俺はお前で、私はあなた ◆IbPU6nWySo


日が暮れ、夜空が広がりつつある。アンデルセンはふと足を止めてから思案する。
夜には一度、孤児院側へ戻ろうと計画していた。
しかし、新都にアーカードがいることは明らかである。
それでも孤児院を長く開ける訳にもいかず、ランサーの領土も確認しなければならない。
アンデルセンは静寂を切り裂く。


『王よ。向こう(孤児院)へ連絡をする』
『構わぬ』


新たに捜索を開始したB-10の閑静な住宅街。
こうして探索を続けてきたが、未だアーカードの姿は捉えられない。
吸血鬼らしく夜から真価を発揮するとでもいうのか。
ランサーが口を開く。


『ここは余が調査をしよう。サーヴァントの足ならば直ぐ戻れる』
『分かった』


太く短く言葉を交わし、一時的な別れを告げた。
あくまで方舟の中においてはアンデルセンも孤児院の院長としての『立場』がある。
帰宅が遅れ、孤児院にいる子供たちを不安にさせるような――それほどエゴに捕らわれてはならない。
アンデルセンも、ランサーとて空気は読める。

ランサーがB-10で感じたのは、静寂。
家からは人々の声が漏れているが、それだけであった。
静か過ぎる。
まるでサーヴァントの気配がない。
何も感じない。
痕跡すらも残されていない。

ここもハズレか。
ランサーは即座に判断する。
吸血鬼ならば相応の気配と痕跡を残すはず。瞬時にアーカードの不在を察せられる。
踵を返そうとした時、通り過ぎた一台の車にふと目が奪われた。
車内には数名、NPCがいるようだが……

ランサーは車からそう離れていない位置にある一軒家に注目する。
そして、そこから姿を現す人物。
全てを納得したところでランサーは念話を飛ばした。


『神父よ。少々、荒事をするが――良いかね?』


◆ ◆ ◆ ◆


「あぁ、もう! アタシの馬鹿……!!」


ジナコは悲痛な叫びをしていた。
折角、便利な調査機械――パソコンを錯乱していたとはいえ破壊してしまったことを後悔する。
頼みの綱は携帯電話だけである。
だが、肝心な携帯電話の機種は古く、インターネット接続に時間を要する。
早く早くと彼女の中で苛立ちが募って行った。

彼女が検索していたのは『教会』の位置である。
カレンが通達で述べていた内容を必死に思い出したジナコだが、何度思い返しても
裁定者は『教会』がどこにあるかは告げていなかった気がした。
念の為、ヤクザことゴルゴに確認をしてみると、やはり『教会』の位置を述べていなかったという。
調べるしかなかった。

ようやく地図を把握し、簡易的な場所をメモに記載した。
教会もいくつかある。ジナコが走り書きで記載した候補の中にはカレンのいる教会もあった。
――不幸な事に現在彼女は教会にいないのだが

それを知る良しもなく。
ジナコはぐちゃぐちゃにカツラを被り、服だけは変えて、携帯電話とメモと財布を掴んで家を出た。

外の景色を見ただけで立ちすくむ。
今、この瞬間にも27騎のサーヴァントが自分を殺しに来る。
でも、ここで死ぬよりマシだ。外の空気を浴びる方が格段マシだった。

彼女の方針は何もない。
とにかく逃げる。
逃げて、逃げて……逃げるしかない。死にたくない。

ジナコはサーヴァントとマスター、聖杯戦争のことばかり頭を一杯にしていた。
だから――重大な事実を忘れていた。


「確保ー!!」
「え!?」


掛け声と共に、数人の男たちが一瞬にしてジナコを取り囲んだ。


ジナコの事件は初動捜査の段階は終了間近である。
刑事が容疑者・ジナコの自宅へ足を運ぶのは自然な流れであった。
基本的なものとはいえ、容疑者が帰宅するケースを想定し自宅に張り込む。
なに一つおかしくない。

とはいえ、警察は自棄になって現場でジナコを抑えようとしており、皮肉にもアサシン(ベルク・カッツェ)の宝具が逃亡時間を稼いでいた。
だが、ジナコの迷いにより時間は浪費され、決断した時には遅すぎた。
彼女はカレンの通達により、27もの刺客のことばかり脳裏に過ぎり、肝心な事を忘れていたのである。

