めんかい ◆MQZCGutBfo


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「おなかすいたぁ」

髪を頭のてっぺんで纏めた幼い妹、モモがあたしに聞いてくる。

「ちょっと待ってて。
 たしか裏庭に野イチゴがなっているのを見かけたから」

よしよしと、その小さな頭を撫でてやる。

「りんごは……ないの?」
「今日はね、果物屋さんがお休みなんだよ。だから、りんごはまた今度にしよう」
「また野イチゴかぁ……」
「なぁに? 不満?」
「だって、いっぱい食べないとおなかがふくれないもの」

しょんぼりするモモを見て、あたしは殊更に明るく振舞ってみせる。

「ぱんぱんになるくらい、摘んでこよう!」
「う……うん」
「ほらほら、元気だして」

「杏子、すまない……お前に迷惑をかけて」
「いいよ。妹の面倒をみるのは、お姉ちゃんの役目だし」

りんごを買うお金すら無くなってしまったと嘆く父に、大丈夫だと元気づける。


「……おなか……すいた」
「バカッ! 今食べてるじゃない!」
「だって……だって……これ、お水……」
「水じゃない! スープだよ! スープ!」

空く腹を抑えながら、わんわん泣くモモをあやした。

「このままじゃ、一家で餓死してしまう。だから、その前に……」

わたし達は施設でお世話になれという父。
でも、真っ直ぐな父さんを見捨てることなんてできなかった。


「誰か……何でもいい……食べさせて……
 せめて……妹だけにでも……」

街を彷徨っていると。目に映る、店先の赤い実。

「あ……りんご……。……あれさえ、あれば」

気が付けば。
その赤い実を持って、走っていた。

「万引きなんぞしやがって、このガキ!」

体力が底をついていたあたしには、逃げ切れるわけもなく。
容赦なく、思いっきりぶん殴られた。

「返せ……。妹に……持ってってやるんだ……」

汚物を見るような目で、唾を吐いて店員は去っていった。

「くそ……。
 くそ、くそ、くそ、くそ!!
 なんで! なんで! なんで!
 どうしてあたし達がこんな目に遭わなくちゃいけないんだ!」

『―――救ってあげられる方法が、ひとつだけあるよ』


―――甘言で誘う、白い獣。


「……あんたは」

『僕と契約して、魔法少女になれば。
 僕は君の願い事をひとつだけ叶えてあげるよ』


そして、あたしは―――。


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「…………ん」

あたしはゆっくりと目を開く。

確か、お菓子を食べ終えた後、れんげが絵が得意だと聞いて。
実際に描いてもらったら、紐を描いてそれが宇宙だとか何だとか言ってて……。

どうやらその話を聞いているうちに、少し眠ってしまったらしい。
横を向くと、引き続き熱心に絵を描いているれんげがいた。

(それにしても、やけにリアルな夢だったな……)

あれは、杏子の過去……なのだろうか。


頭を振って起き上がり。
れんげの邪魔をしないように、そっと襖を開けて台所へと移動し、コップを取り出して水道水を注いだ。

(……スープ、ねえ)

あれが本当に杏子の過去なのだとしたら。
相当にハードな生活を送っていたのだろう。

ごくごくとコップの水道水を飲み干す。
スープだと思って飲んでみても、やはり水は水である。

空になったペットボトルを洗い、水道水を入れ直す。

今は暗殺稼業に手を染めたおかげで、最低限、飯のやりくりだけはできるようになった。
病気がちな母も頑張ってパートに出ているし、
次女の冬香は家事技能が高く、安いもやしでもとても美味しく調理してくれている。

