大人と子供 ◆holyBRftF6




「……はい。
 行くならどこの現場に……ファミリーレストランの……そこに行って指揮を執ればいいんですね」

 春紀と番号を交換したばかりの携帯電話でルリは長話をしていた。言うまでもないが、相手は春紀ではない。
 れんげは不思議そうな顔をしているものの、何か騒ぐこともなくおとなしくしている。ルリとしては正直助かっていた。

 ようやく電話を終えたルリに、まず問いかけたのはキリコだ。

『どうした』
「仕事してくれって言われちゃいました」

 電話は警察からだった。
 元々ルリは昼食を取るという事で署を離れている。配属されたばかりの身にも関わらず夕暮れまで署を空けてしまっては、どこへ行ったのか問い詰められても仕方がない。
 暇な時であれば催促されなかったかもしれないが、あいにく警察は今まったく暇ではなかった。

「……警察署の近くでここまで暴れるのは逆に凄いと思います」

 ルリは困ったようにため息をつく。
 言うまでもなく警察の手を騒がせているのは、ジナコに化けたカッツェの一件である。もっとも、もはや一件どころではないが。
 正午まで次々に事件を起こされ、警察官のほとんどはこの件にかかりきりだ。夜勤はほぼ確定だろう。
 更にカッツェに煽られた警察の一部が半ば暴走する形でジナコを――カッツェを、ではない――追っている事もあり、チームワークが乱れつつあった。署員が警視の立場にあるルリに助けを求めるのは当然の流れだ。
 ルリ自身としては放置したかったのだが、警察という役割を完全に捨て去ってまで無視する事はできない。この役割は情報収集という点においてかなりのアドバンテージがある。
 しかしそれでも、すぐに終わらせてアキトを探したいというのが本音だった。こちらに関してはあくまで私情だが、問題はもうひとつある。

「るりりん、おしごとなん?」
「はい」

 れんげをどうするか、ルリは思案した。
 現場に連れて行けば不思議がられるのは明らかだ。迷子を保護したという事にしても(もっとも、あながち嘘でもないが)、その場合は気を利かせた警察官から自分が預かると言われるかもしれない。
 れんげがマスターである事を考えると、NPCに任せるのは逆に危険だ。悩むルリに意外な助け舟が出された。

『現場の近くで人目につかない場所を探してくれ。
 仕事をしている間、この子は俺が見ておく』
「いいんですか?」
『子供を押し付けられた経験ならある』

 申し出が意外なら、その経験も意外なものだった。
 ルリとしては聞いてみたい気持ちもあったが、キリコがルリの事情に踏み込まない以上は逆もそうするべきだと思い、流す。

「じゃあ、今のうちに自己紹介をしてあげたほうがいいと思います」
「……そうだな」
「!
 るりりんも変装ふぇすてぃばるんに参加してるん?」

 実体化したキリコに、れんげが唐突に声を上げた。
 相手が相手なら驚かれたり戸惑われたりする可能性もあったが、今ここにいる二人の相手は反応に乏しかった。せいぜいルリが首を傾げたくらいだ。

「ふぇすてぃばるん、ですか?」
「あっちゃんもかっちゃんもそうやって出たりきえたりしてたん! えっと……」
「ライダーだ。悪いが俺はいつもこの服を着る」
「らいだー……? ………………」

 上手い呼び方が思いつかないのか、れんげは髪を揺らしながらうんうんと唸っている。
 諦めたようにキリコは告げた。

「……キリコでもいい」
「きりりん!」

 本来、真名を告げるのはリスクしかない行為である。
 しかし、無垢な子供が困っているのを放置できるような最低な人間というわけでもなかった。

 自己紹介は済んだと判断したキリコが霊体化すると、さっそくルリはれんげを連れ現場へと足を向けた。
 ルリもキリコも、変装ふぇすてぃばるという言葉は適当に流している。
 れんげは聖杯戦争を理解していないのだから、考察する対象とはしなかった。
 確かに一々真に受けてはいられないだろう。だが変装という言葉は心に留めておくべきだった。
 なにせ、ルリが向かう現場の惨状を引き起こした犯人は『変装』したれんげのサーヴァントなのだから。

「では、私が戻るまでここで待っていて下さい」
「うん!」
「何かあったらすぐに呼べ」

 そんな事は露知らず、ルリは適当に見繕った路地裏にれんげとキリコを残し歩いて行く。
 それほど距離はないとは言え、サーヴァントと離れ離れになっている事には変わりない。念のため周囲に気をつけながら歩いていたルリだったが、現場であるファミリーレストランの惨状に警戒するのを忘れてしまった。

