異邦の地で生きるということ ◆OSPfO9RMfA
東風谷早苗はバスを下車した。
終点ではない。
にも関わらず降りたのは理由があった。
◆
数分前、アーチャーのアシタカが念話で早苗に話し掛ける。
『マスター、一つ頼みがある』
『……? はい、何でしょう』
彼が自発的にマスターに頼み込むのは珍しい。というより、初めてではないだろうか。
早苗は何を要求されるのだろうかと思いながら、念話を返す。
『私に服を用意して貰いたい』
『服、ですか?』
曰く。アシタカは遠方を目視できる千里眼、周囲の変化を察知できる気配感知のスキルを保有する。
しかし、それらは霊体化の状態では余り有用に活用できない。
故に、より事前に敵を察知できるよう、常に実体化していたい。
だが、アシタカの今の服は古風な和装であり、現代の服を着ている早苗と並ぶと浮いてしまう。
そこで現代の服を着て、出来るだけ目立たないようにしたいと言うわけだ。
様々な容姿や風貌のNPCもいるので杞憂かもしれない。けれども、早苗が戦闘を望まない身である以上、少しでも目立つ可能性は低くなった方が良い。
『進言が遅れた。すまぬ』
『いえ、私こそ何も相談せずに飛び出してしまって……』
早苗はいくつか着替えを持ってきているが、全て女物だ。これを着てはむしろ逆に目立つ。男物の服を買う必要があるだろう。
これから向かう廃墟は勿論、バスの終点近くも田畑と住宅があるだけで店などは無い。
早苗達はすぐに下車することにし、歩いて服屋を探すことにした。
◆
30分ほど歩き、街外れの寂れた商店街に辿り着く。
人気はなく、所々店が閉まっている。だが、幸いにも服屋は営業していた。
実体化したアシタカと共に、店に入る。店の中も閑散としており、レジに店員が一人座っているだけ。しかもやる気がなさそうだ。早苗達が入ってきても挨拶もしない。
攻め寄られるように接客されるよりはマシだろう。早苗達は気にせずに買い物をすることにした。
「どんな服が良いですか?」
「運動しやすい物が良いが、私の腕には目立つ痣がある。袖の丈が長いのが良い」
「では、これなんかどうですか?」
「悪くない。伸縮性や通気性も良さそうだ」
「なら、それにしましょう。サイズはMかLでしょうか」
「Lにしよう。多少なら大きくても問題ない」
「着替えも考慮して二着買いましょう」
「頼む」
アシタカが着る服を、二人と相談しながら決めていく。
買い物を楽しむほどの余裕は無かったが、日常的なその行為に早苗の表情がどこか軟らかくなっていた。
30分後、買い物を終えると二人して店を出る。アシタカは青い和装ではなく、白い長袖のシャツに紺の長ズボンに着替えていた。
早苗と並んでも、そこら辺にいる多くのNPCと変わらない格好だ。
「似合ってますよ、アーチャー」
「選んだのはマスターだ。マスターの感性が良かったのだろう」
「そんなことありませんよ」
思わず、早苗の顔がほころぶ。
それを見たアシタカも微笑み返すが、すぐに申し訳なさそうな顔をする。
「だが、少し時間を掛けてしまったようだ」
「いいんですよ。元々急いでたわけではないんですし」
廃墟に行くのは、望まぬ火の粉が降りかかったときに周りに迷惑を掛けないようにするためだ。
けれども、食事も一日分しか用意していない。
そこに行くのが目的ではないし、そこで籠城するつもりもない。
大局を見据えた判断ではなく、とはいえ大局を見据えるだけの目標も無い。
「……バス停に行きましょうか」
アシタカは頷いて答えた。
◆
バス停に着くが人気はなく、早苗達しか居なかった。
時刻表を見ると一時間に二本しか走っておらず、元々人通りが少ないのだろう。
二人でバスを待ってると、不意に早苗が口を開いた。
「私は幻想郷に辿り着くまでは、外の世界に居たんですよ」
早苗が語り部のように言葉を紡ぐ。
アシタカは静かに早苗の言葉を聞く。
「そこでは政府が法で統治していました。人を殺めてはいけない、物を盗んではいけない、罪を犯したら罰せられる。そんなルールがありました。そのルールである程度自由を縛られてましたが、それなりに平和でした」
人が大勢同じ場所で暮らすには、一定の決まり事があった方が良い。
生前アシタカが居た集落や、タタラ場にもそれはあった。
もっとも、早苗が話すのはその比ではない、数千万、数億の人が守るべき決まり事。
むしろそれだけ多くの人が集まるのだから、もめ事などを円滑に処理するために、一層多くのルールが必要なのだろう。
「ですが、幻想郷には政府も法もありませんでした。皆、やりたいように生きていました。強力な妖怪と結界の巫女が秩序を重んじてましたから、大きな騒動は力ずくでねじ伏せられましたけど、ほとんど自由でした」
人食い妖怪も居たし、逆に早苗も妖怪退治をしていた。
『幻想郷は全てを受け入れる』。それはとても寛容で、酷く残酷だ。