だが、母が倒れたことで、一家が総崩れになりかけてしまった。
それくらいの、細い線を渡っているのだ。


―――れんげを殺せという杏子。


それは。
弟妹達を救いたければ、他の子供は殺せ、ということだ。

あの子達に、ひもじい思いをまたさせるのか。

弟妹達と、夢に出てきたモモという少女と、れんげとが重なる。


携帯を取り出し、弟妹達がくれたストラップの束を見つめる。

願いの結晶。
ゴフェルの木片。

あの子達にとっては、あたしが無事であることこそが、願いなのか。


「―――おっ。どうした、急にいい面になって」

隣で実体化したランサーが話しかけてきた。

「アイツを殺す気にでもなったかい?
 いいよ。手を汚したくないのなら、あたしに命令すりゃやってやるよ」

悪ぶった顔であたしを煽ってくる。

「……なあ、杏子。
 あんたは、…………兄弟とか姉妹とか、いたり、したか?」
「は? な、なんだよ急に……」

杏子は、鳩が豆鉄砲を食らったかのように驚いた顔を見せた。
彼女はちらり、とれんげのいる方を見て。

「さて、どうだったかね。
 ……もう忘れちまったよ、現世のことなんてさ」

肩を竦めておどける杏子。

「そっか……」


―――あの夢のせいか。


杏子自身の生い立ちを、知りたいと思った。話してみたいと思った。
そして、半日以上もずっと傍に居て、杏子自身のことをほとんど知らない自分を再認識した。

はぐらかされてしまった自分。
つまりは、マスターとしても、仲間としても。
全然信頼されていない、ということなのだろう。

思えば、あたし自身。
他人と簡単に打ち解けることはできても、胸襟を開いて語り合ったことがほとんどない。

一緒の部屋で過ごした伊介サマも、波長が合うことを意識しながらも、踏み込んで語りあうことができなかった。
伊介サマの願いは分からなかったが、もしも、あたしのように即物的な報酬が望みだったとしたら。
もしかしたら、共闘する道もありえたのではないか、と思う。

だとしたら。


「……じゃあ、思い出したら教えてくれよっ!」
「なっ!? こらバカ、くっつくな!」

後ろからガバっと杏子にひっつく。
不意を突かれて慌てる彼女の姿は、少女のそれだ。


―――主従ではなく。友には、なれないのだろうか。


へへーんと笑って杏子を解放し。

「さて、と。……れんげ! れんげ! そろそろ出発するぞ!」

居間に向かってあたしは叫ぶ。




眠ってしまったはるるんをじーっと見る。

「……やっぱり似てるのん」

顔も、髪型も、口調も違うけれど。
空気とか匂いとか。
はるるんが近くにいると安心する。

……そう、駄菓子屋に似てる。

えんぴつで、紙にはるるんの顔を描いてみる。
本当はげいじゅつ的に描きたいけれど、ほたるんが喜んでいたので、
たぶん人物の絵はそのまま描いた方がいいのかもしれない。