ジナコは茫然とするしかなかった。

彼らがサーヴァントでもマスターでもないのは容易に分かる。彼女も偽物のジナコが起こした事を自覚していない訳ではない。
だけども、こんな幕切れは納得できない。

ヤクザを呼ぼうか。でもそしたら、刑事たちを殺すことになるのだろうか?
まだ何もしてない。
濡れ衣が濡れ衣ではなくなってしまうのは嫌だ。
だけど、どうすればいいのか分からない。
彼女の決心。その遅さが敗因。不幸を招いた要因で間違いない。


「こんなところで終わりたくない……」


大柄な刑事たちが両サイドにいる。何を迷っているのだろう。
彼女の中では、未だ例の自分の囁きが響き渡り続けているのだ。

結局、自分と同じ。暴力を振るうじゃないか。

と。


「なにをしている。さっさと入れ」


冷淡な声がかけられ。ジナコは流されてしまう。自分から車に乗り込んでしまった。
ジナコが座るのは後部座席。ドラマでもよく見る光景だなぁとアホらしく感傷に浸っている。
後部座席の真ん中に座り、虚ろの表情のまま。

この時。ジナコはわずかに生じた一瞬の間に違和感を覚えなかった。彼女が放心していたせいもあるだろう。
普通ならばジナコを挟むようにして二人の刑事が両サイドから乗車する。
ジナコが先に乗り込んでも、一・二秒で彼らは続けて姿を現すはず。


『普通』なら。


しかし、一・二秒経過しても刑事たちは乗車しなかった。
たったそれだけの違和感を、車内にいるジナコは反応せずにいる。
ようやく扉が開かれるが、乗り込んだは『一人』だけ。しかも刑事ではなかった。


「え?」


ジナコは我に返る。バックミラーに映る見知らぬ男。先ほどの刑事ではない。
ジナコの方は、反射的に男の方へ振り向いて見る。
マスターであるジナコにしか見えないパラメーターが浮かび上がっていた。


「さ、サーヴァ……!!?」


間違いなくサーヴァントだった。パラメーター通りならばランサーのサーヴァント。
前触れもなく、平然と姿を見せたソレに驚愕を漏らす。
ジナコはとっさに口を抑えるが、もはや後の祭りだろう。
ランサーはジナコへ振り向いた。

ジナコは逃げない。
逃げないのではなく、逃げようとしても体がピクリとも動かないのだ。
ヤクザを呼ぼうにも思考が真っ白になっていた。

睨みを効かせランサーは問う。


「質問は一つだ。『アーカード』はどこにいる?」
「ア……あ………?」
「黒髪に赤い瞳、赤いコートを着る男だ。会ったかね? どこへ行った」


ジナコが特徴を頼りにジョンス・リーと共にいたアーチャーを連想する。
恐らく彼だ。
何故、彼と遭遇したことを把握しているのだろう?
些細な疑問などジナコにとっては花火のように散り消える。


「ああ、あ、あのアーチャーさん……? た、確かに会った。会ったけど……そのどこにいるかは……」
「そうか」


ランサーは素っ気ない態度を見せた。
知らぬならもうどうでもいい。ジナコへの問いは、本当にたった一つしかなかった。
破天荒な登場を果たしたのに、彼はあっけなく扉を開け、外へ出る。
外にはのびて倒れる刑事たちがそのまま放置されている光景が広がっていた。
恐らく、ランサーが気絶させたのだろう。

彼の興味を失せた様子にジナコは困惑する。ランサーは今にでも霊体化し、立ち去ろうとする雰囲気を醸し出す。
思わず口にしてしまった。


「アタシを殺しに来たんじゃ、ないの……?」
「……」


もしかして。
必死な思いでジナコは続ける。


「助けに来てくれたの……?」


ランサーは答えない。


「じゃあ……何しにきたの……アタシを馬鹿にしに来たの……?」


襲いかからないランサーにジナコは混乱していた。
訳も分からず自暴自棄になっていた。


「違う、アレはアタシじゃない。アタシじゃない。アタシはあんな事しない……
 アレが誰かなんて知らない。でもアタシじゃない!!」


決定的な部分を曖昧にしてジナコは叫ぶ。
散々言うだけ言って、最後は苦笑う。


「どうせ、信じてくれないんでしょ……? そのくらい分かる……」


でも、アレはアタシじゃない。

ジナコはただ否定をした。
否定をし、拒絶をし、切実な、悲痛な言葉だけを繰り返して、繰り返すだけ。
彼女の言葉を誰が信じるだろうか。
少なくとも、暴動の渦中にいた者は悪意を以って彼女を打ちのめす。
ジナコの妄言など新都にいる大部分の人間が信用するはずがなかった。

