電脳淫法帖 ◆FFa.GfzI16


ピチャリ、と奇妙な音が響いた。
早朝、一限目の前に食堂へと向かう予定だった学生は首をひねる。
なにか朝日に光るものがある。
首を捻りながら、空腹を押してその場へと駆け足で向かう。
普段ならば無視していただろうが、今となっては『そちら側』に重要な意味を持つ。
とある教棟の裏。
その近くに迫った瞬間、不可解な悪寒が襲う。
この学生は、その悪寒が無意識と習慣から生まれる、一人の男が向けた警戒の念と気付けるほどの訓練を受けていない。
用務員の怠慢か、生い茂った草の中で一人が壁にもたれるように倒れかかっている。
不審に思った学生は、その男へと近寄ってみせた。

それが始まりだった。

「くぅぅおおぉぉぉんぉぉぁぁああああ!?」

股間から走る激痛にも似た快感。
突然のことで膨大な感情の処理が脳が処理出来ず、それを激痛として最初は受け止めた。
しかし、その正体は激痛とは程遠い感情。
まさしく快感。
この世の全ての快感の根底に存在する、正しく生命の根源へと繋がる最も深い快感。
性的な快感だ。

「ぅぅぅぉぉぉおぉおぉぉぉおぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

なんらかの『攻撃』であることを理解した彼は、懸命に足を動かそうとした。
しかし、それは叶わない。
彼を笑ってはいけない。
性そのものとも言える概念的な攻撃に対して。
僅か数秒。
ケダモノのような叫び声を上げて。


――――彼は射精していた。




電人HALは『奇跡』そのものの光を想いだしていた。
かつて、電子世界で生きる電子生命体であった頃の、一瞬の記憶。
あの『プログラム』を起動した瞬間、HALは確かに認識したのだ。

――――電子の世界に、0と1のノイズを嵐のように携え、黄金に輝く杯を。

いや、聖杯という万能の願望器を求めているHALにはそれが杯に見えたのだろう。
この聖杯の成り立ちを理解している人物ならば、万能の願望器ではなく滅びから免れる唯一の方舟に見えたはずだ。
奇跡とは得てして不定形であり、観測者によって姿を変えて現れる。
己が魂を収める寺院を求めれば、それが人には黄金に輝く立方体に見えただろう。
0と1の電子ノイズの中で、まるで星天の一番星のように輝く聖杯と思しき物。

恐らく、これも聖杯の一側面に過ぎない。

0と1のノイズに塗れた、しかし、奥に潜む確かな黄金の輝きはHALの目的そのものだった。
完璧なる再現、完璧なる続篇、完璧なる終末。
人が決して生み出すことが出来ない第三の魔法、『失われた魂の完全なる再現』。
神の御業こそをHALは求めていた。

電子世界上で確かに存在する究極の演算装置。
地球を眺め続けた『もう一つの月』に吸い込まれるように、HALは方舟へと誘われた。
圧倒的な存在感。
なるほど、ありとあらゆる多次元世界を記録しているとの話は誇張でもなんでもないようだ。
狂ったように『事実』を記載し、そして、これからも永遠に記録し続ける。
そんなこの世の全てともいうべき情報へとアクセスすれば、恐らく、それだけでHALの目的は達成されていただろう。

しかし、そんなことをすれば自身はアークセルに取り込まれるだろう。
莫大なデータの中で、別のデータに自身を塗りつぶされかねないのだ。
それに、これだけの怪物が無許可のアクセスを許すとは思えない。
故に、現状のHALはその万能の願望器へと想いを馳せるだけにとどめていた。

「……さて、待ちを取ったはいいが」

HALのサーヴァントである魔眼のアサシン。
電子生命体であった存在であり、電子空間では無敵に等しい電人HALが持つ高いハッキング能力。
その事実から生まれる膨大な魔力供給は彼の魔眼を理不尽なほどに再現している。
アサシンへと向けられた殺意・敵意をその神秘の魔眼を通じて反射する。
すなわち、視界に映る限り、魔眼のアサシンは大半の攻撃を受けることはない。

そして、電脳ドラッグで洗脳、書き換えを施した数多のNPCの存在。
この無数のNPCが居る場合、錯刃大学を無差別テロめいた存在からの襲撃を避ける事が出来る可能性は高い。
常に錯刃大学には多数の人間を留めてある。
研究室に徹夜で居残る学生など珍しくもないし、HALが洗脳を施したのは学生だけでなく教授や職員なども含まれている。
HALと魔眼のアサシンへと大規模な攻撃を行うということは、そのNPCへも攻撃を行うということだ。