さっさっさっと。
笑っているはるるんを描いてみた。

「……これではるるん喜ぶのんな?」

真面目にそのまま描いてみた。なかなかいい出来栄え。
自然と顔がほくほくになる。

一緒にお菓子を食べた女の子、らんさーとぶっきらぼうに言っていた。
そのらんちゃんも描いてみる。
つまらなそうにしていたけど、お菓子を食べる姿は真剣だった。

「ウチもお菓子を選ぶ時は、真剣にならざるを得ない!」

うむ、と頷く。
同じくさささっとお菓子を食べてるらんちゃんを描き上げ。

次はかっちゃん達三人を描いてみる。
かっちゃんと八極拳が向かい合って、あっちゃんが間で笑っている構図。

「……三人とも、迷子なん。仕方ないのんな……」

なんだか少しさみしくなってきた。
三人の絵が描きあがると。

「……れんげ! れんげ! そろそろ出発するぞ!」

いつの間にか隣にいなくなっていた、はるるんの声が台所から聴こえる。

「……! はるるん、わかったのん!」

居間に向かって叫ぶと、ガバッと勢いよく立ちあがって、てってってと走っていく。

「危ないぞ、そんなに急がなくても……ん? また何か描いたのか?」

こちらを覗きこんでくるはるるん。
……なんだかちょっと照れくさい。

「あー。……ウチ、はるるん描いたのんな。あげます」

はるるんの絵を差し出す。

「あたしを? どれどれ……ってうまっ!?
 すごいな……絵の才能あるんだな。
 ありがとうな、れんげ」

はるるんは絵をじっと見て、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
嬉しい。

「こっちはらんちゃんのんな」

らんちゃんに絵を渡す。

「…………あたしにか?」
「そうです」
「…………まあ、貰っとく」

フン、とぶっきらぼうな反応をしつつも、受け取ってくれた。

「良かったな、『らんちゃん』」
「うるせーよ」
「れんげ、そのもう一枚は?」

言われて、最後の一枚をバッと開いて説明する。

「こっちがかっちゃんで、こっちがあっちゃん! そしてこれが八極拳です」
「本当に上手いな……この人達を探す手掛かりになるな」
「八極拳て……変な名前だなオイ」




―――気がつけば。
また、ここに足を運んでしまっていた。


『天河食堂』


どうしても、ここが引っ掛かる。
ここにテンカワ・アキトのNPCに相当する人間がいる、などという情報すら持ち合わせていない。
それでも。


―――アキトさんと、ユリカさんと、三人で狭い家に住んでいた頃。
ラーメン屋台を引きながら、いつかちゃんとした店を持ちたいね、と語っていた。


もう叶わない、夢……だからか。


火星の後継者を鎮圧し、北辰六人衆への復讐を成した後、アキトさんは、そのまま飛び去ってしまった。
そしてかつてのナデシコクルー達は、それをあっさりと見送った。

それは、プロスさんが言っていたように、『同窓会』だったため―――
元クルーそれぞれに今の生活があり、テンカワ・アキトにはテンカワ・アキトの今の人生があるという、大人当然の理屈。

でも、私は―――

「あの人は必ず帰ってきます。それに、帰ってこなかったら追いかけるまでです」

そう、決めた。

ユリカさんは、あの件の後遺症もなく、地上で元気にリハビリを始めている。
それでも、あの人は。未だに帰ってきていない。


「――マスター」


思考を中断する。

「あ……すみません。このお店、やっぱり開いてないみたいですね。別のお店を……」
「いや」

ライダーさんが、背に私を庇うようにして前に出た。

「……そのお店に何か用かい、ライダーのマスターさん」

声の方を向くと。
夜が明ける前に戦った、赤い髪のランサー主従がこちらを睨んでいた。
マスターの方の少女は、小さな幼女と手を繋いで連れている。

「こんにちは。また会いましたね」

ぺこりとお辞儀する。
そしてライダーさんは、躊躇なくあちらのウィークポイントであろう幼女に目を向ける。

「ああ、何時間ぶりかな。
 ……いきなり子供を狙うとか。アンタ、最低だって言われないかい」
「聞き飽きた言葉だ」

ライダーさんは悪びれもせず答え、長身の少女は幼女を背に隠す。

「……ほれみろ、足手纏いじゃねーか」

相手のランサーが何やら愚痴めいたことを口にしている。
気にせず、こちらは話を進める。

「もう十二時間以上は経っているのではないでしょうか。
 ……そちらの方は?」

幼女の方を見つめてみる。
すると、マスターの少女の背からぴょこっと横に顔を出し。

「にゃんぱすー。れんちょんです」

と手を挙げこちらに挨拶らしきものをしている。

「にゃんぱすー」

こちらも手を挙げて返してみる。

「れんげ、危ないから下がっていろ」
「む、はるるん、わかったのん」

てってってと後ろの電柱の陰へと走っていく幼女。
その右手には、不自然に包帯が巻かれていた。恐らくは――令呪。

もし仮にそうだとするならば、目の前の赤髪のマスターは、敵であるはずの同じマスターを保護していたことになる。
好戦的だが義侠心に厚い、リョーコさんのようなタイプなのであろうか。
交渉の余地はまだあると判断する。