「警視、やっと来てくれましたか!」
「……確かにこれ、凄い嫌がらせですね」

 ルリは軍人だ。廃墟の類は見慣れている。
 しかし、彼女が見慣れた戦争とは各種兵器を使った広範囲の破壊が主。この現場はそういった戦争による荒廃とは質が違う。
 窓は全て割られ、床には運んでいる途中だったと思しき食料が散乱し、ドリンクバーの中身はご丁寧にもテーブルなどに掛かるようにぶち撒けられている。
 外から見ただけでもこれだけの破壊が見て取れるのだから、中に入った時の惨状は更に凄まじいものだろう。
 ただ壊したのではなく、「どう壊したら人は嫌がるか」を突き詰めたような攻撃。単純な破壊活動の結果ではなく、悪意をたっぷりと塗りこんだ結果。
 しかもこういった破壊活動が行われているのはここだけではないと来ている。応援を求められるのも当然だろう。
 「警視の妖精」の登場に喜ぶ刑事達。そこから離れた場所で、孤立しているかのように一人で立っている刑事が気だるげに吐き捨てた。

「あの豚め、ただ無力化するだけじゃ気が済まん」
「……無力化するだけに留めておいて下さいね」

 思わずルリはツッコミを入れた。有能だが人間的には問題があると感じさせる点は、ナデシコ搭乗員と似たアトモスフィアだ。もっとも彼の場合、「無力化」ですら無力化で済まないという暴力性を持つのが大きな違いだが。
 こうしてルリは仕事に入った。と言っても警視という職務上、肉体仕事は多くない。そもそも仮に現場に来たとしても、確認を終えたら机に戻り情報を整理するのが役割である。
 にも関わらずルリが現場に向かうように請われたのは「警視の妖精」への期待がひとつ。
 そしてそれ以上に大きなもう一つの理由は、確認作業が困難を極めたからだ。
 なにせ破壊が酷すぎる。中に入ったルリは確かに助けを求められても仕方がないと思う一方で、ほんの一瞬だけ「アキトさんを探しに行けるのはいつになるでしょうか」と悩んだ。
 彼女にとって生身での指揮はあまり得意とするところではないが、証拠や現場保持などの情報処理ならば経験を活かせる。
 なんとか仕事をこなしていく警視の妖精だったが、突如として頭に声が響いた。ここに来てからまだそれほど時間が経っていないにも関わらず。

『マスター』
「っ……はい」

 咄嗟の機転でルリは携帯電話を耳に当て、電話を受けた振りをした。
 わざわざキリコが念話を送ってきたという事は、何かあった可能性が高い。ここを離れる必要があるかもしれないと判断しての行動だ。

『与えられた知識で言う、神父のような格好をした男が路地裏に足を踏み入れてきた。
 真っ直ぐ向かってきた様子を見る限り、実体化している俺をサーヴァントとして感じ取った可能性が高い』
「分かりました、今そちらに向かいます。
 ……すみません、一旦ここから離れますので」

 敢えてキリコへの返答を声に出し、そのまま別の場所から応援を請われたような体裁を取り繕う。
 ルリが回りを見渡すと、不審には思われなかったものの一部の刑事が不満気な表情を浮かべている。特に、気だるげな声の刑事は敵意を露わにしている。
 とは言っても役割と聖杯戦争どちらが優先かと考えれば答えは明白だ。
 そのまま路地裏へと駆け込んだルリは、確かに神父の格好をした男を発見した。背格好を見るだけでもかなり大柄、かつ鍛えられていると分かる。
 足音は聞こえていたはずだが、今のところ男が振り返る様子はない。れんげと、実体化しているキリコを見つめている。その様子はどこか考え込んでいるようだ。
 何をするつもりなのか……身構えるルリの前で、男は得心したとばかりの様子で膝を曲げる。
 そのまま腕を上げて、こう言った。