ならばランサーはどうか?
彼は――

ランサーはジナコからのアーカードの情報が目的で、彼女の助けに耳を傾けるつもりなど一切なかった。
なかった、のだ。

少なくとも ついさっきまで。
数秒前までは。

アンデルセンにも多少の荒事の許可を得た。すぐ終え、切り上げる予定だった。
だが、ジナコの態度が、言葉が、ランサーの中で燃える炎に油を注いだのである。
背を向けていたランサーが勢いよく振り返り、彼女に詰め寄った。


「もう一つ質問が生じた。答えよ。お前は何をしていた」
「……ぇ……なにって」


質問の意味が分からない。
自分は何もしていない。
警察に捕まって、ずっと家にいて、ネトゲしていて、聖杯戦争に参加して?
やっぱりわからない。なにもわからない。

雰囲気を見る限りランサーの苛立ちが増している。口調が荒いのはジナコでさえ察せられた。


「お前は暴動を起こす『お前』に『何も』していないのか」
「な、何って……何すればいいのよ!? 殺せっていうの!? こ、殺したらアタシ」


アレと一緒になっちゃうじゃない……
ジナコの言葉は続かない。
しかし、これが決定的となりランサーは怒声を上げた。


「黙れ! 余はお前の綺麗事を小耳に挟むつもりは毛頭ない!」


ひぃとジナコは悲鳴を漏らすが関係ない。


「お前は憎悪も屈辱も、何も感じぬというのか! 
 身に覚えもない汚名を、濡れ衣を着せられ、恥ずかしめを受け
 何もかもから裏切られ、奪われた! これで何ともないはずがあるまい!! 答えろ!」


違うと否定しても何も始まらない。それはランサーが最も理解していた。


いくら、自身が『吸血鬼』ではないと否定したところで世界は何も変わらない。


『事実』は否定しない。敵も殺し、民も殺し、凶行だと非難されても否定しない。
善行ではなかった。だけども、決して悪意を以ってはいなかった。
後悔など一つもない。


だが、断じて『化物』ではない。


生き血を啜り、使い魔を召喚する、死に底ないの『吸血鬼』では断じてない。
彼は人間だ。
人間として生まれ、人間として歩み、人間として死んだ。
紛れもなく『人間』である。『吸血鬼』では、ない。

定義を否定するには聖杯が必要だった。
奇跡の願望機により『吸血鬼』の根源を断ち切るしかなかった。
己で己を否定し、そして己で己を殺す為に彼は馳せ参じたのである。

故にランサーは憤慨した。
濡れ衣を着せられてもなお、どうもしないジナコに憤りを見せるのは当然だった。

彼の言葉によってジナコは


「……じゃない……」


答えた。震える声で叫んだ。


「嫌に決まってるじゃない!」


両親から貰った全てを踏み躙られ、ジナコの生涯を知らぬ第三者が知ったかぶりで侮辱し
あらぬ汚名で憎まれ、蔑まれ、嘲笑され、それで何ともないはずがなかった。
ジナコでも屈辱を抱いていた、憎しみを感じていた。
ゴルゴの宝具を発動するに値する『殺意』がほんの少しだけ残っていた。

それが軽い爆発を起こす。


「アタシは何もやってない!! なのにどうして!? どうしてこんな目に合うの!?」


本当に何もしていない。
実際、ジナコはベルク・カッツェに何もしていない。
ただ、ベルク・カッツェの相もない気まぐれで、ちょっとした悪意で、欲望を満たす為だけで。
たったそれだけの為に彼女はここまで落とされたのである。
喋り方が旧知の人物に似ている。
ちっぽけな理由だけで。

馬鹿馬鹿しい動機を知ればジナコとて怒りを抱くだろう。
自分は無関係ではないか、自分以外にも似た口調の人間なんて他にもいるはずだ。
なのに何故自分を選んだのだ。
納得できない。
納得する方が無理だ。
きっと、彼女がベルク・カッツェに八つ当たりをしても事情を知れば多少許される。