「さて、はるるんさん」
「はるるんじゃねーよ、春紀だ」
「春紀さん、ですね。私はルリ。ホシノ・ルリと言います」

春紀と名乗った少女は、目を細めてこちらを睨む。
話の間、ライダーさんもランサーも、即交戦できるよう身構えている。

「で。そのお店に何か用かって聞いてるんだけど」
「ああ。……ご飯が食べたくて、お店を探していたんですけど。ここに来てみたら開いていなくて」
「そこは休業中だよ。他を当たったらどうだ」
「あいにく土地勘がないものでして。他に開いているお店、近くにないでしょうか」
「さあ。知らないね」

春紀という少女も、ランサーも、戦闘の気配を高めている。

だが、こちらはあのバーサーカー戦の消耗を回復する間もなく連戦となってしまう。
戦闘に呼応するメリットは何一つ無い。

「……すみません、私本当にぺこぺこで。
 どうでしょう。
 お店を教えて頂けたら、ご一緒して頂いて、そこで情報交換しませんか?」
「はあ? まだ言ってんのかい。こっちには」
「――勿論、私の支払いで」

すると、赤い髪の主従はお互いに顔を見合わせ、即座にこう言った。

「「乗った!!」」




『おいマスター。折角おごってくれるっつーんだから、もっと高そうな店にしろよ』
『馬鹿言うな。このお店はいつも安く定食を作ってくれてるんだ。
 こういう時こそ、ここでお金を落としてもらうべきだろ』

やってきたのは近くにある料理店『キッチン・タムラ』。
和・洋・中、なんでもメニューが揃っている定食屋。安くて美味い、知る人ぞ知る店だ。

店の戸を開けると、夕方の浅い時間のためか、店内に客がいる様子はない。

「あっ、春紀ちゃんいらっしゃい! たくさん友達を連れてきてくれたんだね、ありがとう」
「タムラさんちわっす! ちょっと早いんですけど、大丈夫ですか?」

白いコック帽をかぶった、恰幅の良いおじさん。タムラ料理長がわざわざ出迎えてくれる。

「それがねえ。発注した物のなかで塩だけが抜けていたみたいで、今業者に取りに行ってもらってるんだ。
 もうすぐ来ると思うんだが……あ、着たかな?」

トラックが店の前で停止した音がする。

「ごめんね、春紀ちゃん。すぐ用意するから、奥の個室使っておくれ」
「はい、ありがとうございます!」

ばたばたと外へと走っていくタムラさん。

「オイオイ、大丈夫かよこの店……」
「まあ騙されたと思って。あ、ここの店お水はセルフサービスなんで、みんな自分で持って行って」
「へーへー」

あたしはれんげの分と自分の分の水を注ぎ、奥の個室へと歩いていく。
ライダー主従をさり気なく観察するが、特におかしな様子はなく、黙って水を注いでいる。

あたしの隣に杏子、あたしの前にルリという少女、杏子の前にライダー、あたしとルリの間のお子様席にれんげが座る。

「すまないね。お上品そうなアンタはこういう店は初めてかい」
「いいえ。むしろセルフは艦内では基本ですから」
「ふうん?」

かんない、という言葉が何を指すのかピンと来ないが、とりあえず流す。

「それより、カードで払いたいのですが、大丈夫でしょうか」
「はー。流石というかなんというか。
 ―――タムラさーん! カード払いでも大丈夫ですか!」

塩を運んでいるタムラさんが、OKサインを指で作る。

「大丈夫だってさ。メニューはこれな。あっちの壁にもお勧めメニューが貼ってある」

メニューをルリと杏子に渡す。

「れんげ、れんげは何が食べたい?」
「うち、おそばがいいのん!」

勢いよく手を挙げて主張する。

「そばな、おっけー。ざるそばでいいかな」
「私は醤油ラーメンを。ライダーさんは?」
「ホヤと……砂モグラでなければ、何でも構わない」
「では醤油ラーメンを2つで」