気配遮断のスキルも持ち、地の利を得た魔眼のアサシンに防衛の面で勝る英霊は少ない。

「"ますたあ"よ」
「……どうした、アサシン?」

そんな時だった。
音もなく向かってきた背後に立っていた、古めかしい衣服に身を包んだ、あまりにも奇抜な人物。
丑三つ時を迎えつつある暗闇の中に余りにも見事に溶け込んだ、闇の者。
この者こそHALの目的の具現とも言える。
そう、異次元の自動書機が記録していた偉業をなした英霊。
真名を甲賀弦之介。

愛した女と殺し合う運命に置かれ、愛した女を死なせた男。
取り戻せないものを求めて奇跡に誘われた男。
HALにわかるのはそれだけだ。
アサシンが真に求めているものが女の命か、女の温もりか、女の言葉か。
それは、アサシンにだけがわかるものであり、HALが表面上でしか理解できないものだ。
その願いは、アサシンだけのものだからだ。

HALは神秘そのものである魔眼から威圧感を放つ魔眼のアサシンの報告を受けた。

「襲撃を受けている」
「……何?」

HALに明確な動揺が生まれた。
あまりにも、速すぎる。
電脳世界の存在という異常な過去が故に、異例の速さで記憶を取り戻したHAL。
そのHALが構築してみせた自身の隠蔽における手際は完璧なものだと自認していた。
それが、こうも容易く発見されるとは、さすがにHALにも緊迫感を抱かせた。

「恐らくは"あさしん"、もしくは"きゃすたあ"であろう」

しかし、HALの動揺はそこまでだ。
異常ならば、その異常を解消しなければいけない。
元々、ここがHALの常識とは離れた地であることは十分に承知している。
HALは魔眼のアサシンへと続きを促した。

「根拠は」
「わしらが居を構えた建物へと近づいた人間の動きが、測ったように止まっておる。
 恐らく、動く人間の些細な動作から『当たり』をつけられた。
 わしの存在を知った者は、本能的にわしのことを避けようとしておったからの」
「無理もない、君たちは特別すぎる」

『敵』が行った行動の阻害――――いや、電脳ドラッグへの介入もあり得る。
電子生命体、いや、データそのものであるNPCの書き換えを塗り替えられた可能性も考慮に入れる。
想定は常に『最悪』であり、常に『最多』であるべきだ。
人智を超えた演算速度でHALは敵の攻撃の可能性を上げ続ける。
そのことを理解しているアサシンは、自身が見た様相を語り続けるのみだ。

「そして、敵の気配をその者達が動きを止めた一瞬しか感じぬ。
 時間にすれば数秒と言ったところか。
 高い気配遮断の持ち主か、遠隔からの魔の術の類であろう。
 また、ここからは距離があるために"ますたあ"にはわからぬだろうが――――」

アサシンはそこで一度言葉を止めた。
『現代人』であり、同時に『諜報』や『暗殺』とは程遠い『一般人』であるHALへと伝える言葉を選んでいる。
『それ』は忍であるアサシンにとっては余りにも巨大な力だが、市井の民であるHALがどう捉えるか。
時間にすれば十秒にも満たない時間。
アサシンは、口を開いた。

「隠し切ることの出来ない、強烈な、精臭」
「……精臭?」
「襲われた者の全てが性的な絶頂を迎えておる、一人などは腎虚を迎える直前。あえて、殺さなかったであろうな」
「房中術だとでも言うのか?」
「然り……いや、違うな。あれはそんなものではない。
 そこに理論は存在しない、無作為な性戯による余りにも強烈な快感」

そうだ、そこには特殊な『術』呼べるものはなかった。
本能的とまで言えるほどに、的確な快感を与えてくる。
恐らく、人間の本能が求めて突き詰めた英霊自身が生み出した単純なる『性戯』。
魔眼のアサシンすらも理解し得ない独自の理論と技術を持って絶頂という結果へと導く。
その規格外の性戯を、NPCは受けたのだ。