「にゃんぱすー……でよろしいでしょうか?」
「うん!」

 思わずルリはずっこけた。


 ■ ■


 時刻は数時間ほど前。
 それは昼過ぎであり、同時にルーラーの通達が終わってすぐの事でもある。

「345円になります」
「あ、袋なしで」
「かしこまりました」

 新都の一角にあるコンビニでは、いつも通り――と定められた――の光景があった。
 昼食を購入した男は、そのまま店の片隅にある椅子に腰を下ろしテーブルに商品を広げた。
 彼はよくある若いサラリーマン……のNPCだ。昼休みに会社を離れ休憩の真っ最中である。
 あくまでデータという点では、よくいるというよりもよくあると表現するほうが正しい。
 平凡で安穏とした日常生活(ルーチンワーク)。しかし、異常は少しずつ噴き出していた。

「うわ、すげー事してやがるこの女」

 感想はタブレットに映る動画を見てのもの。
 昼食を取りながら公共の場で音声付きの動画を見る様子は、マナーが良いとはお世辞にも言いがたい。注意されても文句は言えまい。

『アーカードの旦那ぁーwwwwww旦那ぁ、見てるぅ? 』
「誰だよ、アーカードって……」
「そこの方、少しよろしいですか?」
「?」

 問いかけに振り返る。
 そこには神父がいた。あくまで穏やかな言葉に、穏やかな表情。だが、サラリーマンの男は椅子からずり落ちかけた。
 穏やかなはずの神父の身体から、謎の威圧感が放たれていたからだ。

「その端末から聞こえた音声、もう一度聞かせてもらいたいのですが……」
「こっ、これの事でしょうか?」

 もっとも、神父はそれに構わず会話を続けていく。
 眼鏡越しに見下ろす視線は男を見ていない。見ているのはタブレット。その事に気付いた男は差し出すようにタブレットを掲げた。
 神父の表情な依然として穏やかな笑顔だ。しかし、男はその笑顔が何故か危険なものに感じられて仕方がなかった。

「ええ。アーカードという名が出る前から再生をお願いしたい」
「ハイ!」

 応じる男の様子は、どう見てもお願いされている人間のものではない。
 動画で女性が騒ぎ立てる様子を神父はしばらく無言で観察していた。その瞳がどのような色を映しているかは、眼鏡に輝く逆光で見ることができない。
 動画が終わると同時に、神父はタブレットから目を離した。

「食事の邪魔をして申し訳ない」

 丁寧な謝罪を残して神父は去っていく。あとに残されたのは男のNPCのみ。
 交わした会話はごく僅かなものだけだったが、男からは滝のような汗が流れていた。

 彼の不運はあの神父――アンデルセンにアーカードの名を聞かせてしまった事だ。
 その名さえ聞かせなければ先ほどの会話もただの穏当なものになるか、或いはそもそも会話すらしなかっただろう。

「王よ。あの女がアーカードのマスターという事はあるのか?」

 コンビニを出て開口一番、アンデルセンは己がランサーに問いかけた。
 廃教会を離れた彼らだが、これと言って行く宛てがあったわけではない。
 宛てはむしろアンデルセン自身の存在だった。アーカードが彼を発見すれば何らかの反応を取る可能性が高い、そう判断していた。
 『高い』であり確実とは言い切れないのは、アーカードのマスターが戦いを避けるように命じる場合も有り得るからだ。
 ルーラーからの通達に対する反応もまた同様だ。通達は闘争の気配を如実に示していたが、主従関係が存在するこの聖杯戦争でどのような反応を示すかはアンデルセンにも予測できない。
 よって通達についての判断を保留とし、今までの早苗の動向を元に新都での探索を続けていた。
 その最中に齎されたアーカードの名。もはや彼らの宿敵がこの聖杯戦争に来ているのは確実と言えたが、この情報には別の問題がある。
 動画に映る女性はジナコ=カリギリ――正確には、本人ではないが。一方、早苗が言った少女は宮内れんげ。
 名前を知らず容姿を伝え聞いた程度でも、あからさまに別人だと分かるほどの違いが二人にはある。

『童顔ではあったが、少なくとも小さな少女には見えんな。
 一番有り得る可能性としてはマスターが変わったというものだが、そのためには前のマスターとの契約が切れる必要がある。当然、消去は避けられん。
 仮に奴がマスターを変えたというなら、単独行動のスキルを持つかあの女が運良くその場に居合わせたか……
 無論、様々な例外も無くはないが』
「ふむ……」

 アンデルセンは僅かに逡巡した。
 単独行動を持つアーチャーのクラスが存在する以上、マスター替えの可能性は否定できない。しかし、あくまで否定できない程度の可能性でしかないのも確かだ。
 故に彼は考えを早々に打ち切り、