すなもぐらってなんだよ、と思いつつ。
オッケー、と注文票に書いていく。

「あたしはきつねうどんでいいかな。ランサーは?」
「今挙がったやつ全部ひとつずつ追加で。あと炒飯大盛りな」
「全部主食じゃないか。本当によく食うなあ……了解」

あたしは立ちあがってカウンターに行って厨房に声をかける。

「タムラさーん、注文ここに置いておきますんでー!」
「おお、悪いね春紀ちゃん、ありがとうー!」

注文票を置いて、席に戻る。

「お待たせ。で? 情報交換ったって、何が聞きたいのさ」
「では、単刀直入にお聞きますが。
 ―――貴女は、この聖杯戦争に『勝利』するつもりですか?」
「……そりゃ当り前だろ。譲れない願いのために戦って、勝ち抜くんだろ。
 その為に、マスターは全員ここに連れてこられたんだろ」

あたしの話を聞いたルリは、れんげの方に視線を向ける。

「……では何故、彼女を?」
殺さないのか、と暗に聞いてくる。

「ハハ、突っ込まれてやんの」
「うっさいな」

あたしは水を一口飲み。

「まあ……相手が同格以上の、聖杯を狙う実力者が揃っている、という思い込みはあったさ。
 そのための『予選』だったはずだろ」

黒組のように、他者を暗殺し得る人間が『自主的に』願いのために来ている場、でないというのは分かっていたが。
『願い』への想いが強くなければ、予選を通ってくることはできないのではないか、と思っていた。

「成程。
 連れてこられた、ですか。私の場合は似ているようで、少し違うかもしれません」
「……ふうん?」

ルリが自分のことを話し始める。
外部から『方舟』の存在を観測し、そこへアクセスしたこと。
その時に『方舟』内に取り込まれたこと。

「ですから、私には記憶の断絶がありません。
 外部でのハッキング時の記憶から、方舟内に降り立った時の記憶が継続しています。
 設定、については確かに記憶に刻まれてはいますが。春紀さんは違うのですか?」
「……あたしは、気が付いたらここで実際に暮らしていた。いつからか、は曖昧なんだけど……。
 ここのタムラさんにしろ、ケーキ屋のマスターにしろ、隣のアキトさんにしろ、
 あたしがNPCとして会話していた時の記憶が、実際にあるんだ」

その違いにでも驚いたのか、急にルリの瞳が大きく見開かれる。

「……その、隣の人というのは。……さっきの、食堂の?」
「あ、ああ。そう、天河食堂のマスターだ」
「コイツがその兄ちゃんにお熱でな」
「バッ、違うっての!」

杏子とやいやいやっていると、タムラさんが注文品を持ってやってくるのが見えた。

「あっ、手伝います」
「ウチも手伝うん!」
「おお、ありがとう。すまないね。持てるかい?」

暇そうにしていたれんちょんが、のんのんのんと歌いながら、
ぴょこぴょことタムラさんに近づいて、ざるそばの乗ったお盆をゆっくりと手渡される。
ルリの方を見ると、何やら考え込んでいるように見えた。




「……ごちそうさまでした」

ホウメイさん程ではないが、中々美味しいラーメンを提供してくれた。
思わずおかわりも完食してしまった。
同時に複数の料理を提供する調整力といい、場を和ませる人柄といい、
あのタムラという料理長は、ナデシコCの料理担当としてスカウトしたいくらいの人材である。


食事中、春紀の隣人の青年のことを聞き出した。
交通事故に遭ってリハビリ中――五感に障害を負っているという。
NPCとして忠実に再現されているのか、あるいは―――

どちらにせよ、この地にアキトさんが『いる』ということだ。

私は一つ決心すると、春紀という少女に再び問いかけてみた。

「さて、春紀さん。もう一度お伺いしますが。
 アナタ、勝つつもりあるのですか?」

れんちょんという幼女の口のまわりを拭いてあげていた春紀がこちらを見る。

「ああ。当り前だろ」
「ではビジョンはあるのですか? その子、排除できるのですか」

口を拭かれているれんちょんを見、そのままもう一度春紀さんを見る。

「……優勝はする。願いのために。それでも……それはできない」
「そうですか」

やはり、リョーコさんタイプか。
その隣のランサーを見ると、明らかに苛々としている。

「貴女は勝って願いを叶えたい。
 だけど、れんちょんさんは助けたい。

 私はここを調査し、脱出したい。

 ……では、協力できるのではないでしょうか」

こちらを見つめ、無言で話を促す春紀。

「方舟の調査を行う中で、れんちょんさんが一緒にいれば、
 ファーストコンタクトで交渉可能な印象を相手に与えることができます。
 こちらが調査のために動いている、という説得力に繋がります」