それでもジナコは――


「でも……どうすればいいの。アタシ……何をすればいいの? 教えてよ……!!」


相変わらず迷う。
迷いが彼女を追い詰めていると言うのに、迷うことを止めない。
まるで中毒のように負のループを繰り返していた。

苦しむジナコを隣に、ランサーはゆっくりと述べる。


「ジナコ・カリギリ。残酷であるが『アレ』は『お前』だ。誰が何と言おうが『アレ』は『お前』でしかない。
 『お前』が『お前』を滅ぼせ。『お前』が『アレ』を滅ぼした瞬間
 お前は『お前』であることを誇るがいい」


希望を抱いた訳ではない。
結局、殺すしかないのだとジナコは黒い感情で塗りつぶされそうになった。
しかし、不思議な事に彼女は残酷な事実を告げたランサーをしかと捉えている。
醜い女と向き合う英霊の姿をハッキリと視界に映し出す事ができた。

沈黙が続くと、ジナコはいよいよ慌てた。
もう無理だ。限界だ。迷っている暇はない。


「ら、ランサーさんは……本当にアタシを殺さないの……?」
「……」
「えっと。その、それなら……あ、アタシ……アタシ………」


何と言えばいいのか。交渉なんて引きこもりのジナコには無理難題であった。

だけど。
あぁ、きっとこれが最後なんだ。

ジョンスに正直になれば独りにはならなかった。
れんげに酷い事をしなければ独りにはならなかった。
ずっとずっと、ひとりぼっちだった。

もう二度と、ランサーと出会う事はないだろう。
彼は惨めなジナコに付き合ってくれた。独りにはしてくれなかった。
最後の、本当に最後のチャンス。


「アタシ……もう独りは嫌だよ……」


自分勝手にもほどがある。
他の陣営どころか警察にも狙われる厄介な自分を受け入れてくれる訳がない。
だけど、彼女は死への恐怖以上に孤独への恐怖も強かった。


「ま、魔力だって使ってない。令呪も三画残ってる。ヤクザはちゃんと言う事きかせる!
 だから……お願い……お願いします! アタシを…アタシを……!!」


言葉が続かない。
ジナコ・カリギリの精一杯の懇願だった。
これで拒絶されればもうお終い。
彼女に永遠の孤独が襲いかかり、彼女自身は黒く深い感情の海へ飲み込まれるだろう。

否、もうすでに足の踏み場もない絶壁に立っているのだ。
何を恐れる必要がある。

ランサーは静かに問う。


「お前は異教徒かね」
「へぁ?」
「異教徒かと聞いている」
「いっ、いえ! 違います!! た、多分……」


大体、ランサーは何教徒なのか?
唐突な質問にジナコは困惑するしかなかった。
ランサーは彼女の様子を食いるように眺め、それから


「しばし待て」


◆ ◆ ◆ ◆


アンデルセンが公衆電話から孤児院へ連絡すると、向こうでは美遊が消えた事で一悶着あったらしい。
抜けだしたことをアンデルセンは知っていたものの。
孤児院での対応を少しばかり忘れていたことを失念していた。
情報としては美遊の行方は分からないというだけ。警察からも連絡はないらしい。
あれやこれやと、対応を述べている内に時間を浪費してしまう。


「えぇ、先に夕食を始めるように」


ハインケルとの電話を切る。
アンデルセンは孤児院方面へ移動をしながら新都の見回りをし
それでも何もなければ仕方なく一度孤児院へ引き返すことに決めた。
新都の事件の影響で少し帰りが遅くなるとだけは告げ、ハインケルも「仕方ありませんね」と納得している。


『すまない、神父』


そこへランサーの念話が届く。


『――ホシノ・ルリたちからの情報を元に推察した通り。奴のサーヴァントはいなかった』
『やはり、か』


アーカードがいようが、れんげがいようが、ジナコを襲ったと思しきサーヴァント『かっちゃん』がいようが
ジナコのサーヴァントが出現する様子は全くなかった。
彼女がこれほど追い詰められているのに、アクションもない。
即ち、ジナコのサーヴァントは彼女の傍にいない。