「マスターにせよそうではないにせよ、あの女はアーカードと何らかの接触をしたと見て間違いあるまい。
 ならば」

 歩を進める。
 情報が少ない現況でただ思考を巡らすだけでは答えなど出ない。例え罠だろうと現場に赴き、観察したほうが早いと判断した。

 とは言え、この行動は結果的には空振りだった。ジナコ――に化けたカッツェは通達と共に行動を切り替え、別の地点へと向かっている。
 残っているのは各所で起きた事件の跡と、それを捜査する警察。

 そう、警察だ。

『……実体化しているサーヴァントがいるようだ』
「何?」

 事件が起こった地点を巡るアンデルセンは、警察と何度もすれ違ってきた。
 警察の仕事をするためにルリが路地裏に残していったライダーをアンデルセンのランサー……ヴラド三世が感知するのは当然の成り行きと言える。

『あの建物の脇から入った路地裏に潜んでいる。
 少なくとも戦闘をしているようには感じられん』
「近いな」
『余がランサーである以上、感知力はそれほど高くはないのでな。領土の外となれば尚更だ』

 アンデルセンに逡巡した様子はない。足は止まらず、ただその向きを僅かに変えた。
 路地裏に足を踏み入れ、突き当りまで直進するのには数分も掛からない。れんげとキリコがいる場所へ足を踏み入れるまでには。

「…………」

 キリコは無言で身構える。
 実体化していたのはミスとは言い難い。霊体化したままでいてはれんげに不満を抱かれる。むしろ、彼女を連れ歩くと決めたからこそのデメリットだ。
 一方で、れんげは右手は上げた。

「にゃんぱすー」

 無言で直立していたアンデルセンは、何かを考えこむように首に手を当てた。いや、実際に考え込んでいた。
 その後方からは別の足音が響き始めている。

(マスターか)

 心中で呟くキリコと違い、アンデルセンは足音……ルリの存在に反応を示さない。気付いていないのではない。単に、れんげへの応対を優先しただけだ。
 先の反応が挨拶だと気付いた彼は、視線がれんげと同じ高さになるよう膝を曲げるとれんげと同じポーズを取った。

「にゃんぱすー……でよろしいでしょうか?」
「うん!」

 思わずルリはずっこけた。キリコでさえも唖然とした。
 一気に弛緩した空気の中で、空気には漏れ出さぬ笑い声が零れ出す。

『……くくく。神父よ、さすがにそれは!』
「子供が相手なら挨拶くらいは合わせるべきだろう」

 己がサーヴァントに笑われ、アンデルセンは憮然とした表情になりながら姿勢を戻す。
 次に口を開いたのは意外にも、キリコ。

「随分と糞真面目な男らしいな」
「皮肉か? それよりも、貴様のマスターはどちらだ。
 その子か。それとも」
「私です。ホシノ・ルリといいます」

 背後から響く声を聞いても、アンデルセンは首を向けるだけだ。
 首を向けるだけで身体は振り向かない。依然としてルリのいる位置は背後だ。アンデルセンは依然としてキリコ――ライダーのサーヴァントの方を向いている。戦意を残している。

「あ。うち、れんちょんです」

 それを理解しない子供がいる。
 自己紹介しろという事かと受け取ったれんげは続いて名乗り、アンデルセンは少しばかり困ったように額に手を当てた。

「ならばその子はなんだ? なぜわざわざサーヴァントに保護させている」
「別のマスターです。自分のサーヴァントと離れちゃったらしくて。
 彼女を連れていれば、私は交渉できる相手だと他のマスターに示す効果があると思っています」
「正直だな」
「はい。
 ついでに言えば、こうして会話できているんですから正しい判断だったんじゃないでしょうか。
 せっかくですからお名前をお願いします」
「…………アレクサンド・アンデルセンだ」

 アンデルセンは名乗ると共に壁際に寄った。自分のサーヴァントと合流しろ、と身体で示している。
 どうも、とルリは頭を下げつつその前を歩いた。子供のいる状況でいきなり襲い掛かるような人物でないのは既に明らかだ。
 少なくとも交渉の場には立てたと判断したルリだったが、次の言葉は想定外だった。

「アーカードという男を探している」
「アーカード……?」
「! あっちゃんの知り合いなん!?」

 強く反応したのはルリではなく、れんげ。
 『人生の中で一番の強敵』という表現をすれば、れんげとアンデルセンのアーカード観は共通していなくもない。
 物は言いよう、とも言うが。

