かさを教えようとしてくれるサーヴァントがいる。

「大丈夫だ、アーチャー」

 ならば試そう。自らの理想の先から来たと語る者、その心を。

(見せてもらおうか。戦いの中であっても、人の心の光は生まれるのかを)

 宇宙から地球へと引きずり下ろされ、戦いの積み重ねを肯定する者。
 その者の中に人の心の光を見出せたなら。シャアの世界の地球の人々も、きっと変われるという可能性となる。

「ならばその答え、同じ陣営で観察させてもらう」

 それが、シャア・アズナブルが出した答えだった。


  ●

 ……どうにか、なったか。

 正純は、内心胸を撫で下ろした。

 ……勝手に世界の代表ぶって交渉失敗しましたじゃ、色んな場所に申し訳が立たんからなー。

 それでも、どうにか交渉は成立した。その事実に、疲労と達成感を得る。

「ならばまた日独同盟の成立という事だな、お嬢さん」

 そんな正純の横。喜色を隠さぬ様子のライダーが、アーチャーに向けてそう言った。

「……っ!」

 自らの身を掻き抱くようにするアーチャーの前、ライダーは笑いながら言葉を続ける。

「そう不思議ではあるまい。そちらに私の事がわかるように、私にもそちらの事がわかるというのは何の矛盾でもないだろう?」
「そうではあるがな」

 そのライダーを窘めるような響きの声を、シャア候補が挙げた。
 そして続けて告げる。

「交渉は終わった。ならば次は、今後の打ち合わせといきたいがどうか」
「……ああ、問題ない。では、この戦争をどう戦うかと行こう」

 同じくソファに腰掛け直しながら、正純は返答した。


【C-6/冬木ハイアットホテル/一日目 夕方】


【シャア・アズナブル@機動戦士ガンダム 逆襲のシャア】
[状態]:健康
[令呪]:残り三画
[装備]:無し
[道具]:シャア専用オーリスカスタム(防弾加工)
[所持金]:父の莫大な遺産あり。
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争によって人類の行方を見極める。
1.本多・正純と今後について話し合う。
2.赤のバーサーカー(デッドプール)を危険視。
3.サーヴァント同士の戦闘での、力不足を痛感。
4.本多・正純と同盟を組み協力し、彼女を見極める。
5.ミカサが気になる。
[備考]
※ミカサをマスターであると認識しました。
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)のパラメーターを確認しました。
※目立つ存在のため色々噂になっているようです。
※少佐をナチスの英霊と推測しています。


【アーチャー(雷)@艦隊これくしょん】
[状態]:健康、魔力充実(中)
[装備]:12.7cm連装砲
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:マスターに全てを捧げる。
1.シャア・アズナブルを守る。
2.バーサーカー(デッドプール)を危険視。
[備考]
※バーサーカー(デッドプール)、『戦鬼の徒(ヴォアウルフ)』(シュレディンガー准尉)、ライダー(少佐)の姿を確認しました。


【本多・正純@境界線上のホライゾン】
[状態]:まだ空腹
[令呪]:残り三画
[装備]:学生服(月見原学園)、ツキノワ
[道具]:学生鞄、各種学業用品
[所持金]:さらに極貧
[思考・状況]
基本行動方針:他参加者と交渉することで聖杯戦争を解釈し、聖杯とも交渉し、場合によっては聖杯と戦争し、失われようとする命を救う。
1. シャアとの今後についての打ち合わせを行う。
2. マスターを捜索し、交渉を行う。その為の情報収集も同時に行う。
3. 遠坂凛の事が気になる。
4. 聖杯戦争についての情報を集める。
5. 可能ならば、魔力不足を解決する方法も探したい。
6. シャアと同盟を組み、協力する。
[備考]
※少佐から送られてきた資料データである程度の目立つ事件は把握しています。
※武蔵住民かつ戦争に関わるものとして、アーチャー(雷)に朧気ながら武蔵(戦艦及び統括する自動人形)に近いものを感じ取っています。
※アーカードがこの『方舟』内に居る可能性が極めて高いと知りました。
※孝一を気になるところのある武蔵寄りのノリの人間と捉えましたがマスターとは断定できていません。
※柳洞一成から岸波白野の住所を聞きました(【B-8】の住宅街)。
※遠坂凛の電話越しの応答に違和感を覚えました。
※岸波白野がまだ生きているならば、マスターである可能性が高いと考えています。
※アーチャー(雷)のパラメータを確認しました。

【ライダー(少佐)@HELLSING】
[状態]魔力消費(大)
[装備]拳銃
[道具]不明
[所持金]莫大(ただし、そのほとんどは『最後の大隊(ミレニアム)』の飛行船の中)
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯と戦争する。
1.シャアとの打ち合わせを行う。
2.通神帯による情報収集も続ける。
3.シャア及び雷と同盟関係を取る。雷に興味。
※アーカードが『方舟』の中に居る可能性が高いと思っています。
※正純より『アーカードとの交戦は必ず回避せよ』と命じられています。令呪のような強制性はありませんが、遵守するつもりです。
※アーチャー(雷)を日本軍関係の英霊と考えています。

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109:ライク・トイ・ソルジャーズ ライダー(少佐 134:Gのレコンギスタ
シャア・アズナブル&アーチャー( 134:Gのレコンギスタ