ランサーはその結論へ至り、ジナコと接触する大胆な行動へ踏みこめたのだ。


『それと神父よ。奴が同盟を志願している。どうする?』


それは予想外であった。アンデルセンは確認する。


『王よ。彼女はどうだ?』
『最悪だ』


ランサーは即答だった。


『簡潔に述べれば、優柔不断かつ怠惰の醜態を晒す肉塊だ。聖杯を託すに値しない』


人を批評にするには度過ぎた表現だが
あのランサーをそこまで言わしめる存在であるともアンデルセンは察する。
「だが」とランサーは付け加えた。


『我々に救済を求めている』


救済。
この聖杯戦争に誰かの助けなど、一切望めないと云うのに。
いや、それほど彼女は追い詰められているのだろう。
ランサーの例え通り、優柔不断の怠け呆けている女だとしても
彼女は必死に救いを懇願を申したのだ。
それが、彼女にとっての限界で、彼女の出来る最大限だというならば――


『分かった。承諾しよう』


異教徒でも化物でもなければ救いは与えよう。
ジナコ・カリギリもまた、自らの皮を被られ、汚名に苦しむ……皮肉にもランサーと同じ立場であった。
すると、ランサーがついでのように聞く。


『神父よ。あの少女のサーヴァントについてだが』


少女。
恐らく宮内れんげのことだ。
しかし、何故今この瞬間に尋ねられたのだろう。


『ソレが黒ならば、お前はソレを滅ぼし。少女と余を契約させる算段で間違いないかね?』
『……あぁ』


ランサーが少女のマスターを気に入らないと、そう申し立てるのか?
アンデルセンは深刻にランサーの返答を待ち構えたが、ランサーは何事もなかったかのように


『いかんせん、ジナコ・カリギリはNPCの目につく。
 余が奴を連れ、人目をつかぬよう行動しなくてはな。案ずるがいい、お前の近くにはいる』


それ切り念話が途切れた。
アンデルセンは不自然な会話に足を動かさずにいたが――しばらくし理解する。

ヴラドはアーカードではない。
吸血鬼ではなく人間である。
されど、根源は同じだ。
化物ではなく、人間だとしても、始まりは同じ。
オスマン帝国と戦い、敵も味方も民も殺した、ヴラド3世であることには変わりないのである。


彼がジナコ・カリギリへ告げる言葉を、アンデルセンは容易に想像できた。


◆ ◆ ◆ ◆


「余のマスターは承諾した」


ランサーの一言にジナコは安堵した。
もう大丈夫だ。誰かに殺される心配もない。ランサーとそのマスターは自分に殺意はなかったのだ。
殺意があれば、今ここでジナコを殺す決断を下すのだから……

が。
ランサーは威圧を込め、ジナコを睨んでいる。ジナコが安堵を浮かべたせいだったのか。
調子に乗り、相手を挑発するのがジナコの特権だ。
まだ、信用はされていない。相手を不愉快にさせてしまったのかもしれない。
慌ててジナコは声を絞り出す。


「ご、ごめんなさい! あ、アタシ、なんでもします! 本当です!!
 裏切ったりしないし……そ、そんなの怖くて出来ない……このまま死ぬのは嫌!」


明白な殺意を与えながらランサーは告げた。


「ならば『アレ』を殺すと誓え」


なんで?


「あの『ジナコ・カリギリ』を殺すと誓え」


自身の拘束よりも、魔力の酷使よりも、令呪の使用よりも、ランサーの要求は重すぎた。
ジナコに吐き気が襲いかかる。
無理だ。
いつもならばその一言で済む。
だが、今は違う。


「虚偽なくそれを果たすのならば、お前を受け入れよう」


どうして……!? どうしてそんなことを……!
アタシには無理だって! 殺すのは嫌だって!! どうして分かってくれないの!!?