「一瞬、本当に一瞬。
 まさに『触れた』だけと言った気軽さで動きを止めておる」
「……私の電脳ドラッグの大本は『抑えこまれた犯罪への欲望』を刺激することが第一」
「相性が悪い、あまりにも。快感とは常に抑え続けているものだ」
「よく理解している。
 今回のNPCにはデータの書き換えだが、ベースはやはり『電脳ドラッグ』だ。
 単なる痛みなら抗うことも容易いが、本能的な快感となるとまた話が違ってくる」

HALの生成した電脳ドラッグ、それの大本は『秘めた犯罪願望』を引きずり出すことだ。
ようは、恥部として秘めに秘めていた感情をさらけ出させるのだ。
そのさらけ出した感情を元に時間をかけて、精神を弄る。
故に、『秘めた性欲』という人間ならば当然持ちえるものに抗うことは難しい。
性欲も犯罪欲も同じくは欲望であり、性欲は犯罪欲よりも生物の根源的欲望に近しいものだからだ。

「そして、これは恐らく布石」
「……条件付けか」
「然り。一度絶頂の癖を植え付け、二度目の襲撃を円滑に行う。
 恐らく、次の襲撃は半分の時間で兵の動きが乱れるだろう。
 もしくは、それよりも面倒な『仕掛け』が施されている可能性がある」
「具体的には」
「"ますたあ"の洗脳を上書きする洗脳能力。
 もしも、そのような『最悪』があればあまりにも大きな不確定要素――――」

瞬間だった。
アサシンは強烈な意思を感じる。
その種類は、奇妙なものだった。
背筋に走った、アサシンへと向けられた強烈な意思。


――――あまりにも激しい性欲。


「――――ッ!」

アサシンはマスターのHALとの会話を瞬時に打ち切り、魔眼のアサシンは宝具を発動させる。
奇襲は背後からと決まっている。
アサシンは後方へと視線を向け、時空の歪みを捉えた。
水面に指を突き刺したように、僅かな波紋が広がっている。
波紋の中から、白い指が伸びている。
奇怪な現象に対し、しかし、アサシンはその瞳を指へと向ける。
虹彩が不気味に輝き、瞳の中に茨のような丸い線が走る。
自身に向けられた敵意を暗示によって相手へと移し替える魔眼。

忍法・瞳術。
悪意と敵意に溢れた罪人が跋扈する生き地獄の如き現実において、正しく無敵を誇る奇跡の瞳。

ピクリと、白い指が痙攣を始める。
魔眼のアサシンは目元に激しい皺を描きながら、腰元の忍者刀に手を取る。
空間の歪みへと駆け出し、白き指へと向かって横薙ぎに切り払う。
しかし、白い指はすぐに時空の歪みへと消えていき、忍者刀は空を斬った。
アサシンは魔眼を徐々に抑えていき、僅かに息を漏らした。
HALがその様子を見て、アサシンへと問いかける。

「……敵か?」
「ひとまずは、撃退した。恐らく、生きているであろうがな」
「……襲撃を受けた兵の様子を見てくれ。
 アサシン、君は否定したが、敵の攻撃に魔術的なものが関わっていた場合は私だけでは判断が出来ない」
「承知した」

アサシンはゆっくりとした動作で、しかし、素早く歩き始めた。
相手の認識を幻惑させ、自らの体力の消費を抑える特殊な歩法だ。
HALは自身が引き当てたサーヴァントもまた尋常ではない英雄であることを感じる。

「おい」

アサシンは倒れこんだ学生を抱え起こし、軽く身体を揺すった。
NPCの学生はゆっくりと目を開き、一瞬だけ、怯えた顔を見せた。
アサシンという超常存在への本能的な恐れだ。

「……あ、あれ」
「気がついたか」

その男子学生はゆっくりと己の頭に手を当てる。
アサシンとHALは瞳から動揺を読み取った。
あの魔としか言いようのない手段で受けた膨大な快楽のためだと、アサシンは判断した。
しかし、HALはそうではなかった。
奇妙だ。
今まで電脳ドラッグによって犯罪欲求を引き出してきた『被験者』は見せなかった色を男の目から感じ取った。
HALはその動作に違和感を覚え、瞬時にその『最悪』のパターンが思い浮かんだ。
すぐさま、HALはアサシンへと命令を下す。