「子供がアーカードと共にいると聞いたからこそ、探索に出ていたわけだが……
 れんちょん、君のサーヴァントがあっちゃんという事でいいのでしょうか?」
「さーばんと?」
「…………む」

 その返答にアンデルセンが言いよどむ。サーヴァントと言って分からないのであれば、どう聞くべきか。
 考えを巡らせる彼にルリが一つ提案をした。

「すみません、れんちょんさんは聖杯戦争について分かってないみたいで。
 長話になりそうですし、場所を移しませんか?」
「……さすがに子供をこんな場所に長居させるわけにもいかんか。
 いいだろう」


 ■ ■


 都心を離れた三人と二騎は、その四本の足で――サーヴァントは霊体化しているし、れんげはアンデルセンが背負った――田園地帯へと向かった。
 れんげの負担にならず人目を避けられればそれでよかったのだが、都会に歩き疲れつつあったれんげにとって田園地帯はルリ達の予想以上に落ち着ける場所でもあった。
 道端に座り込んだれんげと真っ先に行われた会話は、今までどんな事をしてきたかという内容だ。
 方舟にやってきたからだけではなく、それ以前のことも……「かっちゃん」の存在についても。
 子供故に要領を得ない部分も多かったが、それでも彼女は年の割には分かりやすく説明した。何より、アンデルセンがこれ以上なく聞き上手だった。

 何も知らぬ純粋な子供と接するという点において、アンデルセンは全マスターの中でもっとも経験がある人物だ。その長い人生の表側は、穏やかな神父としての道を歩んできた。
 故に、れんげはアンデルセンに懐き。
 アンデルセンはれんげから全ての情報を上手く聞き出してみせた。

「……変身能力を持つサーヴァント。
 方舟に来る前から契約を結んでいた存在」
「異常ですね。
 でも、それがアーカードさんと何か関係があるんでしょうか」
「アーカードとは、ない。
 だがこの聖杯戦争とは関係がある」

 ルリもれんげも、その言葉を聞いて分からない事があった。
 もっともれんげの方はそもそも聖杯戦争そのものが分かっていないだけだが。

「もしかして、アンデルセンさんも方舟の調査を?」
「も、というのは後は聞こう。
 俺は格好の通りの職業に就いている。方舟や聖杯などという存在と接した以上、調べずにはいられん。
 これが聖杯戦争であるのなら、参加者の選定には何らかの基準があって然るべきだ。参加者とはつまり、聖杯を得る候補者なのだからな。
 しかし今のところ、『聖杯』を得るにしても『戦争』を行うにしても不自然な点がある」
「詳しく聞かせて下さい」

 ルリにとって、アンデルセンの言葉は興味深い。
 彼女はこの類の知識に詳しいわけではない。本職からの見解を聞くことは調査の上で参考になる。

「???」

 一方れんげは全く話についていけなかったが、残念ながら今回はアンデルセンもルリも気遣ってくれなかった。

「まずこれが『聖杯』戦争なら、俺が聖杯を得る候補者となるべきではない」
「……と言うと?」
「俺の信仰は救いを与えられるはずのやり方ではなかった。それだけだ。
 無論、聖杯を得る以外の役割を求めている――という可能性もあるが」

 単刀直入な言葉はそれ以上の追求を拒んでいる。ならば、ルリとしてもそれ以上は聞けない。
 他ならぬ神父自身が、選ばれるはずがないのに自らが選ばれたと言っている。考察の材料としては、それでも十分だろう。

「しんぷは悪い人じゃないん。神さまもほめてくれるん!」

 しかし、れんげはそう思わなかったらしい。
 当然ながら彼女は方舟も聖杯も全く分かってはいない。ただアンデルセンが悪い人ではないからみんな褒めてくれる、そんな単純で――純粋な考えによるもの。
 胸を張る子供の頭に、アンデルセンは優しく手を置いた。

「私の行いが認められると?」
「うん!」
「……れんちょん。
 暴力を振るっていい相手はいると思いますか?」
「そんなひといないん」
「君は……本当にいい子ですね。
 だが私は、子供達にこう教えている。『暴力を振るって良い相手は悪魔共と異教徒共だけです』と」
「え」