分かっていない訳ではなかった。
ランサーは優柔不断のジナコに苛立ち、故に彼女の殺意を煽るよう不器用な引導を渡しただけ。
汚名を晴らすべく執念を燃やすランサーには、ジナコのような存在は腹立たしく堪らない。
憎悪を抱いているのに、怠惰を働くなど俄かに信じがたい。

彼女にも殺意はあるだろう。
ならば引導を渡し、それに答えなければそれまでだ。
ランサーは彼女をそう判断した。


ジナコの中では『ジナコ』が嘲笑する。結局、暴力を振るうではないかと囁く。
だが、彼女に湧きあがった想いが一つ。

ひとりぼっちは嫌だ。

折角、ランサーも、そのマスターも自分を見捨てなかったというのに。
こうして救いの手を差し伸べてくれたというのに。
一生に一度もないチャンスを棒に振るなんてとんでもない。

だけど――
アレを■さなきゃ見捨てられる。きっと、ひとりぼっちになる。
――だから。


「………殺します」


本音を必死に噛みしめ、吐き気を抑え込み、太った体を震わせながらジナコは宣言をした。
殺意があるか、虚偽であるかは定かではない。
ランサーが望んだ殺意を抱いているとは到底感じられない。
口からのでまかせで、冗談だとしても


彼女は『宣言』をしたのである。
『ジナコ・カリギリ』の殺害を――……


【B-10/一日目 夕方/住宅街のはずれ】

【ジナコ・カリギリ@Fate/EXTRA CCC】
[状態]脇腹と肩に鈍痛、精神消耗(大)、ストレス性の体調不良(嘔吐、腹痛)
   昼夜逆転、空腹、いわゆるレイプ目、アサシン(ベルク・カッツェ)へのわずかな殺意?
[令呪]残り3画
[装備]カツラ、いつもと違う格好
[道具]変装道具一式、携帯電話、財布、教会に関するメモ
[所持金]ニートの癖して金はある
[思考・状況]
きほん■■■■:『アタシ』を殺す?
1.ひとりぼっちは嫌。だから『自分』を殺す。殺さないと。
2.れんげやジョンスに謝りたい、でも自分からは何も出来ない。
3.『もう一人のジナコ=カリギリ』の情報を集める……?
[備考]
※ジョンス・リー組を把握しました。
※密林サイトで新作ゲームを注文しました。二日目の昼には着く予定ですが仮に届いても受け取れません。
※アサシン(ベルク・カッツェ)にトラウマを深く抉られました。ですがトラウマを抉ったのがカッツェ
 だとは知りませんし、忘れようと必死です。
※『もう一人のジナコ=カリギリ』の再起不能をヤクザに依頼し、
 ゴルゴから『もう一人のジナコ=カリギリ』についての仮説を聞きました。
 『もう一人のジナコ=カリギリ』殺害で宝具を発動するためにはかなり高レベルの殺意と情報提供の必要があります。
 心の底からの拒絶が呼応し、かなり高いレベルの『殺意』を抱いていると宝具『13の男』に認識されています。
 さらに高いレベルの宝具『13の男』発動のために情報収集を行い、ヤクザに情報提供する必要があります。
※ヤクザ(ゴルゴ13)がジョンス組・れんげを警戒対象としていることは知りません。
※変装道具一式をヤクザから受け取りました。内容は服・髪型を変えるための装飾品・小物がいくつかです。
 マネキン買いしたものなのでデザインに問題はありませんが、サイズが少し合わない可能性があります。
※放送を耳にしました。しかし、参加者が27組いるという情報以外は知りません。
※教会なら自分を保護してくれると思い込んでいます。メモにはカレンのいる教会(D-5)も記載されています。
※ランサー(ヴラド3世)のステータスを把握しました。
※アサシン(ベルク・カッツェ)を殺害しなければランサー(ヴラド3世)に見捨てられると思い込んでいます。
※独りではない為、多少精神が安定しています。


【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING】
[状態]健康
[令呪]残り二画
[装備]無数の銃剣
[道具]ジョンスの人物画
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を託すに足る者を探す。存在しないならば自らが聖杯を手に入れる。
1.アーカードの捜索をしつつ孤児院方面へ移動する。
2.昼は孤児院、夜は廃教会(領土)を往復しながら、他の組に関する情報を手に入れる。
3.戦闘の際はできる限り領土へ誘い入れる。
[備考]
※箱舟内での役職は『孤児院の院長を務める神父』のようです。
※聖杯戦争について『何故この地を選んだか』『どのような基準で参加者を選んでいるのか』という疑念を持っています。
※孤児院はC-9の丘の上に建っています。
※アキト、早苗(風祝の巫女――異教徒とは知りません)陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
※ルリと休戦し、アーカードとそのマスターであるジョンスの存在を確認しました。
 キリコのステータスは基本的なもの程度しか見ていません。
※美遊陣営を敵と判断しました。
※れんげは「いい子」だと判断していますが、カッツェに対しては警戒しています。