「……アサシン!」
「むっ?」
「あれ、俺……なんで、」
「――――!」

状況に気づいた瞬間、アサシンはNPCへと向けて当て身を行う。
最低限の痛みで意識だけを飛ばす技だ。

事実、その男のNPCは意識を失い。
衝撃のあまり。
全身の性感が敏感になっていた男は。


――――射精をしていた。


「……一筋縄ではいかない、とはまさにこのことだな」

電脳ドラッグによる書き換えへの干渉。
性欲を満たした男が過度の快感から生まれる不意に冷静になる瞬間。
襲撃を行ったサーヴァントはその瞬間を的確に呼び起こし、犯罪欲を元にした洗脳から男を乖離させてみせた。
単なる兵への接触は、単純なセックスだけではなかった。
これは、尋常ではない。
アサシンの言葉を信じるのならば、単なる性行為のみでHALの常識を簡単に覆してみせた。
この戦いは異常だ。
HALの中ではすでに戦いと呼べるものでしかない。
しかし、これこそが戦いなのだ。
あらゆる手段を持って、勝利をもぎ取る。
これが戦いでなくて何だというのだ。

「尋常ではない、しかし、それこそこの戦争では通常なのであろう」

HALは巧妙に籠城を続けていた。
管理者からのお咎めもなく、兵士を作り上げ、最適の環境を創りあげた。
そこからは攻勢に映るまでの準備期間だ。
しかし、現実にはこうも容易く発見された。
なぜ、発見されたのか。

いや、不思議ではないのだろう。
何故ならば、相手は英霊。
その全てが『規格外』である存在なのだから。
HALはそれを再確認し、狼狽を見せずに新たな戦略のために演算を開始している。

HALと魔眼のアサシン・甲賀弦之介はこの戦争の異常さを改めて認識した。




「んはぁぁはぁふぁぁぁぃいいいぃぃぃふぅ!!!!!」

突然の事だった。
狭間偉出夫は自身のサーヴァント、淫奔のライダーが突然自慰を始めた現状を理解することが出来なかった。
今までは件の淫らな、それだけでハザマの男を屹立させる、笑みを見せていた。
だが、今の『それ』は訳が違う。
左手に持っていた手鏡を地面へと落とし、手鏡を通じて『ここではないどこかへ』と伸ばしていた右手を引っ込める。
そして、両手を持って強烈な自慰を始めたのだ。

「はあぁあぁ……ぁあ!
 ふぅはぁああああぁぉぉぉおおぉおん!」

ライダーの指がライダー自身を絶頂へと導いていく。
恐らく『性行為』という行いに関しては類を見ないほどの大英雄であるライダー。
それはハザマ自身が身を持って体験している。
あのファースト・コンタクトを想い出すたびに、ハザマは屈辱とともにどうしようもない快感を想起させる。
そのライダーが誇る英霊すら恐れる脅威の指戯が、ライダー自身へと向かっていた。

全ての人物を絶頂へと導く指戯。
全ての人物に対して優位に立つ快感への耐性ともいうべき余裕。

「んはあああぁぁぁぁんぉぉおおおおおお!!!!!」

本日は無事、矛盾起こらず矛の勝利。
ライダーは自身を見事に
甘い息を漏らしながら、淫奔のライダーは腰砕けの姿勢のままに背後の机へともたれ掛かった。
三つ編みで固く整えた黒く長い髪が汗に濡れ、激しい性的衝撃によって乱れている。

ここはハザマの自室。
隣から、ドン、と強い音が聞こえたが無視をする。
なんてことはない、素っ気も生活感もないただ眠るだけの一室。
ハザマのかつての生活を体現しているような、人の温もりがない冷たい部屋。

いつもはきつく身体を締め付ける衣服を肌蹴、窓から指す朝日を浴びるライダーはあまりにも艷やかだった。
場所は錯刃大学の南に存在するマンション。
淫奔のライダーとそのマスター狭間偉出夫。

「……ふぅ、イっちゃった♪」
「……ライダー、貴様」

激しい絶頂から戻ったライダーは息を整えると、ハザマへと向かって無邪気に、無為に笑ってみせた。
マスターであるハザマは平静を装いながら、しかし、隠し切れない動揺の元に淫奔のライダーを叱責する。
ここまで、ハザマは大きな行動は取っていない。
ライダーの宝具によって襲撃を仕掛けたのみで、ただ、見ているだけだった。
サーヴァント、即ち僕であるはずのライダーに手綱を握られる鬱憤を晴らすような色もあった。