 予想だにしない返事に、れんげはぽかんと口を開ける。
 アンデルセンは手を離すとルリに向き直った。

「その事に過ちがあったとは全く思わん。仮にこの子が俺の元にいたら、やはりそう教え育ててきただろう。
 そして、俺は『振るって良い』のではなく『振るいに行く』人生を送ってきた。
 自ら悪魔共と異教徒共への元へ赴き、それを殺し尽くす生涯だった。
 闘う際に異端や異教の子らが巻き込まれた事にも、何の悔いも抱いていない。
 それが俺の信仰だ。神への忠誠だ。誉れとなる――裏切りだ。
 にも関わらず、俺は死したはずの魂を拾われてまでここに招かれている。だからこそ疑問が浮かぶ。
 選ばれるとすれば俺ではなく、正しいやり方で神を信じてきた者が優先されるはずだという疑問がな」 

 確かにアンデルセンは悪ではないだろう。むしろ正義の人と呼んでも差し支えない。
 しかし……地獄に堕ちる末路を自覚するほどに行き過ぎた正義。
 そうであるが故に彼は、彼らはイスカリオテのユダを、裏切り者を名乗るのだ。

 れんげは内容を少ししか理解できなかった。だが、その少しだけでもアンデルセンに言い返せない事が分かった。
 黙り込んだ子供に代わるように、ルリが別の単語を出す。

「では、『戦争』という視点でおかしい存在は?」
「言うまでもない。
 この子供は戦士ではない。そもそもこの戦争の知識すら、戦う意志すらない。
 闘争の場に引き出されても供物にしかならん」
「そうですね。でもこの子は色々と特殊みたいですし」
「純粋にサーヴァントに拠るもので、方舟に責はない――か? 確かに、否定する材料もないがな」
「かっちゃんは大親友なん。お祭りのためにうちを呼んで……その」

 不安げなれんげの言葉に対し、ルリもアンデルセンも答える事はなかった。
 日は既に沈んでいる以上、都心ならともかくこの周辺の人通りは少ない。風が水田を揺らす音だけが静かに響いた。
 二人とも薄々ながら疑っている事がある。それは、街を騒がしているのはジナコに化けたカッツェだという可能性であり……そしてこの疑念は真実だ。
 なぜかジナコと思しき女性の元にいたというれんげ。そして、カッツェの変身能力。
 この二つには何の繋がりもないが、ジナコが街に暴れ始めて以降れんげの元にカッツェが現れていないという事実が結びつきを推測させる。通常ならば、サーヴァントがマスターを放置するなど在り得ない。
 そして、ルリもアンデルセンも見てきた。カッツェが悪意を発露させた現場を。
 あのような事態を引き起こす存在ならば、無垢な子供を遊び半分に闘争の場へ引き出すくらいはやる。そう思わせるほどの惨状を。

 念のため二人は己のサーヴァントに何か分かることはないか聞いたが、どちらも契約について詳しいサーヴァントではない。
 やはりカッツェについては不明としか言いようが無く、『戦争』という視点は保留という事になった。

「では、こちらからも聞かせてもらおう。
 ホシノ・ルリ、お前は調査と言っていたが……」
「調査を命じられて方舟を探っていたところ、そのまま聖杯戦争に参加することになってしまったので。
 勝ち残る以外に抜け出す方法があるのなら、別にそれでも構いません」
「特に願いはないと?」
「はい。これだとアンデルセンさんに不都合があるんでしょうか」
「聖杯を正しき信徒に渡す、というのが俺の望みだ。
 とはいえ……もし聖杯に不審な点が存在するのであれば渡すわけにもいかん。
 その意味では見極めるという方針は助かるが」
「聖杯におかしな所がないのなら、アンデルセンさんは他の誰かに渡したい?」
「そういう事になる」

 思わずルリはれんげの方を見た。先ほどの会話が尾を引いているのか、れんげはびくりと震える。
 信徒でないとは言え彼女に聖杯を譲る選択もあるのだろうとは、ルリにも分かる。もっともその場合、カッツェを殺し自らのサーヴァントとれんげを契約させるのだろう――とも。
 だがカッツェを親友と呼ぶ様子を見る限り、れんげが素直に応じないのは明白だ。

「れんちょん。
 『八極拳』とアーカードがどこに行ったかは分かりますか?」

 誤魔化すようにアンデルセンは問いかけると、れんげはただ首を振った。

「ふむ。では、『八極拳』とはどんな人でしたか?」
「あ、それなら大丈夫なん! いまから描くん」
「では、お願いしましょう」
「うん。しんぷ、あっちゃんと何するん?」
「少しばかり、話を」