れんちょんさんがきょとん、と私と春紀さんを見ている。

「また、交渉が決裂し戦闘となった場合、貴女方と共闘できれば、相手に対抗しやすくなります。
 既にこちらは、純粋な能力で押し負ける可能性のある組と交戦しています。
 2対1でなければ勝てない組は、確かに存在しています」

美遊・エインズワースと出会う前に、もし先にれんちょんを連れて交渉していたとしたら。
信頼は得やすかったのではないか、考える。あの会合も、また違った結果になっていたかもしれない。

「そして私やれんちょんさんが脱出に成功すれば、
 貴女方は消耗を抑えた上、私達を排除したことと同様の結果を得ることができます」

私が喋り終えると。
黙っていたランサーが、鼻で笑いながらこちらに話しかける。

「都合のいいことばっか並べてるけどさ。
 もし脱出する道が見つからない、あるいは脱出できるのが一人だけ、とかだったらどうするんだい。
 悪いけど、上手い話をする奴はどうにも信用ならないもんでね」

私は頷くと、ランサーの目を見据えてはっきりと答える。

「勿論、その時は私の脱出を優先させて頂きます。
 私は破滅願望者でも正義の使者でもありませんので」
「……ハッ。はっきり言うじゃないか。
 聞いたかいマスター。アンタに足りないのは、この割り切りさ」
「……む」
「ただ」

ゆっくりとれんちょんを見て告げる。

「助けられる人を助けずに、後悔はしたくありませんから」
「……そうか」

春紀さんは頷いて、ライダーの方を見る。

「アンタは? アンタのマスターはこう言ってるけど、それでいいのか」
「マスターの命令に従うだけだ」

にべもなく答えるライダーさん。
あちらの主従は顔を見合わせる。恐らく、念話で相談しているのであろう。

「……分かった。その話、乗らせてもらう」
「ありがとうございます」
「いや。どうせ短い間だけど、よろしくな」

差し出されたチョコの棒を受け取る。

「……っと、ヤバい、もうこんな時間か」

携帯を取り出して、時間を確認する春紀さん。

「何かご予定が?」
「ああ。この後学校に行かないといけないんだが…」

れんちょんさんに目を向ける。

「はるるん、どっかに行ってしまうのん?」
「う……」

幼女はさみしそうに見上げる。

「彼女については、こちらで保護しておきますよ。
 もちろん、連れまわしてしまうことにはなると思いますが」

しばらく春紀さんは腕を組んで悩んだ後。
れんちょんさんの目線に屈んで話しかけた。

「分かった。
 ……れんげ、私はこれから学校なんだ。
 終わったら合流するから、それまであのお姉ちゃんと待っていられるか?
 もちろん嫌なら、学校休んで一緒にいてやる」

れんちょんさんはじっと俯いて考え。
頭を上げた。

「……学校おやすみしちゃダメだって、あのねぇねぇでも言ってるん!
 だから、はるるんは学校に行くべきなん!」
「……そっか、ありがとな」

がしがしと頭を撫でている。
えへへ、と照れているれんちょんさん。
その幼女に、私も屈んで挨拶をした。

「私はホシノ・ルリです。よろしく、れんちょんさん」
「るりりん?」
「ええ」
「んーよろしくなん!」

携帯電話の番号を交換し、れんちょんが探しているという人物絵のコピーを行い。
カードで支払いを済ませて、ランサー主従と分かれた。

「ごっそさん。またな、ロボの旦那」
「れんげ、いい子にしてるんだぞー」
「はるるん、らんちゃん、行ってらっしゃいなのん!」

必死に手を振っているれんちょんさん。

その幼女をもう一度眺める。


確かに、交渉の役に立つだろう。
脱出も、一緒にできるのであれば、勿論したい。

―――だけど、一番の目的は。


「……アキト、さん」


私の知っているアキトさんは、子供に弱い。
アイちゃん――イネスさんとの一件は、既に知るところとなっている。
そして、復讐鬼となった後でも、ラピスという少女を保護していた。
もしアキトさんがれんちょんさんの境遇を知れば。何らかのリアクションを起こす可能性がある。