「何を、している。
 じ、自慰……なんて、唐突な!
 ……敵へと攻撃を仕掛けたのではなかったのか!」

ハザマの叱責。
対し、ライダーは絶頂へと導かれた自分の身体を気怠げに起こしながら、イデオと視線を合わせる。
そして、その右手をぺろりと舐め、左手でハザマの頬を妖艶に撫でてみせた。

――――その瞬間、ハザマは射精した。

ハザマを一瞬で絶頂まで導いた淫奔のライダーには媚香は使用していない。
魅了の呪術も持ち得なければ、人の身体の反応・感度を塗り替える術もない。
卓越したという言葉すら生ぬるい性戯とその魂にまで染み込んだ隠し切れない性臭。
たったそれだけで、純然たる『性戯』を『神秘』へと押し上げたビッチ・オブ・ビッチ。
そこに奇跡は存在しない。
ただ、性交を続けたが故に生まれた、現実の延長線上の神秘の性戯。

「反射……単純な性戯で私を撃退したのでなく、私の性戯の対象をそっくり私に……♪」

淫奔のライダーはハザマの反応に気怠げに、しかし、満足したように微笑んだ。
そして、魔眼のアサシンと行った一瞬の攻防について解説する。
一瞬、ハザマの胸に理解の出来ない嫉妬心が芽生える。
しかし、彼女はビッチの中のビッチ。
性行為が済んでしまえば、ベッドをともにしたピロートークの最中にも別の男へと想いを馳せるビッチだ。
そんなハザマが隠してみせた感情の機微には気づかなかった。

「強敵よ、あの瞳は。ふふ、ひょっとしたらまたイッちゃうかも……♪」
「私には敵マスターとそのサーヴァントが見えなかった、どのような敵だ?」
「マスターは確認できなかったわ、私としてもあのサーヴァントとの遭遇は予定外だったし……
 まずは動きを止めようとして、反撃くらちゃった」

魔眼のアサシンの宝具は、殺意と悪意をそのまま敵へと返す。
ならば、性欲に塗れた敵の攻撃はどのような結末を生む?
答えは単純だ。
相手がアサシンへと向けるはずだった性の意思をそっくりそのまま相手へと押し付けるのだ。
事実、魔眼のアサシンへと向けて右腕を伸ばしたはずの淫奔のライダーは気づけば左手で自らを絶頂へと押し上げていた。

「サーヴァントの特徴は」
「わからない」
「……何?」

ハザマは鏡子の言葉に怒気を込めて再び尋ねる
毎度のごとく、鏡子の嘲りに似た茶化しだと感じたからだ。
しかし、鏡子は真顔で言葉を続ける。

「宝具か、スキルか……とにかく、情報を隠蔽する能力を持っているのね。
 例えるなら、ピロートークもせずに本番だけで帰っていく謎めいた男……」
「……」
「そんな臭い生き方が絵になるタイプの英霊ね」

ふざけた言葉ではあるが真顔のまま、未だ男の体液が染み込んだ右手の指を、ぺろりと舐めてみせる。
消えてしまった一晩の男が残した、確かなる残り香を確かめているのだ。
その光景だけで、ハザマは自分自身がむくむくと半端な屹立を始めることを感じた。
そんなハザマへと向かってライダーは声をかける。

「とりあえず移動しましょう、マスター。
 敵方のサーヴァントが周辺把握能力にも優れていれば、追撃を行ってくるかもしれない。
 マスターは優秀すぎる魔術師だけど、サーヴァントの異常さには遅れをとる可能性だってあるわ」

そもとして、ハザマと淫奔のライダーが籠城を決め込んでいた電人HALと魔眼のアサシンの所在をどう確定したのか。

蒼いランサーを取り逃がした事実は、この二人にとって大きな意味を持っていた。
すなわち、淫奔のライダーの存在を知らしめたということ。
不意打ちならば間違いなく最強を誇るライダーは、同時に敵からの急襲に問題を残す。
だからこそ、あえて2キロメートル範囲内にライダーの無作為な攻撃を行い、警戒を促す。
初めは、敵への牽制の意味しか込められていなかったその攻撃。
その中でライダーは大学内に走る奇妙な雰囲気を感じ取ったのだ。