【ランサー(ヴラド三世)@Fate/apocrypha】
[状態]健康、ジナコに対する苛立ち
[装備]サーヴァントとしての装備
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を手に入れる。
1.一度領土の確認をする。
2.アンデルセンに付いて行き、街へ出る。アーカードを陣地に引きずり込んで即座に滅殺。
3.アンデルセンと情報収集を行う。アーチャーなどの広域破壊や遠距離狙撃を行えるサーヴァントを警戒。
4.聖杯を託すに足る者をアンデルセンが見出した場合は同盟を考えるが、聖杯を託すに足らぬ者に容赦するつもりはない。
[備考]
※D-9に存在する廃教会にスキル『護国の鬼将』による領土を設定しました。
※美遊陣営を敵と判断しました。
※ジナコを率いれましたが、彼女が『もう一人のジナコ』を殺害しない場合
 どのような判断を下すかは後続にお任せします。


◆ ◆ ◆ ◆


『十分な収穫だ』


NPCからの情報を仕入れたHALは呟く。

HALの配置した洗脳NPCは例の刑事たちだった。
事件が発生すれば自然と警察関係者も病院へ足を運ぶ事は少なくない。
情報収集において警察の立場を持つ者を確保するのは道理である。
そして、張り込みと称してジナコの自宅周辺を違和感なく取り囲める。

ただHALはジナコを捉えよとは命じていない。
NPCたちはあくまで『刑事としての役割』をこなしたに過ぎなかった。
サーヴァントのことを考慮すれば、NPCに無理な行為をさせる訳にはいかないし
不自然な行動を取ればルーラーやサーヴァントに察せられる可能性が高い。

故に、ありのままの行為を取るようHALは指示していた。
彼らの行動はなんら不自然ではない。
彼らにサーヴァントやマスターが攻撃しても、リスクを負うのは向こうだ。
彼らが成すのは、HALへの情報提供だけ。少なくとも今のところは。

案の定、サーヴァントが出現した。
電子ドラッグの影響によりある程度の強度を持ったNPCは
気絶したフリのまま出来る限りの情報の入手に成功したのである。

ジナコの前に出現したサーヴァントの特徴。
そのサーヴァントが『ランサー』であること。
話を聞くに、ランサーはジナコのサーヴァントである可能性が低い事。
故にジナコのサーヴァントは彼女の周囲に不在である事。
ランサーの証言により『アーカード』の存在が現実味を帯びた事。
etc……

ただランサーがジナコを抱きかかえ、あっという間に見失ってしまったらしい。
見逃したのは痛いが、支障ではない。


『ランサーに関する情報は少ないが、ない訳ではない』


ランサーが口にした異教徒という単語。
恐らく宗教に身を投じた者なのだろう。
ジナコにそれを問いかけたのも、返答次第では彼女を放置、あるいは殺害する可能性もあったとHALは判断した。
宗教弾圧の激しい時代の英霊。範囲は広いが、狭まったのに変わりはない。


『"ますたあ"よ、"らんさあ"が"あぁかぁど"を捜索する点はどう見る?』
『推測だが、聖杯戦争を二の次にする程度の執着があると判断するべきか』


厄介なジナコを仲間に率いるのさえリスクがあるし
サーヴァントもいない恰好な獲物に手をつけないどころか、『アーカード』の情報のみを聞き出すほど。
それは執着であるとHALは感じた。
主の返答にアサシンは言う。


『ならば"あぁかぁど"に所縁のある英霊か……
 他にも"じなこ"という"ますたあ"へ告げた言葉が気にはなる』
『濡れ衣か』


汚名、濡れ衣、風評被害。
偉人は後世の批評が呪いの如く付いて回る。
暴君ネロ、魔王・織田信長などといったところが代表的な例だろう。
いくら彼らが彼らの信念に基づいても、それが世間に受け入れられるかは定かではない。
残虐非道であると罵られれば、側面を変えれば全うであるとも評価される。

アーカードに因縁があり、風評被害を負った英霊。
HALも、ランサーが『アーカード』の別の側面たる存在・ヴラド3世であると察することは出来なかった。
少なくとも、この時点では。