「……とんだ利己主義者ですね」


【B-9/キッチン・タムラ前/一日目 夕方】

【ホシノ・ルリ@機動戦艦ナデシコ~The prince of darkness】
[状態]:魔力消費(大)、満腹
[令呪]:残り三画
[装備]:警官の制服
[道具]:ペイカード、地図、ゼリー食料・栄養ドリンクを複数、携帯電話、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画コピー
[所持金]:富豪レベル(カード払いのみ)
[思考・状況]
基本行動方針:『方舟』の調査。
0.れんちょんさんを連れて探索。
1.アキトさんがNPCか参加者かの確認。
2.寒河江春紀の定時制高校終了後、携帯で連絡を取り合流する。
3.『方舟』から外へ情報を発する方法が無いかを調査
4.優勝以外で脱出する方法の調査
5.聖杯戦争の調査
6.聖杯戦争の現状の調査
7.B-4にはできるだけ近づかないでおく。
[備考]
※ランサー(佐倉杏子)のパラメーターを確認済。寒河江春紀をマスターだと認識しました。
※NPC時代の職は警察官でした。階級は警視。
※ジナコ・カリギリ(ベルク・カッツェの変装)の容姿を確認済み。
※美遊陣営の容姿、バーサーカーのパラメータを確認し、危険人物と認識しました。
※宮内れんげをマスターだと認識しました。
※寒河江春紀・ランサー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。
※ジョンス・アーカード・カッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。

【ライダー(キリコ・キュービィー)@装甲騎兵ボトムズ】
[状態]:負傷回復済
[装備]:アーマーマグナム
[道具]:無し
[思考・状況]
基本行動方針:フィアナと再会したいが、基本的にはホシノ・ルリの命令に従う。
1.ホシノ・ルリの護衛。
2.子供、か。
[備考]
※無し。

【宮内れんげ@のんのんびより】
[状態]魔力消費(微) ジナコへの恐怖 左膝に擦り傷(治療済み)
[令呪]残り3画
[装備]包帯(右手の甲の令呪隠し)
[道具]なし
[所持金]十円
[思考・状況]
基本行動方針:かっちゃんたち探すん!
1.るりりんと一緒にかっちゃんたち探すん!
2.はるるんが帰ってくるまでいい子にしてるん!
3.はるるんとるりりんをかっちゃんと友達にしたいん!
4.怖かったん……
[備考]
※聖杯戦争のシステムを理解していません。
※カッツェにキスで魔力を供給しましたが、本人は気付いていません。
※昼寝したので今日の夜は少し眠れないかもしれません。
※ジナコを危険人物と判断しています。




『……あれで良かったのか?』
『ああ。あのロボの旦那の実力は未知数すぎる。
 共闘路線で弱点を探らないことには、こっちに勝ち目はねえよ』


それに、あの慎重なやり口にして、初手戦闘から宝具全開でのあの火力。
ライダー自身の戦闘能力も高いが、あのマスターも問題だ。
素人かとも思ったが、実際に見たホシノ・ルリという女は、修羅場をくぐり抜けてきた人間のソレだ。
つまり、それを行えるだけの豊富な魔力なり、供給手段なりが確立されているのだろう。

だが、あのライダーは負傷していた。
負傷させられる方法がある、ということだ。
それには内側から近くで確認した方がいい。


『なるほどな。でもあんなロボを後ろにして協力して戦えるのか? 杏子は基本、接近して戦うタイプなんだろ?』
『ああ。今まで二人程組んだヤツがいたけど、どっちも銃使いだし。
 どっちも一筋縄で行くような相手でもなかったよ。
 片方は、ヤツのバズーカより巨大な砲を持っていたしな。問題ないさ』
『へー』