前述のとおり、HALの籠城は巧妙だった。
彼自身の繊細さを示すような巧妙さを、しかし、ライダーはくぐり抜けた。
その原因は、淫奔のライダーの宝具――――『ぴちぴちビッチ』にあった。
生きとし生けるもの全てを絶頂まで導ける最淫の英霊、魔人・鏡子。
ライダーは自身の索敵能力を持って、『奇妙な統一性』を発見してみせたのだ。
それは性へと理解の深いライダーでなければ理解できなかったであろう共通点。

馬鹿げている、その様子を見たハザマはライダーに侮蔑と混乱の入り混じった声を投げつけた。
しかし、ライダーはいつものように妖艶な笑みを見せるだけだ。
それだけで反射じみて自身の性器が屹立する笑みを見せられると、ハザマは言葉に詰まる。
そんなハザマに対して、淫奔のライダーは簡単に答えてみせた。

『試してみる価値はある』

結論を言うならば、絶頂に導かれた際にNPCは尽くなんらかの動きを取るという『異常』を見せた。
『報告』を行うために、ある建物へと向かおうとしていたのだ。
それが一人や二人でないとなれば、当然なんらかのサーヴァント、もしくはマスターの動きと見るのが当然だ。

『お前に出来るのか。
 あの蒼いランサーを取り逃がしたお前に、そんな陣地を取ったサーヴァントに遅れを取らないのか?』

ハザマが嘲笑うように、ランサーを取り逃がしたライダーを責めてみせる。
相手と自分の能力でしか、いや、自身の能力を誇ることでしか相手と交流できない少年。
根底にあるコンプレックスが生んだ、歪なコミニュケーション能力。
しかし、そんな嫌味な言葉に対してライダーは微笑んでみせた。


『私は最淫のサーヴァント。だから――――生きているのなら、神様とだってセックスをしてみせる』


『それは答えじゃない』。
しかし、ライダーの放つ淫婦の空気に当てられ、ハザマはその言葉が出てこなかった。
ライダーにとっての勝負とはすなわちセックス。
ハザマが問うた『遅れを取らないか』はライダーにとっては『セックスが出来るのか』に受け止めてみせた。

「……相変わらず下衆な英雄だ」

現実の愛液を舐めとってみせる姿と、襲撃前の姿を思い出してハザマはポツリと零した。
ライダーはやはり優しく、しかし、淫奔に笑ってみせる。
娼婦のような、母親のような。
温もりと不快を同時に覚えるその笑みを前にすると、ハザマは言葉が詰まる。
そして、ライダーは代わりに言葉をハザマへと優しく交わす。

「なら、今度は私の『性行為』を禁止にしてみせる?
 私の『ぴちぴちビッチ』で索敵を行って、マスターが敵を倒す。
 愚策だとは思うけど、それも一つの手かもしれないわね」

令呪によってハザマへの淫行を封じられている鏡子。
ならば、次の一角はライダーの性行為そのものを封じ込めるのか。
ハザマは鼻で笑い、その言葉を切り捨てた。

「なら、今度は私の『性行為』を禁止にしてみせる?
 私の『ぴちぴちビッチ』で索敵を行って、マスターが敵を倒す。
 愚策だとは思うけど、それも一つの手かもしれないわね」

令呪によってハザマへの淫行を封じられている鏡子。
ならば、次の一角はライダーの性行為そのものを封じ込めるのか。
ハザマは鼻で笑い、その言葉を切り捨てた。

「貴様が令呪の一画程度で淫行を辞めるわけがないだろうか」
「ふふ、そうね。よく理解しているわ、マスター。
 何度も言うけど、私はビッチの英霊。
 ――――その気になれば、神様だって雄に変えてみせるわ」

今度の言葉は、比喩ではなかった。
神霊『ズルワーン』を打ち倒し、その身に神霊の力を得た狭間偉出夫。
その『神』同然のイデオを、確かに『性』が存在する『雄』へと変えてみせると言ったも同然なのだ。

「私が本気を出したらアークセルが観測した『童貞』という概念の類義語にマスターの名前を置くことだって出来るわ。
 直接的な性行為は、そりゃ便利だけど、行わなくても死ぬほどの快感を味わうことは出来るのよ」

手段は幾らでもある。
言葉、匂い、感触、視覚、味覚、状況。
あらゆるものを『性欲』へと置き換え、ハザマの意志力を弱める。
ライダーの強烈な性への渇望と、ハザマの意志力が弱まれば令呪の束縛も弱まる。
ハザマは童貞のままあらゆる快楽を知り得る存在へと成りかねない。
それほどまでに、淫奔のライダーの性戯は異常なのだ。