 静かな声。
 しかし、それは穏やかである事とイコールではない。

「アンデルセンさんはアーカードさんを探すつもりという事は、ここでお別れになりますね。
 その前に、今までの事について情報交換しませんか? ずっとれんちょんさんの事ばかり話していましたから」
「了解した」

 今度はルリが誤魔化すように、今までの行動についてアンデルセンと情報交換を始める。
 ルリは十六歳ながらも、積み重ねてきた人生経験は大人のそれだ。そして言うまでもなく、アンデルセンも大人だ。
 二人は確かにれんげを気遣っている。気遣っているが故に、れんげはただ一人の子供として置き去りにされていた。


 ■ ■


 アンデルセンとルリの情報交換。
 それは当然ながら、ある一点に行き着く。

「アキトさんが……マスター……」
「確認はしていないが、明らかにサーヴァントを連れていた。あれでNPCという事はないだろう」

 テンカワ・アキトの存在。
 その名を出され、更に彼がマスターである事が確定し、ルリは動揺を隠せなかった。
 もっとも、それに気を遣うアンデルセンではなかったが。

「こちらから確認する事は一つだけだ。
 敵か、味方か?」
「味方です」

 当然だとルリは答えたものの、実際のところアンデルセンが確認しているのは言葉ではない。
 アンデルセンは相手の顔を、目を見ていた。気に病む点がないのかを探り当てようとしていた。
 ルリはいつも通りの表情を取り繕う。いつもよりも多くの労力を要した。

「……テンカワ・アキトは、少なくとも昼までは南の教会にいた。
 ただし問題が起きかねないというならば、戻ってくるまでその子を預かるが」

 アンデルセンが出した答えは、是。ただし条件付きの。
 ほんの僅かな揺らぎを、彼は感じ取っていた。
 もっともルリからすればそういう訳にはいかない。断ろうとした矢先、予想外の横槍が入る。

「るりりん。うち、しんぷと一緒に行きたいん」

 れんげの方から言ってきたのだ。
 これにはルリはもちろんアンデルセンも戸惑った。預かると言っても、ルリが戻ってくるまでの一時的なもののつもりだったからだ。
 アーカードに挑む身である以上、いつまでもれんげと同行する事はできない。

「れんちょん。なぜ私と一緒に行きたいのですか?」
「だって……しんぷ、あっちゃんとケンカしないん?」

 一瞬ではあるものの、アンデルセンの息が詰まる。
 宮内れんげは子供だ。純朴な子供だ。
 しかし年の割には聡いところがあるためか。或いは「悪意」に満たされつつある村を見てきた経験によるものか。
 アーカードについて語る際のアンデルセンの様子……隠しきれぬ獰猛さもまた、言葉にできないながらも感じ取っていた。

「ええ。
 ・
 私はアーカードと喧嘩をしに行くわけではありませんよ」

 欺瞞。
 返答は嘘ではなかったが、真実を語っているわけでもない。彼らしくないやり口は、彼が抱く数少ない甘さからの物でもある。
 納得していない様子のれんげを、アンデルセンに続く形でルリが嗜める。

「春紀さん達はアンデルセンさんの事を知らないんですから、一緒に行くと困ってしまうんじゃないでしょうか」
「ん~~~~……」

 唸るれんげの様子に、卑怯なやり方だとルリは自嘲した。これでは春紀を盾にしているも同然だと。
 そもそも、れんげを連れ歩く目的からして私情が元だというのに。

 結局、ルリとれんげは休戦を確約した上でアンデルセンと別れることになった。
 大人は戦争に参加しながらも自らの情ゆえに偽り、子供に本心を……闘争を隠している。
 それはアンデルセンとルリに限った話ではない。

「アーカードの探索が最優先とはいえ、聖杯戦争が本格的に動く時間帯に拠点を放置するわけにもいかん。
 恐らく夜は何度か教会へと戻る事になるだろう。聞かれたくないのならそれまでに会話を済ませておけ」
「わかりました」

 そのやり取りを最後に一人と二人の足は別の方向へと進んでいった。
 アンデルセンは八極拳――ジョンス・リーの似顔絵を手にアーカードの探索を再開し、ルリ達は南へと歩を進める。
 当然ながらルリは警視としての仕事には戻らない。
 アキトの存在と居場所がはっきりとしている現状、天秤は彼女自身の目的へと完全に傾いている。
 教会へと向かうその足はどことなく早足で……れんげへの注意が、少しずつではあるが疎かになりつつあった。