ともあれ、次に打つ手は
ランサーとそのマスター、ジナコのサーヴァント、『アーカード』とそのマスター。
これらの情報収集だろう。

ジナコのサーヴァントは彼女の傍にすらいない。
はぐれサーヴァントが、必ずしもジナコのサーヴァントであると断言しにくい点から情報の望みは薄い。
サーヴァントがいないのならば、いっそ彼女そのものを狙う方が早い。
だが、ランサーの存在が意外な障害として立ちはだかった。

彼女を狙う上で重要なのは、ランサーの真名。宝具。スキル。
それが明らかになったとしても、果たしてアサシンの手に負えるものか定かではない。
やはり、ランサーのマスターを明らかにしなければ。

それは『アーカード』も同じ。
吸血鬼を滅ぼす毒をHALは所持していない。ならばマスターを狙うが良いだろう。


着実に、確実に
HALとアサシンは王手詰みへと駒を進めていくのだった。


【C-6/錯刃大学・春川研究室/1日目 夕方】

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を得る。
1.ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。特にB-4、B-10。
2.B-4に潜む違反者のNPCをコピーする能力に興味がある。
3.『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
4.性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントに対する脅威を感じている。
[備考]
※『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、
 ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 ルーラーは、囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、監視役としては能力不足だと分析しています。
 →ルーラーの排除は一旦保留しています。情報収集は継続しています。
※大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。
※洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
※C-6の病院には、洗脳済みの人間が多数入り込んでいます。
※鏡子により洗脳が解かれたNPCが数人外部に出ています。
 洗脳時の記憶はありませんが、『洗脳時の記憶が無い』ことはわかります。
※ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。
 ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
※他の、以前の時間帯に行われた戦闘に関しても、戦闘があった地点はおおよそ把握しています。
 誰が戦ったのかは特定していません。
※性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。
 →房中術や性技に長けた英霊だと考えています。
※『アーカード』のパラメータとスキル、生前の伝承は知り得ましたが、アーカードの存在について懐疑的です。
 → ランサー(ヴラド3世)の情報によりアーカードの存在に確証を持ちました。
※ジナコの住所、プロフィール、容姿などを入手済み。別垢や他串を使い、情報を流布しています。
※他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒しています。
※B-4に潜む違反者はキャスターのクラスであると踏んでいます。
  実力的には相当なレベルであると判断し、ルーラー殺害も目的にしていると見ています。
※B-4に潜む違反者の拠点は、高層マンションである可能性が高いとも見ています。
※B-4のNPCは大部分が違反者の生み出したコピーと入れ替わっていると判断しています。
 そのコピーの能力については、深い興味を持っています。
※B-10のジナコ宅の周辺にNPCを三人ほど設置しており、何かがあれば即時報告するようにNPCに伝えています。
 →ジナコ宅に設置していたNPCは刑事です。ジナコとランサー(ヴラド3世)が交わした内容を把握しました。


【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク~甲賀忍法帖~】
[状態] 健康
[装備] 忍者刀
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を得る。
1.HALの戦略に従う。
2.自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
3.性行為を行うサーヴァント(鏡子)への警戒。
4.他人になりすます能力の使い手(ベルク・カッツェ)を警戒。


[共通備考] 
※他人になりすます能力の使い手として、如月左衛門(@バジリスク~甲賀忍法帖~)について、
主従で情報を共有しています。ただし、登場していないので、所謂ハズレ情報です。
※ヴォルデモートが大学、病院に放った蛇の使い魔を始末しました。スキル:情報抹消があるので、
弦之介の情報を得るのは困難でしょう。また、大魔王バーンの悪魔の目玉が偵察に来ていた場合も、これを始末しました。
※ランサー(ヴラド3世)が『宗教』『風評被害』『アーカード』に関連する英霊であると推測しています。



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114:days/best friend 投下順 116:導火線に火が灯る
114:days/best friend 時系列順 116:導火線に火が灯る

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103:大人と子供 アレクサンド・アンデルセン&ランサー(ヴラド三世 122:『主はまたつむじ風の中からヨブに答えられた』
107:戦争考察 ジナコ・カリギリ
電人HAL&アサシン(甲賀弦之介 悪意の所在