「……私は、なぜ貴様などを召喚してしまったのだろうな。
 共通点など――――馬鹿らしい。これでは聖杯の奇跡とやらも当てにはならんな」

その挑発とも誘惑とも取れる言葉に対し、ハザマは一瞬だけ怒りを覚えた。
ライダーはまともじゃない。
自身の特殊なまでの優秀性故に、相手の顔色を窺って生きてきたハザマはつかみ所のないライダーが嫌いだった。
少なくとも、そう思い込もうとしていた。

「……ねえ、マスター。そんな嫌わないで」
「今までの行動で、よくそんな言葉を紡げたものだな」
「私はね、マスターのイキ顔みたいの」

ハザマはその言葉に顔をしかめ、しかし、ライダーは笑みを消して応えていた。
その顔は、曖昧なものはなかった。
ただ、ハザマのイキ顔を見せてくれと。
心の底から訴えているものだった。
下品な言葉でありながら、ハザマは嫌悪の念を覚えなかった。

「あんなに苦しそうに喘いだ男は久し振り、快感よりも嫌悪が勝った色。
 その行為自体に傷がある顔……私、あんな顔されるのが本当に辛いの。
 一番好きなのはイキ顔だから、相手に拒絶されると、ね」

相手に拒絶される。
そのワードにハザマの脳が精神的外傷から生じる痛みを覚える。
憧れの女性から拒絶された痛み。
そうだ、ハザマの魂が生む歪さの根本は、結局のところそうなのだ。
過去、母親が自らの元から去った時のことから続く、痛みなのだ。
誰かに拒絶されていたくない、その想いこそが狭間偉出夫という少年の心を歪めているのだ。

淫奔のライダー――――魔人・鏡子が自らの快楽を受け入れる相手の淫姿にこそ己を見出していたように。

「……目星はついた、今回は十分な収穫とも言えるだろう」

僅かに湿った下半身とライダーのに強烈な違和感と屈辱を覚えながら、ハザマはライダーへと告げる。
現状、これ以上の交戦は危険だ。
もしも、ライダーの性戯を反射したサーヴァントが神殺しの逸話を持つ英雄ならば、ハザマなどカモそのものだ。
下手をすれば並のサーヴァントをも上回っている可能性のあるハザマイデオ。
しかし、英霊とは尋常ではないエピソードが付き物であり、全てが規格外とも呼べる存在だ。
無作為な接触は神の力を得たとしても危険すぎる。
自身のサーヴァントである淫奔のライダーは余りにも癖が強すぎる。
今はまだ、勝負をかける時ではない。

「…………そう、今はまだ前戯」

ライダーは一度目を閉じた後、ハザマの思考に同意するように、ペロリ、と性臭を発する右手を舐めてみせた。
自動書記が記録した多元宇宙にひしめく英雄を登録した英霊の座の中で、恐らくセックスが一番巧いビッチ。
魔人・鏡子が相手との『楽しい』駆け引きを捨てて本気で絶頂へと導こうと思えばそれこそ一度の愛撫もいらない。
彼女の吐息と愛液の香りだけで絶頂へと導ける。
もちろん、それは強い意志というものを持たない構造が単純なNPCに対してのみ。
マスターにそのような真似をすれば、間違いなくサーヴァントに狙われる。
英霊として強烈な意志力を持ったサーヴァント相手となると、さすがに鏡子も本腰を入れる必要があった。
絶頂へと導く間に宝具の解放を許しかねない。
そもとして、英霊には性豪としてのエピソードが付き物なのだから。

右腕だけの状態ではなく、全身を持って性交へと向かわなければいけない。
性交とは身体の感触だけでなく、視覚や聴覚、嗅覚を持って行うものだ。
『ぴちぴちビッチ』からの遠隔愛撫にしても、姿が見えない状態を向かい合った状態では効果が違う。