人権などの意識は薄く、『生きてるから』という理由だけじゃ誰も助けてくれない。生きる気力を無くせば、『食べても良い人類』として妖怪に食われる。
そこでは生き抜く強かさが必要不可欠だった。
「私、思ったんです。『幻想郷では常識に囚われてはいけない』と。郷にいれば郷に従え、その郷にはその郷のルールがあるのだと。元居た所に関係なく、その郷のルールに従うべきだと」
アシタカにもそれは分かる。
アシタカの生前にも、人の住むタタラ場と、シシ神の森とで諍いがあった。
タタラ場にはタタラ場の、森には森の掟があるのだ。タタラ場には森の掟は通じず、森にもまたタタラ場の掟では通じない。
生前に一度、人の子だからと森に生きる子を人の集落に戻そうとした。
その子の母代わりの山犬はアシタカに吠える。
『黙れ小僧! お前にあの娘の不幸が癒せるのか?』
アシタカはあの時『分からぬ。それでも共に生きることはできる』と言った。
それは無知で、甘く、傲慢な言葉だった。
その後、実際に共に生きようとするが、長く苦難の道のりだった。
『棲み分け』と言う言葉がある。
相容れぬ文化同士では、同じ地で共存するより、互いに生活する場所を変えた方が良いと言うこともある。
もし、棲み分けが出来ず――元居た所に帰れず、別の文化圏で生活することが必要ならば、そこの文化に従い順応した方が生活しやすいだろう。
「ここでは……『方舟』では、殺し合いをするのが、ルール。ここは幻想郷でも、外の世界でもない。なら、『方舟』でのルールに従うのが道理……」
そう、この『方舟』のルールがそうならば――
「けど」
早苗はアシタカを見る。
「――けど、間違ってると思います! こんなこと、おかしいと思います!! こう、うまく言えませんけど……ダメなんです!」
声を荒げて否定する。
それを認めてしまったら、『常識』ではなく、自分を構成する『何か』が壊れてしまいそうだった。
『何か』をうまく説明できないけれど――
『方舟』が強いた殺し合いのルールは、受け入れられなかった。
「でも、ダメなんです。どうしていいのかわからないんです」
幻想郷での異変なら、黒幕をぶち倒せばそれで良かった。この聖杯戦争には黒幕は存在するのか。
聖杯が無くなれば解決するのか。そもそも聖杯とは何なのか。物質的に存在する物なのか。
『方舟』は何故こんなことをするのか。殺し合うことにどんな意味があるのか。
もはやタタリ神のタタリではないのか。
殺し合いを止めさせるにはどうすればいいか。聖杯を求めて殺し合う人達を止める術などあるのだろうか。
殺し合いをせずに脱出できないだろうか。脱出する方法があるとして、一人で抜け出して良いのか。少女を置いてきていいのか。
頭の中で考えがグルグルと回る。しかし纏まらない。
答えが用意されているわけでもなく、誰も答えを教えてくれない。
誰かが教えてくれたとしても、それが正解とは限らない。
そもそも、正解などあるのだろうか。
早苗はまだ少女だ。
二柱の庇護下にあり、独り立ちするにはまだ早い。
愛されて育ってきたのだろう。溢れる優しさは、何かを切り捨てる決断を鈍らせる。
けれども早苗はマスターだ。聖杯戦争が始まった以上、決断しなければならない。
全てのマスターが、早苗のように優しいとは限らないのだ。
静かに全てを聞いたアシタカは、優しく早苗の両肩に手を置いた。
「答えを急く必要はない。故に悩まれよ。マスター、そなたは私が守る」
アシタカの言葉に、堰を切ったように涙が溢れ出す。
「……はい、はい」
バスが来る。戦火から皆を避けるために、終点まで乗り、そこから廃墟に向かう。
だが、一人ではない。
早苗には、アシタカがいた。
【C-9/廃教会へ移動中/一日目 午前】
【東風谷早苗@東方Project】
[状態]健康
[令呪]残り3画
[装備]なし
[道具]今日一日の食事、保存食、飲み物、着替えいくつか
[所持金]一人暮らしには十分な仕送り
[思考・状況]
基本行動方針:誰も殺したくはない
1.聖杯はタタリ神と関係している…?
2.廃教会へ向かう
3.少女(れんげ)が心配
[備考]
※月海原学園の生徒ですが学校へ行くつもりはありません。
※アシタカからアーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しましたが
あくまで外観的情報です。名前は把握していません。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
【アーチャー(アシタカ)@もののけ姫】
[状態]健康
[装備]現代風の服
[道具]現代風の着替え
[思考・状況]
基本行動方針:早苗に従い、早苗を守る
1.廃教会へ向かう
[備考]
※アーカード、ジョンス、カッツェ、れんげの存在を把握しました。
※倉庫の火事がサーヴァントの仕業であると把握しました。
最終更新:2014年08月25日 22:09