興味深そうにこちらを見つめてくる。

『な、なんだよ』
『いや。杏子が過去のことを語るなんて珍しいと思ってさ』
『何バカ言ってんだよ』

そう言って、あたしは霊体化する。

『それより、深山町側に行くんだろ。
 あっちの方角からはヤバい匂いがプンプンする。
 気を引き締めていけよ、春紀さんよ』
『ああ、分かってるさ』


それに、殺せないのなら、あの子供とは一度離れた方がいいだろ、と思う。

どうせ妹の存在とでも重ねてるんだろうが、
あれは『れんげ』という存在であって、コイツの妹そのものじゃない。
いくら代償行為をしたところで、自身の満足感すら得られないだろう。


(―――なんて、あたしが言うのは滑稽か)



【B-9/キッチン・タムラ付近/1日目 夕方】

【寒河江春紀@悪魔のリドル】
[状態]健康、満腹
[令呪]残り3画
[装備]ガントレット&ナックルガード、仕込みワイヤー付きシュシュ
[道具]携帯電話(木片ストラップ付き)、マニキュア、Rocky、うんまい棒、ケーキ、ペットボトル(水道水)
   筆記用具、れんちょん作の絵(春紀の似顔絵、カッツェ・アーカード・ジョンスの人物画)
[所持金]貧困レベル
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争を勝ち抜く。一人ずつ着実に落としていく。
1.月海原学園(定時制校舎)へ行く。
2.授業終了後、ホシノ・ルリ、宮内れんげと連絡を取り合流する。
3.杏子の過去が気になる。
4.食料調達をする。
[備考]
※ライダー(キリコ・キュービィー)のパラメーター及び宝具『棺たる鉄騎兵(スコープドッグ)』を確認済。ホシノ・ルリをマスターだと認識しました。
※テンカワ・アキトとはNPC時代から会ったら軽く雑談する程度の仲でした。
※春紀の住むアパートは天河食堂の横です。
※定時制の高校(月海原学園定時制校舎)に通っています。
※昼はB-10のケーキ屋でバイトをしています。アサシン(カッツェ)の襲撃により当分の開業はありません。
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。事件は罠と判断し、無視するつもりです。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※ホシノ・ルリ・ライダー組と共闘関係を結び、携帯電話番号を交換しました。


【ランサー(佐倉杏子)@魔法少女まどか☆マギカ】
[状態]健康、魔力貯蓄(中)
[装備]多節槍
[道具]Rocky、ポテチ、チョコビ、ペットボトル(中身は水、半分ほど消費)、ケーキ、れんちょん作の絵(杏子の似顔絵)
[思考・状況]
基本行動方針:寒河江春紀を守りつつ、色々たべものを食う。
1.春紀の護衛。 彼女の甘さに辟易。
2.ライダー(キリコ)と共闘しつつ、弱点を探る。
3.食料調達をする。
4.妹、か……。
[備考]
※ジナコ(カッツェ)が起こした事件を把握しました。
※ジョンスとアーチャー(アーカード)の情報を入手しました。
 ただし本名は把握していません。二人に戦意がないと判断しています。
 ジョンス・アーカードの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※アサシン(カッツェ)の情報を入手しました。
 尻尾や変身能力などれんげの知る限りの能力を把握しています。
 変身前のカッツェの外見を宮内れんげの絵によって確認しています。
※れんげの証言から彼女とそのサーヴァントの存在に違和感を覚えています。
 れんげをルーラーがどのように判断しているかは後の書き手様に任せます。



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100:くだらぬ三文劇 投下順 102:A_Fool_or_Clown?
097:近似値 時系列順 103:大人と子供

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086:槍は甘さを持つ必要はない 寒河江春紀&ランサー(佐倉杏子 127:籠を出た鳥の行方は?
宮内れんげ 103:大人と子供
097:近似値 ホシノ・ルリ&ライダー(キリコ・キュービィー