「相手の兵隊さんにも嫌がらせしてきたし、ね」
「洗脳か……管理者への報告も考えておくか」
「そこはご自由に」

鏡子の宝具の一つ、『賢者モードver鏡子』。
射精による強烈な快感の反動による脳の情報処理能力とモチベーションのクールダウンを応用する宝具。
この賢者モードver鏡子の力によって、NPCへと電脳ドラッグによる書き換えへの違和感を植えつけた。
ようは、自分の行動を達観して振り返る状態だ。
それを与えた結果、NPC自体の個人差も大きかったが、幾人かの兵隊に違和感を持ち込ませてみせた。
しかし、それは鏡子をして神秘の域に達した性戯を全力で注いでようやくと言ったもの。
第一、これは対雄宝具であって雌には通用しない手段。
全員の洗脳を解くのは非現実的だ。

あくまで、嫌がらせ。
自分はこんなことも出来ると相手に知らせて、過剰な警戒心を抱かせる目的。
そこに本線はないのだ。




電脳空間に性の花が咲く。
雄臭と雌臭が交じり合い、誘うように精臭を揺らす性の花。
聖なる杯を、性なる杯へと貶す花。
滅びの方舟に、新たな命を灯す花。

電子の世界に、生なる命の根源たる花が咲く。



【C-6/錯刃大学・春川研究室/1日目 午前】

【電人HAL@魔人探偵脳噛ネウロ】
[状態]健康
[令呪]残り三画
[装備]『コードキャスト:電子ドラッグ』
[道具] 研究室のパソコン、洗脳済みの人間が多数(主に大学の人間)
[所持金] 豊富
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を得る。
1. ルーラーを含む、他の参加者の情報の収集。
2. ルーラーによる12時の通達の後に、得られた情報をもとに行動方針を是正する。
3. 通達の後、特に注意すべき参加者の情報が得られた場合、アサシンによる偵察や暗殺も考える。
 『ハッキングできるマスター』はなるべく早く把握し、排除したい。
4. 性行為を攻撃として行ってくるサーヴァントに対する脅威を感じている。
[備考]
○『ルーラーの能力』『聖杯戦争のルール』に関して情報を集め、
 ルーラーを排除することを選択肢の一つとして考えています。
 ルーラーは、囮や欺瞞の可能性を考慮しつつも、監視役としては能力不足だと分析しています。
○大学の人間の他に、一部外部の人間も洗脳しています。
○洗脳した大学の人間を、不自然で無い程度の数、外部に出して偵察させています。
○C-6の病院には、洗脳済みの人間が多数入り込んでいます。
○ビルが崩壊するほどの戦闘があり、それにルーラーが介入したことを知っています。
 ルーラー以外の戦闘の当事者が誰なのかは把握していません。
○他の、以前の時間帯に行われた戦闘に関しても、戦闘があった地点はおおよそ把握しています。
 誰が戦ったのかは特定していません。
○性行為を攻撃としてくるサーヴァントが存在することを認識しました。

【アサシン(甲賀弦之介)@バジリスク~甲賀忍法帖~】
[状態] 健康
[装備] 忍者刀
[道具] なし
[所持金] なし
[思考・状況]
基本行動方針:勝利し、聖杯を得る。
1. HALの戦略に従う。
2. 自分たちの脅威となる組は、ルーラーによる抑止が機能するうちに討ち取っておきたい。
3. 性行為を行うサーヴァントへの警戒。

【C-6/マンションの自室/一日目 午前】

【狭間偉出夫@真・女神転生if...】
[状態] 健康、性的興奮
[令呪] 残り二画
[装備]
[道具]
[所持金] 不明
[思考・状況]
基本行動方針:聖杯戦争に勝つ。
1.聖杯戦争に挑むにあたっての戦略をもう一度検討しなおそう。
[備考]
○まだ童貞。
○錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。

○学校をどうするかは決めていません。このまま欠席してもいいし、遅刻してもいいと考えています。

【鏡子@戦闘破壊学園ダンゲロス】
[状態] つやつや
[装備]
[道具] 手鏡
[所持金] 不明
[思考・状況]
 基本行動方針:いっぱいセックスする。
 1.一度お風呂に入らないといけないかな?
[備考]
○クー・フーリンと性交しました。
○甲賀弦之介との性交に失敗しました。
○錯刃大学に存在するマスターとサーヴァントの存在を認識しました。



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041:破戒すべき全ての電人(ルールブレイカー) 電人HAL&アサシン(甲賀弦之介 096:忍音
044:POINT OF VIEW 狭間偉出夫&ライダー(鏡子 099:HIDE & LEAK

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最終更新:2014年10月20日 18:25