「……うち、八極拳描いてよかったん?」

 だから。
 アンデルセンが去っていった方向を、れんげが何度も振り返っている事にルリは気づかなかった。

「かっちゃん、今どこにいるん?
 しんぷとあっちゃんのこと、見てあげて……」

 カッツェからの返答はない。
 包帯で隠された右手に宿る令呪も応えない。
 サーヴァントへの絶対命令権。今のところれんげはその効果を知らず、令呪が輝く様子もまたなかった。
 だかられんげは何もできず、何も知らされない。

 ――少なくとも、今のところは。



【B-9/一日目 夕方】

【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ~The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(大)
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
1.アキトがいるという教会へと向かう。
2.寒河江春紀の定時制高校終了後、携帯で連絡を取り合流する。
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.優勝以外で脱出する方法の調査
5.聖杯戦争の調査
6.聖杯戦争の現状の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく。
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。ただしカッツェの変装を疑っています。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。カッツェの変身能力をある程度把握しました。
※寒河江春紀・ランサー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アンデルセン・ランサー組と情報交換した上で休戦しました。早苗やアキトのこともある程度聞いています。
※一部の警察官から不信感を抱かれつつあります。


【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。


【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]魔力消費(微) 様々な事に対する漠然とした不安 左膝に擦り傷(治療済み)
[令呪]残り3画
[装備]包帯(右手の甲の令呪隠し)
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本行動方針:かっちゃんたちどこにいるん……?
0.しんぷとあっちゃん、ケンカしないん?
1.るりりんと一緒にかっちゃんたち探すん!
2.はるるんが帰ってくるまでいい子にしてるん!
3.はるるんとるりりんをかっちゃんと友達にしたいん!
4.怖かったん……
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※カッツェにキスで魔力を供給しましたが、本人は気付いていません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。
※アンデルセンはいい人だと思っていますが、同時に薄々ながらアーカードへの敵意を感じ取っています。


【アレクサンド・アンデルセン@HELLSING】
[状態]健康
[令呪]残り二画
[装備]無数の銃剣
[道具]ジョンスの人物画
[所持金]そこそこある
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯を託すに足る者を探す。存在しないならば自らが聖杯を手に入れる。
1.アーカードの探索。ただし夜は周辺の状況次第で領土の状態を見に戻る。
2.昼は孤児院、夜は廃教会(領土)を往復しながら、他の組に関する情報を手に入れる。
3.戦闘の際はできる限り領土へ誘い入れる。
[備考]
箱舟内での役職は『孤児院の院長を務める神父』のようです。
聖杯戦争について『何故この地を選んだか』『どのような基準で参加者を選んでいるのか』という疑念を持っています。
孤児院はC-9の丘の上に建っています。
アキト、早苗(風祝の巫女――異教徒とは知りません)陣営と同盟を組みました。詳しい内容は後続にお任せします。
ルリと休戦し、アーカードとそのマスターであるジョンスの存在を確認しました。キリコのステータスは基本的なもの程度しか見ていません。
美遊陣営を敵と判断しました。
れんげは「いい子」だと判断していますが、カッツェに対しては警戒しています。

【ランサー(ヴラド三世)@Fate/apocrypha】
[状態]健康
[装備]サーヴァントとしての装備
[道具]なし
[所持金]なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を手に入れる。
1.アンデルセンに付いて行き、街へ出る。アーカードを陣地に引きずり込んで即座に滅殺。
2.アンデルセンと情報収集を行う。アーチャーなどの広域破壊や遠距離狙撃を行えるサーヴァントを警戒。
3.聖杯を託すに足る者をアンデルセンが見出した場合は同盟を考えるが、聖杯を託すに足らぬ者に容赦するつもりはない。
[備考]
D-9に存在する廃教会にスキル『護国の鬼将』による領土を設定しました。
美遊陣営を敵と判断しました。





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101:めんかい 時系列順 104:殺人考察(前兆)

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101:めんかい ホシノ・ルリ&ライダー(キリコ・キュービィー 132:名探偵れんちょん/迷宮の聖杯戦争
宮内れんげ
074:善悪アポトーシス アレクサンド・アンデルセン&ランサー(ヴラド三世 115:俺はお前で、私はあなた

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最終更新:2015年02月02日 17:01